(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-05
(45)【発行日】2023-12-13
(54)【発明の名称】NARの製造方法
(51)【国際特許分類】
C12P 19/38 20060101AFI20231206BHJP
C07H 19/048 20060101ALI20231206BHJP
A61K 31/706 20060101ALN20231206BHJP
A61P 43/00 20060101ALN20231206BHJP
C12N 9/10 20060101ALN20231206BHJP
【FI】
C12P19/38
C07H19/048
A61K31/706
A61P43/00 107
C12N9/10
(21)【出願番号】P 2019099306
(22)【出願日】2019-05-28
【審査請求日】2022-05-27
(73)【特許権者】
【識別番号】305060567
【氏名又は名称】国立大学法人富山大学
(73)【特許権者】
【識別番号】519127797
【氏名又は名称】三菱商事ライフサイエンス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100160978
【氏名又は名称】榎本 政彦
(72)【発明者】
【氏名】中川 崇
(72)【発明者】
【氏名】夜久 圭介
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 寿哉
【審査官】小倉 梢
(56)【参考文献】
【文献】PREUGSCHAT et al.,Archives of Biochemistry and Biophysics,2014年,Vol. 564,p.156-163,DOI: 10.1016/j.abb.2014.09.008
【文献】IKEDA et al.,Molecular and Cellular Biochemistry,2012年,Vol. 366, No. 1-2,p.69-80,DOI: 10.1007/s11010-012-1284-0
【文献】KULIKOVA et al.,Journal of Biological Chemistry,2015年,Vol. 290, No. 45,p.27124-27137,DOI:10.1074/jbc.M115.664458
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N15/00-15/90
C07K1/00-19/00
C12P1/00-41/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニコチンアミドリボシド及びニコチン酸を基質とし、
哺乳類由来のBST1又はCD38と
反応させる工程を含むニコチン酸リボシドの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニコチン酸リボシド(NAR)の製造方法及び、その製造方法に使用する酵素に関する。
【背景技術】
【0002】
真核生物の細胞内で酸化還元反応の補酵素として機能するNAD+(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)は、生物の代謝経路で重要な働きを持っている。また、NAD+は老化・寿命関連因子であるSirtuin(サーチュイン)の基質であり、NAD+の細胞内濃度がSirtuinの活性を制御していると報告されている。細胞内NAD+濃度は、年齢とともに減少するといわれ、加齢に伴う細胞内NAD+濃度の低下が、Sirtuinの活性低下やミトコンドリア呼吸鎖などにおける酸化還元反応の低下をもたらし、加齢に伴う身体的機能の低下に繋がっていると考えられる。そのため、細胞内NAD+濃度の低下を予防することが健康維持に重要な役割を担うと考えられている(特許文献1)。
【0003】
しかし、NAD+を経口摂取しても体内には、吸収されないことが知られている。そこで、近年では、NAD+の前駆体である、β―NMN(β―ニコチンアミドモノヌクレオチド)やNR(ニコチンアミドリボシド)は、体内に吸収されることが知られているため、体内のNAD量を増加させる素材として、NMNやNRが健康素材等として注目されている(非特許文献1、2)。
【0004】
一方で、哺乳類におけるNAD合成経路としては、NMNからNADが合成される経路(Salvage経路)(非特許文献1)とは別に、トリプトファンやニコチン酸からNADが新合成される経路(de novo経路)があることが知られている。NADの合成経路は、組織や細胞の種類、もしくは発達時期によりSalvage経路、de novo経路を使い分けていると考えられている(非特許文献3)。さらに、加齢や炎症に伴いSalvage経路とde novo経路との間で、NAD合成のスイッチングが起こっている可能性がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Imai S. Pharmacol Res. 2010 Jul; 62(1): 42-47.
【文献】Cell Metab. 2018 Mar 6;27(3):513-528
【文献】Yaku K. et al. Ageing Res Rev. 47: 1-17. (2018)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
NARは生体内における合成酵素が同定されていない。そこで、新たなNARを合成する酵素等を見出し、新規な製造方法を確立することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、Salvage経路とde novo経路を繋ぐ、新たなNAD合成経路として、NAR(ニコチン酸リボシド)を介する経路を同定した。この経路においてBST1及びCD38が、NRからNARを合成することを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
本発明は以下のような発明である。
(1)ニコチンアミドリボシド及びニコチン酸を基質とし、BST1又はCD38と反応させる工程含むニコチン酸リボシドの製造方法。
(2)次の理化学的性質を有するBST1又はCD38酵素。
作用:ニコチンアミドリボシド及びニコチン酸を基質とし、base exchange活性によりニコチン酸リボシドを生成させる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によると、ニコチンアミドリボシド(NR)とニコチン酸(NA)からNARを製造することできるため、NARを利用する医薬、食品などに適用でき、de novo合成経路を特異的に活性化させることとで、NAD合成を活性化することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、BST1、又はCD38を用いて、NRとNAを反応させることで、NARを製造することができる。
【0013】
