IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ コニカミノルタ株式会社の特許一覧 ▶ 独立行政法人国立がん研究センターの特許一覧

<>
  • 特許-病変組織内への薬剤到達を予測する方法 図1
  • 特許-病変組織内への薬剤到達を予測する方法 図2
  • 特許-病変組織内への薬剤到達を予測する方法 図3
  • 特許-病変組織内への薬剤到達を予測する方法 図4
  • 特許-病変組織内への薬剤到達を予測する方法 図5
  • 特許-病変組織内への薬剤到達を予測する方法 図6
  • 特許-病変組織内への薬剤到達を予測する方法 図7
  • 特許-病変組織内への薬剤到達を予測する方法 図8
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-04
(45)【発行日】2023-12-12
(54)【発明の名称】病変組織内への薬剤到達を予測する方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20231205BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20231205BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20231205BHJP
   A61K 39/395 20060101ALI20231205BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20231205BHJP
   A61K 45/06 20060101ALI20231205BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20231205BHJP
【FI】
G01N33/68
G01N33/50 P
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
A61K39/395 T
A61P35/00
A61K45/06
A61P43/00 121
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020559273
(86)(22)【出願日】2019-12-11
(86)【国際出願番号】 JP2019048415
(87)【国際公開番号】W WO2020122102
(87)【国際公開日】2020-06-18
【審査請求日】2022-06-17
(31)【優先権主張番号】P 2018234097
(32)【優先日】2018-12-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001270
【氏名又は名称】コニカミノルタ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】510097747
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立がん研究センター
(74)【代理人】
【識別番号】110001070
【氏名又は名称】弁理士法人エスエス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】濱田 哲暢
(72)【発明者】
【氏名】林 光博
【審査官】中村 直子
(56)【参考文献】
【文献】特表2011-521897(JP,A)
【文献】特表2013-523743(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2010/0115635(US,A1)
【文献】国際公開第2018/030193(WO,A1)
【文献】国際公開第2007/101235(WO,A2)
【文献】欧州特許出願公開第02944961(EP,A1)
【文献】SI, H. et al.,Circulating microRNA-92a and microRNA-21 as novel minimally invasive biomarkers for primary breast c,Journal of Cancer Research and Clinical Oncology,2013年,Vol.139,pp.223-229
【文献】YAN, P. S. et al.,Mapping Geographic Zones of Cancer Risk with Epigenetic Biomarkers in Normal Breast Tissue,Clinical Cancer Research,2006年,Vol.12, No.22,pp.6626-6636
【文献】TSUBATA, Y. et al.,Evaluation of the heterogeneous tissue distribution of erlotinib in lung cancer using matrix-assiste,Scientific Reports,2017年10月03日,Vol.7,Article No. 12622
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
G01N 33/00-33/46
A61K 39/395
A61P 35/00
A61K 45/06
A61P 43/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
病変細胞由来のバイオマーカーAが発現している病変組織において、
病変細胞に隣接するもしくは近傍にある非病変細胞由来のバイオマーカーBの発現情報を取得する工程Bを含む、バイオマーカーAをターゲットとする薬剤の病変組織内への到達を予測する方法。
【請求項2】
病変組織における病変細胞由来のバイオマーカーAの発現情報を取得する工程Aと、病変細胞に隣接するもしくは近傍にある非病変細胞由来のバイオマーカーBの発現情報を取得する工程Bとを含み、2つの発現情報から、バイオマーカーAをターゲットとする薬剤の病変組織内への到達を予測する方法。
【請求項3】
