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特許7394577フェライト系ステンレス鋼スラブ、及び、鋼板の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-11-30
(45)【発行日】2023-12-08
(54)【発明の名称】フェライト系ステンレス鋼スラブ、及び、鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20231201BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20231201BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20231201BHJP
   B22D 7/00 20060101ALI20231201BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/60
C21D9/46 R
B22D7/00 H
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019187681
(22)【出願日】2019-10-11
(65)【公開番号】P2021063257
(43)【公開日】2021-04-22
【審査請求日】2022-06-16
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(72)【発明者】
【氏名】田口 篤史
(72)【発明者】
【氏名】石丸 詠一朗
(72)【発明者】
【氏名】加賀 祐司
(72)【発明者】
【氏名】木村 謙
(72)【発明者】
【氏名】田村 眞市
【審査官】河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-307234(JP,A)
【文献】特開2004-002974(JP,A)
【文献】特開2004-043838(JP,A)
【文献】特開2001-028544(JP,A)
【文献】特開2001-020046(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 9/46,9/48
B22D 7/00-8/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.001%以上0.015%以下、
Si:0.01%以上1.00%以下、
Mn:0.01%以上1.00%以下、
Cr:11.0%以上25.0%以下、
N:0.002%以上0.020%以下、
Al:0%以上0.30%以下、
Nb:0.05%以上0.20%以下、
B:0.0010%以上0.0100%以下、
P:0%以上0.040%以下、
S:0%以上0.0100%以下、
Ti:0%以上0.20%以下、
Mo:0%以上0.30%以下、
V:0%以上0.30%以下、
Sn:0%以上0.50%以下、
Ni:0%以上1.00%以下、
Cu:0%以上1.00%以下、
W:0%以上1.00%以下、
Co:0%以上0.50%以下、
Zr:0%以上0.50%以下、
Ca:0%以上0.0050%以下、
Mg:0%以上0.0050%以下、
Y:0%以上0.20%以下、
Hf:0%以上0.20%以下、
REM:0%以上0.10%以下、
Sb:0%以上0.50%以下
を含み、
残部がFe及び不純物からなり、
下記(1)式を満足し、
等軸晶率が70%以上のフェライト単相組織よりなり、
厚さが150mm以上である、
フェライト系ステンレス鋼スラブ
Nb+50B≧0.200・・・(1)
【請求項2】
平均結晶粒径が5mm以下である、
請求項1に記載のフェライト系ステンレス鋼スラブ
【請求項3】
厚さの1/4位置において厚さ方向の{001}面ランダム強度比が2.0未満である、
請求項1又は2に記載のフェライト系ステンレス鋼スラブ
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載のフェライト系ステンレス鋼スラブに対して、熱間加工及び/又は冷間加工を行う工程を含む、
鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は、成形加工した際の成形後の表面特性に優れるフェライト系ステンレス鋼板を製造するのに適した鋼材を開示する。
【背景技術】
【0002】
代表鋼種であるSUS304(18Cr-8Ni)をはじめとしたオーステナイト系ステンレス鋼は、耐食性、加工性、美麗性等に優れることから家電、厨房品、建材等に広く用いられている。但し、オーステナイト系ステンレス鋼は高価かつ価格変動の激しいNiが多量に添加されているため、鋼板とした場合の価格も高くなってしまう。経済性の観点からはより安価な材料が望まれている。
【0003】
一方、フェライト系ステンレス鋼はNiを含有しないか、もしくは含有量が少ないため、コストパフォーマンスに優れる材料として、近年需要が増加している。しかしながら、成形用途として使用する場合に最大の問題となるのが、成形後に表面凹凸が形成されることによる表面特性の劣化である。
