(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-04
(45)【発行日】2023-12-12
(54)【発明の名称】燃料電池用の積層体
(51)【国際特許分類】
H01M 8/1004 20160101AFI20231205BHJP
H01M 8/10 20160101ALI20231205BHJP
H01M 4/86 20060101ALI20231205BHJP
【FI】
H01M8/1004
H01M8/10 101
H01M4/86 B
(21)【出願番号】P 2020089634
(22)【出願日】2020-05-22
【審査請求日】2022-07-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100092624
【氏名又は名称】鶴田 準一
(74)【代理人】
【識別番号】100147555
【氏名又は名称】伊藤 公一
(74)【代理人】
【識別番号】100123593
【氏名又は名称】関根 宣夫
(74)【代理人】
【識別番号】100133835
【氏名又は名称】河野 努
(72)【発明者】
【氏名】壷阪 健二
【審査官】守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-190584(JP,A)
【文献】特開2013-171775(JP,A)
【文献】国際公開第2005/124912(WO,A1)
【文献】特開2011-222268(JP,A)
【文献】特開2019-053838(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 8/10
H01M 8/86
H01M 4/88
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アノード側ガス拡散層、アノード側触媒層、電解質層、カソード側触媒層、及びカソード側ガス拡散層が、この順に積層されている燃料電池用の積層体であって、
前記
アノード側ガス拡散層及びカソード側ガス拡散層は、
それぞれ前記
アノード側触媒層及びカソード側触媒層側から、マイクロポーラス層、及び拡散層基材層が、この順に積層されており、
前記マイクロポーラス層は、セリウム含有酸化物を含み、
前記
アノード側触媒層及びカソード側触媒層、及び前記電解質膜は、スルホン酸基を有するアイオノマーを含み、
燃料電池用の積層体を形成した初期状態で、前記スルホン酸基の一部は、前記スルホン酸基のプロトンがセリウムイオンに置換されているセリウムイオン置換スルホン酸基であり、
燃料電池用の積層体を形成した初期状態で、前記
アノード側触媒層及びカソード側触媒層における前記スルホン酸基のセリウムイオンへの置換率は、前記電解質膜における前記スルホン酸基のセリウムイオンへの置換率よりも大きく、
前記カソード側触媒層における前記スルホン酸基のセリウムイオンへの置換率が前記アノード側触媒層における前記スルホン酸基のセリウムイオンへの置換率よりも大きい、
燃料電池用の積層体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池用の積層体に関する。
【背景技術】
【0002】
水素等のアノードガスと、酸素等のカソードガスとを、化学反応させることによって発電を行う、燃料電池が知られている。
【0003】
燃料電池は、電気的に接続された2つの電極に、それぞれ、水素等のアノードガス(燃料ガス)と酸素等のカソードガス(酸化剤ガス)を供給し、電気化学的に燃料の酸化を起こさせることで、化学エネルギーを電気エネルギーに直接変換する。
【0004】
アノードガスとして水素が供給されたアノード(燃料極)では、下記式(a)の反応が進行する。
H2 → 2H+ + 2e- ・・・(a)
【0005】
上記式(a)で生じる電子(e-)は、外部回路を経由し、外部の負荷で仕事をした後に、カソード(酸化剤極)に到達する。他方で、上記式(a)で生じたプロトン(H+)は、水と水和した状態で、電気浸透により、アノードとカソードとに挟まれた電解質膜内を、アノード側からカソード側に移動する。
【0006】
一方、カソードでは、電解質膜を通過した上記式(a)で生じたプロトン(H+)と、カソードガスとして供給された酸素と、外部回路を経由した上記式(a)で生じた電子(e-)とが、下記式(b)の反応を進行させる。
