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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-29
(45)【発行日】2023-12-07
(54)【発明の名称】温度測定装置及び温度測定方法
(51)【国際特許分類】
   G01J 5/60 20060101AFI20231130BHJP
   G01J 5/00 20220101ALI20231130BHJP
【FI】
G01J5/60 Z
G01J5/00 B
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020036679
(22)【出願日】2020-03-04
(65)【公開番号】P2021139705
(43)【公開日】2021-09-16
【審査請求日】2022-11-04
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101557
【弁理士】
【氏名又は名称】萩原 康司
(74)【代理人】
【識別番号】100096389
【弁理士】
【氏名又は名称】金本 哲男
(74)【代理人】
【識別番号】100167634
【弁理士】
【氏名又は名称】扇田 尚紀
(74)【代理人】
【識別番号】100187849
【弁理士】
【氏名又は名称】齊藤 隆史
(74)【代理人】
【識別番号】100212059
【弁理士】
【氏名又は名称】三根 卓也
(72)【発明者】
【氏名】杉浦 雅人
(72)【発明者】
【氏名】森岡 功輔
(72)【発明者】
【氏名】土屋 雅季
【審査官】田中 洋介
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-023635(JP,A)
【文献】特開昭62-142246(JP,A)
【文献】特開2011-127933(JP,A)
【文献】特開平08-152360(JP,A)
【文献】特開平11-089830(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01J 5/00-5/90
G01J 3/00-3/52
G01N 21/00-21/958
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
2色放射測温を用いて、測定対象物の温度を測定する温度測定装置において、
近赤外帯域の分光透過率に波長依存性がある吸収体が、前記測定対象物までの光路上に存在し得る状態で、前記測定対象物からの熱放射光を受光する受光部と、
分光輝度計を用い、前記受光部で受光した前記熱放射光の分光輝度を分光輝度信号として検出する検出部と、
前記検出部で検出した、前記吸収体の前記分光透過率が同一となる2つの波長に対応する前記分光輝度信号に基づいて、前記測定対象物の温度を求める演算処理部と、
を有し、
前記演算処理部は、
波長方向に連続した無名数からなる重み付け関数を設定し、
前記吸収体の前記分光透過率が同一となる2つの波長のうち一方の波長において、前記重み付け関数の波長方向の位置を前記一方の波長の位置に設定してから、前記分光輝度計を用いて得られた前記吸収体の分光透過率の値に前記重み付け関数を掛け合わせて合算することで、第1の重み付けデータを演算し、
前記吸収体の前記分光透過率が同一となる2つの波長のうち他方の波長において、前記重み付け関数の波長方向の位置を前記他方の波長の近傍の所定の位置に設定してから、前記分光輝度計を用いて得られた前記吸収体の分光透過率の値に前記重み付け関数を掛け合わせて合算することで、第2の重み付けデータを演算し、
前記所定の位置を波長方向に移動させながら、前記第1の重み付けデータと前記第2の重み付けデータとを対比し、前記第1の重み付けデータと前記第2の重み付けデータとが同じ値になる前記所定の位置を決定し、
前記重み付け関数の波長方向の位置を前記一方の波長の位置に設定して、前記重み付け関数を前記分光輝度信号に乗じた値と、前記重み付け関数の波長方向の位置を決定された前記所定の位置に設定して、前記重み付け関数を前記分光輝度信号に乗じた値との比から、前記測定対象物の温度を求める、温度測定装置。
【請求項2】
記測定対象物の温度に応じた、複数の重み付け関数を記憶した記憶部を有し
前記演算処理部は、
前記温度測定装置を用いて、前記測定対象物のおおよその温度を測定し、
得られた温度に基づいて、前記記憶部に記憶された複数の重み付け関数の中から、最適な重み付け関数を選択して設定する、請求項1に記載の温度測定装置。
【請求項3】
前記吸収体は、水、油脂、溶液、ガラス又は樹脂の少なくとも何れかである、請求項1又は2に記載の温度測定装置。
【請求項4】
2色放射測温を用いて、測定対象物の温度を測定する温度測定方法において、
近赤外帯域の分光透過率に波長依存性がある吸収体が、前記測定対象物までの光路上に存在し得る状態で、前記測定対象物からの熱放射光を受光する受光ステップと、
分光輝度計を用い、前記受光ステップで受光した前記熱放射光の分光輝度を分光輝度信号として検出する検出ステップと、
前記検出ステップで検出した、前記吸収体の前記分光透過率が同一となる2つの波長に対応する前記分光輝度信号に基づいて、前記測定対象物の温度を求める演算処理ステップと、
を有し、
前記演算処理ステップは、
波長方向に連続した無名数からなる重み付け係数を設定し、
前記吸収体の前記分光透過率が同一となる2つの波長のうち一方の波長において、前記重み付け関数の波長方向の位置を前記一方の波長の位置に設定してから、前記分光輝度計を用いて得られた前記吸収体の分光透過率の値に前記重み付け関数を掛け合わせて合算することで、第1の重み付けデータを演算し、
前記吸収体の前記分光透過率が同一となる2つの波長のうち他方の波長において、前記重み付け関数の波長方向の位置を前記他方の波長の近傍の所定の位置に設定してから、前記分光輝度計を用いて得られた前記吸収体の分光透過率の値に前記重み付け関数を掛け合わせて合算することで、第2の重み付けデータを演算し、
前記所定の位置を波長方向に移動させながら、前記第1の重み付けデータと前記第2の重み付けデータとを対比し、前記第1の重み付けデータと前記第2の重み付けデータとが同じ値になる前記所定の位置を決定し、
前記重み付け関数の波長方向の位置を前記一方の波長の位置に設定して、前記重み付け関数を前記分光輝度信号に乗じた値と、前記重み付け関数の波長方向の位置を決定された前記所定の位置に設定して、前記重み付け関数を前記分光輝度信号に乗じた値との比から、前記測定対象物の温度を求める、温度測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、温度測定装置及び温度測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
放射測温法は、物体が温度に応じて発する熱放射光を、放射温度計等の測定機器により検出することで、対象となる物体の温度を知る方法であり、非接触かつ高速で温度を測定可能な遠隔測温方法である。今日では、鉄鋼業をはじめとする多くの産業で、かかる放射測温法が用いられている。
【0003】
特に鉄鋼業では、その製造工程において、鋼板材料等の測定対象物と放射温度計等の測定機器との間の光路上に、近赤外帯域の熱放射光を吸収する特性を持った水や油脂等の吸収体が存在することが多い。そうした場合には、測定対象物からの熱放射光の一部が吸収体によって吸収されてしまうことで測定誤差が生じ、測定対象物の正確な温度を測定することができなくなってしまう。
【0004】
そこで、本発明者らは、上記のような光路上に存在する吸収体に起因する測定誤差を抑制するために、例えば以下の特許文献1に開示されているように、着目する吸収体の分光吸収係数が同一となる2つの波長を測定波長として用いるようにした、2色放射温度計を提案している。一般的に、2色放射温度計は、2つの異なる波長で測定対象物からの熱放射光を観測し、2つの波長における放射輝度の比が、温度に応じて変化することを測定原理としているが、光路上に吸収体が存在する場合には、かかる吸収体により熱放射光が2つの波長で異なって減衰してしまい、誤差要因となるという問題があった。そこで、特許文献1に開示された2色放射温度計では、測定に用いる2つの波長における吸収体の分光吸収係数が同一となるように波長を選ぶことで、熱放射光の減衰による影響を抑制し、正確な温度を測定できるようにしている。なお、特許文献1では、吸収体の分光吸収係数が同一となる2つの波長での放射輝度を検出するために、2種類の光学バンドパスフィルタを用いて所望の波長での放射輝度を抽出し、抽出した放射輝度の検出を行っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2019-23635号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者らは、上記特許文献1に開示された2色放射温度計を用いて、更なる検証を行った。その結果、ある温度で、吸収体による熱放射の減衰が2つの波長で等しくなるように光学バンドパスフィルタの透過帯を選択し、そうした選択に基づいて決定された光学バンドパスフィルタを用いて放射温度測定を行ったところ、測定対象物の温度が大きく変化するような状況下では、測温誤差が大きくなる場合があることを見出した。特に鉄鋼業界において、測定対象物の一例である鉄鋼材料は、600℃程度の温度から1000℃を超える温度まで、様々な温度を有していることが多く、測定すべき温度の振れ幅が大きい。そのため、本発明者らが今般見出したような測温誤差が生じてしまうと、測温値が適正な値であるか否かが判断できなくなってしまう。
