(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-29
(45)【発行日】2023-12-07
(54)【発明の名称】ゲル状組成物の製造方法
(51)【国際特許分類】
A61K 8/02 20060101AFI20231130BHJP
A61K 8/04 20060101ALI20231130BHJP
A61K 8/31 20060101ALI20231130BHJP
A61K 8/34 20060101ALI20231130BHJP
A61K 8/55 20060101ALI20231130BHJP
A61K 8/64 20060101ALI20231130BHJP
A61Q 19/00 20060101ALI20231130BHJP
【FI】
A61K8/02
A61K8/04
A61K8/31
A61K8/34
A61K8/55
A61K8/64
A61Q19/00
(21)【出願番号】P 2020571050
(86)(22)【出願日】2020-01-10
(86)【国際出願番号】 JP2020000659
(87)【国際公開番号】W WO2020162103
(87)【国際公開日】2020-08-13
【審査請求日】2022-11-24
(31)【優先権主張番号】P 2019018630
(32)【優先日】2019-02-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000941
【氏名又は名称】株式会社カネカ
(74)【代理人】
【識別番号】110002837
【氏名又は名称】弁理士法人アスフィ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】辻 忠夫
(72)【発明者】
【氏名】柳澤 恵広
【審査官】伊藤 真明
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-069075(JP,A)
【文献】特開2004-256471(JP,A)
【文献】特開2003-277250(JP,A)
【文献】韓国登録特許第10-0452165(KR,B1)
【文献】国際公開第2018/181538(WO,A1)
【文献】特開2005-162741(JP,A)
【文献】特開2007-160287(JP,A)
【文献】特開2008-050330(JP,A)
【文献】特開2009-275017(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 8/00- 8/99
A61Q 1/00-90/00
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)/KOSMET(STN)
Mintel GNPD
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲル状組成物を製造するための方法であって、
リン脂質と環状リポペプチドバイオサーファクタントを溶
媒に溶解して界面活性剤溶液を得る工程、および、
油性成分を前記界面活性剤溶液と混合して前記ゲル状組成物を得る工程を含み、
前記溶媒が多価アルコールであり、
前記ゲル状組成物において、前記リン脂質に対する前記環状リポペプチドバイオサーファクタントの質量比が0.25以上であることを特徴とする方法。
【請求項2】
前記リン脂質が、ホスファチジルコリン、水添レシチン、ホスファチジン酸、ビスホスファチジン酸、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルメチルエタノールアミン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルグリセロール、ジホスファチジルグリセロール、およびスフィンゴミエリンから選択される1以上のリン脂質である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記環状リポペプチドバイオサーファクタントが、サーファクチン、アルスロファクチン、イチュリン、およびそれらの塩から選択される1以上の環状リポペプチドバイオサーファクタントである請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記ゲル状組成物における前記リン脂質と前記環状リポペプチドバイオサーファクタントとの合計の割合が0.01質量%以上、10質量%以下である請求項1~3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記ゲル状組成物における前記油性成分の割合が1質量%以上、90質量%以下である請求項1~4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
