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特許7393698方向性電磁鋼板および方向性電磁鋼板の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-29
(45)【発行日】2023-12-07
(54)【発明の名称】方向性電磁鋼板および方向性電磁鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 22/00 20060101AFI20231130BHJP
   C21D 8/12 20060101ALI20231130BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20231130BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20231130BHJP
   C22C 38/60 20060101ALN20231130BHJP
   H01F 1/147 20060101ALN20231130BHJP
【FI】
C23C22/00 B
C21D8/12 D
C21D9/46 501B
C22C38/00 303U
C22C38/60
H01F1/147 183
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2022536030
(86)(22)【出願日】2020-07-15
(86)【国際出願番号】 JP2020027455
(87)【国際公開番号】W WO2022013960
(87)【国際公開日】2022-01-20
【審査請求日】2022-10-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】岩城 将嵩
【審査官】菅原 愛
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2012/042865(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/156127(WO,A1)
【文献】特開2012-072431(JP,A)
【文献】特開2012-052231(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 22/00
C22C 38/00
C21D 8/12
C21D 9/46
C22C 38/60
H01F 1/147
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
平坦面と、溝が形成された溝形成面とを有する母材鋼板と、
前記母材鋼板の上方に形成され、リン酸、リン酸塩、無水クロム酸、クロム酸塩、アルミナ、又はシリカの化合物を含む張力被膜と、
を備える方向性電磁鋼板であって、
前記張力被膜は、前記平坦面の上方に形成された平坦面被膜部分と、前記溝形成面の上方に形成された溝形成面被膜部分とを有し、
前記平坦面被膜部分の平均被膜厚さをt1(μm)、
前記溝形成面被膜部分の最小被膜厚さをt2Min(μm)、
前記溝形成面被膜部分の最大被膜厚さをt2Max(μm)、
としたとき、下記(1)式と(2)式を満たし、
前記張力被膜の、前記溝形成面被膜部分の底面位置から、前記平坦面被膜部分の底面位置までの板厚方向に沿った距離Dの0.95倍を有効深さd(μm)としたとき、下記(3)式を満たし、
前記溝形成面被膜部分の、その表面に垂直な方向の厚さの最小値を、前記溝形成面被膜部分の最小被膜厚さt2 Min とし、
前記溝形成面被膜部分の、その表面に垂直な方向の厚さの最大値を、前記溝形成面被膜部分の最大被膜厚さt2 Max として定義することを特徴とする方向性電磁鋼板。
t2Min/t1≧0.4 (1)
t2Max/t1≦3.0 (2)
t2Max≦d/2 (3)
【請求項2】
前記母材鋼板と前記張力被膜との間に、MgSiOを含むグラス被膜が形成されている
ことを特徴とする請求項1に記載の方向性電磁鋼板。
【請求項3】
前記溝形成面の幅をw(μm)としたとき、下記(4)式を満たす
d/w≧1/3 (4)
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の方向性電磁鋼板。
【請求項4】
前記溝形成面の幅をw(μm)としたとき、下記(5)式を更に満たす
ことを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載の方向性電磁鋼板。
(d/w)×t2Max≦t1 (5)
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法であって、
冷延鋼板を製造する冷間圧延工程と、
前記冷延鋼板に対し、二次再結晶を伴う仕上げ焼鈍を行う仕上げ焼鈍工程と、
前記仕上げ焼鈍工程の前または後の前記冷延鋼板に対し、前記冷延鋼板の圧延方向に対して交差する方向に、線状に溝を形成する溝形成工程と、
前記溝の上方に、リン酸、リン酸塩、無水クロム酸、クロム酸塩、アルミナ、又はシリカの化合物を含む張力被膜を形成する張力被膜付与工程と、
を備えることを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項6】
前記張力被膜付与工程の後、前記張力被膜の厚さ方向の一部が残存するように前記張力被膜を加工することで、前記溝の上方に形成された部分の前記張力被膜の厚さを前記溝の幅より狭い範囲で減少させ、前記張力被膜を整形する張力被膜整形工程と、
を備えることを特徴とする請求項5に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項7】
前記冷間圧延工程の後、且つ、前記仕上げ焼鈍工程の前に、前記冷延鋼板に対し、焼鈍分離剤を塗布する焼鈍分離剤塗布工程を更に備え、
前記焼鈍分離剤がマグネシアを含む
ことを特徴とする請求項5又は6に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主として変圧器等の電気機器の鉄心として利用される方向性電磁鋼板及び方向性電磁鋼板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は、磁気鉄心として多くの電気機器に用いられている。
方向性電磁鋼板は、Siを0.8%~4.8%含有し製品の結晶方位を{110}<001>方位に高度に集中させた鋼板である。その磁気特性として磁束密度が高く(B値で代表される)、鉄損が低い(W17/50で代表される)ことが要求される。特に、最近では省エネルギーの見地から電力損失の低減に対する要求が高まっている。
【0003】
この要求に応え、方向性電磁鋼板の鉄損を低減させる手段として、磁区を細分化する技術が開発された。仕上げ焼鈍後の鋼板にレーザービームを照射することにより、磁区を細分化して鉄損を低減させる方法が、例えば特許文献1に開示されている。しかしながら、該方法による鉄損の低減はレーザー照射によって導入された歪みに起因する為、トランスを成形した後に歪取り焼鈍を必要とする巻鉄心トランス用として使用することができない。
