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特許7398226大腸がん罹患のリスクを評価するための方法
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  • 特許-大腸がん罹患のリスクを評価するための方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-06
(45)【発行日】2023-12-14
(54)【発明の名称】大腸がん罹患のリスクを評価するための方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20231207BHJP
   G01N 33/573 20060101ALI20231207BHJP
   G01N 33/574 20060101ALI20231207BHJP
   C07K 16/40 20060101ALN20231207BHJP
   C12N 9/00 20060101ALN20231207BHJP
   C12N 15/13 20060101ALN20231207BHJP
   C12Q 1/25 20060101ALN20231207BHJP
【FI】
G01N33/68
G01N33/573 A
G01N33/574 A
C07K16/40
C12N9/00
C12N15/13
C12Q1/25
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2019160195
(22)【出願日】2019-09-03
(65)【公開番号】P2021038990
(43)【公開日】2021-03-11
【審査請求日】2022-09-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000236436
【氏名又は名称】浜松ホトニクス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100140442
【弁理士】
【氏名又は名称】柴山 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100200540
【弁理士】
【氏名又は名称】安藤 祐子
(72)【発明者】
【氏名】松本 浩幸
(72)【発明者】
【氏名】新家 智美
(72)【発明者】
【氏名】岡田 裕之
【審査官】大瀧 真理
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2007/0099209(US,A1)
【文献】特表2007-519903(JP,A)
【文献】特表2006-526140(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2007/0026405(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48 - 33/98
C07K 16/40
C12N 9/00
C12N 15/13
C12Q 1/25
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者由来の尿試料中のリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素を定量する工程を含む、
被験者の大腸がん罹患のリスクを評価するための方法。
【請求項2】
被験者由来の尿試料中のリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素を定量する工程を含む、
被験者が大腸がんに罹患している、又は、被験者が大腸がんに罹患している可能性があると判定するためのデータを収集する方法。
【請求項3】
被験者由来の尿試料におけるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量と、非大腸がん対照者由来の尿試料におけるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量とを比較する工程をさらに備え、被験者由来の尿試料におけるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量が、非大腸がん対照者由来の尿試料におけるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量よりも低いことは、被験者が大腸がんに罹患している、又は被験者が大腸がんに罹患している可能性が高いことを示す、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
被験者由来の尿試料におけるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量と、予め設定された参照値とを比較する工程をさらに備え、被験者由来の尿試料におけるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量が、前記参照値よりも低いことは、被験者が大腸がんに罹患している、又は被験者が大腸がんに罹患している可能性が高いことを示す、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項5】
