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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-04
(45)【発行日】2023-12-12
(54)【発明の名称】方向性電磁鋼板
(51)【国際特許分類】
   C23C 22/00 20060101AFI20231205BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20231205BHJP
   H01F 1/147 20060101ALI20231205BHJP
   C21D 8/12 20060101ALN20231205BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20231205BHJP
   C22C 38/60 20060101ALN20231205BHJP
【FI】
C23C22/00 A
C22C38/00 303U
H01F1/147 183
C21D8/12 B
C21D8/12 C
C21D9/46 501B
C22C38/60
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2023540851
(86)(22)【出願日】2023-02-17
(86)【国際出願番号】 JP2023005868
【審査請求日】2023-07-03
(31)【優先権主張番号】P 2022023259
(32)【優先日】2022-02-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】今村 猛
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 誠
(72)【発明者】
【氏名】友澤 方成
(72)【発明者】
【氏名】山口 広
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼城 重宏
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 真理
【審査官】坂本 薫昭
(56)【参考文献】
【文献】特表2002-506125(JP,A)
【文献】特開2017-179461(JP,A)
【文献】国際公開第2020/067136(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 8/12,9/46
C22C 38/00,38/60
C23C 22/00
H01F 1/147
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下地被膜を備える方向性電磁鋼板であって、
前記下地被膜は、セラミクス粒子を含み、かつ前記セラミクス粒子の粒界に、SおよびSeのどちらか1種もしくは2種が0.041.58at%で存在し、前記SおよびSe元素の存在するセラミクス粒子の粒界間の厚さが18~62nmである方向性電磁鋼板。
【請求項2】
前記SおよびSe元素が、Mn、Ca、Sr、Cu、Mgから選ばれる1種または2種以上の硫化物もしくはセレン化物である請求項1に記載の方向性電磁鋼板。
【請求項3】
前記SおよびSe元素の存在するセラミクス粒子の粒界間の厚さが50nm以下である請求項1または2に記載の方向性電磁鋼板。
【請求項4】
前記セラミクス粒子はフォルステライトからなる請求項1または2に記載の方向性電磁鋼板。
【請求項5】
前記セラミクス粒子はフォルステライトからなる請求項3に記載の方向性電磁鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変圧器の鉄心材料に用いて好適な方向性電磁鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は、変圧器や大型発電機の鉄心材料として用いられる軟磁性材料であり、鉄の磁化容易軸である結晶方位の<001>軸が鋼板の圧延方向に高度に揃った結晶集合組織を有する。そのような結晶集合組織は、二次再結晶により、Goss方位と称される{110}<001>方位の結晶粒を優先的に巨大成長させることで達成される。