2H+ + 1/2O2 + 2e- → H2O ・・・(b)
【0007】
したがって、電池全体では下記式(c)に示す化学反応が進行し、起電力が生じて、外部負荷に対して電気的仕事がなされる。
H2 + 1/2O2 → H2O ・・・(c)
【0008】
このような燃料電池は、通常、電解質膜を一対の電極で挟持した膜電極接合体を基本構造とする単セルを、複数積層して構成されている。中でも、電解質膜として固体高分子電解質膜を用いた固体高分子電解質型燃料電池は、小型化が容易であること、低い温度で作動すること、等の利点を有することから、特にモバイル機器等の携帯用、あるいは電気自動車等の移動体用の電源として期待されている。
【0009】
ここで、固体高分子電解質型燃料電池の単セルの構成としては、例えば、アノード側セパレーター、アノード側ガス拡散層、アノード側触媒層、電解質膜、カソード側触媒層、カソード側ガス拡散層、及びカソード側セパレーターが、この順に積層された積層体が知られている。
【0010】
そして、ガス拡散層は、カーボンペーパーやカーボンクロス等の導電性多孔質の拡散層基材層の表面に、マイクロポーラス層(MPL)が積層された積層体となっている。マイクロポーラス層(MPL)は、拡散層基材層の表面に、材料となるペーストを塗工することで形成される。MPLが形成されたガス拡散層は、優れたガス拡散性を有する。
【0011】
このような燃料電池においては、反応の過程で過酸化水素が生成する場合がある。そして、生成した過酸化水素は、電解質成分であるアイオノマーを分解する。その結果、アイオノマーが主成分である電解質膜や、アイオノマーを成分として含む触媒層が劣化し、電池の耐久性に問題を生じさせていた。
【0012】
これに対して、燃料電池セルを構成する電解質膜として、セリウム含有物質を用いることが知られている。セリウム含有物質から放出されるセリウムイオンは、過酸化水素を分解する触媒としての機能を有する。
【0013】
しかしながら、セリウムイオン(Ce3+)は、電解質膜や触媒層に含まれるアイオノマー中のスルホン酸基(-SO3
-)に吸着し、その吸着率が高いと、プロトンの伝導を阻害する。このため、セリウムイオン(Ce3+)の濃度が高すぎる場合には、燃料電池の発電性能が低下する場合があった。
【0014】
図6に、セリウムイオン(Ce
3+)が、電解質膜を構成するアイオノマー中のスルホン酸基(-SO
3
-)に吸着して、スルホン酸基のプロトン(H
+)を置換した場合の置換率と、相対湿度30%における電解質膜のプロトン抵抗値(相対値)との関係を示す。
図6に示されるように、電解質膜におけるセリウムイオン(Ce
3+)置換率が高すぎる場合には、電解質膜のプロトン抵抗値が上昇してしまい、プロトン伝導阻害の程度が大きくなることが判る。
【0015】
また、
図7には、電解質膜におけるスルホン酸基(-SO
3
-)のプロトン(H
+)のセリウムイオン(Ce
3+)への置換率と、燃料電池の出力との関係を示す。
図7に示されるように、電解質膜におけるセリウムイオン(Ce
3+)置換率が大きくなるほど、燃料電池の出力が低下していくことが判る。
【0016】
そこで、燃料電池の製造後、使用開始時となる初期状態においては、ガス拡散層を構成するマイクロポーラス層(MPL)のみに、セリウム含有化合物を添加することが提案されている(特許文献1参照)。
【0017】
特許文献1によれば、電池の使用が開始された後に、セリウム含有化合物はイオン化してセリウムイオンを放出し、セリウムイオンがマイクロポーラス層(MPL)から溶出して、触媒層を通過して電解質膜へと移動する。そして、電解質膜に到達したセリウムイオンは、濡れ渇きや電位によって膜中のアイオノマー内を移動することで、過酸化水素を分解する触媒として機能して、電解質膜の膜痩せを防止し、これにより燃料電池の化学的耐久性を向上させる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
しかしながら、本発明者は、セリウム含有化合物をマイクロポーラス層(MPL)のみに添加した態様では、製造後の使用開始時となる初期状態では、電解質膜にセリウムイオンが存在していないため、使用開始後しばらくは、電解質膜の膜痩せを回避できない場合があるとの知見を得た。
