(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-29
(45)【発行日】2023-12-07
(54)【発明の名称】無方向性電磁鋼板用の熱延鋼板、無方向性電磁鋼板、およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20231130BHJP
C22C 38/16 20060101ALI20231130BHJP
C21D 8/12 20060101ALI20231130BHJP
H01F 1/147 20060101ALI20231130BHJP
【FI】
C22C38/00 303U
C22C38/16
C21D8/12 A
H01F1/147 175
(21)【出願番号】P 2022501075
(86)(22)【出願日】2021-02-19
(86)【国際出願番号】 JP2021006348
(87)【国際公開番号】W WO2021167065
(87)【国際公開日】2021-08-26
【審査請求日】2022-05-23
(31)【優先権主張番号】P 2020027000
(32)【優先日】2020-02-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】有田 吉宏
(72)【発明者】
【氏名】市江 毅
(72)【発明者】
【氏名】村上 史展
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-082276(JP,A)
【文献】特開2018-154853(JP,A)
【文献】特表平06-503609(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2018-0070951(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 8/12, 9/46
H01F 1/12- 1/38, 1/44
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で
C:0.0050%以下、
Si:0.5%以上3.5%以下、
Mn:0.1%以上1.5%以下、
Al:0.1%以上1.5%以下、
Cu:0.01
0%以上0.10%以下、
Sn:0.01
0%以上0.20%以下、を含み、
残部がFe及び不純物からなり、
表面から深さ10μmまでの範囲に0.12%以上のCuの濃度ピーク値を有する
ことを特徴とする無方向性電磁鋼板用の熱延鋼板。
【請求項2】
質量%で
C:0.0050%以下、
Si:0.5%以上3.5%以下、
Mn:0.1%以上1.5%以下、
Al:0.1%以上1.5%以下、
Cu:0.01
0%以上0.10%以下、
Sn:0.01
0%以上0.20%以下、を含み、
残部がFe及び不純物からなり、
表面から深さ5μmまでの範囲に0.12%以上のCuの濃度ピーク値を有する
ことを特徴とする無方向性電磁鋼板。
【請求項3】
請求項1に記載の前記無方向性電磁鋼板用の熱延鋼板の製造方法であって、
製鋼工程、及び熱延工程を備え、
前記熱延工程は、スラブ加熱、粗圧延、仕上圧延、及び巻取を含み、
前記熱延工程の前記スラブ加熱における空気比を1.0以上1.2以下とし、
前記熱延工程の前記仕上圧延の直前の粗圧延鋼板の温度を1000℃以上1050℃以下とし、
前記熱延工程の前記仕上圧延における仕上圧延温度を930℃以上970℃以下とし、
前記熱延工程の前記巻取における巻取温度を750℃以上800℃以下とする
ことを特徴とする無方向性電磁鋼板用の熱延鋼板の製造方法。
【請求項4】
請求項2に記載の前記無方向性電磁鋼板の製造方法であって、
酸洗工程、冷延工程及び仕上焼鈍工程を備え、
前記冷延工程では、請求項1に記載の無方向性電磁鋼板用の熱延鋼板を冷間圧延する
