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特許7397773確率論的リスク評価支援方法、確率論的リスク評価支援装置及びプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-05
(45)【発行日】2023-12-13
(54)【発明の名称】確率論的リスク評価支援方法、確率論的リスク評価支援装置及びプログラム
(51)【国際特許分類】
   G06Q 10/0635 20230101AFI20231206BHJP
   G06Q 50/06 20120101ALI20231206BHJP
   G21C 17/00 20060101ALI20231206BHJP
   G21C 9/06 20060101ALI20231206BHJP
【FI】
G06Q10/0635
G06Q50/06
G21C17/00 110
G21C9/06
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2020131815
(22)【出願日】2020-08-03
(65)【公開番号】P2022028427
(43)【公開日】2022-02-16
【審査請求日】2023-01-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000006208
【氏名又は名称】三菱重工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100162868
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 英輔
(74)【代理人】
【識別番号】100161702
【弁理士】
【氏名又は名称】橋本 宏之
(74)【代理人】
【識別番号】100189348
【弁理士】
【氏名又は名称】古都 智
(74)【代理人】
【識別番号】100196689
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 康一郎
(72)【発明者】
【氏名】杉田 昂平
(72)【発明者】
【氏名】櫻井 健一
(72)【発明者】
【氏名】平井 俊輔
【審査官】岩橋 龍太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-327214(JP,A)
【文献】特開昭56-129914(JP,A)
【文献】特開2006-318290(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06Q 10/00-99/00
G21C 9/00-9/06
G21C 17/00-17/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンピュータによって実行される水素火災の確率論的リスク評価支援方法であって、
プラントが備える水素火災対策システムの故障率を取得するステップと、
前記プラントで水素火災発生時に生じる事象を分析対象とするイベントツリー図の分岐確率に前記故障率を設定するステップと、
前記分岐確率に前記故障率が設定された前記イベントツリー図を出力するステップと、
を有する確率論的リスク評価支援方法。
【請求項2】
前記故障率を取得するステップでは、
前記故障率の算出に必要な前記水素火災対策システムの構成図と、前記水素火災対策システムの構成要素の信頼度とを記憶部から読み出してユーザに提示し、
前記ユーザによって入力された前記故障率を取得する、
請求項1に記載の確率論的リスク評価支援方法。
【請求項3】
前記故障率を取得するステップでは、
前記故障率の算出に必要な前記水素火災対策システムの構成図と、前記水素火災対策システムの構成要素の信頼度情報とを記憶部から読み出して、前記水素火災対策システムの故障率を算出し、
算出された前記故障率を取得する、
請求項1に記載の確率論的リスク評価支援方法。
【請求項4】
前記水素火災対策システムは換気システムである
請求項1から請求項3の何れか1項に記載の確率論的リスク評価支援方法。
【請求項5】
前記分岐確率は、水素爆発が発生する確率である、
請求項1から請求項4の何れか1項に記載の確率論的リスク評価支援方法。
【請求項6】
前記水素火災発生時の影響範囲を取得するステップと、
前記影響範囲を前記イベントツリー図に設定するステップと、
をさらに有する、
請求項1から請求項5の何れか1項に記載の確率論的リスク評価支援方法。
【請求項7】
前記影響範囲を示す情報を取得するステップは、
前記プラントが備える水素が流れる配管の配管径と水素の圧力の情報を取得するステップと、
前記配管径と前記圧力に基づいて、前記水素火災が発生したときの火炎長を算出するステップと、
前記火炎長を表示するステップと、
