(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-30
(45)【発行日】2023-12-08
(54)【発明の名称】トマト病原性真菌の検出装置およびそれを用いた検出方法
(51)【国際特許分類】
C12M 1/34 20060101AFI20231201BHJP
C12Q 1/04 20060101ALI20231201BHJP
C12N 1/00 20060101ALN20231201BHJP
【FI】
C12M1/34 B
C12Q1/04
C12N1/00 B
(21)【出願番号】P 2020521072
(86)(22)【出願日】2019-04-05
(86)【国際出願番号】 JP2019015049
(87)【国際公開番号】W WO2019225171
(87)【国際公開日】2019-11-28
【審査請求日】2022-03-15
(31)【優先権主張番号】P 2018098830
(32)【優先日】2018-05-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】314012076
【氏名又は名称】パナソニックIPマネジメント株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100162765
【氏名又は名称】宇佐美 綾
(72)【発明者】
【氏名】石堂 太郎
(72)【発明者】
【氏名】狩集 慶文
【審査官】伊達 利奈
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-029132(JP,A)
【文献】国際公開第2018/011835(WO,A1)
【文献】Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry, 1994, Vol.58, No.4, pp.616-620
【文献】Microbial Cell Factories, 2015, Vol.14:63, pp.1-15
【文献】日本農芸化学会誌, 1966, Vol.40, No.4, pp.209-212
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00
C12Q 1/00
C12N 1/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
人工細胞壁と、前記人工細胞壁の上部に設けられた試験試料液投入部と、前記人工細胞壁の下部に設けられた培養液貯留部とを有し、
試験試料液が前記試験試料液投入部に配置され、
前記試験試料液投入部において、前記試験試料液が50~70mMのクエン酸塩緩衝液を含むこと、前記試験試料液のpHが5~5.5であること、及び、前記試験試料液の電気伝導度が7~15mS/cmであること、並びに、
検出対象とするトマト病原性真菌が、トマト灰色カビ病菌(Botrytis cinerea)、トマトすすカビ病菌(Pseudocercospora fuligena)、トマト葉カビ病菌(Passalora fulva)から選択される少なくとも一つであることを特徴とする、トマト病原性真菌の検出装置。
【請求項2】
前記人工細胞壁が、孔径2~7μmの貫通孔を有し、かつ厚み5~150μmの基板と、当該基板の片面に設けられた厚み0.5~2μmのセルロース膜とを少なくとも備える、請求項1に記載のトマト病原性真菌の検出装置。
【請求項3】
前記
クエン酸塩緩衝液におけるクエン酸塩が、クエン酸ナトリウムおよびクエン酸カリウムから選択される少なくとも一つである、請求項1または2に記載のトマト病原性真菌の検出装置。
【請求項4】
トマト非病原性真菌である、
ビスコグニオークシア(Biscogniauxia
)属真菌、
ペニシリアム(Penicillium
)属真菌、
フォーマ(Phoma
)属真菌、および
トリコデルマ(Trichoderma
)属真菌を検出しない、請求項1~3のいずれかに記載のトマト病原性真菌の検出装置。
【請求項5】
前記トマト非病原性真菌が、
ビスコグニオークシア マーリティマ(Biscogniauxia maritima
)、
ペニシリアム オルソニ(Penicillium olsonii
)、
