(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-01
(45)【発行日】2023-12-11
(54)【発明の名称】高強度、高成形の低原価オーステナイト系ステンレス鋼及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20231204BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20231204BHJP
C21D 9/46 20060101ALI20231204BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/58
C21D9/46 Q
C22C38/00 302A
(21)【出願番号】P 2022564367
(86)(22)【出願日】2021-02-02
(86)【国際出願番号】 KR2021001345
(87)【国際公開番号】W WO2021215630
(87)【国際公開日】2021-10-28
【審査請求日】2022-10-21
(31)【優先権主張番号】10-2020-0048614
(32)【優先日】2020-04-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(73)【特許権者】
【識別番号】592000691
【氏名又は名称】ポスコホールディングス インコーポレーティッド
(74)【代理人】
【識別番号】110000051
【氏名又は名称】弁理士法人共生国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ソン,ソクウォン
(72)【発明者】
【氏名】ベク,ジョン‐ス
【審査官】河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】特表2013-527320(JP,A)
【文献】特開2008-163358(JP,A)
【文献】特表2020-509175(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2006-0075725(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 9/46、9/48
C21D 7/00-8/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量%で、C:0%超過0.08%以下、N:0.2~0.25%、Si:0.8~1.5%、Mn:8.0~9.5%、Cr:15.0~16.5%、Ni:0%超過1.0%以下、Cu:0.8~1.8%、残部はFe及びその他不可避な不純物からなり、
下記式(1)~(4)を満足することを特徴とする高強度、高成形の低原価オーステナイト系ステンレス鋼。
(1)Ni+0.47Mn+15N≧7.5
(2)23(C+N)+1.3Si+0.24(Cr+Ni+Cu)+0.1Mn≧12
(3)551-462(C+N)-9.2Si-8.1Mn-13.7Cr-29(Ni+Cu)≦70
(4)11≦1+45C-5Si+0.09Mn+2.2Ni-0.28Cr-0.67Cu+88.6N≦17
(ここで、C、N、Si、Mn、Cr、Ni、Cuは、各元素の含量(重量%)を意味する。)
【請求項2】
冷延焼鈍材の降伏強度が400MPa以上であることを特徴とする請求項1に記載の高強度、高成形の低原価オーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項3】
冷延焼鈍材の延伸率が55%以上であることを特徴とする請求項1に記載の高強度、高成形の低原価オーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項4】
調質圧延材の降伏強度が800MPa以上であることを特徴とする請求項1に記載の高強度、高成形の低原価オーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項5】
前記調質圧延材の延伸率が25%以上であることを特徴とする請求項4に記載の高強度、高成形の低原価オーステナイト系ステンレス鋼。
【請求項6】
重量%で、C:0%超過0.08%以下、N:0.2~0.25%、Si:0.8~1.5%、Mn:8.0~9.5%、Cr:15.0~16.5%、Ni:0%超過1.0%以下、Cu:0.8~1.8%、残部はFe及びその他不可避な不純物からなり、下記式(1)~(4)を満足する主片を形成する段階、
前記主片を熱間圧延して熱延材を形成した後、焼鈍して熱延焼鈍材を形成する段階、
前記熱延焼鈍材を冷間圧延して冷延材を形成した後、1050℃以上の温度で焼鈍して冷延焼鈍材を形成する段階、及び
