(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-29
(45)【発行日】2023-12-07
(54)【発明の名称】逆開きスライドファスナー用開離嵌挿具
(51)【国際特許分類】
A44B 19/36 20060101AFI20231130BHJP
【FI】
A44B19/36
(21)【出願番号】P 2022558687
(86)(22)【出願日】2020-10-28
(86)【国際出願番号】 JP2020040524
(87)【国際公開番号】W WO2022091268
(87)【国際公開日】2022-05-05
【審査請求日】2022-12-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000006828
【氏名又は名称】YKK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】茶谷原 祐希
【審査官】住永 知毅
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2010/073362(WO,A1)
【文献】特開平11-178615(JP,A)
【文献】特許第3621040(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A44B19/00-19/64
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
左右のファスナーストリンガー(10)の左右のエレメント列(12)間を上端及び下端から開けることができる逆開きスライドファスナー(100)において、
前記左右のエレメント列(12)間を下端から開けるための下スライダー(30)であって、下スライダー(30)のエレメント案内路(34)に突き出る突出位置へと弾性付勢される係止爪(40)を含む下スライダー(30)と、
前記左右のエレメント列(12)の一方の下端に連設した蝶棒(50)と、
前記左右のエレメント列(12)の他方の下端に連設した箱棒(60)とを備え、
前記箱棒(60)及び前記蝶棒(50)の少なくとも一方は、相互に対向する側面(62)に、前記係止爪(40)を受け入れ可能な逃がし溝(63)を含み、
前記箱棒(60)及び前記蝶棒(50)の少なくとも一方は、相互に対向する一方の側面(62)から他方の側面(51)に向かって突出する突片(66)を有し、前記逃がし溝(63)は、少なくとも前記突片(66)の下端まで上方へと延び
、
前記逃がし溝(63)は、前記係止爪(40)を前記突出位置から引っ込み位置に向けて案内可能なガイド面(65b)を含むことを特徴とする逆開きスライドファスナー用開離嵌挿具。
【請求項2】
左右のファスナーストリンガー(10)の左右のエレメント列(12)間を上端及び下端から開けることができる逆開きスライドファスナー(100)において、
前記左右のエレメント列(12)間を下端から開けるための下スライダー(30)であって、下スライダー(30)のエレメント案内路(34)に突き出る突出位置へと弾性付勢される係止爪(40)を含む下スライダー(30)と、
前記左右のエレメント列(12)の一方の下端に連設した蝶棒(50)と、
前記左右のエレメント列(12)の他方の下端に連設した箱棒(60)とを備え、
前記箱棒(60)及び前記蝶棒(50)の少なくとも一方は、相互に対向する側面(62)に、前記下スライダー(30)をその下端位置から下端の第1エレメント(12b)を割る第1エレメント分割位置へと引き上げる際の、前記箱棒(60)及び前記蝶棒(50)の上端が前記下スライダー(30)の内部に後口(34a)から収容された時点において、前記係止爪(40)を部分的に受け入れ可能な逃がし溝(63)を含
み、
前記逃がし溝(63)は、前記係止爪(40)を前記突出位置から引っ込み位置に向けて案内可能なガイド面(65b)を含むことを特徴とする逆開きスライドファスナー用開離嵌挿具。
【請求項3】