【0020】
本発明は、上記の背景に鑑みてなされたものであり、燃料電池の製造後、使用開始の直後から電解質膜の膜痩せを抑制するとともに、耐久性の高い燃料電池を実現することのできる、燃料電池用の積層体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明者は、上記の課題を解決するため鋭意研究を行った。そして、燃料電池の製造時に、電解質膜に適量のセリウムイオンを存在させるとともに、使用の際には、マイクロポーラス層から溶出したセリウムイオンが、電解質膜に誘導されるようにすれば、燃料電池の製造後、使用開始の直後から電解質膜の膜痩せを抑制でき、かつ耐久性にも優れた燃料電池を実現できることを見出し、本発明を完成させるに至った。すなわち、本発明は、以下のとおりである。
【0022】
ガス拡散層、触媒層、及び電解質膜が、この順に積層されている燃料電池用の積層体であって、
前記ガス拡散層は、前記触媒層側から、マイクロポーラス層、及び拡散層基材層が、この順に積層されており、
前記マイクロポーラス層は、セリウム含有酸化物を含み、
前記触媒層、及び前記電解質膜は、スルホン酸基を有するアイオノマーを含み、
燃料電池用の積層体を形成した初期状態で、前記スルホン酸基のプロトンの一部は、セリウムイオンに置換されており、
前記触媒層における前記セリウムイオンへの置換率は、前記電解質膜における前記セリウムイオンへの置換率よりも大きい、
燃料電池用の積層体。
【発明の効果】
【0023】
本発明の燃料電池用の積層体によれば、燃料電池の製造後、使用開始時となる初期状態において、電解質膜がセリウムイオンを有することで、燃料電池の使用開始の直後から、電解質膜の膜痩せを抑制することができる。
【0024】
また、本発明の燃料電池用の積層体は、燃料電池の製造後、使用開始時となる初期状態において、触媒層と電解質膜のそれぞれに含まれるアイオノマーの間に、セリウムイオン置換率の濃度勾配を有することで、燃料電池の使用中に、マイクロポーラス層から溶出したセリウムイオンを、電解質膜側へ誘導することが可能となる。
【0025】
したがって、長期の使用期間において電解質膜のセリウムイオンが生成水等と共に少しずつ失われる場合にも、マイクロポーラス層から電解質膜にセリウムイオンを少しずつ補充することが可能となり、電解質膜におけるセリウムイオン濃度の急激な上昇を抑制することが可能となる。その結果、燃料電池の使用開始の直後から電解質膜の膜痩せを抑制しつつ、電解質膜のプロトン抵抗値の上昇を抑制することができ、燃料電池の出力性能を長期間維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】一実施形態に係る燃料電池用の積層体の断面図である。
【
図2】本発明の一実施形態に係る燃料電池の積層体の初期状態におけるセリウムイオン置換率を示す図である。
【
図3】燃料電池の耐久時間と電解質膜中のセリウムイオンの濃度との関係を示すグラフである。
【
図4】比較例1の燃料電池の積層体の各層におけるセリウムイオン置換率を示す図である。
【
図5】実施例1の燃料電池の積層体の各層におけるセリウムイオン置換率を示す図である。
【
図6】セリウムイオンへの置換率と電解質膜のプロトン抵抗値との関係を示すグラフである。
【
図7】セリウムイオンへの置換率と燃料電池の出力との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の実施の形態について詳述する。なお、本発明は、以下の実施の形態に限定されるのではなく、種々変形して実施することができる。
【0028】
《燃料電池用の積層体》
本発明の燃料電池用の積層体は、燃料電池セルを構成する積層体の少なくとも一部であり、ガス拡散層、触媒層、及び電解質膜が、この順に積層されている積層体である。そして、ガス拡散層は、触媒層側から、マイクロポーラス層、及び拡散層基材層が、この順に積層されている。
【0029】
本発明の燃料電池用の積層体は、燃料電池用の積層体を形成した初期状態で、マイクロポーラス層がセリウム含有酸化物を含んでおり、触媒層、及び電解質膜が含むスルホン酸基を有するアイオノマーにおけるプロトンの一部が、セリウムイオンに置換されており、触媒層における置換率と電解質膜における置換率が、特定の関係を有する。