調質圧延して調質圧延材を形成する段階、を含むことを特徴とする高強度、高成形の低原価オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。
(1)Ni+0.47Mn+15N≧7.5
(2)23(C+N)+1.3Si+0.24(Cr+Ni+Cu)+0.1Mn≧12
(3)551-462(C+N)-9.2Si-8.1Mn-13.7Cr-29(Ni+Cu)≦70
(4)11≦1+45C-5Si+0.09Mn+2.2Ni-0.28Cr-0.67Cu+88.6N≦17
(ここで、C、N、Si、Mn、Cr、Ni、Cuは、各元素の含量(重量%)を意味する。)
【請求項7】
前記調質圧延する段階は、圧下率20%以上で行うことを特徴とする請求項6に記載の高強度、高成形の低原価オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項8】
前記主片は、800℃以上の高温で断面減少率が50%以上であることを特徴とする請求項6に記載の高強度、高成形の低原価オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼及びその製造方法に係り、より詳しくは、高強度、高成形の低原価オーステナイト系ステンレス鋼及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
既存の内燃機関中心の自動車産業からバッテリー中心の環境にやさしい自動車市場へ自動車市場のトレンドが変化している。すなわち、従来の中型又は大型車両中心の内燃機関自動車市場は、小型又は軽量車両中心のバッテリー駆動機関自動車市場へ変化している。
バッテリーを保護する構造材は、爆発のような事故の危険から、外部の衝撃からバッテリーを保護し、乗客の安全に責任を持てるよう高強度特性が要求され、小型又は軽量車両の重さを増やさないために軽くなければならない。バッテリーを保護する構造材だけでなく一般的な構造材用素材においても環境規制に対応するために軽量化及び高強度化が進められている。これによって、産業界全般にわたって適用できるように生産性に優れ且つ安定性に優れた高強度、高成形の素材開発が必要である。
【0003】
ステンレス鋼は、耐食性に優れるため産業界全般に適用できる素材である。特に、オーステナイト系ステンレス鋼の場合、延伸率に優れるので顧客の多様な要求に合わせて複雑な形状を作るのに適しており、外観が美麗であるという長所がある。
しかし、オーステナイト系ステンレス鋼は、一般的な炭素鋼に比べて降伏強度が劣位であり、高価な合金元素を用いるという経済的な問題がある。したがって、高い成形特性を維持すると共に高いレベルの降伏強度と適切な引張強度が確保できる構造材用ステンレス鋼の開発が要求されている。
【0004】
また、オーステナイト系ステンレス鋼を構成している合金成分は、大部分の炭素鋼に比べて高価であるという問題がある。特に、オーステナイト系ステンレス鋼に含まれるNiは、素材価格の激しい変動によって原料需給が不安定であるだけでなく、供給価格の安定確保が難しいと同時に、その素材の価格自体が高いため価格競争力の側面で問題がある。したがって、Niのような高価な合金元素含量を最大限低減した低原価のオーステナイト系ステンレス鋼の開発が要求されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記の問題点を解決するためになされたものであって、その目的とするところは、高強度、高成形の低原価オーステナイト系ステンレス鋼を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の目的を達成するためになされた本発明の高強度、高成形の低原価オーステナイト系ステンレス鋼は、重量%で、C:0%超過0.08%以下、N:0.2~0.25%、Si:0.8~1.5%、Mn:8.0~9.5%、Cr:15.0~16.5%、Ni:0%超過1.0%以下、Cu:0.8~1.8%、残部はFe及びその他不可避な不純物からなり、下記式(1)~(4)を満足することを特徴とする。
(1)Ni+0.47Mn+15N≧7.5
(2)23(C+N)+1.3Si+0.24(Cr+Ni+Cu)+0.1Mn≧12
(3)551-462(C+N)-9.2Si-8.1Mn-13.7Cr-29(Ni+Cu)≦70
(4)11≦1+45C-5Si+0.09Mn+2.2Ni-0.28Cr-0.67Cu+88.6N≦17
ここで、C、N、Si、Mn、Cr、Ni、Cuは、各元素の含量(重量%)を意味する。
【0007】
本発明のステンレス鋼は、冷延焼鈍材の降伏強度が400MPa以上であることがよい。
本発明のステンレス鋼は、冷延焼鈍材の延伸率が55%以上であることができる。
【0008】