前記逃がし溝(63)は、前記突出位置にある前記係止爪(40)を左右の幅方向に最も受け入れる逃がし部(63a)を含み、前記逃がし部(63a)は、下端位置にある前記下スライダー(30)の前記係止爪(40)に対して上方に配置されることを特徴とする請求項1又は2に記載の逆開きスライドファスナー用開離嵌挿具。
【請求項4】
前記逃がし溝(63)は、下方から上方へと左右の幅方向の深さが深くなることを特徴とする請求項1又は2に記載の逆開きスライドファスナー用開離嵌挿具。
【請求項5】
前記逃がし溝(63)は、前記突出位置にある前記係止爪(40)に対して、前記下スライダー(30)の下翼板(32)側から上翼板(31)側へと左右の幅方向において次第に離れるように傾斜する傾斜溝底面(64)を含むことを特徴とする請求項1又は2に記載の逆開きスライドファスナー用開離嵌挿具。
【請求項6】
前記箱棒(60)のみが前記逃がし溝(63)を備える請求項1又は2に記載の逆開きスライドファスナー用開離嵌挿具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、逆開きスライドファスナー用開離嵌挿具に関し、更に詳しくは、逆開き用の下スライダーを備えたスライドファスナーにおける下スライダーと蝶棒及び箱棒とから構成される開離嵌挿具に関する。
【背景技術】
【0002】
左右一対のファスナーストリンガーそれぞれのエレメント列に上スライダーと下スライダーとをそれぞれの後口が対面するように挿嵌して、上スライダーを引き下げることによる上開きと、下スライダーを引き上げることによる逆開きとを可能とした逆開きスライドファスナーが知られている。このような逆開きスライドファスナーの例は、例えば、特許第4307413号公報(特許文献1)、特許第3621040号公報(特許文献2)等に開示されている。
【0003】
逆開きスライドファスナーでは、下スライダーをその下端位置から下端の第1エレメントを割る第1エレメント分割位置まで引き上げる際、下スライダーの摺動に対する抵抗が第1エレメントを割る時に最大となる。また、従来の逆開きスライドファスナーでは、下スライダーが第1エレメント分割位置に到達する前に2番目に大きな抵抗が生じることが分かっている。この2番目に大きな抵抗は次のようにして生じる。下スライダーの下端位置からの引き上げに伴って下スライダーの係止爪も上方に移動し、ある時点において、蝶棒と下スライダーの係止爪と箱棒とが下スライダーのエレメント案内路において左右の幅方向において最も密に並ぶ。これにより蝶棒及び箱棒と係止爪とが幅方向において互いに干渉し、一時的に下スライダーの摺動に対する抵抗が高まる。
【0004】
グラフ1の細線は、従来の逆開きスライドファスナーにおける下スライダーをその下端位置から第1エレメント分割位置を越えて引き上げる際の下スライダーの変位(mm)に対する下スライダーの摺動抵抗(N)を示す。グラフ1から分かるように、第1エレメント(務歯)分割位置にて抵抗が最大の13.7(N)となるが、下スライダーが第1エレメント分割位置に到達する前の、蝶棒と係止爪と箱棒とが幅方向に最も密に並ぶ最大密位置にて2番目に大きな抵抗10.0(N)が生じる。この2番目に大きい抵抗は下スライダーを引き上げるユーザには下スライダーの引っ掛かりとして知覚され、この引っ掛かりが下スライダーの引き上げ開始時にユーザの負荷となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第4307413号公報
【文献】特許第3621040号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、以上のような問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、逆開きスライドファスナーにおける下スライダーの下端位置からの引き上げ開始時における引っ掛かりを低減することができる逆開きスライドファスナー用開離嵌挿具を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、本発明の一側面によれば、左右のファスナーストリンガーの左右のエレメント列間を上端及び下端から開けることができる