過去の水素火災事例における火炎長と前記影響範囲の関係を示す実績データを記憶部から読み出して表示するステップと、
前記火炎長と前記実績データに基づいて推定された前記影響範囲を取得するステップと、を有する請求項6に記載の確率論的リスク評価支援方法。
【請求項8】
前記影響範囲を示す情報を取得するステップは、
前記プラントが備える水素が流れる配管の配管径と水素の圧力の情報を取得するステップと、
前記配管径と前記圧力に基づいて、前記水素火災が発生したときの火炎長を算出するステップと、
過去の水素火災事例における火炎長と前記影響範囲の関係を示す実績データを記憶部から読み出して、算出された前記火炎長と前記実績データに基づいて前記影響範囲を推定するステップと、
を有する請求項6に記載の確率論的リスク評価支援方法。
【請求項9】
前記影響範囲は、前記水素火災が局所火災のときの影響範囲である、
請求項6から請求項8の何れか1項に記載の確率論的リスク評価支援方法。
【請求項10】
プラントが備える水素火災対策システムの故障率を取得する入力受付部と、
前記プラントで水素火災発生時に生じる事象を分析対象とするイベントツリー図の分岐確率に前記故障率を設定する故障率設定部と、
前記分岐確率に前記故障率が設定された前記イベントツリー図を出力する出力部と、
を備える確率論的リスク評価支援装置。
【請求項11】
コンピュータに、
プラントが備える水素火災対策システムの故障率を取得するステップと、
前記プラントで水素火災発生時に生じる事象を分析対象とするイベントツリー図の分岐確率に前記故障率を設定するステップと、
前記分岐確率に前記故障率が設定された前記イベントツリー図を出力するステップと、
を実行させるプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、水素火災の確率論的リスク評価支援方法、確率論的リスク評価支援装置及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
国内の原子力プラントでは、例えば、PWR(Pressurized Water Reactor)プラントの体積制御タンクのカバーガス等で、通常運転時に水素が使用されている。国内のプラントでは、水素を取り扱う系統に対し、水素の漏洩防止対策を実施した上で、万一の漏洩時にも水素爆発が生じないように換気等の対策が実施されている。
【0003】
上述した水素火災対策の信頼性は高いため、現在実施されている決定論的な評価では、当該対策は必ず成功するとしている。しかし、今後の安全性向上のための取り組みとして、当該対策の非信頼度を定量化した確率論的なリスク評価が必要となることが予想される。
【0004】
従来の火災リスク評価手法として、非特許文献1のAppendix Nには、水素火災の影響範囲を水素爆発と局所火炎の2通りに分類し、水素爆発の発生確率pには少ない統計データから推定される保守的な値を設定する例が開示されている。また、非特許文献1では、局所火炎の火災影響範囲(ZOI)の具体的な定量化方法が提示されておらず、水素火災の現実的なリスク評価が困難となっている。また、特許文献1には、化学プラントで生じる災害の確率論的リスク評価の方法が開示されているが、水素火災のリスク評価については開示が無い。なお、非特許文献2には、水素ガス漏洩時の火炎長を推定する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2005-327214号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】"EPRI/NRC-RES Fire PRA Methodology for Nuclear Power Facilities", NUREG/CR-6850, Final Report, March 2020
【文献】三菱重工技報 Vol.44 No.1 P17-P19
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
国内の原子力プラントで通常運転時に使用されている水素内包系統に対する火災対策の効果を、水素火災のリスク評価に組み込む方法が求められている。
【0008】
本開示は、上記課題を解決することができる確率論的リスク評価支援方法、確率論的リスク評価支援装置及びプログラムを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示の確率論的リスク評価支援方法は、コンピュータによって実行される水素火災の確率論的リスク評価支援方法であって、プラントが備える水素火災対策システムの故障率を取得するステップと、前記プラントで水素火災発生時に生じる事象を分析対象とするイベントツリー図の分岐確率に前記故障率を設定するステップと、前記分岐確率に前記故障率が設定された前記イベントツリー図を出力するステップと、を有する。
