IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社アドヴィックスの特許一覧

<>
  • 特許-車両の自動制動装置 図1
  • 特許-車両の自動制動装置 図2
  • 特許-車両の自動制動装置 図3
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-04
(45)【発行日】2023-12-12
(54)【発明の名称】車両の自動制動装置
(51)【国際特許分類】
   B60T 8/1755 20060101AFI20231205BHJP
   B60T 8/17 20060101ALI20231205BHJP
【FI】
B60T8/1755 Z
B60T8/17 D
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019215167
(22)【出願日】2019-11-28
(65)【公開番号】P2021084539
(43)【公開日】2021-06-03
【審査請求日】2022-10-07
(73)【特許権者】
【識別番号】301065892
【氏名又は名称】株式会社アドヴィックス
(72)【発明者】
【氏名】竹谷 佑介
(72)【発明者】
【氏名】舘 和輝
【審査官】久米 伸一
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-176814(JP,A)
【文献】特開2003-327011(JP,A)
【文献】特開2018-127073(JP,A)
【文献】特開2018-027727(JP,A)
【文献】特開2018-001927(JP,A)
【文献】特開2009-143539(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60T 8/17
B60T 8/1755
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の各車輪に作用する制動力を調整することによって、自動制動制御の実行前記車両の偏向を抑制する偏向抑制制御を実行する車両の自動制動装置であって、
前記制動力を調整するアクチュエータと、
前記アクチュエータを制御するコントローラと、を備え、
前記コントローラは、
前記車両の操舵量に基づいて規範旋回量を演算し、前記車両のヨーレイトに基づいて実旋回量を演算し、
前記車両が走行している道路の車幅方向の端部と前記車両との距離である余裕距離がしきい距離未満になった時点で、前記規範旋回量と前記実旋回量との偏差に基づく前記偏向抑制制御の実行を開始する、車両の自動制動装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両の自動制動装置において、
前記コントローラは、
前記車両が停止する位置が前記端部から逸脱しないよう、前記しきい距離を、前記車両の車体速度、前記ヨーレイトに係る状態量、及び、前記自動制動制御の要求減速度に係る状態量に基づいて演算する、車両の自動制動装置。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の車両の自動制動装置において、
前記コントローラは、
前記余裕距離の時間変化量である接近速度を演算し、
前記接近速度が大きいほど、前記しきい距離を小さく決定する、車両の自動制動装置。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3のうちの何れか一項に記載の車両の自動制動装置において、
前記コントローラは、
前記偏差の増加に伴って、前記車両の前輪に制動力を発生させる前輪液圧を増加し、前記車両の後輪に制動力を発生させる後輪液圧を減少する、車両の自動制動装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、車両の自動制動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、「左前輪及び右後輪のホイールシリンダが属する系統と右前輪及び左後輪のホイールシリンダが属する系統との2系統(X字型系統)の車両において、自動ブレーキ制御時には、両系統のブレーキ液圧回路の液圧が等しくなるように各調圧弁が同じ開度で制御されるが、調圧弁の精度ばらつきにより、両系統のブレーキ液圧回路の液圧に差が生じ、車両にヨー方向の挙動が発生することがある。該状況を抑制するため、自動ブレーキ制御を行うブレーキ装置1であって、左右前輪FL、FRの各ホイールシリンダ61、62に液圧を伝達する第1及び第2のブレーキ液圧回路11、12と、各ホイールシリンダ61、62に供給される液圧を個別に調節可能なブレーキアクチュエータ2と、ブレーキアクチュエータ2を制御するブレーキ制御部3と、車両のヨー方向の挙動を検出する挙動検出センサ4を備え、ブレーキアクチュエータ2は、自動ブレーキ制御時に各ブレーキ液圧回路11、12の液圧を加圧するポンプP1、P2と、各ブレーキ液圧回路11、12の液圧を個別に調節する調圧弁21、22を有し、ブレーキ制御部3は、自動ブレーキ制御時に、ヨー方向の挙動に基づいて、制動力が低い方のホイールシリンダ61、62に供給される液圧を増圧するように調圧弁21、22を制御する」ことが記載されている。
【0003】
ところで、自動ブレーキ制御(自動制動制御)の実行中の車両偏向は、X方式(「ダイアゴナル方式」ともいう)の制動配管が採用される車両だけでなく、前後方式(「II方式」ともいう)の制動配管が採用される車両でも発生し得る。前後方式(前後型)制動系統では、前輪制動系統の液圧が、一方側の調圧弁で調整され、後輪系統の液圧が他方側の調圧弁で制御される。従って、調圧弁のばらつきに起因した制動力の左右差によっては、車両偏向は生じない。例えば、前後型制動系統の車両では、その偏向は、車両の重心位置の偏りによって発生する。具体的には、トラック、商用バン等で、車両に積載された積荷が片荷である場合に、自動制動制御の実行中に、車両偏向が生じ得る。ここで、「片荷」とは、車両に積載された積荷が車幅方向に偏っている状態である。片荷に起因する車両偏向を抑制するよう、出願人は、特許文献2、3に記載される装置を開発している。
【0004】
