(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-05
(45)【発行日】2023-12-13
(54)【発明の名称】多連サンプラー装置
(51)【国際特許分類】
G01N 1/02 20060101AFI20231206BHJP
G01N 1/04 20060101ALI20231206BHJP
【FI】
G01N1/02 B
G01N1/04 M
(21)【出願番号】P 2020090236
(22)【出願日】2020-05-25
【審査請求日】2023-02-13
(73)【特許権者】
【識別番号】598121341
【氏名又は名称】慶應義塾
(73)【特許権者】
【識別番号】506324149
【氏名又は名称】東京ダイレック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002066
【氏名又は名称】弁理士法人筒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】奥田 知明
(72)【発明者】
【氏名】草苅 輝
【審査官】北条 弥作子
(56)【参考文献】
【文献】特表平08-506901(JP,A)
【文献】特開2008-070222(JP,A)
【文献】国際公開第2020/084568(WO,A1)
【文献】特開2004-009166(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第102743924(CN,A)
【文献】特開2003-323217(JP,A)
【文献】特表2012-510048(JP,A)
【文献】特開昭50-071386(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 1/00~ 1/44
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
大気中の粒子を微小粒子と粗大粒子とに分粒するインパクター、および前記インパクターにより分粒された微小粒子を採取するフィルターを備えた複数のサンプラーと、
それぞれの前記サンプラーに設けられ前記フィルターを通過した空気を排出する排気管が接続される連通支持管と、
前記連通支持管に接続され、それぞれの前記サンプラーに流入する気流を形成する真空ポンプと、
スロート部、当該スロート部に向けて内径が小径となるサンプラー側の上流側流路、および前記スロート部から内径が大きくなる真空ポンプ側の下流側流路を備える臨界ノズルと、
前記上流側流路の上流圧力と前記下流側流路の下流圧力との圧力比が臨界背圧比以下となる流量に前記真空ポンプの流量を設定する流量制御部と、
を有
し、
それぞれの前記サンプラーに設けられた前記排気管にそれぞれ前記臨界ノズルを設けた、多連サンプラー装置。
【請求項2】
請求項
1記載の多連サンプラー装置において、
前記インパクターは、
複数のノズル孔が設けられたノズル板と、
前記ノズル孔を通過した後に蛇行する気流に含まれる微小粒子が通過する貫通孔を備え、前記ノズル孔を通過した気流に含まれ直進する粗大粒子が衝突する衝突板と、を有する、多連サンプラー装置。
【請求項3】
請求項1
または2記載の多連サンプラー装置において、
前記真空ポンプは、ダイアフラム型である、多連サンプラー装置。
【請求項4】
請求項1~
3のいずれか1
項に記載の多連サンプラー装置において、
前記サンプラーは、前記インパクターの上流側に配置される付加的インパクターを有し、
前記付加的インパクターは、
前記インパクターのノズル孔よりも大径の付加ノズル孔が設けられたノズル板と、
前記付加ノズル孔を通過した後に蛇行する気流に含まれる粒子が通過する貫通孔を備え、前記付加ノズル孔を通過した気流に含まれ直進する粒子が衝突する衝突板と、を有する、多連サンプラー装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大気中に含まれる微小粒子状物質を同一条件で付着させた複数のフィルターサンプルを同時に採取するための多連サンプラー装置に関する。
【背景技術】
【0002】