前記ゲル状組成物における前記油性成分の割合が1質量%以上、50質量%未満である請求項1~4のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
乳化組成物を製造するための方法であって、
請求項1~6のいずれかに記載の方法によりゲル状組成物を製造する工程、および、
前記ゲル状組成物を水系溶媒中に分散させる工程を含むことを特徴とする方法。
【請求項8】
リン脂質と環状リポペプチドバイオサーファクタントと溶
媒を含み、
前記溶媒が多価アルコールであり、
前記リン脂質に対する前記環状リポペプチドバイオサーファクタントの質量比が0.25以上であることを特徴とするゲル状組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳化安定性に優れたゲル状組成物を簡便に製造することができる方法、使用感と乳化安定性に優れた乳化組成物を簡便に製造することができる方法、乳化安定性に優れたゲル状組成物、および、使用感と乳化安定性に優れた乳化組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
本来混ざりえない水性成分と油性成分を界面活性剤により安定に混合させた乳化組成物は、様々な分野で利用されている。その混合方法はこれまで様々な手法が開発されており、一般的には機械的攪拌法が用いられている。
【0003】
機械的攪拌法としては、例えばホモミキサーやディスパーミキサー等の混合機器を用いる方法や、フィルターミキサー等のフィルターを通過させる方法などが挙げられる。機械的攪拌法は、主に強攪拌や強せん断を与えることで粒子を微細化して乳化組成物を得るというものである。しかし機械的攪拌法には、昇温、真空引き、冷却などの工程が必要であること、電力などのエネルギーの消費量が多いこと、プロセスを中断できないことといった欠点がある。
【0004】
機械的攪拌法以外の乳化組成物の製造方法としては、D相乳化法や液晶乳化法が挙げられる。D相乳化法は、界面活性剤を水と多価アルコールに溶解して得られた溶液に油性成分を分散させてO/Dゲルエマルションを得た後、このO/Dゲルエマルションに水を添加してO/Wエマルションを得る方法である(特許文献1,非特許文献1)。液晶乳化法は、例えば、界面活性剤のラメラ液晶中に油相を分散保持させたゲル状のO/LCエマルションを形成した後、当該O/LCエマルションに水を添加してO/Wエマルションを得る方法である(特許文献2)。
【0005】
しかしこれら方法でエマルションを得るには、各成分の配合比率や配合条件が極めて限定的である。例えば、油性成分の配合量を比較的少なくし、且つ界面活性剤の配合量を比較的多くする必要があるため、使用感が悪いといえる。
【0006】
両親媒性を有し、界面活性作用を示すものでありながら、優れた使用感をもたらす成分として、リン脂質が挙げられる。リン脂質は細胞膜の重要な構成成分であり、糖脂質やコレステロール等と共に脂質二重層を形成することから、リン脂質を含む乳化組成物は肌へのなじみ性に優れ、皮膚外用剤や化粧料などの成分として利用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開昭63-072335号公報
【文献】特開平9-124432号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】鷺谷広道ら,油化学,第40巻,第11号,第988~994頁(1991)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述したように、リン脂質は界面活性作用を有するものでありながら、使用感に優れた乳化組成物の成分として非常に重要である。しかしリン脂質には、界面活性作用が十分でなく、リン脂質を含む乳化組成物には乳化安定性が十分でないという欠点を有する。
そこで本発明は、リン脂質を含むものでありながら乳化安定性に優れたゲル状組成物を簡便に製造することができる方法、使用感と乳化安定性に優れた乳化組成物を簡便に製造することができる方法、乳化安定性に優れたゲル状組成物、および、使用感と乳化安定性に優れた乳化組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、リン脂質に加えて特定のバイオサーファクタントを用い、それらの割合を調整することにより乳化安定性に優れたゲル状組成物と使用感および乳化安定性に優れた乳化組成物を簡便に製造できることを見出して、本発明を完成した。
