(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-06
(45)【発行日】2023-12-14
(54)【発明の名称】アルミニウム合金線および電線
(51)【国際特許分類】
C22C 21/00 20060101AFI20231207BHJP
C22F 1/04 20060101ALI20231207BHJP
H01B 1/02 20060101ALI20231207BHJP
H01B 5/02 20060101ALI20231207BHJP
H01B 5/10 20060101ALI20231207BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20231207BHJP
【FI】
C22C21/00 A
C22F1/04 G
H01B1/02 B
H01B5/02 Z
H01B5/10
C22F1/00 602
C22F1/00 625
C22F1/00 630A
C22F1/00 650A
C22F1/00 661A
C22F1/00 681
C22F1/00 683
C22F1/00 684B
C22F1/00 685Z
C22F1/00 694A
C22F1/00 691A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 694B
(21)【出願番号】P 2020059670
(22)【出願日】2020-03-30
【審査請求日】2022-11-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000217686
【氏名又は名称】電源開発株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145872
【氏名又は名称】福岡 昌浩
(74)【代理人】
【識別番号】100187643
【氏名又は名称】白鳥 昌宏
(72)【発明者】
【氏名】渡部 雅人
(72)【発明者】
【氏名】中川 博之
(72)【発明者】
【氏名】長野 宏治
(72)【発明者】
【氏名】小川 寿春
(72)【発明者】
【氏名】岩山 功
(72)【発明者】
【氏名】桑原 鉄也
(72)【発明者】
【氏名】赤祖父 保広
(72)【発明者】
【氏名】北村 真一
(72)【発明者】
【氏名】加藤 厚志
(72)【発明者】
【氏名】小谷 智哉
(72)【発明者】
【氏名】大谷 和也
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】特開昭63-293146(JP,A)
【文献】特開平09-316574(JP,A)
【文献】国際公開第2011/105584(WO,A1)
【文献】特開2013-095987(JP,A)
【文献】国際公開第2018/062322(WO,A1)
【文献】特開2006-222021(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0110704(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第101013616(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 21/00 - 21/18
C22F 1/04 - 1/057
H01B 1/02
H01B 5/02
H01B 5/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Zrを0.20質量%以上0.40質量%以下、Feを0.25質量%以上0.45質量%以下、Siを0.05質量%以上0.25質量%以下、Cuを0.10質量%以上0.30質量%以下、Tiを0.005質量%以上0.03質量%以下、Vを0.001質量%以上0.005質量%以下含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、
導電率は、58%IACS以上であるアルミニウム合金線。
【請求項2】
引張強さは、日本電線工業会規格JCS-1363に規定される引張強さ以上である請求項1に記載のアルミニウム合金線。
【請求項3】
さらにSrを0.001質量%以上0.06質量%以下含有する請求項1または請求項2に記載のアルミニウム合金線。
【請求項4】
Srの少なくとも一部が析出している請求項3に記載のアルミニウム合金線。
【請求項5】
Vの含有量Aに対する、Cuの含有量Bの比率B/Aは、50以上である請求項1から請求項4のいずれか1項に記載のアルミニウム合金線。
【請求項6】
複数のアルミニウム合金線が撚り合わされて設けられる撚線部を有し、
前記アルミニウム合金線は、Zrを0.20質量%以上0.40質量%以下、Feを0.25質量%以上0.45質量%以下、Siを0.05質量%以上0.25質量%以下、Cuを0.10質量%以上0.30質量%以下、Tiを0.005質量%以上0.03質量%以下、Vを0.001質量%以上0.005質量%以下含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、
前記アルミニウム合金線の導電率は、58%IACS以上である電線。
【請求項7】
鋼心部と、
前記鋼心部の外側に複数のアルミニウム合金線が撚り合わされて設けられる撚線部と、
を有し、
前記アルミニウム合金線は、Zrを0.20質量%以上0.40質量%以下、Feを0.25質量%以上0.45質量%以下、Siを0.05質量%以上0.25質量%以下、Cuを0.10質量%以上0.30質量%以下、Tiを0.005質量%以上0.03質量%以下、Vを0.001質量%以上0.005質量%以下含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、
前記アルミニウム合金線の導電率は、58%IACS以上である電線。
【請求項8】
引張荷重は、日本電線工業会規格JCS-1363に規定される最小引張荷重以上である、請求項7に記載の電線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、アルミニウム合金線および電線に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム合金線は、導電用材料として、電線などに用いられている。例えば、特許文献1では、アルミニウムに、ZrやFeなどの合金元素を添加した、アルミニウム合金線が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本開示の目的は、アルミニウム合金線の導電率を大幅に向上できる技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本開示の一態様によれば、
Zrを0.20質量%以上0.40質量%以下、Feを0.25質量%以上0.45質量%以下、Siを0.05質量%以上0.25質量%以下、Cuを0.10質量%以上0.30質量%以下、Tiを0.005質量%以上0.03質量%以下、Vを0.001質量%以上0.005質量%以下含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、