大気中に浮遊している粒子は、多種類の混合物からなる粒子状物質であり、粒径に応じて呼吸器系の各部位に沈着し、人の健康に影響を与える。中でも、粒径が2.5μm以下の微小粒子状物質つまり微小粒子は、一般にPM2.5と言われており、粒子の大きさが非常に小さいことから、肺の奥まで入りやすく、喘息や気管支炎などの呼吸器系の疾患への影響のほか、肺がんのリスクの上昇や循環器系への影響が懸念されている。
【0003】
PM2.5つまり微小粒子の環境基準が定められているため、微小粒子を測定することによって環境基準の達成状況を把握し、地域毎の特色に応じた対策を検討する必要がある。また、成分分析の継続的な実施は、微小粒子の経年推移や対策の結果検証につながる。したがって、微小粒子の測定および成分分析は重要である。微小粒子は、多種多様な成分で構成され、それぞれ異なる濃度レベルにあり、成分毎に分析方法も多岐にわたる。このような分析において、複数の各分析機関同士の結果の妥当性を担保し、一定の精度を確保するためには、精度管理を行う必要がある。同質試料を各分析機関に配布し、その分析結果を解析、比較する外部精度管理のためには、精度管理用試料として複数の同等のフィルターサンプルが必要である。
【0004】
特許文献1には、複数のインパクターからなるカスケードインパクターと、微小粒子を捕集するフィルターとを備えた微小粒子サンプラーが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載されるように、フィルターに微小粒子を付着させてフィルターサンプルを採取するようにした従来の微小粒子サンプラーにおいては、1台のサンプラーにより得られるフィルターサンプルは1個のみである。
【0007】
したがって、一度に複数の同質試料を得るためには一定流量のサンプラーが複数必要である。しかし、複数のサンプラーにより同一条件で複数のフィルターサンプルを採取するには、全てのサンプラーを同一の流量で作動させるために、それぞれのサンプラーの流量のばらつきを抑制する必要がある。このため、それぞれのサンプラーに流量計を設置し、流量計から得られたデータに基づいてフィルターに流れる空気の流量をフィードバック制御する制御装置をそれぞれのサンプラーに設置する必要がある。
【0008】
しかしながら、それぞれのサンプラーの流量を、流量計を用いて高精度で制御することは困難であり、サンプラーの製造コストが高くなるだけでなく、サンプラーの複雑化、大型化が避けられない。
【0009】
本発明の目的は、同一条件のもとで微小粒子が付着した複数のフィルターサンプルを採取し得る簡単な構造の多連サンプラーを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の多連サンプラー装置は、大気中の粒子を微小粒子と粗大粒子とに分粒するインパクター、および前記インパクターにより分粒された微小粒子を採取するフィルターを備えた複数のサンプラーと、それぞれの前記サンプラーに設けられ前記フィルターを通過した空気を排出する排気管が接続される連通支持管と、前記連通支持管に接続され、それぞれの前記サンプラーに流入する気流を形成する真空ポンプと、スロート部、当該スロート部に向けて内径が小径となるサンプラー側の上流側流路、および前記スロート部から内径が大きくなる真空ポンプ側の下流側流路を備える臨界ノズルと、前記上流側流路の上流圧力と前記下流側流路の下流圧力との圧力比が臨界背圧比以下となる流量に前記真空ポンプの流量を設定する流量制御部と、を有し、それぞれの前記サンプラーに設けられた前記排気管にそれぞれ前記臨界ノズルを設けた。
【発明の効果】
【0011】
単一の真空ポンプにより複数のサンプラーの内部に気流を生成し、臨界ノズルによりそれぞれのサンプラーに流れる気流の流速を同一流量に設定するようにしたので、それぞれのサンプラーに流れる気流の流速を制御することなく、簡単な構造で、複数のフィルターに対して同一の流速で空気を透過させることができる。したがって、測定領域の大気に含まれる微小粒子を含む複数のフィルターサンプルを同時に採取することができ、微小粒子の元素成分がほぼ同様となって採取された複数のサンプルを用いて、種々の分析方法によって、同種のサンプルを分析することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の一実施の形態の多連サンプラー装置を示す正面図である。
