(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-30
(45)【発行日】2023-12-08
(54)【発明の名称】寄生虫殺虫方法及び寄生虫殺虫システム
(51)【国際特許分類】
A23B 4/015 20060101AFI20231201BHJP
A01M 17/00 20060101ALI20231201BHJP
A01M 19/00 20060101ALI20231201BHJP
A23L 17/00 20160101ALN20231201BHJP
【FI】
A23B4/015
A01M17/00 P
A01M19/00
A23L17/00 Z
(21)【出願番号】P 2019135452
(22)【出願日】2019-07-23
【審査請求日】2022-04-08
(31)【優先権主張番号】P 2018137821
(32)【優先日】2018-07-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504159235
【氏名又は名称】国立大学法人 熊本大学
(73)【特許権者】
【識別番号】500483378
【氏名又は名称】株式会社ジャパン・シーフーズ
(74)【代理人】
【識別番号】100116573
【氏名又は名称】羽立 幸司
(74)【代理人】
【識別番号】100180921
【氏名又は名称】峰 雅紀
(72)【発明者】
【氏名】浪平 隆男
(72)【発明者】
【氏名】王 斗艶
(72)【発明者】
【氏名】松田 樹也
(72)【発明者】
【氏名】井上 陽一
【審査官】厚田 一拓
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-192490(JP,A)
【文献】実開平03-105293(JP,U)
【文献】WANG, D. et al.,Studies of Electrical Killing on Nymphonella tapetis Using Pulsed Power Technology,Proceedings of the XXX International Conference on Phenomena in Ionized Gases (ICPIG), Belfast, Nort,2011年,D16 on CD,Figure 3, 4, Table 1, 3.1. Shockwaves Generated by Pulsed Discharges
【文献】鈴木淳、村田理恵,わが国におけるアニサキス症とアニサキス属幼線虫,東京都健康安全研究センター研究年報,2011年,第62号,p. 13-24,全体、p. 13
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23B 4/00 - 9/34
A01M 1/00 - 99/00
A01K 1/00 - 99/00
A23L 17/00 - 17/60
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS/FSTA(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象物である原魚の内部の
魚の寄生虫を死滅させる寄生虫殺虫システムを用いた寄生虫殺虫方法であって、
前記寄生虫殺虫システムは、
液体を保持する浸漬槽と、
正極電極及び負極電極からなる一対の電極と、
前記一対の電極の間にパルス大電流を発生させるパルス電源と、
前記パルス電源を制御する電源制御部
と、
前記浸漬槽の中の前記液体を撹拌する撹拌装置と、
前記撹拌装置を制御する撹拌制御部とを備え、
前記浸漬槽の中にある前記液体に浸した前記一対の電極の間に前記
原魚の少なくとも一部を浸漬する浸漬ステップと、
前記電源制御部が、前記パルス電源を制御して、前記一対の電極の間にパルス大電流を発生させるパルス大電流発生ステップと
、
前記浸漬ステップと前記パルス大電流発生ステップの間、又は、前記パルス大電流発生ステップにおいて、前記撹拌制御部が、前記撹拌装置を制御して、前記浸漬槽の中の前記液体を撹拌させる撹拌ステップを含む、寄生虫殺虫方法。
【請求項2】
前記撹拌ステップにおいて、前記撹拌制御部が、前記撹拌装置を制御して、前記一対の電極の間に前記液体が上方に向かう流れを生じさせる、請求項1記載の寄生虫殺虫方法。
