(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-01
(45)【発行日】2023-12-11
(54)【発明の名称】フェライト系ステンレス鋼
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20231204BHJP
C22C 38/28 20060101ALI20231204BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20231204BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/28
C22C38/60
(21)【出願番号】P 2022528748
(86)(22)【出願日】2021-05-21
(86)【国際出願番号】 JP2021019473
(87)【国際公開番号】W WO2021246208
(87)【国際公開日】2021-12-09
【審査請求日】2022-11-07
(31)【優先権主張番号】P 2020096432
(32)【優先日】2020-06-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】弁理士法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】福元 成雄
(72)【発明者】
【氏名】三平 啓
(72)【発明者】
【氏名】金子 農
(72)【発明者】
【氏名】井上 宜治
【審査官】川村 裕二
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/017053(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/189858(WO,A1)
【文献】特開2015-196842(JP,A)
【文献】特開2020-164924(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 1/00-11/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学成分が、質量%で、
C:0.001~0.02%、
Si:0.02~1.5%、
Mn:1.5%以下、
P:0.040%以下、
S:0.006%以下、
Cr:10~25%、
Al:0.01~0.20%、
O:0.0005~0.010%、
N:0.005~0.025%、
Ca:0.0030%以下
を含有し、更に
Ti:0.35%以下、
Nb:0.70%以下
の一方又は両方を含有し、残部Feおよび不純物からなり、
鋼表面において、CaOを含有する最大径2μm以上の介在物のうち、外周部に1種または2種以上のM(C,N)を伴い、かつM(C,N)部の面積率が40%以上である介在物の個数割合が70%以上である
ことを特徴とするフェライト系ステンレス鋼。
ここで、M(C,N)は元素Mの炭窒化物を表し、MはTi、Nb、Crから選ばれる1種または2種以上の元素であり、その他元素の合計として1%未満を含んでも良い。
【請求項2】
請求項1に記載の化学成分に加え、前記Feの一部に代えて、質量%で、V:2.0%以下、Zr:0.0050%以下、B:0.0001~0.0020%、Ga:0.010%以下の1種または2種以上を含有し、前記M(C,N)の元素MがTi、Nb、Cr、V、Zr、B、Gaから選ばれる1種または2種以上の元素であることを特徴とする請求項1に記載のフェライト系ステンレス鋼。
【請求項3】
更に、前記Feの一部に代えて、質量%で、Mo:2.0%以下、Mg:0.0030%以下、REM:0.01%以下、Ta:0.001~0.100%、Ni:0.1~2.0%、Sn:0.01~0.50%、Cu:0.01~2.00%、W:0.05~1.00%、Co:0.10~1.00%、Sb:0.01~0.30%の1種または2種以上を含有する請求項1または請求項2に記載のフェライト系ステンレス鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐発銹性に優れるフェライト系ステンレス鋼に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼は一般に塗装等を行わず、無垢のまま実用に供されるものであるため、鋼材の表面に露出したCaSを起点とする発銹が問題になる。CaSの生成機構としては、溶鋼中で晶出するタイプと、凝固完了後の鋳片加熱時などにCaOを含む介在物と母材に含まれるSが反応して生成するタイプとが知られている。前者のタイプは近年の精錬能力の向上により安定的に低S化が達成できるようになったことから問題となることが少なくなってきた一方、後者のタイプは現在でも問題となることが多く、これらを抑制するための取り組みとして、溶製条件の制御によるものが知られている。