導電率は、58%IACS以上であるアルミニウム合金線が提供される。
【0006】
本開示の他の態様によれば、
複数のアルミニウム合金線が撚り合わされて設けられる撚線部を有し、
前記アルミニウム合金線は、Zrを0.20質量%以上0.40質量%以下、Feを0.25質量%以上0.45質量%以下、Siを0.05質量%以上0.25質量%以下、Cuを0.10質量%以上0.30質量%以下、Tiを0.005質量%以上0.03質量%以下、Vを0.001質量%以上0.005質量%以下含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、
前記アルミニウム合金線の導電率は、58%IACS以上である電線が提供される。
【0007】
本開示のさらに他の態様によれば、
鋼心部と、
前記鋼心部の外側に複数のアルミニウム合金線が撚り合わされて設けられる撚線部と、
を有し、
前記アルミニウム合金線は、Zrを0.20質量%以上0.40質量%以下、Feを0.25質量%以上0.45質量%以下、Siを0.05質量%以上0.25質量%以下、Cuを0.10質量%以上0.30質量%以下、Tiを0.005質量%以上0.03質量%以下、Vを0.001質量%以上0.005質量%以下含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、
前記アルミニウム合金線の導電率は、58%IACS以上である電線が提供される。
【発明の効果】
【0008】
本開示によれば、アルミニウム合金線の導電率を大幅に向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、本開示の一実施形態に係る電線100の軸方向と直交する断面図である。
【
図2】
図2は、本開示の一実施形態に係る電線100の製造方法の一例を示すフローチャートである。
【
図3】
図3は、本開示の一実施形態に係る時効工程S240のプロセスの一例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[本開示の実施形態の説明]
<発明者の得た知見>
まず、発明者等が得た知見について説明する。
【0011】
海峡横断や河川横断などで使用される電線の径間長は、1000m以上となることがある。径間長が1000m以上となる海峡横断や河川横断のためにACSR(鋼心アルミニウム撚り線、Aluminium Conductors Steel Reinforced)系の電線を適用する場合、電線と線下を通過する貨物船などとの間隔を充分に確保するため、電線の引張荷重を大きくし、高い張力で電線を架線することが必要となる。
【0012】
そこで、海峡横断や河川横断などで使用される電線におけるアルミニウム合金線としては、高い強度と、高い導電率とを有することが求められてきた。そのようなアルミニウム合金線としては、例えば、高力耐熱アルミニウム合金線が例示される。
【0013】
従来のアルミニウム合金線は、必要とされる強度を得るために、Zr、Fe、Siなどの合金元素を一定量以上添加することが一般的であった。しかしながら、合金元素の過剰な添加は、アルミニウム中に固溶する合金元素を増加させ、導電率を低下させてしまう傾向があった。
【0014】
本発明者等は、上述のような事象に対して鋭意研究を行った。その結果、微量のVを添加し、2段階の時効処理を行うことによって、従来のアルミニウム合金線と比較して、導電率を大幅に向上できることを見出した。
【0015】
本開示は、発明者等が見出した上記知見に基づくものである。
【0016】
<本開示の実施態様>
次に、本開示の実施態様を列記して説明する。
【0017】
[1]本開示の一態様に係るアルミニウム合金線は、
Zrを0.20質量%以上0.40質量%以下、Feを0.25質量%以上0.45質量%以下、Siを0.05質量%以上0.25質量%以下、Cuを0.10質量%以上0.30質量%以下、Tiを0.005質量%以上0.03質量%以下、Vを0.001質量%以上0.005質量%以下含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、
導電率は、58%IACS以上である。
この構成によれば、アルミニウム中に微細なAl3Zr析出物を増やすことができる。Al3Zr析出物を増やすことで、アルミニウム中に固溶するZrを低減させ、導電率を向上させることができる。また、アルミニウム中に固溶するVを低減させ、導電率を向上させることができる。
【0018】
[2]上記[1]に記載のアルミニウム合金線において、
前記アルミニウム合金線の引張強さは、日本電線工業会規格JCS-1363に規定される引張強さ以上である。
この構成によれば、アルミニウム中のAl3Zr析出物を微細化させ、強度および耐熱性を向上させることができる。
【0019】
[3]上記[1]または[2]に記載のアルミニウム合金線において、
さらにSrを0.001質量%以上0.06質量%以下含有する。
この構成によれば、アルミニウム合金の結晶粒を微細化させ、割れなどの欠陥の発生を抑制することができる。また、アルミニウム中に不純物として存在するSrを低減させ、導電率を向上させることができる。
【0020】
[4]上記[3]に記載のアルミニウム合金線において、
Srの少なくとも一部が析出している。
この構成によれば、割れなどの欠陥の発生を抑制することができる。
【0021】
[5]上記[1]から[4]のいずれか1つに記載のアルミニウム合金線において、
Vの含有量Aに対する、Cuの含有量Bの比率B/Aは、50以上である。
この構成によれば、Cuの析出物を微細化させ、強度を向上させることができる。
【0022】
[6]本開示の他の態様に係る電線は、
複数のアルミニウム合金線が撚り合わされて設けられる撚線部を有し、
前記アルミニウム合金線は、Zrを0.20質量%以上0.40質量%以下、Feを0.25質量%以上0.45質量%以下、Siを0.05質量%以上0.25質量%以下、Cuを0.10質量%以上0.30質量%以下、Tiを0.005質量%以上0.03質量%以下、Vを0.001質量%以上0.005質量%以下含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、
前記アルミニウム合金線の導電率は、58%IACS以上である。
この構成によれば、アルミニウム中に微細なAl3Zr析出物を増やすことができる。Al3Zr析出物を増やすことで、アルミニウム中に固溶するZrを低減させ、導電率を向上させることができる。また、アルミニウム中に固溶するVを低減させ、導電率を向上させることができる。
【0023】
[7]本開示のさらに他の態様に係る電線は、
鋼心部と、
前記鋼心部の外側に複数のアルミニウム合金線が撚り合わされて設けられる撚線部と、
を有し、