【0004】
「表面凹凸」とは、加工や成形を行った後に鋼板表面に生じるものであり、結晶粒複数個の大きさに対応した「肌荒れ(オレンジピール)」と、元の圧延方向に展伸した「リジング」とが重畳したものである。SUS430LXのようにC、Nを低減させた、いわゆる高純フェライト系ステンレス鋼は、結晶粒が粗大化しやすいため、肌荒れが大きく、顕著となる。また、高純フェライト系ステンレス鋼は、高温でオーステナイト相が生成しないため、変態を活用した細粒化ができない。したがって、リジングも大きくなる傾向がある。
【0005】
家電製品の筺体或いは器物のように比較的厳しい成形性が要求される場合、高純フェライト系ステンレス鋼が用いられることが多い。この場合、成形後の強度を担保するために、0.6mm以上の板厚を有する鋼板を採用するのが一般的である。通常、前述の肌荒れやリジングの発生のため、成形後に研磨によって表面凹凸の除去が行われている。この研磨の際、鋼組織中に粗大な析出物或いは介在物(粗大な化合物)が存在すると、研磨後の耐食性が低下する。この原因は表面に現出した粗大な化合物が研磨で除去されて腐食起点となる孔が形成される、もしくは、母材との隙間が広がり、隙間腐食を促進するためである。したがって成形用に用いられるフェライト系ステンレス鋼は高純かつ、粗大な化合物が存在しないことが重要となる。
【0006】
上述した背景から、成形後の肌荒れとリジングとを同時に改善するフェライト系ステンレス鋼が求められている。リジングを改善するには凝固組織の細粒化、等軸晶化が重要であることが知られている。また肌荒れは結晶粒径を細かくすることにより抑制できることが知られている。
【0007】
非特許文献1には、フェライト系ステンレス鋼にTi又はCo-B化合物を添加することにより凝固組織の等軸晶率を増加する手法が記載されている。しかしこれらはTiN或いはCo-B化合物の接種核効果(不均質核生成)を利用するものである。この場合の接種核は大きさが10μmを超えるものが多数存在するため、凝固組織の等軸晶率を増加することができても研磨後の耐食性低下を招く。また、本技術を採用したとしても、凝固組織の細粒化ができるとは限らない。
【0008】
特許文献1にはMg系介在物を接種核として用いてリジング性を向上させる手法が開示されている。本手法も接種核を用いる技術であり、接種核が粗大な場合には研磨後の耐食性低下を招く懸念がある。また、本技術は肌荒れ性を改善する手法については開示していない。本技術を採用したとしても、凝固組織の細粒化ができるとは限らない。
【0009】
この他に鋳造温度の低下や電磁撹拌の利用により凝固組織の等軸晶化が促進することが知られているが、リジング性は必ずしも改善しない場合がある。また耐肌荒れ性は改善されない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【文献】鉄と鋼、第66巻(1980年)、710頁
【特許文献】
【0011】
【文献】特開平10-324956号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上述の通り、高純フェライト系ステンレス鋼は、高温でオーステナイト相が生成しないことから変態を活用した細粒化が困難である。そのため、凝固段階において予め結晶粒を微細化しておくことが重要である。しかしながら、現状の技術では、高純フェライト系ステンレス鋼の凝固段階で結晶粒を十分に微細化することは難しい。すなわち、高純フェライト系ステンレス鋼を鋼板とし、当該鋼板を製品形状へ成形した場合、製品成形後の肌荒れとリジングとを低減することは難しいのが現状である。このため、現状の技術では、所定の形状への成形加工ができない、もしくは成形加工できても成形後に生じた表面凹凸が大きく、それを除去するために研磨工程を行う必要がある。研磨工程を行う場合、研磨時間がかかり製造コストがかさむ上、研磨にて生じた粉じんが多く発生するなどの環境面の問題もある。
【0013】
上記問題に鑑み、本願においては、製品形状へ成形後の肌荒れとリジングとを低減することが可能な、高純フェライト系ステンレス鋼からなる素材を提供することを目指す。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、製品形状へ成形後の表面凹凸に及ぼす成分について鋭意検討を行った。その結果、特にNb及びBの含有量を特定の範囲に制御した際に、凝固組織が微細化するとともに、凝固組織の凝固方向への伸びを抑えることができ、製品形状への成形後の肌荒れとリジングの両欠陥が抑制されることを明らかにした。この結果は、例えば、NbとBとが微細な化合物を形成し、その化合物が凝固時の有効な晶出場所になっている、或いは、その後の凝固の進行に際して極めて有効な障害物として作用し、凝固組織の成長を抑制しているためと考えられるが、この点は形成される化合物、そのメカニズムを含めて、現在も更なる調査を継続中である。
【0015】
上記知見に基づき、本願は上記課題を解決するための手段の一つとして以下の技術を開示する。