これらの装置では、車両偏向を抑制するための制動制御は、予め設定されたしきい値を基準に実行される。しきい値は、車両の諸元(質量、ホイールベース、トレッド、重心高等)に依存する。従って、車両の種類毎に適合される必要があり、相当の開発工数を要する。自動制動装置においては、車種毎の適合が簡略にされ得るものが望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2017-149378号
【文献】特願2019-002073号
【文献】特願2019-002074号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、車両偏向を抑制する制動制御が実行される車両の自動制動装置において、該制動制御の適合が容易に行うことができるものを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る車両の自動制動装置は、車両の各車輪(WH)に作用する制動力(Fx)を調整することによって、自動制動制御の実行前記車両の偏向を抑制する偏向抑制制御を実行するものであって、前記制動力(Fx)を調整するアクチュエータ(HU)と、前記アクチュエータ(HU)を制御するコントローラ(ECU)と、を備える。そして、前記コントローラ(ECU)は、前記車両の操舵量(Sa)に基づいて規範旋回量(Ys)を演算し、前記車両のヨーレイト(Yr)に基づいて実旋回量(Ya)を演算し、前記車両が走行している道路の車幅方向の端部(LE)と前記車両との距離である余裕距離(Le)がしきい距離(Lx)未満になった時点で、前記規範旋回量(Ys)と前記実旋回量(Ya)との偏差(hY)に基づく前記偏向抑制制御の実行を開始する。

【0008】
余裕距離Leは、時々刻々と演算される状態量(状態変数)である。上記構成によれば、余裕距離Leを偏向抑制制御の実行開始条件とするため、車種毎の適合が簡略化され、適合工数が削減される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明に係る車両の自動制動装置JSの実施形態を説明するための全体構成図である。
図2】偏向抑制制御を含む自動制動制御の演算処理を説明するためのフロー図である。
図3】偏向抑制制御の作動開始を説明するための概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
<構成部材等の記号、記号末尾の添字、及び、運動・移動方向>
以下の説明において、「CW」等の如く、同一記号を付された構成部材、演算処理、信号、特性、及び、値は、同一機能のものである。各種記号の末尾に付された添字「i」~「l」は、それが何れの車輪に関するものであるかを示す包括記号である。具体的には、「i」は右前輪、「j」は左前輪、「k」は右後輪、「l」は左後輪を示す。例えば、4つのホイールシリンダにおいて、右前輪ホイールシリンダCWi、左前輪ホイールシリンダCWj、右後輪ホイールシリンダCWk、及び、左後輪ホイールシリンダCWlと表記される。更に、記号末尾の添字「i」~「l」は、省略され得る。添字「i」~「l」が省略された場合には、記号は、4つの各車輪に係るものの総称を表す。例えば、「CW」は、各車輪WHに設けられたホイールシリンダを表す。
【0011】
各種記号の末尾に付された添字「f」、「r」は、車両の前後方向において、それが何れに関するものであるかを示す包括記号である。具体的には、「f」は前輪、「r」は後輪を示す。例えば、車輪において、前輪WHf、及び、後輪WHrと表記される。更に、記号末尾の添字「f」、「r」は省略され得る。添字「f」、「r」が省略された場合には、各記号は、その総称を表す。「CWf(=CWi、CWj)」は前輪ホイールシリンダを表し、「CWr(=CWk、CWl)」は後輪ホイールシリンダを表す。
【0012】
接続路HSにおいて、マスタリザーバRVに近い側が「上部」と称呼され、ホイールシリンダCWに近い側が「下部」と称呼される。また、制動液BFが循環する還流KNにおいて、流体ポンプHPの吐出部Btに近い側が「上流側(上流部)」と称呼され、吐出部Btから遠い側が「下流側(下流部)」と称呼される。
【0013】
<本発明に係る車両の自動制動装置の実施形態>
図1の全体構成図を参照して、本発明に係る車両の自動制動装置JSの実施形態について説明する。車両には、2系統の流体路(即ち、2つの制動系統)が採用される。2つの制動系統のうちの前輪制動系統BKf(前輪マスタシリンダ室Rmfに係る系統)は、右前輪、左前輪ホイールシリンダCWi、CWj(=CWf)に接続される。また、2つの制動系統のうちの後輪制動系統BKr(後輪マスタシリンダ室Rmrに係る系統)は、右後輪、左後輪ホイールシリンダCWk、CWl(=CWr)に接続される。車両の2つの制動系統として、所謂、前後型(「II型」ともいう)のものが採用されている。ここで、「流体路」は、作動液体である制動液BFを移動するための経路であり、制動配管、流体ユニットHUの流路、ホース等が該当する。
【0014】
自動制動装置JSを備える車両には、制動操作部材BP、ホイールシリンダCW、マスタリザーバRV、マスタシリンダCM、及び、ブレーキブースタVBが備えられる。制動操作部材(例えば、ブレーキペダル)BPは、運転者が車両を減速するために操作する部材である。制動操作部材BPが操作されることによって、ホイールシリンダCWの液圧(「制動液圧」ともいう)Pwが調整され、車輪WHの制動トルクTqが調整され、車輪WHに制動力Fxが発生される。
【0015】
車両の車輪WHには、回転部材(例えば、ブレーキディスク)KTが固定される。そして、回転部材KTを挟み込むようにブレーキキャリパが配置される。ブレーキキャリパには、ホイールシリンダCWが設けられ、その内部の制動液BFの圧力(制動液圧)Pwが増加されることによって、摩擦部材(例えば、ブレーキパッド)が、回転部材KTに押し付けられる。回転部材KTと車輪WHとは、一体的に回転するよう固定されているため、このときに生じる摩擦力によって、車輪WHに制動トルクTqが発生される。この制動トルクTqによって、車輪WHに制動力Fxが生じる。
【0016】
マスタリザーバ(大気圧リザーバであり、単に、「リザーバ」ともいう)RVは、作動液体用のタンクであり、その内部に制動液BFが貯蔵されている。マスタシリンダCM内にて、制動液BFの量が不足している場合には、マスタリザーバRVからマスタシリンダ室(「液圧室」ともいう)Rmに制動液BFが補給される。
【0017】