【0004】
この改良技術として、例えば特許文献2において、仕上焼鈍後に方向性電磁鋼板の表面グラス層の一部をレーザー照射等により除去し、塩酸、硝酸等の酸を用いて鋼板地鉄を溶解して溝を形成し、その後張力被膜を形成し、磁区を細分化する方法が開示されている。
このような磁区細分化処理を施した鋼板では、溝を形成する際に、被膜が局所的に破壊され、絶縁性及び耐食性の問題を生じるため、溝形成後にさらに被膜の形成を行っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】日本国特公昭58-26405号公報
【文献】日本国特開昭61-117284号公報
【文献】日本国特公昭62-45285号公報
【文献】日本国特公昭40-15644号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、母材鋼板の表面に溝を形成した方向性電磁鋼板において、溝に形成される張力被膜の形態を適切に制御することで、絶縁性及び耐食性を保ちながら、従来製品よりも低い鉄損の方向性電磁鋼板を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の態様は下記の通りである。
(1)本発明の第一の態様は、平坦面と、溝が形成された溝形成面とを有する母材鋼板と、前記母材鋼板の上方に形成され、リン酸、リン酸塩、無水クロム酸、クロム酸塩、アルミナ、又はシリカの化合物を含む張力被膜と、を備える方向性電磁鋼板であって、前記張力被膜は、前記平坦面の上方に形成された平坦面被膜部分と、前記溝形成面の上方に形成された溝形成面被膜部分とを有し、前記平坦面被膜部分の平均被膜厚さをt1(μm)、前記溝形成面被膜部分の最小被膜厚さをt2Min(μm)、前記溝形成面被膜部分の最大被膜厚さをt2Max(μm)、としたとき、下記(1)式と(2)式を満たし、前記張力被膜の、前記溝形成面被膜部分の底面位置から、前記平坦面被膜部分の底面位置までの板厚方向に沿った距離Dの0.95倍を有効深さd(μm)としたとき、下記(3)式を満たし、前記溝形成面被膜部分の、その表面に垂直な方向の厚さの最小値を、前記溝形成面被膜部分の最小被膜厚さt2 Min とし、前記溝形成面被膜部分の、その表面に垂直な方向の厚さの最大値を、前記溝形成面被膜部分の最大被膜厚さt2 Max として定義することを特徴とする方向性電磁鋼板。
t2Min/t1≧0.4 (1)
t2Max/t1≦3.0 (2)
t2Max≦d/2 (3)
(2)上記(1)に記載の方向性電磁鋼板では、前記母材鋼板と前記張力被膜との間に、MgSiOを含むグラス被膜が形成されていてもよい。
(3)上記(1)又は(2)に記載の方向性電磁鋼板では、前記溝形成面の幅をw(μm)としたとき、下記(4)式を満たしてもよい。
d/w≧1/3 (4)
(4)上記(1)~(3)のいずれか一項に記載の方向性電磁鋼板では、前記溝形成面の幅をw(μm)としたとき、下記(5)式を更に満たしてもよい。
(d/w)×t2Max≦t1 (5)
【0008】
(5)本発明の第二の態様は、上記(1)~(4)のいずれか一項に記載の方向性電磁鋼板の製造方法であって、冷延鋼板を製造する冷間圧延工程と、前記冷延鋼板に対し、二次再結晶を伴う仕上げ焼鈍を行う仕上げ焼鈍工程と、前記仕上げ焼鈍工程の前または後の前記冷延鋼板に対し、前記冷延鋼板の圧延方向に対して交差する方向に、線状に溝を形成する溝形成工程と、前記溝の上方に、リン酸、リン酸塩、無水クロム酸、クロム酸塩、アルミナ、又はシリカの化合物を含む張力被膜を形成する張力被膜付与工程と、を備える方向性電磁鋼板の製造方法である。
(6)上記(5)に記載の方向性電磁鋼板の製造方法では、前記張力被膜付与工程の後、前記張力被膜の厚さ方向の一部が残存するように前記張力被膜を加工することで、前記溝の上方に形成された部分の前記張力被膜の厚さを前記溝の幅より狭い範囲で減少させ、前記張力被膜を整形する張力被膜整形工程を備えてもよい。
(7)上記(5)又は(6)に記載の方向性電磁鋼板の製造方法では、前記冷間圧延工程の後、且つ、前記仕上げ焼鈍工程の前に、前記冷延鋼板に対し、焼鈍分離剤を塗布する焼鈍分離剤塗布工程を更に備え、前記焼鈍分離剤がマグネシアを含んでもよい。


【発明の効果】
【0009】
上記の本発明の態様によれば、絶縁性及び耐食性を保ちながら、従来製品よりも低い鉄損の方向性電磁鋼板、およびその製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】第一実施形態に係る方向性電磁鋼板の平面図である。
図2】第一実施形態に係る方向性電磁鋼板の溝の近傍の構成を説明するための模式端面図である。
図3】第二実施形態に係る方向性電磁鋼板の溝の近傍の構成を説明するための模式端面図である。
図4】第二実施形態の変形例に係る方向性電磁鋼板の溝の近傍の構成を説明するための模式端面図である。
図5】方向性電磁鋼板の製造方法を説明するためのフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
一般的に方向性電磁鋼板では母材鋼板の表面に被膜を形成し、鋼板の磁化方向(圧延方向)に張力を作用させることで鉄損の低減を行っている。しかし本発明者は、磁区制御のために化学的処理、物理的処理もしくは熱的処理により母材鋼板の表面に溝を形成した方向性電磁鋼板においては、溝形成後に被膜を形成すると鉄損が増加してしまう場合があることを認識した。
この理由を検討するうち、溝壁面への被膜の形成が鋼板の圧延方向への磁化において悪影響を及ぼしているとの考えに至った。
【0012】
溝壁面は、母材鋼板の表面から外れた面(板厚方向成分を有する面)となっている。このため、溝壁面に被膜が形成される場合、その被膜による張力は母材鋼板の磁化方向(母材鋼板の表面に平行な方向、圧延方向)とは外れた方向に作用することになり、鉄損を増加させる要因になる。特に溝では被膜形成用のコーティング溶液が溜まり易く、厚い被膜が形成されてしまうことも鉄損増加の悪影響を大きくしていると考えられる。
また、溝が形成された方向性鋼板では、鋼板内を通じて一方の溝壁に到達した磁束は、磁壁から漏れることにより(すなわち、磁束の漏れにより)溝空間を磁化方向に沿って通過して他方の溝壁に到達し、再び鋼板内を磁化方向に向かう。
ここで、圧延方向Xに対して垂直に近い方向成分を有する溝壁面に形成される被膜は、上述のように、鋼板の磁化方向とは外れた方向に張力が作用することにより、磁束の漏れを抑制する。このため、鉄損の低減効果を妨げることになる。
従って、溝壁面で多く磁束を漏れさせるためには、溝壁面に形成される被膜を可能な限り薄くすることが有効であると言える。しかし、絶縁性および耐食性の観点から、溝に形成される被膜を過剰に薄くすることは実用的な解決策にはならない。
【0013】
上記の検討を踏まえ、本発明者らは、溝に形成された被膜の一部を加工して被膜の厚さを適切に制御した方向性電磁鋼板においては、絶縁性と耐食性を保ちながらも、優れた磁気特性を発揮できることを見出した。
【0014】
上記の知見に基づきなされた本発明について、図面を参照しながら詳細に説明する。