[1]質量%で、C:0.001%以上0.015%以下、Si:0.01%以上1.00%以下、Mn:0.01%以上1.00%以下、Cr:11.0%以上25.0%以下、N:0.002%以上0.020%以下、Al:0%以上0.30%以下、Nb:0.05%以上0.20%以下、B:0.0010%以上0.0100%以下、P:0%以上0.040%以下、S:0%以上0.0100%以下、Ti:0%以上0.20%以下、Mo:0%以上0.30%以下、V:0%以上0.30%以下、Sn:0%以上0.50%以下、Ni:0%以上1.00%以下、Cu:0%以上1.00%以下、W:0%以上1.00%以下、Co:0%以上0.50%以下、Zr:0%以上0.50%以下、Ca:0%以上0.0050%以下、Mg:0%以上0.0050%以下、Y:0%以上0.20%以下、Hf:0%以上0.20%以下、REM:0%以上0.10%以下、Sb:0%以上0.50%以下を含み、残部がFe及び不純物からなり、下記(1)式を満足し、等軸晶率が70%以上のフェライト単相組織よりなり、厚さが150mm以上である、フェライト系ステンレス鋼材。
Nb+50B≧0.200・・・(1)
[2]平均結晶粒径が5mm以下である、[1]に記載のフェライト系ステンレス鋼材。
[3]厚さの1/4位置において厚さ方向の{001}面ランダム強度比が2.0未満である、[1]又は[2]に記載のフェライト系ステンレス鋼材。
[4][1]~[3]のいずれかに記載のフェライト系ステンレス鋼材に対して、熱間加工及び/又は冷間加工を行う工程を含む、鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本開示の技術によれば、製品形状へ成形後の肌荒れとリジングとを低減することが可能な、高純フェライト系ステンレス鋼からなる素材を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
1.フェライト系ステンレス鋼材
本開示のフェライト系ステンレス鋼材は、以下に説明するように所定の成分を所定の量含み、上記式(1)を満足し、等軸晶率が70%以上のフェライト単相組織よりなり、厚さが150mm以上である。以下、本開示のフェライト系ステンレス鋼材の要件について詳しく説明する。
【0018】
1.1 成分
まず、本開示のフェライト系ステンレス鋼材に含まれる成分について説明する。なお、各元素の含有量の「%」表示は「質量%」を意味する。
【0019】
(C:0.001%以上0.015%以下)
Cは、Crと析出物を作るときに耐食性を低下させる。このためC含有量は低い方が好ましいが、極低炭素成分にするには精錬時間が長くなるため、0.001%を下限とする。また過度の添加は成形性を低下させるため、上限を0.015%とする。精錬コスト及び成形性の両方を考慮した場合、C含有量は、0.002%以上であってもよいし、0.004%以上であってもよく、0.011%以下であってもよいし、0.008%以下であってもよい。
【0020】
(Si:0.01%以上1.00%以下)
Siは、耐酸化性向上元素であるが過剰な添加は成形性の低下を招くため、1.00%を上限とする。成形性の点からSi含有量は低い方が好ましいが、過度の低下はコストの増加を招くため、0.01%を下限とする。製造性の観点から、Si含有量は、0.05%以上であってもよいし、0.11%以上であってもよく、0.60%以下であってもよいし、0.40%以下であってもよいし、0.30%以下であってもよい。
【0021】
(Mn:0.01%以上1.00%以下)
MnもSi同様に、多量の添加は成形性の低下を招くため、上限を1.0%とする。成形性の点からMn含有量が低い方が好ましいが、過度の低下はコストの増加を招くため、0.01%を下限とする。製造性の観点から、Mn含有量は、0.05%以上であってもよいし、0.10%以上であってもよく、0.40%以下であってもよいし、0.30%以下であってもよい。
【0022】
(Cr:11.0%以上25.0%以下)
Crは、ステンレス鋼の基本特性である耐食性を向上する元素である。11.0%未満では十分な耐食性は得られないため、下限を11.0%とする。一方、過度な添加はσ相(Fe-Crの金属間化合物)相当の金属間化合物の生成を促進して製造時の割れを助長するため、上限を25.0%とする。安定製造性(歩留まり、圧延疵等)の点から、Cr含有量は、14.0%以上であってもよいし、16.0%以上であってもよく、22.0%以下であってもよいし、21.0%以下であってもよい。
【0023】
(N:0.002%以上0.020%以下)
Nは、C同様、Crとの化合物を作るときに耐食性を低下させる。また過度の添加は成形性を低下させるため低い方が好ましい。低窒素化は精錬コストの上昇を招くため下限を0.002%とする。一方で、成形性、耐食性の観点から、上限を0.020%とする。成形性と製造性と耐食性との点から、N含有量は、0.005%以上であってもよいし、0.008%以上であってもよく、0.015%以下であってもよいし、0.012%以下であってもよい。
【0024】
(Al:0%以上0.30%以下)
