(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-04
(45)【発行日】2023-12-12
(54)【発明の名称】厚鋼板および厚鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20231205BHJP
C22C 38/06 20060101ALI20231205BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20231205BHJP
C21D 8/02 20060101ALI20231205BHJP
【FI】
C22C38/00 301A
C22C38/06
C22C38/60
C21D8/02 B
(21)【出願番号】P 2022554962
(86)(22)【出願日】2022-06-20
(86)【国際出願番号】 JP2022024603
(87)【国際公開番号】W WO2023286536
(87)【国際公開日】2023-01-19
【審査請求日】2022-09-12
(31)【優先権主張番号】P 2021118205
(32)【優先日】2021-07-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【氏名又は名称】川原 敬祐
(74)【代理人】
【識別番号】100195785
【氏名又は名称】市枝 信之
(72)【発明者】
【氏名】村上 俊一
(72)【発明者】
【氏名】兵藤 義浩
(72)【発明者】
【氏名】横田 智之
(72)【発明者】
【氏名】木津谷 茂樹
(72)【発明者】
【氏名】三浦 進一
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/153085(WO,A1)
【文献】特開平06-256842(JP,A)
【文献】特開2016-160474(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/06
C22C 38/60
C21D 8/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C :0.01~0.16%、
Si:1.00%以下、
Mn:0.50~2.00%、
P :0.030%以下、
S :0.020%以下、
Al:0.06%以下を含有し、
残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、
面積分率で、
75~97%のベイナイト、および
3~25%のパーライトを含み、
ベイナイトの結晶粒径が平均円相当径で18μm以下、
パーライトの結晶粒径が平均円相当径で10μm以下であるミクロ組織を有し、
板厚が25mm以上であり、かつ、
板厚方向の絞り値が30%以上である厚鋼板。
【請求項2】
前記成分組成が、さらに、質量%で、
Cr:0.01~1.00%、
Cu:0.01~2.00%、
Ni:0.01~2.00%、
Mo:0.01~1.00%、
Co:0.01~1.00%、
Sn:0.005~0.200%、
Sb:0.005~0.200%、
Nb:0.005~0.200%、
V :0.005~0.200%、
Ti:0.005~0.050%、
B :0.0001~0.0050%、
Zr:0.005~0.100%、
Ca:0.0001~0.020%、
Mg:0.0001~0.020%、および
REM:0.0001~0.020%からなる群より選択される1または2以上を含む、請求項1に記載の厚鋼板。
【請求項3】
請求項1または2に記載の厚鋼板の製造方法であって、
前記成分組成を有する鋼素材を、1000℃以上、1300℃以下の加熱温度に加熱し、
加熱された前記鋼素材を、圧下比:3以上、かつ最終3パスのうち圧下率が10%以上であるパス数:2以上の条件で熱間圧延して熱延鋼板とし、
前記熱延鋼板を、冷却開始温度:Ar3点以上、冷却停止温度:300~650℃、冷却開始から冷却停止までの鋼板表面における平均冷却速度:20~60℃/sの条件で加速冷却する、厚鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、厚鋼板に関し、特に、優れた疲労き裂伝播抵抗性と全伸びを兼ね備えるとともに、板厚方向の伸びにも優れた厚鋼板に関する。本発明の厚鋼板は、船舶、海洋構造物、橋梁、建築物、タンクなど、構造安全性が強く求められる構造物に好適に用いることができる。また、本発明は、前記厚鋼板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
厚鋼板は、船舶、海洋構造物、橋梁、建築物、タンクなどの構造物に広く用いられている。前記厚鋼板には、強度、靭性などの機械的特性および溶接性が優れることに加え、疲労特性に優れることが求められる。
【0003】
すなわち、上述したような構造物を使用する際には、該構造物に対して、風や地震による振動など、繰返し荷重がかかる。そのため、厚鋼板には、そのような繰返し荷重が負荷された場合でも構造物の安全性を確保できる疲労特性が求められる。特に、部材の破断といった終局的な破壊を防止するためには、厚鋼板の疲労き裂伝播抵抗性を向上させることが効果的である。
【0004】
そこで、鋼板の疲労き裂伝播抵抗性を向上させるために様々な検討が行われている。
【0005】
例えば、特許文献1では、湿潤硫化水素環境下で疲労き裂伝播抵抗性に優れた、タンカー用の鋼板が提案されている。前記鋼板は、第1相としてのフェライトと、第2相としてのベイナイトおよび/またはパーライトからなる混合組織を有している。また、前記鋼板では、フェライトの平均粒径が20μm以下とされている。
【0006】
また、特許文献2でも、疲労き裂伝播抵抗性に優れた鋼板が提案されている。前記鋼板は、硬質部と軟質部とからなるミクロ組織を有し、前記硬質部と軟質部の間の硬度差が、ビッカース硬度で150以上であることを特徴としている。
【0007】
特許文献3では、ベイナイトと、面積率で38~52%のフェライトとからなるミクロ組織を有する二相鋼が提案されている。特許文献3で提案されている技術においては、フェライト相部分のビッカース硬さと、フェライト相とベイナイト相の間の境界の密度を制御することで疲労き裂伝播抵抗性を向上させている。
【0008】
