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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-29
(45)【発行日】2023-12-07
(54)【発明の名称】コーティングされた切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20231130BHJP
   C23C 16/36 20060101ALI20231130BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C16/36
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2019554750
(86)(22)【出願日】2018-03-26
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2020-06-11
(86)【国際出願番号】 EP2018057622
(87)【国際公開番号】W WO2018184887
(87)【国際公開日】2018-10-11
【審査請求日】2021-01-26
(31)【優先権主張番号】17165547.5
(32)【優先日】2017-04-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】507226695
【氏名又は名称】サンドビック インテレクチュアル プロパティー アクティエボラーグ
(74)【代理人】
【識別番号】110002077
【氏名又は名称】園田・小林弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】リンダール, エリック
(72)【発明者】
【氏名】フォン フィーアント, リーヌス
【審査官】中川 康文
(56)【参考文献】
【文献】特開平08-158052(JP,A)
【文献】国際公開第2016/045937(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/054591(WO,A1)
【文献】特開2014-065142(JP,A)
【文献】特開2016-137564(JP,A)
【文献】特表2017-530019(JP,A)
【文献】特開2000-144427(JP,A)
【文献】特開2003-311510(JP,A)
【文献】特開2009-056538(JP,A)
【文献】特開2011-068960(JP,A)
【文献】特開2014-231116(JP,A)
【文献】特開2015-168047(JP,A)
【文献】特表2001-521991(JP,A)
【文献】特表2014-530112(JP,A)
【文献】特開平08-047999(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0136786(US,A1)
【文献】国際公開第2012/144088(WO,A1)
【文献】特表2018-501118(JP,A)
【文献】特開2007-257888(JP,A)
【文献】特開2006-021316(JP,A)
【文献】特許第6026468(JP,B2)
【文献】米国特許第5871850(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/00-29/34
B23B 51/00-51/14
B23C 1/00-9/00
B23P 5/00-17/06
B23F 1/00-23/12
C23C 14/00-14/58
C23C 16/00-16/56
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
耐摩耗性多層コーティングでコーティングされた基材を備える、コーティングされた切削工具であって、該耐摩耗性多層コーティングは、α-Al層と、該α-Al層上に堆積された、炭窒化チタン層Ti1-y(式中、0.85≦x≦1.3、0.4≦y≦0.85)とを含むものであり、ここでTi1-yは、X線回折によりCuKα線及びθ~2θスキャンを用いて測定して、ハリス式:
により規定される組織係数TC(hkl)を示し、
ここで、
