(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-29
(45)【発行日】2023-12-07
(54)【発明の名称】温度測定装置及び温度測定方法
(51)【国際特許分類】
G01J 5/60 20060101AFI20231130BHJP
G01J 5/00 20220101ALI20231130BHJP
【FI】
G01J5/60 Z
G01J5/00 B
(21)【出願番号】P 2020036690
(22)【出願日】2020-03-04
【審査請求日】2022-11-04
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101557
【氏名又は名称】萩原 康司
(74)【代理人】
【識別番号】100096389
【氏名又は名称】金本 哲男
(74)【代理人】
【識別番号】100167634
【氏名又は名称】扇田 尚紀
(74)【代理人】
【識別番号】100187849
【氏名又は名称】齊藤 隆史
(74)【代理人】
【識別番号】100212059
【氏名又は名称】三根 卓也
(72)【発明者】
【氏名】杉浦 雅人
(72)【発明者】
【氏名】森岡 功輔
(72)【発明者】
【氏名】土屋 雅季
【審査官】田中 洋介
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-023635(JP,A)
【文献】特開2019-184280(JP,A)
【文献】特開平05-010822(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01J 5/00-5/90
G01N 21/00-21/958
G01J 3/00-3/52
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
2色放射温度計を用いて、測定対象物の温度を測定する温度測定装置において、
近赤外帯域の分光透過率に波長依存性がある吸収体が、前記測定対象物までの光路上に存在し得る状態で、前記測定対象物からの熱放射光を受光する受光部と、
前記受光部で受光した前記熱放射光の分光放射輝度を、第1光学フィルタを介して測定することで第1輝度信号を生成し、前記受光部で受光した前記熱放射光の分光放射輝度を、前記第1光学フィルタと前記吸収体の分光透過率が同一となるように設定された第2光学フィルタを介して測定することで第2輝度信号を生成する検出部と、
前記第1輝度信号と前記第2輝度信号とから、前記測定対象物の温度を算出する温度算出部と、
を有し、
前記第1輝度信号を前記第2輝度信号で除して得られた2色比が、前記温度測定装置の測定下限温度において約1となる所定の値であり、前記第1光学フィルタと前記第2光学フィルタの分光透過率が同一であるという条件の下で、前記第1光学フィルタの透過波長幅と前記2色比の変化量との関係を得た場合に、
前記第1光学フィルタの透過波長幅と前記2色比の変化量との関係において、変曲点となる条件に基づいて、前記第1光学フィルタ及び前記第2光学フィルタの透過波長幅及び中心波長を設定する、温度測定装置。
【請求項2】
前記変曲点となる条件に基づいて設定された前記第1
光学フィルタの中心波長は、1200nmであり、
前記変曲点となる条件に基づいて設定された前記第2
光学フィルタの中心波長は、1300nmであり、
前記変曲点となる条件に基づいて設定された前記第1
光学フィルタの透過波長幅は、90nmであり、
前記変曲点となる条件に基づいて設定された前記第2
光学フィルタの透過波長幅は、45nmである、請求項1に記載の温度測定装置。
【請求項3】
前記吸収体は、水、油脂、溶液、ガラス又は樹脂の少なくとも何れかである、請求項1又は2に記載の温度測定装置。
【請求項4】
2色放射温度計を用いて、測定対象物の温度を測定する温度測定方法において、
近赤外帯域の分光透過率に波長依存性がある吸収体が、前記測定対象物までの光路上に存在し得る状態で、前記測定対象物からの熱放射光を受光する受光部と、
前記受光部で受光した前記熱放射光の分光放射輝度を、第1光学フィルタを介して測定することで第1輝度信号を生成し、前記受光部で受光した前記熱放射光の分光放射輝度を、前記第1光学フィルタと前記吸収体の分光透過率が同一となるように設定された第2光学フィルタを介して測定することで第2輝度信号を生成する、検出部と、
前記第1輝度信号と前記第2輝度信号とから、前記測定対象物の温度を算出する温度算出部と、を有する温度測定装置を用い、
前記第1輝度信号を前記第2輝度信号で除して得られた2色比が、前記温度測定装置の測定下限温度において約1となる所定の値であり、前記第1光学フィルタと前記第2光学フィルタの分光透過率が同一であるという条件の下で、前記第1光学フィルタの透過波長幅と前記2色比の変化量との関係を得るステップと、
前記第1光学フィルタの透過波長幅と前記2色比の変化量との関係において、変曲点となる条件に基づいて、前記第1光学フィルタ及び前記第2光学フィルタの透過波長幅及び中心波長を設定するステップと、
を有する、温度測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、温度測定装置及び温度測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
放射測温法は、物体が温度に応じて発する熱放射光を、放射温度計等の測定機器により検出することで、対象となる物体の温度を知る方法であり、非接触かつ高速で温度を測定可能な遠隔測温方法である。今日では、鉄鋼業をはじめとする多くの産業で、かかる放射測温法が用いられている。
【0003】
特に鉄鋼業では、その製造工程において、鋼板材料等の測定対象物と放射温度計等の測定機器との間の光路上に、近赤外帯域の熱放射光を吸収する特性を持った水や油脂等の吸収体が存在することが多い。そうした場合には、測定対象物からの熱放射光の一部が吸収体によって吸収されてしまうことで測定誤差が生じ、測定対象物の正確な温度を測定することができなくなってしまう。
【0004】
そこで、本発明者らは、上記のような光路上に存在する吸収体に起因する測定誤差を抑制するために、例えば以下の特許文献1に開示されているように、着目する吸収体の分光透過率が同一となる2つの波長を測定波長として用いるようにした、2色放射温度計を提案している。一般的に、2色放射温度計は、2つの異なる波長で測定対象物からの熱放射光を観測し、2つの波長における放射輝度の比が、温度に応じて変化することを測定原理としているが、光路上に吸収体が存在する場合には、かかる吸収体により熱放射光が2つの波長で異なって減衰してしまい、誤差要因となるという問題があった。そこで、特許文献1に開示された2色放射温度計では、測定に用いる2つの波長における吸収体の分光吸収係数を同一となるようにすることで、熱放射光の減衰による影響を抑制し、正確な温度を測定できるようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
