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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-29
(45)【発行日】2023-12-07
(54)【発明の名称】プーリ構造体
(51)【国際特許分類】
   F16H 55/36 20060101AFI20231130BHJP
   F16D 7/02 20060101ALI20231130BHJP
   F16F 1/12 20060101ALI20231130BHJP
【FI】
F16H55/36 H
F16D7/02 F
F16F1/12 Z
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2021100896
(22)【出願日】2021-06-17
(65)【公開番号】P2022008185
(43)【公開日】2022-01-13
【審査請求日】2023-02-27
(31)【優先権主張番号】P 2020110537
(32)【優先日】2020-06-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006068
【氏名又は名称】三ツ星ベルト株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001841
【氏名又は名称】弁理士法人ATEN
(72)【発明者】
【氏名】今村 利夫
【審査官】藤村 聖子
(56)【参考文献】
【文献】特表2016-529454(JP,A)
【文献】特開2020-3064(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 55/36
F16F 1/12
F16D 7/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ベルトが巻き掛けられる筒状の外回転体と、
前記外回転体の径方向内側に設けられ、前記外回転体と同一の回転軸を中心として前記外回転体に対して相対回転可能な内回転体と、
前記外回転体と前記内回転体との間に設けられ、前記回転軸に沿った軸方向に圧縮されている、第1のコイルばねと、
前記第1のコイルばねに対して径方向内側に並設され、前記回転軸に沿った軸方向に圧縮されている、第2のコイルばねと、を備えたプーリ構造体であって、
前記第1のコイルばねは、
一端側で、前記プーリ構造体に外力が付与されていない状態において外周面が拡径方向の自己弾性復元力によって、前記外回転体及び前記内回転体の一方に、接触する第1一端側領域と、
他端側で、前記プーリ構造体に外力が付与されていない状態において内周面が縮径方向の自己弾性復元力によって、前記外回転体及び前記内回転体の他方に、接触する第1他端側領域と、
前記第1一端側領域及び前記第1他端側領域の間であって、前記外回転体と前記内回転体との相対回転時において前記外回転体及び前記第2のコイルばねのいずれにも接触しない第1中領域と、を有し、
前記第1のコイルばねが縮径方向にねじられ、前記外回転体と前記内回転体との間で所定以上のトルクが伝達された際、前記第1一端側領域の前記外周面は、前記外回転体及び前記内回転体の前記一方、に対して摺動し、
前記第1のコイルばねが拡径方向にねじられ、前記外回転体と前記内回転体との間で所定以上のトルクが伝達された際、前記第1他端側領域の前記内周面は、前記外回転体及び前記内回転体の前記他方、に対して摺動し、
前記第2のコイルばねは、
一端側で、前記プーリ構造体に外力が付与されていない状態において外周面が拡径方向の自己弾性復元力によって、前記第1のコイルばねの前記第1一端側領域に接触する第2一端側領域と、
他端側で、前記プーリ構造体に外力が付与されていない状態において内周面が縮径方向の自己弾性復元力によって、前記外回転体及び前記内回転体の前記他方に、接触する第2他端側領域と、
前記第2一端側領域及び前記第2他端側領域の間であって、前記外回転体と前記内回転体との相対回転時において前記第1のコイルばね及び前記内回転体のいずれにも接触しない第2中領域と、を有し、
前記第2のコイルばねが縮径方向にねじられ、前記外回転体と前記内回転体との間で所定以上のトルクが伝達された際、前記第2一端側領域の前記外周面は、前記第1のコイルばねの前記第1一端側領域を介して前記外回転体及び前記内回転体の前記一方、に対して摺動し、
前記第2のコイルばねが拡径方向にねじられ、前記外回転体と前記内回転体との間で所定以上のトルクが伝達された際、前記第2他端側領域の前記内周面は、前記外回転体及び前記内回転体の前記他方、に対して摺動するように構成されている、ことを特徴とするプーリ構造体。
【請求項2】
前記プーリ構造体に外力が付与されていない状態において、前記第1一端側領域における拡径方向の自己弾性復元力の方が、前記第1他端側領域における縮径方向の自己弾性復元力よりも大きくなっており、
前記プーリ構造体に外力が付与されていない状態において、前記第2一端側領域における拡径方向の自己弾性復元力の方が、前記第2他端側領域における縮径方向の自己弾性復元力よりも大きくなるように構成されていることを特徴とする、請求項1に記載のプーリ構造体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コイルばねを備えたプーリ構造体に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等のエンジンの動力によってオルタネータ等の補機を駆動する補機駆動ユニットでは、オルタネータ等の補機の駆動軸に連結されるプーリと、エンジンのクランク軸に連結されるプーリにわたってベルトが掛け渡され、このベルトを介してエンジンのトルクが補機に伝達される。特に、他の補機に比べて大きな慣性を有するオルタネータの駆動軸に連結されるプーリには、クランク軸の回転変動を吸収できる、例えば特許文献1のプーリ構造体が用いられる。
【0003】
特許文献1のプーリ構造体は、外回転体と、外回転体の内側に設けられ且つ外回転体に対して相対回転可能な内回転体とを含み、外回転体に巻回されるベルトのスリップ防止等の観点から、外回転体と内回転体との間に、トルクを一方向に伝達又は遮断する一方向クラッチが設けられている。この一方向クラッチは、ねじりコイルばねを含むコイルばね式クラッチである。一方向クラッチ(コイルばね)で、外回転体(ベルトを介してクランク軸等の駆動軸と連結)と内回転体(軸を介して補機等被駆動体に連結)とを相対回転させることにより、外回転体と内回転体の回転速度差を吸収する。
【0004】
コイルばね式クラッチを有する従来のプーリ構造体において、特許文献1(例えば第5実施形態)のプーリ構造体(以下、「従来1のプーリ構造体」、あるいは、単に「従来1」)(図9参照)は、外回転体の後端側(一端側)に、コイルばねの後端側(一端側)と径方向に対向する圧接面(クラッチ係合面)が形成され、このコイルばねの後端側(一端側)が、外回転体の圧接面と強く摩擦係合し、且つ、内回転体の前端側(他端側)に、コイルばねの前端面(他端面)4aと周方向に対向する当接面403dが形成され(不図示)(特許文献1の図14参照)、コイルばねの前端面(他端面)4aが内回転体の当接面403dを周方向に押圧することで、外回転体に入力されたトルクを、コイルばねを介して内回転体に伝達できる。
【0005】
さらに、エンジンの冷間始動時等において、外回転体に過大なトルクが入力され、コイルばねの自由部分(中領域)が拡径し、コイルばねの自由部分(外周面)が外回転体の内周面(環状面2b)に当接したときに、瞬間的にロック機構が作動し(強く摩擦係合しロック状態となり)、コイルばねのそれ以上の拡径方向のねじり変形を規制(阻止、停止)できる。これにより、一方向クラッチ(コイルばね)への過負荷を防止することができる。
【0006】
ところで、最近は、信号待ち等のアイドル状態でエンジンを停止させ、このアイドルストップ後にエンジンを再始動するシステム(モータ・ジェネレータ(ISG)を搭載した、ISG対応の補機駆動ベルトシステム)(以下、「ISGシステム」と呼ぶ。)を備えた車両が増加し、該ISGシステムへの対応要求が高まっている。
【0007】
ISG(Integrated Starter Ganerator)は、モータとしての機能(ISGがスタータモータとして動作)と発電機としての機能を併有し、補機駆動ベルトシステムにおける従来のオルタネータの位置に設けられる。ISGでは、駆動軸を含む内部の回転慣性質量(慣性マス)がその特性上従来のオルタネータより大きい。補機駆動ベルトシステムをISGシステムとした場合、ISGの駆動軸に接続されるプーリ構造体(ISG用プーリ)は、駆動プーリ(例えば、ISGによるエンジン始動時における初爆より前のクランキング中、ISGによるアシスト走行時)と、従動プーリ(例えば、ISGによるエンジン始動時における初爆以降、ISGによる発電時)と、になり得る。
【0008】
このため、プーリ構造体へ入力されるトルク(以下、「入力トルク」)が、双方向(後述する定義参照)において、従来(ISG非対応の場合)よりも増加することになった(表1参照)。
【0009】
(ISGシステムへの対応(要求事項))
【表1】
【0010】
従来1のプーリ構造体の構成(図9)をISGシステムに適用する際には、双方向において、ばね定数(トルクカーブの傾き)及びコイルばねのねじり角度が従来1よりも増加することに対応し(図7)、コイルばねのばね線を太くし、且つ巻き数を増やした上で、一方向クラッチが作動しトルクを遮断する際のトルク(スリップトルクTs)(絶対値)を所定の水準に底上げし、且つ、ロック機構が作動する際のトルク(ロック時トルクTL)を所定の水準に底上げできるように(表2参照)、これら設定トルクの変更に係る設計事項を適切に決定し、設計変更すればよい(図10)(この構成を「従来2」とする)、と考えられた。
【0011】
(設定トルク(水準対比))
【表2】
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】特開2014-114947号公報
【文献】特開2008-057763号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、従来2のプーリ構造体(図10)をISGシステムに適用した場合、ISGの機能(運転走行パターンi~iii)の内、(ii)アシスト走行時、及び、(iii)発電時には対応できると予測されるものの、(i)エンジン始動(過大トルク入力)時等によるロック機構の作動時に、ベルトの張力が過大に増加するとともにベルトの張力が過大に変動してしまう(ひいてはベルトシステムの耐久性が低下してしまう)虞がある(表3参照)。
【0014】
【表3】
【0015】
