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特許7397381ホットスタンプ用鋼板およびホットスタンプ成形体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-05
(45)【発行日】2023-12-13
(54)【発明の名称】ホットスタンプ用鋼板およびホットスタンプ成形体
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20231206BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20231206BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20231206BHJP
   C21D 1/18 20060101ALN20231206BHJP
   C21D 9/00 20060101ALN20231206BHJP
【FI】
C22C38/00 301S
C22C38/00 301Z
C22C38/58
C21D9/46 G
C21D1/18 C
C21D9/00 A
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2022550377
(86)(22)【出願日】2021-07-14
(86)【国際出願番号】 JP2021026436
(87)【国際公開番号】W WO2022059321
(87)【国際公開日】2022-03-24
【審査請求日】2022-09-05
(31)【優先権主張番号】P 2020156562
(32)【優先日】2020-09-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】藤中 真吾
(72)【発明者】
【氏名】戸田 由梨
(72)【発明者】
【氏名】前田 大介
(72)【発明者】
【氏名】菅谷 聡
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-186645(JP,A)
【文献】国際公開第2014/123229(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/026594(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/166231(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/033960(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/009410(WO,A1)
【文献】特開2018-090895(JP,A)
【文献】特開2010-065293(JP,A)
【文献】国際公開第2021/145442(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 9/46
C21D 1/18
C21D 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C :0.060~0.200%、
Si:0.010~1.000%、
Mn:1.20~3.00%、
Al:0.010~0.500%、
P :0.100%以下、
S :0.0100%以下、
N :0.0100%以下、
Nb:0%以上、0.020%未満、
Ti:0~0.100%、
Cr:0~0.50%、
B :0~0.0100%、
Mo:0~1.00%、
Co:0~2.00%、
Ni:0~0.50%、
V :0~0.10%、
Ca:0~0.0100%、
Mg:0~0.0100%、および
REM:0~0.0100%を含み、
残部がFeおよび不純物からなり、
表面から板厚1/4位置における金属組織において、
板厚中央部の{112}<110>方位の極密度が3.0超であり、
面積率で、フェライトが5~95%であり、
全フェライトのうち、フェライト粒内に硬質相を含む前記フェライトの個数割合が30%以上である
ことを特徴とするホットスタンプ用鋼板。
【請求項2】
前記化学組成が、質量%で、
Nb:0.001%以上、0.020%未満、
Ti:0.010~0.100%、
Cr:0.05~0.50%、
B :0.0001~0.0100%、
Mo:0.01~1.00%、
Co:0.01~2.00%、
Ni:0.01~0.50%、
V :0.01~0.10%、
Ca:0.0005~0.0100%、
Mg:0.0005~0.0100%、および
REM:0.0005~0.0100%
からなる群のうち1種または2種以上を含有する
ことを特徴とする請求項1に記載のホットスタンプ用鋼板。
【請求項3】
化学組成が、質量%で、
C :0.060~0.200%、
Si:0.010~1.000%、
Mn:1.20~3.00%、
Al:0.010~0.500%、
P :0.100%以下、
S :0.0100%以下、
N :0.0100%以下、
Nb:0%以上、0.020%未満、
Ti:0~0.100%、
Cr:0~0.50%、
B :0~0.0100%、
Mo:0~1.00%、
Co:0~2.00%、
Ni:0~0.50%、
V :0~0.10%、
Ca:0~0.0100%、
Mg:0~0.0100%、および
REM:0~0.0100%を含み、
残部がFeおよび不純物からなり、
表面から板厚1/4位置における金属組織において、
面積率で、マルテンサイトが80%以上であり、
前記マルテンサイト上に存在するGAIQ値が26000以下である硬質相の面積率が1.0%以上である
ことを特徴とするホットスタンプ成形体(ただし、前記マルテンサイト上に存在するとは、マルテンサイトのラス境界、ラス間、ラス内部、ブロック境界およびパケット境界、並びに旧オーステナイト粒界に存在することをいう)
【請求項4】
前記化学組成が、質量%で、
Nb:0.001%以上、0.020%未満、
Ti:0.010~0.100%、