【0003】
例えば、特許文献1には精錬終了時のスラグ中CaO濃度を35%以下に制御することでCaOへのSの集積を抑制し、またMgO濃度を30%以下にすることでCaSと格子整合性の良い固相MgOが生成してCaSが容易に析出するのを防止し、耐銹性に優れた高Alステンレス鋼を製造可能な方法が開示されている。
【0004】
特許文献2および特許文献3ではX値で表される介在物の組成に関する式の値を一定以下にするとともに、[Ca]、[S]、[Al]、T.[O]からなる式を満たすように精錬を行うことでCaS生成を抑制し、発銹の少ないフェライト系ステンレス鋼を提供することを特徴とする。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平5-339620号公報
【文献】特開2012-184494号公報
【文献】特開2014-162948号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記技術では解決できない課題が存在していた。
特許文献1の技術はスラグのCaO濃度を低位にすることが必要なため、高Alの成分系であっても、脱酸を安定的に行うためには慎重な制御が必要になる等、操業上の負荷が大きくなる。また脱硫挙動も不安定になりやすく、却ってCaSやその他の硫化物が生成して耐銹性を悪化させることもある。
【0007】
特許文献2および特許文献3の技術では、スラグ組成や溶鋼中CaやSの濃度に関する制約が多く、精錬負荷の増大によるコストアップが問題となる。
【0008】
そこで本発明は上記現状の問題点に鑑み、CaSの少ない耐発銹性に優れるフェライト系ステンレス鋼を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上記のように残存する課題を解決するためになされたものであって、その要旨は以下の通りである。
[1]化学成分が、質量%で、C:0.001~0.02%、Si:0.02~1.5%、Mn:1.5%以下、P:0.040%以下、S:0.006%以下、Cr:10~25%、Al:0.01~0.20%、O:0.0005~0.010%、N:0.005~0.025%、Ca:0.0030%以下を含有し、更にTi:0.35%以下、Nb:0.70%以下の一方又は両方を含有し、残部Feおよび不純物からなり、CaOを含有する最大径2μm以上の介在物のうち、外周部に1種または2種以上のM(C,N)を伴い、かつM(C,N)部の面積率が40%以上である介在物の個数割合が70%以上であることを特徴とするフェライト系ステンレス鋼。
ここで、M(C,N)は元素Mの炭窒化物を表し、MはTi、Nb、Crから選ばれる1種または2種以上の元素であり、その他元素の合計として1%未満を含んでも良い。
[2][1]に記載の化学成分に加え、前記Feの一部に代えて、質量%で、V:2.0%以下、Zr:0.0050%以下、B:0.0001~0.0020%、Ga:0.010%以下の1種または2種以上を含有し、前記M(C,N)の元素MがTi、Nb、Cr、V、Zr、B、Gaから選ばれる1種または2種以上の元素であることを特徴とする[1]に記載のフェライト系ステンレス鋼。
[3]更に、前記Feの一部に代えて、質量%で、Mo:2.0%以下、Mg:0.0030%以下、REM:0.01%以下、Ta:0.001~0.100%、Ni:0.1~2.0%、Sn:0.01~0.50%、Cu:0.01~2.00%、W:0.05~1.00%、Co:0.10~1.00%、Sb:0.01~0.30%の1種または2種以上を含有する[1]または[2]に記載のフェライト系ステンレス鋼。
【0010】