尿試料に含まれる基準物質の濃度が規定の濃度になるように、又は、尿試料に含まれる基準物質の量が規定の量になるように、尿試料を調製する工程をさらに含む、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
基準物質が総タンパク質である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
被験者由来の尿試料におけるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素の、大腸がん検査マーカーとしての使用。
【請求項8】
抗プロスタグランジンD合成酵素抗体を備える、被験者由来の尿試料におけるリポカリン型プロスタグランジンD 合成酵素量に基づく大腸がんの検査用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大腸がん罹患のリスクを評価するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
大腸がんの罹患率および死亡率は年々増加の一途を辿り、厚生労働省の平成29年度の人口動態統計月報年計によると、大腸(結腸、直腸S状結腸移行部及び直腸)の悪性新生物(腫瘍)を死因とする死亡者数は5万646人(人口10万対)であった。
【0003】
現在、日本では、大腸がんのスクリーニング検査として便潜血検査(免疫法)2日法が主に使用されている。大腸がんや大腸がんの前駆病変となり得る腺腫から出血することが知られており、特に腺腫は、小さい腺腫では出血しないが、問題となる10mm以上の腺腫では出血が頻繁となることから便潜血検査で効率よく検出できる。便潜血検査を用いた検診により、大腸がんが早期に発見され、治療による死亡率と腺腫の検出・切除による罹患率とが減少する。このような便潜血検査による検診の有効性は無作為化比較対象試験で実証されている。特に、免疫法による便潜血検査は血液由来のヒトヘモグロビンに対して抗体を反応させて検出する原理に基づいており、ヘモグロビンを化学的に検査する化学法による便潜血検査に比べて、感度、特異度ともに優れている(非特許文献1)。
【0004】
しかしながら、便潜血検査では大腸がん以外の種々の疾患でも陽性となり得る。便潜血検査が陽性となる大腸がん以外の原因として、炎症性陽性疾患などの良性疾患による出血、腸管からの生理的出血、月経血の混入、痔核や裂肛などの痔疾患からの出血などがある。中でも痔疾患は成人において非常に高頻度に認められる疾患であり、患者が痔疾患を自覚している場合には、検診で便潜血検査が陽性となっても、患者が痔疾患からの出血が原因と考えて大腸の精査を受けないことがある。また反対に、便潜血検査陽性を理由に患者が受診しても、肛門診で易出血性と考えられる痔疾患が認められる場合には、大腸の精査を直ちに行うことが躊躇されることもある。何らかの症状があって発見された大腸がん症例の検討でも、痔疾患の既往があると、肛門出血が痔疾患によるものと考えられがちで、大腸がんの診断が遅れる可能性があることが指摘されている(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】日本消化器がん検診学会・大腸がん検診精度管理員会編、大腸がん検診マニュアル、2013年4月1日
【文献】岩瀬直人ら、日本大腸肛門病会誌、第48号、1065-1069頁、1995年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このように、便潜血検査では、大腸がん以外で便中に血液が混入する疾患を患者が有する場合に偽陽性となってしまい、このことは便潜血検査が血液由来のヘモグロビンを検出対象とするために限界があることを意味している。また、受診者が自ら検査キットを用いて採便する便潜血検査では、採便方法やその後の保存方法が適切でない場合は、検査結果が陰性となってしまう場合がある等、現在の便潜血検査にはいくつかの課題があることが指摘されている。
【0007】
したがって、本発明は、大腸がん罹患リスクを評価するための、新たな方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、鋭意研究した結果、大腸がん患者においてリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量が低いことを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち、本発明は、以下のとおりである。
[1]
被験者由来の試料中のリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素を定量する工程を含む、被験者の大腸がん罹患のリスクを評価するための方法。
[2]
被験者由来の試料中のリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素を定量する工程を含む、被験者が大腸がんに罹患している、又は、被験者が大腸がんに罹患している可能性があると判定するためのデータを収集する方法。
[3]