Cr:0.05~0.50%、
B :0.0001~0.0100%、
Mo:0.01~1.00%、
Co:0.01~2.00%、
Ni:0.01~0.50%、
V :0.01~0.10%、
Ca:0.0005~0.0100%、
Mg:0.0005~0.0100%、および
REM:0.0005~0.0100%
からなる群のうち1種または2種以上を含有する
ことを特徴とする請求項3に記載のホットスタンプ成形体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホットスタンプ用鋼板およびホットスタンプ成形体に関する。
本願は、2020年9月17日に、日本に出願された特願2020-156562号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
近年、車体軽量化および衝突安全性向上の要請から、高強度鋼板が自動車の車体部品に適用されている。車体部品はプレス成形によって成形されるため、プレス成形性の向上、特に形状凍結性の向上が課題とされている。そのため、形状精度に優れた高強度の車体部品を製造する方法として、ホットスタンプ工法が注目されている。
【0003】
また、近年、ホットスタンプ工法にテーラードブランクを適用する技術が検討されている。テーラードブランクとは、板厚、化学組成、金属組織などが異なる複数枚の鋼板を溶接により接合することで一枚の鋼板としたものである。テーラードブランクにおいては、接合させた一枚の鋼板中の特性を部分的に変化させることができる。例えば、ある部分に高い強度を持たせることでその部分における変形を抑制し、別の部分に低い強度を持たせることでその部分を変形させ、衝撃を吸収することができる。強度が低い部分には、変形時の破断を抑制できるよう、延性に優れることが求められる。
【0004】
ホットスタンプ工法にテーラードブランクを適用する技術としては、ホットスタンプ後に低強度を有する鋼板と、ホットスタンプ後に高強度を有する鋼板とを溶接により接合したテーラードブランクを用いる技術がある。ホットスタンプ後に高強度を有する鋼板としては、例えば特許文献1に開示されるような鋼板を用いることができる。ホットスタンプ後に低強度を有する鋼板としては、ホットスタンプにおける金型冷却後に低強度を有するように、鋼の化学組成を調整すればよい。
【0005】
テーラードブランクに適用される鋼種の一つに低炭素鋼がある。低炭素鋼は炭素含有量が低いため、加熱後に急速冷却されても高強度化しにくい特徴を持つ。特許文献2には、極低炭素鋼をホットスタンプ工法の低強度材として用いたことが開示されている。特許文献2には、鋼板をAc点以上の温度に加熱した後にホットスタンプし、ベイナイトおよびベイニティックフェライトを主相とする金属組織とすることにより、局部変形能を向上させる技術が開示されている。特許文献2には、この技術により、衝突時、曲げモードで車体部品が変形した際に破断が生じにくくなり、塑性変形による衝撃吸収能に優れることが開示されている。
【0006】
近年では、高い衝突性能を有する高強度材料として、1500MPa未満の引張強さを有するホットスタンプ成形体が注目されている。このようなホットスタンプ成形体では、所望される強度を有した上で、変形時の破断を十分に抑制できるよう、ホットスタンプ後においてより高い延性を有することが求められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】日本国特開2004-197213号公報
【文献】国際公開第2012/157581号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は上記実情に鑑みてなされたものであり、高い強度および優れた延性を有するホットスタンプ成形体、並びに、このホットスタンプ成形体を製造できるホットスタンプ用鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、ホットスタンプ成形体の延性を向上させる方法について検討した。その結果、ホットスタンプ成形体の金属組織において、マルテンサイト上に存在する転位密度の高い硬質相の面積率を増加させることで、ホットスタンプ成形体の延性を向上できることを知見した。
【0010】
また、本発明者らは、ホットスタンプ用鋼板において、化学組成を好ましく制御し、且つフェライト粒内に硬質相を含むフェライトの個数割合を増加させることで、上記ホットスタンプ成形体が得られることを知見した。
【0011】
本発明は上記知見に基づいて得られたものであり、本発明の要旨は以下の通りである。
(1)本発明の一態様に係るホットスタンプ用鋼板は、化学組成が、質量%で、
C :0.060~0.200%、
Si:0.010~1.000%、
Mn:1.20~3.00%、
Al:0.010~0.500%、
P :0.100%以下、
S :0.0100%以下、
N :0.0100%以下、
Nb:0%以上、0.020%未満、
Ti:0~0.100%、
Cr:0~0.50%、
B :0~0.0100%、
Mo:0~1.00%、
Co:0~2.00%、
Ni:0~0.50%、
V :0~0.10%、
Ca:0~0.0100%、
Mg:0~0.0100%、および
REM:0~0.0100%を含み、
残部がFeおよび不純物からなり、
表面から板厚1/4位置における金属組織において、
板厚中央部の{112}<110>方位の極密度が3.0超であり、
面積率で、フェライトが5~95%であり、
全フェライトのうち、フェライト粒内に硬質相を含む前記フェライトの個数割合が30%以上である。
(2)上記(1)に記載のホットスタンプ用鋼板は、前記化学組成が、質量%で、
Nb:0.001%以上、0.020%未満、
Ti:0.010~0.100%、
Cr:0.05~0.50%、
B :0.0001~0.0100%、
Mo:0.01~1.00%、
Co:0.01~2.00%、
Ni:0.01~0.50%、
V :0.01~0.10%、
Ca:0.0005~0.0100%、
Mg:0.0005~0.0100%、および
