(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-04
(45)【発行日】2023-12-12
(54)【発明の名称】腸内酪酸産生促進用組成物
(51)【国際特許分類】
A23L 33/105 20160101AFI20231205BHJP
A61K 31/733 20060101ALI20231205BHJP
A61K 31/717 20060101ALI20231205BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20231205BHJP
A61P 1/00 20060101ALI20231205BHJP
【FI】
A23L33/105
A61K31/733
A61K31/717
A61P43/00 121
A61P1/00
A61P43/00 105
(21)【出願番号】P 2019030610
(22)【出願日】2019-02-22
【審査請求日】2021-11-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000003001
【氏名又は名称】帝人株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100169085
【氏名又は名称】為山 太郎
(72)【発明者】
【氏名】田宮 大雅
(72)【発明者】
【氏名】中山 保典
【審査官】厚田 一拓
(56)【参考文献】
【文献】特表2010-509332(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第104095180(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第105147715(CN,A)
【文献】米国特許出願公開第2011/0014167(US,A1)
【文献】Jerzy Juskiewicz et al.,Effects of cellulose, carboxymethylcellulose and inulin fed to rats as single supplements or in combinations on their caecal parameters,Comparative Biochemistry and Physiology,2004年,Part A, vol. 139,pp. 513-519
【文献】K. A. Barry et al.,Low-level fructan supplementation of dogs enhances nutrient digestion and modifies stool metabolite concentrations, but does not alter fecal microbiota populations,Journal of Animal Science,2009年10月,vol. 87, no. 10,pp. 3244-3252
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 2/00 - 35/00
A61K 6/00 -135/00
A61P 1/00 - 43/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
チコリ由来のイヌリン
であって、その平均鎖長が5~20である前記イヌリンとセルロースとを含む腸内酪酸産生促進用組成物
であって、前記組成物におけるイヌリンとセルロースとの重量比が1:3~3:1である、前記組成物(但し、イヌリンと、大豆多糖類由来のセルロースと、を含む腸内酪酸産生促進用組成物を除く)。
【請求項2】
前記重量比が1:1である、請求項1に記載の腸内酪酸産生促進用組成物。
【請求項3】
請求項1
又は2に記載の組成物を含む、腸内酪酸産生促進用飲食品。
【請求項4】
請求項1
又は2に記載の組成物を含む、腸内酪酸産生促進用医薬品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腸内における酪酸の産生促進用組成物及びそれを用いた飲食品又は医薬品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
腸内環境を整えることは疾病予防・健康維持において重要である。腸内細菌が産生する短鎖脂肪酸は上皮細胞のエネルギー源として利用されるのみならず、炎症の抑制や血糖の上昇抑制等様々な働きを有している。短鎖脂肪酸の産生には、水溶性食物繊維が重要であり、水溶性食物繊維としてフルクタンの一種であるイヌリンが知られている。
