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  • 特許-Fe-Cr-Ni合金材 図1
  • 特許-Fe-Cr-Ni合金材 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-05
(45)【発行日】2023-12-13
(54)【発明の名称】Fe-Cr-Ni合金材
(51)【国際特許分類】
   C22C 30/00 20060101AFI20231206BHJP
   C22C 30/02 20060101ALI20231206BHJP
   C21D 8/10 20060101ALI20231206BHJP
   C22F 1/10 20060101ALN20231206BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20231206BHJP
【FI】
C22C30/00
C22C30/02
C21D8/10 Z
C22F1/10 H
C22F1/00 626
C22F1/00 630A
C22F1/00 641B
C22F1/00 683
C22F1/00 685
C22F1/00 694A
C22F1/00 691C
C22F1/00 691B
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2023524122
(86)(22)【出願日】2023-01-05
(86)【国際出願番号】 JP2023000052
(87)【国際公開番号】W WO2023132339
(87)【国際公開日】2023-07-13
【審査請求日】2023-04-19
(31)【優先権主張番号】P 2022000845
(32)【優先日】2022-01-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】高部 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】中根 一弥
(72)【発明者】
【氏名】松田 皓平
(72)【発明者】
【氏名】岡田 誠也
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/225869(WO,A1)
【文献】国際公開第2012/128258(WO,A1)
【文献】特開2018-031028(JP,A)
【文献】国際公開第2010/113843(WO,A1)
【文献】国際公開第2021/256128(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 30/00
C22C 30/02
C21D 8/10
C22F 1/10
C22F 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.030%以下、
Si:0.01~1.00%、
Mn:0.01~2.00%、
P:0.030%以下、
S:0.0050%以下、
Ni:29.0~36.5%、
Cr:23.0~27.5%、
Mo:2.00~6.00%、
Al:0.01~0.30%、
希土類元素:0.016~0.100%、
N:0.220~0.500%、
O:0.010%以下、
W:0~6.0%、
Cu:0~2.00%、
Ca:0~0.0100%、
Mg:0~0.0100%、
V:0~0.50%、
Ti:0~0.50%、
Nb:0~0.50%、
Co:0~2.00%、及び、
残部がFe及び不純物からなり、
式(1)を満たし、
ミクロ組織において、オーステナイト粒の結晶粒度番号の標準偏差が0.80以下であり、
引張降伏強度が758MPa以上である、
Fe-Cr-Ni合金材。
3×Ni-2×Cr-150×N<15.0 (1)
ここで、式(1)中の元素記号には、対応する元素の含有量が質量%で代入される。
【請求項2】
請求項1に記載のFe-Cr-Ni合金材であって、
W:0.1~6.0%、
Cu:0.01~2.00%、
Ca:0.0001~0.0100%、
Mg:0.0001~0.0100%、
V:0.01~0.50%、
Ti:0.01~0.50%、
Nb:0.01~0.50%、及び、
Co:0.01~2.00%からなる群から選択される1元素以上を含有する、
Fe-Cr-Ni合金材。
【請求項3】
油井用継目無合金管である、
請求項1又は請求項2に記載のFe-Cr-Ni合金材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は合金材に関し、さらに詳しくは、Fe-Cr-Ni合金材に関する。
【背景技術】
【0002】
油井やガス井(以下、油井及びガス井を総称して「油井」という)では、油井管に代表される油井用合金材が利用されている。油井の多くは、腐食性を有する硫化水素を含有するサワー環境である。本明細書において、サワー環境とは、硫化水素を含有する酸性化した環境を意味する。サワー環境は、硫化水素だけでなく、二酸化炭素も含有する場合がある。このようなサワー環境で使用される材料には、優れた耐食性が求められる。
【0003】
優れた耐食性が求められる材料として、たとえば、SUS304H、SUS316H、SUS321H、SUS347H等の18-8系ステンレス鋼材や、JIS規格でNCF800Hと規定されるAlloy800Hに代表されるFe-Cr-Ni合金材がある。Fe-Cr-Ni合金材は、18-8系ステンレス鋼に比較して優れた耐食性を有する。Fe-Cr-Ni合金材はさらに、Alloy617に代表されるNi基合金材に比較して、経済性に優れている。そのため、サワー環境に使用される油井用合金材として、Fe-Cr-Ni合金材が用いられる場合がある。
【0004】
特開平2-217445号公報(特許文献1)、及び、国際公開第2015/072458号(特許文献2)は、優れた耐食性を有する油井用合金材を提案する。
【0005】
特許文献1に記載の合金材は、Fe-Cr-Ni合金であって、Ni:27~32%、Cr:24~28%、Cu:1.25~3.0%、Mo:1.0~3.0%、Si:1.5~2.75%、Mn:1.0~2.0%を含有し、N:0.015%以下、B:0.10%以下、C:0.10%以下、Al:0.30%以下、P:0.03%以下、S:0.02%以下に規制し、残部がFe及び不純物から実質上なる。この合金材は、高強度、ゴーリング耐性、及び、応力下での耐食性を有する、と特許文献1には記載されている。
【0006】
特許文献2に記載の合金材は、Ni-Cr合金材であって、質量%で、Si:0.01~0.5%、Mn:0.01~1.0%未満、Cu:0.01~1.0%未満、Ni:48~55%未満、Cr:22~28%、Mo:5.6~7.0%未満、N:0.04~0.16%、sol.Al:0.03~0.20%、REM:0.01~0.074%、W:0~8.0%未満、及び、Co:0~2.0%と、Ca及びMgの1種以上:合計で0.0003~0.01%と、Ti、Nb、Zr、及びVの1種以上:合計で0~0.5%と、残部がFe及び不純物とからなり、不純物中で、C:0.03%以下、P:0.03%以下、S:0.001%以下、及び、O:0.01%以下である化学組成を有し、転位密度ρが式(7.0×1015≦ρ≦2.7×1016-2.67×1017×[REM(%)])を満たす。この合金材は、熱間加工性及び靱性に優れるとともに、耐食性(温度が200℃を超えるような高温で、硫化水素を含む環境での耐応力腐食割れ性)にも優れ、降伏強度(0.2%耐力)が965MPa以上である、と特許文献2には記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開平2-217445号公報
【文献】国際公開第2015/072458号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
近年、油井の深井戸化により、油井用合金材の高強度化が求められてきている。すなわち、油井用合金材としての使用が想定されたFe-Cr-Ni合金材は、高い強度を有することが求められてきている。
【0009】
最近の油井ではさらに、鉛直下向きに真っ直ぐ掘られる垂直坑井だけでなく、傾斜坑井が増加してきている。傾斜坑井は、坑井の延在方向を鉛直下向きから水平方向に曲げて掘削することにより形成される。傾斜坑井は、水平に延在する部分(水平坑井)を含むことにより、原油やガス等の生産流体が埋蔵されている地層を広範囲にカバーすることができ、生産流体の生産効率を高めることができる。
【0010】