物体からの熱放射光は、温度の増減に対して単調に変化するが、放射温度計では、観測する物体の温度が低下し、観測する熱放射光の光量が光検出器(例えば、赤外線センサ)の最小検出感度近くになると、光検出器からの出力が不安定となり、温度の増減に対する出力の変化が不規則になるため、正確な測温ができなくなる。そのため、一般的な単色放射温度計では、測定温度の正確性を確保できる下限の温度として、測定下限温度が設定されている。かかる状況に鑑み、本発明者らは、2色放射温度計において、測温結果の正確性を確保しながら、測定下限温度をより低くするための技術が必要であることを知見し、上記特許文献1に開示された2色放射温度計について、使用可能な温度幅を広げるべく、検討を行った。
【0007】
そこで、本発明は、上記検討で得られた知見に基づいて想到されたものであり、本発明の目的とするところは、測温の正確性を確保しながら、測定下限温度をより低くすることが可能な、温度測定装置及び温度測定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の温度測定装置は、2色放射温度計を用いて、測定対象物の温度を測定する温度測定装置において、近赤外帯域の分光透過率に波長依存性がある吸収体が、前記測定対象物までの光路上に存在し得る状態で、前記測定対象物からの熱放射光を受光する受光部と、前記受光部で受光した前記熱放射光の分光放射輝度を、第1光学フィルタを介して測定することで第1輝度信号を生成し、前記受光部で受光した前記熱放射光の分光放射輝度を、前記第1光学フィルタと前記吸収体の分光透過率が同一となるように設定された第2光学フィルタを介して測定することで第2輝度信号を生成する検出部と、前記第1輝度信号と前記第2輝度信号とから、前記測定対象物の温度を算出する温度算出部と、を有し、前記第1輝度信号を前記第2輝度信号で除して得られた2色比が、前記温度測定装置の測定下限温度において約1となる所定の値であり、前記第1光学フィルタと前記第2光学フィルタの分光透過率が同一であるという条件の下で、前記第1光学フィルタの透過波長幅と前記2色比の変化量との関係を得た場合に、前記第1光学フィルタの透過波長幅と前記2色比の変化量との関係において、変曲点となる条件に基づいて、前記第1光学フィルタ及び前記第2光学フィルタの透過波長幅及び中心波長を設定する。
【0009】
本発明の温度測定方法は、2色放射温度計を用いて、測定対象物の温度を測定する温度測定方法において、近赤外帯域の分光透過率に波長依存性がある吸収体が、前記測定対象物までの光路上に存在し得る状態で、前記測定対象物からの熱放射光を受光する受光部と、前記受光部で受光した前記熱放射光の分光放射輝度を、第1光学フィルタを介して測定することで第1輝度信号を生成し、前記受光部で受光した前記熱放射光の分光放射輝度を、前記第1光学フィルタと前記吸収体の分光透過率が同一となるように設定された第2光学フィルタを介して測定することで第2輝度信号を生成する、検出部と、前記第1輝度信号と前記第2輝度信号とから、前記測定対象物の温度を算出する温度算出部と、を有する温度測定装置を用い、前記第1輝度信号を前記第2輝度信号で除して得られた2色比が、前記温度測定装置の測定下限温度において約1となる所定の値であり、前記第1光学フィルタと前記第2光学フィルタの分光透過率が同一であるという条件の下で、前記第1光学フィルタの透過波長幅と前記2色比の変化量との関係を得るステップと、前記第1光学フィルタの透過波長幅と前記2色比の変化量との関係において、変曲点となる条件に基づいて、前記第1光学フィルタ及び前記第2光学フィルタの透過波長幅及び中心波長を設定するステップと、を有する。
【発明の効果】
【0010】
以上説明したように、本発明によれば、2色放射温度計において、測温の正確性を確保しながら、測定下限温度をより低くすることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】水の分光透過特性と2色放射温度計の波長選択について説明するためのグラフ図である。
【
図2】
図1に示した透過特性を有する光学フィルタを用いた場合の温度と2色比との関係を示したグラフ図である。
【
図3】2種類の波長帯域の中心波長と透過波長幅の条件の一例を示した表である。
【
図4A】水の分光透過特性と光学フィルタの透過波長幅との関係の一例を示したグラフ図である。
【
図4B】水の分光透過特性と光学フィルタの透過波長幅との関係の一例を示したグラフ図である。
【
図4C】水の分光透過特性と光学フィルタの透過波長幅との関係の一例を示したグラフ図である。
【
図4D】水の分光透過特性と光学フィルタの透過波長幅との関係の一例を示したグラフ図である。
【
図4E】水の分光透過特性と光学フィルタの透過波長幅との関係の一例を示したグラフ図である。
【
図5】短波長側の光学フィルタの透過波長幅毎の、温度と2色比との関係を示したグラフ図である。
【
図6】短波長側の光学フィルタの透過波長幅と100℃当たりの2色比変化量との関係を示したグラフ図である。
【
図7A】同実施形態に係る温度測定装置の構成の一例を模式的に示した説明図である。
【
図7B】同実施形態に係る温度測定装置の構成の一例を模式的に示した説明図である。
【
図8】同実施形態に係る温度測定装置が備える測定部の構成の一例を模式的に示した説明図である。
【
図9】同実施形態に係る温度測定装置が備える演算処理部の構成の一例を模式的に示したブロック図である。
【
図10】同実施形態に係る温度測定装置で実施される温度測定方法の流れの一例を示した流れ図である。
【
図11】同実施形態に係る温度測定装置が有する演算処理部のハードウェア構成の一例を示したブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0013】
(本発明者らが行った検討について)
本発明の実施形態に係る温度測定装置及び温度測定方法について説明するに先立ち、上記特許文献1に開示されている2色放射温度計を用いた更なる検討内容について、
図1~
図6を参照しながら説明する。
図1は、水の分光透過特性と2色放射温度計の波長選択について説明するためのグラフ図であり、
図2は、
図1に示した透過特性を有する光学フィルタを用いた場合の温度と2色比との関係を示したグラフ図である。
図3は、2種類の波長帯域の中心波長と透過波長幅の条件の一例を示した表である。
図4A~
図4Eは、水の分光透過特性と光学フィルタの透過波長幅との関係の一例を示したグラフ図である。
図5は、短波長側の光学フィルタの透過波長幅をパラメータとした温度と2色比との関係を示したグラフ図である。
図6は、短波長側の光学フィルタの透過波長幅と100℃当たりの2色比変化量との関係を示したグラフ図である。
【0014】
