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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-01
(45)【発行日】2023-12-11
(54)【発明の名称】老化細胞除去薬
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/7042 20060101AFI20231204BHJP
   A61K 31/7034 20060101ALI20231204BHJP
   A61K 31/7048 20060101ALI20231204BHJP
   A61K 31/7056 20060101ALI20231204BHJP
   A61K 31/382 20060101ALI20231204BHJP
   A61P 21/00 20060101ALI20231204BHJP
   A61P 19/00 20060101ALI20231204BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20231204BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20231204BHJP
   A61K 45/00 20060101ALI20231204BHJP
【FI】
A61K31/7042
A61K31/7034
A61K31/7048
A61K31/7056
A61K31/382
A61P21/00
A61P19/00
A61P25/28
A61P43/00 105
A61P43/00 111
A61K45/00
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2022043458
(22)【出願日】2022-03-18
(62)【分割の表示】P 2018537287の分割
【原出願日】2017-08-29
(65)【公開番号】P2022101541
(43)【公開日】2022-07-06
【審査請求日】2022-04-15
(31)【優先権主張番号】P 2016167679
(32)【優先日】2016-08-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】304027279
【氏名又は名称】国立大学法人 新潟大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000002956
【氏名又は名称】田辺三菱製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001508
【氏名又は名称】弁理士法人 津国
(72)【発明者】
【氏名】南野 徹
【審査官】長部 喜幸
(56)【参考文献】
【文献】日本臨床内科学会会誌, 2016 Mar, Vol.30 No.5, p.600-607
【文献】月刊糖尿病, 2015, Vol.7 No.6, p.26-34
【文献】Medical Practice, 2014, Vol.31 No.7, p.1111-1115
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 45/00
A61K 31/00-31/80
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
骨格筋萎縮(サルコペニア)、認知症、フレイル、ハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群、ウエルナー症候群、コケイン症候群、及びロスモンド・トムソン症候群からなる群より選ばれる少なくとも1つの疾患を予防又は治療するための、SGLT2阻害薬を含有する医薬組成物であって、
SGLT2阻害薬が、カナグリフロジン、エンパグリフロジン、イプラグリフロジン、ダパグリフロジン、ルセオグリフロジン、トホグリフロジン、セルグリフロジンエタボナート、レモグリフロジンエタボナート、エルツグリフロジン、ソタグリフロジン、及びこれらの薬学的に許容される塩からなる群より選ばれる少なくとも1つである、医薬組成物
【請求項2】
SGLT2阻害薬が、カナグリフロジン、エンパグリフロジン、及びこれらの薬学的に許容される塩からなる群より選ばれる少なくとも1つである、請求項1に記載の医薬組成物
【請求項3】
疾患が、ハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群、ウエルナー症候群、コケイン症候群、及びロスモンド・トムソン症候群からなる群より選ばれる少なくとも1つであり、
SGLT2阻害薬が、カナグリフロジン又はその薬学的に許容される塩である、請求項1又は2に記載の医薬組成物
【請求項4】
疾患が、ハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群であり、
SGLT2阻害薬が、カナグリフロジン又はその薬学的に許容される塩である、請求項3に記載の医薬組成物
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、SGLT2阻害薬の新規な用途に関する。
【背景技術】
【0002】
過剰なカロリー摂取により、肥満や糖尿病患者の人口は増加の一途をたどり、深刻な社会問題となっている。肥満や糖尿病では、内臓脂肪組織において細胞老化を介した慢性炎症が生じ、全身の代謝不全が惹起されることが知られている。また、脂肪細胞老化を抑制すると、脂肪炎症が改善し、肥満に伴う全身の代謝不全が抑制されることが報告されている(例えば、非特許文献1を参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Minamino T., et al., A crucial role for adipose tissue p53 in the regulation of insulin resistance., Nat. Med., 15, 1082-1087, 2009
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