フォーマ マルティーロストラッタ(Phoma multirostrata
)または
トリコデルマ アスパーレラム(Trichoderma asperellum
)である、請求項4に記載のトマト病原性真菌の検出装置。
【請求項6】
請求項1~5のいずれかに記載の検出装置を用いて、トマト病原性真菌を選択的に検出することを含む、トマト病原性真菌の検出方法。
【請求項7】
検出対象とするトマト病原性真菌が、トマト灰色カビ病菌(Botrytis cinerea)、トマトすすカビ病菌(Pseudocercospora fuligena)、トマト葉カビ病菌(Passalora fulva)から選択される少なくとも一つであって、
人工細胞壁と、前記人工細胞壁の上部に設けられた試験試料液投入部と、前記人工細胞壁の下部に設けられた培養液貯留部とを有する検出装置を用い、
50~70mMのクエン酸塩緩衝液を含むこと、pHが5~5.5であること、及び、電気伝導度が7~15mS/cmであることを特徴とする試験試料液を、前記試験試料液投入部に投入するステップを含む、
トマト病原性真菌の検出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トマト病原性真菌の検出装置およびそれを用いた選択的検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
植物病原性真菌については、植物侵入性に係る性質として、植物表面に付着器を形成して付着後、気孔組織等細孔を探してそこから菌糸を植物体中に伸ばす、あるいは菌糸から植物細胞壁分解酵素(セルラーゼ、ペクチナーゼ)を分泌するなどの特徴がある。
【0003】
これらを利用して、例えば、特許文献1では、微多孔膜支持体を用いた真菌計量方法を開示している。また、非特許文献1では、植物病原性卵菌の1種であるPhytophthora sojaeの偽菌糸が、水平に成長するより下方向にあたかも潜ろうとすること、及び3μmの孔を有するPET(ポリエチレンテレフタレート)膜を貫通することを開示している。
【0004】
また、この性質に着目し、本発明者らは既に、植物病原性卵菌類の判定方法を提案している(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2005-287337号公報
【文献】特許第6167309号公報
【文献】国際公開第2018/011835号
【非特許文献】
【0006】
【文献】Paul F. Morris.et.al.“Chemotropic and Contact Responses of Phytophthora sojae Hyphae to Soybean Isoflavonoids and Artificial Substrates”,Plant Physiol.(1998)117:1171-1178
【文献】Noboru Shirane et al., ”Mineal Salt Medium for the Growth of Botrytis cinerea in vitro”, Ann. Phytopath. Soc. Japan 53: 191-197 (1987)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の対象植物であるトマトでは、真菌による病害の比率が高く、その原因となる病原性真菌は、トマト灰色カビ病菌(Botrytis cinerea)、トマトすすカビ病菌(Pseudocercospora fuligena)、トマト葉カビ病菌(Passalora fulva )の3種で大半を占めると言われている。これら病原性真菌について、灰色カビ病菌(Botrytis cinerea)は多犯性で他の植物でも感染するが、すすカビ病菌(Pseudocercospora fuligena)、及び葉カビ病菌(Passalora fulva)は、トマトのみの感染例しかなく、植物特異性が高い病原性真菌である。本発明らは、これらトマトに特異的ともいえる病原性真菌について、実際のトマトの葉にどのような菌が居るか不明である段階、すなわち、発症前段階においてトマト病原性真菌を検知することが必要と考え検討を行った。
【0008】