本発明者らは、上記特許文献1に示した2色放射温度計に関し、測温の正確性を確保しながら測定下限温度をより低くするための方法について、鋭意検討を行った。ここで用いた2色放射温度計は、2つの光学バンドパスフィルタ(以下、単に「光学フィルタ」ともいう。)と、2つの光学バンドパスフィルタにそれぞれ対応した2つの光検出器(InGaAs素子)とを有しており、上記特許文献1に示す2色放射温度計の原理に従って、波長1200nm近傍と波長1300nm近傍で、水の分光透過率が等しくなる2つの波長を選択し、それら2つの波長を用いて測定を行うように、設定されている。
【0015】
かかる2色放射温度計において、2つの光学フィルタの透過波長幅が20nmであるとき、
図1に一点鎖線及び破線で示したように、異なる2波長の透過波長帯域が設定され、短波長側の波長帯域(一点鎖線で示す。)と、長波長側の波長帯域(破線で示す。)とで、吸収体である水の実効透過率(平均透過率)が一致している。ここで、
図1において、w1で示した幅20nmが、短波長側の光学フィルタの透過波長帯域の幅であり、w2で示した幅20nmが、長波長側の光学フィルタの透過波長帯域の幅である。
【0016】
図2に、
図1に示したような光学フィルタを有する2色放射温度計において、短波長側の波長帯域の分光放射輝度を長波長側の波長帯域の分光放射輝度で除することで得られる2色比と、温度との関係を示す。
図2より、温度が低くなるにつれて、2色比の値も小さくなっていることがわかる。この結果より、測定下限温度をより低くするためには、測定下限温度における2色比が1に近くなるように短波長側の分光放射輝度と長波長側の分光放射輝度とをバランスさせることが望ましく、そのためには、光学フィルタの透過波長幅を改良することが重要であることが明らかとなった。
【0017】
光学フィルタの透過波長幅を改良するために、短波長側及び長波長側で、透過波長幅をそれぞれ広げることを考えると、
図1から明らかなように、短波長側の波長帯域において、透過波長幅をより短波長側に広げた場合には、水の分光透過率が急激に増加する領域を含むようになる。一方、長波長側の波長帯域において、透過波長幅をより長波長側に広げた場合には、水の分光透過率が低下する領域を含むようになる。このような水の分光透過率の波長依存性の特長により透過波長幅を単純に広げたのでは、水の透過率が等しくなる光学フィルタを実現することができない。
【0018】
また、
図2において、測温結果の正確性を確保できる測定下限温度である500℃付近の2色比は、約0.45であることから、短波長側の波長帯域の放射輝度が、長波長側の波長帯域の放射輝度に比べて、半分以下となっていることがわかる。また、
図2に示すように、2色比が測定対象物の温度の低下に応じて単調に低下していることから、測定対象物の温度の低下に応じた放射輝度の低下は、長波長側の波長帯域に比べて短波長側の波長帯域の方が、より顕著であることがわかる。従って、測定対象物の温度が下がってくると(換言すれば、測定下限温度をより低くしようとすると)、短波長側の波長帯域の熱放射光を検出する光検出器が、長波長側の波長帯域の熱放射光を検出する光検出器より先に光量不足になることがわかる。
【0019】
また、黒体放射の分光輝度特性において、短波長側に位置する放射輝度よりも、より長波長側に位置する放射輝度の方が急激に増加することも考慮しても、光学フィルタの透過波長幅を広げる場合には、長波長側よりも短波長側の透過波長幅を、より優先して広げるべきであることがわかる。
【0020】
また、上記特許文献1で開示しているような2色放射温度計では、短波長側の波長帯域で分光放射輝度を検出するための光検出器と、長波長側の波長帯域で分光放射輝度を検出するための光検出器とは、同じ光学素子(例えば、InGaAs素子)を使用する。そのため、測温結果の正確性を確保できる下限の温度である測定下限温度において、2色比が概ね1となるように、2つの波長帯域の透過波長幅を定めるのが、効率的であることがわかる。すなわち、短波長側の波長帯域で検出される分光放射輝度と長波長側の波長帯域で検出される分光放射輝度とのバランスを図ることが重要であり、短波長側の波長帯域と長波長側の波長帯域とで、それぞれで用いられる(同じ)光検出器の能力を最大限効率良く発揮させるために、短波長側の波長帯域で検出される分光放射輝度と、長波長側の波長帯域と検出される分光放射輝度がほぼ同一となるようにすることが望ましいことがわかる。言い換えれば、短波長側の波長帯域で検出される分光放射輝度を長波長側の波長帯域と検出される分光放射輝度で除して得られた2色比を、約1となる所定の値とすることが望ましいことがわかる。
【0021】
なお、望ましい2色比を「約1」といっているのは、短波長側の波長帯域と長波長側の波長帯域で使用する光学フィルタを、例えば、市販の光学フィルタを入手して構成することが考えられるが、そういった場合には、必ずしも正確に2色比が「1」となる光学フィルタの組合せ(構成)が、市場に存在せず、得られないことを想定したものである。従って、2色比は、あくまで「1」を目指して構成しようとはするが、厳密に「1」である必要はなく、測温精度で許容できる範囲において、「1」から多少外れても良いといえる。
【0022】
なお、以上では、短波長側の波長帯域の分光放射輝度を、長波長側の波長帯域の分光放射輝度で除することで得られる2色比を用いて説明したが、長波長側の波長帯域の分光放射輝度を、短波長側の波長帯域の分光放射輝度で除することで得られる2色比を用いても、同様のことが言える。すなわち、測定下限温度が近づくにつれて、2色比を算出する際に、分母に位置する放射輝度の方が分子に位置する放射輝度よりも早く小さな値に近づくため、2色比を算出するための除算が不安定となってしまう。そのため、上記の説明と同様に、短波長側の波長帯域での放射輝度と、長波長側の波長帯域での放射輝度と、のバランスを図ることが重要であることがわかる。
【0023】
上記の知見に基づき、本発明者らは、光学フィルタの透過波長幅を段階的に広げたときの、各光学フィルタの中心波長(中心透過波長)と透過波長幅についてシミュレーションを行った。かかるシミュレーションでは、測定下限温度において、2つの波長帯域における2色比を、上記知見に基づき1とするとともに、特許文献1に示す2色放射温度計の原理より、2つの波長帯域において水の分光透過率(より正確には、透過波長幅における平均的な透過率)を同一にするという条件を設定した。その上で、初期条件として、短波長側の光学フィルタの中心波長を1200nm、長波長側の光学フィルタの中心波長を1300nmとして、短波長側の光学フィルタのフィルタ特性を可能な限り固定したままで、上記した、2つの波長帯域における2色比が1であり、分光透過率が同一であるという条件を満足させながら、長波長側の光学フィルタのフィルタ特性(透過波長幅と中心波長)を変化させることをシミュレーションした。
【0024】
得られた結果を、
図3に示す。また、
図3に示した7パターンのシミュレーション条件のうち、5つのパターン(パターンB~F)のシミュレーション結果を、それぞれ
図4A~
図4Eに示す。なお、
図3において、数値の単位は、全てnmである。
【0025】
図1に示した例のように、2つの波長で透過波長幅が同一であると、測定下限温度では、短波長側の波長帯域の光量が相対的に不足しており、かつ、