【0010】
また、本開示の確率論的リスク評価支援装置は、プラントが備える水素火災対策システムの故障率を取得する入力受付部と、前記プラントで水素火災発生時に生じる事象を分析対象とするイベントツリー図の分岐確率に前記故障率を設定する故障率設定部と、前記分岐確率に前記故障率が設定された前記イベントツリー図を出力する出力部と、を備える。
【0011】
また、本開示のプログラムは、コンピュータに、プラントが備える水素火災対策システムの故障率を取得するステップと、前記プラントで水素火災発生時に生じる事象を分析対象とするイベントツリー図の分岐確率に前記故障率を設定するステップと、前記分岐確率に前記故障率が設定された前記イベントツリー図を出力するステップと、を実行させる。
【発明の効果】
【0012】
上述の確率論的リスク評価支援方法、確率論的リスク評価支援装置及びプログラムによれば、水素火災対策の効果を確率論的リスク評価に組み込むことができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】実施形態に係る支援装置の一例を示すブロック図である。
図2】実施形態に係るイベントツリーの一例を示す図である。
図3】実施形態に係る換気システムの一例を示す図である。
図4】実施形態に係る故障率算出に必要なパラメータの一例を示す図である。
図5】実施形態に係る火炎長と影響範囲の関係の一例を示す図である。
図6】実施形態に係るリスク評価処理の一例を示すフローチャートである。
図7】実施形態に係る配管情報設定画面の一例を示す図である。
図8】実施形態に係る支援装置のハードウェア構成の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
<実施形態>
以下、本開示の支援装置について、図1図8を参照しながら説明する。
(構成)
図1は、本開示の一実施形態に係る支援装置の一例を示すブロック図である。
支援装置10は、原子力プラント等の水素火災のリスク評価を支援する装置である。より具体的には、支援装置10は、水素火災の確率論的リスク評価で用いるイベントツリー等のリスク評価モデルの作成を支援する。図示するように支援装置10は、入力受付部11と、制御部12と、リスク評価モデル作成部13と、出力部14と、記憶部15と、を備える。
入力受付部11は、リスク評価に必要な情報の設定を受け付ける。例えば、入力受付部11は、確率論的リスク評価で用いるイベントツリーの分岐確率の設定、水素火災による影響範囲の設定を受け付ける。
【0015】
制御部12は、イベントツリーに分岐確率や影響範囲を設定する。ここで、図2を参照する。図2に、水素火災の確率論的リスク評価に用いるイベントツリーの一例を示す。図2のイベントツリーは、水素火災の発生を起因事象として、水素火災の種類、規模(影響範囲)をモデル化したものである。水素火災は、水素爆発と局所火災に分類され、水素爆発が発生した場合には、その影響範囲は区画全域におよぶ(区画全損)となる。局所火災が発生した場合には、その影響範囲が問題となるが、影響範囲を推定する具体的な方法が提供されていない。本実施形態では、図2のイベントツリーに水素爆発が発生する確率pと、局所火災が発生したときの影響範囲ZOIを設定する方法を提供する。また、水素火災が発生する確率Qについては、制御部12は、所定の方法(例えば、従来から実行されている方法)で算出された値を取得し、その値を、図2のイベントツリーの水素火災の発生確率Qに設定する。
【0016】
図1に示すように、制御部12は、故障率設定部121と、影響範囲設定部122と、を備える。
故障率設定部121は、プラントにて導入されている水素火災対策が失敗する確率を算出したり、故障率の算出を支援する支援情報をユーザに提示し、ユーザに故障率を入力させたりして、水素火災対策が機能しない状態となる確率(換気システムの故障率)を取得する。故障率設定部121は、この故障率を水素爆発の発生確率として設定する。水素火災対策とは、例えば、換気システムである。換気システムが機能し、換気が十分に行われる状況では、配管などから水素が漏洩しても水素爆発に至る可能性は低い。従って、換気システムが正常に動作していれば、そのときに発生する水素火災の状況は局所火災であり、換気システムが故障したときに発生する水素火災の状況が水素爆発であると考え、水素爆発の発生確率pに、換気システムの故障率を設定する。
【0017】
影響範囲設定部122は、局所火災発生時の影響範囲を推定したり、影響範囲の推定を支援する支援情報をユーザに提示し、ユーザに影響範囲を入力させたりして、この値を局所火災の場合の影響範囲ZOIに設定する。例えば、影響範囲設定部122は、他の産業分野で使用されている火炎長の評価式や、原子力プラントにおいて過去に発生した水素火災の事例などに基づいて推定される局所火災の影響範囲を取得し、図2のイベントツリーの局所火炎の影響範囲ZOIに設定する。