一方、このような傾斜坑井に用いられる場合、合金材には圧縮力が負荷される場合がある。この場合、合金材は引張降伏強度だけでなく、圧縮降伏強度も高い方が好ましい。つまり、傾斜坑井への使用が想定されたFe-Cr-Ni合金材では、高い強度を有するだけでなく、強度異方性が低減できた方が好ましい。しかしながら、上記特許文献1及び2では、Fe-Cr-Ni合金材の強度として、引張降伏強度についてのみ検討されている。つまり、上記特許文献1及び2では、合金材の強度異方性について検討されていない。
【0011】
本開示の目的は、高い強度を有し、かつ、強度異方性が低減されたFe-Cr-Ni合金材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本開示によるFe-Cr-Ni合金材は、
質量%で、
C:0.030%以下、
Si:0.01~1.00%、
Mn:0.01~2.00%、
P:0.030%以下、
S:0.0050%以下、
Ni:29.0~36.5%、
Cr:23.0~27.5%、
Mo:2.00~6.00%、
Al:0.01~0.30%、
希土類元素:0.016~0.100%、
N:0.220~0.500%、
O:0.010%以下、
W:0~6.0%、
Cu:0~2.00%、
Ca:0~0.0100%、
Mg:0~0.0100%、
V:0~0.50%、
Ti:0~0.50%、
Nb:0~0.50%、
Co:0~2.00%、及び、
残部がFe及び不純物からなり、
式(1)を満たし、
ミクロ組織において、オーステナイト粒の結晶粒度番号の標準偏差が0.80以下であり、
引張降伏強度が758MPa以上である。
3×Ni-2×Cr-150×N<15.0 (1)
ここで、式(1)中の元素記号には、対応する元素の含有量が質量%で代入される。
【発明の効果】
【0013】
本開示によるFe-Cr-Ni合金材は、高い強度を有し、かつ、強度異方性が低減されている。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、本実施例におけるI(=3×Ni-2×Cr-150×N)の値と、異方性指標AI(=圧縮YS/引張YS)との関係を示す図である。
図2図2は、本実施例における結晶粒度番号の標準偏差σの値と、異方性指標AI(=圧縮YS/引張YS)との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明者らは最初に、高い強度を有するFe-Cr-Ni合金材として、110ksi(758MPa)以上の引張降伏強度を有するFe-Cr-Ni合金材に着目した。次に本発明者らは、758MPa以上の引張降伏強度を有するFe-Cr-Ni合金材の強度異方性について、化学組成の観点から検討した。
【0016】
その結果、本発明者らは、質量%で、C:0.030%以下、Si:0.01~1.00%、Mn:0.01~2.00%、P:0.030%以下、S:0.0050%以下、Ni:29.0~36.5%、Cr:23.0~27.5%、Mo:2.00~6.00%、Al:0.01~0.30%、希土類元素:0.016~0.100%、N:0.220~0.500%、O:0.010%以下、W:0~6.0%、Cu:0~2.00%、Ca:0~0.0100%、Mg:0~0.0100%、V:0~0.50%、Ti:0~0.50%、Nb:0~0.50%、Co:0~2.00%、及び、残部がFe及び不純物からなるFe-Cr-Ni合金材であれば、758MPa以上の引張降伏強度を有し、さらに、強度異方性を低減できる可能性があると考えた。
【0017】
一方、上述の化学組成を有するFe-Cr-Ni合金材であっても、758MPa以上の引張降伏強度を有する場合、強度異方性が大きくなる場合があった。そこで、本発明者らは、上述の化学組成と758MPa以上の引張降伏強度とを有する合金材の強度異方性を低減することについて、詳細に検討した。
【0018】
[積層欠陥エネルギー]
上述の化学組成を有する合金材では、Ni含有量が高いことから、積層欠陥エネルギーが大きくなりやすい。積層欠陥エネルギーが大きい場合、付与された歪に対する加工硬化の程度が小さくなる。つまり、積層欠陥エネルギーを小さくできれば、歪に対して加工硬化がされやすくなる。その結果、製造過程において付与される歪の異方性の影響を受けにくくなり、合金材の強度異方性を低減できる可能性がある。
【0019】
そこで本発明者らは、上述の化学組成と758MPa以上の引張降伏強度とを有するFe-Cr-Ni合金材の積層欠陥エネルギーに着目して、合金材の強度異方性を低減する手法について、詳細に検討した。本発明者らの詳細な検討の結果、上述の化学組成を有するFe-Cr-Ni合金材では、化学組成がさらに次の式(1)を満たせば、本実施形態のその他の構成を満たすことを条件に、758MPa以上の引張降伏強度を有し、さらに、強度異方性を低減できることが明らかになった。
3×Ni-2×Cr-150×N<15.0 (1)
ここで、式(1)中の元素記号には、対応する元素の含有量が質量%で代入される。
【0020】
I=3×Ni-2×Cr-150×Nと定義する。Iは、上述の化学組成を有する合金材の積層欠陥エネルギーの指標である。また、本明細書において、引張降伏強度(引張YS)に対する圧縮降伏強度(圧縮YS)の比(圧縮YS/引張YS)を、異方性指標AIともいう。以下、合金材の積層欠陥エネルギーの指標であるIと、合金材の異方性指標AIとの関係について、図面を用いて具体的に説明する。図1は、本実施例におけるIの値と、異方性指標AIとの関係を示す図である。図1は、後述する実施例のうち、I以外の構成が本実施形態の条件を満たす実施例について、Iの値と、異方性指標AIとを用いて作成した。
【0021】
図1を参照して、上述の化学組成と758MPa以上の引張降伏強度とを有する合金材では、Iが15.0未満であれば、異方性指標AIを0.800以上に高められる。一方、Iが15.0以上になると、異方性指標AIが0.800未満に低下する。したがって、本実施形態によるFe-Cr-Ni合金材では、上述の化学組成を満たし、さらに、Iを15.0未満とする。その結果、本実施形態によるFe-Cr-Ni合金材は、本実施形態のその他の構成を満たすことを条件に、強度異方性を低減することができる。
【0022】
[オーステナイト粒]
まず、上述の化学組成を有するFe-Cr-Ni合金材は、オーステナイトからなるミクロ組織を有する。本明細書において、「オーステナイトからなるミクロ組織」とは、オーステナイト以外の相が、無視できるほど少ないことを意味する。そこで本発明者らは、式(1)を含む上述の化学組成を有し、758MPa以上の引張降伏強度を有するFe-Cr-Ni合金材のオーステナイト粒に着目して、合金材の強度異方性を低減する手法について詳細に検討した。
【0023】
本発明者らによる詳細な検討の結果、式(1)を含む上述の化学組成と、758MPa以上の引張降伏強度とを有するFe-Cr-Ni合金材では、ミクロ組織中の結晶粒度番号の標準偏差σが、合金材の強度異方性に影響を与えることが明らかになった。この点について、図面を用いて具体的に説明する。図2は、本実施例における結晶粒度番号の標準偏差σの値と、異方性指標AIとの関係を示す図である。図2は、後述する実施例のうち、結晶粒度番号の標準偏差σ以外の構成が本実施形態の条件を満たす実施例について、結晶粒度番号の標準偏差σの値と、異方性指標AIとを用いて作成した。
【0024】
図2を参照して、式(1)を含む上述の化学組成と、758MPa以上の引張降伏強度とを有するFe-Cr-Ni合金材では、結晶粒度番号の標準偏差σが0.80以下であれば、異方性指標AIを0.800以上に高められる。一方、結晶粒度番号の標準偏差σが0.80を超えると、異方性指標AIが0.800未満に低下する。したがって、本実施形態によるFe-Cr-Ni合金材では、上述の化学組成を満たし、Iが15.0未満であり、758MPa以上の引張降伏強度を有し、さらに、結晶粒度番号の標準偏差σを0.80以下とする。その結果、本実施形態によるFe-Cr-Ni合金材は、強度異方性を低減することができる。
【0025】
結晶粒度番号の標準偏差σを0.80以下にすることによって、合金材の強度異方性を低減できる理由について、詳細は明らかになっていない。しかしながら、上述の化学組成を満たし、Iが15.0未満であり、758MPa以上の引張降伏強度を有し、さらに、結晶粒度番号の標準偏差σを0.80以下とすることによって、強度異方性を低減できることは、後述する実施例によって証明されている。
【0026】
