(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-04
(45)【発行日】2023-12-12
(54)【発明の名称】印刷装置および印刷方法
(51)【国際特許分類】
B41F 11/00 20060101AFI20231205BHJP
B41F 35/02 20060101ALI20231205BHJP
B41M 1/06 20060101ALI20231205BHJP
B41C 1/10 20060101ALI20231205BHJP
B41N 1/14 20060101ALI20231205BHJP
B41F 13/10 20060101ALI20231205BHJP
G03F 7/00 20060101ALI20231205BHJP
G03F 7/004 20060101ALI20231205BHJP
【FI】
B41F11/00 C
B41F35/02
B41M1/06
B41C1/10
B41N1/14
B41F13/10 324
G03F7/00 503
G03F7/00 502
G03F7/00 505
G03F7/004 521
(21)【出願番号】P 2019215412
(22)【出願日】2019-11-28
【審査請求日】2022-10-17
(73)【特許権者】
【識別番号】000001270
【氏名又は名称】コニカミノルタ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000671
【氏名又は名称】IBC一番町弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】中島 一比古
【審査官】小宮山 文男
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-056196(JP,A)
【文献】特開2019-119057(JP,A)
【文献】特開2007-098945(JP,A)
【文献】特開平11-258860(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B41F 11/00
B41F 35/02
B41M 1/06
B41C 1/10
B41N 1/14
B41F 13/10
G03F 7/00
G03F 7/004
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転する版胴と、
前記版胴に形成された刷版の表面の物性を、第1物性から第2物性へ変化させる第1刺激を、画像データに基づいて前記刷版の表面へ与えて前記刷版となるパターンを形成させる第1刺激付与部と、
前記刷版の表面の物性を、前記第2物性から前記第1物性へ変化させる第2刺激を前記刷版の表面へ与えて、前記パターンを消去する第2刺激付与部と、
前記刷版の表面に当接し、前記刷版の表面に付着しているインクを除去するインク除去ブレードと
、を有し、
前記インク除去ブレードは、織布、不織布、およびスポンジからなる群から選択された少なくとも1つの吸油性および/または吸水性の部材からなるインクを吸い取るブレードである、印刷装置。
【請求項2】
前記第1刺激付与部は、前記刷版の表面の物性を前記第1物性から前記第2物性へ変化させる波長の光を照射し、
前記第2刺激付与部は、前記刷版の表面の物性を前記第2物性から前記第1物性へ変化させる波長の光を照射する、請求項1に記載の印刷装置。
【請求項3】
前記刷版の表面の物性を前記第1物性から前記第2物性へ変化させる波長の光は、紫外線であり、
前記刷版の表面の物性を前記第2物性から前記第1物性へ変化させる波長の光は、可視光線である、請求項2に記載の印刷装置。
【請求項4】
前記第1刺激付与部は、前記刷版の表面の物性を前記第1物性から前記第2物性へ変化させるための熱刺激を与え、
前記第2刺激付与部は、前記刷版の表面の物性を前記第2物性から前記第1物性へ変化させるための熱刺激を与える、請求項1に記載の印刷装置。
【請求項5】
インク除去ブレードは、前記刷版の表面からインクをすくい取るスクイーズブレードである、請求項1~
4のいずれか1つに記載の印刷装置。
【請求項6】
前記刷版の表面は、第1刺激により疎水性から親水性へ変化し、第2刺激により親水性から疎水性へ変化する、請求項1~
5のいずれか1つに記載の印刷装置。
【請求項7】
前記刷版の表面は、第1刺激により親水性から疎水性へ変化し、第2刺激により疎水性から親水性へ変化する、請求項1~
5のいずれか1つに記載の印刷装置。
【請求項8】
前記刷版の表面は、アゾベンゼンを有する素材により形成されている、請求項
6または
7に記載の印刷装置。
【請求項9】
前記刷版の表面に接するブランケットと、
前記ブランケットとの間で被印刷媒体を挟んで、当該被印刷媒体を前記ブランケットの方向へ加圧する圧胴と、
前記刷版にインクを供給するインクローラーと、
前記刷版に湿し水を供給する湿し水ローラーと、
を有する、請求項1~
8のいずれか1つに記載の印刷装置。
【請求項10】
前記刷版は、平版印刷に用いられる、請求項1~
9のいずれか1つに記載の印刷装置。
【請求項11】
請求項1~
10のいずれか1つに記載の印刷装置を用いた印刷方法であって、
第1刺激によりパターンが書き込まれた刷版の表面に残存するインクをインク除去ブレードにより除去する段階(a)と、
前記刷版の表面へ第2刺激を与えて、前記刷版の表面の物性を前記第2物性から前記第1物性へ変化させて前記パターンを消去する段階(b)と、
前記刷版の表面へ、画像データに基づいて第1刺激を与えて、前記刷版となる前記パターンを形成する段階(c)と
、を有し、
前記インク除去ブレードは、織布、不織布、およびスポンジからなる群から選択された少なくとも1つの吸油性および/または吸水性の部材からなるインクを吸い取るブレードである、印刷方法。
【請求項12】
少なくとも1枚の印刷を実行するごとに、段階(a)から段階(c)を繰り返して前記刷版の書き換えを行う、請求項
11に記載の印刷方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、印刷装置および印刷方法に関する。
【背景技術】
【0002】
代表的な平版印刷の1つに、オフセット印刷がある。オフセット印刷は、親水部と疎水部とを平版表面上に設け、親水部を水で湿らし、水と混和しないインクを平版表面上に塗布することで、疎水部のインクを用紙などへ転写する。
【0003】
これまでのオフセット印刷は、刷版としてPS(Presensitized Plate)版を使用する。この刷版は、たとえば紫外線などの刺激を用いて疎水性と親水性の差を生み、その差を作成して版を作成する。これまでの刷版作成では、最初に1つの刺激で疎水性と親水性の差を生むことができても、刺激が1つしかないため、疎水性と親水性の差を戻すことができない。その結果、PS版は異なる画像を印刷するたびに、新しい版を作成している。このことは、印刷所での煩雑な作業を発生させて、また、新しい版を作るたびに古い版を廃棄するという環境面からの短所を有していた。
【0004】
このような短所を克服するために、従来、2つの刺激により、刷版の書き換えを行う技術が提案されている。たとえば、特許文献1では、印刷版として、パターンの形成および消去可能なポリマー層を有する。この技術では、ポリマー層を光触媒処理および/または光化学処理によってパターンを形成する。一方、ポリマー層のパターンは、電磁ビームの作用および/または熱の作用および/または少なくとも1つの溶剤の作用および/または研磨による除去によって消去可能になっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来の技術では、電磁ビームの作用および/または熱の作用および/または少なくとも1つの溶剤の作用および/または研磨による除去などという外部からの刺激によって刷版上のパターンを消去可能としている。
【0007】
しかしながら、従来の技術は、刷版の上にインクが残存した状態で、外部刺激を与えてパターンの消去を行っている。このため、従来の技術では、残存するインクが外部刺激を邪魔して、パターンを消去できない部分が発生する。これにより、新たなパターンを書き込んだ刷版で印刷しても、前の刷版のパターンが印刷されてしまい、今回の刷版の画像に前の刷版の画像(以下、「前画像」とも称する)が重なる(かぶりと称する)などの問題があった。
【0008】
そこで、本発明の目的は、刷版を再使用でき、かつ前画像のかぶりのない良好な印刷画像が得られる印刷装置および印刷方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の上記の目的は、下記の手段によって達成される。
【0010】
(1)回転する版胴と、
前記版胴に形成された刷版の表面の物性を、第1物性から第2物性へ変化させる第1刺激を、画像データに基づいて前記刷版の表面へ与えて前記刷版となるパターンを形成させる第1刺激付与部と、
前記刷版の表面の物性を、前記第2物性から前記第1物性へ変化させる第2刺激を前記刷版の表面へ与えて、前記パターンを消去する第2刺激付与部と、
前記刷版の表面に当接し、前記刷版の表面に付着しているインクを除去するインク除去ブレードと、を有し、
前記インク除去ブレードは、織布、不織布、およびスポンジからなる群から選択された少なくとも1つの吸油性および/または吸水性の部材からなるインクを吸い取るブレードである、印刷装置。
【0011】
(2)前記第1刺激付与部は、前記刷版の表面の物性を前記第1物性から前記第2物性へ変化させる波長の光を照射し、
