(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-05
(45)【発行日】2023-12-13
(54)【発明の名称】嗅覚受容体の発現方法及び応答測定方法
(51)【国際特許分類】
C07K 14/705 20060101AFI20231206BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20231206BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20231206BHJP
C12N 15/63 20060101ALI20231206BHJP
C12N 1/15 20060101ALI20231206BHJP
C12N 1/19 20060101ALI20231206BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20231206BHJP
G01N 33/68 20060101ALI20231206BHJP
C12N 15/12 20060101ALI20231206BHJP
【FI】
C07K14/705
C12N5/10
C12Q1/02
C12N15/63 Z
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
G01N33/68
C12N15/12 ZNA
(21)【出願番号】P 2022099223
(22)【出願日】2022-06-20
【審査請求日】2023-02-24
(31)【優先権主張番号】P 2021103675
(32)【優先日】2021-06-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2022021606
(32)【優先日】2022-02-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】吉川 敬一
【審査官】大久保 智之
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/006108(WO,A2)
【文献】PNAS,2020年02月11日,Vol.117, No.6,pp.2957-2967, https://www.pnas.org/doi/abs/10.1073/pnas.1915520117参照
【文献】Journal of Structural Biology,2007年,Vol.159,pp.400-412
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 14/00-825
C12N 15/00-90
C12N 5/00-28
C12Q 1/00-70
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
目的の嗅覚受容体の応答性向上方法であって、
下記表1-1~1-5の(1)の目的の嗅覚受容体の(2)の配列番号で示されるアミノ酸配列において(3)の配列番号で示されるコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の少なくとも1個をこれに相当する位置の該コンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変したアミノ酸配列からなる嗅覚受容体ポリペプチドを細胞に発現させること、
を含む方法
(但し、人間を手術又は治療する方法を除く)。
【表1-1】
【表1-2】
【表1-3】
【表1-4】
【表1-5】
【請求項2】
前記嗅覚受容体ポリペプチドが、配列番号97、99~104、106、107、109~119、121、122、124~131、133、134、136、137、139~144、146、148~167、169~178、180~210、485、486、488~524、526~589、591~598、600~627、629~642、851~885及び887~900のいずれかで示されるアミノ酸配列からなる、請求項1記載の方法。
【請求項3】
目的の嗅覚受容体の応答の測定方法であって、
上記表1-1~1-5の(1)の目的の嗅覚受容体の(2)の配列番号で示されるアミノ酸配列において(3)の配列番号で示されるコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の少なくとも1個をこれに相当する位置の該コンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変したアミノ酸配列からなる嗅覚受容体ポリペプチドを細胞に発現させること、及び
該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること、
を含む方法
(但し、人間を手術又は治療する方法を除く)。
【請求項4】
目的の嗅覚受容体のリガンドの探索方法であって、
上記表1-1~1-5の(1)の目的の嗅覚受容体の(2)の配列番号で示されるアミノ酸配列において(3)の配列番号で示されるコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の少なくとも1個をこれに相当する位置の該コンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変したアミノ酸配列からなる嗅覚受容体ポリペプチドを細胞に発現させること、
試験物質存在下で、該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること、及び
該嗅覚受容体ポリペプチドが応答した試験物質を選択すること、
を含む方法
(但し、人間を手術又は治療する方法を除く)。
【請求項5】
目的の嗅覚受容体のリガンドのにおいの抑制剤の評価及び/又は選択方法であって、
上記表1-1~1-5の(1)の目的の嗅覚受容体の(2)の配列番号で示されるアミノ酸配列において(3)の配列番号で示されるコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の少なくとも1個をこれに相当する位置の該コンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変したアミノ酸配列からなる嗅覚受容体ポリペプチドを細胞に発現させること、
該嗅覚受容体ポリペプチドに試験物質及び目的の嗅覚受容体のリガンドを添加すること、及び
該リガンドに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること、
を含む方法
(但し、人間を手術又は治療する方法を除く)。
【請求項6】
目的の嗅覚受容体のリガンドのにおいの抑制剤の評価及び/又は選択方法であって、
上記表1-1~1-5の(1)の目的の嗅覚受容体の(2)の配列番号で示されるアミノ酸配列において(3)の配列番号で示されるコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の少なくとも1個をこれに相当する位置の該コンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変したアミノ酸配列からなる嗅覚受容体ポリペプチドを細胞に発現させること、
該嗅覚受容体ポリペプチドに試験物質を添加すること、及び
該試験物質に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること、
を含む方法
(但し、人間を手術又は治療する方法を除く)。
【請求項7】
目的の嗅覚受容体のリガンドのにおいの増強剤の評価及び/又は選択方法であって、
上記表1-1~1-5の(1)の目的の嗅覚受容体の(2)の配列番号で示されるアミノ酸配列において(3)の配列番号で示されるコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の少なくとも1個をこれに相当する位置の該コンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変したアミノ酸配列からなる嗅覚受容体ポリペプチドを細胞に発現させること、
該嗅覚受容体ポリペプチドに試験物質及び目的の嗅覚受容体のリガンドを添加すること、及び
該リガンドに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること、
を含む方法
(但し、人間を手術又は治療する方法を除く)。
【請求項8】
前記嗅覚受容体ポリペプチドが、配列番号97、99~104、106、107、109~119、121、122、124~131、133、134、136、137、139~144、146、148~167、169~178、180~210、485、486、488~524、526~589、591~598、600~627、629~642、851~885及び887~900のいずれかで示されるアミノ酸配列からなる、請求項3~7のいずれか1項記載の方法。
【請求項9】
前記嗅覚受容体ポリペプチドの応答が、ELISAもしくはレポータージーンアッセイによる細胞内cAMP量測定、カルシウムイメージングもしくはTGFα shedding assayによるカルシウムイオン量測定、又はアフリカツメガエル卵母細胞を用いた二電極膜電位固定法による細胞膜内外の電位変化測定により測定される、請求項3~7のいずれか1項記載の方法。
【請求項10】
改変嗅覚受容体ポリペプチドであって、
上記表1-1~1-5の(1)の目的の嗅覚受容体の(2)の配列番号で示されるアミノ酸配列において(3)の配列番号で示されるコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の少なくとも1個をこれに相当する位置の該コンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変したアミノ酸配列からなる、
改変嗅覚受容体ポリペプチド。
【請求項11】
配列番号97、99~104、106、107、109~119、121、122、124~131、133、134、136、137、139~144、146、148~167、169~178、180~210、485、486、488~524、526~589、591~598、600~627、629~642、851~885及び887~900のいずれかで示されるアミノ酸配列からなる、請求項10記載の改変嗅覚受容体ポリペプチド。
【請求項12】
請求項10又は11記載の改変嗅覚受容体ポリペプチドをコードするポリヌクレオチド。
【請求項13】
請求項12記載のポリヌクレオチドを含むベクター又はDNA断片。
【請求項14】
請求項13記載のベクター又はDNA断片を含有する形質転換細胞。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、嗅覚受容体の発現方法及び応答測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、好ましい芳香や悪臭を消臭するための香料開発においては、候補物質の匂いの評価は専門家による官能試験によって行われてきた。しかし、官能試験には、ばらつきが大きくスループット性が低いなどの問題や匂いを適切に評価できる専門家の育成が必要な問題があった。そこで近年では、ヒトの嗅覚を最もよく反映する客観指標として嗅覚受容体を指標にした香料開発方法が報告されている。
【0003】
ヒト等の哺乳動物においては、匂い物質は、鼻腔内最深部に広がる嗅上皮に存在する嗅神経細胞の嗅覚受容体によって認識される。鼻腔内に取り込まれた匂い分子は、嗅覚受容体に作用して活性化させ、活性化した嗅覚受容体に引き起こされた嗅神経細胞からのシグナルが中枢神経系へと伝達されることにより、匂いが知覚される。嗅覚受容体をコードする遺伝子はヒトの場合、2014年の報告では機能的な遺伝子として396種存在することが予想されている(非特許文献1)。特定の匂い物質に対して我々が知覚する匂いの質は、該匂い物質によって上記約400種の嗅覚受容体のうちのどの組み合わせが活性化されたかによって決定されると予想されている。
【0004】
この嗅覚受容体のうち、特定の芳香に選択的に応答する受容体を特定し、その受容体を指標とした香料をデザインすることでより好ましい芳香を獲得できる方法が開示されている(特許文献1)。一方で、悪臭を認識する嗅覚受容体を特定すれば、その嗅覚受容体の悪臭認識を抑制する受容体アンタゴニストとして働く香料を消臭のために有効な香料として利用することができる(特許文献2)。さらに、悪臭認識に重要な嗅覚受容体を活性化するが悪臭を呈さない香料を利用すれば、交差順応により悪臭認識を抑え、悪臭課題を解決できることが開示されている(特許文献3)。これらのように、匂い物質を認識する嗅覚受容体を特定することで、好ましい香料開発を高効率で行うという産業上有用な取り組みが可能になる。
【0005】
多くの嗅覚受容体の応答は匂い物質に選択的であるため、最初に標的とする匂いに選択性を有する嗅覚受容体を見つけ出すことが肝要である。しかし、これまで特定の匂いに感受性がある嗅覚受容体を見出すことは容易ではないという問題があった。既存の受容体解析方法では、全ヒト受容体の12%程度しか機能解析に成功していない(非特許文献2)。この状況は、たとえば特定の悪臭を消臭するアンタゴニスト香料を利用するアプローチにおいて、その悪臭認識に関わる嗅覚受容体のうち限られた一部の受容体しか特定して制御することができないことを意味する。
【0006】
この課題は嗅覚受容体遺伝子が発見された1991年から実に30年近く議論され続けている。目的の嗅覚受容体を解析しようと培養細胞に発現させても、嗅覚受容体タンパク質は合成されるものの、それが細胞表面に移行せず内側にとどまってしまう。そのために、細胞外から目的の匂い物質を投与しても受容体に届かず結合性をテストすることができない。その原因は、嗅覚受容体が細胞表面に移行する(膜発現する)ために必須の分子が鼻の嗅神経細胞には備えられており、それが鼻の嗅神経細胞以外を由来とする培養細胞には存在しないためだと考えられた。そうした必須分子の一つとして2004年にRTP(Receptor-transporting protein)が特定され、解析可能になった嗅覚受容体は現在の数まで到達した(非特許文献3)。しかし、RTP以外にもあると考えられる必須分子の特定は進まず、なおかつ嗅神経細胞由来の培養細胞は確立されていないことから、嗅覚受容体の解析と機能理解は立ち遅れ、30年近くを経ても12%程度の成功例にとどまっている。
【0007】
そうした中、細胞表面に発現するマウス嗅覚受容体と発現しないマウス嗅覚受容体が比較解析された(非特許文献4)。その結果、膜発現しない嗅覚受容体は立体構造の安定性が低い可能性が見出された。そして重要なことに、膜発現可能な嗅覚受容体と不可能な嗅覚受容体との間にはタンパク質の一次アミノ酸配列において統計学上有意にアミノ酸の性質が異なる箇所が存在し、そのアミノ酸箇所とは、約一千種の全マウス嗅覚受容体において共通性の高いアミノ酸であることが示された。すなわち、膜発現しない嗅覚受容体とは、本来共通するアミノ酸が使われるべきポリペプチドの位置に、異なるアミノ酸への変異が起きたために、立体構造の安定性を欠き、培養細胞内で、細胞膜に移行させない判断が下されている可能性が示唆された。このことを踏まえると、嗅覚受容体間で共通性の高いアミノ酸を導入する「コンセンサス化法」によって、目的の嗅覚受容体を安定的なタンパク質として獲得することや、効率よく細胞膜上に発現させることが可能になると考えられる。
【0008】
こうした考えのもと、特許文献4では、ヒト嗅覚受容体を効率よく解析する方法について開示している。約400のヒト嗅覚受容体は系統発生学的に18のグループに分類される。それぞれのグループについて、グループを構成する嗅覚受容体群の中で最も共通性の高いアミノ酸配列(パラログ間のコンセンサス)を採用してデザインした1種類のコンセンサス嗅覚受容体を解析に用いている。ただし、この方法では、ヒトがもつ約400の嗅覚受容体それぞれの機能を評価することはできない。一方で、非特許文献2では、ヒトの特定の嗅覚受容体の機能を理解するために、上記のグループ間での共通性ではなく、進化的な相同遺伝子間での共通性を指標に、当該受容体のコンセンサス化が行われた。具体的には、ヒト嗅覚受容体OR6Y1、OR6B2、OR56A4の3種類について、それぞれ10種類の哺乳類(ゴリラ、ボノボ、チンパンジー、スマトラオランウータン、アカゲザル、ドリル、コモンマーモセット、ハイイロネズミキツネザル、ラット、マウス)の相同遺伝子間での共通性の高いアミノ酸を、それぞれのヒト嗅覚受容体に導入したコンセンサス嗅覚受容体OR6Y1、OR6B2、OR56A4を作製した。その結果、3種の嗅覚受容体のうちOR6Y1は培養細胞を用いて匂い物質に対する応答測定を行うことが可能になったことが開示されている。したがって、特定のヒト嗅覚受容体を解析するために進化的な相同遺伝子間での共通アミノ酸を導入すれば、1/3の確率で応答解析が可能になることが示唆されている。
【0009】
同時に、この方法を適用しても、解析可能になる約400種類のヒト嗅覚受容体は1/3程度にとどまることが予測される。この効率の低さは、これまでの研究知見からも支持される。コンセンサス化方法は産業上有用な酵素を安定的なものにデザインするために古くから実施されてきた。しかし、本法に関する総説である非特許文献5によれば、ある一か所のアミノ酸配列にコンセンサス化を導入して改善効果が得られる確率は50%程度であり、残る40%は逆にタンパク質を改悪してしまうリスクがあることが、コンセンサス化方法の利用を難しくしていると指摘する。また、嗅覚受容体の本来の機能を推定することを目的とした研究においては、コンセンサス化方法の適用は適切ではないとする考え方がある。すなわち、アミノ酸置換を導入するアプローチには、オリジナル嗅覚受容体のリガンド結合部位を変化させ、その結果、本来のにおい応答性を観察させなくなる懸念がある。以上より、コンセンサス化には成功率の低さと、目的の嗅覚受容体本来の機能を変容させてしまうリスクの二つが予測されることから、幅広い嗅覚受容体に対する有効性が検証された例はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2018-074944号公報
【文献】特開2020-10629号公報
【文献】特開2016-224039号公報
【文献】国際公開公報第2020/006108号
【非特許文献】
【0011】
【文献】Niimura Y et al. Genome Research 24, 1485-1496 (2014)
【文献】Trimmer C et al. PNAS 116:9475-9480(2019)
【文献】Saitou H et al. Cell. 119:679-91 (2004)
【文献】Ikegami K et al. PNAS 117:2957-2967 (2020)
【文献】Porebski TB et al. Protein Engineering, Design & Selection 29:245-251 (2016)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
多くの嗅覚受容体のリガンドは未だ解明されていない。それらの嗅覚受容体のリガンド又は匂い応答性の解明が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、培養細胞での膜発現が不十分なために機能解析が不可能な嗅覚受容体が多いことに鑑み、嗅覚受容体を培養細胞膜上に発現かつ機能させることができる手法について鋭意検討した。その結果、本発明者は、従来の方法とは異なる嗅覚受容体のコンセンサス化により、嗅覚受容体の培養細胞での膜発現をオリジナルの嗅覚受容体に比べて向上できること、嗅覚受容体の匂い応答性を向上できること、また、嗅覚受容体の培養細胞での膜発現がオリジナルの嗅覚受容体に比べて向上しない場合であっても嗅覚受容体の匂い応答性を向上できること、さらに、コンセンサス化した嗅覚受容体がコンセンサス化前のオリジナルの嗅覚受容体のリガンド選択性をよく維持できること、コンセンサス化した嗅覚受容体によりもたらされる解析結果はヒトの嗅覚をよく反映するものであることを見出した。
【0014】
したがって、本発明は、以下の1)~12)を提供する。
1)嗅覚受容体ポリペプチドの発現方法であって、
目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列においてコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の少なくとも1個をこれに相当する位置の該コンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変したアミノ酸配列からなる嗅覚受容体ポリペプチドを細胞に発現させることを含み、
該コンセンサスアミノ酸配列が、該目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列及び下記(a)~(d)のいずれかの嗅覚受容体:
(a)該目的の嗅覚受容体の由来の生物種と同じ目における該目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体からなる群より選択される少なくとも11種の嗅覚受容体;
(b)該目的の嗅覚受容体の由来の生物種と同じ目における該目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体及び該目的の嗅覚受容体のパラログにコードされる嗅覚受容体からなる群より選択される少なくとも11種の嗅覚受容体であって、該11種の嗅覚受容体に該目的の嗅覚受容体のパラログにコードされる嗅覚受容体を少なくとも1種含む嗅覚受容体;
(c)脊椎動物における該目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体からなる群より選択される少なくとも11種の嗅覚受容体であって、該11種の嗅覚受容体に該目的の嗅覚受容体の由来の生物種と異なる目の脊椎動物のオルソログにコードされる嗅覚受容体を少なくとも1種含む嗅覚受容体;
(d)脊椎動物における該目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体と、脊椎動物にオルソログが11種以上存在する該目的の嗅覚受容体のパラログのうち該目的の嗅覚受容体と最も相同性の高いパラログの脊椎動物におけるオルソログにコードされる嗅覚受容体とからなる群より選択される少なくとも11種の嗅覚受容体であって、該11種の嗅覚受容体に該目的の嗅覚受容体の由来の生物種と異なる目の脊椎動物のオルソログにコードされる嗅覚受容体を少なくとも1種含む嗅覚受容体、及び該パラログにコードされる嗅覚受容体、
のアミノ酸配列のアラインメントから導き出されるアミノ酸配列である、
方法。
2)嗅覚受容体ポリペプチドの発現方法であって、
目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列においてコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の少なくとも1個をこれに相当する位置の該コンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変したアミノ酸配列からなる嗅覚受容体ポリペプチドを細胞に発現させることを含み、
該嗅覚受容体ポリペプチドが、ヒト嗅覚受容体OR7E24の配列番号96で示されるアミノ酸配列において配列番号210で示されるコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の少なくとも1個をこれに相当する位置の該コンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変したアミノ酸配列からなるか、
該嗅覚受容体ポリペプチドが、ヒト嗅覚受容体OR9K2の配列番号484で示されるアミノ酸配列において配列番号642で示されるコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の少なくとも1個をこれに相当する位置の該コンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変したアミノ酸配列からなるか、
該嗅覚受容体ポリペプチドが、ヒト嗅覚受容体OR5I1の配列番号850で示されるアミノ酸配列において配列番号900で示されるコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の少なくとも1個をこれに相当する位置の該コンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変したアミノ酸配列からなる、
方法。
3)目的の嗅覚受容体の応答の測定方法であって、
1)又は2)記載の方法により発現された嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること、
を含む方法。
4)目的の嗅覚受容体のリガンドの探索方法であって、
試験物質存在下で、1)又は2)記載の方法により発現された嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること、及び
該嗅覚受容体ポリペプチドが応答した試験物質を選択すること、
を含む方法。
5)目的の嗅覚受容体のリガンドのにおいの抑制剤の評価及び/又は選択方法であって、
1)又は2)記載の方法により発現された嗅覚受容体ポリペプチドに試験物質及び目的の嗅覚受容体のリガンドを添加すること、及び
該リガンドに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること、
を含む方法。
6)目的の嗅覚受容体のリガンドのにおいの抑制剤の評価及び/又は選択方法であって、
1)又は2)記載の方法により発現された嗅覚受容体ポリペプチドに試験物質を添加すること、及び
該試験物質に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること、
を含む方法。
7)目的の嗅覚受容体のリガンドのにおいの増強剤の評価及び/又は選択方法であって、
1)又は2)記載の方法により発現された嗅覚受容体ポリペプチドに試験物質及び目的の嗅覚受容体のリガンドを添加すること、及び
該リガンドに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること、
を含む方法。
8)改変嗅覚受容体ポリペプチドであって、
目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列においてコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の少なくとも1個をこれに相当する位置の該コンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変したアミノ酸配列からなり、
該コンセンサスアミノ酸配列が、該目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列及び下記(a)~(d)のいずれかの嗅覚受容体:
(a)該目的の嗅覚受容体の由来の生物種と同じ目における該目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体からなる群より選択される少なくとも11種の嗅覚受容体;
(b)該目的の嗅覚受容体の由来の生物種と同じ目における該目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体及び該目的の嗅覚受容体のパラログにコードされる嗅覚受容体からなる群より選択される少なくとも11種の嗅覚受容体であって、該11種の嗅覚受容体に該目的の嗅覚受容体のパラログにコードされる嗅覚受容体を少なくとも1種含む嗅覚受容体;