以下、本発明を示す。
【0011】
[1] ゲル状組成物を製造するための方法であって、
リン脂質と環状リポペプチドバイオサーファクタントを多価アルコールまたは水と多価アルコールの混合溶媒に溶解して界面活性剤溶液を得る工程、および、
油性成分を前記界面活性剤溶液と混合して前記ゲル状組成物を得る工程を含み、
前記ゲル状組成物において、前記リン脂質に対する前記環状リポペプチドバイオサーファクタントの質量比が0.25以上であることを特徴とする方法。
【0012】
[2] 前記リン脂質が、ホスファチジルコリン、水添レシチン、ホスファチジン酸、ビスホスファチジン酸、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルメチルエタノールアミン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルグリセロール、ジホスファチジルグリセロール、およびスフィンゴミエリンから選択される1以上のリン脂質である上記[1]に記載の方法。
【0013】
[3] 前記環状リポペプチドバイオサーファクタントが、サーファクチン、アルスロファクチン、イチュリン、およびそれらの塩から選択される1以上の環状リポペプチドバイオサーファクタントである上記[1]または[2]に記載の方法。
【0014】
[4] 前記ゲル状組成物における前記リン脂質と前記環状リポペプチドバイオサーファクタントとの合計の割合が0.01質量%以上、10質量%以下である上記[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
【0015】
[5] 前記ゲル状組成物における前記油性成分の割合が1質量%以上、90質量%以下である上記[1]~[4]のいずれかに記載の方法。
【0016】
[6] 前記ゲル状組成物における前記油性成分の割合が1質量%以上、50質量%未満である上記[1]~[4]のいずれかに記載の方法。
【0017】
[7] 乳化組成物を製造するための方法であって、
上記[1]~[6]のいずれかに記載の方法によりゲル状組成物を製造する工程、および、
前記ゲル状組成物を水系溶媒中に分散させる工程を含むことを特徴とする方法。
【0018】
[8] リン脂質と環状リポペプチドバイオサーファクタントを含み、
前記リン脂質に対する前記環状リポペプチドバイオサーファクタントの質量比が0.25以上であることを特徴とするゲル状組成物。
【0019】
[9] リン脂質、環状リポペプチドバイオサーファクタント、および水系溶媒を含み、
前記リン脂質に対する前記環状リポペプチドバイオサーファクタントの質量比が0.25以上であることを特徴とする乳化組成物。
【発明の効果】
【0020】
本発明方法によれば、リン脂質を含むものでありながら乳化安定性に優れたゲル状組成物を簡便に製造することができる。また、当該ゲル状組成物を水系溶媒中に分散させることにより、使用感と乳化安定性に優れた乳化組成物を簡便に製造することができる。よって本発明は、皮膚外用剤や化粧料などとして有用な乳化組成物の製造に関する技術として、産業上非常に優れている。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、先ず、本発明に係るゲル状組成物の製造方法を、具体例を挙げつつ説明するが、本発明は以下の態様に限定されるものではない。
【0022】
1.界面活性剤溶液の調製工程
本工程では、リン脂質と環状リポペプチドバイオサーファクタントを多価アルコールまたは水と多価アルコールの混合溶媒に溶解して界面活性剤溶液を得る。
【0023】
リン脂質は構造中にリン酸エステル部位をもつ脂質の総称であり、骨格中にグリセリンを含むグリセロリン脂質と、骨格中にスフィンゴシンを含むスフィンゴリン脂質に分類される。スフィンゴシンは、グリセリンのC2位のヒドロキシ基がアミノ基で置き換わり、さらにC1位に長鎖アルキル基が結合した構造を持つ。リン酸基は、グリセリンまたはスフィンゴシンの水酸基とリン酸エステルを形成する。リン脂質は細胞膜の構成成分の一つであることから、リン脂質を含むゲル状組成物や乳化組成物は使用感に優れる。
【0024】
リン脂質としては、下記一般式(I)で表されるものを挙げることができる。
【化1】
[式中、R
1とR
2は、独立して、C
8-24アルキル基、C
8-24アルケニル基、またはC
8-24アルキニル基を示し、R
3~R
5は、独立してC
1-6アルキル基を示す。]
【0025】