ここで、厚肉の鋼板は、通常、造塊法により製造された大型鋼塊を分塊圧延し、得られた分塊スラブを熱間圧延することによって製造されている。しかし、この造塊-分塊プロセスでは、押湯部の濃厚偏析部や、鋼塊底部の負偏析部を切り捨てる必要があるため、歩留まりが上がらず、製造コストが上昇することに加え、工期が長くなるという問題がある。
【0009】
一方、厚肉の鋼板の製造を、連続鋳造スラブを素材とするプロセスで行った場合、上記の問題は生じない。しかし、連続鋳造スラブは造塊法で製造されたスラブに比べて薄いため、圧延工程における製品厚までの圧下量が少なくなり、センターポロシティを圧着できないという問題がある。センターポロシティを圧着できないと板厚方向引張による伸びが劣る。さらに、厚鋼板は前述の通り構造物などに用いられることから、高い強度が求められる。そのため、必要な強度を確保するために添加される合金元素量が増加し、その結果、中心偏析に起因するセンターポロシティの発生や、大型化による内質の劣化など、新たな問題が生じている。
【0010】
これらの問題を解決するために、連続鋳造スラブから厚鋼板を製造する過程で、センターポロシティを圧着して、鋼板内の中心偏析部の特性を改善することを目的に、以下のような技術が提案されている。
【0011】
特許文献4では、連続鋳造スラブから累積圧下率が70%以下の厚肉鋼板を製造する際に、熱間圧延前に鍛造加工する技術が提案されている。
【0012】
特許文献5では、連続鋳造スラブに鍛造および厚板圧延を施して極厚鋼板を製造する際に、前記鍛造に先だって前記スラブの板厚中心部を1200℃以上の温度に20時間以上保持し、その後、圧下率:16%以上の鍛造を行うことが提案されている。
【0013】
特許文献6では、連続鋳造スラブにクロス鍛造を実施した後、熱間圧延する技術が提案されている。
【0014】
特許文献7では、連続鋳造スラブを1200℃以上の温度に20時間以上保持した後、前記スラブに鍛造と厚板圧延を施して極厚鋼板とする技術が提案されている。前記技術においては、前記鍛造の圧下率、前記鍛造と厚板圧延の全圧下率を特定の範囲とするとともに、前記厚板圧延の後に特定の条件で焼入れと焼戻しを行っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【文献】特開平06-322477号公報
【文献】特開平07-242992号公報
【文献】特開平08-225882号公報
【文献】特開平07-232201号公報
【文献】特開2002-194431号公報
【文献】特開2000-263103号公報
【文献】特開2006-111918号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
しかし、特許文献1~7に記載されているような従来の技術には、下記(1)~(4)のような問題点があることが分かった。
【0017】
(1)船舶、海洋構造物、橋梁、建築物、タンクなどの構造物に使用される鋼材では、規格において全伸び値が規定されることが一般的である。したがって、優れた疲労き裂伝播抵抗性を有する鋼板であっても、全伸びが規格値を満たすことが求められる。
【0018】
しかし、疲労き裂伝播抵抗性と全伸びは相反する性質であるため、特許文献1~3に記載されているような従来の技術では、優れた疲労き裂伝播抵抗性と全伸びを両立させることができなかった。
【0019】
すなわち、特許文献1~3で提案されている技術においては、全伸びが考慮されていない。実際、特許文献1~3で提案されている鋼板は、いずれも、軟質相としてのフェライトと、硬質相としてのベイナイトまたはマルテンサイトからなるミクロ組織を有しており、軟質相と硬質相の硬度差を拡大することで疲労き裂伝播抵抗性を向上させている。しかし、軟質相と硬質相の硬度差が大きいと組織が不均質となり、その結果、鋼板の全伸びが低下する。
【0020】
(2)また、構造物の安全性を確保するという観点からは、厚鋼板には、板厚方向において疲労き裂伝播抵抗性に優れることが求められる。
【0021】
すなわち、一般的な構造物においては、鋼板に対して様々な方向から溶接が施されるため、疲労き裂が発生、伝播する方向は様々である。しかし、挟角の角部を有する溶接施工箇所では、その構造的特徴から疲労き裂の発生が不可避であり、発生した疲労き裂はまず板厚方向へ進展する傾向がある。そのため、疲労き裂による構造物の崩落を防止するためには、板厚方向への疲労き裂進展を抑制することが重要である。
【0022】
(3)さらに、上記ミクロ組織を有する従来の鋼板は、製造条件の制御が困難である。すなわち、前記鋼板をオンラインプロセスで製造する場合、所望の組織を得るために、熱間圧延後の冷却工程において、フェライトとオーステナイトの二相域から加速冷却を開始し、かつ、冷却停止温度を低くする必要がある。その際、最終的に得られるミクロ組織における軟質相と硬質相の面積分率は、冷却開始時の温度によって大きく変動する。したがって、上記従来の鋼板の製造においては、所望のミクロ組織を得るために、冷却条件を厳格に制御する必要があった。
【0023】
(4)特許文献4~7に記載された技術は、センターポロシティの低減や、中心偏析帯の改善には有効であるものの、熱間鍛造の工程を必要とする。また、通常の熱間圧延のみでは、板厚中心部の加工が不十分となって、センターポロシティが残存し、板厚方向の引張特性が劣化する懸念がある。
【0024】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、全伸びに優れ、板厚方向の伸びと疲労き裂伝播抵抗性にも優れた厚鋼板を提供することを目的とする。
【0025】
具体的には、下記(1)~(4)の優れた特徴を兼ね備えた厚鋼板を提供することを目的とする。
(1)優れた疲労き裂伝播抵抗性と全伸びを兼ね備えている。
(2)前記疲労き裂伝播抵抗性については、構造物の安全性を確保する上で特に重要となる板厚方向における疲労き裂伝播抵抗性に優れている。
(3)二相域での高度な冷却制御を必要とすることなく製造することができる。
(4)熱間圧延による製造においても板厚方向引張による伸びが優れる。
【課題を解決するための手段】
【0026】
本発明者らは上記課題を解決するために検討を行った結果、以下の知見を得た。
【0027】
(a)ミクロ組織における軟質相と硬質相の硬度差が、特許文献1~3ほど大きくなくとも、十分な疲労き裂伝播抵抗性が得られる。
【0028】
(b)第1相としてベイナイトを用いることにより、疲労き裂伝播抵抗性を従来よりも向上させることができる。
【0029】