マスタシリンダCMの内部には、プライマリピストンPG、及び、セカンダリピストンPHによって、2つの液圧室Rmf、Rmrが形成されている。つまり、マスタシリンダCMとして、タンデム型のものが採用されている。マスタシリンダCM内のピストンPGは、制動操作部材BPに、ブレーキロッド、ブレーキブースタVB等を介して、機械的に接続されている。制動操作部材BPが操作されていない場合には、マスタシリンダCMの前輪、後輪液圧室Rmf、Rmr(=Rm)とマスタリザーバRVとは連通状態にある。
【0018】
ブレーキブースタ(単に、「ブースタ」ともいう)VBによって、運転者による制動操作部材BPの操作力Fpが軽減される。ブースタVBとして、負圧式のものが採用される。負圧は、エンジン、又は、電動負圧ポンプにて形成される。ブースタVBとして、電気モータを駆動源とするものが採用されてもよい(例えば、電動ブースタ、アキュムレータ式ハイドロリックブースタ)。
【0019】
更に、車両には、車輪速度センサVW、操舵操作量センサSA、ヨーレイトセンサYR、前後加速度センサ(「減速度センサ」ともいう)GX、横加速度センサGY、制動操作量センサBA、及び、距離センサOBが備えられる。車両の各車輪WHには、車輪速度Vwを検出するよう、車輪速度センサVWが備えられる。車輪速度Vwの信号は、車輪WHのロック傾向(即ち、過大な減速スリップ)を抑制するアンチロックブレーキ制御等の各輪独立制御に利用される。
【0020】
操舵操作部材(例えば、ステアリングホイール)SWには、その操舵量(例えば、操舵角)Saを検出するように操舵操作量センサ(例えば、操舵角センサ)SAが備えられる。車両の車体には、ヨーレイト(ヨー角速度)Yrを検出するよう、ヨーレイトセンサYRが備えられる。また、車両の前後方向(進行方向)の加速度(前後加速度であり、「検出減速度」ともいう)Gx、及び、横方向(進行方向に直角な方向)の加速度(横加速度であり、「検出横加速度」ともいう)Gyを検出するよう、前後加速度センサGX、及び、横加速度センサGYが設けられる。これらの信号は、過大なオーバステア挙動、アンダステア挙動を抑制する車両安定化制御(所謂、ESC)等の車両運動制御に用いられる。
【0021】
運転者による制動操作部材BP(ブレーキペダル)の操作量Baを検出するよう、制動操作量センサBAが設けられる。制動操作量センサBAとして、マスタシリンダCM内の液圧(マスタシリンダ液圧)Pmを検出するマスタシリンダ液圧センサPM、制動操作部材BPの操作変位Spを検出する操作変位センサSP、及び、制動操作部材BPの操作力Fpを検出する操作力センサFPのうちの少なくとも1つが採用される。つまり、操作量センサBAによって、制動操作量Baとして、マスタシリンダ液圧Pm、操作変位Sp、及び、操作力Fpのうちの少なくとも1つが検出される。
【0022】
各センサ(VW等)によって検出された車輪速度Vw、操舵操作量(操舵角)Sa、ヨーレイトYr、前後加速度(検出減速度)Gx、横加速度(検出横加速度)Gy、及び、制動操作量Baは、制動コントローラECUに入力される。制動コントローラECUでは、車輪速度Vwに基づいて、車体速度Vxが演算される。
【0023】
≪運転支援システム≫
車両には、障害物との衝突を回避、又は、衝突時の被害を軽減するよう、運転支援システムが備えられる。運転支援システムは、距離センサOB、及び、運転支援コントローラECJを含んで構成される。距離センサOBによって、自車両の前方に存在する物体(他車両、固定物、人、自転車、等)と、自車両との間の距離(相対距離)Obが検出される。例えば、距離センサOBとして、画像センサ(カメラ)、レーダセンサ等が採用される。相対距離Obは、運転支援コントローラECJに入力される。
【0024】
運転支援コントローラECJでは、相対距離Obに基づいて、要求減速度Gsが演算される。要求減速度Gsは、自動制動制御を実行するための車両減速度の目標値である。要求減速度Gsは、通信バスBSを介して、制動コントローラECUに送信される。
【0025】
例えば、要求減速度Gsは、衝突余裕時間Tc、及び、車頭時間Twに基づいて演算される。衝突余裕時間Tcは、自車両と物体とが衝突に至るまでの時間であり、車両前方の物体と自車両との相対的な距離Obが、障害物と自車両との速度差(「相対速度」と称呼し、相対距離Obの時間微分値)によって除算されることによって決定される。車頭時間Twは、前方の物体の現在位置に自車両が到達するまでの時間であり、相対距離Obが、車体速度Vxにて除算されて演算される。要求減速度Gsは、衝突余裕時間Tcが大きいほど、小さくなるように演算される。また、要求減速度Gsは、車頭時間Twが大きいほど、要求減速度Gsが小さくなるように演算される。
【0026】
加えて、運転支援コントローラECJでは、車両と道路端部LEとの間の距離である余裕距離Leが演算される。ここで、「道路端部LE」とは、車両が走行している道路において、車両が走行すべき道路の横断方向(即ち、車幅方向)における境目である。例えば、道路端部LEとしては、走行路を規定する車線(例えば、白線)、道路の路肩等が該当する。道路端部LEは、車載の画像センサ(カメラ等)によって識別される。また、車載されたGPS(グローバル・ポジショニング・システム)の情報が、地図情報に参照され、道路端部LEが判別されてもよい。
【0027】
識別された道路端部LEに基づいて、余裕距離Leが演算される。例えば、車両のフロントウインドに備えられた画像センサによって、道路端部LEが識別される場合には、余裕距離Leは、車両と車両前方の道路端部LEとの距離として演算される。また、道路端部LEが、GPSに応じた自車両の位置(自車位置)と地図情報とに基づいて識別される場合には、余裕距離Leは、自車位置と道路端部LEとの距離として演算される。何れにしても、余裕距離Leは、判別された道路端部LEに基づいて決定される。演算された余裕距離Leは、通信バスBSを介して、制動コントローラECUに送信される。
【0028】
≪制動コントローラECU≫