REM:0.0005~0.0100%
からなる群のうち1種または2種以上を含有してもよい。
(3)本発明の別の態様に係るホットスタンプ成形体は、化学組成が、質量%で、
C :0.060~0.200%、
Si:0.010~1.00%、
Mn:1.20~3.00%、
Al:0.010~0.500%、
P :0.100%以下、
S :0.0100%以下、
N :0.0100%以下、
Nb:0%以上、0.020%未満、
Ti:0~0.100%、
Cr:0~0.50%、
B :0~0.0100%、
Mo:0~1.00%、
Co:0~2.00%、
Ni:0~0.50%、
V :0~0.10%、
Ca:0~0.0100%、
Mg:0~0.0100%、および
REM:0~0.0100%を含み、
残部がFeおよび不純物からなり、
表面から板厚1/4位置における金属組織において、
面積率で、マルテンサイトが80%以上であり、
前記マルテンサイト上に存在するGAIQ値が26000以下である硬質相の面積率が1.0%以上である(ただし、前記マルテンサイト上に存在するとは、マルテンサイトのラス境界、ラス間、ラス内部、ブロック境界およびパケット境界、並びに旧オーステナイト粒界に存在することをいう)
(4)上記(3)に記載のホットスタンプ成形体は、前記化学組成が、質量%で、
Nb:0.001%以上、0.020%未満、
Ti:0.010~0.100%、
Cr:0.05~0.50%、
B :0.0001~0.0100%、
Mo:0.01~1.00%、
Co:0.01~2.00%、
Ni:0.01~0.50%、
V :0.01~0.10%、
Ca:0.0005~0.0100%、
Mg:0.0005~0.0100%、および
REM:0.0005~0.0100%
からなる群のうち1種または2種以上を含有してもよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る上記態様によれば、高い強度および優れた延性を有するホットスタンプ成形体、並びに、このホットスタンプ成形体を製造できるホットスタンプ用鋼板を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板およびホットスタンプ成形体について詳細に説明する。まず、本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板の化学組成の限定理由について説明する。なお、「~」を挟んで記載する数値限定範囲には、下限値および上限値がその範囲に含まれる。「未満」、「超」と示す数値には、その値が数値範囲に含まれない。また、化学組成についての%は全て質量%を意味する。
【0014】
本実施形態に係るホットスタンプ成形体は、化学組成が、質量%で、C:0.060~0.200%、Si:0.010~1.000%、Mn:1.20~3.00%、Al:0.010~0.500%、P:0.100%以下、S:0.0100%以下、N:0.0100%以下、並びに、残部:Feおよび不純物を含む。以下、各元素について説明する。
【0015】
C:0.060~0.200%
Cは、ホットスタンプ成形体の強度および延性に大きく影響を及ぼす元素である。C含有量が低すぎると、マルテンサイト変態が促進せずに、ホットスタンプ成形体の強度が低くなり、強度不足による破断が生じやすくなる。そのため、C含有量は0.060%以上とする。好ましくは、0.080%以上、0.100%以上または0.120%以上である。
一方、C含有量が高すぎると、マルテンサイト母相の硬度が高くなりすぎるため、ホットスタンプ成形体の延性が低下する。そのため、C含有量は0.200%以下とする。好ましくは、0.170%以下または0.150%以下である。
【0016】
Si:0.010~1.000%
Siは、固溶強化能を有する元素であり、ホットスタンプ成形体の強度を得るために必要な元素である。Si含有量が低すぎると、ホットスタンプ成形体において所望の強度を得ることができない。そのため、Si含有量は0.010%以上とする。好ましくは、0.100%以上、0.300%以上または0.500%以上である。
一方、Si含有量が高すぎると、フェライト変態が過度に進行して、ホットスタンプ成形体において所望量のマルテンサイトを得ることができなくなる。そのため、Si含有量は1.000%以下とする。好ましくは、0.900%以下または0.800%以下である。
【0017】
Mn:1.20~3.00%
Mnは、固溶強化能を有する元素であり、ホットスタンプ成形体の強度を得るために含有させる。Mn含有量が低すぎると、フェライト変態が進み過ぎてマルテンサイトが生成しにくくなり、ホットスタンプ成形体において所望の強度が得られない。そのため、Mn含有量は1.20%以上とする。好ましくは、1.40%以上または1.60%以上である。
一方、Mn含有量が高すぎると、鋼の焼入れ性が高くなり、ホットスタンプ時の加熱後、空冷中のフェライトの形成が抑制されることで、ホットスタンプ成形体の延性が低下する。そのため、Mn含有量は3.00%以下とする。好ましくは、2.80%以下または2.60%以下である。
【0018】
Al:0.010~0.500%
Alは、フェライト変態を促進させるために重要な元素である。Al含有量が低すぎると、フェライト変態が進行しにくくなり、ホットスタンプ成形体において所望量のフェライトを得ることができない。そのため、Al含有量は0.010%以上とする。好ましくは、0.020%以上または0.030%以上である。
一方、Al含有量が高すぎると、フェライトへの変態が過度に進行し、ホットスタンプ成形体において所望量のマルテンサイトを得ることができない。そのため、Al含有量は0.500%以下とする。好ましくは、0.450%以下または0.400%以下である。
【0019】
P:0.100%以下
Pは、固溶強化能を有し、ホットスタンプ成形体において所望の強度を得るために有効な元素である。しかし、P含有量が高すぎると、ホットスタンプ成形体の延性が劣化する。そのため、P含有量は0.100%以下とする。好ましくは、0.080%以下、0.060%以下または0.050%以下である。