このような背景のもと、老化細胞を除去する技術が求められている。そこで、本発明は老化細胞除去薬を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、上記課題に鑑み鋭意検討を重ねたところ、糖尿病治療薬として知られているナトリウム依存性グルコース共輸送体2(sodium-glucose co-transporter 2、以下、「SGLT2」という。)阻害薬が、老化細胞除去作用を有することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0006】
すなわち、本発明の要旨は、以下のとおりである。
[1] SGLT2阻害薬を含有する、老化細胞除去薬。
[2] SGLT2阻害薬が、低分子化合物、SGLT2発現阻害薬及びSGLT2特異的結合物質からなる群より選ばれる少なくとも1つである、上記[1]記載の老化細胞除去薬。
[3] SGLT2阻害薬が、カナグリフロジン、エンパグリフロジン、イプラグリフロジン、ダパグリフロジン、ルセオグリフロジン、トホグリフロジン、セルグリフロジンエタボナート、レモグリフロジンエタボナート、エルツグリフロジン、ソタグリフロジン、及びこれらの薬学的に許容される塩からなる群より選ばれる少なくとも1つである、上記[1]又は[2]記載の老化細胞除去薬。
[4] SGLT2阻害薬及び薬学的に許容される担体を含有する、老化細胞除去用医薬組成物。
[5] 老化細胞を除去することにより病態の改善が見込まれる疾患を予防又は治療するための、上記[4]記載の医薬組成物。
[6] 老化細胞を除去することにより病態の改善が見込まれる疾患が老化関連疾患である、上記[5]記載の医薬組成物。
[7] SGLT2阻害薬及び薬学的に許容される担体を含有する、老化関連疾患の予防又は治療のために使用される医薬組成物。
[8] 老化関連疾患が、心不全、動脈硬化症、動脈硬化性の脳心血管疾患、高血圧症、脳梗塞、脳出血、脂質異常症、肺線維症、肺気腫、骨格筋萎縮(サルコペニア)、変形性関節症、認知症、フレイル、がん、慢性腎臓病、白内障、緑内障、加齢黄斑変性症、老眼、加齢性脱毛、加齢性難聴、加齢に伴う腰痛・関節痛などの痛み、皮脂欠乏性湿疹、皮膚掻痒症、脂肪肝、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)、肝硬変、骨粗鬆症、変形性骨関節症、ハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群、ウエルナー症候群、コケイン症候群、及びロスモンド・トムソン症候群からなる群より選ばれる少なくとも1つである、上記[6]又は[7]記載の医薬組成物。
[9] SGLT2阻害薬が、カナグリフロジン、エンパグリフロジン、イプラグリフロジン、ダパグリフロジン、ルセオグリフロジン、トホグリフロジン、セルグリフロジンエタボナート、レモグリフロジンエタボナート、エルツグリフロジン、ソタグリフロジン、及びこれらの薬学的に許容される塩から選択される少なくとも1つである、上記[4]~[8]のいずれかに記載の医薬組成物。
[10] 老化細胞除去用医薬を製造することにおける、SGLT2阻害薬の使用。
[11] 老化細胞を除去することにより病態の改善が見込まれる疾患を予防又は治療するための医薬を製造することにおける、SGLT2阻害薬の使用。
[12] 老化細胞を除去するための方法であって、有効量のSGLT2阻害薬を、それを必要とする対象に投与することを含む、方法。
[13] 老化細胞を除去することにより病態の改善が見込まれる疾患を予防又は治療するための方法であって、有効量のSGLT2阻害薬を、それを必要とする対象に投与することを含む、方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、老化細胞を除去することができ、また、老化細胞を除去することにより病態の改善が見込まれる疾患を予防及び/又は治療することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1図1(a)~(c)は、老化関連酸性β-ガラクトシダーゼ染色の結果を示す写真である(実験例2)。図1(a)は通常食群のマウスの結果を示す。スケールバーは5mmを示す。図1(b)は、高脂肪食群のマウスの結果を示し、図1(c)は高脂肪食+SGLT2i群のマウスの結果を示す。
図2図2は、ウエスタンブロッティングの結果を示す写真である(実験例3)。
図3図3は、quantitive RT-PCRの結果を示したグラフである(実験例4)。データは、平均値±2 SE(n=6)で表示。NC:通常食、HFD:高脂肪食、Si3d:SGLT2阻害薬3日間投与、Si7d:SGLT2阻害薬7日間投与。*P<0.05、**P<0.01(一元配置分散分析後のTurkey補正の多重比較法で検定)。
図4図4(a)は、HE染色の結果を示す写真である。スケールバーは200μmを示す。図4(b)は、CLS数の計数結果を示したグラフである。(実験例5) データは、平均値±2 SE(n=6)で表示。NC:通常食、HFD:高脂肪食、Si7d:SGLT2阻害薬7日間投与。**P<0.01(一元配置分散分析後のTurkey補正の多重比較法で検定)。
図5図5(a)は、DHE染色によって酸化ストレスを評価した結果を示す写真である。スケールバーは100μmを示す。図5(b)は、DHE陽性エリアの測定結果のグラフである。(実験例5) データは、平均値±2 SE(n=6)で表示。NC:通常食、HFD:高脂肪食、Si7d:SGLT2阻害薬7日間投与。*P<0.05、**P<0.01(一元配置分散分析後のTurkey補正の多重比較法で検定)。
図6図6(a)は、quantitive RT-PCRの結果を示したグラフである。データは、平均値±2 SE(n=6)で表示。NC:通常食、HFD:高脂肪食、Si3d:SGLT2阻害薬3日間投与、Si7d:SGLT2阻害薬7日間投与。*P<0.05(一元配置分散分析後のTurkey補正の多重比較法で検定)。図6(b)はF4/80の免疫蛍光染色を示した写真である。データは、平均値±2 SE(n=3)で表示。NC:通常食、HFD:高脂肪食、Si3d:SGLT2阻害薬3日間投与、Si7d:SGLT2阻害薬7日間投与。*P<0.05(一元配置分散分析後のTurkey補正の多重比較法で検定) (実験例5)
図7図7は、quantitive RT-PCRの結果を示したグラフである(実験例6)。データは、平均値±2 SE(n=5ないし6)で表示。NC:通常食、HFD:高脂肪食、Si7d:SGLT2阻害薬7日間投与。*P<0.05、**P<0.01(一元配置分散分析後のTurkey補正の多重比較法で検定)。