一方、特許文献2に記載されているような本発明者らの使用する選択的真菌検出の基本技術である人工細胞壁を用いた病原性真菌の選別技術は、植物病原菌ならばトマト病原性真菌に限らず検出する可能性がある。つまり、仮に他の植物の病原性真菌がトマトの葉に付着していると、これをトマト病原性真菌として検出してしまう恐れがある。トマト栽培は種ではなく苗からの栽培が大半で、苗圃場では、他の植物との混栽や、同じ施設におけ
る複数の植物での使いまわしなどで、トマト病原性真菌以外の植物病原性真菌のトマト苗への付着可能性は否定できない。また、実際の栽培現場、ビニールハウス等の栽培施設においても、前記の苗圃場と同じく、トマト以外の植物の病原性真菌のトマト苗への付着可能性がある。これを放置すると、トマト病原性真菌以外の植物病原性真菌が、人工細胞壁を用いた病原性真菌の選別技術において擬陽性を提示するおそれがあり、無用の投薬、苗更新など栽培に多大な不都合が生じる場合がある。
【0009】
この擬陽性発生可能性について、研究・調査を行ったところ、実際に、トマト病原性真菌以外の真菌で、検討途上の人工細胞壁を用いた検出方法において、擬陽性を提示する真菌に遭遇した。それは、Biscogniauxia属真菌、Penicillium属真菌、Phoma属真菌、Trichoderma属真菌の4種類であり、これらを検知しないための検討が必要になった。
【0010】
本発明は、このような実情に鑑みてなされたものであり、その目的は、トマト病原性真菌の選択的検出装置および検出方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者等は、鋭意検討した結果、下記構成の検出装置によって上記課題を解消し得ることを見出し、かかる知見に基づいて更に検討を重ねることによって本発明を完成した。
【0012】
すなわち、本発明の一つの局面に関するトマト病原性真菌の検出装置は、人工細胞壁と、前記人工細胞壁の上部に設けられた試験試料液投入部と、前記人工細胞壁の下部に設けられた培養液貯留部とを有し、前記試験試料液投入部において、試験試料液が50~70mMのクエン酸塩緩衝液を含むこと、及び、前記試験試料液のpHが5~5.5であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、簡易かつ安全に、トマト病原性真菌を選択的に検出できる装置および方法を提供することができる。本発明によって、トマト病原性真菌による発症前段階で菌の存在を検知することができ、その際には、トマト以外の植物病原菌による擬陽性の提示を回避できるため、産業利用上非常に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、本実施形態の検出装置の一例を示す概略断面図である。
【
図2】
図2は、本実施形態の検出装置が備える人工細胞壁の一例を示す概略断面図である。
【
図3】
図3は、本実施形態の検出装置の一例を示す概略断面図である。
【
図4】
図4は、実施例1においてトマト灰色カビ病菌(Botrytis cinerea)が人工細胞壁を貫通した様子を示す人工細胞壁裏面の顕微鏡写真である。
【
図5】
図5は、比較例1の結果を示すグラフである。
【
図6】
図6は、実施例1の結果を示すグラフである。
【
図7】
図7は、比較例2の結果を示すグラフである。
【
図8】
図8は、比較例3の結果を示すグラフである。
【
図9】
図9は、比較例4の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明に係る実施形態について具体的に説明するが、本発明は、これらに限定されるものではない。
【0016】
本実施形態に係る、トマト病原性真菌を検出する装置1は、
図1に示すように、人工細胞壁2と、前記人工細胞壁2の上部に設けられた試験試料液投入部3と、前記人工細胞壁2の下部に設けられた培養液貯留部4とを有し、前記試験試料液投入部3において、試験試料液5が50~70mMのクエン酸塩緩衝液を含むこと、及び、前記試験試料液5のpHが5~5.5であることを特徴とする。
【0017】
試験試料液投入部3は試験試料液5を投入するための容器であるが、当該容器は上端にフランジを具備していることが望ましい。そして、試験試料液投入部3の底面は、人工細胞壁2で形成されている。
【0018】
人工細胞壁2は、