図2に示すように2色比が0.45(約1/2)となる。2色比を約1となる所定の値とするためには、短波長帯域側の光学フィルタの透過波長幅を、広げる方向に調整し、長波長帯域側の光学フィルタの透過波長幅の2倍とすればよいことがわかる。
図3に示した結果においても、パターンA~パターンDでは、短波長側の光学フィルタの中心波長を1200nmから変化させることなく、短波長側の光学フィルタの透過波長幅を長波長側の光学フィルタの透過波長幅の2倍に設定し、上記した、短波長側の光学フィルタと長波長側の光学フィルタとで、分光透過率を同一にするという条件を満足させている。なお、長波長側の光学フィルタの中心波長については、2つの波長帯域で水の分光透過率を同一にするという条件を満足するために、短波長側に若干シフトさせている。
図4A~
図4Cに示す通り、各波長帯域は、水の分光透過率が大きく変化する領域を多く含んではおらず、各光学フィルタの実効透過率を容易に調整可能であった。
【0026】
一方、パターンE~パターンGでは、長波長側の光学フィルタの透過波長幅及び中心波長を調整するだけでは、上記した、2つの波長帯域で、2色比が約1となる所定の値であり、水の分光透過率が同一であるという条件を満足する解を見つけることができなかったため、短波長側の光学フィルタの中心波長を長波長側にシフトさせる必要があった。その結果、短波長側の光学フィルタの透過波長幅は、長波長側の光学フィルタの透過波長幅のちょうど2倍にはならなくなっている。また、
図4Dに示すパターンEでは、2つの光学フィルタの透過波長帯域は非常に接近しており、
図4Eに示すパターンFに至っては、2つの光学フィルタの透過波長帯域の一部が重複した。
【0027】
図5に、
図3のパターンB~パターンFに示した光学フィルタを用いた場合のシミュレーション結果から得られた、短波長側の光学フィルタの透過波長幅毎の、2色比と温度との関係を示す。
図5から明らかなように、短波長側の光学フィルタの透過波長幅が広がるにつれて、2色比と温度との関係を示す曲線の傾きが小さくなっていくことがわかる。曲線の傾きが小さくなるということは、温度が大きく変化した場合であっても、生じる2色比の変化量が小さくなるということであり、2色放射温度計の感度が低下していくことを意味している。そのため、測温の正確性を確保するためには、短波長側の光学フィルタの透過波長幅を広げ過ぎてはいけないことがわかる。
【0028】
そこで、
図6に、短波長側の光学フィルタの透過波長幅と100℃当たりの2色比の変化量との関係をシミュレートし、得られた結果を示した。
図6を見ると、短波長側の光学フィルタの透過波長幅が大きくなるにつれて、2色比の変化量が小さくなっていくが、特に、短波長側の光学フィルタの透過波長幅が90nmとなる位置を境にして、2色比の変化量が急激に小さくなっていくことがわかる。この場合、短波長側の光学フィルタの透過波長幅=90nmという点が、100℃当たりの2色比変化量の変曲点となっているといえる。
【0029】
そして、
図3に示した表を見ると、変曲点となる、短波長側の光学フィルタの透過波長幅が90nmという条件(
図3におけるパターンD)までは、短波長側の光学フィルタの中心波長を1200nmから変化させることなく、短波長側の光学フィルタの透過波長幅を長波長側の光学フィルタの透過波長幅の2倍に設定することで、条件を満足する光学フィルタを選択可能であった。
【0030】
そのため、2色放射温度計の感度を確保しつつ、波長1200nmを含む短波長側の波長帯域の幅、及び、波長1300nmを含む長波長側の波長帯域の幅を考慮して、2色放射温度計による測温を実施する場合には、短波長側の光学フィルタの透過波長幅を90nmとし、長波長側の光学フィルタの透過波長幅を45nmとすることが、最も効率が良いことがわかる。
【0031】
以上の知見より、本発明者らは、「2つの波長帯域で、2色比が約1となる所定の値であり、水の分光透過率が同一である」という条件のもとで、短波長側の光学フィルタの透過波長幅を広げていき、短波長側の光学フィルタのフィルタ特性を固定したまま、条件を満足するような長波長側の光学フィルタの透過波長幅及び中心波長を探索していくことで、適切な光学フィルタの透過波長幅を設定可能であることに想到した。
【0032】
なお、以上の説明では、吸収体として水を例に説明を行ったが、水以外の吸収体(例えば、油脂、溶液、ガラス、樹脂等)が測定対象物との間の光路上に存在しうる場合についても、同様に対応を行うことが可能である。
【0033】
(2色放射温度計における光学フィルタの透過波長幅の設定方法について)
以上のような知見をもとに、本発明者らは、2色放射温度計に求める測定下限温度をより低くする際の光学フィルタの透過波長幅の設定方法について想到した。以下では、本発明者らが見出した2色放射温度計における光学フィルタの透過波長幅の設定方法について説明する。
【0034】
かかる方法において、まず、求解条件として、「2つの波長帯域で、2色比が約1となる所定の値であり、分光透過率が同一である」という条件を定める。
次に、例えば、初期値として短波長側の光学フィルタの中心波長を1200nmとし、長波長側の光学フィルタの中心波長を1300nmに設定する。
そして、上記条件を維持しながら、短波長側の光学フィルタの透過波長幅を、例えば
図3に示したように、適宜広げていく。
【0035】
そうすると、上記条件を満たすために、長波長側の光学フィルタの透過波長幅と中心波長が必然的に決まることになる。もし、上記条件を満たすことのできる長波長側の光学フィルタの透過波長幅と中心波長が求められない場合には、長波長側の光学フィルタの中心波長を、より短波長側にシフトさせる。
【0036】
そうした実験を繰り返すことで、光学フィルタの条件を決め、その都度、2色比を求めることで、
図6に示すような、短波長側の光学フィルタの透過波長幅と、2色比の変化量との関係を求めることができる。
【0037】
その結果、短波長側のフィルタの透過波長幅と2色比の変化量との関係における、変曲点を知ることができるため、当該変曲点に対応する、短波長側及び長波長側の光学フィルタの透過波長幅及び中心波長を求めることができ、そうした光学フィルタを用いることで、測温結果の正確性を確保しながら、測定温度の下限をより低くすることができる。
【0038】
<温度測定装置の構成について>
以下では、まず、
図7A及び
図7Bを参照しながら、本発明の実施形態に係る温度測定装置10の全体構成について、詳細に説明する。
図7A及び
図7Bは、本実施形態に係る温度測定装置10の全体的な構成の一例を示した説明図である。
【0039】
本実施形態に係る温度測定装置10は、測定対象物が発する近赤外帯域の熱放射光を、近赤外帯域の分光透過率に波長依存性がある吸収体が、測定対象物までの光路上に存在し得る状態で、2色放射温度計を用いて測定対象物の温度を測定する装置である。ここで、近赤外帯域において分光吸収係数に波長依存性を有する吸収体としては、例えば、水、水蒸気、油脂、溶液、ガラス又は樹脂の少なくとも何れかを挙げることができる。また、本実施形態では、近赤外帯域として、特に940nm~1350nmの帯域に着目するものとする。下限を940nmとする理由は、近赤外帯域に属する800nm以上(特に940nm以上)において、水が強い波長依存性を有する半透明体となるためである。また、上限を1350nmとする理由は、1350nm以上では、水膜厚み10mm以上で水が不透明となるためである。