前記病変組織ががん組織であり、病変細胞ががん細胞である請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記バイオマーカーAが、がん細胞に発現する免疫系タンパク質、がん細胞に発現するパスウェイ系タンパク質およびがん細胞に発現する転移系タンパク質からなる群より選択される少なくとも1つである、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記バイオマーカーBが、Interferon signaling pathwayに関与しているタンパク質であり、BST2、OAS1、OAS2、OAS3、IFIT1、IFIT2、XAF1、クラステリン、DCLK1およびMX1からなる群より選択される少なくとも1つである、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記薬剤が分子標的薬である、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか一項に記載の、病変組織における病変細胞由来のバイオマーカーAをターゲットとする薬剤の前記病変組織内への到達を予測する方法に基づき、前記バイオマーカーAをターゲットとする薬剤をスクリーニングする方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、病変組織内への薬剤到達を予測する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の医療では、一般的な問診、身体所見および生化学検査などの診療情報に基づいて病名が確定すると、その病名に応じた治療薬が提供される。しかしながら、その際、患者個々の体質および遺伝的な相違により、患者に対して薬が有効の場合もあれば無効の場合もあり、ときには副作用が現れることもある。また、同じ病名であっても、疾患の状態は個々によって様々であるため、患者の体質に合わせた治療薬を適用することが好ましい。
【0003】
そんな中、医薬品の効果における個人差を考慮し、最適な医療を提供する個別化医療が普及しており、一般的な診断情報に加え、患者の遺伝的背景、生理的状態、疾患の状態などをバイオマーカーによって把握し、患者個々に適切な治療法が提供されつつある。
【0004】
バイオマーカーには目的に応じて、疾患の診断に用いる診断マーカー、特定の治療によらない疾患の経過を予測する予後マーカー、薬剤の作用機序をみる薬力学マーカー、特定の治療による効果を予測する予測マーカー、臨床試験の真のエンドポイントを代替する代替マーカー、薬剤の安全性や毒性を評価する安全性/毒性マーカー、薬剤に関連した特定の分子を発現している患者を選別する層別マーカーなどが存在している。
【0005】
標的分子が明確な場合、標的分子に対する層別マーカーを用いて患者を層別することができる。例えば、特許文献1は、うつ病マーカー遺伝子の発現プロファイルに基づいて被験者のうつ病に対する罹患の有無を判断し、その後層別マーカー遺伝子の発現プロファイルに基づいて、うつ病のタイプを同定することを開示している。また、特許文献2は、健康または癌の非ヒト哺乳類由来の組織、血清、血漿などのサンプル中のプロテオームから、所定の分析によって潜在的な候補タンパク質/ペプチドバイオマーカーを定性的、定量的に選択し、選択された候補タンパク質/ペプチドバイオマーカーと、健康または癌のヒト由来の組織、血清、血漿などのサンプル中プロテオームとの親和性解析などから、タンパク質/ペプチドバイオマーカーを選択し、該タンパク質/ペプチドバイオマーカーを用いて前立腺癌の診断や患者層別などを行えることを開示している。
【0006】
一方、病変組織に対する化学療法において、その効果が発揮される投与の条件として、感受性の高い薬剤を選択して該組織に十分に到達させることが必要である。しかし、薬の成分によっては、胃酸などの作用で効果が弱まり、または肝臓などで代謝されて必要な量が病変組織に届ない場合がある。その他、薬剤が吸収され全身循環後に標的組織に到達したとしても、標的細胞との親和性の障壁が効果発現に影響する。また、正常組織に到達した薬剤は、オフターゲットとしての副作用発現の原因のひとつである。
【0007】
オフターゲット(非標的)と言われる正常組織である心臓、脳、肺などにおける薬剤分布が重篤な有害作用の原因であるため、標的における効率的な薬剤デリバリーと非標的における薬剤デリバリーの比率が、最適な薬剤選択の上で重要な意味を示すと考えられる。
【0008】
これを解消するために、薬剤を病変組織へ効率よく送達させる技術が研究され、様々なドラッグデリバリーシステム(DDS)製剤が開発されている。しかし、例えば、膵がんやスキルス胃がんなどの難治がんに対しては、多くのDDS製剤は理想的な治療効果が得られていない。その一つの理由として、がん組織の周辺に正常組織由来の細胞が障壁となっており、特徴的に厚い間質組織・線維芽細胞などが形成されていることが挙げられる。多くのDDSはこの間質を突破できず、がん組織周辺の血管近傍に留まり、がん組織内に送達できないことが明らかになっている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2005-312435号公報
【文献】特表2011-521215号公報
【非特許文献】
【0010】
【文献】Nature Nanotechnology. 2011(12):pp815-823.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上述したように、疾患の治療に有効な薬剤や製剤を患者に投与しても、それらが標的の病変組織内部まで到達しないため、適切な効果が得られないことがある。そのため、適切な治療効果が得るため、薬剤の投与量を増やす、または別の薬剤に変更もしくは併用するなど、試行錯誤を重ねる必要があり、薬剤の副作用による身体的負担や長期間の治療継続などを患者に強いることなっている。そのため、予め病変組織内への薬剤到達を評価し、予測する方法としてバイオマーカーの利用が求められている。
【0012】
本発明は、こうした現状を鑑みてなされたものであり、薬剤を患者に投与する前に、所定のバイオマーカーの情報から薬剤の病変組織内の標的への到達を予測する方法を提供することを課題とする。また、該予測情報から病変に特異的に作用する新たな薬剤をスクリーニングする方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、上記課題を解決するため、以下の[1]~[8]の発明を含む。
[1]病変細胞由来のバイオマーカーAが発現している病変組織において、病変細胞に隣接するもしくは近傍にある非病変細胞由来のバイオマーカーBの発現情報を取得する工程Bを含む、バイオマーカーAをターゲットとする薬剤の病変組織内への到達を予測する方法。
[2]病変組織における病変細胞由来のバイオマーカーAの発現情報を取得する工程Aと、病変細胞に隣接するもしくは近傍にある非病変細胞由来のバイオマーカーBの発現情報を取得する工程Bとを含み、2つの発現情報から、バイオマーカーAをターゲットとする薬剤の病変組織内への到達を予測する方法。
[3]前記病変組織ががん組織であり、病変細胞ががん細胞である[1]または[2]に記載の方法。
[4]前記バイオマーカーAが、がん細胞に発現する免疫系タンパク質、がん細胞に発現するパスウェイ系タンパク質およびがん細胞に発現する転移系タンパク質からなる群より選択される少なくとも1つである、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5]前記バイオマーカーBが、Interferon signaling pathwayに関与しているタンパク質であり、BST2、OAS1、OAS2、OAS3、IFIT1、IFIT2、XAF1、クラステリン、DCLK1およびMX1からなる群より選択される少なくとも1つである、[1]~[4]のいずれかに記載の方法。
[6]前記薬剤が分子標的薬である、[1]~[5]のいずれかに記載の方法。