(c)脊椎動物における該目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体からなる群より選択される少なくとも11種の嗅覚受容体であって、該11種の嗅覚受容体に該目的の嗅覚受容体の由来の生物種と異なる目の脊椎動物のオルソログにコードされる嗅覚受容体を少なくとも1種含む嗅覚受容体;
(d)脊椎動物における該目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体と、脊椎動物にオルソログが11種以上存在する該目的の嗅覚受容体のパラログのうち該目的の嗅覚受容体と最も相同性の高いパラログの脊椎動物におけるオルソログにコードされる嗅覚受容体とからなる群より選択される少なくとも11種の嗅覚受容体であって、該11種の嗅覚受容体に該目的の嗅覚受容体の由来の生物種と異なる目の脊椎動物のオルソログにコードされる嗅覚受容体を少なくとも1種含む嗅覚受容体、及び該パラログにコードされる嗅覚受容体、
のアミノ酸配列のアラインメントから導き出されるアミノ酸配列である、
改変嗅覚受容体ポリペプチド。
9)改変嗅覚受容体ポリペプチドであって、
ヒト嗅覚受容体OR7E24の配列番号96で示されるアミノ酸配列において配列番号210で示されるコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の少なくとも1個をこれに相当する位置の該コンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変したアミノ酸配列からなるか、
ヒト嗅覚受容体OR9K2の配列番号484で示されるアミノ酸配列において配列番号642で示されるコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の少なくとも1個をこれに相当する位置の該コンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変したアミノ酸配列からなるか、
該嗅覚受容体ポリペプチドが、ヒト嗅覚受容体OR5I1の配列番号850で示されるアミノ酸配列において配列番号900で示されるコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の少なくとも1個をこれに相当する位置の該コンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変したアミノ酸配列からなる、
改変嗅覚受容体ポリペプチド。
10)8)又は9)記載の改変嗅覚受容体ポリペプチドをコードするポリヌクレオチド。
11)10)記載のポリヌクレオチドを含むベクター又はDNA断片。
12)11)記載のベクター又はDNA断片を含有する形質転換細胞。
【発明の効果】
【0015】
本発明は、オリジナルの嗅覚受容体のリガンド選択性をよく維持した嗅覚受容体を細胞膜に発現かつ機能させることができる手法を提供する。斯かる嗅覚受容体を用いることで、これまでにリガンド又は匂い応答性が確認されていないオリジナルの嗅覚受容体の機能や性質を調べることができる。したがって本発明は、ある匂い物質がヒトの嗅覚にどのように作用し、どのような匂い知覚を生み出すのかを説明及び予測するのに有効な手法である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】デザインしたコンセンサス嗅覚受容体の細胞膜発現量とにおい応答性。左から4つのヒストグラムと1つのバーグラフは、Flowcytometry法により求められたHEK293細胞膜上の受容体タンパク質量を表す。対照として受容体を発現させない細胞(Mock)と効率よく膜発現する受容体M2AcRを発現させた細胞を解析した。右には受容体のリガンド応答性をルシフェラーゼアッセイにより測定した結果を表す。エラーバーはSEMを表す(n=3)。
【
図2】デザインしたコンセンサス嗅覚受容体のリガンド選択性。ルシフェラーゼアッセイの結果を示す。エラーバーはSEMを表す(n=3)。
【
図3】デザインしたコンセンサス嗅覚受容体のリガンド選択性。ルシフェラーゼアッセイの結果を示す。エラーバーはSEMを表す(n=3)。下段に示す番号は、それぞれ下記表8に示す匂い物質の番号に対応する。
【
図4】デザインしたコンセンサス嗅覚受容体の細胞膜発現量。Flowcytometry法により求められたHEK293細胞膜上の受容体タンパク質量を表す。34受容体それぞれについて、オリジナルのヒト嗅覚受容体とMammalsのコンセンサス化を適用した受容体との比較を図示した。エラーバーはSEMを表す(n=3又は4)。
【
図5】嗅覚受容体のルシフェラーゼアッセイ。3種類のヒト嗅覚受容体及びそのコンセンサス嗅覚受容体について、匂い物質を濃度を変えて投与し、応答を測定した。エラーバーはSEMを表す(n=3)。
【
図6】嗅覚受容体のルシフェラーゼアッセイ。8種類のヒト嗅覚受容体及びそのコンセンサス嗅覚受容体について、匂い物質を濃度を変えて投与し応答を測定した。エラーバーはSEMを表す(n=3)。
【
図7】嗅覚受容体のルシフェラーゼアッセイ。4種類のコンセンサス嗅覚受容体それぞれについて、個人差が報告されるアミノ酸置換を導入したものをHEK293細胞に発現させ、匂い物質を濃度を変えて投与し応答を測定した。エラーバーはSEMを表す(n=3)。
【
図8】デザインしたコンセンサス嗅覚受容体の細胞膜発現量。Flowcytometry法により求められたHEK293細胞膜上の受容体タンパク質量を表す。それぞれの受容体について、オリジナルのヒト嗅覚受容体とMammalsのコンセンサス化を適用した受容体との比較を図示した。エラーバーはSEMを表す(n=3)。
【
図9】A及びB:OR5AN1とコンセンサスOR5AN1の細胞膜発現量。Aは、それぞれの受容体を発現させた細胞集団のPE蛍光シグナルの分布を表すヒストグラム。対照として受容体を発現させない細胞(Mock)と効率よく膜発現する受容体M2AchRを発現させた細胞を解析した。Bは、Aの膜発現量を定量化した結果。エラーバーはSEMを表す(n=3)。C:各種におい物質(100μM)に対するOR5AN1(Ori.)及びコンセンサスOR5AN1(Con.)の応答。エラーバーはSEMを表す(n=3)。縦軸の番号は、下記表19に示す匂い物質の番号に対応する。D:7つのにおい物質に対する用量依存性。一度の実験からの三つの複製からの平均値とSEMを示す。
【
図10】嗅覚受容体のルシフェラーゼアッセイ。各コンセンサス嗅覚受容体及びオリジナル嗅覚受容体についてメチルメルカプタン(MeSH)、ジメチルスルフィド(DMS)、ジメチルジスルフィド(DMDS)もしくはジメチルトリスルフィド(DMTS)を濃度を変えて投与した際の応答強度をバーグラフで示す。エラーバーはSEMを表す(1回の実験における3つの複製から)。
【
図11】嗅覚受容体のルシフェラーゼアッセイ。各コンセンサス嗅覚受容体及びオリジナル嗅覚受容体についてMeSH、DMS、DMDSもしくはDMTS 100μMを、銅イオン存在下又は非存在下で投与した際のシグナル値をバーグラフで示す。エラーバーはSEMを表す(1回の実験における3つの複製から)。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本明細書において、「嗅覚受容体ポリペプチド」とは、嗅覚受容体又はそれと同等の機能を有するポリペプチドをいい、嗅覚受容体と同等の機能を有するポリペプチドとは、嗅覚受容体と同様に、細胞膜上に発現することができ、匂い分子の結合によって活性化し、且つ活性化されると、細胞内のGαsと共役してアデニル酸シクラーゼを活性化することで細胞内cAMP量を増加させる機能を有するポリペプチドをいう(Nat.Neurosci.,2004,5:263-278)。
【0018】
本明細書において、細胞で嗅覚受容体ポリペプチドが「機能的に発現する」とは、発現された該嗅覚受容体ポリペプチドが、該細胞において匂い物質受容体として機能することをいう。
【0019】
本明細書において「アゴニスト」とは、受容体に結合し、活性化させる物質をいう。一方、本明細書において「アンタゴニスト」とは、受容体に結合するが、受容体を活性化しないか、又はアゴニストに対する受容体の応答を抑制する物質をいう。
【0020】
本明細書において、「嗅覚受容体アゴニズム」とは、受容体に結合して、その受容体を活性化することをいう。
【0021】
本明細書において、標的においに関する「においの交差順応(又は嗅覚の交差順応)」とは、該標的においの原因物質とは別の物質のにおいを予め受容し、そのにおいに慣れることによって、該標的においの原因物質に対する嗅覚感受性が低下又は変化する現象を指す。本発明者らは、以前、「においの交差順応」が、嗅覚受容体アゴニズムに基づく現象であることを明らかにした(国際公開公報第2016/194788号)。すなわち、「においの交差順応」においては、標的においの原因物質に対する嗅覚受容体が、該標的においの原因物質への応答に先だって異なるにおいの原因物質に応答し、次いで脱感作することにより、後から該標的においの原因物質に曝されても低い応答しかできず、その結果、個体に認識される標的においの強度の低下又は変質が生じる。こうした嗅覚受容体の挙動により引き起こされるにおいの交差順応の仕組みを、本明細書において「嗅覚受容体アゴニズムによるにおいの交差順応」とも呼ぶ。
【0022】
本明細書において、標的においの「嗅覚受容体アンタゴニズムによる抑制」とは、標的においを有する物質に対する嗅覚受容体の応答を、アンタゴニストにより抑制し、結果的に個体に認識される標的においを抑制することをいう。
【0023】
本明細書において、ヌクレオチド配列及びアミノ酸配列の同一性は、リップマン-パーソン法(Lipman-Pearson法;Science,1985,227:1435-41)によって計算される。具体的には、遺伝情報処理ソフトウェアGenetyx-Win(Ver.5.1.1;ソフトウェア開発)のホモロジー解析(Search homology)プログラムを用いて、Unit size to compare(ktup)を2として解析を行うことにより算出される。
【0024】
本明細書において、「アミノ酸残基」とは、タンパク質を構成する20種のアミノ酸残基、アラニン(Ala又はA)、アルギニン(Arg又はR)、アスパラギン(Asn又はN)、アスパラギン酸(Asp又はD)、システイン(Cys又はC)、グルタミン(Gln又はQ)、グルタミン酸(Glu又はE)、グリシン(Gly又はG)、ヒスチジン(His又はH)、イソロイシン(Ile又はI)、ロイシン(Leu又はL)、リシン(Lys又はK)、メチオニン(Met又はM)、フェニルアラニン(Phe又はF)、プロリン(Pro又はP)、セリン(Ser又はS)、トレオニン(Thr又はT)、トリプトファン(Trp又はW)、チロシン(Tyr又はY)及びバリン(Val又はV)を意味する。
【0025】
本明細書において、アミノ酸の改変は、公認されているIUPACの1文字のアミノ酸略記により、[元のアミノ酸、位置、改変されたアミノ酸]で表記されることがある。例えば、43位のヒスチジンのアルギニンへの改変は、「H43R」と示される。
【0026】
本明細書において、アミノ酸配列上の「相当する位置」は、目的配列と基準配列(本発明においてはオリジナルの嗅覚受容体のアミノ酸配列)とを、最大の相同性を与えるように整列(アラインメント)させることにより決定することができる。アミノ酸配列のアラインメントは、公知のアルゴリズムを用いて実行することができ、その手順は当業者に公知である。例えば、アラインメントは、Clustal Wマルチプルアラインメントプログラム(Thompson,J.D.et al,1994,Nucleic Acids Res.22:4673-4680)をデフォルト設定で用いることにより、行うことができる。あるいは、Clustal Wの改訂版であるClustal W2やClustal omegaを使用することもできる。Clustal W、Clustal W2及びClustal omegaは、例えば、University College Dublinが運営するClustalのウェブサイト[www.clustal.org]、欧州バイオインフォマティクス研究所(European Bioinformatics Institute:EBI[www.ebi.ac.uk/index.html])や、国立遺伝学研究所が運営する日本DNAデータバンク(DDBJ[www.ddbj.nig.ac.jp/searches-j.html])のウェブサイト上で利用することができる。上述のアラインメントにより基準配列の任意の位置にアラインされた目的配列の位置は、当該任意の位置に「相当する位置」とみなされる。
【0027】
当業者であれば、上記で得られたアミノ酸配列のアラインメントを、最適化するようにさらに微調整することができる。そのような最適アラインメントは、アミノ酸配列の類似性や挿入されるギャップの頻度等を考慮して決定するのが好ましい。ここでアミノ酸配列の類似性とは、2つのアミノ酸配列をアラインメントしたときにその両方の配列に同一又は類似のアミノ酸残基が存在する位置の数の全長アミノ酸残基数に対する割合(%)をいう。類似のアミノ酸残基とは、タンパク質を構成する20種のアミノ酸のうち、極性や電荷の点で互いに類似した性質を有しており、いわゆる保存的置換を生じるようなアミノ酸残基を意味する。そのような類似のアミノ酸残基からなるグループは当業者にはよく知られており、例えば、アルギニンとリシン又はグルタミン;グルタミン酸とアスパラギン酸又はグルタミン;セリンとトレオニン又はアラニン;グルタミンとアスパラギン又はアルギニン;ロイシンとイソロイシン等がそれぞれ挙げられるが、これらに限定されない。
加えて、上記で得られたアミノ酸配列のアラインメントは、例えば、嗅覚受容体間で高度に保存されたアミノ酸もしくはアミノ酸モチーフを基準に、最適化するようにさらに微調整することができる。この目的に使用される嗅覚受容体間で高度に保存されたアミノ酸の例としては、各嗅覚受容体において、膜貫通領域を構成するアミノ酸の中で最も保存性が高いアミノ酸が挙げられる。加えて分子内でジスルフィド結合を形成するシステインが挙げられる。また、嗅覚受容体間で高度に保存されたアミノ酸モチーフの例としては、第一細胞内ループに位置するLHTPMY、第三膜貫通領域の後半から第二細胞内ループの前半にかけて位置するMAYDRYVAIC、第五膜貫通領域の後半に位置するSY、第六膜貫通領域の前半に位置するKAFSTCASH、第七膜貫通領域に位置するPMLNPFIYなどが挙げられる。
【0028】
本明細書において、プロモーター等の制御領域と遺伝子の「作動可能な連結」とは、遺伝子と制御領域とが、該遺伝子が該制御領域の制御の下で発現し得るように連結されていることをいう。遺伝子と制御領域との「作動可能な連結」の手順は当業者に周知である。
【0029】
本明細書において、遺伝子に関する「上流」及び「下流」とは、該遺伝子の転写方向の上流及び下流をいう。例えば、「プロモーターの下流に配置された遺伝子」とは、DNAセンス鎖においてプロモーターの3’側に該遺伝子が存在することを意味し、遺伝子の上流とは、DNAセンス鎖における該遺伝子の5’側の領域を意味する。
【0030】
本明細書において、「ホモログ」とは、共通の祖先に由来する相同遺伝子を指す。「オルソログ」とは、「オーソログ」とも呼ばれ、種分化の際に分岐したホモログを指し、異なる生物種に存在し、同一又は類似の機能を有する。しかし、一般に嗅覚受容体遺伝子は、それぞれの生物種で高頻度に重複と欠失が起こり、かつ偽遺伝子が多数存在することから、オルソログ関係を厳密に求めることは困難とされる。一例において、本発明で用いるオルソログは、目的の嗅覚受容体遺伝子の相同遺伝子のうち、目的の嗅覚受容体遺伝子と同一の名称を含む目的の嗅覚受容体が由来する生物種とは異なる生物種の嗅覚受容体遺伝子であり得る。ある生物種の嗅覚受容体の命名法が目的の嗅覚受容体が由来する生物種における命名法と異なる場合、オルソログは、該ある生物種における目的の嗅覚受容体遺伝子と高い相同性を有する嗅覚受容体遺伝子、好ましくは最も高い相同性を有する嗅覚受容体遺伝子であり得る。あるいは、該ある生物種における目的の嗅覚受容体遺伝子のオルソログであることが知られている嗅覚受容体遺伝子であり得る。別の一例において、本発明で用いるオルソログは、上記オルソログのうち、系統樹解析により種分化の際に分岐した可能性が示唆される嗅覚受容体遺伝子であり得る。一方、「パラログ」とは、遺伝子重複によって生じたホモログを指し、同一生物種内に存在する。パラログの機能に関しては、同一又は類似である場合もあるが、異なる場合もある。一例において、本発明で用いるパラログは、目的の嗅覚受容体が由来する生物種の嗅覚受容体遺伝子のうち、目的の嗅覚受容体遺伝子と高い相同性を有する嗅覚受容体遺伝子、好ましくは最も高い相同性を有する嗅覚受容体遺伝子であり得る。
【0031】
後述の実施例に示すとおり、本発明者は、ヒト嗅覚受容体のアミノ酸配列を、該ヒト嗅覚受容体のアミノ酸配列と該ヒト嗅覚受容体の特定のオルソログ又は特定のオルソログ及びパラログにコードされる嗅覚受容体のアミノ酸配列とから導き出されるコンセンサスアミノ酸配列に基づいて改変し、得られた嗅覚受容体ポリペプチドを細胞に発現させたところ、該嗅覚受容体ポリペプチドの細胞での膜発現が改変前のヒト嗅覚受容体に比べて増加し得ることを見出した(
図1)。マウス嗅覚受容体についても、ヒト嗅覚受容体の場合と同様に改変し、得られた嗅覚受容体ポリペプチドを細胞に発現させたところ、該嗅覚受容体ポリペプチドの細胞での膜発現が改変前のマウス嗅覚受容体に比べて増加し得ることを見出した。すなわち、該嗅覚受容体ポリペプチドは、改変前の嗅覚受容体に比べて発現時の安定性が向上している。本明細書において、改変前の嗅覚受容体を「オリジナルの嗅覚受容体」と称し、嗅覚受容体のアミノ酸配列をコンセンサスアミノ酸配列に基づいて改変することを「コンセンサス化する」と称し、コンセンサス化された嗅覚受容体を「コンセンサス嗅覚受容体」あるいは「改変嗅覚受容体ポリペプチド」と称することがある。
【0032】
後述する実施例に示すとおり、本発明者は、また、コンセンサス嗅覚受容体の細胞での膜発現がオリジナルのヒト嗅覚受容体に比べて増加すると応答性も向上すること、コンセンサス嗅覚受容体の膜発現がわずかでも増加すると応答性が十分に向上すること(
図1)、さらに重要なことに、コンセンサス嗅覚受容体がオリジナルのヒト嗅覚受容体のリガンド選択性をよく維持していること(
図2、3)を見出した。また、本発明者は、先行研究において、リガンド候補物質が特定されているにも関わらず、そのリガンド候補物質に対する応答性が実証されなかったヒト嗅覚受容体34種類についてコンセンサス化を行ったところ、約85%もの嗅覚受容体で膜発現が増加することを見出した(
図4)。さらに、本発明者は、これまで機能解析ができなかったヒト嗅覚受容体のコンセンサス化により、ある匂い物質についてこれに応答する嗅覚受容体の候補として予測されていた嗅覚受容体が実際に該匂い物質に対し応答性を示すことを確認した(
図5、6)。それら嗅覚受容体の中には、非特許文献2でコンセンサス化が試されたものの応答測定の成功が報告されなかった受容体が含まれる。さらに、これまで機能解析ができなかったヒト嗅覚受容体に、コンセンサス化を適用した上でヒト集団で個人差が認められるアミノ酸配列を導入すれば、ヒト集団に認められる官能評価結果の差に合致する受容体応答性が観察できるようになることを確認した(
図7)。そして本発明者は、本発明のコンセンサス化がさらに多数の嗅覚受容体に有効であることを明らかにした(
図8、表12、14、15、17)。
【0033】
後述する実施例に示すとおり、本発明者は、さらに、コンセンサス嗅覚受容体の細胞での膜発現がオリジナルのヒト嗅覚受容体と比べて同程度であり増加しない場合でも、コンセンサス嗅覚受容体がオリジナルのヒト嗅覚受容体のリガンド選択性をよく維持していること、コンセンサス嗅覚受容体の応答性が向上することを見出した(
図9)。膜発現量が増加しないにもかかわらず応答性が向上する理由としては、嗅覚受容体のコンセンサス化により、嗅覚受容体の活性化型構造への移行効率や細胞内のGタンパク質との共役効率が高まっている可能性が考えられる。
【0034】
よって、嗅覚受容体の上記コンセンサス化は、嗅覚受容体、特にこれまで培養細胞での膜発現が不十分なために機能解析が不可能であった嗅覚受容体について、該嗅覚受容体のリガンド選択性をよく維持した嗅覚受容体を細胞の細胞膜に発現かつ機能させるのに有用である。したがって、一態様において本発明は、嗅覚受容体ポリペプチドの発現方法を提供する。本発明の発現方法は、嗅覚受容体の発現向上(例えば、発現増加、発現安定化)を可能とするので、当該方法は、好ましくは、嗅覚受容体ポリペプチドの発現向上方法である。当該方法は、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列においてコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の少なくとも1個をこれに相当する位置の該コンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変したアミノ酸配列からなる嗅覚受容体ポリペプチドを細胞に発現させることを含み、
該コンセンサスアミノ酸配列が、該目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列及び下記(a)~(d)のいずれかの嗅覚受容体:
(a)該目的の嗅覚受容体の由来の生物種と同じ目における該目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体からなる群より選択される少なくとも11種の嗅覚受容体;
(b)該目的の嗅覚受容体の由来の生物種と同じ目における該目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体及び該目的の嗅覚受容体のパラログにコードされる嗅覚受容体からなる群より選択される少なくとも11種の嗅覚受容体であって、該11種の嗅覚受容体に該目的の嗅覚受容体のパラログにコードされる嗅覚受容体を少なくとも1種含む嗅覚受容体;
(c)脊椎動物における該目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体からなる群より選択される少なくとも11種の嗅覚受容体であって、該11種の嗅覚受容体に該目的の嗅覚受容体の由来の生物種と異なる目の脊椎動物のオルソログにコードされる嗅覚受容体を少なくとも1種含む嗅覚受容体;
(d)脊椎動物における該目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体と、脊椎動物にオルソログが11種以上存在する該目的の嗅覚受容体のパラログのうち該目的の嗅覚受容体と最も相同性の高いパラログの脊椎動物におけるオルソログにコードされる嗅覚受容体とからなる群より選択される少なくとも11種の嗅覚受容体であって、該11種の嗅覚受容体に該目的の嗅覚受容体の由来の生物種と異なる目の脊椎動物のオルソログにコードされる嗅覚受容体を少なくとも1種含む嗅覚受容体、及び該パラログにコードされる嗅覚受容体、
のアミノ酸配列のアラインメントから導き出されるアミノ酸配列である、方法である。
【0035】
本発明の発現方法において、目的の嗅覚受容体は、特に制限されないが、好ましくは細胞での応答性、又は細胞膜発現及び応答性の向上を所望する嗅覚受容体である。目的の嗅覚受容体は、いずれの生物種の嗅覚受容体であってもよく、哺乳類の嗅覚受容体が好ましく、ヒト嗅覚受容体がより好ましい。また、いずれのファミリー、サブファミリー、メンバーの嗅覚受容体であってもよい。嗅覚受容体のファミリーは、種によって異なり、例えば、ヒト嗅覚受容体であれば、OR1、OR2、OR3、OR4、OR5、OR6、OR7、OR8、OR9、OR10、OR11、OR12、OR13、OR14、OR51、OR52、OR55、及びOR56が挙げられる。目的の嗅覚受容体としては、従来法による培養細胞を用いた機能解析が可能な嗅覚受容体であっても、不可能な嗅覚受容体であってもよいが、本発明の方法は、従来法による培養細胞を用いての機能解析が不可能な嗅覚受容体により好適に適用される。
【0036】
本発明の発現方法において、(a)の嗅覚受容体は、目的の嗅覚受容体の由来の生物種と同じ目における該目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体である。該オルソログとしては、特に制限されないが、目的の嗅覚受容体遺伝子との相同性が高いオルソログ程好ましい。
【0037】
本実施形態の好ましい一例において、(a)の目的の嗅覚受容体の由来の生物種と同じ目における該目的の嗅覚受容体のオルソログは、該目に属する生物種が有する嗅覚受容体遺伝子のうち、目的の嗅覚受容体遺伝子と同じ名称を含む遺伝子である。斯かるオルソログは、例えば、以下の手順で選択することができる。目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列を問い合わせ配列(query配列)とし、検索対象生物名を目的の嗅覚受容体の由来の生物種と同じ目として、NCBIのBLASTなどでデータベース検索を行う。その結果得られた相同遺伝子群(例えば、上位500遺伝子、好ましくは上位250遺伝子、より好ましくは上位100遺伝子、さらに好ましくは上位50遺伝子)から、目的の嗅覚受容体遺伝子と同じ名称を含む遺伝子を選択する。
本実施形態のより好ましい一例において、(a)の目的の嗅覚受容体の由来の生物種と同じ目における該目的の嗅覚受容体のオルソログは、該目に属する生物種が有する嗅覚受容体遺伝子であって、目的の嗅覚受容体遺伝子と同じ名称を含む遺伝子のうち、系統樹解析により種分化の際に分岐した可能性が示唆される遺伝子である。斯かるオルソログは、例えば、以下の手順で選択することができる。目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列をquery配列とし、検索対象生物名を目的の嗅覚受容体の由来の生物種と同じ目として、NCBIのBLASTなどでデータベース検索を行う。その結果得られた相同遺伝子群(例えば、上位500遺伝子、好ましくは上位250遺伝子、より好ましくは上位100遺伝子、さらに好ましくは上位50遺伝子)を用いて公知の手法により系統樹を作成し、目的の嗅覚受容体と同じ名称を含む遺伝子をなるべく多く含みかつそれ以外の遺伝子をなるべく含まないクレードを特定する。その後、特定したクレードに含まれる遺伝子を選択する。
尚、オルソログとして、同一生物種に由来する遺伝子が複数選択される場合、目的の嗅覚受容体遺伝子と最も相同性が高い1遺伝子のみを選択してもよい。また、ある生物種の嗅覚受容体の命名法が目的の嗅覚受容体が由来する生物種における命名法と異なる場合、オルソログとして、該ある生物種における目的の嗅覚受容体遺伝子と高い相同性を有する遺伝子、好ましくは最も高い相同性を有する遺伝子を選択してもよい。あるいは、該ある生物種における目的の嗅覚受容体遺伝子のオルソログであることが知られている遺伝子を選択してもよい。
【0038】
(a)の嗅覚受容体の種類数は、受容体数として、少なくとも11種類であり、好ましくは少なくとも15種類である。一方、種類数の上限は、目的の嗅覚受容体の由来の生物種と同じ目の生物種におけるオルソログの全種類数であり、該種類数は、受容体数として、好ましくは500種類以下、より好ましくは250種類以下、さらに好ましくは100種類以下、さらに好ましくは50種類以下である。(a)の嗅覚受容体の種類数は、受容体数として、例えば、11種類~目的の嗅覚受容体の由来の生物種と同じ目の生物種におけるオルソログの全種類、11~500種類、11~250種類、11~100種類、11~50種類、15~50種類であり得る。
【0039】