被験者由来の試料におけるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量と、非大腸がん対照者由来の試料におけるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量とを比較する工程をさらに備え、被験者由来の試料におけるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量が、非大腸がん対照者由来の試料におけるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量よりも低いことは、被験者が大腸がんに罹患している、又は被験者が大腸がんに罹患している可能性が高いことを示す、[1]又は[2]に記載の方法。
[4]
被験者由来の試料におけるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量と、予め設定された参照値とを比較する工程をさらに備え、被験者由来の試料におけるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量が、前記参照値よりも低いことは、被験者が大腸がんに罹患している、又は被験者が大腸がんに罹患している可能性が高いことを示す、[1]又は[2]に記載の方法。
[5]
試料に含まれる基準物質の濃度が規定の濃度になるように、又は、試料に含まれる基準物質の量が規定の量になるように、試料を調製する工程をさらに含む、[1]~[4]のいずれかに記載の方法。
[6]
基準物質が総タンパク質である、[5]に記載の方法。
[7]
試料が、尿試料である、[1]~[6]のいずれかに記載の方法。
[8]
リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素の、大腸がん検査マーカーとしての使用。
[9]
抗プロスタグランジンD合成酵素抗体を備える、大腸がんの検査用キット。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、大腸がん罹患リスクを評価するための、新たな方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、大腸がん陽性群とコントロール群の試料の総タンパク質量あたりのリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量(ng/μg)の平均値±標準誤差を表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の方法について詳細に説明する。
【0013】
本発明は、リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素を、大腸がん罹患リスクの評価のための指標として用いるものである。すなわち、本発明は、被験者由来の試料中のリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素を定量する工程を含む、被験者の大腸がん罹患のリスクを評価するための方法である。また、本発明は、被験者由来の試料中のリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素を定量する工程を含む、被験者が大腸がんに罹患している、又は、被験者が大腸がんに罹患している可能性があると判定するためのデータを収集する方法ととらえることもできる(以下、まとめて「本発明の方法」と場合により称する)。本発明の方法は、医師による患者の診断を補助する方法であって、医師による診断行為を含まない。
【0014】
本発明の方法が対象とする「大腸がん」とは、結腸及び直腸に発生するがんのことを指し、結腸には盲腸、上行結腸、横行結腸、下行結腸及びS状結腸が含まれ、直腸には直腸S状部、上部直腸、下部直腸が含まれる。がんのステージは特に限定されず、ステージ0、I、II、III、IVのいずれかであってよく、早期がん又は進行がんであってよい。また、がんには、腺がん、扁平上皮がん、腺扁平上皮がんが含まれる。
【0015】
プロスタグランジンD合成酵素には、中枢神経系、雄性生殖器、及び心臓に局在するリポカリン型(Lipocalin型)と、肥満細胞やTh2細胞に分布する造血器型(Hematopoietic型)の2種類があり、両者ともプロスタグランジンDを合成する。プロスタグランジンDは、中枢神経系の主要なプロスタグランジンであり、睡眠や痛覚の調節を行う一方、アレルギーや炎症のメディエーターとして働く(裏出良博、「プロスタグランジンD合成酵素の構造と機能」、蛋白質 核酸 酵素、第53号(3)、2008年)。本発明の方法においては、リポカリン型と造血器型の2種類のプロスタグランジンD合成酵素のうち、リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素を大腸がん罹患リスクの評価のための指標としている。
【0016】
本発明の方法において、被験者由来の試料におけるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量が、非大腸がん対照者由来の試料におけるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量よりも低い場合、そのデータは、被験者が大腸がんに罹患している、又は被験者が大腸がんに罹患している可能性が高いことを示す。非大腸がん対照者は、がん及びその他の疾患を有さない、健常個体であることが好ましい。
【0017】