【0030】
本発明の燃料電池用の積層体は、燃料電池の製造後、使用開始時となる初期状態において、電解質膜がセリウムイオンを有することで、燃料電池の使用開始の直後から、電解質膜の膜痩せを抑制することができる。
【0031】
また、本発明の燃料電池用の積層体は、燃料電池の製造後、使用開始時となる初期状態において、触媒層と電解質膜のそれぞれに含まれるアイオノマーのセリウムイオン置換率が、特定の関係を有することで、燃料電池の使用中に、マイクロポーラス層から溶出したセリウムイオンを、電解質膜側へ誘導することが可能となる。
【0032】
したがって、長期の使用期間において電解質膜のセリウムイオンが生成水等と共に少しずつ失われる場合にも、マイクロポーラス層から電解質膜にセリウムイオンを少しずつ補充することが可能となり、電解質膜におけるセリウムイオン濃度の急激な上昇を抑制することが可能となる。その結果、燃料電池の使用開始の直後から電解質膜の膜痩せを抑制しつつ、電解質膜のプロトン抵抗値の上昇を抑制することができ、燃料電池の出力性能を長期間維持することができる。
【0033】
本発明の燃料電池用の積層体は、ガス拡散層、触媒層、及び電解質膜を、必須の構成要素としていれば、その他の層が存在していてもよい。その他の層としては、例えば、セパレーター等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0034】
また、本発明の燃料電池用の積層体は、電解質膜と、アノード側触媒層、及びアノード側ガス拡散層であっても、電解質膜と、カソード側触媒層、及びカソード側ガス拡散層であっても、アノード側及びカソード側の両者を含む、膜電極ガス拡散層接合体(MEGA)であってもよい。
【0035】
一般的な燃料電池セルに格納される積層体の構成としては、例えば、アノード側セパレーター、アノード側ガス拡散層、アノード側触媒層、電解質膜、カソード側触媒層、カソード側ガス拡散層、及びカソード側セパレーターが、この順に積層された積層体が挙げられる。
【0036】
図1は、一実施形態に係る本発明の燃料電池用の積層体の断面図である。一実施形態に係る積層体100は、アノード側拡散層基材層11及びアノード側マイクロポーラス層12が積層されたアノード側ガス拡散層10、アノード側触媒層15、電解質膜30、カソード側触媒層25、並びに、カソード側拡散層基材層21及びカソード側マイクロポーラス層22が積層されたカソード側ガス拡散層20が、この順に積層された積層体である。
【0037】
図1に示される積層体100においては、アノード側及びカソード側それぞれにおいて、ガス拡散層におけるマイクロポーラス層が、触媒層に面している。
【0038】
<ガス拡散層>
本発明の燃料電池用の積層体において、ガス拡散層は、必須の構成層である。そして、本発明の積層体においては、ガス拡散層は、触媒層に隣接している。
【0039】
ガス拡散層は、供給される反応ガスを拡散させて均一にし、隣接する触媒層にガスを行き渡らせる機能を有する。
【0040】
本発明においてガス拡散層は、拡散層基材層にマイクロポーラス層が積層された積層体となっている。そして、マイクロポーラス層が、隣接する触媒層に面するように配置される。
【0041】
(拡散層基材層)
ガス拡散層における拡散層基材層は、隣接する触媒層に、反応ガスを供給する多孔質の層である。拡散層基材層は、ガス透過性を有するとともに、導電性を有する材料で構成されることが好ましい。
【0042】
本発明の燃料電池用の積層体においては、拡散層基材として一般的に用いられる材料であれば、特に限定されることなく用いることができ、例えば、カーボンペーパー若しくはカーボンクロス等のカーボン多孔質体、又は金属メッシュ若しくは発泡金属等の金属多孔質体等を挙げることができる。なお、カーボンペーパー若しくはカーボンクロス等のカーボン多孔質体は、例えば、炭素繊維と、焼成により炭化する樹脂等のバインダーから形成されていてもよい。
【0043】
なお、本発明において、ガス拡散層を構成する拡散層基材層の細孔径、密度、厚み等は、アノード側及びカソード側のいずれの場合であっても、特に限定されるものではなく、形成される燃料電池の要求性能に応じて、適宜設定することができる。