ことを特徴とする無方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項5】
前記酸洗工程において用いられる酸洗溶液がチオ硫酸塩を含むことを特徴とする請求項4に記載の無方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無方向性電磁鋼板用の熱延鋼板、無方向性電磁鋼板、およびその製造方法に関するものである。
本願は、2020年2月20日に、日本に出願された特願2020-027000号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
近年、世界的な電気機器の省エネルギー化要求の高まりにより、回転機の鉄心材料として用いられる無方向性電磁鋼板に対しても、より高性能な特性が要求されている。具体的には、電気製品のモーターのうち高効率機種と言われるものについては、Si及びAl含有量を増加させて固有抵抗を高め、かつ結晶粒径を大きくした高級素材が使用されるようになってきた。しかしながら、これらの手段は、無方向性電磁鋼板の製造コストを上げる。そのため、コスト削減の観点からは、製造プロセスを簡省略化することが重要である。
【0003】
熱延での自己焼鈍は、熱延板焼鈍の省略が期待できる技術である。熱延板焼鈍の目的は、熱延鋼板(熱延板)の再結晶、及び結晶粒成長の促進であり、このことによってリジングと呼ばれる形状欠陥問題を解消し、かつ磁気特性を改善することができる。この効果を、熱延コイル自身が持っている温度で熱延鋼板を焼鈍する、いわゆる自己焼鈍によって得る技術について、以下の通り開示されている。
【0004】
例えば特許文献1には、質量%でC:≦0.005%、Si:0.1~2.0%、Mn:0.05~0.6%、Al:≦0.5%を含有し、平均直径10~200nmのAlNの個数密度を規定した、磁束密度が良好な無方向性電磁鋼板で、熱延の巻取温度を780℃以上とする自己焼鈍技術が開示されている。
【0005】
特許文献2には、質量%でC:≦0.008%、2%≦Si+Al≦3%、0.02≦Mn≦1.0%を含有し、0.3%≦Al/(Si+Al)≦0.5%の関係を満足し、熱延仕上圧延温度を1050℃以上とし、その後の無注水時間を1秒以上7秒以下とし、注水冷却により700℃以下で巻取る熱延板焼鈍の省略技術が開示されている。
【0006】
特許文献3では、重量%でC:0.010%以下、Si:0.1%以上2.0%以下、Mn:0.1%以上1.5%以下、Al:0.1%以上1.0%以下、Sn:0.02%以上0.20%以下、Cu:0.1%以上1.0%以下を含有し、Ac1変態点以下の温度で熱延板焼鈍もしくは自己焼鈍を施し、磁束密度が高く鉄損が低い無方向性電磁鋼板の製造方法が開示されている。
【0007】
これらの手法は、熱延鋼板の結晶粒成長を促進し、熱延板焼鈍を省略しつつ磁気特性の改善を図るものである。しかしながら、これらの手法においては、熱延鋼板のスケール生成量が増大して酸洗性が悪く、酸洗効率が低下したり、製品板の表面品位が悪くなったりするという新たな課題が発生してきている。このため、これらの手法においては、熱延板焼鈍を省略するだけのメリットが得られないという課題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】国際公開第2013/069754号
【文献】日本国特開2010-242186号公報
【文献】日本国特開平4-6220号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明はこのような問題に鑑みてなされたものであり、酸洗時のスケール残りを減らし、製品板の表面品位が良好な無方向性電磁鋼板用の熱延鋼板及びその製造方法、並びに無方向性電磁鋼板及びその製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
