(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-06
(45)【発行日】2023-12-14
(54)【発明の名称】タンパク質の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12P 21/00 20060101AFI20231207BHJP
C12N 1/38 20060101ALI20231207BHJP
C12N 15/80 20060101ALI20231207BHJP
C12N 9/42 20060101ALI20231207BHJP
C12N 1/14 20060101ALN20231207BHJP
C12N 15/56 20060101ALN20231207BHJP
C12R 1/885 20060101ALN20231207BHJP
【FI】
C12P21/00 B ZNA
C12N1/38
C12N15/80 Z
C12N9/42
C12N1/14 B
C12N15/56
C12R1:885
(21)【出願番号】P 2020528824
(86)(22)【出願日】2019-06-27
(86)【国際出願番号】 JP2019025547
(87)【国際公開番号】W WO2020008987
(87)【国際公開日】2020-01-09
【審査請求日】2022-03-24
(31)【優先権主張番号】P 2018127519
(32)【優先日】2018-07-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2018211690
(32)【優先日】2018-11-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】柴田 望
(72)【発明者】
【氏名】新井 俊陽
【審査官】鈴木 崇之
(56)【参考文献】
【文献】特表2015-517319(JP,A)
【文献】国際公開第2017/018471(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第101967501(CN,A)
【文献】BIOTECHNOLOGY AND BIOENGINEERING,2011年08月09日,Vol. 109, No. 1,pp. 92-99
【文献】APPLIED AND ENVIRONMENTAL MICROBIOLOGY,2001年12月,Vol. 67, No. 12,pp. 5643-5647
【文献】Biotechnology for Biofuels,2013年,6:79,pp. 1-12
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 21/00-21/08
C12N 9/42
C12N 1/00-1/38
C12N 15/00-15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
グルコースとアンモニアとの混合物を流
加しながら微生物を培養することを含む、タンパク質の製造方法であって、
該微生物がトリコデルマ属菌であり、
該混合物がグルコースとアンモニアとを質量比0.5~10:1で含む混合物であり、
該培養がセルロース及びセロビオースからなる群より選択される少なくとも1種の存在下で行われるものであり、
初期培地中の該セルロース及びセロビオースからなる群から選択される少なくとも1種の合計濃度が1~15質量/容量%である、
タンパク質の製造方法。
【請求項2】
前記微生物がセルロース誘導性プロモーター又はセロビオース誘導性プロモーターを含む、請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
前記プロモーターの下流に前記タンパク質をコードする遺伝子が連結されている、請求項2記載の製造方法。
【請求項4】
前記プロモーターが糸状菌セルラーゼ遺伝子プロモーターであり、前記タンパク質が酵素である、請求項3記載の製造方法。
【請求項5】
前記タンパク質がセルラーゼである、請求項4記載の製造方法。
【請求項6】
前記混合物を、該混合物に添加されたグルコースの量に換算して、初期培地1Lあたり8g/hr以下流加する、請求項1~5のいずれか1項記載の製造方法。