【
図2】
図1に示されたサンプラーと臨界ノズルとを示す拡大正面図である。
【
図3】
図2に示されたサンプラーの半断面図である。
【
図8】他の実施の形態である多連サンプラー装置を示す正面図である。
【
図9】スロート径と臨界ノズルを流れる気体の固定流量との関係を示す特性線図である。
【
図10】スロート径が相違する4種類の臨界ノズルについて、気体の流量と背圧比との関係を示す特性線図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。
図1に示されるように、多連サンプラー装置10は、5つのサンプラー11と1つのダミーサンプラー12とを有している。サンプラー11は排気管13により連通支持管14に装着され、ダミーサンプラー12は取付管15により連通支持管14に装着されている。連通支持管14は台座16により支持台21の天板22の上に取り付けられ、支持台21の底板23には真空ポンプ24が配置されている。真空ポンプ24の吸入ポートに接続される真空配管25は連通支持管14に接続されており、それぞれのサンプラー11の内部には、真空ポンプ24の吸引力により上部から排気管13に向けて気流が生成される。ただし、ダミーサンプラー12の取付管15には、閉塞部材17が設けられており、ダミーサンプラー12の内部には気流は生成されない。
【0014】
それぞれのサンプラー11は、
図2および
図3に示されるように、基部ステージ31と、基部ステージ31に取り付けられる第1の中間ステージ32と、第1の中間ステージ32に取り付けられる第2の中間ステージ33と、中間ステージ33に取り付けられるトップカバー34とを有しており、それぞれ透明性の樹脂材料により成形されている。ダミーサンプラー12もサンプラー11と同一構造である。
【0015】
基部ステージ31は、
図3に示されるように、円筒部35とこれと一体の環状の上端壁部36とを有し、上端壁部36には基部ステージ31の下端部に向けて漸次内径が小さくなったテーパ部37が一体に設けられている。テーパ部37の下端部には排出部38が設けられ、排出部38には
図2に示した排気管13が取り付けられる。基部ステージ31の上端壁部36の上には、金網41を介してフィルター42が配置され、フィルター42の上には環状のフィルター押さえ具43が配置されている。フィルター42は、PTFE繊維や石英繊維の素材により形成されており、トップカバー34の内部から排出部38に向けて流れる気流に含まれる微小粒子がフィルター42に付着し、微小粒子はフィルター42に採取される。
【0016】
第1の中間ステージ32は、基部ステージ31の円筒部35の雄ねじ35aにねじ結合される雌ねじ44aが形成された下側円筒部44と、下側円筒部44と一体となった上側円筒部45とを有している。中間ステージ32を基部ステージ31にねじ結合すると、上側円筒部45の下端面がフィルター押さえ具43に突き当てられ、金網41とフィルター42とフィルター押さえ具43は、基部ステージ31と中間ステージ32との間で挟持つまり挟み付けられる。
【0017】
中間ステージ32の上側円筒部45には環状の衝突板46が配置され、衝突板46の上には、衝突板46に向けて流れた粗大粒子が付着する付着部46aが配置されている。付着部46aは、フィルター42と同様の素材により形成され、衝突板46の一部を構成している。衝突板46と付着部46aの中央部には、貫通孔47が設けられており、微小粒子を含む気流は貫通孔47を通過してフィルター42に向けて流れる。衝突板46の上にはノズル板48が配置され、ノズル板48の外周部には、
図4に示されるように、内径d1の複数のノズル孔49が形成されている。ノズル孔49はノズル板48の中心から半径r1の円周上に円周方向に一定の間隔を隔てて12個設けられており、内径Rの貫通孔47よりも径方向外方に形成され、衝突板46の付着部46aに対向している。
【0018】