図8図8(a)は、老化関連β-ガラクトシダーゼ染色の結果を示す写真である。スケールバーは2mmを示す。図8(b)は、血管の老化関連β-ガラクトシダーゼ染色性を定量した結果を示したグラフである。データは、平均値±2 SE(n=4)で表示。*P<0.05(Student’s t-test)。 (実験例7)
図9図9は、若齢及び老齢HUVECに2DG、3HB又はAICを添加した際、及び試薬を何も添加しなかった場合(Con)の細胞生存率とアポトーシス誘導率を示したグラフである(実験例9)。データは、平均値±2 SE(n=3)で表示。*P<0.05、**P<0.01(一元配置分散分析後のTurkey補正の多重比較法で検定)。
【発明を実施するための形態】
【0009】
一実施態様において、本発明は、SGLT2阻害薬を含有する老化細胞除去薬又はそのための医薬組成物を提供する。
別の実施態様において、本発明は、老化細胞除去用医薬或いは老化細胞を除去することにより病態の改善が見込まれる疾患を予防又は治療するための医薬を製造することにおける、SGLT2阻害薬の使用を提供する。
更に別の実施態様において、本発明は、老化細胞を除去するための方法或いは老化細胞を除去することにより病態の改善が見込まれる疾患を予防又は治療するための方法であって、有効量のSGLT2阻害薬を、それを必要とする対象に投与することを含む、方法を提供する。
なお更に別の実施態様において、本発明は、老化細胞を除去するために使用される又は老化細胞を除去することにより病態の改善が見込まれる疾患を予防又は治療するために使用されるSGLT2阻害薬を提供する。
特に好ましい実施態様においては、上記の老化細胞除去薬、医薬組成物、医薬などにおいて、SGLT2阻害薬を有効成分として含有する。
【0010】
(老化細胞)
本明細書における「老化細胞」とは、正常な細胞に比べて老化マーカーの発現量の上昇を示す細胞を意味する。老化マーカーとしては、老化関連酸性β-ガラクトシダーゼ、P53、P16INK4a、P21CIP1などが挙げられる。老化細胞は、G1期の不可逆的な増殖停止によって特徴付けられ、細胞周期の進行を促す遺伝子の抑制と、細胞周期を阻害するp53、p16INK4a、p21CIP1の発現上昇が関与して形成されることが知られている。
老化細胞は、分裂が停止しているが代謝的には活性なままの細胞であり得る。非分裂細胞は、何週間も生存可能であり得るが、培地中の十分な空間、栄養素、増殖因子の存在にもかかわらず、DNAを増殖・複製することができない。したがって、老化細胞に生理的刺激を加えても、老化細胞を刺激して増殖させることはできないので、この分裂の停止は、本質的に永久的なものとなる。
老化細胞は、非老化細胞とは、以下の1つ又はそれ以上の点において、異なり得る:1)老化細胞は増殖を停止し、生理的なマイトジェンによる細胞周期に再び入るように刺激することができない;2)老化細胞は、アポトーシス性の細胞死に耐性になる;3)老化細胞は、変化した分化機能を獲得する。
【0011】
老化細胞は、複製性の細胞老化、早熟性の細胞老化、又は治療により誘発される細胞老化などに起因するものであり得る。複製性の細胞老化に起因する老化細胞は、複数回の細胞分裂、例えば、40回以上、50回以上、60回以上、70回以上、80回以上の細胞分裂を経たものであってもよい。早熟性の細胞老化に起因する老化細胞は、限定されるものではないが、紫外線、活性酸素種、環境毒素、喫煙、電離放射線、クロマチン構造の歪み、過剰なマイトジェンシグナリング、発がん性突然変異などにより誘発されうる。特定の実施態様において、早熟性の細胞老化は、電離放射線によって誘導され得る。別の特定の実施態様において、早熟性の細胞老化は、Rasタンパク質を用いた異所性トランスフェクションによって誘導され得る。治療により誘発される細胞老化に起因する老化細胞は、放射線療法、化学療法、DNA損傷療法などにより誘導され得る。
【0012】
本発明が対象とする老化細胞は、一般には、真核細胞であり得る。老化細胞の例としては、以下のものが挙げられるが、これらに限定されるものではない:乳腺上皮細胞、ケラチノサイト、心筋細胞、軟骨細胞、内皮細胞(大血管)、内皮細胞(微小血管)、上皮細胞、線維芽細胞、毛乳頭細胞、肝細胞、メラニン細胞、骨芽細胞、脂肪前駆細胞、免疫系の細胞、骨格筋細胞、平滑筋細胞、脂肪細胞、ニューロン、グリア細胞、収縮性細胞、外分泌性上皮細胞、細胞外マトリックス細胞、ホルモン分泌細胞、角化上皮細胞、膵島細胞、水晶体細胞、間葉幹細胞、膵臓の腺がん細胞、小腸のパネト細胞、造血系の細胞、神経系の細胞、感知器官及び末梢神経細胞を支持する細胞、並びに、湿性重層バリア上皮細胞。
【0013】
更に、本発明が対象とする老化細胞は、血管系、造血系、上皮器官及び間質を含む再生可能な組織にも見られ得る。老化細胞はまた、老化した部位や老化に関連する慢性的な病状(例えば、変形性関節症、アテローム性動脈硬化症)の部位にも見出され得る。更に、老化細胞は、良性の形成障害の病変、前がん性の病変、良性の前立腺過形成に関連し得る。一実施態様において、老化細胞は、DNA損傷療法後の正常及び/または腫瘍組織に見出され得る。別の特定の実施態様では、老化細胞は、老化に関連する病状の部位に見出され得る。
【0014】
様々な器官や組織における老化細胞の数は、通常、年齢と共に増加する。老化細胞の蓄積は、老化及び老化関連疾患下の劣化をより進め得る。例えば、老化した組織における老化細胞の蓄積は、年齢関連組織機能障害、再生能力の減少、及び疾患に寄与し得る。一実施態様において、老化細胞が蓄積した老化組織は、増殖が必要とされるストレスに応答する能力を欠いており、それにより、老化とともに見られる健康性の低減が生じる。
【0015】
(老化細胞除去)
本明細書における「老化細胞除去」とは、老化細胞を組織又は器官などから取り除くことを意味するか、又は老化細胞を死滅させることを意味する。同じ濃度で老化細胞ではない細胞(以下、「非老化細胞」という。)が有意には死滅されず、老化細胞が選択的又は特異的に死滅されることが特に好ましい。