本発明のステンレス鋼は、調質圧延材の降伏強度が800MPa以上であることがよい。
本発明のステンレス鋼は、調質圧延材の延伸率が25%以上であることが好ましい。
【0009】
上記の目的を達成するための本発明の高強度、高成形の低原価オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法は、重量%で、C:0%超過0.08%以下、N:0.2~0.25%、Si:0.8~1.5%、Mn:8.0~9.5%、Cr:15.0~16.5%、Ni:0%超過1.0%以下、Cu:0.8~1.8%、残部はFe及びその他不可避な不純物からなり、下記式(1)~(4)を満足する主片を形成する段階、前記主片を熱間圧延して熱延材を形成した後、焼鈍して熱延焼鈍材を形成する段階、前記熱延焼鈍材を冷間圧延して冷延材を形成した後、1050℃以上の温度で焼鈍して冷延焼鈍材を形成する段階及び調質圧延して調質圧延材を形成する段階を含むことを特徴とする。
(1)Ni+0.47Mn+15N≧7.5
(2)23(C+N)+1.3Si+0.24(Cr+Ni+Cu)+0.1Mn≧12
(3)551-462(C+N)-9.2Si-8.1Mn-13.7Cr-29(Ni+Cu)≦70
(4)11≦1+45C-5Si+0.09Mn+2.2Ni-0.28Cr-0.67Cu+88.6N≦17
ここで、C、N、Si、Mn、Cr、Ni、Cuは、各元素の含量(重量%)を意味する。
【0010】
本発明のステンレス鋼の製造方法において、前記調質圧延する段階は、圧下率20%以上で行うことができる。
本発明のステンレス鋼の製造方法において、前記主片は、800℃以上の高温で断面減少率が50%以上であることがよい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によると、本発明のステンレス鋼の製造方法において、冷間圧延した後、1050℃以上で焼鈍した冷延焼鈍材が優れた降伏強度を示し、追加的な強度の確保のための調質圧延以後にも成形に必要な十分な延伸率を確保し得るオーステナイト系ステンレス鋼を提供することができる。また、高強度、高成形特性を有しており、高価の合金元素を減らしたにもかかわらず生産性に優れた低原価オーステナイト系ステンレス鋼を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の一例による高強度、高成形の低原価オーステナイト系ステンレス鋼は、重量%で、C:0%超過0.08%以下、N:0.2~0.25%、Si:0.8~1.5%、Mn:8.0~9.5%、Cr:15.0~16.5%、Ni:0%超過1.0%以下、Cu:0.8~1.8%、残部はFe及びその他不可避な不純物からなり、下記式(1)~(4)を満足することができる。
(1)Ni+0.47Mn+15N≧7.5
(2)23(C+N)+1.3Si+0.24(Cr+Ni+Cu)+0.1Mn≧12
(3)551-462(C+N)-9.2Si-8.1Mn-13.7Cr-29(Ni+Cu)≦70
(4)11≦1+45C-5Si+0.09Mn+2.2Ni-0.28Cr-0.67Cu+88.6N≦17
ここで、C、N、Si、Mn、Cr、Ni、Cuは、各元素の含量(重量%)を意味する。
【0013】
以下では、本発明の好ましい実施形態を説明する。しかし、本発明の実施形態は、様々な他の形態に変形することができ、本発明の技術思想が以下に説明する実施形態によって限定されるものではない。また、本発明の実施形態は、当該技術分野において通常の知識を有する者に本発明をより完全に説明するために提供されるものである。
本出願で用いる用語は、ただ特定の例示を説明するために用いられるものである。例えば、単数の表現は、文脈上明白に単数である必要がない限り、複数の表現を含む。付け加えて、本出願で用いられる「含む」又は「具備する」などの用語は、明細書上に記載した特徴、段階、機能、構成要素又はこれらを組み合わせたものが存在することを明確に指称するために用いられ、他の特徴や段階、機能、構成要素又はこれらを組み合わせたものの存在を予備的に排除しようと使用するものではないことに留意すべきである。
【0014】
一方、別に定義しない限り、本明細書で使用する全ての用語は、本発明が属する技術分野において通常の知識を有する者が一般的に理解できるものと同一の意味を有すると見なければならない。したがって、本明細書で明確に定義しない限り、特定用語が過度に理想的や形式的な意味として解釈されてはならない。例えば、本明細書で単数の表現は、文脈上明白に例外がない限り、複数の表現を含む。
また、本明細書の「約」、「実質的に」などは、言及した意味に固有の製造及び物質の許容誤差が提示されるときその数値で又はその数値に近接した意味で用いられ、本発明の理解を助けるために正確であるか絶対的な数値が言及された開示内容を非良心的な侵害者が不当に利用することを防止するために用いられる。