【0007】
そこで、本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的とするところは、測温誤差をより抑制することが可能な、温度測定装置及び温度測定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明者らが検証を行った結果、上記のような測温誤差は、光学バンドパスフィルタの特性に起因することを見出した。上記特許文献1に開示された2色放射温度計で用いられる光学バンドパスフィルタをはじめとして、一般的な各種の光学フィルタは、測定対象が取り得る代表的な温度において、光学フィルタの光学特性が所望の状態となるように選択され、決定される。そのため、測定対象物の温度が、光学特性を決定した際の温度から大きく外れると、上記のような測温誤差が生じてしまうことが、本発明者らにより明らかとなった。これは、光学フィルタの光学特性には、所定の帯域幅が存在するため、測定対象物の温度が変化した場合に、温度依存性を有する黒体放射スペクトルの影響で、その実効的な中心波長(例えば、光学バンドパスフィルタにおける、透過波長帯域の見掛けの中心波長)が変化するために、測定誤差が生じるためであると考えられる。
【0009】
上記のような知見に基づき、本発明者らが更なる検証を行った結果、測定対象物からの熱放射光を、連続的に光のスペクトルを測定可能な分光輝度計を用いて検出するとともに、分光輝度計により得られた分光輝度信号に対して、所定のデータ処理を実施することで、上記のような測温誤差を抑制可能であることに想到した。
上記知見に基づき完成された本発明の要旨は、以下の通りである。
【0010】
本発明に係る温度測定装置は、2色放射測温を用いて、測定対象物の温度を測定する温度測定装置において、近赤外帯域の分光透過率に波長依存性がある吸収体が、前記測定対象物までの光路上に存在し得る状態で、前記測定対象物からの熱放射光を受光する受光部と、分光輝度計を用い、前記受光部で受光した前記熱放射光の分光輝度を分光輝度信号として検出する検出部と、前記検出部で検出した、前記吸収体の前記分光透過率が同一となる2つの波長に対応する前記分光輝度信号に基づいて、前記測定対象物の温度を求める演算処理部と、を有し、前記演算処理部は、波長方向に連続した無明数からなる重み付け関数を設定し、前記吸収体の前記分光透過率が同一となる2つの波長のうち一方の波長において、前記重み付け関数の波長方向の位置を前記一方の波長の位置に設定してから、前記分光輝度計を用いて得られた前記吸収体の分光透過率の値に前記重み付け関数を掛け合わせて合算することで、第1の重み付けデータを演算し、前記吸収体の前記分光透過率が同一となる2つの波長のうち他方の波長において、前記重み付け関数の波長方向の位置を前記他方の波長の近傍の所定の位置に設定してから、前記分光輝度計を用いて得られた前記吸収体の分光透過率の値に前記重み付け関数を掛け合わせて合算することで、第2の重み付けデータを演算し、前記所定の位置を波長方向に移動させながら、前記第1の重み付けデータと前記第2の重み付けデータとを対比し、前記第1の重み付けデータと前記第2の重み付けデータとが同じ値になる前記所定の位置を決定し、前記重み付け関数の波長方向の位置を前記一方の波長の位置に設定して、前記重み付け関数を前記分光輝度信号に乗じた値と、前記重み付け関数の波長方向の位置を決定された前記所定の位置に設定して、前記重み付け関数を前記分光輝度信号に乗じた値との比から、前記測定対象物の温度を求めるものである。
【0011】
本発明に係る温度測定方法は、2色放射測温を用いて、測定対象物の温度を測定する温度測定方法において、近赤外帯域の分光透過率に波長依存性がある吸収体が、前記測定対象物までの光路上に存在し得る状態で、前記測定対象物からの熱放射光を受光する受光ステップと、分光輝度計を用い、前記受光ステップで受光した前記熱放射光の分光輝度を分光輝度信号として検出する検出ステップと、前記検出ステップで検出した、前記吸収体の前記分光透過率が同一となる2つの波長に対応する前記分光輝度信号に基づいて、前記測定対象物の温度を求める演算処理ステップと、を有し、前記演算処理ステップは、波長方向に連続した無明数からなる重み付け係数を設定し、前記吸収体の前記分光透過率が同一となる2つの波長のうち一方の波長において、前記重み付け関数の波長方向の位置を前記一方の波長の位置に設定してから、前記分光輝度計を用いて得られた前記吸収体の分光透過率の値に前記重み付け関数を掛け合わせて合算することで、第1の重み付けデータを演算し、前記吸収体の前記分光透過率が同一となる2つの波長のうち他方の波長において、前記重み付け関数の波長方向の位置を前記他方の波長の近傍の所定の位置に設定してから、前記分光輝度計を用いて得られた前記吸収体の分光透過率の値に前記重み付け関数を掛け合わせて合算することで、第2の重み付けデータを演算し、前記所定の位置を波長方向に移動させながら、前記第1の重み付けデータと前記第2の重み付けデータとを対比し、前記第1の重み付けデータと前記第2の重み付けデータとが同じ値になる前記所定の位置を決定し、前記重み付け関数の波長方向の位置を前記一方の波長の位置に設定して、前記重み付け関数を前記分光輝度信号に乗じた値と、前記重み付け関数の波長方向の位置を決定された前記所定の位置に設定して、前記重み付け関数を前記分光輝度信号に乗じた値との比から、前記測定対象物の温度を求めるものである。
【発明の効果】
【0012】
以上説明したように本発明によれば、測定対象物の温度を測定する際に、測温誤差をより抑制することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】分光輝度計における離散的な信号について説明するためのグラフ図である。
図2A】本発明の実施形態で着目する重み付け関数について説明するための説明図である。
図2B】本発明の実施形態で着目する重み付け関数について説明するための説明図である。
図2C】本発明の実施形態で着目する重み付け関数について説明するための説明図である。
図2D】本発明の実施形態で着目する重み付け関数について説明するための説明図である。
図3】台形形状の分布を有する重み付け関数について説明するための説明図である。
図4】台形形状の分布を有する重み付け関数の一例を示したグラフ図である。
図5】厚み10mmの水膜の分光透過率を示したグラフ図である。
図6】黒体分光放射輝度の波長分布を示したグラフ図である。
図7】長波長側の波長帯域に適用される重み付け関数の一例を示したグラフ図である。
図8A】同実施形態に係る温度測定装置の構成の一例を模式的に示した説明図である。
図8B】同実施形態に係る温度測定装置の構成の一例を模式的に示した説明図である。
図9】同実施形態に係る温度測定装置が備える測定部の構成の一例を模式的に示した説明図である。
図10】同実施形態に係る温度測定装置が備える演算処理部の構成の一例を模式的に示したブロック図である。
図11】同実施形態に係る温度測定装置で実施される温度測定方法の流れの一例を示した流れ図である。
図12】同実施形態に係る温度測定装置が有する演算処理部のハードウェア構成の一例を示したブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0015】
(本発明者らによる検討について)
本発明の実施形態に係る温度測定装置及び温度測定方法について説明するに先立ち、本発明者らが実施した2色放射温度計に関する各種の検討について、図1図7を参照しながら詳細に説明する。
図1は、分光輝度計における離散的な信号について説明するためのグラフ図である。図2A図3は、本発明の実施形態で着目する重み付け関数について説明するための説明図である。図4は、台形形状の分布を有する重み付け関数の一例を示したグラフ図である。図5は、厚み10mmの水膜の分光透過率を示したグラフ図である。図6は、黒体分光放射輝度の波長分布を示したグラフ図である。図7は、長波長側の波長帯域に適用される重み付け関数の一例を示したグラフ図である。
【0016】
本発明者らが提案する、上記特許文献1に開示した2色放射温度計においては、特定の波長の光を観察するための方法として、InGaAs素子等の光検出器の前段に光学バンドパスフィルタを配置する方法を採用しているが、特定の波長の光を観察するための方法には、それ以外の方法も採用することができる。上述のような、光学バンドパスフィルタに起因する測温誤差を抑制するために、本発明者らは、光学バンドパスフィルタと光検出器との組み合わせではなく、連続的に光のスペクトルを検出可能な(換言すれば、光のスペクトル分布を測定可能な)、分光輝度計を用いることに想到した。かかる分光輝度計は、入射した光を波長ごとに分光して、各波長での光の分光輝度を検出し、検出した分光輝度を分光輝度信号として出力する検出器であるといえる。