したがって、好ましくは、本発明で使用されるSGLT2阻害薬の非老化細胞における50%致死濃度(Lethal Concentration 50、以下、「LC50」という。)は、当該SGLT2阻害薬の老化細胞におけるLC50よりも、約2~約50倍高くあり得る。LC50とは、細胞サンプル中の細胞の半分を死滅させるのに必要な濃度である。例えば、非老化細胞におけるLC50は、老化細胞におけるLC50よりも、約2倍以上、約3倍以上、約4倍以上、約5倍以上、約6倍以上、約7倍以上、約8倍以上、約9倍以上、約10倍以上、又はそれ以上高くてもよい。或いは、非老化細胞におけるLC50は、老化細胞におけるLC50よりも、約10倍以上、約15倍以上、約20倍以上、約25倍以上、約30倍以上、約35倍以上、約40倍以上、約45倍以上、約50倍以上、又はそれ以上高くてもよい。
【0016】
老化細胞の集積は、老化関連疾患などの病態を促進することが知られている。したがって、本発明に係る老化細胞除去薬又はそのための医薬組成物を投与して老化細胞を除去することによって、老化関連疾患などの老化細胞を除去することにより病態の改善が見込まれる疾患を予防又は治療することができる。
【0017】
(老化関連疾患)
本明細書における「老化関連疾患」には、対象における細胞若しくは細胞集団における非増殖性又は老化性の状態が誘導されるか或いは維持されることによって全体的又は部分的に媒介される任意の疾患或いは状態が含まれ得る。老化関連疾患には、病状の兆候を目視することができないような組織又は器官の衰退、或いは、変性疾患や機能低下障害などの目視可能な病状が含まれ得る。
【0018】
老化関連疾患の例としては、アルツハイマー病、パーキンソン病、白内障、黄斑変性、緑内障、アテローム性動脈硬化症、急性冠症候群、心筋梗塞、脳卒中、高血圧、特発性肺線維症(IPF)、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、変形性関節症、冠動脈疾患、脳血管疾患、歯周病、種々の組織における萎縮や線維症、脳又は心臓の損傷、治療関連骨髄異形成症候群などが挙げられる。また、老化関連疾患には、ハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群、ウェルナー症候群、コケイン症候群、色素性乾皮症、毛細血管拡張性小脳失調症、ファンコニ貧血、神経障害性貧血なども含まれ得る。
【0019】
老化関連疾患の更なる例としては、狭心症などの心血管疾患、大動脈瘤、不整脈、脳動脈瘤、心拡張期機能不全、心線維症、心筋症、頚動脈疾患、冠動脈血栓症、心内膜炎、高コレステロール血症、高脂血症、僧帽弁逸脱症、末梢血管疾患などの循環器疾患;椎間板ヘルニア、口腔粘膜炎、紅斑、間質性膀胱炎、強皮症、脱毛症などの炎症性又は自己免疫疾患;認知症、ハンチントン病、運動神経機能障害、老化に伴う記憶低下、抑うつ、気分障害などの神経変性疾患;代謝症候群などの代謝性疾患;老化に伴う肺機能の低下、喘息、気管支拡張症、嚢胞性線維症、気腫などの肺疾患;バレット食道などの胃腸疾患;肝臓線維症、筋疲労、口腔内粘膜線維症、膵臓線維症、良性前立腺過形成症(BPH)、睡眠障害などの老化に伴う疾患;更年期、卵子供給低下、精子生存率低下、繁殖能低下、性欲低下、勃起機能低下、興奮などの生殖障害;アトピー性皮膚炎、皮膚紅斑、皮膚リンパ腫、ジセステジア、湿疹、好酸球性皮膚炎、皮膚の線維性増殖、色素増加症、免疫性水疱症、母斑、尋常性天疱瘡、掻痒、乾癬、発疹、反応性好中球皮膚疾患、皺、蕁麻疹などの皮膚疾患;移植後腎臓線維症;頚動脈血栓症などが挙げられる。
【0020】
更に、老化関連疾患の好ましい例としては、心不全、動脈硬化症、動脈硬化性の脳心血管疾患、高血圧症などの循環器疾患;脳梗塞、脳出血などの脳血管疾患;脂質異常症などの代謝性疾患;肺線維症、肺気腫などの呼吸器疾患;骨格筋萎縮(サルコペニア)、変形性関節症などの運動器症候群;認知症、フレイルなどの老年症候群;がん;慢性腎臓病;白内障、緑内障、加齢黄斑変性症、老眼などの眼疾患;加齢性脱毛;加齢性難聴;加齢に伴う腰痛や関節痛などの痛み;皮脂欠乏性湿疹や皮膚掻痒症などの皮膚疾患;脂肪肝、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)、肝硬変などの肝疾患;骨粗鬆症や変形性骨関節症などの骨疾患;ハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群、ウエルナー症候群、コケイン症候群、ロスモンド・トムソン症候群などの早老症などが挙げられる。
(SGLT2阻害薬)
【0021】
本発明で用いられるSGLT2阻害薬としては、SGLT2による糖の再吸収を阻害する薬物が挙げられる。より具体的なSGLT2阻害薬としては、低分子化合物、SGLT2発現阻害薬、SGLT2特異的結合物質などが挙げられる。
【0022】
(低分子化合物)
SGLT2阻害薬である低分子化合物としては、例えば、カナグリフロジン[(1S)-1,5-Anhydro-1-C(-3{[5-(4-fluorophenyl)thiophen-2-yl]methyl}-4-methylphenyl)-D-glucitol]、エンパグリフロジン[(1S)-1,5-Anhydro-1-C-{4-chloro-3-[(4-{[(3S)-oxolan-3-yl]oxy}phenyl)methyl]phenyl}-D-glucitol]、イプラグリフロジン[(1S)-1,5-Anhydro-1-C-{3-[(1-benzothiophen-2-yl)methyl]-4-fluorophenyl}-D-glucitol]、ダパグリフロジン[(1S)-1,5-Anhydro-1-C-{4-chloro-3-[(4-ethoxyphenyl)methyl]phenyl}-D-glucitol]、ルセオグリフロジン[(2S,3R,4R,5S,6R)-2-{5-[(4-Ethoxyphenyl)methyl]-2-methoxy-4-methylphenyl}-6-(hydroxymethyl)thiane-3,4,5-triol]、トホグリフロジン[(1S,3’R,4’S,5’S,6’R)-6-[(4-Ethylphenyl)methyl]-6’-(hydroxymethyl)-3’,4’,5’,6’-tetrahydro-3H-spiro[2-benzofuran-1,2’-pyran]-3’,4’,5’-triol]、セルグリフロジンエタボナート[2-(4-Methoxybenzyl)phenyl 6-O-(ethoxycarbonyl)-β-D-glucopyranoside]、レモグリフロジンエタボナート[5-Methyl-1-(propan-2-yl)-4-[[4-[(propan-2-yl)oxy]phenyl]methyl]-1H-pyrazol-3-yl 6-O-(ethoxycarbonyl)-β-D-glucopyranoside]、エルツグリフロジン[(1S,2S,3S,4R,5S)-5-[4-Chloro-3-[(4-ethoxyphenyl)methyl]phenyl]-1-(hydroxymethyl)-6,8-dioxabicyclo[3.2.1]octane-2,3,4-triol]、ソタグリフロジン[Methyl (5S)-5-C-[4-chloro-3-[(4-ethoxyphenyl)methyl]phenyl]-1-thio-β-L-xylopyranoside]、及びこれらの薬学的に許容される塩が挙げられる。これらの化合物は、公知の製造方法又は当該方法に改変を施した任意の製造方法により、製造することができる。