I(hkl)は、(hkl)反射の測定強度(積分面積)であり、
(hkl)は、JCPDS card no.42-1489による標準粉末回折データの標準強度であり、
nは、計算で使用される反射の数であり、使用される(hkl)反射は、(1 1 1)、(2 0 0)、(2 2 0)、(3 1 1)、(3 3 1)、(4 2 0)、及び(4 2 2)であり、かつ
TC(1 1 1)≧3である、
コーティングされた切削工具。
【請求項2】
α-Al層が、X線回折によりCuKα線及びθ~2θスキャンを用いて測定して、ハリス式により規定される組織係数TC(hkl)を示し、ここでI(hkl)は、(hkl)反射の測定強度(積分面積)であり、I(hkl)は、JCPDS card no.00-010-0173による標準粉末回折データの標準強度であり、nは、計算で使用される反射の数であり、使用される(hkl)反射は、(1 0 4)、(1 1 0)、(1 1 3)、(0 2 4)、(1 1 6)、(2 1 4)、(3 0 0)及び(0 0 12)であり、かつTC(0 0 12)≧7である、請求項1に記載のコーティングされた切削工具。
【請求項3】
Ti1-y層の厚さが、1~10μmである、請求項1又は2に記載のコーティングされた切削工具。
【請求項4】
α-Al層の厚さが、0.3~7μmである、請求項1から3のいずれか一項に記載のコーティングされた切削工具。
【請求項5】
コーティングが、基材とα-Al層との間に配置された、炭窒化チタンTi1-v(式中、0.85≦u≦1.3、0.4≦v≦0.85)のさらなる層を備える、請求項1から4のいずれか一項に記載のコーティングされた切削工具。
【請求項6】
Ti1-v層の厚さが、3~20μmである、請求項5に記載のコーティングされた切削工具。
【請求項7】
α-Al層と基材との間に配置されたTi1-v層が、X線回折によりCuKα線及びθ~2θスキャンを用いて測定して、ハリス式により規定される組織係数TC(hkl)を示し、ここでI(hkl)は、(hkl)反射の測定強度(積分面積)であり、I(hkl)は、JCPDS card no.42-1489による標準強度であり、nは、反射の数であり、計算で使用される反射は、(1 1 1)、(2 0 0)、(2 2 0)、(3 1 1)、(3 3 1)、(4 2 0)及び(4 2 2)であり、かつ
TC(4 2 2)≧3である、
請求項5又は6に記載のコーティングされた切削工具。
【請求項8】
耐摩耗性多層コーティングでコーティングされた基材を備える、コーティングされた切削工具であって、該耐摩耗性多層コーティングは、α-Al層と、該α-Al層上に堆積された、炭窒化チタン層Ti1-y(式中、0.85≦x≦1.3、0.4≦y≦0.85)とを含むものであり、ここでTi1-yは、X線回折によりCuKα線及びθ~2θスキャンを用いて測定して、ハリス式:
により規定される組織係数TC(hkl)を示し、
ここで、
I(hkl)は、(hkl)反射の測定強度(積分面積)であり、
(hkl)は、JCPDS card no.42-1489による標準粉末回折データの標準強度であり、
nは、計算で使用される反射の数であり、使用される(hkl)反射は、(1 1 1)、(2 0 0)、(2 2 0)、(3 1 1)、(3 3 1)、(4 2 0)、及び(4 2 2)であり、かつ
TC(1 1 1)≧3であり、
コーティングが、基材とα-Al層との間に配置された、炭窒化チタンTi1-v(式中、0.85≦u≦1.3、0.4≦v≦0.85)のさらなる層を備え、
Ti1-y層が、Ti1-v層よりも高い平均硬さを示す、コーティングされた切削工具。
【請求項9】
コーティングが、4~32μmの合計厚さを有する、請求項1から8のいずれか一項に記載のコーティングされた切削工具。
【請求項10】
基材が、超硬合金、サーメット、セラミック、鋼、又は立方晶窒化ホウ素から選択される、請求項1から9のいずれか一項に記載のコーティングされた切削工具。
【請求項11】
基材を有するコーティングされた切削工具の製造方法であって、以下の工程:
a)基材上に、600~900℃の温度でMTCVDにより、Ti1-v層を堆積させる工程、
b)Ti1-v層の上に、800~1200℃の温度でCVDにより、α-Al層を堆積させる工程、