【0015】
本発明の一例による高強度、高成形の低原価オーステナイト系ステンレス鋼は、重量%で、C:0%超過0.08%以下、N:0.2~0.25%、Si:0.8~1.5%、Mn:8.0~9.5%、Cr:15.0~16.5%、Ni:0%超過1.0%以下、Cu:0.8~1.8%、残部はFe及びその他不可避な不純物からなる。
以下では、前記合金組成に対して限定した理由について具体的に説明する。
【0016】
炭素(C):0重量%超過0.08重量%以下
炭素(C)は、オーステナイト相の安定化に効果的な元素であって、オーステナイト系ステンレス鋼の降伏強度を確保するために添加することができる。ただし、その含量が過度な場合、固溶強化効果により冷間加工性が低下し、Cr炭化物の粒界析出を誘導し、軟性、靭性、耐食性などが低下し、素材間の溶接特性が下落する虞がある。このため、本発明でC含量の上限を、0.08重量%に限定する。
【0017】
窒素(N):0.2~0.25重量%
窒素(N)は、本発明で最も重要な元素の一つである。窒素は、強力なオーステナイト相の安定化元素であって、オーステナイト系ステンレス鋼の耐食性及び降伏強度の向上に効果的な元素である。ただし、その含量が過度な場合、主片の製作時に窒素気泡(pore)などの欠陥が発生し、固溶強化効果により冷間加工性が低下する虞がある。このため、本発明でN含量の上限を、0.25重量%に限定する。
【0018】
シリコン(Si):0.8~1.5重量%
シリコン(Si)は、製鋼工程中に脱酸剤として役目をし、耐食性を向上させる効果的な元素である。また、Siは、置換型元素のうち鋼材の降伏強度の向上に効果的な元素である。このような効果を考慮して、本発明でSiは、0.8重量%以上添加される。しかし、Siは、フェライト相の安定化元素として過多添加するとき鋳造スラブ内のデルタ(δ)フェライト形成を助長して熱間加工性を低下させるだけでなく、材料の軟性及び衝撃特性に悪影響を及ぼす虞がある。このため、本発明でSi含量の上限を、1.5重量%に限定する。
【0019】
マンガン(Mn):8.0~9.5重量%
マンガン(Mn)は、本発明でニッケル(Ni)の代替として添加されるオーステナイト相の安定化元素であって、加工誘起マルテンサイトの生成を抑制して冷間加工性を向上させるために8.0重量%以上添加される。ただし、その含量が過度な場合、S系在物(MnS)を過量形成してオーステナイト系ステンレス鋼の軟性、靭性が低下し、製鋼工程途中Mnヒューム(fume)を発生させて製造上危険性を伴う虞がある。また、過度な量のMn添加は製品の耐食性を急激に低下させる。このため、本発明でMn含量の上限を、9.5重量%に限定する。
【0020】
クロム(Cr):15.0~16.5重量%
クロム(Cr)は、フェライトの安定化元素であるが、マルテンサイト相の生成抑制において効果的であり、ステンレス鋼に要求される耐食性を確保する基本元素であって、15.0重量%以上添加される。ただし、その含量が過度な場合、フェライトの安定化元素としてスラブ内のデルタ(δ)フェライトを多量形成して熱間加工性の低下と材質特性に悪影響をもたらす虞がある。このため、本発明でCr含量の上限を、16.5重量%に限定する。
【0021】
ニッケル(Ni):0重量%超過1.0重量%以下
ニッケル(Ni)は、強力なオーステナイト相の安定化元素であり、良好な熱間加工性及び冷間加工性を確保するために添加される。しかし、Niは、高価な元素であるので多量添加するとき原料費用の上昇をもたらす。このため、本発明でNi含量の上限を、鋼材の費用及び効率性を全て考慮して1.0重量%に限定する。
【0022】
銅(Cu):0.8~1.8重量%
銅(Cu)は、オーステナイト相の安定化元素であって、本発明でニッケル(Ni)を代替して添加される。また、Cuは、還元環境で鋼材の耐食性を向上させる元素として0.8重量%以上添加することができる。ただし、その含量が過度な場合、鋼材費用の上昇だけではなく、液状化及び低温脆性の問題がある。また、Cuは、過多に添加されるときスラブエッジに偏析して鋼材の熱間加工性を低下させる虞がある。このため、本発明でCu含量の上限を、鋼材の費用、効率性及び材質特性を考慮して1.8重量%に限定する。
【0023】
本発明の残り成分は、鉄(Fe)である。ただし、通常の製造過程では原料又は周囲環境から意図しない不純物が不可避に混入され得るので、これを排除することはできない。前記不純物は、通常の製造過程の技術者であれば誰でも分かるものであるので、その全ての内容を特別に本明細書で言及しない。
【0024】
不可避に混入される不純物の例として、リン(P)、硫黄(S)があり、その含量は、P:0.035重量%以下、S:0.01重量%以下であり、そのうちの1種以上が含まれる。