【0023】
SGLT2阻害薬である低分子化合物の薬学的に許容される塩としては、例えば、リチウム、ナトリウム、カリウムなどのアルカリ金属との塩;カルシウム、マグネシウムなどの第2族金属との塩;亜鉛又はアルミニウムとの塩;アンモニア、コリン、ジエタノールアミン、リジン、エチレンジアミン、t-ブチルアミン、t-オクチルアミン、トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン、N-メチル-グルコサミン、トリエタノールアミン、デヒドロアビエチルアミンなどのアミンとの塩;塩酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸、硫酸、硝酸、リン酸などの無機酸との塩;ギ酸、酢酸、プロピオン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、フマール酸、マレイン酸、乳酸、リンゴ酸、酒石酸、クエン酸、メタンスルホン酸、エタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸などの有機酸との塩;アスパラギン酸、グルタミン酸などの酸性アミノ酸との塩などが挙げられる。
【0024】
更に、SGLT2阻害薬である低分子化合物の薬学的に許容される塩には、当該低分子化合物の分子内塩、水和物、L-プロリン等との共結晶、(2S)-プロパン-1,2-ジオール等との溶媒和物なども包含される。
【0025】
(SGLT2発現阻害薬)
SGLT2発現阻害薬としては、例えば、siRNA、shRNA、miRNA、リボザイム、アンチセンス核酸、低分子化合物などが挙げられる。これらの発現阻害薬を投与することにより、SGLT2の発現を阻害することができる。
【0026】
siRNA(small interfering RNA)は、RNA干渉による遺伝子サイレンシングのために用いられる21~23塩基対の低分子2本鎖RNAである。
細胞内に導入されたsiRNAは、RNA誘導サイレンシング複合体(RISC)と結合する。この複合体はsiRNAと相補的な配列を持つmRNAに結合し切断する。これにより、配列特異的に遺伝子の発現を抑制する。
【0027】
siRNAは、センス鎖及びアンチセンス鎖オリゴヌクレオチドをDNA/RNA自動合成機でそれぞれ合成し、例えば、適当なアニーリング緩衝液中、90~95℃で約1分程度変性させた後、30~70℃で約1~8時間アニーリングさせることにより調製することができる。
【0028】
shRNA(short hairpin RNA)は、RNA干渉による遺伝子サイレンシングのために用いられるヘアピン型のRNA配列である。shRNAは、ベクターによって細胞に導入し、U6プロモーター又はH1プロモーターで発現させてもよいし、shRNA配列を有するオリゴヌクレオチドをDNA/RNA自動合成機で合成し、siRNAと同様の方法によりセルフアニーリングさせることによって調製してもよい。細胞内に導入されたshRNAのヘアピン構造は、siRNAへと切断され、RNA誘導サイレンシング複合体(RISC)と結合する。この複合体はsiRNAと相補的な配列を持つmRNAに結合し切断する。これにより、配列特異的に遺伝子の発現を抑制する。
【0029】
miRNA(microRNA、マイクロRNA)は、ゲノム上にコードされ、多段階的な生成過程を経て最終的に約20塩基の微小RNAとなる機能性核酸である。miRNAは、機能性のncRNA(non-coding RNA、非コードRNA:タンパク質に翻訳されないRNAの総称)に分類されており、他の遺伝子の発現を調節するという、生命現象において重要な役割を担っている。特定の塩基配列を有するmiRNAを生体に投与することにより、SGLT2の発現を阻害することができる。
【0030】
リボザイムは、触媒活性を有するRNAである。リボザイムには種々の活性を有するものがあるが、RNAを切断する酵素としてのリボザイムの研究により、RNAの部位特異的な切断を目的とするリボザイムの設計が可能となっている。リボザイムは、グループIイントロン型、RNasePに含まれるM1RNA等の400ヌクレオチド以上の大きさのものであってもよく、ハンマーヘッド型、ヘアピン型などと呼ばれる40ヌクレオチド程度のものであってもよい。
【0031】
アンチセンス核酸は、標的配列に相補的な核酸である。アンチセンス核酸は、三重鎖形成による転写開始阻害、RNAポリメラーゼによって局部的に開状ループ構造が形成された部位とのハイブリッド形成による転写抑制、合成の進みつつあるRNAとのハイブリッド形成による転写阻害、イントロンとエクソンとの接合点でのハイブリッド形成によるスプライシング抑制、スプライソソーム形成部位とのハイブリッド形成によるスプライシング抑制、mRNAとのハイブリッド形成による核から細胞質への移行抑制、キャッピング部位やポリ(A)付加部位とのハイブリッド形成によるスプライシング抑制、翻訳開始因子結合部位とのハイブリッド形成による翻訳開始抑制、開始コドン近傍のリボソーム結合部位とのハイブリッド形成による翻訳抑制、mRNAの翻訳領域やポリソーム結合部位とのハイブリッド形成によるペプチド鎖の伸長阻止、核酸とタンパク質との相互作用部位とのハイブリッド形成による遺伝子発現抑制等により、標的遺伝子の発現を抑制することができる。
【0032】
siRNA、shRNA、miRNA、リボザイム及びアンチセンス核酸は、安定性や活性を向上させるために、種々の化学修飾を含んでいてもよい。例えば、ヌクレアーゼ等の加水分解酵素による分解を防ぐために、リン酸残基を、例えば、ホスホロチオエート(PS)、メチルホスホネート、ホスホロジチオネート等の化学修飾リン酸残基に置換してもよい。また、少なくとも一部をペプチド核酸(PNA)等の核酸類似体により構成してもよい。