ノズル孔49を通過した粗大粒子は慣性によって直進し、付着部46aに衝突する。一方、粒径が2.5μm以下の微細粒子はそれよりも大粒径の粗大粒子よりも慣性力が小さく、貫通孔47に向けて蛇行する気流に案内される。このように、衝突板46と付着部46aとノズル板48とにより、大気中の粒子を粒径が2.5μm以下の微小粒子と、それよりも大径の粗大粒子とに分粒する主インパクターとしてのインパクター50が形成される。このインパクター50のカット部の高さはL1である。
【0019】
第2の中間ステージ33は、第1の中間ステージ32の上側円筒部45の雄ねじ45aにねじ結合される雌ねじ51aが形成された下側円筒部51と、下側円筒部51と一体となった上側円筒部52とを有している。第2の中間ステージ33は第1の中間ステージ32と同一形状であり、第2の中間ステージ33を第1の中間ステージ32にねじ結合すると、上側円筒部52の下端面がノズル板48のフランジ部48aに突き当てられ、衝突板46と付着部46aとフランジ部48aは、両方の中間ステージ32、33の間で挟持される。
【0020】
中間ステージ33の上側円筒部52には環状の衝突板53が配置され、衝突板53の上には、衝突板53に向けて流れた粒子が付着する付着部53aが配置されており、付着部53aは付着部46aと同様の素材からなり、衝突板53の一部を構成している。衝突板53と付着部53aの中央部には貫通孔54が設けられており、気流は貫通孔54を貫通して下方に流れる。衝突板53の上にはノズル板55が配置され、ノズル板55の外周部には内径d2の複数のノズル孔56が付加ノズル孔として形成されている。ノズル孔56の内径d2はノズル孔49の内径d1よりも大径であり、貫通孔54よりも径方向外方に形成され、衝突板53の付着部53aに対向している。衝突板53と付着部53aとノズル板55とにより、付加的インパクター57が形成され、付加的インパクター57のカット部の高さL2は、インパクター50の高さL1よりも大きく設定されている。付加的インパクター57は、大気中に含まれる粒子のうち微小粒子よりも大径の粗大粒子の中でも粒子径の大きい粒子を衝突板53に付着させて除去する。
【0021】
トップカバー34は、上側円筒部52に形成された雄ねじ52aにねじ結合される雌ねじ58aが形成された下側円筒部58と、下側円筒部58と一体となったテーパ部59とを有しているトップカバー34を中間ステージ33にねじ結合すると、テーパ部59の下端面がノズル板55のフランジ部55aに突き当てられ、衝突板53と付着部53aとフランジ部55aは、トップカバー34と中間ステージ33との間で挟持される。
【0022】
サンプラー11におけるそれぞれの雄ねじ35a、45aおよび52aは、同一のピッチ径であり、サンプラー11に付加的インパクター57と中間ステージ33を設けない形態においては、トップカバー34が中間ステージ32に装着される。
【0023】
トップカバー34のテーパ部59の上端部には継手部60が設けられており、外気を取り込む部材が設けられた図示しない配管が継手部60に接続される。このように、配管が接続されるようになったサンプラー11はインライン型となっている。大気中の粒子を含む空気は、
図3において矢印で示されるように、上方から下方に流れる。サンプラー11の内部を流れる空気が外部に漏出するのを防止するために、それぞれの部材の間にはシール材が配置されている。なお、サンプラー11についての上下の位置関係は、
図1に示されるように、使用されている状態を基準としている。
【0024】
インパクター50および付加的インパクター57は、鉛直下方に向けた気流の噴出ノズルつまりノズル孔49、56を有し、ノズル孔に対して直角方向に衝突板46、53が配置されている。ノズル孔49、56から噴出した気流が衝突板46、53に衝突することによって水平方向に蛇行する際に、慣性力により衝突板に衝突する粒子と、衝突する粒子よりも小径であり、気流に乗って水平方向に曲がり貫通孔47、54を貫通する粒子とに分粒される。貫通孔47を貫通した微小粒子はフィルター42に採取される。ノズル板48、55に設けられたノズル孔の数や内径、を変化させることで、分粒径を設定することができる。
【0025】