c)Al層の上に、600~900℃の温度でMTCVDにより、TiCl、CHCN、N及びHを含有するとともに、Hを3~13体積%の量で、かつNを83~94体積%の量で含有する雰囲気中で、炭窒化チタン層Ti1-y層を堆積させる工程、
を含み、
Ti1-yは、X線回折によりCuKα線及びθ~2θスキャンを用いて測定して、ハリス式:
により規定される組織係数TC(hkl)を示し、
ここで
I(hkl)は、(hkl)反射の測定強度(積分面積)であり、
(hkl)は、JCPDS card no.42-1489による標準粉末回折データの標準強度であり、
nは、計算で使用される反射の数であり、使用される(hkl)反射は、(1 1 1)、(2 0 0)、(2 2 0)、(3 1 1)、(3 3 1)、(4 2 0)、及び(4 2 2)であり、かつ
TC(1 1 1)≧3である、
製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、金属の機械加工を行うチップのための、コーティングされた切削工具に関し、より具体的には、酸化アルミニウム層と炭窒化チタン層とを含む耐摩耗性多層コーティングを備える基材を有する、コーティングされた切削工具に関する。本開示による切削工具は、研磨による耐摩耗性に対する要求が高い用途で、例えば、金属材料(例えば合金化された鋼、炭素鋼又は強靭鋼)の旋盤加工、フライス加工又は穿孔において、特に有用である。
【背景技術】
【0002】
ここ数十年来、切削工具に薄い耐火性コーティングを堆積させることは、機械加工産業において広く行われている。コーティング(例えばTiCN及びAl)は、多くの様々な材料を切削する際の切削インサートにおいて耐摩耗性を改善させることが、実証されている。TiCNの内部層と、α-Alの外部層との組み合わせが、例えば鋼を旋盤加工又はフライス加工するために設計された多くの商業的な工具で、見出されている。しかしながら、技術が進歩するにつれて、切削工具に対してより高度の要求が課されるようになっている。よって、金属切削作業における耐摩耗性が改善されている、コーティングされた切削工具に対する必要性が存在する。
【発明の概要】
【0003】
本開示は、切削作業において性能が改善されている、コーティングされた切削工具、特に、耐摩耗性が改善されている(例えばクレータ摩耗及びフランク摩耗に対するより高い耐性)、コーティングされた切削工具を提供する。本開示はさらに、上記特性を有するコーティングされた切削工具の製造方法を提供する。
【0004】
ここに説明する態様によれば、耐摩耗性多層コーティングでコーティングされた基材を備える、コーティングされた切削工具が提供され、該耐摩耗性多層コーティングは、α-Al層と、該α-Al層上に堆積された、炭窒化チタン層Ti1-y(式中、0.85≦x≦1.3、好ましくは1.1≦x≦1.3、0.4≦y≦0.85)とを含むものであり、ここでTi1-yは、X線回折によりCuKα線及びθ~2θスキャンを用いて測定して、ハリス式:
により規定される組織係数TC(hkl)を示し、
ここで
I(hkl)は、(hkl)反射の測定強度(積分面積)であり、
(hkl)は、JCPDS card no.42-1489による標準粉末回折データの標準強度であり、
nは、計算で使用される反射の数であり、使用される(hkl)反射は、(1 1 1)、(2 0 0)、(2 2 0)、(3 1 1)、(3 3 1)、(4 2 0)、及び(4 2 2)であり、かつ
TC(1 1 1)≧3である。
【0005】
意外なことに、本開示による切削工具のTi1-y層は、予測できないほど高い硬さを示す。コーティング層の硬さ向上は通常、耐摩耗性(例えばクレータ摩耗及びフランク摩耗に対する耐性)の改善と関連している。本明細書で使用するように、切削工具という用語には、切削工具インサート、インデキサブル切削工具インサートが含まれるが、これに限定されず、ソリッド切削工具も含まれる。
【0006】
本開示は、α-Al層と、該α-Al層上に堆積された、炭窒化チタン層Ti1-yとを含むコーティングによって、切削工具をコーティングすることに基づいて実現され、ここでTi1-yは、特定の選択方位を有し、切削工具は、硬さが改善された炭窒化チタン層を有し、これによって機械加工用途における耐摩耗性の改善が達成できる。より具体的には、このような特性は、α-Al層と炭窒化チタン層Ti1-yとを含むコーティングを有する切削工具によって達成でき、ここで形状的に等価なTi1-yの結晶平面{111}は、基材に対して平行な選択方位(組織係数として表現するとTC(1 1 1)≧3)であることが判明している。
