(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-04
(45)【発行日】2023-12-12
(54)【発明の名称】エンジン制御装置
(51)【国際特許分類】
F02D 41/40 20060101AFI20231205BHJP
F02D 41/34 20060101ALI20231205BHJP
F02D 45/00 20060101ALI20231205BHJP
【FI】
F02D41/40
F02D41/34
F02D45/00 362
(21)【出願番号】P 2021010645
(22)【出願日】2021-01-26
【審査請求日】2023-03-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】100121821
【氏名又は名称】山田 強
(74)【代理人】
【識別番号】100139480
【氏名又は名称】日野 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100125575
【氏名又は名称】松田 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100175134
【氏名又は名称】北 裕介
(72)【発明者】
【氏名】梶田 和希
(72)【発明者】
【氏名】大島 和彦
【審査官】櫻田 正紀
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-253588(JP,A)
【文献】特開平11-311146(JP,A)
【文献】特開2014-105680(JP,A)
【文献】特開2014-105696(JP,A)
【文献】特開2013-160086(JP,A)
【文献】特開2018-087559(JP,A)
【文献】特開2015-214938(JP,A)
【文献】特開2015-090119(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02D 41/40
F02D 41/34
F02D 45/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピストン(14)の往復動に伴い回転するクランク軸(15)と、前記クランク軸の回転が伝達され前記クランク軸の2回転につき1回転するカム軸(17)と、前記カム軸の回転を検出するカム軸センサ(24)と、燃焼サイクルごとに燃料噴射を行う燃料噴射装置(13)とを有する4サイクル型のエンジン(10)に適用され、
前記カム軸センサは、前記クランク軸の回転に伴う前後2つの圧縮上死点の間の前半区間と後半区間とでそれぞれ検出信号を出力するものであり、
前記カム軸センサによる回転速度の検出区間として、前後する前記検出信号の間であり、かつ圧縮上死点を含む区間を第1区間、前後する前記検出信号の間であり、かつ前後する2つの圧縮上死点の間の中心位置を含む区間を第2区間として定めておき、前記第1区間での前記クランク軸の回転速度を第1回転速度として取得するとともに、前記第2区間での前記クランク軸の回転速度を第2回転速度として取得する回転速度取得部と、
前記第2回転速度の取得時を推定タイミングとし、現時点から少なくとも過去3つの前記検出区間の前記第1回転速度及び前記第2回転速度に基づいて、現時点直後の前記第1区間において複数に分割した各分割区間の回転速度を推定する回転速度推定部と、
前記回転速度推定部により推定した前記各分割区間の回転速度に基づいて、前記各分割区間が経過するのに要する経過時間を算出し、その経過時間に基づいて、前記燃料噴射装置による燃料噴射の開始タイミング及び終了タイミングの少なくともいずれかを設定する噴射タイミング設定部と、
を備えるエンジン制御装置(30)。
【請求項2】
前記回転速度推定部は、
前記推定タイミングで取得した前記第2回転速度と、前回の前記推定タイミングで取得した前記第2回転速度との差である第1回転変動量を算出するとともに、
現時点を基準として直近の前記第1回転速度と前回の前記推定タイミングで取得した前記第2回転速度との差である第2回転変動量を算出し、
前記第1回転変動量と前記第2回転変動量とに基づいて、前記各分割区間の回転速度を推定する請求項1に記載のエンジン制御装置。
【請求項3】
前記回転速度推定部は、前記第1回転変動量に基づいて第1補正量を算出するとともに、前記第2回転変動量に基づいて第2補正量を算出し、前記直近の前記第1回転速度を前記各補正量により補正することで、前記各分割区間の回転速度を推定する請求項2に記載のエンジン制御装置。
【請求項4】
前記回転速度推定部は、現時点から少なくとも過去3つの前記検出区間の前記第1回転速度及び前記第2回転速度に加えて、前記エンジンの加速運転の度合を示す加速パラメータに基づいて、前記各分割区間のうち圧縮上死点以後の分割区間の回転速度を推定する請求項1~3のいずれか1項に記載のエンジン制御装置。
【請求項5】
前記回転速度推定部は、現時点から少なくとも過去3つの前記検出区間の前記第1回転速度及び前記第2回転速度に加えて、前記エンジンの暖機の度合を示す暖機パラメータに基づいて、前記各分割区間のうち圧縮上死点以前の分割区間の回転速度を推定する請求項1~4のいずれか1項に記載のエンジン制御装置。
【請求項6】
複数の気筒を有する多気筒エンジンに適用され、
前記回転速度推定部は、前記第1回転速度の気筒間ばらつき及び前記第2回転速度の気筒間ばらつきの少なくともいずれかを加味して、前記各分割区間の回転速度を推定する請求項1~5のいずれか1項に記載のエンジン制御装置。
【請求項7】
前記第1区間における前記各分割区間は、前記エンジンの圧縮上死点以前、及び圧縮上死点以後においてそれぞれ2以上の区間として定められており、
圧縮上死点以前及び圧縮上死点以後における前記2以上の各区間において、圧縮上死点に近い区間では、圧縮上死点に遠い区間よりも角度間隔が狭くなっている請求項1~6のいずれか1項に記載のエンジン制御装置。
【請求項8】
前記第1区間から前記第2区間への切り替わり時に出力された前記検出信号に基づいて時間間隔を取得する時間間隔取得部と、
前記回転速度推定部により推定した前記各分割区間の回転速度に基づいて、前記各分割区間が経過するのに要する経過時間を算出するとともに、それら各経過時間を積算した時間を、前記第1区間における推定所要時間として算出する所要時間算出部と、
前記時間間隔と前記推定所要時間とを比較し、その比較結果に基づいて前記回転速度推定部による推定結果に対する補正を行う補正部と、