P含有量の下限は特に規定しないが、Pによる強度確保の観点からは、P含有量を0.001%以上または0.005%以上としてもよい。
【0020】
S:0.0100%以下
Sは、鋼中に不純物として含有され、鋼を脆化させる元素である。そのため、S含有量は少ないほど好ましい。S含有量は0.0100%以下とする。好ましくは、0.0080%以下、0.0060%以下、または0.0040%以下である。
S含有量の下限は特に規定しないが、S含有量を過剰に低減すると脱硫工程におけるコストが増大するため、S含有量は0.0005%以上または0.0010%以上としてもよい。
【0021】
N:0.0100%以下
Nは、不純物元素であり、鋼中に窒化物を形成してホットスタンプ成形体の延性を劣化させる元素である。N含有量が高すぎると、鋼中の窒化物が粗大化し、ホットスタンプ成形体の延性が劣化する。そのため、N含有量は0.0100%以下とする。好ましくは、0.0080%以下または0.0060%以下である。
N含有量の下限は特に規定しないが、N含有量を過剰に低減すると製鋼工程におけるコストが増大するため、N含有量は0.0010%以上としてもよい。
【0022】
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板は、上記の元素を含有し、残部がFeおよび不純物からなっていてもよい。不純物としては、鋼原料もしくはスクラップからおよび/または製鋼工程で不可避的に混入するもの、あるいは本実施形態に係るホットスタンプ成形体の特性を阻害しない範囲で許容される元素が例示される。
【0023】
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板は、各種の特性を向上させるため、以下に示す任意元素をFeの一部に代えて含有させてもよい。合金コストの低減のためには、これらの任意元素を意図的に鋼中に含有させる必要がないので、これらの任意元素の含有量の下限は、いずれも0%である。
【0024】
Nb:0.001%以上、0.020%未満
Nbは、オーステナイトの粒成長を抑制してオーステナイト粒を細粒化し、フェライトへの変態を促進させる元素である。この効果を確実に得るためには、Nb含有量は0.001%以上とすることが好ましい。
一方、Nb含有量が高すぎると、上記効果が飽和する上、コストが増加する。そのため、Nb含有量は0.020%未満とする。
【0025】
Ti:0.010~0.100%
Tiは、オーステナイトの粒成長を抑制してオーステナイト粒を細粒化し、フェライトへの変態を促進させる元素である。この効果を確実に得るためには、Ti含有量は0.010%以上とすることが好ましい。
一方、Ti含有量が高すぎると、粗大なTi硫化物、Ti窒化物およびTi酸化物が形成され、鋼板の成形性が劣化する。そのため、Ti含有量は0.100%以下とする。
【0026】
Cr:0.05~0.50%
Crも、鋼の焼入れ性を高め、マルテンサイトの形成を促進し、ホットスタンプ成形体の強度を高めるために有効な元素である。この効果を確実に得るためには、Cr含有量は、0.05%以上とすることが好ましい。
一方、Cr含有量が高すぎると、破壊の起点となり得る粗大なCr炭化物が多量に形成される。そのため、Cr含有量は0.50%以下とする。
【0027】
B:0.0001~0.0100%
Bは、旧オーステナイト粒界に偏析し、フェライト変態を抑制する効果を有し、ホットスタンプ成形体の強度の向上に寄与する元素である。この効果を確実に得るためには、B含有量は0.0001%以上とすることが好ましい。
一方、B含有量が高すぎると、ホットスタンプ成形体の延性を低下させる。そのため、B含有量は0.0100%以下とする。
【0028】
Mo:0.01~1.00%
Moは、鋼中に炭化物を形成して、析出強化によりホットスタンプ成形体の強度を向上させる。この効果を確実に得るためには、Mo含有量は0.01%以上とすることが好ましい。
一方、Mo含有量が高すぎると、ホットスタンプ成形体の延性が低下する。そのため、Mo含有量は1.00%以下とする。
【0029】
Co:0.01~2.00%
Coは、固溶強化により、ホットスタンプ成形体の強度を向上させる。この効果を確実に得るためには、Co含有量は0.01%以上とすることが好ましい。
一方、Co含有量が高すぎると、上記作用による効果は飽和し、コストが増加する。したがって、Co含有量は、2.00%以下とする。
【0030】
Ni:0.01~0.50%
Niは、ホットスタンプ成形体の強度を向上させる。この効果を確実に得るためには、Ni含有量は0.01%以上とすることが好ましい。
一方、Ni含有量が高すぎると、鋳造性が低下する場合がある。そのため、Ni含有量は0.50%以下とする。
【0031】
V:0.01~0.10%
Vは、析出物による強化、オーステナイトの粒成長を抑制してオーステナイト粒を細粒化することによって、ホットスタンプ成形体の強度を向上させる。この効果を確実に得るためには、V含有量は、0.01%以上とすることが好ましい。
一方、V含有量が高すぎると、炭窒化物が多量に析出して鋼板の成形性が低下する。そのため、V含有量は、0.10%以下とする。
【0032】
Ca:0.0005~0.0100%
Caは、溶鋼を脱酸して鋼を健全化する(鋼にブローホールなどの欠陥が生じることを抑制する)作用を有する元素である。この作用を確実に得るためには、Ca含有量を0.0005%以上とすることが好ましい。
一方、Ca含有量が高すぎても上記効果は飽和するため、Ca含有量は0.0100%以下とすることが好ましい。
【0033】
Mg:0.0005~0.0100%
Mgは、溶鋼を脱酸して鋼を健全化する作用を有する元素である。この効果を確実に得るためには、Mg含有量は0.0005%以上とすることが好ましい。
一方、Mg含有量が高すぎても、上記効果は飽和してコストの上昇を引き起こす。そのため、Mg含有量は0.0100%以下とすることが好ましい。
【0034】