以上の知見に基づいて完成した本実施形態によるFe-Cr-Ni合金材の要旨は、次のとおりである。
【0027】
[1]
質量%で、
C:0.030%以下、
Si:0.01~1.00%、
Mn:0.01~2.00%、
P:0.030%以下、
S:0.0050%以下、
Ni:29.0~36.5%、
Cr:23.0~27.5%、
Mo:2.00~6.00%、
Al:0.01~0.30%、
希土類元素:0.016~0.100%、
N:0.220~0.500%、
O:0.010%以下、
W:0~6.0%、
Cu:0~2.00%、
Ca:0~0.0100%、
Mg:0~0.0100%、
V:0~0.50%、
Ti:0~0.50%、
Nb:0~0.50%、
Co:0~2.00%、及び、
残部がFe及び不純物からなり、
式(1)を満たし、
ミクロ組織において、オーステナイト粒の結晶粒度番号の標準偏差が0.80以下であり、
引張降伏強度が758MPa以上である、
Fe-Cr-Ni合金材。
3×Ni-2×Cr-150×N<15.0 (1)
ここで、式(1)中の元素記号には、対応する元素の含有量が質量%で代入される。
【0028】
[2]
[1]に記載のFe-Cr-Ni合金材であって、
W:0.1~6.0%、
Cu:0.01~2.00%、
Ca:0.0001~0.0100%、
Mg:0.0001~0.0100%、
V:0.01~0.50%、
Ti:0.01~0.50%、
Nb:0.01~0.50%、及び、
Co:0.01~2.00%からなる群から選択される1元素以上を含有する、
Fe-Cr-Ni合金材。
【0029】
[3]
油井用継目無合金管である、
[1]又は[2]に記載のFe-Cr-Ni合金材。
【0030】
なお、本実施形態によるFe-Cr-Ni合金材の形状は、特に限定されない。本実施形態によるFe-Cr-Ni合金材の形状は、板状であってもよく、断面円形の棒状であってもよく、管状であってもよい。すなわち、本実施形態によるFe-Cr-Ni合金材は、合金板であってもよく、断面円形の棒材であってもよく、合金管であってもよい。なお、合金管とは、継目無合金管であってもよく、溶接合金管であってもよい。なお、合金材が油井用合金管である場合、継目無合金管であることが好ましい。
【0031】
以下、本実施形態によるFe-Cr-Ni合金材について詳述する。元素に関する「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。
【0032】
[化学組成]
本実施形態によるFe-Cr-Ni合金材の化学組成は、次の元素を含有する。
【0033】
C:0.030%以下
炭素(C)は、不可避に含有される不純物である。すなわち、C含有量の下限は0%超である。C含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、結晶粒界にCr炭化物が生成する。Cr炭化物は、粒界での割れ感受性を高める。その結果、合金材の耐食性が低下する。したがって、C含有量は0.030%以下である。C含有量の好ましい上限は0.028%であり、さらに好ましくは0.025%であり、さらに好ましくは0.020%であり、さらに好ましくは0.015%である。C含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、C含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、C含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.003%である。
【0034】
Si:0.01~1.00%
ケイ素(Si)は合金を脱酸する。Si含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Si含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、合金材の熱間加工性が低下する。したがって、Si含有量は0.01~1.00%である。Si含有量の好ましい下限は0.05%であり、さらに好ましくは0.10%であり、さらに好ましくは0.20%である。Si含有量の好ましい上限は0.80%であり、さらに好ましくは0.60%であり、さらに好ましくは0.50%である。
【0035】
Mn:0.01~2.00%
マンガン(Mn)は合金を脱酸し、脱硫する。Mn含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Mn含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、合金材の熱間加工性が低下する。したがって、Mn含有量は0.01~2.00%である。Mn含有量の好ましい下限は0.10%であり、さらに好ましくは0.20%であり、さらに好ましくは0.30%である。Mn含有量の好ましい上限は1.80%であり、さらに好ましくは1.50%であり、さらに好ましくは1.20%であり、さらに好ましくは1.00%であり、さらに好ましくは0.80%である。
【0036】
P:0.030%以下
燐(P)は、不可避に含有される不純物である。すなわち、P含有量の下限は0%超である。Pは粒界に偏析する。そのため、P含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、合金材の熱間加工性及び耐食性が低下する。したがって、P含有量は0.030%以下である。P含有量の好ましい上限は0.025%であり、さらに好ましくは0.020%である。P含有量はなるべく低い方が好ましい。ただし、P含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、P含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.002%であり、さらに好ましくは0.003%である。
【0037】
S:0.0050%以下
硫黄(S)は、不可避に含有される不純物である。すなわち、S含有量の下限は0%超である。Sは粒界に偏析する。そのため、S含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、合金材の熱間加工性が低下する。したがって、S含有量は0.0050%以下である。S含有量の好ましい上限は0.0040%であり、さらに好ましくは0.0030%であり、さらに好ましくは0.0020%である。S含有量はなるべく低い方が好ましい。ただし、S含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、S含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0003%であり、さらに好ましくは0.0005%である。
【0038】
Ni:29.0~36.5%
ニッケル(Ni)はオーステナイト形成元素であり、合金材中のオーステナイトを安定化する。Ni含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Ni含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、固溶N量が低下して、合金材の強度が低下する場合がある。この場合さらに、製造コストが大幅に高まる。したがって、Ni含有量は29.0~36.5%である。Ni含有量の好ましい下限は29.5%であり、さらに好ましくは30.0%である。Ni含有量の好ましい上限は36.0%であり、さらに好ましくは35.5%であり、さらに好ましくは35.0%である。
【0039】
Cr:23.0~27.5%
クロム(Cr)は、合金材の耐食性を高める。Crはさらに、固溶N量を高め、合金材の強度を高める。Cr含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Cr含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、合金材の熱間加工性が低下する。この場合さらに、σ相に代表される金属間化合物が形成されやすくなり、合金材の耐食性が低下する。したがって、Cr含有量は23.0~27.5%である。Cr含有量の好ましい下限は23.5%であり、さらに好ましくは24.0%であり、さらに好ましくは24.5%である。Cr含有量の好ましい上限は27.0%であり、さらに好ましくは26.5%である。
【0040】
Mo:2.00~6.00%