【0018】
リスク評価モデル作成部13は、水素爆発の分岐確率と局所火災の影響範囲が設定された図2のイベントツリーを表示した画面を作成し、この画面を出力部14へ出力する。
出力部14は、制御部12が作成する各種設定画面(後述)やイベントツリーを表示装置へ出力する。
記憶部15は、図2のイベントツリー、入力受付部11が取得した情報を記憶する。
【0019】
(換気システムの故障率の算出)
次に水素爆発の発生確率p、つまり、換気システムの故障率の計算について図3図4を参照して説明する。図3は、実施形態に係る換気システムの一例を示す図である。図4は、実施形態に係る故障率算出に必要なパラメータの一例を示す図である。
図3に示す換気システム1は、原子力プラントにて水素が封入された容器や配管が設置されている被換気区画70(体積制御タンク室など)を換気するシステムである。被換気区画70では、水素の漏洩防止対策が実施されているが、それに加えて、水素が漏洩した場合でも水素爆発が生じないように対策されていることが多い。水素爆発の対策としては、換気が重要であり、図3の換気システム1などが導入される。
【0020】
図3の紙面の上側の空調系統は、被換気区画70に空気を送り込む給気系統のシステム、図3の紙面の下側の空調系統は、被換気区画70から空気を排出する排気系統のシステムである。
給気系統には、A系統とB系統が存在する。A系統には、空気流れの上流側から順に給気フィルタユニット51と、空気作動ダンパ22と、給気ユニット41と、給気ファン31と、空気作動ダンパ21と、が設けられている。B系統には、空気流れの上流側から順に給気フィルタユニット52と、空気作動ダンパ24と、給気ユニット42と、給気ファン32と、空気作動ダンパ23と、が設けられている。給気ファン31,32が稼働することにより、A系統、B系統のそれぞれから空気が被換気区画70に送られる。給気ファン31~32は、給気される空気量の50%ずつを負担できる容量を有している。
【0021】
被換気区画70から排出される空気は、排気フィルタユニット53、又は、排気フィルタユニット54を通過して、a~c系統を通じて排気塔60から排出される。a系統には、空気流れの上流側から順に空気作動ダンパ25と、排気ファン33と、空気作動ダンパ28と、が設けられている。b系統には、空気流れの上流側から順に空気作動ダンパ26と、排気ファン34と、空気作動ダンパ29と、が設けられている。c系統には、空気流れの上流側から順に空気作動ダンパ27と、排気ファン35と、空気作動ダンパ2Aと、が設けられている。a~c系統のうち2系統が稼働し、残りの1系統は待機系として停止している。排気ファン33~35は、それぞれ排気される空気量の50%ずつを負担できる容量を有している。
【0022】
換気システム1は、常時運転を継続している系統であるため、故障率を算出するためには、使命時間の設定が必要である。換気システム1の運転中に水素漏洩が発生した際に換気機能を喪失していると水素爆発が発生するという評価条件とする。水素漏洩は検知できないため、使命時間を1年間とする。すなわち、発生確率pは「1年間のうち、換気システム1の換気機能喪失が発生する確率」となる。
【0023】
換気システム1の構成機器のうち、換気機能喪失を考えるうえで対象とすべき機器の故障モード並びに故障率が登録された構成機器情報テーブルを図4に示す。構成機器情報テーブルでは、個々の機器ではなく、機器タイプごとに故障率などが整理されている。図4の情報を用いると、換気システム1の故障率は以下の式(1)で計算することができる。
故障率 = 1-(1-X1×8760)×(1-X2×8760)×
(1-X3×8760) ・・・(1)
【0024】
故障率の計算にあたっては、以下の条件を設定する。
(1)給気フィルタユニット51、52にはフィルタが2基ずつ設置されている。
(2)排気ファン33~35の待機中の1系列分の機器は考慮しない。
(3)給気ユニットの加熱コイルは、換気機能には影響しないため考慮しない。
(4)排気フィルタユニットは、並列に設置された排気フィルタユニット53,54の全てのフィルタ(4基)が故障するリスクは小さいと考え、モデル化対象外とする。
上記の通り、式(1)の故障率が、水素爆発の発生確率pである。
【0025】
(影響範囲の推定)
次に局所火災の影響範囲の推定方法について説明する。
非特許文献2には、電池自動車の水素ステーションでの事故シナリオ(配管等の微小亀裂からの水素の漏洩)において、漏洩後の水素の拡散や着火時の火炎長に関する研究結果が開示されている。本実施形態では、一例として、局所火災の影響範囲の推定にこの研究結果を用いる。非特許文献2には、配管径dと、水素の圧力Pと、配管の微小亀裂から漏洩した水素に着火したときの火炎の火炎長Lfの間では次の関係が成立することが開示されている。つまり、火炎長Lfは、配管径dに比例し、圧力Pのほぼ0.5乗で増加する。この見解によると、火炎長Lfは、所定の係数Kを用いて、以下の式(2)で推定することができる。