REM:0.0005~0.0100%
REMは、溶鋼を脱酸して鋼を健全化する作用を有する元素である。この効果を確実に得るためには、REM含有量を0.0005%以上とすることが好ましい。
一方、REM含有量が高すぎても上記効果は飽和するため、REM含有量は0.0100%以下とすることが好ましい。
なお、本実施形態においてREMとは、Sc、Y及びランタノイドからなる合計17元素を指す。本実施形態では、REMの含有量とはこれらの元素の合計含有量を指す。
【0035】
上述した化学組成は、一般的な分析方法によって測定すればよい。例えば、ICP-AES(Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry)を用いて測定すればよい。なお、CおよびSは燃焼-赤外線吸収法を用い、Nは不活性ガス融解-熱伝導度法を用いて測定すればよい。ホットスタンプ用鋼板またはホットスタンプ成形体が表面にめっき層を備える場合は、機械研削により表面のめっき層を除去してから、化学組成の分析を行えばよい。
【0036】
次に、本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板の金属組織について説明する。
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板は、金属組織において、板厚中央部の{112}<110>方位の極密度が3.0超であり、面積率で、フェライトが5~95%であり、全フェライトのうち、フェライト粒内に硬質相を含む前記フェライトの個数割合が30%以上である。以下、各規定について詳細に説明する。
なお、本実施形態では、表面から板厚1/4位置(表面から板厚の1/8深さ~表面から板厚の3/8深さの領域)における前記フェライトの面積率および前記フェライトの個数割合を規定する。
【0037】
板厚中央部の{112}<110>方位の極密度:3.0超
板厚中央部の{112}<110>方位の極密度が3.0以下であると、ホットスタンプ成形体において所望の金属組織を得ることができない。そのため、板厚中央部の{112}<110>方位の極密度は3.0超とする。好ましくは、3.5以上または4.0以上である。上限は特に限定しないが、10.0以下としてもよい。
なお、本実施形態において板厚中央部とは、表面から板厚の1/4深さ~表面から板厚の3/4深さの領域のことをいう。
【0038】
板厚中央部の{112}<110>方位の極密度は、以下の方法により得る。
測定には、走査型電子顕微鏡とEBSD解析装置とを組み合わせた装置およびTSL社製のOIM Analysis(登録商標)を用いる。EBSD(Electron Back Scattering Diffraction)法で測定した方位データと球面調和関数とを用いて計算して算出した、3次元集合組織を表示する結晶方位分布関数(ODF:Orientation Distribution Function)から、{112}<110>方位の極密度を求める。測定範囲は、表面から板厚の1/4深さ~表面から板厚の3/4深さの領域とする。測定ピッチは5μm/stepとする。
【0039】
なお、{hkl}は圧延面に平行な結晶面、<uvw>は圧延方向に平行な結晶方向を表す。すなわち、{hkl}<uvw>とは板面法線方向に{hkl}、圧延方向に<uvw>が向いている結晶を示す。
【0040】
フェライトの面積率:5~95%
フェライトの面積率が5%未満であると、ホットスタンプ成形体において、所望の金属組織を得られず、結果として所望の延性を得ることができない。そのため、フェライトの面積率は5%以上とする。好ましくは30%以上、40%以上、50%以上または60%以上である。
フェライトの面積率が、95%超であると、ホットスタンプ成形体において所望の金属組織を得ることができない。そのため、フェライトの面積率は95%以下とする。好ましくは、70%以下、60%以下、50%以下または40%以下である。
【0041】
残部組織
フェライト以外の残部組織は、マルテンサイト、ベイナイトおよびパーライトの1種または2種以上からなる硬質相である。硬質相の面積率は、合計で5%以上とすることが好ましい。好ましくは10%以上である。硬質相の面積率の上限は特に限定しないが、合計で、95%以下、90%以下、80%以下または70%以下としてもよい。
【0042】
金属組織の面積率の測定方法
ホットスタンプ用鋼板の端面から10mm以上離れた位置から、表面に直角な板厚断面が観察面となるようにサンプルを採取する。観察面を研磨した後、ナイタール腐食し、光学顕微鏡および走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて、表面から板厚1/4位置(表面から板厚の1/8深さ~表面から板厚の3/8深さの領域)における30μm×30μmの領域を少なくとも3領域観察する。この組織観察により得られた組織写真に対して画像解析を行うことによって、フェライト、パーライトおよびベイナイトのそれぞれの面積率を得る。その後、同様の観察位置に対し、レペラー腐食をした後、光学顕微鏡および走査型電子顕微鏡を用いて組織観察を行い、得られた組織写真に対して画像解析を行うことによって、マルテンサイトの面積率を算出する。
【0043】
上述の組織観察において、各組織は、以下の方法により同定する。
マルテンサイトは転位密度が高く、かつ粒内にブロックおよびパケットといった下部組織を持つ組織であるので、走査型電子顕微鏡を用いた電子チャンネリングコントラスト像によれば、他の金属組織と区別することが可能である。
ラス状の結晶粒の集合であり、組織の内部に長径20nm以上のFe系炭化物を含まない組織のうちマルテンサイトでない組織、および、組織の内部に長径20nm以上のFe系炭化物を含み、そのFe系炭化物が単一のバリアントを有する、すなわち同一方向に伸張したFe系炭化物である組織をベイナイトとみなす。ここで、同一方向に伸長したFe系炭化物とは、Fe系炭化物の伸長方向の差異が5°以内であるものをいう。
【0044】