逆開きスライドファスナーにおいて、前記左右のエレメント列間を下端から開けるための下スライダーであって、下スライダーのエレメント案内路に突き出る突出位置へと弾性付勢される係止爪を含む下スライダーと、前記左右のエレメント列の一方の下端に連設した蝶棒と、前記左右のエレメント列の他方の下端に連設した箱棒とを備え、前記箱棒及び前記蝶棒の少なくとも一方は、相互に対向する側面に、前記係止爪を受け入れ可能な逃がし溝を含み、前記箱棒及び前記蝶棒の少なくとも一方は、相互に対向する一方の側面から他方の側面に向かって突出する突片を有し、前記逃がし溝は、少なくとも前記突片の下端まで上方へと延びることを特徴とする逆開きスライドファスナー用開離嵌挿具が提供される。
【0008】
本明細書中、「上」及び「下」は相対的なものであり、例えば、衣類、鞄類等の生地において、逆開きスライドファスナーの下スライダーが上方に、上スライダーが下方に配置されてもよい。また、本明細書において、「上」及び「下」は、別途指定しない限り、ファスナーストリンガー、蝶棒及び箱棒の長手方向に基づき、ファスナーストリンガー、蝶棒及び箱棒の長手方向一方を「上」、長手方向他方を「下」という。
【0009】
本発明における「突片の下端」の例は、
図2における参照番号66aが指す部分である。すなわち、
図2を参照して、逃がし溝63は、上下方向(箱棒60の長手方向)において少なくとも突片66の下端66aまで上方に延びる。本発明では、下スライダーを下端位置から第1エレメント分割位置まで引き上げる際、下スライダーの係止爪も上方に移動し、ある時点において、蝶棒と係止爪と箱棒とが下スライダーのエレメント案内路において左右の幅方向に最も密に並ぶ最大密位置となる。この時、箱棒及び蝶棒の少なくとも一方の側面に設けた逃がし溝に係止爪を部分的に受け入れる。下スライダーの第1エレメント分割位置までの引き上げ時において、係止爪は幅方向には変位せず、箱棒又は蝶棒が幅方向に変位しつつ逃がし溝に係止爪を部分的に受け入れる。これにより、係止爪は幅方向に相対的に逃がされると言える。これにより、蝶棒、係止爪及び箱棒が幅方向において占有する合計幅を縮小し、蝶棒及び箱棒と係止爪との間の幅方向における干渉を低減することができる。
【0010】
また、本発明の別の側面によれば、左右のファスナーストリンガーの左右のエレメント列間を上端及び下端から開けることができる逆開きスライドファスナーにおいて、前記左右のエレメント列間を下端から開けるための下スライダーであって、下スライダーのエレメント案内路に突き出る突出位置へと弾性付勢される係止爪を含む下スライダーと、前記左右のエレメント列の一方の下端に連設した蝶棒と、前記左右のエレメント列の他方の下端に連設した箱棒とを備え、前記箱棒及び前記蝶棒の少なくとも一方は、相互に対向する側面に、前記下スライダーを下端位置から下端の第1エレメントを割る第1エレメント分割位置へと引き上げる際の、前記箱棒及び前記蝶棒の上端が前記下スライダーの内部に後口から収容された時点において、前記係止爪を部分的に受け入れ可能な逃がし溝を含むことを特徴とする逆開きスライドファスナー用開離嵌挿具が提供される。
【0011】
本発明では、下スライダーを下端位置から第1エレメント分割位置まで引き上げる際、下スライダーの係止爪も上方に移動し、ある時点において、静止状態にある箱棒及び蝶棒の長手方向上端が下スライダーの内部に後口から収容された状態となる(
図6参照)。この時点ではまた、蝶棒と係止爪と箱棒とが下スライダーのエレメント案内路において左右の幅方向に最も密に並ぶ最大密位置となる。この時、箱棒及び蝶棒の少なくとも一方の側面に設けた逃がし溝に係止爪を部分的に受け入れることにより、係止爪を幅方向に相対的に逃がし、これにより、蝶棒、係止爪及び箱棒が幅方向において占有する合計幅を縮小し、蝶棒及び箱棒と係止爪との間の幅方向における干渉を低減することができる。
【0012】