を備える請求項1~7のいずれか1項に記載のエンジン制御装置。
【請求項9】
前記第1回転速度の取得時を推定タイミングとし、現時点から少なくとも過去3つの前記検出区間の前記第1回転速度及び前記第2回転速度に基づいて、現時点直後の前記第2区間において複数に分割した各分割区間の回転速度を推定する第2回転速度推定部を備え、
前記噴射タイミング設定部は、前記第2回転速度推定部により推定した前記各分割区間の回転速度に基づいて、前記各分割区間が経過するのに要する経過時間を算出し、その経過時間に基づいて、前記燃料噴射装置による燃料噴射の開始タイミング及び終了タイミングの少なくともいずれかを設定する請求項1~8のいずれか1項に記載のエンジン制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この明細書の開示は、エンジン制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、エンジン制御装置では、クランク軸の回転に応じてクランク軸センサから出力されるクランク信号と、カム軸の回転に応じてカム軸センサから出力されるカム信号とに基づいて燃料噴射制御等の各種制御を実施している。具体的には、エンジンの作動時に、クランク信号に基づいてクランク角を把握し、そのクランク角により燃料噴射制御を実施している。また、クランク信号とカム信号とに基づいて気筒判別を行い、その気筒判別結果に基づいて各気筒に対する燃料噴射を実施している。
【0003】
また、エンジン制御装置において、クランク軸センサのクランク信号を用いず、カム軸センサのカム信号のみを用いてエンジン制御を実施する技術が提案されている。例えば、特許文献1に記載のエンジン制御装置では、クランク軸センサの異常時において、カム信号のエッジ間隔を、同エッジ間隔中におけるクランク信号の出力予定数で割ることでクランク信号のエッジ間隔を推定し、そのエッジ間隔から、クランク信号が出力されたクランク角を把握する。そして、そのクランク角に基づいてエンジン制御を実施することとしている。また、エンジン回転速度の増加による推定誤差を減らすべく、クランク信号の実回数が出力予定数に対して不足する場合に、その不足分を補正してクランク信号のエッジ間隔を狭めるようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載の技術は、エンジン回転速度の増加が生じた場合において、クランク信号の実回数が出力予定数に対して不足していることを把握した上で、次のエッジ間隔で補正を行うものとなっている。そのため、エンジン回転速度の増加が生じる場合に補正の遅れが生じる。つまり、エンジン回転速度の増加が生じるたびに、カム信号によるクランク角推定に誤差が生じるという問題がある。これにより、燃料噴射制御を適正に実施できないことが懸念される。
【0006】
本発明は、上記課題を鑑みてなされたものであり、回転検出手段としてカム軸センサのみを用いて適正に燃料噴射を行うことができるエンジン制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するための手段は、
ピストンの往復動に伴い回転するクランク軸と、前記クランク軸の回転が伝達され前記クランク軸の2回転につき1回転するカム軸と、前記カム軸の回転を検出するカム軸センサと、燃焼サイクルごとに燃料噴射を行う燃料噴射装置とを有する4サイクル型のエンジンに適用され、
前記カム軸センサは、前記クランク軸の回転に伴う前後2つの圧縮上死点の間の前半区間と後半区間とでそれぞれ検出信号を出力するものであり、
前記カム軸センサによる回転速度の検出区間として、前後する前記検出信号の間であり、かつ圧縮上死点を含む区間を第1区間、前後する前記検出信号の間であり、かつ前後する2つの圧縮上死点の間の中心位置を含む区間を第2区間として定めておき、前記第1区間での前記クランク軸の回転速度を第1回転速度として取得するとともに、前記第2区間での前記クランク軸の回転速度を第2回転速度として取得する回転速度取得部と、
前記第2回転速度の取得時を推定タイミングとし、現時点から少なくとも過去3つの前記検出区間の前記第1回転速度及び前記第2回転速度に基づいて、現時点直後の前記第1区間において複数に分割した各分割区間の回転速度を推定する回転速度推定部と、
前記回転速度推定部により推定した前記各分割区間の回転速度に基づいて、前記各分割区間が経過するのに要する経過時間を算出し、その経過時間に基づいて、前記燃料噴射装置による燃料噴射の開始タイミング及び終了タイミングの少なくともいずれかを設定する噴射タイミング設定部と、
を備える。
【0008】
第2回転速度の取得時を推定タイミングとし、現時点から少なくとも過去3つの検出区間の第1回転速度及び第2回転速度に基づいて、現時点直後の第1区間において複数に分割した各分割区間の回転速度を推定するようにした。ここで、推定タイミングは、第2区間から第1区間に切り替わるタイミングであり、圧縮上死点を含む第1区間への移行時において、その第1区間での複数の分割区間の回転速度がそれぞれ推定される。この場合、現時点から少なくとも過去3つの検出区間の第1回転速度及び第2回転速度によれば、エンジン回転速度の増減の傾向や負荷の大きさを見込んだ回転変動の状態を捉えることができ、その回転変動の状態を加味しつつ、次の第1区間、すなわち圧縮上死点付近での各分割区間の回転速度をそれぞれ適正に推定することができる。特に、圧縮上死点を含む第1区間は、第2区間に比べて回転変動量が大きくなるが、その第1区間において複数の分割区間での回転速度を推定する構成であるため、圧縮上死点付近での回転変動を適正に把握することができる。その結果、カム軸センサの検出信号によるクランク軸の回転速度の推定を適正に実施することができる。
【0009】
また、第2区間から第1区間に移行するタイミングにおいて、第1区間での各分割区間の回転速度が適正に推定されることから、それら各回転速度に基づいて実施される燃料噴射の制御精度を高めることができる。つまり、各回転速度に基づいて、圧縮上死点付近での燃料噴射の開始タイミングや終了タイミングを適正に制御することができる。その結果、回転検出手段としてカム軸センサのみを用いる構成において適正に燃料噴射が行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図2】クランク軸の瞬時回転速度の変動を示すタイムチャート。
【
図3】各検出期間で算出されるクランク軸回転速度を示すタイムチャート。
【
