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特許7397438油脂生産性が増加した緑藻変異体及びその利用
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-05
(45)【発行日】2023-12-13
(54)【発明の名称】油脂生産性が増加した緑藻変異体及びその利用
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/13 20060101AFI20231206BHJP
   C12P 7/64 20220101ALI20231206BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20231206BHJP
   C12N 15/29 20060101ALN20231206BHJP
【FI】
C12N1/13
C12P7/64 ZNA
C12N15/09 110
C12N15/29
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2019202496
(22)【出願日】2019-11-07
(65)【公開番号】P2020074772
(43)【公開日】2020-05-21
【審査請求日】2022-06-02
(31)【優先権主張番号】P 2018209311
(32)【優先日】2018-11-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 〔ウェブサイトにおける掲載による公開〕 公開日 :平成31年(2019年)3月5日 掲載アドレス: http://www.jsbba.or.jp/2019/index.html https://jsbba.bioweb.ne.jp/jsbba2019/download_pdf_pkg.php?pkg_id=all_pages https://jsbba.bioweb.ne.jp/jsbba2019/download_pdf_pkg.php?pkg_id=poster https://jsbba.bioweb.ne.jp/jsbba2019/download_pdf_pkg.php?pkg_id=26_1600 https://jsbba.bioweb.ne.jp/jsbba2019/download_pdf_pkg.php?pkg_id=26 https://jsbba.bioweb.ne.jp/jsbba2019/download_pdf_pkg.php?pkg_id=1600
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 〔集会での発表による公開〕 開催日 :平成31年(2019年)3月26日 集会名 :日本農芸化学会2019年度大会 開催場所 :東京農業大学 世田谷キャンパス
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 〔ウェブサイトにおける掲載による公開〕 掲載日 :平成31年(2019年)3月6日 掲載アドレス: https://jspp.org/annualmeeting/60/ https://confit.atlas.jp/guide/event/jspp2019/recommend
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 〔集会での発表による公開〕 開催日 :平成31年(2019年)3月14日 集会名 :第60回 日本植物生理学会年会 開催場所 :名古屋大学 東山キャンパス
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 〔集会での発表による公開〕 開催日 :令和1年(2019年)6月22日 集会名 :中央大学研究開発機構設立20周年記念行事内交流会 開催場所 :中央大学後楽園キャンパス
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)(1)農林水産省、平成25年度、地域資源を活用した再生可能エネルギーの生産・利用のためのプロジェクト、微細藻類を利用した石油代替燃料等の製造技術の開発委託事業(2)独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、平成25年度、バイオマスエネルギー技術研究開発/戦略的次世代バイオマスエネルギー利用技術開発事業(次世代技術開発)/高油脂生産微細藻類の大規模培養と回収および燃料化に関する研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】599011687
【氏名又は名称】学校法人 中央大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】原山 重明
(72)【発明者】
【氏名】早川 准平
(72)【発明者】
【氏名】井出 曜子
【審査官】小倉 梢
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2009/153439(WO,A2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N1/00-7/08
C12N15/00-15/90
C07K1/00-19/00
C12Q1/00-3/00
C12P1/00-41/00
A01K67/02-67/033
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号5又は6に示すアスパラギン酸プロテアーゼと少なくとも90%の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、且つアスパラギン酸プロテアーゼ活性を有するタンパク質の活性を低下させた真核微細藻類変異体であって、親株と比較して、
(i)細胞内の油脂含有率及び油脂生産性が増加すること、
(ii)窒素欠乏時のクロロフィル減少速度が低下すること、
(iii)バイオマス生産性が増加すること、
(iv)細胞が肥大化すること、
(v)培養液の発泡が減少すること、
(vi)細胞の器壁への付着性が低下すること、及び、
(vii)細胞壁が脆弱化すること、
から成る群より選択される1以上の特徴を有する、前記真核微細藻類変異体。
【請求項2】
さらに、配列番号21又は22に示すB型レスポンスレギュレータータンパク質と少なくとも90%の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、且つB型レスポンスレギュレーター活性を有するタンパク質の活性を低下させた、及び/又は、
配列番号29又は30に示す油滴タンパク質と少なくとも90%の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、且つ油滴の膜表面に局在するタンパク質の機能が低下した、
請求項1記載の真核微細藻類変異体。
【請求項3】
前記タンパク質をコードする遺伝子を破壊した、請求項1又は2記載の真核微細藻類変異体。
【請求項4】
前記タンパク質をコードする遺伝子の発現を低下させた、請求項1又は2記載の真核微細藻類変異体。
【請求項5】
前記タンパク質をコードする遺伝子の翻訳効率を低下させた、請求項1又は2記載の真核微細藻類変異体。
【請求項6】
緑藻植物門(Chlorophyta)に属する、請求項1~5のいずれか1項記載の真核微細藻類変異体。
【請求項7】
トレボキシア藻網(Trebouxiophyceae)に属する、請求項6記載の真核微細藻類変異体。
【請求項8】
コッコミクサ属(Coccomyxa)に属する、請求項7記載の真核微細藻類変異体。
【請求項9】
