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特許7394438太陽電池モジュールの防汚・防カビ処理方法及び防汚・防カビ性塗料
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-30
(45)【発行日】2023-12-08
(54)【発明の名称】太陽電池モジュールの防汚・防カビ処理方法及び防汚・防カビ性塗料
(51)【国際特許分類】
   H01L 31/048 20140101AFI20231201BHJP
   C09D 5/02 20060101ALI20231201BHJP
   C09D 5/16 20060101ALI20231201BHJP
   B05D 5/00 20060101ALI20231201BHJP
【FI】
H01L31/04 560
C09D5/02
C09D5/16
B05D5/00 H
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019167239
(22)【出願日】2019-09-13
(65)【公開番号】P2021044493
(43)【公開日】2021-03-18
【審査請求日】2022-06-20
(73)【特許権者】
【識別番号】505394862
【氏名又は名称】株式会社ファインテック
(74)【代理人】
【識別番号】100115440
【弁理士】
【氏名又は名称】中山 光子
(72)【発明者】
【氏名】市川 幸充
(72)【発明者】
【氏名】横山 泰啓
【審査官】原 俊文
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-208085(JP,A)
【文献】特開2013-209832(JP,A)
【文献】特開2018-144003(JP,A)
【文献】特開2016-108349(JP,A)
【文献】特開2010-254597(JP,A)
【文献】特開2017-061626(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2010/0024874(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第109830543(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 31/02-31/078
H01L 31/18-31/20
H02S 10/00-99/00
C09D 1/00-7/80
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
太陽電池モジュールの受光面側の表面ガラス板に下塗り剤を塗布する工程と、
下塗り塗膜上に、防汚性及び防カビ性を有し、かつ塗膜の可視光線透過率が90%以上である防汚・防カビ性塗料を塗布する工程と、を含み、
前記防汚・防カビ性塗料が、該塗料100質量部に対して、アクリルシリコーン系樹脂エマルジョンを15~35質量部(固形分換算)、フッ素系樹脂エマルジョンを0.05~5質量部(固形分換算)の範囲で含む水系エマルジョン塗料であり、
該塗料により形成される塗膜の膜厚が10~200μmである
ことを特徴とする太陽電池モジュールの防汚・防カビ処理方法。
【請求項2】
前記防汚・防カビ性塗料が、さらに保湿性ポリマー及び抗菌・防カビ剤を含む請求項に記載の太陽電池モジュールの防汚・防カビ処理方法。
【請求項3】
前記保湿性ポリマーが、カチオン性ポリマーである請求項に記載の太陽電池モジュールの防汚・防カビ処理方法。
【請求項4】
アクリルシリコーン系樹脂エマルジョンを塗料100質量部に対して15~35質量部(固形分換算)、フッ素系樹脂エマルジョンを塗料100質量部に対して0.05~5質量部(固形分換算)、保湿性ポリマー及び抗菌・防カビ剤を含む水系エマルジョン塗料であり、下塗り塗膜上に塗布する、太陽電池モジュールの受光面側のガラス表面用防汚・防カビ性塗料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、太陽電池モジュールの受光面側の表面ガラス板の防汚・防カビ処理方法及びそれに用いることができる防汚・防カビ性塗料に関する。
【背景技術】
【0002】