【0033】
(SGLT2特異的結合物質)
SGLT2特異的結合物質としては、SGLT2に特異的に結合してSGLT2の機能を阻害するものが挙げられ、例えば、抗体、抗体断片、アプタマーなどが挙げられる。抗体は、例えば、マウス等の動物に、SGLT2タンパク質又はその断片を抗原として免疫することによって作製することができる。或いは、抗体は、例えば、ファージライブラリーのスクリーニングにより作製することができる。抗体断片としては、Fv、Fab、scFvなどが挙げられる。抗体は、モノクローナル抗体であることが好ましい。また、抗体は、市販の抗体であってもよい。アプタマーは、標的物質に対する特異的結合能を有する物質である。アプタマーとしては、核酸アプタマー、ペプチドアプタマーなどが挙げられる。標的ペプチドに特異的結合能を有する核酸アプタマーは、例えば、systematic evolution of ligand by exponential enrichment(SFLEX)法などにより選別することができる。また、標的ペプチドに特異的結合能を有するペプチドアプタマーは、例えば酵母を用いたTwo-hybrid法などにより選別することができる。
【0034】
一実施態様において、本発明は、SGLT2阻害薬及び薬学的に許容される担体を含有する、老化細胞除去用医薬組成物を提供する。本実施態様の医薬組成物を投与することによって、老化細胞を除去することができる。また、老化細胞を除去することによって、老化細胞を除去することにより病態の改善が見込まれる疾患(好ましくは、老化関連疾患)を予防又は治療することができる。すなわち、本実施態様は、老化細胞を除去することにより病態の改善が見込まれる疾患の予防又は治療用医薬組成物も提供する。
【0035】
本実施態様の医薬組成物は、経口的に使用される剤型又は非経口的に使用される剤型に製剤化されていてもよい。経口的に使用される剤型としては、例えば、錠剤、カプセル剤、エリキシル剤、マイクロカプセル剤などが挙げられる。非経口的に使用される剤型としては、例えば、注射剤、軟膏剤、貼付剤などが挙げられる。
【0036】
薬学的に許容される担体としては、医薬組成物の製造に通常用いられるものであれば、特に制限なく用いることができる。具体的な例としては、例えば、ゼラチン、コーンスターチ、トラガントガム、アラビアゴム等の結合剤;デンプン、結晶性セルロース等の賦形剤;アルギン酸等の膨化剤;水、エタノール、グリセリン等の注射剤用溶剤;ゴム系粘着剤、シリコーン系粘着剤等の粘着剤などが挙げられる。
【0037】
医薬組成物は添加剤を含んでいてもよい。添加剤としては、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸マグネシウム等の潤滑剤;ショ糖、乳糖、サッカリン、マルチトール等の甘味剤;ペパーミント、アカモノ油等の香味剤;ベンジルアルコール、フェノール等の安定剤;リン酸塩、酢酸ナトリウム等の緩衝剤;安息香酸ベンジル、ベンジルアルコール等の溶解補助剤;酸化防止剤;防腐剤などが挙げられる。
【0038】
医薬組成物は、SGLT2阻害薬、薬学的に許容される担体及び所望により添加剤を適宜組み合わせて、一般に認められた製薬実施に要求される単位用量形態で混和することによって製剤化することができる。
【0039】
SGLT2阻害薬を投与する対象としては、限定されるものではないが、例えば、ヒト、サル、イヌ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ブタ、ウサギ、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、及びそれらの細胞などが挙げられる。なかでも、哺乳動物又は哺乳動物細胞が好ましく、ヒト又はヒト細胞が特に好ましい。
【0040】
SGLT2阻害薬の投与量は、投与する具体的な対象、対象の症状、体重、年齢、性別などによって異なり、一概には決定できないが、経口投与の場合には、成人であれば、例えば、投与単位形態あたり約0.1~約100mg/kg体重のSGLT2阻害薬を投与すればよい。また、注射剤の場合には、成人であれば、例えば、投与単位形態あたり約0.01~約50mgのSGLT2阻害薬を投与すればよい。
【0041】
また、SGLT2阻害薬の1日投与量は、投与する具体的な対象、対象の症状、体重、年齢、性別などによって異なり、一概には決定できないが、例えば、成人であれば、1日あたり約0.1~約100mg/kg体重のSGLT2阻害薬を1日1回又は2~3回程度に分けて投与すればよい。
【0042】
本発明に係るSGLT2阻害薬は、SGLT2阻害薬以外の老化細胞除去薬及び他の疾患の治療薬からなる群より選択される少なくとも1つと組合せて、使用してもよい。SGLT2阻害薬と他の薬剤とは、同一の製剤にしてもよいし、別々の製剤にしてもよい。また、各製剤は、同一の投与経路で投与してもよいし、別々の投与経路で投与してもよい。投与経路としては、例えば、経口又は注射が挙げられる。更に、各製剤は、同時に投与してもよいし、逐次的に投与してもよいし、一定の時間ないし期間を空けて別々に投与してもよい。一実施態様において、SGLT2阻害薬と他の薬剤とは、これらを包含するキットとしてもよい。
【実施例
【0043】
以下に、実施例を用いて本発明を更に詳細に説明するが、本発明は、これらにより何ら限定されるものではない。
【0044】
[実験例1]
(肥満モデルマウスの作製)
4週齢の野生型マウス(C57BL/6NCr)に8週間高脂肪食を与え、摂餌性肥満モデルマウスを作製した。続いて、作製した肥満モデルマウスにSGLT2阻害薬であるカナグリフロジンを0.03%W/W混餌経口投与した(以下、「高脂肪食+SGLT2i群」という。)。
【0045】
また、比較のために、4週齢の野生型マウス(C57BL/6NCr)に8週間通常食を与えたマウス(以下、「通常食群」という。)、及びカナグリフロジンを投与しなかった点以外は上記と同様の肥満モデルマウス(以下、「高脂肪食群」という。)を用意した。
【0046】
[実験例2]
(老化関連酸性β-ガラクトシダーゼ活性の検討)
実験例1において、カナグリフロジンの投与開始から1週間後に各群のマウスから内臓脂肪組織(精巣周囲脂肪組織)を採取した。