本発明の発現方法において、(b)の嗅覚受容体は、目的の嗅覚受容体の由来の生物種と同じ目における該目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体及び該目的の嗅覚受容体のパラログにコードされる嗅覚受容体である。該オルソログとしては、特に制限されないが、目的の嗅覚受容体遺伝子との相同性が高いオルソログ程好ましい。該パラログとしては、特に制限されないが、目的の嗅覚受容体遺伝子と高い相同性を有するパラログが好ましく、最も高い相同性を有するパラログがより好ましい。
【0040】
本実施形態の好ましい一例において、(b)の目的の嗅覚受容体の由来の生物種と同じ目における該目的の嗅覚受容体のオルソログは、該目に属する生物種が有する嗅覚受容体遺伝子のうち、目的の嗅覚受容体遺伝子と同じ名称を含む遺伝子である。斯かるオルソログは、上記(a)の場合と同様に選択することができる。
本実施形態のより好ましい一例において、(b)の目的の嗅覚受容体の由来の生物種と同じ目における該目的の嗅覚受容体のオルソログは、該目に属する生物種が有する嗅覚受容体遺伝子であって、目的の嗅覚受容体遺伝子と同じ名称を含む遺伝子のうち、系統樹解析により種分化の際に分岐した可能性が示唆される遺伝子である。斯かるオルソログは、上記(a)の場合と同様に選択することができる。
【0041】
本実施形態の好ましい一例において、(b)の目的の嗅覚受容体のパラログは、目的の嗅覚受容体が由来する生物種が有する嗅覚受容体遺伝子のうち、目的の嗅覚受容体遺伝子と高い相同性を有する遺伝子である。斯かるパラログは、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列をquery配列とし、検索対象生物名を目的の嗅覚受容体の由来の生物種として、NCBIのBLASTなどでデータベース検索を行い、その結果得られた相同遺伝子群(例えば、上位500遺伝子、好ましくは上位250遺伝子、より好ましくは上位100遺伝子、さらに好ましくは上位50遺伝子)から選択することができる。
【0042】
あるいは、上記(b)の目的の嗅覚受容体の由来の生物種と同じ目における該目的の嗅覚受容体のオルソログ及び該目的の嗅覚受容体のパラログは、例えば、以下の手順で選択することもできる。目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列をquery配列とし、検索対象生物名を目的の嗅覚受容体の由来の生物種と同じ目として、NCBIのBLASTなどでデータベース検索を行う。その結果得られた相同遺伝子群(例えば、上位500遺伝子、好ましくは上位250遺伝子、より好ましくは上位100遺伝子、さらに好ましくは上位50遺伝子)を用いて公知の手法により系統樹を作成し、目的の嗅覚受容体と同じ名称を含む遺伝子をなるべく多く含みかつそれ以外の遺伝子をなるべく含まないクレードを特定する。特定したクレードと隣接し、目的の嗅覚受容体遺伝子と最も相同性が高い目的の嗅覚受容体の由来の生物種の遺伝子が含まれるクレードを特定する。特定したクレード群に含まれる遺伝子を選択する。このとき、該クレード群に目的の嗅覚受容体の由来の生物種と同じ目の生物種の相同遺伝子群の上位50位より下位の遺伝子が含まれる場合は、該遺伝子を除外することが好ましい。
【0043】
(b)の嗅覚受容体の種類数は、受容体数として、少なくとも11種類であり、好ましくは少なくとも25種類であり、より好ましくは少なくとも35種類である。一方、種類数の上限は、目的の嗅覚受容体の由来の生物種と同じ目の生物種におけるオルソログ及び該目的の嗅覚受容体のパラログの全種類数であり、該種類数は、受容体数として、好ましくは500種類以下、より好ましくは250種類以下、さらに好ましくは100種類以下、さらに好ましくは50種類以下である。(b)の嗅覚受容体の種類数は、受容体数として、例えば、11種類~目的の嗅覚受容体の由来の生物種と同じ目の生物種におけるオルソログ及び該目的の嗅覚受容体のパラログの全種類、11~500種類、11~250種類、11~100種類、11~50種類、25~50種類、35~50種類であり得る。このうち、目的の嗅覚受容体のパラログにコードされる嗅覚受容体の種類数は、受容体数として、少なくとも1種類である。一方、種類数の上限は、目的の嗅覚受容体のパラログの全種類数であり、該種類数は、受容体数として、好ましくは50種類以下、より好ましくは10種類以下である。目的の嗅覚受容体のパラログにコードされる嗅覚受容体の種類数は、受容体数として、例えば、1種類~目的の嗅覚受容体のパラログの全種類、1~50種類、1~10種類であり得る。該パラログにコードされる嗅覚受容体は、より好ましくは目的の嗅覚受容体遺伝子と最も相同性が高い1種である。
【0044】
例えば、目的の嗅覚受容体がヒト嗅覚受容体である場合、(a)又は(b)の「目的の嗅覚受容体の由来の生物種と同じ目」とは、脊椎動物門哺乳網霊長目を指す。霊長目に属する生物種を霊長類(Primates)と称し、約220種が現存することが知られている。霊長類としては、ヒト、チンパンジー、ボノボ、ゴリラ、スマトラオランウータン、キタホウジロテナガザル、ドリル、ゲラダヒヒ、アカゲザル、アヌビスヒヒ、スーティーマンガベイ、グリーンモンキー、ハイアカコロブス、アンゴラコロブス、ガーネットガラゴ、ハイイロネズミキツネザル、コクレルシファカ、フィリピンメガネザルなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。また、目的の嗅覚受容体がヒト嗅覚受容体である場合、「目的の嗅覚受容体遺伝子と同じ名称を含む遺伝子」とは、目的のヒト嗅覚受容体遺伝子と同じファミリー名、サブファミリー名、及びメンバー名を含む遺伝子を指す。
【0045】
本発明の発現方法において、(c)の嗅覚受容体は、脊椎動物における目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体であって、該目的の嗅覚受容体の由来の生物種と異なる目の脊椎動物のオルソログにコードされる嗅覚受容体を少なくとも1種含む。脊椎動物における目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体は、好ましくは哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類及び魚類における目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体から選択される嗅覚受容体であり、より好ましくは哺乳類、鳥類、爬虫類及び両生類における目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体から選択される嗅覚受容体であり、さらに好ましくは哺乳類における目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体である。目的の嗅覚受容体の由来の生物種と異なる目とは、該生物種が属する目以外の目であればよく、目よりも上位の分類階級は該生物種のものと同じであっても異なっていてもよい。該オルソログとしては、特に制限されないが、目的の嗅覚受容体遺伝子との相同性が高いオルソログ程好ましい。ここで、哺乳類(Mammals)とは、脊椎動物門哺乳網に属する生物種を指し、上記の霊長類も含めて、約5500種が現存することが知られている。哺乳類としては、上記の霊長類以外では、マウス、ラット、ウサギ、ネコ、イヌ、キツネ、タヌキ、イタチ、トラ、チーター、クマ、アシカ、アザラシ、オットセイ、ウマ、サイ、ラクダ、ブタ、イノシシ、ウシ、ヤギ、ヒツジ、シカ、キリン、カバ、ゾウ、センザンコウ、モグラ、コウモリなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。鳥類(Aves)とは、脊椎動物門鳥網に属する生物種を指す。鳥類としては、ニワトリ、カモ、アヒル、ガチョウ、シチメンチョウ、ダチョウ、キジ、ハト、オウム、カナリア、ジュウシマツ、ハチドリ、マイコドリ、ウズラ、ヒタキなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。爬虫類(Reptilia)とは、脊椎動物門爬虫網に属する生物種を指す。爬虫類としては、カメ、トカゲ、ワニ、イグアナ、カメレオン、ヤモリ、ヘビなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。両生類(Amphibia)とは、脊椎動物門両生網に属する生物種を指す。両生類としては、カエル、イモリ、サンショウウオなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。魚類(Fish)とは、脊椎動物門ヌタウナギ類、ヤツメウナギ類、軟骨魚綱及び硬骨魚綱に属する生物種を指す総称である。魚類としては、ヌタウナギ、ヤツメウナギ、サメ、エイ、マグロ、カツオ、サケ、マス、タラ、タイ、ヒラメ、ブリ、アジ、サバなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0046】
本実施形態の好ましい一例において、(c)の脊椎動物における目的の嗅覚受容体のオルソログは、脊椎動物に属する生物種が有する嗅覚受容体遺伝子のうち、目的の嗅覚受容体遺伝子と同じ名称を含む遺伝子である。斯かるオルソログは、例えば、以下の手順で選択することができる。目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列をquery配列とし、NCBIのBLASTなどでデータベース検索を行う。その結果得られた相同遺伝子群(例えば、上位500遺伝子、好ましくは上位250遺伝子、より好ましくは上位100遺伝子、さらに好ましくは上位50遺伝子)から、目的の嗅覚受容体遺伝子と同じ名称を含む遺伝子を選択する。
尚、オルソログとして、同一生物種に由来する遺伝子が複数選択される場合、目的の嗅覚受容体遺伝子と最も相同性が高い1遺伝子のみを選択してもよい。例えば、目的の嗅覚受容体がヒト嗅覚受容体であり、オルソログとして、ヒト以外のある生物種の遺伝子が複数選択される場合、目的のヒト嗅覚受容体遺伝子と最も相同性が高い該ある生物種の遺伝子を選択すればよい。また、ある生物種の嗅覚受容体の命名法が目的の嗅覚受容体が由来する生物種における命名法と異なる場合、オルソログとして、該ある生物種における目的の嗅覚受容体遺伝子と高い相同性を有する遺伝子、好ましくは最も高い相同性を有する遺伝子を選択してもよい。あるいは、該ある生物種における目的の嗅覚受容体遺伝子のオルソログであることが知られている遺伝子を選択してもよい。
【0047】
(c)の嗅覚受容体の種類数は、受容体数として、少なくとも11種類であり、好ましくは少なくとも15種類であり、より好ましくは少なくとも30種類である。一方、種類数の上限は、脊椎動物における目的の嗅覚受容体のオルソログの全種類数であり、該種類数は、受容体数として、好ましくは500種類以下、より好ましくは400種類以下、さらに好ましくは300種類以下である。(c)の嗅覚受容体の種類数は、受容体数として、例えば、11種類~脊椎動物における目的の嗅覚受容体のオルソログの全種類、11~500種類、11~400種類、11~300種類、15~300種類、30~300種類であり得る。このうち、目的の嗅覚受容体の由来の生物種と異なる目の脊椎動物のオルソログにコードされる嗅覚受容体の種類数は、受容体数として、少なくとも1種類であり、好ましくは5種類であり、より好ましくは10種類である。一方、種類数の上限は、目的の嗅覚受容体の由来の生物種と異なる目の脊椎動物のオルソログの全種類数であり、該種類数は、好ましくは250種類以下、より好ましくは100種類以下、さらに好ましくは50種類以下である。目的の嗅覚受容体の由来の生物種と異なる目の脊椎動物のオルソログにコードされる嗅覚受容体の種類数は、受容体数として、例えば、1種類~目的の嗅覚受容体の由来の生物種と異なる目の脊椎動物のオルソログの全種類、1~250種類、5~250種類、10~250種類、10~100種類、10~50種類であり得る。
【0048】
本発明の発現方法において、(d)の嗅覚受容体は、脊椎動物における目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体と、脊椎動物にオルソログが11種以上存在する目的の嗅覚受容体のパラログのうち該目的の嗅覚受容体と最も相同性の高いパラログの脊椎動物におけるオルソログにコードされる嗅覚受容体とからなる群より選択される嗅覚受容体であって、該目的の嗅覚受容体の由来の生物種と異なる目の脊椎動物のオルソログにコードされる嗅覚受容体を少なくとも1種含む嗅覚受容体、及び該パラログにコードされる嗅覚受容体である。脊椎動物における目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体は、好ましくは哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類及び魚類における目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体から選択される嗅覚受容体であり、より好ましくは哺乳類、鳥類、爬虫類及び両生類における目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体から選択される嗅覚受容体であり、さらに好ましくは哺乳類における目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体である。目的の嗅覚受容体の由来の生物種と異なる目とは、該生物種が属する目以外の目であればよく、目よりも上位の分類階級は該生物種のものと同じであっても異なっていてもよい。該オルソログとしては、特に制限されないが、目的の嗅覚受容体遺伝子との相同性が高いオルソログ程好ましい。パラログの脊椎動物におけるオルソログとしては、特に制限されないが、上記パラログとの相同性が高いオルソログ程好ましい。ここで、哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類及び魚類としては、上記(c)の場合と同様の生物種を挙げることができる。
【0049】
本実施形態の好ましい一例において、(d)の脊椎動物における目的の嗅覚受容体のオルソログは、脊椎動物に属する生物種が有する嗅覚受容体遺伝子のうち、目的の嗅覚受容体遺伝子と同じ名称を含む遺伝子である。斯かるオルソログは、上記(c)の場合と同様に選択することができる。脊椎動物における目的の嗅覚受容体のオルソログを選択できない場合、(d)の嗅覚受容体は、脊椎動物にオルソログが11種以上存在する目的の嗅覚受容体のパラログのうち該目的の嗅覚受容体と最も相同性の高いパラログの脊椎動物におけるオルソログにコードされる嗅覚受容体であって、該目的の嗅覚受容体の由来の生物種と異なる目の脊椎動物のオルソログにコードされる嗅覚受容体を少なくとも1種含む嗅覚受容体、及び該パラログにコードされる嗅覚受容体であり得る。(d)の脊椎動物にオルソログが11種以上存在する目的の嗅覚受容体のパラログのうち該目的の嗅覚受容体と最も相同性の高いパラログの脊椎動物におけるオルソログは、好ましくは、脊椎動物に属する生物種が有する嗅覚受容体遺伝子であって、脊椎動物にオルソログが11種以上存在する目的の嗅覚受容体のパラログのうち該目的の嗅覚受容体遺伝子と最も相同性の高いパラログと同じ名称を含む遺伝子であり、かつ該目的の嗅覚受容体遺伝子と相同性の高いパラログから選択される。斯かるオルソログは、例えば、以下の手順で選択することができる。目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列をquery配列とし、NCBIのBLASTなどでデータベース検索を行う。その結果得られた相同遺伝子群(例えば、上位500遺伝子、好ましくは上位250遺伝子、より好ましくは上位100遺伝子、さらに好ましくは上位50遺伝子)から、目的の嗅覚受容体遺伝子に最も相同性の高いパラログを選択する。次いで、該パラログと同じ名称を含む遺伝子を選択する。選択された遺伝子が11遺伝子未満の場合は、目的の嗅覚受容体遺伝子に2番目に相同性の高いパラログを選択して、上記同様に該パラログと同じ名称を含む遺伝子を選択する。最終的に11遺伝子以上が選択されるまで、この手順を繰り返せばよい。
尚、オルソログとして、同一生物種に由来する遺伝子が複数選択される場合、目的の嗅覚受容体遺伝子と最も相同性が高い1遺伝子のみを選択してもよい。例えば、目的の嗅覚受容体がヒト嗅覚受容体であり、オルソログとして、ヒト以外のある生物種の遺伝子が複数選択される場合、目的のヒト嗅覚受容体遺伝子と最も相同性が高い該ある生物種の遺伝子を選択すればよい。また、ある生物種の嗅覚受容体の命名法が目的の嗅覚受容体が由来する生物種における命名法と異なる場合、オルソログとして、該ある生物種における目的の嗅覚受容体遺伝子と高い相同性を有する遺伝子、好ましくは最も高い相同性を有する遺伝子を選択してもよい。あるいは、該ある生物種における目的の嗅覚受容体遺伝子のオルソログであることが知られている遺伝子を選択してもよい。
【0050】
(d)の嗅覚受容体の種類数は、受容体数として、少なくとも11種類であり、好ましくは少なくとも30種類であり、より好ましくは少なくとも60種類である。一方、種類数の上限は、脊椎動物における目的の嗅覚受容体のオルソログ、及び脊椎動物にオルソログが11種以上存在する該目的の嗅覚受容体のパラログのうち該目的の嗅覚受容体と最も相同性の高いパラログの脊椎動物におけるオルソログの全種類数であり、該種類数は、受容体数として、好ましくは500種類以下、より好ましくは400種類以下、さらに好ましくは300種類以下である。(d)の嗅覚受容体の種類数は、受容体数として、例えば、11種類~脊椎動物における目的の嗅覚受容体のオルソログ、及び脊椎動物にオルソログが11種以上存在する該目的の嗅覚受容体のパラログのうち該目的の嗅覚受容体と最も相同性の高いパラログの脊椎動物におけるオルソログの全種類、11~500種類、11~400種類、11~300種類、30~300種類、60~300種類であり得る。このうち、目的の嗅覚受容体の由来の生物種と異なる目の脊椎動物のオルソログにコードされる嗅覚受容体の種類数は、受容体数として、少なくとも1種類であり、好ましくは5種類であり、より好ましくは10種類である。一方、種類数の上限は、目的の嗅覚受容体の由来の生物種と異なる目の脊椎動物のオルソログの全種類数であり、該種類数は、好ましくは250種類以下、より好ましくは100種類以下、さらに好ましくは50種類以下である。目的の嗅覚受容体の由来の生物種と異なる目の脊椎動物のオルソログにコードされる嗅覚受容体の種類数は、受容体数として、例えば、1種類~目的の嗅覚受容体の由来の生物種と異なる目の脊椎動物のオルソログの全種類、1~250種類、5~250種類、10~250種類、10~100種類、10~50種類であり得る。
【0051】
目的の嗅覚受容体のコンセンサス化に際しては、より多くの種の嗅覚受容体遺伝子に基づくコンセンサスを反映できる点で、(a)~(d)の嗅覚受容体のうち、(c)の嗅覚受容体をコンセンサス化に利用することが好ましい。尚、目的の嗅覚受容体のコンセンサス化に(c)の嗅覚受容体を利用できない場合、換言すれば、目的の嗅覚受容体のオルソログが11種類未満しか特定できない場合、(d)の嗅覚受容体をコンセンサス化に好適に利用できる。
【0052】
本発明の発現方法において、「コンセンサスアミノ酸配列」とは、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列及び(a)~(d)のいずれかの嗅覚受容体のアミノ酸配列のアラインメントから導き出されるアミノ酸配列である。具体的には、「コンセンサスアミノ酸配列」とは、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列及び(a)~(d)のいずれかの嗅覚受容体のアミノ酸配列のアラインメントから以下の(i)~(iii)の基準に従い同定したコンセンサス残基からなるアミノ酸配列である。
(i)該アラインメントの各アミノ酸位置において、
(i-i)該目的の嗅覚受容体のアミノ酸残基と異なり且つ出現頻度50%以上のアミノ酸残基が1種存在する場合、該アミノ酸残基をコンセンサス残基と同定する、
(i-ii)出現頻度50%のアミノ酸残基が2種存在する場合、該目的の嗅覚受容体のアミノ酸残基をコンセンサス残基と同定する、
(i-iii)該目的の嗅覚受容体にアミノ酸残基が存在し且つ出現頻度40%以上でアミノ酸残基が存在しない場合、コンセンサス残基なしと同定する、
(i-iv)該目的の嗅覚受容体にアミノ酸残基が存在せず且つ出現頻度60%以上でアミノ酸残基が存在する場合、最も出現頻度が高いアミノ酸残基をコンセンサス残基と同定し、最も出現頻度が高いアミノ酸残基が2種以上存在する場合は、該アミノ酸残基のうち最も分子量が小さいアミノ酸残基をコンセンサス残基と同定する、
(i-v)上記(i-i)~(i-iv)のいずれにも該当しない場合、該目的の嗅覚受容体のアミノ酸残基をコンセンサス残基と同定する、
(ii)上記(i)の基準に従いコンセンサス残基を同定したときに、最もN末端側のコンセンサス残基が該目的の嗅覚受容体のN末端又はそれよりもC末端側に相当する位置のコンセンサス残基であり且つメチオニン残基でない場合、最もN末端に近い位置のメチオニン残基からなるコンセンサス残基よりN末端側のコンセンサス残基をコンセンサス残基なしに変更する、
(iii)上記(i)の基準に従いコンセンサス残基を同定したときに、最もN末端側のコンセンサス残基が該目的の嗅覚受容体のN末端よりもN末端側に相当する位置のコンセンサス残基であり且つメチオニン残基でない場合、該アラインメントの該コンセンサス残基の位置よりN末端側にアミノ酸位置を1つずつ遡り、メチオニン残基が出現するまで、最も出現頻度が高いアミノ酸残基をコンセンサス残基と同定し、最も出現頻度が高いアミノ酸残基が2種以上存在する場合は、該アミノ酸残基のうち最も分子量が小さいアミノ酸残基をコンセンサス残基と同定する。
【0053】
ここで、「出現頻度」とは、アミノ酸配列のアラインメントの各アミノ酸位置における特定のアミノ酸残基の出現数をアラインメントに供したアミノ酸配列数に対する百分率で示したものである。アミノ酸配列のアラインメントは、公知のアルゴリズムにより実行することができる。
【0054】
基準(i)の(i-i)は、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列及び(a)~(d)のいずれかの嗅覚受容体のアミノ酸配列のアラインメントのあるアミノ酸位置において、目的の嗅覚受容体にアミノ酸残基が存在する場合の基準である。このとき、目的の嗅覚受容体のアミノ酸残基と異なり且つ出現頻度50%以上のアミノ酸残基が1種存在すれば、該出現頻度50%以上のアミノ酸残基を該位置のコンセンサス残基と同定する。一方、目的の嗅覚受容体のアミノ酸残基以外のアミノ酸残基の出現頻度がいずれも50%未満であれば、基準(i-v)に従い、該目的の嗅覚受容体のアミノ酸残基を該位置のコンセンサス残基と同定する。
【0055】
基準(i)の(i-ii)は、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列及び(a)~(d)のいずれかの嗅覚受容体のアミノ酸配列のアラインメントのあるアミノ酸位置において、目的の嗅覚受容体にアミノ酸残基が存在する場合の基準である。このとき、出現頻度50%のアミノ酸残基が2種存在すると、2種のうち片方のアミノ酸残基は必ず目的の嗅覚受容体のアミノ酸残基であり、該目的の嗅覚受容体のアミノ酸残基を該位置のコンセンサス残基と同定する。
【0056】
基準(i)の(i-iii)は、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列及び(a)~(d)のいずれかの嗅覚受容体のアミノ酸配列のアラインメントのあるアミノ酸位置において、目的の嗅覚受容体にアミノ酸残基が存在する場合の基準である。このとき、出現頻度40%以上でアミノ酸残基が存在しなければ、該位置にはコンセンサス残基なしと同定する。一方、アミノ酸残基なしの出現頻度が40%未満であれば、上記基準(i-i)に該当するときは、該基準に従って該位置のコンセンサス残基を同定し、該当しないときは、基準(i-v)に従って該目的の嗅覚受容体のアミノ酸残基を該位置のコンセンサス残基と同定する。
【0057】
基準(i)の(i-iv)は、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列及び(a)~(d)のいずれかの嗅覚受容体のアミノ酸配列のアラインメントのあるアミノ酸位置において、目的の嗅覚受容体にアミノ酸残基が存在しない場合の基準である。このとき、出現頻度60%以上でアミノ酸残基が存在すれば、最も出現頻度が高いアミノ酸残基を該位置のコンセンサス残基と同定し、最も出現頻度が高いアミノ酸が2種以上存在する場合は、最も出現頻度が高いアミノ酸のうち最も分子量が小さいアミノ酸残基をコンセンサス残基と同定する。例えば、最も出現頻度が高いアミノ酸残基が1種であれば、該1種のアミノ酸残基を該位置のコンセンサス残基と同定し、最も出現頻度が高いアミノ酸残基が2種以上あれば、そのうちの最も分子量が小さいアミノ酸残基を該位置のコンセンサス残基と同定すればよい。尚、該変更によりコンセンサスアミノ酸配列の全長が目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列の全長よりN末端側に10%以上長くなる場合には、嗅覚受容体の構造の維持の観点から、該コンセンサスアミノ酸配列において該目的の嗅覚受容体のN末端に相当する位置のコンセンサス残基をメチオニン残基とし、該メチオニン残基よりN末端側のコンセンサス残基をなしに変更してもよい。すなわち、該目的の嗅覚受容体のN末端構造をそのまま維持してもよい。一方、アミノ酸残基ありの出現頻度が60%未満であれば、基準(i-v)に従い、該目的の嗅覚受容体のアミノ酸残基を該位置のコンセンサス残基と同定する。すなわち、該位置にはアミノ酸残基なしと同定する。
【0058】
目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列及び(a)~(d)のいずれかの嗅覚受容体のアミノ酸配列のアラインメントのあるアミノ酸位置において、上記(i)の(i-i)~(i-iv)のいずれにも該当しない場合、目的の嗅覚受容体のアミノ酸残基を該位置のコンセンサス残基と同定する。このとき、目的の嗅覚受容体にアミノ酸残基が存在しなければ、コンセンサスアミノ酸配列の該位置にはアミノ酸残基なしと同定すればよい。
【0059】
基準(ii)は、上記基準(i)に従って目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列及び(a)~(d)のいずれかの嗅覚受容体のアミノ酸配列のアラインメントの各アミノ酸位置においてコンセンサス残基を同定したときに、コンセンサス残基のうち最もN末端側に位置するコンセンサス残基が該目的の嗅覚受容体のN末端又はそれよりもC末端側に相当する位置のコンセンサス残基であり且つメチオニン残基でない場合の基準である。このとき、N末端のコンセンサス残基がメチオニン残基となるように、言い換えれば、嗅覚受容体ポリペプチドの翻訳の開始アミノ酸がメチオニン残基となるように、コンセンサス残基のうち最もN末端に近い位置のメチオニン残基からなるコンセンサス残基よりN末端側のコンセンサス残基をコンセンサス残基なしに変更する。例えば、N末端からコンセンサス残基を1残基ずつ確認していき、メチオニン残基でなければ、その位置にはコンセンサス残基なしと同定し、初めてメチオニン残基が出現するまでこれを繰り返せばよい。尚、該変更によりコンセンサスアミノ酸配列の全長が目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列の全長より10%以上短くなる場合には、嗅覚受容体のヘリックス構造の維持の観点から、該変更前のコンセンサス残基のうち最もN末端側のコンセンサス残基をメチオニン残基からなるコンセンサス残基に変更してもよい。このとき、該変更前のコンセンサス残基のうち最もN末端側のコンセンサス残基が、糖鎖修飾及び/又は膜移行に関わるアスパラギン、セリン又はスレオニンであれば、嗅覚受容体の構造の維持の観点から、該変更前のコンセンサス残基のうち最もN末端側のコンセンサス残基は変更せず、該コンセンサス残基に相当する位置よりもN末端側の該目的の嗅覚受容体のアミノ酸残基をコンセンサス残基としてもよい。すなわち、該目的の嗅覚受容体のN末端構造をそのまま維持してもよい。