本発明の一実施形態において、前記逃がし溝は、前記突出位置にある前記係止爪を左右の幅方向に最も受け入れる逃がし部を含み、前記逃がし部は、下端位置にある前記下スライダーの前記係止爪に対して上方に配置される。逃がし溝の逃がし部は、蝶棒と係止爪と箱棒とが最大密位置となる時点において、突出位置にある係止爪を左右の幅方向に最も受け入れる。換言すれば、係止爪は逃がし溝の逃がし部において幅方向に相対的に最も逃がされる。逃がし部は、下スライダーが下端位置にある際、突出位置にある係止爪から上方に離れている。下スライダーが下端位置から上方に移動すると、突出位置にある係止爪が逃がし部に近付き、最大密位置の時点で突出位置にある係止爪と逃がし部とが幅方向に並ぶ。
【0013】
本発明の一実施形態において、前記逃がし溝は、前記係止爪を前記突出位置から前記エレメント案内路から引っ込む引っ込み位置へと案内可能なガイド面を含む。下スライダーを下端位置から第1エレメント分割位置まで引き上げる際、下スライダーの、突出位置にある係止爪の一部が逃がし溝に入り込み、次いで、係止爪は下スライダーと共に上方へと移動しながら逃がし溝のガイド面により突出位置から引っ込み位置へと弾性部材の付勢に抗して案内される。
【0014】
本発明の一実施形態において、前記逃がし溝は、下方から上方へと左右の幅方向の深さが深くなる。これにより、スライダーを下端位置から上方に引き上げる際、逃がし溝は係止爪を少しずつ幅方向に受け入れる。そのため、係止爪を逃がし溝に誘い込み易くなる。
【0015】
本発明の一実施形態において、前記逃がし溝は、前記突出位置にある前記係止爪に対して、前記下スライダーの下翼板側から上翼板側へと前記左右の幅方向において次第に離れるように傾斜する傾斜溝底面を含む。下スライダーを下端位置から第1エレメント分割位置まで引き上げる際、下スライダーの、突出位置にある係止爪の一部が逃がし溝に入り込む。この時、逃がし溝の傾斜溝底面は、突出位置の係止爪に対して下翼板側から上翼板側へと幅方向において離れるように傾斜するため、係止爪と逃がし溝を有する箱棒又は蝶棒との間の幅方向におけるクリアランスが下翼板側から上翼板側へと増長し、これにより箱棒及び蝶棒と係止爪との間の幅方向における干渉が低減する。
【0016】
本発明の一実施形態において、前記箱棒のみが前記逃がし溝を備える。この実施形態は図面を参照しつつ後述するが、逃がし溝は係止爪の幅方向位置や大きさに応じて蝶棒に設けたり、箱棒と蝶棒の両方に設けることができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明では、下スライダーを下端位置から第1エレメント分割位置まで引き上げる際、箱棒及び蝶棒の少なくとも一方の側面に設けた逃がし溝に係止爪を幅方向に部分的に受け入れ、係止爪を幅方向に相対的に逃がすことができる。これにより、蝶棒及び箱棒と係止爪との間の幅方向における干渉を低減し、これにより、下スライダーの引き上げ開始時にユーザが知覚する引っ掛かりや負荷を軽減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】
図1は、本発明に係る逆開きスライドファスナー用開離嵌挿具を備えた逆開きスライドファスナーを長手方向(上下方向)に破断して示す平面図である。
【
図4】
図4は、下端位置の下スライダーを、上翼板等を省略して示す平面図である。
【
図5】
図5は、下スライダーを下端位置から引き上げて、係止爪が箱棒の逃がし溝に近付いた状態を示す
図4と同様の平面図である。
【
図6】
図6は、下スライダーの係止爪の一部が箱棒の逃がし溝に入り込んだ状態を示す
図4と同様の平面図である。
【
図7】
図7は、下スライダーの係止爪が引っ込み位置に変位した状態を示す
図4と同様の平面図である。
【
図8】
図8は、下スライダーが第1エレメント分割位置に到達した状態を示す
図4と同様の平面図である。
【
図9】
図9は、
図6のB-B線に沿う上スライダーの断面図であり、蝶棒は省略される。
【
図10】
図10は、係止爪が逃がし溝の水平溝側面からガイド面に移った時点を示す、
図6のC-C線断面から見た図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明するが、本発明はそのような実施形態に限定されるものではなく、請求の範囲及び均等の範囲内で適宜変更等が可能である。