前記アルミニウム合金線は、Zrを0.20質量%以上0.40質量%以下、Feを0.25質量%以上0.45質量%以下、Siを0.05質量%以上0.25質量%以下、Cuを0.10質量%以上0.30質量%以下、Tiを0.005質量%以上0.03質量%以下、Vを0.001質量%以上0.005質量%以下含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、
前記アルミニウム合金線の導電率は、58%IACS以上である。
この構成によれば、アルミニウム中に微細なAl3Zr析出物を増やすことができる。Al3Zr析出物を増やすことで、アルミニウム中に固溶するZrを低減させ、導電率を向上させることができる。また、アルミニウム中に固溶するVを低減させ、導電率を向上させることができる。
【0024】
[8]上記[7]に記載の電線において、
引張荷重は、日本電線工業会規格JCS-1363に規定される最小引張荷重以上である。
この構成によれば、従来の長径間電線と比較して、引張荷重を同等以上としつつ、導電率を向上させることができる。
【0025】
[本開示の実施形態の詳細]
次に、本開示の一実施形態を、以下に図面を参照しつつ説明する。なお、本発明はこれらの例示に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【0026】
<本開示の第1実施形態>
(1)アルミニウム合金線
まず、本実施形態のアルミニウム合金線140について説明する。
【0027】
本実施形態のアルミニウム合金線140は、例えば、Zrと、Feと、Siと、Cuと、Tiと、Vと、を含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなっている。
【0028】
Zrは、アルミニウム中に微細なAl3Zrとして主に析出し、アルミニウム合金線140の強度および耐熱性を向上させる合金元素である。アルミニウム中に微細なAl3Zrを多数析出させることで、アルミニウム合金組織の転位の伝播を抑制することができる。その結果、アルミニウム合金が塑性変形し難くなるため、強度を向上させることができる。また、アルミニウム合金中に分散した微細なAl3Zr析出物は、高温環境においても転位の障害物として存在している。その結果、アルミニウム合金組織を安定化させ、耐熱性を向上させることができる。
【0029】
なお、本明細書において、「析出」とは、「液相から固相が生じる現象」と、「固相から固相が生じる現象」とを含むものとする。
【0030】
Zrの含有量は、例えば、0.20質量%以上0.40質量%以下である。Zrの含有量が0.20質量%未満では、Al3Zrの析出量が少なく、強度および耐熱性を向上させ難くなる。これに対し、Zrの含有量を0.20質量%以上とすることで、充分な量のAl3Zrが析出するので、強度および耐熱性を向上させることができる。一方で、Zrの含有量が0.40質量%を超えると、アルミニウム中に固溶するZrが増え、導電率が低下する。これに対し、Zrの含有量を0.40質量%以下とすることで、アルミニウム中に固溶するZrを低減させ、導電率を向上させることができる。
【0031】
Feは、アルミニウム中に主に析出し、アルミニウム合金線140の強度を向上させる合金元素である。
【0032】
Feの含有量は、例えば、0.25質量%以上0.45質量%以下である。Feの含有量が0.25質量%未満では、Feの析出量が少なく、強度を向上させ難くなる。これに対し、Feの含有量を0.25質量%以上とすることで、充分な量のFeが析出するので、強度を向上させることができる。一方で、Feの含有量が0.45質量%を超えると、アルミニウム中に析出するFeが過剰となり、導電率が低下する。これに対し、Feの含有量を0.45質量%以下とすることで、アルミニウム中に析出するFeを低減させ、導電率を向上させることができる。
【0033】
Siは、アルミニウム中に主に固溶し、時効処理工程において、Al3Zrの析出を促進させる作用を呈す合金元素である。
【0034】
Siの含有量は、例えば、0.05質量%以上0.25質量%以下である。Siの含有量が0.05質量%未満では、Al3Zrの析出を促進させる作用が生じ難くなる。これに対し、Siの含有量を0.05質量%以上とすることで、Al3Zrの析出を促進させ、強度および耐熱性を向上させることができる。一方で、Siの含有量が0.25質量%を超えると、アルミニウム中に固溶するSiが増え、導電率が低下する。これに対し、Siの含有量を0.25質量%以下とすることで、アルミニウム中に固溶するSiを低減させ、導電率を向上させることができる。
【0035】
Cuは、アルミニウム合金線140の強度を向上させる合金元素である。
【0036】
Cuの含有量は、例えば、0.10質量%以上0.30質量%以下である。Cuの含有量が0.10質量%未満では、強度を向上させ難くなる。これに対し、Cuの含有量を0.10質量%以上とすることで、強度を向上させることができる。一方で、Cuの含有量が0.30質量%を超えると、アルミニウム中に固溶するCuが増え、導電率が低下する。これに対し、Cuの含有量を0.30質量%以下とすることで、アルミニウム中に固溶するCuを低減させ、導電率を向上させることができる。
【0037】
Tiは、一部がアルミニウム中にTi化合物として析出し、アルミニウム合金の結晶粒を微細化させ、割れなどの欠陥の発生を抑制する作用を呈す合金元素である。
【0038】
Tiの含有量は、例えば、0.005質量%以上0.03質量%以下である。Tiの含有量が0.005質量%未満では、アルミニウム合金の結晶粒を微細化させる効果が生じ難くなる。これに対し、Tiの含有量を0.005質量%以上とすることで、アルミニウム合金の結晶粒を微細化させ、割れなどの欠陥の発生を抑制することができる。一方で、Tiの含有量が0.03質量%を超えると、アルミニウム中に固溶するTiが増え、導電率が低下する。これに対し、Tiの含有量を0.03質量%以下とすることで、アルミニウム中に固溶するTiを低減させ、導電率を向上させることができる。
【0039】
Vは、ZrやFeなどの合金元素と比較して、アルミニウム中に固溶した際の導電率低下が大きい合金元素である。このため、従来では、アルミニウム中に固溶するVを低減するために、Vの含有量は少ないことが好ましいとされてきた。
【0040】
ここで、発明者等はVについて着目し、鋭意検討を進めた。その結果、Vは、時効処理工程において、微細なAl3Zrの析出を促進させ、アルミニウム合金線の導電率を向上させる作用を呈すという知見を得た。
【0041】
しかしながら、一定量以上のVを添加した場合、V添加による導電率向上の効果よりも、Vの固溶による導電率低下の影響が大きい。そのため、一定量以上のVを添加しただけでは、導電率向上の効果はVの固溶の影響によって相殺されていた。一方、Vの含有量が少ない場合には、導電率を向上させる効果が得られ難かった。
【0042】