【0007】
Ti1-yは通常、中程度の温度の化学蒸着(MTCVD)により、600~900℃の温度で堆積される。α-Alは通常、化学蒸着(CVD)により、800~1200℃の温度で堆積される。Ti1-y層は通常、Al層のすぐ上に、中間層無しで堆積される。しかしながら本開示の範囲は、Ti1-yと、α-Alとの間に存在する薄い中間相を含む態様も、包含する。堆積されたTi1-y及びα-Alの結晶粒は好ましくは、柱状である。
【0008】
本開示によるコーティングはさらに、Ti1-y層と、その下にある層との間で、優れた接着性をもたらす。
【0009】
多層コーティングは、切削作業における切削に関わる切削工具の領域を少なくともカバーし、またクレータ摩耗及び/又はフランク摩耗にさらされる領域を、少なくともカバーする。或いは切削工具全体が、本開示の多層コーティングによってコーティングされていてよい。
【0010】
本開示の幾つかの実施態様において、α-Al層は、X線回折によりCuKα線及びθ~2θスキャンを用いて測定して、ハリス式により規定される組織係数TC(hkl)を示し、ここでI(hkl)は、(hkl)反射の測定強度(積分面積)であり、I(hkl)は、JCPDS card no.00-010-0173による標準粉末回折データの標準強度であり、nは、計算で使用される反射の数であり、使用される(hkl)反射は、(1 0 4)、(1 1 0)、(1 1 3)、(0 2 4)、(1 1 6)、(2 1 4)、(3 0 0)及び(0 0 12)であり、かつTC(0 0 12)≧7、好ましくはTC(0 0 12)≧7.2である。(0 0 12)反射からの高い強度は、後続のTi1-y層の強い<1 1 1>組織を促進させる1つの方策であるという点で有利なことが、判明している。
【0011】
幾つかの実施態様において、Ti1-y層の厚さは、1~10μm、好ましくは1~5μm、より好ましくは1~3μm、最も好ましくは1~2μmである。α-Al層の厚さは、0.1~7μm、好ましくは0.1~5μm、又は0.1~2μm、又は0.3~1μmである。
【0012】
幾つかの実施態様においてコーティングは、基材とα-Al層との間に配置された、炭窒化チタンのさらなる層Ti1-v(式中、0.85≦u≦1.3、好ましくは1.1≦u≦1.3、0.4≦v≦0.85)を有する。Ti1-y層は、基材のすぐ上に堆積することができる。しかしながら、本開示の範囲は、基材とTi1-v層(例えばTiN層)との間に薄い中間層を含む態様も、包含する。Ti1-vは好ましくは、MTCVDにより、600~900℃の温度で堆積される。Ti1-v層の厚さは、通常3~20μm、好ましくは3~10μm、又は3~7μm、又は3~5μmである。
【0013】
幾つかの実施態様では、α-Al層と基材との間に配置されたTi1-v層が、X線回折によりCuKα線及びθ~2θスキャンを用いて測定して、ハリス式により規定される組織係数TC(hkl)を示し、ここでI(hkl)は、(hkl)反射の測定強度(積分面積)であり、I(hkl)は、JCPDS card no. 42-1489による標準強度であり、nは、反射の数であり、計算で使用される反射は、(1 1 1)、(2 0 0)、(2 2 0)、(3 1 1)、(3 3 1)、(4 2 0)及び(4 2 2)であり、かつTC(4 2 2)≧3、好ましくはTC(4 2 2)≧3.5である。1つの実施態様においてTi1-v層は、TC(3 1 1)+TC(4 2 2)が、≧4、≧5、≧6又は≧7である。Ti1-vの(4 2 2)反射からの高い強度は、後続のα-Al層の強い<0 0 1>組織を促進させる1つの方策であるという点で有利なことが、判明している。
【0014】
幾つかの実施態様において、Ti1-y層は、Ti1-v層よりも高い平均硬さを示す。硬さは好ましくは、ナノインデンテーションによりBerkovich圧子を用いて測定し、硬さHは、H=(P/24.5h )と規定され、式中でPは、コーティング層で圧子により示される最大接触圧力であり、hは、圧子により形成されるインデンテーションの深さである。硬さ測定は、層の平らな表面において、層の外部表面に対して垂直方向で行われる。インデンテーションは好ましくは、3000μN/分の一定負荷で、h=110nmの深さまで行う。