[7][1]~[6]のいずれかに記載の、病変組織における病変細胞由来のバイオマーカーAをターゲットとする薬剤の前記病変組織内への到達を予測する方法に基づき、前記バイオマーカーAをターゲットとする薬剤をスクリーニングする方法。
[8]病変細胞に隣接するもしくは近傍にある非病変細胞由来のバイオマーカーBの活性調整剤。
[9]病変組織における病変細胞由来のバイオマーカーAをターゲットとする薬剤、および[8]に記載の活性調整剤を含む医薬組成物。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、薬剤を投与する前に、患者の病変組織のバイオマーカーの発現情報を取得して解析することにより、該薬剤が該病変組織内の標的に到達することが予測できること、および薬剤の治療効果を予測することができる。また、該薬剤の到達を予測する情報から、該薬剤のスクリーニングを行うことができる。また、バイオマーカーBの活性を調整することで、薬剤の治療効果を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、ミクロ-pharmacokinetics(PK)による生体組織の微小環境における薬剤動態を解析したときの蛍光画像のイメージ写真である。
図2図2Aは、ヘマトキシリンおよびエオシン染色(H&E染色)、ならびに高輝度蛍光ナノ粒子で標識した抗トラスツズマブ抗体での染色(トラスツズマブ蛍光ナノ粒子染色)を行った、PDX(patient derived xenograft)標本サンプル(No.1およびNo.2)の代表的な顕微鏡写真である。図2Bは、各2つの標本サンプルの癌細胞領域および結合組織領域における上記抗トラスツズマブ抗体を標識した標本100μm2当たりの高輝度蛍光ナノ粒子の輝点数を示したグラフである。
図3図3は、トラスツズマブ投与のPDX標本サンプル(No.2)の、トラスツズマブ蛍光ナノ粒子染色における病変組織内に到達した粒子の輝点数が少ない領域(トラスツズマブ低到達領域)に隣接する非病変組織において発現している遺伝子のGO解析後のGO Termの結果を示したグラフである。
図4図4は、図3における2つのGO Termについて、主な遺伝子の発現度を示すグラフである。
図5図5は、高輝度蛍光ナノ粒子で標識した抗トラスツズマブ抗体(トラスツズマブ)、抗HER2抗体(HER2)および抗BST2抗体(BST2)で処理した、2種のCDX(Cell line-derived xenograft)標本サンプル(BT474およびHCC1954)ならびに2種のPDX標本サンプル(NO.1およびNO.2)の、免疫組織学的観察を行ったときの代表的な顕微鏡写真である。
図6図6AおよびBは、トラスツズマブ到達の差とBST2発現の差との関係を示した代表的な顕微鏡写真である。
図7図7Aは、抗HER2抗体、抗BST2抗体および高輝度蛍光ナノ粒子で標識した抗トラスツズマブ抗体で処理した、BST2ノックアウト細胞およびHCC1954から作製した腫瘍組織の免疫組織学的観察を行ったときの代表的な顕微鏡写真である。図7Bは該細胞内へのトラスツズマブ到達の定量値を示すグラフである。
図8図8は、BST2の発現の違いによる乳がん患者の無再発生存率(%)を示したグラフである。上の線はBST2の発現量が小さい患者の、下の線はBST2の発現量が大きい患者の、それぞれ無再発生存率を示している。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に、本発明を詳細に説明する。
【0017】
本発明は、上述したように、病変細胞由来のバイオマーカーAが発現している病変組織において、病変細胞に隣接するもしくは近傍にある非病変細胞由来のバイオマーカーBの発現情報を取得する工程Bを含む、バイオマーカーAをターゲットとする薬剤の病変組織内の標的への到達予測の方法の発明である。
【0018】
<病変組織>
本発明において「病変組織」とは、一般的に疾患の発症や進行に伴い変化する組織であり、病変細胞だけでなく、その周辺の間質などの正常細胞も含まれ得ることもある。病変組織には、例えば、腫瘍組織が含まれる。腫瘍は、通常は悪性腫瘍を指し、皮膚や胃、腸の粘膜など上皮性細胞から発生した悪性腫瘍である「癌」(英語ではcancerまたはcarcinoma);筋肉、線維、骨、脂肪、血管、神経など非上皮性細胞から発生した悪性腫瘍である「肉腫」(英語ではsarcoma);造血臓器から発生した白血病や悪性リンパ腫などを包含する。
【0019】
腫瘍としては、例えば、細胞腫瘍、黒色腫、肉腫、脳腫瘍、頭頸部がん、胃がん、肺がん、乳がん、肝がん、大腸がん、子宮頸がん、前立腺がん、膀胱がんなどの固形がん、白血病、リンパ腫、および多発性骨髄腫などが挙げられる。
【0020】
<バイオマーカー>
(バイオマーカーA)
病変組織における病変細胞由来のバイオマーカーAは、患者から採取した病変組織中の病変細胞に特異的に発現しているタンパク質や核酸などの生体物質である。バイオマーカーAは該病変細胞の遺伝子解析を行い、遺伝子解析の変異情報に基づいて特定することが出来る。また、バイオマーカーAは、病変細胞で発現しているものであれば特に限定されるものではなく、1種類の生体物質を選択してバイオマーカーAとよいし、2種類以上の生体物質を選択してバイオマーカーAとしてもよい。
【0021】
前記バイオマーカーAが核酸である場合、病変細胞または間質中のゲノム由来のmRNA、tRNA、siRNA、non-cording-RNAなどの各種RNAであることが好ましく、miR21、miR34a、miR197、miR200、miR513、miR-133a、miR-143、exosomal micro-RNA(miR-181c、miR-27b)、let-7a、miR-122、iR4717などのmiRNAであることが好ましい。
【0022】
病変組織ががん組織である場合、バイオマーカーAはがん関連タンパク質であることが好ましい。がん関連タンパク質としては、例えば、がん細胞に発現する免疫系タンパク質、がん細胞に発現するパスウェイ系タンパク質、がん細胞に発現する転移系タンパク質が挙げられる。これらがん関連タンパク質には様々なタンパク質が知られており、診断もしくは治療の目的、または使用する薬剤の作用機序などに応じて、適切なものを選択することができ、特に限定されない。例えば、nCounterが提供するがん関連遺伝子発現パネルに含まれる、免疫系(Immune)遺伝子パネル、パスウェイ系(Pathway)遺伝子パネル、転移系(Progression)遺伝子パネルの遺伝子がコードしているタンパク質が、それぞれがん細胞に発現する免疫系タンパク質、パスウェイ系タンパク質、転移系タンパク質に該当する。また、これらの遺伝子の変異遺伝子に対応する変異タンパク質も、免疫系タンパク質、パスウェイ系タンパク質、転移系タンパク質に含むことができる。
【0023】
がん細胞に発現する免疫系タンパク質としては、例えば、免疫チェックポイントタンパク質であるCD40、TL1A、GITR-L、4-188-L、CX4D-L、CD70、HHLA2、ICOS-L、CD85、CD86、CD80、MHC-II、PDL1、PDL2、VISTA、BTNL2、B7-H3、B7-H4、CD48、HVEM、CD40L、TNFRSF25、GITR、4-188、OX40、CD27、TMIGD2、ICOS、CD28、TCR、LAG3、CTLA4、PD1、CD244、TIM3、BTLA、CD160、LIGHTなどが挙げられる。