【請求項7】
前記混合物の流加により、培養物のpHを3~7に調整する、請求項1~6のいずれか1項記載の製造方法。
【請求項8】
前記混合物が100mLあたり2~90gのグルコースを含む、請求項1~7のいずれか1項記載の製造方法。
【請求項9】
前記混合物が25℃でアルカリ性である、請求項1~8のいずれか1項記載の製造方法。
【請求項10】
前記トリコデルマ属菌がトリコデルマ・リーセイである、請求項1~9のいずれか1項記載の製造方法。
【請求項11】
前記タンパク質がバイオマス分解又はバイオマス糖化に関わる酵素である、請求項1~10のいずれか1項記載の製造方法。
【請求項12】
前記微生物の培養物からタンパク質を回収することをさらに含む、請求項1~11のいずれか1項記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物を用いたタンパク質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
糸状菌は、多種のセルラーゼ及びキシラナーゼを生産することから、植物性多糖の分解菌として注目されている。なかでも、トリコデルマ(Trichoderma)は、セルラーゼとキシラナーゼを同時に、かつ大量に生産することが可能であることから、セルラーゼ系バイオマス分解酵素の製造のための微生物として研究されている。
【0003】
微生物の培養においては、従来、炭素源としてグルコースが汎用されている。しかしながら、グルコース存在下では、カタボライト抑制と呼ばれる制御機構により、微生物による物質生産性の低下または飽和が起こる。アスペルギルス(Aspergillus)属等の糸状菌のカタボライト抑制に、広域制御型転写因子CreAや、CreB、CreC、CreD等が関与していることが報告されている(特許文献1)。これらの転写因子の制御によりアスペルギルスのカタボライト抑制を調節できる可能性があるが、未だ充分な成果は得られていない。トリコデルマについても、カタボライト抑制の機構解析が進められている(特許文献2、非特許文献1)。しかし、トリコデルマのカタボライト抑制の機構には未だ不明な点が多く、抑制回避には至っていない。
【0004】
また、微生物による酵素などタンパク質の生産には、炭素源に加えて、誘導物質が必要なことがある。例えば、アスペルギルス・オリゼのアルファアミラーゼ遺伝子の発現は、デンプンやマルトースなどに誘導される。また、トリコデルマの主要なセルラーゼ遺伝子cbh1、cbh2、egl1及びegl2の発現は、セルロース、セロビオースなどにより誘導される(非特許文献2)。デンプンやマルトース、セルロース、セロビオースはまた、培養の炭素源としても使用できる。微生物を用いたセルラーゼ生産においては、一般にアビセル等の微結晶性セルロースが使用されている。
【0005】
特許文献3には、純粋なセルロースの代わりにリグノセルロースを誘導物質として用いた、微生物によるセルラーゼの製造方法が開示されている。特許文献3では、セルロース系素材を含む培地で、炭素源としてグルコースを、かつpH調整剤としてリン酸やアンモニア水をそれぞれ流加しながら、トリコデルマを培養し、セルラーゼを生産している。非特許文献3では、糖類を培地に繰り返し又は継続的に流加しながら、コリネバクテリウムにアミノ酸を製造させたことが開示されている。特許文献4及び非特許文献4には、培養物にグルコースとアンモニアの混合溶液を流加して、pH値を制御しながら炭素源と窒素源を加えることによりリジンを発酵生産したこと、この方法によりリジンの生産性が増加したことが開示されている。
(特許文献1)特開2015-39349号公報
(特許文献2)特表平11-512930号公報
(特許文献3)米国特許公開公報第2008/0199908号
(特許文献4)中国特許登録公報第101967501号
(非特許文献1)Appl. Environ. Microbiol., 63:1298-1306 (1997)
(非特許文献2)Curr. Genomics, 14:230-249 (2013)
(非特許文献3)Journal of Biotechnology, 104:155-172 (2003)