そこで、ロック機構が作動しない構成とし、その代わりに、コイルばね式のクラッチ機能を、従来1のロック機構作動時の方向(例えばコイルばねの拡径方向)にも確保した構成(ロック機構が作動しない構成、ならびに、コイルばね式のクラッチ機能を双方向に確保できる構成)とすることが考えられる。
【0016】
例えば、特許文献2(例えば第7実施形態、段落0205~0228、図25~29)には、コイルばねの端部以外の部分が、外回転体と内回転体との相対回転時において径の大きさが変化する方向(コイルばねの拡径方向、縮径方向)に変形しても、外回転体及び内回転体のいずれにも接触しない構成とし(段落0137等、図25等参照)、且つ、プーリ構造体が停止している状態で、コイルばねの端部(一端側、他端側)のそれぞれと、該端部と径方向に対向接触する外回転体又は内回転体の部分とが摩擦係合しており、双方向(コイルばねの拡径又は縮径方向)において、外回転体と内回転体との間で所定以上のトルクが伝達された際に、コイルばねの端部(一端側、他端側)のそれぞれは、外回転体又は内回転体と摺動(スリップ)する係合解除状態となって、外回転体と内回転体との間でのトルクの伝達を遮断できる、とされる構成が記載されている(特には、段落0221~0222)。
【0017】
しかしながら、特許文献2に開示のプーリ構造体(第1~第8実施形態)において、コイルばねの端部(一端側、他端側)のそれぞれが外回転体又は内回転体と摩擦係合する態様は、下記(A)、(B)のどちらかである。
(A)コイルばねの端部の拡径力(拡径方向の自己弾性復元力)による場合(つまり、ばねの端部は、いずれの側も外回転体又は内回転体の内周面に圧接している態様)
(B)コイルばねの端部の縮径力(縮径方向の自己弾性復元力)による場合(つまり、ばねの端部は、いずれの側も外回転体又は内回転体の外周面に圧接している態様)
即ち、コイルばねの端部が外回転体又は内回転体に対して圧接する力(径方向)の向きは、一端側と他端側とにおいて同じである(なお、「逆向き」でもよい旨は、記載も言及も無い)。
【0018】
このため、双方向(コイルばねの拡径又は縮径方向)において、コイルばねと外回転体及び内回転体との間の摩擦係合状態(コイルばねの圧接状態)は、コイルばねのねじり角度が大きくなるほど、
(a)コイルばねの端部(一端側、他端側)のいずれの側も、外回転体又は内回転体に対する圧接力が増大し、外回転体又は内回転体と強く摩擦係合していくか、
(b)コイルばねの端部(一端側、他端側)のいずれの側も、外回転体又は内回転体に対する圧接力が低下し、外回転体又は内回転体と滑りだすか(係合解除していくか)、のどちらかの状態((a)又は(b))となる。
即ち、コイルばねの端部は、一端側と他端側とにおいて、同じ作用(上記(a)又は(b))をもたらす、と考えられる。
【0019】
ここで、上記(a)の場合、双方向(コイルばねの拡径又は縮径方向)において、クラッチを係合解除状態に導くためには、よほど想定外に過大なトルク(外力)が外回転体に入力されない限り、困難である(例えば、オルタネータ等補機に備わる軸受が破損し、当該補機の駆動軸が回転不能になったとき、等に限られる)。
【0020】
したがって、特許文献2に開示のプーリ構造体では、実質的に、コイルばね式のクラッチ機能を一方向にしか確保できない(コイルばね式のクラッチ機能を双方向に確保できない)、と推察される。
【0021】
次に、従来2のプーリ構造体(図10)では、従来1と比較し、おのずと回転軸方向(及び、エンジンのクランク軸と平行な軸線方向)に大型化してしまい、オルタネータのオーバーハング(軸受からの張り出し量)が長くなる分、軸受強度を補うため軸受サイズを拡大する結果、オルタネータがさらに大型化することになる。つまり、従来(特許文献1等)のプーリ構造体の基本構成(ばね数1)のままでは、双方向における過大な入力トルクに対応する場合、回転軸方向に大型化を招くため、エンジンルーム内の当該プーリ構造体及びオルタネータの搭載スペースを確保し、且つ、双方向において許容トルクを底上げできるようにするには限界がある、と考えられた。
【0022】
そこで、本発明の目的は、回転軸方向の大型化を招くことなく、コイルばね式のクラッチ機能を双方向に確保して、ISGシステムに対応でき、且つ、外回転体に過大なトルクが入力されても、ベルト張力の過大な増加やベルト張力の過大な変動を効果的に抑制できるプーリ構造体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明は、ベルトが巻き掛けられる筒状の外回転体と、
前記外回転体の径方向内側に設けられ、前記外回転体と同一の回転軸を中心として前記外回転体に対して相対回転可能な内回転体と、
前記外回転体と前記内回転体との間に設けられ、前記回転軸に沿った軸方向に圧縮されている、第1のコイルばねと、
前記第1のコイルばねに対して径方向内側に並設され、前記回転軸に沿った軸方向に圧縮されている、第2のコイルばねと、を備えたプーリ構造体であって、
前記第1のコイルばねは、
一端側で、前記プーリ構造体に外力が付与されていない状態において外周面が拡径方向の自己弾性復元力によって、前記外回転体及び前記内回転体の一方に、接触する第1一端側領域と、
他端側で、前記プーリ構造体に外力が付与されていない状態において内周面が縮径方向の自己弾性復元力によって、前記外回転体及び前記内回転体の他方に、接触する第1他端側領域と、
前記第1一端側領域及び前記第1他端側領域の間であって、前記外回転体と前記内回転体との相対回転時において前記外回転体及び前記第2のコイルばねのいずれにも接触しない第1中領域と、を有し、
前記第1のコイルばねが縮径方向にねじられ、前記外回転体と前記内回転体との間で所定以上のトルクが伝達された際、前記第1一端側領域の前記外周面は、前記外回転体及び前記内回転体の前記一方、に対して摺動し、
前記第1のコイルばねが拡径方向にねじられ、前記外回転体と前記内回転体との間で所定以上のトルクが伝達された際、前記第1他端側領域の前記内周面は、前記外回転体及び前記内回転体の前記他方、に対して摺動し、
前記第2のコイルばねは、
一端側で、前記プーリ構造体に外力が付与されていない状態において外周面が拡径方向の自己弾性復元力によって、前記第1のコイルばねの前記第1一端側領域に接触する第2一端側領域と、
他端側で、前記プーリ構造体に外力が付与されていない状態において内周面が縮径方向の自己弾性復元力によって、前記外回転体及び前記内回転体の前記他方に、接触する第2他端側領域と、
前記第2一端側領域及び前記第2他端側領域の間であって、前記外回転体と前記内回転体との相対回転時において前記第1のコイルばね及び前記内回転体のいずれにも接触しない第2中領域と、を有し、
前記第2のコイルばねが縮径方向にねじられ、前記外回転体と前記内回転体との間で所定以上のトルクが伝達された際、前記第2一端側領域の前記外周面は、前記第1のコイルばねの前記第1一端側領域を介して前記外回転体及び前記内回転体の前記一方、に対して摺動し、
前記第2のコイルばねが拡径方向にねじられ、前記外回転体と前記内回転体との間で所定以上のトルクが伝達された際、前記第2他端側領域の前記内周面は、前記外回転体及び前記内回転体の前記他方、に対して摺動するように構成されている、ことを特徴とするプーリ構造体である。
【0024】
ISGシステムの駆動軸に接続するプーリ構造体は、駆動プーリ(例えば、ISGによるエンジン始動時における初爆より前のクランキング中、ISGによるアシスト走行時)と、従動プーリ(例えば、ISGによるエンジン始動時における初爆以降、ISGによる発電時)とになり得る。このプーリ構造体へ入力される双方向のトルクに対応するには、ばね定数及びコイルばねのねじり角度を従来(従来1)よりも増加させて対応すべく、コイルばねのばね線を太くし、且つ巻き数を増やす必要がある。
しかし、1つのコイルばねだけを有するプーリ構造体において、ばね定数を大きくしようとする場合、ばね線の、外回転体の回転軸を通り且つ該回転軸と平行な方向に沿った断面の大きさが増大する傾向にあり、プーリ構造体が大型化してしまう。
そこで、第1のコイルばね、及び、第2のコイルばねの2つのコイルばねを使用して、第2のコイルばねを第1のコイルばねの径方向内側に並設した構造にすることにより、第1のコイルばねにおける、ばね線の、外回転体の回転軸を通り且つ該回転軸と平行な方向に沿った断面の大きさを、従来2よりも小さくすることができる。また、第2のコイルばねにおける、ばね線の断面積は、第1のコイルばねよりも内径が小さいゆえ、第1のコイルばねよりも顕著に小さくて済む(第1のコイルばねよりも内径が小さいと、その分、ばね定数は大きくなるゆえに、第2のコイルばねのばね定数を低水準に設けるためには、ばね線の断面積が第1のコイルばねよりも顕著に小さくなるように第2のコイルばねを形成することができる)。
従って、上記構成によれば、プーリ構造体が回転軸方向に大型化するのを抑制することができる(効果1)。
【0025】
また、双方向(2つのコイルばねの拡径又は縮径方向)において、2つのコイルばね(第1のコイルばね及び第2のコイルばね)の各々の端部が外回転体又は内回転体に対して圧接する力(径方向)の向きを、一端側と他端側とにおいて逆向き(バイアス関係)にすることができる。
このため、双方向において、2つのコイルばねと外回転体及び内回転体との間の摩擦係合状態(2つのコイルばねの圧接状態)は、2つのコイルばねのねじり角度(絶対値)が大きくなるほど、下記(a)且つ(b)の状態となる。(a)2つのコイルばねの各一端側(第1一端側領域の外周面、第2一端側領域の外周面)及び各他端側(第1他端側領域の内周面、第2他端側領域の内周面)の一方は、外回転体又は内回転体に対する圧接力が増大し、外回転体及び内回転体の一方と強く摩擦係合し、(b)2つのコイルばねの各一端側(第1一端側領域の外周面、第2一端側領域の外周面)及び各他端側(第1他端側領域の内周面、第2他端側領域の内周面)の他方は、外回転体又は内回転体に対する圧接力が低下し、外回転体及び内回転体の他方と滑りだす(係合解除していく)、
即ち、2つのコイルばねの各端部は、各一端側(第1一端側領域の外周面、第2一端側領域の外周面)と各他端側(第1他端側領域の内周面、第2他端側領域の内周面)とにおいて、真逆の作用(上記(a)且つ(b))をもたらす。
その結果、(i)通常トルク(設定されたスリップトルクに到達しない範囲の、2つのコイルばねのねじりトルク)入力時、2つのコイルばねは、双方向(拡径又は縮径方向)にねじり変形した際に、外回転体及び内回転体に係合して、外回転体と内回転体との間でトルクを伝達する。
一方、(ii)過大トルク(設定されたスリップトルク以上の、2つのコイルばねのねじりトルク)入力時、2つのコイルばねは、双方向(拡径又は縮径方向)において、外回転体と内回転体との間で所定以上のトルクが伝達された際に、外回転体又は内回転体と摺動する係合解除状態となって、外回転体と内回転体との間でのトルクの伝達を遮断する。