【0044】
(マイクロポーラス層(MPL))
ガス拡散層におけるマイクロポーラス層は、拡散層基材層の上に存在し、触媒層側に配置される層となる。燃料電池用の積層体を構成するガス拡散層にMPLが形成されることにより、燃料電池セルにおけるガス拡散性が向上する。
【0045】
マイクロポーラス層(MPL)の製造方法は、特に限定されるものではないが、例えば、拡散層基材の表面に、MPL形成用スラリーをダイコータ等によって塗工し、あるいは、MPL形成用ペーストを塗工ヘッドから吐出して塗工し、その後、乾燥及び焼成する方法が挙げられる。
【0046】
本発明の燃料電池用の積層体を構成するガス拡散層は、アノード側及びカソード側のいずれの場合であってもよいが、いずれの場合であってもマイクロポーラス層(MPL)は、燃料電池用の積層体を形成した初期状態で、過酸化水素分解触媒であるセリウムイオンを発生させるセリウム含有酸化物を含んでいる。
【0047】
したがって、本発明の燃料電池用の積層体において、マイクロポーラス層(MPL)を形成するためのMPL形成用スラリー、又はMPL形成用ペーストは、アノード側及びカソード側のいずれの場合であっても、セリウム含有酸化物を必須の成分として含む組成物となる。
【0048】
セリウム含有酸化物としては、特に限定されるものではなく、例えば、酸化セリウム(CeO2)が挙げられる。
【0049】
また、ガス拡散層におけるマイクロポーラス層を構成するその他の成分は、特に限定されるものではないが、一般に、炭素粒子と撥水性樹脂とが主成分となっている。
【0050】
炭素粒子としては、例えば、カーボンブラック、グラフェン、又は黒鉛等の粒子等を挙げることができる。
【0051】
炭素粒子の平均一次粒子径は、25nm~70nmであってよい。炭素粒子の平均一次粒子径は、25nm以上、45nm以上、又は65nm以上であってよく、70nm以下、60nm以下、又は50nm以下であってよい。
【0052】
なお、炭素粒子の平均一次粒子径は、透過型電子顕微鏡(TEM)や走査型電子顕微鏡(SEM)等の電子顕微鏡を用いて、無作為に選択した100個以上の粒子について定方向径(Feret径)を測定し、得られた測定値を算術平均した値である。
【0053】
撥水性樹脂としては、例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリヘキサフルオロプロピレン、テトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレン共重合体等のフッ素系の高分子材料や、ポリプロピレン、ポリエチレン等を挙げることができる。
【0054】
本発明の燃料電池用の積層体において、ガス拡散層を構成するマイクロポーラス層(MPL)の厚みは、アノード側及びカソード側のいずれの場合であっても、特に限定されるものではなく、形成される燃料電池の要求性能に応じて、適宜設定することができる。例えば、20μm以上であってもよい。
【0055】
<触媒層>
触媒層は、本発明の燃料電池用の積層体において、必須の構成層である。本発明の燃料電池用の積層体においては、触媒層は、ガス拡散層と、電解質膜との間に配置される。
【0056】
本発明の燃料電池用の積層体は、アノード側及びカソード側のいずれの場合であってもよいが、いずれの場合であっても触媒層は、燃料電池用の積層体を形成した初期状態で、スルホン酸基を有するアイオノマーを含み、当該スルホン酸基のプロトン(H+)の一部が、セリウムイオンに置換されている。
【0057】
本発明の燃料電池用の積層体において、触媒層を構成する材料は、上記した、スルホン酸基を含むアイオノマー、及び当該スルホン酸基のプロトン(H+)の一部がセリウムイオンに置換されたアイオノマーを含んでいれば、その他の成分は特に限定されるものではなく、公知の触媒層を形成する材料を適用することができる。
【0058】
本発明の積層体における触媒層がアノード側の触媒層である場合には、反応ガスである水素(H2)を、プロトン(H+)と電子(e-)に分解する機能を有する。一方で、カソード側の触媒層のである場合には、プロトン(H+)と電子(e-)と酸素(O2)から、水(H2O)を生成する機能を有する。
【0059】