CaSを含有する介在物を起点とした発銹の少ないフェライト系ステンレス鋼を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】M(C,N)部の面積率と被覆率との関係を示す図である。
【
図2】本発明の条件を満たす介在物の割合とSST試験結果の関係を示す図である。
【
図3】本発明の対象となる介在物の観察面および介在物サイズの測定方法を示す図である。
【
図4】介在物の外周部にM(C,N)部が伴っている介在物の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の内容を詳細に説明する。
<CaSの形成(鋳片段階)>
まず、本発明を着想するに至った実験について述べる。
【0013】
ステンレス鋼で発銹の起点になるとされるCaSは鋳片の段階、つまり製鋼段階では存在していなくても、前述のように熱間圧延前の鋳片加熱時に母材中のSが拡散し、介在物中のCaOと反応して生成するとされている。
【0014】
そこで、CaSの生成に及ぼす鋳片加熱条件の影響を調査した。種々の成分を持つフェライト系ステンレス鋼鋳片から試料を切り出し、大気雰囲気下、1000~1300℃の条件で5分~3時間加熱した後に空冷を行い、適当な断面を切り出して鏡面仕上げで研磨を行った。
【0015】
無作為に選んだ最大径が5μm以上の介在物20個についてEPMAを用いた元素濃淡マッピングを行い、CaSの生成状況を確認した。その結果、加熱条件が高温で長時間であるほどCaSの生成が顕著であり、また高温でも5分程度の短時間ではCaSは生成しないことが分かった。このことから、CaSの生成が起こり得る加熱を含む工程として、焼鈍等の短時間加熱は除外されることが分かった。
【0016】
また長時間加熱の条件では[S]≦5ppmのような極低Sの試料ではCaSの生成が少なかったが、そうではない場合([S]>5ppmの場合)ではCaSが顕著に生成している介在物とCaSが全く生成していない介在物が同一の試料中に存在している場合があることが分かった。
【0017】
更に詳細に調査すると、CaSが全く生成していない介在物は、CaOを含有する介在物の周囲を炭化物や窒化物、炭窒化物等が覆っていることが分かった。前述の通りCaSは母材に含まれるSが拡散し、介在物中のCaOと反応して生成するので、介在物の周囲を覆う炭化物や窒化物、炭窒化物によってSの拡散が物理的に遮断された結果、CaSの生成が抑制されたものと考えられる。
【0018】
次に、CaOを含有する介在物の外周部に存在する炭化物や窒化物、炭窒化物について調査を行ったところ、C,N以外の元素はTi、Nb、Cr、V、Zr、B、Ga等であることが分かった。これらは純物質に近い組成の場合もあれば、複数の炭化物や窒化物が固溶した状態の場合もあった。そのため以下では炭化物、窒化物、炭窒化物を区別せずにM(C,N)と表す。前述のようにMは1種とは限らず、2種以上である場合もある。またCaOを含有する介在物の外周部に存在するM(C,N)は、2相以上が共存している場合もあった。
【0019】
<介在物の形態(加工後の段階(鋼板段階)と鋳片段階の比較)>
次に介在物の形態について、圧延等の加工後の段階と鋳片段階との関係について調査を行った。
【0020】
熱延板や冷延板(以下総称して「鋼板」という。)の介在物を観察すると、CaOを含有する介在物の外周部にM(C,N)が伴っているものの、覆われてはいない場合もあった。このような介在物の中にもCaSが顕著に生成している場合とほとんど生成していない場合があることが分かった。前述の通り、CaSは鋳片加熱時に生成するため、鋳片段階でCaOを含有する介在物の酸化物部分の外周部をM(C,N)が覆っていればCaSは生成しない。このことから、熱延板や冷延板等、加工を受けて変形した後のM(C,N)を伴ったCaOを含有する介在物について、CaSが顕著に生成している場合は鋳片段階でM(C,N)に覆われておらず、CaSがほとんど生成していない場合は鋳片段階でM(C,N)に覆われていたものと推定される。しかし、鋳片段階でM(C,N)に覆われていたものと推定される場合であっても、鋼板段階では、介在物の外周部にM(C,N)が伴っているものの、覆われてはいない場合があるため、CaSがほとんど生成していないことを示す指標として用いることができない。