Lf =K×d×P0.5・・・(2)
【0026】
影響範囲設定部122は、被換気区画70内の水素が流れる配管の配管径と、その配管における水素の圧力を取得して、式(2)により、局所火災が発生した時の火炎長を推定する。影響範囲設定部122は、火炎長を推定すると、推定した火炎長と、過去の水素火災の実績データと、に基づいて影響範囲を推定する。記憶部15には、原子力プラントで過去に水素漏洩による局所火災が生じたときの、火炎長と影響範囲との関係を示す実績データが登録されている。図5に実績データの一例を示す。図5に示すように実績データは、過去に局所火災が発生したときに計測された火炎長と影響範囲の対応関係を含んでいる。例えば、火炎長が0.5mのときの影響範囲は1mである。非特許文献1のAppendix Nには、火災の影響範囲が火炎長の2倍であるとの記載があり、図5の実績データの1行目の値は、この記述に合致している。しかし、常に火炎長の2倍が影響範囲を示すとは限らない。国際的には、原子力プラントで、配管の接合部から水素が直線状に吹き出し、そこに着火して火炎が生じた事例が少数ではあるが存在する。記憶部15の実績データには、これらの事例で計測された火炎長と影響範囲が対応付けて登録されている。
【0027】
影響範囲設定部122は、式(2)で計算した火炎長に基づいて、実績データを参照し、影響範囲を推定する。例えば、式(2)で計算した火炎長が0.5mの場合、実績データを参照して、影響範囲を1mと推定してもよい。また、例えば、図5の実績データに、火炎長が0.8mとそのときの影響範囲1.5mが登録されていて、式(2)で計算した火炎長が0.7mの場合、影響範囲設定部122は、火炎長が0.5mと0.8mの場合の実績データを線形補間して、火炎長が0.7mの場合の影響範囲(1.333・・・)を推定してもよい。
【0028】
また、影響範囲設定部122は、式(2)で計算した火炎長と、実績データを表示して、ユーザに影響範囲の推定値を算出させ、その結果を取得してもよい。
これにより、局所火災発生時の影響範囲を推定することができる。
【0029】
(動作)
次に支援装置10を利用して水素火災のリスク評価を行う処理について説明する。
図6は本開示の一実施形態に係るリスク評価処理の一例を示すフローチャートである。
まず、ユーザが、評価対象プラントの設計を確認する(ステップS10)。ユーザは、プラントに水素漏洩対策が実施されているかどうかを判断する(ステップS11)。次にユーザは、プラントに水素爆発の防止対策が実施されているかどうかを判断する(ステップS12)。例えば、ユーザは、プラントに換気システムが導入されているかどうかを確認する。原子力プラントでは、水素漏洩対策と水素爆発の防止対策が実施されているが、仮に実施されていない場合、水素火災のリスクは極めて高くなることから、保守的な評価を実施し、確率1.0で水素爆発が生じると想定する(ステップS131)。具体的には、ステップS11とステップS12のうち何れか1つでもNoの場合、ユーザは、確率1.0を支援装置10へ入力する。入力受付部11は、この値を取得し、制御部12へ出力する。制御部12は、1.0を発生確率pに設定する。
【0030】
水素漏洩対策と水素爆発防止対策が共に実施されている場合(ステップS11;Yes、ステップS12;Yes)、ユーザは、支援装置10に、水素爆発の発生確率pと局所火災の影響範囲の設定処理の開始を指示する(ステップS13)。入力受付部11は、この指示の入力を受け付け、制御部12が設定処理を開始する。故障率設定部121は、換気システム1の故障率の入力を受け付ける故障率設定画面(図示せず)を作成し、出力部14を用いて、この故障率設定画面を表示装置に表示する(ステップS14)。故障率設定画面では、評価対象プラントの識別情報と換気システム1の故障率を入力することができる。また、記憶部15に、予め評価対象の換気システム1の構成図(図3)や構成機器の個数、容量、各機器の故障率(図4)などが登録されていて、故障率設定部121は、故障率設定画面に図3に例示する構成図や図4に例示する構成機器情報テーブルを表示してもよい。ユーザは、換気システム1の故障率を式(1)等により計算し、計算した故障率を故障率設定画面に入力する。例えば、ユーザが、図示しない登録ボタンを押下すると、入力受付部11が、入力された故障率を取得し、故障率設定部121が、入力された故障率を記憶部15に書き込んで保存する(ステップS15)。記憶部15に保存された故障率は、水素火災対策の非信頼度を表し、水素爆発の発生確率pとして設定される。
【0031】