前記第2刺激付与部は、前記刷版の表面の物性を前記第2物性から前記第1物性へ変化させる波長の光を照射する、上記(1)に記載の印刷装置。
【0012】
(3)前記刷版の表面の物性を前記第1物性から前記第2物性へ変化させる波長の光は、紫外線であり、
前記刷版の表面の物性を前記第2物性から前記第1物性へ変化させる波長の光は、可視光線である、上記(2)に記載の印刷装置。
【0013】
(4)前記第1刺激付与部は、前記刷版の表面の物性を前記第1物性から前記第2物性へ変化させるための熱刺激を与え、
前記第2刺激付与部は、前記刷版の表面の物性を前記第2物性から前記第1物性へ変化させるための熱刺激を与える、上記(1)に記載の印刷装置。
【0015】
(5)インク除去ブレードは、前記刷版の表面からインクをすくい取るスクイーズブレードである、上記(1)~(4)のいずれか1つに記載の印刷装置。
【0017】
(6)前記刷版の表面は、第1刺激により疎水性から親水性へ変化し、第2刺激により親水性から疎水性へ変化する、上記(1)~(5)のいずれか1つに記載の印刷装置。
【0018】
(7)前記刷版の表面は、第1刺激により親水性から疎水性へ変化し、第2刺激により疎水性から親水性へ変化する、上記(1)~(5)のいずれか1つに記載の印刷装置。
【0019】
(8)前記刷版の表面は、アゾベンゼンを有する素材により形成されている、上記(6)または(7)に記載の印刷装置。
【0020】
(9)前記刷版の表面に接するブランケットと、
前記ブランケットとの間で被印刷媒体を挟んで、当該被印刷媒体を前記ブランケットの方向へ加圧する圧胴と、
前記刷版にインクを供給するインクローラーと、
前記刷版に湿し水を供給する湿し水ローラーと、
を有する、上記(1)~(8)のいずれか1つに記載の印刷装置。
【0021】
(10)前記刷版は、平版印刷に用いられる、上記(1)~(9)のいずれか1つに記載の印刷装置。
【0025】
(11)上記(1)~(10)のいずれか1つに記載の印刷装置を用いた印刷方法であって、
第1刺激によりパターンが書き込まれた刷版の表面に残存するインクをインク除去ブレードにより除去する段階(a)と、
前記刷版の表面へ第2刺激を与えて、前記刷版の表面の物性を前記第2物性から前記第1物性へ変化させて前記パターンを消去する段階(b)と、
前記刷版の表面へ、画像データに基づいて第1刺激を与えて、前記刷版となる前記パターンを形成する段階(c)と、を有し、
前記インク除去ブレードは、織布、不織布、およびスポンジからなる群から選択された少なくとも1つの吸油性および/または吸水性の部材からなるインクを吸い取るブレードである、印刷方法。
【0026】
(12)少なくとも1枚の印刷を実行するごとに、段階(a)から段階(c)を繰り返して前記刷版の書き換えを行う、上記(11)に記載の印刷方法。
【発明の効果】
【0027】
本発明は、刷版の表面からインクを除去した後、第2刺激により、刷版のパターンを消去して、その後、新たな刷版となるパターンを第1刺激により書き込むこととした。これにより本発明では、前画像のかぶりのない良好な印刷画像が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】実施形態に係る印刷装置の要部を示す斜視図である。
【
図2】実施形態に係る印刷装置の要部を示す側面図である。
【
図3】初期印刷における刷版面のパターンを示す図である。
【
図4】再書き込みした刷版面のパターンを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、添付した図面を参照して、本発明の実施形態について説明する。なお、図面の説明において、同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。また、図面の寸法の比率は、説明の都合上誇張され、実際の比率とは異なる場合がある。
【0030】
(印刷装置)
図1は、実施形態に係る印刷装置の要部を示す斜視図である。
図2は、実施形態に係る印刷装置の要部を示す側面図である。
【0031】
本実施形態の印刷装置は、オフセット印刷装置である。
図1に示すように、実施形態の印刷装置1は、版胴101、ブランケット103、圧胴104、インクローラー105、湿し水ローラー106、インク除去ブレード110、第1刺激付与部111、および第2刺激付与部112を有する。
【0032】
刷版の表面は、画線部および非画線部よりなるパターンが形成されている刷版102となっている。刷版102は版胴101自身の表面でもよいし、版胴101と刷版102が別部材であってもよい。本実施形態では、金属製の版胴101に、刷版102となる別部材(詳細後述)が形成されている。ただし、説明においては、版胴101と刷版102は一体のものとして説明する。したがって、刷版102の表面は、すなわち刷版102の表面ということになる。
【0033】
画線部はインクが載る疎水性(親油性)の部分である。非画線部は水が載る親水性の部分である。刷版102の表面は、画線部および非画線部によって形成されるパターンの書き換えが可能である。書き換え可能な刷版102についての詳細は後述する。
【0034】
ブランケット103は、版胴101に付着したインクが転写され、ブランケット103に付着したインクがさらに用紙200へ転写される。圧胴104は、ブランケット103との間を搬送される用紙200をブランケット103の方向へ加圧する。インクローラー105は、インク壺など(不図示)から供給されるインクを版胴101へ供給する。湿し水ローラー106は、版胴101を湿らせる水を版胴101へ供給する。版胴101、ブランケット103、圧胴104、インクローラー105、および湿し水ローラー106は、用紙200の搬送に同期して回転する(図示矢印方向)。なお、用紙200の搬送方向は、図示矢印SFで示した。刷版部分を除いて、版胴101、ブランケット103、圧胴104、インクローラー105、湿し水ローラー106の構成、および印刷動作は、一般的なオフセット印刷装置と同様であるので、詳細な説明は省略する。
【0035】
インク除去ブレード110は、刷版102の表面に当接、離間可能となっている。インク除去ブレード110は、刷版102の表面に当接しているとき、ブレードの先端が、版胴101の回転方向に対して逆向き(カウンター方向)となるように配置されている。インク除去ブレード110は、詳細は後述するが、第2刺激による刷版102の書き換え前に、刷版102の表面に当接させて、刷版102の表面に付着しているインクを除去する。
【0036】
インク除去ブレード110は、たとえば、ウレタンゴム、シリコーンゴムなどの弾性材からなるスクイーズブレードを使用できる。これらスクイーズブレードは、刷版102の表面に当接してインクを搾り取って(こそぎ取って)除去する。また、インク除去ブレード110は、たとえば、織布、不織布、およびスポンジからなる群から選択された少なくとも1つの吸油性および/または吸水性の部材からなるインクを吸い取るブレードを使用できる。インクを吸い取るブレードは、金属製や樹脂製の支持部材に刷版102の表面に当接するように、吸油性および/または吸水性の部材が取り付けられて、刷版102の表面からインクを吸収し、またはぬぐい取って除去する。
【0037】
さらに、インク除去ブレード110は、スクイーズブレードとインクを吸い取るブレードの両方を配置してもよい。この場合は版胴101の回転方向に対して、スクイーズブレードの下流側にインクを吸い取るブレードを配置することが好ましい。このような配置とすることで、スクイーズブレードで浮いたインクを、インクを吸い取るブレードで吸い取って、刷版102の表面からインクを、いっそう確実に除去できる。
【0038】
なお、印刷中は、インク除去ブレード110を版胴101から離間させる。
【0039】
第1刺激付与部111は、刷版102の表面の物性を第1物性から第2物性へ変化させる第1刺激を刷版102の表面へ与える。第1刺激付与部111は、第1刺激を与えることで、第1物性である疎水性であった部分を、第2物性である親水性に変化させる。第1刺激付与部111は、第1刺激によって刷版102の表面の物性を変えることで、画線部および非画線部からなる刷版102のパターンを描く。刷版102のパターンは、たとえば、印刷する画像データに基づいて描かれる。
【0040】
本実施形態では、第1刺激として、所定の波長の光を刷版102の表面へ照射する第1刺激照射部である。第1刺激となる波長を照射するための光源としては、たとえば、LEDまた半導体レーザーなどが使用される。光源からの光は、微細な点(ピンスポット)または微細な線として刷版102の表面に照射される。ピンスポットは、たとえば、光源からの光を光ファイバーで導光して照射する照射方式、複数の光源を版胴101の回転軸が通っている方向(版胴101の長手方向という)に配置し、レンズにより縮小して版胴101の長手方向に照射するレンズ縮小方式など様々な方法で形成することができる。また、微細な線は、たとえば、レーザー光の走査によって形成することもできる。刷版102の表面上での光の点の大きさや線の太さは、一般的なオフセット印刷で画線部を構成する点(ドット)の大きさと同様にすることが好ましい。第1刺激となる波長については後述する。
【0041】
画線部および非画線部からなるパターンは、版胴101を回転させつつ、版胴101の長手方向に照射されることで、刷版102全体に形成される。
【0042】
第2刺激付与部112は、刷版102の表面の物性を第2物性から第1物性へ変化させる第2刺激を刷版102の表面へ与える。第2刺激付与部112は、第2刺激を与えることで、第2物性である親水性であった部分を、第1物性である疎水性に変化させる。第2刺激付与部112は、第2刺激によって刷版102の表面の物性を変えることで、刷版102の表面から、画線部および非画線部からなるパターンを消去する。