(1)本発明の一態様に係る無方向性電磁鋼板用の熱延鋼板は、質量%でC:0.0050%以下、Si:0.5%以上3.5%以下、Mn:0.1%以上1.5%以下、Al:0.1%以上1.5%以下、Cu:0.010%以上0.10%以下、Sn:0.010%以上0.20%以下、を含み、残部がFe及び不純物からなり、表面から深さ10μmまでの範囲に0.12%以上のCuの濃度ピーク値を有する。
(2)本発明の別の態様に係る無方向性電磁鋼板は、質量%でC:0.0050%以下、Si:0.5%以上3.5%以下、Mn:0.1%以上1.5%以下、Al:0.1%以上1.5%以下、Cu:0.010%以上0.10%以下、Sn:0.010%以上0.20%以下、を含み、残部がFe及び不純物からなり、表面から深さ5μmまでの範囲に0.12%以上のCuの濃度ピーク値を有する。
(3)本発明の別の態様に係る無方向性電磁鋼板用の熱延鋼板の製造方法は、上記(1)に記載の前記無方向性電磁鋼板用の熱延鋼板の製造方法であって、製鋼工程、及び熱延工程を備え、前記熱延工程は、スラブ加熱、粗圧延、仕上圧延、及び巻取を含み、前記熱延工程の前記スラブ加熱における空気比を1.0以上1.2以下とし、前記熱延工程の前記仕上圧延の直前の粗圧延鋼板の温度を1000℃以上1050℃以下とし、前記熱延工程の前記仕上圧延における仕上圧延温度を930℃以上970℃以下とし、前記熱延工程の前記巻取における巻取温度を750℃以上800℃以下とする。
(4)本発明の別の態様に係る無方向性電磁鋼板の製造方法は、上記(2)に記載の無方向性電磁鋼板の製造方法であって、酸洗工程、冷延工程及び仕上焼鈍工程を備え、前記冷延工程では、上記(1)に記載の無方向性電磁鋼板用の熱延鋼板を冷間圧延する。
(5)上記(4)に記載の無方向性電磁鋼板の製造方法では、前記酸洗工程において用いられる酸洗溶液がチオ硫酸塩を含んでもよい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、酸洗時のスケール残りが少なく、製品板の表面品位が良好な無方向性電磁鋼板用の熱延鋼板、および無方向性電磁鋼板を低コストで安定的に提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本実施形態に係る熱延鋼板の表層におけるCu濃度チャートの一例である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者らは、熱延工程にて自己焼鈍を施し、熱延板焼鈍を省略した無方向性電磁鋼板において、酸洗でのスケール除去の効率が悪く、製品にスケール残りが発生して表面品位が悪くなる原因につき、自己焼鈍後の熱延鋼板の表層スケールに着目して調査した。その結果、熱延板焼鈍工程を通板した熱延鋼板に比べ、熱延工程にて自己焼鈍された熱延鋼板は、その表層のスケールが非常に厚いことが判明した。これは、熱延板焼鈍が雰囲気制御した炉で施されるのに対し、熱延工程での自己焼鈍は大気中で行われるため、大気中の酸素によって熱延鋼板の酸化が進行するためである。
【0014】
このような大気中焼鈍において、酸化の進行を抑制する方法を本発明者らは鋭意研究した。その考えを以下に示す。
【0015】
熱延工程は、スラブ加熱、熱延(粗圧延、及び仕上圧延)、並びに巻取を含む。まずスラブ加熱段階で、スラブの表面が酸化され、スケールが生成する。しかし、このスラブ加熱段階におけるスケールは、熱延途中で除去され、熱延鋼板には残存しない。熱延鋼板に残存するのは、仕上圧延から巻取り、および巻取り後に生成するスケールである。
【0016】
これらのスケール生成は、自己焼鈍の効果を享受しようとする限り、避けられない課題である。結晶粒成長させるためには所定値以上の鋼板温度が必要であるものの、熱延では雰囲気制御することはできない。そこで、熱延の仕上圧延が終了した後の、熱延鋼板の最表面の化学組成を、酸化されにくい組成にすることを試みた。