Alは脱酸元素として使用されることが多い。ただし、本発明者らの新たな知見によれば、フェライト系ステンレス鋼においてAlを多量に添加すると、リジング性及び肌荒れ性を共に低下させるとともに、研磨後の耐食性も低下させることが明らかとなった。この点、Al含有量は低い方が好ましく、上限を0.30%とする。特性上は添加する必要がないため下限は0%であってもよい。ただし、不可避的に混入する場合や製造性を考慮すると、Al含有量は0.003%以上であってもよいし、0.01%以上であってもよく、0.20%以下であってもよいし、0.09%以下であってもよい。
【0025】
(Nb:0.05%以上0.20%以下)
NbはBと複合で添加した場合にリジング性、耐肌荒れ性を改善する重要な元素である。後述するようにNb含有量には適正な範囲が存在する。0.05%未満であるとリジング及び肌荒れが顕著に発生するため、下限を0.05%とする。凝固組織の微細化にはNb添加量が多いほど好ましいが、過度の添加は肌荒れ性の劣化を招く。また、本発明者の知見によれば、Nbを過度に添加した場合、鋼材における等軸晶率が低下する傾向にある。これは、過剰なNbによってNb含有化合物が晶出し、固溶Nb量が実質的に減少したためと推定される。このためNbの上限を0.20%とする。リジング、肌荒れの両特性を安定的に確保する観点から、Nb含有量は、0.08%以上であってもよいし、0.10%以上であってもよく、0.19%以下であってもよいし、0.15%以下であってもよい。
【0026】
(B:0.0010%以上0.0100%以下)
BはNbと複合添加した場合に前述のようにリジング及び肌荒れ性が向上する。Nbと同様にリジング性に対して適正な範囲が存在する。0.0010%未満ではリジング性の改善が不十分であるため、下限を0.0010%とする。また、凝固組織の微細化にはB添加量が多いほど好ましいが、過度の添加は製造時の凝固割れを招く場合がある。このため上限を0.0100%とする。製造時の凝固割れを一層抑制する観点から、上限は0.0050%であってもよい。製造安定性を考慮すると、B含有量は、0.0012%以上であってもよいし、0.0019%以上であってもよく、0.0050%以下であってもよいし、0.0030%以下であってもよい。
【0027】
(式(1):Nb+50B≧0.200)
本開示のフェライト系ステンレス鋼材においては、Nb+50Bが0.200%以上であることが重要である。上述のようにNb及びBの両者を複合添加した際に凝固組織が微細化するとともに、凝固組織の凝固方向への伸びを抑制してリジング性及び肌荒れ性が改善される。具体的には、本開示のフェライト系ステンレス鋼材においては、Nb及びBの両者が複合添加されることで、Nb-B系の微細な晶出物が核となって等軸晶化が促進されて凝固組織が微細化し、製品形状への成形後のリジング性が向上するものと考えられる。或いは、Nb及びBが結晶粒界に偏析することにより、再結晶時の結晶粒の成長が抑制され、製品形状への成形後の肌荒れ性が低減されるものと考えられる。Nb+50Bが0.200%未満であるとこの効果を発揮しない。Nb+50Bは0.210%以上であってもよいし、0.230%以上であってもよい。上限は特に限定されないが、製造時の割れ、靱性低下を考慮した場合、0.600%以下であってもよいし、0.400%以下であってもよい。
【0028】
(P:0%以上0.040%以下)
Pは、成形性及び耐食性を低下させる元素であるため、P含有量は低い方が好ましく、上限を0.040%とする。下限は特に限定されず0%であってもよい。但し、コストを抑える観点から、0.005%以上であってもよい。成形性と製造コストの両者を考慮した場合、P含有量は、0.007%以上であってもよいし、0.010%以上であってもよく、0.030%以下であってもよいし、0.025%以下であってもよい。
【0029】
(S:0%以上0.0100%以下)
Sは不可避的不純物元素であり、製造時の割れを助長するため、上限を0.0100%とする。S含有量は低いほど好ましく、0.0030%以下であってもよいし、0.0020%以下であってもよい。下限は特に限定されず0%であってもよい。一方、S含有量を過度の低下させるためにはコストの上昇を招く。この観点から、S含有量は、0.0003%以上であってもよい。
【0030】
本開示のフェライト系ステンレス鋼材は、上記の基本組成に加えて下記の元素群のうち1種又は2種以上を選択的に含有させてもよい。
【0031】
(Ti:0%以上0.20%以下)
Tiは成形性及び耐食性を向上させる元素である。フェライト系ステンレス鋼の用途に応じて添加することができる。ただし、Tiの過度の添加は研磨後の耐食性低下、製造性低下を招くため、上限を0.20%とする。下限は特に限定されず0%であってもよい。Ti含有量は、0.05%以上であってもよく、0.16%以下であってもよいし、0.14%以下であってもよい。
【0032】
(Mo:0%以上0.30%以下)
Moは耐食性を向上させる元素であり、必要に応じて添加してもよい。ただし、過度の添加はリジング性及び肌荒れ性を低下させるため、上限を0.30%とする。下限は特に限定されず0%であってもよい。製造性を考慮すると、Mo含有量は、0.02%以上であってもよいし、0.04%以上であってもよく、0.24%以下であってもよいし、0.12%以下であってもよい。