【0043】
本実施形態では、第2刺激として所定の波長の光を刷版102の表面へ照射する第2刺激照射部である。第2刺激となる波長を照射するための光源としては、たとえば、LEDまたは半導体レーザーなどが使用される。光源からの光は、レンズなどで版胴101の長手方向に拡散光または長手方向に線状の光として刷版102の表面に照射される。第2刺激となる光は、版胴101の長手方向に均一であることが好ましいが、第2刺激として刷版102の表面からパターンを消去できる強度があれば、多少のばらつきがあってよい。また、第2刺激となる光は、レーザー光を版胴101の長手方向に走査することによって照射してもよい。第2刺激となる波長については後述する。
【0044】
次に、刷版102の書き換え手順を説明する。
【0045】
(新品刷版への書き込み手順)
版胴101が新品の場合は、刷版102の表面に、インクが供給されていない。したがって、版胴101が新品の場合は、版胴101を回転させつつ、刷版102の表面に、第1刺激付与部111から第1刺激の波長の光を照射して、所望するパターンを書き込む。これにより、刷版102にパターンが形成される。
【0046】
(刷版の書き換え手順)
次に、印刷に使用した後の刷版102の書き換え手順を説明する。
【0047】
刷版102の書き換えの場合は、まず、インク除去ブレード110が刷版102の表面へ当接されて、刷版102の表面からインクが除去される。このとき、インク除去ブレード110によって除去されるインクは、第2刺激によるパターンの消去に支障がない程度にまで除去されればよく、たとえば、インクの除去率50%以上、好ましくは100%除去できるのがよい。インクの除去率は、インク除去ブレード110による除去がない場合の版胴101表面におけるインク厚さをT1としたとき、インク除去ブレード110による除去後、残存インク厚さをT2とすると、インクの除去率(%)=(1-T2/T1)×100 とする。
【0048】
続いて、第2刺激付与部112から第2刺激の波長の光が刷版102の表面へ照射される。これにより、刷版102の表面からパターンが消去される。
【0049】
続いて、第1刺激付与部111から第1刺激の波長の光が刷版102の表面へ照射されて所望するパターンが書き込まれる。これにより、刷版102の表面に新たな刷版102となるパターンが形成される。
【0050】
このように、本実施形態においては、刷版102の書き換え時に、インク除去ブレード110によって、刷版102の表面に残存しているインクを除去した後、第2刺激を与えて、印刷に使用していたパターンを消去している。
【0051】
すでに説明したように、刷版102の表面のパターンを消去するためには、第2刺激となる波長の光を刷版102の表面に照射している。このとき、刷版102の表面にインクが残っていると、その部分では、インクによって光が遮られて、刷版102の表面に第2刺激の光が到達しない。このため、インクが残っている状態で、第2刺激の光を照射しても、前のパターンが残ってしまう。そうすると、その後、第1刺激の波長の光でパターンを描いても、刷版102としては、前のパターンの一部が残ったまま新たなパターンが描かれたものとなる。このような前のパターンが残った刷版102で印刷された画像は、前画像が薄く印刷されて、新たに印刷された画像に前画像がかぶったかぶり不良となる。
【0052】
このような残存するインクの影響は、パターンの消去時だけでなく、第1刺激の波長の光でパターンを描く際にも、残存するインクによって第1刺激の波長の光が刷版102の表面に到達せず、きれいなパターンが描かれないこともある。
【0053】
本実施形態では、刷版102の表面からインクを除去したのち第2刺激の波長の光を照射することで、前の画線部にまで確実に第2刺激の波長の光を到達させることができる。したがって、書き換え後に印刷された画像は、前画像のかぶりのない良好な印刷画像が得られる。
【0054】
しかも、本実施形態は、版胴101の回転方向に対して、版胴101とブランケット103との当接点(インク転写位置)から下流方向に、インク除去ブレード110、第2刺激付与部112、第1刺激付与部111、湿し水ローラー106、およびインクローラー105の順となるように配置されている。
【0055】
このような配置とすることで、本実施形態では、版胴101の回転に伴い、インクによる刷版102のパターンがブランケット103に転写されて、印刷された後、インク除去ブレード110によって残存するインクが除去される。その直後、第2刺激付与部112によってパターンが消去され、第1刺激付与部111によって新たなパターンが刷版102に形成される。さらに、版胴101の回転に伴い、湿し水ローラー106、インクローラー105による湿し水およびインクが供給されて、新たなパターンがブランケット103に転写されて印刷される。
【0056】
これにより本実施形態では、版胴102の1回転ごとに、刷版102を書き換えて印刷できる。このため、本実施形態では、これまでオフセット印刷では困難であった用紙を連続的に搬送させながら、オンデマンドで用紙1枚1枚の画像を変更して印刷することが可能となる。
【0057】
(刷版の部分的な書き換え手順)
本実施形態では、刷版102の部分的な書き換えが可能である。刷版102の部分的な書き換えについて説明する。
【0058】
刷版102の部分的な書き換えは、上述した書き換え手順と同様に、まず、インク除去ブレード110を刷版102の表面に当接させ、刷版102の表面からインクが除去される。
【0059】
部分的な書き換えの場合は、書き換えたい領域にのみ、第2刺激付与部112から第2刺激の波長の光を刷版102の表面へ照射する。これにより、刷版102の表面から、書き換えたい領域のパターンが消去される。
【0060】
続いて、第1刺激付与部111から第1刺激の波長の光が書き換えたい領域に照射されて、所望するパターンが書き込まれる。これにより、刷版102の表面に、書き換えたい領域に新たな画線部および非画線部が形成される。
【0061】
このような刷版102の部分的な書き換えは、たとえば、同じ背景画像を使用して、その中の一部の画像を変えた印刷物を作成する場合などに用いられる。より具体的には、たとえば、チラシでは、広告する物品は同じであるが、販売者名や広告日時などが異なる場合がある。このような場合は、販売者名や広告日時などの入っている領域だけを書き換えて印刷できる。また、名刺では、会社名やロゴなどは同じで、部署名や氏名などが異なる場合がある。このような場合は、部署名や氏名などの入っている領域だけを書き換えて印刷できる。
【0062】
このように本実施形態では、印刷装置1によるオンデマンドでの部分的な画像の書き換えが可能であり、書き換えられた領域では、前画像のかぶりのない良好な印刷画像が得られる。また、これにより、本実施形態では、用紙1枚1枚、途中から異なる画像を印刷させることもできる。
【0063】
(書き換え可能な版胴)
次に、書き換え可能な版胴101について説明する。
【0064】
本実施形態では、刷版102の表面に刷版102となる別部材が形成されている。この刷版102となる別部材は、たとえば、特開2019-119057公報に開示されているインク膜形成用原版が使用できる。以下、インク膜形成用原版は、「印刷原版」または「原版」とも称する。
【0065】
原版は、外部刺激に応答して水との親和性が可逆的に変化する刺激応答性化合物と樹脂とを含む表面層を有する。表面層は、刺激応答性化合物のみならず樹脂も含むため、刺激応答性化合物への機械的負荷の低減や刺激応答性化合物の分解の抑制等が可能となり、表面層の強度を増すことができる。また、刺激応答性化合物の速い刺激応答性も維持される。したがって、この原版は、デジタルでのパターンの書き換えが容易であり、かつパターンの書き換えを繰り返しても、小さい文字や細かな画像を鮮明に再現性良く印刷できるという耐久性に優れる。
【0066】
以下、さらにこの原版の構成について、詳細に説明する。
【0067】
なお、本明細書中、範囲を示す「X~Y」は「X以上Y以下」を意味する。また、本明細書中、特記しない限り、操作および物性等の測定は、室温(20~25℃)/相対湿度40~50%RHの条件で行う。
【0068】
(原版の構成)
インク膜形成用原版は、通常、支持体上に刺激応答性化合物および樹脂を含む表面層が配置されてなる。
【0069】
(支持体)
支持体の形状は、特に制限されず、平板状、円筒状等が挙げられる。
【0070】
支持体の材料も、特に制限されないが、たとえば、アルミニウム、アルミニウム合金(アルミニウムとマグネシウムまたは/およびケイ素との合金など)、鉄、ステンレス等の金属、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリアクリロニトリル、ポリ塩化ビニル、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、スチレン-ブタジエンゴム等のプラスチックが挙げられる。これらは1種単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0071】
支持体は、単層、多層のいずれの形態を有していてもよい。また、多層である場合、各層は異なる材料で構成されていてもよい。
【0072】
(表面層)
<樹脂>