請求項1~8のいずれか1項記載の真核微細藻類変異体を培養する工程を含む、油脂生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アスパラギン酸プロテアーゼ(以下、「ASP」と称する)遺伝子に変異を持った結果、野生型又は親株に比べて油脂含有率(単位藻体乾燥重量あたりの油脂重量)、バイオマス生産性(ここでは、培養液の単位体積あたり、あるいは単位培養面積あたりの藻体乾燥重量を「バイオマス生産量」と呼び、単位時間あたりのバイオマス生産量の増加を「バイオマス生産性」と呼ぶ)、及び油脂生産性(ここでは、バイオマス生産量と油脂含有率の積を「油脂生産量」と呼び、単位時間あたりの油脂生産量の増加を「油脂生産性」と呼ぶ)が増加し、窒素欠乏時におけるクロロフィルの減少が抑制され、バイオマス生産性が向上し、細胞が肥大化し、培養液の発泡が減少し、細胞の器壁への付着性が低下し、細胞壁が脆弱化するという多面的な特徴のうちの1以上を有する真核微細藻類変異体及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
単細胞性の真核光合成生物(以下、「真核微細藻類」と呼ぶ)が生産するトリアシルグリセロール(以下「TAG」と呼ぶ)等を原料として、バイオディーゼル・バイオジェット燃料等の製品を生産する研究が、広く世界的に行われているが、現状では生産コストが高く、商業ベースでの生産は困難である(非特許文献1)。そのため更なる技術開発が続けられており、その1つに真核微細藻類の油脂生産性の改良がある。
【0003】
真核微細藻類は、窒素、リン、硫黄欠乏あるいは強光、高塩濃度等のストレス条件下で、細胞内に炭水化物や脂質を蓄積することが知られているが、細胞がどのようにストレスを感知し油脂を蓄積するのかの詳しい分子機構は解明されていない。
【0004】
緑色植物亜界(Viridiplantae)・緑藻植物門(Chlorophyta)・トレボキシア藻綱(Trebouxiophyceae)・コッコミクサ属(Coccomyxa)に属する株として、Coccomyxa sp. Obi株、及びCoccomyxa sp. KJ株(以下Obi株及びKJ株と呼ぶ)が知られている。Obi株は、特許文献1に記載された単細胞性緑藻Pseudochoricystis ellipsoidea MBIC11204株と同一の株で、受託番号FERM BP-10484として寄託されている。KJ株はObi株の約2倍の油脂生産性を有する単細胞性緑藻であり、特許文献2に記載されたシュードコッコミクサ属(Pseudococcomyxa) KJ株と同一の株で、受託番号FERM BP-22254として寄託されている。Obi株及びKJ株は、pH3.5以下の培地でも生育がよく、特許文献3に示された開放系培養システムで培養でき、特許文献4に示された方法で連続的に屋外において油脂生産を行うことができる。
【0005】
本発明者等は、Obi株及びKJ株のゲノム配列を解読し、これらの育種と培養技術の改良に取り組んできた。油脂生産性が向上した株の育種のためには、例えば光合成の光利用効率を向上させる方法(特許文献5)、油脂生産に関わる酵素の活性を促進させる方法(特許文献6)、あるいは、油脂分解を抑制する方法(特許文献7)等が考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特許第4748154号公報
【文献】特許第6088375号公報
【文献】特許第6235210号公報
【文献】特許第5810831号公報
【文献】特開2013-102715号公報
【文献】特開2017-046643号公報
【文献】特開2017-046645号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】Chisti Y. (2013) Constraints to commercialization of algal fuels. J. Biotechnol. 167: 201-214.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
真核微細藻類の油脂生産性の増加は、バイオ燃料生産の実用化に必要なコスト削減を実現するための重要な要素である。油脂含有率及び油脂生産性が増大した真核微細藻類変異体を作出し、その変異体を培養することにより、バイオ燃料等に供する油脂生産コストを削減することが可能となる。
【0009】
真核微細藻類の油脂蓄積を誘導するためには、窒素欠乏条件下で培養することが一般的に行われるが、窒素欠乏時には細胞分裂が抑制される。さらに光合成に必要な緑色色素であるクロロフィルが減少し、光合成活性が低下し、その結果バイオマス生産性も低下する。細胞分裂が抑制され、細胞数が一定となっても、細胞が肥大化し、細胞当たりの質量が増加することによってバイオマスは増加する。窒素欠乏時のクロロフィル及び光合成活性の低下が抑制され、窒素欠乏後のバイオマス生産性が増加した変異体を利用することによって、油脂生産性を増加させることが可能となる。
【0010】
一方で、藻類を培養する工程、培養液から藻類細胞を回収する工程、回収された藻類細胞から油脂を抽出する工程の低コスト化も、バイオ燃料の実用化に必要である。藻類の培養液は、培養時間の経過に伴い副産物の蓄積を生じ,培養液表面が発泡することがある。培養液の発泡は、遮光による増殖阻害や捕食微生物の混入を引き起こすために、これを極力防止する必要がある。また、培養及び回収の工程で使用する器壁への細胞の付着、残存等が少なければ、培養及び回収はより容易になり、設備の洗浄費用の削減にもつながる。また、油脂等の抽出の障壁となっている細胞壁が脆弱化することにより、油脂等の抽出の費用削減が期待できる。すなわち、培養液の発泡の減少、細胞の器壁への付着性の低下、細胞壁の脆弱化という変化は、バイオ燃料等有用物質生産のためのコスト削減のために重要である。
【0011】
そこで、本発明は、窒素欠乏時の油脂生産性の向上と、それに付随したバイオマス生産性の向上、油脂含有率の向上、細胞の肥大化、クロロフィル減少速度の低下、培養液の発泡の減少、細胞の器壁への付着性の低下、細胞壁の脆弱化という特徴の1以上を持つ真核微細藻類変異体を提供することを目的とする。また、この真核微細藻類変異体を培養することで、微細藻類由来の有用物質の生産コストを削減することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、特定のASP(ASP1)をコードする遺伝子が変異した真核微細藻類では、油脂含有率及び油脂生産性が向上することを見出した。さらに当該変異体では、窒素欠乏時のクロロフィル減少速度の低下及び細胞の肥大化が油脂生産性の向上に貢献していると思われること、培養液の発泡の減少、細胞の器壁への付着性の低下によって培養及び回収が容易になること、細胞壁の脆弱化によって油脂抽出が容易になることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明は以下を包含する。
(1)配列番号7又は8に示すASPの保存領域と少なくとも50%の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、且つASP活性を有するタンパク質の活性を低下させた真核微細藻類変異体であって、親株と比較して、(i)細胞内の油脂含有率及び油脂生産性が増加すること、(ii)窒素欠乏時のクロロフィル減少速度が低下すること、(iii)バイオマス生産性が増加すること、(iv)細胞が肥大化すること、(v)培養液の発泡が減少すること、(vi)細胞の器壁への付着性が低下すること、及び、(vii)細胞壁が脆弱化することから成る群より選択される1以上の特徴を有する、前記真核微細藻類変異体。