(c)軟質相としてのベイナイトと、硬質相としてのパーライトの両者を、特定の面積分率で含み、かつベイナイトとパーライトの結晶粒径がそれぞれ特定の範囲内であるミクロ組織とすることにより、優れた疲労き裂伝播抵抗性と全伸びを兼ね備えた厚鋼板を得ることができる。
【0030】
(d)前記ミクロ組織を有する厚鋼板は、製造条件、特に、熱間圧延とその後の加速冷却における条件を制御することにより製造することができる。前記厚鋼板は、ベイナイトを第1相としているため、従来の鋼板に比べ、オンラインプロセスによる製造に適している。
【0031】
(e)さらに、熱間圧延において、圧下比3以上で圧延することにより鋳造欠陥などの欠陥を無害化し、かつ最終3パスのうち少なくとも2パスについて、1パス当たりの圧下率を10%以上として鋼板全体の整粒化を図って異常粗大粒の残存を抑制することにより、板厚方向の引張特性を改善することができる。
【0032】
本発明は上述の知見に基づいてなされたものであり、以下を要旨とするものである。
【0033】
1.質量%で、
C :0.01~0.16%、
Si:1.00%以下、
Mn:0.50~2.00%、
P :0.030%以下、
S :0.020%以下、
Al:0.06%以下を含有し、
残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、
面積分率で、
75~97%のベイナイト、および
3~25%のパーライトを含み、
ベイナイトの結晶粒径が平均円相当径で18μm以下、
パーライトの結晶粒径が平均円相当径で10μm以下であるミクロ組織を有し、
板厚方向の絞り値が30%以上である厚鋼板。
【0034】
2.前記成分組成が、さらに、質量%で、
Cr:0.01~1.00%、
Cu:0.01~2.00%、
Ni:0.01~2.00%、
Mo:0.01~1.00%、
Co:0.01~1.00%、
Sn:0.005~0.200%、
Sb:0.005~0.200%、
Nb:0.005~0.200%、
V :0.005~0.200%、
Ti:0.005~0.050%、
B :0.0001~0.0050%、
Zr:0.005~0.100%、
Ca:0.0001~0.020%、
Mg:0.0001~0.020%、および
REM:0.0001~0.020%からなる群より選択される1または2以上を含む、上記1に記載の厚鋼板。
【0035】
3.上記1または2に記載の成分組成を有する鋼素材を、1000℃以上、1300℃以下の加熱温度に加熱し、
加熱された前記鋼素材を、圧下比:3以上、かつ最終3パスのうち圧下率が10%以上であるパス数:2以上の条件で熱間圧延して熱延鋼板とし、
前記熱延鋼板を、冷却開始温度:Ar3点以上、冷却停止温度:300~650℃、冷却開始から冷却停止までの鋼板表面における平均冷却速度:20~60℃/sの条件で加速冷却する、厚鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0036】
本発明の厚鋼板は、優れた疲労き裂伝播抵抗性と全伸びを兼ね備えており、板厚方向において疲労き裂伝播抵抗性に優れている。さらに、板厚方向の絞り値が30%以上であり、板厚方向引張による伸びが優れている。加えて本発明の厚鋼板においては、CrやSnなどの合金元素を多量に添加せずとも上記の優れた特性を実現出来るため、コストの面でも有利である。また、本発明の厚鋼板は、二相域での高度な冷却制御を必要とすることなく安定して製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【
図1】板厚方向における疲労き裂伝播特性の評価に使用した、片側切欠単純引張型疲労試験片の形状および寸法を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0038】
以下、本発明について詳細に説明する。なお、本発明はこの実施形態に限定されるものではない。
【0039】
[成分組成]
まず、本発明の厚鋼板の成分組成について説明する。特に断らない限り、各成分の含有量を表す「%」は、「質量%」を意味する。
【0040】
C:0.01~0.16%
Cは、強度を向上させる効果を有する元素である。また、Cは、耐疲労特性に有利なパーライト相の生成を促進する効果を有する。C含有量が0.01%未満であると、所望の強度および疲労き裂伝播抵抗性を得ることができない。そのため、C含有量を0.01%以上とする。一方、C含有量が0.16%を超えると、パーライトが過剰に生成したり粗大化したりするため、全伸びと靭性が劣化する。そのため、C含有量を0.16%以下、好ましくは0.15%以下、より好ましくは0.10%以下とする。
【0041】
Si:1.00%以下
Siは、脱酸作用を有するとともに、強度をさらに向上させる効果も有する元素である。また、Siは、過剰なセメンタイト生成を抑制する効果も有している。しかし、Si含有量が1.00%を超えると、溶接性、靭性が劣化することに加え、耐疲労特性に有利なパーライト相の生成が抑制されてしまう。そのため、Si含有量を1.00%以下、好ましくは0.50%以下とする。一方、Si含有量の下限は特に限定されないが、Siの添加効果を高めるという観点からは、Si含有量を0.01%以上とすることが好ましく、0.10%以上とすることがより好ましい。
【0042】
Mn:0.50~2.00%
Mnは、焼入れ性を高め、その結果、厚鋼板の強度を向上させる効果を有する元素である。前記効果を得るために、Mn含有量を0.50%以上、好ましくは0.80%以上とする。一方、Mn含有量が2.00%を超えると、焼入れ性が高くなり過ぎる結果、耐疲労特性に有利なパーライト相の生成が抑制される。また、Mn含有量が2.00%を超えると、全伸びおよび靭性が低下する。そのため、Mn含有量は2.00%以下、好ましくは1.65%以下とする。
【0043】
P:0.030%以下
Pは、靭性を劣化させる。そのため、P含有量を0.030%以下とする。一方、P含有量は低ければ低いほど良いため、P含有量の下限は特に限定されず、P含有量は0%以上であってよく、0%超であってもよい。しかし、過度の低減は製造コストを増加させるため、製造コストの観点からは、P含有量を0.001%以上とすることが好ましく、0.002%以上とすることがより好ましい。
【0044】
S:0.020%以下