太陽電池モジュールの受光面側の最外層には保護部材としてガラス板が用いられることが多いが、太陽電池モジュールは屋外に設置されるものであり、設置後の時間の経過とともにガラス板の表面に埃や塵等が堆積してくる。その結果、太陽電池セルへの入射光量が低下して発電効率が低下するといった問題が生じる。そして、埃や塵のなかに含まれる有機物等を養分としてカビやコケが増殖した場合には、さらに入射光量の低下を惹き起こし一層発電効率を低下させることとなる。
【0003】
太陽電池モジュールの表面ガラス板に付着した汚れは、雨によってある程度洗い流されるが、平置きタイプの太陽電池パネルの場合には、太陽電池パネルを構成する太陽電池モジュールが略水平に設置されており、雨水が流れ落ち難いため汚れが蓄積し易く、カビによる汚染が発生し易い。また、食品工場等において、空調機器の排気ダクトが設けられている屋上等に太陽電池モジュールを設置した場合等では、特にカビが発生し易く、カビによる発電効率の低下が大きな問題となっている。
【0004】
こうした発電効率の低下を防止する対策として、例えば、特許文献1には、コロイダルシリカを含有する重合体エマルジョンを、板ガラスにディップコートした後に熱処理し、さらに紫外線照射することにより、煤塵や砂塵から防汚する方法が開示されている。しかしながら、特許文献1の方法では、カビによる汚染を効果的に防ぐことができず、カビが発生し易い場所に設置された太陽電池モジュールの発電効率の低下を効果的に抑制することができない。
【0005】
太陽電池モジュール表面のカビやコケによる汚染を防止する方法として、例えば、特許文献2には、モジュールの封止材の上に表面保護層を形成したのち、該表面保護層の上に防カビ剤を配合したトップコート層を形成する方法が開示されている。表面保護層には透光性のフッ素樹脂等を、トップコート層には透光性のシリコーン樹脂等を用い、トップコート層に配合する防カビ剤として、銀イオンを無機担体に担持させた銀系抗菌剤を用いることが記載されている。
しかしながら、銀系抗菌剤の場合には金属銀が析出して黒変し入射光量が低下する恐れがあり、また、配合量を多くすることができないため、太陽電池モジュールの表面のガラス板に対する防カビ効果が十分に得られないという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2011-208085号公報
【文献】特開2014-212147号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、太陽電池モジュールの受光面の表面ガラス板への埃や塵の付着を抑制するのみならず、埃や塵中の有機物含量が多くカビが発生し易い場所に設置された太陽電池モジュールに対しても、その表面ガラス板にカビが発生するのを防止することで、発電効率の低下を効果的に抑制することができる、太陽電池モジュールの防汚・防カビ処理方法及びそれに用いることができる防汚・防カビ性塗料を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、太陽電池モジュールの受光面の表面ガラス板に下塗り塗膜を形成した後に、防汚性・防カビ性を有し、かつ塗膜の可視光線透過率が90%以上である防汚・防カビ性塗料を塗布し乾燥して塗膜を形成することで、塗膜自体による入射光量の低下を惹き起こすことなく、太陽電池モジュールの表面のガラス板に防汚性・防カビ性を付与できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は以下の通りである。
【0010】
(1)太陽電池モジュールの受光面側の表面ガラス板に下塗り剤を塗布する工程と、
下塗り塗膜上に、防汚性及び防カビ性を有し、かつ塗膜の可視光線透過率が90%以上である防汚・防カビ性塗料を塗布する工程と、を含み、
前記防汚・防カビ性塗料が、該塗料100質量部に対して、アクリルシリコーン系樹脂エマルジョンを15~35質量部(固形分換算)、フッ素系樹脂エマルジョンを0.05~5質量部(固形分換算)の範囲で含む水系エマルジョン塗料であり、
該塗料により形成される塗膜の膜厚が10~200μmである
ことを特徴とする太陽電池モジュールの防汚・防カビ処理方法。
(2)前記防汚・防カビ性塗料が、さらに保湿性ポリマー及び抗菌・防カビ剤を含む前記(1)に記載の太陽電池モジュールの防汚・防カビ処理方法。
(3)前記保湿性ポリマーが、カチオン性ポリマーである前記()に記載の太陽電池モジュールの防汚・防カビ処理方法。