モリブデン(Mo)は、腐食保護皮膜の安定化に寄与し、合金材の耐食性を高める。Moはさらに、固溶強化により合金材の強度を高める。Mo含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Mo含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、合金材の熱間加工性が低下する。この場合さらに、製造コストが大幅に高まる。したがって、Mo含有量は2.00~6.00%である。Mo含有量の好ましい下限は2.20%であり、さらに好ましくは2.40%であり、さらに好ましくは2.50%である。Mo含有量の好ましい上限は5.50%であり、さらに好ましくは5.00%であり、さらに好ましくは4.50%であり、さらに好ましくは4.00%である。
【0041】
Al:0.01~0.30%
アルミニウム(Al)は、合金を脱酸する。Alはさらに、酸化物を生成して酸素を固定し、合金材の熱間加工性を高める。Alはさらに、合金材の耐衝撃特性及び耐食性を高める。Al含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Al含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Al酸化物が過剰に生成して、合金材の熱間加工性がかえって低下する。したがって、Al含有量は0.01~0.30%である。Al含有量の好ましい下限は0.02%であり、さらに好ましくは0.03%であり、さらに好ましくは0.05%である。Al含有量の好ましい上限は0.25%であり、さらに好ましくは0.20%である。なお、本明細書にいうAl含有量は、「酸可溶Al」、つまり、sol.Alの含有量を意味する。
【0042】
希土類元素:0.016~0.100%
希土類元素(REM)は、合金中のSを硫化物として固定することで無害化し、合金材の熱間加工性を高める。REMはさらに、合金材の耐食性を高める。REM含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、REM含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、合金材中に粗大な酸化物が形成され、合金材の熱間加工性がかえって低下する。したがって、REM含有量は0.016~0.100%である。REM含有量の好ましい下限は0.018%であり、さらに好ましくは0.020%である。REM含有量の好ましい上限は0.080%であり、さらに好ましくは0.060%であり、さらに好ましくは0.050%である。
【0043】
なお、本明細書におけるREMとは、原子番号21番のスカンジウム(Sc)、原子番号39番のイットリウム(Y)、及び、ランタノイドである原子番号57番のランタン(La)~原子番号71番のルテチウム(Lu)からなる群から選択される1元素以上を意味する。また、本明細書におけるREM含有量とは、これらの元素の合計含有量を意味する。
【0044】
N:0.220~0.500%
窒素(N)は、固溶強化により合金材の強度を高める。N含有量が低すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、N含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Cr窒化物が多量に形成され、合金材の耐食性が低下する。したがって、N含有量は0.220~0.500%である。N含有量の好ましい下限は0.225%であり、さらに好ましくは0.230%であり、さらに好ましくは0.235%であり、さらに好ましくは0.240%である。N含有量の好ましい上限は0.480%であり、さらに好ましくは0.450%であり、さらに好ましくは0.400%である。
【0045】
O:0.010%以下
酸素(O)は、不可避に含有される不純物である。すなわち、O含有量の下限は0%超である。OはREMと結合して、酸化物を形成する。そのため、O含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、合金材中に粗大な酸化物が形成され、合金材の熱間加工性が低下する。この場合さらに、合金材の耐食性が低下する。したがって、O含有量は0.010%以下である。O含有量の好ましい上限は0.008%であり、さらに好ましくは0.005%である。O含有量はなるべく低い方が好ましい。ただし、O含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、O含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.002%である。
【0046】
本実施形態によるFe-Cr-Ni合金材の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とは、Fe-Cr-Ni合金材を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は製造環境などから混入されるものであって、本実施形態によるFe-Cr-Ni合金材の作用効果に顕著な悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0047】
[任意元素]
本実施形態によるFe-Cr-Ni合金材の化学組成はさらに、W、及び、Cuからなる群から選択される1元素以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも、合金材の耐食性を高める。
【0048】
W:0~6.0%
タングステン(W)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、W含有量は0%であってもよい。含有される場合、Wは腐食保護皮膜の安定化に寄与し、合金材の耐食性を高める。Wはさらに、固溶強化により合金材の強度を高める。Wが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、W含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、合金材の熱間加工性が低下する。したがって、W含有量は0~6.0%である。W含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.1%であり、さらに好ましくは0.5%であり、さらに好ましくは1.0%である。W含有量の好ましい上限は5.5%であり、さらに好ましくは5.0%であり、さらに好ましくは4.5%であり、さらに好ましくは4.0%である。
【0049】
Cu:0~2.00%
銅(Cu)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Cu含有量は0%であってもよい。含有される場合、Cuは腐食保護皮膜の安定化に寄与し、合金材の耐食性を高める。Cuが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Cu含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、合金材の熱間加工性が低下する。したがって、Cu含有量は0~2.00%である。Cu含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.04%である。Cu含有量の好ましい上限は1.80%であり、さらに好ましくは1.50%であり、さらに好ましくは1.00%である。
【0050】
本実施形態によるFe-Cr-Ni合金材の化学組成はさらに、Ca、及び、Mgからなる群から選択される1元素以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも、合金材の熱間加工性を高める。
【0051】
Ca:0~0.0100%
カルシウム(Ca)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ca含有量は0%であってもよい。含有される場合、Caは合金中のSを硫化物として固定することで無害化し、合金材の熱間加工性を高める。Caが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Ca含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、合金材中に粗大な酸化物が形成され、合金材の熱間加工性がかえって低下する。したがって、Ca含有量は0~0.0100%である。Ca含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.0001%であり、さらに好ましくは0.0003%であり、さらに好ましくは0.0005%である。Ca含有量の好ましい上限は0.0080%であり、さらに好ましくは0.0060%であり、さらに好ましくは0.0050%である。