その結果、例えば、ISGによるエンジンの冷間始動時において、外回転体に過大トルク(例えば、拡径方向において、スリップトルク30N・m以上のトルク)が入力されても、外回転体からトルク入力側のベルト(張り側)に衝撃荷重(過大な回転制動力)は作用せず、ベルト張力の過大な増加やベルト張力の過大な変動を抑制できる。
逆に、エンジン走行中、脱輪等により、予期せずエンジンが停止(エンスト)した場合でも(例えば、縮径方向において、スリップトルク45N・m以上のトルクが入力されても)、ベルト張力(張り側)が過度に低下しすぎることはなく、ベルトにスリップが発生するのを防止できる。
これにより、上記(i)、(ii)に示したように、コイルばね式のクラッチ機能(トルクの伝達又は遮断)を双方向(2つのコイルばねの拡径方向、縮径方向)に確保できる(効果2)。
【0026】
また、第1のコイルばねは、外回転体と内回転体との相対回転時において、外回転体及び第2のコイルばねのいずれにも接触しない自由部分である第1中領域を有し、第2のコイルばねも、外回転体と内回転体との相対回転時において、第1のコイルばね及び内回転体のいずれにも接触しない自由部分である第2中領域を有している。これにより、双方向(2つのコイルばねの拡径又は縮径方向)において、確実に、ロック機構が作動しないようにすることができる。その結果、例えば、外回転体に過大なトルクが入力されても、2つのコイルばね(クラッチ)が外回転体又は内回転体と強く摩擦係合した状態(ロック状態)に陥らないようにすることができる(効果3)。
【0027】
また、本発明は、上記プーリ構造体に外力が付与されていない状態において、前記第1一端側領域における拡径方向の自己弾性復元力の方が、前記第1他端側領域における縮径方向の自己弾性復元力よりも大きくなっており、
前記プーリ構造体に外力が付与されていない状態において、前記第2一端側領域における拡径方向の自己弾性復元力の方が、前記第2他端側領域における縮径方向の自己弾性復元力よりも大きくなるように構成されていることを特徴としてもよい。
【0028】
上記構成によれば、2つのコイルばね(第1のコイルばね及び第2のコイルばね)が縮径方向にねじられた場合にクラッチが作動するトルク(スリップトルクTsa1、Tsa2)(絶対値)の方が、2つのコイルばねが拡径方向にねじられた場合にクラッチが作動するトルク(スリップトルクTsb1、Tsb2)(絶対値)よりも大に設定することを確実にできる。
これにより、上記のプーリ構造体を、ISG用プーリ(プーリ構造体が、駆動プーリ(例えば、ISGによるエンジン始動時における初爆より前のクランキング中、ISGによるアシスト走行時)と、従動プーリ(例えば、ISGによるエンジン始動時における初爆以降、ISGによる発電時)の両方の役割を果たす)としてISGシステムに適用することにより、エンジン始動時、アシスト走行時、及び、発電時の各走行パターンにおいて好適に対応することができる(効果4)。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1】本実施形態のプーリ構造体の断面図である。
図2】(a)図1のプーリ構造体のI-I線に沿った断面図である。(b)図1のプーリ構造体のII-II線に沿った断面図である。
図3図1のプーリ構造体のIII-III線に沿った断面図である。
図4】本実施形態のプーリ構造体(特には第1のコイルばね及び第2のコイルばね)の動作時の状態を説明する図である。 (a)プーリ構造体の停止時(プーリ構造体に外力が付与されていない状態) (b)外回転体の加速時 (c)外回転体の減速時
図5】本実施形態のプーリ構造体における、2つのコイルばねのねじり角度とねじりトルクとの関係を示すグラフである。
図6】従来1のプーリ構造体(図9)における、コイルばねのねじり角度とねじりトルクとの関係を示すグラフである。
図7】従来2のプーリ構造体(図10)における、コイルばねのねじり角度とねじりトルクとの関係を示すグラフである。
図8】本実施形態のプーリ構造体の分解図である。
図9】従来1のプーリ構造体(特許文献1の第5実施形態:外筒部の内周面に支持突起部403e有り)の断面図である。
図10】従来2のプーリ構造体(特許文献1の第1実施形態:外筒部の内周面に支持突起部403e無し)の断面図である。
図11】エンジンベンチ試験機の概略構成図である。
図12】エンジンベンチ試験機(本実施形態のプーリ構造体を含む、ISG対応の補機駆動ベルトシステム)の概略構成図である。
図13】実施例1及び比較例1に係るベルト張力(動的ベルト張力)の時系列変化を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
(実施形態)
以下、本発明の実施形態のプーリ構造体1について説明する。
【0031】
(補機駆動ベルトシステム)
本実施形態のプーリ構造体1は、自動車の補機駆動ベルトシステム(図示省略)において、モータ・ジェネレータ(ISG)の駆動軸に設置される。
【0032】
(プーリ構造体1)
図1及び図8に示すように、プーリ構造体1は、外回転体2、内回転体3、第1のコイルばね4(以下、単に「ばね4」という)、第2のコイルばね5(以下、単に「ばね5」という)、及び、エンドキャップ6を含む。以下、図1における右方を一端(後端)、左方を他端(前端)として説明する。エンドキャップ6は、外回転体2及び内回転体3の他端側(前端側)に配置されている。ばね5は、ばね4の径方向内側に並設されている。
【0033】
なお、プーリ構造体1の説明において使用する用語を下記のように定義する。
・「双方向」とは、ばね4・ばね5の拡径方向及び縮径方向、を指す場合や、2つの回転体(外回転体2と内回転体3)が相対回転する際の、正方向及び逆方向、を指す場合(下記(a)、(b))や、外回転体2と内回転体3との間のトルクの伝達方向が双方向(下記(i)と(ii))、という場合がある。
(a).外回転体2が内回転体3に対して同方向に相対回転する場合(正方向)(外回転体2が加速する場合)
(b).外回転体2が内回転体3に対して逆方向に相対回転する場合(逆方向)(外回転体2が減速する場合)
(i).内回転体3に入力されたトルクが、外回転体2へ伝達される場合(駆動プーリとして作動する場合)(このとき、内回転体3が加速することで、ばね4及びばね5が縮径方向にねじられる)
(ii).外回転体2に入力されたトルクが、内回転体3へ伝達される場合(従動プーリとして作動する場合)(このとき、外回転体2が加速することで、ばね4及びばね5が拡径方向にねじられる)
【0034】
・「スリップトルク」(Ts)とは、クラッチ(ばね)が係合解除状態(摺動状態)となるときのばねのねじりトルクのこと。
・「クラッチ係合部」とは、トルクを伝達又は遮断するためにクラッチ(ばね)が係合又は係合解除する部分のこと。
・有効巻数とは、ばねの全長からばねを固定している部分を除いた範囲の巻数のこと。有効巻数が大きいほど、ばね定数が小さくなる。
・通常トルクとは、設定されたスリップトルクに到達しない範囲の、ばねのねじりトルクのこと。
・過大トルクとは、設定されたスリップトルク以上の、ばねのねじりトルクのこと。
【0035】
(外回転体2及び内回転体3)
外回転体2及び内回転体3は、共に略円筒状であり、同一の回転軸を有する。外回転体2及び内回転体3の回転軸は、プーリ構造体1の回転軸であり、以下、単に「回転軸」という。また、回転軸方向を、単に「軸方向」という。内回転体3は、外回転体2の径方向の内側に設けられ、外回転体2に対して相対回転可能である。外回転体2の外周面に、ベルトが巻回される。
【0036】
内回転体3は、筒本体3a、及び、筒本体3aの他端(前端)の外側に配置された外筒部3bを有する。筒本体3aに、オルタネータ等の駆動軸Sが嵌合される。外筒部3bと筒本体3aとの間に、支持溝部3cが形成されている。外筒部3bの内周面と筒本体3aの外周面は、支持溝部3cの底面となる第1溝底面3d及び第2溝底面3eを介して連結されている。
【0037】
第1溝底面3dは、軸方向に直交する平坦面をしており、ばね4の座研面Be4に当接する。また、第2溝底面3eは、第1溝底面3dよりも、筒本体3a側、且つ、ばね4の約2巻き分、一端側(後端側)のところに、設けられている。この第2溝底面3eは、第1溝底面3d同様に、軸方向に直交する平坦面をしており、ばね5の座研面Be5に当接する。
【0038】
なお、内回転体3の支持溝部3cには、従来1のプーリ構造体のように、ばね4の前端面4aやばね5の前端面5a(図2参照)と周方向に対向する当接面や、螺旋状の溝底面は形成されていない。その理由としては、クラッチ係合解除時に、ばね4やばね5が内回転体3との間で摺動(スリップ)可能にするためである。
【0039】
外回転体2の後端の内周面と、筒本体3aの外周面との間に、転がり軸受7が介設されている。外回転体2の前端の内周面と、外筒部3bの外周面との間に、滑り軸受8が介設されている。転がり軸受7及び滑り軸受8によって、外回転体2及び内回転体3が相対回転可能に連結されている。
【0040】
外回転体2と内回転体3との間であって、転がり軸受7の前端側に、環状のスラストプレート10が配置されている。スラストプレート10の前端面は、軸方向に直交する平坦面を形成している。その理由としては、クラッチ係合解除時に、ばね4やばね5がスラストプレート10との間で摺動(スリップ)可能にするためである。なお、プーリ構造体1を組み立てる際、スラストプレート8、転がり軸受7の順に、筒本体3aに外嵌される。
【0041】
プーリ構造体1には、外回転体2と内回転体3との間であって、スラストプレート10よりも前端側に、空間9が形成されている。この空間9に、ばね4及びばね5が収容されている。空間9は、外回転体2の内周面及び外筒部3bの内周面と、筒本体3aの外周面との間に形成されている。
【0042】
外回転体2の内径は、後端に向かって2段階で小さくなっている。最も小さい内径部分における外回転体2の内周面を圧接面a1、2番目に小さい内径部分における外回転体2の内周面を環状面2bという。圧接面a1における外回転体2の内径は、外筒部3bの内径よりも小さい。環状面2bにおける外回転体2の内径は、外筒部3bの内径と同じかそれよりも大きい。
【0043】
筒本体3aの外径は、図1に示すように、前端側から後端側もかけて4段階の大きさを有している。最も前端側における筒本体3aの外周面は、外径が最も大きく、ばね4の内周面と当接する圧接面b1という。圧接面b1より後端側における筒本体3aの外周面は、外径が圧接面b1より小さく、ばね5の内周面と当接する圧接面b2という。圧接面b2より後端側における筒本体3aの外周面は、環状面3fといい、外径が圧接面b2より小さい。環状面3fより後端側(最も後端側)における筒本体3aの外周面は、環状面3gといい、外径が圧接面b2より小さく、環状面3fより大きい。