次に影響範囲設定部122が、評価対象プラントの水素配管の配管径と圧力条件を設定する配管情報設定画面を作成し、出力部14を用いて、この配管情報設定画面を表示装置に表示する(ステップS16)。配管情報設定画面の一例を図7に示す。図7は、本開示の一実施形態に係る配管情報設定画面の一例を示す図である。例えば、配管情報設定画面100では、評価対象のプラントの識別情報や名称を入力することができる。入力欄101では、水素が流れる配管の識別情報、配管径、圧力が入力できるように構成されている。ユーザが、登録ボタン103を押下すると、入力受付部11が、入力された配管ID、配管径、圧力等の情報を取得し、影響範囲設定部122が、入力された配管径、圧力等の情報をプラントおよび配管IDと対応付けて記憶部15に書き込んで保存する(ステップS17)。
【0032】
次に影響範囲設定部122が、火炎長を推定する(ステップS18)。影響範囲設定部122は、配管情報設定画面100で入力された配管の各々に対して、上記の式(2)によって火炎長を算出する。影響範囲設定部122は、算出した火炎長を記憶部15に記録する。
【0033】
次に影響範囲設定部122が、過去の水素火災事例における実績データ(図5)と、ステップS18で推定した火炎長を記憶部15から読み出して、これらの情報が表示された局所火災の影響範囲の設定画面(図示せず)を作成し、出力部14を用いてこの設定画面を表示装置に表示する(ステップS19)。影響範囲の設定画面には、火炎長や実績データが表示される他、プラントの識別情報や局所火災の影響範囲を入力する入力欄が設けられている。ユーザは、表示された火炎長と実績データに基づいて、局所火災の影響範囲を推定する。例えば、ユーザは、表示された火炎長のうち、最も長い値を選択し、その長さに対応する影響範囲を、実績データに基づく線形補間等により算出する。更にユーザは、算出した影響範囲に、所定の安全率を乗じて、局所火災の影響範囲を推定する。安全率は、火炎長の評価式(2)や過去の実績データなども加味し、工学的な判断によって設定される。
【0034】
ユーザは、推定した局所火災の影響範囲を設定画面に入力する。例えば、ユーザが、図示しない登録ボタンを押下すると、入力受付部11は、局所火災の影響範囲(例えば、1m等)を取得し、影響範囲設定部122が、入力された影響範囲をプラントの識別情報と対応付けて記憶部15に書き込んで保存する(ステップS20)。
【0035】
次に制御部12が、水素火災の発生確率を取得して記憶部15に保存する(ステップS21)。例えば、制御部12は、設定画面(図示せず)を作成し、出力部14を用いてこの設定画面を表示装置に表示する。設定画面では、評価対象のプラントの識別情報及び水素火災の発生確率Qを入力することができる。ユーザが、発生確率Qを入力し、図示しない登録ボタンを押下すると、入力受付部11が、入力された値を取得し、制御部12が発生確率Qの値をプラントの識別情報と対応付けて記憶部15に書き込んで保存する。
【0036】
次に、リスク評価モデル作成部13が、記憶部15に保存された水素火災の発生確率Qと、水素爆発の発生確率pと、局所火災の影響範囲と、図2のイベントツリーを読み出して、イベントツリーに水素火災の発生確率Q、水素爆発の発生確率p、局所火災の影響範囲の値を設定したイベントツリー図を作成する(ステップS22)。水素爆発の発生確率pは、ステップS15で保存した換気システム1の故障率である。出力部14は、イベントツリー図を表示装置や電子ファイルで出力する(ステップS23)。
ユーザは、支援装置10を使って、プラントに備わる水素を扱う系統ごとに上記処理を繰り返し行う。これにより、原子力プラント等で発生する水素火災の確率論的リスク評価モデルを作成することができる。
【0037】
なお、上記のステップS15では、ユーザが算出した換気システムの故障率を支援装置10が取得することとしたが、支援装置10が故障率の計算を行ってもよい。例えば、ユーザが、構成機器情報テーブル(図4)を支援装置10に入力し、故障率設定部121が、式(1)によって換気システムの故障率を算出するように構成されていてもよい。
【0038】
また、上記のステップS20では、ユーザが推定した影響範囲の値を支援装置10が取得することとしたが、支援装置10が影響範囲の推定を行ってもよい。例えば、影響範囲設定部122が、配管情報設定画面100で登録された配管径および圧力から式(2)を用いて火炎長を算出し、この火炎長に基づいて、実績データを参照する。そして、影響範囲設定部122は、火炎長に対応する影響範囲を算出し、所定の安全率を乗じて、局所火災の影響範囲を推定する。
【0039】
(効果)