【0015】
幾つかの実施態様において、Ti1-y層は、25GPa超、好ましくは26GPa超、より好ましくは27GPa超、さらにより好ましくは30GPa超の平均硬さを示す。硬さは好ましくは、ナノインデンテーションによりBerkovich圧子を用いて測定し、硬さHは、H=(P/24.5h )と規定され、式中でPは、コーティング層で圧子により示される最大接触圧力であり、hは、圧子により形成されるインデンテーションの深さである。インデンテーションは好ましくは、3000μN/分の一定負荷で、h=110nmの深さまで行う。当該分野で既知のその他の圧子も、考慮することができる。Ti1-yの高い硬さは、耐摩耗性が改善されている、コーティングされた切削工具をもたらすという点で、有利であり得る。
【0016】
幾つかの実施態様において、コーティングは、合計厚さが4~32μm、好ましくは4.5~20μm、又は5~15μmである。
【0017】
幾つかの実施態様において、基材は、超硬合金、サーメット、セラミック、鋼、又は立方晶窒化ホウ素から選択される。これらの基材は、本開示のコーティングに相応しい硬さ及び靭性を有する。
【0018】
幾つかの実施態様において、コーティングされた切削工具の基材は、4~12重量%のCo(好ましくは6~8重量%のCo)と、任意で0.1~10重量%の、周期表のIVb族、Vb族及びVIb族の金属(好ましくはTi、Nb、Ta若しくはこれらの組み合わせ)の立方晶炭化物、窒化物、若しくは炭窒化物とを含む超硬合金、及び残部のWCから成る。
【0019】
幾つかの実施態様において、基材は、バインダ相を増加させた表面ゾーンを有する超硬合金である。バインダ相を増加させたゾーンの厚さは好ましくは、基材の表面から基材の中心部へと測定して、5~35μmである。バインダ相を増加させたゾーンは、バインダ相含有量が、基材の中心部におけるバインダ相含有量よりも、平均で少なくとも50%高い。バインダ相を増加させた表面ゾーンにより、基材の靭性が強化される。靭性が高い基材は、切削作業(例えば鋼の旋盤加工)において好ましい。
【0020】
幾つかの実施形態では、基材が、表面ゾーンが立方晶炭化物を実質的に含まない超硬合金である。立方晶炭化物を実質的に含まない表面ゾーンの厚さは好ましくは、基材の表面から基材の中心部へと測定して、5~35μmである。「実質的に含まない」とは、立方晶炭化物が、光学顕微鏡で断面において視覚的な分析によっては見えないことを意味する。
【0021】
幾つかの実施態様において、基材は、立方晶炭化物を実質的に含まない前述の表面ゾーンと組み合わされた、バインダ相を増加させた前述の表面ゾーンを有する超硬合金である。
【0022】
本明細書で説明するその他の態様によれば、基材を有するコーティングされた切削工具の製造方法も提供され、この製造方法は、以下の工程:
a)基材上に、600~900℃の温度でMTCVDにより、Ti1-v層を堆積させる工程、
b)Ti1-v層の上に、800~1200℃の温度でCVDにより、α-Al層を堆積させる工程、
c)Al層の上に、600~900℃の温度でMTCVDにより、TiCl、CHCN、N及びHを含有するとともに、3~13体積%のH、及び83~94体積%のN(好ましくは3~10体積%のH、及び85~93体積%のN)という分圧で含有する雰囲気中で、炭窒化チタン層Ti1-y層を堆積させる工程、
を含み、
ここでTi1-yは、X線回折によりCuKα線及びθ~2θスキャンを用いて測定して、ハリス式:
により規定される組織係数TC(hkl)を示し、
ここで
I(hkl)は、(hkl)反射の測定強度(積分面積)であり、
(hkl)は、JCPDS card no.42-1489による標準粉末回折データの標準強度であり、
nは、計算で使用される反射の数であり、使用される(hkl)反射は、(1 1 1)、(2 0 0)、(2 2 0)、(3 1 1)、(3 3 1)、(4 2 0)、及び(4 2 2)であり、かつ
TC(1 1 1)≧3である。
【0023】