アノード側及びカソード側の触媒層は、同様の材料で形成することができる。例えば、白金や白金合金等の触媒を担持した導電性の担体が用いられ、更に具体的には、例えば、導電性物質として機能するカーボンブラック等の炭素粒子に触媒が担持された、触媒担持炭素粒子と、上記した電解質膜の構成成分である、イオン交換基によりプロトン伝導性を発現する電解質成分と、から構成される層が挙げられる。触媒担持炭素粒子が、プロトン伝導性を有するアイオノマー等の電解質成分により被覆されて形成された層であってもよい。
【0060】
本発明の積層体において、触媒層の厚みは、特に限定されるものではなく、形成される燃料電池の要求性能に応じて、適宜設定することができる。
【0061】
<電解質膜>
電解質膜は、本発明の燃料電池用の積層体において、必須の構成層であり、触媒層に隣隣接するように配置される。電解質膜は、電子及びガスの流通を阻止するとともに、アノードで発生したプロトン(H+)を、アノード側触媒層からカソード側触媒層に移動させる機能を有する。
【0062】
本発明の燃料電池用の積層体における電解質膜は、燃料電池用の積層体を形成した初期状態で、スルホン酸基を有するアイオノマーを含み、当該スルホン酸基のプロトン(H+)の一部が、セリウムイオンに置換されている。
【0063】
本発明の燃料電池用の積層体は、燃料電池の製造後、使用開始時となる初期状態において、電解質膜がセリウムイオンを有することで、燃料電池の使用開始の直後から、電解質膜の膜痩せを抑制することができる。
【0064】
本発明の燃料電池用の積層体において、電解質膜を構成する材料は、上記した、スルホン酸基を含むアイオノマー、及び当該スルホン酸基のプロトン(H+)の一部がセリウムイオンに置換されたアイオノマーを含んでいれば、その他の成分は特に限定されるものではなく、燃料電池に用いられる電解質膜として公知の材料を用いることができる。
【0065】
スルホン酸基を含むアイオノマーとしては、例えば、パーフルオロスルホン酸(PFSA)アイオノマー等のイオン伝導性を有する高分子電解質樹脂が挙げられる。また、スルホン酸基以外の基を有する材料としては、例えば、リン酸基やカルボン酸基等、他のイオン交換基(電解質成分)を含む樹脂が挙げられる。
【0066】
電解質膜の厚みは、特に限定されるものではなく、形成される燃料電池の要求性能に応じて、適宜設定することができる。電解質膜の厚みは、例えば、10μm以下であってもよい。
【0067】
<その他の層>
本発明の燃料電池用の積層体は、ガス拡散層、触媒層、及び電解質膜を、必須の構成要素としていれば、その他の層が存在していてもよい。その他の層としては、例えば、セパレーター等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0068】
<初期状態の燃料電池用積層体におけるセリウムイオン置換率の関係>
本発明の燃料電池用の積層体は、燃料電池の製造後、使用開始時となる初期状態において、触媒層、及び電解質膜は、スルホン酸基を有するアイオノマーを含み、スルホン酸基のプロトンの一部が、セリウムイオンに置換されている。
【0069】
そして、触媒層におけるセリウムイオン置換率が、電解質膜におけるセリウムイオン置換率よりも大きいものとなっている。
【0070】
本発明において、アイオノマーにおけるスルホン酸基のプロトンが、セリウムイオンに置換された「置換率」は、スルホン酸基の総量に対するセリウムイオンの総量の割合として求めることができる。
【0071】
図2は、本発明の燃料電池用の積層体が、アノード側ガス拡散層、アノード側触媒層、電解質膜、カソード側触媒層、及びカソード側ガス拡散層からなる、膜電極ガス拡散層接合体(MEGA)である場合に、燃料電池の製造後、使用開始時となる初期状態における、アノード側触媒層、電解質膜、及びカソード側触媒層のスルホン酸基を有するアイオノマーのスルホン酸基のプロトン(H
+)がセリウムイオンに置換されている割合である置換率を示す一例である。
【0072】
図2に示される積層体においては、電解質膜のセリウムイオン置換率が、アノード側及びカソード側の触媒層におけるセリウムイオン置換率よりも小さくなっている。
【0073】