【0040】
この温度測定装置10は、例えば
図7Aに示したように、測定部101と、演算処理部103と、記憶部105と、を主に備える。
【0041】
測定部101は、例えば高温の状態にある鋼板など、近赤外帯域(例えば、940nm~1350nmの帯域)に属する熱放射光を発している測定対象物に関して、発せられている熱放射光(観測光)の大きさを測定する。より詳細には、測定部101は、測定対象物の熱放射光を、吸収体の分光透過率が同一となる2種類の波長でそれぞれ測定し、これら2種類の波長における熱放射光の放射輝度の検出結果を示した測定データを生成する。
【0042】
この測定部101は、例えば2色放射温度計における各種レンズ/レンズ群と、先だって説明したような透過波長幅の条件を満足する光学フィルタと、光検出器などのセンサ等から構成される光学系に対応するものである。測定部101のより詳細な構成については、以下で改めて説明する。また、測定部101が測定する2種類の波長は、先だって説明したような光学フィルタによって、吸収体の分光透過率が互いに同一となる2つの波長に、予め設定されている。
【0043】
測定部101は、測定対象物の熱放射光の大きさを測定して、熱放射光の放射輝度の検出結果を示した測定データを生成すると、生成した測定データを後述する演算処理部103に出力する。
【0044】
演算処理部103は、CPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、通信装置等により実現される。演算処理部103は、測定部101により実施される測定処理の統括的な制御を行う。また、演算処理部103は、測定部101により測定された測定データに基づいて、測定対象物の温度を算出するための演算処理を実施する。より詳細には、演算処理部103は、測定部101により生成された2種類の波長帯域に対応する放射輝度の測定データと、プランクの黒体放射式から導出される、分光放射輝度と温度との間の関係式とに基づいて、測定対象物の温度を算出する。演算処理部103により算出された測定対象物の温度に関する情報は、表示画面等を介して画像として出力されたり、プリンタ等を介して印刷物として出力されたり、データそのものとして出力されたりする。
【0045】
なお、かかる演算処理部103の詳細な構成については、以下で改めて詳述する。
【0046】
記憶部105は、例えば本実施形態に係る温度測定装置10が備えるRAMやストレージ装置等により実現される。記憶部105には、着目する吸収体の分光吸収係数や、過去の操業データ等を解析することにより得られる測定対象物の分光放射輝度や、分光吸収係数の補正に利用する重み係数などといった各種のパラメータやデータ等が格納される。また、これらのデータ以外にも、記憶部105には、本実施形態に係る温度測定装置10が、何らかの処理を行う際に保存する必要が生じた様々なパラメータや処理の途中経過等、または、各種のデータベースやプログラム等が、適宜記録される。この記憶部105は、測定部101及び演算処理部103等が、自由にデータのリード/ライト処理を行うことが可能である。
【0047】
これら測定部101、演算処理部103及び記憶部105は、
図7Aに模式的に示したように、例えば2色放射温度計の一機能として一つの測定機器の内部に実現されていてもよい。また、上記測定部101、演算処理部103及び記憶部105は、例えば
図7Bに示したように、複数の機器に分散して実装されていてもよい。
図7Bに示した例では、例えば2色放射温度計として機能する測定ユニットの内部に、測定部101及び記憶部105の機能が実現されており、パーソナルコンピュータ、各種サーバ、各種プロセスコンピュータなどといった演算処理装置の内部に、演算処理部103及び記憶部105の機能が実現されている場合を図示している。なお、
図7Bにおいて、記憶部105は測定ユニット及び演算処理装置のそれぞれに記憶部105a,105bとして実現されているが、記憶部105は、測定ユニットの内部のみに実現されていてもよいし、演算処理装置の内部にのみ実現されていてもよい。
【0048】
<測定部の構成例について>
続いて、
図8を参照しながら、本実施形態に係る測定部101の構成例について、詳細に説明する。
図8は、本実施形態に係る温度測定装置が備える測定部の構成の一例を模式的に示した説明図である。
【0049】
本実施形態に係る測定部101は、2色放射温度計における光学系に対応するものであり、演算処理部103による制御のもとで稼働して、測定対象物が発する近赤外帯域の熱放射光を測定する。この測定部101は、
図8に模式的に示したように、近赤外帯域の分光透過率に波長依存性がある吸収体が、測定対象物までの光路上に存在し得る状態で、測定対象物からの熱放射光を受光する受光部111と、受光部111により受光した熱放射光を検出する検出部113と、を有している。
【0050】
本実施形態に係る測定部101において、上記のような受光部111と検出部113とは、公知の各種の光伝達機構により光学的に接続されていればよい。このような光伝達機構として、例えば、公知の各種の光ファイバOFを挙げることができる。受光部111と検出部113とを、例えば光ファイバOFのような光伝達機構により接続することで、受光部111を、検出部113から分離して配置することが可能となり、本実施形態に係る温度測定装置を使用する際の利便性が更に向上する。
【0051】
受光部111は、
図8に示したように、測定対象物からの熱放射光が受光する受光レンズ121と、受光レンズ121を透過した測定対象物からの熱放射光を、光ファイバOFに接続するための接続カプラ123と、を有している。この受光レンズ121及び接続カプラ123が、熱放射光を検出部113へと導光する導光光学系として機能している。
【0052】
ここで、本実施形態に係る受光部111の具体的な構成については、特に限定されるものではない。例えば、
図8では、受光レンズ121として、1枚の両凸レンズを図示しているが、受光レンズ121は、複数の光学素子で構成されたレンズ群であってもよい。また、受光レンズ121に用いられるレンズは特に限定されるものではなく、球面レンズや非球面レンズなどといった公知の光学素子を適宜利用することが可能である。接続カプラ123及び光ファイバOFについても、特に限定されるものではなく、公知の各種の接続カプラや光ファイバを用いることが可能である。
【0053】
表面の少なくとも一部に様々な厚みの吸収体(
図8では、水)が存在している測定対象物からの熱放射光は、受光部111の受光レンズ121によって、略平行な光束となり、接続カプラ123へと到達する。接続カプラ123は、受光レンズ121から導光されてきた熱放射光を、光ファイバOFの一方の端部へと接続する。受光部111で受光され、その後、光ファイバOFによって伝達された測定対象物からの熱放射光は、検出部113へと導光される。