なお、以下の説明においては、方向性電磁鋼板について、圧延方向をX、板幅方向をY、板厚方向をZと呼称する場合がある。板幅方向Yは、圧延方向Xと板厚方向Zに垂直な方向である。
【0015】
(第一実施形態)
図1は、本発明の第一実施形態に係る方向性電磁鋼板100の平面図である。図1に示すように、本実施形態に係る方向性電磁鋼板100は、板幅方向Y(すなわち、圧延方向Xに交差する方向)に直線状に延伸する溝Gが形成される。
【0016】
図2は、図1のA-A線に対応する模式端面図であって、溝Gの近傍の構成を示している。
図2に示すように、本実施形態に係る方向性電磁鋼板100は、母材鋼板110と、母材鋼板110の上方に形成され、リン酸、リン酸塩、無水クロム酸、クロム酸塩、アルミナ、又はシリカの化合物を含む張力被膜130とを備えて構成される。
【0017】
図2に示すように、母材鋼板110は、溝Gが形成されていない面である平坦面110Fと、溝Gが形成されている面である溝形成面110Gとを有する。
この母材鋼板110の上方には張力被膜130が形成されている。
以下の説明において、張力被膜130における、母材鋼板110の平坦面110Fの上方に形成されている部分を平坦面被膜部分130Fと呼称し、母材鋼板110の溝形成面110Gの上方に形成されている部分を溝形成面被膜部分130Gと呼称する。
【0018】
以下、溝G近傍の張力被膜130の形態を規定するための寸法について説明する。
尚、それぞれの寸法は、n個(n≧10)の溝Gを測定対象として抽出し、それぞれの溝Gの延伸方向に垂直な面における断面を機械加工により鏡面とし、走査型電子顕微鏡で観察することにより決定することができる。
【0019】
平坦面被膜部分130Fの板厚方向Zの厚さの平均値を、平坦面被膜部分130Fの平均被膜厚さt1として定義する。
平均被膜厚さt1は次のようにして決定することができる。まず、n個の溝Gのそれぞれについて、溝Gの近傍の平坦面被膜部分130Fにおける少なくとも10箇所で、平坦面被膜部分130Fの板厚方向Zの厚さを測定して平均値を得る。そして、n個の平均値の平均値を算出することで平均被膜厚さt1を決定する。
【0020】
溝形成面被膜部分130Gの、その表面に垂直な方向の厚さの最小値を、溝形成面被膜部分130Gの最小被膜厚さt2Minとして定義する。
最小被膜厚さt2Minは次のようにして決定することができる。まず、n個の溝Gのそれぞれについて、溝形成面被膜部分130Gの、その表面に垂直な方向の厚さの最小値を測定する。そして、n個の測定値の平均値を算出することで最小被膜厚さt2Minを決定する。
【0021】
溝形成面被膜部分130Gの、その表面に垂直な方向の厚さの最大値を、溝形成面被膜部分130Gの最大被膜厚さt2Maxとして定義する。
最大被膜厚さt2Maxは次のようにして決定することができる。まず、n個の溝Gのそれぞれについて、溝形成面被膜部分130Gの、その表面に垂直な方向の厚さの最大値を測定する。そして、n個の測定値の平均値を算出することで最大被膜厚さt2Maxを決定する。
【0022】
溝形成面被膜部分130Gの底面位置130Gaから、平坦面被膜部分130Fの底面位置130Fa(すなわち、平坦面被膜部分130Fと母材鋼板110との境界)までの板厚方向Zの距離Dの0.95倍の値を有効深さdとして定義する。
距離Dは、母材鋼板110に形成された溝Gの深さに相当する寸法である。溝Gの肩部(平坦面110Fに連なる部分)の近傍の溝壁面に形成される張力被膜130の厚さは鉄損への影響が小さいため、溝Gの底側95%の深さに相当する0.95×Dの値を、鉄損低減効果に寄与する有効深さdとして本願では用いる。
有効深さdは次のようにして決定することができる。まず、n個の溝Gのそれぞれについて、底面位置130Gaから底面位置130Faまでの板厚方向Zの距離を測定する。そして、n個の測定値の平均値を算出することで距離Dを求め、この距離Dに基づき有効深さdを決定する。
【0023】
溝形成面110Gに隣接する二つの平坦面110F,110Fの、溝Gの延伸方向と板厚方向Zに垂直な方向の離間距離を溝形成面110Gの幅wとして定義する。
幅wは次のようにして決定することができる。まず、n個の溝Gのそれぞれについて、上記の離間距離を測定する。そして、n個の測定値の平均値を算出することで幅wを決定する。
【0024】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板100では、張力被膜130は、平坦面被膜部分130Fの平均被膜厚さt1(μm)、溝形成面被膜部分130Gの最小被膜厚さt2Min(μm)、及び、溝形成面被膜部分130Gの最大被膜厚さt2Max(μm)が、下記(1)式と(2)式を満たすように形成されている。
t2Min/t1≧0.4 (1)
t2Max/t1≦3.0 (2)
【0025】
上記(1)式と(2)式は、平坦面被膜部分130Fの被膜厚さを基準として、溝形成面被膜部分130Gの厚さ(その表面に垂直な方向の厚さ)の最小値と最大値の範囲をそれぞれ規定している。
上記(1)式を満たす場合、平均被膜厚さt1を基準にして溝形成面被膜部分130Gの被膜が過度に薄くなっている箇所が存在しないことから、優れた絶縁性と耐食性を発揮することができる。
上記(2)式を満たす場合、平均被膜厚さt1を基準にして溝形成面被膜部分130Gの被膜が過度に厚くなっている箇所が存在しないと言える。従って、溝壁面に形成された被膜による、鋼板の表面方向に交差する方向に生じる張力が過剰に発生しない。従って、鉄損低減効果を十分に得ることができる。
【0026】
更に、本実施形態に係る方向性電磁鋼板100では、張力被膜130の最大被膜厚さt2Max(μm)と、張力被膜130の有効深さd(μm)が下記(3)式を満たす。
t2Max≦d/2 (3)
【0027】
上記(3)式は、溝Gの深さに依存する指標である有効深さdを基準として、溝形成面被膜部分130Gの厚さ(その表面に垂直な方向の厚さ)の最大値の範囲を規定している。
上記(3)式を満たす場合、有効深さdを基準として溝形成面被膜部分130Gの被膜が過度に厚くなっている箇所が存在しないと言える。従って、溝壁面に形成された被膜による、鋼板の表面方向に交差する方向に生じる張力が過剰に発生しない。従って、鉄損低減効果を十分に得ることができる。
【0028】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板100では、張力被膜130の有効深さd(μm)と溝形成面110Gの幅w(μm)が下記(4)式を満たすことが好ましい。
d/w≧1/3 (4)
【0029】
d/wは、溝形成面110Gの溝壁面の傾きを示す指標である。溝形成面110Gの溝壁面の傾きが大きい場合、磁区細分化の観点から好適な溝形状であると言える。しかし、本発明者らの知見によると、d/wが大きい場合には方向性電磁鋼板100の磁化方向(X方向)と、溝形成面110Gの溝壁面に形成される張力被膜130(溝形成面被膜部分130G)による溝壁面に沿う張力方向との角度差が大きいため、張力被膜130の厚さが適切に制御されていない場合には鉄損増加の問題点が顕著になる。