これに対し、発明者等は、さらなる鋭意検討を進めた。その結果、微量のVを添加し、さらに、後述する2段階の時効処理を行うことで、Vの含有量が少なくても、微細なAl3Zrの析出を促進できることを見出した。これにより、アルミニウム中に固溶するZrを低減させ、導電率を向上させることが可能となる。また、Vの含有量が少ないため、Vの固溶による導電率の低下を抑制することが可能となる。
【0043】
Vの含有量は、例えば、0.001質量%以上0.005質量%以下、好ましくは0.003質量%未満である。Vの含有量が0.001質量%未満では、微細なAl3Zrの析出を促進させる効果が生じ難くなる。これに対し、Vの含有量を0.001質量%以上とし、後述する2段階の時効処理を行うことで、微細なAl3Zrの析出を促進させることができる。微細なAl3Zr析出物を増やすことで、アルミニウム中に固溶するZrを低減させ、アルミニウム合金線140の導電率を向上させることができる。一方で、Vの含有量が0.005質量%を超えると、アルミニウム中に固溶するVが増え、導電率が低下する。これに対し、Vの含有量を0.005質量%以下とすることで、アルミニウム中に固溶するVを低減させ、導電率を向上させることができる。さらに、Vの含有量を0.003質量%未満とすることで、アルミニウム中に固溶するVをさらに低減させ、導電率をさらに向上させることができる。
【0044】
また、Vの含有量Aに対する、Cuの含有量Bの比率B/Aを、例えば、50以上としてもよい。B/Aを50以上とし、後述する2段階の時効処理を行うことで、アルミニウム中に微細なCuを均一に析出させることができる。その結果、強度を向上させることが可能となる。なお、B/Aの上限は、特に限定されないが、例えば、300であることが例示される。
【0045】
本実施形態のアルミニウム合金線140は、以下のような特性を有している。
【0046】
本実施形態のアルミニウム合金線140の導電率は、例えば、58%IACS以上であり、従来の高力耐熱アルミニウム合金線の導電率(55%IACS、日本電線工業会規格JCS-1363参照。)と比較して、大幅に導電率が向上している。なお、導電率の単位「%IACS」とは、国際標準軟銅(International Annealed Copper Standard)の導電率を100%としたときの導電率の比率である。
【0047】
なお、本実施形態のアルミニウム合金線140の導電率の上限は、特に限定されないが、例えば、60%IACSであることが例示される。
【0048】
本実施形態のアルミニウム合金線140の引張強さは、従来の高力耐熱アルミニウム合金線の引張強さ(日本電線工業会規格JCS-1363参照。)以上となっている。なお、JCS-1363に規定される、アルミニウム合金線の線径ごとの引張強さ規格値は、以下の通りである。
φ2.6mm:248MPa以上
φ2.9mm:245MPa以上
φ3.2、3.5、3.8mm:241MPa以上
φ4.0mm:238MPa以上
φ4.4、4.5、4.8mm:225MPa以上
また、JCS-1363に規定される線径の許容差は以下の通りである。
φ2.6、2.9mm:±0.03mm
φ3.2、3.5、3.8、4.0、4.4、4.5、4.8mm:±0.04mm
本実施形態のアルミニウム合金線140の引張強さは、線径がJCS-1363に規定される線径の許容差の範囲内で、当該JCS-1363に規定される引張強さ以上である。
【0049】
なお、本実施形態のアルミニウム合金線140の引張強さの上限は、特に限定されないが、例えば、300MPaであることが例示される。
【0050】
本実施形態のアルミニウム合金線140の耐熱性は、230℃で1時間の熱処理を行った後の引張強さβの、熱処理前の引張強さαに対する比率(β/α)×100%で評価される。本実施形態のアルミニウム合金線140の耐熱性は、例えば、90%以上であり、従来の高力耐熱アルミニウム合金線の耐熱性(日本電線工業会規格JCS-1363参照。)と比較して、同水準以上となっている。
【0051】
なお、本実施形態のアルミニウム合金線140の耐熱性の上限は、特に限定されないが、例えば、99%であることが例示される。
【0052】
(2)電線
次に、本実施形態の電線100について説明する。
【0053】
本実施形態の電線100について、
図1を用いて説明する。
図1は、本実施形態の電線100の軸方向と直交する断面図である。
【0054】
本実施形態の電線100は、鋼心部110と、撚線部120とを有している。鋼心部110は、電線100の中心に設けられている。鋼心部110は、架線時に電線100の張力を負担するテンションメンバとして機能する。撚線部120は、鋼心部110の外周を覆うように設けられている。撚線部120は、送電時に主に電流を流す導体部分として機能する。
【0055】
鋼心部110は、複数の心線130が撚り合わされて設けられている。鋼心部110は、例えば、第1鋼心層111と、第2鋼心層112とを有している。第1鋼心層111は、例えば、電線100の中心に設けられ1本の心線130により構成される。第2鋼心層112は、例えば、第1鋼心層111の外周を覆うように6本の心線130が撚り合わされて設けられている。
【0056】
鋼心部110のそれぞれの心線130は、中心に設けられている鋼線部131と、鋼線部131の外周を被覆するように設けられている被覆部132とを有している。このような心線130としては、例えば、アルミ覆鋼線や亜鉛めっき鋼線を用いることができる。
【0057】
撚線部120は、本実施形態のアルミニウム合金線140が複数撚り合わされて設けられている。撚線部120は、例えば、第1撚線層121と、第2撚線層122とを有している。第1撚線層121は、例えば、鋼心部110の外周を覆うように12本のアルミニウム合金線140が撚り合わされて設けられている。第2撚線層122は、例えば、第1撚線層121の外周を覆うように18本のアルミニウム合金線140が撚り合わされて設けられている。
【0058】
本実施形態の電線100の引張荷重は、日本電線工業会規格JCS-1363に規定される最小引張荷重以上となっている。なお、JCS-1363に規定される、アルミニウム合金線の断面積の和ごとの最小引張荷重は、以下の通りである。
79mm2:72.4kN(KTACSR、KTACSR/AC)
97mm2:85.3kN(KTACSR、KTACSR/AC)
120mm2:102.0kN(KTACSR、KTACSR/AC)
150mm2:129.7kN(KTACSR)、132.9kN(KTACSR/AC)
160mm2:79.7kN(KTACSR、KTACSR/AC)
240mm2:116.6kN(KTACSR、KTACSR/AC)
330mm2:130.4kN(KTACSR、KTACSR/AC)
410mm2:160.7kN(KTACSR、KTACSR/AC)
610mm2:223.5kN(KTACSR、KTACSR/AC)
680mm2:193.5kN(KTACSR、KTACSR/AC)
810mm2:229.2kN(KTACSR、KTACSR/AC)
なお、KTACSRは、心線130に亜鉛めっき鋼線を用いた場合を意味し、KTACSR/ACは、心線130にアルミ覆鋼線を用いた場合を意味する。