(2)さらに、配列番号23及び24に示すB型レスポンスレギュレータータンパク質の保存領域のそれぞれと少なくとも80%の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、且つB型レスポンスレギュレーター活性を有するタンパク質の活性を低下させた、及び/又は、配列番号31又は32に示す油滴タンパク質の保存領域と少なくとも50%の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、且つ油滴の膜表面に局在するタンパク質の機能が低下した、(1)記載の真核微細藻類変異体。
(3)前記タンパク質をコードする遺伝子を破壊した、(1)又は(2)記載の真核微細藻類変異体。
(4)前記タンパク質をコードする遺伝子の発現を低下させた、(1)又は(2)記載の真核微細藻類変異体。
(5)前記タンパク質をコードする遺伝子の翻訳効率を低下させた、(1)又は(2)記載の真核微細藻類変異体。
(6)緑藻植物門(Chlorophyta)に属する、(1)~(5)のいずれか1記載の真核微細藻類変異体。
(7)トレボキシア藻網(Trebouxiophyceae)に属する、(6)記載の真核微細藻類変異体。
(8)コッコミクサ属(Coccomyxa)に属する、(7)記載の真核微細藻類変異体。
(9)(1)~(8)のいずれか1記載の真核微細藻類変異体を培養する工程を含む、油脂生産方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、細胞内の油脂含有率及び油脂生産性が増加し、窒素欠乏時のクロロフィル減少速度が低下し、バイオマス生産性が向上し、細胞が肥大化し、培養液の発泡が減少し、細胞の器壁への付着性が低下し、細胞壁が脆弱化したという特徴の1以上を有する真核微細藻類変異体を作出することが可能となる。また、本発明に係る真核微細藻類変異体を培養することにより、バイオ燃料等に供する油脂あるいは藻類由来物質の生産コストを削減することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】Obi株とObi株由来のASP1遺伝子破壊株(asp1-19)を試験管で連続光条件下、酸性の窒素欠乏培地で14日間培養したときの顕微鏡写真(bar=10 μm)である。
図2-1】ASP1に関する配列の一覧を示す。
図2-2】図2-1の続きである。
図2-3】図2-2の続きである。
図2-4】図2-3の続きである。
図2-5】図2-4の続きである。
図2-6】図2-5の続きである。
図2-7】図2-6の続きである。
図2-8】図2-7の続きである。
図2-9】図2-8の続きである。
図2-10】図2-9の続きである。
図2-11】図2-10の続きである。
図2-12】図2-11の続きである。
図3】KJ株とKJ株由来のASP1遺伝子破壊株(kjasp1-141)、LDP1遺伝子破壊株(kjldp1-1)、ARR1遺伝子変異株(arr1-432)を同時に20%濃度のA9培地(pH3.5)を用いて12時間/12時間の明暗周期下でビーカー培養した時の、バイオマス生産量(培養液の単位体積あたりの藻体乾燥重量)(A)、油脂含有率(単位藻体乾燥重量あたりの油脂重量)(B)、油脂生産量(バイオマス生産量と油脂含有率との積)(C, E)、クロロフィル含有率(単位藻体乾燥重量あたりの総クロロフィル重量)(D, F)の変化を示すグラフである。A-Dはkjasp1-141株、E-Fはkjldp1-1株及びarr1-432株をKJ株と比較し、それぞれの平均値と標準誤差を縦軸に、培養開始後の時間を横軸に示す(n=3)。
図4】KJ株とASP1/LDP1/ARR1三重遺伝子破壊株(TKO-1)を同時に20%濃度のA9培地(pH3.5)を用いて12時間/12時間の明暗周期下でビーカー培養した時の、バイオマス生産量(培養液の単位体積あたりの藻体乾燥重量)(A)、油脂含有率(単位藻体乾燥重量あたりの油脂重量)(B)、油脂生産量(バイオマス生産量と油脂含有率との積)(C)、クロロフィル含有率(単位藻体乾燥重量あたりの総クロロフィル重量)(D)の変化を示すグラフである。それぞれの平均値と標準誤差を縦軸に、培養開始後の時間を横軸に示す(n=3)。
図5】KJ株、KJ株由来のARR1遺伝子破壊株(arr1-432)、arr1-432株由来のASP1遺伝子破壊株(DKO-1)、及びDKO-1株由来のLDP1遺伝子破壊株(TKO-1)を10%濃度のA9培地(pH3.5)で14日間、12時間/12時間の明暗周期下でビーカー培養した時の、7日目、10日目、14日目のバイオマス生産量(培養液の単位体積あたりの藻体乾燥重量)(A)、油脂含有率(単位藻体乾燥重量あたりの油脂重量)(B)、油脂生産量(バイオマス生産量と油脂含有率との積)(C)の平均値と標準誤差を示すグラフである(n=3)。
図6】KJ株(A)、KJ株由来のARR1遺伝子破壊株(arr1-432)(B)、arr1-432株由来のASP1遺伝子破壊株(DKO-1)(C)、及びDKO-1株由来のLDP1遺伝子破壊株(TKO-1)(D)を10%濃度のA9培地(pH3.5)で14日間、12時間/12時間の明暗周期下でビーカー培養した時の細胞の顕微鏡写真(bar=5 μm)である。
図7】KJ株(A)、KJ株由来のASP1遺伝子破壊株(kjasp1-241, kjasp1-141)(B, C)、 arr1-432株由来のASP1遺伝子破壊株(DKO-1)(D)、DKO-1株由来のLDP1遺伝子破壊株(TKO-1)(E)、KJ株由来のLDP1遺伝子破壊株(kjldp1-1)(F)、及びKJ株由来のARR1遺伝子破壊株(arr1-432)(G)を、50%濃度のA9培地(pH3.5)で連続光条件下、試験管で11日間培養した時の細胞の透過電子顕微鏡写真(bar=1 μm)である。油滴(LD)を矢印で示す。
図8-1】KJ株(A)、KJ株由来のASP1遺伝子破壊株(kjasp1-241, kjasp1-141)(B, C)、 arr1-432株由来のASP1遺伝子破壊株(DKO-1)(D)、DKO-1株由来のLDP1遺伝子破壊株(TKO-1)(E)、KJ株由来のLDP1遺伝子破壊株(kjldp1-1)(F)、及びKJ株由来のARR1遺伝子破壊株(arr1-432)(G)を50%濃度のA9培地(pH3.5)で連続光条件下、試験管で11日間培養した時の透過電子顕微鏡写真(bar=0.1 μm)である。細胞壁(CW)を両矢印で、細胞膜(PM)、最外層(OL)をそれぞれ矢印で示す。
図8-2】図8-1の続きである。
図9】表3に示したKJ株とASP1遺伝子変異株(kjasp1-1)及びASP1遺伝子破壊株(kjasp1-242, kjasp1-241、kjasp1-232, kjasp1-141)の培養7日目の凍結乾燥サンプルにヘキサン5 mLを添加し超音波処理した際の、バイオマス中の総油脂量(凍結乾燥サンプルの藻体乾燥重量と油脂含有率との積)とヘキサン中に抽出された油脂量(A)、及びその際の油脂抽出率(B)の平均値と標準誤差(n=3)を示すグラフである。細胞の油脂含有率はISO 10565に記載された方法を用いて測定し、細胞中の総油脂量を100%として、ヘキサンでの抽出率を計算した。
図10】KJ株(A)とASP1変異株(kjasp1-1, kjasp1-2)(B, C)を500Lの10%及び13.3%濃度のA9培地を用いて屋外レースウェイ型培養槽で培養した時の発泡を比較した写真である。
図11】KJ株(A)とTKO-1株(B)の培養液の発泡を比較した写真である。ガラス製の500 mL容扁平フラスコに300 mLの50%濃度のA9培地(pH3.5)を加え、2% (v/v) CO2を50 mL/minの流量で常時通気しながら、OD750=1.5の細胞密度から連続光条件で11日間培養し、全体を上下左右に5秒間攪拌後、10秒間静置した。