【0024】
がん細胞に発現するパスウェイ系タンパク質としては、例えば、がん細胞増殖因子あるいはがん細胞増殖因子受容体であるEGFR(HER1)、HER2、HER3、HER4、IGFR、HGFR;細胞表面抗原、血管増殖因子あるいは血管増殖因子受容体であるVEGF-A、VEGF-B、VEGF-C、VEGF-D、VEGF-E、VEGF-R、PlGF-1、PlGF-2;サイトカインあるいはサイトカイン受容体であるインターフェロン、インターロイキン、G-CSF、M-CSF、EPO、SCF、EGF、FGF、IGF、NGF、PDGF、TGFなどが挙げられる。
【0025】
がん細胞に発現する転移系タンパク質としては、例えば、がん転移マーカーであるACTG2、ALDOA、APC、BRMS1、CADM1、CAMK2A、CAMK2B、CAMK2D、CCL5、CD82、CDKN1A、CDKN2A、CHD4、CNN1、CST7、CTSL、CXCR2、YBB、DCC、DENR、DLC1、EGLN2、EGLN3、EIF4E2、EIF4EBP1、ENO1、ENO2、ENO3、ETV4、FGFR4、GSN、HK2、HK3、HKDC1、HLA-DPB1、HUNKIL11、KDM1A、KISS1、LDHA、LIFR、MED23、MET、MGAT5、MAP2K4、MT3、MTA1、MTBP、MTOR、MYCL、MYH11、NDRG1、NF2、NFKB1、NME1、NME4、NOS2、NR4A3、PDK1、PEBP4、PFKFB1、PFKFB4、PGK1、PLAUR、PTTG1、RB1、RORB、SET、SLC2A1、SNRPF、SSTR2、TCEB1、TCEB2、TCF20、TF、TLR4、TNFSF10、TP53、TSHR、MMP、MMP2、MMP10、HIF1などが挙げられる。
【0026】
(バイオマーカーB)
バイオマーカーBは、患者から採取した上記バイオマーカーAが発現している病変組織中の病変細胞に隣接するもしくは近傍にある、非病変細胞に発現しているタンパク質や核酸などの生体物質である。本発明において、「病変細胞に隣接する非病変細胞」とは、病変組織内において病変細胞と直接接触して存在する非病変細胞を意味する。また、「病変細胞の近傍にある非病変細胞」とは病原組織内で、非病変細胞と病変細胞との間に膠原線維や細網線維などの細胞間質を挟んでいてもよいことを意味し、例えば、病変細胞から100μm以内に存在する非病変細胞を意味する。非病変細胞としては、例えば、結合組織、血管、神経などの間質を構成する線維芽細胞、細網細胞、組織球、形質細胞、内皮細胞、白血球(リンパ球、単球、好中球、好酸球、好塩基球)、脂肪細胞、肥満細胞などが挙げられる。またバイオマーカーBは、非病変細胞に由来しているものであれば特に限定されるものではなく、1種類の生体物質を選択してバイオマーカーBとよいし、2種類以上の生体物質を選択してバイオマーカーBとしてもよい。
【0027】
バイオマーカーBは、病変組織周辺に存在する非病変組織との相互作用を示すものの一つであり、このことは病変組織の変化に伴う病変組織周辺への影響を間接的に被ることを意味する。相互作用が既知の場合には、例えば、病変組織中のバイオマーカーAの多い領域あるいは少ない領域を、蛍光ナノ粒子によるバイオマーカーAの検出の結果から特定し、その領域からバイオマーカーBを抽出することができる。
【0028】
また、バイオマーカーBがシグナル伝達経路に関与する場合は、上記バイオマーカーAを標的とする薬剤の病変組織中のデリバリーに影響することから、バイオマーカーBは病変組織中の薬剤分布の違いから選択することができる。すなわち、バイオマーカーAを標的とする薬剤の多い領域あるいは少ない領域を、蛍光ナノ粒子による薬剤検出の結果から特定し、その領域に存在するバイオマーカーBを抽出できる。
【0029】
このようなバイオマーカーBの抽出・同定方法は、目的にかなう方法で実施することができる。たとえば病変組織からCryotome Sectioningによって組織切片を得て、複数の細胞を単離し、それぞれの細胞に存在するバイオマーカーAおよびB、ならびに投与された薬剤を網羅的に定量し、ついで各々の細胞の定量値を組織上へ再構成していくことで、組織上のバイオマーカーAおよびB、ならびに薬剤の分布をイメージ画像として得ることができる。
【0030】
このような目的にかなう方法としては、例えば、ミクロ-pharmacokinetics(PK)と呼ばれる解析方法があり、マクロ-pharmacokineticsでは解析できない目的物の組織中の微小環境における薬物動態を詳細に知ることができる有用な手法である。(図1参照)。
【0031】
バイオマーカーBの同定は、例えば遺伝子解析の変異情報に基づく特定により可能である。すなわちシーケンサーなどを用いて、遺伝子解析の変異情報に基づいて同定することが出来る。
【0032】
このようにして特定された、非病変細胞に由来するバイオマーカーBは約80種類に及ぶ。バイオマーカーBとしては、Interferon signaling pathwayに関与するバイオマーカーが好ましく、BST2、OAS1、OAS2、OAS3、IFIT1、IFIT2、XAF1、クラステリン、DCLK1およびMX1がより好ましい。これらのいずれかを選択して、本発明の目的に使用することができる。
【0033】
BST2(Bone marrow stromal antigen 2)は、CD317(Tetherin)とも呼ばれ骨髄間質細胞に発現している脂質ラフト関連タンパク質である。ウィルスなどの検出により、シグナル経路が活性化されて発現上昇が認められる。ウィルス学的には、BST2は、感染細胞からウィルス粒子の拡散を防止することから、ウィルス感染を阻害するヒト細胞タンパク質である。また、細胞接着および細胞移動などの細胞間相互作用に関与すると言われている。このことから、脂質ラフト構造を安定化させるタンパク質としても機能している。OAS1、OAS2およびOAS3は、オリゴアデニル酸合成酵素であり、インターフェロンによって誘導される。IFIT1およびIFIT2は、インターフェロンによって誘導され、成熟mRNAなどの輸送に関与している。XAF1はアポトーシス阻害剤に結合し、阻害効果を抑制するタンパク質である。クラステリンは、アポトーシスの阻害、脂質輸送、ホルモン輸送などに関与しているタンパク質である。DCLK1はセリン/スレオニンキナーゼの一つで、カルシウムシグナル伝達経路に関与していると考えられている。MX1は、ウィルス感染時にインターフェロンによって誘導されるタンパク質である。
【0034】
病変組織中に含まれる非病変細胞としては、間質細胞が知られている。間質細胞に含まれるタンパク質としては、例えば、間質細胞マーカーである、以下に示すような膜タンパク質が挙げられる。以下に、間質マーカーの具体例および主な分布について記載する。
【0035】
CD106(VCAM-1、INCAM-110)…活性化血管内皮細胞、樹状細胞;