本実施形態の電線100の引張荷重は、アルミニウム合金線140の断面積の和が、JCS-1363に規定される線径の許容差に相当する範囲内で、当該JCS-1363に規定される最小引張荷重以上である。
【0059】
(3)アルミニウム合金線および電線の製造方法
次に、本実施形態のアルミニウム合金線140および電線100の製造方法について説明する。
【0060】
図2は、本実施形態の電線100の製造方法の一例を示すフローチャートである。本実施形態の電線100の製造方法は、例えば、アルミニウム合金線製造工程S200と、鋼心部形成工程S260と、撚線部形成工程S270とを有する。アルミニウム合金線製造工程S200は、例えば、溶解工程S210と、連続鋳造圧延工程S220と、第1伸線工程S230と、時効工程S240と、第2伸線工程S250とを有する。時効工程S240は、第1時効工程S241と、第2時効工程S242とを有する。
【0061】
(S200:アルミニウム合金線製造工程)
まず、以下のようにして、本実施形態のアルミニウム合金線140を作製する。
【0062】
(S210:溶解工程)
溶解工程S210では、アルミニウム地金を溶融炉にて溶融し、Zrと、Feと、Siと、Cuと、Tiと、Vとを、それぞれ所定の含有量になるように調整して、溶融アルミニウムとしてのアルミニウム溶湯を得る。本工程のアルミニウム溶湯は、例えば、Zrを0.20質量%以上0.40質量%以下、Feを0.25質量%以上0.45質量%以下、Siを0.05質量%以上0.25質量%以下、Cuを0.10質量%以上0.30質量%以下、Tiを0.005質量%以上0.03質量%以下、Vを0.001質量%以上0.005質量%以下含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなる。
【0063】
溶解工程S210のアルミニウム溶湯の温度は、例えば、Zrが充分に固溶する温度で、かつ熱管理が容易な温度から適宜選択される。
【0064】
溶解工程S210では、Vを添加することによって所定の含有量になるように調整してもよいし、予めアルミニウム地金に含まれているVを除去することによって所定の含有量になるように調整してもよい。
【0065】
(S220:連続鋳造圧延工程)
アルミニウム溶湯を得たら、アルミニウム溶湯を用い、例えば、プロペルチ式連続鋳造圧延機により、鋳造と、熱間圧延とを、連続で行い、アルミニウム合金荒引き線を得る。
【0066】
(S230:第1伸線工程)
アルミニウム合金荒引き線を得たら、アルミニウム合金荒引き線を、所定の径に冷間伸線加工し、アルミニウム合金伸線を得る。冷間伸線加工の加工条件としては、以下が例示される。
伸線中のアルミ線の温度:10℃以上150℃以下
伸線速度:20m/min以上600m/min以下
1ダイスあたりの減面率:10%以上30%以下
ダイス角度:10度以上26度以下
【0067】
(S240:時効工程)
アルミニウム合金伸線を得たら、アルミニウム合金伸線に対して熱処理を行い、アルミニウム中にAl3Zrを析出させる。
【0068】
図3に、本実施形態の時効工程S240のプロセスの一例を示す。本実施形態の時効工程S240では、第1時効工程S241と、第2時効工程S242とを、他の工程を介さずに連続的に行う。第1時効工程S241では、第1伸線工程S230で得たアルミニウム合金伸線に対して、第1温度T
1で第1熱処理時間t
1の熱処理を行う。第2時効工程S242では、第1時効工程S241後のアルミニウム合金伸線に対して、第2温度T
2で第2熱処理時間t
2の熱処理を行う。なお、
図3のRTは常温を示している。
【0069】
第1時効工程S241では、アルミニウム合金中にAl3Zr析出核を多数生成させる。その後、冷間加工などが行われると、生成したAl3Zr析出核が分断されて熱的に不安定になり、失われてしまう可能性がある。これに対し、第1時効工程S241と、第2時効工程S242とを、他の工程を介さずに連続的に行うことによって、生成したAl3Zr析出核が分断されることなく、熱的に安定な状態で残存しやすい。これにより、生成したAl3Zr析出核を第2時効工程S242にて成長させ、Al3Zrを多数析出させることができる。
【0070】
(S241:第1時効工程)
第1時効工程S241では、アルミニウム中にAl3Zr析出核を多数生成させる。アルミニウム中にAl3Zr析出核を多数生成させ、後述する第2時効工程S242でAl3Zr析出物を多数成長させることで、アルミニウム中に固溶するZrを低減させ、導電率を向上させることができる。
【0071】
第1温度T1は、例えば、300℃以上370℃以下とするのが好ましい。第1温度T1が300℃未満では、Al3Zr析出核が生成し難くなる。これに対し、第1温度T1を300℃以上とすることで、Al3Zr析出核を多数生成させることができる。一方で、第1温度T1が370℃を超えると、Al3Zrが粗大に析出して、耐熱性が低下する可能性がある。これに対し、第1温度T1を370℃以下とすることで、Al3Zrが粗大に析出することを抑制することができる。
【0072】
第1時効工程S241では、第1熱処理時間t1の間、温度を第1温度T1で一定に保持する。ここでいう「第1温度T1で一定に保持する」とは、300℃以上370℃以下の範囲内を満たす所定温度で完全に一定に保持することだけでなく、上述の範囲内を満たす所定温度の±10℃以内で保持することを含む。
【0073】
第1熱処理時間t1は、例えば、2時間以上10時間以下とするのが好ましい。第1熱処理時間t1が2時間未満では、充分な個数のAl3Zr析出核が生成しない。これに対し、第1熱処理時間t1を2時間以上とすることで、充分な個数のAl3Zr析出核を生成させることができる。一方で、第1熱処理時間t1が10時間を超えると、Al3Zr析出核の生成は飽和するので、生産性に劣る。これに対し、第1熱処理時間t1を10時間以下とすることで、生産性を向上させることができる。
【0074】
(S242:第2時効工程)
第2時効工程S242では、アルミニウム中に微細なAl3Zr析出物を、上述のAl3Zr析出核から成長させる。Al3Zr析出物を微細化して均一に分散させることで、強度および耐熱性を向上させることができる。
【0075】
第2温度T2は、第1温度T1よりも高い温度とするのが好ましい。第2温度T2は、例えば、350℃以上400℃以下とするのが好ましい。第2温度T2が350℃未満では、Al3Zr析出物が、Al3Zr析出核から成長するのが遅くなる。これに対し、第2温度T2を350℃以上とすることで、Al3Zr析出物を、Al3Zr析出核から速やかに成長させることができる。一方で、第2温度T2が400℃を超えると、Al3Zrが粗大に析出して、耐熱性が低下する可能性がある。これに対し、第2温度T2を400℃以下とすることで、Al3Zrが粗大に析出することを抑制することができる。
【0076】