図1は、本発明に係る逆開きスライドファスナー用開離嵌挿具を備えた逆開きスライドファスナー(以下、単に「スライドファスナー」ともいう。)100を長手方向(上下方向)に破断して示す平面図である。以下、スライドファスナー100についての上下は、別途指定しない限り、スライドファスナー100の長手方向に基づくものとする。スライドファスナー100は、左右一対のファスナーストリンガー10と、上スライダー20と、下スライダー30とを備える。左右のファスナーストリンガー10は、左右のファスナーテープ11と、左右のファスナーテープ11それぞれの対向縁部に取り付けられた樹脂製又は金属製の一連の又は多数のエレメント12aからなるエレメント列12とを備える。上スライダー20は左右のエレメント列12間を上端から開ける上開き用のものである。下スライダー30は左右のエレメント列12間を下端から開ける逆開き用のものである。上下スライダー20、30は、それぞれの後口(34a)が互いに対向するように左右のエレメント列12に挿嵌される。
【0020】
上下スライダー20、30は後述する箱棒60の逃がし溝63を除き、実質的に同じものである。そのため、以下に下スライダー30の構成を説明し、上スライダー20の構成については説明を省略する。下スライダー30は胴体30aと引手36とからなる。胴体30aは、上翼板31と、下翼板32(
図4等参照)と、上下翼板31、32間を連結する案内柱33(
図4等参照)とを備える。上下翼板31、32間には、Y字形のエレメント案内路34(
図8、
図9等参照)が規定される。エレメント案内路34は、下スライダー30の後口34aに開口すると共に、案内柱33の左右に隣り合う2つの肩口34bに開口する。Y字形のエレメント案内路34は、2つの肩口34b側の分岐部と、後口34a側の非分岐部とに区分される。エレメント案内路34の非分岐部は上下翼板31、32のフランジ37(
図4等において下翼板のフランジ37のみが示される)によって左右幅が規定される。上翼板31の表側面上には引手連結部35が設けられ、引手連結部35に引手36が連結される。ユーザが引手36を把持して下スライダー30をスライドファスナー100の長手方向上下に引くことにより、下スライダー30が上下に摺動し、左右のエレメント列12間を開閉させる。
【0021】
下スライダー30は係止爪40(
図9、
図10等参照)を含む。係止爪40は、引手連結部35内に配置された弾性部材としての板ばね(図示せず)により、上翼板31を貫通する開口31b(
図9、
図10参照)を介してエレメント案内路34へと突き出る突出位置へと常に付勢される。突出位置の係止爪40はエレメント案内路34に存在するエレメント12aに当接し、これが下スライダー30の摺動に対する抵抗として働く。係止爪40の基端部41(
図10参照)は上翼板31に対して固定される。ユーザが引手36を把持して倒伏状態から立ち上げると、係止爪40は板ばねの付勢に抗して突出位置からエレメント案内路34から外れる引っ込み位置へと引っ込む。これにより係止爪40のロックが解除され、下スライダー30の上下移動が可能となる。以上の下スライダー30についての説明は上スライダー20についても実質的に当てはまる。
【0022】
各ファスナーストリンガー10は、各エレメント列12の上端に連設された上止13を含む。上止13は上スライダー20のそれ以上上方への移動を制限する。また、左方のファスナーストリンガー10は、左方のエレメント列12の下端に連設された蝶棒50(
図4等参照)と、右方のエレメント列12の下端に連設された箱棒60(
図4等参照)とを含む。蝶棒50及び箱棒60は、例えば、左右のファスナーテープ11に対して、ポリアセタール、ポリアミド、ポリプロピレン、ポリブチレンテレフタレート等の熱可塑性樹脂を射出成形又は押出成形して成形される。蝶棒50及び箱棒60は下スライダー30のそれ以上下方への移動を制限する。
【0023】
図2は箱棒60の斜視図である。
図3は