【0025】
リン(P):0.035重量%以下
リン(P)は、鋼中に不可避に含有される不純物であって、鋼材の粒界腐食を起こしたり、熱間加工性を阻害する主要原因となる元素であるので、その含量をできるだけ低く制御することが好ましい。本発明でP含量の上限を、0.035重量%以下に制限する。
【0026】
硫黄(S):0.01重量%以下
硫黄(S)は、鋼中に不可避に含有される不純物であって、鋼材の結晶粒界に偏析して熱間加工性を阻害する主要原因となる元素であるので、その含量をできるだけ低く制御することが好ましい。本発明でS含量の上限を、0.01重量%以下に制限する。
【0027】
鋼材の軽量化及び安定性のためには鋼材の降伏強度の向上が重要である。また、バッテリーモジュールケースを含む多様な形状の構造材の製作のために十分な延伸率を確保しなければならない。更に、オーステナイト系ステンレス鋼の価格競争力を確保するためには、Niなど高価のオーステナイト安定化元素の含量を減らし、これを代替し得るMn、N、Cu添加量を適切に調節しなければならない。
しかし、Niを低減してMn、N、Cuを添加した場合、加工硬化を急激に増加させて鋼材の延伸率を低下させるか、熱間変形抵抗の減少を誘発して生産性を低下させる危険性を内包するので、各合金元素の調和を考慮しなければならない。以上のように、鋼材の降伏強度、延伸率、価格競争力などを考慮して、本発明によると、上記の合金組成外の下の式(1)~(4)によって合金組成を一層限定することができる。
【0028】
本発明では、冷間圧延して冷延材を形成した後、焼鈍して形成した冷延焼鈍材の優れた延伸率の確保のためにオーステナイト相の分率に関する式(1)を導出した。
(1)Ni+0.47Mn+15N≧7.5
ここで、Mn、Ni、Nは、各元素の含量(重量%)を意味する。
式(1)の値が低いほど焼鈍後のオーステナイト相の分率が低くなり、式(1)の値が7.5未満である場合、オーステナイト系ステンレス鋼は、5%以上のデルタフェライトを含むか、冷間圧延途中にマルテンサイト相への相変態が発生することになる。その結果、オーステナイト系ステンレス鋼の延伸率が劣位となる虞があるので、本発明では、鋼材の十分な延伸率を確保するために式(1)の値の下限を、7.5に限定する。
【0029】
また、本発明では、オーステナイト系ステンレス鋼の高い降伏強度の確保のために、鋼材の応力場(stress field)による降伏強度の向上を考慮して式(2)を導出した。
(2)23(C+N)+1.3Si+0.24(Cr+Ni+Cu)+0.1Mn≧12
ここで、C、N、Si、Mn、Cr、Ni、Cuは、各元素の含量(重量%)を意味する。
式(2)の値が高いほど合金元素間の原子サイズ差によって格子間の応力場が増加して外部応力に対抗して塑性変形に耐える限界が増加することになる。式(2)の値が12未満である場合、本発明で要求する降伏強度の確保が難しい。このため、本発明では、高強度特性のために式(2)の値の下限を、12に限定する。
【0030】
また、本発明では、オーステナイト系ステンレス鋼の変形による相変態を考慮して式(3)を導出した。
(3)551-462(C+N)-9.2Si-8.1Mn-13.7Cr-29(Ni+Cu)≦70
ここで、C、N、Si、Mn、Cr、Ni、Cuは、各元素の含量(重量%)を意味する。
式(3)の値が高いほどオーステナイト相が外部の応力により容易にマルテンサイトに変形される。具体的に、式(3)の値が70を超過する場合、オーステナイト系ステンレス鋼は、変形に対して急激な加工誘起マルテンサイト変態挙動を示し、不均一な塑性加工が発生する。その結果、オーステナイト系ステンレス鋼の延伸率が劣位する問題があって、式(3)の値上限は、70に限定する。
【0031】
また、オーステナイト系ステンレス鋼の変形による鋼材の電位スリップ挙動を考慮して式(4)を導出した。
(4)11≦1+45C-5Si+0.09Mn+2.2Ni-0.28Cr-0.67Cu+88.6N≦17
ここで、C、N、Si、Mn、Cr、Ni、Cuは、各元素の含量(重量%)を意味する。
【0032】
式(4)の値が低いほどオーステナイト相が外部の応力によりクロス(cross)スリップの発現が難しい。式(4)の値が11未満である場合、オーステナイト系ステンレス鋼は、変形に対してプランナー(planar)スリップ挙動のみを示すことになって外部応力により電位の蓄積が急激に発生する。その結果、不均一な塑性稼動及び高い加工硬化の問題点がある。これによって、オーステナイト系ステンレス鋼の延伸率が劣位となり、調質圧延の実行が難しく、高温で熱間変形するときエッジ(edge)クラックのような熱延欠陥が発生して生産性低下の問題が発生する虞がある。これを考慮して式(4)の値の下限を、11に限定する。