【0054】
検出部113は、
図8に例示したように、光ファイバOFに光学的に接続されている接続カプラ151と、ビームスプリッタ153と、光学フィルタ155a,155bと、集光レンズ157a,157bと、センサ159a,159bと、を有している。
【0055】
接続カプラ151を経た測定対象物からの熱放射光は、分岐光学素子の一例であるビームスプリッタ153まで導光される。ビームスプリッタ153まで到達した熱放射光の光束は、ビームスプリッタ153により2つの光路へと分岐される。
【0056】
分岐後の一方の光路上には、
図8に示したように、短波長側の波長帯域の光を透過させる第1
光学フィルタの一例である光学フィルタ155aが設けられており、分岐後のもう一方の光路上には、長波長側の波長帯域の光を透過させる第2
光学フィルタの一例である光学フィルタ155bが設けられている。
【0057】
光学フィルタ155a,155bは、波長選択フィルタとして機能し、熱放射光の波長を選択して、特定の波長を有する熱放射光を後段のセンサ159a、159bへと透過させる。センサ159aは、第1光検出器の一例であり、センサ159bは、第2光検出器の一例である。センサ159aで、測定対象物の熱放射光の分光放射輝度を測定して生成された輝度信号を、センサ159bで、測定対象物の熱放射光の分光放射輝度を測定して生成された輝度信号を除すことで、2色比を得ることができる。
【0058】
そして、これら2つの光学フィルタ155a,155bのフィルタ特性が、先だって説明したような方法に即して、適切に設定されている。
【0059】
すなわち、光学フィルタ155a,155bは、吸収体である水の分光透過率(透過波長幅における平均的な分光透過率)が、同一となるよう設定されており、かつ、光学フィルタ155a,155bの透過波長幅のそれぞれは、温度測定装置に求める測定下限温度においてセンサ159a、159bからそれぞれ生成される測定データを用いて算出される2色比が1となるように、予め設定されている。
【0060】
光学フィルタ155aを透過した、短波長側の波長帯域に属する熱放射光は、集光レンズ157aによって、センサ159aへと集光される。また、光学フィルタ155bを透過した、長波長側の波長帯域に属する熱放射光は、集光レンズ157bによって、センサ159bへと集光される。
【0061】
センサ159a,159bは、集光レンズ157a,157bにより導光された測定対象物からの熱放射光の分光放射輝度をそれぞれ検出し、得られた輝度信号のデータを生成する。その後、センサ159a,159bのそれぞれは、得られた輝度信号を演算処理部103に出力する。かかる輝度信号が、熱放射光の放射輝度の検出結果を示した測定データに対応する。本実施形態では、センサ159aから出力される測定データを、便宜的に第1測定データと称することとし、センサ159bから出力される測定データを、便宜的に第2測定データと称することとする。
【0062】
ここで、センサ159a,159bについては特に限定されるものではなく、熱放射光の検出を行う上記のような2種類の波長に適したものであれば、公知のものを使用可能である。このようなセンサ(光検出器)としては、例えば、Siを用いた検出素子や、InGaAsを用いた検出素子などのような、各種の直流検出方式のセンサを挙げることができる。
【0063】
なお、
図8において、集光レンズ157a,157bは、1つの両凸レンズを用いて模式的に図示されているが、これら集光レンズ157a,157bは、複数のレンズから構成されるレンズ群であってもよい。また、これら集光レンズ157a,157bに用いられるレンズは特に限定されるものではなく、球面レンズや非球面レンズなどといった公知の光学素子を適宜利用することが可能である。
【0064】
ここで、2つの観測波長の組み合わせ(すなわち、光学フィルタ155a、155bそれぞれの透過波長)の一方として、例えば中心波長=1200nmが選択されたものとする。この場合に、もう一方の中心波長としては、1300nm付近から選択されることとなる。また、上記のような中心波長を選択した場合、光学フィルタ155aの透過波長幅は、例えば90nmとすることが好ましく、光学フィルタ155bの透過波長幅は、例えば45nmとすることが好ましい。
【0065】
以上、
図8を参照しながら、本実施形態に係る測定部101の構成例を簡単に説明した。
【0066】
<演算処理部103の構成例について>
次に、
図9を参照しながら、本実施形態に係る演算処理部103の構成例について説明する。
図9は、本実施形態に係る演算処理部103の構成例を示したブロック図である。
【0067】
本実施形態に係る演算処理部103は、
図9に例示したように、測定制御部171と、データ取得部173と、温度算出部175と、結果出力部177と、表示制御部179と、を主に備える。
【0068】
測定制御部171は、例えば、CPU、ROM、RAM、入力装置、出力装置、通信装置等により実現される。測定制御部171は、本実施形態に係る温度測定装置10の機能を統括的に制御する処理部である。また、測定制御部171は、先だって説明したような2種類の波長における測定対象物からの熱放射光を測定するように、測定部101の動作を制御する。更に、測定制御部171は、必要に応じて、温度算出部175に対して、熱放射光の測定条件等のような各種設定値を出力することも可能である。
【0069】
データ取得部173は、例えば、CPU、ROM、RAM、通信装置等により実現される。データ取得部173は、測定部101によって生成された2種類の波長における輝度信号を取得し、後述する温度算出部175へと出力する。また、データ取得部173は、取得した2種類の波長における輝度信号に、当該輝度信号を取得した日時等に関する時刻情報を関連づけて、履歴情報として記憶部105に格納してもよい。
【0070】
温度算出部175は、例えば、CPU、ROM、RAM等により実現される。温度算出部175は、データ取得部173から出力された2種類の波長における輝度信号を利用して、前記測定対象物の温度を算出する。また、温度算出部175は、データ取得部173から出力された2種類の波長における輝度信号を利用して、一方の輝度信号を他方の輝度信号で除した2色比(換言すれば、分光放射輝度の比)を算出する。また、温度算出部175は、算出した2色比と、2色比と温度との間の関係式と、を利用して、測定対象物の温度を算出する。
【0071】
上記特許文献1に開示されているように、2色比Rは、2つの波長における輝度信号の一方を、他方の輝度信号で除することで算出できる。一方、本実施形態に係る温度測定装置10では、以下の式(1)及び式(2)に示したように、吸収体による熱放射光の吸収を考慮している。そのため、2色比Rは、下記式(1)及び式(2)を利用して、上記特許文献1と同様に式の導出を行うと、下記の式(3)により表される。