図5】加減速が生じる場合におけるクランク軸の瞬時回転速度の変動を示すタイムチャート。
【
図6】回転負荷が大小異なる場合におけるクランク軸の瞬時回転速度の変動を示すタイムチャート。
【
図7】インジェクタの通電制御の概要を示すタイムチャート。
【
図8】カムパルスの立ち下がりエッジをトリガとして実施される割り込み処理を示すフローチャート。
【
図9】別例における加速パラメータと加速補正値との関係を示す図。
【
図10】別例における暖機パラメータと暖機補正値との関係を示す図。
【
図11】別例における各気筒における回転変動を示すタイムチャート。
【
図12】別例における回転速度M1~M4の補正処理を示すフローチャート。
【
図13】別例における第2区間の分割区間の各回転速度の推定を行う様態を示すタイムチャート。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明に係るエンジン制御装置を、車両用の多気筒ディーゼルエンジンに適用した一実施の形態について、図面を参照しつつ説明する。
図1はエンジンシステムの構成を示す図である。
【0012】
図1に示すエンジン10は、4気筒の直噴式ディーゼルエンジンであり、排気行程、吸気行程、圧縮行程及び膨張行程を順に繰り返す4サイクルエンジンである。
図1では、エンジン10が備える複数気筒のうちの1気筒のみを例示している。このエンジン10では、吸気通路11から燃焼室12に吸入された空気を圧縮した状態のもと、不図示のコモンレールからの高圧燃料の供給を受けるインジェクタ13から燃焼室12に向けて燃料が噴射される。この噴射された燃料が空気の圧縮により高圧状態となった燃焼室12内に曝されて燃焼すると、その際の燃焼エネルギによってピストン14が往復動することに伴いクランク軸15が回転する。燃焼室12内での燃料の燃焼後のガスは、排気として排気通路16に送り出される。
【0013】
エンジン10におけるクランク軸15の回転は、チェーン等の連結手段を介してカム軸17,18に伝達され、クランク軸15が2回転するにつきカム軸17,18が1回転する。そして、クランク軸15からの回転伝達を受けてカム軸17が回転すると、その回転に伴う吸気バルブ19の開閉動作により燃焼室12と吸気通路11との間が連通・遮断される。また、クランク軸15からの回転伝達を受けてカム軸18が回転すると、その回転に伴う排気バルブ20の開閉動作により燃焼室12と排気通路16との間が連通・遮断される。
【0014】
制御装置30はCPUや各種メモリを有するマイクロコンピュータであり、エンジン10の各種制御を実施する。制御装置30は、エンジン10の回転速度情報及び負荷情報に基づいて、インジェクタ13による燃料噴射量の制御や燃料噴射時期の制御を実施する。その燃料噴射制御を簡単に説明すると、制御装置30は、回転速度情報としてのエンジン回転速度NEと負荷情報としてのアクセル開度とに基づいて燃料噴射量Qfを算出するとともに、インジェクタ13に供給される燃料の圧力(燃圧Pc)に基づいて燃料噴射量Qfを燃料噴射期間TQに換算する。また、燃料噴射量Qfとエンジン回転速度NEとに基づいて燃料噴射を開始する噴射角度Tfを算出する。そして、燃料噴射期間TQと噴射角度Tfとに基づいて、インジェクタ13を通電駆動させて燃料噴射を実施する。この場合、エンジン10のクランク角度位置が噴射角度Tfに対応する位置となるタイミングでインジェクタ13に対する通電が開始され、その後、燃料噴射期間TQが経過したタイミングでインジェクタ13の通電が終了される。
【0015】
本実施形態では、エンジン10の回転検出手段として、カム軸17の回転を検出するカム軸センサ24を備え、そのカム軸センサ24の検出信号に基づいて、エンジン回転速度NEを算出する構成としている。つまり、クランク軸15の回転を検出するクランク軸センサを不具備としており、クランク軸センサに代えてカム軸センサ24を用い、そのカム軸センサ24の検出結果に基づいてエンジン回転速度NEを算出する構成としている。
【0016】
カム軸センサ24は、カム軸17に設けられた円板状のカムパルサ21の回転を検出する電磁ピックアップ式センサである。カムパルサ21の外周には、1気筒当たり2つずつとなる個数の突起22が周方向に等間隔で設けられている。本実施形態ではエンジン10が4気筒エンジンであり、カムパルサ21の外周に8つの突起22が45°の角度間隔(クランク角度で言えば90°CAの角度間隔)で設けられている。また、カムパルサ21の外周には、8つの突起22に加えて、気筒判別用の余分歯23が設けられている。カム軸センサ24は、クランク軸15の回転に伴うカム軸17の回転に際し、カムパルサ21の突起22及び余分歯23を検知する毎にカムパルスを出力する。
【0017】
なお、カムパルサ21の突起22の数は、エンジン10の気筒数によって異なる。詳しくは、突起22の数は気筒数の2倍であり、各突起22は、カムパルサ21の1周分の360°を気筒数の2倍で割った角度間隔(クランク角度では2倍の角度間隔)で設けられているとよい。例えば2気筒のエンジンの場合は、突起22の数が4つとなり、角度間隔が90°(180°CA)となる。
【0018】
エンジン10の運転時には、燃焼サイクルに応じてクランク軸15の瞬時回転速度が変動する。
図2は、クランク軸15の瞬時回転速度の変動を示すタイムチャートであり、横軸はクランク角度(°CA)である。
【0019】
図2に示すように、クランク軸15の瞬時回転速度は、エンジン10の各行程に応じて上昇と降下とを繰り返し、放物線状の曲線が連続するような波形となる。つまり、クランク軸15の瞬時回転速度は、180°CAごとに極小値となり、その後、各気筒での燃焼により上昇する。クランク軸15の瞬時回転速度の極小値が各気筒のいずれかの圧縮上死点に相当する。なお、以下の説明では圧縮上死点をTDCと称する。
【0020】
ここで、カム軸センサ24は、クランク軸15の回転に伴う前後2つのTDCの間の区間X、すなわち燃焼順序が前後する2気筒のTDCの間の区間Xにおいて前半区間X1と後半区間X2とでそれぞれ検出信号としてのカムパルスを出力する。換言すれば、前後2つのTDCの間の区間Xにおいて、瞬時回転速度が上昇する上昇区間(区間X1)と瞬時回転速度が下降する下降区間(区間X2)とでそれぞれ1つずつのカムパルスが出力されるようになっている。より具体的には、区間Xの長さは180°CAであり、その区間X内において90°CAの角度間隔で2つのカムパルスが出力される。そのうち一方のカムパルスはTDC前45°CAで出力され、他方のカムパルスはTDC後45°CAで出力される。なお、