【0047】
続いて、各群のマウスから採取した内臓脂肪組織中の老化細胞を、定法(Dimri G. P.,et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 92(20), 9363-9367, 1995)にしたがって検出した。具体的には、各内臓脂肪組織を老化関連酸性β-ガラクトシダーゼ染色し、老化細胞を検出した。この染色により、老化細胞が青く染色された。
【0048】
結果を、図1(a)~(c)に示す。図1(a)は通常食群のマウスの結果を示す。スケールバーは5mmを示す。図1(b)は、高脂肪食群のマウスの結果を示し、図1(c)は高脂肪食+SGLT2i群のマウスの結果を示す。
【0049】
その結果、SGLT2阻害薬の投与により、1週間という短期間内に内臓脂肪組織の老化細胞が顕著に減少したことが明らかとなった。短期間に老化細胞が減少していることから、SGLT2阻害薬の投与により、老化細胞が除去されたと判断された。また、高脂肪食+SGLT2i群のマウスでは、内臓脂肪の炎症所見の軽減も認められた。
【0050】
[実験例3]
(p53タンパク質の発現量の検討)
p53タンパク質は、細胞老化を促進する老化促進分子として中心的役割を担うことが知られている。本発明者は、以前に、肥満ストレスを加えると、内臓脂肪組織においてp53シグナルの上昇を介した細胞老化反応が促進され、内臓脂肪炎症が惹起され、全身の代謝不全が生じ、糖尿病の病態が形成、増悪することを明らかにした。そこで、肥満モデルマウスの脂肪組織におけるp53タンパク質の発現を検討した。
【0051】
具体的には、実験例2で採取した内臓脂肪組織の一部を用いて、ウエスタンブロッティング法により、p53タンパク質の発現量を測定した。抗p53抗体としては、型式「1C12」(CST)を用いた。また、ローディングコントロールとして、抗β-アクチン抗体(型式「13E5」、CST)を用いてβ-アクチンタンパク質を検出した。
【0052】
図2は、ウエスタンブロッティングの結果を示す写真である。
その結果、肥満モデルマウスにSGLT2阻害薬を投与することにより、内臓脂肪組織におけるp53の発現量が頑著に低下することが明らかとなった。この結果は、SGLT2阻害薬の投与により、老化細胞が除去されることを更に支持するものである。
【0053】
[実験例4]
(老化マーカーp21(Cdkn1a)及びp16(Cdkn2a)のmRNA発現量の検討)
P53と共に老化シグナルとして重要な働きを担っているp21及びp16のmRNA発現について検討した。
【0054】
具体的には、カナグリフロジンの投与開始から3日後及び1週間後に各群のマウスから採取した内臓脂肪組織(精巣周囲脂肪)の一部から、RNA-Bee(商標)(Tel-Test)でRNAを抽出した。採取したRNAをNanodrop(Thermo)で定量後、1μgのRNAをQuantiTect Reverse Transcription Kit(Quiagen)を使ってcDNA化した。このcDNAを用いて、Light Cycler 480(Roche)とTaqman Universal Probe Library and the Light Cycler Master(Roche)とを用いたquantitive RT-PCR法にて、Actbをハウスキーピング遺伝子として用いたp21及びp16のmRNAの相対発現量を定量した。各RNAに対するprimerは、Rocheホームページ内にあるProbe finderを用いてデザインした。
【0055】
図3は、quantitive RT-PCRの結果を示したグラフである。SGLT2阻害薬の投与により、高脂肪食負荷によるp21 mRNAレベルの増加が有意に抑制され、p16も同様の傾向を認めた。この結果からも、SGLT2阻害薬によって老化細胞が除去されていることが強く示唆された。
【0056】
[実験例5]
(脂肪炎症及び脂肪組織の酸化ストレスへの影響の検討)
肥満の内臓脂肪組織ではマクロファージを主体とした炎症細胞浸潤が生じ、crown-like structure(CLS)と呼ばれる細胞死に陥った脂肪細胞をマクロファージが取り囲み貪食・処理する特徴的な組織構造がみられると共に、酸化ストレスが亢進する。そこで、SGLT2阻害薬の肥満モデルマウスの白色脂肪組織における脂肪老化、脂肪炎症への影響について検討した。
【0057】
具体的には、実験例4で採取した内臓脂肪の一部を10%マイルドホルム(和光)にて24時間以上浸潤固定した。サンプルを脱水後パラフィンに包埋し、5μm厚で薄切した切片をスライドガラスに貼り付け、ヘマトキシリン-エオジン(HE)染色及びdihydroethidium(DHE)染色、F4/80抗体による免疫蛍光染色に供した。染色した切片は、Biorevo(Keyence Co.)又は必要に応じて共焦点顕微鏡で撮像した。HE染色像では400倍での撮影のほか、40倍視野1枚におけるcrown-like structureの平均個数を計測した。DHE染色ではランダムに撮影した400倍視野像より一定の値以上の赤色値の視野あたりの割合(%)をImageJを用いて計測した。F4/80抗体による免疫蛍光染色では1視野中の核数あたりのF4/80陽性細胞の割合(%)を計測した。また、実験例4に記載した方法に準じて、quantitive RT-PCR法によってCCL2及びTNFαのmRNAを定量した。
【0058】
図4(a)は、HE染色の結果を示す写真である。スケールバーは200μmを示す。図4(b)は、CLS数の計数結果を示したグラフである。高脂肪食負荷によって亢進したマクロファージの浸潤とCLS構造の増加が、SGLT2阻害薬の投与によって顕著に減少した。
図5(a)は、DHE染色によって酸化ストレスを評価した結果を示す写真である。スケールバーは100μmを示す。図5(b)は、DHE陽性エリアの測定結果のグラフである。高脂肪食によって亢進した酸化ストレスも、SGLT2阻害薬の投与で顕著に抑制された。
図6(a)は、quantitive RT-PCRの結果を示したグラフである。図6(b)はF4/80の免疫蛍光染色を示した写真である。SGLT2阻害薬の投与により、脂肪組織中へのマクロファージの浸潤は残るものの、CCL2及びTNFαといった炎症関連分子のmRNA発現の低下傾向が見られた。以上の結果から、SGLT2阻害薬は肥満モデルにおいて、脂肪老化の改善に伴って脂肪炎症や酸化ストレスをも軽減させることが明らかとなった。