【0021】
そこで、鋼板段階での介在物観察によって、CaSがほとんど生成していないことを示す指標を見いだすべく、検討を行った。
【0022】
まず、鋳片段階におけるCaOを含有する介在物(
図4参照)について、M(C,N)部8が介在物2の面積に占める割合と、CaOを含有する介在物の酸化物部分の外周部をM(C,N)が覆っている割合(被覆率)との関係について調査した。調査は光学顕微鏡を用いて無作為に選択したCaOを含有する介在物50個について写真撮影を行い、画像解析装置により評価を行った。第1に、CaOを含有する介在物の酸化物部分の外周長およびM(C,N)と接している部分長を測定し、部分長を外周長で除して100倍することにより被覆率(%)を算出した。第2に、CaOを含有する介在物の面積(酸化物部分とM(C,N)部の合計面積)と、当該介在物においてM(C,N)が占める面積とを測定し、後者を前者で除して100倍することでM(C,N)部の面積率(%)を算出した。
図1に示すように、M(C,N)が介在物の面積に占める割合(M(C,N)部の面積率(%))が40%以上の場合には、被覆率がほぼ100%であり、ほとんどのCaOを含有する介在物の酸化物部分の外周部をM(C,N)が覆っていることが判明した。
【0023】
介在物において、上記M(C,N)部の面積率が、鋳片段階から鋼板段階に受け継がれるとすれば、鋼板段階でのM(C,N)部の面積率を用いることにより、CaSがほとんど生成していないことを示す指標、即ち耐発銹性を示す指標として適用できる可能性がある。そこで次に熱延板および冷延板について、介在物の観察を行った後、塩水噴霧試験-JIS-Z-2371(以下、SST)に供して発銹性の調査を行った。
【0024】
介在物の観察については、
図3に示すように、鋼板表面を鏡面研磨して検鏡面とした。
図3には、圧延方向4、厚み方向5、板幅方向6、鋼板表面7が記載され、鋼板表面7が観察面1になる。まず発銹点の介在物径を調べたところ、最大径が2μm未満の介在物ではほとんど発銹が起きていないことが判明した。そこで本発明では、CaOを含有する最大径3が2μm以上の介在物2を評価対象とする。続いて、前記鋳片段階と同様に、M(C,N)部が介在物の面積(酸化物部分とM(C,N)部の合計面積)に占める割合(M(C,N)部の面積率(%))を評価した。さらに、M(C,N)部の面積率(%)が40%以上の介在物の個数割合と発銹性(SST)調査結果との関係を評価した。
図2に示すように、M(C,N)部が介在物の面積に占める割合(M(C,N)部の面積率(%))が40%以上の介在物の個数割合が70%以上であればSSTの評価が5以下となり良好で、85%以上であれば更に良好となることが分かった。
【0025】
以上の通り、鋳片段階で、CaOを含有する介在物の酸化物部分の外周部をM(C,N)が覆っていることで鋳片加熱時のCaS生成を抑制できること、および鋳片段階でM(C,N)部の面積率が40%以上であれば鋳片段階でCaOを含有する介在物の酸化物部分の外周部をM(C,N)が覆っていた率が高いことが判明した。また圧延等の加工後の鋼表面の介在物観察において、CaOを含有する最大径2μm以上の介在物のうち、外周部に1種または2種以上のM(C,N)を伴い、かつM(C,N)部の面積率が40%以上である介在物の個数割合が70%以上であれば、SSTの成績が良いことが分かった。
【0026】
そこで本発明では、CaOを含有する最大径2μm以上の介在物のうち、外周部に1種または2種以上のM(C,N)を伴い、かつM(C,N)部の面積率が40%以上である介在物の個数割合が70%以上であることと規定した。
【0027】
<鋼成分>
上述したように本発明は介在物組成制御に関するもので、一般的に製造されているフェライト系ステンレス鋼に適用可能なものである。以下に好適に用いることができる成分範囲を示すが、これに限定されるものではない。
【0028】
C:0.001~0.02%
CはCaSの生成を抑制するM(C,N)の成分であり、M(C,N)の形成のために0.001%以上が必要であり、高濃度に含有するほどM(C,N)が生成してCaSが生成しにくくなる。好ましくは0.003%以上含有すると良い。その一方で過剰に含有すると加工性を低下させたりするため、0.02%以下とする。好ましくは0.015%以下である。