【0003】
その方向性電磁鋼板では鉄損特性が最重視される。鉄損特性は鋼板が励磁された場合のエネルギーロスを示しており、低い値であるほどロスが少なく良好な素材とされる。鉄損を低減させる手法としては、上記のGoss方位のばらつきを小さくし、理想Goss方位に近づける手法や、磁区細分化処理と呼ばれる特殊な加工を施す手法等がある。また、方向性電磁鋼板は積層して用いられることから、鋼板表面に絶縁被膜が付与されており、その絶縁被膜が鋼板に張力を与えることで鉄損を低減する手法も用いられている。
【0004】
絶縁被膜は、フォルステライトを主体とした下地被膜と塗布型のコーティングとの2層構造が一般的である。特にフォルステライト被膜は、上記の張力付与の効果に加えて、鋼板との密着性が重視される。例えば、特許文献1には、方向性電磁鋼板に光を照射して、その照射領域の輝度に基づいて被膜密着性を評価する技術が記載されている。
【0005】
そのような被膜密着性に代表される被膜特性を改善させるために、特許文献2にTiNをフォルステライト被膜中に固定させる技術が、特許文献3にフォルステライト被膜中のTi、B、Al量を規定する技術が、特許文献4にフォルステライト被膜中のTiやBとNの比を規定する技術が、それぞれ開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2011-158328号公報
【文献】特開平08-291390号公報
【文献】特開平10-121213号公報
【文献】特開2012-31518号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ここで、上記した被膜特性改善手法には、TiやBが利用されているが、かかる手法では、フォルステライト被膜等の方向性電磁鋼板の下地被膜の密着性に未だ問題を残していた。
【0008】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、下地被膜を備える方向性電磁鋼板において、かかる下地被膜の密着性に優れた方向性電磁鋼板を得ることにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らは、上記課題の解決のため、フォルステライト被膜の粒界にSやSeを存在させることで、良好な被膜特性を有する方向性電磁鋼板を安定して得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
以下、本発明を完成に至らしめた実験について説明する。
<実験1>
質量%でC:0.075%、Si:3.45%、Mn:0.12%、Se:0.020%を含み、残部はFe及び不可避的不純物である鋼スラブを連続鋳造にて製造し、1400℃で25分間均熱するスラブ加熱を施した後、熱間圧延により2.4mmの厚さに仕上げた。その後950℃で30秒間、乾燥窒素雰囲気で熱延板焼鈍を施した。かかる熱延板焼鈍後に酸洗にて表面のスケールを除去し、さらに冷間圧延で1.5mmの板厚に仕上げた。その後、1140℃で20秒間の中間焼鈍を施し、冷間圧延にて0.23mmの板厚に仕上げた。次いで、830℃で100秒間、60vol%H-40vol%N、露点60℃の湿潤雰囲気下での脱炭をともなう一次再結晶焼鈍を施した。さらにMgOを主体とする焼鈍分離剤を塗布し、1200℃で10時間保定する二次再結晶焼鈍を行った。その際、導入する雰囲気を表1に記載の通り種々変更した。どの条件も昇温過程の800℃まではN雰囲気とし、かつ保定終了後の降温時はAr雰囲気とした。
二次再結晶焼鈍終了後、得られたサンプルの被膜密着性を評価した。被膜密着性は鋼板を種々の直径を有した円筒に巻き付けて、被膜が剥がれない円筒の最小径で評価した。なお、かかる最小径が小さいほど被膜密着性に優れることを表す。
【0011】
【表1】
【0012】
以上の被膜密着性の評価結果を図1に示す。図1から明らかなように、条件IV、VI、VIIが優れた被膜密着性を示した。その原因を調査するために、被膜密着性が良好な条件VIおよび若干劣位な条件Iのサンプルのフォルステライト被膜の断面をFIB加工(Helios600i)により試料厚さ50nm程度で切り出し、エネルギー分散型スペクトル分析装置(EDS分析装置)を備えた電解放出型透過型電子顕微鏡(TalosF200X)を用いて、加速電圧200kV、ビーム径1nm以下の条件で組織観察および元素分布を確認した。その結果、フォルステライト粒界に遍在する元素が条件によって異なることが明らかとなった。