意外なことに、CVD反応器において少量のHを使用することにより、本開示による組織を有するTi1-yが得られることが判明した。本開示によれば、少量のHとは、3~13体積%の範囲の量、好ましくは3~10体積%の範囲の量を表すと考えられる。さらに、多量のN(例えば83~94体積%の範囲、好ましくは85~93体積%の範囲)が有利であり得る。反応器内の合計ガス圧は好ましくは、およそ80mbarである。
【0024】
本方法に従って製造される、コーティングされた切削工具はさらに、本発明によりコーティングされた切削工具を参照して上述のように規定することができる。特に、Ti1-yコーティング層の厚さは、1~10μm、好ましくは1~5μm、より好ましくは1~3μm、最も好ましくは1~2μmであり得る。
【0025】
幾つかの実施態様において、本方法のα-Al層は好ましくは、X線回折によりCuKα線及びθ~2θスキャンを用いて測定して、ハリス式により規定される組織係数TC(hkl)を示し、ここでI(hkl)は、(hkl)反射の測定強度(積分面積)であり、I(hkl)は、JCPDS card no.00-010-0173による標準粉末回折データの標準強度であり、nは、計算で使用される反射の数であり、使用される(hkl)反射は、(1 0 4)、(1 1 0)、(1 1 3)、(0 2 4)、(1 1 6)、(2 1 4)、(3 0 0)及び(0 0 12)であり、かつTC(0 0 12)≧7、好ましくはTC(0 0 12)≧7.2である。
【0026】
本方法の幾つかの実施態様において、α-Al層の厚さは、好ましくは0.1~7μm、好ましくは0.3~5μm、又は0.3~2μm、又は0.3~1μmである。
【0027】
本方法の幾つかの実施態様において、Ti1-v層の厚さは、3~20μm、好ましくは3~10μm、又は3~7μm、又は3~5μmである。
【0028】
本方法の幾つかの実施態様では、α-Al層と基材との間に配置されたTi1-v層が、X線回折によりCuKα線及びθ~2θスキャンを用いて測定して、ハリス式により規定される組織係数TC(hkl)を示し、ここでI(hkl)は、(hkl)反射の測定強度(積分面積)であり、I(hkl)は、JCPDS card no.42-1489による標準強度であり、nは、反射の数であり、計算で使用される反射は、(1 1 1)、(2 0 0)、(2 2 0)、(3 1 1)、(3 3 1)、(4 2 0)及び(4 2 2)であり、かつTC(4 2 2)≧3である。
【0029】
本方法の幾つかの実施態様において、Ti1-y層は、Ti1-v層よりも高い平均硬さを示す。
【0030】
本方法の幾つかの実施態様において、Ti1-y層は、25GPa超、好ましくは26GPa超又は27GPa超の平均硬さを示す。
【0031】
本方法の幾つかの実施態様において、コーティングは、合計厚さが4~32μm、好ましくは4.5~20μm、又は5~15μmである。
【0032】
本方法の幾つかの実施態様において、基材は、超硬合金、サーメット、セラミック、鋼、又は立方晶窒化ホウ素から選択される。
【0033】
実施例
以下、本開示によりコーティングされた切削工具及びその方法について、非限定的な例を用いてより詳細に説明する。
【0034】
定義及び方法
CVDコーティング
CVDコーティングは、放射状流(radial flow)反応器(Bernex BPX 325S型、高さ1250mm、直径325mm)で調製した。
【0035】
組織係数(TC)
結晶の結晶面は、ミラー指数h、k、lによって規定した。優先成長(すなわち、形状的に等価の結晶面{h k l}の1つのセットが、基材に対して平行な選択配向であることが判明したもの)を表現するための手段は、各試料について測定したXRD反射の既定のセットに基づき、ハリス式を用いて計算した組織係数TC(h k l)である。XRD反射の強度は、例えば材料の粉末における、同じ材料(例えばTiCN、ただしランダム配向)についてのXRD反射の強度を示すJCPDSのカードを用いて、標準化する。結晶材料の層について組織係数TC(h k l)>1とは、結晶材料の結晶粒が、少なくとも組織係数TCを特定するためにハリス式で使用されるXRD反射と比較して、ランダム分布よりは頻繁に、基材表面に対して平行な{h k l}結晶平面で配向していることを示す。