【請求項3】
前記一対の電極は、前記浸漬槽において前記正極電極が前記負極電極の上部に配置されている一対の電極である、請求項2記載の寄生虫殺虫方法。
【請求項4】
前記負極電極には、前記撹拌ステップにおいて生じた前記一対の電極の間で前記液体が上方に向かう流れが妨げられないための穴が設けられている、請求項3記載の寄生虫殺虫方法。
【請求項5】
前記パルス大電流発生ステップにおいて、前記電源制御部が、前記パルス電源を制御して、パルス大電流を複数回発生させる、請求項1記載の寄生虫殺虫方法。
【請求項6】
前記撹拌ステップにおいて、前記撹拌制御部が、前記撹拌装置を制御して、前記一対の電極の間に前記
原魚の少なくとも一部が回流する流れを生じさせる、請求項
1記載の寄生虫殺虫方法。
【請求項7】
対象物である原魚の内部の魚の寄生虫を死滅させる寄生虫殺虫システムを用いた寄生虫殺虫方法であって、
前記寄生虫殺虫システムは、
液体を保持する浸漬槽と、
正極電極及び負極電極からなる一対の電極と、
前記一対の電極の間にパルス大電流を発生させるパルス電源と、
前記パルス電源を制御する電源制御部と
前記浸漬槽の外部から前記一対の電極の間に前記
原魚の少なくとも一部を移動させて、前記
原魚の少なくとも一部を前記浸漬槽の外部に移動させる移動機構と、
前記移動機構を制御する移動制御部と
を備え、
前記浸漬槽の中にある前記液体に浸した前記一対の電極の間に前記原魚の少なくとも一部を浸漬する浸漬ステップと、
前記電源制御部が、前記パルス電源を制御して、前記一対の電極の間にパルス大電流を発生させるパルス大電流発生ステップとを含み、
前記浸漬ステップにおいて、前記移動制御部が、前記移動機構を制御して、前記浸漬槽の外部から前記一対の電極の間に前記
原魚の少なくとも一部を移動させ、
パルス大電流発生ステップの後に、前記移動制御部が、前記移動機構を制御して、前記
原魚の少なくとも一部を前記浸漬槽の外部に移動させる回収ステップをさらに含む
、寄生虫殺虫方法。
【請求項8】
前記浸漬ステップの前に、前記液体の伝導率を、前記
原魚の少なくとも一部の伝導率に近づけるよう調整する伝導率調整ステップをさらに含む、前記請求項1から
7のいずれかに記載の寄生虫殺虫方法。
【請求項9】
前記伝導率が、0.05mS/cmから100mS/cmの範囲内である、請求項
8記載の寄生虫殺虫方法。
【請求項10】
対象物である原魚中の
魚の寄生虫を死滅させる寄生虫殺虫システムであって、
液体を保持する浸漬槽と、
正極電極及び負極電極からなる一対の電極と、
前記一対の電極の間にパルス大電流を発生させるパルス電源と、
前記パルス電源を制御する電源制御部と
、
前記浸漬槽内の前記液体を撹拌する撹拌装置と、
前記撹拌装置を制御する撹拌制御部とを備える、寄生虫殺虫システム。
【請求項11】
前記正極を前記浸漬槽の中の前記液体の内部であって前記負極の上部に保持する正極保持部とを備える、請求項10記載の寄生虫殺虫システム。
【請求項12】
前記撹拌装置は、前記浸漬槽の底に備えられて前記液体を噴出する噴出装置である、請求項11記載の寄生虫殺虫システム。
【請求項13】
前記噴出装置は、円周上又は楕円周上に配置された3箇所以上の噴出口を有し、
前記噴出口は、鉛直方向に対して傾きのある上方に
前記液体を噴出する、請求項12記載の寄生虫殺虫システム。
【請求項14】
前記負極電極には、前記噴出口から噴出される前記液体が前記正極電極に向かって流れるための穴が設けられている、請求項13記載の寄生虫殺虫システム。
【請求項15】
対象物である原魚中の魚の寄生虫を死滅させる寄生虫殺虫システムであって、
液体を保持する浸漬槽と、
正極電極及び負極電極からなる一対の電極と、
前記一対の電極の間にパルス大電流を発生させるパルス電源と、
前記パルス電源を制御する電源制御部と、
前記浸漬槽の外部から前記一対の電極の間に前記
原魚の少なくとも一部を移動させて、前記
原魚の少なくとも一部を前記浸漬槽の外部に移動させる移動機構と、
前記移動機構を制御する移動制御部と
を備える