C8-24アルキル基は、炭素数8以上、24以下の直鎖状または分枝鎖状の一価飽和脂肪族炭化水素基をいう。例えば、オクチル、ノニル、デシル、ドデシル、テトラデシル、ヘキサデシル、オクタデシル、エイコサシル、ドコシル、イソテトラデシル、イソヘキサデシル、イソオクタデシル、イソエイコサシル、イソドコシル、2-ブチルデシル、2-ヘキシルデシル、2-オクチルデシル、2-デカニルデシル、2-ドデカニルデシル、テトラコシル等が挙げられる。
C8-24アルケニル基は、炭素数が8以上、24以下であり、少なくとも一つの炭素-炭素二重結合を有する直鎖状または分枝鎖状の一価不飽和脂肪族炭化水素基をいう。
C8-24アルキニル基は、炭素数が8以上、24以下であり、少なくとも一つの炭素-炭素三重結合を有する直鎖状または分枝鎖状の一価不飽和脂肪族炭化水素基をいう。
【0026】
C1-6アルキル基は、炭素数1以上、6以下の直鎖状または分枝鎖状の一価飽和脂肪族炭化水素基をいう。例えば、メチル、エチル、n-プロピル、イソプロピル、n-ブチル、イソブチル、s-ブチル、t-ブチル、n-ペンチル、n-ヘキシル等である。好ましくはC1-4アルキル基であり、より好ましくはC1-2アルキル基であり、より更に好ましくはメチルである。
【0027】
具体的なリン脂質としては、レシチンを挙げることができる。レシチンは下記構造を有するホスファチジルコリンの別名である。
【化2】
【0028】
また、リン脂質を含む天然由来の脂質製品を天然レシチンと呼ぶことがある。例えば、卵黄由来のリン脂質製品を卵黄レシチン、大豆由来のリン脂質製品を大豆レシチンと呼ぶことがある。
【0029】
その他、リン脂質としては、ホスファチジン酸、ビスホスファチジン酸、ホスファチジルセリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルメチルエタノールアミン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルグリセロール、ジホスファチジルグリセロール等のグリセロリン脂質;スフィンゴシン、セラミド、スフィンゴミエリン、セレブロシド等のスフィンゴリン脂質;水素添加大豆リン脂質、水素添加卵黄レシチン等の水添レシチンが挙げられる。
【0030】
ゲル状組成物におけるリン脂質の割合は、適宜調整すればよい。例えば、ゲル状組成物に対して0.02質量%以上、10質量%以下とすることができる。
【0031】
環状リポペプチドバイオサーファクタントは、親水性の環状ペプチド部分と、非親水性の長鎖炭化水素基を有する天然の界面活性剤である。当該環状ペプチド部分には、カルボキシ基やフェノール性水酸基など、1以上のアニオン性基が含まれる。本発明においては、リン脂質に環状リポペプチドバイオサーファクタントを組み合わせることにより、使用感と乳化安定性の両方に優れるゲル状組成物および乳化組成物の提供を可能にする。環状リポペプチドバイオサーファクタントは、おそらくペプチド部分の側鎖カルボキシ基や水酸基が水素結合することにより相互作用して網目構造を形成するので、本発明に係るゲル状組成物と乳化組成物は、油性成分がかかる網目構造中に分散して安定化することで、油性成分含有量が比較的少ない場合であっても安定であると考えられる。
【0032】
環状リポペプチドバイオサーファクタントとしては、サーファクチン、アルスロファクチン、イチュリン、およびそれらの塩から選択される1以上が挙げられ、サーファクチンまたはその塩が好ましい。
【0033】
ここで、サーファクチンの塩とは、一般式(II)で示される化合物、またはこの化合物を2種以上含有する組成物である。
【化3】
[式中、Xは、ロイシン、イソロイシンおよびバリンから選択されるアミノ酸残基を示し、R
6はC
9-18アルキル基を示し、M
+はアルカリ金属イオンまたは第四級アンモニウムイオンを示す]
【0034】
Xとしてのアミノ酸残基は、L体でもD体でもよいが、L体が好ましい。
【0035】
「C9-18アルキル基」は、炭素数9以上、18以下の直鎖状または分枝鎖状の一価飽和炭化水素基をいう。例えば、n-ノニル、6-メチルオクチル、7-メチルオクチル、n-デシル、8-メチルノニル、n-ウンデシル、9-メチルデシル、n-ドデシル、10-メチルウンデシル、n-トリデシル、11-メチルドデシル、n-テトラデシル、n-ペンタデシル、n-ヘキサデシル、n-ヘプタデシル、n-オクタデシルなどが挙げられる。
【0036】
アルカリ金属イオンは特に限定されないが、リチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオンなどが挙げられ、ナトリウムイオンが好ましい。
【0037】