したがって、本発明の方法は、被験者由来の試料におけるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量と、非大腸がん対照者由来の試料におけるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量とを比較する工程をさらに備えてもよい。比較する工程により、被験者由来の試料におけるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量が、対照者由来の試料におけるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量よりも低い場合、そのようなデータは、被験者が大腸がんに罹患している又は被験者が大腸がんに罹患している可能性が高いと判断するためのデータとすることができる。一方、被験者由来の試料におけるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量が、対照者由来の試料におけるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量よりも低くない場合、そのようなデータは、被験者が大腸がんに罹患している又は被験者が大腸がんに罹患している可能性が低いと判断するためのデータとすることができる。
【0018】
また、本発明の方法においては、被験者由来の試料におけるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量を、予め設定された参照値と比較してもよい。すなわち、本発明の方法においては、被験者由来の試料におけるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量と、予め設定された参照値とを比較する工程をさらに備えてもよい。
【0019】
参照値としては、非大腸がん対照者の集団を作り、各対照者由来の試料におけるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量のデータを集め、その平均値、中央値又は代表値を、参照値として採用してもよい。また、非大腸がん対照者のデータの95%が含まれる範囲(基準範囲)を参照値として採用してもよい。また、参照値として、大腸がん患者の集団のデータと、非大腸がん対照者の集団のデータとから統計学的に算出された、診断閾値(カットオフ値)、治療閾値、予防医学閾値等の臨床判断値を参照値として採用してもよい。場合によっては、年齢、性別、又は遺伝的背景等の特徴が異なる集団について、それぞれ異なる参照値を定めてもよい。
【0020】
参照値と比較する工程を備えることにより、被験者由来の試料におけるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量が、参照値よりも低い場合、そのようなデータは、被験者が大腸がんに罹患している又は被験者が大腸がんに罹患している可能性が高いと判断するためのデータとすることができる。一方、被験者由来の試料におけるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量が、参照値よりも低くない場合、そのようなデータは、被験者が大腸がんに罹患している又は被験者が大腸がんに罹患している可能性が低いと判断するためのデータとすることができる。
【0021】
なお、本明細書において、被験者由来の試料におけるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量が、対照者由来の試料におけるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量又は参照値よりも「低い」とは、統計学的に有意な差があることをいう。
【0022】
被験者又は対照者由来の試料は、被験者又は対照者から採取した体液又は組織から調製することができる。体液としては、特に限定されないが、例えば、尿、汗、腸液、唾液、胃液、胆汁、膵液、涙、鼻水、精液、膣液、羊水、乳汁、血液、リンパ液、組織液、体腔液、脳脊髄液、関節液、眼房水、細胞間液等を挙げることができ、これらの中でも尿が、被験者にとって負担なく採取できる点、及び、被験者由来の試料と対照者由来の試料又は参照値とでリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量を比較しやすい点から好ましい。組織としては、特に限定されないが、例えば、結腸(盲腸、上行結腸、横行結腸、下行結腸、S状結腸)及び直腸(直腸S状部、上部直腸、下部直腸)の組織等を挙げることができる。
【0023】
体液又は組織を被験者又は対照者から採取した後、リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素を定量するまでに、体液又は組織を破砕、懸濁、溶解、濃縮、希釈、乾燥、冷凍、解凍、保存、滅菌、分離、精製等の処理を適宜単独で又は組み合わせて行って、試料を調製してもよい。試料を調製する際に使用できる溶媒又はバッファーは、試料とする体液又は組織によって異なるが、例えば、リン酸緩衝生理食塩水、トリス(Tris)/塩酸(HCl)緩衝液、ヘペス(HEPES)/水酸化ナトリウム(NaOH)緩衝液等を使用することができる。
【0024】