(非特許文献4)The Chinese Journal of Process Engineering, 11(3):492-496 (2011)
【発明の概要】
【0006】
本発明は、グルコースとアンモニアとの混合物を流加しながら微生物を培養することを含む、タンパク質の製造方法を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】実施例1と比較例2における培養物に対するグルコースの累積流加量(A)及び時間当たり流加量(B)。
【
図2】実施例1及び比較例1~2における培養中の撹拌数の経時変化。
【
図3】実施例1及び比較例1~2における相対タンパク質生産量。値は比較例1の培養4日目のタンパク質生産量を100%としたときの相対値を示す。
【
図4】実施例2と比較例3における相対タンパク質生産量。値は比較例3でのタンパク質生産量を100%としたときの相対値を示す。
【
図5】実施例2にて5%アンモニア/2.5%グルコース水溶液を用いて培養した培養物に対するグルコースの時間当たり流加量。
【
図6】実施例2と比較例3における使用炭素源当たりの相対タンパク質生産量。値は比較例3でのタンパク質生産量を100%としたときの相対値を示す。
【発明の詳細な説明】
【0008】
本明細書中で引用された全ての特許文献、非特許文献、及びその他の刊行物は、その全体が本明細書中において参考として援用される。
【0009】
本明細書において、遺伝子に関する「上流」及び「下流」とは、該遺伝子の転写方向の上流及び下流をいう。例えば、「プロモーターの下流に配置された遺伝子」とは、DNAセンス鎖においてプロモーターの3’側に該遺伝子が存在することを意味し、遺伝子の上流とは、DNAセンス鎖における該遺伝子の5’側の領域を意味する。
【0010】
本明細書において、プロモーターと遺伝子との「作動可能な連結」とは、該プロモーターが該遺伝子の転写を誘導し得るように連結されていることをいう。プロモーターと遺伝子との「作動可能な連結」の手順は当業者に周知である。
【0011】
本明細書において、「プロモーター活性」とは、その下流に位置する遺伝子の発現を促進する活性、より詳細には、下流に位置する遺伝子のDNAからmRNAへの転写を促進する活性を意味する。
【0012】
本明細書において、細胞の機能や性状、形質に対して使用する用語「本来」とは、当該機能や性状、形質が当該細胞に元から存在していることを表すために使用される。対照的に、用語「外来」とは、当該細胞に元から存在するのではなく、外部から導入された機能や性状、形質を表すために使用される。例えば、「外来」遺伝子又はポリヌクレオチドとは、細胞に外部から導入された遺伝子又はポリヌクレオチドである。外来遺伝子又はポリヌクレオチドは、それが導入された細胞と同種の生物由来であっても、異種の生物由来(すなわち異種遺伝子又はポリヌクレオチド)であってもよい。
【0013】
本明細書において、アミノ酸配列又はヌクレオチド配列に関する「少なくとも90%の同一性」とは、90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは96%以上、さらに好ましくは97%以上、さらにより好ましくは98%以上、なお好ましくは99%以上の同一性をいう。
【0014】
本明細書において、ヌクレオチド配列及びアミノ酸配列の同一性は、Lipman-Pearson法(Science,1985,227:1435-1441)によって計算される。具体的には、遺伝情報処理ソフトウェアGenetyx-Winのホモロジー解析(Search homology)プログラムを用いて、Unit size to compare(ktup)を2として解析を行うことにより算出される。
【0015】
微生物による安価かつ効率よい酵素等のタンパク質製造のための培養技術の開発が求められている。グルコースを繰り返し又は継続的に培養物に流加する流加培養により、カタボライト抑制が抑止され、微生物のタンパク質生産性が向上する可能性がある。しかし、グルコースが少ないとタンパク質合成のプロセスが充分に進まず、一方、大量のグルコースの流加はカタボライト抑制を引き起こすため、流加培養によるタンパク質生産では、培養物中のグルコース濃度の精密な制御が不可欠と予測された。さらに、流加培養でタンパク質を製造する場合、グルコース以外に窒素源の流加が必要であるため、各々の流加ラインを設置してそれらの濃度を制御する必要があると予測された。