図2に示すように、貫通孔22を有する基板21と、前記基板21の片面に設けられたセルロース膜23とを少なくとも備えていることが好ましい。このような人工細胞壁を使用することによって、標的とするトマト病原性真菌を選択的に検出することがより容易になる。
【0019】
前記貫通孔22は、基板21の表側の面から裏側の面まで貫通しており、当該貫通孔の孔径は2~7μm(断面積4.5~38.5μm2)であることが好ましい。孔径が前記範囲であることによって、標的の病原性真菌をより確実に選択的に検出することができる。
【0020】
また、標的の病原性真菌をより確実に選択的に検出するためには、セルロース膜23の厚みも調整することが好ましい。具体的には、セルロース膜23の厚みは、0.5~2μmであることが好ましい。
【0021】
本実施形態の人工細胞壁2において、基板21の貫通孔22の孔径およびセルロース膜23の膜厚を上記範囲のように調整することによって、トマト非病原性真菌は、セルロース膜23を貫通しないものが多いため、トマト非病原性真菌の一部をこの段階で排除することができると考えられる。一方、本実施形態で標的とするトマト病原性真菌は選択的に基板の裏面に現れる。
【0022】
また、前記基板21の厚みは特に限定されないが、一例として5~150μm程度であることが好ましい。
【0023】
図1に示されるように、試験試料液投入部3の内部に、試験試料液5が供給される。このようにして、試験試料液5がトマト病原性真菌を含有している場合、基板21の表側の面上にトマト病原性真菌が存在することになる。
【0024】
本実施形態において、試験試料液5は、主にトマトの葉に付着した真菌を含む液(菌回収液)であり、標的の病原性真菌を含んでいる可能性のある液体であれば特に限定はされない。例えば、トマトの葉を洗浄するために使用した後の液体やトマトの葉を浸漬した液体である。
【0025】
本実施形態では、この試験試料液5のpHが5~5.5であり、かつ、試験試料液5が50~70mMのクエン酸塩緩衝液を含んでいることが重要である。このような構成により、病原性真菌の検出において擬陽性を示す妨害菌(トマト非病原性真菌)を排除することができ、標的のトマト病原性真菌を選択的に検出することが可能となる。
【0026】
前記試験試料液5のpHが5未満であったり、5.5を超えたりすると、トマト病原性真菌の検出を妨害するトマト非病原性真菌を全て排除することができないおそれがある。また、前記試験試料液に含まれるクエン酸塩緩衝液の濃度が50mM未満となると、トマト病原性真菌の検出を妨害するトマト非病原性真菌を全て排除することができないおそれがある。一方で、前記クエン酸塩緩衝液の濃度が70mMを超えると、標的とするマト病原性真菌の一部までも排除してしまうおそれがある。
【0027】
前記クエン酸塩は、特に限定はされないが、クエン酸一価塩であることが好ましく、より具体的には、クエン酸ナトリウムおよびクエン酸カリウムなどであることが好ましい。
【0028】
さらに、前記試験試料液5において、EC(電気伝導度)は、通常、7~15mS/cm程度であることが好ましい。
【0029】
本実施形態の検出装置が標的とするトマト病原性真菌は、トマト灰色カビ病菌(Botrytis cinerea)、トマトすすカビ病菌(Pseudocercospora fuligena)、トマト葉カビ病菌(Passalora fulva)から選択される少なくとも一つであることが好ましい。
【0030】
また、本実施形態の検出装置は、トマト葉に存在する場合があるが、トマト非病原性真菌である真菌、例えば、Biscogniauxia属真菌、Penicillium属真菌、Phoma属真菌、およびTrichoderma属真菌を検出しないことが好ましい。より具体的には、前記トマト非病原性真菌は、Biscogniauxia maritima、Penicillium olsonii、Phoma multirostrataまたはTrichoderma asperellumである。
【0031】
なお、本明細書において、用語「トマト病原性」とは、トマトに対して病原性を有していることを意味する。用語「トマト非病原性」とは、トマトに対して病原性を有していないことを意味する。真菌が病原性を有しているとしても、トマトに対して病原性を有していないのであれば、その真菌は「トマト非病原性」である。言い換えれば、真菌がトマトに対して悪影響を与えないのであれば、その真菌は「トマト非病原性」である。用語「トマト非病原性」に含まれる接頭語「非」は、「トマト」を修飾せず、接頭語「非」は「病原性」を修飾する。