【0044】
(第1のコイルばね4)
ばね4は、ばね線(ばね線材)を螺旋状に巻回(コイリング)して形成されたねじりコイルばねである。ばね4は、左巻き(前端面4aから後端面4eに向かって反時計回り)であり、外力を受けていない状態において、全長に亘って径が一定である。ばね4の巻き数Nは、例えば6~10巻きである(本実施形態では、ばね4の巻き数Nは、9巻きである)。ばね4のばね線は、断面形状(回転軸を通り且つ回転軸と平行な方向に沿った断面形状)が矩形状(略長方形)である。ばね線の断面における4つの角は、面取り形状(例えば、曲率半径0.3mm程度のR面、又は、C面)となっている。
【0045】
例えば、本実施形態では、ばね4の巻き数Nを9巻きとした(後述する実施例1)。
また、ばね4の内径は、従来1、従来2と同じとした。ばね4のばね線の断面積は、ばね定数の各水準(ばね4、従来1、従来2)に対応し(図5図6図7参照)、従来1と従来2の略中間の水準に設定した(指数は、後述する実施例の表4参照)。
【0046】
(第2のコイルばね5)
ばね5は、ばね線(ばね線材)を螺旋状に巻回(コイリング)して形成されたねじりコイルばねである。ばね5は、左巻き(前端面5aから後端面5eに向かって反時計回り)であり、図8に示すように、外力を受けていない状態において、後端側領域A2(例えば3巻き)と、前端側領域B2及び中領域C2(例えば計6巻き)とで、径が2段階に形成されている。そして、後端側領域A2の径の方が、前端側領域B2及び中領域C2の径よりも、顕著に大きい。また、ばね5の内径は、ばね4の内径よりも小さい。ばね5の巻き数Nは、例えば6~10巻きである(本実施形態では、ばね5の巻き数Nは、9巻きである:後端側領域A2が3巻き、前端側領域B2及び中領域C2が6巻き)。ばね5のばね線は、断面形状が矩形状(略正方形)である。ばね線の断面における4つの角は、面取り形状(例えば、曲率半径0.3mm程度のR面、又は、C面)となっている。
【0047】
例えば、本実施形態では、ばね5の巻き数Nを9巻きとした(後端側領域A2が3巻き、前端側領域B2及び中領域C2が6巻き)(後述する実施例1)。
また、ばね5の内径は、ばね4よりも小さい。外力を受けていない状態でのばね5の内径は、外力を受けていない状態でのばね4の内径100(指数)に対し、前端側領域B2(2巻き分)及び中領域C2(4巻き分)が67(指数)、後端側領域A2(3巻き分)が79(指数)、である。
ばね5のばね線の断面積は、ばね定数の水準(ばね4、ばね5)に対応し(図5参照)、ばね4よりも内径が小ゆえ、ばね4よりも顕著に小(約40%)に設定した。
【0048】
(ばね4の後端側領域A1及びばね5の後端側領域A2と圧接面a1(クラッチ係合部a1)との関係:図1図3
ばね4の後端側領域A1及びばね5の後端側領域A2と圧接面a1(クラッチ係合部a1)との関係を、ばね4及びばね5のばね全体、ばね4単独、及び、ばね5単独に分けて説明する。
【0049】
(ばね4及びばね5のばね全体)
ばね4の後端側領域A1の圧接面a1に対する圧接力をFa1、ばね5の後端側領域A2の圧接面a2(ばね4の後端側領域A1とばね5の後端側領域A2とが当接する面)に対する圧接力をFa2とすると、ばね4及びばね5のばね全体(単に、ばね全体)の縮径方向における、目標とするトルクカーブ(図5参照)、特には、スリップトルクTsa(Tsa1とTsa2との総和)(絶対値)の大きさに基づいて、通常トルク入力時において、ばね全体(ばね4及びばね5)のねじり角度(絶対値)が大きくなるほどトルク(絶対値)が減少していく摩擦トルクTAa(絶対値)が、スリップトルクTsa(設定値)よりも大の水準に維持されるように、プーリ構造体1に外力が付与されていない状態(プーリ構造体1の停止時)における、圧接力Fa1と圧接力Fa2との合力(Fa1+Fa2)の大きさ(図4(a)参照)、ならびに、ばね4及びばね5に係る以下の設計事項が、適切に決定される。
【0050】
(ばね4単独)
ばね4の後端側領域A1の圧接面a1に対する圧接力をFa1とすると、ばね4の縮径方向における、目標とするトルクカーブ(図5参照)、特には、スリップトルクTsa1(絶対値)の大きさに基づいて、通常トルク入力時において、ばね4のねじり角度(絶対値)が大きくなるほどトルク(絶対値)が減少していく摩擦トルクTA1a1(絶対値)が、スリップトルクTsa1(設定値)よりも大の水準に維持されるように、プーリ構造体1に外力が付与されていない状態(プーリ構造体1の停止時)における、圧接力Fa1の大きさ(図4(a)参照)、即ち、圧接面a1(クラッチ係合部a1)における径方向及び軸方向の長さ、ならびに、ばね4(後端側領域A1)の巻き数、等の設計事項が、適切に決定される。
【0051】
(ばね5単独)
ばね5の後端側領域A2の圧接面a2に対する圧接力をFa2とすると、ばね5の縮径方向における、目標とするトルクカーブ(図5参照)、特には、スリップトルクTsa2(絶対値)の大きさに基づいて、通常トルク入力時において、ばね5のねじり角度(絶対値)が大きくなるほどトルク(絶対値)が減少していく摩擦トルクTA2a2(絶対値)が、スリップトルクTsa2(設定値)よりも大の水準に維持されるように、プーリ構造体1に外力が付与されていない状態(プーリ構造体1の停止時)における、圧接力Fa2の大きさ(図4(a)参照)、即ち、圧接面a2における径方向及び軸方向の長さ、ならびに、ばね5(後端側領域A2)の巻き数、等の設計事項が、適切に決定される。
【0052】
例えば、本実施形態では、以下のように設計した(後述する実施例1)。
・縮径方向のスリップトルクTsa(設定値):-45N・m
*Tsa1(下記)とTsa2(下記)との総和に等しい。
*従来2のトルクカーブ(図7参照)におけるスリップトルクTsの大きさと同程度とした。
*許容トルクTm2(図5)は、従来2(図7のTm2)と同様、-40N・mとした。
・縮径方向のスリップトルクTsa1(設定値):-33N・m
・縮径方向のスリップトルクTsa2(設定値):-12N・m
・ばね4の後端側領域A1の巻き数:縮径方向における、ばね4のねじりトルクが上記スリップトルクTsa1に到達しない範囲内では、ばね4(後端側領域A1)と圧接面a1(クラッチ係合部a1)との間、A1a1間を摩擦係合状態に維持できるよう、後端側領域A1の巻き数を、従来2と同程度に3巻き(但し、摩擦係合部分は2.5巻き)とした。
・ばね5の後端側領域A2の巻き数:縮径方向における、ばね5のねじりトルクが上記スリップトルクTsa2に到達しない範囲内では、ばね5(後端側領域A2)と圧接面a2との間、A2a2間を摩擦係合状態に維持できるよう、後端側領域A2の巻き数を、ばね4と同程度に3巻き(摩擦係合部分も3巻き)とした。
・圧接面a1(クラッチ係合部a1)の径方向長さ(外回転体2の内径):外力を受けていない状態でのばね4の外径100(指数)に対し、約93とした。
・圧接面a1(クラッチ係合部a1)の軸方向長さ:対向接触する上記ばね4(後端側領域A1)の巻き数に対応する長さとした。
・圧接面a2(ばね4の後端側領域A1)の径方向長さ(後端側領域A1の内径):外力を受けていない状態でのばね5(後端側領域A2)の外径100(指数)に対し、約93とした。
・圧接面a2(ばね4の後端側領域A1)の軸方向長さ:対向接触する上記ばね5(後端側領域A2)の巻き数に対応する長さとした。
【0053】
(ばね4の前端側領域B1と圧接面b1(クラッチ係合部b1)との関係、並びに、ばね5の前端側領域B2と圧接面b2(クラッチ係合部b2)との関係:図1図2
ばね4の前端側領域B1と圧接面b1(クラッチ係合部b1)との関係、並びに、ばね5の前端側領域B2と圧接面b2(クラッチ係合部b2)との関係を、ばね4及びばね5のばね全体、ばね4単独、及び、ばね5単独に分けて説明する。
【0054】
(ばね4及びばね5のばね全体)
ばね4の前端側領域B1の圧接面b1に対する圧接力をFb1、ばね5の前端側領域B2の圧接面b2に対する圧接力をFb2とすると、ばね全体の拡径方向における、目標とするトルクカーブ(図5参照)、特には、スリップトルクTsb(Tsb1とTsb2との総和)(絶対値)の大きさに基づいて、通常トルク入力時において、ばね全体(ばね4及びばね5)のねじり角度(絶対値)が大きくなるほどトルク(絶対値)が減少していく摩擦トルクTBb(絶対値)が、スリップトルクTsb(設定値)よりも大の水準に維持されるように、プーリ構造体1に外力が付与されていない状態(プーリ構造体1の停止時)における、圧接力Fb1と圧接力Fb2との合力(Fb1+Fb2)の大きさ(図4(a)参照)、ならびに、ばね4及びばね5に係る以下の設計事項が、適切に決定される。
【0055】
(ばね4単独)
ばね4の前端側領域B1の圧接面b1に対する圧接力をFb1とすると、ばね4の拡径方向における、目標とするトルクカーブ(図5参照)、特には、スリップトルクTsb1(絶対値)の大きさに基づいて、通常トルク入力時において、ばね4のねじり角度(絶対値)が大きくなるほどトルク(絶対値)が減少していく摩擦トルクTB1b1(絶対値)が、スリップトルクTsb1(設定値)よりも大の水準に維持されるように、プーリ構造体1に外力が付与されていない状態(プーリ構造体1の停止時)における、圧接力Fb1の大きさ(図4(a)参照)、即ち、圧接面b1(クラッチ係合部b1)における径方向及び軸方向の長さ、ならびに、ばね4(前端側領域B1)の巻き数、等の設計事項が、適切に決定される。
【0056】
(ばね5単独)
ばね5の前端側領域B2の圧接面b2に対する圧接力をFb2とすると、ばね5の拡径方向における、目標とするトルクカーブ(図5)、特には、スリップトルクTsb2(絶対値)の大きさに基づいて、通常トルク入力時において、ばね5のねじり角度(絶対値)が大きくなるほどトルク(絶対値)が減少していく摩擦トルクTB2b2(絶対値)が、スリップトルクTsb2(設定値)よりも大の水準に維持されるように、プーリ構造体1に外力が付与されていない状態(プーリ構造体1の停止時)における、圧接力Fb2の大きさ(図4(a)参照)、即ち、圧接面b2における径方向及び軸方向の長さ、ならびに、ばね5(前端側領域B2)の巻き数、等の設計事項が、適切に決定される。
【0057】
例えば、本実施形態では、以下のように設計した(後述する実施例1)。
・拡径方向のスリップトルクTsb(設定値):30N・m
*Tsb1(下記)とTsb2(下記)との総和に等しい。
*従来2のトルクカーブ(図7参照)においてロック機構が作動するときのねじりトルクと同水準に設定した。
*許容トルクTm1(図5)は、従来2(図7のTm1)と同様、25N・mとした。