【0060】
基準(iii)は、上記基準(i)に従って目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列及び(a)~(d)のいずれかの嗅覚受容体のアミノ酸配列のアラインメントの各アミノ酸位置においてコンセンサス残基を同定したときに、最もN末端側のコンセンサス残基が該目的の嗅覚受容体のN末端よりもN末端側に相当する位置のコンセンサス残基であり且つメチオニン残基でない場合の基準である。このとき、N末端のコンセンサス残基がメチオニン残基となるように、言い換えれば、嗅覚受容体ポリペプチドの翻訳の開始アミノ酸がメチオニン残基となるように、最もN末端側のコンセンサス残基の位置よりN末端側にアミノ酸位置を1つずつ遡ってアラインメントを確認し、メチオニン残基が出現するまで、最も出現頻度が高いアミノ酸残基をコンセンサス残基と同定し、最も出現頻度が高いアミノ酸残基が2種以上存在する場合は、該アミノ酸残基のうち最も分子量が小さいアミノ酸残基をコンセンサス残基と同定する。
【0061】
斯くして同定されたコンセンサス残基からなるアミノ酸配列が、コンセンサスアミノ酸配列である。本発明で用いられる嗅覚受容体ポリペプチドは、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列においてコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の少なくとも1個をこれに相当する位置の該コンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変したアミノ酸配列からなる改変嗅覚受容体ポリペプチドである。ここで、「改変」とは、置換、欠失、付加、挿入のいずれをも含む概念である。目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列とコンセンサスアミノ酸配列の違いは、例えば、公知のアルゴリズムによりアミノ酸配列のアラインメントをとって両アミノ酸配列を比較することで見出すことができる。例えば、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列とコンセンサスアミノ酸配列を比較し、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列のあるアミノ酸位置のアミノ酸残基が、コンセンサスアミノ酸配列のこれに相当する位置のアミノ酸残基と異なるアミノ酸残基であれば、目的の嗅覚受容体のアミノ酸残基をコンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基で置換すればよい。あるいは、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列とコンセンサスアミノ酸配列を比較し、コンセンサスアミノ酸配列において目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列のあるアミノ酸位置に相当する位置にアミノ酸残基が存在しなければ、目的の嗅覚受容体の該アミノ酸位置のアミノ酸残基を欠失させればよい。あるいは、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列とコンセンサスアミノ酸配列を比較し、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列においてアミノ酸残基が存在しない位置に相当する位置にコンセンサスアミノ酸配列ではアミノ酸残基が存在すれば、目的の嗅覚受容体の該アミノ酸位置にコンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基を挿入すればよい。尚、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列とコンセンサスアミノ酸配列を比較し、コンセンサスアミノ酸配列の方が目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列に比べN末端が長ければ、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列のN末端にコンセンサスアミノ酸配列にのみ存在するN末端部を付加すればよい。あるいは、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列とコンセンサスアミノ酸配列を比較し、コンセンサスアミノ酸配列の方が目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列に比べC末端が長ければ、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列のC末端にコンセンサスアミノ酸配列にのみ存在するC末端部を付加すればよい。
【0062】
コンセンサスアミノ酸配列が目的の嗅覚受容体及び(a)の嗅覚受容体より導き出される配列である場合、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列において改変されるアミノ酸残基数は、少なくとも1個であり、好ましくは少なくとも3個であり、より好ましくは少なくとも5個であり、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列においてコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の全てがこれらに相当する位置のコンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変される(すなわち、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列がコンセンサスアミノ酸配列に改変される)のがさらに好ましい。コンセンサスアミノ酸配列が目的の嗅覚受容体及び(b)の嗅覚受容体より導き出される配列である場合、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列において改変されるアミノ酸残基数は、少なくとも1個であり、好ましくは少なくとも3個であり、より好ましくは少なくとも5個であり、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列においてコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の全てがこれらに相当する位置のコンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変される(すなわち、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列がコンセンサスアミノ酸配列に改変される)のがさらに好ましい。コンセンサスアミノ酸配列が目的の嗅覚受容体及び(c)の嗅覚受容体より導き出される配列である場合、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列において改変されるアミノ酸残基数は、少なくとも1個であり、好ましくは少なくとも5個であり、より好ましくは少なくとも10個であり、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列においてコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の全てがこれらに相当する位置のコンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変される(すなわち、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列がコンセンサスアミノ酸配列に改変される)のがさらに好ましい。コンセンサスアミノ酸配列が目的の嗅覚受容体及び(d)の嗅覚受容体より導き出される配列である場合、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列において改変されるアミノ酸残基数は、少なくとも1個であり、好ましくは少なくとも5個であり、より好ましくは少なくとも10個であり、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列においてコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の全てがこれらに相当する位置のコンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変される(すなわち、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列がコンセンサスアミノ酸配列に改変される)のがさらに好ましい。
あるいは、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列において改変されるアミノ酸残基数は、コンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基数の好ましくは少なくとも10%、より好ましくは少なくとも30%、さらに好ましくは少なくとも50%、さらに好ましくは少なくとも70%、さらに好ましくは少なくとも90%、さらに好ましくは100%(すなわち、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列がコンセンサスアミノ酸配列に改変される)の数であり得る。
尚、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列に比べコンセンサスアミノ酸配列のN末端が長ければ、アミノ酸残基数にかかわらず、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列のN末端にコンセンサスアミノ酸配列にのみ存在するN末端部を一体として付加して改変するのが好ましい。目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列に比べコンセンサスアミノ酸配列のN末端が短ければ、アミノ酸残基数にかかわらず、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列のN末端から目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列にのみ存在するN末端部を一体として欠失させて改変するのが好ましい。目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列に比べコンセンサスアミノ酸配列のC末端が長ければ、アミノ酸残基数にかかわらず、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列のC末端にコンセンサスアミノ酸配列にのみ存在するC末端部を一体として付加して改変するのが好ましい。目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列に比べコンセンサスアミノ酸配列のC末端が短ければ、アミノ酸残基数にかかわらず、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列のC末端から目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列にのみ存在するC末端部を一体として欠失させて改変するのが好ましい。
本発明で用いられる嗅覚受容体ポリペプチドとしては、その機能が損なわれない限り、上記のコンセンサスアミノ酸配列に基づく改変の対象アミノ酸位置以外のアミノ酸位置に1~数個(例えば、1~10個、1~5個、1~3個)のアミノ酸残基の置換、欠失、付加又は挿入を含むポリペプチドも本発明に含まれる。
【0063】
本実施形態の好ましい一例において、嗅覚受容体ポリペプチドは、下記表1-1~1-5の(1)の嗅覚受容体の(2)の配列番号で示されるアミノ酸配列において(3)の配列番号で示されるコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の少なくとも1個をこれに相当する位置の該コンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変したアミノ酸配列からなる。より好ましくは、該嗅覚受容体ポリペプチドは、下記表1-1~1-5の(3)の配列番号で示されるコンセンサスアミノ酸配列からなる。さらに好ましくは、該嗅覚受容体ポリペプチドは、配列番号99~104、109~118、121、123、125~130、133、136、138、140~146、149~210、485~642、及び851~900のいずれかで示されるアミノ酸配列からなる。尚、配列番号97~107、109~121、123、125~133、135~210、485~639、641、642、及び851~900のいずれかで示されるアミノ酸配列からなる嗅覚受容体ポリペプチドは、オリジナルの嗅覚受容体に比べて、膜発現が高度に向上している。表1-1~1-5において、No.1~270及び272~322の(1)の嗅覚受容体はヒト嗅覚受容体であり、No.271の(1)の嗅覚受容体はマウス嗅覚受容体であり、Accession No.とは、GenBankにおけるAccession No.を示す。
【0064】
【0065】
【0066】
【0067】
【0068】
【0069】
上記表1-1~1-5において、(3)の配列番号97、104、107、119、122、131、134、137、及び146のいずれかで示されるアミノ酸配列からなる嗅覚受容体ポリペプチドは、(a)の嗅覚受容体をコンセンサス化に利用したコンセンサスアミノ酸配列からなる嗅覚受容体ポリペプチドである。配列番号98、105、108、120、123、132、135、138、及び147のいずれかで示されるアミノ酸配列からなる嗅覚受容体ポリペプチドは、(b)の嗅覚受容体をコンセンサス化に利用したコンセンサスアミノ酸配列からなる嗅覚受容体ポリペプチドである。配列番号99~103、106、109~118、121、124~130、133、136、139~144、148~167、169~178、180~210、485、486、488~524、526~589、591~598、600~627、629~642、及び850~885、及び887~900のいずれかで示されるアミノ酸配列からなる嗅覚受容体ポリペプチドは、(c)の嗅覚受容体をコンセンサス化に利用したコンセンサスアミノ酸配列からなる嗅覚受容体ポリペプチドである。そのうち、配列番号210又は900で示されるアミノ酸配列からなる嗅覚受容体ポリペプチドは、上記基準(ii)において、コンセンサス残基のうち最もN末端側のコンセンサス残基をメチオニン残基からなるコンセンサス残基に変更して得られたコンセンサスアミノ酸配列からなる嗅覚受容体ポリペプチドであり、配列番号642で示されるアミノ酸配列からなる嗅覚受容体ポリペプチドは、上記基準(i)の(i-iv)において、目的の嗅覚受容体のN末端構造をそのまま維持して得られたコンセンサスアミノ酸配列からなる嗅覚受容体ポリペプチドである。配列番号145、168、179、487、525、590、599、628、及び886のいずれかで示されるアミノ酸配列からなる嗅覚受容体ポリペプチドは、(d)の嗅覚受容体をコンセンサス化に利用したコンセンサスアミノ酸配列からなる嗅覚受容体ポリペプチドである。
【0070】
本発明の嗅覚受容体ポリペプチドの「発現」とは、当該ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドから、翻訳産物が産生され、且つ翻訳産物が機能的な状態でその作用部位である細胞膜に局在することをいう。本発明の嗅覚受容体ポリペプチドは、当技術分野で公知の手法により、細胞に発現させればよい。例えば、嗅覚受容体ポリペプチドは、該ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを含有するベクターを宿主となる細胞に導入するか、又は該ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを含むDNA断片を宿主となる細胞のゲノムに導入することで、該細胞の細胞膜に発現させることができる。好ましくは、嗅覚受容体ポリペプチドは、該ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを含有するベクターを用いて宿主細胞を形質転換することで、該宿主細胞の細胞膜に発現される。宿主細胞は、外来の嗅覚受容体を機能的に発現できる細胞であればよい。具体的な細胞の例としては、ヒト胚性腎臓細胞(HEK293細胞)、チャイニーズハムスター細胞(CHO細胞)、サル細胞(COS細胞)、単離嗅神経細胞、アフリカツメガエル卵母細胞、昆虫細胞、酵母または細菌等が挙げられるが、これに限定されない。
【0071】
嗅覚受容体ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドは、当技術分野で公知の各種の変異導入技術を使用して得ることができる。例えば、嗅覚受容体ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドは、目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドにおいて、改変すべきアミノ酸残基をコードするヌクレオチド配列を、改変後のアミノ酸残基をコードするヌクレオチド配列に改変することにより得ることができる。
【0072】
目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドへの目的の変異の導入は、当業者に周知の様々な部位特異的変異導入法を用いて行うことができる。部位特異的変異導入法は、例えば、インバースPCR法やアニーリング法などの任意の手法により行うことができる。市販の部位特異的変異導入用キット(例えば、Stratagene社のQuickChange II Site-Directed Mutagenesis Kitや、QuickChange Multi Site-Directed Mutagenesis Kit等)を使用することもできる。
【0073】
あるいは、嗅覚受容体ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドは、人工DNA切断酵素(artificial DNA nucleases又はProgrammable nuclease)を用いたゲノム編集、そのヌクレオチド配列に基づいたDNA合成などによっても取得することができる。
【0074】
嗅覚受容体ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドは、一本鎖又は二本鎖のDNA、cDNA、RNAもしくは他の人工核酸を含み得る。該DNA、cDNA及びRNAは、化学合成されていてもよい。また該ポリヌクレオチドは、オープンリーディングフレーム(ORF)に加えて、非翻訳領域(UTR)のヌクレオチド配列を含んでいてもよい。また該ポリヌクレオチドは、嗅覚受容体の発現用細胞の種にあわせて、コドンが最適化されていてもよい。各種生物が使用するコドンの情報は、Codon Usage Database([www.kazusa.or.jp/codon/])から入手可能である。
【0075】
好ましい一例において、嗅覚受容体ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドは、配列番号211~324、643~800、及び901~950のいずれかで示される塩基配列からなる。該ポリヌクレオチドは、それぞれ、配列番号97~210及び485~642、及び851~900で示されるアミノ酸配列からなる嗅覚受容体ポリペプチドをコードする。より好ましい一例において、嗅覚受容体ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドは、配列番号213~218、223~232、235、237、239~244、247、250、252、254~260、263~324、643~800、及び901~950のいずれかで示される塩基配列からなる。該ポリヌクレオチドは、それぞれ、配列番号99~104、109~118、121、123、125~130、133、136、138、140~146、149~210、485~642、及び851~900で示されるアミノ酸配列からなる嗅覚受容体ポリペプチドをコードする。
【0076】
得られた嗅覚受容体ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドは、ベクター又はDNA断片に組み込むことができる。好ましくは、該ベクターは発現ベクターである。また好ましくは、該ベクターは、嗅覚受容体ポリヌクレオチドを宿主細胞に導入することができ、かつ宿主細胞内で該ポリヌクレオチドを発現することができる発現ベクターである。好ましくは、該ベクターは、プラスミド等の染色体外で自立増殖及び複製可能なベクターであってもよく、又は染色体内に組み込まれるベクターであってもよい。具体的なベクターの例としては、pME18Sが挙げられるが、これに限定されない。
【0077】
該ベクターは、好ましくは、嗅覚受容体ポリペプチドをコードするポリヌクレオチド、及びこれと作動可能に連結された制御領域を含む。該制御領域は、該ベクターが導入された宿主細胞内で、導入された嗅覚受容体ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを発現させるための配列であり、例えば、プロモーターやターミネーター等の発現調節領域、転写開始点などが挙げられる。該制御領域の種類は、ベクターの種類に応じて適宜選択することができる。必要に応じて、該ベクター又はDNA断片はさらに、アンピシリン等の薬剤耐性遺伝子を選択マーカーとして有していてもよい。該制御領域及び選択マーカー遺伝子は、該ベクターに元々含まれているものを使用してもよく、又は嗅覚受容体ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドと一緒に又は別々に該ベクターに組み込まれてもよい。
【0078】
嗅覚受容体ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを含有するDNA断片の例としては、PCR増幅DNA断片及び制限酵素切断DNA断片が挙げられる。好ましくは、該DNA断片は、該ポリヌクレオチド、及びこれと作動可能に連結された制御領域を含む発現カセットであり得る。使用できる制御領域の例は、ベクターの場合と同様である。
【0079】
好適には、嗅覚受容体ポリペプチドの細胞膜発現を促進するために、嗅覚受容体ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドとともに、RTP(receptor-transporting protein)をコードするポリヌクレオチド(本明細書において、RTP遺伝子ともいう)を細胞に導入する。例えば、RTP遺伝子と嗅覚受容体ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドとを含むベクターを構築し、それを宿主細胞に導入してもよく、又はRTP遺伝子を含むベクターと嗅覚受容体ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを含むベクターをそれぞれ宿主細胞に導入してもよい。RTPの例としてはRTP1Sが挙げられ、RTP1Sの例としては、ヒトRTP1Sが挙げられる。ヒトRTP1Sは、GenBankにAY562235として登録されており、配列番号325のヌクレオチド配列を有する遺伝子にコードされる、配列番号326のアミノ酸配列からなるポリペプチドである。
【0080】
宿主細胞へのベクター又はDNA断片の導入には、哺乳動物細胞に関して一般的な形質転換法、例えばエレクトロポレーション法、リポフェクション法、パーティクル・ガン法などを用いることができる。目的のベクター又はDNA断片が導入された形質転換細胞は、選択マーカーを利用して選択することができる。あるいは、細胞のDNAの配列を調べることで目的のベクター又はDNA断片の導入を確認することもできる。
【0081】
上記手順で細胞に導入されたベクター又はDNA断片に含まれる本発明の嗅覚受容体ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドから該嗅覚受容体ポリペプチドが産生され、細胞膜に組み込まれる。よって、本発明の発現方法により発現された嗅覚受容体ポリペプチドは、該嗅覚受容体ポリペプチドを発現するように遺伝的に操作された形質転換細胞の細胞膜に発現される。
【0082】
本発明の嗅覚受容体ポリペプチドの細胞膜発現(量)は、例えば、該嗅覚受容体ポリペプチドに予めFLAGタグなどのタグを融合させておき、該タグを特異的に認識する抗体を用いてフローサイトメトリー法などの公知の手法により測定することができる。
【0083】
本発明の発現方法により発現された嗅覚受容体ポリペプチドは、オリジナルの嗅覚受容体に比して匂い応答性が向上しており、また、オリジナルの嗅覚受容体のリガンド選択性をよく維持している。よって、該嗅覚受容体ポリペプチドの匂い物質に対する応答は、オリジナルの嗅覚受容体の嗅細胞における応答を反映していると見做すことができる。したがって、別の一態様において本発明は、目的の嗅覚受容体の応答の測定方法を提供する。当該方法は、本発明の嗅覚受容体ポリペプチドの発現方法により発現された嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること、を含む。本発明の応答測定方法によれば、目的の嗅覚受容体の応答測定効率を改善でき、従来培養細胞の細胞膜での発現が不十分なために機能解析ができなかった目的の嗅覚受容体の応答の測定を可能にする。
【0084】
本発明の応答測定方法に使用される嗅覚受容体ポリペプチドは、本発明の発現方法で発現された嗅覚受容体ポリペプチドであればよい。該嗅覚受容体ポリペプチドについては、上述のとおりである。該嗅覚受容体ポリペプチドの具体例としては、好ましくは、配列番号97~210、485~642、及び851~900のいずれかで示されるアミノ酸配列からなる嗅覚受容体ポリペプチドが挙げられ、より好ましくは、配列番号99~104、109~118、121、123、125~130、133、136、138、140~146、149~210、485~642、及び851~900のいずれかで示されるアミノ酸配列からなる嗅覚受容体ポリペプチドが挙げられる。該嗅覚受容体ポリペプチドは、匂い物質に対する応答性を失わない限り、任意の形態で使用され得る。例えば、該嗅覚受容体ポリペプチドは、該嗅覚受容体ポリペプチドを発現する形質転換細胞又はその培養物、該嗅覚受容体ポリペプチドを有する該形質転換細胞の膜、該嗅覚受容体ポリペプチドを有する人工脂質二重膜、などの形態で使用され得る。好ましくは、該嗅覚受容体ポリペプチドとして、該嗅覚受容体ポリペプチドを発現する形質転換細胞又はその培養物が使用される。
【0085】