サンプラー11は、インパクター50と付加的インパクター57の2つを備えている。主インパクターとしてのインパクター50のノズル板48の板厚は2mm、ノズル孔49の内径d1は、1.62mmであり、高さL1は4.5mmである。一方、付加的インパクター57のノズル板55の板厚は5mm、ノズル孔56の内径d2は、4mmであり、高さL2は10mmである。ノズル孔49のノズル板48の中心からの半径r1は、14.4mmであり、ノズル孔56も同様の半径の位置に設けられている。貫通孔47、54の内径Rはそれぞれ18mmであり、付着部46a、53aの内径はそれぞれ20mmである。
【0026】
インパクター50は、粒径が2.5μm以下の微小粒子と、それよりも粒径が大きい粗大粒子とに分粒し、粗大粒子は衝突板46の付着部46aに捕捉され、微小粒子はフィルター42に採取される。付加的インパクター57は、粗大粒子のうち比較的粒径が大きい粒子と、それよりも小径の粒子とに分粒する。このように、2段のインパクターを設けることにより、最終的にフィルター42に付着させて採取する微小粒子の分粒効率を高めることができる。ただし、インパクターとしては、付加的インパクター57を使用することなく、主インパクターとしての1つのインパクター50のみを備えたサンプラー11としても良い。
【0027】
複数のサンプラー11において、特定領域の大気中から同時に複数の微小粒子のサンプルを採取するには、それぞれのフィルター42に相互に同一の流量で気流を通過させる必要がある。つまり、それぞれのサンプラー11に流入する空気の流量を同一に設定する必要がある。それぞれのサンプラーに真空ポンプ24を接続すると、流量を同一に設定するために、それぞれのサンプラー11に流量計を設置し、流量計により得られたデータに基づいてサンプラー11に流入する空気の量を制御する必要がある。それでは多連サンプラーの製造コストが高くなるだけでなく、装置の複雑化、大型化が避けられない。
【0028】
そこで、全てのサンプラー11に流入する空気の量を同一に設定するために、
図1に示されるように、それぞれの排気管13には臨界ノズル61が設けられている。臨界ノズル61には、
図2に示される継手部材62が設けられており、臨界ノズル61は継手部材62により連通支持管14に取り付けられる。
図5に示されるように、ワンタッチ継手63により臨界ノズル61は排気管13に取り付けられる。
【0029】
臨界ノズル61は、スロート径dにより定まる断面積の狭窄部つまりスロート部64と、スロート部64に向けて小径となって断面積が減少するサンプラー側の上流側流路65と、スロート部64から内径が大きくなって断面積が増加する真空ポンプ側の下流側流路66とを有している。臨界ノズル61の上流側流路65と下流側流路66の圧力比、つまり上流圧力と下流圧力との圧力比を臨界背圧比以下に保つと、狭窄部であるスロート部64における気流の流速は、音速つまり臨界状態に固定され、気流の流量がノズル下流側の状態に依存せず一定流量の気流をサンプラー11に発生させることができる。流速が音速よりも遅い状態を亜音速流、音速よりも速い状態を超音速といい、流体は音速を境にして変化する性質を持っている。流路内での流れに音速を発生させるには、流路内の断面積を一度減少させた後に増加させるように、上流側流路65と下流側流路66との境界部にスロート部64が設けられる。
【0030】
臨界ノズル61は、スロート部64が臨界状態であれば、ノズル下流側の流れの変動によらず、常に一定の流量を発生させることができる。このように、臨界状態となるとスロート部64の下流の状態が上流に影響しない理由は音速にある。圧力や温度などの流れの情報を伝える波は音速aで伝播する。流速uのとき、波の移動速度vは、
v=a±u となる。
【0031】
この式において、±は、流れの進む方向(+)と反対の方向(-)を意味する。この式から、流れが超音速(u>a)の場合は、流れと反対方向の速度vは負になる。したがって、流れがスロート部64で臨界状態にあるときに、スロート部64の下流は超音速で波よりも速いことから、流れの情報である波は流れの進行方向と逆方向のスロート部上流側へは伝播されない。よって、臨界状態のときスロート部下流側の流れの情報は、スロート部を越えて上流側には伝播されない。
【0032】