図12】KJ株(A, C)及びTKO-1株(B, C)の細胞の樹脂表面への付着性を比較した写真である。培養は図3と同様に行い、ABS樹脂製ビーカー培養開始から1日後に、ABS樹脂製培養容器(A, B)及びサンプリングに用いたポリプロピレン樹脂製チップ(C)への細胞付着性を比較した。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0017】
本発明は、ASP1と命名したASPの活性を低下させることにより、親株と比較して、
(i)細胞内の油脂含有率及び油脂生産性が増加すること、
(ii)窒素欠乏時におけるクロロフィル減少速度が低下すること、
(iii)バイオマス生産性が向上すること、
(iv)細胞が肥大化すること、
(v)培養液の発泡が減少すること、
(vi)細胞の器壁への付着性が低下すること、及び、
(vii)細胞壁が脆弱化すること、
という多面的な特徴のうちの1以上を有した真核微細藻類変異体に関する。
【0018】
本発明に係る真核微細藻類変異体は、上記(i)~(vii)の特徴のうち、1以上、好ましくは2以上、3以上、4以上、5以上、6以上、最も好ましくは全てを有する。
【0019】
本発明では、KJ株から油脂生産性の高い突然変異体を分離し、ゲノム配列を比較解析することにより、油脂生産性の増加に関わる新規遺伝子を見出すことを目指した。
【0020】
本発明に係る油脂生産性の高い突然変異体ではASPをコードする遺伝子に変異があり、当該プロテアーゼの活性が失われていると予測された。
【0021】
さらに上記突然変異体では、窒素欠乏時のクロロフィル減少速度の低下、バイオマス生産性の増加、培養液の発泡の減少、細胞の肥大化、細胞の器壁への付着性の低下、細胞壁の脆弱化の特徴が見られた。
【0022】
これらの特徴が単一の原因遺伝子の欠損に由来するかを調べるために、ASP遺伝子破壊株を複数作製し、ASP遺伝子単一の破壊によってこれらすべての形質が得られることを確認した。さらに他の遺伝子の変異が存在しても、ASP遺伝子変異の形質が維持されることを確認した。
【0023】
プロテアーゼは一般にタンパク質のペプチド結合を加水分解する酵素で、細胞外や細胞内で働き、タンパク質の活性制御や不要なタンパク質の分解と再利用、生体防御、老化、細胞死等において重要な役割を果たしている。ASPは、動物の胃で働く消化酵素ペプシンに代表される、活性中心にアスパラギン酸を持つタンパク質分解酵素で、全ての生物に広く保存されている。植物においても多数のASPが存在し、それぞれの機能についても研究が進められている(Simoes I, Faro C. (2004) Structure and function of plant aspartic proteinases. Eur. J. Biochem. 271: 2067-2075.)。真核微細藻類においても複数のASP遺伝子が存在し、それぞれが異なる役割を担っていると予測されるが、真核微細藻類のASPに関する研究例はほとんどない。
【0024】
具体的に、本発明では、細胞内の油脂含有率が増加し、油脂生産性が向上した変異体の取得を目指し、突然変異誘起剤であるN-メチル-N'-ニトロ-N-ニトロソグアニジン(NTG)を処理して得られたKJ株由来の変異体は、配列番号1に示すASPをコードする遺伝子(ゲノム配列)に2つの変異(活性部位のアミノ酸置換及びフレームシフト変異)を持っていた。この遺伝子がコードするタンパク質をAspartic proteinase 1(ASP1)と命名した。
【0025】
KJ株のASP1タンパク質のアミノ酸配列を配列番号5に示す。また、Obi株のASP1タンパク質のアミノ酸配列を配列番号6に示す。
【0026】
一方、KJ株のASP1遺伝子(ゲノム配列)及びそのCDSの塩基配列をそれぞれ配列番号1及び配列番号3に示す。また、Obi株のASP1遺伝子(ゲノム配列)及びそのCDSの塩基配列をそれぞれ配列番号2及び配列番号4に示す。
【0027】
KJ株とObi株のASP1タンパク質は約97%の配列同一性を示し、Obi株及びKJ株のゲノム配列中に、配列番号7(KJ株由来)又は配列番号8(Obi株由来)に示すASP1タンパク質の保存領域と30%以上の配列同一性を持つタンパク質をコードする遺伝子は存在しなかった。
【0028】
ゲノム編集技術の一つであるCRISPR/Cas9システムを用いてKJ株及びObi株のASP1遺伝子に変異を導入した。その結果、KJ株及びObi株のASP1遺伝子が変異した変異体では、細胞内の油脂含有率及び油脂生産性が増加することを見出した。
【0029】
さらに、窒素欠乏時におけるクロロフィル減少速度の低下、バイオマス生産性の向上、細胞の肥大化、培養液の発泡の減少、細胞の器壁への付着性の低下、細胞壁の脆弱化という特徴を持つことを見出し、本発明を完成するに至った。
【0030】
本発明において、真核微細藻類としては、緑藻、珪藻(diatomあるいはBacillariophyceae)、真正眼点藻綱(Eustigmatophyceae)等に属する真核微細藻類を挙げることができる。
【0031】
緑藻としては、例えばトレボキシア藻網に属する緑藻が挙げられる。トレボキシア藻網に属する緑藻としては、例えば、トレボキシア(Trebouxia)属、クロレラ(Chlorella)属、ボトリオコッカス(Botryococcus)属、コリシスチス(Choricystis)属、コッコミクサ(Coccomyxa)属、シュードコッコミクサ(Pseudococcomyxa)属に属する緑藻が挙げられる。トレボキシア藻網に属する具体的な株としては、Obi株(受託番号FERM BP-10484)及びKJ株(受託番号FERM BP-22254)が挙げられる。Obi株は、平成17年(2005年)2月15日付で独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(〒305-8566日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6)に受託番号FERM P-20401として寄託され、さらに受託番号FERM BP-10484としてブダペスト条約に基づく国際寄託へ移管されている。Obi株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センター(NITE-IPOD)(〒292-0818日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 120号室)から入手可能である。KJ株は、平成25年(2013年)6月4日付で独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センター(NITE-IPOD)(〒292-0818日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 120号室)に受託番号FERM P-22254として寄託され、さらに受託番号FERM BP-22254としてブダペスト条約に基づく国際寄託へ移管されている。
【0032】
トレボキシア藻網に属する緑藻以外の緑藻としては、例えばテトラセルミス(Tetraselmis)属、アンキストロデスムス(Ankistrodesmus)属、ドラニエラ(Dunalliella)属、ネオクロリス(Neochloris)属、クラミドモナス属、イカダモ(=セネデスムス:Scenedesmus)属等に属する緑藻が挙げられる。
【0033】
更に珪藻としては、フィストゥリフェラ(Fistulifera)属、フェオダクチラム属、タラシオシラ(Thalassiosira)属、シクロテラ(Cyclotella)属、シリンドロティカ(Cylindrotheca)属、スケレトネマ(Skeletonema)属等に属する真核微細藻類を挙げることができる。また、真正眼点藻綱としては、ナンノクロロプシス属が挙げられる。
【0034】
本発明に係る真核微細藻類変異体は、上述の真核微細藻類を親株として、ASP1タンパク質の活性を低下させる方法に供することで得られた真核微細藻類変異体である。