【0033】
(V:0%以上0.30%以下)
VもMo同様に耐食性を向上させるため、必要に応じて添加してもよい。一層良好な耐食性を発揮させる観点から、下限を0.03%としてもよい。一方で、0.30%超の添加はリジング性の低下を招くためこれを上限とする。V含有量は、0%以上であってもよいし、0.03%以上であってもよいし、0.08%以上であってもよく、0.30%以下であってもよいし、0.22%以下であってもよい。
【0034】
(Sn:0%以上0.50%以下)
Snは耐食性を向上させる効果を有する元素であるため、必要に応じて添加してもよい。一層良好な耐食性を発揮させる観点から、下限を0.005%としてもよい。一方、多量の添加は製造性の劣化を招くため、0.50%を上限とする。製造性も考慮すると、Sn含有量は、0%以上であってもよいし、0.005%以上であってもよいし、0.01%以上であってもよいし、0.02%以上であってもよく、0.50%以下であってもよいし、0.20%以下であってもよいし、0.10%以下であってもよい。
【0035】
(Ni:0%以上1.00%以下、Cu:0%以上1.00%以下、W:0%以上1.00%以下、Co:0%以上0.50%以下、Zr:0%以上0.50%以下)
Ni、Cu、W、Co、Zrは、耐食性或いは耐酸化性を高めるのに有効な元素であり、必要に応じて添加してもよい。但し、これらの元素の過度な添加は成形性の低下を招くばかりでなく合金コストの上昇や製造性を阻害することに繋がる虞がある。そのため、Ni、Cu、Wの各々の含有量の上限は1.00%とする。Ni、Cu、Wの各々の含有量は、0.80%以下であってもよいし、0.50%以下であってもよい。一方で、Co、Zrの各々の含有量の上限は0.50%とする。Co、Zrの各々の含有量は、0.40%以下であってもよいし、0.35%以下であってもよい。いずれの元素についても、その含有量は、0%以上であってもよいし、0.05%以上であってもよいし、0.10%以上であってもよい。
【0036】
(Ca:0%以上0.0050%以下、Mg:0%以上0.0050%以下)
Ca、Mgは、熱間加工性や2次加工性を向上させる元素であり、必要に応じて添加してもよい。但し、これら元素の過度な添加は製造性を阻害することに繋がる。また粗大な介在物を形成して研磨後の耐食性低下に繋がるため、Ca、Mgの各々の含有量の上限は0.0050%とする。下限については、0%以上であってもよいし、0.0001%以上であってもよい。製造性と熱間加工性を考慮した場合、Ca、Mgともに、その含有量は、0.0002%以上であってもよく、0.0020%以下であってもよいし、0.0010%以下であってもよい。
【0037】
(Y:0%以上0.20%以下、Hf:0%以上0.20%以下、REM:0%以上0.10%以下)
Y、Hf、REMは、熱間加工性や鋼の清浄度の向上並びに耐酸化性の改善に対して有効な元素であり、必要に応じて添加してもよい。添加する場合、含有量の上限は、Y及びHfはそれぞれ0.20%、REMは0.10%とする。Y及びHfの各々の含有量は0.15%以下であってもよいし、0.10%以下であってもよい。REMの含有量は0.08%以下であってもよいし、0.05%以下であってもよい。Y、Hf、REMともに、各々の含有量は0%以上であってもよいし、0.001%以上であってもよいし、0.005%以上であってもよい。尚、本願において「REM」とは、原子番号57~71に帰属する元素(ランタノイド)を指し、例えば、Ce、Pr、Nd等である。
【0038】
(Sb:0%以上0.50%以下)
SbはSnと同様に耐食性向上効果を持つ元素であり、必要に応じて添加してもよい。ただし、Sbの多量の添加は製造性の劣化を招くため、0.50%を上限とする。一方、耐食性向上の効果は0.005%以上で発揮されるためこれを下限とする。Sb含有量は、0%以上であってもよいし、0.005%以上であってもよいし、0.01%以上であってもよく、0.30%以下であってもよいし、0.10%以下であってもよい。
【0039】
本開示のフェライト系ステンレス鋼材は、上述の各元素に加えて、Fe及び不純物(不可避的不純物を含む)からなるが、上記課題を解決できる範囲で、上述の各元素以外の元素を含有していてもよい。例えば、Bi、Pb、Se、H、Ta等を含有させてもよいが、これらの元素の含有量は可能な限り低減することが好ましい。これらの元素は、上記課題を解決できる限度において、その含有割合が制御され、例えば、Bi≦100ppm、Pb≦100ppm、Se≦100ppm、H≦100ppm、Ta≦500ppmの1種以上を含有してもよい。
【0040】
1.2 形状及び組織
次に本開示のフェライト系ステンレス鋼材の形状及び金属組織について述べる。
【0041】
1.2.1 鋼材の形状