臨界ノズル61の上流側流路65と下流側流路66の圧力比を臨界背圧比以下に保ち、臨界状態とすればスロート部64における流速が音速に固定されるという条件から、臨界状態でのノズルを通過する流量は、理論上、「スロート部断面積」×「スロート部環境下での音速」で求められる。しかし、実際のノズル内部には境界層が発達し、実質的断面積の欠損が生じるため、理論上の計算値とは乖離する。
【0033】
境界層とは、気体の持つ粘性の影響により流路の内壁面近傍に形成され、音速に達していない領域のことである。この境界層の形状は、ノズルの材質や形状に依存する。境界層を定量的に考えるために、内壁面に接触した部分における速度0の部分と、実質的音速面との間の速度勾配の部分をなくし、実質的音速面と内壁面に接触した部分との間を排除厚さとする。この排除厚さの割合をスロート部の20~30%に設定し、予め設定されたノズル通過流量に基づいて、スロート部の断面積を20~30%増加させた。
【0034】
臨界ノズル61のスロート部64の流量が固定されるにはノズルの背圧比(P2/P1)がある一定値(臨界背圧比)以下になるという条件がある。臨界背圧比は、臨界ノズル61の形状と気流の持つ粘性などに大きく影響されるレイノルズ数に依存する量であり、ノズル固有の値であるため、実験によって確認する必要がある。
【0035】
臨界背圧比を実験で求めるには、臨界ノズル61が設けられた実験用配管のノズル上流側流路と下流側流路とに圧力センサを設け、負圧ポンプにより実験用配管に空気を流し、空気流量を流量計で測定することにより行うことができる。負圧ポンプの回転数を変化させても、実験用配管を流れる空気の流量が変化しない背圧比の値により臨界背圧比を求めることができる。
【0036】
図6は、真空ポンプ24の概略構造を示す断面図である。真空ポンプ24を構成するポンプユニット70は、吸気ポート71と排気ポート72が設けられたポンプ本体73と、電動モータ74により回転駆動されるロータ75とを有している。ポンプ本体73に取り付けられたダイアフラム76は、コネクティングロッド77によりロータ75に連結されている。ダイアフラム76とポンプ本体73との間に形成される膨張収縮室78と吸気ポート71との間に吸気弁81が配置され、膨張収縮室78と排気ポート72との間には排気弁82が配置されている。このように、真空ポンプ24はダイアフラム76を備えたダイアフラム型である。
【0037】
吸気ポート71は、
図1に示した真空配管25に接続され、排気ポート72は外部に開口されている。
図6において実線で示されるように、ダイアフラム76が膨張収縮室78を膨張させる方向に駆動されると、吸気ポート71から膨張収縮室78に外部の空気が真空ポンプ24内に吸引される。一方、
図6において二点鎖線で示されるように、ダイアフラム76が膨張収縮室78を収縮させる方向に駆動されると、真空ポンプ24から外部に空気が排出される。真空ポンプ24を駆動させることにより、それぞれのサンプラー11内には外気の流れが生成される。真空ポンプ24は、
図6に示されるポンプユニット70を2組有しており、2つのポンプユニット70のロータ75の位相は、ずれている。これにより、脈動を発生させることなく、電動モータ74の回転により連続的に吸気ポート71に向けてそれぞれのサンプラー11の内部に気流を連続的に生成することができる。ダイアフラム式の真空ポンプ24を流れる空気は、油や液体に触れることなく、清浄な空気を外部に排気することができる。
【0038】
ロータ75を回転駆動する電動モータ74の回転数は、流量制御部としてのコントローラ83により制御され、真空ポンプ24の流量はコントローラ83により一定値に制御される。上述のように、臨界ノズル61の上流側流路65と下流側流路66の圧力比を臨界背圧比以下に保つと、スロート部64における流速は臨界状態に固定されるので、臨界背面圧比以下になる流量にポンプ流量を設定すれば、全てのサンプラー11の流量は一定量に設定される。
【0039】
図1に示されるように、真空配管25には圧力計26が設けられており、真空ポンプ24によって真空配管25内を流れる気流の圧力が圧力計26により検出される。これにより、真空配管25内の気流の圧力を確認することができる。真空配管25には圧力調整バルブ27が設けられており、フィルター28により浄化された外気を真空配管25内に注入することができる。これにより、真空配管25内の圧力を変化させて内部を流れる空気の流量を調整することができ、真空ポンプ24の回転数を一定値として、圧力調整バルブ27を流量制御部として機能させるようにしても良い。