【0016】
本発明者らは、窒素源かつpH調整剤として使用することが知られたアンモニア水溶液と、グルコースとを予め混合し、この混合物を流加しながら微生物を培養することで酵素等のタンパク質製造を行った。その結果、上記の予測に反し、グルコース濃度を精密に制御する必要なく、かつ1つの流加ラインを使用するだけで、タンパク質を高生産することができた。さらに予想外なことに、この方法では、アンモニア水溶液とグルコースとを別々に流加する方法と比べても、タンパク質生産性がより向上することが見出された。
【0017】
本発明によれば、簡便な手順で、微生物によるタンパク質の生産性を向上させることができる。本発明の方法は、グルコースとアンモニアを別々に流加する方法と比べて、タンパク質生産性をより向上させる。さらに本発明の方法は、流加のライン数が少なく、かつ流加の精密な制御を必要としないので、グルコースとアンモニアを別々に流加する方法と比べて、タンパク質生産性を向上させながらも培養にかける手間やコストを軽減させる。
【0018】
本発明によるタンパク質の製造方法は、グルコースとアンモニアとの混合物を流加しながら微生物を培養することを含む。
【0019】
該グルコースとアンモニアとの混合物は、グルコースとアンモニアとを混合することにより調製された、液状の混合物である。例えば、該混合物は、グルコース、アンモニア、及びそれらの溶媒(例えば水)の混合物である。好ましくは、該混合物は、グルコース又はその水溶液と、アンモニア、その塩又はそれらの水溶液と、必要に応じて水とを混合することにより調製された混合物である。より好ましくは、該混合物は、グルコースとアンモニア水溶液と、必要に応じて水とを混合して得られた混合物である。該グルコースとアンモニアとの混合物を調製する際には、グルコースとアンモニアとを、質量比で好ましくは0.5~10:1、より好ましくは2~8:1の割合で混合するとよい。グルコースの比率が高すぎると、細胞が酵素生産状態から増殖状態に移行し、酵素生産性が低下していく傾向があり、一方、グルコースの比率が低すぎると炭素源不足になり、結果として酵素生産性の向上が望めなくなる。また、該グルコースとアンモニアとの混合物を調製する際には、グルコースの添加量を、得られる混合物100mLあたり、好ましくは2~90g、より好ましくは5~80gに調整するとよい。混合物へのグルコースの添加量が少なすぎると、培養物へ大量の混合物を流加することになるため培養設備に負担がかかる。一方、混合物へのグルコースの添加量が多すぎると、培養物への混合物の流加量の制御が困難になる。例えば、該混合物は、上記のグルコース:アンモニア比、及び/又はグルコース添加量を達成できるように、適切な量のグルコースとアンモニア水溶液とを混合することで調製されてもよく、あるいは、任意の量のグルコースとアンモニア水溶液とを混合した後、得られた水溶液を、上記のグルコース:アンモニア比、及び/又はグルコース添加量を達成できるように適宜水で希釈することで調製されてもよい。
【0020】
該グルコースとアンモニアとの混合物のpHは、25℃で、好ましくはアルカリ性、より好ましくはpH8以上、さらに好ましくはpH9以上、さらに好ましくはpH10以上であり、そして、好ましくはpH13以下である。必要に応じてアルカリ剤等のpH調整剤を用いて、該混合物のpHを上述の範囲に調整することが好ましい。該混合物のpHは、一般のpHメーターを用いて測定することができる。例えばpHメーター(HORIBA Ltd.製 pH/イオンメーターF-52、など)にpH測定用複合電極(HORIBA Ltd.製 ガラス摺り合わせスリーブ型、など)を接続したものを用いる。pH電極内部液としては、飽和塩化カリウム水溶液(3.33mol/L)を使用する。測定は25℃で行う。また好ましくは、該グルコースとアンモニアとの混合物は、好ましくは培養物のpH調整剤として用いられる。
【0021】
該グルコースとアンモニアとの混合物は、微生物の培養培地に通常添加し得る他の物質をさらに含んでいてもよい。当該他の物質の例としては、好ましくは該混合物のpH調整機能を損なわないもの、例えば有機塩、無機塩、他のpH調整剤、グルコースとアンモニア以外の炭素源や窒素源、界面活性剤、消泡剤などが挙げられる。