、寄生虫殺虫システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、寄生虫殺虫方法及び寄生虫殺虫システムに関し、特に、対象物中の寄生虫を殺虫する寄生虫殺虫方法等に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アニサキスは寄生虫の一種であり、アジ・サバをはじめ多くの海産魚に寄生している。通常、アニサキスは内臓に寄生しているため、内臓を取り出す等適切な処理を施せば安全性に問題はない。しかし、魚体温の上昇や鮮度低下によってアニサキスは内臓から身へと移動するため、刺身などで生のままその身をヒトが摂食してしまうと、胃壁や腸壁に刺入し、食中毒を引き起こす。
【0003】
厚生労働省統計によるアニサキス食中毒報告件数は、
図5に示す通り、平成19年の6件から平成29年には30倍以上の230件に激増し、細菌性のカンピロバクターに次ぐ第2位となった。加えて平成29年5月のアニサキス食中毒被害急増の一斉報道により、水産物売り場の約30%を占める生食用刺身が敬遠され、その売上は600億円(市場規模の2割)ほど減少した。
【0004】
一般に、生食用加工品においてアニサキス食中毒リスクを低減する方法としては、冷凍殺虫方法と目視除去方法が用いられている(特許文献1)。
【0005】
冷凍殺虫方法は、-20℃以下において24時間以上の冷凍処理により魚体中のアニサキスを死滅させる方法である。
【0006】
目視除去方法は、ブラックライトを照射するとアニサキスが蛍光を発するため、それを目視で確認しながら手作業でアニサキスを除去する方法である。
【0007】
また、本願発明者らは、直径1cmほどの節足動物であるカイヤドリウミグモを駆除する方法として、パルス発生システムを開発した(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【非特許文献】
【0009】
【文献】D.Wang, et al., “Studies of Electrical Killing on Nymphonella tapetis Using Pulsed Power Technology”, Proceeding of the XXX International Conference on Phenomena in Ionized Gasses (ICPIG), Belfast, Northern Ireland, UK, D16 on CD-ROM, 2011. 08.28-09.02.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、冷凍殺虫方法では、身質が劣化するなど、その品質が低下し、生食用であっても「冷凍食品」に分類され、「解凍」表示が義務付けられるため商品価値も3割ほど低下する。加えて、処理量は24時間で20kgほどであり、大型フリーザー等の初期コストだけでも620万円ほどと高い。
【0011】
また、目視除去方法では、アニサキスが魚身表面より1mm以上潜り込むと視認不可能となる。そのため、目視除去方法のみでは、魚身からアニサキスを100%除去することは不可能である。加えて、1時間当たりの処理量は19.2kgほどで、手作業で神経を使いながらの除去作業となるため、経験が作業効率に大きく影響し、その人件費も極めて高い。
【0012】
さらに、本願発明者らが開発したパルス発生システムは、カイヤドリウミグモに有効であったからといって生物的な構造が全く異なるアニサキスに対して有効であるかどうかは未知であった。また、カイヤドリウミグモに対して直接的にパルス電流を流した場合と異なり、魚類の体内に生息するアニサキスにはパルス電流を間接的に流すこととなる。そのため、アニサキスに対してこのような手法がどの程度有効であるかはなおさら不明であった。
【0013】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、対象物の品質を保ちつつ、大量処理が可能な、寄生虫殺虫方法等を新たに提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の第1の観点は、対象物の内部の寄生虫を死滅させる寄生虫殺虫システムを用いた寄生虫殺虫方法であって、前記寄生虫殺虫システムは、液体を保持する浸漬槽と、正極電極及び負極電極からなる一対の電極と、前記一対の電極の間にパルス大電流を発生させるパルス電源と、前記パルス電源を制御する電源制御部とを備え、前記浸漬槽の中にある前記液体に浸した前記一対の電極の間に前記対象物を浸漬する浸漬ステップと、前記電源制御部が、前記パルス電源を制御して、前記一対の電極の間にパルス大電流を発生させるパルス大電流発生ステップとを含む、寄生虫殺虫方法である。