【0013】
図2は、上記実験に供した被膜断面を模式的に示し、併せて元素の分布状態を測定した位置を示した図である。図2に示した通り、フォルステライト粒界を横切る形でライン分析を行い、元素の分布状態を調査した。測定距離は粒界を挟んでおよそ200nmとした。
【0014】
図3は、測定結果全体を表した模式図である。どちらの条件も、Mg、Si、OがフォルステライトMgSiOの化学量論的組成比で存在していることが確認できる。
【0015】
ここで、注目すべきは粒界上の微量元素である。図4に、条件比較のため、Seのプロファイルのみを重ねて描画している。なお、図4の縦軸のスケールは、図3から変更している。かかる図4に示した結果から明らかな通り、被膜密着性の良好な条件VIではSeのピークの存在が確認される一方で、条件IではSeのピークは確認されなかった。また、上記条件VIのSeの存在量(ピーク値)はおよそ0.15at%であった。図には示さないが、他の元素として、Mnのピークも確認された。なお、本発明におけるat%は、対象となる元素が例えばSeの場合、TalosF200Xに付随のEDS分析装置からSeの位置のピークプロファイルを積分することで求めることができる。
【0016】
<実験2>
質量%で、C:0.033%、Si:3.01%、Mn:0.25%、Al:0.030%、N:0.078%を含み、残部はFe及び不可避的不純物である鋼スラブを連続鋳造にて製造し、1420℃で25分間均熱するスラブ加熱を施した後、熱間圧延により2.7mmの厚さに仕上げた。その後1050℃で30秒間、乾燥窒素雰囲気で熱延板焼鈍を施した。熱延板焼鈍後に酸洗にて表面のスケールを除去した後、冷間圧延で1.8mmの板厚に仕上げた。次いで、1080℃で100秒間の中間焼鈍を施し、冷間圧延にて0.23mmの板厚に仕上げた。さらに、840℃で100秒間、50vol%H-50vol%N、露点45℃の湿潤雰囲気下での脱炭をともなう一次再結晶焼鈍を施した。さらにMgOを焼鈍分離剤として塗布した。その時、条件AとしてMgOに対して3質量部の硫酸マグネシウムを加えた場合と、条件BとしてMgOのみの場合で条件を分けた。続いて1200℃で20時間保定する二次再結晶焼鈍を行った。その際、投入する雰囲気は保定前半の10時間をH雰囲気とし、それ以外の区間はAr雰囲気とした。二次再結晶焼鈍終了後、得られたサンプルの被膜密着性を実験1と同様に評価した。
【0017】
その結果を図5に示すが、条件Aが優れた密着性を示している。これらのサンプルのフォルステライト被膜を実験1と同様に調査した結果、条件Aは粒界にSのピークが検出され、その存在量はおよそ0.05at%であった。一方、条件BはSのピークが検出されなかった。
【0018】
上記2つの実験結果をまとめると、被膜密着性が良好な条件では、いずれもフォルステライト粒界にSやSeの濃化が確認された。SやSeが濃化すると被膜密着性が良好になる理由は必ずしも明らかではないが、発明者らは以下のように考えている。すなわち、下地被膜と地鉄とが密着しているのは、下地被膜のアンカー効果の寄与が大半であり、下地被膜と地鉄との間の引力的相互作用は小さい。そのため、下地被膜が剥離する際はアンカーを含む下地被膜自体が破壊される必要がある。そして、本実験では、この破壊される下地被膜がフォルステライト粒子の集合体なので、一般的にはその粒界で破断が起こる。
【0019】
ここで、本実験ではSやSeが粒界に濃化し、かかるSやSeのセレン化物や硫化物の存在が示唆されている。これらはセラミクスよりも柔らかいことが知られているため、曲げ加工などの応力を緩和できることが期待される。よって、かかる応力緩和効果で、粒界での破断が抑制され被膜密着性が向上したと推定される。
【0020】
また、SやSeが粒界に濃化する過程は以下のように考えている。例えば、実験1では鋼中にSeが存在しており、MnSeの析出物すなわちインヒビタを形成していると考えられる。二次再結晶焼鈍時に、主にHを導入することでインヒビタが分解し、雰囲気のHと反応してHSeとして気相放出される。かかる反応が活発になるのは高温域であり、その時点でフォルステライトの結晶粒(粒子)が鋼板表面に形成されていると考えられる。