・拡径方向のスリップトルクTsb1(設定値):22N・m
・拡径方向のスリップトルクTsb2(設定値):8N・m
・ばね4の前端側領域B1の巻き数:拡径方向における、ばね4のねじりトルクが上記スリップトルクTsb1に到達しない範囲内では、ばね4(前端側領域B1)と圧接面b1(クラッチ係合部b1)との間、B1b1間を摩擦係合状態に維持できるよう、前端側領域B1の巻き数を2巻き(但し、摩擦係合部分は1.9巻き)とした(なお、従来2は2巻き(但し、摩擦係合部分は1.2巻き))。
・ばね5の前端側領域B2の巻き数:拡径方向における、ばね5のねじりトルクが上記スリップトルクTsb2に到達しない範囲内では、ばね5(前端側領域B2)と圧接面b2(クラッチ係合部b2)との間、B2b2間を摩擦係合状態に維持できるよう、前端側領域B2の巻き数をばね4と同程度に2巻き(但し、摩擦係合部分は1.9巻き)とした。
・圧接面b1(クラッチ係合部b1)の径方向長さ(第2溝底面3e(内回転体3)の外径):外力を受けていない状態でのばね4の内径100(指数)に対し、105とした。この水準は、従来2のロック機構作動時のコイルばねの中領域(自由部分)の径方向位置(図10)に略一致する水準である。
・圧接面b1(クラッチ係合部b1)の軸方向長さ:対向接触する上記ばね4(前端側領域B1)の巻き数に対応する長さとした。
・圧接面b2(クラッチ係合部b2)の径方向長さ(筒本体3a(内回転体3)の外径):外力を受けていない状態でのばね5(前端側領域B2)の内径100(指数)に対し、106とした。
・圧接面b2(クラッチ係合部b2)の軸方向長さ:対向接触する上記ばね5(前端側領域B2)の巻き数に対応する長さとした。
【0058】
・対比(圧接面a1と圧接面b1及び圧接面b2との比較)
スリップトルク(N・m)(絶対値)の設定は、Tsa:45>Tsb:30である。
圧接面a1(クラッチ係合部a1)の径方向長さ(外回転体2の内径)、軸方向長さは、プーリ構造体1に外力が付与されていない状態において、圧接面a1に対する、圧接力Fa1(後端側領域A1の拡径方向の自己弾性復元力)と圧接力Fa2(後端側領域A2の拡径方向の自己弾性復元力)との合力(Fa1+Fa2)の方が、圧接面b1に対する圧接力Fb1(前端側領域B1の縮径方向の自己弾性復元力)と圧接面b2に対する圧接力Fb2(前端側領域B2の縮径方向の自己弾性復元力)との合力(Fb1+Fb2)よりも大となるように設定されている(図4(a)参照)。
【0059】
更に、プーリ構造体1に外力が付与されていない状態において、ばね4の後端側領域A1における拡径方向の自己弾性復元力の方が、ばね4の前端側領域B1における縮径方向の自己弾性復元力よりも大きくなっており、プーリ構造体1に外力が付与されていない状態において、ばね5の後端側領域A2における拡径方向の自己弾性復元力の方が、ばね5の前端側領域B2における縮径方向の自己弾性復元力よりも大きくなるように構成されている。
【0060】
(ばね4及びばね5の軸方向の構成)
ばね4は、プーリ構造体1に外力が作用していない状態(即ち、プーリ構造体1が停止した状態)において、軸方向に圧縮されている。ばね4の軸方向の圧縮率は、例えば、20%程度であってもよい。ばね4の前端側領域B1の軸方向端面の周方向一部分(前端から約1/4周(約90°))には、軸方向に圧縮されているばね4の姿勢を安定させるために、座研面Be4が形成されている(図8参照)。座研面Be4は、研削加工が施されることによって形成された、ばね4の軸方向と直交する平面である。同様に、ばね4の後端側領域A1の軸方向端面の周方向一部分(後端から約1/4周(約90°))にも、軸方向に圧縮されているばね4の姿勢を安定させるために、座研面Ae4(不図示)が形成されている。そして、ばね4の座研面Be4が、内回転体3の第1溝底面3dに接触し、ばね4の座研面Ae4が、スラストプレート10に接触している(図1参照)。
【0061】
ばね5は、プーリ構造体1に外力が作用していない状態(即ち、プーリ構造体1が停止した状態)において、軸方向に圧縮されている。ばね5の軸方向の圧縮率は、例えば、20%程度であってもよい。ばね5の前端側領域B2の軸方向端面の周方向一部分(前端から約1/4周(約90°))には、軸方向に圧縮されているばね5の姿勢を安定させるために、座研面Be5が形成されている(図8参照)。座研面Be5は、研削加工が施されることによって形成された、ばね5の軸方向と直交する平面である。同様に、ばね5の後端側領域A2の軸方向端面の周方向一部分(後端から約1/4周(約90°))にも、軸方向に圧縮されているばね5の姿勢を安定させるために、座研面Ae5(不図示)が形成されている。そして、ばね5の座研面Be5が、内回転体3の第2溝底面3eに接触し、ばね5の座研面Ae5が、スラストプレート10に接触している(図1参照)。
【0062】
(ばね4及びばね5の中領域)
ばね4の中領域C1は、図1に示すように、ばね4の前端側領域B1と後端側領域A1との間の領域(中領域)であって、圧接面b1と圧接面a1のいずれにも接触しない自由部分である。このばね4の中領域C1(自由部分)の巻き数は、目標とする、ばね4のばね定数(ばね4のねじり角度に対するねじりトルクの割合、即ち、トルクカーブの傾き)、ばね4のねじり角度の許容範囲(例えば拡径方向、縮径方向ともに60°)等、に基づき、適切に設定される。
【0063】
ばね5の中領域C2は、図1に示すように、ばね5の前端側領域B2と後端側領域A2との間の領域(中領域)であって、圧接面b2と圧接面a2のいずれにも接触しない自由部分である。このばね5の中領域C2(自由部分)の巻き数は、目標とする、ばね5のばね定数(ばね5のねじり角度に対するねじりトルクの割合、即ち、トルクカーブの傾き)、ばね5のねじり角度の許容範囲(例えば拡径方向、縮径方向ともに60°)等、に基づき、適切に設定される。
【0064】
例えば、本実施形態では、以下のように設計した(後述する実施例1)。
・ばね4の中領域C1(自由部分)の巻き数:4巻き(従来2と同じ、なお従来1は3巻き)
・拡径変形時のばね4の有効巻数:4巻き(上記中領域C1の巻き数に対し増加しない)
なお、従来1は3巻き+α(ばねの前端側領域が内回転体から離れる分、有効巻数が増加する)
・ばね4のねじり角度の許容範囲:±60°
・ばね5の中領域C2(自由部分)の巻き数:4巻き
・拡径変形時のばね5の有効巻数:4巻き(上記中領域C2の巻き数に対し増加しない)
・ばね5のねじり角度の許容範囲:±60°
【0065】
(従来との対比(ばね定数))
ばね全体のばね定数k1(図5のトルクカーブの傾き)は、ISG対応プーリとして設計された従来2のプーリ構造体のばね定数k1(図7)と同じであり、その水準は、ISG非対応プーリである従来1のプーリ構造体のばね定数k0(θ1~θ2間)(図6)よりも顕著に大に設定されている。
ばね4の中領域C1及びばね5の中領域C2の各巻き数は、従来(従来2において)、ねじり角度の許容範囲(±60°)内における、ロック機構が働く拡径方向のねじり角度(図7のθ2:約35°)、及び、ねじりトルク(30N・m程度)と同水準で、クラッチが作動(ばね全体のねじりトルクがスリップトルクTsbに到達し、B1b1間及びB2b2間が摺動)でき、且つ、ねじり角度の許容範囲(±60°)内における、縮径方向のねじり角度(図7の-θ3:約-55°)、及び、ねじりトルク(-45N・m程度)と同水準で、クラッチが作動(ばね全体のねじりトルクがスリップトルクTsaに到達し、A1a1間が摺動)できるように、適切に設定されている。
【0066】
(ロック機構が作動しない構成)
本実施形態のプーリ構造体1は、双方向(ばね4及びばね5の拡径又は縮径方向)において、クラッチ係合部と係合状態にあるクラッチ(ばね4及びばね5)が係合解除状態となるまでは、ロック機構が作動しないように構成されている(図4(b)、図4(c))。
具体的には、ばね4のねじりトルクが、双方向(ばね4の拡径又は縮径方向)において設定されたスリップトルクに到達しない間は、ばね4の中領域C1(自由部分)が外回転体2及びばね5のいずれにも接触しないよう、プーリ構造体1に外力が付与されていない状態において、ばね4の中領域C1と外回転体2との間、及び、ばね4の中領域C1とばね5との間、の空隙の大きさ(クリアランス)が十分に広く設けられている(図1図4(a)参照)。同様に、ばね5のねじりトルクが、双方向(ばね5の拡径又は縮径方向)において設定されたスリップトルクに到達しない間は、ばね5の中領域C2(自由部分)がばね4及び筒本体3aのいずれにも接触しないよう、プーリ構造体1に外力が付与されていない状態において、ばね5の中領域C2とばね4との間、及び、ばね5の中領域C2と筒本体3a(内回転体3)との間、の空隙の大きさ(クリアランス)が十分に広く設けられている(図1図4(a)参照)。
【0067】
(従来との対比:ばね4及びばね5が拡径方向にねじれた場合)
プーリ構造体1が停止時の、ばね4の中領域C1と外回転体2との間の空隙は、従来2よりも広い。そのため、従来2でロック機構が作動するねじり角度(θ2:約35°)においても、ばね4の中領域C1は、環状面2b(外回転体2)に接触しない(つまり、ロック機構が作動しない)ようになっている(図4(b)参照)。
【0068】
また、プーリ構造体1が停止時の、ばね5の中領域C2とばね4(特に、後端側領域A1)との間の空隙は、十分に広く設けられている。そのため、従来2でロック機構が作動するねじり角度(θ2:約35°)においても、ばね5の中領域C2は、ばね4に接触しない(つまり、ロック機構が作動しない)ようになっている(図4(b)参照)。
【0069】
(従来との対比:ばね4及びばね5が縮径方向にねじれた場合)
プーリ構造体1が停止時の、ばね4の中領域C1とばね5(特に、前端側領域B2)との間の空隙は、十分に広く設けられている。そのため、ばね4が縮径方向にねじれた場合は、従来2と同様に、縮径方向のねじり角度(-θ3:約-55°)でも、ばね4の中領域C1は、ばね5に接触しない(つまり、ロック機構が作動しない)ようになっている(図4(c)参照)。
【0070】
また、プーリ構造体1が停止時の、ばね5の中領域C2と筒本体3a(内回転体3)との間の空隙は、十分に広く設けられている。そのため、ばね5が縮径方向にねじれた場合は、従来2と同様に、縮径方向のねじり角度(-θ3:約-55°)でも、ばね5の中領域C2は、筒本体3a(内回転体3)に接触しない(つまり、ロック機構が作動しない)ようになっている(図4(c)参照)。
【0071】
(プーリ構造体1の動作)
次に、プーリ構造体1の動作について説明する。
【0072】
(I 外回転体が加速する場合)