【0059】
[実験例6]
(内臓脂肪組織以外の臓器における老化シグナルに及ぼす影響の検討)
SGLT2阻害薬が内臓脂肪組織以外の臓器の老化シグナルに対しても抑制効果を示すか否かについても検討した。
【0060】
具体的には、実験例2で内臓脂肪組織を採取した際に同じマウスから採材した心臓、腎臓、骨格筋(四頭筋)、褐色脂肪組織のp16及びp21のmRNA発現量を、実験例4に記載したものと同じ方法を使って定量した。
【0061】
図7は、quantitive RT-PCRの結果を示したグラフである。SGLT2阻害薬の投与により、心臓のp21、腎臓のp16及びp21、骨格筋のp21、褐色脂肪組織のp16のmRNAレベルがそれぞれ低下する傾向が認められた。この結果から、SGLT2阻害薬は、内臓脂肪組織以外の複数の臓器においても老化細胞除去効果を発揮しているものと考えられた。
【0062】
[実験例7]
(動脈硬化モデルマウスでの検討)
SGLT2阻害薬が動脈硬化モデルマウスの血管の老化細胞を除去する効果を示すか否かについて検討した。
【0063】
4週齢のApoE欠失(ApoE-/-)マウスに12週間高脂肪食を与え、続いてSGLT2阻害薬カナグリフロジンを0.03%W/W混餌経口投与した(以下、「HFD+SGLT2i群」という。)。また、比較のために、カナグリフロジンを投与しなかった点以外は上記と同様のマウス(以下、「HFD群」という。)を用意した。カナグリフロジンの投与開始から2週間後に各群のマウスから血管(大動脈基部から下行大動脈横隔膜上まで)を採取した。続いて、各群のマウスから採取した血管中の老化細胞を、実験例2に記載した方法に準じて検出した。染色性については上行大動脈より弓部左鎖骨下動脈分枝部までの範囲を計測した。
【0064】
図8(a)は、老化関連β-ガラクトシダーゼ染色の結果を示す写真である。スケールバーは2mmを示す。図8(b)は、血管の老化関連β-ガラクトシダーゼ染色性を定量した結果を示したグラフである。SGLT2阻害薬の投与によって、青く染色される老化細胞が減少しており、血管においても老化細胞が除去されることが明らかとなった。
【0065】
[実験例8]
(早老症モデルマウスでの検討)
13週齢のハッチンソン・ギルフォード早老症モデルマウス(Zmpste24欠失マウス)にSGLT2阻害薬カナグリフロジンを0.03%W/W混餌経口投与し、マウスの一般状態を観察した。
【0066】
カナグリフロジンの投与開始から3~4週間後のカナグリフロジン投与早老症モデルマウス(以下、「KO+SGLT2i」という。)とカナグリフロジンを投与しなかった早老症モデルマウス(以下、「KO」という。)とを比較すると、KOでは毛並の悪化や脱毛が観察されたが、KO+SGLT2iではそのような変化は軽減された。この結果から、SGLT2阻害薬の投与が早老症モデルマウスの病態進行を抑制する可能性を示唆するものと考えられた。
【0067】
[実験例9]
(培養老化細胞での検討)
短期間のSGLT2阻害薬の投与で老化細胞が減少したマウスの血液及び各種組織のメタボローム解析を実施した結果、血中ならびに各組織におけるケトン体濃度の増加や血中AICAR(5-Aminoimidazole-4-carboxamide-1-β-D-ribofuranoside)の有意な増加を認めた。また、SGLT2阻害により脂肪酸酸化が亢進し解糖系の抑制がみられること、及び老化細胞では解糖系の亢進がみられることが知られている。そこで、3-Hydroxybutyrate(以下、「3HB」という。)、AICAR(以下、「AIC」という。)及び解糖系抑制効果を持つ2-deoxyglucose(以下、「2DG」という。)が老化細胞の細胞死誘導作用を有するかについて検討した。
【0068】
具体的には、ヒト臍帯静脈由来血管内皮細胞(human umbilical vein derived endothelial cell(HUVEC)、Lonza)を所定の培養液(EBM-2/EGM-2、Lonza)で培養した。10継代未満を若齢、15継代以上経たものを老齢として取り扱った。若年または老齢HUVECに対し、2DG、3HB、AICをそれぞれ1mM、20mM、200μMの濃度となるよう培養液中に添加し、48時間後に細胞を回収した。回収した細胞に対して、ApoTox-Glo(商標) Triplex Assay kit(Promega)を用いた蛍光/吸光度測定による生存率の評価を実施した。また、AnnexinV(Becton & Dickinson(BD))、PI(Sigma-Aldritch)、Hoechst33258(Invitrogen)を用いて死細胞染色を施し、FACSによる解析でアポトーシス誘導細胞の割合を定量した。
【0069】
図9は、若齢及び老齢HUVECに2DG、3HB又はAICを添加した際、及び試薬を何も添加しなかった場合(Con)の細胞生存率とアポトーシス誘導率を示したグラフである。Conと比べて、2DG及び3HBは老齢細胞選択的にアポトーシス誘導率を上昇させ、細胞生存率の低下を引き起こすことが明らかとなった。AICでもアポトーシス誘導率の増加と細胞生存率の低下を認めたが、2DGや3HBのような老齢細胞選択的ではなく、むしろ若齢細胞でより強力な効果を示した。以上の結果から、2DG及び3HBに老化細胞選択的な細胞除去効果があることが明らかとなり、SGLT2阻害薬は解糖系抑制及びケトン体の上昇を介して老化細胞を除去している可能性が示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明によれば、老化細胞を除去することができ、また、老化細胞を除去することにより病態の改善が見込まれる疾患を予防及び/又は治療することができる。
【0071】
本明細書において、単数で記載される物は、特段異なる規定がなされていない限り、また、文脈上明らかに異なることを意味しない限り、複数で用いてもよいことは、当業者には明らかである。
また、本発明の精神から逸脱することなく、本明細書に記載した実施態様に任意の改変を加えることができることは当業者には明らかであり、そのような改変物も、本発明の範囲に包含される。
【0072】
本出願は、日本国で出願された特願2016-167679号の優先権を主張するものであり、その開示内容全てを参照により本明細書に援用する。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9