【0035】
本発明において、ASP1タンパク質としては、配列番号7又は配列番号8に示すアミノ酸配列(すなわち、ASP1タンパク質の保存領域のアミノ酸配列)と少なくとも50%、好ましくは、少なくとも65%、特に好ましくは、少なくとも80%、最も好ましくは、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも95%、100%の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、且つASP活性を有するタンパク質が挙げられる。
【0036】
また、ASP1タンパク質としては、配列番号5又は配列番号6に示すアミノ酸配列と少なくとも50%、好ましくは、少なくとも65%、特に好ましくは、少なくとも80%、最も好ましくは、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも95%、100%の配列同一性を有するアミノ酸配列から成り、且つASP活性を有するタンパク質が挙げられる。
【0037】
ASP1遺伝子としては、上記ASP1タンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。また、ASP1遺伝子としては、配列番号3又は配列番号4に示すmRNAのコーディング領域と少なくとも50%、好ましくは、少なくとも58%、特に好ましくは、少なくとも65%、少なくとも80%、最も好ましくは、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも95%、100%の配列同一性を有する塩基配列から成り、且つASP活性を有するタンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。
【0038】
さらに、本発明に係る真核微細藻類変異体は、上述の真核微細藻類を親株として、ASP1タンパク質の活性に加えて、B型レスポンスレギュレーター(以下、「ARR1」と称する)タンパク質の活性及び/又は油滴タンパク質1(以下、「LDP1」と称する)タンパク質の機能を低下させる方法に供することで得られた真核微細藻類変異体である。
【0039】
配列番号21及び22にそれぞれ示すKJ株とObi株のARR1タンパク質は約96%の配列同一性を示し、保存領域であるレシーバー領域(配列番号23)及びBモチーフと呼ばれる核移行シグナルを含むDNA結合領域(配列番号24)においては100%の配列同一性を示した。
【0040】
KJ株のARR1遺伝子(ゲノム配列)及びそのCDSの塩基配列をそれぞれ配列番号17及び配列番号19に示す。また、Obi株のARR1遺伝子(ゲノム配列)及びそのCDSの塩基配列をそれぞれ配列番号18及び配列番号20に示す。
【0041】
本発明において、ARR1タンパク質としては、配列番号23及び配列番号24に示すアミノ酸配列(すなわち、ARR1タンパク質の保存領域のアミノ酸配列)のそれぞれと少なくとも80%、好ましくは、少なくとも85%、特に好ましくは、少なくとも90%、最も好ましくは、少なくとも95%、100%の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、且つB型レスポンスレギュレーターの活性を有するタンパク質が挙げられる。
【0042】
また、ARR1タンパク質としては、配列番号21又は配列番号22に示すアミノ酸配列と少なくとも50%、好ましくは、少なくとも65%、特に好ましくは、少なくとも80%、最も好ましくは、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも95%、100%の配列同一性を有するアミノ酸配列から成り、且つB型レスポンスレギュレーターの活性を有するタンパク質が挙げられる。
【0043】
ARR1遺伝子としては、上記ARR1タンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。また、ARR1遺伝子としては、配列番号19又は配列番号20に示すmRNAのコーディング領域と少なくとも50%、好ましくは、少なくとも58%、特に好ましくは、少なくとも65%、少なくとも80%、最も好ましくは、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも95%、100%の配列同一性を有する塩基配列から成り、且つB型レスポンスレギュレーターの活性を有するタンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。
【0044】
一方、KJ株のLDP1タンパク質のアミノ酸配列を配列番号29に示す。また、Obi株のLDP1タンパク質のアミノ酸配列を配列番号30に示す。
【0045】
KJ株のLDP1遺伝子(ゲノム配列)及びそのCDSの塩基配列をそれぞれ配列番号25及び配列番号27に示す。また、Obi株のLDP1遺伝子(ゲノム配列)及びそのCDSの塩基配列をそれぞれ配列番号26及び配列番号28に示す。
【0046】
Obi株とKJ株のLDP1のアミノ酸配列は、お互いに約98%の配列同一性を示す。KJ株及びObi株のLDP1タンパク質のN末端9アミノ酸残基及びC末端24アミノ酸残基は、他のLDPのアミノ酸配列との類似性が全く認められない。そこで、これらN末端及びC末端部分を除いた中央部分を、LDP1タンパク質の保存領域と定義する。KJ株及びObi株のLDP1タンパク質の保存領域のアミノ酸配列を、それぞれ配列番号31及び配列番号32に示す。
【0047】
本発明において、LDP1タンパク質としては、配列番号31又は配列番号32に示すアミノ酸配列(すなわち、LDP1タンパク質の保存領域のアミノ酸配列)と少なくとも50%、好ましくは、少なくとも65%、特に好ましくは、少なくとも80%、最も好ましくは、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも95%、100%の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、且つ油滴の膜表面に局在するタンパク質が挙げられる。
【0048】
また、LDP1タンパク質としては、配列番号29又は配列番号30に示すアミノ酸配列と少なくとも50%、好ましくは、少なくとも65%、特に好ましくは、少なくとも80%、最も好ましくは、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも95%、100%の配列同一性を有するアミノ酸配列から成り、且つ油滴の膜表面に局在するタンパク質が挙げられる。
【0049】
LDP1遺伝子としては、上記LDP1タンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。また、LDP1遺伝子としては、配列番号27又は配列番号28に示すmRNAのコーディング領域と少なくとも50%、好ましくは、少なくとも58%、特に好ましくは、少なくとも65%、少なくとも80%、最も好ましくは、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも95%、100%の配列同一性を有する塩基配列から成り、且つ油滴の膜表面に局在するタンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。
【0050】
なお、ASP1遺伝子、ARR1遺伝子及びLDP1遺伝子を併せて「本発明に係る遺伝子」と称し、また、ASP1タンパク質、ARR1タンパク質及びLDP1タンパク質を併せて「本発明に係るタンパク質」と称する場合がある。
【0051】
多くの真核微細藻類においては、複数の本発明に係る遺伝子、例えば対立遺伝子、同義遺伝子等が存在する場合があるが、本発明においては、これらのうち少なくとも1つ又は複数の本発明に係る遺伝子を意味する。