表面層に含まれる樹脂としては、特に制限されず、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂のいずれも用いることができる。
【0073】
熱可塑性樹脂の例としては、たとえば、ポリエチレン、ポリプロピレン等のポリオレフィン樹脂、環状ポリオレフィン樹脂、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート等のポリエステル樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、ポリ塩化ビニリデン樹脂、ポリテトラフルオロエチレン樹脂、ポリスチレン樹脂、ポリエーテル樹脂、ポリ酢酸ビニル樹脂、アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン(ABS)樹脂、アクリロニトリル・スチレン(AS)樹脂、アクリル樹脂、スチレンアクリル樹脂、ポリアミド樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリカーボネート樹脂、変性ポリフェニレンエーテル樹脂、ポリブチレンテレフタレート樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリフェニレンスルフィド樹脂、ポリスルホン樹脂、ポリエーテルスルホン樹脂、非晶性ポリアリレート樹脂、液晶ポリマー、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、熱可塑性ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、およびこれらの共重合体等が挙げられる。
【0074】
熱硬化性樹脂の例としては、たとえば、固形エポキシ樹脂、シリコーン樹脂、シリコーン変性樹脂、ホルムアルデヒド樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、ユリア樹脂(尿素樹脂)、ベンゾグアナミン樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、アルキド樹脂、ジアリルフタレート樹脂、ポリウレタン樹脂、熱硬化性ポリイミド樹脂、架橋型アクリル樹脂(たとえば、架橋型ポリメチルメタクリレート樹脂)、架橋型ポリスチレン樹脂、およびポリアミック酸樹脂(加熱によりイミド化させポリイミド構造が形成される樹脂)等が挙げられる。
【0075】
上記樹脂は、1種単独でもまたは2種以上を組み合わせても用いることができる。また、たとえば、ビニル重合セグメント(ビニル樹脂セグメント)とポリエステル重合セグメント(ポリエステル樹脂セグメント)とを有する樹脂など、2種以上の重合セグメント(樹脂セグメント)が互いに結合してなるハイブリッド樹脂を用いてもよい。
【0076】
これらの中でも、刺激応答性化合物の水との親和性の変化がより起こりやすいという観点から、熱可塑性樹脂が好ましく、スチレンアクリル樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリオレフィン樹脂がより好ましい。
【0077】
表面層に含まれる樹脂は、合成品を用いてもよいし市販品を用いてもよい。樹脂の市販品の例としては、星光PMC株式会社製のVS-1063(重量平均分子量:5,500)、US-1071(重量平均分子量:10,000)、X-1(重量平均分子量:18,000)、YS-1274(重量平均分子量:19,000)、VS-1047(重量平均分子量:10,000)、RS-1191(重量平均分子量:6,500)等が挙げられる。
【0078】
表面層に含まれる樹脂の重量平均分子量は、特に制限されないが、5000~30,000であることが好ましく、8,000~20,000であることがより好ましい。
【0079】
表面層中の樹脂の含有量は、表面層に含まれる刺激応答性化合物および樹脂の合計質量に対して、30~80質量%であることが好ましく、40~70質量%であることがより好ましい。このような範囲であれば、速い刺激応答性を維持しつつ、表面層の強度を向上させることができる。
【0080】
なお、本明細書において、重量平均分子量は、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)により測定した値を採用する。
【0081】
<刺激応答性化合物>
刺激応答性化合物とは、外部刺激に応答して、その性質を可逆的に変化させる化合物をいう。本実施形態においては、外部刺激に応答して水との親和性が可逆的に変化する刺激応答性化合物を用いる。
【0082】
また、外部刺激に応答して水との親和性が可逆的に変化するとは、外部刺激を与えられた化合物が、外部刺激に応答して、親水性と疎水性との間で可逆的に変化することをいう。
【0083】
ここで、「親水性と疎水性との間で可逆的に変化する」とは、具体的には、外部刺激に応答することで分子の存在状態が変わり、親水性と疎水性とが変化することである。上記の分子の存在状態とは、分子構造、分子の凝集状態のことを指す。たとえば、光応答性化合物であれば、光に応答して分子構造が変わることで、ヒドロキシ基が表面に配向するかしないかで親水性と疎水性とを制御することができ、温度応答性化合物であれば、温度に応答して分子の凝集状態が変わることで、親水性と疎水性とを制御することができる。
【0084】
本実施形態では、第1刺激および第2刺激として、光を使用しているが、これに限定されるものではない。第1刺激および第2刺激としては、物性変化を与えられるものであればよく、光のほかにも、たとえば、温度変化、圧力、磁力、電場、pH等を挙げることができる。また、第1刺激および第2刺激としては、摩擦刺激によって物性変化をもたらすものであってもよい。さらに、温度変化に関しては、熱刺激として、刷版表面に熱を与える波長の光を照射することでもよい。
【0085】
刺激応答性化合物の例としては、光に応答して水との親和性が可逆的に変化する光応答性化合物、温度変化に応答して水との親和性が可逆的に変化する温度応答性化合物、電場に応答して水との親和性が可逆的に変化する電場応答性化合物、pHに応答して水との親和性が可逆的に変化するpH応答性化合物等が挙げられる。
【0086】
刺激応答性化合物は、合成品を用いてもよいし市販品を用いてもよい。また、刺激応答性化合物は、単独でもまたは2種以上組み合わせても用いることができる。なかでも、水との親和性の変化速度が速いという観点から、光応答性化合物または温度応答性化合物が好ましい。
【0087】
以下、好適な刺激応答性化合物である光応答性化合物および温度応答性化合物について説明する。
【0088】
<光応答性化合物>
本実施形態に係る光応答性化合物は、光照射により立体異性化または構造異性化(シス-トランス異性化、光開環反応等)を起こし、水との親和性が可逆的に変化する化合物である。かような化合物としては、具体的には、親水性基を含むアゾベンゼン構造を有する化合物、親水性基を含むスピロピラン構造を有する化合物、親水性基を含むスチルベン構造を有する化合物、親水性基を含むジアリールエテン構造を有する化合物等が挙げられる。これらの化合物は、高分子または高分子の架橋体の形態であってもよい。
【0089】
これらの中でも、水との親和性の変化速度が速いとの観点から、光照射によりシス-トランス異性化を起こす、親水性基を含むアゾベンゼン構造を有する化合物または親水性基を含むスチルベン構造を有する化合物が好ましい。
【0090】
親水性基の例としては、ヒドロキシ基、カルボキシ基、メルカプト基、スルホン酸基、硫酸基、リン酸基、アミノ基等が挙げられる。これら親水性基は、1種でもまたは2種以上組み合わされてもよい。なかでも、水との親和性の変化速度が速いとの観点から、親水性基はヒドロキシ基であることが好ましい。
【0091】
親水性基を含むアゾベンゼン構造を有する化合物は、具体的には、下記化学式(1)で表される化合物が好ましい。
【0092】
【0093】
上記化学式(1)中、R1およびR2は、それぞれ独立して、親水性基であり、R3およびR4は、それぞれ独立して、炭素数1~18のアルキル基またはアルコキシ基であり、m1およびm2は、それぞれ独立して、0~4の整数であり、ただしm1+m2は1~8の整数である。
【0094】
上記化学式(1)中のR1およびR2は、それぞれ独立して、親水性基である。親水性基の例は、上述の通りである。なお、m1+m2が2~8の整数である場合、複数の親水性基は互いに同じでもよいし異なっていてもよい。
【0095】
上記化学式(1)中のR3およびR4は、それぞれ独立して、炭素数1~18のアルキル基または炭素数1~18のアルコキシ基である。
【0096】
炭素数1~18のアルキル基の例としては、メチル基、エチル基、n-プロピル基、n-ブチル基、n-ペンチル基、n-ヘキシル基、n-ヘプチル基、n-オクチル基、n-ノニル基、n-デシル基、n-ウンデシル基、n-ドデシル基、n-トリデシル基、n-テトラデシル基、n-ペンタデシル基、n-ヘキサデシル基などの直鎖状のアルキル基;イソプロピル基、イソブチル基、sec-ブチル基、t-ブチル基、イソアミル基、t-ペンチル基、ネオペンチル基、1-メチルペンチル基、4-メチル-2-ペンチル基、3,3-ジメチルブチル基、2-エチルブチル基、1-メチルヘキシル基、t-オクチル基、1-メチルヘプチル基、2-エチルヘキシル基、2-プロピルペンチル基、2,2-ジメチルヘプチル基、2,6-ジメチル-4-ヘプチル基、3,5,5-トリメチルヘキシル基、1-メチルデシル基、1-ヘキシルヘプチル基などの分枝状のアルキル基;等が挙げられる。
【0097】