本発明の応答測定方法において、嗅覚受容体ポリペプチドの応答の測定は、嗅覚受容体の応答を測定する方法として当該分野で知られている任意の方法、例えば、細胞内cAMP量測定等によって行えばよい。例えば、嗅覚受容体は、匂い分子によって活性化されると、細胞内のGsファミリーに分類されるGタンパク質αサブユニットと共役してアデニル酸シクラーゼを活性化することで、細胞内cAMP量を増加させることが知られている(Nat.Neurosci.,2004,5:263-278)。一方で、嗅覚受容体は匂い分子により活性化されると、細胞内でGα15などGqファミリーに属するタンパク質とも共役し、細胞内でカルシウムイオン量を増加させることもできる。したがって、匂い分子添加後の細胞内cAMP量もしくはカルシムイオン量、もしくはそれらを介して活性化する下流分子の挙動を指標にすることで、嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定することができる。cAMP量を測定する方法としては、ELISA法やレポータージーンアッセイ等が挙げられる。カルシウムイオン濃度を測定する方法は、カルシウムイメージング法やTGFα shedding assayが挙げられる。また、cAMP量を介して活性化する下流分子の挙動を指標とした方法の例として、アフリカツメガエル卵母細胞において、cAMPシグナルにより活性化する嚢胞性線維症膜コンダクタンス制御因子CFTRを介した細胞膜内外の電位変化を測定する二電極膜電位固定法も有効である。
【0086】
上述したように、本発明の発現方法により発現された嗅覚受容体ポリペプチドの応答は、オリジナルの嗅覚受容体の嗅細胞における応答を反映していると見做すことができるので、該嗅覚受容体ポリペプチドを用いてオリジナルの嗅覚受容体のリガンドを探索することができる。したがって、別の一態様において本発明は、目的の嗅覚受容体のリガンドの探索方法を提供する。当該方法は、試験物質存在下で、本発明の発現方法により発現された嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること、及び該嗅覚受容体ポリペプチドが応答した試験物質を選択すること、を含む。本発明のリガンド探索方法によれば、目的の嗅覚受容体のリガンド探索効率を改善でき、従来培養細胞の細胞膜での発現が十分でないために機能解析ができなかった目的の嗅覚受容体のリガンドの探索を可能にする。
【0087】
本発明のリガンド探索方法に使用される試験物質は、目的の嗅覚受容体のリガンドであるか否かの確認を所望する物質であれば、特に制限されない。試験物質は、天然に存在する物質であっても、化学的もしくは生物学的方法などで人工的に合成した物質であってもよく、又は化合物であっても、組成物もしくは混合物であってもよい。
【0088】
本発明のリガンド探索方法に使用される嗅覚受容体ポリペプチド及びその形態については、本発明の応答測定方法に使用される嗅覚受容体ポリペプチド及びその形態と同様である。
【0089】
本発明のリガンド探索方法においては、本発明の発現方法により発現された嗅覚受容体ポリペプチドに試験物質が適用される。嗅覚受容体ポリペプチドに試験物質を適用する手段としては、該嗅覚受容体ポリペプチドを発現する細胞を培養する培地に試験物質を添加する方法などが挙げられるが、特に限定されない。
【0090】
本発明のリガンド探索方法においては、嗅覚受容体ポリペプチドへの試験物質の添加に続いて、該試験物質に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答が測定される。応答を測定する方法としては、本発明の応答測定方法と同様の手法を使用できる。
【0091】
次いで、測定された嗅覚受容体ポリペプチドの応答に基づいて、試験物質を評価する。該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を引き起こす試験物質は、該嗅覚受容体ポリペプチドのリガンド、すなわちオリジナルの嗅覚受容体のリガンドと判定することができる。したがって、本発明のリガンド探索方法においては、該嗅覚受容体ポリペプチドが応答した試験物質がオリジナルの嗅覚受容体のリガンドとして選択される。
【0092】
好適には、試験物質に対する嗅覚受容体ポリペプチドの応答は、試験物質を添加した嗅覚受容体ポリペプチド(試験群)の応答を、対照群における該嗅覚受容体ポリペプチドの応答と比較することによって評価することができる。対照群としては、試験物質を添加していない該嗅覚受容体ポリペプチド、対照物質を添加した該嗅覚受容体ポリペプチド、より低濃度の試験物質を添加した該嗅覚受容体ポリペプチド、試験物質を添加する前の該嗅覚受容体ポリペプチド、などを挙げることができる。試験群における応答が対照群と比べてより高い場合、該嗅覚受容体ポリペプチドは該試験物質に応答したと評価され、該試験物質はオリジナルの嗅覚受容体のリガンドとして選択される。
【0093】
したがって、本発明のリガンド探索方法の一実施形態においては、試験物質の存在下及び非存在下での嗅覚受容体ポリペプチドの応答が測定され、次いで、試験物質の存在下での応答が、試験物質非存在下での応答に比べて高いか否かが判定される。試験物質の存在下での応答がより高い場合、該試験物質はリガンドとして選択される。好ましい実施形態においては、試験物質の存在下での嗅覚受容体ポリペプチドの応答強度が、試験物質非存在下と比較して、好ましくは120%以上、より好ましくは150%以上、さらに好ましくは200%以上であれば、該試験物質はオリジナルの嗅覚受容体のリガンドとして選択される。別の好ましい実施形態においては、試験物質の存在下での嗅覚受容体ポリペプチドの応答強度が、試験物質非存在下と比較して統計学的に有意に増加していれば、該試験物質はオリジナルの嗅覚受容体のリガンドとして選択される。
【0094】
また、上述したように、本発明の発現方法により発現された嗅覚受容体ポリペプチドの応答は、オリジナルの嗅覚受容体の嗅細胞における応答を反映していると見做すことができるので、該嗅覚受容体ポリペプチドを用いてオリジナルの嗅覚受容体におけるリガンド(におい物質)のにおい認識を抑制する物質を評価及び/又は選択することができる。該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する物質は、該嗅覚受容体ポリペプチドのリガンド応答に変化を生じさせ、すなわちオリジナルの嗅覚受容体のリガンド応答に変化を生じさせ、結果として、嗅覚受容体アンタゴニズムに基づいてリガンドのにおいを選択的に抑制することができる。一方、該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を増強する物質は、該嗅覚受容体ポリペプチドのリガンド応答に変化を生じさせ、すなわちオリジナルの嗅覚受容体受容体のリガンド応答に変化を生じさせ、結果として、嗅覚受容体アゴニズムによるにおいの交差順応に基づいてリガンドのにおいを選択的に抑制することができる。
【0095】
したがって、別の一態様において本発明は、目的の嗅覚受容体のリガンドのにおいの抑制剤の評価及び/又は選択方法を提供する。当該方法は、試験物質添加後の該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定することを含む。測定された応答に基づいて、該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制又は増強する試験物質が検出される。検出された試験物質は、標的のリガンドのにおいの抑制剤として選択される。すなわち、該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する試験物質は、嗅覚受容体アンタゴニズムに基づく該リガンドのにおいの抑制剤として選択され、該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を増強する試験物質は、嗅覚受容体アゴニズムによるにおいの交差順応に基づく該リガンドのにおいの抑制剤として選択される。目的の嗅覚受容体のリガンドとしては、本発明のリガンドの探索方法により選択されたリガンドが好ましい。本発明のにおい抑制剤の評価及び/又は選択方法によれば、標的のリガンドのにおいを選択的に抑制することができる物質を効率よく評価又は選択することができ、標的のリガンドが従来培養細胞の細胞膜での発現が十分でないために機能解析ができなかった嗅覚受容体のリガンドである場合でも、該リガンドのにおいを選択的に抑制することができる物質を評価又は選択することができる。
【0096】
本発明のにおい抑制剤の評価及び/又は選択は、in vitro又はex vivoで行われる方法であり得る。
【0097】
本発明のにおい抑制剤の評価及び/又は選択方法に使用される試験物質は、標的のリガンドのにおいの抑制剤として使用することを所望する物質であれば、特に制限されない。試験物質は、天然に存在する物質であっても、化学的若しくは生物学的方法等で人工的に合成した物質であってもよく、又は化合物であっても、組成物若しくは混合物であってもよい。
【0098】
本発明のにおい抑制剤の評価及び/又は選択方法に使用される嗅覚受容体ポリペプチド及びその形態については、本発明の応答測定方法に使用される嗅覚受容体ポリペプチド及びその形態と同様である。
【0099】
本発明のにおい抑制剤の評価及び/又は選択方法においては、本発明の発現方法により発現された嗅覚受容体ポリペプチドに試験物質が適用される。嗅覚受容体ポリペプチドに試験物質を適用する手段としては、該嗅覚受容体ポリペプチドを発現する細胞を培養する培地に試験物質を添加する方法などが挙げられるが、特に限定されない。
【0100】
本発明のにおい抑制剤の評価及び/又は選択方法においては、嗅覚受容体ポリペプチドへの試験物質の添加に続いて、該試験物質に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答が測定される。応答を測定する方法としては、本発明の応答測定方法と同様の手法を使用できる。
【0101】
第一の実施形態において、本発明のにおい抑制剤の評価及び/又は選択方法は、本発明の発現方法により発現された嗅覚受容体ポリペプチドに試験物質及び標的のリガンドを添加すること、及び該リガンドに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること、を含む。嗅覚受容体ポリペプチドにリガンドを適用する方法としては、試験物質を適用する方法と同様の手法を使用できる。次いで、測定した応答に基づいて、該リガンドに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する試験物質を検出する。検出された試験物質は、該リガンドのにおいの抑制剤として選択される。
【0102】
該第一の実施形態においては、該嗅覚受容体ポリペプチドの該リガンドに対する応答を抑制する試験物質は、嗅覚受容体アンタゴニズムに基づく該リガンドのにおいの抑制剤として選択される。該嗅覚受容体ポリペプチドの該リガンドへの応答に対して該試験物質が及ぼす作用は、例えば、試験物質を添加した該嗅覚受容体ポリペプチド(試験群)の該リガンドに対する応答を、対照群における該リガンドに対する応答と比較することによって評価することができる。対照群の例としては、試験物質を添加していない該嗅覚受容体ポリペプチド、対照物質を添加した該嗅覚受容体ポリペプチド、より低濃度の試験物質を添加した該嗅覚受容体ポリペプチド、試験物質を添加する前の該嗅覚受容体ポリペプチド、該嗅覚受容体ポリペプチドが発現していない細胞、などを挙げることができる。好ましくは、該第一の実施形態における本発明のにおい抑制剤の評価及び/又は選択方法は、試験物質の存在下及び非存在下で、該リガンドに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの活性を測定することを含む。
【0103】
例えば、試験群における応答が、対照群よりも抑制されていた場合、該試験物質を、標的のリガンドに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する物質、すなわち該リガンドに対するオリジナルの嗅覚受容体の応答を抑制する物質として同定することができる。例えば、試験群における該嗅覚受容体ポリペプチドの応答が、対照群と比較して好ましくは60%以下、より好ましくは50%以下、さらに好ましくは25%以下に抑制されていれば、該試験物質を、該リガンドに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する物質、すなわち該リガンドに対するオリジナルの嗅覚受容体の応答を抑制する物質として同定することができる。あるいは、試験群における該嗅覚受容体ポリペプチドの応答が、対照群と比較して統計学的に有意に抑制されていれば、該試験物質を、該リガンドに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する物質、すなわち該リガンドに対するオリジナルの嗅覚受容体の応答を抑制する物質として同定することができる。
【0104】
第二の実施形態において、本発明のにおい抑制剤の評価及び/又は選択方法は、本発明の発現方法により発現された嗅覚受容体ポリペプチドに試験物質を添加すること、及び該試験物質に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること、を含む。次いで、測定した応答に基づいて、標的のリガンドに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を増強する試験物質を検出する。検出された試験物質は、該リガンドのにおいの抑制剤として選択される。
【0105】
該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を増強する試験物質は、先に嗅覚受容体の応答を増強させておくことで、後で標的のリガンドに曝露されたときの該嗅覚受容体の応答を弱めることができる。結果、におい交差順応に基づいて、個体による該リガンドのにおいの認識を抑制することができる。したがって、該第二の実施形態では、嗅覚受容体アゴニズムによるにおいの交差順応に基づくリガンドのにおいの抑制剤が選択される。
【0106】
該嗅覚受容体ポリペプチドに対する試験物質の作用は、例えば、試験物質を添加した該嗅覚受容体ポリペプチド(試験群)の応答を、対照群における応答と比較することによって評価することができる。対照群の例としては、上述したものが挙げられる。好ましくは、該第二の実施形態における本発明のにおい抑制剤の評価及び/又は選択方法は、試験物質の存在下及び非存在下での該嗅覚受容体ポリペプチドの活性を測定することを含む。また好ましくは、該第二の実施形態における本発明のにおい抑制剤の評価及び/又は選択方法は、試験物質の存在下で、該嗅覚受容体ポリペプチドが発現した細胞及び未発現の細胞の該リガンドに対する応答を測定することを含む。
【0107】
例えば、試験群における応答が対照群と比べて増強されていた場合、該試験物質を、標的のリガンドに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する物質、すなわち該リガンドに対するオリジナルの嗅覚受容体の応答を抑制する物質として同定することができる。例えば、試験群における該嗅覚受容体ポリペプチドの応答が、対照群と比較して、好ましくは120%以上、より好ましくは150%以上、さらに好ましくは200%に増強されていれば、該試験物質を、該リガンドに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する物質、すなわち該リガンドに対するオリジナルの嗅覚受容体の応答を抑制する物質として同定することができる。あるいは、試験群における該嗅覚受容体ポリペプチドの応答が、対照群と比較して統計学的に有意に増強されていれば、該試験物質を、該リガンドに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する物質、すなわち該リガンドに対するオリジナルの嗅覚受容体の応答を抑制する物質として同定することができる。
【0108】
上記の手順で同定された試験物質は、標的のリガンドに対する嗅覚受容体の応答を抑制することによって、個体による該リガンドのにおいの認識を抑制することができる物質である。したがって、上記手順で同定された試験物質は、該リガンドのにおいの抑制剤として選択することができる。本発明のにおい抑制剤の評価及び/又は選択方法によって標的のリガンドのにおいの抑制剤として選択された物質は、該リガンドに対する嗅覚受容体の応答抑制によって、該リガンドのにおいを抑制することができる。
【0109】
したがって、一実施形態において、本発明のリガンドのにおい抑制剤の評価及び/又は選択方法によって選択された物質は、該リガンドのにおいの抑制剤の有効成分であり得る。あるいは、本発明のリガンドのにおいの抑制剤の評価及び/又は選択方法によって選択された物質は、該リガンドのにおいを抑制するための化合物又は組成物に、該リガンドのにおいを抑制するための有効成分として含有され得る。またあるいは、本発明のリガンドのにおいの抑制剤の評価及び/又は選択方法によって選択された物質は、該リガンドのにおいの抑制剤の製造のため、又は該リガンドのにおいを抑制するための化合物若しくは組成物の製造のために使用することができる。該物質によれば、従来の消臭剤または芳香剤を用いる消臭方法において生じていた芳香剤の強いにおいに基づく不快感等や、他のにおいをも抑えてしまうという問題を生じることがなく、標的のリガンドのにおいを消臭することができる。
【0110】
以下に、本発明の目的の嗅覚受容体のリガンドの探索方法及び目的の嗅覚受容体のリガンドのにおいの抑制剤の評価及び/又は選択方法の一例について述べる。
後述の実施例に示すとおり、いずれも硫黄化合物であるメチルメルカプタン、ジメチルスルフィド、ジメチルジスルフィド又はジメチルトリスルフィドの存在下で、本発明の発現方法により発現されたコンセンサス嗅覚受容体の応答を測定したところ、コンセンサスOR2T29、コンセンサスOR4K17、コンセンサスOR2T27、コンセンサスOR2T5、コンセンサスOR2T4、コンセンサスOR11H2、コンセンサスOR6B3、コンセンサスOR12D3、コンセンサスOR2T11、コンセンサスOR2T1、コンセンサスOR4C15、コンセンサスOR4E2及びコンセンサスOR2L13は、金属イオン存在下でメチルメルカプタンに応答した(
図10)。コンセンサスOR4K17、コンセンサスOR11H2、コンセンサスOR4C15及びコンセンサスOR4E2は、金属イオン存在下でジメチルスルフィドに応答した(
図10)。コンセンサスOR2T29、コンセンサスOR4K17、コンセンサスOR2T27、コンセンサスOR2T5、コンセンサスOR2T4、コンセンサスOR11H2、コンセンサスOR6B3、コンセンサスOR12D3、コンセンサスOR2T11、コンセンサスOR2T1、コンセンサスOR4C15、コンセンサスOR4E2及びコンセンサスOR2L13は、金属イオン存在下でジメチルジスルフィドに応答した(
図10)。また、コンセンサスOR2T29、コンセンサスOR2T4、コンセンサスOR11H2、コンセンサスOR6B3、コンセンサスOR12D3、コンセンサスOR6B1、コンセンサスOR2T11、コンセンサスOR2T1、コンセンサスOR4C15、コンセンサスOR4E2及びコンセンサスOR2L13は、金属イオン存在下でジメチルトリスルフィドに応答した(
図10)。上記の各コンセンサス嗅覚受容体の応答を引き起こす各硫黄化合物は、該各コンセンサス嗅覚受容体のリガンド、すなわち該各コンセンサス嗅覚受容体が由来するオリジナルの嗅覚受容体のリガンドである。
【0111】
OR2T29、OR4K17、OR2T27、OR2T5、OR2T4、OR11H2、OR6B3、OR12D3及びOR6B1が硫黄化合物に応答すること、特に金属イオン存在下で応答すること、又はその可能性があることはこれまで認識されていなかった。一方、OR2T11及びOR2T1が金属イオン存在下でメチルメルカプタンに応答すること(特許第6122181号公報)、OR4C15及びOR2L13がジメチルトリスルフィドに応答すること(特表2020-510436号公報)、OR4E2が金属イオン存在下で3-メルカプト-3-メチルブタノール及びジアリルトリスルフィドに応答すること(特表2020-513564号公報)、OR2T11がジメチルジスルフィド、メタンチオール、エタンチオール、1-プロパンチオール、2-プロパンチオール、1-ブタンチオール、2―メチル-2-プロパンチオール、2-メチル―1-プロパンチオール、2-ブタンチオール、3-メチル-2-ブタンチオール、2-ペンタンチオール、シクロペンタンチオールに応答すること(Block E et al. Nat. Prod. Rep., 34(5):529-557 (2017))は知られていたが、これらがその他の硫黄化合物に応答すること、特に金属イオン存在下で応答することはこれまで知られていなかった。
【0112】
よって、OR2T29、OR4K17、OR2T27、OR2T5、OR2T4、OR11H2、OR6B3、OR12D3及びOR6B1は、新たに見出された硫黄化合物受容体である。換言すれば、硫黄化合物は、OR2T29、OR4K17、OR2T27、OR2T5、OR2T4、OR11H2、OR6B3、OR12D3及びOR6B1の新たに見出されたリガンドである。また、OR4C15、OR4E2及びOR2L13は、新たに見出されたメチルメルカプタン受容体であり、OR4C15及びOR4E2は、新たに見出されたジメチルスルフィド受容体であり、OR2T1、OR4C15、OR4E2及びOR2L13は、新たに見出されたジメチルジスルフィド受容体であり、OR2T11、OR2T1及びOR4E2は、新たに見出されたジメチルトリスルフィド受容体である。換言すれば、メチルメルカプタンは、OR4C15、OR4E2及びOR2L13の新たに見出されたリガンドであり、ジメチルスルフィドは、OR4C15及びOR4E2の新たに見出されたリガンドであり、ジメチルジスルフィドは、OR2T1、OR4C15、OR4E2及びOR2L13の新たに見出されたリガンドであり、ジメチルトリスルフィドは、OR2T11、OR2T1及びOR4E2の新たに見出されたリガンドである。
【0113】
したがって、本発明の目的の嗅覚受容体のリガンドのにおい抑制剤の評価及び/又は選択方法に従い、試験物質添加後のコンセンサスOR2T29、コンセンサスOR4K17、コンセンサスOR2T27、コンセンサスOR2T5、コンセンサスOR2T4、コンセンサスOR11H2、コンセンサスOR6B3、コンセンサスOR12D3及びコンセンサスOR6B1からなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドの応答を金属イオン存在下で測定することで、硫黄化合物を原因とするにおいの抑制剤を評価及び/又は選択することが可能となる。該方法においては、コンセンサスOR2T11、OR4S2、コンセンサスOR2T1、コンセンサスOR4C15、コンセンサスOR4E2及びコンセンサスOR2L13からなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドの応答をさらに測定してもよい。より具体的には、試験物質添加後のコンセンサスOR4C15、コンセンサスOR4E2及びコンセンサスOR2L13からなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドの応答を金属イオン存在下で測定することで、メチルメルカプタンを原因とするにおいの抑制剤を評価及び/又は選択することが可能となる。試験物質添加後のコンセンサスOR4C15及びコンセンサスOR4E2からなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドの応答を金属イオン存在下で測定することで、ジメチルスルフィドを原因とするにおいの抑制剤を評価及び/又は選択することが可能となる。試験物質添加後のコンセンサスOR2T1、コンセンサスOR4C15、コンセンサスOR4E2及びコンセンサスOR2L13からなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドの応答を金属イオン存在下で測定することで、ジメチルジスルフィドを原因とするにおいの抑制剤を評価及び/又は選択することが可能となる。また、試験物質添加後のコンセンサスOR2T11、コンセンサスOR2T1及びコンセンサスOR4E2からなる群より選択される少なくとも1種の嗅覚受容体ポリペプチドの応答を金属イオン存在下で測定することで、ジメチルトリスルフィドを原因とするにおいの抑制剤を評価及び/又は選択することが可能となる。
【0114】
ここで、「硫黄化合物」とは、硫黄を含有する化合物の総称である。好ましくは、硫黄化合物は、チオール又はスルフィド化合物である。より好ましい硫黄化合物の例としては、メチルメルカプタン、ジメチルスルフィド、ジメチルジスルフィド又はジメチルトリスルフィドが挙げられる。
【0115】
「硫黄化合物を原因とするにおい」とは、上述した硫黄化合物により生じるにおいであり、好ましくは、チオール又はスルフィド化合物により生じるにおいであり、より好ましくは、メチルメルカプタン、ジメチルスルフィド、ジメチルジスルフィド及びジメチルトリスルフィドからなる群より選択される少なくとも1種により生じるにおいである。例えば、メチルメルカプタンのにおいは、パーマネント剤から発せられる悪臭、糞便臭、体臭、口臭、わきが、加齢臭、老人臭、生ごみ臭等に含まれる。ジメチルスルフィド、ジメチルジスルフィド又はジメチルトリスルフィドのにおいは、パーマネント剤から発せられる悪臭、口臭、生ごみ臭、汚水臭、排水口から発せられる悪臭等に含まれる。したがって、代表的には、「硫黄化合物を原因とするにおい」とは、パーマネント剤から発せられる悪臭、糞便臭、体臭、口臭、わきが、加齢臭、老人臭、生ごみ臭、汚水臭、排水口から発せられる悪臭であり得、好ましくは、パーマネント剤の悪臭、口臭である。本発明のにおいの抑制剤の評価及び/又は選択方法によれば、悪臭である硫黄化合物を原因とするにおいを選択的に抑制することができる物質を効率よく評価又は選択することができる。
【0116】
また、上述したように、本発明の発現方法により発現された嗅覚受容体ポリペプチドの応答は、オリジナルの嗅覚受容体の嗅細胞における応答を反映していると見做すことができるので、該嗅覚受容体ポリペプチドを用いてオリジナルの嗅覚受容体におけるリガンド(におい物質)のにおい認識を増強する物質を評価及び/又は選択することができる。該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を増強する物質は、該嗅覚受容体ポリペプチドのリガンド応答に変化を生じさせ、すなわちオリジナルの嗅覚受容体のリガンド応答に変化を生じさせ、結果として、リガンドのにおいを選択的に増強することができる。
【0117】
したがって、別の一態様において本発明は、目的の嗅覚受容体のリガンドのにおいの増強剤の評価及び/又は選択方法を提供する。当該方法は、本発明の発現方法により発現された嗅覚受容体ポリペプチドに試験物質及び標的のリガンドを添加すること、及び該リガンドに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること、を含む。目的の嗅覚受容体のリガンドとしては、本発明のリガンドの探索方法により選択されたリガンドが好ましい。本発明のにおい増強剤の評価及び/又は選択方法によれば、標的のリガンドのにおいを選択的に増強することができる物質を効率よく評価又は選択することができ、標的のリガンドが従来培養細胞の細胞膜での発現が十分でないために機能解析ができなかった嗅覚受容体のリガンドである場合でも、該リガンドのにおいを選択的に増強することができる物質を評価又は選択することができる。
【0118】
本発明のにおい増強剤の評価及び/又は選択は、in vitro又はex vivoで行われる方法であり得る。
【0119】
本発明のにおい増強剤の評価及び/又は選択方法に使用される試験物質は、標的のリガンドのにおいの増強剤として使用することを所望する物質であれば、特に制限されない。試験物質は、天然に存在する物質であっても、化学的若しくは生物学的方法等で人工的に合成した物質であってもよく、又は化合物であっても、組成物若しくは混合物であってもよい。