【0032】
本実施形態の検出装置において、前記人工細胞壁2の下部に設けられた培養液貯留部4には、培養液が入れられている。培養液としては、真菌が培養できる培養液であれば特に限定はされず、一般的な培地や培養液を使用できる。例えば、一般的な真菌培養用培地であるポテトデキストロース培地、サブローデキストロース培地等が使用可能である。なお、真菌の培養を加速するために、培養液貯留部4だけでなく、前記試験試料液5にも培養液を添加してもよい。
【0033】
本実施形態の検出装置では、一定の培養期間を経た後、前記人工細胞壁2のセルロース膜23の裏面に、トマト病原性真菌が現れているかどうかを観察することによって、試料中におけるトマト病原性真菌の存否を検出する。観察の手段は特に限定はされないが、例えば、
図3に示すように、顕微鏡6を人工細胞壁2の下部に配置して、当該顕微鏡6によって光学的に観察することができる。
【0034】
真菌の培養期間は特に限定はされないが、72時間以上であることが好ましい。また、培養温度については、20~28℃程度とすることが好ましい。
【0035】
さらに、本発明には、上述したような検出装置を用いて、トマト病原性真菌を選択的に検出することを含む、トマト病原性真菌の検出方法が包含される。
【0036】
本実施形態のトマト病原性真菌の検出方法は、上述した検出装置を用いる限り、その他の工程については特に限定はされないが、例えば、前記検出装置の試験試料液投入部3に試験試料液を投入する工程、試験試料液を検出装置内で静置する工程(培養する工程)、静置後、前記検出装置の人工細胞壁2(セルロース膜23)の裏面を観察する工程、および、前記セルロース膜23の裏面に真菌が観察された場合、前記試験試料液はトマト病原性真菌を含んでいると判定する工程を含む。
【0037】
本明細書は、上述したように様々な態様の技術を開示しているが、そのうち主な技術を以下に纏める。
【0038】
本発明の一つの局面に係るトマト病原性真菌の検出装置は、人工細胞壁と、前記人工細胞壁の上部に設けられた試験試料液投入部と、前記人工細胞壁の下部に設けられた培養液貯留部とを有し、前記試験試料液投入部において、試験試料液が50~70mMのクエン酸塩緩衝液を含むこと、及び、前記試験試料液のpHが5~5.5であることを特徴とする。
【0039】
このような構成により、簡易かつ安全に、トマト病原性真菌を選択的に検出できる装置および方法を提供することができる。
【0040】
さらに、前記検出装置において、前記人工細胞壁が、孔径2~7μmの貫通孔を有し、かつ厚み5~150μmの基板と、当該基板の片面に設けられた厚み0.5~2μmのセルロース膜とを少なくとも備えることが好ましい。これにより、上述した効果をより確実に得ることができると考えられる。
【0041】
また、前記検出装置において、前記クエン酸塩が、クエン酸ナトリウムおよびクエン酸カリウムから選択される少なくとも一つであることが好ましい。これにより、上述した効果をより確実に得ることができると考えられる。
【0042】
さらに、前記検出装置において、検出対象とするトマト病原性真菌が、トマト灰色カビ病菌(Botrytis cinerea)、トマトすすカビ病菌(Pseudocercospora fuligena)、トマト葉カビ病菌(Passalora fulva)から選択される少なくとも一つであることが好ましい。そのような場合に、上述した効果をより発揮できると考えられる。
【0043】
また、前記検出装置が、トマト葉に存在する場合があるが、トマト非病原性真菌である、Biscogniauxia属真菌、Penicillium属真菌、Phoma属真菌、およびTrichoderma属真菌を検出しないことが好ましい。そのような場合に、上述した効果をより発揮できると考えられる。
【0044】
前記トマト非病原性真菌が、Biscogniauxia maritima、Penicillium olsonii、Phoma multirostrataまたはTrichoderma asperellumであることがより好ましい。
【0045】