外回転体2が内回転体3に対して正方向(前端から後端へ向かって時計回り:図2及び図3参照)に相対回転するとき(外回転体2が加速する場合)、ばね4及びばね5の巻き方向が左巻き(前端から後端へ向かって反時計回り)のため、外回転体2の相対回転に伴って、ばね4の後端側領域A1及びばね5の後端側領域A2が、外回転体2の圧接面a1と共に移動し、内回転体3に対して相対回転する。これにより、ばね4及びばね5は拡径変形する。これは、ISGシステムにおいて、プーリ構造体1(ISG用プーリ)が従動プーリとして作動する場合(例えば、ISGによるエンジン始動時における初爆以降、ISGによる発電時等、外回転体2が加速する間)に相当する。
【0073】
(I-I 外回転体への通常トルク入力時)
ばね4の後端側領域A1と圧接面a1(クラッチ係合部a1)(外回転体2の内周面)との間(A1a1間)の圧接力Fa1は、ばね4の拡径方向のねじり角度が大きくなるほど増大していくが、圧接面a1(クラッチ係合部a1)となる外回転体2の内周面が周方向に閉じた内周壁面であるため、ばね4(後端側領域A1)は、すぐに(殆ど圧接面a1の相対的な摺動を伴わないまま)外回転体2と強く摩擦係合した状態(A1a1間でロック状態)となる(図4(b)参照)。
【0074】
同様に、ばね5の後端側領域A2と圧接面a2(ばね4の後端側領域A1の内周面)との間(A2a2間)の圧接力Fa2は、ばね5の拡径方向のねじり角度が大きくなるほど増大していくが、圧接面a2となる、ばね4(後端側領域A1)が、外回転体2と強く摩擦係合した状態(A1a1間でロック状態)であるため、ばね5(後端側領域A2)は、すぐに(殆ど圧接面a2の相対的な摺動を伴わないまま)ばね4と強く摩擦係合した状態(A2a2間でロック状態)となる(図4(b)参照)。
【0075】
一方、ばね4の前端側領域B1と圧接面b1(クラッチ係合部b1)(筒本体3aの外周面)との間(B1b1間)の圧接力Fb1は、ばね4の拡径方向のねじり角度が大きくなるほど低下し、B1b1間の摩擦トルク(TB1b1)が減少する(図4(b)、図5参照)。
【0076】
この間、ばね4のねじりトルク(伝達トルク)(絶対値)は、ばね4の拡径方向のねじり角度が大きくなるほど増加していく(図5参照)。そのため、ばね4のねじりトルクが、設定されたスリップトルクTsb1(例えば、22N・m)に到達しない間(図5参照)は、外回転体2と内回転体3との間でばね4を介してトルクが伝達されるとともに、ばね4のばね定数(トルクカーブの傾き)に従って、ばね4が周方向にねじれることにより、ベルトの張力変動が適切に抑制される。
【0077】
同様に、ばね5の前端側領域B2と圧接面b2(クラッチ係合部b2)(筒本体3aの外周面)との間(B2b2間)の圧接力Fb2は、ばね5の拡径方向のねじり角度が大きくなるほど低下し、B2b2間の摩擦トルク(TB2b2)が減少する(図4(b)、図5参照)。
【0078】
この間、ばね5のねじりトルク(伝達トルク)(絶対値)は、ばね5の拡径方向のねじり角度が大きくなるほど増加していく(図5参照)。そのため、ばね5のねじりトルクが、設定されたスリップトルクTsb2(例えば、8N・m)に到達しない間(図5参照)は、外回転体2と内回転体3との間でばね5を介してトルクが伝達されるとともに、ばね5のばね定数(トルクカーブの傾き)に従って、ばね5が周方向にねじれることにより、ベルトの張力変動が適切に抑制される。
【0079】
したがって、ISGシステムにおける、ISGによる運転走行パターンの内、例えば、ISGによる発電時についても、その際の入力トルクの水準が設定された、拡径方向のスリップトルク(Tsb)未満であれば(例えば、入力トルクの水準15~25N・mに対し、スリップトルクTsbの水準が30N・m程度に設定されていれば)、ISG用プーリとして問題なく作動させることができ、ベルトの張力変動を適切に抑制することができる。
【0080】
(I-II 外回転体への過大トルク入力時(外回転体の急加速時))
さらにばね4の拡径方向のねじり角度が大きくなると、ばね4のねじりトルクが設定されたスリップトルク(Tsb1)(例えば、22N・m)に到達するとともに、減少しつつあるB1b1間の摩擦トルクTB1b1が、スリップトルクTsb1に到達することで(図5参照)、B1b1間で、ばね4と内回転体3とが摺動(スリップ)する(係合解除状態となる)(図4(b)参照)。
【0081】
なお、クラッチ係合面においてクラッチ(ばね4)が係合解除状態となるまでは、ロック機構が作動しないように構成されている(図4(b)参照)。
【0082】
同様に、さらにばね5の拡径方向のねじり角度が大きくなると、ばね5のねじりトルクが設定されたスリップトルク(Tsb2)(例えば、8N・m)に到達するとともに、減少しつつあるB2b2間の摩擦トルクTB2b2が、スリップトルクTsb2に到達することで(図5参照)、B2b2間で、ばね5と内回転体3とが摺動(スリップ)する(係合解除状態となる)(図4(b)参照)。
【0083】
(II 外回転体が減速する場合)
外回転体2が内回転体3に対して逆方向(他端から一端へ向かって反時計回り)に相対回転するとき(外回転体2が減速する場合、或いは、内回転体3が加速する場合)、外回転体2の相対回転に伴って、ばね4の後端側領域A1及びばね5の後端側領域A2が、外回転体2の圧接面a1と共に移動し、内回転体3に対して相対回転する。これにより、ばね4及びばね5が縮径変形する。ここで、内回転体3が加速する場合とは、ISGシステムにおいて、プーリ構造体1(ISG用プーリ)が駆動プーリとして作動する場合(例えば、ISGによるエンジン始動時の初爆前、ISGによるアシスト走行時等)に相当する。
【0084】
(II-I 外回転体への通常トルク入力時)
ばね4の後端側領域A1と圧接面a1(クラッチ係合部a1)(外回転体2の内周面)との間(A1a1間)の圧接力Fa1は、ばね4の縮径方向のねじり角度が大きくなるほど低下し、A1a1間の摩擦トルク(TA1a1)が減少する(図4(c)、図5参照)。
【0085】
同様に、ばね5の後端側領域A2と圧接面a2(ばね4の内周面)との間(A2a2間)の圧接力Fa2も、ばね5の縮径方向のねじり角度が大きくなるほど低下し、A2a2間の摩擦トルク(TA2a2)が減少する(図4(c)、図5参照)。
【0086】
このため、ばね全体の圧接面a1に対する圧接力(Fa1+Fa2)は、ばね4及びばね5の縮径方向のねじり角度が大きくなるほど低下し、ばね全体と圧接面a1との間の摩擦トルク(TAa)が減少する(図4(c)、図5参照)。
【0087】
一方、ばね4の前端側領域B1と圧接面b1(クラッチ係合部b1)(内回転体3の外周面)との間(B1b1間)の圧接力Fb1は、ばね4の縮径方向のねじり角度が大きくなるほど増大していくが、圧接面b1(クラッチ係合部b1)となる内回転体3の外周面が周方向に閉じた外周壁面であるため、ばね4(前端側領域B1)は、すぐに(殆ど圧接面b1の相対的な摺動を伴わないまま)内回転体3と強く摩擦係合した状態(B1b1間でロック状態)となる(図4(c)参照)。
【0088】
この間、ばね4のねじりトルク(伝達トルク)(絶対値)は、ばね4の縮径方向のねじり角度が大きくなるほど増加していく(図5参照)。そのため、ばね4のねじりトルクが、設定されたスリップトルクTsa1(例えば、-33N・m)に到達しない間(図5参照)は、外回転体2と内回転体3との間でばね4を介してトルクが伝達されるとともに、ばね4のばね定数(トルクカーブの傾き)に従って、ばね4が周方向にねじれることにより、ベルトの張力変動が適切に抑制される。
【0089】
同様に、ばね5の前端側領域B2と圧接面b2(クラッチ係合部b2)(内回転体3の外周面)との間(B2b2間)の圧接力Fb2は、ばね5の縮径方向のねじり角度が大きくなるほど増大していくが、圧接面b2(クラッチ係合部b2)となる内回転体3の外周面が周方向に閉じた外周壁面であるため、ばね5(前端側領域B2)は、すぐに(殆ど圧接面b2の相対的な摺動を伴わないまま)内回転体3と強く摩擦係合した状態(B2b2間でロック状態)となる(図4(c)参照)。
【0090】
この間、ばね5のねじりトルク(伝達トルク)(絶対値)は、ばね5の縮径方向のねじり角度が大きくなるほど増加していく(図5参照)。そのため、ばね5のねじりトルクが、設定されたスリップトルクTsa2(例えば、-12N・m)に到達しない間(図5参照)は、外回転体2と内回転体3との間でばね5及びばね4を介してトルクが伝達されるとともに、ばね5のばね定数(トルクカーブの傾き)に従って、ばね5が周方向にねじれることにより、ベルトの張力変動が適切に抑制される。
【0091】
したがって、ISGシステムにおける、ISGによる運転走行パターンの内、例えば、ISGによるアシスト走行時についても、その際の入力トルクの水準(絶対値)が設定された、縮径方向のスリップトルク(Tsa)の水準(絶対値)未満であれば(例えば、入力トルクの水準-35~-30N・mに対し、スリップトルクTsaが-45N・m程度に設定されていれば)、ISG用プーリとして問題なく作動させることができ、ベルトの張力変動を適切に抑制することができる。
【0092】
(II-II 外回転体への過大トルク入力時(外回転体の急減速時))
さらにばね4及びばね5のばね全体の縮径方向のねじり角度が大きくなると、ばね全体のねじりトルクが設定されたスリップトルクTsa(例えば、-45N・m)に到達するとともに、減少しつつあるばね全体と圧接面a1との間の摩擦トルク(TAa)(絶対値)がスリップトルクTsa(絶対値)に到達することで(図5参照)、ばね全体と圧接面a1との間で、外回転体2と、内回転体3及びばね全体とが摺動(スリップ)する(係合解除状態となる)(図4(c)参照)。なお、圧接面a1(クラッチ係合部a1)でクラッチが作動する時、即ち、ばね4(後端側領域A1)の外周面が圧接面a1に対して摺動している状態では、ばね5(後端側領域A2)の外周面は、ばね4(後端側領域A1)を介して(とともに)圧接面a1に対して摺動しているのであって、ばね4(後端側領域A1)に対しては、摺動しない(相対回転しない)。
【0093】
なお、クラッチ係合部においてクラッチ(ばね4及びばね5)が係合解除状態となるまでは、ロック機構が作動しないように構成されている。
【0094】
上記構成によれば、ばね4、及び、ばね5の2つのコイルばねを使用して、ばね5をばね4の径方向内側に並設した構造にすることにより、ばね4における、ばね線の、外回転体2の回転軸を通り且つ該回転軸と平行な方向に沿った断面の大きさを、従来2よりも小さくすることができる。また、ばね5における、ばね線の断面積は、ばね4よりも内径が小さいゆえ、ばね4よりも顕著に小さくて済む(ばね4よりも内径が小さいと、その分、ばね定数は大きくなるゆえに、ばね5のばね定数を低水準に設けるためには、ばね線の断面積がばね4よりも顕著に小さくなるようにばね5を形成することができる)。