特許文献1には、イヌリンとスルホニル尿素等とを組み合わせた糖尿病治療のための相乗作用組成物が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1のように、イヌリンとその他の化合物の組み合わせに関する効果は徐々に報告されてきているが、イヌリンと他の食物繊維の組み合わせによる腸内細菌由来の短鎖脂肪酸産生に与える影響に関しては、いまだ十分に明らかにされていない。
本発明は、腸内の酪酸産生を促進するための組成物及びそれを含む飲食品又は医薬品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、イヌリンとセルロースとを組み合わせることによって、腸内で酪酸が産生促進されることを見出し、本発明を完成させるに至った。即ち、本発明は以下の発明を包含する。
【0006】
[1]イヌリンとセルロースとを含む腸内酪酸産生促進用組成物。
[2][1]に記載の組成物を含む、飲食品。
[3][1]に記載の組成物を含む、医薬品。
【発明の効果】
【0007】
本発明によると、腸内の酪酸産生を促進するための組成物や、斯かる組成物を用いた飲食品又は医薬品が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】セルロース、イヌリン及びセルロースとイヌリンに関する酪酸産生量を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の腸内酪酸産生促進用組成物(以下「本発明の組成物」とも称す)は、イヌリンと、セルロースとを含むことを特徴とする。
【0010】
イヌリンは、典型的には、プレバイオティクスとして重要な役割を果たし、人類を含め多くの動物はイヌリン加水分解酵素を持たないので、吸収されずに大腸に到達する。大腸中のミクロフローラ(菌叢)の中に、イヌリン加水分解酵素のイヌリナーゼを分泌する菌が含まれ、特に有益菌の代表、ビフィズス菌が知られている。よって、イヌリンを含んだ食物を摂取すると、ビフィズス菌等の有益菌が優先的に増加し有害菌の繁殖を抑える。また、イヌリンの発酵過程で乳酸等の有機酸が増加することから整腸効果を有する。
【0011】
本発明では、イヌリンに更にセルロースを含むようにした組成物が、腸内における酪酸を産生促進する優位な効果が得られた。
【0012】
本発明における「イヌリン」は、末端にグルコースをもつフルクトースの多糖ポリマーである、水溶性食物繊維として知られているフルクタンのうち、D-フルクトフラノースがβ2→1グリコシド結合で重合した直鎖状フルクタンである「直鎖イヌリン」を含む。また、本発明における「イヌリン」は、β2→1グリコシド結合及び少なくとも1つのβ2→6グリコシド結合を有する分岐状フルクタンである「分岐鎖イヌリン」も含む。
【0013】
直鎖イヌリンは、通常鎖長が2~100の範囲であり、好ましくは2~60の範囲であり、平均鎖長は通常5~20であり、イヌリン中の結合の少なくとも90%がβ2→1グリコシド結合である。斯かる直鎖イヌリンは、チコリ由来のイヌリンの場合は、例えばFrutafit(登録商標)又はRaftiline(登録商標)を用いることができ、酵素合成によるイヌリンを用いる場合は、例えばフジFF(登録商標)を用いることができる。
【0014】
一方、分岐鎖イヌリンは、テキーラの原料である多肉質の植物であるアガベ(リュウゼツラン)に豊富に含まれることが知られている(J. Agric. Food Chem., (2003) 51 (27), pp 7835-7840、J. Agric. Food Chem., (2006) 54 (20), pp 7832-7839、等)。本発明における分岐鎖イヌリンは、特に限定されないが、例えば上記アガベから国際公開07/142306号パンフレット等に記載の常法により得られ、典型的には、アガベの茎部分であるピーニャから細断、搾汁、濾過、精製、濃縮、粉末乾燥等を行った処理物に含まれる。このような処理物はアガベイヌリンとも称される。
【0015】
本発明におけるイヌリンは、粉末状、溶液状又はシロップ状等の種々の形態を採ることができ、粘性を増加させて食品で用いる結着剤として利用してもよい。
【0016】
本発明におけるセルロースは、β-グルコース分子がグリコシド結合により直鎖状に重合した天然高分子であり、典型的には、野菜や果実等の食物から不溶性食物繊維として摂取することができる。斯かるセルロースは、セルロースを含む食物の形態として含んでいてもよいし、抽出・精製等したセルロース粉末の形態で含んでいてもよく、特に限定されない。