図2のA-A線に沿う箱棒60の断面図である。箱棒60は、箱棒60の長手方向における一端面である上端面60aと、長手方向他端面である下端面60bと、表側面61aと、裏側面61bと、蝶棒50に対向する側面62とを有する。上端面60aは箱棒60の長手方向上端である。箱棒60(及び蝶棒50)の長手方向はスライドファスナー100の長手方向に実質的に沿う。
図3を参照して、箱棒60の長手方向に垂直な断面は、上下端面60a、60b間の大部分でコ字形であり、この箱棒60の中空内部には図示しないファスナーテープ11の幅方向端部が存在する。また、箱棒60の表側面61aは下スライダー30の上翼板31側の面であり、裏側面61bは下翼板32側の面である。以下、長手方向に垂直でかつ表側面61aと裏側面61とを結ぶ方向を表裏方向という。
【0024】
箱棒60の側面62には逃がし溝63と突片66とが設けられる。逃がし溝63は側面62から右方に窪み、表側面61aに及ぶ。逃がし溝63の側面62から右方に窪む深さは、長手方向の下方から上方へと次第に深くなる。表側面61aにおける逃がし溝63に対応する部分は切り欠かれる。逃がし溝63は、箱棒60の上端面60aと下端面60bとの間のほぼ中間部に設けられ、箱棒60の長手方向に長い。
図2の参照番号63bは逃がし溝63の下端であり、参照番号66aは突片66の下端である。逃がし溝63は、下端63bから突片66の下端66aを越えて上方に延びる。突片66は側面62から左方への高さが下端66aから上方へと次第に高くなる。逃がし溝63の長手方向の長さは箱棒60の長手方向の長さ(上端面60aと下端面60bとの間の長さ)のほぼ1/3である。また、逃がし溝63は箱棒60の側面62において、表裏方向の表側面61a側のほぼ半部に設けられる。逃がし溝63は、側面62から右方に窪む溝の底面である略台形状の溝底面(傾斜溝底面)64と、溝底面64と側面62との間を繋ぐ溝側面65とを有する。溝底面64は、
図3から分かるように、表裏方向の裏側面61b側の端(溝側面65との境界)から表側面61a側へと幅方向右方にわずかに傾斜する。換言すれば、溝底面64は、溝側面65との境界から表側面61a側へと側面62(あるいは図示しない蝶棒50や突出位置の係止爪40)から次第にわずかに幅方向右方に離れるように傾斜する。そのため、以下、溝底面64を傾斜溝底面64と呼ぶ。溝側面65は、表側面61a(又は裏側面61b)にほぼ平行な長手方向下方の水平溝側面65aと、水平溝側面65aから長手方向上方(上端面60a側)かつ表裏方向の表側面61a側へと斜めに延びる傾斜溝側面であるガイド面65bとを含む。水平溝側面65aはガイド面65bへと湾曲状に繋がる。上下方向において、水平溝側面65aとガイド面65bとの間の境界は、突片66の下端66aの位置にある。水平溝側面65aは、突出位置の係止爪40の突出端よりも表裏方向においてわずかに裏側面61b側に設定される。また、水平溝側面65aは、逃がし溝63の下端63bから長手方向上方へと次第に左右幅(側面62からの深さ)が拡大する。水平溝側面65aとガイド面65bとはなだらかに繋がる。逃がし溝63は、ガイド面65bの下方に隣り合う位置において側面62から右方に窪む深さが最も深くなる逃がし部63aを含む。逃がし部63aは、上下方向において、水平溝側面65aにおける上方(ガイド面65b側)端部に対応する位置に存在する。逃がし部63aは、突出位置にある係止爪40を最も右方に受け入れることができる。
【0025】
図4等を参照して、蝶棒50は、その長手方向上端である上端面50aと、箱棒60に対向する側面51とを含む。また、蝶棒50の側面51における上方には右方すなわち箱棒60側に突き出る突片52が設けられる。蝶棒50の突片52と箱棒60の突片66は表裏方向に部分的に重なって蝶棒50及び箱棒60の表裏方向への変位を制限し、また、下スライダー30が下端位置にある際(
図4参照)、蝶棒50又は箱棒60の下スライダー30に対する下方への相対的変位を制限する。
【0026】
図4~
図8は、下スライダー30の下端位置(
図4参照)から、下スライダー30を、左右のエレメント列12の下端のエレメントである第1エレメント12bを割る第1エレメント分割位置(