塊状の結晶粒であって、組織の内部にラス等の下部組織を含まない組織をフェライトとみなす。
板状のフェライトとFe系炭化物とが層状に重なっている組織をパーライトとみなす。
【0045】
フェライト粒内に硬質相を含むフェライトの個数割合:30%以上
全フェライトのうち、フェライト粒内に硬質相を含むフェライトの個数割合が30%未満であると、ホットスタンプ成形体の金属組織において、硬質相を含むフェライト粒の個数割合が低くなり、結果として優れた延性を得ることができない。そのため、フェライト粒内に硬質相を含むフェライトの個数割合は30%以上とする。好ましくは40%以上、50%以上または60%以上である。
フェライト粒内に硬質相を含むフェライトの個数割合の上限は特に限定しないが、100%以下または95%以下としてもよい。
なお、ここでいう硬質相とは上述した残部組織のことであり、マルテンサイト、ベイナイトおよびパーライトの1種または2種以上のことをいう。
【0046】
フェライト粒内に硬質相を含むフェライトの個数割合の測定方法
上述した金属組織の面積率の測定に用いた組織写真を用いて、全フェライトの個数、並びに、フェライト粒の内部に硬質相(マルテンサイト、ベイナイトおよびパーライト)を含むフェライトの個数を測定する。全フェライトの個数に対する、フェライト粒の内部に硬質相を含むフェライトの個数を算出することで、フェライト粒内に硬質相を含むフェライトの個数割合((フェライト粒の内部に硬質相を含むフェライトの個数/全フェライトの個数)×100)を得る。
【0047】
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板は、片面または両面にめっき層を有してもよい。表面にめっき層を有することで、ホットスタンプ後のホットスタンプ成形体の耐食性が向上するので好ましい。
適用するめっきとしては、アルミめっき、アルミ-亜鉛めっき、アルミ-珪素めっき、溶融亜鉛めっき、電気亜鉛めっき、合金化溶融亜鉛めっきなどが例示される。
【0048】
ホットスタンプ用鋼板の板厚は特に限定しないが、車体軽量化の観点から、0.5~3.5mmとすることが好ましい。
【0049】
次に、上述したホットスタンプ用鋼板をホットスタンプすることで得られる、本実施形態に係るホットスタンプ成形体について説明する。本実施形態に係るホットスタンプ成形体の化学組成は、上述したホットスタンプ用鋼板の化学組成と同じと見做せるため、化学組成についての説明は省略する。
【0050】
本実施形態に係るホットスタンプ成形体は、金属組織において、面積率で、マルテンサイトが80%以上であり、前記マルテンサイト上に存在するGAIQ値が26000以下である硬質相の面積率が1.0%以上である。以下、各規定について説明する。
なお、本実施形態では、表面から板厚1/4位置(表面から板厚の1/8深さ~表面から板厚の3/8深さの領域)における前記マルテンサイトの面積率および前記硬質相の面積率を規定する。
【0051】
マルテンサイトの面積率:80%以上
マルテンサイトの面積率が80%未満であると、ホットスタンプ成形体において所望の強度を得ることができない。そのため、マルテンサイトの面積率は80%以上とする。好ましくは、85%以上または90%以上である。マルテンサイトの面積率の上限は特に限定しないが、100%以下または95%以下としてもよい。
【0052】
残部組織
マルテンサイト以外の残部組織は、フェライト、ベイナイトおよびパーライトの1種または2種である。フェライトの面積率が1%未満であると、優れた延性を得ることができない場合がある。そのため、フェライトの面積率は1%以上としてもよい。より好ましくは2%以上である。
ベイナイトおよびパーライトの面積率の合計は15%以下または10%以下としてもよい。
【0053】
マルテンサイト上に存在するGAIQ値が26000以下である硬質相の面積率が1.0%以上
GAIQ値が高い程、転位密度が低いことを示し、GAIQ値が低い程、転位密度が高いことを示す。そのため、GAIQ値は、結晶粒の転位密度を反映することができるパラメータである。マルテンサイト上に存在する、GAIQ値が26000以下である硬質相、すなわち転位密度が高い硬質相の面積率を高めることで、ホットスタンプ成形体の延性を向上することができる。
【0054】
マルテンサイト上に存在するGAIQ値が26000以下である硬質相の面積率が1.0%未満であると、優れた延性を得ることができない。そのため、マルテンサイト上に存在するGAIQ値が26000以下である硬質相の面積率は1.0%以上とする。好ましくは1.2%以上、1.5%以上、2.0%以上、2.5%以上または3.0%以上である。
マルテンサイト上に存在するGAIQ値が26000以下である硬質相の面積率の上限は特に限定しないが、10.0%以下または7.0%以下としてもよい。
【0055】
なお、GAIQ値が26000以下である硬質相には、マルテンサイトおよびベイナイトが含まれる。本実施形態では、GAIQ値が26000以下である硬質相として、マルテンサイトおよびベイナイトのいずれか一方、または両方が含まれていてもよいまた、マルテンサイト上に存在するとは、フェライト粒、ベイナイト粒、パーライト粒の内部以外に存在することをいい、換言すると、マルテンサイトのラス境界、ラス間、ラス内部、ブロック境界およびパケット境界、並びに旧オーステナイト粒界に存在することをいう。
【0056】
金属組織の面積率およびマルテンサイト上に存在するGAIQ値が26000以下である硬質相の面積率の測定方法
ホットスタンプ成形体の端面から10mm以上離れた位置(または端部を避けた位置)から、表面に直角な板厚断面が観察面となるようにサンプルを採取する。観察面を研磨した後、ナイタール腐食し、光学顕微鏡および走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて、表面から板厚1/4位置(表面から板厚の1/8深さ~表面から板厚の3/8深さの領域)における30μm×30μmの領域を少なくとも3領域観察する。この組織観察により得られた組織写真に対して画像解析を行うことによって、パーライトおよびベイナイトのそれぞれの面積率を得る。その後、同様の観察位置に対し、レペラー腐食をした後、光学顕微鏡および走査型電子顕微鏡を用いて組織観察を行い、得られた組織写真に対して画像解析を行うことによって、マルテンサイトの面積率を算出する。