【0029】
Si:0.02~1.5%
SiはNの溶解度を下げるため、M(C,N)の生成を促進させる元素である。その他の効果として、脱酸促進による脱硫にも有効な元素であり、例えば凝固中のCaS生成を間接的に抑制可能であるため、CaS生成抑制に有効な元素である。これらの効果を発現させるためには0.02%以上が必要であり、0.05%以上添加することが好ましい。ただし、1.5%を超えて添加すると加工性が低下する。特に加工性が問題になる用途では1.0%以下とすることが好ましい。
【0030】
Mn:1.5%以下
Mnは脱酸に寄与する元素であるため、Alを添加する前に予備脱酸として添加しても良い。添加する場合はその効果を発現させるためには0.01%以上にするとよく、好ましくは0.05%以上にするとよい。一方、加工性を低下させるため、1.5%以下とする。特に加工性が問題になる用途では0.3%以下とすることが好ましい。
【0031】
P:0.040%以下
Pは靱性や熱間加工性、耐食性を低下させる等、ステンレス鋼にとっては特に有害な元素であるため、少ないほど良く、0.040%以下にする。好ましくは0.035%以下であり、より好ましくは0.030%以下である。但し、過剰な低下は精錬時の負荷が高いか、または高価格の原料を用いる必要があるため、実操業としては0.005%以上含有しても良い。
【0032】
S:0.006%以下
前述の要件によって鋳片加熱時のCaS生成は抑制できるが、Sが0.006%を超えて含まれていると、凝固前あるいは凝固中段階、すなわちM(C,N)がCaOを含有する介在物を覆う前にCaSが生成してしまい、発銹に繋がるため、上限を0.006%とする。好ましい上限は0.003%である。
【0033】
Cr:10~25%
Crはステンレス鋼に耐食性をもたらす重要な元素で、10%以上の添加が必要であり、好ましくは15%以上にするとよい。その一方で多量の添加は加工性の低下を招くため、上限を25%とし、好ましくは21%以下にするとよい。
【0034】
Al:0.01~0.20%
Alは溶鋼を脱酸するために添加する元素であり、Sを0.006%以下にするためにも必要な元素である。そのため下限を0.01%とする。好ましい下限は0.05%である。過剰な添加は加工性を低下させるため、その上限を0.20%とする。好ましい上限は0.15%である。
【0035】
TiまたはNbは、M(C,N)の主成分となるため、Ti、Nbの少なくとも一方は添加する必要がある。
【0036】
Ti:0.35%以下
Tiは添加することでM(C,N)を形成することができる。Tiを主成分としたM(C,N)を生成させるため、0.01%以上添加することが良く、好ましい添加量は0.05%以上である。過剰に添加すると、鋳造前あるいは鋳造中にTiNが多量に生成し、ノズル閉塞や製品の表面欠陥を招くため、その上限を0.35%とする。
【0037】
Nb:0.70%以下
Nbは添加することでM(C,N)を形成することができる。Nbを主成分としたM(C,N)を生成させるには0.003%以上の添加で効果を発現する。好ましい添加量は0.2%以上である。一方、0.70%を超えて添加すると再結晶化しにくくなって組織が粗大化するため、0.70%以下とする。好ましくは0.6%以下にするとよい。
【0038】
O:0.0005~0.010%
Oは鋳片加熱時にCaSを生成し得るCaOを含有する介在物を形成する。Oが高濃度であるほど、CaOを含有する介在物の量が増えるため、M(C,N)で覆うのが困難になるため、上限を0.010%とする。但し、過剰な脱酸は精錬負荷が増加してコストアップを招くため、下限を0.0005%とする。OはT.Oを意味する。
【0039】
N:0.005~0.025%
NはCaSの生成を抑制するM(C,N)を形成する元素であり、0.005%以上の添加で効果を発現する。高濃度に含有するほどM(C,N)が生成してCaSが生成しにくくなる。その一方で過剰に含有するとCrの窒化物が多量に生成して粒界のCr欠乏を引き起こして却って耐食性を低下させたり、顕著に加工性を低下させたりするため、0.025%以下とする。好ましくは0.020%以下である。
【0040】
Ca:0.0030%以下