CD109(Platelet activation factor、 8A3、 E123)…活性化T細胞、血小板、血管内皮、巨核球、CD34+前駆細胞サブセット;
CD140a(PDGF-R、 PDGFR2)…線維芽細胞、巨核球、単球、赤血球、骨髄系前駆細胞、内皮細胞;
CD140b(PDGF-R、 PDGFR1)…内皮細胞、ストローマ細胞;
CD141(Thrombomodulin)…血管内皮、骨髄系細胞、血小板、平滑筋;
CD142(Tissue Factor(TF)、 Thromboplastin)…上皮細胞、活性化単球、活性化血管内皮;
CD143(ACE: アンジオテンシン転換酵素)…血管内皮、上皮細胞、活性化マクロファージ;
CD144(VE-Cadherin、 Cadherin-5)…血管内皮;
CD145(7E9、 P7A5)…内皮細胞;
CD146(MUC18、 s-endo、Mel-CAM)…血管内皮、活性化T細胞、黒色腫;
CD147(Basigin、 M6、 EMMRRIN)…白血球、赤血球、血管内皮、血小板;
CD201(EPCR:血管内皮細胞プロテインCレセプター)…血管内皮;
CD202(TIE2、TEK)…血管内皮、造血幹細胞サブセット;
CD280(Endo180、TEM22、uPARAP(uPAR-associated protein))…骨髄前駆細胞、線維芽細胞、内皮細胞サブセット、マクロファージサブセット;
CD299(DC-SIGN-related、 L-SIGN(Liver/Lympho node specific ICAM3-grabbing nonintegrin))…内皮細胞;
CD309(VEGFR2( Vascular endothelial growth factor receptor2)、 KDR)…内皮細胞、巨核球、血小板、幹細胞サブセット;
CD317(BST2、HM1.24)…脂質ラフト
CD322(JAM2(Junctional adhesion molecule 2))…内皮細胞、単球、B細胞、T細胞サブセット;
CD331(FGFR1(Fibroblast growth factor receptor1))…線維芽細胞、上皮細胞;
CD332(FGFR2、Keratinocyte growth factor receptor)…上皮細胞;
CD333(FGFR3、 JTK4)…線維芽細胞、上皮細胞;
CD334(FGFR4、JTK2、 TKF)…線維芽細胞、上皮細胞;
CD339(Jagged-1、 JAG1)…ストローマ細胞、上皮細胞。
【0036】
バイオマーカーBが核酸である場合、病変組織の間質中のゲノム由来のmRNA、tRNA、siRNA、non-cording-RNAなどの各種RNAであることが好ましく、miR21、miR34a、miR197、miR200、miR513、miR-133a、miR-143、exosomal micro-RNA(miR-181c、miR-27b)、let-7a、miR-122、iR4717などのmiRNAであることが好ましい。
【0037】
<薬剤>
薬剤は、特に限定されるものではないが、抗腫瘍効果、細胞傷害性能、抗血管形成効果、または抗炎症治療活性を有する薬剤が好ましく、分子標的薬が好ましく、特にがん用の分子標的薬であることが好ましい。その中でも、抗体医薬がとくに好ましい。
【0038】
がん用の分子標的薬としては、例えば、EGFR阻害剤であるアファチニブ、エルロチニブ、ゲフィチニブ、セツキシマズ、バニツムマズ;ALK阻害剤であるクリゾチニブ;EGFR/HER2阻害剤であるラバチニブ;HER2阻害剤であるトラスツズマブ、トラスツズマブ エムタンシン、ベバツズマブ;血管新生阻害剤であるアキシチニブ、スニチニブ、ソラフェニブ、バゾバニブ、レゴラフェニブ;mTOR阻害剤であるエベロリムス、テムシロリムス;BCR-ABL阻害剤であるイマチニブ、ダサチニブ、ニロチニブ;膜状分化抗原標的薬であるイブリツモマブチウキセタン、オファツムマブ、リツキシマブ、ブレンツキシマブ ベドチン、ゲムツズマブオゾガマイシン、モガムリズマブ;ヒト化HER2抗体トラスツズマブ(ハーセプチン)に細胞毒性物質エムタンシンを結合させたトラスツズマブ エムタンシン(商品名;カドサイラ(Kadocyla))、抗CD30モノクローナル(マウスヒトキメラ)抗体に微小管阻害薬のモノメチルアウリスタチンEが結合したブレンツキシマブ ベドチン(商品名;アドセトリス(Adcetris))、ゲムツズマブオゾガマイシン(商品名;マイロターグ(Mylotarg)である抗体-薬物複合体などが挙げられる。また、抗体に結合される薬剤は、上記に限定されない。
【0039】
<工程A:バイオマーカーAの発現情報の取得方法>
バイオマーカーAの発現情報の取得方法は、特に制限されないが、例えば、免疫組織学的解析や、PCR、ノーザンブロッテイング、DNAマイクロアレイなどの遺伝子解析、ELISA、ウェスタンブロッティング、LC/MSなどのタンパク質解析によって取得することができる。
【0040】
免疫組織学的解析法では、検体から所得した病変組織の凍結サンプルまたはパラフィン包埋サンプルなどから連続切片を切り出し、一部をヘマトキシリン-エオシン染色およびマッソントリクローム染色などを行って形態観察用の標本サンプルを作製し、一部をバイオマーカーAに対する免疫染色を行った標本サンプルを作製する。2つの標本サンプルの顕微鏡観察を比較し、病変組織の病変細胞由来のバイオマーカーAの発現の強弱を取得することができる。
【0041】
免疫染色を行う場合、ペルオキシダーゼとジアミノベンジジン(DAB)との反応を利用するDAB染色法は、染色性に優れるため特に好ましい。DAB染色法を用いる場合、バイオマーカーAを酵素(ペルオキシダーゼ)で標識した後、基質であるジアミノベンジジン(DAB)を反応させて色素を生じさせることにより、バイオマーカーAの周辺は褐色に染色される。
【0042】
従来の免疫組織学的解析法では、バイオマーカーAを標的とする薬剤の組織内への到達は、ミクロレベルの解析が必要であるため、予測するのが困難である。しかし、本発明の方法により、蛍光イメージング-薬剤解析手法を利用して、バイオマーカーAが発現している病変組織での薬剤分布を精密に解析し、その違いから非病変組織におけるバイオマーカーBを見出すことができる。すなわち、従来の病変組織ならびに非病変組織の相互解析では半定量のレベルであった生物学的な特性を、本発明の方法では、薬剤投与後の薬剤分布の観察から、さらに病変組織の多様性を識別する手法に応用することでバイオマーカーBを発見することができる。
【0043】
<工程B:バイオマーカーBの発現情報の取得>
(1)バイオマーカーAを標的とする薬剤の組織内への到達とバイオマーカーBの発現との相関関係が既知の場合
バイオマーカーBの発現情報は、上記バイオマーカーAの発現情報の取得方法と同様の操作によって取得する。
【0044】
(2)バイオマーカーAを標的とする薬剤の組織内への到達とバイオマーカーBの発現との相関関係が未知の場合
前記バイオマーカーAを標的とする薬剤の組織内への到達と相関関係があるバイオマーカーBを後述のようにしてスクリーニングしたあとに、上記(1)同様に発現情報を取得する。
【0045】