【0040】
図1に示されるように、5つのサンプラー11とダミーサンプラー12を備えた多連サンプラー装置10を作動させて、それぞれのサンプラー11のフィルター42に微小粒子を付着させる。これにより、5つのフィルター42のそれぞれには、同様の元素の微小粒子のバラツキを少なく、つまり変動係数を少なくして、微小粒子を採取することができる。それぞれ同種の微小粒子が付着した複数のフィルターサンプルが複数得られるので、それぞれについて、分析条件や分析方式を相違させて元素分析を行うことができる。
【0041】
ダミーサンプラー12には空気は導入されないが、サンプラー11と同様にフィルターがブランクフィルターとして配置されており、測定領域の大気に含まれてブランクフィルターに付着した元素と、他のフィルターに付着した元素とを比較分析することができる。
【0042】
図7はサンプラーの変形例を示す半断面図である。このサンプラー11aは、基部ステージ31と中間ステージ32とを有しており、これらは
図3に示したものと同一構造である。このサンプラー11aにおいては、
図3に示した中間ステージ33は設けられておらず、中間ステージ32にはトップカバー34aが装着されている。
【0043】
基部ステージ31に中間ステージ32をねじ結合すると、中間ステージ32の上側円筒部45の下端面がフィルター押さえ具43に突き当てられ、金網41とフィルター42とフィルター押さえ具43は、基部ステージ31と中間ステージ32との間で挟持される。トップカバー34aを中間ステージ32にねじ結合すると、トップカバー34aの環状上端部59aの下端面がノズル板48のフランジ部48aに突き当てられる。衝突板46と付着部46aとフランジ部48aは、中間ステージ32とトップカバー34aとの間で挟持され、衝突板46とノズル板48によりインパクター50が形成される。
【0044】
このように、
図7に示されるサンプラー11aは、付加的インパクター57を備えておらず、サンプラー11aに供給された気流に含まれる粒子は、インパクター50により粒径が2.5μm以下の微小粒子と、それよりも粒径が大きい粗大粒子とに分粒される。
【0045】
トップカバー34aには、継手部60が設けられておらず、インパクター50はトップカバー34aの環状上端部59aの内側から外部に露出されており、
図7に示すサンプラー11aはオープン型である。
【0046】
サンプラーの形態には、トップカバー34、34aの形態に応じて、
図3に示されるインライン型と
図7に示されるオープン型とがあり、2組のインパクター50、57を備えた形態と、インパクター50のみの形態とがある。さらに、微小粒子を採取するフィルター42に加えて、ガスを吸着するフィルターを付加すると、ガスサンプリングを行うことができる。
【0047】
図8は他の実施の形態である多連サンプラー装置10を示す正面図である。この多連サンプラー装置10においては、それぞれの排気管13には臨界ノズル61は設けられておらず、連通支持管14と真空ポンプ24とを連結する真空配管25に臨界ノズル61が設けられている。このように、単一の臨界ノズル61により全てのサンプラー11を流れる空気の流量を一定値に設定するようにしても良い。
【0048】
次に、多連サンプラー装置10の実施例について説明する。
【0049】
図1に示されるように、それぞれ臨界ノズル61が設けられた5つのサンプラー11を備えた多連サンプラー装置10において、臨界ノズル61の設定流量を16.7L/minとし、それぞれのサンプラー11に、この流量で外部から空気を供給するようにした。多連サンプラー装置10は5つのサンプラー11を有しており、合計1000L/minの空気が多連サンプラー装置10に流入される。
【0050】
上述した設定流量の条件のもとで、臨界ノズル61のスロート部64のスロート径dを求めた。スロート径dに対する排除厚さの割合を上述のように、20~30%であるとし、「スロート部断面積×(0.7~0.8)」×「スロート部環境下での音速」=16.7L/minにより求めたスロート径dを、1.3≦d≦1.5の範囲で複数の臨界ノズル61を製作した。