分離及び精製手段として、濾過、遠心、塩析、酸・アルカリ処理、脱塩、クロマトグラフィー、電気泳動、限外濾過等のタンパク質の分離及び精製に用いられる公知の手段を、試料とする体液又は組織に応じて単独で又は組み合わせて適用することができる。クロマトグラフィーとしては、例えば、イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過クロマトグラフィー、疎水性クロマトグラフィー、吸着クロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等の各種クロマトグラフィーを単独で又は組み合わせて適用することができ、電気泳動としては、ポリアクリルアミドゲル電気泳動、キャピラリー電気泳動、SDS-PAGE、native PAGE、等電点電気泳動、二次元電気泳動等の各種電気泳動を単独で又は組み合わせて適用することができる。
【0025】
被験者から体液又は組織を採取する前の、飲水、食事、睡眠及び運動等の被験者の行動、並びに、湿度及び気温等の被験者の置かれた環境によって、体液又は組織中に含まれる成分濃度が一律に高くなったり低くなったりする等の影響が出ることがある。そこで、大腸がん患者でも非大腸がん対照者でも試料とする体液又は組織中に同様に検出される成分を基準物質として選択し、体液又は組織に含まれる基準物質の量又は濃度を測定し、試料中に含まれる基準物質の量が規定量になるように試料の量を調製し、あるいは、試料中に含まれる基準物質の濃度が規定濃度になるように試料の濃度を調製することで、上述の被験者の行動又は置かれた環境による成分濃度への影響を排除することができる。調製した試料におけるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素を定量し、同様に基準物質の量又は濃度が規定量又は規定濃度になるように調製した非大腸がん対照者由来の試料におけるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量と、又は、同様に調製した試料のデータから得られた参照値と比較できる。被験者由来の試料におけるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量が、対照者由来の試料におけるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量又は参照値よりも低い場合、そのようなデータは、被験者が大腸がんに罹患している又は被験者が大腸がんに罹患している可能性が高いと判断するためのデータとすることができ、一方、被験者由来の試料におけるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量が、対照者由来の試料におけるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量又は参照値よりも低くない場合、そのようなデータは、被験者が大腸がんに罹患している又は被験者が大腸がんに罹患している可能性が低いと判断するためのデータとすることができる。
【0026】
このような基準物質は、大腸がん患者及び非大腸がん対照者の体液又は組織中に同様に検出される成分であればよく、特に限定されないが、用いる体液又は組織によって適宜選択することができる。例えば、尿から試料を調製する場合、基準物質として、尿に含まれる総タンパク質、クレアチニンを挙げることができる。
【0027】
試料中のリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素の定量は、当業者がタンパク質の定量に通常用いる方法によって、行うことができる。そのような定量法としては、例えば、ELISA法、ウェスタンブロット分析法等の抗原抗体反応を利用した方法、質量分析法、リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素遺伝子の発現量を測定する方法等が挙げられる。簡便に定量を行うことができるという点では、ELISA法、ウェスタンブロット分析法等の抗原抗体反応を利用した定量が好ましい。抗原抗体反応では、リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素が、抗リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素抗体に結合する性質を利用して定量する。
【0028】
抗リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素抗体は、公知の方法により作製することができ、例えば、リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素に特異的な領域の部分配列ペプチドをマウス、ウサギ、ヤギ等の動物に免疫して抗血清を採取したり、抗リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素抗体を産生するハイブリドーマを作製したりすることによって、取得できる。また、市販品の抗リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素抗体を利用してもよい。抗リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素抗体は、ポリクローナル抗体でもモノクローナル抗体又はそれらの機能的断片でもよいが、特異性の観点からは、モノクローナル抗体であることが好ましい。
【0029】
本発明の方法により大腸がん罹患のリスクが高いと判定された被験者は、さらに、全大腸内視鏡検査、注腸エックス線検査、PET(陽電子放射断層撮影)検査等の精密検査を受けて、大腸がん罹患の診断を確定させることができる。