炭素数1~18のアルコキシ基の例としては、メトキシ基、エトキシ基、n-プロポキシ基、n-ブトキシ基、n-ペンチルオキシ基、n-ヘキシルオキシ基、n-ヘプチルオキシ基、n-オクチルオキシ基、n-ノニルオキシ基、n-デシルオキシ基、n-ウンデシルオキシ基、n-ドデシルオキシ基、n-トリデシルオキシ基、n-テトラデシルオキシ基、n-ペンタデシルオキシ基、n-ヘキサデシルオキシ基などの直鎖状のアルコキシ基:イソプロポキシ基、t-ブトキシ基、1-メチルペンチルオキシ基、4-メチル-2-ペンチルオキシ基、3,3-ジメチルブチルオキシ基、2-エチルブチルオキシ基、1-メチルヘキシルオキシ基、t-オクチルオキシ基、1-メチルヘプチルオキシ基、2-エチルヘキシルオキシ基、2-プロピルペンチルオキシ基、2,2-ジメチルヘプチルオキシ基、2,6-ジメチル-4-ヘプチルオキシ基、3,5,5-トリメチルヘキシルオキシ基、1-メチルデシルオキシ基、1-ヘキシルヘプチルオキシ基などの分枝状のアルコキシ基;等が挙げられる。
【0098】
親水性基を含むアゾベンゼン構造を有する化合物のさらに具体的な例としては、下記化学式(2)~(3)で表される化合物が好ましく挙げられる。
【0099】
【0100】
【0101】
親水性基を含むスチルベン構造を有する化合物は、具体的には、下記化学式(4)で表される化合物が好ましい。
【0102】
【0103】
上記化学式(4)中、R5~R10は、それぞれ独立して、水素原子、炭素数1~6のアルコキシ基、または親水性基であり、この際、R5~R10の少なくとも1つは親水性基である。
【0104】
炭素数1~6のアルコキシ基の例としては、たとえば、メトキシ基、エトキシ基、n-プロポキシ基、イソプロポキシ基、n-ブトキシ基、イソブトキシ基、sec-ブトキシ基、t-ブトキシ基、n-ペンチルオキシ基、イソペンチルオキシ基、sec-ペンチルオキシ基、t-ペンチルオキシ基、n-ヘキシルオキシ基が挙げられる。
【0105】
親水性基の例は、上述の通りである。
【0106】
親水性基を含むスチルベン構造を有する化合物のさらに具体的な例としては、下記化学式(5)で表される化合物(イソラポンチゲニン、3,4’,5-トリヒドロキシ-3’-メトキシ-trans-スチルベン)が好ましく挙げられる。
【0107】
【0108】
また、高分子の形態である光応答性化合物の例としては、下記化学式(6)で表される高分子が好ましく挙げられる。
【0109】
【0110】
上記化学式(6)中、xは繰り返し単位の数であり、高分子領域であれば特に制限されないが、たとえば200~1000の範囲である。
【0111】
上記光応答性化合物は、1種単独でもまたは2種以上組み合わせて用いてもよい。また、上記光応答性化合物は、市販品を用いてもよいし合成品を用いてもよい。
【0112】
親水性基を含むアゾベンゼン構造を有する化合物の合成方法の例としては、以下の方法が挙げられる。
【0113】
たとえば、上記化学式(2)で表されるアゾベンゼン化合物の合成方法としては、下記反応式Aで示される方法が挙げられる。2-クロロ-4-アミノフェノールと亜硝酸ナトリウムとを冷却下で反応させてジアゾニウム塩を合成し、これと2-クロロフェノールと反応させたのちに、n-ブロモヘキサンを反応させて中間体Bを合成する。次いで、得られた中間体Bを高温高圧下で水酸化ナトリウム水溶液と反応させ、酸で処理することにより、上記化学式(2)で表されるアゾベンゼン化合物(アゾベンゼン誘導体(1))を得ることができる。
【0114】
【0115】
たとえば、上記化学式(3)で表されるアゾベンゼン化合物(アゾベンゼン誘導体(3))の合成方法としては、上記反応式A中の中間体Bを、液体アンモニア中カリウムアミドと反応させる方法が挙げられる(下記反応式B参照)。
【0116】
【0117】
たとえば、上記化学式(6)で表される高分子の合成方法としては、下記反応式Cで示される方法が挙げられる。上記反応式Aと同様の方法で、ジアゾニウム塩を合成し、2-クロロフェノールと反応させ中間体Cを得て、続いてn-ブロモヘキサノールと反応させることで、中間体Dを合成する。次いで、中間体Dとアクリル酸塩化物とを、トリエチルアミン存在下で反応させ、アゾベンゼン構造を含むアクリレートモノマー(中間体E)とした後、クロロ基をヒドロキシ基へと変換し、中間体Fを得る。得られた中間体Fを、重合開始剤として2,2’-アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)を用いる重合反応を行うことにより、上記化学式(6)で表されるアゾベンゼン化合物(アゾベンゼン誘導体(ポリマー2))を得ることができる。
【0118】
【0119】
<温度応答性化合物>
温度応答性化合物は、温度変化に応答して水との親和性が可逆的に変化する化合物である。温度応答性化合物は、水に対する臨界溶解温度(CST)において、疎水性(または親水性)から親水性(または疎水性)に可逆的に変化する。温度応答性化合物としては
(1)臨界溶解温度未満(このときの臨界溶解温度を特に「下限臨界溶解温度(LCST)」という)の温度で親水性を示すが、同温度以上の温度で疎水性を示す温度応答性化合
(2)臨界溶解温度以上(このときの臨界溶解温度を特に「上限臨界溶解温度(UCST)」という)の温度で親水性を示すが、同温度未満の温度で疎水性を示す温度応答性化合物のいずれも用いることができる。
【0120】
温度応答性化合物としては、特に制限されないが、アクリル系高分子およびメタクリル系高分子等が挙げられる。具体例としては、たとえば、ポリ(N-n-プロピルアクリルアミド)(LCST:21℃)、ポリ(N-n-プロピルメタクリルアミド)(LCST:27℃)、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)(LCST:32℃)、ポリ(N-イソプロピルメタクリルアミド)(LCST:43℃)、ポリ(N-エトキシエチルアクリルアミド)(LCST:約35℃)、ポリ(N-テトラヒドロフルフリルアクリルアミド)(LCST:約28℃)、ポリ(N-テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド)(LCST:約35℃)、ポリ(N,N-ジエチルアクリルアミド)(LCST:32℃)、ポリ-N,N-エチルメチルアクリルアミド(LCST:56℃)、ポリ(N-エチルアクリルアミド)、ポリ(N-シクロプロピルアクリルアミド)(LCST:45℃)、ポリ(N-シクロプロピルメタクリルアミド)等のN-置換(メタ)アクリルアミド由来の構成単位を有する高分子、ポリ(N-アクリロイルピロリジン)、ポリ(N-アクリロイルピペリジン)、ポリメチルビニルエーテル、およびこれらの共重合体等が挙げられる。
【0121】
温度応答性化合物としては、他にも、メチルセルロース、エチルセルロースおよびヒドロキシプロピルセルロース等のアルキル置換セルロース誘導体、ポリプロピレンオキサイドとポリエチレンオキサイドとのブロック共重合体等のポリアルキレンオキサイドブロック共重合体等が例示できる。
【0122】
これら温度応答性化合物の中でも、末端をカルボン酸基、アミン基、マレイミド基などの官能基に変性することが容易であるという観点、あるいはメタクリル酸と共重合させることでpH応答性を付与することができるという観点などから、N-置換(メタ)アクリルアミド由来の構成単位を有する高分子が好ましい。
【0123】
これらの温度応答性化合物は、特に制限されないが、単量体を放射線照射によって重合することにより、または溶液重合することにより得られうるものである。
【0124】
単量体としては、それを重合することにより得られる単独重合体が温度応答性を示すもの(以下「温度応答性単量体」とも称する)を用いることができる。温度応答性単量体としては、特に限定されないが、たとえば、N-(またはN,N-ジ)置換(メタ)アクリルアミド化合物、環状基を有する(メタ)アクリルアミド化合物、およびビニルエーテル化合物等が挙げられる。温度応答性化合物は、1種の温度応答性単量体を重合することにより得られる単独重合体であってもよいし、2種以上の温度応答性単量体を重合することにより得られる共重合体であってもよい。共重合体は、グラフト共重合体、ブロック共重合体、ランダム共重合体のいずれであってもよい。
【0125】
また、温度応答性化合物は、必要に応じて、上記の温度応答性単量体に加えて、温度応答性を阻害しない範囲内において、それ自体は温度応答性単量体に該当しない単量体成分を重合することにより得られる共重合体であってもよい。共重合体は、ランダム共重合体、ブロック共重合体、およびグラフト共重合体のいずれであってもよい。
【0126】
さらに、温度応答性化合物は、これらの高分子の架橋体であってもよい。温度応答性高分子が架橋体である場合、かかる架橋体としては、たとえば、N-メチル(メタ)アクリルアミド、N-エチル(メタ)アクリルアミド、N-n-プロピル(メタ)アクリルアミド、N-イソプロピル(メタ)アクリルアミド、N-n-ブチル(メタ)アクリルアミド、N-イソブチル(メタ)アクリルアミド、N-t-ブチル(メタ)アクリルアミド等のN-アルキル(メタ)アクリルアミド;N-ビニルイソプロピルアミド、N-ビニル-n-プロピルアミド、N-ビニル-n-ブチルアミド、N-ビニルイソブチルアミド、N-ビニル-t-ブチルアミド等のN-ビニルアルキルアミド;ビニルメチルエーテル、ビニルエチルエーテル等のビニルアルキルエーテル;エチレンオキサイド、プロピレンオキサイド等のアルキレンオキサイド;2-エチル-2-オキサゾリン、2-n-プロピル-2-オキサゾリン、2-イソプロピル-2-オキサゾリン等の2-アルキル-2-オキサゾリン等の単量体またはこれら単量体の2種以上を、架橋剤の存在下で重合して得られる高分子を挙げることができる。