組織観察において、各組織は、ホットスタンプ用鋼板のときと同様の方法により同定する。
【0057】
次に、ホットスタンプ成形体の端面から10mm以上離れた位置(または端部を避けた位置)から板厚断面が観察できるようにサンプルを切り出す。このサンプルの板厚断面を#600から#1500の炭化珪素ペーパーを使用して研磨した後、粒度1~6μmのダイヤモンドパウダーをアルコール等の希釈液または純水に分散させた液体を使用して鏡面に仕上げる。次に、室温においてアルカリ性溶液を含まないコロイダルシリカを用いて8分間研磨し、サンプルの表層に導入されたひずみを除去する。
【0058】
サンプルの板厚断面の長手方向の任意の位置において、長さ50μm、表面から板厚の1/8深さ~表面から板厚の3/8深さの領域を、0.1μmの測定間隔で電子後方散乱回折法により結晶方位情報を得る。測定には、サーマル電界放射型走査電子顕微鏡(JEOL製JSM-7001F)とEBSD検出器(TSL製DVC5型検出器)とで構成されたEBSD装置を用いる。この際、EBSD装置内の真空度は9.6×10-5Pa以下、加速電圧は15kV、照射電流レベルは13、電子線の照射レベルは62とする。
【0059】
得られた結晶方位情報について、EBSD装置に付属のソフトウェア「OIM Data Collection」機能、および「OIM Analysis(登録商標)」に搭載された「Grain Average Misorientation」機能を用いて、Grain Average Image Qualityマップ(GAIQマップ)を得る。得られたGAIQマップにおいて、結晶方位差が5°以上の粒界で囲まれた領域を結晶粒と定義する。単位結晶粒内の平均GAIQ値が42000以上である領域をフェライトとみなし、その面積率を算出することで、フェライトの面積率を得る。
【0060】
また、得られたGAIQマップにおいて、マルテンサイト上に存在する、GAIQ値が26000以下である硬質相の面積率を測定する。これにより、マルテンサイト上に存在するGAIQ値が26000以下である硬質相の面積率を得る。なお、マルテンサイトは、上述の方法により同定されるものとする。
【0061】
本実施形態に係るホットスタンプ成形体は、片面または両面にめっき層を有してもよい。表面にめっき層を有することで、ホットスタンプ成形体の耐食性が向上するので好ましい。
適用するめっきとしては、アルミめっき、アルミ-亜鉛めっき、アルミ-珪素めっき、溶融亜鉛めっき、電気亜鉛めっき、合金化溶融亜鉛めっきなどが例示される。
【0062】
ホットスタンプ成形体の板厚は特に限定しないが、車体軽量化の観点から、0.5~3.5mmとすることが好ましい。
【0063】
本実施形態に係るホットスタンプ成形体の引張(最大)強さは、980~1400MPaとしてもよい。また、本実施形態に係るホットスタンプ成形体の全伸びは、7.0%以上としてもよい。更に、本実施形態に係るホットスタンプ成形体は、引張強さと全伸びとの積(TS×El)は、12000MPa・%以上としてもよい。
引張強さおよび全伸びは、ホットスタンプ成形体からJIS5号試験片を採取し、JIS Z 2241:2011に準拠して引張試験を行うことにより得る。
【0064】
次に、本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板の好ましい製造方法について説明する。本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板の好ましい製造方法は、以下の工程を備える。
鋳造速度を0.80m/min以上としてスラブを得る。
巻取り温度を500~700℃の温度域として熱間圧延を行うことで熱延鋼板を得る。
冷間圧延により冷延鋼板を得た後、この冷延鋼板を750~Ac点の温度域に加熱して保持し(1回目保持)、その後、600~700℃の温度域の平均冷却速度が15℃/s以下となるように冷却する。次いで、300~500℃の温度域まで急冷し、この温度域で保持する(2回目保持)。その後、100℃以下の温度域まで急冷する。
なお、ここでいう急冷とは、平均冷却速度が15℃/s超である冷却のことをいう。
以下、各工程について説明する。
【0065】
鋳造速度:0.80m/min以上
鋳造速度を0.80m/min以上としてスラブを製造することで、鋼中でのMn偏析を促進することができる。鋳造速度は、スラブ割れを抑制する観点から、3.00m/min以下としてもよい。
【0066】
巻取り温度:500~700℃
巻取り温度を500~700℃の温度域として熱間圧延を行うことで、炭化物中にMnを濃化させることができる。熱間圧延のその他の条件は特に限定されず、一般的な条件とすればよい。また、冷間圧延の条件も一般的でよく、累積圧下率は30~70%とすればよい。
【0067】
1回目保持後、平均冷却速度が15℃/s以下となるように冷却
冷間圧延後、冷延鋼板を加熱して2相域、すなわち750~Ac点の温度域で保持(1回目保持)した後、600~700℃の温度域の平均冷却速度が15℃/s以下となるように冷却することで、フェライト粒の内部に、Mnが濃化した硬質相を残存させることができる。上記温度域における保持により、Mnが濃化していない未変態オーステナイトはフェライトに変態するが、Mnが濃化した未変態オーステナイトは変態点が低下しているため、フェライト変態せずに未変態オーステナイトとして残存する。
【0068】
なお、1回目保持における保持時間は10~300秒とすればよい。また、本実施形態において、平均冷却速度とは、冷却開始時の表面温度と冷却停止時の表面温度との温度差を、冷却開始時から冷却停止時までの時間差で除した値である。
また、Ac点は下記式により求めることができる。
【0069】