バイオマーカーBのスクリーニングは、まず、バイオマーカーAを標的とする薬剤で病変組織を処理し、薬剤の組織内への到達による分布の違いを詳細に評価する。該評価には、標本サンプルを蛍光物質などで標識した薬剤で処理することが、薬剤の組織内への到達による分布を顕微鏡観察で容易に把握できる点で好ましい。蛍光物質としては、例えば、ローダミン系色素分子、スクアリリウム系色素分子、シアニン系色素分子、芳香環系色素分子、オキサジン系色素分子、カルボピロニン系色素分子、ピロメセン系色素分子、Alexa Fluor(登録商標、インビトロジェン社製)系色素分子、BODIPY(登録商標、インビトロジェン社製)系色素分子、Cy(登録商標、GEヘルスケア社製)系色素分子、DY系色素分子(登録商標、DYOMICS社製)、HiLyte(登録商標、アナスペック社製)系色素分子、DyLight(登録商標、サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)系色素分子、ATTO(登録商標、ATTO-TEC社製)系色素分子、MFP(登録商標、Mobitec社製)系色素分子などの蛍光色素、または蛍光ナノ粒子などが挙げられ、特に蛍光ナノ粒子が高輝度の点で好ましい。薬剤を該蛍光物質で標識する方法は、公知の手法を用いることができる。また、病変組織と隣接するもしくは近傍する非病変細胞が存在する領域を特定するため、上記薬剤分布の標本サンプル作製時に使用した連続切片を、例えば、ヘマトキシリン-エオシン染色を行う。上記蛍光物質で標識した薬剤の分布領域と、非病変細胞が存在する領域とが共通する領域のうち、薬剤の到達が相対的に高い領域を薬剤高到達領域、相対的に少ない領域を薬剤低到達領域とする。
【0046】
次いで、該領域をマイクロダイセクションなど手法により該標本サンプルから切り出し、当該領域中に発現している遺伝子情報を、例えば、DNAマイクロアレイやmRNAマイクロアレイなどを用いて取得する。取得した遺伝子情報から、例えば、GO解析などによってどのような機能を持った遺伝子が発現しているかを、GO Termによって大まかに推測する。このうち、upregulateされた上位の2、3のGO Term(以下、「高GO Term」という)を選択し、その中から発現の割合が高い遺伝子をそれぞれ調べる。各GO Termで共通して高く発現している遺伝子を、候補バイオマーカーBとする。
【0047】
続いて、候補バイオマーカーBと、バイオマーカーAをターゲットとする薬剤との関連性を調べるため、該病変組織を形成するモデル動物などに該薬剤を有効量投与し、所定の期間後に該病変組織を採取する。採取した病変組織の凍結サンプルから切り出した連続切片を作製し、前記同様に、薬剤高到達領域に発現している遺伝子を解析する。その結果、先の高GO Termと、今回の高GO Termでp-Valueが増減した場合には、候補バイオマーカーBは、バイオマーカーAをターゲットとする薬剤投与によって発現量が影響を受けたものであると推測される。
【0048】
バイオマーカーAと候補バイオマーカーBとの関連性を調べるため、例えば、上記モデル動物に薬剤投与して調製した連続切片から作製した標本サンプルを、バイオマーカーAおよび候補バイオマーカーBに対する免疫染色を行う。その後、顕微鏡により同領域を観察し、バイオマーカーAの発現と候補バイオマーカーBの発現に正負いずれかの相関関係が確認できた場合、候補バイオマーカーBを目的のバイオマーカーBとすることができる。また、バイオマーカーAと候補バイオマーカーBとの関連性の有無は、両バイオマーカーの遺伝子、例えば、mRNAの発現量を定量的に測定することで調べることができる。
【0049】
<薬剤到達の予測情報の取得>
バイオマーカーAを標的とする薬剤の組織内への到達とバイオマーカーBの発現との相関関係が既知の場合は、工程Bの方法により得られたバイオマーカーBの発現情報から、バイオマーカーBが強く発現した場合または弱く発現した場合のいずれかによって、バイオマーカーAを標的とする薬剤の組織内への到達予測が予めできるため、バイオマーカーBの発現情報を例えば、遺伝子多型解析、免疫組織学的観察、mRNAの発現量を取得するだけで、バイオマーカーAを標的とする薬剤の組織内到達の予測情報を取得することができる。
【0050】
また、バイオマーカーAを標的とする薬剤の組織内への到達とバイオマーカーBの発現との相関関係が未知の場合は、まず、工程AによるバイオマーカーAの発現情報を取得しバイオマーカーAを標的とする薬剤を特定する。次に、工程BによるバイオマーカーBの発現情報を取得し、該薬剤の組織内への到達とバイオマーカーBの発現との相関関係を調べる。その後、該相関関係に従って、バイオマーカーBの発現の強弱からバイオマーカーAを標的とする薬剤の組織内への到達予測情報を取得することができる。なお、バイオマーカーAを標的とする薬剤であっても、バイオマーカーBの関与において薬剤の組織内への到達レベルの相関関係の強弱レベルは、特に制限されない。
【0051】
<薬剤のスクリーニング>
上述したように、シグナル伝達経路に関与するバイオマーカーBは、バイオマーカーAを標的とする薬剤の病変組織中のデリバリーに影響を与える。そのため、病変細胞由来のバイオマーカーAが発現している病変組織において、上述した病変細胞に隣接または近傍する非病変細胞由来のバイオマーカーBの発現情報を取得し、バイオマーカーAをターゲットとする薬剤の前記病変組織内への到達を予測する情報に戻づいて、バイオマーカーAをターゲットとする薬剤をスクリーニングすることができる。
【0052】
<活性調整剤および医薬組成物>
本発明の別の態様は、バイオマーカーAをターゲットとする医薬組成物における薬物送達に関与するバイオマーカーBの活性を抑制または促進する活性調整剤である。また、本発明の別の態様は、該活性調整剤を含む医薬組成物である。医薬組成物は、種々の加工製剤の形態とすることができる。例えば、点滴剤、点鼻剤および注射剤などの非経口投与製剤が挙げられる。さらに、該医薬組成物は、医薬分野において慣用の添加剤を含んでいてもよい。そのような添加剤には、例えば、抗酸化剤、着色剤、懸濁化剤などがあり、本発明の効果を損なわない限り配合することができる。
【実施例
【0053】
本発明を実施例に基づいて更に具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されない。
【0054】
[作製例1]
<病変組織モデルサンプルの調製>
(1)CDXサンプルの調製
ヒト乳がん細胞株のBT-474、HCC1954はAmerican Type Culture Collection(ATCC)から購入した。BT474とHCC1954は、10%Fetal Bovine Serum(FBS)と1%ペニシリンおよびストレプトマイシンを添加したRPMI-1640培地を用いて培養した。
【0055】