一方で、本実施形態に係る方向性電磁鋼板100においては、上述のように(1)式~(3)式を満たすように厚さが制御された張力被膜130が形成されているため、d/wが大きな溝壁面に起因する鉄損増加の問題点が解消されている。
従って、(1)式~(3)式だけでなく(4)式も満たす場合には、磁区細分化の観点から好適な溝形状を有しつつも、絶縁性及び耐食性を保ちながら、鉄損の低減を実現することができるため、好ましい。
【0030】
更に、本実施形態に係る方向性電磁鋼板100では、最大被膜厚さt2Max(μm)と、幅w(μm)と、平均被膜厚さt1(μm)と、有効深さd(μm)が下記(5)式を満たすことが好ましい。
(d/w)×t2Max≦t1 (5)
【0031】
前述の通り、張力被膜130の溝形成面被膜部分130Gの厚さが適切に制御されていない場合に生じる鉄損増加の問題点は、方向性電磁鋼板100の磁化方向と、溝形成面被膜部分130Gの張力方向との角度差が大きいほど顕著になる。すなわち、溝壁面の傾きであるd/wが大きいほど、溝形成面被膜部分130Gの最大被膜厚さt2Maxは、鉄損低減の観点から、より薄く制限すべきである。更に、本願では最大被膜厚さt2Maxが平均被膜厚さt1を基準として規定されることも考慮し、この影響を(5)式により規定する。
従って、(1)式~(3)式だけでなく(5)式も満たす場合には、最大被膜厚さt2Maxが、溝壁面の傾きであるd/wを考慮して更に厳密に制限されるため、鉄損増加の問題をより確実に回避することが可能となる。
【0032】
溝Gの形態は、本発明効果との関連で以下のような範囲にあることが好ましい。
【0033】
平均被膜厚さt1は1μm以上であることが好ましく、2μm以上であることがより好ましい。平均被膜厚さt1が1μm以上であれば、より確実に絶縁性及び耐食性を発揮することができるためである。
平均被膜厚さt1は10μm以下であることが好ましく、5μm以下であることがより好ましい。10μm以下であれば、母材鋼板110の占積率が大きく低下することを防ぐことができるためである。
【0034】
幅wは20μm以上であることが好ましく、30μm以上であることがより好ましい。幅wが20μm以上であれば、溝形成面被膜部分130Gの厚さを制御することが技術的に簡便になるためである。
幅wは150μm以下であることが好ましく、90μm以下であることがより好ましい。幅wが150μm以下である場合には、磁区細分化の観点から好適である。また、溝Gの深さにもよるが、幅wが小さい程、方向性電磁鋼板100の磁化方向と、溝形成面被膜部分130Gによる溝壁面に沿う張力方向との角度差による鉄損増加の問題点が顕著になる。従って、張力被膜130の厚さを適切に制御することによる本発明の効果代が大きいと言えるため、幅wは150μm以下であることが好ましい。
【0035】
距離Dは5μm以上であることが好ましく、15μm以上であることがより好ましい。距離Dが5μm以上である場合には、幅wにもよるが、方向性電磁鋼板100の磁化方向と、溝形成面被膜部分130Gによる溝壁面に沿う張力方向との角度差による鉄損増加の問題点が顕著になる。従って、張力被膜130の厚さを適切に制御することによる本発明の効果代が大きいと言えるため、距離Dは5μm以上であることが好ましい。
距離Dは50μm以下であることが好ましく、30μm以下であることがより好ましい。
距離Dが50μm以下であれば、溝形成面被膜部分130Gの厚さを制御することが技術的に簡便になるためである。また、距離Dが50μm超であると部分的に板厚が大きく減少し鉄損低減効果が得られなくなる場合があるためである。
【0036】
溝Gの延伸方向は、鉄損低減の観点から、圧延方向Xに対して90°から60°の範囲であることが好ましく、90°から80°の範囲であることが更に好ましい。
溝Gの延伸方向が、圧延方向Xに対して、60°以上であれば、溝形成面110Gの溝壁面と圧延方向Xとの角度が大きくなることにもなるため、本発明効果を作用させる必要性が高まる。
【0037】
溝Gの圧延方向Xのピッチ(圧延方向ピッチ)は磁区細分化の必要性に応じて1~20mmの範囲で設定することが好ましい。溝Gの圧延方向ピッチは2~10mmの範囲で設定することが更に好ましい。溝Gの圧延方向ピッチの上限は8mmであることがより好ましい。溝Gの圧延方向ピッチの上限は5mmであることが更に好ましい。
【0038】
母材鋼板110は、化学組成として、質量%で、Si:0.8%~4.8%を含有し、残部がFeおよび不純物であってもよい。上記の化学組成は、結晶方位を{110}<001>方位に集積させるよう制御するために好ましい化学組成である。
【0039】
また、母材鋼板110では、磁気特性の改善を目的として、Feの一部に代えて、公知の任意元素を含有してもよい。Feの一部に代えて含有される任意元素として、例えば、次の元素が挙げられる。各数値は、それらの元素が任意元素として含有された場合の、上限値を意味する。
質量%で、C:0.005%以下、Mn:0.3%以下、S:0.015%以下、Se:0.015%以下、Al:0.050%以下、N:0.005%以下、Cu:0.40%以下、Bi:0.010%以下、B:0.080%以下、P:0.50%以下、Ti:0.015%以下、Sn:0.10%以下、Sb:0.10%以下、Cr:0.30%以下、Ni:1.00%以下、Nb、V、Mo、Ta、及びWのうちの一種または二種以上:合計で0.030%以下。
これら任意元素は、公知の目的に応じて含有させればよいため、任意元素の含有量の下限値を設ける必要はなく、下限値が0%でもよい。
【0040】
なお、不純物とは、上記に例示した任意元素に限らず、含有されても本発明の効果を損わない元素を意味する。意図的に添加する場合に限らず、母材鋼板を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境等から不可避的に混入する元素も含む。不純物の合計含有量の上限の目途としては、質量%で5%程度が挙げられる。
【0041】
方向性電磁鋼板では、脱炭焼鈍および二次再結晶時の純化焼鈍を経ることが一般的であり、製造過程において比較的大きな化学組成の変化(含有量の低下)が起きる。元素によっては、50ppm以下に低減され、純化焼鈍を十分に行えば、一般的な分析では検出できない程度(1ppm以下)にまで達することもある。上記の母材鋼板110の化学成分は、最終製品における化学組成であり、出発素材でもある後述するスラブの組成とは異なる。
【0042】
母材鋼板110の化学成分は、ICP-AES(Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry)を用いて測定することができる。具体的には、母材鋼板110から採取した35mm角の試験片を、島津製作所製ICPS-8100等(測定装置)により、予め作成した検量線に基づいた条件で測定することにより、化学組成が特定される。なお、CおよびSは燃焼-赤外線吸収法を用いて測定し、Nは不活性ガス融解-熱伝導度法を用いて測定することができる。
【0043】
(第二実施形態)
以下、本発明の第二実施形態に係る方向性電磁鋼板200について説明する。