【0017】
イヌリン及びセルロースの含有量は、所望の効果を発揮する有効量を含んでいればよく、限定されないが、総食物繊維を基準とした重量比として、イヌリン:セルロースが25:75~75:25(%)程度であればよい。総量としては、粉末状のイヌリン及びセルロースを合計した重量が、ヒトに対して1日あたり、通常1~50g程度であればよい。総食物繊維を定量する方法としては、AOAC991.43に則った、Megazyme社のTotal Dietary Fiber Assay Kitを用いることができる。
【0018】
本発明の腸内酪酸産生促進用組成物は、主にヒトの大腸内の腸内細菌によって消化発酵されることにより、その代謝物である短鎖脂肪酸の酪酸の産生を相乗的に促進することができる。一般に、ヒトの大腸内では、腸内細菌が食物繊維を発酵する際に短鎖脂肪酸を産生し、健康維持に欠かせない役割を果たしている。ヒトの場合、酢酸、プロピオン酸、酪酸の3種が代表的な短鎖脂肪酸として知られている。ヒトの体で短鎖脂肪酸が作られる部位は腸内細菌が多い大腸で、作られた短鎖脂肪酸は大腸から体内に吸収される。吸収された短鎖脂肪酸のうち、本発明で産生促進される酪酸は、大腸上皮細胞のエネルギー源として利用される。その他、腸は全身の免疫細胞のおよそ60%が集中し、腸の免疫バランスの崩れ、特に過剰な免疫反応が全身に影響すると言われているが、酪酸には過剰な免疫反応を抑える制御性T細胞を増やす効果が示唆されている(Nature (2013) 504, pp 446-450)。また、短鎖脂肪酸自体は酸性の成分なので、短鎖脂肪酸ができると弱酸性の腸内環境になる。弱酸性であると悪玉菌の出す酵素の活性が抑えられるため、発がん性物質である二次胆汁酸や有害な腐敗産物ができにくくなり、整腸作用により腸内環境が健康に保たれる。
【0019】
本発明の組成物は、ヒト又は動物用の医薬品又は飲食品として利用することもできる。本明細書では、動物用の飲食品を飼料とも称す。
【0020】
本発明における医薬品は、本発明の組成物を含有する腸内酪酸産生促進薬等であり得る。上記医薬品の剤型としては、例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、シロップ剤、ドライシロップ剤、液剤、懸濁剤等の経口剤、及び吸入剤、経皮製剤、坐剤等の経腸製剤、点滴剤、注射剤等の非経口剤が挙げられる。上記液剤、懸濁剤等の液体製剤は、服用直前に水又は他の適当な媒体に溶解又は懸濁する形であってもよく、上記錠剤及び顆粒剤は周知の方法でその表面をコーティングされていてもよい。また上記注射剤は、必要に応じて溶解補助剤を含む滅菌蒸留水又は滅菌生理食塩水の溶液であり得る。
【0021】
本発明における医薬品は、本発明の組成物に加えて、必要に応じて薬学的に許容される種々の担体、例えば賦形剤、安定化剤、その他の添加剤等を含有していてもよく、あるいは、さらに他の薬効成分、例えば各種ビタミン類、ミネラル類、生薬等を含有していてもよい。当該医薬品は、本発明の組成物に、上述の担体及び他の薬効成分を配合し、常法に従って製造することができる。
【0022】
本発明における飲食品又は飼料は、本発明の組成物を含み、場合によって、腸内酪酸産生促進の効果を企図して、その旨を表示した健康食品、機能性飲食品、特定保健用飲食品、病者用飲食品、家畜、競走馬、鑑賞動物等のための飼料、ペットフード等としてもあり得る。
【0023】
本発明における飲食品及び飼料の形態は特に制限されず、本発明の組成物を配合できる全ての形態が含まれる。例えば当該形態としては、固形、半固形又は液状であり得、あるいは、錠剤、チュアブル錠、粉剤、カプセル、顆粒、ドリンク、ゲル、シロップ、経管経腸栄養用流動食等の各種形態が挙げられる。
【0024】
具体的な飲食品の例としては、緑茶、ウーロン茶や紅茶等の茶飲料、コーヒー飲料、清涼飲料、ゼリー飲料、スポーツ飲料、乳飲料、炭酸飲料、果汁飲料、乳酸菌飲料、発酵乳飲料、粉末飲料、ココア飲料、アルコール飲料、精製水等の飲料、バター、ジャム、ふりかけ、マーガリン等のスプレッド類、マヨネーズ、ショートニング、クリーム、ドレッシング類、パン類、米飯類、麺類、パスタ、味噌汁、豆腐、牛乳、ヨーグルト、スープ又はソース類、ベーカリー類(パン、パイ、ケーキ、クッキー、ビスケット、クラッカー等)、菓子(ビスケットやクッキー類、チョコレート、キャンディ、ケーキ、アイスクリーム、チューインガム、タブレット等)、栄養補助食品(丸剤、錠剤、ゼリー剤又はカプセル剤等の形態を有するサプリメント、グラノーラ様シリアル、グラノーラ様スネークバー、シリアルバー)等が挙げられる。