前述の要件によって鋳片加熱時のCaS生成は抑制できるが、Caが0.0030%を超えて含まれていると、凝固前あるいは凝固中段階、すなわちM(C,N)がCaOを含有する介在物を覆う前にCaSが生成してしまい、発銹に繋がるため、上限を0.0030%以下とする。Caが高いほどCaOを含有する介在物の量が多くなり、覆うのに必要なM(C,N)も多くなるため少ないほど良く、好ましくは0.0020%以下である。更に好ましくは0.0010%以下である。Caは含有しなくても良い。
【0041】
上記鋼成分の残部はFe及び不純物である。ここで不純物とは、鋼を工業的に製造する際に、鉱石やスクラップ等のような原料をはじめとして、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0042】
また、本実施形態のフェライト系ステンレス鋼は、Feの一部に代えて、更に質量%で、V:2.0%以下、Zr:0.0050%以下、B:0.0001~0.0020%、Ga:0.010%以下のうちの1種または2種以上を含んでも良い。これらの元素を含まない場合のこれらの元素の下限値は0%である。
【0043】
V:2.0%以下
Vはそれ自体が耐食性を向上させる効果を有する他、M(C,N)を形成してCaSの生成を抑制するため、必要に応じて含有させても良い。0.02%以上の添加が好ましい。Vを主成分としたM(C,N)を生成させるための好ましい添加量は0.1%以上である。Vを過剰に含有させると、靱性が低下するため、2.0%以下とする。1.0%以下とするのが好ましく、0.5%以下にするのがより好ましい。
【0044】
Zr:0.0050%以下
ZrはM(C,N)を形成してCaSの生成を抑制するため、必要に応じて含有させても良い。Zrを主成分とするM(C,N)を生成させるための好ましい添加量は0.0010%以上である。ただし、過剰に添加すると溶製段階で硫化物を形成し、却って耐食性を低下させる。そのため上限を0.0050%とする。
【0045】
B:0.0001~0.0020%
Bは粒界の強度を高める効果を有する他、M(C,N)を形成してCaSの生成を抑制するため、必要に応じて0.0001%以上を含有させても良い。しかしながら、Bを過剰に含有させると伸びの低下による加工性低下を招くため、含有量を0.0020%以下にする。好ましくは0.0010%以下である。
【0046】
Ga:0.010%以下
Gaはそれ自体が耐食性を高める効果を持つ他、M(C,N)を形成してCaSの生成を抑制するため、必要に応じて0.010%以下の量で含有させることができる。Gaの下限は特に限定しないが、安定した効果が得られる0.001%以上含有することが望ましい。
【0047】
更にFeの一部に代えて、Mo:2.0%以下、Mg:0.0030%以下、REM:0.01%以下、Ta:0.001~0.100%、Ni:0.1~2.0%、Sn:0.01~0.50%、Cu:0.01~2.00%、W:0.05~1.00%、Co:0.10~1.00%、Sb:0.01~0.30%のうちの1種または2種以上を含んでも良い。これらの元素を含まない場合のこれらの元素の下限値は0%である。
【0048】
Mo:2.0%以下
Moは添加することでステンレス鋼の高い耐食性をさらに高める作用がある。しかし、非常に高価であるため2.0%を超えて添加しても合金コストの増大に見合う効果が得られないばかりか、シグマ相を形成して脆化と耐食性の低下を招く。そのため上限を2.0%とする。好ましい下限は0.5%、好ましい上限は1.5%である。
【0049】
Mg:0.0030%以下
Mgは脱酸・脱硫に有効な元素であることから、必要に応じて含有させても良い。但し、過剰に添加すると鋳造前あるいは鋳造中に硫化物を形成し、却って耐食性を低下させる。そのため上限を0.0030%とする。
【0050】
REM:0.01%以下
REM(希土類金属:Rare-Earth Metal)は、OやSと親和性が高いため、脱酸・脱硫に有効な元素であり、必要に応じて含有させても良い。但し、過剰に添加すると鋳造前あるいは鋳造中に酸化物が多量に生成し、ノズル閉塞や製品の表面欠陥を招くため、0.01%を上限とする。
【0051】
Ta:0.001~0.100%
Taは脱酸・脱硫に有効な元素であることから、必要に応じて含有させても良い。この効果を得るためには0.001%以上含有すると良い。但し、過剰に添加すると常温延性の低下や靱性の低下を招くため、上限を0.100%とする。