本願にいう「鋼材」とは、精錬後に凝固工程を通ったままの状態の素材を指す。凝固後に再加熱したものや、また分解(圧延)などの加工をしたものは含まない。尚、表面疵抑制を目的に表面手入れを行うことは構わない。本開示のフェライト系ステンレス鋼材は、凝固ままで後述の細粒組織を得ることができる。鋼材の厚さは150mm以上とする。厚さが150mm未満の場合、鋼板製造時の加工率(圧延率)が少なく、肌荒れを抑制することが難しくなる場合がある。鋼材の具体例としてはスラブのような扁平厚板素材が挙げられる。
【0042】
1.2.2 金属組織
本開示のフェライト系ステンレス鋼材はフェライト単相組織よりなる。これは、母材の金属組織において、オーステナイト相やマルテンサイトを実質的に含まないことを意味する。母材の金属組織においてオーステナイト相やマルテンサイトが含まれる場合は、変態の活用により結晶粒径を細かくすることが可能である。また、これらは製造時に耳割れ等の歩留まり低下を招く。この点、母材の金属組織はフェライト単相組織が好ましいが、工業生産上許容できる範囲で不可避的に異相が含まれていてもよい。なお、鋼中には炭窒化物等の析出物が存在する場合があるが、本開示の鋼材においてもこのような析出物が存在していてもよい。
【0043】
1.2.3 等軸晶率
本開示のフェライト系ステンレス鋼材は、上述したように、Nb及びBの含有量を所定の範囲に制限することによってNb及びBの晶出物が核となって等軸晶化が促進されるものと考えられ、等軸晶率が70%以上の組織が得られる。等軸晶は粒形状アスペクト比(短径/長径)が0.5~1.0の範囲の結晶粒を示す。結晶粒のアスペクト比はSEMにより鋼材の表面や断面の二次画像を取得することにより特定する。すなわち、断面光学顕微鏡画像において結晶粒の最長径を特定し、当該最長径と直交する最短径を特定し、特定した最長径と最短径とからアスペクト比を特定する。等軸晶率を特定する場合は、鋼材における任意の5つの断面について測定を実施し、その平均値を持って等軸晶率とする。ただし、鋳造方向で等軸晶率が2倍以上に大きく変化する場合には、更に5断面以上で測定し、その平均値を算出する。等軸晶率は断面組織を観察した際に全面積に対する等軸晶組織の占める割合(面積率)であるが、測定は板厚長さに対する等軸晶組織が占める長さを持って算出する。等軸晶率は、研磨、腐食によって金属組織を現出させた後に測定する。具体的には、鋼材全厚みを含む断面において、金属組織を現出させた後で、鋼材厚さ方向の全長さに対する等軸晶が占める長さを算出して、鋼材厚さ方向における等軸晶率を測定・算出する。なお測定位置によるばらつきが生じるため、5か所以上を測定し、その平均値を持って等軸晶率とすることとする。
【0044】
尚、例えば、冷延焼鈍板を成形した際に生じる肌荒れの程度は、冷延焼鈍板の結晶粒径の影響を受ける。本発明者の知見では、冷延焼鈍板における結晶粒度番号が9.0以上のときに肌荒れが抑制されやすい。冷延焼鈍後の鋼板における結晶粒度番号を9.0以上とするためには、再結晶による細粒化を製造工程内で行う必要がある。このため、元の素材(鋼材)を再結晶しやすい組織とし、必要な圧下を加える。ここで、鋼材(例えばスラブ)において柱状晶粒は再結晶しにくい、或いは再結晶したとしても結晶粒径が大きくなりやすい。そのため、上述の通り、鋼材における等軸晶率を70%以上とする必要がある。加えて、総圧下率が大きいほど好ましい。そのため、上述の通り、鋼材の厚みを150mm以上とする必要がある。これらの条件を満足することで、冷延焼鈍後に結晶粒度番号9.0以上の鋼板が得られやすくなり、肌荒れが一層抑制されやすくなる。
【0045】
1.2.4 結晶粒径
上述の通り、本開示のフェライト系ステンレス鋼材はNb及びB等の含有量を特定の範囲に制御されており、且つ、凝固組織中の等軸晶率が増加している。すなわち、平均結晶粒径が小さい。例えば、本開示のフェライト系ステンレス鋼材は、平均結晶粒径が5mm以下であってもよい。結晶粒径は、研磨及び腐食により金属組織を現出させた後に測定すればよい。平均結晶粒径の測定は、線分法で測定する。すなわち、圧延方向と垂直な断面について光学顕微鏡画像を取得し、当該画像に含まれる等軸晶部において、板厚方向に250mm以上、板幅方向に250mm以上となるように直線を引き、測定長さを交差する結晶粒回数で除することで算出する。平均結晶粒径が5mm以下であることで、後工程において再結晶を活用した細粒化がより容易となる。
【0046】
1.2.5 板厚方向の{001}面ランダム強度比
本開示のフェライト系ステンレス鋼材は、厚さの1/4位置において厚さ方向の{001}面ランダム強度比が2.0未満であってもよい。凝固組織に粗大な結晶粒(柱状晶)が残存してリジング特性が劣化する場合、粗大柱状晶は板厚の1/4に残存することが多い。このため、1/4位置を組織調査位置とする。また板厚方向の{001}面ランダム強度比が2.0未満であることにより、リジング特性がさらに向上する。ランダム強度比は、板厚1/4位置の板厚方向と垂直をなす断面においてX線回折を行い、粉末焼結で作製し、特定方位への結晶配向を持たない標準サンプルの強度との比を算出することで求める。
【0047】
1.3 その他の条件