【0072】
【0073】
ここで、上記式(1)及び式(2)において、τ1は、波長λ1における水の分光透過率であり、τ2は、波長λ2における水の分光透過率である。また、水の分光透過率τは、水の分光吸収係数、水の厚み、及び、水と空気との界面における両者の屈折率から定まる界面反射率の関数となる。この際、界面反射を省略すると、水の分光透過率τ1,τ2は、それぞれ、τ1=exp(-α1×t)、τ2=exp(-α2×t)と表すことができる。ここで、α1は、波長λ1における水の分光吸収係数であり、α2は、波長λ2における水の分光吸収係数であり、tは、水膜の厚みである。
【0074】
先だって説明したように、本実施形態に係る測定部101では、フィルタ特性が適切に設定された光学フィルタ155a,155bによって、吸収体の分光吸収係数が互いに同一となる波長において、分光放射輝度が測定されている。そのため、上記式(3)の中辺第1項に示した吸収体による吸収に関する項は、分子・分母で互いに打ち消しあって、値が1となる。従って、上記式(3)の右辺におけるRλ及びΛは、以下式(4a)及び式(4b)のようになる。
【0075】
【0076】
ここで、式(4a)及び式(4b)に示したRλ及びΛは、測定部101から取得可能な測定条件から決まる定数となる。従って、温度算出部175は、算出した2色比Rと、上記式(3)における(最左辺=最右辺)という関係式と、を利用して、測定対象物の温度Tを算出することが可能となる。
【0077】
なお、温度算出部175が2色比Rを算出する際に、2種類の波長λ1、λ2のどちらの輝度信号を分母とし、どちらの輝度信号を分子として演算を行うかについては、特に限定するものではなく、演算処理中において基準とする輝度信号を変更しないようにしておけばよい。
【0078】
また、温度算出部175は、上記式(3)で表される2色比Rを介することなく、上記式(1)及び式(2)を利用して、温度を直接算出してもよい。すなわち、2種類の波長λ1、λ2における放射率εが既知であれば、上記式(1)及び式(2)における未知数は、温度Tと、水膜の厚みtの2つとなる。従って、温度算出部175は、上記式(1)及び式(2)を連立させて連立方程式の解を求めることで、温度Tを算出することができる。更に、2種類の波長λ1、λ2における放射率εが未知であったとしても、波長λ1での放射率εと波長λ2での放射率εが互いに等しければ、同様に、上記式(1)及び式(2)を連立させて、温度Tを直接算出することが可能である。ここで、連立方程式の解法は特に限定されるものではなく、例えば、解析的に解ける場合には解析的に解いてもよいし、数値演算により求解してもよいし、最適値問題として求解してもよい。
【0079】
温度算出部175は、上記のようにして算出した測定対象物の温度Tに関する情報を、後述する結果出力部177に出力する。
【0080】
結果出力部177は、例えば、CPU、ROM、RAM、出力装置、通信装置等により実現される。結果出力部177は、温度算出部175から出力された測定対象物の温度Tに関する情報を、温度測定装置10のユーザに出力する。具体的には、結果出力部177は、温度の測定結果に対応するデータを、当該データが生成された日時等に関する時刻データと関連づけて、各種サーバや制御装置に出力したり、プリンタ等の出力装置を利用して、紙媒体として出力したりする。また、結果出力部177は、測定結果に対応するデータを、外部に設けられたコンピュータ等の各種の情報処理装置に出力してもよいし、各種の記録媒体に出力してもよい。
【0081】
また、結果出力部177は、温度の測定結果に対応するデータを、温度測定装置10に設けられたディスプレイ等の出力装置や、外部に設けられた各種機器の有するディスプレイ等に出力する際には、後述する表示制御部179と連携して測定結果を出力する。
【0082】
表示制御部179は、例えば、CPU、ROM、RAM、出力装置、通信装置等により実現される。表示制御部179は、温度の測定結果に対応するデータを、ディスプレイ等の各種表示装置に表示させる際の表示制御を行う。これにより、温度測定装置10のユーザは、測定対象物の温度に関する測定結果を、その場で把握することが可能となる。
【0083】
以上、本実施形態に係る演算処理部103の機能の一例を示した。上記の各構成要素は、汎用的な部材や回路を用いて構成されていてもよいし、各構成要素の機能に特化したハードウェアにより構成されていてもよい。また、各構成要素の機能を、CPU等が全て行ってもよい。従って、本実施形態を実施する時々の技術レベルに応じて、適宜、利用する構成を変更することが可能である。
【0084】
なお、上述のような本実施形態に係る演算処理部の各機能を実現するためのコンピュータプログラムを作製し、パーソナルコンピュータ等に実装することが可能である。また、このようなコンピュータプログラムが格納された、コンピュータで読み取り可能な記録媒体も提供することができる。記録媒体は、例えば、磁気ディスク、光ディスク、光磁気ディスク、フラッシュメモリなどである。また、上記のコンピュータプログラムは、記録媒体を用いずに、例えばネットワークを介して配信してもよい。
【0085】
以上、
図7A~
図9を参照しながら、本実施形態に係る温度測定装置10の構成について、詳細に説明した。
【0086】
<温度測定方法について>
次に、
図10を参照しながら、本実施形態に係る温度測定装置10で実施される温度測定方法の流れの一例について、簡単に説明する。
図10は、本実施形態に係る温度測定方法の流れの一例を示した流れ図である。
【0087】
本実施形態に係る温度測定方法では、まず、演算処理部103の測定制御部171による制御のもとで、透過波長幅が適切に設定された光学フィルタを含む測定部101により、測定対象物からの熱放射光を測定する(ステップS101)。生成された測定データは、演算処理部103のデータ取得部173へと出力される。
【0088】
演算処理部103のデータ取得部173は、測定部101から出力された測定データを、温度算出部175に出力する。
【0089】
温度算出部175は、まず、第1測定データ及び第2測定データよりそれぞれ得られる2つの波長帯域での測定データを利用して、2色比Rを算出する(ステップS103)。続いて、温度算出部175は、2色比と温度との関係を示した関係式と、算出した2色比Rと、に基づき、測定対象物の温度を出力する(ステップS105)。その後、温度算出部175は、得られた測定対象物の温度に関する情報を、結果出力部177へと出力する。
【0090】
その後、測定対象物の温度に関する情報を取得した結果出力部177は、取得した測定対象物の温度に関する情報を、測定結果として出力する(ステップS107)。
【0091】
これにより、本実施形態に係る温度測定方法では、測温結果の不安定化を抑制しながら、測定対象物の温度を測定することが可能となる。
【0092】
以上、
図10を参照しながら、本実施形態に係る温度測定方法の流れの一例について、簡単に説明した。
【0093】