【0017】
その結果、鋼中にCuを適度に含有させ、且つ、熱延のスラブ加熱段階で表層スケールの直下にCuを濃化させておくことで、仕上圧延後の熱延鋼板の最表面にCu濃化領域を露出させられることが判明した。熱延鋼板の最表面にCu濃化領域を露出させることで、Cuの耐酸化性を生かし、自己焼鈍時の酸化を抑制できることを本発明者らは知見した。
【0018】
さらに、自己焼鈍に続く酸洗工程においては、チオ硫酸塩を主体とする酸洗促進剤を酸洗溶液に添加することで、自己焼鈍で生成した酸化層の除去を促進することができる。また、これによれば、チオ硫酸塩が有する酸洗溶液中での分解のし易さを生かし、同じ酸洗ラインを通板する他鋼種への影響も回避できることを本発明者らは知見した。
【0019】
以上の知見により、熱延で自己焼鈍を施す無方向性電磁鋼板用の熱延鋼板、および無方向性電磁鋼板において、製品の表面品位が良好となる条件を見出し、本発明を完成させた。
【0020】
続いて、本実施形態に係る無方向性電磁鋼板用の熱延鋼板、および無方向性電磁鋼板における成分および製品の数値限定理由について述べる。なお、以下に示される化学成分に関する記載は、特に断りがない限り、本実施形態に係る熱延鋼板及び無方向性電磁鋼板の両方に適用されるものである。また、特に断りがない限り、化学成分における各元素の含有量の単位「%」は、質量%を意味する。
【0021】
<化学成分>
以下、熱延鋼板及び無方向性電磁鋼板の成分について説明する。
【0022】
Cは、磁気時効によって無方向性電磁鋼板の鉄損を劣化させる。そのため、C含有量は0.0050%以下である。C含有量の下限は0%である。一方、固溶Bの生成を回避する観点から、C含有量を0.0010%以上としてもよい。C含有量を0.0045%以下、0.0040%以下、又は0.0035%以下としてもよい。C含有量を0.0015%以上、0.0020%以上、又は0.0025%以上としてもよい。
【0023】
Siは、無方向性電磁鋼板の電気抵抗を増加させるために有効な元素であり、鉄損や磁束密度、強度などの要求特性に応じて、適宜その含有量を調整できる。ただし、Si含有量が0.5%未満では鉄損低減効果が小さい。一方、Si含有量が3.5%を超えると、熱延鋼板及び無方向性電磁鋼板の靱性が低くなって、製造が難しくなる。そのため、上記した各々の値を、Si含有量の上下限とした。Si含有量を3.2%以下、3.0%以下、又は2.5%以下としてもよい。Si含有量を0.6%以上、0.8%以上、又は1.0%以上としてもよい。
【0024】
Mnは、硫化物生成元素として働き、無方向性電磁鋼板の結晶粒成長を促進させる。この効果を得る目的から、Mn含有量の下限を0.1%とした。さらに、電気抵抗を高めるために、変態温度を調整する目的に応じて、Mnの含有量を適量とすることが好ましい。それらの効果が飽和する1.5%を、Mn含有量の上限とした。Mn含有量を1.2%以下、1.0%以下、又は0.8%以下としてもよい。Mn含有量を0.2%以上、0.4%以上、又は0.6%以上としてもよい。
【0025】
Alは、鋼の脱酸に必要な元素である。安定した脱酸効果を確保する観点、かつ、微細なAlNの生成を抑制する観点から、Alの含有量は0.1%以上とした。さらに、電気抵抗を高めるために適量のAlを含有させてもよい。一方、過剰なAlは製鋼での鋳造性を悪化させる。このことから、1.5%をAl含有量の上限とした。Al含有量を1.2%以下、1.0%以下、又は0.8%以下としてもよい。Al含有量を0.2%以上、0.4%以上、又は0.6%以上としてもよい。
【0026】