第二実施形態に係る方向性電磁鋼板200は、グラス被膜が母材鋼板と張力被膜との間に形成されている点で第一実施形態に係る方向性電磁鋼板100と異なる。第一実施形態での説明と重複する説明については省略する。
【0044】
図3は本実施形態に係る方向性電磁鋼板200の溝Gの近傍の構成を説明するための模式端面図である。
図3に示すように、本実施形態に係る方向性電磁鋼板200は、母材鋼板210と、母材鋼板210の上方に形成され、リン酸、リン酸塩、無水クロム酸、クロム酸塩、アルミナ、又はシリカの化合物を含む張力被膜230と、母材鋼板210と張力被膜230との間に形成され、MgSiOを含むグラス被膜250とを備えて構成される。
本実施形態に係る方向性電磁鋼板200では、グラス被膜250が形成されるため、張力被膜230と母材鋼板210との間に高い密着性が得られ、より強い張力を付与することが出来る。
【0045】
図3に示すように、母材鋼板210は、溝Gが形成されていない面である平坦面210Fと、溝Gが形成されている面である溝形成面210Gとを有する。
この母材鋼板210の上方には張力被膜230が形成されている。
本実施形態に係る方向性電磁鋼板200においては、母材鋼板210の平坦面210Fと張力被膜230との間にグラス被膜250が形成され、母材鋼板210の溝形成面210Gと張力被膜230との間にはグラス被膜250が形成されない。
以下の説明において、張力被膜230における、母材鋼板210の平坦面210Fの上方に形成されている部分を平坦面被膜部分230Fと呼称し、母材鋼板210の溝形成面210Gの上方に形成されている部分を溝形成面被膜部分230Gと呼称する。
【0046】
平坦面被膜部分230Fの平均被膜厚さt1、溝形成面被膜部分230Gの最小被膜厚さt2Min、及び、溝形成面被膜部分230Gの最大被膜厚さt2Maxについては、第一実施形態で説明した平均被膜厚さt1、最小被膜厚さt2Min、及び、最大被膜厚さt2Maxと重複するため省略する。
また、溝形成面210Gの幅wについても、第一実施形態で説明した幅wと重複するため省略する。
【0047】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板200では、母材鋼板210の平坦面210Fと張力被膜230との間にグラス被膜250が形成される。従って、平坦面被膜部分230Fの底面位置230Faは、平坦面被膜部分230Fとグラス被膜250との境界となる。
ここで、有効深さdは、溝形成面被膜部分230Gの厚さ制御による鉄損低減に有効に寄与する範囲を定めるための指標であるため、本実施形態のようにグラス被膜250が存在する場合であっても、張力被膜230の形状に依存して定められる。すなわち、第一実施形態で説明した定義と同様に、本実施形態においても、溝形成面被膜部分230Gの底面位置230Gaから、平坦面被膜部分230Fの底面位置230Faまでの板厚方向Zの距離Dの0.95倍の値が有効深さdである。
【0048】
従って、本実施形態に係る方向性電磁鋼板200においても、張力被膜230が下記(1)~(3)式を満たすように形成されていることで絶縁性及び耐食性を保ちながら、従来製品よりも低い鉄損を実現することができる。
t2Min/t1≧0.4 (1)
t2Max/t1≦3.0 (2)
t2Max≦d/2 (3)
【0049】
第一実施形態で説明した好ましい態様は本実施形態に係る方向性電磁鋼板200においても同様に採用される。
【0050】
尚、本実施形態に係る方向性電磁鋼板200においては、グラス被膜250が、母材鋼板210の平坦面210Fと張力被膜230との間のみに形成され、母材鋼板210の溝形成面210Gと張力被膜230との間には形成されていない。
しかしながら、図4に示す変形例に係る方向性電磁鋼板200Aのように、グラス被膜250は、母材鋼板210の溝形成面210Gと張力被膜230との間にも形成されてもよい。この場合においても、平均被膜厚さt1、最小被膜厚さt2Min、及び、最大被膜厚さt2Max、及び、有効深さdの定義は変わらない。
【0051】
(第三実施形態)
以下、本発明の第三実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法について説明する。
【0052】
本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法は、少なくとも、冷延鋼板を製造する冷間圧延工程と、冷延鋼板に対し仕上げ焼鈍を行う仕上げ焼鈍工程と、仕上げ焼鈍工程の前または後の冷延鋼板に対し溝Gを形成する溝形成工程と、溝Gの上方に張力被膜を付与する張力被膜付与工程を有する。また、上記張力被膜を加工することで張力被膜を整形する張力被膜整形工程、を付加することも可能である。
また、具体的な製造方法の一例として、上記の工程に加え、鋳造工程、熱間圧延工程、熱延鋼板焼鈍工程、脱炭焼鈍工程、窒化処理工程、及び、焼鈍分離剤塗布工程を有する。これらの工程は、本発明の実施可能性を示すために採用した一例であり、本発明はこれらの工程や条件に限定されるものではない。
【0053】
図5は、本実施形態に係る方向性電磁鋼板の製造方法の具体例を説明するためのフロー図である。以下、各工程について説明する。
【0054】
(鋳造工程S1)
鋳造工程S1では、スラブを準備する。スラブの製造方法の一例は次のとおりである。溶鋼を製造(溶製)する。溶鋼を用いてスラブを製造する。連続鋳造法によりスラブを製造してもよい。溶鋼を用いてインゴットを製造し、インゴットを分塊圧延してスラブを製造してもよい。スラブの厚さは、特に限定されない。スラブの厚さは、例えば、150mm~350mmである。スラブの厚さは、好ましくは、220mm~280mmである。スラブとして、厚さが10mm~70mmの、いわゆる薄スラブを用いてもよい。薄スラブを用いる場合、熱間圧延工程S2において、仕上げ圧延前の粗圧延を省略できる。
【0055】
スラブの成分組成は、二次再結晶が生じる成分組成であればよい。スラブの基本成分、任意元素については具体的に述べると次のとおりである。尚、成分について用いられる%の表記は質量%を意味する。
Siは、電気抵抗を高め、鉄損を下げる上で重要な元素である。含有率が4.8%を超えると、冷間圧延時に材料が割れやすくなり圧延不可能になる。一方、Si量を下げると仕上げ焼鈍時にα→γ変態を生じ、結晶の方向性が損なわれるので、仕上げ焼鈍において結晶の方向性に影響を及ぼさない0.8%を下限としてもよい。
【0056】
Cは、製造工程においては一次再結晶組織の制御に有効な元素であるものの、最終製品への含有量が過剰であると磁気特性に悪影響を及ぼす。したがって、C含有量は0.085%以下としてもよい。C含有量の好ましい上限は0.075%である。Cは後述の脱炭焼鈍工程S5及び仕上げ焼鈍工程S8で純化され、仕上げ焼鈍工程S8の後には0.005%以下となる。Cを含む場合、工業生産における生産性を考慮すると、C含有量の下限は0%超であってもよく、0.001%であってもよい。
【0057】