【0127】
上記架橋剤としては、従来公知のものを適宜選択して用いればよいが、たとえば、エチレングリコールジ(メタ)アクリレート、プロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、N,N’-メチレンビス(メタ)アクリルアミド、トリレンジイソシアネート、ジビニルベンゼン、ポリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート等の重合性官能基を有する架橋性モノマー;グルタールアルデヒド;多価アルコール;多価アミン;多価カルボン酸;カルシウムイオン、亜鉛イオン等の金属イオン等を好適に用いることができる。これらの架橋剤は単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0128】
上記の温度応答性化合物の分子量も特に限定されるものではないが、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)により測定される数平均分子量が3000以上であることが好ましい。
【0129】
上記温度応答性化合物は、1種単独でもまたは2種以上組み合わせて用いてもよい。また、上記温度応答性化合物は、市販品を用いてもよいし、上述のように合成によって得られたものを用いてもよい。
【0130】
表面層における刺激応答性化合物の含有量は、表面層に含まれる刺激応答性化合物および樹脂の合計質量を100質量%として、20~70質量%であることが好ましく、30~60質量%であることがより好ましい。このような範囲であれば、表面層の強度を向上させることができるとともに、速い刺激応答性を維持することができる。
【0131】
(その他の成分)
表面層は、実施形態の効果を損なわない範囲で、酸化防止剤、可塑剤、金属酸化物粒子等をさらに含有していてもよい。表面層の厚さ(乾燥厚さ)は、特に制限されないが、3~30μmであることが好ましく、5~10μmであることがより好ましい。
【0132】
(接着層)
インク膜形成用原版は、表面層が接着層を介して支持体上に配置されてなるものであってもよい。
【0133】
接着層の形成に用いられる接着剤(以下、接着層形成用接着剤とも称する)としては、特に制限されず、硬化性樹脂、および必要に応じて重合開始剤、溶媒等を含む硬化性組成物が好ましい。
【0134】
硬化性樹脂は、活性エネルギー線(たとえば、紫外線、可視光線、X線、電子線等)硬化型、熱硬化型であってもよいが、好ましくは活性エネルギー線硬化型であり、より好ましくは紫外線硬化型である。硬化性樹脂は、単独でもまたは2種以上組み合わせても用いることができる。また、硬化性樹脂は、市販品を用いてもよいし、合成品を用いてもよい。
【0135】
紫外線硬化型樹脂としては、たとえば、紫外線硬化型ウレタンアクリレート樹脂、紫外線硬化型ポリエステルアクリレート樹脂、紫外線硬化型エポキシアクリレート樹脂、紫外線硬化型ポリオールアクリレート樹脂、または紫外線硬化型エポキシ樹脂等が好ましく用いられる。なかでも紫外線硬化型ウレタンアクリレート樹脂、紫外線硬化型ポリオールアクリレート樹脂が好ましい。
【0136】
紫外線硬化型ポリオールアクリレート樹脂としては、エチレングリコール(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、グリセリントリ(メタ)アクリレート、トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート、ペンタエリスリトールトリ(メタ)アクリレート、ペンタエリスリトールテトラ(メタ)アクリレート、ジペンタエリスリトールペンタ(メタ)アクリレート、ジペンタエリスリトールヘキサ(メタ)アクリレート、アルキル変性ジペンタエリスリトールペンタ(メタ)アクリレート等を挙げることができる。紫外線硬化型ポリオールアクリレート樹脂としては、市販品を用いてもよく、市販品としては、サートマー(登録商標)SR295、350、399(サートマー社製)などを挙げることができる。
【0137】
重合開始剤は、使用する硬化性樹脂の種類に応じて、公知の光重合開始剤、熱重合開始剤等を適宜選択して使用することができる。接着層形成用接着剤は、市販品、合成品のいずれを使用してもよい。
【0138】
活性エネルギー線を照射して接着剤を硬化させる場合、照射条件(光源の種類、照射強度、照射時間等)は適宜選択することができる。光源としては、低圧水銀灯、高圧水銀灯、キセノン、メタルハライド等の公知の光源を使用することができる。照射強度は、特に制限されないが、たとえば、10~200mW/cm2である。また、照射時間も、特に制限されないが、たとえば1~10分である。加熱により接着剤を硬化させる場合も、加熱温度や加熱時間は適宜調節することができる。
【0139】
接着層の厚さ(乾燥厚さ)は、特に制限されないが、0.5~3μmであることが好ましい。
【0140】
(原版の製造方法)
インク膜形成用原版の製造方法は、特に制限されないが、たとえば、刺激応答性化合物および樹脂を含む表面層形成用溶液を調製した後、支持体上に、調整した溶液を塗布し乾燥することによって、表面層を設ける方法が挙げられる。
【0141】
表面層形成用溶液に用いられる溶媒としては、特に制限されず、たとえば、n-ペンタン、n-ヘキサン、n-ヘプタン、n-オクタン、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサンなどの脂肪族系溶媒;メチルエチルケトン、アセトン、シクロヘキサノンなどのケトン系溶媒;ジエチルエーテル、イソプロピルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサン、エチレングリコールジメチルエーテル、エチレングリコールジエチルエーテル、ジエチレングリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコールジエチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、アニソール、フェネトールなどのエーテル系溶媒;酢酸エチル、酢酸ブチル、エチレングリコールジアセテートなどのエステル系溶媒;トルエン、キシレンなどの芳香族系溶媒;メチルセロソルブ、エチルセロソルブ、ブチルセロソルブなどのセロソルブ系溶媒;メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロピルアルコールなどのアルコール系溶媒;テトラヒドロフラン、ジオキサンなどのエーテル系溶媒;ジクロロメタン、クロロホルムなどのハロゲン系溶媒;アセトニトリル、プロピオニトリルなどのニトリル系溶媒;N-メチル-2-ピロリドン、N-エチル-2-ピロリドン、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド等の極性溶媒などが挙げられる。これら溶媒は、単独でもまたは2種以上を組み合わせても用いることができる。
【0142】
表面層形成用溶液中の樹脂および刺激応答性化合物の合計含有量は、特に制限されないが、30~60質量%であることが好ましい。
【0143】
表面層を支持体上に塗布する方法としては、たとえば、回転塗布法;浸漬法;たれ流し法;ロールコーター、ロッドコーター、カーテンコーター、スライドコーター、ドクターナイフ、スクリーンコーター、スロットコーター、押出しコーター、ブレードコーター、グラビアコーター、インクジェットコーター等の液体フィルムコーティング装置を使用する方法;等が挙げられる。
【0144】
塗布液を塗布した後、必要に応じて風乾し、次いで、真空乾燥機等を用いて乾燥することにより、インク膜形成用原版を得ることができる。真空乾燥機を用いる場合の乾燥温度は、特に制限されないが、25~40℃が好ましい。また、乾燥時間も特に制限されないが、1~4時間が好ましい。
【0145】
支持体と表面層との間に接着層を有する原版を製造する場合は、上記[接着層]の項で説明した方法により支持体上に接着層を設けた後、接着層上に表面層を形成すればよい。
【0146】
支持体は、たとえば、版胴101そのものでもよいし、版胴101とは別のシート状部材を用いてもよい。版胴101そのものを支持体として用いる場合は、刷版102の表面に、上記表面層を有する原版を直接塗布したり、接着層を介して形成したりする。支持体として、版胴101とは別のシート状部材を用いる場合は、いったんシート状部材を支持体として、表面層を有する原版を塗布または接着層を介して形成し、表面層を有するシート状部材を版胴101に巻き付けて、刷版102の表面に原版を一体化する。本実施形態では、このように書き換え可能な原版を版胴101と一体化することで、印刷装置1においてオンデマンドによる刷版102の書き換えができる。
【0147】
(書き込み手段)
本実施形態において書き込み手段は、第1刺激付与部111である。
【0148】
原版の表面層が光応答性化合物を含む場合、パターンを書き込むための第1刺激の波長は、紫外線の波長域である、200~400nmであることが好ましく、280~400nmであることがより好ましい。このような波長領域であれば、より細かい領域に光を照射でき、小さい文字や細かい画像をより鮮明に再現することができる。また、表面層が受けるエネルギーが大きすぎないため、表面層が劣化しにくく、繰り返しの書き換え操作にも耐えうるものとなる。
【0149】