自動制動装置JSは、制動コントローラECU、及び、流体ユニットHUにて構成される。制動コントローラ(「電子制御ユニット」ともいう)ECUは、マイクロプロセッサMP等が実装された電気回路基板と、マイクロプロセッサMPにプログラムされた制御アルゴリズムにて構成されている。コントローラECUは、車載の通信バスBSを介して、信号(検出値、演算値等)を共有するよう、他のコントローラ(ECJ等)とネットワーク接続されている。例えば、制動コントローラECUは、運転支援コントローラECJと、通信バスBSを通して接続される。制動コントローラECUから、運転支援コントローラECJには、車体速度Vxが送信される。一方、運転支援コントローラECJから、制動コントローラECUには、障害物との衝突を回避するよう(又は、衝突時の被害を軽減するよう)、自動制動制御を実行するための要求減速度Gs(目標値)が送信される。
【0029】
制動コントローラECU(電子制御ユニット)によって、流体ユニットHUの電気モータMT、及び、3種類の異なる電磁弁UA、VI、VOが制御される。具体的には、マイクロプロセッサMP内の制御アルゴリズムに基づいて、各種電磁弁UA、VI、VOを制御するための駆動信号Ua、Vi、Voが演算される。同様に、電気モータMTを制御するための駆動信号Mtが演算される。
【0030】
コントローラECUには、電磁弁UA、VI、VO、及び、電気モータMTを駆動するよう、駆動回路DRが備えられる。駆動回路DRには、電気モータMTを駆動するよう、スイッチング素子(MOS-FET、IGBT等のパワー半導体デバイス)によってブリッジ回路が形成される。モータ駆動信号Mtに基づいて、各スイッチング素子の通電状態が制御され、電気モータMTの出力が制御される。また、駆動回路DRでは、電磁弁UA、VI、VOを駆動するよう、駆動信号Ua、Vi、Voに基づいて、スイッチング素子によって、それらの通電状態(即ち、励磁状態)が制御される。なお、駆動回路DRには、電気モータMT、及び、電磁弁UA、VI、VOの実際の通電量を検出する通電量センサが設けられる。例えば、通電量センサとして、電流センサが設けられ、電気モータMT、及び、電磁弁UA、VI、VOへの供給電流が検出される。
【0031】
制動コントローラECUには、制動操作量Ba(Pm、Sp等)、車輪速度Vw、ヨーレイトYr、操舵角Sa、前後加速度(検出減速度)Gx、横加速度(検出横加速度)Gyが入力される。また、制動コントローラECUには、運転支援コントローラECJから、要求減速度Gsが、通信バスBSを介して入力される。制動コントローラECUによって、要求減速度Gsに基づいて、障害物との衝突を回避、又は、衝突の際の被害を低減するよう、偏向抑制制御(後述)を含む自動制動制御が実行される。
【0032】
≪流体ユニットHU≫
流体ユニットHUは、各車輪WHの制動力Fxを個別に制御するアクチュエータである。流体ユニットHUは、電気モータMT、流体ポンプHP、調圧リザーバRC、調圧弁UA、マスタシリンダ液圧センサPM、インレット弁VI、及び、アウトレット弁VOにて構成される。
【0033】
前輪、後輪液圧室Rmf、Rmrと、前輪、後輪ホイールシリンダCWf、CWrとは、前輪、後輪接続路(流体路の1つ)HSf、HSr(=HS)にて接続される。接続路HSには、流体ユニットHUが接続される。接続路HSは、流体ユニットHU内の部位Bbf、Bbrにて分岐され、前輪、後輪ホイールシリンダCWf(=CWi、CWj)、CWr(=CWk、CWl)に接続される。前輪、後輪調圧弁UAf、UAr(調圧弁UAと液圧室Rmとの間の接続路HSの部位)上部Bmf、Bmrと、前輪、後輪調圧弁UAf、UAr(調圧弁UAとインレット弁VIとの間の接続路HSの部位)下部Bbf、Bbrとは、前輪、後輪還流路HKf、HKr(=HK)によって接続される。前輪、後輪還流路HKf、HKrには、前輪、後輪流体ポンプHPf、HPr、及び、前輪、後輪調圧リザーバRCf、RCrが設けられる。
【0034】
2つの流体ポンプ(前輪、後輪流体ポンプ)HPf、HPr(=HP)は、1つの電気モータMTによって駆動される。電気モータMTは、制動コントローラECUからの駆動信号Mtに基づいて制御される。流体ポンプHPによって、前輪、後輪調圧弁UAf、UAr(=UA)の上流側に位置する吸込部Bsf、Bsrにて、前輪、後輪調圧リザーバRCf、RCr(=RC)から制動液BFが汲み上げられる。汲み上げられた制動液BFは、前輪、後輪調圧弁UAf、UArの下流側に位置する、前輪、後輪吐出部Btf、Btrに吐出される。
【0035】
前輪、後輪調圧弁UAf、UAr(=UA)が、前輪、後輪接続路HSf、HSrに設けられる。調圧弁UAとして、通電状態(例えば、供給電流)に基づいて開弁量(リフト量)が連続的に制御されるリニア型の電磁弁(「比例弁」、又は、「差圧弁」ともいう)が採用される。調圧弁UAは、制動コントローラECUからの駆動信号Uaに基づいて制御される。ここで、前輪、後輪調圧弁UAf、UArとして、常開型の電磁弁が採用される。
【0036】
コントローラECUにて、自動制動制御等の演算結果(例えば、ホイールシリンダCWの基準液圧)に基づいて、調圧弁UAの目標通電量(例えば、目標電流)が決定される。目標通電量に基づいて駆動信号Uaが決定され、この駆動信号Uaに応じて、調圧弁UAへの通電量(電流値)が調整され、調圧弁UAの開弁量が調整される。
【0037】
流体ポンプHPが駆動されると、還流路HK、及び、接続路HS内で、「RC→HP→UA→RC」の制動液BFの還流(破線矢印で示す循環する制動液BFの流れ)KNが形成される。調圧弁UAへの通電が行われず、常開型調圧弁UAが全開状態である場合には、調圧弁UAの上流部Bmの液圧(即ち、マスタシリンダ液圧Pm)と、調圧弁UAの下流部Bbの液圧Pp(「調整液圧」という)とは、略一致する。
【0038】
常開型調圧弁UAへの通電量が増加され、調圧弁UAの開弁量が減少される。調圧弁UAによって、制動液BFの還流KNが絞られ、調圧弁UAの上流部Bmと下流部Bbとの間に圧力差(差圧)が発生される。即ち、調圧弁UAのオリフィス効果によって、下流側液圧(調整液圧)Ppは、上流側液圧(マスタシリンダ液圧)Pmから増加されて調整される。制動操作部材BPが操作されていない場合には、「Pm=0」であるが、調整液圧Ppによって、制動液圧Pw(ホイールシリンダ液圧)が、「0」から増加され、自動制動が行われる。
【0039】
調圧弁UAの上部の接続路HSには、前輪、後輪マスタシリンダ液圧Pmf、Pmrを検出するよう、前輪、後輪マスタシリンダ液圧センサPMf、PMrが設けられる。なお、基本的には、「Pmf=Pmr」であるため、前輪、後輪マスタシリンダ液圧センサPMf、PMrのうちの一方は、省略可能である。
【0040】