第2時効工程S242では、第2熱処理時間t2の間、温度を第2温度T2で一定に保持する。ここでいう「第2温度T2で一定に保持する」とは、350℃以上400℃以下の範囲内を満たす所定温度で完全に一定に保持することだけでなく、上述の範囲内を満たす所定温度の±10℃以内で保持することを含む。
【0077】
第2熱処理時間t2は、第2温度T2で保持する時間のことをいう。第2熱処理時間t2は、第1熱処理時間t1より長い時間とするのが好ましい。第2熱処理時間t2は、例えば、50時間以上140時間以下とするのが好ましい。第2熱処理時間t2が50時間未満では、充分な個数のAl3Zr析出物が、Al3Zr析出核から成長しない。これに対し、第2熱処理時間t2を50時間以上とすることで、充分な個数のAl3Zr析出物を、Al3Zr析出核から成長させることができる。一方で、第2熱処理時間t2が140時間を超えると、Al3Zr析出物が粗大化し、耐熱性および引張強さが低下する可能性がある。これに対し、第2熱処理時間t2を140時間以下とすることで、耐熱性および引張強さを向上させることができる。
【0078】
また、常温から第1温度T1への昇温速度v1は、第1温度T1から第2温度T2への昇温速度v2よりも遅くするのが好ましい。これにより、常温から第1温度T1への昇温中にZrを充分に拡散させ、第1時効工程S241にて充分な個数のAl3Zr析出核を生成することができる。
【0079】
昇温速度v1は、例えば、20℃/hr以上100℃/hr以下とするのが好ましい。昇温速度v1が20℃/hr未満では、第1温度T1に到達するまでに必要以上の長時間を要すことになり、生産性に劣る。これに対し、昇温速度v1を20℃/hr以上とすることで、生産性を向上できる。一方、昇温速度v1が100℃/hrを超えると、常温から第1温度T1への昇温中にZrが充分に拡散せず、Al3Zr析出核が生成し難い。これに対し、昇温速度v1を100℃/hr以下とすることで、常温から第1温度T1への昇温中にZrを充分に拡散させることができる。これにより、第1時効工程S241にて充分な個数のAl3Zr析出核を生成することができる。
【0080】
(S250:第2伸線工程)
第2時効工程S242後のアルミニウム合金伸線を、所定の径に冷間伸線加工し、本実施形態のアルミニウム合金線140を得る。冷間伸線加工の加工条件としては、以下が例示される。
伸線中のアルミ線の温度:10℃以上150℃以下
伸線速度:20m/min以上600m/min以下
1ダイスあたりの減面率:10%以上30%以下
ダイス角度:10度以上26度以下
【0081】
(S260:鋼心部形成工程)
アルミニウム合金線140を得たら、心線130を用い、鋼心部110を形成する。心線130としては、例えば、アルミ覆鋼線や亜鉛めっき鋼線を用いることができる。送出機によって、第1鋼心層111となる1本の心線130を送り出しながら、撚り線機によって第1鋼心層111の外周を覆うように6本の心線130を撚り合わせることにより、第2鋼心層112を形成する。
【0082】
(S270:撚線部形成工程)
鋼心部110を形成したら、アルミニウム合金線140を用い、撚線部120を形成する。まず、撚り線機によって鋼心部110の外周を覆うように12本のアルミニウム合金線140を撚り合わせることにより、第1撚線層121を形成する。次に、撚り線機によって第1撚線層121の外周を覆うように18本のアルミニウム合金線140を撚り合わせることにより、第2撚線層122を形成する。
【0083】
以上により、本実施形態の電線100が製造される。
【0084】
(4)本実施形態に係る効果
本実施形態によれば、以下に示す1つまたは複数の効果を奏する。
【0085】
(a)本実施形態のアルミニウム合金線140の導電率は、例えば、58%IACS以上であり、従来の高力耐熱アルミニウム合金線の導電率と比較して、大幅に向上している。微量のVを添加し、さらに、上述の2段階の時効処理を行うことで、Vの含有量が少なくても、微細なAl3Zrを多数析出させることができる。その結果、アルミニウム中に固溶するZrが低減し、導電率を大幅に向上させることが可能となる。
【0086】
従来のアルミニウム合金線は、導電率を向上させるために、Zr、Fe、Siなどの合金元素の含有量を減らした場合、固溶強化や析出強化が充分に発揮されず、強度および耐熱性が低下してしまっていた。したがって、強度および耐熱性を犠牲にすることなく、導電率を向上させることは困難とされていた。
【0087】
これに対し、本発明者等の鋭意検討により、微量のVを添加し、さらに、上述の2段階の時効処理を行うことで、Zr、Fe、Siなどの合金元素の含有量を所定量に維持したまま、強度および耐熱性を犠牲にすることなく、58%IACSという高い導電率を有するアルミニウム合金線140が初めて実現された。このようなアルミニウム合金線140を、ACSR系の電線に用いた場合、送電効率や電流容量の向上が可能となる。
【0088】
(b)本実施形態のアルミニウム合金線140の引張強さは、例えば、従来の高力耐熱アルミニウム合金線の引張強さと比較して、同水準以上となっている。微量のVを添加し、さらに、上述の2段階の時効処理を行うことで、Vの含有量が少なくても、微細なAl3Zrを多数析出させることができる。その結果、微細なAl3Zr析出物が、アルミニウム合金組織の転位の伝播を抑制し、強度を向上させることが可能となる。
【0089】
(c)本実施形態のアルミニウム合金線140の耐熱性は、例えば、90%以上であり、従来の高力耐熱アルミニウム合金線の耐熱性と比較して、同水準以上となっている。微量のVを添加し、さらに、上述の2段階の時効処理を行うことで、Vの含有量が少なくても、微細なAl3Zrを多数析出させることができる。その結果、微細なAl3Zr析出物が、アルミニウム合金組織を安定化させ、耐熱性を向上させることが可能となる。
【0090】
(d)本実施形態の電線100の引張荷重は、従来の鋼心高力耐熱アルミニウム合金より線系電線の引張荷重と比較して、同水準以上となっている。本実施形態の電線100の撚線部120には、高い導電率と、水準以上の引張強さと、水準以上の耐熱性とを備えた、本実施形態のアルミニウム合金線140が用いられている。その結果、本実施形態の電線100は、従来の長径間電線と比較して、引張荷重を同等以上としつつ、導電率を向上させることが可能となる。このような電線100は、例えば、発電所からの海峡横断送電線のような、大電流容量および高強度が求められる用途に好適に用いることができる。
【0091】
(e)本実施形態における時効工程S240は、第1時効工程S241と、第2時効工程S242とを有している。第1時効工程S241時に、比較的低温で熱処理を行うことで、Vの含有量が少なくても、効率よくAl3Zr析出核の生成を促進することができる。その後、冷間加工などが行われることなく連続的に第2時効工程S242を行うので、生成したAl3Zr析出核が分断されることなく、熱的に安定な状態で残存しやすい。これにより、生成したAl3Zr析出核を第2時効工程S242にて成長させ、微細なAl3Zrを多数析出させることができる。その結果、アルミニウム中に固溶するZrが低減し、導電率を大幅に向上させることが可能となる。