書き込み時の照射光量は、たとえば1~10J/cm2の範囲であることが好ましい。この範囲内であれば、小さい点や細い線により構成された、文字や細かい画像を鮮明に書き込むことができる。また、この範囲の光量であれば、表面層にも負荷をかけ過ぎずに書き込みを行うことができる。
【0150】
原版の表面層が温度応答性化合物を含む場合、第1刺激は温度変化である。上述したように、温度応答性化合物は、臨界溶解温度を有するため、この臨界溶解温度を通過させるように、表面層に温度変化を付与し、原版の表面層に親水性部位および疎水性部位からなるパターンを形成させる。この際、用いられる第1刺激の波長は、波長700~900nmである。光源としては、この波長の光を発するレーザー光源であることが好ましい。この書き込み手段により部分的な加熱が行われ、上記パターンが形成される。
【0151】
これら光源を用いる場合、外部刺激が付与された刺激応答性化合物のみ水との親和性が変化するように、光源から発せられる光をピンスポットで照射することが好ましい。
【0152】
上記のように書き込み工程を行うことにより、原版の表面層に、親水性部位(非画線部)および疎水性部位(画線部)からなるパターンが形成される。したがって、本実施形態は、原版が有する表面層に対して第1刺激を付与し、親水性部位および疎水性部位からなるパターンを形成する書き込み工程を有する。
【0153】
この書き込み手段は、少なくとも画像パターンを変化させて異なる印刷物を印刷する際に作動させることができればよい。つまり、表面層に書き込んだパターンは、そのまま維持されるので、一般的なオフセット印刷同様に、連続してインク膜を転写することにより、複数枚の印刷を行うことができる。
【0154】
また、表面層に形成されたパターンは、表面層上に第2刺激による後述する消去工程により消去される。消去後は、再度書き込み工程を行うことにより、容易に書き換えが可能である。このように、消去工程と書き込み工程とを繰り返すことにより、複数の印刷パターンを1つの原版の表面で形成することができる。本実施形態の原版は、このような繰り返しを行っても、小さい文字や細かな画像を鮮明に再現性良く印刷できるという耐久性に優れる。
【0155】
原版の表面層に形成された親水性部位および疎水性部位からなるパターンは、版胴101の回転に伴って移動し、インク膜形成に供される。
【0156】
(インク膜形成手段)
本実施形態においてインク膜形成手段は、インクローラー105である。インク膜形成手段は、上記書き込み工程で形成した刷版102の表面に、インクを供給して、インク膜を形成する。なお、本明細書において、「インク膜形成」とは、インクがブランケット103に転写され、さらに、ブランケット103から用紙200に転写可能な状態でパターンの所定位置(親水性部位または疎水性部位)に保持されることをいう。
【0157】
インクとしては、ブランケット103から用紙200に転写可能なものであれば特に制限されず、水性インク、油性インク、エマルションインク等の公知のインクを使用することができる。水性インクを用いた場合は、パターンの親水性部位にインク膜が形成される。油性インクやエマルションインクを用いた場合は、パターンの疎水性部位にインク膜が形成される。
【0158】
形成されたインク膜は、原版が設けられた版胴101の回転に伴って移動し、ブランケット103と当接するように送られる。
【0159】
(第1の転写手段)
本実施形態において、第1の転写手段は、ブランケット103である。
【0160】
第1の転写工程では、上記インク膜形成工程で形成されたインク膜を有する原版に対して、ブランケット103の表面を相対的に押し当て引き離すことで、パターン状に形成されたインク膜をブランケット103の表面に転写する。
【0161】
上記のように、インク膜が形成される位置は、インクの種類によって親水性部位や疎水性部位でありうるが、疎水性インクは粘度が比較的高く、転写する際に像崩れを起こしにくいという観点から、疎水性部位上のインク膜のみをブランケット103に転写する形態が好ましい。
【0162】
ブランケット103の材料は、インク膜が転写されるものであれば特に限定されず、公知のものを使用することができる。
【0163】
(第2の転写手段)
本実施形態において、第2の転写手段は、圧胴104である。第2の転写工程では、転写されたインク膜を有するブランケット103に対して、圧胴104により用紙200を相対的に押し当て引き離すことで、用紙200の表面にインク膜が転写される。
【0164】
圧胴104の材料は、特に限定されず、公知のものを使用することができる。
【0165】
用紙200は、インク膜が転写されるものであれば特に限定されず、たとえば、紙や樹脂フィルム、樹脂製や金属製の板状物(シートなど)、布等を用いることができる。
【0166】
(消去手段)
本実施形態において消去手段は、インク除去ブレード110と第2刺激付与部112である。本実施形態の印刷装置1は、原版の表面層に対して外部刺激(第2刺激)を付与してパターンを消去する。
【0167】
原版の表面層が光応答性化合物を含む場合、消去手段は、水との親和性の変化速度の観点から、可視光線の波長域であり、波長400~600nmの領域の波長が好ましい。可視光線を発する光源としては、たとえば、LEDや半導体レーザーでありうる。
【0168】
原版の表面層が温度応答性化合物を含む場合、消去手段としては、たとえば、5~20℃の冷風を発生することができる冷風発生装置、5~20℃の恒温槽等が挙げられる。
【0169】
このような消去手段によりパターンが消去され、原版の表面層は第1刺激を付与する前と同様の性状を有するようになる。その後、上記の第1刺激による書き込み工程を再び行うことで、表面層に新たなパターンを形成することができる。
【0170】
そして、消去手段は、印刷する画像のパターンを変えて、異なる印刷物を印刷する際に作動させることができればよく、同じ印刷物を複数枚印刷する場合には、使用しなくてもよい。
【実施例】
【0171】
本発明を適用した実施例および比較例を用いて説明する。ただし、本発明の技術的範囲が以下の実施例のみに制限されるわけではない。なお、実施例において「部」または「%」の表示を用いるが、特に断りがない限り「質量部」または「質量%」を表す。
【0172】
<上記化学式(2)で表されるアゾベンゼン化合物(アゾベンゼン誘導体(1))の合成>
4-アミノ-2-クロロフェノール(8.61g、60mmol)に2.4N塩酸 75mLを加えた後、0℃で冷却攪拌しながら、亜硝酸ナトリウム(4.98g、72mmol)を蒸留水6mLに溶解した溶液を加え、0℃で60分間攪拌を続けた。この溶液に、2-クロロフェノール(7.71g、60mmol)と20%水酸化ナトリウム水溶液24mLとの混合溶液を加え20時間攪拌した。析出した沈殿を濾過し、固形物を水で洗浄した。得られた固体を、酢酸エチルとヘキサンとの混合液を展開溶媒とするシリカゲルカラムクロマトグラフィーにより精製することにより、中間体A(構造は前記反応式Aを参照)を得た。この中間体A(2.83g、10mmol)に、DMF100mL、1-ブロモヘキサン(9.90g、60mmol)、および炭酸カリウム(6.91g、50mmol)を加え、80℃で2時間攪拌した後、室温(25℃)で20時間攪拌を続けた。溶媒を減圧留去後、酢酸エチルで抽出し、有機層を飽和食塩水で洗浄した後、無水硫酸マグネシウムで乾燥した。これを濾過した後、溶媒を減圧留去し、得られた固形物を酢酸エチルとヘキサンとの混合液を展開溶媒とするシリカゲルカラムクロマトグラフィーにより精製することにより、中間体B(構造は前記反応式Aを参照)を得た。この中間体B(2.58g、5mmol)に20%水酸化ナトリウム水溶液12mLを加え、340℃、150atmで2時間攪拌した後、1.2N塩酸10mLを加え、室温(25℃)で1時間攪拌した。酢酸エチルで抽出し、有機層を飽和食塩水で洗浄した後、無水硫酸マグネシウムで乾燥した。これを濾過した後、溶媒を減圧留去し、得られた固形物を酢酸エチルとヘキサンとの混合液を展開溶媒とするシリカゲルカラムクロマトグラフィーにより精製することにより、アゾベンゼン誘導体(1)(上記化学式(2)参照)を得た。
【0173】
(インク膜形成用原版(M-1)の作製)
ジクロロメタン 1200質量部、トルエン 1200質量部、光応答性化合物である上記で合成したアゾベンゼン誘導体(1)380質量部、および熱可塑性樹脂であるスチレンアクリル樹脂(星光PMC株式会社製、US-1071、重量平均分子量:10,000)1520質量部を50℃で1時間攪拌混合し、溶液を得た。この溶液を、ペイントシェーカーを用いて室温(25℃)で30分間よく分散させた後、支持体である電解研磨された平板状のアルミニウム基板(縦360mm×横180mm)に、ブレードコーターを用いて乾燥後の厚さが6μmになるように塗布した。塗布後30分間風乾し、次いで、真空乾燥機を用いて30℃で2時間乾燥し、インク膜形成用原版(M-1)を得た。
【0174】
図1に示すような構成を有する印刷装置1の版胴101の表面に接着層を設け、その上にインク膜形成用原版(M-1)を円筒形となるようにくくりつけて設置した。
【0175】
(初期印刷パターン形成)
原版の表面に、波長365nmのレーザー光を照射量2J/cm2で照射し、刷版102となるパターンを形成した。光照射により、光応答性化合物を構造変化(光異性化)させて、光照射部が親水性となり、非照射部が疎水性のままとなるパターンを形成した。すなわち、光照射部が親水性で非画線部となり、その他の部分が疎水性の線画部となる。
【0176】