【0022】
本発明の方法においては、該グルコースとアンモニアとの混合物を、微生物の培養物に流加する。該培養物に対する該混合物の流加量は、初期培地(流加される該混合物を含まない培地)1Lあたり、該混合物に添加されたグルコースの量に換算して、好ましくは8g/hr以下、より好ましくは6g/hr以下であり、さらに好ましくは0.05~8g/hr、さらに好ましくは0.1~6g/hrである。グルコースの流加量が多いと、カタボライト抑制が起こることがある。一方、該培養物に対する該混合物(全体)の流加量は、そのグルコース又はアンモニアの含有量や、後述する培養物のpHなどに応じて適宜調整すればよく、特に限定されない。経済性の観点からは、初期培地1Lあたりの該混合物(全体)の流加量を0.1~10g/hr程度、好ましくは0.3~8g/hr程度に調整するとよい。
【0023】
好ましくは、本発明の方法による微生物の培養においては、該グルコースとアンモニアとの混合物の流加により、培養物のpHが調整される。この場合、該混合物の流加の量やタイミングは、該混合物を流加された培養物のpHに依存する。好適には、通常の手順で所定のpHの初期培地を調製し、次いで流加後の培養物が該所定のpH値を維持するように該グルコースとアンモニアとの混合物を流加しながら、これを培養する。培養中の培養物のpHの調整には、該グルコースとアンモニアとの混合物のみが使用されることが好ましいが、他のpH調整剤を併用してもよい。培養物のpHの測定と、pH値に基づく流加量の制御は、市販のジャーファーメンター等を用いて行うことができる。培養物のpHは、微生物の種や、製造するタンパク質の種類に応じて適切な値に設定することができる。例えば微生物が糸状菌の場合、培養物のpHは、好ましくはpH3~7、より好ましくはpH3.5~6に維持される。培養物のpHは、一般にジャーファーメンターに備え付けの電極で測定することができる。好適には、本発明における培養物のpHは、培養温度28℃において、F-635 Autoclavable pH Electrode(Broadley-James Corp)、又は405-DPAS-SC-K8S pHセンサ(METTLER TOLEDO)のpHセンサを用いて測定された値をいう。
【0024】
本発明の方法において、微生物の培養に使用される初期培地(該グルコースとアンモニアとの混合物を流加されていない培養培地)は、該微生物の培養に通常使用される培地であればよい。例えば、該初期培地は、炭素源、窒素源、マグネシウム塩、亜鉛塩等の金属塩、硫酸塩、リン酸塩、pH調整剤、界面活性剤、消泡剤などの微生物の培地に一般的に含まれる各種成分を含有することができる。培地中の成分組成は適宜選択可能である。該初期培地は、合成培地、天然培地、半合成培地のいずれであってもよく、又は市販の培地であってもよい。該初期培地は、好ましくは液体培地である。
【0025】
好ましくは、本発明の方法における微生物の培養は、目的のタンパク質をコードする遺伝子の発現の誘導物質の存在下で行われる。これにより、目的のタンパク質の生産性をより高めることができる。より詳細には、該微生物の培養物が該誘導物質を含有していればよい。例えば、該誘導物質は、初期培地に含まれていてもよく、培養物に流加されてもよく、またはその両方であってもよい。該誘導物質の好ましい例としては、セルロース及びセロビオースが挙げられ、これらのいずれか一方又は両方を使用することができる。培養物中のセルロース又はセロビオースは、誘導物質として働くだけでなく、炭素源として消費され得る。該培養物中におけるセルロース又はセロビオースの濃度は、セルロース及びセロビオースの合計濃度として、好ましくは1~15質量/容量%である。例えば、セルロース又はセロビオースを初期培地に添加する場合、該初期培地中のセルロース又はセロビオースの濃度は、セルロース及びセロビオースの合計濃度として、好ましくは1~15質量/容量%である。トリコデルマ等の糸状菌のセルラーゼ遺伝子の発現は、セルロース、セロビオースなどにより誘導され、グルコースによりカタボライト抑制を受けることが知られている(特許文献2、非特許文献1~2)。したがって、該誘導物質を用いた本発明の方法は、糸状菌を用いたセルラーゼの製造に好適に使用することができる。