図8参照)まで下スライダー30を上方に引き上げる工程を、上翼板31を省略して示す平面図である。
図4~
図8において左右のファスナーテープ11も省略される。下スライダー30はその下端位置から第1エレメント分割位置へと長手方向上方に移動するが、蝶棒50及び箱棒60は長手方向において同じ位置にある。この際、下スライダー30と共に係止爪40も上方に移動するが、係止爪40は左右方向には変位しない。本実施形態において下スライダー30の下端位置は、下スライダー30が蝶棒50及び箱棒60によってそれ以上下方への移動が制限される位置である。下スライダー30が下端位置にある状態(
図4参照)において、下スライダー30と上スライダー20との間にある左右のエレメント列12間は閉じている。また、下スライダー30の下端位置において、蝶棒50及び箱棒60の上方部分が下スライダー30の後口34aから上方に最も長く露出している。この蝶棒50及び箱棒60の上方部分の下スライダー30からの露出部分は、下スライダー30の引き上げに伴い次第に縮小し(
図5及び
図6参照)、
図6の時点で蝶棒50及び箱棒60それぞれの上端面50a、60aが下スライダー30の内部に後口34aから収容された状態(蝶棒50及び箱棒60が下スライダー30の外部に最も露出しない状態)となる。この時点で、後述するように蝶棒50と係止爪40と箱棒60とが下スライダー30のエレメント案内路34において左右の幅方向に最も密に並ぶ最大密位置となる。この時点から更に下スライダー30が上方に移動すると、蝶棒50及び箱棒60の下方部分が下スライダー30の左右の肩口34bから下方に露出し始め(
図7参照)、下スライダー30が第1エレメント分割位置に到達する(
図8参照)。
【0027】
本実施形態において、
図4等から分かるように、係止爪40は下スライダー30の幅方向において左右中間点よりもわずかに右側すなわち箱棒60側に位置する。なお、係止爪40を通す上翼板31の開口31b(
図9等参照)も左右中間点よりも右側に設けられる。そのため、本実施形態において係止爪40を逃がすための逃がし溝63が箱棒60に設けられる。
図4を参照して、下スライダー30がその下端位置にある状態において、箱棒60の逃がし溝63の逃がし部63aは、突出位置にある係止爪40に対して上方に離れて配置される。換言すれば、下端位置の下スライダー30の係止爪40と箱棒60の逃がし溝63の逃がし部63aとは長手方向に離れて位置する。また、下スライダー30が下端位置にある状態において、逃がし溝63の下端63bも係止爪40よりも上方に位置する。本実施形態では、
図4の時点で逃がし溝63の全体が係止爪40に対して上方に離れているが、逃がし溝63の下端63bが係止爪40とほぼ同じ上下方向位置あるいは更に下方にあってもよい。
【0028】
図4の下端位置から下スライダー30を上方に引き上げ始めると、
図5に示すように突出位置の係止爪40が箱棒60の逃がし溝63の下端63bに近付く。ここから更に下スライダー30が上方に移動すると、左右のフランジ37間に拘束された蝶棒50及び箱棒60が互いに近づくようにわずかに幅方向に変位し、これにより、箱棒60の逃がし溝63が突出位置の係止爪40を部分的に受け入れる。逃がし溝63は下端63bから上方へと次第に深くなるため、係止爪40を逃がし溝63に誘い込み易い。
図5の時点から下スライダー30が更に上方に移動すると、ある時点で、
図6に示すように蝶棒50及び箱棒60それぞれの上端面50a、60aが下スライダー30の内部に後口34aから収容された状態となる。この状態において、蝶棒50と係止爪40と箱棒60とが下スライダー30のエレメント案内路34すなわち左右のフランジ37間において幅方向に最も密に並ぶ最大密位置となる。この時、
図6(及び
図9)に示すように係止爪40の一部が箱棒60の逃がし溝63において最も右方に深い逃がし部63aに受け入れられる。
図9は、
図6のB-B線に沿う上スライダー20の断面図である。
図9において蝶棒50は省略される。蝶棒50と係止爪40と箱棒60とが最大密位置となる時点において、
図6及び