本開示のフェライト系ステンレス鋼材は鋳造により得ることができる。具体的には、上記の鋼組成を有する溶鋼を用いてインゴット鋳造や連続鋳造を行うことで、厚みが150mm以上の鋼材を得る。ここで、鋳造後に得られる鋼材が目的とする組織を有するように、鋳造時の温度や冷却速度等を制御してもよい。本開示のフェライト系ステンレス鋼材を得るにあたって、鋳造時の条件は特に限定されるものではないが、安定鋳造のために次の条件としてもよい。すなわち、鋳造温度は凝固開始温度より25℃以上100℃以下高くしてもよい。また、鋼材における等軸晶率を一層高めるために、鋳造時に鋳造速度を低めて溶鋼の温度勾配を低くしてもよい。尚、鋳造時における電磁撹拌有無等がリジング性及び肌荒れ性に与える影響は小さいものと考えられる。
【0048】
以上の通り、本開示のフェライト系ステンレス鋼材は、Nb及びBの含有量等が特定の範囲に制御される。これにより、当該鋼材を鋼板に加工し、その後、製品形状へと成形する場合においても、製品形状への成形性を確保しつつ、製品形状へ成形後の肌荒れとリジングとを同時に低減するとともに、研磨後の耐腐食性も確保することが可能である。
【0049】
2.鋼板の製造方法
本開示の技術は、鋼板の製造方法としての側面も有する。すなわち、上述のフェライト系ステンレス鋼材に対して、熱間加工及び/又は冷間加工を行う工程を含む、鋼板の製造方法である。
【0050】
鋼材は板厚が厚いため、製品へと成形加工し得る板厚(一般的には1mm以下)まで薄くする必要がある。これには熱間加工や冷間加工を行う。板状の形状を得るには熱間圧延及び冷間圧延を行うことが好ましい。また必要に応じて適宜熱処理を加えても良い。鋼板の製造方法の一例として、例えば、溶解、精錬、鋳造による鋼材の製造-熱間圧延-熱延板焼鈍-冷間圧延-冷延板焼鈍の各工程からなる製法を採用できる。熱間圧延により、例えば、板厚3mm~10mmの熱延板とする。冷間圧延率は、例えば、70%以上とすることが好ましい。また冷間圧延後の熱処理(冷延板焼鈍、最終焼鈍)における最高到達温度は、冷延板の再結晶温度をT(℃)とすると、例えば、(T-10)~(T+50)℃の範囲に制御することが好ましい。冷延板焼鈍の最高到達温度が(T-10)未満であると材料が硬質化して成形割れが生じ易くなるためである。一方、最高到達温度が(T+50)超であると結晶粒径が大きくなり、成形後の肌荒れが生じ易くなるためである。
【0051】
3.推定メカニズム及び効果
本開示のフェライト系ステンレス鋼材を用いて鋼板を製造し、当該鋼板を成形して製品を得た場合に、製品成形後の表面凹凸(リジングと肌荒れ)が低減される理由については鋭意調査中ではあるが、現時点では次のように推測される。
【0052】
一般的にフェライト系ステンレス鋼は凝固時に粗大な柱状晶組織を形成しやすい。この粗大柱状結晶粒がリジングの原因となり得る。また高純フェライト系ステンレス鋼においては、一旦形成した結晶粒を微細にする方法としては再結晶現象を活用するしかない。したがって、上述した各成分は凝固組織或いは製造時の再結晶挙動に寄与していると考えられる。今回の知見では、Nb及びBを複合的に添加することが重要である。Nb及びBの添加は凝固組織の等軸晶率増加をもたらす。スラブ観察ではNb-Bの粗大な介在物は観察できなかったため、微細な化合物を生成したか、組成的過冷現象により細粒化したと考えられる。実際に冷延焼鈍後においても粗大な析出物は認められなかった。Alは再結晶への影響は小さいが、凝固組織を粗大化する傾向があるため、このことを通して圧延時の再結晶が遅延し、結果として製品のリジング性へ影響を及ぼすと推察される。また、肌荒れ性が低減される原因としては、NbとBは粒界偏析元素であるため、結晶粒界に偏析して結晶粒成長を抑制する効果があると考えられる。すなわち、本開示の技術は、凝固組織微細化と熱間再結晶促進を両立するために、凝固組織を微細化し、かつ再結晶後の粒成長を抑える元素の添加量を適正化することで、リジングの発生並びに肌荒れ性に影響する粒成長性を制御した新たな技術と言える。これまでにおいて、これらの元素の全てを適正範囲に制御した組成、またそれを示唆する指針は存在しない。
【実施例
【0053】
次に実施例を示しつつ本開示のフェライト系ステンレス鋼材による効果についてさらに詳細に説明するが、実施例での条件は、本開示の技術の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例に過ぎず、本開示の技術は、以下の実施例に限定されるものではない。以下の実施例に示す条件以外にも、上記課題を解決できる限りにおいて、種々の条件を採用し得る。
【0054】
1.スラブの製造及び評価
鋼材としてスラブを製造して各種評価を行った。具体的には、下記表1、2に示す成分組成のステンレス溶鋼を球状黒鉛鋳鉄よりなる鋳型に流し込むことで溶製して200mm厚のスラブを製造し、スラブ断面より金属組織を調査した。金属組織に対して、その等軸晶率(全板厚に占める等軸粒の割合)及び平均結晶粒径(測定長さを交差した結晶粒回数で除した値)を求めた。また厚み1/4の厚さ方向に垂直な断面よりX線測定を実施し、厚さの1/4位置における厚さ方向の{001}面ランダム強度比を測定した。X線測定は5か所測定し、その平均値を用いた。
【0055】
【表1】
【0056】
【表2】
【0057】
2.ステンレス鋼板の製造