国内の原子力プラントでは、水素火災への対策として、水素の漏洩防止と共に水素爆発防止策が実施されている。従来の水素火災のリスク評価では、少ない統計データから水素爆発の発生確率を設定し、局所火災の影響範囲については、火災長の推定方法が未提示のため、影響範囲を具体的に定めることが困難である。この為、水素火災への対策が十分実施されているにもかかわらず、水素爆発の発生確率と局所火災の影響範囲の何れにも過度に保守的な値が設定される傾向がある。これに対し、本実施形態では、水素火災への対策として導入されている換気システムの非信頼度に基づいて、水素爆発の発生確率pを算出する。また、水素ステーション等の他産業で検討された評価式から火炎長を推定し、原子力プラントで生じた事例を統合して局所火災の影響範囲を評価する。これにより、水素火災のリスク評価を従来よりも精緻に行うことができる。また、水素火災対策は、国内プラントで豊富な実績があり、プラント毎のリスク評価にあたっては、公開されている評価結果よりも、プラントの実態に即したリスクを算出することができる。また、本実施形態の支援装置10によれば、低コストでリスク評価を実施することができる。
【0040】
図8は本開示の一実施形態に係る支援装置のハードウェア構成の一例を示す図である。
コンピュータ900は、CPU901、主記憶装置902、補助記憶装置903、入出力インタフェース904、通信インタフェース905を備える。
上述の支援装置10は、コンピュータ900に実装される。そして、上述した各機能は、プログラムの形式で補助記憶装置903に記憶されている。CPU901は、プログラムを補助記憶装置903から読み出して主記憶装置902に展開し、当該プログラムに従って上記処理を実行する。また、CPU901は、プログラムに従って、記憶領域を主記憶装置902に確保する。また、CPU901は、プログラムに従って、処理中のデータを記憶する記憶領域を補助記憶装置903に確保する。
【0041】
なお、支援装置10の全部または一部の機能を実現するためのプログラムをコンピュータ読み取り可能な記録媒体に記録して、この記録媒体に記録されたプログラムをコンピュータシステムに読み込ませ、実行することにより各機能部による処理を行ってもよい。ここでいう「コンピュータシステム」とは、OSや周辺機器等のハードウェアを含むものとする。また、「コンピュータシステム」は、WWWシステムを利用している場合であれば、ホームページ提供環境(あるいは表示環境)も含むものとする。また、「コンピュータ読み取り可能な記録媒体」とは、CD、DVD、USB等の可搬媒体、コンピュータシステムに内蔵されるハードディスク等の記憶装置のことをいう。また、このプログラムが通信回線によってコンピュータ900に配信される場合、配信を受けたコンピュータ900が当該プログラムを主記憶装置902に展開し、上記処理を実行しても良い。また、上記プログラムは、前述した機能の一部を実現するためのものであっても良く、さらに前述した機能をコンピュータシステムにすでに記録されているプログラムとの組み合わせで実現できるものであってもよい。支援装置10は、複数のコンピュータ900によって構成されていても良い。
【0042】
以上のとおり、本開示に係るいくつかの実施形態を説明したが、これら全ての実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することを意図していない。これらの実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これらの実施形態及びその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【0043】
<付記>
各実施形態に記載の確率論的リスク評価支援方法、確率論的リスク評価支援装置及びプログラムは、例えば以下のように把握される。
【0044】
(1)第1の態様に係る確率論的リスク評価支援方法は、コンピュータによって実行される水素火災の確率論的リスク評価支援方法であって、プラントが備える水素火災対策システム(換気システム1)の故障率を取得するステップと、前記プラントで水素火災発生時に生じる事象を分析対象とするイベントツリー図の分岐確率に前記故障率を設定するステップと、前記分岐確率に前記故障率が設定された前記イベントツリー図を出力するステップと、を有する。
これにより、水素火災対策システムの効果を水素火災のリスク評価に組み込むことができる。これにより、一般に公開されている水素火災の確率論的リスク評価の結果よりも、リスク評価を精緻化できる。その結果、過度に保守的なリスク評価の低減を図ることができる。
【0045】
(2)第2の態様に係る確率論的リスク評価支援方法は、(1)の確率論的リスク評価支援方法であって、前記故障率を取得するステップでは、前記故障率の算出に必要な前記水素火災対策システムの構成図と、前記水素火災対策システムの構成要素の信頼度とを記憶部から読み出してユーザに提示し、前記ユーザによって入力された前記故障率を取得する。
これにより、水素火災対策システムの構成図や構成要素の信頼度に基づいて、水素火災対策システムの故障率を算出することができる。