Cuは、本実施形態に係る熱延鋼板及び無方向性電磁鋼板における重要な元素である。鉄やシリコンよりも酸化されにくいというCuの特性を生かし、適量のCuをスラブに含有させることで、Cuを熱延鋼板の表層に濃化させ、スケール生成を抑制させる。上述の効果を得るために、Cu含有量を0.01%以上とした。Cuは、より好ましくは0.010%以上、0.02%以上、0.020%以上、0.05%以上、又は0.050%以上としてもよい。ただしCu含有量が0.10%を超えるとヘゲ疵が発生しやすくなる。そのため、0.10%をCu含有量の上限とした。Cu含有量を0.100%以下、0.08%以下、0.080%以下、0.07%以下、0.070%以下、0.06%以下、又は0.060%以下としてもよい。
【0027】
Snは本実施形態に係る熱延鋼板及び無方向性電磁鋼板における重要な元素である。鉄やシリコンよりも酸化されにくいというSnの特性を生かし、適量のSnをスラブに含有させることで、熱延でのスケール生成を抑制することができる。上述の効果を得るために、Sn含有量を0.01%以上とした。Sn含有量は、より好ましくは0.010%以上、0.02%以上、0.020%以上、0.05%以上、又は0.050%以上としてもよい。ただしSn含有量が0.20%を超えると効果が飽和する。そのため、0.20%をSn含有量の上限とした。Sn含有量を0.200%以下、0.15%以下、0.150%以下、0.10%以下、0.100%以下、0.08%以下、又は0.080%以下としてもよい。
【0028】
本実施形態に係る熱延鋼板及び無方向性電磁鋼板の化学成分の残部は、Fe及び不純物である。不純物とは、本実施形態に係る熱延鋼板及び無方向性電磁鋼板に悪影響を与えない範囲で許容される、微量の元素を意味する。
【0029】
<無方向性電磁鋼板用の熱延鋼板のCu濃度ピーク>
本実施形態に係る無方向性電磁鋼板用の熱延鋼板においては、その表層のCu濃化層を規定する。まず、熱延鋼板の表面から深さ10μmまでの間に、Cuの濃度がピークを持つ必要がある。さらに、Cuの濃度ピーク値が0.12%に満たないと、熱延鋼板の酸化が進み、製品板として良好な表面品位が得られない。従って、本実施形態に係る熱延鋼板では、その表面から深さ10μmまでの範囲に0.12%以上のCuの濃度ピーク値を有することとする。熱延鋼板の表面から深さ10μmまでの範囲におけるCuの濃度ピーク値が、0.13%以上、0.14%以上、0.15%以上、又は0.20%以上であってもよい。熱延鋼板の表面から深さ10μmまでの範囲におけるCuの濃度ピーク値の上限値は特に制限されないが、例えばCuの濃度ピーク値を1.00%以下、0.90%以下、0.70%以下、又は0.65%以下としてもよい。
【0030】
<無方向性電磁鋼板のCu濃度ピーク>
本実施形態に係る無方向性電磁鋼板においても、熱延鋼板と同様に、その表層のCu濃化層を規定する。ただし、無方向性電磁鋼板は熱延鋼板を冷間圧延して得られるものである。上述した、Cuピーク位置が好ましい範囲内にある熱延鋼板を冷間圧延して得られた無方向性電磁鋼板においては、その表面から深さ5μmまでの間にCuの濃度がピークを持つことが通常である。そのため、本実施形態に係る無方向性電磁鋼板では、その表面から深さ5μmまでの範囲に0.12%以上のCuの濃度ピーク値を有することとする。Cuの濃度ピーク値が0.12%に満たないと、熱延鋼板の段階で酸化が進み、製品板として良好な表面品位が得られない。無方向性電磁鋼板の表面から深さ5μmまでの範囲におけるCuの濃度ピーク値が、0.13%以上、0.14%以上、0.15%以上、又は0.20%以上であってもよい。無方向性電磁鋼板の表面から深さ5μmまでの範囲におけるCuの濃度ピーク値の上限値は特に制限されないが、例えばCuの濃度ピーク値を1.00%以下、0.90%以下、0.70%以下、又は0.65%以下としてもよい。
【0031】
熱延鋼板及び無方向性電磁鋼板のいずれにおいても、Cuの濃度ピーク値は、GDS(グロー放電発光分析装置)を用いて特定する。具体的な手段は以下の通りである。
前処理:熱延鋼板又は無方向性電磁鋼板の表面を洗浄する。無方向性電磁鋼板が絶縁皮膜を備える場合は、絶縁皮膜を除去してから洗浄する。さらに、アルゴンスパッタリングによって熱延鋼板又は無方向性電磁鋼板表層数nmを除去する。