【0021】
すなわち、Seが地鉄から外部に気相放出される際に、かかるSeを含む気体はフォルステライトの粒界を通過する。その際にSeの一部が粒界に偏析したり、Mn等と硫化物を形成したりするものと考えられる。この考え方によると、Hによる純化を促進させた場合、フォルステライトの粒界のSeも純化されて存在しなくなるので、被膜密着性を向上させる効果が失われると考えられる。
【0022】
また、前記実験2では、鋼中にSやSeは含まれていないものの、下地被膜に含まれるセラミクス粒子の粒界にSが存在しているのは、MgOに添加した硫酸塩からSが侵入したからと考えられる。硫酸塩やセレン酸塩は二次再結晶焼鈍時に、比較的低温で分解してSやSeが鋼中に浸入する。その結果、素材にSやSeが添加されていた場合と同じ状況となる。そのため、実験1と同様な結果を得ることができたと推定される。
【0023】
本発明は、上記の新規な知見にさらに鋭意検討を加えて完成されたものであって、本発明の要旨構成は次の通りである。
【0024】
1.下地被膜を備える方向性電磁鋼板であって、前記下地被膜は、セラミクス粒子を含み、かつ前記セラミクス粒子の粒界に、SおよびSeのどちらか1種もしくは2種が0.02~2.00at%で存在する方向性電磁鋼板。
【0025】
2.前記SおよびSe元素が、Mn、Ca、Sr、Cu、Mgから選ばれる1種または2種以上の硫化物もしくはセレン化物である前記1に記載の方向性電磁鋼板。
【0026】
3.前記SおよびSe元素の存在するセラミクス粒子の粒界間の厚さが50nm以下である前記1または2に記載の方向性電磁鋼板。
【0027】
4.前記セラミクス粒子はフォルステライトからなる前記1~3のいずれか1項に記載の方向性電磁鋼板。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、良好な被膜特性、特に耐剥離性に優れる被膜特性を有する方向性電磁鋼板を効率よく得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1】雰囲気条件と被膜が剥がれない円筒の最小径との関係を示すグラフである。
図2】被膜断面を模式的に示し元素の分布状態を測定した位置を示した図である。
図3図2の測定位置で測定した結果全体を表した図である。
図4図3の縦軸のスケールを変更しSeの測定結果を示した図である。
図5】焼鈍分離剤を変更した条件と被膜が剥がれない円筒の最小径との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明の構成要件の限定理由について述べる。本発明の鋼板は、下地被膜を備え、かかる下地被膜に含まれるセラミクス粒子を有する方向性電磁鋼板であり、セラミクス粒子の粒界に、SおよびSe元素のうちどちらか1種もしくは2種ともが0.02~2.00at%の範囲で存在することが必要である。かかる範囲を外れると曲げ剥離特性が劣化する。望ましくは、下限が0.04at%であって上限が0.50at%である。
【0031】
なお、本発明では、前記図4のように、上記セラミクス粒子の粒界を走査して、Sおよび/またはSeのピークの値をSおよび/またはSeのat%とする。また、本発明では、50ヶ所のセラミクス粒界を測定し、その全数の平均値を上記at%とする。さらに、本発明では、平均値だけでなく、測定場所の50%が上記at%に入っていれば、本発明の効果がより有利に得られる。
【0032】
また、かかるSおよび/またはSeは、各々Mn、Ca、Sr、Cu、Mgから選ばれる1種または2種以上の硫化物および/またはセレン化物として存在することが望ましい。なぜなら、前述の通りかかる物質はセラミクス粒子と比較して軟質で、曲げ加工などの応力を緩和できると考えられるためである。
【0033】
ここで、かかるセラミクス粒子の粒界間のうち、Sおよび/またはSe元素が存在するセラミクス粒子の粒界間の厚さは、50nm以下とするのが望ましい。なぜなら、50nmを超えるとSおよび/またはSe元素の層自体が曲げ加工により破壊されるためである。