前輪、後輪接続路HSf、HSrは、前輪、後輪調圧弁UAf、UArの下部Bbf、Bbrにて分岐(分流)され、各ホイールシリンダCWi~CWlに接続される。分岐部Bbf、Bbrの下部において、各車輪WH(=WHi~WHl)に係る構成は同じである。
【0041】
分岐部Bbf、Bbrの下部の接続路HS(=HSi~HSl)には、インレット弁VI(=VIi~VIl)が設けられる。インレット弁VIとして、常開型のオン・オフ電磁弁が採用される。接続路HSは、インレット弁VIの下部(即ち、インレット弁VIとホイールシリンダCWとの間)にて、前輪、後輪減圧路HGf、HGr(=HG)に接続される。また、減圧路HGは、調圧リザーバRC(=RCf、RCr)に接続される。減圧路HGには、アウトレット弁VO(=VOi~VOl)が設けられる。アウトレット弁VOとして、常閉型のオン・オフ電磁弁が採用される。
【0042】
アンチロックブレーキ制御によって、ホイールシリンダCW内の液圧(制動液圧)Pwを減少するためには、インレット弁VIが閉位置にされ、アウトレット弁VOが開位置される。制動液BFのインレット弁VIからの流入が阻止され、ホイールシリンダCW内の制動液BFは、調圧リザーバRCに流出し、制動液圧Pwは減少される。また、制動液圧Pwを増加するため、インレット弁VIが開位置にされ、アウトレット弁VOが閉位置される。制動液BFの調圧リザーバRCへの流出が阻止され、調整液圧Ppが、ホイールシリンダCWに導入され、制動液圧Pwが増加される。更に、ホイールシリンダCW内の液圧(制動液圧)Pwを保持するためには、インレット弁VI、及び、アウトレット弁VOが、共に閉弁される。つまり、電磁弁VI、VOを制御することによって、制動液圧Pw(即ち、制動トルクTqであり、結果、制動力Fx)が、各車輪WHのホイールシリンダCWで独立に調整可能である。
【0043】
<自動制動制御の演算処理>
図2のフロー図を参照して、偏向抑制制御を含む自動制動制御の処理について説明する。該処理は、制動コントローラECUにて行われる。「自動制動制御」は、車両の前方の物体(障害物)と、車両との相対距離Obに応じた要求減速度Gsに基づいて、車両と障害物との衝突を回避等するよう、ホイールシリンダCWの液圧(制動液圧)Pw(=Pwi~Pwl)をマスタシリンダCMの液圧(マスタシリンダ液圧)Pm(=Pmf、Pmr)から増加するものである。「偏向抑制制御」は、自動制動制御の実行中(即ち、自動制動中)に発生した車両偏向を、各車輪WH(=WHi~WHl)の制動力Fx(=Fxi~Fxl)を独立して調節することによって抑制するものである。
【0044】
ステップS110にて、各種信号が読み込まれる。具体的には、要求減速度Gs、余裕距離Le、検出減速度Gx(減速度センサGXの検出値)、ヨーレイトYr、検出横加速度Gy(横加速度センサGYの検出値であり、単に、「横加速度」ともいう)、及び、操舵角Saが取得(検出、又は、受信)される。
【0045】
ステップS120にて、車体速度Vx、及び、実際に発生している車両の減速度(実減速度であり、単に、「減速度」ともいう)Gaが演算される。車体速度Vxは、車輪速度Vwに基づいて演算される。例えば、車両の加速時を含む非制動時には、4つの車輪速度Vwのうちの最も遅い車輪速度に基づいて、車体速度Vxが演算される。また、制動時には、4つの車輪速度Vwのうちの最も速い車輪速度に基づいて、車体速度Vxが演算される。更に、車体速度Vxの演算において、その時間変化量において制限が設けられてもよい。即ち、車体速度Vxの増加勾配の上限値αup、及び、減少勾配の下限値αdnが設定され、車体速度Vxの変化が、上下限値αup、αdnによって制約される。
【0046】
実際の減速度(実減速度)Gaは、実際に発生している車両の前後方向(進行方向)において、車両を減速する方向の加速度である。実減速度Gaは、検出減速度Gx、及び、車体速度Vxの時間微分値(「演算減速度Ge」という)のうちの少なくとも1つに基づいて演算される。なお、要求減速度Gs、実減速度Ga、検出減速度Gx、及び、演算減速度Geは、車両を減速する側の値が「正符号(+)」で表される。
【0047】
ステップS130にて、自動制動制御の要否が判定される。例えば、該要否は、要求減速度Gsと実際の減速度Gaとの比較に基づいて判定される。「Gs≦Ga」である場合には、自動制動制御は不要であり、処理は、ステップS110に戻される。「Gs>Ga」である場合には、自動制動制御が必要であることが判定され、処理は、ステップS140に進められる。
【0048】
ステップS140にて、規範旋回量Ys、及び、実旋回量Yaが演算され、それらに基づいて旋回量偏差hYが演算される。具体的には、操舵量(操舵角)Saに基づいて規範旋回量Ysが演算されるとともに、ヨーレイトYrに基づいて実旋回量Yaが演算される。そして、規範旋回量Ys、及び、実旋回量Yaに基づいて、旋回量偏差hYが演算される。旋回量偏差hYは、操舵量Saによって指示された車両の進行方向(即ち、規範旋回量Ys)からの、実際の車両進行方向(即ち、実旋回量Ya)の相違を表す状態量である。従って、旋回量偏差hYによって車両の偏向状態が表現される。
【0049】
旋回量偏差hYは、車両の旋回方向が考慮されて、以下の式(1)にて演算される。
hY=sgn(Yr)・(Ya-Ys) …式(1)
ここで、関数「sgn」は、符号関数(「シグナム関数」ともいう)であり、引数の符号に応じて、「1」、「-1」、「0」のいずれかを返す関数である。例えば、左旋回方向を正符号(+)、右旋回方向を負符号(-)とすると、左旋回の場合には「sgn(Yr)=1」が演算され、右旋回の場合には「sgn(Yr)=-1」が演算される。従って、車両が直進走行している状態(即ち、「Sa=Ys=0」)で左方向に偏向する場合には、「sgn(Yr)」は正符号(+)、且つ、「Ya-Ys」は正符号(+)になるため、「hY」は正符号(+)になる。逆に、右方向に偏向する場合には、「sgn(Yr)」は負符号(-)、且つ、「Ya-Ys」は負符号(-)になるため、「hY」は正符号(+)になる。
【0050】
例えば、旋回量偏差hYの物理量として、ヨーレイトYrが採用されて、ヨーレイト偏差hYが演算される。この場合、規範旋回量Ysは、操舵角Sa、及び、車体速度Vxに基づいて、車両において、ステアリングギア比を「N」、ホイールベースを「L」、スタビリティファクタを「Kh」としたときに、以下の式(2)にて計算される。
Ys=(Vx×Sa)/{N×L×(1+Kh・Vx)} …式(2)