(4)アクリルシリコーン系樹脂エマルジョンを塗料100質量部に対して15~35質量部(固形分換算)、フッ素系樹脂エマルジョンを塗料100質量部に対して0.05~5質量部(固形分換算)、保湿性ポリマー及び抗菌・防カビ剤を含む水系エマルジョン塗料であり、下塗り塗膜上に塗布する、太陽電池モジュールの受光面側のガラス表面用防汚・防カビ性塗料。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、防汚・防カビ性塗料として水系エマルジョン塗料を下塗り塗膜上に塗布することにより、塗膜の可視光線透過率が90%以上で塗膜自体による入射光量の低下を惹き起こすことなく、太陽電池モジュールの表面のガラス板上に防汚性・防カビ性塗料の塗膜を密着形成させることができる。そのため、カビが発生し易い場所に設置された太陽電池モジュールに対しても、長期間に渡って防汚・防カビ効果を発揮することができるため、発電効率の低下を抑制することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】試験例1の試料1(ガラス板自体)の可視光線透過率を示すスペクトルである。
図2】試験例1の試料2(本発明の防汚・防カビ処理を施したガラス板)の可視光線透過率を示すスペクトルである。
図3】試験例1の試料3(本発明の防汚・防カビ処理を施したガラス板)の可視光線透過率を示すスペクトルである。
図4】本発明の防汚・防カビ処理を施した太陽電池パネル(試験区)と無処理の太陽電池パネル(対照区)について、パワーコンディショナー数値推移を示す図である。
図5】本発明の防汚・防カビ処理を施した太陽電池パネル(試験区)と無処理の太陽電池パネル(対照区)について、施工10ヵ月経過後の表面外観を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の太陽電池モジュールの防汚・防カビ処理方法は、下塗り剤を塗布する工程と、下塗り塗膜上に防汚・防カビ性塗料を塗布する工程とを含む。
太陽電池パネルを新たに設置する場合には、太陽電池パネルを構成する太陽電池モジュールの表面ガラス板に下塗り剤を塗布する。下塗り剤塗布後の乾燥条件は特に限定されないが、自然条件下で約2~3日乾燥することが好ましい。その後、本発明の防汚・防カビ性塗料を塗布し乾燥して塗膜を形成する。
既に設置された太陽電池パネル(太陽電池モジュール)の場合には、表面ガラス板に汚れが付着していることがある。この場合には、表面ガラス板を水洗して汚れを取り除いた後、下塗り剤を塗布した後、防汚・防カビ性塗料を塗布することが好ましい。汚れが付着していない場合には、洗浄工程を省略し、下塗り剤及び防汚・防カビ性塗料を塗布することもできる。
【0014】
表面ガラス板の表面を水洗する方法としては、例えば、水を流しながらモップ、布、柔軟なシート等で拭取る方法等で行うことができ、汚れの程度に応じて適当な方法を選択すればよい。使用するモップ、布、シート等の材質は特に限定されないが、ガラス表面を傷つけることがない程度の柔らかさのものを用いることが好ましい。例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリブテン等のポリオレフィン系、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート等のポリエステル系、ナイロン等のポリアミド系、アクリル系、等の合成繊維;綿、麻、羊毛等の天然繊維;レーヨン、キュプラ、リヨセル等の再生繊維;ウレタン樹脂シート等から選ばれる1種又は2種以上を使用できる。
【0015】
下塗り剤は、太陽電池モジュールの表面ガラス板から剥離しにくく、かつ、防汚・防カビ性塗料がはじかれることがないものを使用する。
【0016】
下塗り剤は、公知の化合物を使用することができ、それらの中でも硬化性ケイ素化合物を使用することが好ましい。硬化性ケイ素化合物の具体例としては、例えば、
シリカ等の無機酸化物微粒子(粒径5~50nm)を、水に分散させた水性コロイド、またはエチルアルコール、イソプロピルアルコール等の親水性溶媒に分散させたオルガノゾル;
加水分解性シラン(例えば、ジメチルジメトキシシラン、ジエチルジメトキシシラン、メチルビニルジメトキシシラン、ジメチルジクロロシラン、ジエチルジクロロシラン、フェニルメチルジクロロシラン、ジフェニルジクロロシラン等の2官能加水分解性シラン、メチルトリメトキシシラン、エチルトリメトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、フェニルトリメトキシシラン、メチルトリクロロシラン、エチルトリクロロシラン、ビニルトリクロロシラン、フェニルトリクロロシラン等の3官能加水分解性シラン、テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、テトラブトキシシラン、テトラクロロシラン等の4官能加水分解性シラン)を、水、エチルアルコール、イソプロピルアルコールあるいはこれらの混合溶媒等に溶解または分散させたもの;