【0015】
本発明の第2の観点は、第1の観点の寄生虫殺虫方法であって、前記パルス大電流発生ステップにおいて、前記電源制御部が、前記パルス電源を制御して、パルス大電流を複数回発生させる、寄生虫殺虫方法である。
【0016】
本発明の第3の観点は、第1又は第2の観点の寄生虫殺虫方法であって、前記寄生虫殺虫システムは、前記浸漬槽の中の前記液体を撹拌する撹拌装置と、前記撹拌装置を制御する撹拌制御部とをさらに備え、前記浸漬ステップと前記パルス大電流発生ステップの間、又は、前記パルス大電流発生ステップにおいて、前記撹拌制御部が、前記撹拌装置を制御して、前記浸漬槽の中の前記液体を撹拌させる撹拌ステップをさらに含む。
【0017】
本発明の第4の観点は、第3の観点の寄生虫殺虫方法であって、前記撹拌ステップにおいて、前記撹拌制御部が、前記撹拌装置を制御して、前記一対の電極の間に前記液体が上方に向かう流れを生じさせる。
【0018】
本発明の第5の観点は、第3又は第4の観点の寄生虫殺虫方法であって、前記撹拌ステップにおいて、前記撹拌制御部が、前記撹拌装置を制御して、前記一対の電極の間に前記対象物が回流する流れを生じさせる。
【0019】
本発明の第6の観点は、第1から第5のいずれかの観点の寄生虫殺虫方法であって、前記寄生虫殺虫システムは、前記浸漬槽の外部から前記一対の電極の間に前記対象物を移動させて、前記対象物を前記浸漬槽の外部に移動させる移動機構と、前記移動機構を制御する移動制御部とをさらに備え、前記浸漬ステップにおいて、前記移動制御部が、前記移動機構を制御して、前記浸漬槽の外部から前記一対の電極の間に前記対象物を移動させ、パルス大電流発生ステップの後に、前記移動制御部が、前記移動機構を制御して、前記対象物を前記浸漬槽の外部に移動させる回収ステップをさらに含む。
【0020】
本発明の第7の観点は、第1から第6のいずれかの観点の寄生虫殺虫方法であって、前記浸漬ステップの前に、前記液体の伝導率を、前記対象物の伝導率に近づけるよう調整する伝導率調整ステップをさらに含む、寄生虫殺虫方法である。
【0021】
本発明の第8の観点は、第7の観点の寄生虫殺虫方法であって、前記伝導率が、0.05mS/cmから100mS/cmの範囲内である、寄生虫殺虫方法である。
【0022】
本発明の第9の観点は、第1から第8の観点のいずれかの寄生虫殺虫方法であって、前記寄生虫がアニサキスである、記載の寄生虫殺虫方法である。
【0023】
本発明の第10の観点は、対象物中の寄生虫を死滅させる寄生虫殺虫システムであって、液体を保持する浸漬槽と、正極電極及び負極電極からなる一対の電極と、前記一対の電極の間にパルス大電流を発生させるパルス電源と、前記パルス電源を制御する電源制御部とを備える、寄生虫殺虫システムである。
【0024】
本発明の第11の観点は、第10の観点の寄生虫殺虫システムであって、前記浸漬槽内の前記液体を撹拌する撹拌装置と、前記撹拌装置を制御する撹拌制御部とをさらに備える。
【0025】
本発明の第12の観点は、第11の観点の寄生虫殺虫システムであって、前記撹拌装置は、前記浸漬槽の底に備えられて前記液体を噴出する噴出装置である。
【0026】
本発明の第13の観点は、第12の観点の寄生虫殺虫システムであって、前記噴出装置は、円周上又は楕円周上に配置された3箇所以上の噴出口を有し、前記噴出口は、鉛直方向に対して傾きのある上方に噴出する。
【0027】
本発明の第14の観点は、第10から第13のいずれかの観点の寄生虫殺虫システムであって、前記浸漬槽の外部から前記一対の電極の間に前記対象物を移動させて、前記対象物を前記浸漬槽の外部に移動させる移動機構と、前記移動機構を制御する移動制御部とをさらに備える。
【0028】
本発明の第15の観点は、第10から第14のいずれかの観点の寄生虫殺虫システムであって、前記正極を前記浸漬槽の中の前記液体の内部であって前記負極の上部に保持する正極保持部をさらに備える。
【発明の効果】
【0029】