また、実旋回量Yaは、ヨーレイトセンサYRにて検出されたヨーレイトYr(検出ヨーレイト)が、そのまま、用いられる。ここで、規範旋回量Ysは、車輪WHのグリップ状態が適切である場合に対応する。
【0051】
車輪WHがグリップしている状態では、操舵角SaとヨーレイトYrとは、所定の関係にある。このため、旋回量偏差hYは、物理量として、操舵角Saの次元で演算されてもよい。この場合の旋回量偏差hYが、「操舵角偏差」と称呼される。物理量として操舵角Saの次元が採用される場合には、規範旋回量Ysとして、操舵角Saが、そのまま、決定される。そして、実旋回量Yaは、以下の式(3)にて演算される。
Ya={N×L×(1+Kh・Vx)×Yr}/Vx …式(3)
何れにしても、旋回量偏差hYは、操舵量Saに応じた規範旋回量Ysと、ヨーレイトYrに応じた実旋回量Yaとの差として演算される。
【0052】
ステップS150にて、要求減速度Gsに基づいて、前輪、後輪基準液圧Psf、Psr(=Ps)が決定される。基準液圧Psは、実際の前輪、後輪調整液圧Ppf、Pprに係る目標値の基準となる状態量である。例えば、前輪、後輪基準液圧Psf、Psrは同じになるよう演算され、4つのホイールシリンダCWi~CWlの実際の液圧(制動液圧)Pw(=Pp)が同一になるように指示される。
【0053】
ステップS160にて、偏向抑制制御の実行の要否が判定される。例えば、該判定は、「余裕距離Leが開始しきい距離Lx未満であるか、否か」に基づいて行われる。ここで、余裕距離Leは、車両と道路端部LEとの距離であり、開始しきい距離Lx(単に、「しきい距離」ともいう)は、偏向抑制制御を開始するための判定用のしきい値である。しきい距離Lxは、定数として、予め設定されている。また、しきい距離Lxは、車体速度Vx、要求減速度Gs、ヨーレイトYr等に基づいて演算されてもよい。なお、しきい距離Lxの演算方法については後述する。
【0054】
ステップS160にて、余裕距離Leがしきい距離Lx以上である場合には、車両偏向は生じていない。このため、「Le≧Lx」の場合には、処理は、ステップS170に進められる。余裕距離Leが開始しきい距離Lx未満である場合(即ち、「Le<Lx」の場合)には、車両偏向が発生しているため、処理は、ステップS180に進められる。
【0055】
また、ステップS160では、余裕距離Leの時間変化量(「接近速度dL」という)に基づいて、偏向抑制制御の実行の要否が判定されてもよい。ここで、「接近速度dL」は、車両が道路端部LEに接近していく速度である。具体的には、接近速度dLは、余裕距離Leが時間微分されて演算される。そして、「接近速度dLが開始しきい速度Dx以上であるか、否か」に基づいて要否判定が行われる。ここで、開始しきい速度Dx(単に、「しきい速度」ともいう)は、予め定数として設定されている。接近速度dLがしきい速度Dx未満である場合(即ち、「dL<Dx」の場合)には、処理は、ステップS170に進められる。接近速度dLがしきい速度Dx以上である場合(即ち、「dL≧Dx」の場合)には、処理は、ステップS180に進められる。
【0056】
更に、ステップS160では、余裕距離Leと接近速度dLとの相互関係に基づいて、偏向抑制制御の実行の要否が判定され得る。具体的には、「余裕距離Leがしきい距離Lx未満」、且つ、「接近速度dLがしきい速度Dx以上」である場合に、ステップS160の処理は肯定され、ステップS180に進められる。一方、「余裕距離Leがしきい距離Lx以上」、及び、「接近速度dLがしきい速度Dx未満」のうちの少なくとも1つに該当する場合に、ステップS160の処理は否定され、ステップS170に進められる。
【0057】
余裕距離Leと接近速度dLとの相互関係において、上記の相互関係に代えて、接近速度dLに応じて、余裕距離Leに係るしきい距離Lxが演算され得る。例えば、接近速度dLが大きくなるほど、しきい距離Lxが小さくなるように決定され得る。そして、「Le≧Lx」の場合には、偏向抑制制御の実行は開始されない(即ち、禁止される)が、「Le<Lx」の場合には、偏向抑制制御の実行は開始される(即ち、許可される)。逆に、余裕距離Leに応じて、接近速度dLに係るしきい速度Dxが演算されてもよい。例えば、余裕距離Leが小さくなるほど、しきい速度Dxが小さくなるように決定され得る。そして、「dL<Dx」の場合には、偏向抑制制御の実行は開始されないが、「dL≧Dx」の場合には、偏向抑制制御の実行は開始される。
【0058】
ステップS170にて、最終的な前輪、後輪目標液圧Ptf、Ptr(=Pt)が演算される。ステップS170は、自動制動制御において、車両偏向が生じていない処理に対応する。従って、目標液圧Ptとして、基準液圧Psが、そのまま決定される(即ち、「Pt=Ps」)。
【0059】
ステップS180にて、吹き出し部に示す修正量演算ブロックZGの演算マップZpz、Zpg、及び、旋回量偏差hYに基づいて、液圧に係る修正量(増加、減少修正量)Pz、Pgが演算される。増加修正量Pzは、前輪基準液圧Psfを増加修正して前輪目標液圧Ptfを演算するための状態量である。増加修正量Pzは、増加演算マップZpzに従って、旋回量偏差hY(又は、その絶対値)が所定量hx未満の場合には「0」に演算され、旋回量偏差hY(又は、その絶対値)が所定量hx以上の場合には、旋回量偏差hYの絶対値の増加に従って、増加修正量Pzが「0」から増加するように演算される。減少修正量Pgは、後輪基準液圧Psrを減少修正して後輪目標液圧Ptrを演算するための状態量である。減少修正量Pgは、減少演算マップZpgに従って、「hY<hx」の場合には「0」に演算され、「hY≧hx」の場合には、旋回量偏差hYが増加するに従って、減少修正量Pgが「0」から増加するように演算される。なお、増加、減少修正量Pz、Pgには、上限値pz、pgが設定される。ここで、所定量hxは、予め設定された所定値(定数)である。
【0060】
ステップS190にて、前輪、後輪基準液圧Psf、Psr(=Ps)が、増加、減少修正量Pz、Pgによって修正され、最終的な前輪、後輪目標液圧Ptf、Ptrが演算される。具体的には、前輪目標液圧Ptfは、前輪基準液圧Psfに増加修正量Pzが加算されて決定される(即ち、「Ptf=Psf+Pz」)。後輪目標液圧Ptrは、後輪基準液圧Psrから減少修正量Pgが減算されて決定される(即ち、「Ptr=Ps-Pg」)。後輪基準液圧Ptrが減少調整されるため、後輪制動力が減少され、車両偏向に応じて、後輪WHrの横滑り角が増加した場合に、後輪WHrの横力が発生され易くされ、車両偏向が抑制される。