図3は、初期印刷における刷版面のパターンを示す図である。このパターンは、線幅0.1mmの画線部(疎水性部分)として形成される。
図3に示したパターンは、刷版として形成される予定の画像データを図示したものである。
【0177】
(初期印刷)
印刷は、版胴101全体に、インクローラー105を用いて疎水性インクを供給し、インク膜を形成した。インク膜を有するインク膜形成用原版(M-1)に対して、ブランケット103の表面を相対的に押し当て引き離すことで、パターン状のインク膜をブランケット103に転写した。このインク膜を有するブランケット103に対して、用紙200:J紙A3を相対的に押し当て引き離すことでインク膜を用紙200の表面に転写し、印字画像を得た。さらに、この印字画像を連続で1000枚出力した(この1000枚目の印字画像を「1000枚画出し後」とする。以下同様)。
【0178】
[実施例]
<インク除去>
上記の初期印刷を終えた刷版102の表面に、ウレタンゴム製のインク除去ブレード110を、
図1同様に、版胴101の回転方向に対して、ブレード先端がカウンター方向となるように当接させた。インク除去ブレード110を当接させたまま、版胴101を1回転させてインクを除去した。これにより、初期印刷のパターンが存在している原版の表面からインクが除去された。
【0179】
<消去>
インク除去後、パターンの消去工程を実施した。消去工程は、インクを除去したインク膜形成用表面の全面に波長465nmのレーザー光を照射した。光照射を行った後、インク膜形成用表面の全面に水ローラー106を用いて水を供給したところ、全面で水をはじいたことから、書き込み操作前の原版と同様の疎水性表面が得られたことを確認した。
【0180】
すなわち、実施例は、インクを除去した後、第2刺激によるパターンの消去を行ったものである。
【0181】
<再書き込み>
上記初期印刷パターン形成同様に、消去工程後のインク膜形成用表面に、波長365nmのレーザー光を照射量2J/cm2で照射する書き込みを行った。書き込みパターンは、光が照射された領域が親水性となり、非画線部が形成される。一方、光が照射されない領域が疎水性で画線部となる。これにより、新たな刷版102となるパターンが刷版102の表面に形成された。
【0182】
図4は、再書き込みした刷版面のパターンを示す図である。再書き込みのパターンは、図示するように、
図3に示した初期印刷のパターンとは異なるパターンである。再書き込みのパターンは、線幅0.1mmの画線部(疎水性部分)として形成される。
図4に示したパターンは、刷版102に形成される予定の画像データを図示したものである。
【0183】
<再印刷>
パターンを再書き込みした原版の表面を用いて、初期印刷同様に印刷した。すなわち、インクローラー105を用いて、再書き込みした原版の表面にインクを供給し、インク膜を形成した。このインク膜を有する原版に対して、ブランケット103の表面を相対的に押し当て引き離すことで、パターン状のインク膜をブランケット103に転写した。さらに、インク膜を有するブランケット103に対して、被印刷体としての紙を相対的に押し当て引き離すことでインク膜を紙の表面に転写し、印字画像を得た(印刷)。この印字画像を連続で1000枚出力した。
【0184】
[比較例]
<消去>
初期印刷後のインク膜形成用原版のまま、パターンの消去工程を実施した。消去工程は、インクを除去したインク膜形成用表面の全面に波長465nmのレーザー光を照射した。光照射を行った後、インク膜形成用表面の全面に水ローラー106を用いて水を供給したところ、全面で水をはじいたことから、書き込み操作前の原版と同様の疎水性表面が得られたことを確認した。
【0185】
すなわち、比較例は、インクを除去せずに、第2刺激によるパターンの消去を行ったものである。
【0186】
<再書き込み>
上記初期印刷パターン形成同様に、消去工程後のインク膜形成用表面に、波長365nmのレーザー光を照射量2J/cm
2で照射する書き込みを行った。書き込みパターンは、光が照射された領域が親水性となり、非画線部が形成される。一方、光が照射されない領域が疎水性で画線部となる。これにより、新たな刷版102となるパターンが刷版102の表面に形成された。パターンは、
図4に示した実施例での再書き込みのパターンと同じである。
【0187】
<再印刷>
パターンを再書き込みした原版の表面を用いて、初期印刷同様に印刷した。すなわち、
インクローラー105を用いてインクを供給し、原版の表面にインク膜を形成した。このインク膜を有する原版に対して、ブランケット103の表面を相対的に押し当て引き離すことで、パターン状のインク膜をブランケット103に転写した。さらに、インク膜を有するブランケット103に対して、被印刷体としての紙を相対的に押し当て引き離すことでインク膜を紙の表面に転写し、印字画像を得て、この印字画像を連続で1000枚出力した。
【0188】
[評価]
実施例と比較例で、印刷後の画像を評価した。評価は、実施例および比較例でそれぞれ再書き込みしたパターンを用いて印刷し、印刷された画像をデジタルマイクロスコープ「VHX-600」(株式会社キーエンス製)にて拡大した。得られたモニター画像から、インジケーターにより細線の線幅や、交点での細線の線幅などを観察し、下記基準により評価した。前画像とは、初期印刷の画像である。
【0189】
A:前画像のかぶりがない。
【0190】
B:前画像のかぶりがある。
【0191】
評価結果を下記表1に示す。
【0192】
【0193】
上記表1から明らかなように、実施例では、刷版102の表面からインクを除去した後、第2刺激によるパターンを描いた場合、前画像のかぶりは認められなかった。一方、比較例では、刷版102の表面からインクを除去せず、そのまま第2刺激によるパターンを描いた。このため、比較例は、一部に前画像のかぶりが認められた。したがって、前画像となる印刷のパターンを消去する前に、刷版102の表面からインクを除去することが有効であることが分かった。
【0194】
以上説明した実施形態および実施例は、以下の効果を奏する。
【0195】
本実施形態は、刷版102の表面からインクを除去した後、第2刺激により、刷版表面のパターンを消去し、その後、刷版102となるパターンを第1刺激により書き込むこととした。これにより本実施形態では、前画像のかぶりのない良好な印刷画像が得られる。しかも、本実施形態は、印刷装置1内での刷版102の書き換えに対応していることから、これまでオフセット印刷ではできなかった、オンデマンド印刷が可能であり、また部分的な印刷内容の書き換えも可能である。
【0196】
以上、本発明の実施形態および実施例を説明したが、様々な変形が可能である。
【0197】
上述した実施形態では、印刷装置1に版胴101が組み込まれた状態で、刷版102の表面に形成された刷版102を書き換えることとした。しかし、本発明は、このような実施形態に限定されず、たとえば、版胴101を、印刷装置1から取り外して書き換える形態としてもよい。印刷装置1から取り外して書き換える形態でも、刷版102の書き換えに際しては、刷版102の表面から、インク除去ブレード110によってインクを除去した後、第2刺激を付与して前のパターンを消去し、第1刺激によってパターンを書き込む。このように、本発明は、取り外した版胴101に対しても、刷版102を書き換えて再使用することができ、かつ、前画像のかぶりのない良好な印刷画像が得られる。
【0198】
また、実施形態および実施例では、オフセット印刷を例に説明したが、本発明はオフセット印刷以外の平版印刷にも適用可能である。また、本発明は、そのほかにも、インクを使用する印刷に利用可能である。本発明は、たとえば、凹版印刷、凸版印刷、シルクスクリーン印刷などに適用可能である。
【0199】
また、用紙に印刷する例を説明したが、用紙以外の被印刷媒体を使用可能であり、たとえば、樹脂シート、金属板などでも印刷可能な部材であれば適用可能である。
【0200】
また、実施形態および実施例では、第1刺激が与えられることで第1物性である疎水性の部分が第2物性である親水性に変化し、第2刺激が与えられることで、第2物性である親水性の部分が第1物性である疎水性に変化する刷版102(原版)を使用した。しかし、本発明はこのような物性変化に限定されない。たとえば、第1刺激が与えられることで、第1物性として親水性であった部分が第2物性である疎水性に変化し、第2刺激が与えられることで、第2物性として疎水性であった部分が第1物性である親水性に変化する刷版102(原版)を使用してもよい。
【0201】
また、実施例では、初期印刷として1000枚印刷後、書き換えを行ったが、刷版102の書き換えは、何枚から行ってもよい。実施形態としてすでに説明したように、たとえば、1枚印刷するごとに、刷版102の表面からインクを除去して、第2刺激によるパターンの消去、第1刺激による書き込みを行ってもよい。もちろん、刷版102の書き換えは全体でもよいし、特定の領域だけでもよい。これにより、1枚1枚異なる画像であっても、オフセット印刷による高品質な印刷物が得られる。
【0202】
また、実施形態および実施例の説明の中で使用した条件や数値などはあくまでも説明のためのものであり、本発明がこれら条件や数値に限定されるものではない。
【0203】
また、本発明は、特許請求の範囲に記載された構成に基づき様々な改変が可能であり、それらについても本発明の範疇である。
【符号の説明】
【0204】
1 印刷装置、
101 版胴、
102 刷版、
103 ブランケット、
104 圧胴、
105 インクローラー、
106 湿し水ローラー、
110 インク除去ブレード、
111 第1刺激付与部、
112 第2刺激付与部、
200 用紙。