【0017】
本実施形態に係る温度測定装置では、このような分光輝度計を用い、波長について連続的な分光輝度信号を得たのち、かかる分光輝度信号の中から所望の波長帯域の信号を抜き出して利用することができるため、本発明者らが提案する、上記特許文献1に示した2色放射温度計と同様の機能を得ることができる。
【0018】
更に、本実施形態に係る温度測定装置では、こうした分光輝度計を用いることで、上記のような光学バンドパスフィルタに起因する測定誤差を抑制することができ、また、複数の測定波長ごとに個別の光学バンドパスフィルタを用意する必要がなくなる。そのため、各波長における測定が容易となり、波長等の条件変更する際の柔軟性を高めたり、測定装置の簡略化や低コスト化を図ったりすることができる。
【0019】
一方で、本発明者らが本実施形態で提案する2色放射温度計は、上記特許文献1に開示した2色放射温度計と同様に、非常に精密に検出波長を選択して決定することが求められ、具体的には、検出波長を0.5nm以下の精度で設定しないと、十分な精度を得ることが困難となる。ここで、問題となる点は、一般的な分光輝度計から得られる分光輝度信号には、0.5nm以下の検出分解能がないという点である。例えば、現在市販されている分光輝度計では、スペクトルのサンプリング間隔(換言すれば、波長分解能)は1.7nm程度である。即ち、一般的な分光輝度計を用いる場合には、測定値が得られる波長がサンプリング間隔に依存して決まってしまうため、実際に測定値が得られた任意の測定波長から、1.7nm程度以下の波長幅だけずれた波長において、分光輝度信号を実測することは困難である。
【0020】
このような分光輝度計を用いて、サンプリング間隔よりも小さな分解能で、所定の波長(例えば、1210nm)における分光透過率と、分光透過率が同じとなる波長(図1中に■で示す。)を決定するためには、例えば、図1のグラフにおいて、当該所定の波長における分光透過率(S1210)の値から、水平線を引き、再びグラフに交わる交点を探し、図1中に示す分光透過率の実測値(図1中に○で示す。)の中で、当該交点を跨ぐ隣り合う2つの実測値の波長(例えば、1290nmと1310nm)から、その平均値を求めればよい。かかる概念を模式化したものを図1に示した。なお、図1では、説明を分かりやすくするために、分光輝度計のサンプリング間隔を拡大して描いている。
【0021】
本実施形態における温度測定装置では、上記特許文献1に開示したような、吸収体(以下では、水を例に挙げて説明するものとする。)の分光吸収係数(分光透過率と考えることもできる。)が等しくなる波長として、1200nm近傍の波長帯域(短波長側の波長帯域)と、1300nm近傍の波長帯域(長波長側の波長帯域)とに着目する。なお、図1図2A図2Dでは、説明を分かりやすくするために、短波長側の波長帯域の波長として、1210nmを基準として用いるものとする。
【0022】
本実施形態の2色放射温度計では、吸収体の分光透過率が一致する2つの波長の分光輝度信号を用いる必要があるが、本実施形態が分光輝度計を用いていることに起因して、分光輝度計のサンプリング間隔より短い波長間隔では、分光輝度信号を実測することができない。そのため、図1に示したように、波長1210nm(分光透過率はS1210)と分光透過率が一致する波長は、波長1290nm(分光透過率はS1290)と波長1310nm(分光透過率はS1310)の間の、実測値が存在しない波長に該当することになる。
【0023】
上記のような場合、短波長側の波長帯域と分光透過率が正確に一致する長波長側の波長の実測値が存在しないために、付近の分光輝度信号を案分する演算を行うこととなる。この場合、得られる分光輝度信号の精度にこだわらないのであれば、例えば、0.4×S1290+0.6×S1310などのように、付近の2つの分光輝度信号S1290,S1310に重みを付けた上で平均して、短波長側と分光透過率が等しくなるように輝度値を合成する演算を行えばよいことになる。
【0024】
しかしながら、吸収体の分光透過率が同一となるようにするうえで、分光輝度信号の精度を担保するためには、図1に示したような概念を一般化して、分光輝度計からの分光輝度信号の実測値が存在しない波長での分光輝度信号を高精度に決定する必要がある。そこで、本発明者らは、0以上1以下の重み付け係数と、所望の波長の近傍に位置する複数の(特に、2点を越えるような多数の)分光輝度信号とを利用することに想到した。以下、かかる概念を、図2A図3を参照しながら説明する。
【0025】
本実施形態に係る温度測定装置は、近赤外帯域の分光透過率に波長依存性がある水等の吸収体が測定対象物までの光路上に存在し得る状態で、温度測定を行うことを想定しているため、事前に、当該吸収体の光学特性を把握しておく必要がある。そのため、本実施形態に係る温度測定装置自体を用いて、事前に波長ごとに吸収体の分光透過率を測定しておく。例えば、波長ごとに、吸収体の有無を変えて分光輝度信号を測定することで、分光透過率を測定することができる。そうして得られた結果を、図2Aの上図に示す。
【0026】
図2Aの上図は、本実施形態に係る温度測定装置(の分光輝度計)を用いて測定されているため、分光透過率の実測値(図中に○で示す。)は、本実施形態に係る温度測定装置(の分光輝度計)のサンプリング間隔(図中にΔで示す。本来は、例えば1.7nm間隔だが、図中では説明を簡単にするために大きい間隔で描いている。)に応じた波長間隔で現れている。
【0027】
なお、図2Aの上図に示すような、波長と分光透過率との関係を得る場合には、本実施形態に係る温度測定装置自体を用いて測定を行うようにすると、温度測定装置自体が持つ光学特性を測定結果に反映させることができるため好ましい。しかしながら、こうした手法に限定されるものではなく、例えば、他の測定装置を用いた測定を行うようにしたり、吸収体の分光透過率の波長依存性について公知の文献等の資料から把握するようにしたりしても良い。
【0028】
また、本実施形態に係る温度測定装置は、2色放射測温を用いて測定対象物の温度を測定するものであるため、測定対象物が発する熱放射の輝度を測定する必要がある。そのため、本実施形態に係る温度測定装置(の分光輝度計)を用いて、吸収体が測定対象物までの光路上に存在し得る状態で、波長ごとに測定対象物の分光輝度を分光輝度信号として測定する。そうして得られた結果を、図2Aの下図に示す。
【0029】
図2Aの下図も、本実施形態に係る温度測定装置(の分光輝度計)で測定することにより得られたものであるため、図2Aの下図に示す分光輝度の実測値(図中に○で示す。)は、本実施形態に係る温度測定装置(の分光輝度計)のサンプリング間隔Δに応じた波長間隔で、図2Aの上図の分光透過率の実測値(図中に○で示す。)と同じ波長に現れている。
【0030】
次に、分光輝度計のサンプリング波長から外れ、分光輝度信号の実測値が存在しない波長(図1中の■で示す。)における分光輝度信号を得るために、図2Bに示すような分布(一例として三角形状の分布)を持った重み付け関数を用意する。
【0031】
重み付け関数は、分光輝度計のサンプリング間隔Δとは無関係に、波長方向に連続的(サンプリング間隔Δと比べて有為に狭い間隔であれば、離散値であってもよい。)で、波長方向と異なる軸に重みとなる無名数(重み付け係数。0~1の値とすることが好ましい。)を有する関数として設定される。また、重み付け関数は、その頂点(図2B中に■で示す。)の波長方向における位置を、適宜変更して設定できるものとする。
【0032】
次に、図2Cに示すように、図2Aの上図に示す波長と分光吸収係数との関係の中で、重み付け関数の頂点■の波長方向における位置を、着目する短波長側の波長帯域で基準とした波長(1210nm)の位置となるように設定する。その状態で、サンプリング間隔Δごとの各波長において、分光透過率と重み付け関数とを乗じる演算(畳み込み演算)を行い、それらの合計値(以下、短波長側重み付けデータと称する。)を記憶する。図2Cに示す例であれば、重み付け関数の頂点をS1210と波長方向で合わせた後、分光透過率の測定値と重み付け関数とが重複する範囲を中心に、分光透過率の測定値であるa、a、a3、…aに対し、重み付け関数により定まる重み付係数b、b、b…bを乗じて、それらを合算(a+a+a+・・・a)し、短波長側重み付データを取得する。
【0033】
次に、図2Dの上図に示すように、図2Aの上図に示す波長と分光透過率との関係の中で、重み付け関数を、その頂点■の波長方向における位置が、(短波長側の基準となる1210nmと分光透過率が一致する波長に、短波長側で隣接する実測値のある)波長1290nmの左側(短波長側)となるように設定する。その状態で、サンプリング間隔Δごとの各波長において、分光透過率と重み付け係数とを乗じる演算(畳み込み演算)を行い、それらの合計値(以下、長波長側重み付けデータと称する。)を記憶する。図2Dの上図に示す例であれば、重み付け関数の頂点をS1290の左側に波長方向で合わせた後、分光透過率の測定値と重み付け関数とが重複する範囲を中心に、分光透過率の測定値であるc、c、c3、…cに対し、重み付け関数により定まる重み付係数d、d、d…dを乗じて、それらを合算(c+c+c+・・・c)し、長波長側重み付データを取得する。