【0120】
本発明のにおい増強剤の評価及び/又は選択方法に使用される嗅覚受容体ポリペプチド及びその形態については、本発明の応答測定方法に使用される嗅覚受容体ポリペプチド及びその形態と同様である。
【0121】
本発明のにおい増強剤の評価及び/又は選択方法においては、本発明の発現方法により発現された嗅覚受容体ポリペプチドに試験物質及び標的のリガンドが適用される。嗅覚受容体ポリペプチドに試験物質及び標的のリガンドを適用する手段としては、該嗅覚受容体ポリペプチドを発現する細胞を培養する培地に試験物質及び標的のリガンドを添加する方法などが挙げられるが、特に限定されない。
【0122】
本発明のにおい増強剤の評価及び/又は選択方法においては、嗅覚受容体ポリペプチドへの試験物質及び標的のリガンドの添加に続いて、該リガンドに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答が測定される。応答を測定する方法としては、本発明の応答測定方法と同様の手法を使用できる。
【0123】
次いで、測定した応答に基づいて、該リガンドに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を増強する試験物質を検出する。検出された試験物質は、該リガンドのにおいの増強剤として選択される。
【0124】
該嗅覚受容体ポリペプチドの該リガンドに対する応答を増強する試験物質は、該リガンドのにおいの増強剤として選択される。該嗅覚受容体ポリペプチドの該リガンドへの応答に対して該試験物質が及ぼす作用は、例えば、試験物質を添加した該嗅覚受容体ポリペプチド(試験群)の該リガンドに対する応答を、対照群における該リガンドに対する応答と比較することによって評価することができる。対照群の例としては、試験物質を添加していない該嗅覚受容体ポリペプチド、対照物質を添加した該嗅覚受容体ポリペプチド、より低濃度の試験物質を添加した該嗅覚受容体ポリペプチド、試験物質を添加する前の該嗅覚受容体ポリペプチド、該嗅覚受容体ポリペプチドが発現していない細胞、などを挙げることができる。好ましくは、本発明のにおい増強剤の評価及び/又は選択方法は、試験物質の存在下及び非存在下で、該リガンドに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの活性を測定することを含む。
【0125】
例えば、試験群における応答が、対照群よりも増強されていた場合、該試験物質を、標的のリガンドに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を増強する物質、すなわち該リガンドに対するオリジナルの嗅覚受容体の応答を増強する物質として同定することができる。例えば、試験群における該嗅覚受容体ポリペプチドの応答が、対照群と比較して好ましくは120%以上、より好ましくは150%以上、さらに好ましくは200%以上に増強されていれば、該試験物質を、該リガンドに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を増強する物質、すなわち該リガンドに対するオリジナルの嗅覚受容体の応答を増強する物質として同定することができる。あるいは、試験群における該嗅覚受容体ポリペプチドの応答が、対照群と比較して統計学的に有意に増強されていれば、該試験物質を、該リガンドに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を増強する物質、すなわち該リガンドに対するオリジナルの嗅覚受容体の応答を増強する物質として同定することができる。
【0126】
上記の手順で同定された試験物質は、標的のリガンドに対する嗅覚受容体の応答を増強することによって、個体による該リガンドのにおいの認識を増強することができる物質である。したがって、上記手順で同定された試験物質は、該リガンドのにおいの増強剤として選択することができる。本発明のにおい増強剤の評価及び/又は選択方法によって標的のリガンドのにおいの増強剤として選択された物質は、該リガンドに対する嗅覚受容体の応答増強によって、該リガンドのにおいを増強することができる。
【0127】
したがって、一実施形態において、本発明のリガンドのにおいの増強剤の評価及び/又は選択方法によって選択された物質は、該リガンドのにおいの増強剤の有効成分であり得る。あるいは、本発明のリガンドのにおいの増強剤の評価及び/又は選択方法によって選択された物質は、該リガンドのにおいを増強するための化合物又は組成物に、該リガンドのにおいを増強するための有効成分として含有され得る。またあるいは、本発明のリガンドのにおいの増強剤の評価及び/又は選択方法によって選択された物質は、該リガンドのにおいの増強剤の製造のため、又は該リガンドのにおいを増強するための化合物若しくは組成物の製造のために使用することができる。該物質によれば、例えば、標的のリガンドの良好なにおいを増強することができる。
【0128】
本発明の例示的実施形態として、さらに以下の組成物、製造方法、用途あるいは方法を本明細書に開示する。ただし、本発明はこれらの実施形態に限定されない。
【0129】
〔1〕嗅覚受容体ポリペプチドの発現方法であって、
目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列においてコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の少なくとも1個をこれに相当する位置の該コンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変したアミノ酸配列からなる嗅覚受容体ポリペプチドを細胞に発現させることを含み、
該コンセンサスアミノ酸配列が、該目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列及び下記(a)~(d)のいずれかの嗅覚受容体:
(a)該目的の嗅覚受容体の由来の生物種と同じ目における該目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体からなる群より選択される少なくとも11種の嗅覚受容体;
(b)該目的の嗅覚受容体の由来の生物種と同じ目における該目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体及び該目的の嗅覚受容体のパラログにコードされる嗅覚受容体からなる群より選択される少なくとも11種の嗅覚受容体であって、該11種の嗅覚受容体に該目的の嗅覚受容体のパラログにコードされる嗅覚受容体を少なくとも1種含む嗅覚受容体;
(c)脊椎動物における該目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体からなる群より選択される少なくとも11種の嗅覚受容体であって、該11種の嗅覚受容体に該目的の嗅覚受容体の由来の生物種と異なる目の脊椎動物のオルソログにコードされる嗅覚受容体を少なくとも1種含む嗅覚受容体;
(d)脊椎動物における該目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体と、脊椎動物にオルソログが11種以上存在する該目的の嗅覚受容体のパラログのうち該目的の嗅覚受容体と最も相同性の高いパラログの脊椎動物におけるオルソログにコードされる嗅覚受容体とからなる群より選択される少なくとも11種の嗅覚受容体であって、該11種の嗅覚受容体に該目的の嗅覚受容体の由来の生物種と異なる目の脊椎動物のオルソログにコードされる嗅覚受容体を少なくとも1種含む嗅覚受容体、及び該パラログにコードされる嗅覚受容体、
のアミノ酸配列のアラインメントから導き出されるアミノ酸配列である、
方法。
〔2〕嗅覚受容体ポリペプチドの発現向上方法である、〔1〕記載の方法。
〔3〕目的の嗅覚受容体の機能化方法であって、
目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列においてコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の少なくとも1個をこれに相当する位置の該コンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変したアミノ酸配列からなる嗅覚受容体ポリペプチドを細胞に発現させることを含み、
該コンセンサスアミノ酸配列が、該目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列及び下記(a)~(d)のいずれかの嗅覚受容体:
(a)該目的の嗅覚受容体の由来の生物種と同じ目における該目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体からなる群より選択される少なくとも11種の嗅覚受容体;
(b)該目的の嗅覚受容体の由来の生物種と同じ目における該目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体及び該目的の嗅覚受容体のパラログにコードされる嗅覚受容体からなる群より選択される少なくとも11種の嗅覚受容体であって、該11種の嗅覚受容体に該目的の嗅覚受容体のパラログにコードされる嗅覚受容体を少なくとも1種含む嗅覚受容体;
(c)脊椎動物における該目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体からなる群より選択される少なくとも11種の嗅覚受容体であって、該11種の嗅覚受容体に該目的の嗅覚受容体の由来の生物種と異なる目の脊椎動物のオルソログにコードされる嗅覚受容体を少なくとも1種含む嗅覚受容体;
(d)脊椎動物における該目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体と、脊椎動物にオルソログが11種以上存在する該目的の嗅覚受容体のパラログのうち該目的の嗅覚受容体と最も相同性の高いパラログの脊椎動物におけるオルソログにコードされる嗅覚受容体からなる群より選択される少なくとも11種の嗅覚受容体であって、該11種の嗅覚受容体に該目的の嗅覚受容体の由来の生物種と異なる目の脊椎動物のオルソログにコードされる嗅覚受容体を少なくとも1種含む嗅覚受容体、及び該パラログにコードされる嗅覚受容体、
のアミノ酸配列のアラインメントから導き出されるアミノ酸配列である、
方法。
〔4〕前記コンセンサスアミノ酸配列が、前記目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列及び前記(a)~(d)のいずれかの嗅覚受容体のアミノ酸配列のアラインメントから以下の(i)~(iii)の基準に従い同定したコンセンサス残基からなるアミノ酸配列である、〔1〕~〔3〕のいずれか1項記載の方法:
(i)該アラインメントの各アミノ酸位置において、
(i-i)該目的の嗅覚受容体のアミノ酸残基と異なり且つ出現頻度50%以上のアミノ酸残基が1種存在する場合、該アミノ酸残基をコンセンサス残基と同定する、
(i-ii)出現頻度50%のアミノ酸残基が2種存在する場合、該目的の嗅覚受容体のアミノ酸残基をコンセンサス残基と同定する、
(i-iii)該目的の嗅覚受容体にアミノ酸残基が存在し且つ出現頻度40%以上でアミノ酸残基が存在しない場合、コンセンサス残基なしと同定する、
(i-iv)該目的の嗅覚受容体にアミノ酸残基が存在せず且つ出現頻度60%以上でアミノ酸残基が存在する場合、最も出現頻度が高いアミノ酸残基をコンセンサス残基と同定し、最も出現頻度が高いアミノ酸残基が2種以上存在する場合は、該アミノ酸残基のうち最も分子量が小さいアミノ酸残基をコンセンサス残基と同定する、
(i-v)上記(i-i)~(i-iv)のいずれにも該当しない場合、該目的の嗅覚受容体のアミノ酸残基をコンセンサス残基と同定する、
(ii)上記(i)の基準に従いコンセンサス残基を同定したときに、最もN末端側のコンセンサス残基が該目的の嗅覚受容体のN末端又はそれよりもC末端側に相当する位置のコンセンサス残基であり且つメチオニン残基でない場合、最もN末端に近い位置のメチオニン残基からなるコンセンサス残基よりN末端側のコンセンサス残基をコンセンサス残基なしに変更する、
(iii)上記(i)の基準に従いコンセンサス残基を同定したときに、最もN末端側のコンセンサス残基が該目的の嗅覚受容体のN末端よりもN末端側に相当する位置のコンセンサス残基であり且つメチオニン残基でない場合、該アラインメントの該コンセンサス残基の位置よりN末端側にアミノ酸位置を1つずつ遡り、メチオニン残基が出現するまで、最も出現頻度が高いアミノ酸残基をコンセンサス残基と同定し、最も出現頻度が高いアミノ酸残基が2種以上存在する場合は、該アミノ酸残基のうち最も分子量が小さいアミノ酸残基をコンセンサス残基と同定する。
〔5〕前記(a)の嗅覚受容体が、前記目的の嗅覚受容体の由来の生物種と同じ目における該目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体からなる群より選択される好ましくは少なくとも15種の嗅覚受容体である、〔1〕~〔4〕のいずれか1項記載の方法。
〔6〕前記(b)の嗅覚受容体が、前記目的の嗅覚受容体の由来の生物種と同じ目における該目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体及び該目的の嗅覚受容体のパラログにコードされる嗅覚受容体からなる群より選択される好ましくは少なくとも25種の嗅覚受容体、より好ましくは少なくとも35種の嗅覚受容体であり、
該目的の嗅覚受容体をコードする遺伝子と最も高い相同性を有するパラログにコードされる嗅覚受容体を含む、〔1〕~〔4〕のいずれか1項記載の方法。
〔7〕前記(c)の嗅覚受容体が、前記脊椎動物における該目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体からなる群より選択される好ましくは少なくとも15種の嗅覚受容体、より好ましくは少なくとも30種の嗅覚受容体であり、
該目的の嗅覚受容体の由来の生物種と異なる目の脊椎動物のオルソログにコードされる嗅覚受容体を少なくとも1種、好ましくは5種、より好ましくは10種含む、〔1〕~〔4〕のいずれか1項記載の方法。
〔8〕前記(d)の嗅覚受容体が、前記脊椎動物における該目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体と、前記脊椎動物にオルソログが11種以上存在する前記目的の嗅覚受容体のパラログのうち該目的の嗅覚受容体と最も相同性の高いパラログの脊椎動物におけるオルソログにコードされる嗅覚受容体とからなる群より選択される好ましくは少なくとも30種の嗅覚受容体、より好ましくは少なくとも60種の嗅覚受容体、及び該パラログにコードされる嗅覚受容体であり、
該目的の嗅覚受容体の由来の生物種と異なる目の脊椎動物のオルソログにコードされる嗅覚受容体を少なくとも1種、好ましくは5種、より好ましくは10種含む、〔1〕~〔4〕のいずれか1項記載の方法。
〔9〕前記アラインメントが、好ましくは前記目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列及び前記(c)の嗅覚受容体のアラインメントである、〔1〕~〔8〕のいずれか1項記載の方法。
〔10〕前記目的の嗅覚受容体がヒト嗅覚受容体である、〔1〕~〔9〕のいずれか1項記載の方法。
〔11〕前記嗅覚受容体ポリペプチドが、好ましくは下記表2-1~2-5の(1)の嗅覚受容体の(2)の配列番号で示されるアミノ酸配列において(3)の配列番号で示されるコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の少なくとも1個をこれに相当する位置の該コンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変したアミノ酸配列からなり、より好ましくは下記表2-1~2-5の(3)の配列番号で示されるコンセンサスアミノ酸配列からなる、〔1〕~〔8〕のいずれか1項記載の方法。
【0130】
【0131】
【0132】
【0133】
【0134】
【0135】
〔12〕前記嗅覚受容体ポリペプチドが、好ましくは配列番号97~209、485~641、及び851~899のいずれかで示されるアミノ酸配列からなり、より好ましくは配列番号99~104、109~118、121、123、125~130、133、136、138、140~146、149~209、485~641、及び851~899のいずれかで示されるアミノ酸配列からなる、〔11〕記載の方法。
〔13〕嗅覚受容体ポリペプチドの発現方法であって、
目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列においてコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の少なくとも1個をこれに相当する位置の該コンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変したアミノ酸配列からなる嗅覚受容体ポリペプチドを細胞に発現させることを含み、
該嗅覚受容体ポリペプチドが、ヒト嗅覚受容体OR7E24の配列番号96で示されるアミノ酸配列において配列番号210で示されるコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の少なくとも1個をこれに相当する位置の該コンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変したアミノ酸配列からなり、好ましくは配列番号210で示されるアミノ酸配列からなるものであるか、
該嗅覚受容体ポリペプチドが、ヒト嗅覚受容体OR9K2の配列番号484で示されるアミノ酸配列において配列番号642で示されるコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の少なくとも1個をこれに相当する位置の該コンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変したアミノ酸配列からなり、好ましくは配列番号642で示されるアミノ酸配列からなるものであるか、
該嗅覚受容体ポリペプチドが、ヒト嗅覚受容体OR5I1の配列番号850で示されるアミノ酸配列において配列番号900で示されるコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の少なくとも1個をこれに相当する位置の該コンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変したアミノ酸配列からなるものである、
方法。
〔14〕嗅覚受容体ポリペプチドの発現向上方法である、〔13〕記載の方法。
〔15〕目的の嗅覚受容体の機能化方法であって、
目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列においてコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の少なくとも1個をこれに相当する位置の該コンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変したアミノ酸配列からなる嗅覚受容体ポリペプチドを細胞に発現させることを含み、
該嗅覚受容体ポリペプチドが、ヒト嗅覚受容体OR7E24の配列番号96で示されるアミノ酸配列において配列番号210で示されるコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の少なくとも1個をこれに相当する位置の該コンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変したアミノ酸配列からなり、好ましくは配列番号210で示されるアミノ酸配列からなるものであるか、
該嗅覚受容体ポリペプチドが、ヒト嗅覚受容体OR9K2の配列番号484で示されるアミノ酸配列において配列番号642で示されるコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の少なくとも1個をこれに相当する位置の該コンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変したアミノ酸配列からなり、好ましくは配列番号642で示されるアミノ酸配列からなるものであるか、
該嗅覚受容体ポリペプチドが、ヒト嗅覚受容体OR5I1の配列番号850で示されるアミノ酸配列において配列番号900で示されるコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の少なくとも1個をこれに相当する位置の該コンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変したアミノ酸配列からなるものである、
方法。
〔16〕前記嗅覚受容体ポリペプチドが前記細胞の細胞膜に発現するものである、〔1〕~〔15〕のいずれか1項記載の方法。
〔17〕好ましくは、RTP1Sを前記細胞に発現させることをさらに含む、〔1〕~〔16〕のいずれか1項記載の方法。
〔18〕前記細胞がHEK293細胞である、〔1〕~〔17〕のいずれか1項記載の方法。
【0136】
〔19〕目的の嗅覚受容体の応答の測定方法であって、
〔1〕~〔18〕のいずれか1項記載の方法により発現された嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること、
を含む方法。
〔20〕目的の嗅覚受容体のリガンドの探索方法であって、
試験物質存在下で、〔1〕~〔18〕のいずれか1項記載の方法により発現された嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること、及び
該嗅覚受容体ポリペプチドが応答した試験物質を選択すること、
を含む方法。
〔21〕好ましくは、試験物質非存在下での前記嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定することをさらに含む、〔20〕記載の方法。
〔22〕好ましくは、前記試験物質存在下での前記嗅覚受容体ポリペプチドの応答を、前記試験物質非存在下での応答の120%以上に増加させる試験物質を選択する、〔21〕記載の方法。
〔23〕好ましくは、前記試験物質存在下での前記嗅覚受容体ポリペプチドの応答を、前記試験物質非存在下での応答と比べて統計学的に有意に増加させる試験物質を選択する、〔21〕記載の方法。
〔24〕目的の嗅覚受容体のリガンドのにおいの抑制剤の評価及び/又は選択方法であって、
〔1〕~〔18〕のいずれか1項記載の方法により発現された嗅覚受容体ポリペプチドに試験物質及び目的の嗅覚受容体のリガンドを添加すること、及び
該リガンドに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること、
を含む方法。
〔25〕前記リガンドが〔20〕~〔23〕のいずれか1項記載の方法により選択されたリガンドである、〔24〕記載の方法。
〔26〕測定された応答に基づいて前記嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する試験物質を同定することをさらに含む、〔24〕又は〔25〕記載の方法。
〔27〕前記試験物質を添加しなかった前記嗅覚受容体ポリペプチドの前記リガンドに対する応答を測定することをさらに含む、〔24〕~〔26〕のいずれか1項記載の方法。
〔28〕前記試験物質を添加した前記嗅覚受容体ポリペプチドの前記リガンドに対する応答が、該試験物質を添加しなかった該嗅覚受容体ポリペプチドの該リガンドに対する応答よりも抑制されていたときに、該試験物質を、該リガンドに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する物質として同定することをさらに含む、〔27〕記載の方法。
〔29〕目的の嗅覚受容体のリガンドのにおいの抑制剤の評価及び/又は選択方法であって、
〔1〕~〔18〕のいずれか1項記載の方法により発現された嗅覚受容体ポリペプチドに試験物質を添加すること、及び
該試験物質に対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること、
を含む方法。
〔30〕前記リガンドが〔20〕~〔23〕のいずれか1項記載の方法により選択されたリガンドである、〔29〕記載の方法。
〔31〕測定された応答に基づいて前記嗅覚受容体ポリペプチドの応答を増強する試験物質を同定することをさらに含む、〔29〕又は〔30〕記載の方法。
〔32〕前記試験物質を添加しなかった前記嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定することをさらに含む、〔29〕~〔31〕のいずれか1項記載の方法。
〔33〕前記試験物質を添加した前記嗅覚受容体ポリペプチドの応答が、該試験物質を添加しなかった該嗅覚受容体ポリペプチドの応答よりも増強されていたときに、該試験物質を、前記リガンドに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を抑制する物質として同定することをさらに含む、〔32〕記載の方法。
〔34〕目的の嗅覚受容体のリガンドのにおいの増強剤の評価及び/又は選択方法であって、
〔1〕~〔18〕のいずれか1項記載の方法により発現された嗅覚受容体ポリペプチドに試験物質及び目的の嗅覚受容体のリガンドを添加すること、及び
該リガンドに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を測定すること、
を含む方法。
〔35〕前記リガンドが〔20〕~〔23〕のいずれか1項記載の方法により選択されたリガンドである、〔34〕記載の方法。
〔36〕測定された応答に基づいて前記嗅覚受容体ポリペプチドの応答を増強する試験物質を同定することをさらに含む、〔34〕又は〔35〕記載の方法。
〔37〕前記試験物質を添加しなかった前記嗅覚受容体ポリペプチドの前記リガンドに対する応答を測定することをさらに含む、〔34〕~〔36〕のいずれか1項記載の方法。
〔38〕前記試験物質を添加した前記嗅覚受容体ポリペプチドの前記リガンドに対する応答が、該試験物質を添加しなかった該嗅覚受容体ポリペプチドの該リガンドに対する応答よりも増強されていたときに、該試験物質を、該リガンドに対する該嗅覚受容体ポリペプチドの応答を増強する物質として同定することをさらに含む、〔37〕記載の方法。
〔39〕好ましくは、前記嗅覚受容体ポリペプチドの応答が、ELISAもしくはレポータージーンアッセイによる細胞内cAMP量測定、カルシウムイメージングもしくはTGFα shedding assayによるカルシウムイオン量測定、又はアフリカツメガエル卵母細胞を用いた二電極膜電位固定法による細胞膜内外の電位変化測定により測定される、〔19〕~〔38〕のいずれか1項記載の方法。
【0137】
〔40〕改変嗅覚受容体ポリペプチドであって、
目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列においてコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の少なくとも1個をこれに相当する位置の該コンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変したアミノ酸配列からなり、
該コンセンサスアミノ酸配列が、該目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列及び下記(a)~(d)のいずれかの嗅覚受容体:
(a)該目的の嗅覚受容体の由来の生物種と同じ目における該目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体からなる群より選択される少なくとも11種の嗅覚受容体;