本発明の各観点によれば、パルスの印加により瞬間的に処理されるため、対象物の温度変化を抑えることができ、対象物の品質の劣化を抑えつつ、1分ほどで、寄生虫を殺虫することが可能になる。また、人手による作業を要する従来の目視除去方法に比べ、本発明によれば大量処理が可能になる。さらに、パルス大電流はほぼ均一に伝播するため、対象物の表面だけでなく内部にいる寄生虫も死滅させることが可能になる。
【0030】
本発明の第2の観点によれば、より効果的に寄生虫を死滅させることが可能になる。
【0031】
本発明の第3又は第11の観点によれば、対象物が積層した個所にパルス大電流が偏ることなく、より均一にパルス大電流を対象物に印加することが可能となる。そのため、大量の対象物に対して本発明にかかる寄生虫殺虫方法を適用可能となる。
【0032】
また、鱗や皮のある原魚の場合は、寄生虫が守られる形となり、殺虫するパルス大電流の印加回数が増加する。しかも、鱗や皮があるために、熱がこもって温度が上昇する傾向にある。これは、対象物の鮮度を落とすことに直結してしまう。しかし、液体を撹拌することにより、対象物の温度上昇を抑えて、品質の劣化を抑制することが可能となる。
【0033】
さらに、本発明の第4又は第12の観点によれば、電極間における温度上昇を抑制することが容易となる。
【0034】
さらに、本発明の第5又は第13の観点によれば、対象物が大量にあったとしても対象物を電極間で回流させることにより、対象物が電極間から外れることなく、時間をかけて均一にパルス大電流を流すことが容易となる。
【0035】
さらに、本発明の第6又は第14の観点によれば、対象物が大量にあったとしても連続的に対象物にパルス大電流を流すことが容易となる。投入から殺虫処理、回収までを流れ作業的に行うことができる。流れ作業になったことにより、バッチ処理に比べて処理速度を6割程度向上させることができる。
【0036】
さらに、本発明の第7又は第8の観点によれば、より効果的に対象物にパルス大電流を流して効果的に殺虫することが容易となる。
【0037】
本発明者らは、一対の電極の内、正電極の側に脂が付着しやすいことを発見した。本発明の第15の観点によれば、正極が負極よりも上部にあり、逆の配置の場合よりも正極の脂を定期的に除去するメンテナンスを効率よく行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【
図1】本実施例の寄生虫殺虫システムの(a)概略図及び(b)写真である。
【
図2】本実施例の寄生虫殺虫方法による処理前後の寄生虫の写真である。
【
図3】本実施例の寄生虫殺虫システム1の具体的構成の一例を示す図である。
【
図4】寄生虫殺虫方法における(a)バッチ処理、及び、(b)フロー処理の一例を示す図である。
【
図5】厚生労働省統計によるアニサキス食中毒報告件数を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0039】
以下、図面を参照して、本発明の寄生虫殺虫システム及び寄生虫殺虫方法の実施例について述べる。
【実施例1】
【0040】
図1は、本実施例の寄生虫殺虫システム1(本願請求項記載の「寄生虫殺虫システム」の一例)の(a)概略図及び(b)写真である。寄生虫殺虫システム1は、浸漬槽3(本願請求項記載の「浸漬槽」の一例)と、2枚の平板電極である正極電極7a(本願請求項記載の「正極電極」の一例)及び負極電極7b(本願請求項記載の「負極電極」の一例)からなる平行平板電極7(本願請求項記載の「一対の電極」の一例)と、平行平板電極7に接続するパルス電源9(本願請求項記載の「パルス電源」の一例)とを備える。
【0041】
続いて、寄生虫殺虫システム1を用いた本実施例の寄生虫殺虫方法の工程について説明する。まず、浸漬槽を浸漬液11で満たし、平行平板電極7の間に対象物13を浸漬させる(本願請求項記載の「浸漬ステップ」の一例)。そして、平行平板電極7の間にパルス大電流を複数回発生させる(本願請求項記載の「パルス大電流発生ステップ」の一例)。これにより、電極間にパルス大電流が発生する。なお、浸漬液は事前に、所定の伝導率範囲内に調整しておく(本願請求項記載の「伝導率調整ステップ」の一例)。
【0042】
パルスパワーとは、200V(もしくは100V)の電源から電気エネルギーを一旦コンデンサやインダクタ等へ蓄積し、これをマイクロ~ナノ秒レベルで取り出すことで得られる瞬間的超巨大電力のことである。