【0052】
本発明においては、以上に説明した本発明に係る遺伝子を有する真核微細藻類に対して、本発明に係るタンパク質の活性又は機能を低下させる方法に供することで、本発明に係る真核微細藻類変異体を得ることができる。
【0053】
具体的に、本発明に係るタンパク質の活性又は機能を低下させる方法としては、薬剤や放射線、紫外線等による突然変異誘起や、マーカー遺伝子等の挿入、ゲノム編集による遺伝子改変等が挙げられる。
【0054】
さらに、本発明に係るタンパク質の活性又は機能を低下させる方法としては、例えば
(1) 本発明に係る遺伝子をターゲットとして変異を導入し、当該遺伝子を破壊する;
(2) 本発明に係る遺伝子の転写を抑制し、該遺伝子の発現を低下させる;
(3) 本発明に係る遺伝子の翻訳を抑制し、該遺伝子の翻訳効率を低下させる;
方法が挙げられる。
【0055】
(1) 本発明に係る遺伝子をターゲットとして変異を導入する方法
本発明に係る遺伝子をターゲットとして変異を導入する方法としては、ZFN、TALENあるいはCRISPR/Casと呼ばれる遺伝子ノックアウト法(Gaj T, Gersbach CA, Barbas CF 3rd. (2013) ZFN, TALEN, and CRISPR/Cas-based methods for genome engineering. Trends Biotechnol. 31:397-405.)を用いることにより、その遺伝子が欠損した変異体を作出できる。
【0056】
(2) 本発明に係る遺伝子の転写を抑制し、該遺伝子の発現を低下させる方法
本発明に係る遺伝子の転写を抑制する方法としては、対象となる真核微細藻類における該遺伝子のプロモーター領域に変異やマーカー遺伝子等を導入する方法が挙げられる。
また、該遺伝子の正の発現制御に関わる遺伝子に変異を導入し、それらの機能を低下させる方法が挙げられる。
あるいは、該遺伝子の負の発現制御に関わる遺伝子に変異を導入し、負の発現制御が常時働くようにする方法が挙げられる。
【0057】
(3) 本発明に係る遺伝子の翻訳を抑制し、該遺伝子の翻訳効率を低下させる方法
本発明に係る遺伝子の翻訳を抑制する方法としては、いわゆるRNA干渉法(Cerutti H et al., 2011, Eukaryot Cell, 10, 1164)やアンチセンス法が挙げられる。
【0058】
また、本発明に係るタンパク質の活性又は機能を低下させる方法としては、本発明に係るタンパク質の活性化に必要な因子を阻害する方法や本発明に係るタンパク質の活性化を阻害する因子の活性化等が挙げられる。
【0059】
さらに、本発明は、以上に説明した本発明に係る真核微細藻類変異体を大量培養し、TAGを含む油脂を生産する方法を含む。大量培養法としては、特許文献3に示された開放系培養システムや、特許文献4に示された連続的な培養方法等が挙げられる。培養後、例えば培養物からヘキサン抽出等によって、TAGを含む油脂を得ることができる。
【0060】
なお、配列表と共に、ASP1に関する配列の一覧を図2に示す。
【実施例
【0061】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0062】
〔実施例1〕ASP1遺伝子変異体の単離と油脂生産性評価
KJ株細胞(受託番号FERM BP-22254)に対して、N-メチル-N'-ニトロ-N-ニトロソグアニジン(NTG)による突然変異誘起処理を施し、窒素欠乏時の油脂含有率が増加した変異体を以下の方法で取得した。
【0063】
油脂含有率が増加した変異体を選抜するため、細胞内に蓄積された油脂をBODIPYによって蛍光染色し、セルソーターを用いて蛍光強度が高い細胞を選抜した。この選抜を繰り返して得られた細胞を寒天培地に塗布し、シングルコロニーを得た後、窒素欠乏培地に植藻し、油脂生産性の高い変異体を選抜した。
【0064】
窒素欠乏条件で最も油脂生産性の高かった変異体のゲノム配列を解析した結果、配列番号1に示すASP1と名付けたASPをコードする遺伝子(ゲノム配列:配列番号1、CDS配列:配列番号3、全長アミノ酸配列:配列番号5、保存領域のアミノ酸配列:配列番号7)に2つの変異(g.2755G>A, g.2872G>A)が見つかり、この変異遺伝子をkjasp1-1と名付けた。また、当該変異を有する株をkjasp1-1変異体と名付けた。また、2番目に油脂生産性の高かった変異体のゲノム配列を解析した結果、同じく配列番号1に示すASP1遺伝子に1つの変異(g.3413C>A)が見つかり、この変異遺伝子をkjasp1-2と名付けた。また、当該変異を有する株をkjasp1-2変異体と名付けた。
【0065】
kjasp1-1変異体では、ASP1タンパク質の活性部位である285番目のアスパラギン酸残基のアスパラギンへの置換(p.Asp285Asn)、及び、スプライス部位の塩基置換(c.969+1G>A)による324番目のフェニルアラニン残基のフレームシフト変異(p.Phe324fs)が起こり、これらによってkjasp1-1変異体ではASP1の酵素活性が失われていると予測された。kjasp1-2変異体では、ASP1タンパク質の348番目のプロリン残基のヒスチジンへの置換(p.Pro348His)が起こり、これによってkjasp1-2変異体ではASP1の酵素活性が減少あるいは失われていると予測された。
【0066】
kjasp1-1変異体にはASP1以外の約54個の遺伝子にも変異が存在し、kjasp1-2変異体にはASP1以外の約70個の遺伝子にも変異が存在した。そこでASP1の変異により油脂生産性の増加が起こるかを確かめるため、CRISPR/Cas9法を用いて、KJ株のASP1遺伝子の破壊を試みた。
【0067】
先ず、配列番号1に示すKJ株のASP1遺伝子を特異的に切断するためのガイドRNA(gRNA)を2種類設計した。このgRNAと精製したCas9タンパク質との複合体を形成させた後、この複合体をエレクトロポレーションでKJ株細胞に導入した。次にエレクトロポレーションを受けた細胞集団を窒素欠乏培地で生育させ、細胞内に油脂を蓄積させた。BODIPYを用いて蓄積された油脂を蛍光染色し、セルソーターを用いて蛍光強度が高い細胞、すなわち油脂含有量が高い細胞を選抜後、プレートに播種し、シングルコロニーを得た。コロニーをTEバッファーに懸濁してから80℃で熱処理をしてDNA抽出を行い、標的配列を含む領域をPCR法により増幅した。表1及び表2に示すように、2種類の標的配列内にはそれぞれStuI及びRsaI制限酵素認識配列がPAM配列近傍に存在する。これを利用して、標的配列部位を含むDNA断片を制限酵素で処理し、DNA断片が切断されない変異型DNAを持つコロニーを選抜した。さらに選抜した株から増幅されたDNA断片の塩基配列を決定することにより、ASP1遺伝子に変異を有していることを確認した。この結果、表1及び表2に示す標的配列部位に変異を持つ株が複数得られた。独立に得られたASP1遺伝子破壊株の持つ変異(及び当該変異を有する変異体)をkjasp1-141, kjasp1-232, kjasp1-241, 及びkjasp1-242と命名し、その配列を表1及び表2に示す。これらの変異により、ASP1にフレームシフト変異が起こり、ASP1タンパク質の活性が失われていると予測できた。
【0068】
これらのASP1遺伝子破壊株及びkjasp1-1変異体をKJ株と共に試験管で連続光条件下、酸性の窒素欠乏培地で7日間培養し、油脂生産性を比較したところ、表3に示すように、全てのASP1変異体で油脂含有率及び油脂生産性がKJ株より増加した。培養13日目においても同様に、ASP1変異体はKJ株の約1.3-1.4倍の油脂生産性を示した。このことから、KJ株においてASP1遺伝子に変異を持ちASP1タンパク質の活性が低下した変異体では、油脂含有率が増加し油脂生産性が増加することが示された。