【0034】
そして、図2Dの上図に破線の重み付け関数で示すように、重み付け関数の頂点■の波長方向における位置を、微小間隔(サンプリング間隔Δより十分狭い間隔σ(即ち、σ≪Δ))ずつ右側(長波長側)に移動する。そして、再び、分光輝度信号が得られるサンプリング間隔△ごとの波長において、分光透過率と重み付け係数とを乗じる演算を行い、それらの合計値である長波長側重み付データを記憶する。
【0035】
こうした、重み付け関数の移動に伴う演算と記憶を繰り返していく中で、図2Dの下図に示すように、頂点■の波長方向における位置が、(短波長側の基準となる1210nmと分光透過率が一致する波長に、長波長側で隣接する実測値のある)波長1310nmの右側(長波長側)に至るまで移動する間、記憶した長波長側重み付けデータが、上記短波長側重み付けデータと合致するか否かを調べる。そして、合致する場合に、その際に重み付け係数が位置する波長方向の位置に、重み付け関数を固定する。
【0036】
こうして位置が固定された重み付け関数は、短波長側の波長帯域で基準とした波長1210nmを中心波長とする分光透過率と、長波長側の波長帯域において実測値のない(波長1290nmと1310nmの間にある)図1の■の、周囲にある複数の実測値から得られた分光透過率とが、実効的に同じ値となるような重み付け及び波長情報を持った、仮想的な光学フィルタとしての機能を有することになる。
【0037】
続いて、所望の分光輝度信号を得るために、短波長側の波長においては、重み付け関数の波長方向の位置を波長1210nmに設定してから、重み付け関数を、図2Aの下図に示す分光輝度信号の実測値に乗じる。一方、長波長側の波長においては、上述の位置が固定された重み付け関数を、図2Aの下図に示す分光輝度信号の実測値に乗じる。
【0038】
こうすることで、短波長側と長波長側で、吸収体である水に対して実効的に同じ分光透過率を持つという条件の下で、短波長側の分光輝度と長波長側の分光輝度とを求めることができる。
【0039】
そのため、水による放射光の減衰の影響を受けることなく短波長側の分光輝度と長波長側の分光輝度との比(2色比)を計算することで、2色放射測温の原理に基づいて、測定対象物の温度を精度よく求めることができる。
【0040】
こうした重み付け関数を、分光輝度計を用いた2色放射温度計に適用することで、分光輝度計の実測がサンプリング間隔ごとにしか行われないという問題を解決することが可能となるとともに、図1に示したような2点(S1290、S1310)のみの分光輝度信号だけではなく、より多くの分光輝度信号(測定値)を畳み込み演算に取り込むことができるため、ノイズやバラツキを有する分光輝度信号を多点平均化することができ、精度をより向上させることが可能となる。
【0041】
ところで、例えば、波長1.7nm以下の仮想的な分解能を得るためには、重み付け関数の分布には、0より大きく1よりも小さい値となる、波長方向に傾斜した領域が存在すればよい。そして、多点平均化による平滑化に必要な数の分光輝度信号を適宜用いることを考慮すると、上述のような三角形状の分布を有する重み付け関数でなくても、例えば図3に模式的に示したような、台形形状の分布を有する重み付け関数を用いてもよい。
【0042】
台形形状の分布を有する重み付け関数を用いると、短波長側及び長波長側の各波長帯域の中心波長の周辺では、台形形状の上辺に当たる大きな値の重み付けがなされて強調されることになるが、一方で、短波長側及び長波長側の各波長帯域の中心波長から大きく外れた波長では、台形形状の斜辺に当たる小さな値の重み付けがなされて弱められるため、求めたい波長を中心とした波長域をより精度よく選択することができるようになる。
【0043】
図3に示した例では、10点の分光輝度信号を用いて、所望の波長の分光輝度信号を得る場合について図示している。また、図3に示す重み付け関数を構成する重み付け係数は、連続的な関数として設定しても良く、図4に示すように波長方向の間隔を狭くした多点から構成するようにしても良い。
【0044】
図2B図3及び図4に示したような、重み付け関数を用いた平均化処理(畳み込み演算処理)は、上述のように、仮想的な光学フィルタ(仮想光学フィルタ、デジタル・フィルタと考えることもできる。)を用いたフィルタ処理と考えることもできる。このような重み付け関数は、実際には、吸収体の有無による測温誤差がなくなるように、実験的に又はシミュレーションを用いて、事前に決定することが可能である。この場合には、用いる分光輝度計のサンプリング間隔やノイズ感度等に応じて、用いる分光輝度信号の個数や、重み付け関数における重み付け係数の分布(図3図4に示したような重み付け係数の分布の形状)を決定し、短波長側の仮想的な光学フィルタと長波長側の仮想光学フィルタとを決定することが重要である。
【0045】
続いて、吸収体の分光透過率が一致するはずの2波長が、温度によってわずかに変化する現象と、分光輝度計を用いることで上記現象が解決可能である点について、以下に説明する。
【0046】
上記特許文献1に開示した2色放射温度計では、物理的な光学フィルタ(光学バンドパスフィルタ)を用いていた。この場合に、かかる光学バンドパスフィルタは、当該フィルタの透過光を単波長とみなすことが可能な狭帯域フィルタではなく、例えば、透過波長幅=50nm程度等といった、透過波長にある程度の幅があるものが用いられる。これは、透過波長帯域が狭い光学バンドパスフィルタでは、InGaAs素子等の赤外光検出器が安定して動作するだけの放射輝度が得られない可能性があるためである。
【0047】
本発明者らは、上記のような光学バンドパスフィルタを備える2色放射温度計を用いて、600~1200℃の温度を取り得る測定対象物(鉄鋼材料)の測温を行った。その結果、光学バンドパスフィルタの光学特性を決定した際の温度である900℃では、吸収体である水の有無によって測温結果が変化する(すなわち、測定誤差が生じる)ことはないが、一方で、測定対象物の温度が600℃であるとき、及び、測定対象物の温度が1200℃であるときには、吸収体の有無によって±5℃程度の測温誤差が生じることが判明した。すなわち、本発明者らによる検証によって、吸収体である水の分光透過率が互いに等しくなる2つの波長に温度依存性があることが明らかとなった。
【0048】
物理的な光学フィルタに有限の透過波長幅が存在する場合、透過幅の平均的(実効的)な透過率を考慮することが重要である。そこで、本発明者らは、2色放射温度計の観測光量を分光シミュレーションにより調査した。以下に示す分光シミュレーションでは、サンプリング間隔Δ=1.7nmの離散的なスペクトルで、吸収体である水の分光透過率、光学フィルタの分光透過率、及び、黒体分光放射輝度を表現することとした。
【0049】
まず、短波長側の重み付け関数として、重み付け係数の分布が図3のように台形形状かつ左右対称であり、以下の条件を満たす重み付け関数を用いた。当該重み付け関数は、波長幅60nmにわたって重み付け係数が1であり(すなわち、上底の長さが60nmであり)、その両端の幅10nmの領域では、重み付け係数が1から0に直線的に下がる台形形状とした。
【0050】
上記のような条件に基づき、サンプリング間隔Δ=1.7nmの波長刻みで、中心透過波長=1200nmの重み付け関数を表現すると、図4に示したようになる。
【0051】
長波長側である1300nm近傍のための重み付け関数には、短波長側の重み付け関数と同じ重み付け関数を用いた。ここで、2色放射温度計の原理が成立するように(すなわち、吸収体の一例である水の実効透過率が短波長側の実効透過率と等しくなるように)、長波長側の重み付け関数の中心透過波長を、シミュレーションにより探索する。ここで、図5にも示すように、1300nm近傍では、水の分光透過率は単調に変化する。そのため、中心透過波長を調整することで、重み付け関数に基づく実効透過率を調整することができる。
【0052】
水の分光透過率としては、既知のデータを用いることが可能であり、このようなデータとして、例えば図5に示したような、水膜の厚み=10mmの際の水の分光透過率を挙げることができる。図5から明らかなように、波長1200nm近傍と、波長1300nm近傍には、分光透過率が等しくなる2つの波長が存在する。波長1300nm近傍では、水の分光透過率が単調に減少していることがわかる。
【0053】
上記のように水の分光透過率に着目し、重み付け関数の実効透過率τeffを求めるとは、単純に考えると、以下の式(1)に示す実効透過率τeffが、中心透過波長1200nmの重み付け関数と等しくなるように、長波長側の重み付け関数の中心透過波長を選択することを意味する。
【0054】
【数1】
【0055】
ここで、上記式(1)において、λは、重み付け関数の下限透過波長であり、nは、Δ刻みで上限透過波長に達するまでの数であり、τ(λ)は、波長λにおける水の分光透過率であり、f(λ)は、波長λにおける光学フィルタの分光透過率に相当する重み付け係数である。