<ハードウェア構成について>
次に、
図11を参照しながら、本実施形態に係る温度測定装置10が備える演算処理部103のハードウェア構成について、詳細に説明する。
図11は、本実施形態に係る演算処理部103のハードウェア構成を説明するためのブロック図である。
【0094】
演算処理部103は、主に、CPU901と、ROM903と、RAM905と、を備える。また、演算処理部103は、更に、バス907と、入力装置909と、出力装置911と、ストレージ装置913と、ドライブ915と、接続ポート917と、通信装置919とを備える。
【0095】
CPU901は、中心的な処理装置及び制御装置として機能し、ROM903、RAM905、ストレージ装置913、又はリムーバブル記録媒体921に記録された各種プログラムに従って、演算処理部103内の動作全般又はその一部を制御する。ROM903は、CPU901が使用するプログラムや演算パラメータ等を記憶する。RAM905は、CPU901が使用するプログラムや、プログラムの実行において適宜変化するパラメータ等を一次記憶する。これらはCPUバス等の内部バスにより構成されるバス907により相互に接続されている。
【0096】
バス907は、ブリッジを介して、PCI(Peripheral Component Interconnect/Interface)バスなどの外部バスに接続されている。
【0097】
入力装置909は、例えば、マウス、キーボード、タッチパネル、ボタン、スイッチ及びレバーなどユーザが操作する操作手段である。また、入力装置909は、例えば、赤外線やその他の電波を利用したリモートコントロール手段(いわゆる、リモコン)であってもよいし、温度測定装置10の操作に対応したPDA等の外部接続機器923であってもよい。更に、入力装置909は、例えば、上記の操作手段を用いてユーザにより入力された情報に基づいて入力信号を生成し、CPU901に出力する入力制御回路などから構成されている。ユーザは、この入力装置909を操作することにより、温度測定装置10に対して各種のデータを入力したり処理動作を指示したりすることができる。
【0098】
出力装置911は、取得した情報をユーザに対して視覚的又は聴覚的に通知することが可能な装置で構成される。このような装置として、CRTディスプレイ装置、液晶ディスプレイ装置、プラズマディスプレイ装置、ELディスプレイ装置及びランプなどの表示装置や、スピーカ及びヘッドホンなどの音声出力装置や、プリンタ装置、携帯電話、ファクシミリなどがある。出力装置911は、例えば、演算処理部103が行った各種処理により得られた結果を出力する。具体的には、表示装置は、演算処理部103が行った各種処理により得られた結果を、テキスト又はイメージで表示する。他方、音声出力装置は、再生された音声データや音響データ等からなるオーディオ信号をアナログ信号に変換して出力する。
【0099】
ストレージ装置913は、演算処理部103の記憶部の一例として構成されたデータ格納用の装置である。ストレージ装置913は、例えば、HDD(Hard Disk Drive)等の磁気記憶デバイス、半導体記憶デバイス、光記憶デバイス、又は光磁気記憶デバイス等により構成される。このストレージ装置913は、CPU901が実行するプログラムや各種データ、及び外部から取得した各種のデータなどを格納する。
【0100】
ドライブ915は、記録媒体用リーダライタであり、演算処理部103に内蔵、あるいは外付けされる。ドライブ915は、装着されている磁気ディスク、光ディスク、光磁気ディスク、又は半導体メモリ等のリムーバブル記録媒体921に記録されている情報を読み出して、RAM905に出力する。また、ドライブ915は、装着されている磁気ディスク、光ディスク、光磁気ディスク、又は半導体メモリ等のリムーバブル記録媒体921に記録を書き込むことも可能である。リムーバブル記録媒体921は、例えば、CDメディア、DVDメディア、Blu-ray(登録商標)メディア等である。また、リムーバブル記録媒体921は、コンパクトフラッシュ(登録商標)(CompactFlash:CF)、フラッシュメモリ、又は、SDメモリカード(Secure Digital memory card)等であってもよい。また、リムーバブル記録媒体921は、例えば、非接触型ICチップを搭載したICカード(Integrated Circuit card)又は電子機器等であってもよい。
【0101】
接続ポート917は、機器を演算処理部103に直接接続するためのポートである。接続ポート917の一例として、USB(Universal Serial Bus)ポート、IEEE1394ポート、SCSI(Small Computer System Interface)ポート、RS-232Cポート、HDMI(登録商標)(High-Definition Multimedia Interface)ポート等がある。この接続ポート917に外部接続機器923を接続することで、演算処理部103は、外部接続機器923から直接各種のデータを取得したり、外部接続機器923に各種のデータを提供したりする。
【0102】
通信装置919は、例えば、通信網925に接続するための通信デバイス等で構成された通信インターフェースである。通信装置919は、例えば、有線もしくは無線LAN(Local Area Network)、Bluetooth(登録商標)、又はWUSB(Wireless USB)用の通信カード等である。また、通信装置919は、光通信用のルータ、ADSL(Asymmetric Digital Subscriber Line)用のルータ、又は、各種通信用のモデム等であってもよい。この通信装置919は、例えば、インターネットや他の通信機器との間で、例えばTCP/IP等の所定のプロトコルに則して信号等を送受信することができる。また、通信装置919に接続される通信網925は、有線又は無線によって接続されたネットワーク等により構成され、例えば、インターネット、家庭内LAN、社内LAN、赤外線通信、ラジオ波通信又は衛星通信等であってもよい。
【0103】
以上、本発明の実施形態に係る演算処理部103の機能を実現可能なハードウェア構成の一例を示した。上記の各構成要素は、汎用的な部材を用いて構成されていてもよいし、各構成要素の機能に特化したハードウェアにより構成されていてもよい。従って、本実施形態を実施する時々の技術レベルに応じて、適宜、利用するハードウェア構成を変更することが可能である。
【0104】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【符号の説明】
【0105】
10 温度測定装置
101 測定部
103 演算処理部
105 記憶部
111 受光部
113 検出部
121 受光レンズ
123,151 接続カプラ
153 ビームスプリッタ
155a,155b 光学フィルタ
157a,157b 集光レンズ
159a,159b センサ
171 測定制御部
173 データ取得部
175 温度算出部
177 結果出力部
179 表示制御部