【0052】
Mg:0~0.0100%
マグネシウム(Mg)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Mg含有量は0%であってもよい。含有される場合、Mgは合金中のSを硫化物として固定することで無害化し、合金材の熱間加工性を高める。Mgが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Mg含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、合金材中に粗大な酸化物が形成され、合金材の熱間加工性がかえって低下する。したがって、Mg含有量は0~0.0100%である。Mg含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.0001%であり、さらに好ましくは0.0003%であり、さらに好ましくは0.0005%である。Mg含有量の好ましい上限は0.0080%であり、さらに好ましくは0.0060%であり、さらに好ましくは0.0040%である。
【0053】
本実施形態によるFe-Cr-Ni合金材の化学組成はさらに、V、Ti、及び、Nbからなる群から選択される1元素以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも、合金材の強度を高める。
【0054】
V:0~0.50%
バナジウム(V)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、V含有量は0%であってもよい。含有される場合、VはCやNと炭窒化物等を形成し、合金材の強度を高める。Vが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、V含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、炭窒化物等が過剰に形成され、合金材の延性が低下する。したがって、V含有量は0~0.50%である。V含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.03%であり、さらに好ましくは0.05%である。V含有量の好ましい上限は0.40%であり、さらに好ましくは0.30%であり、さらに好ましくは0.20%である。
【0055】
Ti:0~0.50%
チタン(Ti)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ti含有量は0%であってもよい。含有される場合、TiはCやNと炭窒化物等を形成し、合金材の強度を高める。Tiが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Ti含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、炭窒化物等が過剰に形成され、合金材の延性が低下する。したがって、Ti含有量は0~0.50%である。Ti含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.03%であり、さらに好ましくは0.05%である。Ti含有量の好ましい上限は0.40%であり、さらに好ましくは0.30%であり、さらに好ましくは0.20%であり、さらに好ましくは0.10%である。
【0056】
Nb:0~0.50%
ニオブ(Nb)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Nb含有量は0%であってもよい。含有される場合、NbはCやNと炭窒化物等を形成し、合金材の強度を高める。Nbが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Nb含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、炭窒化物等が過剰に形成され、合金材の延性が低下する。したがって、Nb含有量は0~0.50%である。Nb含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.03%であり、さらに好ましくは0.05%である。Nb含有量の好ましい上限は0.40%であり、さらに好ましくは0.30%であり、さらに好ましくは0.20%であり、さらに好ましくは0.10%である。
【0057】
本実施形態によるFe-Cr-Ni合金材の化学組成はさらに、Coを含有してもよい。
【0058】
Co:0~2.00%
コバルト(Co)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Co含有量は0%であってもよい。含有される場合、Coは合金材中のオーステナイトを安定化する。Coが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Co含有量が高すぎれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、製造コストが大幅に高まる。したがって、Co含有量は0~2.00%である。Co含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.10%である。Co含有量の好ましい上限は1.50%であり、さらに好ましくは1.20%であり、さらに好ましくは1.00%であり、さらに好ましくは0.50%である。
【0059】
[式(1)について]
本実施形態によるFe-Cr-Ni合金材は、上述の化学組成を有し、さらに、次の式(1)を満たす。
3×Ni-2×Cr-150×N<15.0 (1)
ここで、式(1)中の元素記号には、対応する元素の含有量が質量%で代入される。
【0060】
I(=3×Ni-2×Cr-150×N)は、上述の化学組成を有する合金材の積層欠陥エネルギーの指標である。上述の化学組成を有することを前提として、Iが15.0未満であれば、積層欠陥エネルギーが小さくなる。その結果、当該Fe-Cr-Ni合金材は、758MPa以上の引張降伏強度を有していても、異方性指標AIを0.800以上にまで高められる場合がある。したがって、本実施形態によるFe-Cr-Ni合金材では、上述の化学組成を有することを前提として、Iを15.0未満とする。その結果、本実施形態によるFe-Cr-Ni合金材は、本実施形態のその他の構成を満たすことを条件に、758MPa以上の引張降伏強度を有していても、強度異方性を低減することができる。
【0061】
Iの好ましい上限は14.5であり、さらに好ましくは14.0であり、さらに好ましくは13.5であり、さらに好ましくは13.0である。Iの下限は特に限定されず、たとえば、-70.0である。Iの好ましい下限は-60.0である。
【0062】
[結晶粒度番号の標準偏差σ]
本実施形態によるFe-Cr-Ni合金材は、上述の化学組成を有し、式(1)を満たし、さらに、オーステナイト粒の結晶粒度番号の標準偏差σを0.80以下とする。その結果、本実施形態によるFe-Cr-Ni合金材は、758MPa以上の引張降伏強度を有していても、強度異方性を低減できる。
【0063】
ここで、オーステナイト粒の結晶粒度番号の標準偏差σが大きい場合、合金材中には粗大なオーステナイト粒(粗大粒)が偏在している領域と、微細なオーステナイト粒(微細粒)が偏在している領域とが生じていると推察される。また、式(1)を含む上述の化学組成を有するFe-Cr-Ni合金材の引張降伏強度を758MPa以上とする場合、後述する製造工程において、溶体化処理に代表される熱処理後に冷間加工等が実施され、合金材中に歪が導入される場合がある。そのため、歪が導入された方向によって、強度に異方性が生じる可能性がある。具体的に、冷間加工等として冷間引抜や冷間圧延を実施した場合、引張降伏強度の方が圧縮降伏強度よりも大きくなる。
【0064】
より具体的に、引張方向への応力付与により強度異方性が生じた合金材に対して、引張方向へさらに応力を付与する引張試験を実施すると、転位運動の抑制が支配的となる。つまり、粗大粒と微細粒とで、引張試験中の転位の動きやすさは大きく変わらない。一方、同様の状況下で圧縮方向へ応力を付与する圧縮試験を実施すると、圧縮試験中の転位運動の抑制がはたらきにくくなり、粒界の影響を受けやすくなる。そのため、圧縮試験中において、粗大粒では転位が動きやすい一方、微細粒では転位が動きにくくなる。