【0034】
なお、かかる厚さの定義は、前記Talosを用いたライン分析で得られたSおよび/またはSe元素ピークの半値幅の2倍とする。また、本発明では、以下の範囲での測定値(の全数の平均値)を上記厚さとする。
【0035】
次に、本発明の方向性電磁鋼板の製造に用いる好適な鋼素材(スラブ)の成分組成について説明する。
【0036】
C:0.020~0.100mass%
Cは、0.020mass%に満たないと、微細カーバイドの析出が不足したり素材の鋼組織がα単相となり、鋳造時や熱間圧延時に鋼が脆化し、スラブに割れが生じたり、熱延後の鋼板エッジに耳割れが生じたりして、製造に支障を来たす欠陥を生じやすくなる。一方、0.100mass%を超えると、磁気時効の起きない0.005mass%以下に、脱炭焼鈍で低減することが困難となる。よって、C含有量は0.020~0.100mass%の範囲が好ましい。より好ましくは、下限が0.025mass%であって上限が0.080mass%である。
【0037】
Si:2.00~5.00mass%
Siは、鋼の比抵抗を高め、鉄損を低減するのに必要な元素である。上記効果は、2.00mass%未満では十分でないおそれがある。一方、5.00mass%を超えると、加工性が低下し、圧延して製造すること困難となる。よって、Si含有量は2.00~5.00mass%の範囲が好ましい。より好ましくは下限が2.50mass%であって上限が4.00mass%である。
【0038】
Mn:0.01~1.00mass%
Mnは、鋼の熱間加工性を改善するのに必要な元素である。上記効果は、0.01mass%未満では十分でないおそれがある。一方、1.00mass%を超えると、製品板の磁束密度が低下するようになる。よって、Mn含有量は0.01~1.00mass%の範囲が好ましい。より好ましくは下限が0.02mass%であって上限が0.30mass%である。
【0039】
これら以外の成分については、二次再結晶を生じさせるために、インヒビタを利用する場合と、しない場合とに分けられる。
【0040】
まず、二次再結晶を生じさせるためにインヒビタを利用する場合で、例えば、AlN系インヒビタを利用するときには、AlおよびNを、それぞれAl:0.0100~0.0400mass%、N:0.0030~0.0150mass%の範囲で含有させるのが好ましい。また、MnS・MnSe系インヒビタを利用する場合には、前述した量のMnと、S:0.002~0.030mass%およびSe:0.003~0.030mass%のうちの1種または2種を含有させることが好ましい。それぞれ添加量が、上記下限値より少ないと、インヒビタ効果が十分に得られないおそれがある。一方、上限値を超えると、インヒビタ成分がスラブ加熱時に未固溶で残存し、磁気特性の低下をもたらす。なお、AlN系とMnS・MnSe系のインヒビタは併用して用いてもよい。
【0041】
一方、二次再結晶を生じさせるためにインヒビタを利用しない場合には、上述したインヒビタ形成成分であるAl、N、SおよびSeの含有量を極力低減し、Al:0.010mass%未満、N:0.0050mass%未満、S:0.005mass%未満およびSe:0.005mass%未満に低減した鋼素材を用いるのが好ましい。
【0042】
なお、上記成分以外の残部はFe及び不可避的不純物である。
【0043】
本発明の方向性電磁鋼板は、上記成分以外に、磁気特性の改善を目的として、mass%で、Ni:0.001~0.150%、Sb:0.005~0.500%、Sn:0.005~0.200%、P:0.01~0.08%、Bi:0.005~0.100%、Mo:0.005~0.100%、B:0.0002~0.0025%、Cu:0.01~0.20%、Cr:0.01~0.20%、Nb:0.0010~0.0100%、V:0.001~0.010%、Ti:0.001~0.010%およびTa:0.001~0.010%のうちから選ばれる1種または2種以上を適宜添加してもよい。
【0044】