【0033】
一方、式(4)の値が大きくなると、頻繁にクロススリップが発現し、鋼材の脆弱部分に応力集中が増加する塑性バラつきが大きくなる問題がある。鋼材の強度が高いほどこのような脆性と塑性バラつきの傾向が大きくなるので、本発明のように高強度鋼材の場合であれば、鋼材の延伸率の下落を引き起こす虞が高くなる。これを考慮して本発明で式(4)の上限を、17に限定する。
常用300系オーステナイト系ステンレス鋼に比べてNiを低減したCr-Mn鋼は、熱間加工性が低いため熱間加工時にエッジクラック(edge crack)などによる実収率の下落と訂正費用が増加するか、エッジクラックの低減のための追加的な設備投資が必要となる問題がある。本発明によると、上記の合金元素の成分範囲及び式(1)~(4)を用いた合金組成成分系の適切な設計を通じて別途の工程及び設備の追加なしに優れた熱間加工性の確保が可能である。本発明の一例によると、上記の合金組成を有する主片は、800℃以上の高温で断面減少率が50%以上であることがよい。
【0034】
本発明の一例による高強度、高成形の低原価オーステナイト系ステンレス鋼は、冷延焼鈍材の降伏強度が400MPa以上であることがよい。また、本発明の一例による高強度、高成形の低原価オーステナイト系ステンレス鋼は、冷延焼鈍材の延伸率が55%以上であることがよい。ここで、「冷延焼鈍材」は、主片を熱間圧延-焼鈍-冷間圧延-焼鈍処理して形成される鋼材を意味する。
本発明の一例による高強度、高成形の低原価オーステナイト系ステンレス鋼は、調質圧延材の降伏強度が800MPa以上であることがよい。また、一例によると、特に降伏強度が800MPa以上であると共に延伸率が25%以上であることがよい。ここで、「調質圧延材」は、上記の冷延焼鈍材を調質圧延して形成される鋼材を意味する。
【0035】
次に、本発明による高強度、高成形の低原価オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法について説明する。
本発明の一例による高強度、高成形の低原価オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法は、重量%で、C:0%超過0.08%以下、N:0.2~0.25%、Si:0.8~1.5%、Mn:8.0~9.5%、Cr:15.0~16.5%、Ni:0%超過1.0%以下、Cu:0.8~1.8%、残部はFe及びその他不可避な不純物からなり、下記式(1)~(4)を満足する主片を形成する段階、前記主片を熱間圧延して熱延材を形成した後、焼鈍して熱延焼鈍材を形成する段階、前記熱延焼鈍材を冷間圧延して冷延材を形成した後、1050℃以上の温度で焼鈍して冷延焼鈍材を形成する段階及び調質圧延して調質圧延材を形成する段階を含む。
合金元素含量の数値、式(1)~(4)に対する限定理由は、上記の通りであり、以下で各製造段階について詳しく説明する。
【0036】
上記の合金組成を有する主片は、1000~1300℃の温度で熱間圧延して熱延材で形成される。その後、1000~1100℃の温度範囲で焼鈍して熱延焼鈍材に製造することができる。このとき、焼鈍熱処理は、10秒~10分間行われる。
その後、熱延焼鈍材を冷間圧延して冷延材を形成した後、焼鈍して冷延焼鈍材に製造することができる。従来は、オーステナイト系ステンレス鋼の降伏強度を向上させるための方法として、冷間圧延した後、1000℃以下の低温度域で低温焼鈍熱処理を行っていた。低温焼鈍熱処理は、再結晶を完了させず、冷間圧延時に鋼材に蓄積されたエネルギーを用いて強度を高める方法である。しかし、このように低温焼鈍熱処理が行われたオーステナイト系ステンレス鋼は、材質が不均一となる虞が存在するだけでなく、後続の酸洗工程で未酸洗が発生するか、表面形状が美麗ではないという短所がある。
【0037】
本発明の一例によると、熱延焼鈍材を冷間圧延して冷延材を形成した後、1050℃以上の温度で焼鈍して冷延焼鈍材に製造することができる。このとき、焼鈍熱処理は、10秒~10分間行われる。
本発明によると、冷間圧延以後に低温焼鈍を行わないため優れた延伸率を確保することができ、合金組成の設計を通じて降伏強度も適正なレベル以上に確保することができる。
本発明の一例による冷延焼鈍材は、降伏強度が400MPa以上である。
本発明の一例による冷延焼鈍材は、延伸率が55%以上である。
このように合金組成の設計を通じて生産及び流通に負荷がない工程を行って、低温焼鈍を行わなくても冷延焼鈍材の適切な降伏強度を確保し得るので、優れた価格競争力を確保することができる。
【0038】
また、本発明によると、冷間圧延以後に低温焼鈍を行わなくとも合金組成の制御及び後続する調質圧延を通じて優れた降伏強度を確保することができる。本発明の一例によると、調質圧延材の降伏強度は、800MPa以上であり、発明の一例によると、調質圧延は、圧下率20%以上で行われる。