【0030】
(検査マーカー)
上述のように、被験者由来の試料中におけるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量は、非大腸がん対照者由来の試料中におけるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量よりも低いため、リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素は、大腸がんを検査するためのマーカーとして使用することができる。すなわち、本発明は、リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素の、大腸がん検査マーカーとしての使用を提供する。
【0031】
(検査用キット)
本発明は、大腸がんの検査に用いることが可能なキットを提供し、該キットは、抗プロスタグランジンD合成酵素抗体を備える。該抗プロスタグランジンD合成酵素抗体は、上述したものを同様に挙げることができる。該抗プロスタグランジンD合成酵素抗体は、酵素、蛍光色素、又は放射性物質等で標識されていてもよい。また、該抗プロスタグランジンD合成酵素抗体は、マイクロプレート等の担体に固定されていてもよい。
【0032】
キットにはさらに、必要に応じて、抗プロスタグランジンD合成酵素抗体を認識する抗体(二次抗体)、リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素の標品、バッファー、pH緩衝剤、安定剤、二次抗体に標識した酵素の基質等の成分に加えて、試料の分析及び大腸がん検査において、使用者の手引きとなる取扱説明書等の添付文書を含むことができる。
【実施例
【0033】
(総タンパク質の定量)
がん検診受診者より検診受診当日に随時尿を採取し、直ちに3000×g、4℃で10分間、遠心分離を行い、その上清を小分けして、-80℃の冷凍庫で保存した。検診受診後2年以内に大腸がんが確定した受診者3名(大腸がん陽性群:CC-01、CC-02、CC-03)と、がんに罹患していなかった受診者3名(コントロール群:N-17、N-18、N-19)の尿試料について、ウシ血清アルブミン(BSA)を標準タンパク質としてプロテインアッセイ(BIO-RAD)にて尿試料に含まれる総タンパク質を定量した。定量結果とそれぞれの受診者の年齢、性別(男性:M、女性:F)、がんの種類及びがんの進行度(ステージ)を表1に示した。がんの進行度(ステージ)は、国際対がん連合(UICC:Union Internationale Contre le Cancer)が採用している悪性腫瘍の病期分類(TNM分類)における進行度(ステージ)分類である。数字が大きいほどがんが進行し、0およびIは初期段階のがんであることを意味している。
【0034】
【表1】
【0035】
(試料の調製)
-80℃の冷凍庫で保存されている尿試料を解凍後、直ちに1.5mlエッペンチューブを用いてオンアイスにて、尿試料150μlに対して氷冷したアセトンを9倍量(1350μl)添加して激しく混和後、-80℃に保存した。解凍後、遠心分離操作(20600×g、20分間、4℃)にて上層のアセトンを除去し、得られた沈殿を風乾後、抽出液(7M尿素、2Mチオ尿素、32.5mM CHAPS、100mM DTT及び2.5% Pharmalyte pH3-10の混合液)50μlを添加してピペッテイング操作にて可溶化後、別のチューブに回収した。この操作を計2回行い、計100μlの試料を調製した。
【0036】
(広域pH勾配二次元ゲル電気泳動)
上記試料を用いて、まず広域pH勾配(pH3-10)を一次元目とする二次元ゲル電気泳動(2D-PAGE)を行った。2D-PAGEに供する総タンパク質量が同量になるように、先に測定した尿中総タンパク質量に基づいてアプライ量を調整した各試料を一次元目の等電点電気泳動(Immobiline DryStrip(pH3-10)、18cm)に供し、続いて二次元目のゲル電気泳動に供した。
【0037】
コントロール群であるN-17、N-18、N-19のそれぞれの試料の2D-PAGEの画像と、N-17、N-18、N-19の混合試料の2D-PAGEの画像とから、解析ソフトを用いて変動するスポットを除去することで、500~700個のタンパク質スポットが明確に分離・確認され、これらをコントロール群で共通するタンパク質スポットと決定した。
【0038】
同様に大腸がん陽性群であるCC-01、CC-02、CC-03のそれぞれの試料の2D-PAGEの画像と、CC-01、CC-02、CC-03の混合試料の2D-PAGEの画像とから、大腸がん陽性群で共通するタンパク質スポットを決定した。
【0039】
大腸がん陽性群で共通するタンパク質スポットと、コントロール群で共通するタンパク質スポットとの変動量を、解析ソフトを用いて分析した。その結果、大腸がん陽性群とコントロール群と比較して差異が認められたスポット390個のうち、大腸がん陽性群とコントロール群とでタンパク質量が異なるスポットが5スポット存在することが明らかとなった。
【0040】
(狭域pH勾配二次元ゲル電気泳動)