【0065】
つまり、引張方向への応力付与により強度異方性が生じた場合、引張方向への転位の動きやすさと、圧縮方向への転位の動きやすさとが異なると推察される。そのため、合金材中に粗大粒が偏在している箇所と、微細粒が偏在している箇所とが存在する場合、引張方向への転位の動きやすさと、圧縮方向への転位の動きにくさとが顕在化しやすい可能性がある。このようにして、オーステナイト粒の結晶粒度番号の標準偏差σが大きい場合、引張降伏強度の方が、圧縮降伏強度よりも大きくなりやすく、強度異方性が高まるものと推察される。
【0066】
以上のメカニズムにより、上述の化学組成を有し、式(1)を満たすFe-Cr-Ni合金材について、オーステナイト粒の結晶粒度番号の標準偏差σを0.80以下とすれば、758MPa以上の引張降伏強度を有していても、強度異方性を低減できると本発明者らは推察している。なお、上記メカニズム以外のメカニズムによって、上述の化学組成を有し、式(1)を満たすFe-Cr-Ni合金材について、オーステナイト粒の結晶粒度番号の標準偏差σを0.80以下とすれば、758MPa以上の引張降伏強度を有していても、強度異方性を低減できる可能性もある。しかしながら、上述のとおり、上述の化学組成を有し、式(1)を満たすFe-Cr-Ni合金材について、オーステナイト粒の結晶粒度番号の標準偏差σを0.80以下とすれば、758MPa以上の引張降伏強度を有していても、強度異方性を低減できることは、後述の実施例によって証明されている。
【0067】
本実施形態において、オーステナイト粒の結晶粒度番号の標準偏差σの好ましい上限は0.78であり、さらに好ましくは0.75であり、さらに好ましくは0.73である。本実施形態によるFe-Cr-Ni合金材において、オーステナイト粒の結晶粒度番号の標準偏差σは、小さい方が好ましい。つまり、オーステナイト粒の結晶粒度番号の標準偏差σの下限は0.00であってもよく、0.05であってもよく、0.10であってもよく、0.15であってもよい。
【0068】
本実施形態によるFe-Cr-Ni合金材において、オーステナイト粒の結晶粒度番号の標準偏差σは、次の方法で求めることができる。具体的に、本実施形態によるFe-Cr-Ni合金材から、ミクロ組織観察用の試験片を作製する。合金材の形状が板状の場合、板厚中央部から試験片を作製する。合金材の形状が管状の場合、肉厚中央部から試験片を作製する。合金材の形状が断面円形の棒状の場合、R/2位置から試験片を作製する。本明細書において、R/2位置とは、軸方向に垂直な断面における半径Rの中心位置を意味する。なお、試験片の大きさは、後述する観察面が得られればよく、特に限定されない。
【0069】
作製された試験片の観察面を鏡面に研磨した後、王水(塩酸:硝酸=3:1で混合した溶液)を用いた腐食を実施して、オーステナイト結晶粒界を現出させる。観察面から、任意の10視野を特定し、光学顕微鏡にて観察を実施して、写真画像を生成する。なお、顕微鏡観察における倍率は、結晶粒径によって適宜設定することができる。具体的に、顕微鏡観察では、たとえば、視野内に50個以上の結晶粒が含まれるように倍率を設定する。
【0070】
各視野において、得られた写真画像に対して画像解析を実施して、ASTM E112(2021)に準拠して、結晶粒度番号を測定する。つまり、観察視野ごとに、1つの結晶粒度番号を得る。得られた10個の結晶粒度番号の標準偏差を求め、オーステナイト粒の結晶粒度番号の標準偏差σと定義する。なお、オーステナイト粒の結晶粒度番号の標準偏差σは、得られた値の小数第三位を四捨五入して求める。
【0071】
[引張降伏強度]
本実施形態によるFe-Cr-Ni合金材は、上述の化学組成を有し、式(1)を満たし、さらに、オーステナイト粒の結晶粒度番号の標準偏差σが0.80以下である。その結果、本実施形態によるFe-Cr-Ni合金材は、758MPa以上の引張降伏強度を有していても、強度異方性が低減されている。
【0072】
上述のとおり、上述の化学組成を有するFe-Cr-Ni合金材において、758MPa以上の引張降伏強度を得ようとする場合、強度異方性が高くなる場合がある。しかしながら、本実施形態による合金材は、上述の化学組成がさらに式(1)を満たすことにより積層欠陥エネルギーを低減することができる。本実施形態による合金材はさらに、オーステナイト粒の結晶粒度番号の標準偏差σが0.80以下であることにより、結晶粒径のばらつきによる強度異方性の顕在化を抑制することができる。そのため、本実施形態による合金材は、758MPa以上の高い引張降伏強度を有していても、強度異方性を低減することができる。
【0073】
本実施形態において、引張降伏強度の好ましい下限は800MPaであり、さらに好ましくは830MPaであり、さらに好ましくは860MPaである。本実施形態において、引張降伏強度の上限は特に限定されず、たとえば、1240MPaであってよく、1200MPaであってよく、1150MPaであってもよい。
【0074】
また、本実施形態のFe-Cr-Ni合金材では、圧縮降伏強度は特に限定されない。本実施形態において圧縮降伏強度の下限は、たとえば、606MPaであってもよく、630MPaであってもよく、660MPaであってもよい。本実施形態において圧縮降伏強度の上限は、たとえば、1240MPa未満であってもよく、1200MPa未満であってよく、1150MPa未満であってもよい。また、本実施形態における引張降伏強度と圧縮降伏強度との測定方法は、後述する。
【0075】
[強度異方性]
本実施形態によるFe-Cr-Ni合金材は、上述の化学組成を有し、式(1)を満たし、さらに、オーステナイト粒の結晶粒度番号の標準偏差σが0.80以下である。その結果、本実施形態によるFe-Cr-Ni合金材は、758MPa以上の引張降伏強度を有していても、強度異方性が低減されている。本明細書において、強度異方性が低減されているとは、異方性指標AIが0.800以上であることを意味する。また、本明細書において、異方性指標AIとは、引張降伏強度(引張YS)に対する圧縮降伏強度(圧縮YS)の比(圧縮YS/引張YS)を意味する。
【0076】
異方性指標AIの好ましい下限は0.820であり、さらに好ましくは0.830であり、さらに好ましくは0.850である。なお、異方性指標AIの上限は、実質的に1.000未満であり、さらに好ましくは0.999であり、さらに好ましくは0.990であり、さらに好ましくは0.980である。
【0077】
本実施形態によるFe-Cr-Ni合金材の異方性指標AI、引張降伏強度、及び、圧縮降伏強度は、次の方法で求めることができる。まず、本実施形態によるFe-Cr-Ni合金材の引張降伏強度と、圧縮降伏強度とを求める。
【0078】
具体的に、本実施形態によるFe-Cr-Niの引張降伏強度は、次の方法で求めることができる。ASTM E8/E8M(2021)に準拠した方法で、引張試験を行う。本実施形態による合金材から、丸棒試験片を作製する。合金材の形状が板状の場合、板厚中央部から丸棒試験片を作製する。合金材の形状が管状の場合、肉厚中央部から丸棒試験片を作製する。合金材の形状が断面円形の棒状の場合、R/2位置から丸棒試験片を作製する。丸棒試験片の大きさは、たとえば、平行部直径4mm、標点距離20mmである。なお、丸棒試験片の軸方向は、合金材の圧延方向と平行である。丸棒試験片を用いて、常温(25℃)、大気中で引張試験を実施して、得られた0.2%オフセット耐力を引張降伏強度(MPa)と定義する。なお、引張降伏強度(MPa)は、得られた値の小数第一位を四捨五入して求める。
【0079】
同様に、本実施形態によるFe-Cr-Ni合金材の圧縮降伏強度は、次の方法で求めることができる。ASTM E9(2019)に準拠した方法で、圧縮試験を行う。本実施形態による合金材から、円柱試験片を作製する。合金材の形状が板状の場合、板厚中央部から円柱試験片を作製する。合金材の形状が管状の場合、肉厚中央部から円柱試験片を作製する。合金材の形状が断面円形の棒状の場合、R/2位置から円柱試験片を作製する。円柱試験片の大きさは、たとえば、平行部直径4mm、長さ8mmである。なお、円柱試験片の軸方向は、合金材の圧延方向と平行である。円柱試験片を用いて、常温(25℃)、大気中で圧縮試験を実施して、得られた0.2%オフセット耐力を圧縮降伏強度(MPa)と定義する。なお、圧縮降伏強度(MPa)は、得られた値の小数第一位を四捨五入して求める。