酸可溶性Alは、Nと結合してAlNまたは(Al,Si)Nとしてインヒビターとして機能する元素である。磁束密度が高くなる0.012%~0.050%を限定範囲としてもよい。Nは製鋼時に0.01%以上添加するとブリスターと呼ばれる鋼板中の空孔が生じるので0.01%を上限としてもよい。Nは製造工程の途中で窒化により含有させることが可能であるため下限は規定しない。
【0058】
MnとSはMnSとして析出して、インヒビターとしての役割を果たす。Mnが0.02%より少なく、またSが0.005%より少ないと所定量の有効なMnSインヒビターが確保できない。また、Mnが0.3%、Sが0.04%より多いとスラブ加熱時の溶体化が不十分となり、二次再結晶が安定して行われなくなる。ゆえに、Mn:0.02~0.3%、S:0.005~0.04%としてもよい。
【0059】
他のインヒビター構成元素としてB,Bi,Se,Pb,Sn,Tiなどを添加することもできる。添加量は適宜調整されてもよく、質量%でB:0.080%以下、Bi:0.010%以下、Se:0.035%以下、Pb:0.10%以下、Sn:0.10%以下、Ti:0.015%以下、であってもよい。これら任意元素は、公知の目的に応じて含有させればよいため、任意元素の含有量の下限値を設ける必要はなく、下限値が0%でもよい。
【0060】
スラブの化学組成の残部はFe及び不純物からなる。なお、ここでいう「不純物」は、スラブを工業的に製造する際に、原材料に含まれる成分、又は製造の過程で混入する成分から不可避的に混入し、本発明の効果に実質的に影響を与えない元素を意味する。
【0061】
スラブの化学組成は、製造上の課題解決のほか、化合物形成によるインヒビター機能の強化や磁気特性への影響を考慮して、Feの一部に代えて、公知の任意元素を含有してもよい。Feの一部に代えて含有される任意元素として、例えば、次の元素が挙げられる。各数値は、それらの元素が任意元素として含有された場合の、上限値を意味する。
質量%で、Cu:0.40%以下、P:0.50%以下、Sb:0.10%以下、Cr:0.30%以下、Ni:1.00%以下。
これら任意元素は、公知の目的に応じて含有させればよいため、任意元素の含有量の下限値を設ける必要はなく、下限値が0%でもよい。
【0062】
(熱間圧延工程S2)
熱間圧延工程S2は、所定の温度(例えば1100℃~1400℃)に加熱されたスラブの熱間圧延を行い、熱延鋼板を得る工程である。一例として、上記した成分組成を有するスラブは、特許文献3に記載されているような、(Al,Si)Nをインヒビターとしている製造方法に基づいて、熱間圧延時の温度確保の観点から1100℃以上、またAlNの完全溶体化しない1280℃以下の温度で加熱を行った後に熱間圧延を行ってもよい。また、特許文献4に記載されているような、AlNとMnSを主インヒビターとして用いる製造方法に基づいて、完全溶体化する1300℃以上の温度で加熱した後に熱延を行ってもよい。
【0063】
(熱延鋼板焼鈍工程S3)
熱延鋼板焼鈍工程S3は、熱間圧延工程S2で得られた熱延鋼板を直ちに、もしくは短時間で焼鈍し、焼鈍鋼板を得る工程である。焼鈍は750℃~1200℃の温度域で30秒~30分間行われる。この焼鈍は製品の磁気特性を高めるために有効である。
【0064】
(冷間圧延工程S4)
冷間圧延工程S4は、熱延鋼板焼鈍工程S3で得た焼鈍鋼板を、1回の冷間圧延、又は、焼鈍(中間焼鈍)を介して複数回(2回以上)の冷間圧延(例えば総冷延率で80%~95%)により、冷延鋼板を得る工程である。
冷延鋼板の厚さは0.10mm~0.50mmであればよい。
【0065】
(脱炭焼鈍工程S5)
脱炭焼鈍工程S5は、冷間圧延工程S4で得た冷延鋼板に脱炭焼鈍を行い、一次再結晶が生じた脱炭焼鈍鋼板を得る工程である。脱炭焼鈍は、例えば700℃~900℃で1分間~3分間行えばよい。
脱炭焼鈍を行うことで、冷延鋼板中に含まれるCが除去される。脱炭焼鈍は、冷延鋼板中に含まれる「C」を除去するために、湿潤雰囲気中で行うことが好ましい。
【0066】
(窒化処理工程S6)
窒化処理工程S6は、二次再結晶におけるインヒビターの強度を調整するため、必要に応じて実施する工程である。窒化処理は、脱炭処理の開始から、仕上げ焼鈍における二次再結晶の開始までの間に、鋼板の窒素量を40ppm~200ppm程度増加させる。窒化処理としては、例えば、アンモニア等の窒化能のあるガスを含有する雰囲気中で焼鈍する処理、MnN等の窒化能を有する粉末を含む焼鈍分離剤を後述の焼鈍分離剤塗布工程S7で塗布する処理等が例示される。
【0067】
(焼鈍分離剤塗布工程S7)
焼鈍分離剤塗布工程S7は、脱炭焼鈍鋼板に焼鈍分離剤を塗布する工程である。焼鈍分離剤としては、例えば、アルミナ(Al)を主成分とする焼鈍分離剤を用いることができる。焼鈍分離剤を塗布後の脱炭焼鈍鋼板は、コイル状に巻取った状態で、次の仕上げ焼鈍工程S8で仕上げ焼鈍される。
尚、グラス被膜を形成する場合には、マグネシア(MgO)を主成分とする焼鈍分離剤を用いる。
【0068】
(仕上げ焼鈍工程S8)
仕上げ焼鈍工程S8は、焼鈍分離剤が塗布された脱炭焼鈍鋼板に仕上げ焼鈍を施し、二次再結晶を生じさせる工程である。この二次再結晶を伴う仕上げ焼鈍工程S8は、一次再結晶粒の成長をインヒビターにより抑制した状態で二次再結晶を進行させることによって、{100}<001>方位粒を優先成長させ、磁束密度を飛躍的に向上させる。
尚、上述の焼鈍分離剤塗布工程S7でマグネシア(MgO)を塗布した場合には、この仕上げ焼鈍工程S8によりMgSiOを含むグラス被膜が形成される。
【0069】
(溝形成工程S9)
溝形成工程S9は、磁区制御(磁区細分化)を目的として、冷間圧延工程S4の後の冷延鋼板に対し溝Gを形成する工程である。溝Gの形成は、レーザー、電子ビーム、プラズマ、機械的方法、エッチングなど、公知の手法により、形成することができる。
【0070】
溝形成工程S9は、図5のフロー図で示す例では、仕上げ焼鈍工程S8の後で行っている。しかし、溝形成工程S9は、冷間圧延工程S4を経た鋼板に対して行えば、磁区細分化に理想的な線状溝の断面形状を維持することが出来る。従って、溝形成工程S9は、仕上げ焼鈍工程S8の前でも後でもよい。また、張力被膜付与工程S10の前後でもよい。
例えば、冷間圧延工程S4の後から張力被膜整形工程S11の前までの任意のタイミングで溝Gを形成すれば良い。
尚、仕上げ焼鈍工程S8の後、且つ、溝形成工程S9の前のタイミングで、張力被膜を鋼板表面に予め形成してもよい。この場合、溝形成工程S9において、溝Gの上の部位における張力被膜が減少又は消失する。従って、仕上げ焼鈍工程S8の後、且つ、溝形成工程S9の前のタイミングで、張力被膜を鋼板表面に予め形成している場合においては、溝形成工程S9の後のタイミングで、張力被膜付与工程S10を行う。
【0071】
尚、焼鈍分離剤塗布工程S7でマグネシア(MgO)を塗布して仕上げ焼鈍工程S8を行う場合においては、溝形成工程S9のタイミングにより形成されるグラス被膜の形態が異なる。
溝形成工程S9を仕上げ焼鈍工程S8の後に行う場合には、グラス被膜が生成した後に溝Gを形成することになるため、第二実施形態で説明した図3に示すように、グラス被膜は溝Gの上には形成されない。