シランカップリング剤(3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、3-グリシドキシプロピルメチルジメトキシシラン、3-グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、3-グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン、2-(3,4-エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン等のエポキシシラン系、3-アミノプロピルトリメトキシシラン、N-(2-アミノエチル)-3-アミノプロピルトリメトキシシラン等のアミノシラン系等)を、エチルアルコール、イソプロピルアルコールあるいはこれらの混合溶媒等に溶解または分散させたもの;
等が挙げられる。
【0017】
上記の下塗り剤の中でも、ガラス板及び塗膜の双方に対する付着性に優れていることから、シランカップリング剤が好ましい。シランカップリング剤は、アルコール溶液として使用し、その濃度は0.2~1%であることが好ましく、0.3~0.7%であることが特に好ましい。前記アルコールとしては、エタノール、イソプロピルアルコールまたはこれらの混合溶媒等の低級アルコールを使用する。後述する塗布方法により太陽電池モジュールのガラス面に塗布した後、自然乾燥する。
【0018】
下塗り剤の塗布方法は、ガラス表面に均一に塗布できる方法であれば特に限定されない。例えば、ロールコート法、スプレーコート法、ディッピング法、ハケ塗り法、コテ塗り法等、公知の方法により行うことができる。これらの中でも、ロールコート法及びスプレーコート法が、膜厚の制御が容易で広い面積に渡って均一に塗布し易い点から好ましい。
【0019】
本発明の太陽電池モジュールの防汚・防カビ処理方法に用いる防汚・防カビ性塗料は、防汚性及び防カビ性を有するとともに、形成する塗膜が25℃において、90%以上の可視光線透過率、好ましくは92%以上の可視光線透過率を有することが必要である。塗膜の可視光線透過率が90%以上であれば、太陽電池モジュールの受光面側に照射された可視光線の透過を阻害することがないので、太陽電池モジュールへの入射光量の低下をきたすことがない。
【0020】
なお、本発明において、塗膜の可視光線透過率は、基材(太陽電池モジュールの場合はガラス板)の25℃における可視光線透過率の値に対する、塗膜を形成した基材の25℃における可視光線透過率の値の比率として表すものとする。
【0021】
本発明の防汚・防カビ性塗料は、水系エマルジョン塗料であり、後述するアクリルシリコーン系樹脂エマルジョンをベース樹脂とし、これにフッ素系樹脂エマルジョン、保湿性ポリマー及び抗菌・防カビ剤を添加し、必要により水(残部)、添加剤を加えて均一に混合することで調製する。
【0022】
防汚・防カビ性塗料を塗布する方法は、均一な塗膜を形成できる方法であれば特に限定されない。例えば、ロールコート法、スプレーコート法、ディッピング法、フローコート法、スピンコート法、ハケ塗り法、コテ塗り法等、公知の方法により行うことができる。これらの中でも、ロールコート法及びスプレーコート法が、膜厚の制御が容易で広い面積に渡って均一に塗布し易い点から好ましい。
【0023】
防汚・防カビ性塗料の塗布量は、少なすぎる(即ち、乾燥後の膜厚が薄すぎる)と塗膜に十分な防カビ性を付与できなくなり、一方、塗布量が多すぎる(即ち、乾燥後の膜厚が厚すぎる)と均一な厚みの塗膜を形成することが困難になる結果、太陽電池モジュールの表面ガラス板の可視光線透過率が低下する。そのため、通常、乾燥後の膜厚が、10~200μmになる量を塗布することが好ましく、前記膜厚が40~80μmになる量を塗布することがより好ましい。前記膜厚は、ロールコート法では60~180μm程度、スプレーコート法では20~60μm程度にすることがさらに好ましい。
【0024】
また、塗膜の厚みを調製するために、本発明の防汚・防カビ性塗料を複数回塗布することもできる。複数回塗布する場合には、最初に塗布した防汚・防カビ性塗料の塗膜が十分に乾燥していることを確認してから行うことが好ましい。
【0025】
防汚・防カビ性塗料の各成分について以下に説明する。
【0026】