【0080】
得られた引張降伏強度(引張YS)と、圧縮降伏強度(圧縮YS)とを用いて、異方性指標AI(=圧縮YS/引張YS)を求めることができる。なお、異方性指標AIは、得られた値の小数第四位を四捨五入して求める。
【0081】
[製造方法]
本実施形態によるFe-Cr-Ni合金材の製造方法の一例を説明する。以下、本実施形態によるFe-Cr-Ni合金材の一例として、継目無合金管の製造方法を説明する。継目無合金管の製造方法は、素材を準備する工程(素材準備工程)と、素材から素管を製造する工程(熱間加工工程)と、製造された素管に冷間加工を実施する工程(第一冷間加工工程)と、溶体化処理を実施する工程(溶体化処理工程)と、溶体化処理された素管に対して冷間加工を実施する工程(第二冷間加工工程)とを備える。なお、本実施形態によるFe-Cr-Ni合金材の製造方法は、以下に説明する製造方法に限定されない。
【0082】
[素材準備工程]
素材準備工程では、上述した化学組成を有するFe-Cr-Ni合金を溶製する。Fe-Cr-Ni合金は、電気炉によって溶製してもよく、Ar-O混合ガス底吹き脱炭炉(AOD炉)によって溶製してもよい。また、真空脱炭炉(VOD炉)によって溶製してもよい。溶製したFe-Cr-Ni合金は、造塊法によってインゴットにしてもよく、連続鋳造法によってスラブ、ブルーム、又はビレットにしてもよい。必要に応じて、スラブ、ブルーム又はインゴットを分塊圧延して、ビレットを製造してもよい。以上の工程により素材(スラブ、ブルーム、又は、ビレット)を製造する。
【0083】
[熱間加工工程]
熱間加工工程では、準備された素材を熱間加工して中間合金材(素管)を製造する。熱間加工の方法はとくに限定されず、周知の方法でよい。すなわち、本実施形態において、熱間加工は、熱間圧延であってもよく、熱間押出であってもよく、熱間鍛造であってもよい。熱間加工において、素材の加熱温度は、たとえば、1100~1300℃である。
【0084】
たとえば、熱間加工としてマンネスマン法を実施して素管を製造する場合、穿孔機により丸ビレットを穿孔圧延する。この場合、穿孔比は特に限定されず、たとえば、1.0~4.0である。また、穿孔圧延された素管に対して、マンドレルミル、レデューサー、サイジングミル等により熱間圧延して素管にしてもよい。
【0085】
なお、本明細書でいう中間合金材とは、最終製品が合金板の場合は、板状の合金材であり、最終製品が合金管の場合は素管であり、最終製品が断面円形の中実材の場合は軸方向に垂直な断面が円形の合金材である。ここで、合金材が断面円形の中実材の場合、初めに、素材を加熱炉で加熱する。加熱温度は特に限定されないが、たとえば、1100~1300℃である。加熱炉から抽出された素材に対して熱間加工を実施して、軸方向に垂直な断面が円形の中間合金材を製造する。熱間加工はたとえば、分塊圧延機による分塊圧延、又は、連続圧延機による熱間圧延である。連続圧延機は、上下方向に並んで配置された一対の孔型ロールを有する水平スタンドと、水平方向に並んで配置された一対の孔型ロールを有する垂直スタンドとが交互に配列されている。また、合金材が合金板の場合、初めに、素材を加熱炉で加熱する。加熱温度は特に限定されないが、たとえば、1100~1300℃である。加熱炉から抽出された素材に対して、分塊圧延機、及び、連続圧延機を用いて熱間圧延を実施して、合金板形状の中間合金材を製造する。
【0086】
[第一冷間加工工程]
第一冷間加工工程では、製造された中間合金材(素管)に対して冷間加工を実施する。本実施形態において、冷間加工は、冷間引抜であってもよく、冷間圧延であってもよい。冷間圧延を実施する場合、たとえば、複数の冷間圧延スタンドを備える連続圧延機を用いてもよい。すなわち、本実施形態による第一冷間加工工程では、周知の冷間加工を周知の条件で実施すればよい。具体的に、冷間加工時の中間合金材(素管)の温度は、たとえば、室温~300℃であってもよい。
【0087】
本実施形態による第一冷間加工工程において、好ましい冷間加工率R1(%)は5%以上である。ここで、冷間加工率R1とは、第一冷間加工工程の開始前から、第一冷間加工工程の終了後における、中間合金材(素管)の断面積の減少率を意味する。具体的に、第一冷間加工工程前の素管の横断面の面積をS0(1)と定義し、第一冷間加工工程後の素管の横断面の面積をS1(1)と定義したとき、第一冷間加工工程の冷間加工率R1(%)は、次の式(A)で定義される。
R1(%)=100(1-S1(1)/S0(1)) (A)
【0088】
冷間加工率R1が5%以上であれば、後述する溶体化処理工程において、熱処理中の再結晶が促進される。その結果、製造されたFe-Cr-Ni合金材の結晶粒度番号の標準偏差σを、安定して小さくすることができる。したがって、本実施形態において、第一冷間加工工程の冷間加工率R1は、5%以上とするのが好ましい。なお、本実施形態において、第一冷間加工工程の冷間加工率R1の上限は特に限定されないが、たとえば、30%である。
【0089】
[溶体化処理工程]
溶体化処理工程では、冷間加工が実施された中間合金材(素管)に対して、溶体化処理を実施する。溶体化処理の方法は、特に限定されず、周知の方法でよい。たとえば、素管を熱処理炉に装入し、所望の温度で保持した後、急冷する。なお、素管を熱処理炉に装入し、所望の温度で保持した後、急冷して溶体化処理を実施する場合、溶体化処理を実施する温度(溶体化温度)とは、溶体化処理を実施するための熱処理炉の温度(℃)を意味する。この場合さらに、溶体化処理を実施する時間(保持時間)とは、素管が溶体化温度で保持される時間を意味する。
【0090】
好ましくは、本実施形態による溶体化処理工程において、中間合金材(素管)を溶体化温度まで加熱する場合、900~1050℃での滞留時間を9分以上とする。上述の化学組成を有する中間合金材では、900℃以上では再結晶及び粒成長が進行しやすくなる。そのため、900~1050℃での滞留時間が短すぎれば、中間合金材中の温度ばらつきが発生しやすくなり、再結晶及び粒成長が不均一になりやすくなる。一方、900~1050℃での滞留時間が9分以上であれば、再結晶及び粒成長が均一になりやすくなる。この場合さらに、1060℃以上の熱処理において、再結晶が促進されやすくなる。その結果、製造されたFe-Cr-Ni合金材の結晶粒度番号の標準偏差σを、安定して小さくすることができる。
【0091】
したがって、本実施形態では、溶体化処理工程における加熱時の900~1050℃での滞留時間を9分以上とするのが好ましい。本実施形態において、溶体化処理工程における加熱時の900~1050℃での滞留時間のさらに好ましい下限は10分である。なお、900~1050℃での滞留時間が長すぎても、上記効果は飽和する。したがって、本実施形態では、溶体化処理工程における加熱時の900~1050℃での滞留時間の上限は、たとえば30分である。
【0092】
好ましくは、本実施形態による溶体化処理工程における溶体化温度を1060~1300℃とする。溶体化温度が低すぎれば、溶体化処理後の素管に析出物(たとえば、金属間化合物であるσ相等)が残存する場合がある。この場合、製造されたFe-Cr-Ni合金材の耐食性が低下する場合がある。一方、溶体化温度が高すぎても、溶体化処理の効果は飽和する。したがって、本実施形態では、溶体化処理工程における溶体化温度を1060~1300℃とするのが好ましい。
【0093】
素管を熱処理炉に装入し、所望の温度で保持した後、急冷して溶体化処理を実施する場合、保持時間は特に限定されず、周知の条件で実施すればよい。保持時間は、たとえば、5~180分である。急冷方法は、たとえば、水冷である。
【0094】
[第二冷間加工工程]
冷間加工工程では、溶体化処理された中間合金材(素管)を冷間加工して、Fe-Cr-Ni合金材を製造する。上述のとおり、本実施形態において、冷間加工は、冷間引抜であってもよく、冷間圧延であってもよい。すなわち、本実施形態による第二冷間加工工程でも、第一冷間加工工程と同様に、周知の冷間加工を周知の条件で実施すればよい。具体的に、冷間加工時の中間合金材(素管)の温度は、たとえば、室温~300℃であってもよい。
【0095】
本実施形態による第二冷間加工工程において、好ましい冷間加工率R2(%)は5~50%である。ここで、冷間加工率R2とは、第二冷間加工工程の開始前から、第二冷間加工工程の終了後における、中間合金材(素管)の断面積の減少率を意味する。具体的に、第二冷間加工工程前の素管の横断面の面積をS0(2)と定義し、第二冷間加工工程後のFe-Cr-Ni合金材の横断面の面積をS1(2)と定義したとき、冷間加工率R2(%)は、次の式(B)で定義される。