【0092】
(f)また、常温から第1温度T1への昇温速度v1は、第1温度T1から第2温度T2への昇温速度v2よりも遅くするのが好ましい。これにより、常温から第1温度T1への昇温中にZrを充分に拡散させることができる。その結果、第1時効工程S241にて充分な個数のAl3Zr析出核を生成することができる。
【0093】
<本開示の第1実施形態の変形例>
上述の第1実施形態において、アルミニウム合金線140中に、さらにSrを含有させてもよい。Srは、少なくともその一部がアルミニウム中に析出し、アルミニウム合金の結晶粒を微細化させる作用を呈する合金元素である。
【0094】
Srの含有量は、例えば、0.001質量%以上0.06質量%以下である。Srの含有量が0.001質量%未満では、アルミニウム合金の結晶粒を微細化させる効果が生じ難くなる。これに対し、Srの含有量を0.001質量%以上とすることで、アルミニウム合金の結晶粒を微細化させ、割れなどの欠陥の発生を抑制することができる。一方で、Srの含有量が0.06質量%を超えると、結晶粒を微細化させる効果は飽和し、含有量に対する効果が得られ難くなる。これに対し、Srの含有量を0.06質量%以下とすることで、アルミニウム中に不純物として存在するSrを低減させ、導電率を向上させることができる。
【0095】
<本開示の他の実施形態>
以上、本開示の実施形態について具体的に説明したが、本開示は上述の実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能である。
【0096】
上述の実施形態では、電線100の鋼心部110が、例えば、2層の鋼心層を有する場合について説明したが、鋼心部110は、1層の鋼心層、または3層以上の鋼心層を有していてもよい。
【0097】
また、上述の実施形態では、電線100の撚線部120が、例えば、2層の撚線層を有する場合について説明したが、撚線部120は、1層の撚線層、または3層以上の撚線層を有していてもよい。
【0098】
また、上述の実施形態では、電線100が、鋼心部110と、撚線部120とを有する場合について説明したが、電線100が、鋼心部110を有さず、撚線部120のみを有していてもよい。この場合、電線100の軽量化が可能となる。
【0099】
また、上述の実施形態では、アルミニウム合金線製造工程S200の後に、鋼心部形成工程S260を行う場合について説明したが、鋼心部形成工程S260の後に、アルミニウム合金線製造工程S200を行ってもよい。
【0100】
また、上述の実施形態では、アルミニウム合金線製造工程S200が、第1伸線工程S230と、第2伸線工程S250とを有する場合について説明したが、アルミニウム合金線製造工程S200が、第1伸線工程S230または第2伸線工程S250のうち、いずれか一方を有していなくてもよい。
【実施例】
【0101】
次に、本開示に係る実施例を説明する。これらの実施例は本開示の一例であって、本開示はこれらの実施例により限定されない。
【0102】
(1)アルミニウム合金線の作製
以下の条件で、アルミニウム合金線の試料1を作製した。
【0103】
アルミニウム地金を溶融炉にて溶融し、Zrを0.30質量%、Feを0.35質量%、Siを0.15質量%、Cuを0.20質量%、Tiを0.01質量%、Vを0.0005質量%含有するように、それぞれの合金元素濃度を調整して、溶融アルミニウムとしてのアルミニウム溶湯を得た。溶融時の温度は、800℃とした。
【0104】
上述のアルミニウム溶湯を、プロペルチ式連続鋳造圧延機により、鋳造と、熱間圧延とを、連続で行い、直径15mmのアルミニウム合金荒引き線を得た。
【0105】
上述のアルミニウム合金荒引き線を、冷間伸線加工し、直径11.7mmのアルミニウム合金伸線を得た。
【0106】
上述のアルミニウム合金伸線に対して、第1時効工程として、室温から350℃まで7時間で昇温させ、350℃で5時間の熱処理を行った。次いで、第2時効工程として、350℃から375℃まで30分で昇温させ、375℃で100時間の熱処理を行った。
【0107】
上述の第2時効工程後のアルミニウム合金伸線を、冷間伸線加工し、直径4.8mmのアルミニウム合金線(試料1)を得た。
【0108】
試料2は、Vの含有量を0.001質量%に調整した点以外は、試料1と同様に作製した。
【0109】
試料3は、Vの含有量を0.003質量%に調整した点以外は、試料1と同様に作製した。
【0110】
試料4は、Vの含有量を0.005質量%に調整した点以外は、試料1と同様に作製した。
【0111】
試料5は、Vの含有量を0.01質量%に調整した点以外は、試料1と同様に作製した。
【0112】
試料6は、さらにSrを0.03質量%含有するように調整した点以外は、試料3と同様に作製した。
【0113】
試料7は、第1時効工程として、室温から375℃まで7時間で昇温させ、375℃で100時間の熱処理を行い、第2時効工程を行わなかった点以外は、試料3と同様に作製した。
【0114】
(2)評価
(1)で作製した試料1~試料7に対して、以下の評価を行った。
【0115】
(導電率)
JIS C3002に準拠して導電率を測定した。
【0116】
(引張強さ)
JIS C3002に準拠して引張強さを測定した。
【0117】
(耐熱性)
試料1~試料7に対して、230℃で1時間の熱処理を行った後の引張強さβの、熱処理前の引張強さαに対する比率(β/α)×100%で耐熱性を評価した。
【0118】
(割れ評価)
試料1~試料7に対して、100℃で1時間加熱保持した後、室温で、長手方向にひずみ速度15%/minで圧縮していき、試料外周部に1つ目の傷、割れが目視で確認されたときの圧縮率Kを、以下の式(I)により算出し、圧縮率Kを割れ評価の指標とした。圧縮率Kが大きいほど、表面品質が良好であり、断線リスクが低い合金線と言える。なお、式(I)におけるL0は圧縮前の各試料の長さであり、Lは試料外周部に1つ目の傷、割れが目視で確認されたときの各試料の長さである。
【0119】
K=(1-L/L0)×100% ・・・(I)
【0120】
(3)結果
(1)で作製した試料1~試料7に対して、(2)の評価を行った結果を、表1に示す。なお、割れ評価については、3回の評価を行った際の圧縮率Kの範囲を示した。
【0121】
【0122】
Vの含有量を0.0005質量%とした試料1では、導電率が58%IACS未満であった。
【0123】
これに対し、Vの含有量を0.001質量%とした試料2と、Vの含有量を0.003質量%とした試料3と、Vの含有量を0.005質量%とした試料4とは、導電率がそれぞれ58%IACS以上であった。
【0124】
また、Vの含有量を0.01質量%とした試料5では、導電率が58%IACS未満であった。
【0125】
以上から、Vの含有量を0.001質量%以上、0.005質量%以下にすることで、導電率が向上できたことを確認した。
【0126】
また、Srを添加していない試料3では、割れ評価の圧縮率Kは70~75%であった。