次に5スポットの等電点領域に合わせた狭域pH勾配(pH4-7)を一次元目とする2D-PAGEを行った。一次元目の等電点電気泳動で狭域pH勾配のImmobiline DryStrip(pH4-7)を用いたこと以外は広域pH勾配2D-PAGEと同様に分析した。その結果、一次元目を狭域pH勾配としたことで分離されたスポットもあり、大腸がん陽性群とコントロール群と比較して差異が認められたスポットは797個となり、そのうち、大腸がん陽性群とコントロール群とでタンパク質量が異なるスポットが13スポット存在することが明らかとなった。
【0041】
狭域pH勾配の2D-PAGEで分離された13スポットのうち、5スポットについては、2D-PAGEによる分離の再現性があまり良くないため、以降の分析から除外した。残りの8スポットの中から、スポットの分離の明瞭さと再現性、さらに2D-PAGEのマーカーの分子量及び等電点に基づいて1つのスポットを選択し、この1つのスポットについて高速液体クロマトグラフィー/質量分析装置(LC-MS/MS)によるタンパク質の同定を行うことを決定した。
【0042】
(LC-MS/MSによる分析)
上記の狭域pH勾配の2D-PAGEのゲルより目的スポットを切り出し、トリプシン消化(ゲル内消化)後にLC-MS/MSによる分析を行った。解析ソフト(Scaffold)を使用してLC-MS/MS分析データを読み込み、リストアップされたタンパク質についてペプチド断片のアミノ酸配列とそのアミノ酸配列を含むタンパク質についての相同性を検討した。その結果、目的スポットはプロスタグランジンD合成酵素と相同性が高かった。
【0043】
(抗原抗体反応によるタンパク質の分析)
上述した大腸がん陽性群(CC-01、CC-02、CC-03)と、コントロール群(N-17、N-18、N-19)の尿試料からアセトン沈殿法によりタンパク質ペレットを得て、変性還元処理により試料を調製した。試料は、総タンパク質の定量結果に基づいて、各試料中総タンパク質濃度が100ng/μlとなるように調製した。各ウェルに8ul(総タンパク質量:800ng)をアプライしてSDS-PAGEを行い、PVDF膜に転写して抗プロスタグランジンD合成酵素抗体を用いたウェスタンブロット分析を行った。プロスタグランジンD合成酵素には造血器型とリポカリン型の2種類があるため、それぞれに対する抗体を一次抗体として用い、一次抗体に対する蛍光標識した二次抗体を用いた。その結果、大腸がん陽性群とコントロール群の試料について、抗造血器型プロスタグランジンD合成酵素抗体に対しては3つ全ての試料で全くバンドが観察されず、抗リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素抗体に対してはコントロール群、大腸がん陽性群の全てにおいてバンドが確認された。よって、目的スポットのタンパク質はリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素であることが確認された。
【0044】
(リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素の定量)
上述した大腸がん陽性群(CC-01、CC-02、CC-03)と、コントロール群(N-17、N-18、N-19)の尿試料からアセトン沈殿法によりタンパク質ペレットを得て、変性還元処理により試料を調製した。試料は、総タンパク質の定量結果に基づいて、各試料中総タンパク質濃度が50ng/μlとなるように調製した。各ウェルに8ul(総タンパク質量:400ng)をアプライしてSDS-PAGEを行い、PVDF膜に転写して抗リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素/ヤギ抗体を一次抗体、蛍光色素(ATTO 532)で標識した抗ヤギIgG/ウサギ抗体を二次抗体とした蛍光ウェスタンブロット分析を行った。二次抗体による反応後のPVDF膜に対して蛍光イメージャー(Typhoon 8600、GEヘルスケア)を用いて蛍光像を取得し、画像解析ソフト(ImageQuant)を用いて蛍光バンドのシグナル量/面積であるVolume値を求めた。
【0045】
リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素の標品(BioVendor社製Prostaglandin D Synthase Human E. coli (カタログNo.RD172113100))を用い、上記と同様に変性還元処理を行い、30.52pg/μl~0.25μg/μlの範囲の複数の濃度の標準試料を調製した。各ウェルに8μlの標準試料をアプライして上記と同様に蛍光ウェスタンブロット分析を行い、蛍光バンドのシグナル量/面積であるVolume値を求め、各標準試料の濃度から検量線を作成したところ、高い直線性が認められた。
【0046】
得られた検量線と大腸がん陽性群及びコントロール群の各試料のVolume値から、各試料について、総タンパク質量あたりのリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量(ng/μg)を算出した。結果を表2及び図1に示す。図1は、両群の試料の総タンパク質量あたりのリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素量(ng/μg)の平均値±標準誤差を表す。さらに、各群の平均値±標準誤差について、統計学的に差があるかt検定を行ったところ、95%信頼区間で有意差が確認された(P<0.05、統計解析ソフトはエクセル統計を使用した)。
【0047】
【表2】
図1