(b)該目的の嗅覚受容体の由来の生物種と同じ目における該目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体及び該目的の嗅覚受容体のパラログにコードされる嗅覚受容体からなる群より選択される少なくとも11種の嗅覚受容体であって、該11種の嗅覚受容体に該目的の嗅覚受容体のパラログにコードされる嗅覚受容体を少なくとも1種含む嗅覚受容体;
(c)脊椎動物における該目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体からなる群より選択される少なくとも11種の嗅覚受容体であって、該11種の嗅覚受容体に該目的の嗅覚受容体の由来の生物種と異なる目の脊椎動物のオルソログにコードされる嗅覚受容体を少なくとも1種含む嗅覚受容体;
(d)脊椎動物における該目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体と、脊椎動物にオルソログが11種以上存在する該目的の嗅覚受容体のパラログのうち該目的の嗅覚受容体と最も相同性の高いパラログの脊椎動物におけるオルソログにコードされる嗅覚受容体とからなる群より選択される少なくとも11種の嗅覚受容体であって、該11種の嗅覚受容体に該目的の嗅覚受容体の由来の生物種と異なる目の脊椎動物のオルソログにコードされる嗅覚受容体を少なくとも1種含む嗅覚受容体、及び該パラログにコードされる嗅覚受容体、
のアミノ酸配列のアラインメントから導き出されるアミノ酸配列である、
改変嗅覚受容体ポリペプチド。
〔41〕前記コンセンサスアミノ酸配列が、前記目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列及び前記(a)~(d)のいずれかの嗅覚受容体のアミノ酸配列のアラインメントから以下の(i)~(iii)の基準に従い同定したコンセンサス残基からなるアミノ酸配列である、〔40〕記載の改変嗅覚受容体ポリペプチド:
(i)該アラインメントの各アミノ酸位置において、
(i-i)該目的の嗅覚受容体のアミノ酸残基と異なり且つ出現頻度50%以上のアミノ酸残基が1種存在する場合、該アミノ酸残基をコンセンサス残基と同定する、
(i-ii)出現頻度50%のアミノ酸残基が2種存在する場合、該目的の嗅覚受容体のアミノ酸残基をコンセンサス残基と同定する、
(i-iii)該目的の嗅覚受容体にアミノ酸残基が存在し且つ出現頻度40%以上でアミノ酸残基が存在しない場合、コンセンサス残基なしと同定する、
(i-iv)該目的の嗅覚受容体にアミノ酸残基が存在せず且つ出現頻度60%以上でアミノ酸残基が存在する場合、最も出現頻度が高いアミノ酸残基をコンセンサス残基と同定し、最も出現頻度が高いアミノ酸残基が2種以上存在する場合は、該アミノ酸残基のうち最も分子量が小さいアミノ酸残基をコンセンサス残基と同定する、
(i-v)上記(i-i)~(i-iv)のいずれにも該当しない場合、該目的の嗅覚受容体のアミノ酸残基をコンセンサス残基と同定する、
(ii)上記(i)の基準に従いコンセンサス残基を同定したときに、最もN末端側のコンセンサス残基が該目的の嗅覚受容体のN末端又はそれよりもC末端側に相当する位置のコンセンサス残基であり且つメチオニン残基でない場合、最もN末端に近い位置のメチオニン残基からなるコンセンサス残基よりN末端側のコンセンサス残基をコンセンサス残基なしに変更する、
(iii)上記(i)の基準に従いコンセンサス残基を同定したときに、最もN末端側のコンセンサス残基が該目的の嗅覚受容体のN末端よりもN末端側に相当する位置のコンセンサス残基であり且つメチオニン残基でない場合、該アラインメントの該コンセンサス残基の位置よりN末端側にアミノ酸位置を1つずつ遡り、メチオニン残基が出現するまで、最も出現頻度が高いアミノ酸残基をコンセンサス残基と同定し、最も出現頻度が高いアミノ酸残基が2種以上存在する場合は、該アミノ酸残基のうち最も分子量が小さいアミノ酸残基をコンセンサス残基と同定する。
〔42〕前記(a)の嗅覚受容体が、前記目的の嗅覚受容体の由来の生物種と同じ目における該目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体からなる群より選択される好ましくは少なくとも15種の嗅覚受容体である、〔40〕又は〔41〕記載の改変嗅覚受容体ポリペプチド。
〔43〕前記(b)の嗅覚受容体が、前記目的の嗅覚受容体の由来の生物種と同じ目における該目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体及び該目的の嗅覚受容体のパラログにコードされる嗅覚受容体からなる群より選択される好ましくは少なくとも25種の嗅覚受容体、より好ましくは少なくとも35種の嗅覚受容体であり、
該目的の嗅覚受容体をコードする遺伝子と最も高い相同性を有するパラログにコードされる嗅覚受容体を含む、〔40〕又は〔41〕記載の改変嗅覚受容体ポリペプチド。
〔44〕前記(c)の嗅覚受容体が、前記脊椎動物における該目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体からなる群より選択される好ましくは少なくとも15種の嗅覚受容体、より好ましくは少なくとも30種の嗅覚受容体であり、
該目的の嗅覚受容体の由来の生物種と異なる目の脊椎動物のオルソログにコードされる嗅覚受容体を少なくとも1種、好ましくは5種、より好ましくは10種含む、〔40〕又は〔41〕記載の改変嗅覚受容体ポリペプチド。
〔45〕前記(d)の嗅覚受容体が、前記脊椎動物における該目的の嗅覚受容体のオルソログにコードされる嗅覚受容体と、前記脊椎動物にオルソログが11種以上存在する前記目的の嗅覚受容体のパラログのうち該目的の嗅覚受容体と最も相同性の高いパラログの脊椎動物におけるオルソログにコードされる嗅覚受容体とからなる群より選択される好ましくは少なくとも30種の嗅覚受容体、より好ましくは少なくとも60種の嗅覚受容体、及び該パラログにコードされる嗅覚受容体であり、
該目的の嗅覚受容体の由来の生物種と異なる目の脊椎動物のオルソログにコードされる嗅覚受容体を少なくとも1種、好ましくは5種、より好ましくは10種含む、〔40〕又は〔41〕記載の改変嗅覚受容体ポリペプチド。
〔46〕前記アラインメントが、好ましくは前記目的の嗅覚受容体のアミノ酸配列及び前記(c)の嗅覚受容体のアラインメントである、〔40〕~〔45〕のいずれか1項記載の改変嗅覚受容体ポリペプチド。
〔47〕前記目的の嗅覚受容体がヒト嗅覚受容体である、〔40〕~〔46〕のいずれか1項記載の改変嗅覚受容体ポリペプチド。
〔48〕好ましくは、上記表2-1~2-5の(1)の嗅覚受容体の(2)の配列番号で示されるアミノ酸配列において(3)の配列番号で示されるコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の少なくとも1個をこれに相当する位置の該コンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変したアミノ酸配列からなり、より好ましくは、上記表2-1~2-5の(3)の配列番号で示されるコンセンサスアミノ酸配列からなる、〔40〕~〔45〕のいずれか1項記載の改変嗅覚受容体ポリペプチド。
〔49〕好ましくは、配列番号97~209、485~641、及び851~899のいずれかで示されるアミノ酸配列からなり、より好ましくは、配列番号99~104、109~118、121、123、125~130、133、136、138、140~146、149~209、485~641、及び851~899のいずれかで示されるアミノ酸配列からなる、〔48〕記載の改変嗅覚受容体ポリペプチド。
〔50〕改変嗅覚受容体ポリペプチドであって、
ヒト嗅覚受容体OR7E24の配列番号96で示されるアミノ酸配列において配列番号210で示されるコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の少なくとも1個をこれに相当する位置の該コンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変したアミノ酸配列からなり、好ましくは配列番号210で示されるアミノ酸配列からなるものであるか、
ヒト嗅覚受容体OR9K2の配列番号484で示されるアミノ酸配列において配列番号642で示されるコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の少なくとも1個をこれに相当する位置の該コンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変したアミノ酸配列からなり、好ましくは配列番号642で示されるアミノ酸配列からなるものであるか、
該嗅覚受容体ポリペプチドが、ヒト嗅覚受容体OR5I1の配列番号850で示されるアミノ酸配列において配列番号900で示されるコンセンサスアミノ酸配列と異なるアミノ酸残基の少なくとも1個をこれに相当する位置の該コンセンサスアミノ酸配列のアミノ酸残基に改変したアミノ酸配列からなるものである、
改変嗅覚受容体ポリペプチド。
〔51〕〔40〕~〔50〕のいずれか1項記載の改変嗅覚受容体ポリペプチドをコードするポリヌクレオチド。
〔52〕配列番号211~324、643~800、及び901~950のいずれかで示される塩基配列からなり、好ましくは配列番号213~218、223~232、235、237、239~244、247、250、252、254~260、263~324、643~800、及び901~950のいずれかで示される塩基配列からなる、〔51〕記載のポリヌクレオチド。
〔53〕〔51〕又は〔52〕記載のポリヌクレオチドを含むベクター又はDNA断片。
〔54〕〔53〕記載のベクター又はDNA断片を含有する形質転換細胞。
〔55〕好ましくは、RTP1Sをコードするポリヌクレオチドを含むベクター又はDNA断片をさらに含む、〔54〕記載の形質転換細胞。
〔56〕前記細胞がHEK293細胞である、〔54〕又は〔55〕記載の形質転換細胞。
【実施例】
【0138】
以下、実施例を示し、本発明をより具体的に説明する。
【0139】
実施例1 コンセンサス嗅覚受容体の作製及び解析
1)嗅覚受容体遺伝子の作製
コンセンサス嗅覚受容体をデザインするにあたり、目的の嗅覚受容体遺伝子の相同遺伝子候補の検索はNCBI BLASTを用いて行った。得られた遺伝子群についてオルソログ群もしくはオルソログ及びパラログ群を特定した。
具体的には、ヒト嗅覚受容体を目的の嗅覚受容体とするとき、(a)の霊長類のオルソログの特定は、BLASTにより検索された霊長類の候補遺伝子について系統樹解析を行うことで実施した。例えばヒトOR2A25に(a)の方法を適用する場合、ヒトOR2A25(NP_001004488.1)のアミノ酸配列をquery配列とし、検索対象生物名を霊長類としたBLAST検索によって得られた相同遺伝子について系統樹解析を行い、ヒトOR2A25を含み他生物種のOR2A25が多く網羅され、かつOR2A25以外の遺伝子をできる限り含まないクレードを選択し、そのクレードに含まれる全18遺伝子のうちヒトOR2A25を除く17遺伝子を霊長類オルソログとして特定した。結果としてこれら17遺伝子は、ヒトOR2A25とのアミノ酸相同性は82%以上を示した。次いで、これら18遺伝子のアミノ酸配列(表3)について以下に述べるようにアラインメント解析及びコンセンサスアミノ酸の特定を行った。
ヒト嗅覚受容体を目的の嗅覚受容体とするとき、(b)の霊長類のオルソログ及びパラログの特定では、上記(a)の霊長類オルソログ特定の際の系統樹解析の結果、特定した霊長類オルソログのクレードと隣接し、目的の嗅覚受容体遺伝子と最も相同性が高い目的の嗅覚受容体の由来の生物種の遺伝子が含まれるクレードを特定した。特定したクレード群に含まれる遺伝子をパラログとして選択した。なお、これらパラログのうち、BLASTにより検索される霊長類遺伝子における目的の嗅覚受容体遺伝子と相同な遺伝子の上位50位に含まれないパラログは除外した。例えばヒトOR2A25に(b)の方法を適用する場合、上記(a)の系統樹解析の結果において選択した18遺伝子と最も近接するクレードを選択した。このクレードには20遺伝子が属しており、ヒトの嗅覚受容体遺伝子としてOR2A7及びヒトOR2A4が含まれていた。これら20遺伝子はヒトOR2A25との相同性が高い霊長類遺伝子群の上位50遺伝子に含まれていた。このようにしてパラログを含む20遺伝子を選択し、(a)で用いた18遺伝子に加えた計38遺伝子のアミノ酸配列(表3)について以下に述べるようにアラインメント解析及びコンセンサスアミノ酸配列の特定を行った。
ヒト嗅覚受容体を目的の嗅覚受容体とするとき、(c)のオルソログの特定では、BLASTにより検索された相同性上位の遺伝子から、目的の嗅覚受容体と同じ名称をもつ遺伝子をオルソログとして選択した。例えばヒトOR2A25に(c)の方法を適用する場合、ヒトOR2A25(NP_001004488.1)のアミノ酸配列をquery配列とし、BLASTにより検索された相同性上位の250遺伝子の中から、名称にOR2A25を含む67遺伝子を選択した。加えて異なる嗅覚受容体名称体系が用いられているMus musculus及びRattus norvegicusの遺伝子に関しては、該検索結果上位250遺伝子に含まれていた遺伝子のうち、最も相同性が高い遺伝子を1つずつ選択した。これら69遺伝子をオルソログとして特定した。これら69遺伝子にヒトOR2A25を加えた計70遺伝子のアミノ酸配列(表3)について以下に述べるようにアラインメント解析及びコンセンサスアミノ酸の特定を行った。
OR2T11、OR2W1、OR4Q3、OR4S2、OR6Y1、OR7D4、OR7A17、及びOR11H4の各ヒト嗅覚受容体を目的の嗅覚受容体とする場合についても、同様にしてオルソログ群もしくはオルソログとパラログ群を特定した。特定したオルソログ群もしくはオルソログとパラログ群にオリジナルのヒト嗅覚受容体遺伝子を加え、これら遺伝子のアミノ酸配列について以下に述べるようにアラインメント解析及びコンセンサスアミノ酸の特定を行った。
【0140】
特定した遺伝子群についてのアラインメント解析はClustalWを用いて行い、嗅覚受容体間で高度に保存されたアミノ酸もしくはアミノ酸モチーフを基準に、最適化するようにさらに調整した。Ballesteros-Weinstein residue numberingは、非特許文献4に示されるマウス全嗅覚受容体をアラインメントした結果を参照して付与した。アラインメント結果に基づき、Jalviewを用いてコンセンサス嗅覚受容体の設計を行った。該アラインメントにおいて、基準となるオリジナルのヒト嗅覚受容体アミノ酸配列の各アミノ酸位置に相当する位置に該基準アミノ酸配列のアミノ酸残基と異なり且つ出現頻度が50%以上のアミノ酸残基が1種存在する場合に該基準アミノ酸配列のアミノ酸残基を該アミノ酸残基に改変した。尚、基準となるオリジナルのヒト嗅覚受容体アミノ酸配列の各アミノ酸位置に相当する位置に該基準アミノ酸配列のアミノ酸残基と異なり且つ出現頻度が50%のアミノ酸残基が1種存在する場合であっても、該基準アミノ酸配列のアミノ酸残基の出現頻度も50%の場合には該基準アミノ酸配列のアミノ酸残基を改変しなかった。該アラインメントにおいて、基準となるオリジナルのヒト嗅覚受容体アミノ酸配列の各アミノ酸位置に相当する位置に出現頻度が40%以上で欠失が存在する場合に該基準アミノ酸配列のアミノ酸残基を欠失に改変した。例えばC末端のアミノ酸位置に相当する位置に出現頻度が40%以上で欠失が存在する場合、該基準アミノ酸配列のアミノ酸残基を欠失に改変した。さらに、ヒトの配列における開始メチオニン位置に相当する位置に出現頻度40%以上で欠失が認められる場合、上記手順による改変後のアミノ酸配列において最初のメチオニンを開始メチオニンとして選択し、それ以前のアミノ酸配列を削除した。このように最もN末端側のコンセンサス残基が該目的の嗅覚受容体のN末端又はそれよりもC末端側に相当する位置のコンセンサス残基であり且つメチオニン残基でない場合、最もN末端に近い位置のメチオニン残基からなるコンセンサス残基よりN末端側のコンセンサス残基をコンセンサス残基なしに変更した。一方で、基準となるオリジナルのヒト嗅覚受容体アミノ酸配列の欠失位置に相当する位置に出現頻度が60%以上でアミノ酸が存在する場合に該基準アミノ酸配列の欠失位置に最も保存性の高いアミノ酸を挿入するよう改変した。例えば、基準となるオリジナルのヒト嗅覚受容体のアミノ酸配列のC末端の欠失位置に相当する位置に出現頻度が60%以上でコンセンサスアミノ酸が存在する場合、C末端に最も保存性の高いアミノ酸を挿入するよう改変した。最も保存性の高いアミノ酸が2種以上ある場合は、最も分子量が小さいアミノ酸を挿入するように改変した。
設計における嗅覚受容体のトポロジーの確認は、TMHMM(Transmembrane Hidden Markov Model)を使用した。デザインした各種嗅覚受容体ポリペプチドをコードするDNA配列は、そのアミノ酸配列に対応する塩基配列コドンをヒト培養細胞での発現用に最適化した上でDNA合成により獲得した。この塩基配列の両末端にはEcoRI、XhoIサイトを付加しており、pME18Sベクター上のFlag-Rhoタグ配列の下流に作製したEcoRI、XhoIサイトへと組換えた。培養細胞内で作られた嗅覚受容体タンパク質を細胞膜上へ移行するヒトRTP1Sをコードする遺伝子を、別のpME18SベクターのEcoRI、XhoIサイトへ組込み、pME18S-RTP1Sベクターを作製した。
【0141】
【0142】
2)嗅覚受容体遺伝子で形質転換した培養細胞の作製
ルシフェラーゼアッセイのために、表4に示す組成の反応液を調製し、クリーンベンチ内で20分静置した後、96ウェルプレート(BD)の各ウェルに添加した。次いで、DMEM(Nacalai)で懸濁させたHEK293細胞を100μLずつ各ウェルに2×10
5細胞/cm
2で播種し、37℃、5%CO
2を保持したインキュベータ内で24時間培養した。対照として、嗅覚受容体を発現させない細胞(mock)を用意した。
Flowcytometry法のために、6 well dishのそれぞれのwellに、3.3×10
5cellsを播種して24時間後に、表5に示す組成の反応液を調製し、クリーンベンチ内で20分静置した後、6 well dishの各ウェルに添加した。37℃、5%CO
2を保持したインキュベータ内で24時間培養した。
図3に示す実験において、OR7A17及びOR7D4のオリジナルの受容体に関しては42時間培養した。対照として、受容体を発現させない細胞(mock)を用意した。
【0143】
【0144】
【0145】
3)細胞膜上の嗅覚受容体タンパク量の測定(Flowcytometry法)
Cellstripperを用いて回収した細胞に一次抗体として抗FLAG抗体(コスモバイオ社)を1時間氷上で作用させた。細胞を洗浄後、二次抗体としてPE(phycoerythrin)-conjugated anti-mouse IgG(アブカム株式会社)を30分間氷上で作用させた。洗浄後0.25μgの7-AAD(7-Aminoactinomycin D、富士フイルム和光純薬株式会社)を添加してフローサイトメトリーシステム(BD)により7-AADが陰性である細胞集団のPEシグナルの平均値を、細胞膜上の受容体量の指標として測定した。各実験回で、FLAG-M2アセチルコリン受容体を発現させた細胞を陽性コントロール(PC)として、受容体を発現させない細胞を陰性コントロール(NC)として上記と同様にPEシグナルの平均値を求めた。NCのPEシグナルを0%、PCのPEシグナルを100%として基準化を行い、各種嗅覚受容体のPEシグナル(%)を膜発現量(Cell surface expression)として図示した。
【0146】
4)ルシフェラーゼアッセイ
上記2)で作製した培養物から、培地を取り除き、新しい培地で調製した所定の濃度の試験物質溶液を75μL添加した。細胞をCO2インキュベータ内で4時間培養し、ルシフェラーゼ遺伝子を細胞内で十分に発現させた。ルシフェラーゼ活性は、Dual-GloTMluciferase assay system(Promega)を用いて、製品の操作マニュアルに従って測定した。96ウェルプレートの各ウェルにおいて、試験物質刺激により誘導されたホタルルシフェラーゼ由来の発光値をウミシイタケルシフェラーゼ由来の発光値で除した値をシグナルとして算出し解析に用いた。各トランスフェクション条件でのシグナルに対して、刺激を行わない条件のシグナルを0%、30μMホルスコリンで刺激した時のシグナルを100%として基準化を行い、Response(%)として解析に用いた。
【0147】
5)結果
(i)嗅覚受容体のコンセンサス化
はじめに、既にリガンドと対応付けられている嗅覚受容体を9種類(OR2A25、OR2T11、OR2W1、OR4Q3、OR4S2、OR6Y1、OR7D4、OR7A17、OR11H4)選択し、コンセンサス化をテストした。リガンドが既知の受容体を選択することは、もし膜発現量が実験的に検出できない範囲で向上した場合にも、リガンド応答性を指標に推し量る手段をとることができる点で重要である。
次に、選択した嗅覚受容体に対し、進化的にどの程度の範囲の相同遺伝子を対象にコンセンサスアミノ酸を決定するのかについて、次の3種類を選択した。(a)Primate ortholog=霊長類オルソログ、(b)Primate ortholog/paralog=霊長類のオルソログ及び最も近縁のパラログ、(c)Ortholog=オルソログ。
表6に、各嗅覚受容体について、コンセンサス嗅覚受容体の作製のために導入したアミノ酸置換数、参照遺伝子数(オリジナルの嗅覚受容体遺伝子と、特定した霊長類オルソログ、霊長類のオルソログ及び最も近縁のパラログ、あるいはオルソログとの合計数)とそれらのうち最小の相同性を示す。(c)の参照遺伝子数の括弧内の数は、参照遺伝子数のうち霊長類のオルソログの数を表す。前記9種の嗅覚受容体に対してコンセンサス嗅覚受容体をデザインした結果、(a)の方法ではオリジナルのヒト嗅覚受容体(平均307アミノ酸)に導入した置換は平均9.3アミノ酸であるが、(b)や(c)ではそれぞれ平均27.1、19.9アミノ酸と増加し、より多様な遺伝子の中でのコンセンサスが反映されたことになる。いずれの方法においても、コンセンサスアミノ酸を決定するために用いた相同遺伝子の数は、膜発現増加が認められなかったOR7A17のPrimate orthologの7遺伝子を除いて、非特許文献2の10遺伝子と比べて多数である。
【0148】
【0149】
(ii)コンセンサス化による膜発現量の増加
Flowcytometry法を用いた解析の結果、9種類全ての嗅覚受容体が、3種類いずれかのコンセンサス化方法で膜発現量を顕著に増加させた(
図1及び表7)。言い換えれば、3種類のコンセンサス化を全て適用すれば確率の上では100%の嗅覚受容体について膜発現量を増加させられる可能性を示した。オリジナルのヒト嗅覚受容体と比べて、膜発現量の平均値に増加が生じた嗅覚受容体の数は、(a)Primate orthologの方法で7個(約78%)、(b)Primate ortholog/paralogの方法で8個(約89%)、(c)Orthologの方法で9個(100%)であり、非特許文献2で応答解析に成功した割合3個中1個(約33%)よりも汎用性が高い可能性が見出された。なお、膜発現量の増加を示したコンセンサス嗅覚受容体群は必ずしも共通するアミノ酸部位にコンセンサス化が導入されたわけではなかったことから、受容体の種類によってコンセンサス化するべきアミノ酸部位は異なることが判明した。
【0150】
【0151】
(iii)コンセンサス化によるにおい応答性の向上
次に、膜発現量の向上がにおい応答性の高感度化に繋がるのかを検証するため、各受容体についてリガンド応答性を測定した(
図1)。結果として分かったことは次の2つである。コンセンサス化により膜発現量が向上するとほぼ全てのケースで応答性は高まる。膜発現量の向上度合いと応答性の上昇度合いは単純な比例関係にはなく、膜発現量がわずかでも向上すれば応答性は十分に向上することがある。後者は例えば、2T11、6Y1、11H4のように、コンセンサス化による膜発現量の増加に伴いリガンド応答性の上昇が認められるケースがある一方で、2W1のように、コンセンサス化によってオリジナルのヒト受容体と比して膜発現量が増加しても、リガンド応答性については上昇が認められないケースがあった。オリジナルのヒトOR2W1はそれ自体が十分な膜発現量を示し、膜発現量がそれ以上増加しても発生する細胞内シグナルに増幅の余地がないのかもしれない。そして2A25の(b)Primate ortholog/paralogsのコンセンサス受容体や7D4の(c)Orthologのコンセンサス受容体のように、オリジナルのヒト受容体と比べて膜発現量の増加がわずかであっても、十分にリガンド応答性が上昇する例が認められた。
【0152】
(iv)コンセンサス化によるリガンド選択性の変化
コンセンサス化のようにアミノ酸改変を導入するアプローチには、オリジナルの嗅覚受容体のリガンド結合部位を変化させ、その結果、本来のにおい応答性を観察させなくなる懸念があった。
そこで、今回選択した9種類の嗅覚受容体のうち、アゴニストが複数判明していた5種類の受容体2A25、2T11、2W1、11H4、7D4について、2種類のアゴニストへの親和性の序列が(a)、(b)又は(c)のコンセンサス化によって変化するか否かを調べた(
図2)。いずれのコンセンサス化によってもオリジナルの受容体と同じ親和性の序列を維持していることが明らかになった。例えば2A25はGeranyl formateと比べてGeraniolに対してより低濃度から応答するが、その応答選択性は3パターンのコンセンサス受容体でも維持されていることが判明した。
【0153】
コンセンサス化によりリガンド選択性に変化が生じる可能性についてさらに検証するために、既知のアゴニスト自体とその構造類似物質を多数用いて試験し(表8)、応答性の序列がコンセンサス化によって変化するか否かを調べた(
図3)。その結果、全ての嗅覚受容体で、オリジナルのヒト受容体に対して最も高い応答を生じさせた匂い物質は、それらのコンセンサス受容体に対しても最も高い応答を引き起こした。加えて、オリジナルのヒト受容体が応答する匂い物質に対して、コンセンサス化によって応答しなくなる例は認められなかったことからも、概してリガンド選択性は維持されていると解釈できる。また、6Y1の例のように、コンセンサス化によって膜発現量が増加した場合、オリジナルのヒト受容体では応答が認められなかった匂い物質についてコンセンサス化によって応答が認められるようになるケースが複数得られた。この結果は、一見リガンド選択性が変化したことによりもたらされた結果のようにも思わせるが、そうではなく、全体的な応答性が上昇したことによって、オリジナルの嗅覚受容体が嗅神経細胞上では応答できるリガンドへの応答を評価可能になったと考えることができる。実際に非特許文献2にて開示されるように、6Y1が匂い物質#5のジアセチルに応答することは、官能評価によって測定された嗅覚現象(ジアセチルのにおいを強く感じる人と弱く感じる人との間で異なる遺伝子は6Y1)をよく説明する妥当な結果である。これは、コンセンサス化によって初めて応答測定可能になった匂い物質が、単なるバックグラウンドではなく、ヒトの嗅覚感覚を正しく反映するものであることの実例である。このことは以下に述べる実施例でもさらに支持されることになる。