<アクリルシリコーン系樹脂エマルジョン>
アクリルシリコーン系樹脂エマルジョンは、本発明の防汚・防カビ性塗料に造膜性を付与する成分であり、樹脂中のシリコーン成分による防汚性を有するとともに防カビ剤を塗膜中に担持する機能を有している。また、太陽電池モジュールに用いられる白板強化ガラス等のガラス板との親和性、ならびに下塗り剤に用いるシランカップリング剤等との親和性、及び耐候性にも優れることから好ましく用いられる。
【0027】
太陽電池モジュールは、その使用状況から、昼間と夜間で日々繰り返し温度変化を受けるのみならず、夏場の昼間と冬場の夜間では非常に大きな温度の変動を受け、使用する素材は絶えず膨張と収縮を繰り返すことになる。その点、アクリルシリコーン系樹脂エマルジョンは、塗膜の破断伸度が大きく、塗膜の伸縮性に優れているため、柔軟な塗膜を形成でき、温度変化を受けても塗膜が剥がれたり破れたりすることがない。
【0028】
アクリルシリコーン系樹脂の製法には、シリコーンマクロマーや反応性シリコーンモノマーを用いたグラフト反応による方法、ヒドロシリル化反応による方法、ブロック共重合体を用いた方法等がある。本発明で用いるアクリルシリコーン系樹脂エマルジョンは、製造法は限定されず、アクリルシリコーン樹脂エマルジョンとして市販されている製品を用いることができる。乳化重合法で製造されたアクリルシリコーン系樹脂エマルジョンは、コーティング組成物の調製が容易であり、下塗り剤に対する密着性も優れているので、特に好ましい。
【0029】
アクリルシリコーン系樹脂エマルジョンの含有量(固形分換算)は、防汚・防カビ性塗料100質量部に対して、15~35質量部であることが好ましく、より好ましくは20~30質量部である。アクリルシリコーン系樹脂エマルジョンが15質量部以上であれば、塗膜中に抗菌・防カビ剤を十分に保持することができる。一方、35質量部以下であれば、防汚・防カビ性塗料の粘度が高くなりすぎることがないので、塗布作業が困難になる結果として、塗膜の膜厚が不均一になって可視光線透過率の低下を招くといった不都合が生じることがない。
【0030】
<フッ素系樹脂エマルジョン>
フッ素系樹脂エマルジョンは、本発明の防汚・防カビ性塗料に防汚性を付与する成分である。前記アクリルシリコーン系樹脂エマルジョンと併用することで防汚性をさらに高めることができる。
【0031】
フッ素系樹脂エマルジョンの種類は特に限定されず、四フッ化エチレンや六フッ化プロピレン等のフルオロオレフィン重合体のエマルジョンや、フルオロオレフィンとアクリル系モノマー等を共重合した変性フッ素樹脂エマルジョン、あるいは、(メタ)アクリル酸のパーフルオロアルキルエステルやパーフルオロポリオキシアルキレンエステル重合体のエマルジョン等が挙げられる。なかでも、アクリルシリコーン樹脂との親和性に優れることより、(メタ)アクリル酸のパーフルオロアルキルエステルやパーフルオロポリオキシアルキレンエステル重合体のエマルジョンが好ましく用いられる。エマルジョン溶媒は水が好ましい。
【0032】
フッ素系樹脂エマルジョンの含有量(固形分換算)は、防汚・防カビ性塗料100質量部に対して、0.05~5質量部であることが好ましく、より好ましくは0.1~3質量部、さらに好ましくは0.1~1質量部である。フッ素系樹脂エマルジョンが0.05質量部以上であれば、アクリルシリコーン樹脂単独の場合よりも塗膜の防汚性を高めることができるので、カビの繁殖防止に繋げることができる。一方、5質量部以下であれば、アクリルシリコーン樹脂と相溶しなくなり塗膜中で分離することがないので、可視光線透過率が低下する恐れがない。
【0033】
<保湿性ポリマー>
本発明の防汚・防カビ性塗料では、塗膜に保湿性を付与して抗菌・防カビ剤を効果的に作用させるために、保湿性ポリマーを含むことが好ましい。保湿性ポリマーは、非イオン性ポリマー、アニオン性ポリマー、カチオン性ポリマーまたは両性ポリマーを用いることができるが、ポリマー自身が抗菌・防カビ作用を有する観点より、カチオン性ポリマーが好ましい。
【0034】