本発明のさらなる局面に係るトマト病原性真菌の検出方法は、上記検出装置を用いて、トマト病原性真菌を選択的に検出することを含むことを特徴とする。
【0046】
以下に、実施例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明の範囲はこれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0047】
[真菌類の調製]
(Botrytis cinereaの培養)
トマト病原菌の一つで、トマト灰色カビ病の病原性真菌であるBotrytis cinereaが、ポテトデキストロース寒天培地(DifcoTM Potato Dextrose Agar)に接種された。次いで、培地は摂氏25度の温度下で1週間静置された。Botrytis cinereaは岐阜大学応用生物科学部に所属する清水准教授より与えられた。その後、十分に菌糸が生育したBotrytis cinerea培養ポテトデキストロース寒天培地をブラックライト照射下に4日間以上放置後、室温環境に2週間以上放置し、胞子形成を促した。前記処理を行ったBotrytis cinerea培養ポテトデキストロース寒天培地に滅菌純水を数ml滴下し、白金耳、筆等で菌糸表面を擦り、破砕菌糸・胞子混合懸濁液を得た。
【0048】
(Pseudocercospora fuligenaの培養)
トマト病原菌の一つで、トマトすすカビ病の病原性真菌であるPseudocercospora fuligenaが、ポテトデキストロース寒天培地に接種された。次いで、培地は摂氏28度の温度下で1週間静置された。Pseudocercospora fuligenaは国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構 遺伝資源センターより分譲を受けた(MAFF No.306728)。その後、Pseudocercospora fuligena菌糸は、ポテトデキストロース寒天培地からゴボウ粉末寒天培地に移植され、さらに、1~2週間、摂氏28度の温度下で静置され、再度菌糸が十分生育した後、菌糸表面を白金耳、筆等で擦るなどの機械的ストレスを与え、その後、ブラックライト照射下に4日間以上放置後、室温環境に2週間以上放置し、再度胞子形成を促した。前記処理を行ったPseudocercospora fuligena培養ゴボウ粉末寒天培地に滅菌純水を数ml滴下し、白金耳、筆等で菌糸表面を擦り、破砕菌糸・胞子混合懸濁液を得た。
【0049】
(Passalora fulvaの培養)
トマト病原菌の一つで、トマト葉カビ病の病原性真菌であるPassalora fulvaが、ポテトデキストロース寒天培地に接種された。次いで、培地は摂氏23度の温度下で1~2週間静置された。Passalora fulvaは国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構 遺伝資源センターより分譲を受けた(MAFF No.726744)。その後、十分に菌糸が生育したPassalora fulva培養ポテトデキストロース寒天培地に滅菌純水を数ml滴下し、白金耳、筆等で菌糸表面を擦り、破砕菌糸・胞子混合懸濁液を得た。
【0050】
(Biscogniauxia maritima、Penicillium olsonii、Phoma multirostrata、及びTrichoderma asperellumの培養)
トマト病原菌ではないが、トマト葉に存在した、Biscogniauxia maritima、Penicillium olsonii、 Phoma multirostrata及びTrichoderma asperellumを、トマト葉から採取し、分離後、ポテトデキストロース寒天培地に接種した。分離源のトマトは複数の場所から採取した。分離方法は、清澄な樹脂容器または樹脂袋中に採取したトマト葉数枚を0.1%の界面活性剤Tween80(SIGMA-ALDRICH)を含む生理食塩水からなる菌回収液とともに投入し、1分間攪拌して葉に付着した菌を菌回収液へ移し、この菌回収液を希釈して、ストレプトマイシン硫酸塩(Wako)100mg/Lを含むポテトデキストロース寒天培地に、平板寒天塗抹法で塗布後、摂氏25度で数日培養して出現した真菌コロニーから分離した。同定は、(一般財団法人)日本食品分析センター多摩研究所に依頼した。前記の単離後ポテトデキストロース寒天培地に接種されたBiscogniauxia maritima、Penicillium olsonii、Phoma multirostrata及びTrichoderma asperellumは、摂氏25度の温度下で1週間静置された。その後、十分に菌糸が生育した、あるいは胞子形成が十分になされた、これら4菌種培養ポテトデキストロース寒天培地に滅菌純水を数ml滴下し、白金耳、筆等で菌糸表面を擦り、破砕菌糸・胞子混合懸濁液を得た。