【0061】
ステップS200にて、「車両の偏向方向が、左方向であるか、右方向であるか」が判定(識別)される。例えば、該識別は、ヨーレイトYrの符号に基づいて行われる。また、ヨーレイトYrに基づいて演算された旋回量偏差hYの符号に応じて識別されてもよい。偏向方向が左方向である場合には、処理は、ステップS210に進められる。一方、偏向方向が右方向である場合には、処理は、ステップS220に進められる。
【0062】
ステップS210にて、右前輪インレット弁VIiが開位置にされるとともに、左前輪インレット弁VIjが閉位置にされる。インレット弁VIは、常開型であるため、ステップS210では、右前輪インレット弁VIiは非通電のままであり、左前輪インレット弁VIjに通電が指示される。前輪調整液圧Ppfは増加されるため、右前輪WHiの制動液圧Pwiが増加され、左前輪WHjの制動液圧Pwjは保持される。このときに発生する前輪制動力の左右差によって左方向への車両偏向が抑制される。
【0063】
ステップS220にて、右前輪インレット弁VIiが閉位置にされるとともに、左前輪インレット弁VIjが開位置にされる。ステップS220では、右前輪インレット弁VIiに通電が指示され、左前輪インレット弁VIjは非通電のままである。右前輪WHiの制動液圧Pwiは保持され、左前輪WHjの制動液圧Pwjが増加されるため、前輪制動力の左右差によって右方向への車両偏向が抑制される。
【0064】
ステップS230にて、電気モータMTが駆動される。これにより、調圧弁UA、及び、流体ポンプHPを含む制動液BFの還流(「HP→UA→RC→HP」で循環する制動液BFの流れ)KNが発生される。
【0065】
ステップS240にて、前輪、後輪目標液圧Ptf、Ptr(=Pt)に基づいて、前輪、後輪調圧弁UAf、UAr(=UA)が制御される。具体的には、目標液圧Ptに基づいて、調圧弁UAへの目標通電量Itが決定され、調圧弁UAへの実際の通電量Iaが制御される。例えば、駆動回路DRに実際の通電量Iaを検出する通電量センサ(例えば、電流センサ)が設けられ、実際の通電量(実電流)Iaが目標通電量(目標電流)Itに一致するよう、サーボ制御(電流フィードバック制御)が行われる。更に、調圧弁UAの制御において、実際の減速度Gaが、要求減速度Gsに一致するよう、サーボ制御(減速度フィードバック制御)が行われてもよい。
【0066】
ステップS180~ステップS220は、自動制動制御の実行中に車両偏向を抑制する偏向抑制制御の実行に対応する。この一連の処理では、旋回量偏差hYに基づいて、前輪、後輪基準液圧Psf、Psrが修正され、最終的な前輪、後輪目標液圧Ptf、Ptrが演算される。加えて、前輪インレット弁VIfの開閉状態が制御される。
【0067】
<偏向抑制制御の作動開始>
図3の概略図を参照して、偏向抑制制御の作動開始について説明する。偏向抑制制御は、自動制動制御の開始後、余裕距離Le(車両と道路端部LEとの間の距離を表す状態変数)に基づいて開始(作動許可)され、旋回量偏差hYに基づいて、その実行が継続される。図3では、車両が走行車線内の中央を走行している状況で、位置(O)にて自動制動制御が開始され、その後、位置(P)にて偏向抑制制御が開始される。そして、自動制動制御によって、位置(S)にて車両が停止される。
【0068】
位置(O)(即ち、自動制動制御の開始時点)での車体速度Vxを初期速度voとすると、車両の制動距離(位置(O)から位置(S)までの距離)Ls、及び、制動時間(位置(O)から位置(S)までに要する時間)Tsは、初期速度vo、及び、要求減速度Gs(又は、実減速度Ga)に基づいて演算することができる。また、車両の減速が開始され、車両が停止するまでの車幅方向(道路の横断方向でもある)への変位(「横変位」という)Hyは、横加速度Gy、及び、制動時間Tsに基づいて、推定演算することができる。また、ヨーレイトYrと横加速度Gyと間には、所定の関係(即ち、「Gy=Yr・Vx」)があるため、横変位Hyは、ヨーレイトYr、車体速度Vx、及び、制動時間Tsに基づいて演算可能である。更に、偏向抑制制御において、運転者による操舵操作部材(例えば、ステアリングホイール)SWの操作量Saが加味されて、横変位Hyは、旋回量偏差hY(即ち、ヨーレイトYr、操舵角Sa)、車体速度Vx、及び、制動時間Tsに基づいて推定され得る。なお、横変位Hyの演算においては、車両減速に伴う、横加速度Gyの減少が考慮されている。
【0069】
横変位Hyに基づいて、車両が停止した位置(S)(即ち、「Vx=0」に対応する位置)が道路端部LEから逸脱しない(例えば、走行車線内に収まる)ように、開始しきい距離Lxが決定される。即ち、しきい距離Lxは、車体速度Vx、「ヨーレイトYrに係る状態量」、及び、「要求減速度Gsに係る状態量」に基づいて演算される。ここで、「ヨーレイトYrに係る状態量」は、ヨーレイトYrそのもの、旋回量偏差hY、及び、横加速度Gyのうちの少なくとも1つである。また、「要求減速度Gsに係る状態量」は、要求減速度Gsそのもの、実減速度Ga、検出減速度Gx(減速度センサGXの検出値)、及び、演算減速度Ge(車体速度Vxの微分値)のうちの少なくとも1つである。
【0070】
例えば、しきい距離Lxの決定においては、自動制動制御の開始時点(位置(O)に対応)の車体速度Vx(初期速度vo)と要求減速度Gsとに基づいて車両が停止するまでの時間(制動時間)Tsが演算される。そして、制動時間Ts、及び、自動制動制御の開始後の所定時間ts内に発生する横加速度Gy(又は、値「Yr・Vx」)に基づいて、車両停止時(位置(S)に対応)に車両が道路端部LEからはみ出さないように、しきい距離Lxが決定される。ここで、所定時間tsは、片荷等の影響で車両偏向が発生し始める時間に対応し、予め所定値(定数)として設定される。また、初期速度voが大きいと、制動時間Tsは長くなるため、初期速度voが大きいほど、所定時間tsは長くされてもよい。
【0071】