図9に示すように、突出位置の係止爪40の一部が逃がし溝63の逃がし部63aに受け入れられることにより、係止爪40を幅方向において最も右側に相対的に逃がすことができる。逃がし溝63の逃がし部63aで係止爪40を部分的に受け入れた分だけ、蝶棒50、係止爪40及び箱棒60が幅方向において占有する合計幅を縮小することができる。これにより、蝶棒50及び箱棒60と係止爪40との間の幅方向における干渉を低減することができる。
【0029】
また
図6及び
図9の時点で、係止爪40は逃がし溝63の水平溝側面65a上に部分的に乗り、かつ逃がし溝63の傾斜溝底面64に近接して対面する。係止爪40の傾斜溝底面64に対面する面は、上下方向及び左右方向それぞれに対して垂直である。この時、逃がし溝63の傾斜溝底面64は、突出位置の係止爪40に対して表裏方向の上翼板31側へと幅方向において次第にわずかに離れるように傾斜するため、係止爪40と箱棒60(傾斜溝底面64)との間の幅方向におけるクリアランスが表裏方向において下翼板32側から上翼板31側へと増長する。これによっても箱棒60と係止爪40との間の幅方向における干渉を低減させることができる。
【0030】
下スライダー30が
図6の時点から
図7の時点へと更に上方に移動する際、係止爪40も上方に移動する。この際、係止爪40の逃がし溝63に入り込んだ部分は逃がし溝63の水平溝側面65a上をスライドしながら逃がし溝63のガイド面65b上に移る。
図10は、係止爪40が逃がし溝63の水平溝側面65aからガイド面65bに移った時点を示す、
図6のC-C線断面から見た図である。
図10の時点から更に下スライダー30が上方に移動すると、
図10に破線で表すように、係止爪40が逃がし溝63のガイド面65b上をスライドしつつガイド面65bにより表裏方向の上翼板31側に案内される。これにより、係止爪40は、板ばねの付勢に抗して、突出位置から下スライダー30のエレメント案内路34から外れる引っ込み位置へと変位する。
図7は係止爪40が引っ込み位置へと変位した時点を示す。
図7の時点から下スライダー30を更に引き上げると、下スライダー30は
図8に示す第1エレメント分割位置に到達して第1エレメント12bを割る。
【0031】
【0032】
グラフ1の太線は、上述した逆開きスライドファスナー100における下スライダー30をその下端位置から第1エレメント分割位置を越えて引き上げる際の下スライダー30の変位(mm)に対する下スライダー30の摺動抵抗(N)を示す。グラフ1から分かるように、第1エレメント(務歯)分割位置にて抵抗が最大の11.2(N)となる。また、下スライダー30が第1エレメント分割位置に到達する前、蝶棒50と係止爪40と箱棒60とが幅方向に最も密に並ぶ最大密位置において、従来品では2番目に大きな抵抗10.0(N)が生じていたが、下スライダー30では箱棒60に設けた逃がし溝63により係止爪40を相対的に逃がすことができるため、そのような2番目に大きい抵抗が実質的に発生しない。これにより、逆開きスライドファスナー100における下スライダー30の下端位置からの引き上げ開始時における引っ掛かりや負荷を低減することができる。
【0033】
以上の実施形態では、逃がし溝63を箱棒60に設ける例を挙げたが、係止爪40が幅方向中間点より左方にある場合や蝶棒と箱棒の配列が上記とは左右逆の場合等において、逃がし溝を蝶棒に設けることができ、あるいは蝶棒と箱棒の両方に設けてもよい。
【符号の説明】
【0034】
10 ファスナーストリンガー
11 ファスナーテープ
12 エレメント列
12a エレメント
12b 第1エレメント
13 上止
20 上スライダー
30 下スライダー
30a 胴体
31 上翼板
32 下翼板
33 案内柱
34 エレメント案内路
34a 後口
34b 肩口
35 引手連結部
36 引手
40 係止爪
50 蝶棒
50a 蝶棒の上端面(上端)
51 蝶棒の側面
52 突片
60 箱棒
60a 箱棒の上端面(上端)
62 箱棒の側面
63 逃がし溝
63a 逃がし部
64 傾斜溝底面(溝底面)
65 溝側面
65a 水平溝側面
65b ガイド面(傾斜溝側面)
66 突片
100 逆開きスライドファスナー