【0036】
本明細書において「柱状」という用語は、層の底部から層の外部表面に向かって成長するとともに、通常はこの方向へ延びる結晶粒を表すことが、意図されている。柱状の結晶粒は、等軸結晶粒が層成長の間に連続的に何度も核形成する点で、等軸結晶粒とは異なる。
【0037】
X線回折(XRD)測定
薄膜の結晶構造解析、相の組成、及び平面を逸脱する配向(out-of-plane orientations)は、θ~2θのX線回折により、Philips MRD-XPERT回折装置(メインのハイブリッドモノクロメータ及びサブのX線ミラー付き)を用いて評価した。Cu-Kα線は測定のために、電圧45kV、電流40mAで使用した。1/2度の散乱防止スリット、及び0.3mmの受光スリットを使用した。コーティングされた切削工具からの回折強度は、30°~140°2θの範囲で、すなわち15~70°の範囲の入射角θにわたって、測定した。
【0038】
データ分析(背景差分、及びデータのプロファイルフィッティング含む)は、ソフトウェアの「PANalytical’s X’Pert HighScore Plus」を用いて行った。その後、このプラグラムからのアウトプット(プロファイルフィッティングした曲線についての積分ピーク面積)を、測定された強度データの、特定の層(例えばTiCN又はα-Alの層)のJCPDSカードによる標準強度データに対する比率を比較することによって、前述のハリス式により層の組織係数を計算するために使用した。
【0039】
層の膜厚は限定的なので、異なる2θ角度でのピークペアについての相対的な強度は、層を通じた経路長さが異なるため、バルク試料のものとは異なる。このため、プロファイルフィッティング曲線について抽出された積分ピーク面積強度に、薄膜修正を適用した(TC値を計算する際には、層の線吸収係数も考慮)。例えばTi1-y層の上にあり得るさらなる層は、Ti1-y層に入ってコーティング全体から出るX線強度に影響を与えることになるため、これらについても同様に修正を行う必要がある(層における各化合物についての線吸収係数も考慮)。α-Al層が、例えばTi1-y層の下にある場合には、α-Al層のX線回折測定についても、同じことが当てはまる。或いは、Ti1-y層の上にあるさらなる層(例えばTiN)は、XRD測定結果に実質的に影響を与えない方法(例えば化学的なエッチング、又は機械的な研磨)によって、除去しなければならない。α-Al層と基材との間に配置されたTiCvN1-v下部層を含む実施態様では、Ti1-y外部層は、TiCvN1-v下部層をX線回折測定する前に、除去しなければならない。
【0040】
硬さ測定
炭窒化チタン層の硬さは、ナノインデンテーションにより測定した。ナノインデンテーションは、CSM UNHTナノインデンタにより、Berkovich型のダイヤモンドチップ圧子で行った。インデンテーションは、3000μN/分の一定負荷で、h=110nmの深さまで行った。硬さは、平らな外部表面で、又は表面粗さを低下させるために(6μmのダイヤモンドスラリーにより)優しく表面を研磨した後の層で、測定した。装置参照測定は、最適な圧子性能を確実にするために、フューズドシリカで行った。硬さHは、H=(P/24.5h )と規定され、式中でPは、コーティング層で圧子により示される最大接触圧力であり、hは、圧子により形成されるインデンテーションの深さである。インデンテーションは、層の表面に対して垂直な方向で行った。あらゆる外部層は、例えば化学的なエッチング又は機械的な研磨により、硬さ測定を行う前に除去する必要がある。
【0041】
実施例1:サファイア上のTi1-y
試料の調製及び分析
Ti1-yは、研磨済みの単結晶cサファイア(001)基板上に、Bernex 325のホットウォール型CVD反応器(高さ1250mm、直径325mm)内にて、830℃の温度で成長させた。
【0042】
本開示によるコーティング(試料1及び2)、並びに比較例(試料3)を堆積させるための実験条件は、表1に示してある。これらのコーティングは、約1.5μmの厚さに成長させた。
【0043】
【0044】
X線回折(XRD測定)、及び組織係数
コーティングのTi1-y層は、XRDにより分析し、TiCNの(h k l)反射((1 1 1)、(2 0 0)、(2 2 0)、(3 1 1)、(3 3 1)、(4 2 0)及び(4 2 2))の組織係数は、本明細書に記載のように特定した。薄膜修正を、XRD生データに適用した。その結果が、表2に示されている。