従って、上記構成によれば、プーリ構造体1が回転軸方向に大型化するのを抑制することができる(効果1)。
【0095】
また、双方向(ばね4及びばね5の2つのコイルばねの拡径又は縮径方向)において、ばね4及びばね5の各々の端部が外回転体2又は内回転体3に対して圧接する力(径方向)の向きを、後端側(一端側)と前端側(他端側)とにおいて逆向き(バイアス関係)にすることができる。
このため、双方向において、ばね4及びばね5の2つのコイルばねと外回転体2及び内回転体3との間の摩擦係合状態(2つのコイルばねの圧接状態)は、2つのコイルばねのねじり角度(絶対値)が大きくなるほど、下記(a)且つ(b)の状態となる。(a)後端側領域A1の外周面は、外回転体2に対する圧接力(Fa1+Fa2)が増大し、外回転体2と強く摩擦係合し、(b)前端側領域B1の内回転体3に対する圧接力Fb1及び前端側領域B2の内回転体3に対する圧接力Fb2が低下し、内回転体3に対して滑りだす(係合解除していく)、
又は、(a)前端側領域B1の内回転体3に対する圧接力Fb1及び前端側領域B2の内回転体3に対する圧接力Fb2が増大し、内回転体3と強く摩擦係合し、(b)後端側領域A1の外周面は、外回転体2に対する圧接力(Fa1+Fa2)が低下し、外回転体2に対して滑りだす(係合解除していく)、
即ち、2つのコイルばねの各端部は、真逆の作用(上記(a)且つ(b))をもたらす。
その結果、(i)通常トルク(設定されたスリップトルクに到達しない範囲の、2つのコイルばねのねじりトルク)入力時、2つのコイルばねは、双方向(拡径又は縮径方向)にねじり変形した際に、外回転体2及び内回転体3に係合して、外回転体2と内回転体3との間でトルクを伝達する。
一方、(ii)過大トルク(設定されたスリップトルク以上の、2つのコイルばねのねじりトルク)入力時、2つのコイルばねは、双方向(拡径又は縮径方向)において、外回転体2と内回転体3との間で所定以上のトルクが伝達された際に、外回転体2又は内回転体3と摺動する係合解除状態となって、外回転体2と内回転体3との間でのトルクの伝達を遮断する。
その結果、例えば、ISGによるエンジンの冷間始動時において、外回転体2に過大トルク(例えば、拡径方向において、スリップトルク30N・m以上のトルク)が入力されても、外回転体2からトルク入力側のベルト(張り側)に衝撃荷重(過大な回転制動力)は作用せず、ベルト張力の過大な増加やベルト張力の過大な変動を抑制できる。
逆に、エンジン走行中、脱輪等により、予期せずエンジンが停止(エンスト)した場合でも(例えば、縮径方向において、スリップトルク45N・m以上のトルクが入力されても)、ベルト張力(張り側)が過度に低下しすぎることはなく、ベルトにスリップが発生するのを防止できる。
これにより、上記(i)、(ii)に示したように、コイルばね式のクラッチ機能(トルクの伝達又は遮断)を双方向(2つのコイルばねの拡径方向、縮径方向)に確保できる(効果2)。
【0096】
また、ばね4は、外回転体2と内回転体3との相対回転時において、外回転体2及びばね5のいずれにも接触しない自由部分である中領域C1を有し、ばね5も、外回転体2と内回転体3との相対回転時において、ばね4及び内回転体3のいずれにも接触しない自由部分である中領域C2を有している。これにより、双方向(ばね4及びばね5の2つのコイルばねの拡径又は縮径方向)において、確実に、ロック機構が作動しないようにすることができる。その結果、例えば、外回転体2に過大なトルクが入力されても、ばね4及びばね5の2つのコイルばね(クラッチ)が外回転体2又は内回転体3と強く摩擦係合した状態(ロック状態)に陥らないようにすることができる(効果3)。
【0097】
また、プーリ構造体1に外力が付与されていない状態において、ばね4の後端側領域A1における拡径方向の自己弾性復元力の方が、ばね4の前端側領域B1における縮径方向の自己弾性復元力よりも大きくなっており、プーリ構造体1に外力が付与されていない状態において、ばね5の後端側領域A2における拡径方向の自己弾性復元力の方が、ばね5の前端側領域B2における縮径方向の自己弾性復元力よりも大きくなるように構成されている。
このため、ばね4及びばね5が縮径方向にねじられた場合にクラッチが作動するトルク(スリップトルクTsa1、Tsa2)(絶対値)の方が、ばね4及びばね5が拡径方向にねじられた場合にクラッチが作動するトルク(スリップトルクTsb1、Tsb2)(絶対値)よりも大に設定することを確実にできる。
これにより、プーリ構造体1を、ISG用プーリ(プーリ構造体1が、駆動プーリ(例えば、ISGによるエンジン始動時における初爆より前のクランキング中、ISGによるアシスト走行時)と、従動プーリ(例えば、ISGによるエンジン始動時における初爆以降、ISGによる発電時)の両方の役割を果たす)としてISGシステムに適用することにより、エンジン始動時、アシスト走行時、及び、発電時の各走行パターンにおいて好適に対応することができる(効果4)。
【0098】
(その他の実施形態)
上述の実施形態では、プーリ構造体1に外力が付与されていない状態において、ばね4の一端側領域(後端側領域A1)の外周面が、拡径方向の自己弾性復元力によって、外回転体2における圧接面a1(クラッチ係合部a1)に接触し、且つ、ばね5の一端側領域(後端側領域A2)の外周面が、拡径方向の自己弾性復元力によって、ばね4の一端側領域(後端側領域A1)に接触し、ばね4の他端側領域(前端側領域B1)の内周面が、縮径方向の自己弾性復元力によって、内回転体3における圧接面b1(クラッチ係合部b1)に接触し、且つ、ばね5の他端側領域(前端側領域B2)の内周面が、縮径方向の自己弾性復元力によって、内回転体3における圧接面b2(クラッチ係合部b2)に接触していたが(※特許文献1第1実施形態図1に対応)、これには限らない。即ち、プーリ構造体に外力が付与されていない状態において、第1のコイルばねの一端側領域(この場合は前端側領域B1)の外周面が、拡径方向の自己弾性復元力によって、内回転体における圧接面(クラッチ係合部)に接触し、且つ、第2のコイルばねの一端側領域(この場合は前端側領域B2)の外周面が、拡径方向の自己弾性復元力によって、第1のコイルばねの一端側領域(この場合は前端側領域B1)に接触し、第1のコイルばねの他端側領域(この場合は後端側領域A1)の内周面が、縮径方向の自己弾性復元力によって、外回転体における圧接面(クラッチ係合部)に接触し、且つ、第2のコイルばねの他端側領域(この場合は後端側領域A2)の内周面が、縮径方向の自己弾性復元力によって、外回転体における圧接面(クラッチ係合部)に接触していてもよい(特許文献1第2実施形態図5に対応)。
【0099】
また、上述の実施形態では、ばね4の巻き方向及びばね5の巻き方向を左巻き(前端から後端へ向かって反時計回り)としていたが、ばね4の巻き方向及びばね5の巻き方向を右巻き(前端から後端へ向かって時計回り)としてもよい。この場合、プーリ構造体に外力が付与されていない状態において、第1のコイルばねの一端側領域(この場合は前端側領域B1)の外周面が、拡径方向の自己弾性復元力によって、外回転体における圧接面(クラッチ係合部)に接触し、且つ、第2のコイルばねの一端側領域(この場合は前端側領域B2)の外周面が、拡径方向の自己弾性復元力によって、第1のコイルばねの一端側領域(この場合は前端側領域B1)に接触し、第1のコイルばねの他端側領域(この場合は後端側領域A1)の内周面が、縮径方向の自己弾性復元力によって、内回転体における圧接面(クラッチ係合部)に接触し、且つ、第2のコイルばねの他端側領域(この場合は後端側領域A2)の内周面が、縮径方向の自己弾性復元力によって、内回転体における圧接面(クラッチ係合部)に接触する(特許文献1第4実施形態図11に対応)。
【実施例
【0100】
次に、上記実施形態のプーリ構造体1(図1)を実施例1とし、従来2のプーリ構造体(図10)を比較例1とし、各プーリ構造体を、図12に示すベルトシステムに取り付けて、ISGによるエンジン冷間始動試験を行った(以下、単に「エンジン冷間始動試験」)。このエンジン冷間始動試験で、エンジン冷間始動時の下記評価項目について、時系列に検出、記録し、実施例1と比較例1との比較により本発明の効果の検証を行った。
【0101】
(供試体:実施例1のプーリ構造体)
実施例1は、上記実施形態に係るプーリ構造体1に対応するものである。
エンジン冷間始動時には、外回転体2が急加速してばね4及びばね5が拡径方向に捩れた場合にクラッチがB1b1間及びB2b2間で作動するように構成されている。
【0102】
(比較例1との対比(共通点))
ばね全体が縮径方向に捩れた場合にクラッチがA1a1の間で作動する構成、及び、そのトルク(スリップトルクTsa)の水準は、比較例1(従来2)と同じである。
したがって、エンジン冷間始動時における、1発目の気筒内爆発時の動的ベルト最小張力の大きさ)については、比較例1と略同等になる、と推測された。
【0103】
(実施例1のばね4及びばね5(図1図8))
・ばね4及びばね5のばね線は、ばね用オイルテンパー線(JISG3560:1994に準拠)とした。
・ばね4及びばね5の巻き数Nは、9巻きとし、巻き方向は、左巻きとした。
・ばね4及びばね5の軸方向の圧縮率は、約20%とした。軸方向に隣り合うばね線間の隙間は、ばね4及びばね5が軸方向に圧縮された状態で0.3mmとした。
・ばね4のばね線は、矩形状であって、軸方向長さは、4.4mmとし、径方向長さは、6.0mmとした。なお、ばね線の断面における4つの角は、面取り形状(曲率半径0.3mm程度のR面)とした。
・ばね5のばね線は、矩形状であって、軸方向長さは、3.4mmとし、径方向長さは、3.4mmとした。なお、ばね線の断面における4つの角は、面取り形状(曲率半径0.3mm程度のR面)とした。
・外回転体2の軸方向長さは、比較例1(従来2)を100(指数)とした場合、約90(指数)であった。
【0104】
(供試体:比較例1のプーリ構造体)
比較例1は、上述の従来2のプーリ構造体(図10参照)に対応するものである。
エンジン冷間始動時には、外回転体が急加速してばねが拡径方向に捩れた場合にロック機構が作動するように構成されている。
【0105】
(比較例1のコイルばね(図10))
ばねの巻き数Nを9巻きとし、ばね線は、台形状で、その断面積は実施例1の約1.3倍(従来1の約2倍)である。なお、比較例1の他の各部の構成は、前述(本実施形態)の従来との対比部分に述べた構成である。
【0106】
(実施例1及び比較例1の概要)
【表4】
【0107】
(エンジン冷間始動試験)