次に、本発明の製造方法について述べる。製造方法は一般的な電磁鋼板を製造する方法を利用できる。例えば、所定の成分調整がなされた溶鋼を、通常の造塊法もしくは連続鋳造法で前記した成分の鋼スラブとする。前述した添加成分については、途中工程で加えることは困難であることので、溶鋼段階で添加することが望ましい。鋼スラブは、通常の方法で加熱して熱間圧延に供される。加熱温度はインヒビタを形成する元素を含む場合は、固溶のために1300℃以上とすることが望ましい。さらに望ましくは1350℃以上である。上限は特に規定しないが、Siを含む鋼の融点は1460℃程度に低下するためその温度以下とする必要がある。インヒビタを含まない成分系では、加熱温度を1250℃以下とすることが、コスト低減の観点で望ましい。
【0045】
次いで、必要に応じて熱延板焼鈍を施しても良い。熱延板焼鈍を施すと組織の均一化が図れ、鋼板の磁気特性のばらつきを小さくすることが可能となる。組織均一化の観点で、かかる焼鈍条件は900℃以上で15秒間以上保持することが望ましい。
【0046】
前記熱延板焼鈍の後、冷間圧延を行って、またはかかる冷間圧延にさらに中間焼鈍を施したのちに再度冷間圧延を行って、最終板厚としたのち、一次再結晶焼鈍を行う。上記冷間圧延では、鋼板温度を100~300℃に上昇させて行う温間圧延や、冷間圧延の途中で100~300℃の範囲での時効処理を1回または複数回行うことが、再結晶集合組織を変化させて磁気特性を向上させる上で有効である。
【0047】
また、上記中間焼鈍では900℃以上で30秒間以上保持することが、組織改善に有効であるため望ましい。さらに望ましくは1000℃以上で60秒間以上保持することである。
【0048】
前記一次再結晶焼鈍では、鋼板の脱炭を兼ねてもよい。前記一次再結晶焼鈍の焼鈍温度は、800℃以上900℃以下が脱炭の観点から好適である。またかかる脱炭の観点からは、雰囲気は湿潤雰囲気とすることが望ましい。さらに、一次再結晶焼鈍における保定温度までの昇温速度は、50℃/s以上1000℃/s以下の範囲とすることが最終磁気特性を良好とする上で望ましい。
【0049】
ついで、本発明では、鋼板正面に焼鈍分離剤を塗布してから、二次再結晶焼鈍を施してGoss方位を有する二次粒を発達させると共に、フォルステライト等のセラミクス粒子で構成された下地被膜を形成させることが必要である。かかるフォルステライトを形成させるためには、シリカが表面に形成された鋼板に対し焼鈍分離剤としてMgOの粉末を水等の溶液に懸濁したのち塗布することが望ましい。
【0050】
本発明ではフォルステライト等のセラミクス粒界にSもしくはSeの存在が必要であり、素材成分にこれら元素が含まれていない場合は、MgOと共にSやSeを含む物質を混合させることが望ましい。または、HS雰囲気やFeSを含む塩浴を用いた浸硫処理という手段も考えられる。
【0051】
ここで、SやSeを含む物質としては、硫化物、セレン化物、硫酸塩、セレン酸塩等が挙げられる。二次再結晶焼鈍は、雰囲気として導入するガスの種類を精緻に制御する。例えば、H雰囲気の導入時間と導入開始温度を、Sの導入形態(素材成分に含まれているのか、途中工程で浸硫するのか)に応じて制御することで、安定してセラミクス粒界にSもしくはSeを存在させることが可能となるため望ましい。特にH雰囲気の導入時間の制御が重要と考えられる。
【0052】
ただし、その雰囲気制御だけが本発明を実現する手段ではなく、他の手法も取ることが可能である。二次再結晶焼鈍の焼鈍温度は、インヒビタ成分やその他不純物を地鉄から除去(純化)するために、1100℃以上で3時間以上保定することが望ましい。さらに望ましくは前記焼鈍の温度が1150℃以上であって、前記焼鈍の保定時間が5時間以上である。なお、かかる温度も保定時間も上限に特に制限はないが、生産性等の観点から、前記温度の上限は1275℃程度であり、前記保定時間の上限は20時間程度である。
【0053】
前記二次再結晶焼鈍の後は、付着した焼鈍分離剤を除去するため、水洗やブラッシング、酸洗を行うことが有用である。その後、さらに平坦化焼鈍を行って形状を矯正することが鉄損低減のために有効である。
【0054】
本発明において、粒界偏析量の調査としては、透過型電子顕微鏡や3次元アトムプローブ(3DAP)を用いて測定すれば良い。上記透過型電子顕微鏡を用いる場合は、試料厚さ100nm以下、加速電圧40kV以上とし、ビーム径を1nm以下とした条件で粒界のEDS分析を行うことにより上記粒界偏析量を定量化することができる。一方、上記3DAPを用いる場合は、試料先端を200nm以下に調整した針状試料を用いて、レーザーアシストによる熱励起を利用し、検出効率20%以上の条件で測定を実施し、得られた3次元イオンマップに対して、粒界を横切る領域の元素濃度プロファイルを抽出することで、粒界に偏析した元素の分布とその定量化が可能である。