【0056】
上述のようにして、中心透過波長1200nmの重み付け関数と実効透過率が等しくなる中心透過波長を求めたところ、その中心透過波長は、1284.04nmであった。従って、中心透過波長=1284.04nmで左右対称であり、波長幅60nmにわたって重み付け係数が1であり、その両端の幅10nmの領域では、重み付け係数が1から0に直線的に下がる重み付け関数(図4に示したものと同じ形状の台形であるが、中心波長が1284.04nmである重み付け関数)を用いることで、分光輝度計から得られる分光輝度信号から、吸収体である水の実効透過率が互いに等しい2種類の分光輝度信号を得ることが考えられる。ただし、式(1)の重み付け関数の決定方法では、測定対象の温度によって水の有無による測定誤差が生じる現象が説明できない。
【0057】
そこで、発明者らは更に深く検討して次のように想到した。すなわち、上記式(1)のような吸収体の実効透過率のみを考慮した重み付け関数を用いるのではなく、以下で説明するような実効透過率に加えて黒体放射の波長依存性も考慮した重み付け関数を用いることが好ましい。
【0058】
熱を有している物体から放射される黒体放射には、温度に応じた分光特性が存在し、光学フィルタの透過波長域の中においても、分光放射輝度は均一とはならない。そのため、実効透過率τeffとして、波長ごとの分光透過率に相当する重み付け係数、及び、水の分光透過率だけでなく、黒体放射の分光放射輝度の波長依存性(波長分布)を更に考慮することで、重み付け関数の光学特性(波長特性)を更に向上させることが可能となる。この際、黒体放射の分光放射輝度の波長分布を考慮した重みw(λ)を考慮して、実効透過率τeffは、以下の式(2)で与えられる。
【0059】
【数2】
【0060】
ここで、黒体分光放射輝度の重みw(λ)としては、例えば図6に例示したように、波長1250nmを基準とした黒体分光放射輝度の相対値を用いることが可能である。
【0061】
上記式(2)に示した実効透過率τeffに基づき、中心透過波長1200nmの重み付け関数と実効透過率が等しくなる中心透過波長を求めた。その結果、測定対象温度を600℃とした場合は、中心透過波長が1287.97nmとなり、測定対象温度を1200℃とした場合は、中心透過波長が1286.84nmとなった。これら重み付け関数の重み付け係数の分布の様子を、図7にまとめて示した。
【0062】
以上説明したような重み付け関数を用いることで、分光輝度計から得られる連続的なスペクトルを利用して、一度波長ごとに分光された輝度信号を再度合成することにより、所望の波長の分光輝度信号を抽出することが可能となる。これにより、抽出された分光輝度信号を用いて、上記特許文献1に開示されている2色放射温度計の原理から2色比Rを算出し、2色比と温度との関係に基づき、測定対象物の温度をより正確に測定することが可能となる。
【0063】
次に、温度によって短波長側の重み付け関数と長波長側の重み付け関数の実効透過率が一致する波長帯域がずれる現象が、実際の測温にどのような影響を及ぼすかについて、検証を行った。
【0064】
着目する重み付け関数の光学特性としては、波長幅60nmの範囲で重み付け係数が1であり、かつ、その両端の幅10nmの領域では、重み付け係数が1から0に直線的に減少する重み付け関数を用いるものとした。また、短波長側の重み付け関数は、中心透過波長を1200nmに固定した。その上で、温度600℃において、水膜の有無により測定温度に変化がないように、上記式(2)に示した実効透過率を用いて調整を行った。この場合、長波長側の重み付け関数の中心透過波長は、上記のように、1287.97nmとなる。
【0065】
ここで、温度1200℃の測定対象物について、上記重み付け関数を用いて測温を行ったとすると、熱放射光が厚み10mmの水膜を透過した場合に、短波長側の重み付け関数の実効透過率と、長波長側の重み付け関数の実効透過率と、が不一致となる。その結果、短波長側と長波長側の実効透過率の比率は、1から1.0125へと変化する。この変化は、2色放射温度計で温度を算出する際に利用する2色比Rの値が、1.25%変化したことと等価である。1.25%の2色比の変化を、上記特許文献1で開示されているような2色比と温度の関係から温度変化量に変換すると、17.5℃の測定誤差となる。
【0066】
以上の検証より、測定対象物の温度が大きく変化しうる場合には、600℃近傍の温度を測定する際の重み付け関数、800℃近傍の温度を測定する際の重み付け関数、1000℃近傍の温度を測定する際の重み付け関数、1200℃近傍の温度を測定する際の重み付け関数、・・・のように、測定対象物の温度に応じた複数の重み付け関数を予め準備し、測定対象物のおおよその温度を参考にして、適切な重み付け関数を選択して設定するように、切り替えを行うことが好ましい。
【0067】
より具体的には、はじめに、本実施形態の温度測定装置を用い、2色放射測温を用いて測定対象物のおおよその温度を測定する。この時点では、重み付け関数については最適なものが選択されている必要はなく、その点において、粗い精度で温度が測定できさえすればよい(例えば、600℃に好適な重み付け関数で1200℃の測定対象物を測温して、光路上に厚さ10mmの水膜があれば、上述の通り17.5℃の測定誤差が生じる)。そして、次に、測定された(粗い)温度に基づいて、記憶部に記憶された(測定対象物が取り得る温度に対応した)複数の重み付け関数のうちで、より近い温度に応じた重み付け関数、即ち、適切な重み付け関数を選択するようにする。その後、当該適切な重み付け関数を用い、本実施形態の温度測定装置で測定対象物の温度を測定するようにする。
【0068】
このように、おおよその温度を事前に測定しておくことで、吸収体が存在するような温度測定が容易ではない環境下であっても、適切な重み付け関数を選択することができるため、測定精度を低下させることなく、測定対象物の測温を行うことが可能となる。このような機能を、物理的な光学フィルタで実現することは困難であり、光スペクトルを連続的に観測可能な分光輝度計と、上記のような重み付け関数を構成することで、上記の機能が実現される。
【0069】
以上の説明では、吸収体として水に着目して、詳細な説明を行ったが、水以外の吸収体(例えば、油脂、溶液、ガラス、樹脂等)が測定対象物との間の光路上に存在し得る場合についても、同様に重み付け関数を構成して、対応を行うことが可能である。
【0070】
以下では、上記知見に基づき得られた、本発明の実施形態に係る温度測定装置及び温度測定方法について、詳細に説明する。
【0071】
(実施形態)
<温度測定装置の構成について>
以下では、まず、図8A及び図8Bを参照しながら、本発明の実施形態に係る温度測定装置10の全体構成について、詳細に説明する。図8A及び図8Bは、本実施形態に係る温度測定装置10の全体的な構成の一例を示した説明図である。
【0072】
本実施形態に係る温度測定装置10は、測定対象物が発する近赤外帯域の熱放射光を、近赤外帯域において分光吸収係数に波長依存性を有する吸収体が光路上の少なくとも一部に存在し得る状態で検出し、熱放射光の放射輝度の検出結果に基づいて測定対象物の温度を測定する装置である。ここで、近赤外帯域において分光吸収係数に波長依存性を有する吸収体としては、例えば、水、水蒸気、油脂、溶液、ガラス又は樹脂の少なくとも何れかを挙げることができる。また、本実施形態では、近赤外帯域として、特に940nm~1350nmの帯域に着目するものとする。下限を940nmとする理由は、近赤外帯域に属する800nm以上(特に940nm以上)において、水が強い波長依存性を有する半透明体となるためである。また、上限を1350nmとする理由は、1350nm以上では、水膜厚み10mm以上で水が不透明となるためである。
【0073】
この温度測定装置10は、例えば図8Aに示したように、測定部101と、演算処理部103と、記憶部105と、を主に備える。
【0074】
測定部101は、例えば高温の状態にある鋼板など、近赤外帯域(例えば、940nm~1350nmの帯域)に属する熱放射光を発している測定対象物に関して、発せられている熱放射光(観測光)の大きさを測定する。より詳細には、測定部101は、測定対象物の熱放射光を、入射した光を波長ごとに分光して各波長での輝度を検出し、検出結果を分光輝度信号として出力する検出器である分光輝度計を用いて測定し、熱放射光の分光輝度信号に関する測定データを生成する。
【0075】
この測定部101は、例えば2色放射温度計における各種レンズ/レンズ群や分光輝度計等から構成される光学系に対応するものである。測定部101のより詳細な構成については、以下で改めて説明する。
【0076】
測定部101は、測定対象物の熱放射光の大きさを測定して、熱放射光の放射輝度の検出結果を示した測定データを生成すると、生成した測定データを後述する演算処理部103に出力する。
【0077】