Ac(℃)=910-203×C0.5+66×Si-25×Mn+700×P-11×Cr+109×Al+400×Ti-15.2×Ni+104×V+31.5×Mo
上記式中の元素記号は、各元素の質量%での含有量を示し、当該元素を含有しない場合は0を代入する。
【0070】
急冷後、2回目保持し、更に急冷
600~700℃の温度域の平均冷却速度が15℃/s以下となるように冷却した後、300~500℃の温度域まで急冷し、この温度域で保持(2回目保持)し、その後更に急冷する。これにより、フェライト粒内に残存していた炭化物を硬質相に変態させることができる。その結果、フェライト粒内に硬質相を含むフェライトの個数割合を高めることができる。
なお、2回目保持における保持時間は10~600秒とすればよい。
【0071】
以上説明した製造方法により、本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板を安定して製造することができる。なお、上述の製造方法に加えて、ホットスタンプ用鋼板の片面または両面にめっき層を形成する工程を備えていてもよい。
【0072】
次に、本実施形態に係るホットスタンプ成形体の好ましい製造方法について説明する。本実施形態に係るホットスタンプ成形体の製造方法は、以下の工程を備える。
ホットスタンプ用鋼板をAc点以上の温度域まで加熱して保持する。
100℃以下の温度域まで平均冷却速度が30℃/s以上となるように冷却する。
以下、各工程について説明する。
【0073】
加熱温度および保持温度:Ac点以上
上述したホットスタンプ用鋼板をAc点以上の温度域に加熱し、保持することで、十分にオーステナイト化することができる。Ac点以上の温度域における保持時間は特に限定しないが、例えば10~300秒とすればよい。Ac点以上の温度域で保持した後、ホットスタンプする。
【0074】
100℃以下の温度域までの平均冷却速度:30℃/s以上
100℃以下の温度域までの平均冷却速度が30℃/s以上となるように冷却することで、所望量の硬質相を得ることができる。その結果、マルテンサイト上に存在するGAIQ値が26000以下である硬質相の面積率を高めることができる。100℃以下の温度域までの冷却は、金型との接触によって行えばよい。
【0075】
以上説明した方法により、本実施形態に係るホットスタンプ成形体を得ることができる。本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板は比較的低強度のため、ホットスタンプ後に高強度を有する鋼板と接合されてテーラードブランクとされ、ホットスタンプされて車体部品に成形される。この車体部品は、低強度材と高強度材とからなるテーラードブランクがホットスタンプされて製造されたため、低強度の部分と高強度の部分とを有するものとなる。
【0076】
テーラードブランクを製造する際の溶接方法は、レーザー溶接、シーム溶接、アーク溶接、プラズマ溶接など様々な方法が考えられるが、特に限定されない。また、低強度材(本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板)と共に使用される、高強度材(ホットスタンプ後に高強度を有する鋼板)も特に限定されない。これらは製造される車体部品毎に適切なものを選択すればよい。
【0077】
本実施形態に係るホットスタンプ用鋼板をテーラードブランクに適用せずに、該鋼板のみを用いて車体部品等を製造しても何ら問題ではない。パッチワークなど鋼板をスポット溶接で接合して重ねたブランクを作製して、そのブランクをホットスタンプすることも何ら問題ではない。
【実施例
【0078】
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0079】
表1Aおよび表1Bに示す化学組成を有するスラブを用いて、表2A~表2Cに示す条件で、表2A~表2Cに示すホットスタンプ用鋼板を製造した。次に、表3A~表3Cに示す条件で、表3A~表3Cに示すホットスタンプ成形体を得た。
【0080】
なお、スラブは表2A~表2Cに記載の鋳造速度により製造した。巻取り後の冷間圧延では、累積圧下率を30~70%とした。1回目保持における保持時間は10~300秒とし、2回目保持における保持時間は10~600秒とした。また、600~700℃の温度域の平均冷却速度が表2A~表2Cに記載の平均冷却速度となるように冷却した後は、2回目保持温度まで急冷した。2回目保持後は、100℃以下の温度域まで急冷した。
更に、ホットスタンプ時の加熱では、保持時間を10~300秒とした。
【0081】
上述の方法により、ホットスタンプ用鋼板の金属組織、ホットスタンプ成形体の金属組織および機械特性(引張強さおよび全伸び)を測定した。
引張強さが980~1400MPaであった例は、高い強度を有するとして合格と判定した。一方、引張強さが980MPa未満または1400MPa超であった例は、不合格と判定した。
また、全伸びが7.0%以上であり、且つ引張強さと全伸びとの積(TS×El)が12000MPa・%以上であった例は、延性に優れるとして合格と判定した。一方、全伸びが7.0%未満であった例および引張強さと全伸びとの積(TS×El)が12000MPa・%未満であった例は、延性に劣るとして不合格と判定した。
【0082】
【表1A】
【0083】
【表1B】
【0084】
【表2A】
【0085】
【表2B】
【0086】
【表2C】
【0087】
【表3A】
【0088】
【表3B】
【0089】
【表3C】
【0090】
表1A~表3Cによれば、本発明例に係るホットスタンプ成形体は、高い強度および優れた延性を有することが分かる。
一方、比較例に係るホットスタンプ成形体は、高い強度および/または優れた延性を有さないことが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0091】
本発明に係る上記態様によれば、高い強度および優れた延性を有するホットスタンプ成形体、並びに、このホットスタンプ成形体を製造できるホットスタンプ用鋼板を提供することができる。