【0045】
【0046】
硬さ測定
Ti1-y層の硬さは、ナノインデンテーションにより測定し、CSM UNHTナノインデンタを用いて、Berkovich型のダイヤモンド圧子により行い、本明細書で先に記載した通りに計算した。36回のインデンテーション後の平均硬さを、コーティング硬さとした。その結果が、表3に示されている。
【0047】
【0048】
実施例2:超硬合金上のTi1-y
試料の調製及び分析
旋盤加工用のISO型CNMG120408の超硬合金基材を、7.2重量%のCo、2.7重量%のTa、1.8重量%のTi、0.4重量%のNb、0.1重量%のN、及び残部のWCから作製し、この基材は、立方晶炭化物を実質的に含まない、Coを増加させた表面ゾーンを、基材表面から本体への深さで約25μm、有するものであった。よって超硬合金の組成は、およそ7.2重量%のCo、2.9重量%のTaC、1.9重量%のTiC、0.4重量%のTiN、0.4重量%のNbC、及び86.9重量%のWCである。
【0049】
インサート(試料4)を、まず約0.4μmのTiN層でコーティングし、それから約12μmのTi1-v層で、よく知られたMTCVD技術により、TiCl、CHCN、N、HCl及びHを用いて885℃でコーティングした。Ti1-v層のMTCVD堆積の当初部材におけるTiCl/CHCNの体積比率は、6.6であり、その後、3.7のTiCl/CHCN比率を用いる期間が続いた。TiN及びTi1-v堆積の詳細については、表4に示されている。
【0050】
【0051】
MTCVDによるTi1-v層の上に、厚さ1~2μmの接合層を1000℃で、4つの別個の反応工程から成るプロセスにより堆積させた。第一に、HTCVD Ti1-v工程は、TiCl、CH、N、HCl及びHを用いて400mbarで、それから第二工程(TiCNO-1)は、TiCl、CHCN、CO、N及びHを用いて70mbarで、それから第三工程(TiCNO-2)は、TiCl、CHCN、CO、N及びHを用いて70mbarで、最後に第四工程(TiCNO-3)は、TiCl、CO、N及びHを用いて70mbarで、行った。第三及び第四の堆積工程の間に、表5に示した第一の出発水準及び第二の停止水準に従って、幾つかのガスを連続的に変えた。後続のAl核形成が始まる前に、接合層を55mbarで4分、CO、CO、N及びHの混合物中で酸化させた。接合層堆積の詳細については、表5に示されている。
【0052】
【0053】
接合層の上に、α-Al層をCVDにより堆積させた。全てのα-Alは、1000℃及び55mbarで、2工程で堆積させた。1.2体積%のAlCl、4.7体積%のCO、1.8体積%のHCl、及び残部のHを用いる第一の工程により、約0.1μmのα-Alが得られ、以下に開示する第二の工程により、合計厚さが約10μmのα-Al層が得られる。
【0054】
α-Al層の第二の工程は、1.2%のAlCl、4.7%のCO、2.9%のHCl、0.58%のHS、及び残部のHを用いて堆積させた(表6参照)。
【0055】
【0056】
α-Al層の上に、厚さ1.7μmのTi1-y層を、MTCVDにより堆積させた。Ti1-y層は、830℃、80mbarで、3.3体積%のTiCl、0.5体積%のCHCN、8.75体積%のH、及び残部のNを用いて堆積させた(表7参照)。
【0057】
【0058】
X線回折(XRD測定)、及び組織係数
コーティングについて、最も外側のTi1-y層、内部のTiCvN1-v層、及びα-Al層をXRDにより分析し、(h k l)反射の組織係数を、本明細書に記載するように特定した。薄膜修正を、XRD生データに適用した。その結果が、表8~10に示されている。
【0059】
【0060】
【0061】
【0062】
硬さ測定
最も外側のTi1-y層の硬さは、ナノインデンテーションにより測定し、CSM UNHTナノインデンタを用いて、Berkovich型のダイヤモンド圧子により行い、本明細書で先に記載した通りに計算した。15回のインデンテーション後の平均硬さを、最も外側のTi1-y層の硬さとした。最も外側のTi1-y層の平均硬さは、26.7GPaと測定された。