測定:GDSを用いて、Cu濃度の深さ方向の分布を測定する。これにより、
図1に例示されるようなCu濃度チャートが得られる。この濃度チャートに示されるCu濃度ピークの位置及び高さに基づいて、Cuの濃度ピークが所定位置に含まれるか否か、及びその濃度が所定範囲内であるか否かを判別する。
【0032】
<製造方法>
次に本実施形態に係る無方向性電磁鋼板用の熱延鋼板、および無方向性電磁鋼板の製造方法について説明する。
【0033】
本実施形態に係る熱延鋼板の製造方法は、製鋼工程、及び熱延工程を備え、熱延工程は、スラブ加熱、粗圧延、仕上圧延、及び巻取を含み、熱延工程のスラブ加熱における空気比を1.0以上1.2以下とし、熱延工程の仕上圧延の直前の粗圧延鋼板(スラブを粗圧延して得られる鋼板)の温度を1000℃以上1050℃以下とし、熱延工程の仕上圧延における仕上温度を930℃以上970℃以下とし、熱延工程の巻取における巻取温度を750℃以上800℃以下とする。以下、本実施形態に係る製造方法における製造条件の限定理由について述べる。
【0034】
製鋼工程は特に限定されない。ここでは、熱延鋼板及び無方向性電磁鋼板の化学成分を上述の範囲内とするように、スラブの成分を周知の方法によって適宜調整すればよい。
【0035】
熱延工程では、スラブを加熱した後、スラブに粗圧延及び仕上圧延を行って熱延鋼板を得て、さらに、この熱延鋼板を巻き取る。
【0036】
本実施形態に係る製造方法では、スラブ加熱の段階で、スラブにスケールを十分生成させておくことで、スケール直下にCuを濃化させる必要がある。そうすることで、仕上圧延前のデスケーリング処理により、十分なCu濃化層を鋼板表面に露出させることができる。そのために、スラブ加熱における空気比を1.0~1.2の範囲内とする。空気比が1.0未満である場合は、Cuの濃化が十分に進展せず、Cu濃化層が得られないおそれがある。空気比が1.2超である場合は、スケール量が著しく多量となり、種々のデスケーリング手段によってもスケールを十分に除去することができず、熱延鋼板又は無方向性電磁鋼板の表面性状が悪化する。
【0037】
さらに、続く仕上圧延前の粗圧延鋼板の温度を1000℃以上1050℃以下とし、仕上圧延温度を930℃以上970℃以下にする。これにより、Cuをさらに濃化させることができる。
【0038】
そして、巻取温度を750℃以上とすることで、熱延鋼板に自己焼鈍を生じさせ、結晶粒成長を促進させることができる。また、巻取温度を800℃以下とすることで、熱延鋼板の内部酸化を抑制することができる。
【0039】
本実施形態に係る無方向性電磁鋼板の製造方法は、本実施形態に係る熱延鋼板を製造する工程(即ち、上述した本実施形態に係る熱延鋼板の製造方法)と、酸洗工程と、冷延工程と、仕上焼鈍工程とを含む。冷延工程及び仕上焼鈍工程は特に限定されず、周知の条件を適宜採用することができる。
【0040】
酸洗工程も特に限定されない。ここでは、自己焼鈍時に生じた内部酸化層(スケール)の除去を一層促進する目的で、酸洗促進剤を酸洗溶液に添加することが好ましい。なお、酸洗溶液が製造工程に残存することがあり、これが他鋼種の製造の際に悪影響を生じさせるおそれがある。内部酸化層が存在しない他鋼種への悪影響のない酸洗促進剤として、チオ硫酸塩系が例示される。
【実施例】
【0041】
(A)熱延鋼板
表1に記載の化学成分を有するスラブを、表2に記載のスラブ加熱条件、及び仕上圧延条件で熱延して、表3に示す熱延鋼板を得た。これら表において、発明範囲外の値には下線を付した。これら熱延鋼板に対して、以下の方法による評価を実施した。
(1)Cu濃度ピーク値の測定
前処理:熱延鋼板の表面を洗浄した。さらに、アルゴンスパッタリングによって熱延鋼板表層数nmを除去した。