調質圧延(skin pass rolling)は、冷間変形中にオーステナイト相が加工誘起マルテンサイト相に変態することによって高い加工硬化が現われる現象を利用するか、鋼材の電位積りを利用して強度を高めることができる。しかし、調質圧延を行うと、鋼材の延伸率が急激に低下する虞がある。
【0039】
本発明は、上記のように合金組成を設計することによって鋼材の相変態と電位挙動を適切に制御して調質圧延で鋼材の延伸率が急激に低下することを防止することができる。その結果、本発明によると、調質圧延を行っても調質圧延材の降伏強度が800MPa以上であり、延伸率が25%以上の高強度特性と高成形特性を同時に満足する高強度、高成形の低原価オーステナイト系ステンレス鋼を提供することができる。
【0040】
以下、実施例を通じて本発明をより具体的に説明する。ただし、下記の実施例は本発明を例示してより詳細に説明するためのものに過ぎず、本発明の権利範囲を限定するためのものではないという点に留意する必要がある。本発明の権利範囲は、特許請求の範囲に記載した事項とそれから合理的に類推される事項によって決定されるものである。
【実施例】
【0041】
下記表1の合金組成を有する鋼材をインゴット(Ingot)溶解を通じてスラブに製造し、1250℃で2時間加熱した後、熱間圧延して熱延材を製造した。その後、1100℃で90秒間焼鈍熱処理を行って熱延焼鈍材を製造した。その後、70%の圧下率で冷間圧延を行って冷延材を製造した後、1100℃で10秒間焼鈍熱処理を行って冷延焼鈍材を形成した。
【0042】
各発明例及び比較例に対する合金組成と合金元素の含量を代入して導出した下の式(1)~(4)の値を下表1に示した。
(1)Ni+0.47Mn+15N≧7.5
(2)23(C+N)+1.3Si+0.24(Cr+Ni+Cu)+0.1Mn≧12
(3)551-462(C+N)-9.2Si-8.1Mn-13.7Cr-29(Ni+Cu)≦70
(4)11≦1+45C-5Si+0.09Mn+2.2Ni-0.28Cr-0.67Cu+88.6N≦17
【0043】
【0044】
各発明例、比較例の冷延焼鈍材に対する降伏強度、引張強度、延伸率を測定した。また、各発明例、比較例の冷延焼鈍材を20%調質圧延して形成した調質圧延材に対する降伏強度、引張強度、延伸率を測定した。
降伏強度、引張強度、延伸率の測定は、ASTM規格に基づいて行い、それによって測定された降伏強度(Yield Strength(YS)、MPa)、引張強度(Tensile Strength(TS)、MPa)及び延伸率(Elongation(EL)、%)を下表2に記載した。また、焼鈍材の180°密着曲げ試験時のクラック(crack)発生有無を下表2に一緒に記載した。
【0045】
【0046】
表2を参照すると、本発明で限定する合金組成と式(1)~(4)を満足する発明例1~4の場合、冷延焼鈍材は、400MPa以上の降伏強度、55%以上の延伸率の確保が可能であることが分かる。また、表2を参照すると、発明例1~4の調質圧延材は、調質圧延を行っても降伏強度が800MPa以上であり、25%以上の十分な延伸率の確保が可能であることが分かる。また、発明例1~4は、Ni含量が1.0重量%以下と相対的に低いため価格競争力の確保が可能であることが分かる。
【0047】
表1、2を参照して比較例を評価する。
比較例1は、常用のため生産される規格オーステナイト系ステンレス鋼であって、本発明の成分組成及び式(2)、(3)、(4)を満足しないため降伏強度が低かった。また、比較例1の常用オーステナイト系ステンレス鋼は、Ni含量が8.1重量%と本発明に比べて過度なNi添加により価格競争力が劣位を示した。
【0048】
比較例2は、式(1)を満足しないため冷間圧延した後、焼鈍後に鋼材内部に初期デルタフェライトが相当部分残留する。デルタフェライト相とオーステナイト相の相界面は、鋼材の曲げのような成形工程時に相差によるクラックが発生しやすいので、低い式(1)の値は曲げ時にクラック発生を伴う。その結果、比較例2は、Si含量が高いため降伏強度が高く、延伸率も俊秀であるが、残留するデルタフェライトにより曲げクラックが発生して曲げ特性を含む成形性が劣位であった。
比較例3~5は、共通して式(1)~(4)を満足しない鋼種であって、式(1)を満足しないため冷間圧延した後、焼鈍後に鋼材内部に初期デルタフェライトが相当部分残留して曲げ特性を含む成形性が劣位であり、式(2)を満足しないため降伏強度が低かった。また、式(3)の値が100以上と式(3)を満足しないため変形途中に加工誘起マルテンサイトへの相変態による塑性バラつきが容易に発生した。また、式(4)の値が低く、式(4)を満足しないので、プランナースリップの影響により電位の蓄積がひどく発生した。その結果、延伸率が劣位であった。特に、比較例3~5は、式(3)、(4)を満足しないため劣位となる延伸率が調質圧延後に一層低下して調質圧延材として使用するのに適合する物性を有していない。