【0026】
あるいは、目的のタンパク質をコードする遺伝子を、糸状菌が持つセルラーゼをコードする遺伝子のプロモーター(いわゆる糸状菌セルラーゼ遺伝子プロモーター)のような、セルロース又はセロビオースに誘導されるプロモーターに連結することで、セルロース又はセロビオースにより目的のタンパク質の遺伝子の発現を誘導することができる。したがって、本発明の方法の好ましい実施形態において、該微生物の培養は、セルロース及びセロビオースからなる群より選択される少なくとも1種の存在下で行われ、かつ該微生物は、セルロース又はセロビオースに誘導されるプロモーターを含み、該プロモーターの下流には、目的のタンパク質をコードする遺伝子が作動可能に連結されている。
【0027】
該セルロース又はセロビオースに誘導されるプロモーターの例としては、糸状菌セルラーゼ遺伝子又はキシラナーゼ遺伝子のプロモーターなどが挙げられる。糸状菌セルラーゼ遺伝子のプロモーターの例としては、トリコデルマ属菌のセルラーゼ遺伝子のプロモーターが挙げられ、好ましい例としては、配列番号1又は2のヌクレオチド配列からなるトリコデルマ・リーセイのセルラーゼ遺伝子のプロモーターが挙げられる。糸状菌キシラナーゼ遺伝子のプロモーターの例としては、トリコデルマ属菌のキシラナーゼ遺伝子のプロモーターが挙げられ、好ましい例としては、配列番号3のヌクレオチド配列からなるトリコデルマ・リーセイのキシラナーゼ遺伝子のプロモーターが挙げられる。該セルロース又はセロビオースに誘導されるプロモーターのさらなる例としては、配列番号1~3のいずれかのヌクレオチド配列と少なくとも90%の同一性を有するヌクレオチド配列からなり、かつセルロース又はセロビオースに誘導されるプロモーター活性を有するポリヌクレオチドが挙げられる。
【0028】
該プロモーターは、本発明の方法で培養される微生物が本来有するプロモーターであってもよく、又は該微生物に導入された外来のプロモーターであってもよい。これらのプロモーターと目的タンパク質をコードする遺伝子との連結は、制限酵素法、相同組換え法などの公知の手順により行うことができる。例えば、目的タンパク質をコードする遺伝子を含むポリヌクレオチドを有するベクター又はDNA断片を微生物細胞に導入し、ゲノム内の標的プロモーターの下流に該ポリヌクレオチドを組み込むことで、該プロモーターと目的タンパク質をコードする遺伝子とがゲノム上で作動可能に連結される。あるいは、プロモーター配列とその下流に連結された目的タンパク質をコードする遺伝子を含むポリヌクレオチドとを有するベクター又はDNA断片を構築し、該ベクター又は断片を微生物細胞に導入してもよい。必要に応じて、該ベクター又はDNA断片はさらに、抗生物質耐性遺伝子、栄養要求性関連遺伝子などの選択マーカーを有していてもよい。
【0029】
該ベクターは、プラスミド等の染色体外で自立増殖及び複製可能なベクターであってもよく、又は染色体内に組み込まれるベクターであってもよい。好ましいベクターの種類は、それが導入される微生物の種に依存する。例えば、糸状菌用のベクターの好ましい例としては、アスペルギルス属微生物で自立複製因子として働くAMA1を含むプラスミドなどが挙げられるがこれらに限定されない。
【0030】
微生物へのベクター又はDNA断片の導入には、一般的な形質転換法、例えば、エレクトロポレーション法、トランスフォーメーション法、トランスフェクション法、接合法、プロトプラスト法、パーティクルガン法、アグロバクテリウム法などを用いることができる。
【0031】
目的のベクター又はDNA断片が導入された微生物は、選択マーカーを利用して選択することができる。例えば、選択マーカーが抗生物質耐性遺伝子である場合、該抗生物質添加培地で微生物を培養することで、目的のベクター又はDNA断片が導入された微生物を選択することができる。また例えば、選択マーカーがアミノ酸合成関連遺伝子、塩基合成関連遺伝子等の栄養要求性関連遺伝子である場合、該栄養要求性の宿主に遺伝子導入した後、該栄養要求性の有無を指標に、目的のベクター又はDNA断片が導入された微生物を選択することができる。あるいは、PCR等によって微生物のDNA配列を調べることで目的のベクター又はDNA断片の導入を確認することもできる。