溝形成工程S9を仕上げ焼鈍工程S8の前に行う場合には、溝Gを形成した後にグラス被膜が生成することになるため、第二実施形態で変形例として説明した図4に示すように、グラス被膜は溝Gの上方にも形成される。
【0072】
(張力被膜付与工程S10)
張力被膜付与工程S10は、コーティング溶液を塗布して焼き付けて、リン酸系化合物等の張力被膜を付与する工程である。コーティング溶液は、例えば、リン酸又はリン酸塩、無水クロム酸又はクロム酸塩、及びアルミナやコロイド状シリカ等を含むコーティング溶液である。焼き付けは、例えば、350℃~1150℃で、5秒間~300秒間の条件で行えばよい。
ここで、塗布するコーティング溶液の粘度又は濃度、塗布を行うロールの形態、塗布から焼き付けまでの時間や一部コーティング溶液の除去のためのエアー吹き付け等の条件を変化させ、溝部の被膜の厚さを適切に制御することにより本発明を満たす張力被膜が形成される。本発明を満たす張力被膜が形成された場合は張力被膜整形工程S11を必要としない。
【0073】
(張力被膜整形工程S11)
張力被膜整形工程S11は、溝Gの上方に形成された部分の張力被膜の厚さを溝Gの幅より狭い範囲で変化させ、張力被膜を整形する工程である。
より具体的には、張力被膜整形工程S11では、溝Gの上方に形成された部分の張力被膜の厚さを溝Gの幅より狭い範囲で、張力被膜の一部が残存するように張力被膜を加工することで、張力被膜を整形する。当該加工は、溝Gの上方に形成された張力被膜において、全体的に厚さが減少するような加工に限定されるものではなく、例えば、溝Gの上方に形成された張力被膜において、一部の厚さが減少し、一部の厚さが増加するような加工であってもよい。
【0074】
上述の張力被膜付与工程S10では、溝形成工程S9で形成された溝Gにコーティング溶液が流れ込むため、溝Gに多量のコーティング溶液が溜まった状態で焼き付けることになるので、溝Gの上の被膜の厚さは溝Gが形成されていない平坦面の厚さよりも厚くなる場合がある。
【0075】
このような溝壁面に形成される被膜の厚さの制御は、上述のように、張力被膜付与工程S10において、塗布するコーティング溶液の濃度、塗布を行うロールの形態、塗布から焼き付けまでの時間や一部コーティング溶液の除去のためのエアー吹き付け等の条件を変化させることなどで実施することは可能である。しかし、塗布作業のしやすさや、微細な溝Gの形成状況、溝Gに形成される被膜の膜厚の自由かつ精緻な制御を考えると、張力被膜付与工程S10では溝Gの存在を意識せず、特別な制御をすることなく塗布し、溝Gにコーティング溶液が溜まった状態で焼き付けを行い、平坦面の被膜より厚く溝Gに形成された被膜をその後の工程で目的とする厚さまで加工することが好ましい。
【0076】
従って、張力被膜整形工程S11において、溝Gにレーザーまたは電子ビーム照射等の任意の膜を加工又は除去する事で、溝Gに形成された厚い被膜の膜厚を減少させて残存させ、更なる鉄損低減を行うことが可能となる。
【0077】
張力被膜を加工する方法は、第一実施形態で説明した(1)~(3)式を満たすように張力被膜の厚さを制御できるものであれば特に限定されるものではない。例えば、レーザー、電子ビーム、プラズマ、機械的方法、エッチングなど、公知の手法を用いることができる。これらの手法を採用する場合、張力被膜の表面は平滑になり、皮膜張力が一定になるため、渦電流損の低減のようなメリットにつながる。
【0078】
レーザーまたはビームを用いる場合に照射するレーザーまたはビーム径は、溝Gの幅より小さくする。絶縁性及び耐食性を保つために一部被膜を残さなければならない為、レーザーまたはビームパワーは被膜の厚さ、溝Gの幅によって、適宜調整する。この制御は、日常的にレーザーまたはビーム照射により鋼板表面の加工を行っている当業者であれば、さほど困難なものではない。レーザーまたはビームパワーとしては例えば50W~2000Wの範囲で調整される。50W以下では被膜の除去が殆ど発生せず、また、2000W以上であると、被膜が完全に破壊されてしまう為である。
【実施例
【0079】
(実施例1)
実施例1では、被膜厚さが適切に制御された場合に鉄損の低減が生じなおかつ、絶縁性及び耐食性が保たれることを示す。
【0080】
上記の工程(鋳造工程S1、熱間圧延工程S2、熱延鋼板焼鈍工程S3、冷間圧延工程S4)に基づき板厚0.23mmの冷延鋼板の作成を行った。珪素鋼スラブの組成比は、質量%でSi:3.3%、Mn:0.1%、S:0.007%、酸可溶性Al:0.03%、N:0.008%、Sn:0.06%、残部にFe及び不純物を有している。
【0081】
この冷延鋼板に対し、実験No.1~14は冷間圧延工程S4の直後に、実験No.15~21は仕上げ焼鈍工程S8の後に、フォトエッチング法により圧延方向Xと直角方向から10度の方向(圧延方向Xに対して80°の方向)で幅50μmの溝を5mmの圧延方向ピッチで形成した。
溝の深さは20μmとした。
【0082】
これらの鋼板に対し、仕上げ焼鈍工程S8の前に、焼鈍分離剤を水スラリーで塗布した。実験No.1~7ではアルミナ(Al)、実験No.8~21ではマグネシア(MgO)を焼鈍分離剤として用いた。
その後、コロイド状シリカとリン酸塩を主成分とするコーティング溶液を塗布して850℃で2分間焼き付けて張力被膜を形成した。
【0083】
これらの鋼板の溝に半導体レーザーをビーム径と照射パワーを変化させてレーザー照射を行い、溝の上方に形成されていた張力被膜の一部を除去した。
レーザー照射後に走査型電子顕微鏡で形態の観察を行い、t1、t2Min、t2Maxの測定を行った。
【0084】
得られた製品の鉄損W17/50(W/kg)を表1、表2に示す。
照射をしていない実験No.1の鉄損が0.79であり、これを基準として考慮し、鉄損が0.75以下である場合を鉄損の改善有りと判断して「Good」、鉄損が0.75超である場合を鉄損の改善無しと判断して「NG」と評価した。
【0085】
絶縁性の評価はJIS C 2550-4(2011)に準ずる方法で層間抵抗の測定を行った。
層間抵抗が25cm以上であれば十分に絶縁性が保たれているとし、「Very Good」と評価した。
層間抵抗が5~25cmであれば絶縁性が保たれているとし、「Good」と評価した。
層間抵抗が5Ωcm未満のものは、「NG」と評価した。
耐食性の評価は温度50°C、露点50°Cの空気中に鋼板を200時間保持し、その後、鋼板表面を目視観察した。
錆の発生が無い物は耐食性が保たれているとし、「Good」と表示した。
錆の発生が見られるものは、「NG」と表示した。
【0086】
【表1】
【0087】
表1に示したとおり、レーザー照射をしない実験No.1と比べて溝に一定以上のパワーでレーザー照射を行った実験No.2と実験No.3の方が、鉄損が低くなり、本発明手法は鉄損値を従来の手法から約7%程度改良できることが分かる。
また、実験No.4、実験No.7の様にレーザー照射を溝の幅より広く行った場合、照射パワーを上げると十分に被膜の厚さが減少し鉄損は実験No.1に比べて低減するが、同時に溝の周囲の被膜が除去されるため、絶縁性及び耐食性が保てなくなる。これに対して、本発明に従う実験No.2、実験No.3はいずれも、被膜厚さが適切に制御されたことにより、鉄損の低減が生じなおかつ、絶縁性及び耐食性が保たれる。