【0052】
Ni:0.1~2.0%
Niは耐食性を高める作用があるため、必要に応じて添加できる。この効果を得るためには0.1%以上の添加が必要である。一方、高価な元素であり2.0%を超えて添加しても合金コストの増大に見合う効果が得られないため、その上限を2.0%とする。好ましくは1.5%以下にすると良い。
【0053】
Sn:0.01~0.50%
Snは添加することでステンレス鋼の高い耐食性を更に高める効果がある。含有する場合、この効果を得るためには0.01%以上含有すると良く、好ましくは0.02%以上にするとよい。一方で過剰な添加は加工性の低下に繋がるため、0.50%以下にするとよく、好ましくは0.30%以下にするとよい。
【0054】
Cu:0.01~2.00%
Cuは耐食性を高める作用があるため、必要に応じて添加できる。この効果を得るためには0.01%以上の添加が必要である。但し、過剰な添加は脆化に繋がるため、2.00%以下とする。
【0055】
W:0.05~1.00%
Wは耐食性、特に耐孔食性を高める作用があるため、必要に応じて添加できる。この効果を得るためには0.05%以上の添加が必要である。但し、過剰な添加は靱性の低下を招くため、その上限を1.00%とする。
【0056】
Co:0.10~1.00%
Coは鋼材の強度を高める作用があるため、必要に応じて添加できる。この効果を得るためには0.10%以上の添加が必要である。但し、過剰な添加は靱性の低下を招くため、その上限を1.00%とする。
【0057】
Sb:0.01~0.30%
Sbは耐食性を高める作用があるため、必要に応じて添加できる。この効果を得るためには0.01%以上の添加が必要である。但し、過剰な添加は製造性の低下を招くため、その上限を0.30%とする。
【0058】
<介在物の測定方法>
以下、介在物の測定方法について説明する。
図3に示すように、鋼板表面7を観察面1として観察する。観察面1の鋼板深さ方向の位置は可能な限り最表層とし、観察のための鏡面仕上げに必要な最小限の研磨を行う。観察面1において、CaOを含む最大径が2μm以上の介在物2を無作為に100個以上選び、これを母集団とし、母集団に含まれる介在物2をSEM-EDSで分析することで介在物の大きさ及び組成と個数を同定する。この際、観察面積も記録しておく。なお、介在物の評価方法として一般に用いられるJIS G0555では2つ以上の介在物が離れて存在している場合でも、種類と距離によっては一つの介在物とみなす場合があるが、本発明においては個別の介在物とみなす。CaOを含有する介在物の面積と、当該介在物においてM(C,N)が占める面積とを測定し、後者を前者で除して100倍することでM(C,N)部の面積率(%)を算出する。
【0059】
<製造方法>
本実施形態のフェライト系ステンレス鋼の製造方法について説明する。
【0060】
上記した所定の成分になるよう調整した鋼を溶製して鋳造を行う。このときCaOを含有する介在物の周囲をM(C,N)で覆うために冷却速度を制御して鋳造を行う。成分系によりM(C,N)の生成温度が異なるが、冷却速度が緩やかであるほどM(C,N)による被覆率は上昇する。連続鋳造中において、鋳片表面近傍の1400~700℃での平均冷却速度を50℃/分以下に制御することで、上記で規定した介在物の条件を満たすことができる。平均冷却速度の好ましい範囲は30℃/分以下、より好ましい範囲は15℃/分以下である。また、CaOを含有する最大径2μm以上の介在物個数はO濃度が高いほど多くなるが、O濃度を0.010%以下に制御することで、好ましい介在物の条件(CaOを含有する最大径2μm以上の介在物の個数密度が30個/mm2未満)を満たすことができる。鋳造後は熱間圧延を行い、その後は適宜焼鈍や酸洗・冷間圧延等を行って所定のステンレス鋼を得る。種々の条件で製造した試料をSST試験に供したところ、成分や介在物の形態が上記本発明で規定する条件を満たす試料は発銹が少ないことが分かった。以上説明した要件を備えることによって、本発明の効果を得ることが可能になる。
【実施例】
【0061】