【0069】
【表1】
【0070】
【表2】
【0071】
【表3】
【0072】
〔実施例2〕Obi株のASP1遺伝子の破壊と油脂生産性及び形態の評価
Obi株(受託番号FERM BP-10484)のASP1遺伝子(ゲノム配列:配列番号2、CDS配列:配列番号4、全長アミノ酸配列:配列番号6、保存領域のアミノ酸配列:配列番号8)を特異的に切断するためのgRNAを設計し、CRISPR/Cas9法を用いて、実施例1と同様にObi株のASP1遺伝子の破壊を行った。表4に示すように、ASP1遺伝子のgRNA標的部位に303塩基対の挿入配列を持つ変異体が得られ、この変異及び該変異を有する変異体をasp1-19と名付けた。asp1-19変異体はナンセンス変異によりASP1タンパク質の活性が失われていると予測された。Obi株とasp1-19変異体を試験管で連続光条件下、酸性の窒素欠乏培地で7日間培養し、油脂生産性を比較したところ、表5に示すように、ASP1破壊株ではバイオマス生産量及び油脂含有率がObi株より増加し、油脂生産性が約1.33倍に増加した。さらに、培養14日目のObi株とasp1-19変異体の顕微鏡写真を図1に示す。ASP1破壊株は、KJ株においてもObi株においても、細胞の大きさが増大し、細胞内の油滴の数も増加していた。
【0073】
【表4】
【0074】
【表5】
【0075】
〔実施例3〕ASP1遺伝子破壊株の作製とビーカー培養によるASP1遺伝子破壊株の評価
特願2018-209358号に記載されたKJ株由来のARR1遺伝子破壊株(arr1-432、ARR1遺伝子(ゲノム配列:配列番号17、CDS配列:配列番号19、全長アミノ酸配列:配列番号21、保存領域のアミノ酸配列:レシーバー領域(配列番号23)及びBモチーフ(配列番号24)))を親株にして、実施例1と同様にCRISPR/Cas9法を用いてASP1遺伝子の破壊を試みた。
【0076】
得られたarr1-432株由来のASP1遺伝子破壊株(DKO-1)は、ARR1遺伝子の変異に加えて、表1の配列番号10で示されたkjasp1-141と同様のASP1遺伝子変異を持っていた。
【0077】
さらに、このDKO-1株を親株に、CRISPR/Cas9法を用いて特願2018-209336号に記載されたLDP1遺伝子(ゲノム配列:配列番号25、CDS配列:配列番号27、全長アミノ酸配列:配列番号29、保存領域のアミノ酸配列:配列番号31)の破壊を試みた。
【0078】
得られたDKO-1株由来のLDP1遺伝子破壊株(TKO-1)は、DKO-1株の持つARR1遺伝子及びASP1遺伝子の変異に加えて、特願2018-209336号に記載されたLDP1遺伝子破壊株(kjldp1-1)と同様のLDP1遺伝子変異を持っていた。
【0079】
KJ株とKJ株由来のASP1遺伝子破壊株の油脂生産性及びクロロフィル含有率の評価を行った。
【0080】
前培養として、ガラス製の500 mL容扁平フラスコに350 mLの200%濃度のA9培地(pH3.5)を加え、OD750=0.2の細胞密度から、OD750=5の細胞密度になるまで、25℃、連続光条件、光量は約200 μmol/m2/sで、50 mL/minの流量で2%(v/v) CO2を常時通気しながら3日間培養した。
【0081】
本培養は、屋外レースウェイ培養を模擬したビーカー培養装置を用いて行った。この培養装置は、不透明なABS樹脂で作られた円筒形培養容器で、上部に透明アクリル製のふたを持つ。この培養容器に、硫酸を加えたイオン交換水(pH3.5)900 mLと、OD750=5の前培養液100 mLとを混合することによって本培養を開始した(n=3)。培養液の深さは15 cmであった。透明アクリル製のふたを通して培養液表面に達する光量が約800 μmol/m2/sになるように植物育成用LEDライトを用いて上方より光照射した。水温は25℃となるように調整し、12時間/12時間の明暗周期下で17日間培養した。培養液は、磁気撹拌子で600 rpmの速度で撹拌しながら、2% (v/v) CO2を50 mL/minの流量でガラス管を用いて常時通気した。
【0082】
A9培地(100%濃度)の1L当たりの組成を以下に示す。pHはイオン交換水に2N 硫酸を加えて調整した。
・尿素 191 mg
・リン酸二水素アンモニウム 15.2 mg
・硫酸マグネシウム七水和物 34 mg
・硫酸カリウム 25.1 mg
・塩化カルシウム二水和物 2.9 mg
・塩化ナトリウム 2.2 mg
・Fe(III)-EDTA 3.4 mg
・ミネラル溶液(ホウ酸 70 mg/L、塩化マンガン四水和物 100 mg/L、硫酸亜鉛七水和物 300 mg/L、硫酸銅五水和物 300 mg/L、塩化コバルト六水和物 70 mg/L、モリブデン酸ナトリウム 3 mg/L) 1 mL
【0083】
A9培地は、A8培地の組成から窒素濃度を変えずにリン酸濃度を約1/3に減少させたもので、本発明では試験管培養の際の窒素欠乏培地として50%濃度のA8培地もしくは50%濃度のA9培地を用いた。試験管及び扁平フラスコ培養の際は白色LEDライトを用いて、光量は約200 μmol/m2/sとなるようにした。
【0084】
kjasp1-141株、kjldp1-1株、arr1-432株、及び親株であるKJ株のビーカー培養の結果を図3に示す。ASP1遺伝子に変異を持つkjasp1-141株のバイオマス生産量(図3A)及び油脂含有率(図3B)は、窒素欠乏後(培養2日目以降)、KJ株より顕著に増加し、その結果、油脂生産量(図3C)がKJ株の約1.3-1.4倍に増加した。さらに、クロロフィル含有率(図3D)の減少がKJ株より抑制され、窒素欠乏前はKJ株より低かったkjasp1-141株のクロロフィル含有率が窒素欠乏後期においては逆転し、KJ株よりも高くなった。kjasp1-141株では、ASP1遺伝子の変異によって、窒素欠乏後のクロロフィルの分解及び光合成活性の低下が抑制され、二酸化炭素の吸収量がKJ株よりも増加することで、バイオマス生産量及び油脂含有率が増加し、油脂生産性が増加した可能性が考えられる。kjldp1-1株の油脂生産量(図3E)もKJ株より増加したが、kjldp1-1株のクロロフィル含有率(図3F)は常にKJ株とほぼ同等であったことから、kjldp1-1株ではLDP1遺伝子の変異によってクロロフィル含有率は変化せずに油脂生産性が増加したと考えられる。arr1-432株の油脂生産量(図3E)は培養初期にはKJ株より増加したが、培養後期においてはKJ株とほぼ同等で、arr1-432株のクロロフィル含有率(図3F)は培養初期にはKJ株より減少していたが、窒素欠乏後期においてはKJ株とほぼ同等であった。arr1-432株の油脂生産性の増加は、ARR1遺伝子の変異によるクロロフィル含有率の低下によって光合成の光利用効率が増加したことに起因すると考えられるが、窒素欠乏に伴ってKJ株のクロロフィル含有率の減少が進むにつれて、arr1-432株のクロロフィル含有率の減少及び油脂生産性増加の効果は見られなくなった。
【0085】
同様にKJ株とTKO-1株のビーカー培養の結果を図4に示す。LDP1遺伝子、ARR1遺伝子、ASP1遺伝子の3遺伝子に変異を持つTKO-1株では、KJ株と比べて、窒素欠乏時のバイオマス生産量(図4A)及び油脂含有率(図4B)が顕著に増加し、その結果油脂生産量(図4C)がKJ株の約1.5-2倍に増加した。TKO-1株のクロロフィル含有率は、窒素欠乏前に於いてはKJ株の50%程度に低下したのに対し、窒素欠乏後期に於いてはKJ株より増加した(図4D)。図3の結果と合わせて、窒素欠乏前のクロロフィル含有率がTKO-1株においてKJ株より減少したことはARR1遺伝子及びASP1遺伝子の変異によるものと考えられたが、窒素欠乏後のクロロフィル含有率の増加はARR1, LDP1遺伝子の破壊によっては見られなかったことから、TKO-1株においてもASP1遺伝子の変異によって窒素欠乏後期におけるクロロフィル含有率の減少が抑制されたと考えられた。