【0043】
パルスの印加は瞬間的な処理であるため、本実施例の寄生虫殺虫方法の全工程にかかる時間は1分ほどである。よって、加工工場においては、1時間当たり、魚フィーレ330kgの大量処理が可能になる見込みである。
【0044】
図2は、本実施例の寄生虫殺虫方法による処理前後の寄生虫の写真であり、(a)が処理前、(b)処理後である。本実施例では、対象物として、アニサキスが寄生しているアジフィーレを用いた。フィーレは、魚を三枚におろしたときの片身である。(a)処理前は、アニサキスが透明であり生きているのに対し、(b)処理後は、白濁していて死滅していることが分かる。つまり、パルス大電流を発生させることにより、アニサキスを殺虫できることが明らかになった。
【0045】
また、アジフィーレに対してパルス大電流(40μS、20kA程度)を20回発生させることにより、アニサキスを100%殺虫可能であることが確認できた。
【0046】
図3は、本実施例の寄生虫殺虫システム1の具体的構成の一例を示す図である。
図3を参照して、寄生虫殺虫システム1は、
図1に示した構成に加えて、放電スイッチ15と、トリガー17と、第1抵抗19と、第1放電用コンデンサ21と、第2抵抗23と、第2放電用コンデンサ25と、第1コイル27と、第2コイル29と、第1ファン31と、第2ファン33と、撹拌装置35(本願請求項に記載の「撹拌装置」及び「噴出装置」の一例)と、図示されていない撹拌制御部(本願請求項に記載の「撹拌制御部」の一例)とを備える。
【0047】
放電スイッチ15の一方の極は、図示されていない高圧電源に接続されている。また、放電スイッチ15の他方の極は、負極電極7bに接続されている。さらに、放電スイッチは、トリガー17にも接続されている。また、高圧電源、第1抵抗19、第1放電用コンデンサ21、第1コイル27及び正極電極7aは、順に直列に接続されている。さらに、高圧電源、第2抵抗23、第2放電用コンデンサ25、第1コイル27及び正極電極7aは、順に直列に接続されている。第1抵抗19及び第1放電用コンデンサ21と、第2抵抗23及び第2放電用コンデンサ25とは、並列に接続されている。また、第2コイル29の一方の極は、第1コイル27と正極電極7aとの間に接続されている。第2コイル29の他方の極は、放電スイッチ15と負極電極7bとの間に接続されている。撹拌装置35は、負極電極7bの下に設置されている。
【0048】
図3に示す正極電極7a及び負極電極7bに接続されている等価回路及び高圧電源は、全体として本願請求項における「パルス電源」の一例である。図示されていない電源制御部が、高圧電源、放電スイッチ15及びトリガー17を制御して、一対の電極である正極電極7aと負極電極7bの間にパルス大電流を発生させる。第2コイル29は、充電用インダクタンスとして作用する。第1ファン31は、第1抵抗19及び第2抵抗23を冷却する。第2ファン33は、放電スイッチ15を冷却する。
【0049】
ここで、正極電極7a及び負極電極7bを含む電極間は、海水で満たされており、放電時の等価回路上は抵抗値R3の第3抵抗とみることができる。また、正極電極7aが上に設置され、負極電極7bが下に設置されている。これは、本発明者らが正極電極7aに脂等の汚れが付着しやすいことを見出したことによる。正極電極7aを上下に移動可能とする正極位置制御部をさらに備え、必要であれば寄生虫殺虫システム1が正極電極7aに付着した汚れの除去機構をさらに備える構成としてもよい。これにより、正極電極7aの汚れを除去し、高速かつ大量に寄生虫殺虫処理を行うことが容易となる。
【0050】
撹拌装置35は、下から上に向けて海水を噴出する。撹拌制御部は、撹拌装置35を制御して、一対の電極間の海水で満たされた空間に下から上への水流を発生させる。具体的には、撹拌装置35は、ポンプにて浸漬槽3の内部の海水を循環させている。パルス大電流発生中は、電極間のフィーレ処理空間の海水温度が上昇する。これは、フィーレの品質低下につながるため、望ましくない。このため、その温度上昇の提言を目的として、処理空間以外の温度が上昇していない空間の海水(バッファ海水)を処理空間に導入している。これにより、処理空間の海水温度の過度な上昇を抑制し、フィーレの温度上昇を抑制する。