Sは、不純物として厚鋼板に含まれる元素であり、靭性を劣化させる。そのため、S含有量は0.020%以下、好ましくは0.010%以下とする。一方、S含有量は低ければ低いほど良いため、S含有量の下限は特に限定されず、S含有量は0%以上であってよく、0%超であってもよい。しかし、過度の低減は製造コストを増加させるため、製造コストの観点からは、S含有量を0.0005%以上とすることが好ましく、0.001%以上とすることがより好ましい。
【0045】
Al:0.06%以下
Alは、脱酸剤として作用する元素であり、溶鋼脱酸プロセスにおいて一般的に用いられる。また、Alは、鋼中のNをAlNとして固定し、母材の靭性向上に寄与する。しかし、Al含有量が0.06%を超えると、母材(厚鋼板)の靭性および全伸びが低下するとともに、溶接時に溶接金属部にAlが混入して、溶接部の靭性が劣化する。そのため、Al含有量は0.06%以下、好ましくは0.05%以下とする。一方、Al含有量の下限は特に限定されないが、Alの添加効果を高めるという観点からは、Al含有量を0.01%以上とすることが好ましい。
【0046】
本発明の一実施形態における厚鋼板は、上記元素を含み、残部Feおよび不可避的不純物からなる成分組成を有することができる。
【0047】
また、本発明の他の実施形態における厚鋼板の成分組成は、さらに以下に挙げる元素の少なくとも1つを任意に含有することができる。これらの任意添加元素を添加することにより、厚鋼板の強度、靭性、溶接性、耐候性、塗装耐久性などの特性をさらに向上させることができる。
【0048】
Cr:0.01~1.00%
Crは、強度をさらに向上させる効果を有する元素である。また、Crはセメンタイト生成を促進する元素であり、耐疲労特性に有利なパーライト相の生成を促進する。Crを添加する場合、前記効果を得るために、Cr含有量を0.01%以上、好ましくは0.10%以上とする。一方、Cr含有量が1.00%を超えると溶接性と靭性が損なわれる。そのため、Crを含有する場合、Cr含有量を1.00%以下、好ましくは0.80%以下、より好ましくは、0.50%以下とする。
【0049】
Cu:0.01~2.00%
Cuは、固溶により強度をさらに上昇させる元素である。Cuを添加する場合、前記効果を得るため、Cu含有量を0.01%以上とする。一方、Cu含有量が2.00%を超えると、溶接性が損なわれ、また、厚鋼板の製造時に疵が生じやすくなる。そのため、Cuを含有する場合、Cu含有量を2.00%以下、好ましくは0.70%以下、より好ましくは0.60%以下とする。
【0050】
Ni:0.01~2.00%
Niは、低温靭性を向上させる効果を有する元素である、また、Niは、Cuを添加した場合の熱間脆性を改善する。Niを添加する場合、前記効果を得るために、Ni含有量を0.01%以上とする。一方、Ni含有量が2.00%を超えると溶接性が損なわれ、鋼材コストが上昇する。そのため、Niを含有する場合、Ni含有量を2.00%以下、好ましくは0.70%以下、より好ましくは0.40%以下とする。
【0051】
Mo:0.01~1.00%
Moは、強度をさらに向上させる効果を有する元素である。Moを添加する場合、前記効果を得るためにMo含有量を0.01%以上とする。一方、Mo含有量が1.00%を超えると溶接性と靭性が損なわれる。そのため、Mo含有量は1.00%以下、好ましくは0.70%以下、より好ましくは0.40%以下とする。
【0052】
Co:0.01~1.00%
Coは、基地相(matrix phase)の硬さを増加させる効果を有する元素である。Coを含有する場合、前記効果を得るために、Co含有量を0.01%以上、好ましくは0.35%以上とする。一方、Co含有量が1.00%を超えると、効果が飽和することに加え、合金コストが増大する。このため、Coを添加する場合、Co含有量は1.00%以下、好ましくは0.50%以下とする。
【0053】
Sn:0.005~0.200%
Snは、基地相の硬さを増加させる効果を有する元素である。Snを添加する場合、前記効果を得るために、Sn含有量を0.005%以上、好ましくは0.010%以上、より好ましくは0.020%以上とする。一方、Sn含有量が0.200%を超えると、鋼の延性や靭性の劣化を招く。このため、Snを添加する場合、Sn含有量を0.200%以下、好ましくは0.100%以下、より好ましくは0.050%未満とする。
【0054】
Sb:0.005~0.200%
Sbは、基地相の硬さを増加させる効果を有する元素である。Sbを添加する場合、前記効果を得るために、Sb含有量を0.005%以上、好ましくは0.010%以上、より好ましくは0.020%以上とする。一方、Sb含有量が0.200%を超えると、鋼の延性や靭性の劣化を招く。このため、Sbを添加する場合、Sb含有量は0.200%以下、好ましくは0.150%以下、より好ましくは0.100%以下とする。
【0055】
Nb:0.005~0.200%
Nbは、熱間圧延時のオーステナイトの再結晶を抑制し、最終的に得られる結晶粒を細粒化する効果を有する元素である。また、Nbは、加速冷却後の空冷時に析出し、強度をさらに向上させる。Nbを添加する場合、前記効果を得るために、Nb含有量を0.005%以上とする。一方、Nb含有量が0.200%を超えると、焼入れ性が過剰となり、マルテンサイトの生成が顕著となる。その結果、所望の組織が得られなくなり、靭性が低下する。そのため、Nb含有量は0.200%以下、好ましくは0.050%以下とする。
【0056】
V:0.005~0.200%
Vは、加速冷却後の空冷時に析出し、強度をさらに向上させる効果を有する元素である。Vを添加する場合、前記効果を得るために、V含有量を0.005%以上とする。一方、V含有量が0.200%を超えると溶接性と靭性が低下する。そのため、V含有量は0.200%以下、好ましくは0.050%以下とする。
【0057】
Ti:0.005~0.050%
Tiは、強度をさらに上昇させるとともに、溶接部靭性を向上させる効果を有する元素である。Tiを添加する場合、前記効果を得るために、Ti含有量を0.005%以上とする。一方、Ti含有量が0.050%を超えるとコストの上昇が顕著となる。そのため、Ti含有量は0.050%以下、好ましくは0.030%以下、より好ましくは0.020%以下とする。
【0058】
B:0.0001~0.0050%