演算処理部103は、CPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、通信装置等により実現される。演算処理部103は、測定部101により実施される測定処理の統括的な制御を行う。また、演算処理部103は、測定部101により測定された測定データに基づいて、測定対象物の温度を算出するための演算処理を実施する。より詳細には、演算処理部103は、測定部101により生成された測定データと、プランクの黒体放射式から導出される、分光放射輝度と温度との間の関係式とに基づいて、測定対象物の温度を算出する。演算処理部103により算出された測定対象物の温度に関する情報は、表示画面等を介して画像として出力されたり、プリンタ等を介して印刷物として出力されたり、データそのものとして出力されたりする。
【0078】
なお、かかる演算処理部103の詳細な構成については、以下で改めて詳述する。
【0079】
記憶部105は、例えば本実施形態に係る温度測定装置10が備えるRAMやストレージ装置等により実現される。記憶部105には、着目する吸収体の分光吸収係数や、測定対象物の分光放射率や、重み付け関数といった各種のパラメータやデータ等が格納される。また、これらのデータ以外にも、記憶部105には、本実施形態に係る温度測定装置10が、何らかの処理を行う際に保存する必要が生じた様々なパラメータや処理の途中経過等、または、各種のデータベースやプログラム等が、適宜記録される。この記憶部105は、測定部101及び演算処理部103等が、自由にデータのリード/ライト処理を行うことが可能である。
【0080】
また、本実施形態に係る記憶部105には、上述したような、重み付け関数に関するデータが保持されている。保持されている個々の重み付け関数に関するデータには、かかる重み付け関数を適用することが許容される温度範囲が、求める測温精度等に基づき、予め設定されていることが好ましい。また、重み付け関数に関するデータは、着目する測定対象物がとりうる温度に応じて、複数の重み付け関数に関するデータが保持されていることが好ましい。演算処理部103は、記憶部105に保持された重み付け関数を適切に使用することで、分光輝度計で得られた分光輝度信号に基づき、所望の波長の分光輝度信号を生成することが可能となる。
【0081】
これら測定部101、演算処理部103及び記憶部105は、図8Aに模式的に示したように、例えば2色放射温度計の一機能として一つの測定機器の内部に実現されていてもよい。また、上記測定部101、演算処理部103及び記憶部105は、例えば図8Bに示したように、複数の機器に分散して実装されていてもよい。図8Bに示した例では、例えば2色放射温度計として機能する測定ユニットの内部に、測定部101及び記憶部105の機能が実現されており、パーソナルコンピュータ、各種サーバ、各種プロセスコンピュータなどといった演算処理装置の内部に、演算処理部103及び記憶部105の機能が実現されている場合を図示している。なお、図8Bにおいて、記憶部105は測定ユニット及び演算処理装置のそれぞれに記憶部105a,105bとして実現されているが、記憶部105は、測定ユニットの内部のみに実現されていてもよいし、演算処理装置の内部にのみ実現されていてもよい。
【0082】
<測定部の構成例について>
続いて、図9を参照しながら、本実施形態に係る測定部101の構成例について、詳細に説明する。図9は、本実施形態に係る温度測定装置が備える測定部の構成の一例を模式的に示した説明図である。
【0083】
本実施形態に係る測定部101は、2色放射温度計における光学系に対応するものであり、演算処理部103による制御のもとで稼働して、測定対象物が発する近赤外帯域の熱放射光を測定する。この測定部101は、図9に模式的に示したように、測定対象物からの熱放射光を受光する受光部111と、受光部111により受光した熱放射光を検出する検出部113と、を有している。
【0084】
本実施形態に係る測定部101において、上記のような受光部111と検出部113とは、公知の各種の光伝達機構により光学的に接続されていればよい。このような光伝達機構として、例えば、公知の各種の光ファイバOFを挙げることができる。受光部111と検出部113とを、例えば光ファイバOFのような光伝達機構により接続することで、受光部111を、検出部113から分離して配置することが可能となり、本実施形態に係る温度測定装置を使用する際の利便性が更に向上する。
【0085】
受光部111は、近赤外帯域の分光吸収係数に波長依存性がある水等の吸収体が、測定対象物までの光路上に存在し得る場合を対象として、測定対象物からの熱放射光を受光するものであり、図9に示したように、測定対象物からの熱放射光が受光する受光レンズ121と、受光レンズ121を透過した測定対象物からの熱放射光を、光ファイバOFに接続するための接続カプラ123と、を有している。この受光レンズ121及び接続カプラ123が、熱放射光を検出部113へと導光する導光光学系として機能している。
【0086】
ここで、本実施形態に係る受光部111の具体的な構成については、特に限定されるものではない。例えば、図9では、受光レンズ121として、1枚の両凸レンズを図示しているが、受光レンズ121は、複数の光学素子で構成されたレンズ群であってもよい。また、受光レンズ121に用いられるレンズは特に限定されるものではなく、球面レンズや非球面レンズなどといった公知の光学素子を適宜利用することが可能である。接続カプラ123及び光ファイバOFについても、特に限定されるものではなく、公知の各種の接続カプラや光ファイバを用いることが可能である。
【0087】
表面の少なくとも一部に様々な厚みの吸収体(図9では、水)が存在している測定対象物からの熱放射光は、受光部111の受光レンズ121によって、略平行な光束となり、接続カプラ123へと到達する。接続カプラ123は、受光レンズ121から導光されてきた熱放射光を、光ファイバOFの一方の端部へと接続する。受光部111で受光され、その後、光ファイバOFによって伝達された測定対象物からの熱放射光は、検出部113へと導光される。
【0088】
検出部113は、分光輝度計を用い、受光部111で受光した測定対象物の熱放射光の分光輝度を分光輝度信号として検出するものであり、図9に例示したように、光ファイバOFに光学的に接続されている接続カプラ151と、集光レンズ153と、分光輝度計155と、を有している。
【0089】
接続カプラ151を経た測定対象物からの熱放射光は、集光レンズ153によって、分光輝度計155へと集光される。分光輝度計155は、入射した測定対象物からの熱放射光を分光して、波長ごとに分光輝度値を検出していき、分光輝度信号に関する測定データを生成する。その後、分光輝度計155は、得られた分光輝度信号に関する測定データを演算処理部103に出力する。
【0090】
なお、図9において、集光レンズ153は、1つの両凸レンズを用いて模式的に図示されているが、この集光レンズ153は、複数のレンズから構成されるレンズ群であってもよい。また、集光レンズ153に用いられるレンズは特に限定されるものではなく、球面レンズや非球面レンズなどといった公知の光学素子を適宜利用することが可能である。
【0091】
以上、図9を参照しながら、本実施形態に係る測定部101の構成例を簡単に説明した。
【0092】
<演算処理部103の構成例について>
次に、図10を参照しながら、本実施形態に係る演算処理部103の構成例について説明する。図10は、本実施形態に係る演算処理部103の構成例を示したブロック図である。
【0093】
本実施形態に係る演算処理部103は、検出部113で検出した測定対象物の分光輝度信号に基づいて、測定対象物の温度を求めるものであり、図10に例示したように、測定制御部171と、データ取得部173と、輝度データ生成部175と、温度算出部177と、結果出力部179と、表示制御部181と、を主に備える。
【0094】
測定制御部171は、例えば、CPU、ROM、RAM、入力装置、出力装置、通信装置等により実現される。測定制御部171は、本実施形態に係る温度測定装置10の機能を統括的に制御する処理部である。測定制御部171は、測定対象物からの熱放射光を測定するように、分光輝度計を含む測定部101の動作を制御する。更に、測定制御部171は、必要に応じて、輝度データ生成部175及び温度算出部177に対して、熱放射光の測定条件や、用いる重み付け関数の種類を指定するための情報などといった、各種の設定値を出力することも可能である。
【0095】
また、測定制御部171は、温度算出部177から算出される、測定対象物の測温結果に関する情報を参照し、算出された測定対象物の温度が、現在用いている重み付け関数に許容される温度範囲に属しているかを判断してもよい。この際に、算出された測定対象物の温度が、現在設定されている重み付け関数に許容される温度範囲に属さなかった場合には、測定制御部171は、算出された測定対象物の温度に適した別の重み付け関数を設定することが好ましい。その上で、測定制御部171は、輝度データ生成部175に対して、設定した別の重み付け関数を用いて、後述する輝度データの生成処理を再度実施させるとともに、温度算出部177に対して、温度算出処理を再度実施させる。これにより、本実施形態に係る温度測定装置10は、測定対象物の温度をより一層正確に測定することが可能となる。