【0051】
また、電極間の空間に下から上への水流を発生させる。負極電極7bは、撹拌装置35の水流を妨げないように、対応する箇所に穴が開いている。例えば、中心に1箇所、中心から等距離の円周上に等間隔で3箇所の穴が開いている。この水流は、真上に向かうものでもよいが、撹拌できない空間が存在することになりがちである。そのため、中心以外の穴は、上方向かつ中心方向へ傾けられており、処理空間全体を均一に撹拌することが容易となっている。
【実施例2】
【0052】
続いて、本実施例の寄生虫殺虫システム1は、浸漬槽3の外部から一対の電極の間に対象物を移動させて、対象物を浸漬槽3の外部に移動させる移動機構をさらに備える。
【0053】
図4は、本発明の寄生虫殺虫方法における(a)バッチ処理、及び、(b)フロー処理の一例を示す図である。
図4(a)に示すバッチ処理を行う場合、フィーレ群を用意して投入し、処理後に引き上げるためのデッドタイムが生じる。具体的には、処理時間は全体の60%程度となってしまう。
【0054】
また、バッチ処理を行う場合、撹拌しなければパルスパワーが特定の場所に集中してしまう。例えば、比較的フィーレ群が集まって高さが高くなった場所にパルスパワーが集中し、それ以外の場所の殺虫確度が低下する。そこで、フィーレ群全体を均等かつ確実に殺虫するために均一な撹拌が必須となる。また、殺虫確度を高めるためには、パルスパワーの印加回数を増やす必要があり、余分なエネルギーを必要とする。
【0055】
しかも、均一な撹拌ができない場合、偶然に重なり合った特定のフィーレが極端に加熱されることとなり、殺虫できたとしても商品価値が低下することとなってしまう。
【0056】
そこで、本実施例では、
図4(b)に示すように、寄生虫殺虫システム1が備える移動機構により、個別のフィーレに対して殺虫処理を行うフロー処理を可能とした。この移動機構は、フィーレを1枚ずつ浸漬槽の外部から電極間の処理空間に運搬し、浸漬槽の外部へと引き上げる。
【0057】
この場合、移動機構を継続的に稼動させることにより、常時殺虫処理を行うため、稼働率100%が可能となる。また、フィーレを一枚一枚処理するため、フィーレが重なることがなくなる。その結果、撹拌が不要となる。しかも、フィーレが極端に加熱されることもないため、商品価値を下げずに確実な殺虫処理を行うことが可能となる。
【0058】
本発明の寄生虫殺虫方法によれば、アジフィーレに寄生しているアニサキスを殺虫可能である。また、本発明の寄生虫殺虫システム及び寄生虫殺虫方法によれば、対象物の冷凍を要する冷凍殺虫方法に比べて対象物の温度変化が少ないため、品質の劣化を抑えることができる。さらに、本発明の寄生虫殺虫方法は、人手による作業が少ないため、大量処理が可能になる。また、パルス大電流はほぼ均一に伝播するため、フィーレが厚くても殺虫効果が低下することはない。つまり、対象物の表面だけでなく、内部にいる寄生虫にも殺虫効果を発揮する。
【0059】
なお、浸漬液の伝導率は、対象物と同程度にすると良く、0.05mS/cmから100mS/cmであることが好ましい。本実施例では、浸漬槽を満たす液体として、アジフィーレと同じ伝導率になる様に3倍に希釈した海水を用いた。なお、海水の伝導率は約50mS/cmであり、水道水の伝導率は約0.1mS/cmである。
【0060】
また、平行平板電極は、全体が浸漬液中にあってもよいし、一部が浸漬液中にあってもよい。
【0061】
さらに、対象物を電極間に設置したカゴに入れてパルス電圧を印加してもよい。この場合、回流を発生させずとも対象物が電極間から外れるおそれが低下する。そのため、寄生虫殺虫システムは、単純に下から上への噴出装置を電極間の空間の下に備えるものであってもよい。
【0062】
さらに、撹拌装置が発生させる水流は、対象物を一対の電極間の空間において分散させることができれば、水流の勢い、穴の数又は位置を問わない。
【符号の説明】
【0063】
1 寄生虫殺虫装置、3 浸漬槽、7 平行平板電極、7a 正極電極、7b 負極電極、9 パルス電源、11 浸漬液、13 対象物、15 放電スイッチ、17 トリガー、19 第1抵抗、21 第1放電用コンデンサ、23 第2抵抗、25 第2放電用コンデンサ、27 第1コイル、29 第2コイル、35 撹拌装置