Bは、焼入れ性を高め、その結果、強度をさらに向上させる効果を有する元素である。Bを添加する場合、前記効果を得るために、B含有量を0.0001%以上とする。一方、B含有量が0.0050%を超えると焼入れ性が過剰となり、マルテンサイトの生成が顕著となる。その結果、所望の組織が得られなくなるとともに、溶接性が低下する。そのため、B含有量は0.0050%以下、好ましくは0.0030%以下とする。
【0059】
Zr:0.005~0.100%
Zrは、強度をさらに高める効果を有する元素である。前記効果を十分に得るためには、Zrを0.005%以上含有させる必要がある。そのため、Zrを添加する場合、Zr含有量を0.005%以上とする。一方、Zr含有量が0.100%を超えると、その強度向上効果が飽和する。そのため、Zrを含有する場合、Zr含有量は0.100%以下とする。
【0060】
Ca:0.0001~0.020%
Caは、硫化物の形態を制御し、その結果、靭性をさらに向上させる効果を有する元素である。Caを添加する場合、前記効果を得るために、Ca含有量を0.0001%以上とする。一方、Ca含有量が0.020%を超えると、その効果が飽和する。そのため、Ca含有量は0.020%以下とする。
【0061】
Mg:0.0001~0.020%
Mgは、結晶粒の微細化を介して靭性をさらに向上させる効果を有する元素である。Mgを添加する場合、前記効果を得るために、Mg含有量を0.0001%以上とする。一方、Mg含有量が0.020%を超えると、その効果が飽和する。そのため、Mg含有量は0.020%以下とする。
【0062】
REM:0.0001~0.020%
REM(希土類金属)は、靭性をさらに向上させる効果を有する元素である。REMを添加する場合、前記効果を得るために、REM含有量を0.0001%以上とする。一方、REM含有量が0.020%を超えると、その効果が飽和する。そのため、REM含有量は0.020%以下とする。
【0063】
[ミクロ組織]
次に、厚鋼板のミクロ組織について説明する。本発明の一実施形態における厚鋼板は、面積分率で、75~97%のベイナイト、および3~25%のパーライトを含み、ベイナイトの結晶粒径が平均円相当径で18μm以下、パーライトの結晶粒径が平均円相当径で10μm以下であるミクロ組織を有する。なお、本発明におけるミクロ組織は、厚鋼板の板厚tの1/4位置(1/4t位置)におけるミクロ組織を指すものとする。各組織の面積分率および結晶粒径は、厚鋼板の表面から1/4深さにおける圧延方向に平行な断面をナイタール腐食し、観察することにより測定することができる。より具体的には、実施例に記載した方法で面積分率および結晶粒径を求めることができる。
【0064】
ベイナイトの面積分率:75~97%
本発明において、ベイナイトは前記ミクロ組織における第1相であり、軟質相として機能する。鉄鋼材料に含まれる軟質相としてはフェライトが代表的であるが、ベイナイトはフェライトよりも、き裂進展の抑制効果が高い。そのため、ベイナイトの面積分率を75%以上とすることにより、疲労き裂の進展を抑制することができる。ベイナイトの面積分率が75%未満であると、所望の疲労き裂伝播抵抗性を得ることができない。ベイナイトの面積分率は、80%以上とすることが好ましい。一方、ベイナイトの面積分率が97%を超えると、パーライトが不十分となり、その結果、疲労き裂の伝播を抑制することができなくなる。そのため、ベイナイトの面積分率は97%以下とする。
【0065】
ベイナイトの結晶粒径:18μm以下
ベイナイトの結晶粒径を平均円相当径で18μm以下とする。ベイナイトを微細化することにより、所望の靭性および全伸び特性を得ることができる。ベイナイトの結晶粒径が平均円相当径で18μm超では、所望の靭性が得られない。一方、ベイナイトの結晶粒径の下限はとくに限定されないが、過度の微細化は製造を困難とすることから、実際の製造においてはベイナイトの結晶粒径を5μm以上とすることが好ましい。
【0066】
なお、本発明におけるベイナイトは、上部ベイナイト、アシキュラーフェライト、およびグラニュラーベイナイトを包含するものとする。
【0067】
パーライトの面積分率:3~25%
本発明において、パーライトは前記ミクロ組織における第2相であり、硬質相として機能する。ベイナイト中を伝播する疲労き裂が硬質相であるパーライトに到達すると、ベイナイトとパーライトの間の界面で、き裂が停留または屈曲する。そしてその結果、き裂の伝播が抑制される。前記効果を得るために、パーライトの面積分率を3%以上、好ましくは5%以上とする。一方、パーライトの面積分率が25%を超えると、全伸びが低下する。そのため、パーライトの面積分率は25%以下、好ましくは20%以下とする。
【0068】
パーライトの結晶粒径:10μm以下
パーライトの結晶粒径を平均円相当径で10μm以下とする。パーライトを微細化することにより、所望の靭性および全伸び特性を得ることができる。パーライトの結晶粒径が平均円相当径で10μm超では、所望の靭性が得られない。一方、パーライトの結晶粒径の下限はとくに限定されないが、1μm以上であってよく、2μm以上であってもよい。
【0069】
なお、本発明におけるパーライトは、パーライトおよび擬似パーライトを包含するものとする。
【0070】
(他の組織)
本発明の一実施形態における厚鋼板は、ベイナイトおよびパーライトからなるミクロ組織を有することができる。しかし、前記ミクロ組織は、さらに任意に他の組織を含んでもよい。以下、ベイナイトおよびパーライト以外の組織を「他の組織」という。前記他の組織は、例えば、マルテンサイトおよびフェライトの一方または両方であってよい。ここで、前記マルテンサイトは、島状マルテンサイト、ラス状マルテンサイト、およびレンズ状マルテンサイトを包含するものとする。
【0071】
厚鋼板のミクロ組織が他の組織を含む場合、前記他の組織の面積分率(合計面積分率)はとくに限定されない。しかし、マルテンサイトが過剰に存在すると、局所的に高硬度な領域が形成され、強度は上昇するが、全伸びが悪化し、靭性が低下するおそれがある。また、フェライトが過剰に存在すると、疲労き裂伝播速度が悪化するほか、局所的に軟質な領域が形成され、硬度差の拡大により全伸びが悪化するおそれがある。したがって、前記他の組織の面積分率は低ければ低いほど好ましいが、5%以下であれば影響が無視できる。そのため、ベイナイトおよびパーライト以外の組織の合計面積分率を5%以下とすることが好ましい。
【0072】
言い換えると、本発明の一実施形態における厚鋼板は、
75~97%のベイナイト、
3~25%のパーライト、および