一方で、7A17について、オリジナルのヒト受容体では匂い物質#4と比べて#6がより大きな応答を引き起こしたが、(c)Orthologの方法によるコンセンサス化を適用した場合、その序列が逆転する傾向が認められるなど、応答選択性が完全に同一にはならない例も複数判明した。しかし、このような膜発現量の増加に伴うリガンド選択性の変化は、先行研究において報告されているような妥当なものと考えられる。例えば、Zhuangらによる報告(J Biol Chem. 2007 May 18;282(20):15284-93)では、同じ嗅覚受容体について培養細胞膜上の発現量を変化させた際のリガンド選択性の変化を解析した結果、変化が認められたことを報告している。その変化の妥当性について、嗅覚受容体を含むGタンパク質共役型受容体では、膜発現量の増加に伴い細胞内シグナルが増幅される場合、特に微弱にしかアゴニスト活性をもたないリガンドに対する応答検出が顕著に高感度化するという先行知見を引用して議論されている。重要なことに、嗅神経細胞上には嗅覚受容体は高発現していることから、培養細胞膜上においても高発現条件下にある嗅覚受容体が示すリガンド選択性が、生理的な嗅覚受容体の性質を反映するものだと考察されている。
【0154】
【0155】
実施例2:これまで機能解析できなかった嗅覚受容体へのコンセンサス化の有効性1
以上の検討は、これまでリガンドが特定されるなど、培養細胞の膜上に発現させられ機能解析が可能な嗅覚受容体について実施した検討である。本発明によるコンセンサス化が、実際にこれまで解析されていなかった嗅覚受容体に対してどれ程有効なのかを検証した。
非特許文献2及びErikssonらによる報告(Flavour 1:22(2012))では、個々のにおいについて感じ方の異なる集団について、比較ゲノム解析を実施することにより、当該におい物質への感受性を担う嗅覚受容体の候補を報告している。言い換えれば、これら報告は嗅覚受容体のリガンド候補物質を特定したものであるが、それにも関わらずリガンド候補物質への応答性を実証することができていない嗅覚受容体を34種類(表10のヒト嗅覚受容体)残している。そして、応答測定に成功しない理由として、これら34種類の嗅覚受容体はそもそも偽陽性すなわち正しいリガンド物質を特定できていなかった可能性と共に、正しいリガンド物質を特定できているが培養細胞での膜発現が非効率であるために応答を検出できなかった可能性が指摘されている。そこで、これら34種類の嗅覚受容体について、上記(a)~(c)の3パターンのコンセンサス化のうち、11H1以外の嗅覚受容体には(c)Orthologの方法によるコンセンサス化を適用し、11H1には(d)の方法によるコンセンサス化を適用した。
【0156】
(d)の方法によるコンセンサス化では、目的の嗅覚受容体と相同性がより高いかつオルソログを少なくとも11種類特定可能なパラログを特定し、該パラログのオルソログ群を選択した。ヒトOR11H1を目的の嗅覚受容体としたとき、ヒトOR11H1(NP_001005239)のアミノ酸配列をquery配列とした以外は実施例1の(c)の場合と同様にしてオルソログ群の特定を試みたが、オルソログ群として6遺伝子しか選択されなかった。そこでヒトOR11H1のアミノ酸配列をquery配列として検索された相同性上位の250遺伝子の中から、ヒトOR11H1と相同性が高いパラログであるヒトOR11H12(NP_001013372.1)に着目し、ヒトOR11H1と相同性が高いOR11H12のオルソログ群を特定し、90遺伝子をオルソログとして選択した。これら90遺伝子にヒトOR11H1及びヒトOR11H1のオルソログ6遺伝子、ヒトOR11H12を加えた計98遺伝子のアミノ酸配列(表9)について実施例1と同様にしてアラインメント解析及びコンセンサスアミノ酸の特定を行い、嗅覚受容体をコンセンサス化した。
【0157】
【0158】
表10に、コンセンサス嗅覚受容体の作製のために使用した参照遺伝子数(オリジナルの嗅覚受容体遺伝子と特定したオルソログとの合計数)を示す。嗅覚受容体のうち、2W3、2Y1、3A2、4C15、4D5、4D6、4F15、10D3、10Q1、11H1及び13G1についてはn=4で、それ以外の嗅覚受容体についてはn=3で試験した。それら受容体の細胞膜上の発現量を測定したところ、29個(約85%)の受容体について平均値として増加が認められた(
図4及び表11)。このことから、コンセンサス化により、これまで解析不可能であった受容体の多くについて機能解析が可能になると考えられた。膜発現量が増加しなかった残りの5受容体に関しても、(a)もしくは(b)のコンセンサス化を適用することで、増加する可能性がある。
【0159】
【0160】
【0161】
続いて、コンセンサス化による膜発現量の増加が、実際に応答測定の成功をもたらすのかを検証した。非特許文献2の中では、イソブチルアルデヒドの感受性と関連する嗅覚受容体として6B2、シトラールについては5C1、イソオイゲノールについて10D3が報告されている。これら嗅覚受容体を培養細胞に発現させ、対応するにおい物質に対する応答性を実証することには成功していなかったが、今回これら嗅覚受容体に(c)Orthologの方法によるコンセンサス化を適用し、応答解析を実施したところ、コンセンサス化によって初めて応答を検出可能になる例が得られた(
図5)。重要なことに、6B2は、非特許文献2において10種の哺乳類でのコンセンサス化が試されたものの、イソブチルアルデヒドに対する応答解析の成功が報告されなかった受容体である。本発明によるコンセンサス化は、既報よりも高い汎用性を持つ方法として6B2を解析可能とした。
【0162】
同様に、Erikssonらによる報告(Flavour 1:22(2012))では、パクチーを由来とするにおいに対する感じ方の個人差を説明する嗅覚受容体候補として8つ(2AG2、2AG1、6A2、10A2、10A5、10A4、2D2、2D3)が特定されたが、実際にどの受容体がパクチーを由来とするにおい物質の受容体なのか機能解析に成功していなかった。そこで本研究ではそれら8受容体に(c)Orthologのコンセンサス化を適用し、パクチーの主要香気成分((E)-2-decenal、(E)-2-dodecenal)に対する応答解析を実施した(
図6)。その結果、コンセンサス化を適用することによって初めて、10A2と10A4がそれらにおい物質を認識できることを明らかにした。
【0163】
実施例3:これまで機能解析できなかった嗅覚受容体へのコンセンサス化の有効性2
図5、
図6で新たに特定されたヒト嗅覚受容体それぞれについて、(c)のコンセンサス化を適用した上で個人差が報告されるアミノ酸配列を導入し、官能評価での個人差に符合する応答性が得られるかを検証した(
図7)。
例えば、OR10A2は、NP_001004460.1で登録されるアミノ酸配列の出現頻度が集団の68%であるのに対して、H43R、H207R、K258Tの3変異を有するアミノ酸配列が32%で出現することが報告されている(出現頻度は1000 genomes project phase 3 allele frequenciesより)。なお、3か所の変異のうち、H207Rは(c)の方法で同定されるコンセンサスアミノ酸でもある。集団に認められるこれら二種類のアミノ酸配列型は、それぞれパクチーの主要香気成分((E)-2-decenal、(E)-2-dodecenal)に対する応答性に変化をもたらし、その結果としてヒトがパクチーの香りを不快な石鹸様として感じるか否かの違いをもたらしていると予想される。実験の結果、予想通りH43R、H207R、K258Tの変異型では、上記香気成分に対する応答性が顕著に低いことが判明した。上記香気成分に対する応答性が10A2よりも低かった嗅覚受容体10A4にも集団の31%に出現するR262Q変異型が報告されるが、この変異型は上記香気成分に応答性の変化をもたらさなかった。したがって、パクチーの香りの感じ方の個人差を説明する受容体として、コンセンサス化方法の適用により初めて、10A2を特定することが可能になった。
同様に6B2に関しても、R122CかつC179Rの変異型が集団(非特許文献2での試験参加者)の1%に認められ、この集団は非特許文献2によれば、低濃度のイソブチルアルデヒドのにおいを強く感じることができない。この官能評価での個人差に符合して、コンセンサス嗅覚受容体6B2にR122CかつC179Rの変異を導入すると、イソブチルアルデヒドへの応答性が顕著に低下することが確認された。
5C1に関しては、N5Kの変異型が集団(1000 genomes project phase 3 allele frequencies)の1%に認められ、この集団は非特許文献2によれば、低濃度のシトラールのにおいを強く感じることができない。この官能評価での個人差に符合して、コンセンサス嗅覚受容体5C1にN5Kの変異を導入すると、シトラールへの応答性が顕著に低下することが確認された。
以上より、本発明のコンセンサス化方法は、ヒトの嗅覚を推し量るうえで極めて有効であることが判明した。
【0164】
実施例4:コンセンサス化方法の適用可能範囲1
嗅覚受容体遺伝子ファミリーは非常に多様性に富んだ遺伝子群であり、異なるファミリー間の嗅覚受容体同士の相同性は40%を下回る。したがって、個々の嗅覚受容体はまるで異なるGタンパク質共役型受容体とも考えられる。そこで、本発明のコンセンサス化方法の嗅覚受容体全般に対する有効性、すなわち、本発明のコンセンサス化方法の適用可能範囲を明確にするべくさらなる検証を行った。上記の実施例1の9種類及び実施例2の34種類以外の嗅覚受容体群について検証を行った。具体的には、対象とする嗅覚受容体(
図8及び表12の58種類のヒト嗅覚受容体)に対して、(c)Orthologもしくは(d)の方法によるコンセンサス化を適用した。OR2T7及びOR4F5以外の嗅覚受容体には(c)のコンセンサス化を適用し、OR2T7及びOR4F5には(d)のコンセンサス化を適用した。
(c)のコンセンサス化を適用した嗅覚受容体のうち、OR7E24については、最もN末端側のコンセンサス残基が基準となるオリジナルのヒトOR7E24のN末端よりもC末端側に相当する位置のコンセンサス残基であり且つメチオニン残基ではないため、最もN末端に近い位置のメチオニン残基からなるコンセンサス残基よりN末端側のコンセンサス残基をコンセンサス残基なしに変更すると、その結果として生じるコンセンサス受容体のアミノ酸配列の全長がオリジナルのヒトOR7E24のアミノ酸配列の全長より10%以上短くなるので、この方法に代えて最もN末端に近いコンセンサス残基をメチオニンに置換した。
【0165】
(d)の方法によるコンセンサス化では、ヒトOR4F5を目的の嗅覚受容体としたとき、ヒトOR4F5(NP_001005484.2)のアミノ酸配列をquery配列とした以外は実施例1の(c)の場合と同様にしてオルソログ群の特定を試みたが、OR4F5のオルソログは他の生物種から特定されなかった。そこでヒトOR4F5のアミノ酸配列をquery配列として検索された相同性上位の250遺伝子の中から、ヒトOR4F5と相同性が高いパラログであるヒトOR4F4(NP_001004195.2)に着目し、ヒトOR4F5と相同性が高いOR4F4のオルソログ群を特定し、99遺伝子をオルソログとして選択した。これら99遺伝子にヒトOR4F5及びヒトOR4F4を加えた計101遺伝子のアミノ酸配列について実施例1と同様にしてアラインメント解析及びコンセンサスアミノ酸の特定を行い、嗅覚受容体をコンセンサス化した。
ヒトOR2T7を目的の嗅覚受容体としたとき、ヒトOR2T7(NP_001372981.1)のアミノ酸配列をquery配列とした以外は実施例1の(c)の場合と同様にしてオルソログ群の特定を試みたが、オルソログ群として5遺伝子しか選択されなかった。そこでヒトOR2T7のアミノ酸配列をquery配列として検索された相同性上位の250遺伝子の中から、ヒトOR2T7と最も相同性が高いパラログであるヒトOR2T27に着目し、オルソログ群を特定したところ、100遺伝子がオルソログ群として選択された。これら105遺伝子にヒトOR2T7及びヒトOR2T27を加えた計107遺伝子のアミノ酸配列について実施例1と同様にしてアラインメント解析及びコンセンサスアミノ酸の特定を行い、嗅覚受容体をコンセンサス化した。
【0166】
(c)もしくは(d)の方法によって、膜発現量が増加した例を
図8及び表12に示す。表13に、コンセンサス嗅覚受容体の作製のために使用した参照遺伝子数(オリジナルの嗅覚受容体遺伝子と、特定したオルソログあるいはオルソログとパラログとの合計数)を示す。
図8及び表12の結果より、本発明のコンセンサス化方法により、極めて多数の嗅覚受容体の膜発現量を増加できることが明らかになった。
【0167】
【0168】
【0169】
実施例5:コンセンサス化方法の適用可能範囲2
上記の実施例1の9種類、実施例2の34種類、及び実施例4の58種類以外の嗅覚受容体群についてコンセンサス化方法の適用可能性の検証を行った。具体的には、対象とする嗅覚受容体(表14及び15の156種類のヒト嗅覚受容体)に対して、(c)Orthologもしくは(d)の方法によるコンセンサス化を適用した。OR1D4、OR3A3、OR11H2、OR51A2及びOR52E6以外の嗅覚受容体には(c)のコンセンサス化を適用し、OR1D4、OR3A3、OR11H2、OR51A2及びOR52E6には(d)のコンセンサス化を適用した。
(c)のコンセンサス化を適用した嗅覚受容体のうち、OR9K2については、コンセンサス受容体のアミノ酸配列の全長がオリジナルのヒト嗅覚受容体のアミノ酸配列の全長よりN末端側に10%以上長くなるので、コンセンサス受容体のアミノ酸配列においてオリジナルのヒト嗅覚受容体のN末端構造をそのまま維持した。
(c)もしくは(d)の方法によって、膜発現量が増加した例を表14及び15に示す(n=3)。表16に、コンセンサス嗅覚受容体の作製のために使用した参照遺伝子数(オリジナルの嗅覚受容体遺伝子と、特定したオルソログあるいはオルソログとパラログとの合計数)を示す。表14及び15の結果より、本発明のコンセンサス化方法により、極めて多数の嗅覚受容体の膜発現量を増加できることが明らかになった。
【0170】
【0171】
【0172】
【0173】
実施例6:コンセンサス化方法の適用可能範囲3
上記の実施例1の9種類、実施例2の34種類、実施例4の58種類、及び実施例5の156種類以外の嗅覚受容体群についてコンセンサス化方法の適用可能性の検証を行った。具体的には、対象とする嗅覚受容体(表17の50種類のヒト嗅覚受容体)に対して、(c)Orthologもしくは(d)の方法によるコンセンサス化を適用した。OR8H2以外の嗅覚受容体には(c)のコンセンサス化を適用し、OR8H2には(d)のコンセンサス化を適用した。
(c)のコンセンサス化を適用した嗅覚受容体のうち、OR5I1については、最もN末端側のコンセンサス残基が基準となるオリジナルのヒトOR5I1のN末端よりもC末端側に相当する位置のコンセンサス残基であり且つメチオニン残基ではないため、最もN末端に近い位置のメチオニン残基からなるコンセンサス残基よりN末端側のコンセンサス残基をコンセンサス残基なしに変更すると、その結果として生じるコンセンサス受容体のアミノ酸配列の全長がオリジナルのヒトOR5I1のアミノ酸配列の全長より10%以上短くなるので、この方法に代えて最もN末端に近いコンセンサス残基をメチオニンに置換した。
(c)もしくは(d)の方法によって、膜発現量が増加した例を表17に示す(n=3)。表18に、コンセンサス嗅覚受容体の作製のために使用した参照遺伝子数(オリジナルの嗅覚受容体遺伝子と、特定したオルソログあるいはオルソログとパラログとの合計数)を示す。表17の結果より、本発明のコンセンサス化方法により、極めて多数の嗅覚受容体の膜発現量を増加できることが明らかになった。
【0174】
【0175】
【0176】
実施例7:コンセンサス化方法の適用可能範囲4
ムスク受容体として詳細な解析がなされているOR5AN1に対して(c)Orthologの方法によるコンセンサス化を適用した。ところが、コンセンサス化によっても膜発現量に増加は認められなかった(
図9A,B)。一方で、オリジナルのOR5AN1とコンセンサスOR5AN1との間で既知のアゴニストに対する応答性を比較すると、コンセンサス化による応答性の上昇が認められた(
図9C,Dのにおい物質#1-8)。用いたにおい物質は表19に示す。におい物質#7と#8は、オリジナルのOR5AN1に応答を引き起こさなかったが、コンセンサスOR5AN1に応答を引き起こした。この結果は、一見コンセンサス化によってリガンド選択性がオリジナルのものから変化してしまった可能性を思わせるが、その可能性は低いと考えられる。なぜならにおい物質#7と#8は、Sato-Akuharaらによる報告(J Neurosci. 36(16):4482-4491(2016))においてオリジナルのOR5AN1に弱いながらも応答を引き起こせることが示されている。したがって、オリジナルのOR5AN1からにおい物質#7と#8に対する応答が認められなかった原因は、本評価系が先行研究のものと比べて低感度であるためだと考えられる。これに対し、コンセンサス化によって応答が認められた結果は、リガンド選択性に異常が生じたことを示すものではなく、本来のアゴニストに対する応答感度の上昇を示すものと考えられる。におい物質#9-21には、OR5AN1アゴニストと化学構造もしくは匂いの質が類似する物質が含まれており、さらにSato-Akuharaらによる報告においてOR5AN1を活性化しない物質が含まれている。これらについて応答測定を行った結果、オリジナルのOR5AN1が認識しない物質に対してはコンセンサスOR5AN1も応答しないことが示され、コンセンサス化によってリガンド選択性が大きく変化しないことがさらに支持された。膜発現量が増加しないにも関わらず応答性を上昇させるコンセンサス化の例はOR5AN1に限定的なものではなく、
図1のOR4S2(Primate ortholog/paralog)、OR7A17(Primate ortholog)に関しても認められている。これらコンセンサス化は、受容体タンパクの活性化型構造への移行効率や、Gタンパク質との共役効率などを高めている等の可能性が考えられる。以上より、本発明のコンセンサス化法は、膜発現量を増加させなかったとしても、嗅覚受容体の機能を高感度に解析するために有効な場合があることが示された。
【0177】
【0178】
実施例8:コンセンサス化方法の適用可能範囲5
マウスの嗅覚受容体の解析にもコンセンサス化が有効であることを確認した。古くから解析されてきた代表的なマウス嗅覚受容体としてM71(Olfr151,MOR171-2)に注目し、(c)Orthologの方法によるコンセンサス化を適用した。すなわち、M71のアミノ酸配列と相同性が高い249遺伝子を選択し、コンセンサスアミノ酸配列の決定を行った。コンセンサス化したM71を、ヒト嗅覚受容体と同様にpME18SベクターのFLAGタグ、Rhoタグの下流に挿入し、HEK293細胞にトランスフェクションした。そして、24時間後に細胞膜上に発現するタンパク量を測定した(n=3)。その結果、オリジナルのM71の膜発現量(Cell surface expression(%))が0.78±0.07(平均±SEM)であったのに対して、コンセンサス化M71では3.20±0.19と増加が認められた。したがって、コンセンサス化はヒト以外の生物種の嗅覚受容体にも有効であることが示された。
【0179】
実施例9:硫黄化合物に応答する嗅覚受容体の同定
1)嗅覚受容体発現細胞の作製
上記実施例にて作製したコンセンサス嗅覚受容体について、上記表4に示す組成の反応液を調製し、クリーンベンチ内で20分静置した後、96ウェルプレート(BD)の各ウェルに添加した。尚、OR4S2についてはオリジナルの嗅覚受容体を用いた。また、OR11H2、OR4E2については、表20に示す組成を用いた。次いで、DMEM(Nacalai)で懸濁させたHEK293細胞を100μLずつ各ウェルに2×105細胞/cm2で播種し、37℃、5%CO2を保持したインキュベータ内で24時間培養した。対照として、嗅覚受容体を発現させない細胞(Mock)を用意した。
【0180】
【0181】
2)ルシフェラーゼアッセイ
上記1)で作製した培養物から、培地を取り除き、新しい培地で調製した試験物質溶液(メチルメルカプタン(MeSH)(CAS:74-93-1、東京化成工業)、ジメチルスルフィド(DMS)(CAS:75-18-3、富士フイルム和光純薬)、ジメチルジスルフィド(DMDS)(CAS:624-92-0、東京化成工業)、濃度範囲0μM、1μM、3μM、10μM、30μM、100μM、300μM、又はジメチルトリスルフィド(DMTS)(CAS:3658-80-8、東京化成工業)、濃度範囲0μM、0.1μM、0.3μM、1μM、3μM、10μM、30μM)を75μL添加した。銅イオン添加条件においては、上記におい物質に加えて塩化銅(II)(富士フイルム和光純薬)を30μM含むように調整したものを試験物質溶液とした。細胞をCO2インキュベータ内で4時間培養し、ルシフェラーゼ遺伝子を細胞内で十分に発現させた。ルシフェラーゼ活性は、Dual-GloTMluciferase assay system(Promega)を用いて、製品の操作マニュアルに従って測定した。96ウェルプレートの各ウェルにおいて、試験物質刺激により誘導されたホタルルシフェラーゼ由来の発光値をウミシイタケルシフェラーゼ由来の発光値で除した値(fluc/hRluc)をシグナルとして算出し解析に用いた。各トランスフェクション条件でのシグナルに対して、におい物質による刺激を行わない条件のシグナル値(fluc/hRluc)を0%、10μMホルスコリンで刺激した時のシグナル値(fluc/hRluc)を100%として基準化を行い、Response(%)として解析に用いた。
【0182】
3)結果
試験した嗅覚受容体のうち、銅イオン存在下で、メチルメルカプタン、ジメチルスルフィド、ジメチルジスルフィド又はジメチルトリスルフィドに応答した嗅覚受容体を
図10に示す。
図10には個々の嗅覚受容体について各濃度のメチルメルカプタン、ジメチルスルフィド、ジメチルジスルフィド又はジメチルトリスルフィドに対する応答値を示す。各嗅覚受容体は、OR4S2を除いて、コンセンサス嗅覚受容体である。試験した最高濃度300μM(DMTSは30μM)に対する各嗅覚受容体の応答値(Response(%))と、受容体を発現させないMock条件の細胞の応答値(Response(%))との間には統計学上有意な差が認められた(Student’s t-test、P<0.05)。なお、各嗅覚受容体において、におい物質による刺激を行わない条件のシグナル値(fluc/hRluc)と、最高濃度300μM(DMTSは30μM)で刺激した条件のシグナル値(fluc/hRluc)を比較しても同じ統計学手法における有意差が認められた。表21~24中の数値は、Response(%)値をシグモイド曲線に回帰することにより算出されたEC50(μM)である。
図10に挙げられているが、表21~24でEC50(μM)の記載がない嗅覚受容体は、メチルメルカプタン、ジメチルスルフィド、ジメチルジスルフィド又はジメチルトリスルフィドに応答できる受容体であるものの、今回試験した濃度範囲ではシグモイド曲線に回帰するために十分なデータが得られず、EC50が算出されなかったことを意味する。したがって、コンセンサスOR2T29、コンセンサスOR4K17、コンセンサスOR2T27、コンセンサスOR2T5、コンセンサスOR2T4、コンセンサスOR11H2、コンセンサスOR6B3、コンセンサスOR12D3、コンセンサスOR2T11、OR4S2、コンセンサスOR2T1、コンセンサスOR4C15、コンセンサスOR4E2及びコンセンサスOR2L13は、メチルメルカプタンに応答した。なかでも、コンセンサスOR2T29、コンセンサスOR2T5、コンセンサスOR2T4、コンセンサスOR2T11、コンセンサスOR2T1及びコンセンサスOR4E2については、メチルメルカプタンに対する用量依存的な応答も確認した。また、コンセンサスOR4K17、コンセンサスOR11H2、OR4S2、コンセンサスOR4C15及びコンセンサスOR4E2は、ジメチルスルフィドに用量依存的に応答した。また、コンセンサスOR2T29、コンセンサスOR4K17、コンセンサスOR2T27、コンセンサスOR2T5、コンセンサスOR2T4、コンセンサスOR11H2、コンセンサスOR6B3、コンセンサスOR12D3、コンセンサスOR2T11、OR4S2、コンセンサスOR2T1、コンセンサスOR4C15、コンセンサスOR4E2及びコンセンサスOR2L13は、ジメチルジスルフィドに応答した。なかでも、コンセンサスOR4K17、コンセンサスOR6B3、コンセンサスOR2T11、OR4S2、コンセンサスOR4C15及びコンセンサスOR4E2については、ジメチルジスルフィドに対する用量依存的な応答も確認した。さらに、コンセンサスOR2T29、コンセンサスOR2T4、コンセンサスOR11H2、コンセンサスOR6B3、コンセンサスOR12D3、コンセンサスOR6B1、コンセンサスOR2T11、OR4S2、コンセンサスOR2T1、コンセンサスOR4C15、コンセンサスOR4E2及びコンセンサスOR2L13は、ジメチルトリスルフィドに応答した。なかでも、コンセンサスOR2T11、OR4S2及びコンセンサスOR4E2については、ジメチルトリスルフィド対する用量依存的な応答も確認した。例えば、OR2T11及びOR2T1が金属イオン存在下でメチルメルカプタンに応答することは知られており(特許第6122181号公報)、コンセンサスOR2T11及びコンセンサスOR2T1がメチルメルカプタンに応答するとの結果は斯かる知見と整合するものである。よって、コンセンサスOR2T29、コンセンサスOR4K17、コンセンサスOR2T27、コンセンサスOR2T5、コンセンサスOR2T4、コンセンサスOR11H2、コンセンサスOR6B3、コンセンサスOR12D3、コンセンサスOR6B1、コンセンサスOR2T11、OR4S2、コンセンサスOR2T1、コンセンサスOR4C15、コンセンサスOR4E2及びコンセンサスOR2L13がメチルメルカプタン、ジメチルスルフィド、ジメチルジスルフィド及びジメチルトリスルフィドからなる群より選択される少なくとも1種の硫黄化合物に応答することが判明した。
【0183】
【0184】
【0185】
【0186】
【0187】
また、試験した嗅覚受容体のうち、銅イオン存在下において銅イオン非存在下に比べ、メチルメルカプタン、ジメチルスルフィド、ジメチルジスルフィド又はジメチルトリスルフィドに対する応答性が向上した嗅覚受容体を
図11に示す。
図11には個々の嗅覚受容体について100μMのメチルメルカプタン、ジメチルスルフィド、ジメチルジスルフィド又はジメチルトリスルフィドに対するシグナル値を示す。各嗅覚受容体は、OR4S2を除いて、コンセンサス嗅覚受容体である。コンセンサスOR2T29、コンセンサスOR4K17、コンセンサスOR2T27、コンセンサスOR2T5、コンセンサスOR2T4、コンセンサスOR2T11、OR4S2、コンセンサスOR2T1、コンセンサスOR4C15及びコンセンサスOR4E2は、銅イオン存在下において銅イオン非存在下に比べ、メチルメルカプタン、ジメチルスルフィド、ジメチルジスルフィド又はジメチルトリスルフィドに対する応答性が向上した。
【0188】
コンセンサス嗅覚受容体のにおい物質に対する応答は、オリジナルの嗅覚受容体の嗅細胞での応答を反映している。よって、上記の結果から、オリジナルのOR2T29、OR4K17、OR2T27、OR2T5、OR2T4、OR11H2、OR6B3、OR12D3、OR6B1、OR2T11、OR4S2、OR2T1、OR4C15、OR4E2及びOR2L13が硫黄化合物の受容体として同定された。
【0189】
上記実施例1~9で用いたオリジナル嗅覚受容体のアミノ酸配列、コンセンサス嗅覚受容体のアミノ酸配列、及びコンセンサス化方法を下記表25-1~25-5に示す。
【0190】
【0191】
【0192】
【0193】
【0194】
【0195】
以上より、本コンセンサス化方法は実際に嗅覚受容体の細胞膜発現量を増加させて嗅覚受容体の応答性を向上すること、あるいは細胞膜発現量が増加しない場合でも嗅覚受容体の応答性を向上すること、により機能解析を可能にするものである。また、この方法により得られた知見は、先行知見で得られていた嗅覚の個人差などを適切に説明するものである。したがって、本方法は冒頭に述べたようにヒトの嗅覚の性質を推し量ることや、嗅覚を制御できる物質の探索方法を提供するために有用である。
【配列表】