【0051】
ここで、「スロート部環境下での音速」について、臨界ノズル61の上流側流路のよどみ点での音速a0と、スロート部64の音速atとの間には、次の関係が成り立つ。ここで、γは気体の比熱比である。
【0052】
at
2=[2/(γ+1)]×a0
2
スロート部64は、通常状態とは異なり、圧縮されて空気密度が高い状態である。音速は密度に依存し、密度が高くなると音速は小さくなるため、このような式で表される。
【0053】
空気の比熱比γ=1.4、大気圧、室温での空気の音速をa0=340m/sとすると、スロート部64の音速はat=310m/sとなる。ここで、よどみ点とは、流れの中で流れが0になる点である。
【0054】
ノズル毎に境界層の厚さが異なるため、製作したノズルを用いて固定流量確認実験を繰り返し、スロート径dと固定流量Qとの関係を導き出した。
【0055】
図9は、スロート径dと臨界ノズル61を流れる気体の固定流量Qとの関係を示す特性線図であり、スロート径dを1.30mm、1.36mmおよび1.38mmとした3種類の臨界ノズル61について固定流量Qを求めた。この結果、流量16.7L/minに固定されるスロート径dは、1.375mmであると定めることができる。
【0056】
臨界ノズル61の流量が固定されるには、臨界ノズル61の背圧比(P2/P1)が、ある一定の値(臨界背圧比)以下になる必要がある。臨界背圧比は、臨界ノズル61の形状と流れの粘性などに大きく影響されるレイノズル数に依存する量であり、ノズル固有の値であるため、臨界ノズル61を使用するには、そのノズルが臨界状態となるために必要な臨界背圧比を、実験により確認する必要がある。
【0057】
そのためには、真空ポンプが接続された配管に設けられた臨界ノズルと、臨界ノズルの上流側と下流側とに位置させてそれぞれ配管に設けられた圧力計と、配管に設けられた流量計とを備えた背圧比確認の空圧回路を使用し、スロート径dが相違する複数の臨界ノズル61について、固定流量となる背圧比を求めた。
【0058】
図10は、スロート径dが1.30mm、1.36mm、1.375mmおよび1.38mmの4種類の臨界ノズルについて、気体の流量と背圧比との関係を示す特性線図である。
図10に示されるように、4種類の全ての臨界ノズルにおいて、固定流量となる背圧比は、0.8であった。
【0059】
したがって、
図1に示す5つのサンプラー11に対してそれぞれ16.7L/minの固定流量で気流を流すには、臨界ノズル61の背圧比を0.8以下とすれば良いことが分かる。
【0060】
このように、臨界ノズル61を使用すると、真空ポンプ24を一定の回転数で駆動することにより、複数のサンプラー11に対して同一流量で気流を流すことができる。サンプラー11内のフィルター42には同一流量の空気が流れるので、同一領域の空気に含まれる微小粒子の元素成分がほぼ同様となって採取された複数のサンプルを得ることができる。これにより、種々の分析方法によって、同種のサンプルを分析することができる。
【0061】
本発明は前記実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能である。例えば、多連サンプラー装置10に搭載されるサンプラー11の数は、5つに限られることなく、任意の数に設定することができる。
【符号の説明】
【0062】
10 多連サンプラー装置
11、11a サンプラー
12 ダミーサンプラー
13 排気管
14 連通支持管
21 支持台
24 真空ポンプ
25 真空配管
31 基部ステージ
32、33 中間ステージ
34、34a トップカバー
37 テーパ部
38 排出部
41 金網
42 フィルター
46 衝突板
46a 付着部
47 貫通孔
48 ノズル板
49 ノズル孔
50 インパクター
53 衝突板
53a 付着部
54 貫通孔
55 ノズル板
56 ノズル孔
57 付加的インパクター
61 臨界ノズル
64 スロート部
65 上流側流路
66 下流側流路
75 ロータ
76 ダイアフラム
83 コントローラ(流量制御部)