培養した各がん細胞株をトリプシン処理した後にPBSバッファーに分散し、ここに等量のMatrigel(登録商標)(製品番号:356231、Corning社製)を加えて撹拌して細胞懸濁液とした。該細胞懸濁液の一部を取り分け、1.0×107個/100μLとなるように調製して移植用懸濁液とし、これを4週齢のメスの免疫不全マウス(SCID-Beige:CB17.Cg-PrkdcscidLystbg-J/CrlCrlj、日本チャールズ・リバー株式会社より購入)の左わき腹に接種した。接種したがん細胞が150~200mm3の大きさに達したときにトラスツズマブ(1mg/kgまたは10mg/kg)またはトラスツズマブ エムタンシン(10.2mg/kg)を腹腔内投与した。投与して所定の時間経過後に、マウスを安楽死させ、該がん細胞を採取して、それぞれBT474およびHCC1954のCDXサンプルとした。
【0056】
(2)動物モデルサンプルの調製
乳がん患者由来のがん組織(PDX)を1mm3以下の断片に切り分け、これを4週齢のメスの免疫不全マウス(SCID-Beige)の乳房脂肪パッド中に移植した。該マウスを第一世代移植マウスとし、第一世代移植マウスに移植したがん組織が所定の大きさに増大した後、これを別の免疫不全マウスに移植した。該マウスを第二世代移植マウスとし、この移植操作を繰り返して第四世代移植マウスを作製した。第四世代移植マウスに接種したがん細胞が150~200mm3の大きさに達したときにトラスツズマブ(1mg/kgまたは10mg/kg)を腹腔内投与した。投与して所定の時間経過後にマウスを安楽死させ、該がん細胞を採取して、それぞれNo.1およびNo.2の動物モデルサンプルとした。
【0057】
(3)標本スライドの作製
上記で作製した、2種のCDXサンプルBT474およびHCC1954、ならびに2種のPDXサンプル(No.1およびNo.2)それぞれを凍結組織包埋剤で包埋し、液体窒素/n-ヘキサンで凍結させ、各凍結ブロックを作製した、各凍結ブロックを、クライオミクロトーム(製品コード:CM1950、Leica Biosystems社製)を用いて、厚さ8μmにスライスした凍結連続切片をそれぞれ作製し、スライドグラスに貼り付けた。この切片を4%パラホルムアルデヒドの固定液に3分間浸して固定した後、RNase-freeの氷冷水に1分間浸してOCTコンパウンドを除去した。その後、TBSに溶解させた0.3%過酸化水素を用いて内在性ペルオキシダーゼのブロッキングを行い、各標本スライドを作製した。
【0058】
[実施例1]
<トラスツズマブの組織内到達情報の取得>
(1)高輝度蛍光ナノ粒子による蛍光染色処理
作製例1で作製した2種のPDX(No.1およびNo.2)の標本スライドをそれぞれPBSバッファーで洗浄し、抗トラスツズマブ抗体が結合した高輝度蛍光ナノ粒子(コニカミノルタ株式会社製、以下「トラスツズマブ蛍光ナノ粒子」という)を、希釈液(カゼイン:BSA=5%)を用いて0.02nMに希釈したものを滴下し、中性のpH環境下(pH6.9~7.4)において室温で3時間反応させ、トラスツズマブ蛍光ナノ粒子染色処理を行った。
【0059】
(2)形態観察用染色
蛍光染色処理を行った標本スライドを、常法に従いヘマトキシリン液(富士フィルム和光純薬工業株式会社製)およびエオシン液(富士フィルム和光純薬工業株式会社製)を用いて5分間染色してヘマトキシリン-エオシン染色を行ったあと、45℃の流水で3分間洗浄した。
【0060】
(3)封入処理
染色を終えた標本スライドに対して、純エタノールに5分間浸漬する操作を4回行う固定化・脱水処理を行った。続いて、キシレンに5分間浸漬する操作を4回行う透徹処理を行った。その後、標本に封入剤「エンテランニュー」(メルク社製)を載せて、カバーガラスを被せて封入処理を行い、観察用標本とした。
【0061】
(4)観察および撮影
蛍光観察および画像撮影には、BX63蛍光顕微鏡(オリンパス株式会社製)を用いた。まず、トラスツズマブ蛍光ナノ粒子に含まれるテキサスレッドに対応する励起光を観察用標本に照射して蛍光を発光させ、その状態で免疫染色像を撮影した。この際、励起光は励起光用光学フィルターを用いて575~600nmに設定し、観察する波長は、蛍光用光学フィルターを用いて612~692nmに設定した。結果を図2に示した。図2より、いずれの標本においても、がん細胞領域すなわち病変組織内(図2A中の「癌細胞領域」)に比べ、結合組織領域すなわちがん細胞領域に隣接する非病変組織内(図2A中の「結合組織領域」)にトラスツズマブ蛍光ナノ粒子の輝点が数多く観察されることが示された(図2B)。標本におけるトラスツズマブ蛍光ナノ粒子が少ない領域を「トラスツズマブ低到達領域」とし、トラスツズマブ蛍光ナノ粒子が多い領域を「トラスツズマブ高到達領域」とした。
【0062】
[実施例2]
<バイオマーカーBの発現情報の取得>
(1)レーザーマイクロダイセクション
実施例1で調製したPDX(NO.2)の標本において、トラスツズマブ高到達領域とトラスツズマブ低到達領域の部分を、レーザーマイクロダイセクション装置(商品名:LMD6500、Leica Microsystems社製)を用いて、トラスツズマブ高到達領域切片およびトラスツズマブ低到達領域切片を切り出し、後述するRNA抽出キット付属のRLT緩衝液が入った回収用マイクロチューブに入れて回収した。
【0063】
(2)mRNAの抽出
切り出した各切片のmRNAを、RNA抽出キット「RNeasy(登録商標) Microキット」(QIAGEN社製)を用いてキット付属の説明書に従って行った。
【0064】
(3)マイクロアレイおよびGO解析
抽出したmRNAは、ヒト遺伝子発現量マイクロアレイチップ「SurePrint G3 Human GE マイクロアレイ 8x60K」(Agilent Technologies社製)を用いて、Chemicals Evaluation and Research Instituteに委託してマイクロアレイ解析を行った。データ解析は、Genespring softwere(Agilent Technologies社製)を用いて行い、データマイニング(アノテーション)はDatabase for Annotation、 Visualization and Integrated Discovery (DAVID) v6.8を用いて行った。その後、トラスツズマブ高到達領域において、トラスツズマブ低到達領域に比べて1.5倍多いまたは0.67倍小さく発現していた442個の遺伝子について、遺伝子オントロジー解析(GO解析)を行った。結果を図3に示す。図3のGO Termの中で最も多かった、Type I interferon signalingおよびResponse to virusにおけるmRNAの発現度を調べた結果を図4に示す。いずれのGO Termにおいても、BST2のmRNAの発現が一番多かった。
【0065】
[実施例3]
HER2およびBST2の発現、ならびにトラスツズマブの組織内到達情報との関係性を検討すべく、以下のようにして各情報を取得した。
【0066】
<HER2の発現情報の取得>
(1)一次抗体処理
上記作製例1で作製した2種のCDXサンプルBT474、HCC1954、および2種のPDXサンプル(No.1およびNo.2)の各標本スライドの各組織切片を、以下のようにして免疫染色を行った。
【0067】