【0049】
比較例6は、式(1)を満足しないため冷間圧延した後、焼鈍後に鋼材内部に初期デルタフェライトが相当部分残留して曲げ特性を含む成形性が劣位となった。また、比較例6は、高いSi含量と式(2)により優れた降伏強度を示しているが、式(3)と式(4)の影響で十分な延伸率を確保できなかった。
比較例7は、式(1)を満足しないため冷間圧延した後、焼鈍後に鋼材内部に初期デルタフェライトが相当部分残留して曲げ特性を含む成形性が劣位となった。また、比較例7は、式(3)の値が100以上と式(3)を満足しないため変形途中に加工誘起マルテンサイトへの相変態による塑性バラつきが容易に発生した。これによって、冷延焼鈍材及び調質圧延材の延伸率が劣位となった。
【0050】
比較例8は、Cuを除いた合金元素の成分組成と式(1)~式(4)を満足した。これによって、冷延焼鈍材であるとき、優れた降伏強度及び延伸率を示した。しかし、比較例8は、過度なCu含量により劣位となる熱間加工性を有していた。これに対する具体的な評価は、表3を参照して後述する。
比較例9~10は、過度なSi、Cu含量により劣位の熱間加工性を有していた。これに対する具体的な評価は、以下の表3を参照して後述する。
比較例11、12は、式(1)を満足しないため冷間圧延した後、焼鈍後に鋼材内部に初期デルタフェライトが相当部分残留して曲げ特性を含む成形性が劣位となった。また、比較例11、12は、式(4)の値が過度であって頻繁なクロススリップの発現により鋼材の脆弱部分に応力集中が増加する塑性バラつきが大きくなった。その結果、冷延焼鈍材と調質圧延材の延伸率が劣位となった。一般的な常用鋼材の場合、クロススリップによる応力集中が延伸率に及ぶ影響が些細であるが、比較例11、12のように式(2)の値が高い高強度鋼材では延伸率の下落が大きく発生した。
【0051】
本発明によるオーステナイト系ステンレス鋼は、熱間加工性に優れて生産性と実収率が高いため価格競争力に優れる。熱間加工性を比較評価するために、延伸率に優れたいくつかの比較例、発明例のスラブの各温度での断面減少率(Reduction of Area)を測定した。断面減少率の測定は、ASTM規格に基づいた高温引張試験を行い、それによる結果を、表3に記載した。
【0052】
【0053】
表3を参照すると、本発明で限定する合金組成と式(1)~(4)を満足する発明例1~4の場合、800℃以上の高温での断面減少率を50%以上確保し得ることが分かる。
【0054】
比較例1は、常用的に生産される規格のオーステナイト系ステンレス鋼であって、高強度特性の発現に必要なSi又はNiの低減のために投入されるCu及びNの量が少ないため優れた熱間加工性を示す。しかし、このような常用される300系オーステナイト系ステンレス鋼は、高価のNi元素を多量に含んでいるので、価格競争力が相当に低いという短所がある。また、表2で評価したように、本発明の成分組成及び式(2)、(3)、(4)を満足しないため降伏強度が低かった。
比較例2、6、9、10は、冷延焼鈍材の降伏強度の向上のために過多な量のSiを添加し、価格競争力のためにNiを代替してCuを過多に添加した。比較例2、6、9、10は、Si、Cuの添加量が過多のため熱間加工性が劣位となった。
【0055】
比較例7は、熱間加工性を低下させるSi、Cuを本発明で限定する成分範囲内に添加されて熱間加工性に優れていた。しかし、表2で評価したように、式(1)を満足しないため成形性が劣位となり、式(3)を満足しないため冷延焼鈍材及び調質圧延材の延伸率が劣位となった。
比較例8は、Cu添加量が本発明で限定する範囲以上に過多に添加された。過多添加されたCuは、スラブのエッジや表面部上に偏析して液化脆性などを誘発して比較例8の熱間加工性を劣位にさせた。比較例8は、熱間加工性が劣位であり熱間加工以後にエッジクラック(edge crack)による実収率の減少と訂正費用の増加が発生するか、エッジクラックの低減のための追加的な設備投資が必要であった。
【0056】
以上、本発明の例示的な実施例を説明したが、本発明はこれに限定されず、該当技術分野において通常の知識を有した者であれば、次に記載する特許請求の範囲の概念と範囲を脱しない範囲内で多様に変更及び変形が可能であることを理解すべきである。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明によると、多様な産業界全般にわたって適用することができる高強度、高成形の低原価オーステナイト系ステンレス鋼を提供することができる。