【0051】
[人工細胞壁の調製]
検出装置における人工細胞壁は次のように用意された。
【0052】
まず、セルロース(SIGMA-ALDRICH、商品名:Avicel PH-101)がイオン液体に溶解され、1%の濃度を有するセルロース溶液が調製された。イオン液体は、1-Butyl-3-methyl imidazolium chloride(SIGMA-ALDRICH製)であった。該セルロース溶液は、摂氏60度に加温され、次に、セルロース溶液が、底面にポリエチレンテレフタラートフィルムを有する容器(Millipore、商品名:Millicell PISP 12R 48)の裏面にスピンコート法により30秒間、2000rpmの回転速度で塗布された。前記ポリエチレンテレフタラートフィルムは、
図2の人工細胞壁における基板21として機能し、3μmの直径を有する複数の貫通孔をランダムに有していた。このようにして、ポリエチレンテレフタラートフィルムの裏側の面に、0.5マイクロメートルの厚みを有するセルロース膜が形成された。
【0053】
この底面のポリエチレンテレフタラートフィルム裏面にセルロース膜が形成された容器は、エタノール中で12時間、室温で静置された。このようにして、1-Butyl-3-methyl imidazolium chlorideは、エタノールに置換・除去された後、最後に真空デシケーター内で乾燥された。このようにして、本実施例・比較例で供試する人工細胞壁が得られた。
【0054】
[トマト病原性真菌の検出装置の調製]
前記の人工細胞壁とした、底面のポリエチレンテレフタラートフィルム(基板)裏面にセルロース膜が形成された容器を培地容器(培養液貯留部)に重ね、トマト病原性真菌の検出装置とした。培地容器は24ウェル平底培養プレート(Corning Incorporated、商品名:24 Well Cell Cluture Cluster Flat Bottom)であり、培地容器と人工細胞壁形成容器の間に、液体の培地(培養液)600μLが、人工細胞壁形成容器の裏面が接するように充填された。該液体の培地は、希薄ポテトデキストロース液体培地(DifcoTM Potato Dextrose Broth 2.4g/L 水溶液)であった。
【0055】
[実施例1]
前記人工細胞壁形成容器の内部に、200個の、Botrytis cinerea、Pseudocercospora fuligena、Passalora fulva、Biscogniauxia maritima、Penicillium olsonii、 Phoma multirostrata及びTrichoderma asperellumの菌糸片と胞子を含む、破砕菌糸・胞子混合懸濁液を別々に添加し、実施例においてはクエン酸ナトリウム緩衝液を、上記で得られた破砕菌糸・胞子混合懸濁液との合計体積が200μLになるよう添加し、試験試料液を得た。前記試験試料液におけるクエン酸ナトリウム緩衝液濃度は、破砕菌糸・胞子混合懸濁液と合わせて200μLにしたとき、60mMになるよう調製して添加した。添加後の人工細胞壁形成容器の内部のクエン酸ナトリウム緩衝液は、pH5.5、EC13mS/cmであった。
【0056】
そして、前記の7種の真菌が添加された試験試料液を、上記で調製した検出装置に配置し、当該検出装置を、摂氏25度の温度で静置し、24時間間隔で観察を行った。24時間ごとに、前記人工細胞壁を貫通して、その裏面に観察される菌糸の数が、光学顕微鏡を介した目視により数えられた。光学顕微鏡での観察写真の一例(トマト灰色カビ病菌(Botrytis cinerea))を
図4に示す。
【0057】
[比較例1]
クエン酸ナトリウム緩衝液と代わりに滅菌精製水を用いた以外は、実施例1と同様にして試験を行った。
【0058】