カチオン性ポリマーとしては、例えば、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)/ブチルアクリレートコポリマー(LIPIDURE、日油社製)、ビニルイミダゾリウムクロライド/ビニルピロリドンコポリマー(ルビカット、BASF社製)、ヒドロキシエチルセルロース/ジメチルジアリルアンモニウムクロライドコポリマー(セルカット、ナショナル・スターチ社製)、ジメチルジアリルアンモニウムクロライド/アクリルアミドコポリマー(マーコート、ナルコ社製)、ポリビニルピロリドン/四級化ジメチルアミノエチルメタクリレートコポリマー(ガフカット、ISP社製)、ポリビニルピロリドン/アルキルアミノアクリレートコポリマー(ルビフレックス、BASF社製)、ポリビニルピロリドン/アルキルアミノアクリレート/ビニルカプロラクタムコポリマー、ビニルピロリドン/メタクリルアミドプロピル塩化トリメチルアンモニウムコポリマー(以上、ISP社製)等が挙げられる。
【0035】
これらの中でも、アクリルシリコーン系樹脂との相溶性ならびに保湿性に優れることから、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)/ブチルアクリレートコポリマーが好ましい。
【0036】
保湿性ポリマーの含有量は、防汚・防カビ性塗料100質量部に対して、固形分換算で0.05~3質量部であることが好ましく、より好ましくは0.1~1.5質量部である。保湿性ポリマー含有量が0.05質量部以上であれば、当該ポリマーの保湿作用により抗菌・防カビ剤がより効果的に作用することを可能にする。一方、3質量部以下であれば、アクリルシリコーン系樹脂と相溶しなくなって塗膜中で分離するといったことがないので、可視光線透過率が低下する恐れがない。
【0037】
<抗菌・防カビ剤>
本発明の防汚・防カビ性塗料は、塗膜に抗菌・防カビを付与する目的で、抗菌・防カビ剤を含むことが好ましい。抗菌・防カビ剤の種類は特に限定されない。塗膜との相溶性に優れ、かつ抗菌・防カビ性に優れている点からは、ベンズイミダゾール系化合物の2-(4-チアゾリル)ベンゾイミダゾール[TBZ]と、少なくとも1種のイソチアゾリン系化合物とを含むことが好ましい。
【0038】
TBZはカビに対し非常に高い活性と広いスペクトルを示す。沸点が高い(約300℃)ため、高温下に曝された場合でも揮発する恐れがなく、塗膜中での担持性に優れている。イソチアゾリン系化合物は、細菌・カビに高い活性と広いスペクトルを示すが、特に2種以上併用することで、種々の細菌・カビに対して高い活性を示すようになる。
【0039】
イソチアゾリン系化合物の好ましい具体例としては、例えば、2-n-オクチル-4-イソチアゾリン-3-オン[OIT]、2-メチル-4-イソチアゾリン-3-オン[MIT]、2-メチル-4,5-トリメチレン-4-イソチアゾリン-3-オン[MTI]、1,2-ベンズイソチアゾリン-3-オン[BIT]、N-n-ブチル-1,2-ベンズイソチアゾリン-3-オン[Bu-BIT]等が挙げられる。これらのイソチアゾリン系化合物は、抗微生物性があり、高温下に曝されても揮発する恐れがなく、扱い易い利点がある。この中でも、OIT、MIT、BIT、Bu-BITがより好ましい。
【0040】
抗菌・防カビ剤の含有量は、防汚・防カビ性塗料100質量部に対して、固形分換算で0.5~5質量部であることが好ましく、より好ましくは1~4質量部、特に好ましくは1.5~3.5質量部である。抗菌・防カビ剤が、0.5質量部以上であれば、塗膜に防カビ効果を付与することができる。一方、5質量部以下であれば、塗膜中の分散状態が不均一になって凝集し分離するといったことがないので、可視光線透過率の低下や抗菌・防カビ作用の低下が惹き起こされにくい。
【0041】
また、TBZとイソチアゾリン系化合物の配合割合は、質量比で1:1~10の範囲とすることが好ましく、より好ましくは1:1.5~5の範囲、さらに好ましくは1:2~5の範囲である。イソチアゾリン系化合物の配合量がTBZより少ないと、防カビ性能が十分発現されなくなる場合がある。一方、イソチアゾリン系化合物の配合量は多いほど塗膜の防カビ効果は増大する傾向にあるが、防汚・防カビ性塗料中への分散が困難になったり、塗布後に塗膜から析出したりする恐れがある。
【0042】
本発明の効果を阻害しない範囲で、さらに公知の抗菌・防カビ剤の1種又は2種以上を併用することもできる。かかる抗菌剤としては、例えば、亜鉛系化合物、アルコール系化合物、フェノール系化合物、4級アンモニウム塩、安息香酸類、クロルヘキシジン、ソルビン酸類、有機窒素系化合物、硫黄系化合物、有機酸エステル、有機ヨウ素系化合物、ジンクピリチオン(ZPT)等のピリチオン系化合物等を挙げることができる。
【0043】
本発明の防汚・防カビ性塗料は、塗布時のタレ防止等の塗工性を確保するため、水溶性増粘剤を含むことができる。