第四級アンモニウムイオンの置換基としては、例えば、メチル、エチル、n-プロピル、イソプロピル、n-ブチル、tert-ブチル等のアルキル基;ベンジル、メチルベンジル、フェニルエチル等のアラルキル基;フェニル、トルイル、キシリル等のアリール基等の有機基が挙げられる。第四級アンモニウムイオンとしては、例えば、テトラメチルアンモニウムイオン、テトラエチルアンモニウムイオン、ピリジニウムイオン等が挙げられる。
【0038】
アルスロファクチンは、一般式(III)で表される。
【化4】
【0039】
アルスロファクチンは、構造中、D-アスパラギン酸とL-アスパラギン酸をそれぞれ1つずつ有し、アルカリ金属イオンまたは第四級アンモニウムイオンを形成していてもよい。
【0040】
イチュリンは、一般式(IV)で表される。
【化5】
【0041】
式(IV)中、R7はC9-18アルキル基を示し、例えば、-(CH2)10CH3、-(CH2)8CH(CH3)CH2CH3、-(CH2)9CH(CH3)2を示す。
【0042】
上記環状リポペプチドバイオサーファクタントまたはその塩は、1種、または2種以上使用してもよい。環状リポペプチドバイオサーファクタントは、公知方法に従って、目的の環状リポペプチドバイオサーファクタントを生産する微生物を培養し、その培養液から分離することができ、精製品であっても、未精製、例えば培養液のまま使用することもできる。例えば、サーファクチンを生産する微生物としては、バチルス・ズブチリスに属する菌株を挙げることができる。また、化学合成法によって得られるバイオサーファクタントも同様に使用できる。
【0043】
ゲル状組成物におけるリン脂質と環状リポペプチドバイオサーファクタントとの合計の割合は、0.01質量%以上、10質量%以下とすることが好ましい。
【0044】
更に、本発明においては、リン脂質に対する環状リポペプチドバイオサーファクタントの質量比を0.25以上に調整する。当該質量比を0.25以上とすることにより、乳化安定性に優れるゲル状組成物および乳化組成物が得られる。一方、当該質量比は10以下が好ましい。当該質量比を10以下とすることにより、使用感に優れるゲル状組成物および乳化組成物が得られる。当該質量比としては、8以下がより好ましく、5以下がより更に好ましい。
【0045】
本工程では、溶媒として多価アルコールまたは水と多価アルコールの混合溶媒を用い、界面活性剤を溶解する。「多価アルコール」とは、分子中に2以上の水酸基を有する有機化合物である。例えば、エチレングリコール、1,2-プロパンジオール、1,3-プロパンジオール、1,4-ブタンジオール、1,5-ペンタンジオール、1,6-ヘキサンジオール、1,7-ヘプタンジオール、1,8-オクタンジオール、ネオペンチルグリコール、1,4-ブテンジオール等の脂肪族ジオール;グリセリン、ジグリセリン、トリグリセリン、ペンタエリスリトール、トリメチロールプロパン、ソルビトール、キシリトール等の3価以上の多価アルコール等が挙げられる。多価アルコールとしては、グリセリン、または、グリセリン以外の多価アルコールとグリセリンとの混合物が好ましい。かかる混合物としては、例えば、ジグリセリン、ソルビトール、およびキシリトールから選択される多価アルコールとグリセリンとの混合物を挙げることができる。グリセリンと他の多価アルコールを混合して用いる場合、それらの割合は適宜調整すればよく、グリセリン以外の多価アルコールが常温で固体であるか液体であるかにも依存するが、例えば、グリセリンと他の多価アルコールとの合計に対する他の多価アルコールの割合を1質量%以上、95質量%以下とすることができる。
【0046】
特に常温常圧で固体である多価アルコールを用いるような場合には、水と多価アルコールの混合溶媒を用いることが好ましい。但し、常温常圧で液体である多価アルコールを用いる場合にも、水と多価アルコールの混合溶媒を用いてもよい。当該混合溶媒における多価アルコールの濃度は特に制限されず、適宜調整すればよいが、例えば、5質量%以上、95質量%以下とすることができる。
【0047】
界面活性剤溶液の調整条件は適宜調整すればよい。例えば、多価アルコールまたは上記混合溶媒にリン脂質と環状リポペプチドバイオサーファクタントを添加し、混合物を攪拌するのみでもよい。リン脂質と環状リポペプチドバイオサーファクタントの少なくとも一方が溶解し難い場合には、多価アルコールの種類を工夫したり、水と多価アルコールの割合を調整したり、混合物を40℃以上、90℃以下程度に加温してもよい。
【0048】
2.ゲル状組成物の製造工程
本工程では、上記工程1で得た界面活性剤溶液と油性成分を混合することによりゲル状組成物を得る。なお、ゲル状組成物とは、3000mPa・s以上の粘度を有するものをいい、粘度はJIS Z 8803:2011に準じて測定するものとする。