図2では説明の便宜上、余分歯23により生じるカムパルスの図示を省略している。
【0021】
制御装置30は、カムパルスが出力されるたびにカムパルス間の時間間隔を計測し、カムパルスの角度間隔(90°CA)を時間間隔で割ることで、クランク軸15の回転速度を算出する。この場合、前後する2つのカムパルスの間の区間が回転速度の検出区間であり、カムパルスが出力されるたびに、すなわちクランク軸15が90°CA回転するたびにクランク軸15の回転速度が算出される。この回転速度は、1検出区間での平均回転速度である。以下の説明では、カムパルスの時間間隔に基づき算出されるクランク軸15の回転速度を「クランク軸回転速度V」とする。制御装置30は、各カムパルスの立ち下がりエッジを検知するたびにクランク軸回転速度Vを算出するとともに、時系列で複数のクランク軸回転速度Vを平均化すること、又はなまし演算することによりエンジン回転速度NEを算出する。
【0022】
図3は、カムパルスに基づき定められた各検出期間で算出されるクランク軸回転速度Vを示すタイムチャートである。ここで、前後する各カムパルスの間の区間のうち、各気筒のTDCを含む区間を第1区間L1とし、前後する2つのTDCの間の中心位置を含む区間を第2区間L2としている。
【0023】
制御装置30は、第1区間L1においてクランク軸回転速度Vを第1回転速度V1として算出するとともに、第2区間L2においてクランク軸回転速度Vを第2回転速度V2として算出する。また、制御装置30は、第2回転速度V2の算出時、すなわち第2区間L2から第1区間L1への移行時において、現時点から少なくとも過去3つの検出区間の第1回転速度V1及び第2回転速度V2に基づいて、現時点直後の第1区間L1におけるクランク軸回転速度Vの推定処理を実施する。このとき、制御装置30は、現時点直後の第1区間L1を4区間に分割し、その各分割区間D1~D4の回転速度M1~M4をそれぞれ推定する。
【0024】
本実施形態では、第1区間L1においてTDCの前後にそれぞれ2つずつの区間として各分割区間D1~D4が定められており、そのうち分割区間D1,D4の角度間隔は25°CA、分割区間D2,D3の角度間隔は20°CAとなっている。この場合、各分割区間D1~D4は、TDCに近い区間がTDCに遠い区間よりも角度間隔が狭くなっている。ただし、各分割区間D1~D4がいずれも等間隔であってもよい。
【0025】
制御装置30は、
図3に示すタイミングtaにおいて、現時点以前の第1回転速度V1及び第2回転速度V2に基づいて、現時点以降にクランク軸15の瞬時回転速度が下降しTDCに到達するまでの分割区間D1,D2における回転速度M1,M2を推定するとともに、TDC以降に瞬時回転速度が上昇する分割区間D3,D4における回転速度M3,M4を推定する。
【0026】
以下には、各回転速度M1~M4の推定手法について説明する。
【0027】
制御装置30は、カムパルスが出力されるタイミングであり、かつ第2区間L2から第1区間L1に切り替わるタイミング(
図3のタイミングta)において、各回転速度M1~M4を推定する。つまり、第2区間L2から第1区間L1に切り替わるタイミングが推定タイミングであり、180°CA周期で第1区間L1の各回転速度M1~M4が推定される。その推定タイミングでは、制御装置30は、現時点以前のクランク軸回転速度Vとして、現時点及び前回の各推定タイミングで算出した第2回転速度V2と、現時点を基準として直近の第1回転速度V1とを用いて各回転速度M1~M4を推定する。
【0028】
本実施形態では、
図3に示すように、現時点の推定タイミング(タイミングta)で算出した第2回転速度V2を「回転速度A」、現時点を基準として直近の第1回転速度V1を「回転速度B」、前回の推定タイミングで算出した第2回転速度V2を「回転速度C」としている。そして、制御装置30は、回転速度A,Cの差である第1回転変動量ΔV1を算出するとともに、回転速度B,Cの差である第2回転変動量ΔV2を算出し、それら各回転変動量ΔV1,ΔV2に基づいて、各回転速度M1~M4を推定する。
【0029】
より詳しくは、制御装置30は、直近の第1回転速度である回転速度Bを基準とし、回転速度M1~M4ごとに、第1回転変動量ΔV1に基づいて第1補正量を算出するとともに、第2回転変動量ΔV2に基づいて第2補正量を算出する。そして、回転速度Bに対して各補正量による補正を行うことで、各回転速度M1~M4を推定する。
【0030】
制御装置30は、例えば下記の式1を用いて、回転速度M1を算出する。
M1=f1(A,B,C)
=r1・B+r2・g1(A,C)+r3・g2(B,C)+r0 (式1)
式1において、「r1・B」は基準項であり、「r2・g1(A,C)」は第1補正量としての加減速補正項であり、「r3・g2(B,C)」は第2補正量としての負荷補正項である。r0~r3は適合等により得られた設計変数である。
【0031】
回転速度M1以外の各回転速度M2~M4についても、上記式1と同様の関係式に基づいて各々算出される。各回転速度M1~M4の関係式において、設計変数はそれぞれ個別に定められている。
【0032】
図4は、回転速度Bを基準として算出される各回転速度M1~M4を示す図である。
図4において、
・回転速度M1は、回転速度Bに対して補正量α1(図では正値)を加算することで算出され、
・回転速度M2は、回転速度Bに対して補正量α2(図では負値)を加算することで算出され、
・回転速度M3は、回転速度Bに対して補正量α3(図では負値)を加算することで算出され、
・回転速度M4は、回転速度Bに対して補正量α4(図では正値)を加算することで算出される。
【0033】
ここで、各回転速度A~Cに基づいて各回転速度M1~M4の推定が可能となる根拠を説明する。
図5は、エンジン10において加減速が生じる場合におけるクランク軸15の瞬時回転速度の変動を示すタイムチャートであり、
図6は、エンジン10の定常運転時においてクランク軸15に作用する回転負荷が大小異なる場合におけるクランク軸15の瞬時回転速度の変動を示すタイムチャートである。なお、
図5,
図6では、
図3で説明したとおり第1回転速度V1として回転速度Bが示され、第2回転速度V2として回転速度A,Cが示されている。
【0034】
図5(a)は加速時の回転変動を示しており、クランク軸15の瞬時回転速度の極大値が徐々に増加している。そのため、回転速度A,Cが徐々に増加し、A>Cとなっている。また、