図2に示される積層体においては、アノード側及びカソード側の触媒層におけるセリウムイオン置換率は、ほぼ同等となっているが、本発明が、アノード側及びカソード側の両者の触媒層に適用される場合には、セリウムイオン置換率は、同一であっても異なっていてもよい。また、異なる場合には、いずれの触媒層の置換率が大きくてもよいが、カソード側触媒層における置換率が大きいほうが好ましい。
【0074】
本発明の燃料電池用の積層体は、燃料電池の製造後、使用開始時となる初期状態において、触媒層に含まれるアイオノマーのセリウムイオン置換率が、電解質膜に含まれるアイオノマーのセリウムイオン置換率よりも大きいことで、燃料電池の使用中に、マイクロポーラス層から溶出したセリウムイオンを、電解質膜側へ誘導することが可能となる。
【0075】
したがって、長期の使用期間において、電解質膜にセリウムイオンを少しずつ補充することが可能となり、電解質膜におけるセリウムイオン濃度の急激な上昇を抑制することが可能となり、これにより、電解質膜のプロトン抵抗値の上昇を抑制することができ、燃料電池の出力性能を長期間維持することができる。
【実施例】
【0076】
以下、実験結果を示して、本発明を更に詳細に説明する。
【0077】
<実施例1>
実施例1においては、アノード側ガス拡散層/アノード側触媒層/電解質膜/カソード側触媒層/カソード側ガス拡散層が、この順に積層された膜電極ガス拡散層接合体(MEGA)を作製し、一対のセパレータで挟み込むことで、燃料電池となる積層体を作製した。
【0078】
なお、アノード側及びカソード側ガス拡散層は、それぞれが隣接するアノード側及びカソード側触媒層に、それぞれのマイクロポーラス層(MPL)が面するように配置した。
【0079】
実施例1に用いたアノード側ガス拡散層におけるマイクロポーラス層(MPL)及びカソード側ガス拡散層におけるマイクロポーラス層(MPL)は、酸化セリウム(CeO2)を含んでいた。
【0080】
また、アノード側触媒層、電解質膜、及びカソード側触媒層は、スルホン酸基を有するアイオノマーを含んでおり、燃料電池用の積層体を形成した初期状態で、スルホン酸基のプロトン(H+)の一部は、セリウムイオンに置換されており、触媒層におけるセリウムイオン置換率が、電解質膜におけるセリウムイオン置換率よりも大きくなるようにした。
【0081】
<比較例1>
比較例1においては、実施例1と同様の構成で、膜電極ガス拡散層接合体(MEGA)を作製し、一対のセパレータで挟み込むことで、燃料電池となる積層体を作製した。
【0082】
なお、実施例1と同様に、アノード側及びカソード側ガス拡散層は、それぞれが隣接するアノード側及びカソード側触媒層に、それぞれのマイクロポーラス層(MPL)が面するように配置した。
【0083】
比較例1に用いたアノード側ガス拡散層におけるマイクロポーラス層(MPL)及びカソード側ガス拡散層におけるマイクロポーラス層(MPL)は、実施例1と同様に、酸化セリウム(CeO2)を含んでいた。
【0084】
しかしながら、比較例1に用いたアノード側触媒層、電解質膜、及びカソード側触媒層は、スルホン酸基を有するアイオノマーを含んでいるものの、スルホン酸基のプロトン(H+)はセリウムイオンには置換されていないものとした。すなわち、比較例1で作製した燃料電池の積層体は、積層体を形成した初期状態で、アノード側触媒層、電解質膜、及びカソード側触媒層のいずれも、セリウムイオンを含んでいない。
【0085】
<電池の評価>
実施例1及び比較例1で作製した燃料電池の積層体を用いた燃料電池を作製し、耐久試験を実施した。耐久試験としては、温度変化耐久試験を実施し、一定の低電流密度で電流を掃引しながら、特定の回数、温度の上げ下げを繰り返す操作を実施した。
【0086】
(電解質膜中のセリウムイオンの濃度)
実施例1及び比較例1で作製した燃料電池について、温度変化耐久試験に伴う、電解質膜中のセリウムイオン(Ce3+)濃度を評価した。
【0087】
実施例1及び比較例1で作製した燃料電池の耐久時間と、電解質膜中のセリウムイオン濃度との関係を、
図3に示す。
図3において、破線は、実施例1で作製した燃料電池であり、実線は、比較例1で作製した燃料電池である。
【0088】
図3における横軸は、燃料電池の使用を開始してからの耐久時間を示し、縦軸は、電解質膜中のセリウムイオン(Ce
3+)濃度を、相対濃度で示している。なお、縦軸におけるCのラインは、電解質膜の膜痩せが発生するラインである。
【0089】