0~5%のベイナイトおよびパーライト以外の組織からなるミクロ組織を有することができる。
【0073】
(板厚)
本発明における厚鋼板の板厚は特に限定されないが、通常、6mm以上であってよい。しかし、板厚が25mm以上である厚鋼板ではセンターポロシティが発生しやすいため、本発明は板厚25mm以上の厚鋼板に対して特に好適に適用される。そのため、厚鋼板の板厚は25mm以上とすることが好ましい。一方、板厚の上限についてもとくに限定されないが、板厚が100mm以下の厚鋼板では疲労損傷が発生しやすいため、本発明は、板厚100mm以下の厚鋼板に対して特に好適に適用される。そのため、厚鋼板の板厚は100mm以下とすることが好ましく、80mm以下とすることがより好ましい。
【0074】
(絞り)
本発明の厚鋼板は、後述する条件で製造することにより、センターポロシティを圧着する結果、板厚方向引張による伸びが優れている。具体的には、本発明の厚鋼板は、板厚方向の絞り値(RA)が30%以上である。前記絞り値は、35%以上とすることが好ましく、40%以上とすることがより好ましい。前記絞り値が高いほど、板厚方向の伸びが優れることを意味する。なお、本発明において前記絞り値は、平行部に板厚中心部を含む試験片を用い、JIS G3199に準拠して測定される板厚方向の絞り値を指すものとし、より具体的には、実施例に記載した方法で測定することができる。
【0075】
(引張強さ)
本発明の厚鋼板は、上記成分組成とミクロ組織を有する結果、優れた引張強さ(TS)を備えることができる。TSの値はとくに限定されないが、500MPa以上とすることが好ましく、530MPa以上とすることがより好ましく、550MPa以上とすることがさらに好ましい。一方、TSの上限についても限定されないが、例えば、720MPa以下であってよく、700MPa以下であってよく、640MPa以下であってよく、620MPa以下であってよい。
【0076】
(降伏応力)
本発明の厚鋼板の降伏応力(YS)は特に限定されないが、420MPa以上であってよく、430MPa以上であってよく、440MPa以上であってよい。また、YSは、560MPa以下であってよく、530MPa以下であってよく、520MPa以下であってよい。
【0077】
(靭性)
本発明の厚鋼板は、上記成分組成とミクロ組織を有する結果、優れた靭性を備える。本発明の厚鋼板の靭性はとくに限定されないが、靭性の指標の一つである、0℃におけるシャルピー吸収エネルギーvE0を100J以上とすることが好ましく、130J以上とすることがより好ましく、150J以上とすることがさらに好ましく、200J以上とすることが最も好ましい。一方、vE0の上限についても限定されないが、例えば、400J以下であってよく、300J以下であってよく、270J以下であってよい。なお、vE0は実施例に記載した方法で測定することができる。
【0078】
(全伸び)
本発明の厚鋼板は、上記成分組成とミクロ組織を有する結果、優れた全伸び(EL)を備える。ELの値はとくに限定されないが、21%以上とすることが好ましく、22%以上とすることがより好ましく、23%以上とすることがさらに好ましく、26%以上とすることが最も好ましい。ELの上限についても特に限定されないが、36%以下であってよい。なお、ELは実施例に記載した方法で測定することができる。
【0079】
(疲労き裂伝播抵抗性)
本発明の厚鋼板は、上記成分組成とミクロ組織を有する結果、板厚方向において優れた疲労き裂伝播抵抗性を備えることができる。疲労き裂伝播抵抗性の指標としては、疲労き裂伝播速度(da/dN)を用いることができる。前記疲労き裂伝播速度の値はとくに限定されない。
【0080】
なお、板厚方向(Z方向)における疲労き裂伝播速度は、次の(a)および(b)の条件を満たすことが好ましい。
(a)応力拡大係数範囲ΔK:15MPa/m1/2の条件における疲労き裂伝播速度が、8.75×10-9(m/cycle)以下、
(b)応力拡大係数範囲ΔK:25MPa/m1/2の条件における疲労き裂伝播速度が、4.25×10-8(m/cycle)以下
【0081】
なお、先に述べたように、疲労き裂はまず板厚方向へ進展する傾向があるため、疲労き裂伝播抵抗性を向上させる上では、特に板厚方向(Z方向)への疲労き裂進展を抑制することが重要となる。しかし、Z方向にき裂が進展した後、さらに圧延方向(L方向)または幅方向(C方向)にき裂が進展することもある。そのため、疲労き裂伝播抵抗性をさらに向上させるという観点からは、圧延方向(L方向)における疲労き裂伝播速度および幅方向(C方向)における疲労き裂伝播速度のいずれか一方が、次の(c)および(d)の条件を満たすことが好ましく、両方が(c)および(d)の条件を満たすことがより好ましい。
(c)応力拡大係数範囲ΔK:15MPa/m1/2の条件における疲労き裂伝播速度が、1.75×10-8(m/cycle)以下、
(d)応力拡大係数範囲ΔK:25MPa/m1/2の条件における疲労き裂伝播速度が、8.50×10-8(m/cycle)以下
【0082】
[製造条件]
次に、本発明の厚鋼板の製造方法について説明する。本発明の一実施形態における厚鋼板は、上記成分組成を有する鋼素材に対して、下記(1)~(3)の工程を順次施すことによって製造することができる。
(1)加熱
(2)熱間圧延
(3)加速冷却
【0083】
以下、各工程における条件について説明する。なお、とくに断らない限り、温度は被処理物(鋼素材または熱延鋼板)の表面温度を指すものとする。
【0084】
(鋼素材)
上記鋼素材としては、上述した成分組成を有するものであれば任意のものを用いることができる。最終的に得られる厚鋼板の成分組成は、使用した鋼素材の成分組成と同じである。前記鋼素材は、例えば、スラブおよびブルームの一方または両方を用いることができる。前記スラブとしては、例えば、連続鋳造スラブおよび造塊スラブが挙げられる。
【0085】
(1)加熱
加熱温度:1000~1300℃
まず、上記鋼素材を1000℃以上、1300℃以下の加熱温度に加熱する。前記加熱により、組織中の析出物を固溶させ、結晶粒径等を均一化する。しかし、加熱温度が1000℃未満の場合、析出物が十分に固溶しないため所望の特性が得られない。そのため、前記加熱温度は1000℃以上、好ましくは1050℃以上、より好ましくは1100℃以上とする。一方、前記加熱温度が1300℃を超えると、結晶粒径の粗大化により材質が劣化することに加えて、過剰なエネルギーが必要となり生産性が低下する。そのため、前記加熱温度は1300℃以下、好ましくは1250℃以下とする。