BST1(骨髄ストローマ細胞抗原1(bone marrow stromal antigen-1:BST1))とは、 CD157分子とも呼ばれ、NAD分解酵素/ ADPリボース環化酵素ファミリーに属する(特開2016-149988)。この分子ファミリーには後述のCD38分子も含まれている。BST1とCD38はアミノ酸配列の上で36%の類似性をもっており、ともにニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(nicotinamide adenine dinucleotide: NAD)を代謝する細胞外酵素(ectoenzyme)としての働きを持つことが知られている。
【0014】
CD38とは、前述のBST1と同じファミリーに属し、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(nicotinamide adenine dinucleotide: NAD)を代謝する細胞外酵素(ectoenzyme)としての働きを持つことが知られている。
【0015】
本発明では、BST1又はCD38を用いることで、NR及びNAからNARを合成することができる。本発明では、BST1とCD38のいずれを用いることで、NARを合成することができるが、NAR合成活性の強い、BST1を用いることが好ましい。
【0016】
BST1、CD38は、当業者において、製造、入手できるいずれのものでもよい。一例としては、リコンビナントタンパク質を製造する方法がある。例えば、BST1をコードする遺伝子を含む発現ベクターに組み込む。ベクターは、導入される宿主細胞に応じて、当業者が適宜選択できるものでよい。ベクターの宿主細胞への導入方法も任意である。通常は、トランスフォーメーション、トランスフェクション、エレクトロポレーション、インジェクションなどを用いる。宿主細胞も任意であり、HEK293細胞、チャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO細胞)、サル腎臓細胞(HeLa細胞)、COS細胞など動物細胞があげられる。これらの動物細胞以外の酵母、麹、大腸菌、昆虫細胞、植物細胞などを用いて、製造することもできる。市販のBST1、CD38を利用しても良い。
【0017】
ニコチンアミドリボシド(NR)とニコチン酸(NA)存在下に、BST1又はCD38を作用させることにより、NARが製造できる。
【0018】
反応に用いるNRとNAは、起源に制限なく使用できる。例えば、微生物、酵母等の天然物からの抽出物、合成品などを利用することができる。これら抽出物、合成品、精製した精製品、他の成分を含む組成物であっても良い。
【0019】
当該反応は、base exchange反応であり、通常の反応条件で行うことができ、特に制限はない。反応条件は、当業者が適宜選択できる反応条件で良い。通常は、NR、NAをイオン交換水、精製水、蒸留水、又は緩衝液などに溶解する。溶解濃度は、任意であるが、NRは、通常は、0.01mM~100mM、NAは、0.05mM~500mMが好ましい。当該溶液にBST1又はCD38を添加する。BST1等の濃度は、当業者が適宜選択できる濃度で反応する。大腸菌等から製造する場合は、BST1等を精製してもよいが、たんぱく質の粗精製品を用いても良い。市販のBST1等を使用する場合は、精製品を使用してよく、粗製品でもよい。例えば、市販の精製BST1(R&D Systems社製)を利用する場合は、基質となるNR等の濃度により、異なるが、前記の濃度であれば、0.01~10μg/ml、好ましくは、1~5μg/ml添加する。
【0020】
反応温度は、特に制限はなく、通常のbase exchange反応条件で良い。一般的には、10~100℃、15~35℃が好ましい。pHも制限はないが、通常は、pH6~9の範囲である。反応時間についても、使用する基質の量、BST1等の量等により、適切な反応時間を適宜選択できる。
【0021】
反応後は、加熱等により、BST1等を失活させて、NAR含有組成物として利用することが好ましい。また、NARを精製して使用しても良い。精製法は、活性炭、又はイオン交換樹脂等を用いた一般的なクロマト精製法を利用してよい。また、乾燥し、粉末としても良い。乾燥法は、噴霧乾燥、凍結乾燥等を利用することができる。
【0022】
本発明の方法により得られた、NAR又はNAR含有組成物は、そのまま、食品や医薬品として使用することができる。食品として使用する場合は、機能性食品、栄養補助食品、サプリメント等として摂取できる。
【0023】
また、本発明で製造されたNARは、他の食品素材や医薬品素材と混合して使用しても良い。例えば、賦形剤、希釈剤となるデキストリン、マルチトール、ソルビトール、デンプンなどである。
【実施例】
【0024】
以下、本発明をより具体的に説明するが、本発明は、これに限定されない。
【0025】
(測定条件)
中和した反応サンプルを超純水で100倍希釈した後、測定に供した。BST1又はCD38の活性は反応産物であるNARの生成量を用いて計算した。NARの定量は、高速液体クロマトグラフ質量分析計(LC/MS)を使いMRM(Multiple monitoring reaction)法で測定した。HPLC (Agilent社 1290HPLC)の条件は、Waters社のAtlantis T3 Column (2.1 × 150 mm, particle size of 3 μm)のカラムにて、mobile phase A (5 mM ammonium formate in water) and mobile phase B (100% of methanol) at a flow rate of 150 μL/min. The programmed mobile phase gradient was as follows: 0ー10 min, 0ー70% B; 10ー15 min, 70% B; 15-20 min, 0% B. の条件で分離した。NARの保持時間は約4.1分であった。質量分析計(Agilent 社6460トリプル四重極質量分析計)のMRM条件はd4-NAR(260>128)、NR(255>123)を用いた。クロマト面積はMass Hunter Quantitative software (Agilent社)を用いて計算し、濃度既知のd4-NAR標品を用いた標準直線から、絶対量を計算した。
NARは、経時的に、増加した(
図3)。
【0026】
BST1リコンビナントタンパク質(R&D Systems社、カタログ番号4710-AC-0150)、もしくはCD38リコンビナントタンパク質(R&D Systems社、カタログ番号4947-AC-010)を2μg/mlの濃度で使用し、25 mM Tris-HCl pH7.4、0.2 mM NR、1 mM d-4 NA (Toronto Research Chemicals、カタログ番号N429253)(すべて最終濃度)にて、25℃で反応させた。0-30分の反応時間の後、2倍量の0.5N過塩素酸を加えて反応を停止させ、されに等量の1Mギ酸アンモニウムを加え中和した。
【産業上の利用可能性】
【0027】
NARを固体に投与することで、NADを上昇させられない組織などでもNAD濃度を上げることができる。NADレベルを上げることにより抗老化作用が期待される。