図5(b)は減速時の回転変動を示しており、クランク軸15の瞬時回転速度の極大値が徐々に減少している。そのため、回転速度A,Cが徐々に減少し、A<Cとなっている。この場合、回転速度Cから回転速度Aへの変化量により、気筒間の加減速による回転上昇又は回転下降の度合を把握することができる。つまり、回転速度A,Cの差である第1回転変動量ΔV1は、前後する各燃焼による回転上昇量又は下降量の差に対応するものであり、その第1回転変動量ΔV1を加味することで、エンジン10の加減速を反映しつつ適正に各回転速度M1~M4が推定されるものとなっている。
【0035】
また、
図6(a)は、エンジン定常時において回転負荷が比較的小さい状況での回転変動を示し、
図6(b)は、エンジン定常時において回転負荷が比較的大きい状況での回転変動を示している。
図6(a),(b)を比較すると、回転負荷の違いに応じて、TDCでの瞬時回転速度の落ち込みの程度や、燃焼に伴い生じる瞬時回転速度の上昇度合が相違しており、回転負荷が大きいほど、回転変動幅(C-B)が小さくなっている。この場合、回転速度Cから回転速度Bへの変化量により、クランク軸15の回転負荷の度合を把握することができる。つまり、回転速度B,Cの差である第2回転変動量ΔV2は、回転負荷に応じたピストン変動の状況を反映するものであり、その第2回転変動量ΔV2を加味することで、回転負荷の度合を反映しつつ適正に各回転速度M1~M4が推定されるものとなっている。
【0036】
制御装置30は、上記のとおり各回転速度M1~M4を推定した後、その回転速度M1~M4に基づいて、インジェクタ13による噴射開始タイミング(すなわち通電開始のタイミング)と噴射終了タイミング(すなわち通電終了のタイミング)とを制御する。その通電制御について説明する。
図7は、インジェクタ13の通電制御の概要を示すタイムチャートである。なお、
図7では、通電開始から実際に燃料噴射が開始されるまでの無駄時間を省略しており、噴射角度Tfでインジェクタ13の通電が開始されるものとしている。ただし、その無駄時間は適宜考慮されるとよい。
【0037】
制御装置30は、
図7のタイミングtxにおいて、各分割区間D1~D4での回転速度M1~M4を推定する。また、制御装置30は、今回の燃料噴射において燃料噴射が開始される噴射角度Tfが各分割区間D1~D4のうちいずれの区間に属するかを判定する。そして、現時点(タイミングtx)から噴射角度Tfまでの待ち時間TRを、噴射角度Tfに対応する分割区間の角度間隔と、その分割区間における回転速度M1~M4とに基づいて算出する。以下に、待ち時間TRの具体的な算出手法を説明する。
【0038】
図7において、区間時間T1~T4は、各分割区間D1~D4で要する経過時間である。また、上述のとおり分割区間D1,D4の角度間隔は25°CA、分割区間D2,D3の角度間隔は20°CAとなっている。したがって、区間時間T1は、分割区間D1の回転速度M1と角度間隔(25°CA)とにより算出され、区間時間T2は、分割区間D2の回転速度M2と角度間隔(20°CA)とにより算出され、区間時間T3は、分割区間D3の回転速度M3と角度間隔(20°CA)とにより算出され、区間時間T4は、分割区間D4の回転速度M4と角度間隔(25°CA)とにより算出される。なお、噴射角度Tfは、TDCを基準として算出され、噴射開始タイミングがTDC前であればBTDCの値が正の値として算出され、TDC後であればATDCの値が負の値として算出される。
【0039】
噴射角度Tfが分割区間D1に属する場合には、下記の式2を用いて待ち時間TRが算出される。
TR=T1×(45-Tf)/25 (式2)
噴射角度Tfが分割区間D2に属する場合には、下記の式3を用いて待ち時間TRが算出される。
TR=T1+T2×(20-Tf)/20 (式3)
噴射角度Tfが分割区間D3に属する場合には、下記の式4を用いて待ち時間TRが算出される。
TR=T1+T2+T3×(-Tf/20) (式4)
噴射角度Tfが分割区間D4に属する場合には、下記の式5を用いて待ち時間TRが算出される。
TR=T1+T2+T3+T4×(-Tf-20)/25 (式5)
制御装置30は、
図7において現時点(タイミングtx)から待ち時間TRが経過するタイミングで燃料噴射を開始させるとともに、燃料噴射を開始してから燃料噴射期間TQが経過したタイミングで燃料噴射を終了させる。
【0040】
次に、制御装置30による各回転速度M1~M4の算出手順とインジェクタ13の通電制御の処理手順とを説明する。
図8は、カム軸センサ24から出力されるカムパルスの立ち下がりエッジをトリガとして実施される割り込み処理を示すフローチャートである。なお、本処理は、エンジン始動時のクランキングが完了し、エンジン10が燃焼運転されている状態で実施される。
【0041】
図8において、ステップS11では、カムパルス間の時間間隔、すなわち前回のカムパルス出力から今回のカムパルス出力までの時間間隔を取得する。続くステップS12では、カムパルスの角度間隔(90°CA)をカムパルス間の時間間隔で割ることで、クランク軸回転速度Vを算出する。ステップS13では、エンジン10の平均回転速度であるエンジン回転速度NEを、クランク軸回転速度Vに基づいて算出する。具体的には、時系列で複数のクランク軸回転速度Vを平均するか、又はなまし演算することによりエンジン回転速度NEを算出する。
【0042】
その後、ステップS14では、今回のカムパルス出力のタイミングで算出したクランク軸回転速度Vを回転速度Aとして記憶し、前回のカムパルス出力のタイミングで算出したクランク軸回転速度Vを回転速度Bとして記憶し、前々回のカムパルス出力のタイミングで算出したクランク軸回転速度Vを回転速度Cとして記憶する。この場合、回転速度Cには前回の処理において記憶した回転速度Bが代入され、回転速度Bには前回の処理において記憶した回転速度Aが代入され、回転速度Aには、今回のカムパルス出力のタイミングで算出したクランク軸回転速度Vが代入される。
【0043】
ステップS15では、今回のカムパルス出力のタイミングが、各回転速度M1~M4の推定タイミングであるか否かを判定する。このとき、クランク角の第2区間L2から第1区間L1への切り替わりのタイミングであれば、推定タイミングである旨が判定され、ステップS16に進む。推定タイミングでなければ、本処理を終了する。
【0044】
ステップS16では、推定番号iに1をセットする。続くステップS17では、分割区間Diの回転速度Miを算出する。このとき、初回はi=1であり、分割区間D1の回転速度M1を算出する。詳しくは、回転速度Bに基づいて、基準回転速度を算出する。また、回転速度A,Cの差である第1回転変動量ΔV1に基づいて第1補正量を算出するとともに、回転速度B,Cの差である第2回転変動量ΔV2に基づいて第2補正量を算出する。そして、基準回転速度に第1補正量及び第2補正量を加算することにより、分割区間D1における回転速度M1を推定する(式1を参照)。