上述のようにして得られたスラブを熱間圧延にて圧延した(ここで、鋼種Aについてのみ、200mm厚のスラブをそのまま熱間圧延した場合(下記実施例1)と、スラブの板厚中心100mm厚を切断して熱間圧延した場合(下記比較例6)との2つの場合について検討を行うこととした。)。その後、熱延板焼鈍、冷間圧延、冷延板焼鈍を施して0.6mm厚のステンレス鋼板を製造した。熱延板焼鈍、冷延板焼鈍においては再結晶温度Tを測定してから焼鈍温度を決定した。熱延板焼鈍はT+10(℃)、冷延板焼鈍はT(℃)とした。なお熱延板焼鈍及び冷延板焼鈍における焼鈍時間(保持時間)はそれぞれ、30秒とし、かつ本実施例において中間焼鈍は省略した。冷間圧延率は85%とした。
【0058】
3.ステンレス鋼板の成形
得られたステンレス鋼板より、φ110mmの試料を切り出し、限界絞り比2.2のカップ成形試験を行った。今回実施したカップ成形試験条件は、ポンチ径が50mm、ポンチ肩Rが5mm、ダイス径が53mm、ダイス肩Rが8mm、しわ押さえ圧が10トンであり、試料とポンチ間の潤滑のために、出光興産株式会社製の防錆油「ダフニーオイルコートZ3(登録商標)」を塗布後に潤滑シート「ニチアス株式会社製ナフロンテープTOMBO9001」を貼り付けた。
【0059】
4.成形品の評価
4.1.肌荒れ
カップ成形後の肌荒れを評価した。具体的には、カップ成形後の試料の縦壁部の高さ中央部において、圧延方向と平行方向に5mm長さについて二次元接触式の表面粗さ測定機を用いて表面粗さ測定を行った。JIS B 0031(2003)に記述される算術平均粗さRaが2.0μmを基準とし、それ以下の場合に表面肌荒れ評価を良好(○)、Raが2.0μm超の場合に表面肌荒れ評価を不良(×)と判断した。
【0060】
4.2.リジング性
カップ成形後のリジングは縦壁部を圧延方向と垂直方向に測定した。すなわち、前述の肌荒れを測定した方向と90°ずらした方向の縦壁部で測定した。測定は二次元接触式の表面粗さ測定機で実施し、測定長さは10mmとした測定範囲内で最も高い部分と低い部分の高さの差をリジングと定義し、これが5μm未満の場合にリジング性良好(〇)、5μm以上の場合にリジング性不良(×)と判断した。
【0061】
4.3.研磨後耐食性
カップ外面の凹凸部を#150に相当するグラインダで研削した後、耐食性を調査した。耐食性はカップ外側から塩水を噴霧する試験とした。NaCl濃度は5%、試験温度は50℃とし、その他の試験片形状及び試験条件はJIS Z 2371に準拠した。耐食性の評価は、48試験後の外観で赤錆が認められたものを不良(×)、赤錆が認められないものを良好(〇)とした。
【0062】
下記表3に、上記特性評価の結果を示す。なお、実施例においてステンレス鋼板は全てフェライト単相(オーステナイト相やマルテンサイト組織を含まない)であった。
【0063】
【表3】
【0064】
表3に示すように、実施例1~8については、耐肌荒れ性及びリジング性成形性に優れたフェライト系ステンレス鋼板を得ることができた。
【0065】
一方、比較例1については、鋼種KのB量が低く、Nb量及びB量の合計量も低い。また、スラブでの等軸晶率が低く、{001}面強度比が高い。このため、製品板のリジング特性が不良となる。
【0066】
比較例2については、鋼種LのNb量及びB量の合計量が低い。また、スラブでの等軸晶率が低く、{001}面強度比が高い。加えて製品の結晶粒径が大きく、肌荒れ性が不良となる。
【0067】
比較例3については、鋼種MのAl量及びTi量が高い。また、スラブでの等軸晶率が低く、{001}面強度比が高い。このため、製品板のリジング特性が不良となる。また研磨後の耐食性も不良となる。
【0068】
比較例4については、鋼種NのNb量が高い。また、スラブでの等軸晶率が低く、{001}面強度比が高い。このため、製品板のリジング特性が不良となる。
【0069】
比較例5については、鋼種OのNb量が低い。また、スラブの等軸晶率が低い。このため、製品板の肌荒れ性とリジング性とがともに不良となる。
【0070】
比較例6については、スラブ厚が150mm未満であるため、製造時の圧下率が少なくなり、製品板の肌荒れ性が不良となる。
【0071】
以上の通り、実施例1~8に係るフェライト系ステンレス鋼スラブのように、Nb及びBの含有量等を特定の範囲に制御し、等軸晶率を所定以上とし、且つ、厚みを150mm以上とすることで、当該スラブを鋼板に加工し、その後、製品形状へと成形する場合においても、製品形状への成形性を確保しつつ、製品形状へ成形後の肌荒れとリジングとを同時に低減するとともに、研磨後の耐腐食性も確保することが可能であることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0072】
本開示のフェライト系ステンレス鋼板は、成形加工後の表面特性に優れているので、従来行われていた表面凹凸除去を目的とした成形加工後の研磨工程を省略することができるため、製造コストの面でも効果を十分に享受できる。本開示のフェライト系ステンレス鋼板は、例えば、家電製品の筺体或いは器物のように、比較的厳しい成形性が要求される用途においても採用することができる。