[考察]
比較例1の結果を
図5に、実施例1の結果を
図6にそれぞれ示す。
【0059】
図5において、トマト葉に存在する場合があるが、検知から排除すべきトマト非病原性真菌である、Biscogniauxia maritima、Penicillium olsonii、 Phoma multirostrata、Trichoderma asperellumの4種は、検知すべきトマト病原性真菌のPseudocercospora fuligena、Passalora fulvaより早く人工細胞壁貫通菌糸が観察され、本比較例ではトマト病原性真菌の選択的検出ができなかった。
【0060】
これに対し、実施例結果である
図6においては、72h時点で、トマト病原性真菌であるBotrytis cinerea、Pseudocercospora fuligena、及びPassalora fulva は、トマト葉に存在する場合があるが、検知から排除すべきトマト非病原性真菌、Biscogniauxia maritima、Penicillium olsonii、 Phoma multirostrata、及びTrichoderma asperellumの4種より早く人工細胞壁貫通菌糸が観察され、実施例1ではトマト病原性真菌の選択的検出が可能となっていることが確かめられた。
【0061】
[比較例2]
検出装置の培地にも、試験試料液と同濃度(60mM)のクエン酸ナトリウム緩衝液を投入し、かつ、培養液のpHも5.5となるように調製した以外は、実施例1と同じように試験を行った。結果を
図7に示す。
【0062】
図7から明らかなように、比較例2では、どの真菌も人工細胞壁を貫通せず、生育もしなかった。
【0063】
[比較例3]
試験試料液のpHを4.5に変更した以外は、実施例1と同じように試験を行った。比較例3における培養72時間後の侵入菌糸数の結果を
図8に示す。
【0064】
図8から明らかなように、比較例3では、妨害菌(トマト非病原性真菌)の一部が人工細胞壁を貫通してしまい、すべての妨害菌を排除することができなかった。
【0065】
[比較例4]
試験試料液のpHを6に変更した以外は、実施例1と同じように試験を行った。比較例4における培養72時間後の侵入菌糸数の結果を
図9に示す。
【0066】
図9から明らかなように、比較例4においても、妨害菌(トマト非病原性真菌)の一部が人工細胞壁を貫通してしまい、すべての妨害菌を排除することができなかった。
【0067】
以上の比較例3および4の結果より、試験試料液のpHは、トマト病原性真菌の選択的
検出のために重要な要素の一つであることが示された。
【0068】
[比較例5]
試験試料液のpHを5とし、試験試料液中のクエン酸ナトリウム緩衝液濃度を100mMとした以外は、実施例1と同じように試験を行った。比較例5における培養72時間後の侵入菌糸数の結果を
図10に示す。
【0069】
図10の結果から、比較例4においては、妨害菌(トマト非病原性真菌)だけでなく、標的であるトマト病原性真菌も一部排除してしまうことがわかった。
【0070】
[比較例6]
試験試料液のpHを5とし、試験試料液中のクエン酸ナトリウム緩衝液濃度を40mMとした以外は、実施例1と同じように試験を行った。比較例6における培養72時間後の侵入菌糸数の結果を
図11に示す。
【0071】
図11から明らかなように、比較例6では、妨害菌(トマト非病原性真菌)の一部が人工細胞壁を貫通してしまい、すべての妨害菌を排除することができなかった。
【0072】
以上の比較例5および6の結果より、試験試料液におけるクエン酸ナトリウム緩衝液濃度が、トマト病原性真菌の選択的検出のために重要な要素の一つであることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本開示のトマト病原性真菌の検出装置は、擬陽性を示すトマト非病原性真菌を排除して標的のトマト病原性真菌を選択的に検出することができる。このため、本開示の検出装置は、トマトに悪影響を及ぼすトマト病原性真菌の排除や、その他、トマトに関わる農業等の技術分野において好適に利用できる。
【符号の説明】
【0074】
1 検出装置
2 人工細胞壁
3 試験試料液投入部
4 培養液貯留部
5 試験試料液
6 顕微鏡
21 基板
22 貫通孔
23 セルロース膜