R2(%)=100(1-S1(2)/S0(2)) (B)
【0096】
冷間加工率R2が5~50%であれば、第二冷間加工工程後のFe-Cr-Ni合金材において、引張降伏強度を安定して758MPa以上にすることができる。したがって、冷間加工率R2は5~50%とするのが好ましい。
【0097】
なお、本実施形態において、上記第一冷間加工工程の冷間加工率R1(%)と、第二冷間加工工程の冷間加工率R2(%)とが、上述の範囲を満たしているのが好ましく、製造工程における総冷間加工率は、特に限定されない。
【0098】
以上の製造方法によって、本実施形態によるFe-Cr-Ni合金材を製造することができる。なお、上述の製造方法では、一例として継目無合金管の製造方法を説明した。しかしながら、本実施形態によるFe-Cr-Ni合金材は、板状等、他の形状であってもよい。板状等、他の形状の製造方法も、上述の製造方法と同様に、たとえば、素材準備工程と、熱間加工工程と、溶体化処理工程と、冷間加工工程とを備える。さらに、上述の製造方法は一例であり、他の製造方法によって製造されてもよい。以下、実施例によって本発明をさらに具体的に説明する。
【実施例
【0099】
表1A及び表1Bに示す化学組成を有する合金を、高周波真空溶解法により溶製した。なお、表1A及び表1B中の「-」は、各元素の含有量が不純物レベルであることを意味する。具体的に、符号AのW含有量は、小数第二位を四捨五入して0%であったことを意味する。同様に、符号AのCu含有量、V含有量、Ti含有量、Nb含有量、及び、Co含有量は、小数第三位を四捨五入して0%であったことを意味する。同様に、符号AのCa含有量、及び、Mg含有量は、小数第五位を四捨五入して0%であったことを意味する。
【0100】
【表1A】
【0101】
【表1B】
【0102】
各符号の合金を用いて、造塊法により、各試験番号のインゴットを50kg製造した。各試験番号の元素含有量と、上述の式(1)とから求めたIを、表2に示す。
【0103】
【表2】
【0104】
各試験番号のインゴットを1200℃で3時間加熱した後、熱間鍛造して、断面が50mm×50mmの角材を製造した。得られた角材を1200℃で1時間加熱した後、熱間圧延して、板厚30mmの板材(合金板)を製造した。得られた各試験番号の合金板に対して、第一冷間加工を実施した。このとき、各試験番号の合金板に実施した第一冷間加工の冷間加工率R1(%)を、表2に示す。
【0105】
第一冷間加工が実施された各試験番号の合金板に対して、溶体化処理を実施した。溶体化処理では、第一冷間加工が実施された合金板を加熱して、表2に記載の溶体化温度(℃)で、表2に記載の保持時間(分)だけ保持した後、水冷した。このとき、溶体化温度まで加熱する際、900~1050℃で滞留した時間を、表2の「滞留時間(分)」欄に示す。
【0106】
溶体化処理が実施された各試験番号の合金板に対して、第二冷間加工を実施した。このとき、各試験番号の合金板に実施した第二冷間加工の冷間加工率R2(%)を、表2に示す。なお、試験番号2及び5では、冷間加工として冷間引抜を実施した。試験番号2及び5を除く各試験番号では、冷間加工として冷間圧延を実施した。
【0107】
また、各試験番号の合金板に対して実施された、冷間加工の総冷間加工率R(%)を表2に示す。なお、本実施例において、総冷間加工率R(%)とは、次の式(C)で定義される。
R(%)=R1(%)+R2(%) (C)
ここで、式(C)中のR1には、第一冷間加工の冷間加工率(%)が代入され、R2には、第二冷間加工の冷間加工率(%)が代入される。
【0108】
[評価試験]
以上の方法で製造された各試験番号の合金板に対して、以下に説明する結晶粒度番号測定試験、及び、強度異方性測定試験を実施した。
【0109】
[結晶粒度番号測定試験]
各試験番号の合金板に対して、結晶粒度番号測定試験を実施して、結晶粒度番号の標準偏差σを求めた。具体的に、上述の方法で作製された試験片に対して、上述の方法で顕微鏡観察を実施した。顕微鏡観察により得られた写真画像に対して画像解析を実施して、ASTM E112(2021)に準拠して、結晶粒度番号を測定した。各試験番号について、10視野で得られた結晶粒度番号を、表3に示す。得られた10個の結晶粒度番号から得られた結晶粒度番号の平均値と、標準偏差σとを、表3に示す。
【0110】
【表3】
【0111】
[強度異方性測定試験]
各試験番号の合金板に対して、強度異方性測定試験を実施して、異方性指標AIを求めた。具体的に、まず、上述の方法で引張降伏強度(MPa)及び圧縮降伏強度(MPa)を求めた。具体的に、各試験番号の合金板の板厚中央部から、引張試験用の丸棒試験片及び圧縮試験用の円柱試験片を作製した。丸棒試験片は、平行部直径4mm、標点距離20mmであった。円柱試験片は、平行部直径4mm、長さ8mmであった。丸棒試験片及び円柱試験片の軸方向は、合金板の圧延方向と平行であった。
【0112】
引張試験用の丸棒試験片に対して、常温(25℃)、大気中でASTM E8/E8M(2021)に準拠した方法で、引張試験を実施した。引張試験により得られた0.2%オフセット耐力を、引張降伏強度(MPa)とした。さらに、圧縮試験用の円柱試験片に対して、常温(25℃)、大気中でASTM E9(2019)に準拠した方法で、圧縮試験を実施した。圧縮試験により得られた0.2%オフセット耐力を圧縮降伏強度(MPa)とした。得られた引張降伏強度(引張YS)に対する、圧縮降伏強度(圧縮YS)の比(圧縮YS/引張YS)を求め、異方性指標AIとした。各試験番号の合金板について、得られた引張降伏強度を「引張YS(MPa)」欄に、圧縮降伏強度を「圧縮YS(MPa)」欄に、異方性指標AIを「異方性指標AI」欄に示す。
【0113】
[評価結果]
表1A~表3を参照して、試験番号1~14の合金板はいずれも、化学組成が適切であり、Iが15.0未満であり、式(1)を満たした。これらの合金板はさらに、結晶粒度番号の標準偏差σが0.80以下であった。その結果、これらの合金板は、引張降伏強度が758MPa以上を満たしていた。さらに、異方性指標AIが0.800以上となり、強度異方性が低減されていた。
【0114】
一方、試験番号15~18の合金板は、N含有量が低すぎた。さらにIが15.0以上であり、式(1)を満たさなかった。その結果、これらの合金板は、引張降伏強度が758MPa以上を満たしていたものの、異方性指標AIが0.800未満となり、強度異方性が低減されていなかった。
【0115】
試験番号19の合金板は、Ni含有量が高すぎた。さらにIが15.0以上であり、式(1)を満たさなかった。その結果、この合金板は、引張降伏強度が758MPa以上を満たしていたものの、異方性指標AIが0.800未満となり、強度異方性が低減されていなかった。
【0116】
試験番号20の合金板は、Cr含有量が低すぎ、N含有量が低すぎた。さらにIが15.0以上であり、式(1)を満たさなかった。その結果、この合金板は、引張降伏強度が758MPa以上を満たしていたものの、異方性指標AIが0.800未満となり、強度異方性が低減されていなかった。
【0117】
試験番号21~23の合金板は、Iが15.0以上であり、式(1)を満たさなかった。その結果、これらの合金板は、引張降伏強度が758MPa以上を満たしていたものの、異方性指標AIが0.800未満となり、強度異方性が低減されていなかった。
【0118】
試験番号24及び25の合金板は、第一冷間加工工程の冷間加工率R1が低すぎた。その結果、これらの合金板は、結晶粒度番号の標準偏差σが0.80を超えた。その結果、これらの合金板は、引張降伏強度が758MPa以上を満たしていたものの、異方性指標AIが0.800未満となり、強度異方性が低減されていなかった。
【0119】
試験番号26及び27の合金板は、溶体化処理工程の加熱時における900~1050℃での滞留時間が短すぎた。その結果、これらの合金板は、結晶粒度番号の標準偏差σが0.80を超えた。その結果、これらの合金板は、引張降伏強度が758MPa以上を満たしていたものの、異方性指標AIが0.800未満となり、強度異方性が低減されていなかった。
【0120】
以上、本開示の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本開示を実施するための例示に過ぎない。したがって、本開示は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
図1
図2