【0086】
(2)熱間圧延
次に、加熱された前記鋼素材を熱間圧延して熱延鋼板とする。その際、本発明の条件を満たす厚鋼板を製造するためには、前記熱間圧延における圧下比が以下の条件を満たす必要がある。
【0087】
[熱間圧延における圧下比:3以上]
熱間圧延の圧下比が3未満では、センターポロシティの圧着による板厚方向の引張特性の向上効果を得ることができない。さらに、熱間圧延の圧下比が3未満では、圧延による再結晶の促進と、それによる整粒化の効果が不十分となり、粗大なオーステナイト粒が残存してしまう。そしてその結果、強度および靭性などの特性が劣化する。そのため、圧下比を3以上、好ましくは4以上、より好ましくは5以上とする。一方、圧下比の上限は特に制限する必要はないが、50以下とすることが好ましい。なぜなら、圧下比が50を超える場合、機械的特性の異方性が著しく大きくなるためである。ここで、熱間圧延における圧下比とは、「鋼素材の板厚/圧延後の鋼板の板厚」で定義される。
【0088】
[最終3パスのうち圧下率が10%以上であるパス数:2以上]
本発明においては、上記熱間圧延の最終3パスのうち圧下率が10%以上であるパス数を2以上とすることが重要である。言い換えると、上記熱間圧延の最終3パスのうち少なくとも2パスにおいて、圧下率10%以上で圧下を行う。これにより、鋼素材に存在する欠陥(鋳造欠陥など)を圧着して確実に無害化することができることに加え、鋼板全体を整粒化して、異常粗大粒が残存することを防止できる。具体的には、円相当径が100μm以上であるベイナイト結晶粒の数を、単位面積(1mm2)あたり3個以下にできる。そしてその結果、板厚方向の絞り値を30%以上とすることができる。上記条件を満たさない場合、30%以上の絞り値を確保することができない。ここで、前記圧延率は、各パスにおける圧下率を指すものとする。
【0089】
上記の観点からは、上記熱間圧延の最終3パスのうち圧下率が10%以上であるパス数を3とすることが好ましい。言い換えると、熱間圧延の最終3パスすべてにおいて、圧下率10%以上で圧下を行うことが好ましい。一方、欠陥を圧着するという観点からは圧下率が高ければ高いほどよいため、前記最終3パスのそれぞれにおける圧下率の上限は特に限定されない。しかし、圧下率を高くすると圧延荷重が増大するため、設備上の制約からは、前記最終3パスのそれぞれにおける圧下率を30%以下とすることが好ましい。
【0090】
(3)加速冷却
次いで、上記熱間圧延工程で得た熱延鋼板を加速冷却する。前記加速冷却における条件は次の通りとする必要がある。
【0091】
冷却開始温度:Ar3点以上
上記加速冷却における冷却開始温度がAr3点未満であるとフェライトや粗大なパーライトが過剰に析出し、強度および疲労き裂伝播抵抗性が低下する。そのため、前記冷却開始温度をAr3点以上とする。一方、前記冷却開始温度の上限は特に限定されないが、Ar3点以上の温度域での累積圧下率を確保するという観点からは、870℃以下とすることが好ましい。
【0092】
ここで、Ar3点は次の式により求めることができる。
Ar3(℃)=910-310C-80Mn-20Cu-15Cr-55Ni-80Mo
ただし、上記の式における元素記号は、鋼素材における当該元素の含有量(質量%)を表し、当該元素が鋼素材に含まれていない場合にはゼロとする。
【0093】
また、冷却開始温度がAr3点以上であるということは、必然的に上記熱間圧延における圧延終了温度がAr3点以上であることを意味する。圧延終了温度がAr3点未満であると、二相域圧延となり、全伸びが劣化するが、圧延終了温度がAr3点以上であれば、オーステナイト単相域で圧延が行われるため、全伸びの劣化を防止できる。
【0094】
冷却停止温度:300~650℃
未変態オーステナイトを硬質相(パーライト)に変態させるため、上記加速冷却における冷却停止温度を650℃以下、好ましくは600℃以下とする。前記冷却停止温度が650℃よりも高い場合、フェライトや粗大なパーライトが過剰に生成するため所望の疲労き裂伝播抵抗性および強度が得られない。一方、前記冷却停止温度が300℃未満である場合、マルテンサイトの生成量が増加する結果、所望のミクロ組織が得られず、靭性および全伸びが低下する。また、パーライトの生成も不十分となるため、所望の疲労き裂伝播抵抗性が得られない。そのため、前記冷却停止温度は、300℃以上、好ましくは350℃以上、より好ましくは400℃超とする。
【0095】
平均冷却速度:20~60℃/s
前記加速冷却における平均冷却速度は、20℃/s以上とする。平均冷却速度が20℃/sより低いとフェライトが生成し、所望のミクロ組織とならないため、疲労き裂伝播抵抗性が低下する。また、靭性が低下するので所望の全伸びが得られない。一方、平均冷却速度が60℃/sを超えると、冷却歪による残留応力や過度のマルテンサイトが発生し、全伸びと靭性の劣化を生じる。また、パーライトの生成も不十分となるため、所望の疲労き裂伝播抵抗性が得られない。このため、前記平均冷却速度は60℃/s以下、好ましくは50℃/s以下とする。なお、前記平均冷却速度は、加速冷却開始から加速冷却停止までの鋼板表面における平均冷却速度を指すものとする。
【0096】
上記加速冷却を行う方法はとくに限定されず、任意の方法を用いることができるが、水冷を用いることが好ましい。
【0097】
上記加速冷却終了後の処理はとくに限定されない。例えば、加速冷却終了後の厚鋼板を雰囲気中で放冷することができる。前記放冷では、例えば、室温まで冷却することができる。また、前記加速冷却終了後、任意に、ホットレベラにより厚鋼板の反りを矯正することもできる。
【0098】
なお、熱間圧延後、鋼板温度は直ちに低下する。そのため、本発明の厚鋼板は、搬送ライン上に圧延装置、加速冷却装置を設けた設備を利用するオンラインプロセスで製造することが好ましい。
【実施例】
【0099】
以下、本発明の作用・効果について、実施例を用いて説明する。なお、本発明は以下の実施例に限定されない。
【0100】
以下の手順で厚鋼板を製造した。
【0101】
まず、転炉-連続鋳造法により、表1に示す成分組成を有する鋼スラブ(鋼素材)を作製した。
【0102】
次に、前記鋼スラブを、表2に示した加熱温度に加熱し、次いで、表2に示した圧下比で熱間圧延して熱延鋼板とした。前記熱間圧延における最終3パスのそれぞれにおける圧下率、圧延終了温度、および得られた熱延鋼板の板厚(最終板厚)を表2に併記する。その後、前記熱延鋼板を表2に示した条件で加速冷却して、厚鋼板を得た。得られた厚鋼板の板厚は、前記最終板厚と同じである。