道路の道幅(道路幅員)Deは、法令等によって規定されているとともに、車両の幅(寸法)は既知である。このため、しきい距離Lxは、予め設定された所定値(定数)であってもよい。加えて、図3では、道路端部LEに近い側の車両側面と、道路端部LEとの距離を余裕距離Leとしているが、余裕距離Leは車両の前後方向の中心軸線と、道路端部LEとの距離であってもよい。また、余裕距離Leは、車両の前方の所定範囲内の道路端部LEと、上記車両側面(又は、上記中心軸線)との距離であってもよい。何れにしても、余裕距離Leは、自動制動制御の開始後における、車両と道路端部LE(路肩、車線等)との間の距離である。
【0072】
偏向抑制制御の実行の開始において、余裕距離Leが参酌される。例えば、余裕距離Leがしきい距離Lxよりも小さくなった時点(対応する演算周期)にて、偏向抑制制御の実行が許可され、旋回量偏差hYに基づく偏向抑制制御が開始される。余裕距離Leは、時々刻々と演算される状態量(状態変数)であるため、車種毎の適合が簡略化され、適合工数が削減される。加えて、しきい距離Lxは、車両停車時における車幅方向の距離に対応して設定されるため、車両が車線、路肩等の道路端部LEを超えて、走行路から逸脱することはない。
【0073】
偏向抑制制御の実行の開始(許可)において、余裕距離Leの時間変化量(接近速度)dLが参酌されてもよい。例えば、接近速度dLがしきい速度Dx(予め設定された所定の定数)よりも小さくなった時点(該当する演算周期)にて、偏向抑制制御の実行が許可され、旋回量偏差hYに基づく偏向抑制制御が開始される。車両が道路端部LEに近づいていく速度(接近速度)dLも、時々刻々と演算される状態量(状態変数)であるため、上記同様の効果を奏する。
【0074】
また、偏向抑制制御の実行の開始(許可)において、余裕距離Leと接近速度dLとの相互関係が参酌され得る。例えば、「Le<Lx」、且つ、「dL≧Dx」の相互関係に基づく条件が満足された時点(該当する演算周期)にて、偏向抑制制御の実行が許可され、旋回量偏差hYに基づく偏向抑制制御が開始される。また、相互関係として、接近速度dLに基づいて、接近速度dLが大きくなるほど、しきい距離Lxが小さくなるよう、余裕距離Leに係るしきい距離Lxが演算される。そして、「Le<Lx」が満足された時点(該当する演算周期)にて、偏向抑制制御の実行が許可され、旋回量偏差hYに基づく偏向抑制制御が開始される。逆に、余裕距離Leに基づいて、余裕距離Leが小さくなるほど、しきい速度Dxが小さくなるよう、接近速度dLに係るしきい速度Dxが演算されてもよい。そして、「dL≧Dx」が満足された時点(該当する演算周期)にて、偏向抑制制御の実行が許可され、旋回量偏差hYに基づく偏向抑制制御が開始される。余裕距離Leに係る単独の開始条件、又は、接近速度dLに係る開始単独の条件ではなく、余裕距離Le、及び、接近速度dLの相互関係に基づく開始条件であるため、偏向抑制制御の開始における信頼性が向上され得る。
【0075】
<作用・効果>
本発明に係る自動制動装置JSの構成、及び、作用・効果についてまとめる。
自動制動装置JSでは、要求減速度Gsに応じて自動制動制御が実行される。自動制動が行われている途中で、片荷等の影響で車両が偏向する場合には、旋回量偏差hY(実際の旋回量Yaと規範旋回量Ysとの差)に基づいて、各車輪WHの制動力Fxが調整されて、車両の偏向を抑制する偏向抑制制御が実行される。自動制動装置JSでは、車両が走行している道路の車幅方向の端部LEと車両との距離である余裕距離Leが取得され、余裕距離Leに基づいて、偏向抑制制御の実行が開始(許可)される。例えば、余裕距離Leがしきい距離Lxに達した時点で、偏向抑制制御の実行が開始される。偏向抑制制御の実行開始に係る状態量である余裕距離Leは、演算周期毎に所得されるため、車種毎の適合が簡素化され、容易に行うことが可能となる。結果、車両適合に要する工数(時間)が削減される。
【0076】
自動制動装置JSでは、しきい距離Lxは、車体速度Vx、「ヨーレイトYrに係る状態量(ヨーレイトYr、横加速度Gy、及び、旋回量偏差hYのうちの少なくとも1つ)」、及び、「要求減速度Gsに係る状態量(要求減速度Gs、実減速度Ga、検出減速度Gx、及び、演算減速度Geのうちの少なくとも1つ)」に基づいて演算され得る。しきい距離Lxは、定数として、予め設定されてよいが、上記の状態変数(Vx、Yr、Gs等)に基づいて決定されることにより、確実に車両の道路端部LEからの逸脱が抑制され得る。
【0077】
<他の実施形態>
以下、他の実施形態について説明する。他の実施形態においても、上記同様の効果(適合の容易化・簡素化等)を奏する。
【0078】
上記の実施形態では、2系統の制動系統として、前後型のものが採用された。これに代えて、ダイアゴナル型(「X型」ともいう)のものが採用され得る。この場合、2つの液圧室Rmのうちの一方は、右前輪ホイールシリンダCWi、及び、左後輪ホイールシリンダCWlに接続され、2つの液圧室Rmのうちの他方は、左前輪ホイールシリンダCWj、及び、右後輪ホイールシリンダCWkに接続される。この場合でも、各車輪WHの制動力Fxは、調圧弁UA、及び、インレット弁VI、アウトレット弁VOによって、各輪独立で調節される。
【0079】
上記実施形態では、車輪WHに制動トルクTq(結果、制動力Fx)を調節するアクチュエータとして、制動液BFを介した液圧式のもの(流体ユニットHU)が例示された。これに代えて、電気モータによって駆動される、電動式のものが採用され得る。電動式のアクチュエータでは、電気モータの回転動力が、直線動力に変換され、これによって、摩擦部材が回転部材KTに押し付けられる。従って、制動液圧Pwに依らず、電気モータによって、直接、制動トルクTqが付与され、制動力Fxが発生される。さらに、前輪WHf用として、制動液BFを介した液圧式のアクチュエータが採用され、後輪WHr用として、電動式のアクチュエータが採用された、複合型であってもよい。
【符号の説明】
【0080】
JS…自動制動装置、LE…道路端部、BP…制動操作部材、SW…操舵操作部材、CM…マスタシリンダ、CW…ホイールシリンダ、HU…流体ユニット(アクチュエータ)、UA…調圧弁、ECU…コントローラ、GX…減速度センサ、GY…横加速度センサ、YR…ヨーレイトセンサ、SA…操舵量センサ(操舵角センサ)、Gx…検出減速度、Ge…演算減速度、Ga…実減速度、Vx…車体速度、Gy…横加速度、Yr…ヨーレイト、Sa…操舵量(操舵角)、Ys…規範旋回量、Ya…実旋回量、hY…旋回量偏差、Le…余裕距離、Lx…開始しきい距離、dL…接近距離、Dx…開始しきい速度、Fx…制動力。


図1
図2
図3