【0045】
その後、ステップS18では、現在の推定番号iに1を加算し、それを新たな推定番号iとする。ステップS19では、推定番号iが4よりも大きいか否かを判定する。すなわち、全分割区間D1~D4の回転速度M1~M4の推定が完了したか否かを判定する。回転速度M1~M4の推定が完了していない場合にはステップS17に戻り、回転速度Miの推定を再度実施する。ステップS17~S19が繰り返されることにより、残りの回転速度M2~M4が順次推定される。
【0046】
そして、回転速度M1~M4の推定が完了すると、ステップS19が肯定され、ステップS20に進む。ステップS20以降においては、インジェクタ13の通電制御処理が実施される。
【0047】
ステップS20では、エンジン回転速度NE及びアクセル開度に基づいて燃料噴射量Qfを算出する。ステップS21では、燃圧Pcに基づいて燃料噴射量Qfを燃料噴射期間TQに換算するとともに、燃料噴射量Qf及びエンジン回転速度NEに基づいて噴射角度Tfを算出する。
【0048】
その後、ステップS22では、ステップS17~S19で算出した回転速度M1~M4と各分割区間D1~D4の角度間隔とに基づいて、各分割区間D1~D4の回転に要する時間である区間時間T1~T4を算出する。
【0049】
その後、ステップS23~S30では、噴射角度Tfと区間時間T1~T4に基づいて、現時点から噴射角度Tfまでの所要時間である待ち時間TRを算出する。
【0050】
詳しくは、ステップS23では、噴射角度Tfが正の値(すなわちTDC前の角度)であるか判定する。噴射角度Tfが正の値である場合には、ステップS24に進み、噴射角度Tfが分割区間D1に属するか否かを判定する。分割区間D1に属する場合には、ステップS25に進み、前述の式2により待ち時間TRを算出する。噴射角度Tfが分割区間D1に属さない場合、すなわち噴射角度Tfが分割区間D2に属する場合には、ステップS26に進み、前述の式3により待ち時間TRを算出する。
【0051】
噴射角度Tfが負の値(すなわちTDC後の角度)である場合には、ステップS27に進み、噴射角度Tfが分割区間D3に属するか否かを判定する。噴射角度Tfが分割区間D3に属する場合には、ステップS28に進み、前述の式4により待ち時間TRを算出する。噴射角度Tfが分割区間D3に属さない場合、すなわち噴射角度Tfが分割区間D4に属する場合には、ステップS29に進み、前述の式5により待ち時間TRを算出する。
【0052】
ステップS30では、現時点から待ち時間TRの経過後にインジェクタ13の通電を開始して燃料噴射を開始させる。また、燃料噴射を開始してから燃料噴射期間TQが経過したタイミングでインジェクタ13の通電を停止して燃料噴射を終了させる。
【0053】
なお、各回転速度M1~M4に基づいて通電開始タイミングを算出することに加えて、各回転速度M1~M4に基づいて通電終了タイミングを算出する構成にしてもよい。また、通電開始タイミングと通電終了タイミングとのうち、通電終了タイミングを各回転速度M1~M4に基づき算出し、その通電終了タイミングと燃料噴射期間TQとに基づいて通電開始タイミングを算出する構成にしてもよい。
【0054】
以上説明した本実施形態によれば、以下の優れた効果が得られる。
【0055】
カム軸センサ24を、クランク軸15の回転に伴う前後2つのTDCの間の前半区間X1と後半区間X2とでそれぞれ検出信号を出力するものとした。そして、前後する検出信号の間の区間として、TDCを含む第1区間L1と、前後する2つのTDCの間の中心位置を含む第2区間L2とを規定し、第1区間L1での回転速度として第1回転速度V1を取得するとともに、第2区間L2での回転速度として第2回転速度V2を取得する構成とした。
【0056】
また、第2回転速度V2の取得時を推定タイミングとし、現時点から過去3つの検出区間の第1回転速度V1及び第2回転速度V2に基づいて、現時点直後の第1区間L1において複数に分割した各分割区間D1~D4の回転速度M1~M4を推定するようにした。ここで、推定タイミングは、第2区間L2から第1区間L1に切り替わるタイミングであり、TDCを含む第1区間L1への移行時において、その第1区間L1での複数の分割区間D1~D4の回転速度M1~M4がそれぞれ推定される。この場合、現時点から過去3つの検出区間の第1回転速度V1及び第2回転速度V2によれば、エンジン回転速度NEの増減の傾向や負荷の大きさを見込んだ回転変動の状態を捉えることができ、その回転変動の状態を加味しつつ、次の第1区間L1、すなわちTDC付近での各分割区間D1~D4の回転速度M1~M4をそれぞれ適正に推定することができる。特に、TDCを含む第1区間L1は、第2区間L2に比べて回転変動量が大きくなるが、その第1区間L1において複数の分割区間D1~D4での回転速度M1~M4を推定する構成であるため、TDC付近での回転変動を適正に把握することができる。その結果、カム軸センサ24の検出信号によるクランク軸15の回転速度の推定を適正に実施することができる。
【0057】
第2区間L2から第1区間L1に移行するタイミングにおいて、第1区間L1での各分割区間D1~D4の回転速度M1~M4が適正に推定されることから、それら各回転速度M1~M4に基づいて実施される燃料噴射の制御精度を高めることができる。つまり、各回転速度M1~M4に基づいて、TDC付近での燃料噴射の開始タイミングや終了タイミングを適正に制御することができる。その結果、回転検出手段としてカム軸センサ24のみを用いる構成において適正に燃料噴射が行うことができる。
【0058】
推定タイミングで取得した第2回転速度V2(回転速度A)と、前回の推定タイミングで取得した第2回転速度V2(回転速度C)との差である第1回転変動量ΔV1は、前後する各燃焼による回転上昇量又は下降量の差、換言すればエンジン回転速度NEの増減の度合に対応するものとなる。また、現時点を基準として直近の第1回転速度V1(回転速度B)と前回の推定タイミングで取得した第2回転速度V2(回転速度C)との差である第2回転変動量ΔV2は、エンジン10における負荷の大きさに対応するものとなる。そのため、第1回転変動量ΔV1と第2回転変動量ΔV2とに基づいて各分割区間D1~D4の回転速度M1~M4を推定することにより、各分割区間D1~D4の回転速度M1~M4を高精度で推定することができる。