【0055】
なお、上述されていない方向性電磁鋼板にかかる製造方法の条件に関しては、いずれも常法に依ることができる。
【実施例
【0056】
(実施例1)
質量%で、C:0.062%、Si:3.30%、Mn:0.15%、N:0.0057%、sol.Al:0.0250%およびSe:0.013%を含み、残部はFeおよび不可避的不純物である鋼スラブを、連続鋳造にて製造し、1400℃で30分間均熱するスラブ加熱を施し、熱間圧延により2.4mmの厚さに仕上げた。その後1050℃で30秒間、乾燥窒素雰囲気の熱延板焼鈍を施した。かかる熱延板焼鈍の後に酸洗にて表面のスケールを除去して冷間圧延で1.8mmの板厚とし、さらに、950℃で200秒間の中間焼鈍を施し、冷間圧延にて0.23mmの板厚に仕上げた。次いで、830℃で80秒間、50vol%H-50vol%N、露点60℃の湿潤雰囲気下での脱炭をともなう一次再結晶焼鈍を施した。その後、MgOを主体とする焼鈍分離剤を塗布し、1200℃で10時間保定する二次再結晶焼鈍を行った。その際、表2に記載の通り、各温度範囲で種々のガス種を使用した。なお、表2に記載されていない800℃までの昇温過程はN雰囲気、降温過程はAr雰囲気とした。
【0057】
かくして得られたサンプルの被膜密着性を、鋼板を種々の直径を有した円筒に巻き付けて、被膜が剥がれない最小径で評価した。この曲げ円筒の最小径が25mm以下であれば、被膜密着性に優れていると判定した。その結果を表2に記載した。
【0058】
ここで、本実施例ではどの条件でも下地被膜としてフォルステライトが形成されていた。実験1と同様の手法で、フォルステライト粒界に濃化する元素と、その場合の存在量(ピーク値)および厚さ(ピーク半値幅)を調査した。その結果を表2に併記する。なお、上記調査は50箇所の粒界で行い、その平均値を採用した。
【0059】
【表2】
【0060】
表2の記載から、本発明範囲内の条件で、被膜密着性に優れた方向性電磁鋼板が得られることがわかる。
【0061】
(実施例2)
質量%で、C:0.025%、Si:3.12%、Mn:0.09%、N:0.0021%、sol.Al:0.0061%を含み、残部はFeおよび不可避的不純物である鋼スラブを、連続鋳造にて製造し、1200℃で30分間均熱するスラブ加熱を施し、熱間圧延により2.2mmの厚さに仕上げた。その後1100℃で30秒間、乾燥窒素雰囲気の熱延板焼鈍を施した。かかる熱延板焼鈍の後に酸洗にて表面のスケールを除去し、冷間圧延で0.23mmの板厚に仕上げた。次いで、850℃で30秒間、50vol%H-50vol%N、露点50℃の湿潤雰囲気下での脱炭をともなう一次再結晶焼鈍を施した。その後、MgOに加えて表3記載の化合物を表3記載の量だけ添加して塗布した。続いて1200℃で5時間保定する二次再結晶焼鈍を行った。その際の雰囲気ガスは、保定開始から3時間はH雰囲気とし、1200℃到達までの昇温時はN、保定の後半2時間と降温時はAr雰囲気とした。
【0062】
かくして得られたサンプルの被膜密着性を、鋼板を種々の直径を有した円筒に巻き付けて、被膜が剥がれない最小径で評価した。その結果を表3に記載した。
【0063】
ここで、本実施例ではどの条件でも下地被膜としてフォルステライトが形成されていた。前記実験1と同様の手法で、フォルステライト粒界に濃化する元素と、その場合の存在量(ピーク値)および厚さ(ピーク半値幅)を調査した。その結果を表3に併記する。なお、上記調査は実施例1と同じ要領で行った。
【0064】
【表3】
【0065】
表3の記載から、本発明範囲内の条件で、被膜密着性に優れた方向性電磁鋼板が得られることがわかる。
【要約】
良好な被膜密着性を有する方向性電磁鋼板を提供する。方向性電磁鋼板の下地被膜に含まれるセラミクス粒子間の粒界に存在する元素のうちSおよびSe元素のうちどちらか1種もしくは2種を0.02~2.00at%の範囲とする。
図1
図2
図3
図4
図5