【0046】
(3)第3の態様に係る確率論的リスク評価支援方法は、(1)の確率論的リスク評価支援方法であって、前記故障率を取得するステップでは、前記故障率の算出に必要な前記水素火災対策システムの構成図と、前記水素火災対策システムの構成要素の信頼度情報とを記憶部から読み出して、前記水素火災対策システムの故障率を算出し、算出された前記故障率を取得する。
これにより、自動的に水素火災対策システムの故障率を算出することができる。
【0047】
(4)第4の態様に係る確率論的リスク評価支援方法は、(1)~(3)の確率論的リスク評価支援方法であって、前記水素火災対策システムは換気システムである。
これにより、原子力プラントで導入されている換気システムの故障率に基づいて、イベントツリーの分岐確率を算出することができる。
【0048】
(5)第5の態様に係る確率論的リスク評価支援方法は、(1)~(4)の確率論的リスク評価支援方法であって、前記分岐確率は、水素爆発が発生する確率である。
これにより、水素火災発生時の水素爆発の発生確率を設定することができる。
【0049】
(6)第6の態様に係る確率論的リスク評価支援方法は、(1)~(5)の確率論的リスク評価支援方法であって、前記水素火災発生時の影響範囲を取得するステップと、前記影響範囲を前記イベントツリー図に設定するステップと、をさらに有する。
これにより、局所火災発生時の影響範囲をイベントツリーに設定することができる。
【0050】
(7)第7の態様に係る確率論的リスク評価支援方法は、(6)の確率論的リスク評価支援方法であって、前記影響範囲を示す情報を取得するステップは、前記プラントが備える水素が流れる配管の配管径と水素の圧力の情報を取得するステップと、前記配管径と前記圧力に基づいて、前記水素火災が発生したときの火炎長を算出するステップと、前記火炎長を表示するステップと、過去の水素火災事例における火炎長と前記影響範囲の関係を示す実績データを記憶部から読み出して表示するステップと、前記火炎長と前記実績データに基づいて推定された前記影響範囲を取得するステップと、を有する。
これにより、プラントに応じた水素火災の影響範囲を推定することができる。
【0051】
(8)第8の態様に係る確率論的リスク評価支援方法は、(6)の確率論的リスク評価支援方法であって、前記影響範囲を示す情報を取得するステップは、前記プラントが備える水素が流れる配管の配管径と水素の圧力の情報を取得するステップと、前記配管径と前記圧力に基づいて、前記水素火災が発生したときの火炎長を算出するステップと、過去の水素火災事例における火炎長と前記影響範囲の関係を示す実績データを記憶部から読み出して、算出された前記火炎長と前記実績データに基づいて前記影響範囲を推定するステップと、を有する。
これにより、プラントに応じた水素火災の影響範囲を自動的に推定することができる。
【0052】
(9)第9の態様に係る確率論的リスク評価支援方法は、(6)~(8)の確率論的リスク評価支援方法であって、前記影響範囲は、前記水素火災が局所火災のときの影響範囲である。
これにより、局所火災発生の影響範囲を推定することができる。
【0053】
(10)第10の態様に係る確率論的リスク評価支援装置は、プラントが備える水素火災対策システムの故障率を取得する入力受付部11と、前記プラントで水素火災発生時に生じる事象を分析対象とするイベントツリー図の分岐確率に前記故障率を設定する故障率設定部121と、前記分岐確率に前記故障率が設定された前記イベントツリー図を出力する出力部14と、を備える。
【0054】
(11)第11の態様に係るプログラムは、コンピュータ900に、プラントが備える水素火災対策システムの故障率を取得するステップと、前記プラントで水素火災発生時に生じる事象を分析対象とするイベントツリー図の分岐確率に前記故障率を設定するステップと、前記分岐確率に前記故障率が設定された前記イベントツリー図を出力するステップと、を実行させる。
【符号の説明】
【0055】
1・・・換気システム
10・・・支援装置
11・・・入力受付部
12・・・制御部
121・・・故障率設定部
122・・・影響範囲設定部
13・・・リスク評価モデル作成部
14・・・出力部
15・・・記憶部
21、22、23、24、25、26、27、28、29、2A・・・空気作動ダンパ
31、32・・・給気ファン
33、34、35・・・排気ファン
41、42・・・給気ユニット
51、52・・・給気フィルタユニット
53、54・・・排気フィルタユニット
60・・・排気塔
70・・・被換気区画
900・・・コンピュータ
901・・・CPU、
902・・・主記憶装置、
903・・・補助記憶装置、
904・・・入出力インタフェース
905・・・通信インタフェース
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8