各組織切片を、透過処理液(0.1%Triton(登録商標)Xおよび5%ヤギ血清 in Tris-Buffer Saline(TBS)バッファー)を用いて室温で1時間インキュベートして透過処理した。組織切片を、製品付属の希釈液で100倍希釈した一次抗体である抗HER2ウサギモノクローナル抗体(製品番号:4290、Cell Signaling Technology社製)と4℃で一晩反応させた。
【0068】
(2)二次抗体処理
反応させた組織切片をTBSバッファーで洗浄した後、二次抗体(製品番号:8114、Cell Signaling Technology社製)と組織切片を室温で反応させた。組織切片をTBSバッファーで洗浄した後、組織切片にDAB基質(製品番号:8059、Cell Signaling Technology社製)を加えて発色させた。
【0069】
(3)封入処理
上記染色を終えた標本スライドを、常法に従いエタノールを用いて脱水処理を行った。その後、標本スライドをキシレンに浸漬させて透徹処理を行った。最後に、封入剤「エンテランニュー」を載せて、カバーガラスを被せる封入処理を行い、観察用標本サンプルとした。
【0070】
<BST2発現情報の取得>
各観察用標本サンプルの組織切片を、上記HER2の免疫染色と同様にして、抗BST2マウスモノクローナル抗体(製品番号:557355、BD Pharmingen)を用いて一次染色を行った。その後、上記と同様にして二次抗体処理および封入処理を行い、観察用標本サンプルとした。
【0071】
<トラスツズマブの組織内到達情報の取得>
実施例1と同様にして、各観察用標本サンプルの組織切片をトラスツズマブ蛍光ナノ粒子によって染色、封入処理を行った。
【0072】
<観察および撮影>
上記HER2とBST2の観察用標本サンプルの観察には、BZ-X710(株式会社キーエンス製)を用い、蛍光免疫染色像および形態観察用染色像の撮影にはNanoZoomer S60(浜松ホトニクス株式会社製)を用いて行った。トラスツズマブ観察用標本サンプルは実施例1と同様にして観察を行った。結果を図5に示した。図5中、BT474標本サンプルでは、BST2の発現は非常に低いのに対しHER2の発現は強く、一方、PDX(NO.2)標本サンプルでは、BST2の発現は非常に強いのに対し、HER2の発現は弱い傾向が見られた。このことは、非病変組織中に発現するBST2のようなバイオマーカーBが、腫瘍組織周辺にあって腫瘍組織の影響を受け、HER2のようなバイオマーカーAの発現と負の相関性を示したと考察できる。また、組織内のトラスツズマブの輝点数の変動が、BST2の発現と負の相関を示すことが観察された。
【0073】
さらに図1に示すコンセプトで、micro imagingを実施した。その結果、PDX(NO.1)の標本サンプルから、BST2の発現が相対的に強い領域(図6A)ではどの領域においても、トラスツズマブの組織内への到達度が低く(輝点数が少なく)、BSTの発現が相対的に低い領域(図6B)ではどの領域においても、トラスツズマブの組織内への到達度が高い(輝点数が多い)ことが確認された。ところで、micro imagingにおいて、PDX(NO.1)の標本サンプルとPDX(NO.2)の標本サンプルにおいてHER2の発現をいくつかの領域で観察したところ、トラスツズマブの組織内への到達度と明確な相関がみられないことが確認された。このことは、本発明を達成する過程でmicro imagingが必須になる可能性を示唆している。
【0074】
[実施例4]
<BST2ノックアウト腫瘍細胞移植マウスによるHER2発現の動向>
BST2をターゲットにデザインされた100nMのOnTarget(登録商標)siRNAまたはコントロールのsiRNA(Horizon Discovery製)をHCC-1954-luciferase細胞に遺伝子導入し、RPMI-1640培地を用いて培養した。培養後、該細胞を常法に従ってトリプシン処理しPBSバッファー中に懸濁した。その後、1/10量のMatrigel(登録商標)とBST2をターゲットにデザインされた100nMのAccell(登録商標)siRNAまたはコントロールのsiRNA(Horizon Discovery製)をそれぞれ加えて細胞懸濁液を調製した。1.7×107個/100μLの細胞懸濁液を、4週齢のメスの免疫不全マウス(SCID-Beige)の左わき腹の皮下へ接種した。
【0075】
接種して約1週間経過後、がん細胞が150~200mm3の大きさに達したときに、トラスツズマブ(1mg/kgまたは10mg/kg)を腹腔内投与した。投与して所定の時間経過後に、マウスを安楽死させ、該がん細胞を採取して、BST2ノックアウト腫瘍移植モデルを作製した。
【0076】
該PDXを実施例3と同様にしてHER2発現用の観察用標本サンプルを調製し、形態観察を行った。結果を図7に示す。BST2ノックアウト腫瘍移植モデル(図7中、「BST2KD」)では、BST2の発現が抑制されてHER2の強い発現は変化しないことが観察されたのに対して、コントロールPDX(図7A中、「HCC1954wild」)では、BST2の発現が減少し、抗HER2薬であるトラスツズマブの組織内送達が抑制されていることが観察された。また、BST2ノックアウト腫瘍移植モデルでは、コントロールPDX(図7B中、「Wild」)に比べて、細胞1個当たりのトラスツズマブを示す輝点数が有意に大きかった。すなわち、BST2がトラスツズマブのがん組織内への到達に関与していることが示された。
【0077】
以上の実施例1~4の結果から、BST2の発現が強い場合、バイオマーカーAの一つであるHER2の発現に関わらず、トラスツズマブはがん組織内へ到達しにくくなることが示された。反対に、BST2の発現が弱い場合、トラスツズマブはがん組織内へ到達しやすくなることが示された。従って、BST2の発現情報を調べることで、HER2を標的分子とするトラスツズマブのがん組織内への到達を予測することができる。
【0078】
[参考例]
Gene Expression Omnibusから得られた1809人の乳がん患者のゲノムワイドマイクロアレイおよび生存者情報から、BST2の発現の違いよる無再発生存率をカプランマイヤー法によって求め、図8に示した。その結果、BST2の発現が弱い場合(図8の上グラフ)に比べ、BST2の発現が強い程(図8の下グラフ)生存率が低くなることを見出した。このことと、実施例1~4の結果から、BST2はトラスツズマブを用いた治療効率を見積もるバイオマーカーとして利用でき、また、腫瘍耐性機構と薬物送達の関係を明らかにすることができ、新たな創薬の場面に利用することが出来る。
【0079】
また、本発明は、病変組織内に存在するバイオマーカーAおよびB、ならびにバイオマーカーAを標的とする分子標的薬の定量とそれらの分布を解明する、micro-PK analysisの解析手法などから完成した。本明細書に示した解析結果の一例についてさらに考察するならば、バイオマーカーBの定量および分布解析の結果は、病変の状態とバイオマーカーBとが大きく関わっていることの示唆を与えており、バイオマーカーBの機能を強化あるいは制限するように働く薬剤は有効な薬効を有する医薬品となりうる可能性を含んでいる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8