【0059】
第2区間L2から第1区間L1に切り替わる際において、次の第1区間L1では、前回の第1区間L1での回転速度(すなわち直近前回の第1回転速度V1)に対して、加減速分の増減が生じる。この場合、第1回転変動量ΔV1に基づいて第1補正量を算出するとともに、第2回転変動量ΔV2に基づいて第2補正量を算出し、それら各補正量により第1回転速度V1を補正することで、各分割区間D1~D4の回転速度M1~M4を適正に推定することができる。
【0060】
エンジン10における瞬時回転速度の変化は、第1区間L1においてTDCに近いほど速度変化の傾きが大きくなる。これを考慮してTDC以前、TDC以後における2以上の各分割区間D1~D4において、TDCに近い区間では、TDCに遠い区間よりも角度間隔が狭くなるようにした。これにより、各分割区間D1~D4においてより瞬時回転速度の変化に即した回転速度を推定することができ、回転速度を一層適正に推定することができる。
【0061】
(他の実施形態)
上記実施形態を例えば次のように変更してもよい。
【0062】
・各分割区間D1~D4の回転速度M1~M4の推定に際し、現時点から過去3つの検出区間の回転速度(回転速度A~C)に加えて、エンジン10の加速運転の度合を示す加速パラメータに基づいて、各分割区間D1~D4のうちTDC以後の分割区間D3,D4の回転速度M3,M4を推定する構成にしてもよい。加速パラメータは、例えばアクセル操作量や燃料噴射量である。この場合、制御装置30は、例えば
図9の関係を用い、都度の加速パラメータに基づいて加速補正値を設定する。
図9によれば、例えば加速パラメータとしてのアクセル操作量が大きいほど、加速補正値として大きい値が設定される。そして、制御装置30は、過去の回転速度A~Cに基づき算出された回転速度M3,M4を加速補正値により補正する。
【0063】
エンジン10が加速運転される状況では、その加速運転の度合に応じて、クランク軸15の回転変動に影響が及ぶ。この場合、エンジン10の加速運転の度合が相違する状況では、仮に前後する第2回転速度V2の差(
図4に示すA-C)が同じでも、推定タイミング直後の第1区間L1においてTDC以後の回転速度の上昇変化が相違することが考えられる。この点、エンジン10の加速運転の度合を加味してTDC以後の回転速度M3,M4を推定することで、その推定精度を高めることができる。
【0064】
なお、各分割区間D1~D4のうちTDC以後の分割区間D3,D4において、TDCに違い側の分割区間D3とTDCに遠い側の分割区間D4とでは、加速パラメータによる回転速度の増加分が相違すると考えられる。そのため、分割区間D3での回転速度M3に用いる加速補正値と、分割区間D4での回転速度M4に用いる加速補正値とを個別に算出するようにしてもよい。この場合、TDCに近い側の加速補正値を大きくする(回転速度の増加補正量を大きくする)とよい。
【0065】
・各分割区間D1~D4の回転速度M1~M4の推定に際し、現時点から過去3つの検出区間の回転速度(A~C)に加えて、エンジン10の暖機の度合を示す暖機パラメータに基づいて、各分割区間D1~D4のうちTDC以前の分割区間D1,D2の回転速度M1,M2を推定する構成にしてもよい。暖機パラメータは、例えばエンジン水温やエンジン始動時からの経過時間である。この場合、制御装置30は、例えば
図10の関係を用い、都度の暖機パラメータに基づいて、暖機補正値を算出する。
図10によれば、例えば暖機パラメータとしてのエンジン水温が低いほど、暖機補正値として小さい値が設定される。そして、制御装置30は、過去の回転速度A~Cに基づき算出された回転速度M3,M4を暖機補正値により補正する。
【0066】
エンジン10の暖機が完了していない冷間状態では、クランク軸15の回転変動に影響が及ぶ。この場合、エンジン10の暖機の度合が相違する状況では、仮に前後する第1回転速度及び第2回転速度V2の差(
図4に示すC-B)が同じでも、推定タイミング直後の第1区間L1においてTDC以前の回転速度の降下変化が相違することが考えられる。この点、エンジン10の暖機度合を加味してTDC以前の回転速度M1,M2を推定することで、その推定精度を高めることができる。
【0067】
・気筒ごとに、第1回転速度V1の気筒間ばらつき及び第2回転速度V2の気筒間ばらつきの少なくともいずれかを加味して、各分割区間D1~D4の回転速度M1~M4を推定する構成であってもよい。
図11は、エンジン10の各気筒#1~#4における回転変動を示すタイムチャートであり、気筒ごとの第1回転速度V1及び第2回転速度V2が気筒番号を付して示されている。なお
図11では、説明の便宜上、各気筒#1~#4の燃焼順序を#1→#2→#3→#4としている。
【0068】
この場合、各気筒では、慣性負荷等が相違することに起因して各気筒の回転変動に差異が生じる。仮に燃料噴射量Qfが不変の状況であっても、気筒ごとに回転変動に差異が生じ、各気筒の第1回転速度V1や第2回転速度V2に気筒間ばらつきが生じることが考えられる。そこで、制御装置30は、気筒ごとに、第1回転速度V1の気筒間ばらつき及び第2回転速度V2の気筒間ばらつきの少なくともいずれかを加味して、各分割区間D1~D4の回転速度M1~M4を推定する。
【0069】
具体的には、制御装置30は、例えば第1気筒#1のTDC直前であるタイミングtbにおいて、第4気筒#4の第2回転速度V2(V2_#4)と、第4気筒#4の第1回転速度V1(V1_#4)と、第3気筒#3の第2回転速度V2(V2_#3)とに基づいて、各回転速度M1~M4を推定する。このとき、制御装置30は、第1気筒#1とそれ以外の他気筒との回転変動の差異(気筒間ばらつき)に応じて、各回転速度M1~M4を推定する。例えば、第1気筒#1において、他気筒に比べて慣性負荷が大きい傾向にあれば、その差を第1気筒#1のばらつき量として記憶しておき、そのばらつき量に基づいて各回転速度M1~M4を小さい値に補正する。他の気筒についても同様である。なお、第1回転速度V1や第2回転速度V2の気筒間ばらつきは、製造工場での適合処理又はエンジン運転時の学習処理により適宜求められているとよい。これにより、気筒ごとの慣性負荷のばらつき等を考慮した上で適正に各回転速度M1~M4を推定することができる。
【0070】
・各分割区間D1~D4の回転速度M1~M4について、クランク軸15の実回転速度との乖離度合を算出し、その乖離度合に応じて各回転速度M1~M4を補正する構成にしてもよい。