【0049】
本発明方法で用いる油性成分は、水と任意の割合では混合しないものであれば特に限定はされない。より具体的には、1000mL以上の水に入れて20±5℃で5分ごとに強く30秒間振り混ぜるとき、30分以内に溶けない1gまたは1mLの物質をいう。油性成分としては、例えば、スクワラン、流動パラフィン、軽質流動イソパラフィン、セレシン、ポリエチレン末、スクワレン、マイクロクリスタリンワックス、ワセリン、流動イソパラフィン、ポリブテン、ミネラル油などの炭化水素類;ミツロウ、カルナウバロウ、キャンデリラロウ、ホホバ油、ラノリン、鯨ロウ等のロウ類;マカデミアナッツ油、オリーブ油、綿実油、大豆油、アボガド油、コメヌカ油、米油、コメ胚芽油、パーム核油、ヒマシ油、ローズヒップ油、月見草油、ツバキ油、馬油、グレープシード油、ヤシ油、メドウホーム油、シアバター、コーン油、サフラワー油、ゴマ油などの油脂類;パルミチン酸エチルヘキシル、イソノナン酸イソノニル、ミリスチン酸イソプロピル、オレイン酸エチル、トリ(カプリル酸・カプリン酸)グリセリル、2-エチルヘキサン酸セチル、トリ2-エチルヘキサン酸グリセリル、セバシン酸ジイソプロピル、ヒドロキシステアリン酸コレステリル等のエステル類、ミリスチン酸、ステアリン酸、オレイン酸などの長鎖脂肪酸類;メチルポリシロキサン、メチルフェニルポリシロキサン、アミノ変性シリコーン等のシリコーンオイル類;セタノール、オレイルアルコール等の高級アルコール類;バチルアルコール、キミルアルコール等のアルキルグリセリルエーテル類を挙げることができる。
【0050】
ゲル状組成物における油性成分の割合も適宜調整すればよいが、例えば、1質量%以上、90質量%以下とすることができる。当該割合としては、80質量%以下が好ましく、75質量%以下がより好ましい。先行技術のゲル状組成物では、特に油性成分量が比較的少ない場合に油相と水相が分離してゲル状態を安定に維持できない場合がある。それに対して本発明に係るゲル状組成物は、特に環状リポペプチドバイオサーファクタントの作用により、油性成分量が比較的少ない場合であってもゲル状態を安定的に維持することができる。かかる観点から、上記割合としては50質量%未満が好ましく、40質量%以下がより好ましく、40質量%未満がより更に好ましい。
【0051】
ゲル状組成物の調製条件は特に制限されないが、例えば、攪拌した界面活性剤溶液に油性成分を少量ずつ断続的または連続的に添加すればよい。全量の油性成分を添加した後も、ゲル状組成物が均一になるよう十分に攪拌または混練することが好ましい。
【0052】
3.乳化組成物の製造工程
次に、本発明に係る乳化組成物の製造方法を、具体例を挙げつつ説明するが、本発明は以下の態様に限定されるものではない。本工程では、上記工程2で得たゲル状組成物を水系溶媒中に分散させることにより、乳化組成物を得る。
【0053】
本発明においてゲル状組成物を分散させる水系溶媒は、水の他、水と水混和性有機溶媒の混合溶媒を挙げることができる。水混和性有機溶媒とは、水と無制限に混和できる有機溶媒を意味し、例えば、エタノールやイソプロパノール等のC1-4アルコールを挙げることができる。水と水混和性有機溶媒の混合溶媒における水混和性有機溶媒の割合は、適宜調整すればよいが、例えば、0.1質量%以上、20質量%以下とすることができ、0.5質量%以上または1質量%以上が好ましく、また、15質量%以下または10質量%以下が好ましく、5質量%以下がより好ましい。
【0054】
使用する水系溶媒の量は適宜調整すればよいが、例えば、乳化組成物に対するリン脂質と環状リポペプチドバイオサーファクタントとの合計の割合が0.01質量%以上、10質量%以下となるよう調整することが好ましい。
【0055】
機械的攪拌方法による乳化組成物の製造には強攪拌力や強せん断力が必要となるが、本工程では比較的弱い攪拌力やせん断力でも乳化組成物を得ることができる。例えば、ディスパーミキサーやパドルミキサー等を用いて500rpm以下の弱い攪拌力でも問題無く乳化組成物が得られるが、均一に分散できれば攪拌条件は特に制限されない。
【0056】
本発明に係る乳化組成物にその他の成分を配合する場合には、上記工程1(界面活性剤溶液の調製工程)、上記工程2(ゲル状組成物の製造工程)および本工程(乳化組成物の製造工程)のいずれか1以上の工程で配合すればよい。必須成分である上記リン脂質、環状リポペプチドバイオサーファクタント、多価アルコール、油性成分、および水系溶媒以外に本発明に係る乳化組成物へ配合してもよい任意の成分としては、例えば、エタノール、イソプロピルアルコール等のC1-4アルコール類;増粘剤、紫外線吸収剤、酸化防止剤、エモリエント剤、可溶化剤、抗炎症剤、保湿剤、防腐剤、殺菌剤、色素、香料、粉体類などが挙げられる。