【0032】
該プロモーターに連結される目的のタンパク質をコードする遺伝子は、分泌シグナルペプチドと連結されていてもよい。分泌シグナルペプチドとの連結により、発現した目的のタンパク質は細胞外に分泌されるので、微生物細胞を破壊することなく、培養上清から目的のタンパク質を分離することができる。分泌シグナルペプチドの例としては、トリコデルマ・リーセイのセロビオヒドロラーゼ1、アスペルギルス・オリゼのアルファアミラーゼ、リゾプス・オリゼのグルコアミラーゼ、又はサッカロミセス・セレビジエのアルファ因子由来のシグナルペプチドなどが挙げられる。
【0033】
本発明の方法により製造される目的タンパク質の例としては、酸化還元酵素(Oxidoreductase)、転移酵素(Transferase)、加水分解酵素(Hydrolase)、脱離酵素(Lyase)、異性化酵素(Isomerase)、合成酵素(Ligase又はSynthetase)、解糖系の酵素、乳酸合成酵素(LDH等)、TCA回路の酵素などが挙げられる。該目的タンパク質は、本発明の方法で培養される微生物が本来有するタンパク質であってもよく、外来のタンパク質であってもよい。目的タンパク質の好ましい例としては、バイオマス分解又はバイオマス糖化に関わる酵素が挙げられる。バイオマス分解又はバイオマス糖化に関わる酵素の例としては、セルラーゼ(例えばβ-エンドグルカナーゼ、セロビオヒドロラーゼ、β-グルコシダーゼ等)、ヘミセルラーゼ(例えばエンドキシラナーゼ、β-キシロシダーゼ、アラビノフラノシダーゼ、グルクロニダーゼ、アセチルキシランエステラーゼ、マンナナーゼ、β-マンノシダーゼ、フェルラ酸エステラーゼ等)、キシラナーゼなどが挙げられ、このうち、セルラーゼが好ましい。該バイオマス分解又はバイオマス糖化に関わる酵素は、好ましくは糸状菌由来、より好ましくはトリコデルマ属菌由来の酵素である。
【0034】
本発明の方法で培養される微生物の例としては、細菌、酵母、糸状菌などが挙げられ、このうち糸状菌が好ましい。糸状菌としては、例えば、Acremonium属、Aspergillus属、Aureobasidium属、Bjerkandera属、Ceriporiopsis属、Chrysosporium属、Coprinus属、Coriolus属、Cryptococcus属、Filibasidium属、Fusarium属、Humicola属、Magnaporthe属、Mucor属、Myceliophthora属、Neocallimastix属、Neurospora属、Paecilomyces属、Penicillium属、Phanerochaete属、Phlebia属、Piromyces属、Pleurotus属、Rhizopus属、Schizophyllum属、Talaromyces属、Thermoascus属、Thielavia属、Tolypocladium属、Trametes属、及びTrichoderma属の糸状菌が挙げられ、このうち、アクレモニウム属(Acremonium)、アスペルギルス属(Aspergillus)、クリソスポリウム属(Chrysosporium)、フサリウム属(Fusarium)、フミコーラ属(Humicola)、ミセリオフトラ属(Myceliophthora)、ニューロスポラ属(Neurospora)、ペニシリウム属(Penicillium)、ピロマイセス属(Piromyces)、タラロマイセス属(Talaromyces)、サーモアスカス属(Thermoascus)、チエラビア属(Thielavia)、及びトリコデルマ属(Trichoderma)が好ましく、トリコデルマ属がより好ましい。トリコデルマ属菌としては、トリコデルマ・リーセイ(Trichoderma reesei)及びその変異株が好ましい。トリコデルマ・リーセイ及びその変異株の例としては、トリコデルマ・リーセイQM9414株及びその変異株が挙げられる。
【0035】
本発明の方法における微生物の培養のための諸条件は、該微生物の種や、培養のスケールなどに合わせて、常法に従って適宜設定することができる。
【0036】