【0127】
これに対し、Srの含有量を0.03質量%とした試料6では、割れ評価の圧縮率Kは80~85%であった。
【0128】
以上から、Srを含有させることで、割れなどの欠陥の発生を抑制できたことを確認した。
【0129】
また、時効処理を1段階とした試料7では、導電率が58%IACS未満であった。
【0130】
これに対し、時効処理を2段階とした試料3では、導電率が58%IACS以上であった。
【0131】
以上から、2段階の時効処理を行うことによって、導電率が向上できたことを確認した。
【0132】
また、試料2~4、6のすべてで、引張強さは、日本電線工業会規格JCS-1363に規定される引張強さ(φ4.8mm:225MPa)以上であった。すなわち、本実施例に係るアルミニウム合金線の引張強さは、従来の高力耐熱アルミニウム合金線の引張強さと比較して、同水準以上となっていることを確認した。
【0133】
また、試料2~4、6のすべてで、耐熱性は、90%以上であった。すなわち、本実施例に係るアルミニウム合金線の引張強さは、従来の高力耐熱アルミニウム合金線の耐熱性と比較して、同水準以上となっていることを確認した。
<本開示の好ましい態様>
以下、本開示の好ましい態様を付記する。
【0134】
(付記1)
本開示の一態様によれば、
Zrを0.20質量%以上0.40質量%以下、Feを0.25質量%以上0.45質量%以下、Siを0.05質量%以上0.25質量%以下、Cuを0.10質量%以上0.30質量%以下、Tiを0.005質量%以上0.03質量%以下、Vを0.001質量%以上0.005質量%以下含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、
導電率は、58%IACS以上であるアルミニウム合金線が提供される。
【0135】
(付記2)
付記1に記載のアルミニウム合金線であって、
引張強さは、日本電線工業会規格JCS-1363に規定される引張強さ以上である。
【0136】
(付記3)
付記1または付記2に記載のアルミニウム合金線であって、
さらにSrを0.001質量%以上0.06質量%以下含有する。
【0137】
(付記4)
付記3に記載のアルミニウム合金線であって、
Srの少なくとも一部が析出している。
【0138】
(付記5)
付記1から付記4のいずれか1つに記載のアルミニウム合金線であって、
Vの含有量Aに対する、Cuの含有量Bの比率B/Aは、50以上である。
【0139】
(付記6)
付記1から付記5のいずれか1つに記載のアルミニウム合金線であって、
前記アルミニウム合金線に対して、230℃で1時間の熱処理を行った後の引張強さは、前記熱処理前の引張強さの90%以上である。
【0140】
(付記7)
本開示の他の態様によれば、
複数のアルミニウム合金線が撚り合わされて設けられる撚線部を有し、
前記アルミニウム合金線は、Zrを0.20質量%以上0.40質量%以下、Feを0.25質量%以上0.45質量%以下、Siを0.05質量%以上0.25質量%以下、Cuを0.10質量%以上0.30質量%以下、Tiを0.005質量%以上0.03質量%以下、Vを0.001質量%以上0.005質量%以下含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、
前記アルミニウム合金線の導電率は、58%IACS以上である電線が提供される。
【0141】
(付記8)
本開示のさらに他の態様によれば、
鋼心部と、
前記鋼心部の外側に複数のアルミニウム合金線が撚り合わされて設けられる撚線部と、
を有し、
前記アルミニウム合金線は、Zrを0.20質量%以上0.40質量%以下、Feを0.25質量%以上0.45質量%以下、Siを0.05質量%以上0.25質量%以下、Cuを0.10質量%以上0.30質量%以下、Tiを0.005質量%以上0.03質量%以下、Vを0.001質量%以上0.005質量%以下含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、
前記アルミニウム合金線の導電率は、58%IACS以上である電線が提供される。
【0142】
(付記9)
付記8に記載の電線であって、
引張荷重は、日本電線工業会規格JCS-1363に規定される最小引張荷重以上である。
【0143】
(付記10)
付記8または付記9に記載の電線であって、
前記鋼心部は、アルミ覆鋼線または亜鉛めっき鋼線のうち少なくともいずれかを含む。
【0144】
(付記11)
本開示のさらに他の態様によれば、
アルミニウム地金を溶解して、Zrを0.20質量%以上0.40質量%以下、Feを0.25質量%以上0.45質量%以下、Siを0.05質量%以上0.25質量%以下、Cuを0.10質量%以上0.30質量%以下、Tiを0.005質量%以上0.03質量%以下、Vを0.001質量%以上0.005質量%以下含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなる溶融アルミニウムを得る溶解工程と、
前記溶融アルミニウムを、連続鋳造した後、引き続き連続圧延してアルミニウム合金荒引き線を得る連続鋳造圧延工程と、
前記アルミニウム合金荒引き線を、所定の径に冷間伸線してアルミニウム合金伸線を得る第1伸線工程と、
前記アルミニウム合金伸線に対して熱処理を行う時効工程と、
前記時効工程後の前記アルミニウム合金伸線を、所定の径に冷間伸線してアルミニウム合金線を得る第2伸線工程と、
を有し、
前記時効工程は、
前記アルミニウム合金伸線に対して、第1温度で熱処理を行う第1時効工程と、
前記第1時効工程後の前記アルミニウム合金伸線に対して、前記第1温度よりも高い第2温度で熱処理を行う第2時効工程と、
を有し、
前記第1時効工程と、前記第2時効工程とを、他の工程を介さずに連続的に行うアルミニウム合金線の製造方法が提供される。
【0145】
(付記12)
付記11に記載のアルミニウム合金線の製造方法であって、
前記溶解工程では、前記溶融アルミニウム中のV濃度を調整する。
【0146】
(付記13)
付記11または付記12に記載のアルミニウム合金線の製造方法であって、
前記第2時効工程では、前記第1時効工程の熱処理時間よりも長い時間の熱処理を行う。
【0147】
(付記14)
付記11から付記13のいずれか1つに記載のアルミニウム合金線の製造方法であって、
前記第1時効工程の開始前の温度から前記第1温度に昇温させる際の昇温速度を、前記第1温度から前記第2温度に昇温させる際の昇温速度よりも遅くする。
【符号の説明】
【0148】
100 電線
110 鋼心部
111 第1鋼心層
112 第2鋼心層
120 撚線部
121 第1撚線層
122 第2撚線層
130 心線
131 鋼線部
132 被覆部
140 アルミニウム合金線
S200 アルミニウム合金線製造工程
S210 溶解工程
S220 連続鋳造圧延工程
S230 第1伸線工程
S240 時効工程
S241 第1時効工程
S242 第2時効工程
S250 第2伸線工程
S260 鋼心部形成工程
S270 撚線部形成工程