照射パワーが過剰である実験No.5では被膜が完全に除去され、絶縁性及び耐食性が保てなくなる。
照射パワーが不足している実験No.6では被膜が除去されず鉄損低減効果が得られない。
【0088】
【表2】
【0089】
表2に示した通り、実験No.8と実験No.15では、平均被膜厚さt1を基準にして溝形成面被膜部分の被膜が過度に厚くなっている箇所が存在することに起因して、溝壁面に形成された被膜による鋼板の表面方向に交差する方向に生じる張力が過剰に発生し、鉄損低減効果が得られなかった。
また、実験No.13、14、20、21では、平均被膜厚さt1を基準にして溝形成面被膜部分の被膜が過度に薄くなっている箇所が存在したため、優れた絶縁性と耐食性が得られなかった。
これに対して、被膜厚さが適切に制御された実験No.9~12、16~19はいずれも、鉄損の低減が生じなおかつ、絶縁性及び耐食性が保たれた。
【0090】
(実施例2)
実施例2では、溝の深さおよび被膜厚さが大きいほど溝における張力が大きくなり、溝の形成による鉄損低減効果を大きく減少させることができることを示す。
【0091】
実施例1と同様の手順により、板厚0.23mmの冷延鋼板の作成を行った。
【0092】
この冷延鋼板に対し、冷間圧延工程S4の直後にフォトエッチング法により圧延方向Xと直角方向から10度の方向(圧延方向Xに対して80°の方向)で幅50μmの溝を5mmの圧延方向ピッチで形成した。
溝の深さは、実験No.22~24では10μm、実験No.25~27では20μm、実験No.28~31では30μmとした。
【0093】
これらの鋼板に対し、焼鈍分離剤としてアルミナ(Al)を水スラリーで塗布した後、仕上げ焼鈍を施した。その後、コロイド状シリカとリン酸塩を主成分とするコーティング溶液を塗布して850℃で2分間焼き付けて張力被膜を形成した。この時、コーティング溶液の塗布量を変化させることで、被膜の厚さを変化させた。
【0094】
実験No.23、24、26、27、30、31においては、鋼板の溝に半導体レーザーをビーム径40μmとしt2Max≦w×t1/dを満たす条件の被膜が得られるよう照射パワーを調整しレーザー照射を行い溝の張力被膜の一部を除去した。
また、レーザー照射後に走査型電子顕微鏡で形態の観察を行い、t1、t2Min、t2Maxの測定を行った。
【0095】
得られた製品の鉄損W17/50(W/kg)を表3~表5に示す。
D=10μmの実験No.22~24においては、鉄損が0.77以下である場合を「Good」、鉄損が0.77超である場合を「NG」と評価した。
D=20μmの実験No.25~27においては、鉄損が0.75以下である場合を「Good」、鉄損が0.75超である場合を「NG」と評価した。
D=30μmの実験No.28~31においては、鉄損が0.74以下である場合を「Good」、鉄損が0.74超である場合を「NG」と評価した。
【0096】
絶縁性の評価は、実施例1と同様に、JIS C 2550-4(2011)に準ずる方法で層間抵抗の測定を行った。評価の基準も実施例1と同様である。
【0097】
【表3】
【0098】
【表4】
【0099】
【表5】
【0100】
表3に示したように、溝深さ10μmの場合には、溝の被膜除去無しのNo.22と比べて溝の被膜除去を行っているNo.23、No.24の方が鉄損が良くなっている。
表4に示したように、溝深さ20μmの場合には、溝の被膜除去無しのNo.25と比べて溝の被膜除去を行っているNo.26、No.27の方が鉄損が良くなっている。
表5に示したように、溝深さ30μmの場合には被膜厚さが異なる場合でもNo.28とNo.29の様に溝の被膜除去を行わない場合には鉄損の差は少ないが、溝の被膜除去を行った場合にはNo.30とNo.31の様に被膜厚さが厚い方がより、鉄損低減効果が得られている。
また、被膜厚さが同一であるNo.22からNo.23への鉄損変化、No.25からNo.26への鉄損変化、No.28からNo.30への鉄損変化を比較すると、溝の深さが大きいほど、鉄損低減効果が大きくなっている。
これらは、溝の深さおよび被膜厚さが大きいほど溝における張力の寄与が大きくなり、溝の形成による鉄損低減効果を大きく減少させる為である。
【0101】
(実施例3)
上記の実施例1、実施例2においては、レーザー照射による被膜の整形を適宜行ったが、塗布するコーティング溶液の粘度又は濃度の調整等によって既に被膜が適切な厚さに形成されていればレーザー照射等による被膜の整形は不要である。
そこで、実験例3では、溝の皮膜除去なしに、被膜厚さを適切にすることで本発明の効果が得られることを示す。
【0102】
実施例1、実施例2と同様の手順により、板厚0.23mmの冷延鋼板の作成を行った。
【0103】
この冷延鋼板に対し、冷間圧延工程S4の直後にフォトエッチング法により圧延方向Xと直角方向から10度の方向(圧延方向Xに対して80°の方向)で幅50μmの溝を5mmの圧延方向ピッチで形成した。
溝の深さは20μmとした。
【0104】
これらの鋼板に対し、焼鈍分離剤としてアルミナ(Al)を水スラリーで塗布した後、仕上げ焼鈍を施した。その後、コロイド状シリカとリン酸塩を主成分とするコーティング溶液を塗布して2分間の焼き付けて張力被膜を形成した。この時、実験No.32~35のそれぞれにおいて、コーティング溶液の温度と焼き付け温度を表6に示す条件に調整し、被膜の厚さを変化させた。
【0105】
実験No.32~35において、走査型電子顕微鏡で被膜の形態の観察を行い、t1、t2Min、t2Maxの測定を行った。
【0106】
得られた製品の鉄損W17/50(W/kg)を表6に示す。
実験No.32の鉄損が0.77であり、これを基準として考慮し、鉄損が0.75以下である場合を鉄損の改善有りと判断して「Good」、鉄損が0.75超である場合を鉄損の改善無しと判断して「NG」と評価した。
【0107】
絶縁性の評価は、実施例1と同様に、JIS C 2550-4(2011)に準ずる方法で層間抵抗の測定を行った。評価の基準も実施例1と同様である。
【0108】
【表6】
【0109】
表6に示したように、実験No.32~34では、被膜厚さが適切ではないことにより本発明の効果が得られなかった。
一方、実験No.35では、溝の皮膜除去なしに、被膜厚さを適切にすることで本発明の効果が得られたことが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0110】
本発明によれば、絶縁性及び耐食性を保ちながら、従来製品よりも低い鉄損の方向性電磁鋼板を提供することができる。
【符号の説明】
【0111】
100、200、200A 方向性電磁鋼板
110、210 母材鋼板
110F、210F 平坦面
110G、210G 溝形成面
130、230 張力被膜
130F、230F 平坦面被膜部分
130G、230G 溝形成面被膜部分
130Fa、230Fa 平坦面被膜部分の底面位置
130Ga、230Ga 溝形成面被膜部分の底面位置
250 グラス被膜
図1
図2
図3
図4
図5