【0096】
データ取得部173は、例えば、CPU、ROM、RAM、通信装置等により実現される。データ取得部173は、測定部101によって生成された分光輝度信号のデータを取得し、後述する輝度データ生成部175へと出力する。また、データ取得部173は、取得した分光輝度信号のデータに、当該分光輝度信号のデータを取得した日時等に関する時刻情報を関連づけて、履歴情報として記憶部105に格納してもよい。
【0097】
輝度データ生成部175は、例えば、CPU、ROM、RAM等により実現される。輝度データ生成部175の機能を説明するにあたって、以下では、吸収体の分光吸収係数(又は分光透過率)が互いに同一となる2種類の波長のうち、一方の波長を含む所定の波長幅の帯域を、第1波長帯域と称することとし、他方の波長を含む所定の波長幅の帯域を、第2波長帯域と称することとする。
【0098】
輝度データ生成部175は、データ取得部173から出力された分光輝度信号のデータを参照して、第1波長帯域における分光輝度信号の測定データと、第2波長帯域における分光輝度信号の測定データと、を抽出する。その後、輝度データ生成部175は、測定制御部171によって予め設定されている、先だって説明したような重み付け関数に関するデータを用いて、第1波長帯域における測定データ及び第2波長帯域における測定データのそれぞれを重み付けしながら合算する。これにより、輝度データ生成部175は、第1波長帯域に関する分光放射輝度の輝度データである第1輝度データと、第2波長帯域に関する分光放射輝度の輝度データである第2輝度データと、を生成する。このようにして生成された2種類の輝度データが、吸収体の分光吸収係数(又は分光透過率)が互いに同一となる2種類の波長における、熱放射光の輝度信号に対応する。
【0099】
輝度データ生成部175は、第1輝度データ及び第2輝度データをそれぞれ生成すると、生成したこれらの輝度データを、後述する温度算出部177へと出力する。
【0100】
温度算出部177は、例えば、CPU、ROM、RAM等により実現される。温度算出部177は、輝度データ生成部175から出力された2種類の輝度データ(第1輝度データ及び第2輝度データ)を利用して、一方の輝度データにおける輝度信号を他方の輝度データにおける輝度信号で除した2色比(換言すれば、分光放射輝度の比)を算出する。また、温度算出部177は、算出した2色比と、2色比と温度との間の関係式と、を利用して、測定対象物の温度を算出する。
【0101】
上記特許文献1に開示されているように、2色比Rは、2つの波長における輝度信号の一方を、他方の輝度信号で除することで算出できる。一方、本実施形態に係る温度測定装置10では、以下の式(11)及び式(12)に示したように、吸収体による熱放射光の吸収を考慮している。そのため、2色比Rは、下記式(11)及び式(12)を利用して、上記特許文献1と同様に式の導出を行うと、下記の式(13)により表される。
【0102】
【数3】
【0103】
ここで、上記式(11)及び式(12)において、τは、波長λにおける水の分光透過率であり、τは、波長λにおける水の分光透過率である。また、水の分光透過率τは、水の分光吸収係数、水の厚み、及び、水と空気との界面における両者の屈折率から定まる界面反射率の関数となる。この際、界面反射を省略すると、水の分光透過率τ,τは、それぞれ、τ=exp(-α×t)、τ=exp(-α×t)と表すことができる。ここで、αは、波長λにおける水の分光吸収係数であり、αは、波長λにおける水の分光吸収係数であり、tは、水膜の厚みである。
【0104】
先だって説明したように、本実施形態に係る輝度データ生成部175では、吸収体の分光透過率(より正確には、検出波長は単波長ではなく帯域幅があるので、その波長帯域における実効透過率)が互いに同一となる波長の輝度信号が得られるように、重み付け関数を用いてデータ処理が行われている。そのため、上記式(13)の中辺第1項に示した吸収体による吸収に関する項は、分子・分母で互いに打ち消しあって、値が1となる。従って、上記式(13)の右辺におけるRλ及びΛは、以下式(14a)及び式(14b)のようになる。
【0105】
【数4】
【0106】
ここで、式(14a)及び式(14b)に示したRλ及びΛは、用いた1組の重み付け関数(短波長側及び長波長側の重み付け関数)で規定されている中心透過波長から決まる定数となる。従って、温度算出部177は、算出した2色比Rと、上記式(13)における(最左辺=最右辺)という関係式と、を利用して、測定対象物の温度Tを算出することが可能となる。
【0107】
なお、温度算出部177が2色比Rを算出する際に、2種類の波長λ、λのどちらの輝度信号を分母とし、どちらの輝度信号を分子として演算を行うかについては、特に限定するものではなく、演算処理中において基準とする輝度信号を変更しないようにしておけばよい。
【0108】
また、温度算出部177は、上記式(13)で表される2色比Rを介することなく、上記式(11)及び式(12)を利用して、温度を直接算出してもよい。すなわち、2種類の波長λ、λにおける放射率εが既知であれば、上記式(11)及び式(12)における未知数は、温度Tと、水膜の厚みtの2つとなる。従って、温度算出部177は、上記式(11)及び式(12)を連立させて連立方程式の解を求めることで、温度Tを算出することができる。更に、2種類の波長λ、λにおける放射率εが未知であったとしても、波長λでの放射率εと波長λでの放射率εが互いに等しければ、同様に、上記式(11)及び式(12)を連立させて、温度Tを直接算出することが可能である。ここで、連立方程式の解法は特に限定されるものではなく、例えば、解析的に解ける場合には解析的に解いてもよいし、数値演算により求解してもよいし、最適値問題として求解してもよい。
【0109】
温度算出部177は、上記のようにして算出した測定対象物の温度Tに関する情報を、測定制御部171及び後述する結果出力部179に、それぞれ出力する。
【0110】
結果出力部179は、例えば、CPU、ROM、RAM、出力装置、通信装置等により実現される。結果出力部179は、温度算出部177から出力された測定対象物の温度Tに関する情報を、温度測定装置10のユーザに出力する。具体的には、結果出力部179は、温度の測定結果に対応するデータを、当該データが生成された日時等に関する時刻データと関連づけて、各種サーバや制御装置に出力したり、プリンタ等の出力装置を利用して、紙媒体として出力したりする。また、結果出力部179は、測定結果に対応するデータを、外部に設けられたコンピュータ等の各種の情報処理装置に出力してもよいし、各種の記録媒体に出力してもよい。
【0111】
また、結果出力部179は、温度の測定結果に対応するデータを、温度測定装置10に設けられたディスプレイ等の出力装置や、外部に設けられた各種機器の有するディスプレイ等に出力する際には、後述する表示制御部181と連携して測定結果を出力する。
【0112】
表示制御部181は、例えば、CPU、ROM、RAM、出力装置、通信装置等により実現される。表示制御部181は、温度の測定結果に対応するデータをディスプレイ等の各種表示装置に表示させる際の表示制御を行う。これにより、温度測定装置10のユーザは、測定対象物の温度に関する測定結果を、その場で把握することが可能となる。
【0113】
以上、本実施形態に係る演算処理部103の機能の一例を示した。上記の各構成要素は、汎用的な部材や回路を用いて構成されていてもよいし、各構成要素の機能に特化したハードウェアにより構成されていてもよい。また、各構成要素の機能を、CPU等が全て行ってもよい。従って、本実施形態を実施する時々の技術レベルに応じて、適宜、利用する構成を変更することが可能である。
【0114】
なお、上述のような本実施形態に係る演算処理部の各機能を実現するためのコンピュータプログラムを作製し、パーソナルコンピュータ等に実装することが可能である。また、このようなコンピュータプログラムが格納された、コンピュータで読み取り可能な記録媒体も提供することができる。記録媒体は、例えば、磁気ディスク、光ディスク、光磁気ディスク、フラッシュメモリなどである。また、上記のコンピュータプログラムは、記録媒体を用いずに、例えばネットワークを介して配信してもよい。
【0115】
以上、図8A図10を参照しながら、本実施形態に係る温度測定装置10の構成について、詳細に説明した。
【0116】
<温度測定方法について>
次に、図11を参照しながら、本実施形態に係る温度測定装置10で実施される温度測定方法の流れの一例について、簡単に説明する。図11は、本実施形態に係る温度測定方法の流れの一例を示した流れ図である。
【0117】
本実施形態に係る温度測定方法では、まず、演算処理部103の測定制御部171による制御のもとで、分光輝度計を備える測定部101により、測定対象物から熱放射光を測定する(ステップS101)。これにより、測定対象物からの熱放射光は、分光されながら検出されて、分光輝度信号に関する測定データが生成される。生成された分光輝度信号に関する測定データは、演算処理部103のデータ取得部173へと出力される。