水溶性増粘剤は、水溶性のものであればよく、カルボキシル系ポリマー、ヒドロキシル系ポリマー等、一般的な水溶性の増粘剤を使用することができる。中でも、アクリルシリコーン樹脂との相溶性が良好である点より、アルカリ可溶性もしくはアルカリ膨潤性のアクリル系ポリマー(例えば、カルボキシル系ポリマー等)が好ましい。アルカリ成分としては、アンモニアやエタノールアミン等のアミン類を用いることができる。
水溶性増粘剤の含有量は、防汚・防カビ性塗料100質量部に対して、0.05~3質量部であることが好ましく、より好ましくは0.1~1.5質量部である。
【0044】
本発明の防汚・防カビ性塗料は、上記の各成分をバランス量の水に配合することにより、組成物とすることができる。水は、脱イオン水、純水、水道水であって良い。
【0045】
本発明の防汚・防カビ性塗料は、上記の成分の他に、紫外線吸収剤、消泡剤、帯電防止剤、造膜剤等の任意成分を、1種又は2種以上添加することができる。例えば、防汚・防カビ性塗料を調製する際に発生する泡を抑えるため、消泡剤を含有させることができる。消泡剤の種類に関し特に制限はないが、シリコーン系のものが好ましく用いられる。
【0046】
本発明の防汚・防カビ性塗料は、耐熱性(100℃条件下での塗膜物性)、ヒートショック(-20℃と120℃繰り返し条件下での塗膜物性)にも優れるものである。
【実施例
【0047】
以下に、実施例を挙げて本発明をさらに詳しく説明する。しかしながら、本発明はこれら実施例に何ら限定されるものではない。
【0048】
(調製例1)
エポキシ系シランカップリング剤を、濃度が0.5質量%になるようにエタノールとイソプロピルアルコールの30:1混合液に溶解して、下塗り剤の溶液を調製した。
【0049】
(調製例2)
市販のアクリルシリコーン系樹脂エマルジョン(固形分45質量%品)が50質量部、フッ素系樹脂エマルジョンとしてアクリル酸のパーフルオロオキシアルキレンエステル重合体エマルジョンが固形分で0.5質量部、カチオン性水溶性ポリマーとしてLIPIDURE(日油社製)が固形分で1質量部、抗菌・防カビ剤としてTBZが0.5質量部、OIT及びBu-BITがそれぞれ1質量部、及び消泡剤としてシリコーン系消泡剤が0.2質量部になるようにバランス量の水中に添加し、撹拌して均一に混合して防汚・防カビ性水系樹脂エマルジョン塗料を調製した。
【0050】
(試験例1)
白板強化ガラス板について、本発明の防汚・防カビ処理が、可視光線の透過に影響を及ぼすか否かを試験した。
すなわち、以下の3種類の試料を用いて可視光線透過率を測定した。可視光線透過率の測定は、付属装置として積分球装置(ISN-470)を備えた紫外可視近赤外分光光度計(V-570DS、日本分光社製)を使用し、JIS R3106 5.2に準じて行った。
【0051】
試料1;10cm×10cmの大きさに裁断した白板強化ガラス板(厚み0.5cm)をそのまま用いて、可視光線透過率を測定した。得られたスペクトルを図1に示す。図1のスペクトルから求めた波長380nm~780nmの可視光線透過率は、90%であった。
【0052】
試料2;試料1と同じ大きさに裁断した白板強化ガラス板に、調製例1の下塗り剤の溶液を1g塗布して乾燥した後、調製例2の防汚・防カビ性塗料を1g塗布し室温で一昼夜乾燥し、厚さが約25μmの塗膜を形成し、可視光線透過率測定用の試料2とした。
当該試料2を用いて可視光線透過率を測定したスペクトルを図2に示す。図2のスペクトルから求めた可視光線透過率は90%であった。
【0053】
試料3;試料1と同じ大きさに裁断した白板強化ガラス板に、調製例1の下塗り剤の溶液を2g塗布して乾燥した後、調製例2の防汚・防カビ性塗料を1g塗布し室温で一昼夜乾燥して塗膜を形成した。そして、乾燥後の塗膜上に再度、調製例2の防汚・防カビ性塗料を1g塗布し室温で一昼夜乾燥し、厚さが約50μmの塗膜を形成し、可視光線透過率測定用の試料3とした。
当該試料3を用いて可視光線透過率を測定したスペクトルを図3に示す。図3のスペクトルから求めた可視光線透過率は90%であった。
【0054】
試料1~3の可視光線透過率は、いずれも90%であり同じ値を示すことから、本発明の下塗り剤と防汚・防カビ性塗料から形成された塗膜は、可視光線の透過を全く阻害しないことを示している。すなわち、本発明の塗膜の可視光線透過率は100%であると言える。
【0055】
(実施例1、比較例1)
食品工場の屋上に設置された平置きタイプの太陽電池パネルを用いて試験を実施した。当該太陽電池パネルは、1基当たり60~64台の太陽電池モジュール(10kwパワーコンディショナー(以下、「パワコン」と省略する)が10基)が接続された構成になっている。