図3に示されるように、比較例1で作製した燃料電池は、燃料電池の製造後、使用開始時となる初期状態においては、電解質膜にセリウムイオンが存在していないため、耐久時間がある程度進むまで、電解質膜の膜痩せが継続して発生していることが判る。
【0090】
一方で、実施例1で作製した燃料電池は、燃料電池の製造後、使用開始時となる初期状態において既に、電解質膜にセリウムイオンが存在しているため、使用開始直後から、電解質膜の膜痩せが発生するクライテリアを超えており、使用当初から電解質膜の膜痩せを回避していることが判る。
【0091】
(各層におけるセリウムイオン置換率)
実施例1及び比較例1で作製した燃料電池について、燃料電池の製造後、使用開始時となる初期状態における、電解質膜、カソード側触媒層、及びカソード側マイクロポーラス層において、アイオノマーにおけるスルホン酸基のプロトン(H+)がセリウムイオンに置換された置換率を求めた。同様に、温度変化耐久試験を実施した後の、電解質膜、カソード側触媒層、及びカソード側マイクロポーラス層における、セリウムイオン置換率を求めた。
【0092】
なお、セリウムイオン置換率は、単位面積あたりのスルホン酸基の総量に対するセリウムイオンの総量から換算した。
【0093】
図4は、比較例1で作製した燃料電池について、初期状態における、電解質膜、カソード側触媒層、及びカソード側マイクロポーラス層におけるセリウムイオン置換率と、耐久試験後の、それぞれのセリウムイオン置換率と、を示したグラフである。
【0094】
図4における横軸は、各層を示しており、縦軸は、セリウムイオン置換率を示している。縦軸におけるCのラインは、電解質膜の膜痩せが発生するラインである。
【0095】
なお、マイクロポーラス層は、アイオノマーを含んでいないことから、スルホン酸基の総量に対するセリウムイオンの総量として換算されるセリウム置換率は、無限大として表現した。
【0096】
図4からは、比較例1で作製した燃料電池では、燃料電池の使用中にマイクロポーラス層から溶出したセリウムイオンが、電解質膜へ移動して十分な弛緩率になるまでは、電解質膜におけるセリウムイオン濃度が不足し、それによって電解質膜の膜やせが生じることが理解される。
【0097】
図5は、実施例1で作製した燃料電池について、初期状態における、電解質膜、カソード側触媒層、及びカソード側マイクロポーラス層におけるセリウムイオン置換率と、耐久試験後の、それぞれのセリウムイオン置換率と、を示したグラフである。
【0098】
図5における横軸は、各層を示しており、縦軸は、セリウムイオン置換率を示している。なお、縦軸におけるCのラインは、電解質膜の膜痩せが発生するラインである。
【0099】
図5に示されるように、実施例1で作製した燃料電池は、燃料電池の製造後、使用開始時となる初期状態において、電解質膜がセリウムイオンを有することで、初期状態にて電解質膜の膜痩せが発生するクライテリアを超えており、電解質膜の膜痩せを回避できることが判る。
【0100】
また、実施例1で作製した燃料電池は、燃料電池の製造後、使用開始時となる初期状態において、触媒層、及び電解質膜に、セリウムイオンが含まれており、かつ、触媒層に含まれるアイオノマーにおけるスルホン酸基のプロトン(H+)がセリウムイオンに置換されたセリウムイオン置換率が、電解質膜におけるセリウムイオン置換率よりも大きくなっていることで、燃料電池の耐久試験によって、マイクロポーラス層から溶出したセリウムイオンが、電解質膜へ誘導されたことが判る。
【0101】
すなわち、実施例1で作製した燃料電池では、長期の使用の間に電解質膜のセリウムイオンが生成水等と共に少しずつ失われる場合にも、マイクロポーラス層から電解質膜に、セリウムイオンが少しずつ補充され、これにより、燃料電池の使用開始の直後から電解質膜の膜痩せを抑制しつつ、電解質膜におけるセリウムイオン濃度の急激な上昇が起こらないようにして、燃料電池の出力性能を長期間維持することができることが予想できる。
【符号の説明】
【0102】
100 積層体
10 アノード側ガス拡散層
11 アノード側拡散層基材層
12 アノード側マイクロポーラス層
15 アノード側触媒層
20 カソード側ガス拡散層
21 カソード側拡散層基材層
22 カソード側マイクロポーラス層
25 カソード側触媒層
30 電解質膜