【0057】
本発明に係るゲル状組成物および乳化組成物は、特定質量比のリン脂質と環状リポペプチドバイオサーファクタントを含むことから、優れた乳化安定性と使用感の両方を有する。よって本発明に係るゲル状組成物および乳化組成物は、特に皮膚へ直接塗布する化粧料や皮膚外用剤として有用である。
【0058】
本願は、2019年2月5日に出願された日本国特許出願第2019-18630号に基づく優先権の利益を主張するものである。2019年2月5日に出願された日本国特許出願第2019-18630号の明細書の全内容が、本願に参考のため援用される。
【実施例】
【0059】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0060】
実施例1~5: 乳化組成物の製造
表1に示す質量割合で、サーファクチンナトリウムと水添レシチン(辻製油社製)をグリセリンに添加し、常温で攪拌して溶解した。得られた溶液を、攪拌棒を使って人手でゆっくり常温で攪拌しながらスクワランを徐々に添加し、ゲル状組成物を得た。
次に、表1に示す質量割合で、精製水にゲル状組成物を添加し、常温で攪拌棒を使って人手でゆっくり攪拌し、完全に均一分散することによって、乳化組成物を得た。
【0061】
比較例1: 乳化組成物の製造
表1に示す質量割合で、水添レシチン(辻製油社製)のみをグリセリンに添加し、常温で攪拌して溶解した。得られた溶液を、攪拌棒を使って人手でゆっくり常温で攪拌して完全に均一分散させ、スクワランを徐々に添加し、ゲル状組成物を得た。
次に、表1に示す質量割合で、精製水にゲル状組成物を添加し、常温で攪拌棒を使って人手でゆっくり攪拌し、完全に均一分散することによって、乳化組成物を得た。
【0062】
【0063】
試験例1: 使用感評価
6名の被験者に、実施例1~5と比較例1の乳化組成物約1gを上腕部内側、手首内側、または手の甲に塗布してもらい、以下の使用感を5段階で評価してもらった。結果を表2に示す。なお、「やわらかさ」とは、塗布により肌の表面がやわらかくなったような感触をいう。
【0064】
【0065】
表2に示す結果の通り、実施例1~5および比較例1の乳化組成物は、いずれも肌に対する使用感に優れていた。その理由としては、水添レシチンを0.2質量%以上含むことによると考えられる。
【0066】
試験例2: 乳化安定性評価
実施例1~5および比較例1の乳化組成物を50℃で3日間静置した後、外観を観察し、以下の基準で乳化安定性を評価した。結果を表3に示す。
〇: 乳化状態が維持されていた場合
×: 乳化状態が崩れて油分が分離した場合
【0067】
【0068】
表3に示す結果の通り、リン脂質である水添レシチンを含まない比較例1の乳化組成物は50℃で3日間の静置により分離してしまったのに対して、水添レシチンとサーファクチンの両方を含む実施例1~5の乳化組成物は乳化状態を維持していた。
本発明に係る乳化組成物の安定性が優れているのは、界面活性剤としてリン脂質に加えてサーファクチンを含んでおり、サーファクチンがその側鎖カルボキシ基間の水素結合相互作用により網目構造を形成するので、油性成分割合が比較的小さい場合であっても、油性成分が当該網目構造中に分散されて安定化するためであると考えられる。
【0069】
試験例3: 乳化力評価
表4に示す質量割合で、サーファクチンナトリウムと水添レシチン(辻製油社製)または水添レシチンのみをグリセリンに添加し、常温で攪拌して溶解した。
【0070】
【0071】
次いで、各溶液を攪拌しながらスクワランを徐々に添加していき、ゲル状組成物とした。スクワランの添加につれて、ゲルを維持できずにスクワランが分離した段階を乳化力の限界と判断した。結果を表5に示す。表5中、「〇」はゲルが維持されていることを示し、「×」はスクワランが分離したことを示す。
【0072】
【0073】
表5に示す結果の通り、サーファクチンナトリウムを含まない比較例2の組成物には、油性成分であるスクワランを十分量分散させることができなかった。その理由としては、水添レシチンの乳化力が低いことによると考えられる。
一方、水添レシチンに加えてサーファクチンナトリウムをサーファクチンナトリウム/水添レシチン≧0.25の割合で含む実施例6~10の組成物には十分量のスクワランを分散させることができ、十分量のスクワランを含むゲル状組成物が得られた。
【0074】
以上の結果より、特定のバイオサーファクタントとリン脂質をバイオサーファクタント/リン脂質≧0.25の割合で含む本発明に係る乳化組成物は、使用感に極めて優れる上に、油性成分に対する乳化力も高いことが実証された。