上記した所定の成分になるよう調整した鋼を溶製した溶鋼を連続鋳造によって鋳片とした。連続鋳造中において、鋳片表面近傍の1400~700℃の温度範囲における平均冷却速度を種々の速度に制御して鋳造した。鋳片表面近傍の1400~700℃の温度範囲における平均冷却速度は、伝熱解析を用いた数値計算により評価し、結果を表2に記載した。得られた鋳片を熱間圧延前の鋳片加熱として1200℃×2時間の熱処理を行い、熱間圧延し、更に熱延板焼鈍・酸洗を行い、冷間圧延、焼鈍・酸洗を行うことで、1.0mm厚の冷延板を製造し、介在物測定とSST試験に供した。また、前記で得られた鋳片の一部は鋳片加熱を模擬して1200℃×2時間の熱処理を行い、CaSの生成状況を確認した。
表1に化学成分を示し、表2に鋳片加熱模擬試料のCaS生成状況(最大径5μm以上の介在物20個中のCaS生成個数)、冷延板介在物の測定結果(CaOを含有する最大径≧2μmの介在物個数密度(個/mm2)、M(C,N)部の面積率が40%以上である介在物の個数割合(%))、SST試験結果を示す。表1、表2において、本発明範囲から外れる数値及び本発明の好適な製造条件から外れる数値に下線を付している。
【0062】
【0063】
【0064】
鋳片加熱模擬試料のCaS生成状況は、適当な断面を切り出して鏡面仕上げで研磨を行い、最大径が5μm以上の介在物20個を無作為に選んでEPMAを用いた元素濃淡マッピングを行って確認し、CaSが生成している例が1個以下であれば良好とした。
【0065】
冷延板の介在物測定は
図3と同様、鋼板表面を観察する。観察面1の鋼板深さ方向の位置は可能な限り最表層とし、観察のための鏡面仕上げに必要な最小限の研磨を行う。観察面1において、最大径3が2μm以上でCaOを含有する介在物2を無作為に100個以上選択し、酸化物部分とM(C,N)部分の面積を測定し、M(C,N)部が介在物の面積に占める割合(M(C,N)部の面積率(%))を算出し、M(C,N)部の面積率が40%以上の介在物の個数割合を算出した。この際、測定面積を記録することで単位面積当たりの個数を算出した。
SST試験はJIS Z 2371に基づいて、塩溶液として中性塩水噴霧試験を用い、2時間の連続噴霧試験を行い、100cm
2あたりの発銹点の個数を計測した。発銹点の個数が5個以下であれば良好とした。
【0066】
表2に示すように、符号B1~B13は鋼成分及び鋼板での介在物形態が本発明の条件を満たしていたため、鋳片でのCaSの生成も少なく、鋼板のSST試験における耐発銹性が良好だった。
【0067】
符号b1はS濃度が本発明範囲を上限に外れ、結果として鋼板の介在物形態は本発明の条件を満たしていたが、鋳片加熱模擬試料の観察結果から明らかなようにCaSが存在していたため、SST試験で多数の発銹が観察された。S濃度が高く、凝固前あるいは凝固中段階でCaSが生成したと推定される。
【0068】
符号b2はN濃度が低かったため、介在物のM(C,N)部の合計面積割合が40%以上である介在物の個数割合が低かった。そのためCaS生成を抑制できず、SST試験で多数の発銹が観察された。
【0069】
符号b3はCa濃度が本発明範囲を上限に外れ、結果として鋼板の介在物形態は本発明の条件を満たしていたが、鋳片加熱模擬試料の観察結果から明らかなようにCaSが存在していたため、SST試験で多数の発銹が観察された。Ca濃度が高く、凝固前あるいは凝固中段階でCaSが生成したと推定される。
【0070】
符号b4はO濃度が本発明範囲を上限に外れ、結果として鋼板の介在物のM(C,N)部の合計面積割合が40%以上である介在物の個数割合が低かったため、多数の発銹が観察された。なお、CaOを含有する最大径2μm以上の介在物の個数密度が高かった。
【0071】
符号b5はTi濃度が高すぎたため、鋳造中に多量のTiNが生成したためノズルが閉塞して鋳造を中止した。なお、途中まで得られた鋳片を加工したところ、加工性が非常に悪く、またTiN起因の表面疵が多量に生じた。
【0072】
符号b6は鋳片表面近傍の1400~700℃の温度範囲における平均冷却速度が速かったため、M(C,N)が十分に生成せずに被覆率が低かったことに起因してM(C,N)部の面積率が40%以上の介在物の個数割合が低かった。そのためCaSが生成して多数の発銹が観察された。
【符号の説明】
【0073】
1 観察面
2 介在物
3 最大径
4 圧延方向
5 厚み方向
6 板幅方向
7 鋼板表面
8 M(C,N)部