【0025】
本発明における飼料は、上記飲食品とほぼ同様の組成や形態で利用できることから、本明細書における飲食品に関する記載は、飼料についても同様に当てはめることができる。
【0026】
本発明における飲食品及び飼料は、本発明の組成物に、飲食品や飼料の製造に用いられる他の飲食品素材、各種栄養素、各種ビタミン、ミネラル、アミノ酸、各種油脂、種々の添加剤(呈味成分、甘味料、有機酸等の酸味料、界面活性剤、pH調整剤、安定剤、酸化防止剤、色素、フレーバー等)等を配合して、常法に従って製造することができる。あるいは、通常食されている飲食品又は飼料に、本発明の組成物を配合することにより、本発明に係る飲食品又は飼料を製造することもできる。
【0027】
本発明における医薬品、飲食品又は飼料における本発明の組成物の含有量は、所望する腸内酪酸産生促進効果が得られる量であればよく、医薬の剤型や飲食品の形態、投与又は摂取する個体の種、症状、年齢、性別等に応じて適宜変更され得るが、粉末状のイヌリン及びセルロースを合計した重量が、ヒトに対して1日あたり、通常1~50g程度であればよい。
【実施例】
【0028】
以下に実施例及び比較例を挙げて本発明を具体的に説明するが、これにより本発明の範囲が限定されるものではない。
【0029】
[試料の調製]
試料として、セルロース(試料名称を「Cell」とする)3g、イヌリン(試料名称を「IQ」とする)3g、セルロース1.5g及びイヌリン1.5g(同様に「Cell+IQ」とする)を調製した。セルロースは富士フイルム和光純薬から購入し、イヌリンはFrutafit IQ(登録商標)(Sensus社)を使用した。
【0030】
[糞便懸濁液の調製]
ヒト大腸内を模した腸内細菌叢を再現するために、豚(4-5月齢)の糞便を用いた人口腸管モデルを採用した。糞便懸濁液は、凍結保存の豚糞便に10倍の生理食塩水を加え混合した後、ストレインバッグ(栄研化学)を用いて濾過したものを使用した。
【0031】
[In vitro腸内発酵試験]
In vitro腸内発酵試験には、Bio Jr.8培養装置(エイブル)を用いた。蒸留水80mLを加えた培養槽、及び蒸留水100mLにNutrient Broth(DifcoLaboratories)4.8gを溶解させた溶液をそれぞれ121℃、15分間滅菌した。滅菌・放冷後、培養槽へ糞便懸濁液を20mL混和し、一晩培養を行った。培養装置の設定条件は、温度37℃、撹拌子回転数400rpmであった。培養槽内のpHが5.5を下回った場合にはアルカリ溶液(2N 水酸化ナトリウム)が自動的に滴下されるように設定した。また、培養槽内を嫌気状態に保つため、二酸化炭素ガスを充填した。
一晩培養後、Nutrient Brothを溶解させた溶液20mL及び試料を培養槽に添加した。48時間培養後、培養液を採取し、遠心分離することで培養上清を得た。
【0032】
[短鎖脂肪酸の測定]
短鎖脂肪酸の測定には、超高速液体クロマトグラフ(NexeraX2、島津製作所)を用い、分析条件は表1とした。培養上清450uLに0.5N 過塩素酸を1mL添加し、5分間静置した後、遠心分離させ、得られた上清をHPLC前処理フィルターで濾過したものを測定サンプルとした。酪酸の同定は測定サンプルと標準溶液の保持時間の比較によって、定量はピーク面積の比較によって行った。
【0033】
[実施例1]
上記の通り試験を行い、各試料添加群の培養液中酪酸量を測定したところ、
図1及び表2の結果が得られた。IQ添加群又はCell添加群と比較して、Cell+IQ添加群では、培養液中酪酸量の有意な増加が認められた。
これらの組み合わせの相乗効果を、以下の計算式により算出した。
〈相乗効果〉=XY/((X/2)+(Y/2))
(式中、Xはセルロース(Cell)単体、Yはイヌリン(IQ)単体の短鎖脂肪酸量であり、XYは各試料を組み合わせて添加した場合の短鎖脂肪酸量である。上記[試料の調製]の通り、XYとX又はYは総食物繊維量を等しくしているため、X又はYは、その単体の短鎖脂肪酸量を1/2にしている)
上記計算式から、Cell+IQ添加群の相乗効果は、表2中の各値より、2.35/((0.57/2)+(0.75/2))にて算出したところ3.6倍となった。よって、Cell+IQにおける相乗効果が確認され、イヌリンとセルロースの組み合わせによって腸内細菌叢からの酪酸産生が促進されたことが示された。
【0034】
【0035】