【0086】
同様にKJ株とarr1-432株、DKO-1株、TKO-1株を用いてビーカー培養実験を行った。前培養として、200%濃度のA9培地の代わりに100%濃度のA9培地を用いて、それ以外の条件はすべて上述の前培養及び本培養で示したのと同様に行った。培養7日目、10日目、14日目のバイオマス生産量、油脂含有率、油脂生産量を図5に、培養14日目の細胞の形態を光学顕微鏡で観察した結果を図6に示す。10%濃度のA9培地で本培養を行ったことで、20%濃度のA9培地を用いた時と比べて窒素欠乏の進行が早く、ARR1遺伝子破壊株の油脂生産性の増加は見られなくなったが、ASP1遺伝子及びLDP1遺伝子の破壊による油脂生産性増加の効果はDKO-1株、TKO-1株において顕著に見られた(図5)。また、KJ株とarr1-432株は細胞の形態にほとんど違いが見られなかったが、ASP1遺伝子を破壊したDKO-1株は油滴の数が増加し、細胞が丸く肥大した(図6)。LDP1遺伝子を破壊したTKO-1株はDKO-1株に比べて油滴の数は減少したが、油滴のサイズが大きくなり、細胞の形はKJ株及びarr1-432株と比べて丸く、DKO-1株と同様だった(図6)。また、培養液の体積当たりの細胞数は、KJ株とarr1-432株、DKO-1株、TKO-1株において差が見られなかったにも関わらず、DKO-1株、TKO-1株はarr1-432株と比べてバイオマス生産量が増加したことから、細胞当たりの質量がDKO-1株、TKO-1株ではKJ株とarr1-432株に比べて増加したことがわかった。
【0087】
〔実施例4〕ASP1遺伝子破壊による細胞壁の変化
KJ株、kjasp1-241株、kjasp1-141株、DKO-1株、TKO-1株、kjldp1-1株、arr1-432株を、50%濃度のA9培地(pH3.5)で連続光条件下、試験管でOD750=0.2の細胞密度から11日間培養した。透過電子顕微鏡(TEM)で細胞の形態を観察した結果を図7及び図8に示す。TEM解析は株式会社東海電子顕微鏡解析に依頼し、急速凍結・凍結置換法を用いて試料を作製した。
【0088】
図7に示すように、kjasp1-241株及びkjasp1-141株はKJ株に比べて、形が丸く肥大し、油滴の数も増加していた。同様に、DKO-1株及びTKO-1株も、KJ株と比べて、形が丸く肥大していた。kjldp1-1株は、KJ株と比べて油滴の数が減少し、油滴のサイズが大きくなっていた。arr1-432株は、KJ株と比べて形態に大きな違いが見られなかった。これらの結果から、ASP1遺伝子の変異によって、細胞の形が大きくなり、油滴の数が増加すると考えられた。
【0089】
図8に細胞壁の拡大図を示す。KJ株及びkjldp1-1株に比べて、kjasp1-241株、kjasp1-141株、DKO-1株及びTKO-1株は、細胞壁の厚さが約半分程度に減少し、代わりに最外層の毛羽立って見える部分の厚みが増加していた(図8)。KJ株とkjldp1-1株、arr1-432株の細胞壁の構造には違いが見られなかったことから、ASP1遺伝子の破壊によって、細胞壁の厚さが親株と比べて減少し、最外層の厚みが増加したと考えられる。細胞壁は細胞の形や大きさを決める役割を持つため、ASP1遺伝子の破壊によって細胞壁が薄くなることで、細胞の形や大きさが変化する可能性や、細胞壁の形成に必要な炭素及びエネルギー量が減少することで、油脂生産性が増加する可能性が考えられた。また、ASP1遺伝子の破壊によって細胞壁が薄くなることで、細胞の破壊が容易になる可能性が考えられた。さらに、最外層の厚みが増加することで、培養液中に分泌される物質の量あるいは組成が変化し、また、細胞の付着性などの性質が変化する可能性が考えられた。
【0090】
〔実施例5〕ASP1遺伝子破壊による油脂抽出率の向上
ASP1遺伝子破壊株及びASP1変異株における油脂抽出率と親株であるKJ株の油脂抽出率を比べた結果を図9に示す。表3に示したKJ株、ASP1変異株(kjasp1-1)及びKJ株由来のASP1遺伝子破壊株(kjasp1-242, kjasp1-241, kjasp1-232, kjasp1-141)の7日目の培養液15 mLを遠心して細胞を回収し、凍結乾燥処理を行った。その凍結乾燥試料の油脂含有率を測定後、ねじ口試験管にヘキサン5 mLを加え、超音波洗浄機を用いて28 kHz、45 kHzで各10分間、計20分間処理したときのヘキサン中に抽出された油脂重量を測定し、油脂抽出率を計算した。同じ15 mLの培養液に含まれる細胞からヘキサン5 mLを用いて油脂を抽出した際、KJ株と比べてASP1遺伝子破壊株は抽出された油脂量が約3倍に増加した(図9A)。KJ株の油脂抽出率は約27%と低かったが、ASP1変異株及びASP1遺伝子破壊株は油脂抽出率が約53-63%まで増加した(図9B)。ASP1遺伝子の破壊によって、KJ株の細胞壁が脆弱になり、簡単な処理で破壊されやすくなったと考えられる。
【0091】
〔実施例6〕培養液の発泡及び細胞付着性の変化
KJ株及びASP1変異株(kjasp1-1株、kjasp1-2株)を屋外レースウェイ培養した際の写真を図10に示す。KJ株は培養液の表面に泡の巨大な塊が発生した(図10A)が、この泡の塊によって、培養液表面に届く光の量が減少する可能性が考えられた。一方、同時に培養したASP1変異株(kjasp1-1株、kjasp1-2株)からは泡がほとんど発生しなかった(図10B, C)。
【0092】
図11に、KJ株及びTKO-1株の培養液を5秒間撹拌し、10秒間静置した後の発泡を比較した写真を示す。KJ株の培養液は激しく泡立ち、1分後も泡が残っていたのに対し、TKO-1株の培養液は泡がほとんど立たず、数秒後にはほとんどの泡が消えていた。同じ現象が、ASP1遺伝子破壊株(kjasp1-242, kjasp1-241, kjasp1-232, kjasp1-141)においてもみられた。
【0093】
これらの結果から、ASP1遺伝子が欠損することによって、培養液の発泡が抑制されると考えられた。ASP1遺伝子欠損株からは、培養液の発泡を促す物質の分泌が抑制されている、あるいは泡を消す働きのある物質の分泌が促進されていると考えられる。
【0094】
KJ株の細胞を培養、回収する際、培養槽や回収容器等の樹脂壁に細胞が付着してしまうという問題があったが、ASP1変異株及びASP1遺伝子破壊株では、細胞の樹脂表面への付着性が低下していた。また、この効果は、ARR1遺伝子やLDP1遺伝子の破壊によっても維持された。
【0095】
図12にKJ株及びTKO-1株の細胞付着性を比較した写真を示す。培養は図3と同様に行い、培養開始から1日後に、ABS樹脂製培養容器(A、B)及びサンプリングに用いたポリプロピレン樹脂製チップ(C)への細胞付着性を比較した。KJ株はABS樹脂及びポリプロピレン樹脂に細胞が付着しやすく、TKO-1株は細胞の付着がほとんど見られなかった。細胞が樹脂表面に接着し残存してしまうことによって、容器が汚染され、回収効率が下がるが、ASP1遺伝子が破壊された株を使用することによって、この問題を解決できると考えられる。
【受託番号】
【0096】
FERM BP-10484
FERM BP-22254
図1
図2-1】
図2-2】
図2-3】
図2-4】
図2-5】
図2-6】
図2-7】
図2-8】
図2-9】
図2-10】
図2-11】
図2-12】
図3
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図5
図6
図7
図8-1】
図8-2】
図9
図10
図11
図12
【配列表】
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