【0118】
演算処理部103のデータ取得部173は、測定部101から出力された分光輝度信号に関する測定データを、輝度データ生成部175に出力する。
【0119】
輝度データ生成部175は、データ取得部173から出力された分光輝度信号に関する測定データと、予め測定制御部171により設定された重み付け関数と、を用いて、2種類の輝度データ(すなわち、第1輝度データ及び第2輝度データ)を生成する(ステップS103)。輝度データ生成部175は、2種類の輝度データを生成すると、生成した2種類の輝度データを、温度算出部177へと出力する。
【0120】
温度算出部177は、生成された2種類の輝度データ(第1輝度データ及び第2輝度データ)を利用して、2色比Rを算出する(ステップS105)。その後、温度算出部177は、2色比と温度との関係を示した関係式と、算出した2色比Rと、に基づき、測定対象物の温度を算出する(ステップS107)。温度算出部177は、得られた測定対象物の温度に関する情報を、測定制御部171及び結果出力部179へと出力する。
【0121】
測定制御部171は、算出された温度が、用いた重み付け関数に設定されている許容温度範囲内であるか否かを判断する(ステップS109)。算出された温度が許容温度範囲内ではなかった場合(ステップS109-NO)、測定制御部171は、重み付け関数を、算出された温度に適したものへと変更し(ステップS111)、ステップS103に戻って、処理を継続させる。
【0122】
一方、算出された温度が許容温度範囲内であった場合には(ステップS109-YES)、結果出力部179は、温度算出部177により算出された測定対象物の温度を、測定結果として出力する(ステップS113)。
【0123】
これにより、本実施形態に係る温度測定方法では、測温誤差をより抑制しながら、測定対象物の温度を測定することが可能となる。
【0124】
以上、図11を参照しながら、本実施形態に係る温度測定方法の流れの一例について、簡単に説明した。
【0125】
<ハードウェア構成について>
次に、図12を参照しながら、本実施形態に係る温度測定装置10が備える演算処理部103のハードウェア構成について、詳細に説明する。図12は、本実施形態に係る演算処理部103のハードウェア構成を説明するためのブロック図である。
【0126】
演算処理部103は、主に、CPU901と、ROM903と、RAM905と、を備える。また、演算処理部103は、更に、バス907と、入力装置909と、出力装置911と、ストレージ装置913と、ドライブ915と、接続ポート917と、通信装置919とを備える。
【0127】
CPU901は、中心的な処理装置及び制御装置として機能し、ROM903、RAM905、ストレージ装置913、又はリムーバブル記録媒体921に記録された各種プログラムに従って、演算処理部103内の動作全般又はその一部を制御する。ROM903は、CPU901が使用するプログラムや演算パラメータ等を記憶する。RAM905は、CPU901が使用するプログラムや、プログラムの実行において適宜変化するパラメータ等を一次記憶する。これらはCPUバス等の内部バスにより構成されるバス907により相互に接続されている。
【0128】
バス907は、ブリッジを介して、PCI(Peripheral Component Interconnect/Interface)バスなどの外部バスに接続されている。
【0129】
入力装置909は、例えば、マウス、キーボード、タッチパネル、ボタン、スイッチ及びレバーなどユーザが操作する操作手段である。また、入力装置909は、例えば、赤外線やその他の電波を利用したリモートコントロール手段(いわゆる、リモコン)であってもよいし、温度測定装置10の操作に対応したPDA等の外部接続機器923であってもよい。更に、入力装置909は、例えば、上記の操作手段を用いてユーザにより入力された情報に基づいて入力信号を生成し、CPU901に出力する入力制御回路などから構成されている。ユーザは、この入力装置909を操作することにより、温度測定装置10に対して各種のデータを入力したり処理動作を指示したりすることができる。
【0130】
出力装置911は、取得した情報をユーザに対して視覚的又は聴覚的に通知することが可能な装置で構成される。このような装置として、CRTディスプレイ装置、液晶ディスプレイ装置、プラズマディスプレイ装置、ELディスプレイ装置及びランプなどの表示装置や、スピーカ及びヘッドホンなどの音声出力装置や、プリンタ装置、携帯電話、ファクシミリなどがある。出力装置911は、例えば、演算処理部103が行った各種処理により得られた結果を出力する。具体的には、表示装置は、演算処理部103が行った各種処理により得られた結果を、テキスト又はイメージで表示する。他方、音声出力装置は、再生された音声データや音響データ等からなるオーディオ信号をアナログ信号に変換して出力する。
【0131】
ストレージ装置913は、演算処理部103の記憶部の一例として構成されたデータ格納用の装置である。ストレージ装置913は、例えば、HDD(Hard Disk Drive)等の磁気記憶デバイス、半導体記憶デバイス、光記憶デバイス、又は光磁気記憶デバイス等により構成される。このストレージ装置913は、CPU901が実行するプログラムや各種データ、及び外部から取得した各種のデータなどを格納する。
【0132】
ドライブ915は、記録媒体用リーダライタであり、演算処理部103に内蔵、あるいは外付けされる。ドライブ915は、装着されている磁気ディスク、光ディスク、光磁気ディスク、又は半導体メモリ等のリムーバブル記録媒体921に記録されている情報を読み出して、RAM905に出力する。また、ドライブ915は、装着されている磁気ディスク、光ディスク、光磁気ディスク、又は半導体メモリ等のリムーバブル記録媒体921に記録を書き込むことも可能である。リムーバブル記録媒体921は、例えば、CDメディア、DVDメディア、Blu-ray(登録商標)メディア等である。また、リムーバブル記録媒体921は、コンパクトフラッシュ(登録商標)(CompactFlash:CF)、フラッシュメモリ、又は、SDメモリカード(Secure Digital memory card)等であってもよい。また、リムーバブル記録媒体921は、例えば、非接触型ICチップを搭載したICカード(Integrated Circuit card)又は電子機器等であってもよい。
【0133】
接続ポート917は、機器を演算処理部103に直接接続するためのポートである。接続ポート917の一例として、USB(Universal Serial Bus)ポート、IEEE1394ポート、SCSI(Small Computer System Interface)ポート、RS-232Cポート、HDMI(登録商標)(High-Definition Multimedia Interface)ポート等がある。この接続ポート917に外部接続機器923を接続することで、演算処理部103は、外部接続機器923から直接各種のデータを取得したり、外部接続機器923に各種のデータを提供したりする。
【0134】
通信装置919は、例えば、通信網925に接続するための通信デバイス等で構成された通信インターフェースである。通信装置919は、例えば、有線もしくは無線LAN(Local Area Network)、Bluetooth(登録商標)、又はWUSB(Wireless USB)用の通信カード等である。また、通信装置919は、光通信用のルータ、ADSL(Asymmetric Digital Subscriber Line)用のルータ、又は、各種通信用のモデム等であってもよい。この通信装置919は、例えば、インターネットや他の通信機器との間で、例えばTCP/IP等の所定のプロトコルに則して信号等を送受信することができる。また、通信装置919に接続される通信網925は、有線又は無線によって接続されたネットワーク等により構成され、例えば、インターネット、家庭内LAN、社内LAN、赤外線通信、ラジオ波通信又は衛星通信等であってもよい。
【0135】
以上、本発明の実施形態に係る演算処理部103の機能を実現可能なハードウェア構成の一例を示した。上記の各構成要素は、汎用的な部材を用いて構成されていてもよいし、各構成要素の機能に特化したハードウェアにより構成されていてもよい。従って、本実施形態を実施する時々の技術レベルに応じて、適宜、利用するハードウェア構成を変更することが可能である。
【0136】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【符号の説明】
【0137】
10 温度測定装置
101 測定部
103 演算処理部
105 記憶部
111 受光部
113 検出部
121 受光レンズ
123,151 接続カプラ
153 集光レンズ
155 分光輝度計
171 測定制御部
173 データ取得部
175 輝度データ生成部
177 温度算出部
179 結果出力部
171 表示制御部

図1
図2A
図2B
図2C
図2D
図3
図4
図5
図6
図7
図8A
図8B
図9
図10
図11
図12