前記太陽電池パネルのうち、屋上に設置された空調の排気口の略延長線上に配列された太陽電池パネルの中から、列の中央部付近に隣り合わせで配置されている太陽電池パネル2基を選んで試験を行った。当該太陽電池パネルは、前回清掃作業後約6ヵ月経過しており、試験に用いた太陽電池パネルを構成する太陽電池モジュールは、いずれも表面ガラス板には汚れが付着しており黒カビの発生も認められた。
表面ガラス板に水を掛けながらモップで擦り、汚れと黒カビを取り除いた後自然乾燥させた。
【0056】
上記の太陽電池パネルを構成する8台の太陽電池モジュールのそれぞれの表面ガラス板に、調製例1の下塗り剤の溶液を、塗布量が200g/mになるようにローラーを用いて塗布し、自然乾燥により溶媒のエタノールとイソプロパノールを揮散させた。
次いで、調製例2の防汚・防カビ性塗料を、乾燥後の膜厚が50μm程度になるようにローラーを用いて塗布し、約24時間自然乾燥して防汚・防カビ処理を行った。当該太陽電池パネルを実施例1(試験区)とした。
【0057】
太陽電池パネルを構成する別の8台の太陽電池モジュールは、汚れと黒カビを取り除いただけの状態、すなわちガラス板のままとし、比較例1(対照区)とした。
【0058】
実施例1及び比較例1の太陽電池パネルについて、[経時による発電量の変化]及び[経時での汚れ及びカビの状況]を評価した結果を表1に示す。
また、図4には施工10ヵ月間の[経時による発電量の変化](パワコン数値推移)を、図5には施工10ヵ月経過後のパワコンパネルの表面外観の写真を、それぞれ示した。
なお、それぞれの評価基準は以下の通りである。
【0059】
[経時による発電量の変化]
実施例1及び比較例1の太陽電池パネルの1日当たりの発電量を、経時で測定した。気象条件により1日の発電量の値は大きく変動する(即ち、晴天時は上昇し、雨天・曇天時は低下する)ので、実施例1の太陽電池パネルの発電量を基準として、同じ日の比較例1の太陽電池パネルの発電量の相対値を求め、経時による発電量の変化を評価した。
【0060】
[経時での汚れ及びカビの状況]
経時による太陽電池モジュールの受光面の表面ガラス板への汚れの付着状況及びカビの発生状況を、以下の基準で評価した。
◎:いずれの太陽電池モジュールにも汚れやカビの発生は認められない。
○:1~2台の太陽電池モジュールに汚れの付着が認められるが、カビの発生は認められない。
△:半数以上の太陽電池モジュールに汚れの付着が認められるが、カビの発生は認められない。
×:半数以上の太陽電池モジュールに汚れの付着が認められ、カビの発生も認められる。
【0061】
【表1】
【0062】
表1より、本発明の防汚・防カビ処理方法を施した試験区の太陽電池パネルでは、経時による発電量の低下傾向が認められるものの、10ヵ月経過しても太陽電池モジュールの表面ガラス板に目立った汚れやカビの発生は認められなかった。防汚・防カビ処理方法を実施した太陽電池パネル(太陽電池モジュール)の10ヵ月経過後の状態を図5に示す。図5から明らかなように試験区の塗膜に剥がれ・膨れは認められなかった。
これに対し、防汚・防カビ処理を行わなかった対照区の太陽電池パネルでは、2ヵ月経過後には、殆どの太陽電池モジュールに汚れの付着が顕著に認められ、カビの発生も確認される状態となった。防汚・防カビ処理方法を実施しなかった太陽電池パネル(太陽電池モジュール)の10ヵ月経過後の状態を図5に示す。
【0063】
そして、対照区の太陽電池パネルの発電量は汚れやカビの発生とともに低下し、試験区の太陽電池パネルの発電量と比較した相対発電量の値が、経時とともに低下していることがわかる。
【0064】
すなわち、太陽電池パネルに本発明の防汚・防カビ処理方法を適用することで、長期間に渡って防汚・防カビ性が維持されるので、可視光線透過率の低下を防止できる。そして、太陽電池モジュールへの入射光の低下を効果的に防止でき、発電効率の低下を効果的に抑制可能であることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明の太陽電池モジュールの防汚・防カビ処理方法は、食品工場や化粧品工場等、有機物が付着し易くカビが繁殖し易い場所に設置された太陽電池モジュールや、降雨が溜まり易くカビが繁殖し易い平置きタイプの太陽電池モジュールに対して、特に効果的に適用することができる。
また、採光を阻害することなくガラス表面に防汚・防カビ性を付与できることから、太陽電池モジュールに限らず、各種の建造物や車両等の窓ガラス等にも適用することができる。
図1
図2
図3
図4
図5