図12は、制御装置30による回転速度M1~M4の補正処理を示すフローチャートである。本処理は、カムパルスの立ち下がりエッジをトリガとして実施される割り込み処理として実施されるとよい。なお本処理は、エンジン回転状態が安定していることを条件に実施されるとよい。
【0071】
図12において、ステップS41では、今回のカムパルス出力のタイミングが、クランク角の第1区間L1から第2区間L2への切り替わりのタイミングであるか否か、すなわち第1区間L1の終了時であるか否かを判定する。また、ステップS42では、現時点の直前の第1区間L1において各回転速度M1~M4の推定が行われたか否かを判定する。そして、ステップS41,S42が共に肯定されれば、後続のステップS43に進む。
【0072】
ステップS43では、直前の第1区間L1でのカムパルス間の時間間隔TK1を取得する。ステップS44では、直前の第1区間L1において推定された回転速度M1~M4と各分割区間D1~D4の角度間隔とに基づいて、各分割区間D1~D4の回転に要する時間である区間時間T1~T4を算出するとともに、その区間時間T1~T4を積算することで、第1区間L1での推定所要時間TK2を算出する(TK2=T1+T2+T3+T4)。
【0073】
その後、ステップS45では、ステップS43で取得した時間間隔TK1と、ステップS44で算出した推定所要時間TK2とを比較し、その比較結果に基づいて、各回転速度M1~M4の補正値βを算出する。例えば、以下の式6により補正値βが算出されるとよい。
β=TK1/TK2 (式6)
補正値βは、
図8のステップS17~19での回転速度Miの推定処理において用いられる。
【0074】
カムパルス間の時間間隔TK1と推定所要時間TK2との比較結果によれば、各分割区間D1~D4における回転速度M1~M4の推定誤差を把握することができる。これにより、各分割区間D1~D4における回転速度M1~M4の誤差分を適正に補正することができる。
【0075】
・回転速度M1~M4の推定に用いる第1回転速度V1及び第2回転速度V2は、現時点から過去4つ以上の検出区間の回転速度であってもよい。
【0076】
・推定タイミング直後の第1区間L1を4区間以外の数で分割し、その各分割区間の回転速度をそれぞれ推定してもよい。この場合、第1区間L1におけるTDC前後にそれぞれ各分割区間を定め、各分割区間の角度間隔は、第1区間L1を4区間に分割した場合と同様に、TDCに近い区間がTDCに遠い区間よりも狭くなるようにするとよい。
【0077】
・上記実施形態では、第2区間L2から第1区間L1に切り替わるタイミングを推定タイミングとし、第1区間L1において各分割区間D1~D4の各回転速度M1~M4を推定したが、これに加えて、第1区間L1から第2区間L2に切り替わるタイミングを推定タイミングとし、第2区間L2において分割区間の各回転速度を推定してもよい。
図13は、第1区間L1から第2区間L2に切り替わるタイミングを推定タイミングとし、第2区間L2の分割区間における回転速度の推定を行う様態を示したタイムチャートである。制御装置30は、
図13に示す第1区間L1から第2区間L2に切り替わるタイミングtcを推定タイミングとし、第2区間L2の分割区間D11~D14における各回転速度M11~M14の推定を行う。
【0078】
図13では、第2区間L2において4つに分割された各分割区間D11~D14が定められ、制御装置30は、タイミングtcにおいて、現時点以前の第1回転速度V1及び第2回転速度V2に基づいて、現時点以降の各分割区間D11~D14における回転速度M11~M14を推定する。
【0079】
回転速度M11~M14の推定手法は、既述の回転速度M1~M4の推定手法に準ずるものであるとよい。具体的には、現時点から直近2つの第2回転速度V2の差である第1回転変動量ΔV11を算出するとともに、現時点から直近の第1回転速度V1と前回の推定タイミングで取得した第2回転速度V2との差である第1回転変動量ΔV12を算出する。
図13において、第1回転変動量ΔV11は、第2回転速度V2である「B,D」の差であり、第2回転変動量ΔV12は、第1回転速度V1である「A」と第2回転速度V2である「B」との差である。そして、回転速度Bに基づく回転速度基準値に、第1回転変動量ΔV11に基づき算出された第1補正量と、第2回転変動量ΔV12に基づき算出された第2補正量とを加算することで回転速度M11~M14を推定する。
【0080】
また、この場合、制御装置30は、第1区間L1の各回転速度M1~M4に基づいて、第1区間L1におけるインジェクタ13の噴射開始タイミングと噴射終了タイミングを制御すると共に、第2区間L2の各回転速度M11~M14に基づいて、第2区間L2におけるインジェクタ13による噴射開始タイミングと噴射終了タイミングとを制御する。具体的な第2区間L2における噴射開始タイミングと噴射終了タイミングの算出については、第1区間L1における噴射開始タイミングと噴射終了タイミングの算出と同様の手法で行われるとよい。これにより、第1区間L1と第2区間L2の両区間において、噴射開始タイミングと噴射終了タイミングを制御することができる。
【0081】
・エンジン10の気筒数は任意であり、2気筒以上の多気筒エンジンであるとよい。又は、単気筒エンジンであってもよい。
【0082】
・本発明は、回転検出手段としてクランク軸センサとカム軸センサとを有するシステムにおいて、クランク軸センサの異常時に適用されるものであってもよい。
【0083】
・本開示に記載の制御部及びその手法は、コンピュータプログラムにより具体化された一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。あるいは、本開示に記載の制御部及びその手法は、一つ以上の専用ハードウエア論理回路によってプロセッサを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。もしくは、本開示に記載の制御部及びその手法は、一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリと一つ以上のハードウエア論理回路によって構成されたプロセッサとの組み合わせにより構成された一つ以上の専用コンピュータにより、実現されてもよい。また、コンピュータプログラムは、コンピュータにより実行されるインストラクションとして、コンピュータ読み取り可能な非遷移有形記録媒体に記憶されていてもよい。
【符号の説明】
【0084】
10…エンジン、13…インジェクタ、14…ピストン、15…クランク軸、17…カム軸、24…カム軸センサ、30…制御装置。