【0103】
得られた厚鋼板のそれぞれについて、ミクロ組織、機械的特性、疲労き裂伝播特性を評価した。評価方法を以下に説明する。各評価の結果を表3に示す。
【0104】
(ミクロ組織)
まず、厚鋼板の板厚方向1/4t位置から、長さ方向断面が観察面となるようにミクロ組織観察用サンプルを採取した。ここで、長さ方向断面とは、厚鋼板の幅方向に垂直な断面を指すものとする。次いで、前記サンプルの表面をナイタール腐食した後、100倍および400倍の光学顕微鏡と2000倍の走査電子顕微鏡(SEM)で組織を撮影した。撮影された画像を用いて、存在する組織を同定するとともに、画像を解析し、ベイナイトの面積分率、パーライトの面積分率、およびその他の組織の合計面積分率を求めた。なお、パーライト組織の同定にはSEM画像を使用し、各組織の面積分率の測定には光学顕微鏡画像を使用した。
【0105】
(ベイナイトの結晶粒径)
さらに、前記ミクロ組織観察用サンプルを用いて、ベイナイトの結晶粒径を測定した。前記測定においては、まず、前記サンプルの表面を鏡面研磨し、SEMに付帯するElectron Back-Scattering Pattern(EBSP)装置を用いて電子線後方散乱回折像から結晶方位を測定した。200μm四方に囲まれた領域内を0.3μm間隔で測定し、隣り合う結晶粒との結晶方位差が15°以上である粒界に囲まれた領域を結晶粒と定義し、各結晶粒の円相当径を求めた。得られた円相当径の平均値をベイナイトの結晶粒径とした。
【0106】
(粗大なB結晶粒の個数密度)
また、上記ミクロ組織観察用サンプルのナイタール腐食後の観察面を、光学顕微鏡を用いて倍率100倍で撮像して光学顕微鏡画像を得た。ベイナイト結晶粒は、前記光学顕微鏡画像中に白色の粒子として観察される。そこで、前記光学顕微鏡画像を画像解析し、円相当径が100μm以上であるベイナイト結晶粒の個数密度、すなわち、1mm2あたりの数を算出した。
【0107】
(パーライトの結晶粒径)
上記ミクロ組織観察用サンプルのナイタール腐食後の観察面を400倍の光学顕微鏡画像で観察した際に黒色に映る領域をSEM観察し、ラメラ組織を有するパーライトであることを同定した。その後、画像解析ソフト(Image-J)を用いて、前記光学顕微鏡画像における黒色領域のPixel数から面積を求め、パーライトの平均円相当径に換算した。得られた平均円相当径をパーライトの結晶粒径と見なす。
【0108】
(機械的特性)
厚鋼板の板幅方向(C方向)から全厚引張試験片を採取した。前記全厚引張試験片を用い、JIS Z 2241に準拠して引張試験を実施して降伏強度(YS)、引張強さ(TS)、および全伸び(EL)を測定した。なお、前記測定においては、JIS Z 2241の規定に準じて使用する試験片の種類を選択した。具体的には、まず、JIS 4号試験片を使用して引張試験を行い、その結果、引張強さが570MPa未満かつ最終板厚が50mm以下であった実施例No.4、6については、JIS 1A号試験片を用いて引張試験を再度行い、JIS 1A号試験片を用いた引張試験の結果を採用した。
【0109】
板厚方向の引張試験による絞り値(RA)は、JIS G3199に準拠して評価した。前記絞り値の測定には、前記厚鋼板より採取したTypeA試験片を用いた。この際、前記試験片は、該試験片の平行部に厚鋼板の板厚中心部を含むよう採取した。
【0110】
また、前記厚鋼板の板厚中心部から、圧延方向(L方向)に平行にシャルピー衝撃試験片を採取し、JIS Z 2202に準拠してシャルピー衝撃試験を0℃で行い、吸収エネルギーvE0を測定した。
【0111】
(疲労き裂伝播抵抗性)
疲労き裂伝播抵抗性の指標として、板厚方向(Z方向)、圧延方向(L方向)、および幅方向(圧延方向と垂直な方向、C方向)における疲労き裂伝播速度(da/dN)を、それぞれ応力拡大係数範囲ΔK:15MPa/m1/2と25MPa/m1/2の2条件において測定した。前記測定においては、クラックゲージ法に基づいて疲労き裂伝播試験を実施し、疲労き裂伝播速度を求めた。
【0112】
板厚方向(Z方向)における疲労き裂伝播速度の測定においては、
図1に示す片側切欠単純引張型疲労試験片を使用した。厚鋼板から前記試験片を採取し、板厚方向にき裂が進展する時の疲労き裂伝播速度を測定した。
【0113】
圧延方向(L方向)における疲労き裂伝播速度は、荷重負荷方向が圧延方向となるように厚鋼板から採取した試験片を用いて測定した。同様に、幅方向(C方向)における疲労き裂伝播速度は、荷重負荷方向が幅方向となるように厚鋼板から採取した試験片を用いて測定した。前記試験片は、ASTM E647に準拠したコンパクトテンション試験片とした。
【0114】
表3に示した結果から分かるように、本発明の条件を満たす厚鋼板は、以下の条件をすべて満たす、極めて優れた特性を備えていた。特に、優れた疲労き裂伝播抵抗性と全伸びを兼ね備えており、板厚方向における疲労き裂伝播抵抗性にも優れていた。そのため、本発明の厚鋼板は、船舶、海洋構造物、橋梁、建築物、タンクなど、構造安全性が強く求められる構造物の素材として極めて好適に用いることができる。これに対して、本発明の条件を満たさない比較例の厚鋼板は、以下の条件の少なくとも1つを満たさなかった。
・円相当径が100μm以上であるベイナイト結晶粒の、1mm2あたりの個数:3個以下
・TS:500MPa以上
・EL:21%以上(JIS 1A号試験片を使用した場合)、
EL:23%以上(JIS 4号試験片を使用した場合)
・RA:30%以上(JIS G3199 TypeA試験片)
・vE0:100J以上
・Z方向における疲労き裂伝播速度:
ΔK:15MPa/m1/2の条件において8.75×10-9(m/cycle)以下、
ΔK:25MPa/m1/2の条件において4.25×10-8(m/cycle)以下
【0115】
さらに、本発明の条件を満たす厚鋼板は、以下の条件も満たしており、圧延方向(L方向)および幅方向(C方向)における疲労き裂伝播抵抗性にも優れていた。
・L方向およびC方向における疲労き裂伝播速度:
ΔK:15MPa/m1/2の条件において1.75×10-8(m/cycle)以下、
ΔK:25MPa/m1/2の条件において8.50×10-8(m/cycle)以下
【0116】
【0117】
【0118】