測定:GDSを用いて、Cu濃度の深さ方向の分布を測定して、Cu濃度チャートを得た。この濃度チャートに示されるCu濃度ピークの位置及び高さに基づいて、Cuの濃度ピークが所定位置に含まれるか否か、及びその濃度が所定範囲内であるか否かを判別した。表3には、Cu濃度ピークの高さ(Cu濃度ピーク値)を記載した。
(2)酸洗時のスケール残りの評価(酸洗後スケール評価)
熱延鋼板を6%塩酸溶液に60秒浸漬した後、断面を鏡面研磨し、内部酸化層の厚み(即ち、スケールの厚み)を光学顕微鏡で測定した。測定で得られたスケール厚みが1μm以下であるものを、スケール評価良好な熱延鋼板と判定した。なお、スケールの厚み測定は、走査型電子顕微鏡を用いて行っても構わない。
【0042】
【0043】
【0044】
【0045】
発明範囲内の化学成分を有するスラブを、発明範囲内の製造条件で熱延することにより得られた熱延鋼板C1~C13は、表面から深さ10μmまでの範囲に0.12%以上のCuの濃度ピーク値を有していた。さらに、熱延鋼板C1~C13は、酸洗時のスケール残りが少なかった。
一方、比較例c1~c8は、酸洗時のスケール残りが多かった。
具体的には、比較例c1は、厚さ5μmのスケール残りが確認された。
比較例c2は、厚さ6μmのスケール残りが確認された。
比較例c3は、厚さ8μmのスケール残りが確認された。
比較例c4は、厚さ15μmのスケール残りが確認された。
比較例c5は、厚さ13μmのスケール残りが確認された。
比較例c6は、厚さ11μmのスケール残りが確認された。
比較例c7は、厚さ10μmのスケール残りが確認された。
比較例c8は、厚さ18μmのスケール残りが確認された。
【0046】
(B)無方向性電磁鋼板
表1に記載の化学成分を有するスラブを、表2に記載のスラブ加熱条件、及び仕上圧延条件で熱延して、熱延鋼板を得た。これら熱延鋼板を、酸洗、熱間圧延、及び仕上焼鈍して、表4に示す無方向性電磁鋼板を得た。表4において、発明範囲外の値には下線を付した。なお、酸洗条件は8%塩酸で90秒浸漬とした。これら無方向性電磁鋼板のCu濃度ピーク値を、上述の熱延鋼板と同じ方法で評価した。さらに、これら無方向性電磁鋼板の表面品位を光学顕微鏡の断面観察によって評価した。具体的には、仕上焼鈍後の無方向性電磁鋼板の断面を鏡面研磨し、スケールの厚みを光学顕微鏡で測定した。観察で得られたスケール厚みが1μm以下であるものを、製品表面品位が良好な無方向性電磁鋼板と判定した。なお、仕上焼鈍後に絶縁皮膜が塗布された無方向性電磁鋼板について、高温のアルカリ溶液等に浸漬することで絶縁皮膜を除去して、水洗した後に、スケールの厚みを評価してもかまわない。また、スケールの厚み測定は、走査型電子顕微鏡を用いて行っても構わない。
【0047】
【0048】
発明範囲内の化学成分を有するスラブを、発明範囲内の製造条件で熱延することにより得られた無方向性電磁鋼板D1~D13は、表面から深さ5μmまでの範囲に0.12%以上のCuの濃度ピーク値を有していた。さらに、熱延鋼板D1~D13は、表面品位が良好であった。
一方、比較例d1~d8は、酸洗時のスケール残りが多かった。
具体的には、比較例d1は、厚さ5μmのスケール残りが確認された。
比較例d2は、厚さ6μmのスケール残りが確認された。
比較例d3は、厚さ8μmのスケール残りが確認された。
比較例d4は、厚さ9μmのスケール残りが確認された。
比較例d5は、厚さ12μmのスケール残りが確認された。
比較例d6は、厚さ10μmのスケール残りが確認された。
比較例d7は、厚さ7μmのスケール残りが確認された。
比較例d8は、厚さ11μmのスケール残りが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明によれば、酸洗時のスケール残りが少なく、製品板の表面品位が良好な無方向性電磁鋼板用の熱延鋼板、および無方向性電磁鋼板を低コストで安定的に提供できる。そのため、本発明は高い産業上の利用可能性を有する。