以上の実施例1及び比較例1の各プーリ構造体について、図11及び図12に示すエンジンベンチ試験機200を用いて、エンジン冷間始動試験を行った。このエンジン冷間始動試験は、ベルトを介してプーリ構造体の外回転体に過大なトルクが入力され、ばねが拡径方向に捩れ、実施例1の場合にはクラッチ(B1b1間及びB2b2間)が確実に作動し、比較例1の場合にはロック機構が確実に作動し得るよう、エンジンの回転変動を最大化できる実機台上試験とされる。ここで、エンジン冷間始動とは、エンジン始動の一形態であって、具体的には、エンジンが完全に冷え切った状態下(例えば、エンジン冷却水の水温が30℃以下)での、エンジン始動を指す。そのため、走行途上(暖気完了後)にエンジンを一時停止させた状態(アイドルストップ等)からのエンジン始動は、当試験条件から除外される。
【0108】
エンジンベンチ試験機200は、補機駆動システムを含む試験装置であって、エンジン210のクランク軸211に取り付けられたクランクプーリ201と、エアコン・コンプレッサ(AC)に接続されたACプーリ202、ウォーターポンプ(WP)に接続されたWPプーリ203とを有する。実施例1及び比較例1の各プーリ構造体(図11及び図12ではプーリ構造体100)は、モータ・ジェネレータ(ISG)220の軸221に接続される。また、クランクプーリ201とプーリ構造体100とのベルトスパン間に、オートテンショナ(A/T)204が設けられる。エンジンの出力は、1本のベルト(Vリブドベルト)250を介して、クランクプーリ201から時計回りに、プーリ構造体100、WPプーリ203、ACプーリ202に対してそれぞれ伝達されて、各補機(モータ・ジェネレータ(ISG)、ウォーターポンプ、エアコン・コンプレッサ)は駆動される。
【0109】
また、図12に示すように、動的ベルト張力測定用のセンサ(歪ゲージ)(不図示)を取付軸上に貼り付けたタッチプーリ205が、ベルトシステム上の張り側ベルトスパン間に仮設置されている。センサ(歪ゲージ)は、図示しない、ブリッジボックス、歪アンプ、及びデータロガーを経由して、PC(パーソナルコンピューター)に接続されている。こうすることで、ベルト250の走行中のベルト張力(動的ベルト張力、以下単にベルト張力)を連続的に計測することができ、動的ベルト最大張力(動的ベルト張力の最大値)(N/ベルト)を動的ベルト張力の時系列変化のデータから読み取り可能となる。
【0110】
(評価項目)
エンジン冷間始動時(エンジンが完全に冷え切った状態でのエンジン始動時)のベルト張力(動的ベルト張力)(張り側)の時系列変化(アウトプット)を評価した。
【0111】
(条件)
雰囲気温度約0℃(エンジンが完全に冷え切った状態でのエンジン始動とするため、低温室内に試験機を設置)、ベルト張力(取付時)1200Nにおいて、エンジン冷間始動(クランキング)を行った。なお、ISGによるエンジン始動時に、プーリ構造体100(ISG用プーリ)の内回転体に入力されるトルクの水準は、-30N・m程度であった。
【0112】
(エンジン始動動作)
電子制御装置(不図示)からエンジン始動信号がモータ・ジェネレータ(ISG)(不図示)に送られ、モータ・ジェネレータ(ISG)が起動し、クランキングが始まる。このとき(各気筒における燃焼爆発前)の、クランク軸211の回転速度は200rpm程度である。
電子制御装置から燃料噴射信号および点火信号が燃料噴射装置(不図示)および着火装置(不図示)に送られ、各気筒における燃焼爆発が順々に開始される。
各気筒における燃焼爆発時期に同期して、クランク軸211の回転速度が上昇してゆく。クランク軸211の回転トルク(動力)がクランクプーリ201(外輪)に伝達されて、更に、エンジンベンチ試験機200に伝達される。
エンジンが始動されると、モータ・ジェネレータ(ISG)によるクランキング動作が停止する。
【0113】
なお、実施例1、比較例1のプーリ構造体は、ISGによるエンジン始動時の入力トルクの水準-30N・m程度に対し、スリップトルクTsaの水準が-45N・m程度となるように構成されている。このため、問題なく、内回転体に入力されたトルクを、ばねを介して(内回転体が加速することで、ばねが縮径方向にねじられ)、外回転体へ伝達させることができる。つまり、ISGによるエンジン始動時に、ISG用プーリとして問題なく作動させることができ、ベルトの張力変動を適切に抑制しつつ、クランキングさせることができる。
【0114】
(評価方法)
実施例1及び比較例1のプーリ構造体毎に、上記動作によるエンジン冷間始動試験によって得られた、エンジン冷間始動時におけるベルト張力の時系列変化を示す波形データ(グラフ)に基づいて、ベルト張力が最も過大に増加し、かつ最も過度に低下した波形(つまり、1発目の気筒内爆発時の波形)における、ベルト最大張力(ベルト張力の最大値)(N/ベルト)、ベルト最小張力(ベルト張力の最小値)(N/ベルト)及び、ベルト張力の変動幅(N/ベルト)を読み取ったうえで、下記評価基準に基づき、実施例1の評価を行った。
【0115】
(評価基準:ベルト張力(過大な増加)およびベルト張力(の過大な)変動の抑制、に係る評価)
1発目の気筒内爆発時のベルト張力およびベルト張力変動の大きさに関する、実施例1と比較例1との差異量(N/ベルト)(つまり、図13において「m」で表示した部分)を読み取る。この差異量m(N/ベルト)の、比較例1における動的ベルト最大張力(N/ベルト)に対する割合(百分率)(%)が、実施例1の比較例1に対するベルト張力およびベルト張力変動の抑制効果に相当する。
その抑制効果が25%以上(顕著)である場合、ベルトシステムの耐久性を損なうおそれがないとして、評価「○」とした。
一方、その抑制効果が25%を下回った場合、ベルトシステムの耐久性を損なうおそれがあるとして、評価「×」にした。
【0116】
(評価結果)
エンジン冷間始動試験によって得られた、エンジン冷間始動時における動的ベルト張力(単に、ベルト張力)の時系列変化を示すグラフを図13に示した。また、評価結果(試験結果の一覧)を表5に示した。
【0117】
(エンジン冷間始動試験 試験結果)
【表5】
【0118】
図13において1発目の気筒内爆発時(図中a)の「m」で表示した部分は、1発目の気筒内爆発時のベルト張力およびベルト張力変動の大きさに関し、実施例1と比較例1との差異部分である。図示例では、その差異量は、1500Nであった。これは、実施例1の比較例1に対するベルト張力およびベルト張力変動の抑制効果に相当する。図示例では、その抑制効果は約32%に達した。なお、図13において、ベルト張力の値(縦軸の目盛り)は不図示とした。
【0119】
(考察)
ベルト張力(張り側のタッチプーリ205のベルト張力)は、クランキング中(約1秒間)の各気筒における燃焼爆発中、特に、1発目の気筒内爆発時(図中a)において、最も過大に増加し、かつ最も過大に変動することがわかった(図13参照)。
表5に示した評価結果(判定)のとおり、この1発目の気筒内爆発時(図中a)に着目すると、ベルト張力(張り側のタッチプーリ205のベルト張力)の大きさおよび変動幅は、実施例1の方が比較例1の場合よりも顕著に小さく、ベルト張力の過大な増加やベルト張力の過大な変動を効果的に抑制できていることがわかった。
【0120】
(得られた効果)
(1)実施例1において、エンジン冷間始動時に、外回転体2の回転速度が一時的に大きく増加する1発目の気筒内爆発時(図13のa参照)において、外回転体2から内回転体3へ伝達されるトルクのうち、通常トルクよりも過大なトルクは伝達されない結果となった(図13のi参照)。これは、ばね4及びばね5のばね全体の拡径方向に、通常トルクの入力時よりも過大なトルク(スリップトルクTsb(30N・m)以上のトルク)が外回転体2に入力された際に、内回転体3とばね4との間(B1b1間)及び内回転体3とばね5との間(B2b2間)に係合作用がほとんど働かない状態で、外回転体2を急加速状態のまま空転(スリップ)させ、慣性の大きい内回転体3を急加速させようとすることによる衝撃荷重(過大な回転制動力)をトルク入力側のベルト250に作用させないこと、が可能であったためと考えられる。
【0121】
(2)結果として、実施例1は、エンジン冷間始動時には、外回転体が急加速してばねが拡径方向に捩れた場合にクラッチがB1b1間及びB2b2間で作動し、補機駆動ベルトシステムで特に問題となる、エンジン冷間始動時に外回転体へ過大なトルクが入力される際に生じるベルト張力の過大な増加やベルト張力の過大な変動を効果的に抑制できることが判った。
【0122】
(3)比較例1においては、外回転体の急加速時に外回転体から内回転体へ伝達されるトルクのうち、通常トルクよりも過大なトルクを伝達してしまう結果となった。これは、比較例1の、外回転体の急加速時にクラッチが作動せずロック機構が作動する構成では、通常トルクの入力時よりも過大なトルクが外回転体に入力された際に、内回転体とばねとの間に係合作用がほとんど働かない状態で、外回転体を急加速状態のまま空転(スリップ)させることができないために、慣性の大きい内回転体を急加速させようとすることによる衝撃荷重(過大な回転制動力)をトルク入力側のベルトに作用させないこと、が不可能であったためと考えられる。
【0123】
(4)また、実施例1のプーリ構造体1は、ばね4及びばね5のばね全体のねじりトルクが、縮径方向のスリップトルクTsa(-45N・m)又は拡径方向のスリップトルクTsb(30N・m)に到達しない間(図5参照)は、外回転体2と内回転体3との間でばね4及びばね5を介してトルクが伝達されるとともに、ばね定数k1(トルクカーブの傾き)に従って、ばね4及びばね5が周方向にねじれることにより、ベルトの張力変動が適切に抑制されるように構成されている。
したがって、実施例1のプーリ構造体1は、ISGシステムにおける、ISGによるエンジン始動以外の運転走行パターン、例えば、ISGによるアシスト走行時(入力トルク:例えば-35~-30N・m)や、ISGによる発電時(入力トルク:例えば15~25N・m)についても、ISG用プーリとして何ら問題なく作動可能である、と推察できる。
【0124】
(5)また、実施例1のプーリ構造体1は、比較例1(指数100)と比較し、外回転体2の軸方向長さを約90(指数)に留めることができた。これにより、比較例1(従来2)と比較し、プーリ構造体1が回転軸方向に大型化するのを抑制できていることがわかった。
【符号の説明】
【0125】
1 プーリ構造体
2 外回転体
3 内回転体
4 第1のコイルばね
5 第2のコイルばね
A1 後端側領域(第1一端側領域)
B1 前端側領域(第1他端側領域)
C1 中領域(第1中領域)
A2 後端側領域(第2一端側領域)
B2 前端側領域(第2他端側領域)
C2 中領域(第2中領域)
6 エンドキャップ
7 転がり軸受
8 滑り軸受
9 空間
10 スラストプレート
a1 圧接面(クラッチ係合部)
a2 圧接面
b1 圧接面(クラッチ係合部)
b2 圧接面(クラッチ係合部)
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13