次いで、培養物から目的のタンパク質を回収する。タンパク質が培養上清中に分泌されている場合、培養上清からタンパク質を回収することができる。タンパク質が細胞中に含まれる場合、細胞を破壊して、タンパク質を含む画分を取り出し、タンパク質の回収に使用する。タンパク質の回収は、当該分野で通常使用される方法、例えば、傾斜法、膜分離、遠心分離、電気透析法、イオン交換樹脂の利用、蒸留、塩析等、又はこれらの組み合わせにより、行うことができる。回収した目的のタンパク質を、さらに単離又は精製してもよい。
【0037】
目的タンパク質が培養上清中に分泌される場合、本発明でタンパク質の製造に使用された微生物は、繰り返し使用することができる。すなわち、培養上清と分離した微生物細胞を回収し、これを再度上記の初期培地に接種し、グルコースとアンモニアとの混合物を流加しながら培養することで、再び目的のタンパク質を製造することができる。
【0038】
本発明のタンパク質の製造方法は、微生物の培養と、培養物に蓄積したタンパク質の回収及び培地の入れ替えとを交互に行う回分式方法であってもよく、又は、一部の微生物と培地を断続的もしくは連続的に入れ替えながら微生物の培養とタンパク質の回収とを並行して行う半回分式もしくは連続的な方法であってもよい。
【0039】
本発明の例示的実施形態として、以下の物質、製造方法、用途、方法等をさらに本明細書に開示する。但し、本発明はこれらの実施形態に限定されない。
【0040】
〔1〕グルコースとアンモニアとの混合物を流加しながら微生物を培養することを含む、タンパク質の製造方法。
〔2〕好ましくは、前記培養が、セルロース及びセロビオースからなる群より選択される少なくとも1種の存在下で行われる、〔1〕記載の製造方法。
〔3〕好ましくは、前記微生物が、セルロース誘導性プロモーター又はセロビオース誘導性プロモーターを含み、
該プロモーターが、
好ましくは糸状菌セルラーゼ遺伝子プロモーター又は糸状菌キシラナーゼ遺伝子のプロモーターであり、
より好ましくはトリコデルマ属菌のセルラーゼ遺伝子プロモーター又はトリコデルマ属菌のキシラナーゼ遺伝子のプロモーターである、
〔2〕記載の製造方法。
〔4〕好ましくは、前記プロモーターの下流に前記タンパク質をコードする遺伝子が連結されている、〔3〕記載の製造方法。
〔5〕好ましくは、前記プロモーターが糸状菌セルラーゼ遺伝子プロモーターであり、前記タンパク質が酵素である〔4〕記載の製造方法。
〔6〕前記タンパク質が、好ましくは酵素であり、好ましくは、バイオマス分解又はバイオマス糖化に関わる酵素であり、より好ましくはセルラーゼであり、
該バイオマス分解又はバイオマス糖化に関わる酵素が、好ましくは糸状菌由来の酵素であり、より好ましくはトリコデルマ属菌由来の酵素であり、さらに好ましくは糸状菌由来セルラーゼであり、さらに好ましくはトリコデルマ属菌由来セルラーゼである、〔4〕又は〔5〕記載の製造方法。
〔7〕前記混合物を、該混合物に添加されたグルコースの量に換算して、初期培地1Lあたり、好ましくは8g/hr以下、より好ましくは6g/hr以下、さらに好ましくは0.05~8g/hr、さらに好ましくは0.1~6g/hrで流加する、〔1〕~〔6〕のいずれか1項記載の製造方法。
〔8〕前記混合物の流加により、培養物のpHを、好ましくはpH3~7、より好ましくはpH3.5~6に調整する、〔1〕~〔7〕のいずれか1項記載の製造方法。
〔9〕前記混合物が、グルコースとアンモニアとを、質量比で好ましくは0.5~10:1、より好ましくは2~8:1で含む混合物である、〔1〕~〔8〕のいずれか1項記載の製造方法。
〔10〕好ましくは、前記混合物が100mLあたり2~90gのグルコースを含む、〔1〕~〔9〕のいずれか1項記載の製造方法。
〔11〕前記混合物のpHが、25℃で、好ましくはアルカリ性、より好ましくはpH8以上、さらに好ましくはpH9以上、さらに好ましくはpH10以上であり、かつ好ましくはpH13以下である、〔1〕~〔10〕のいずれか1項記載の製造方法。
〔12〕好ましくは、前記微生物が糸状菌である、〔1〕~〔11〕のいずれか1項記載の製造方法。
〔13〕好ましくは、前記糸状菌がトリコデルマ属菌である、〔12〕記載の製造方法。
〔14〕好ましくは、前記トリコデルマ属菌がトリコデルマ・リーセイである、〔13〕記載の製造方法。
〔15〕好ましくは、前記微生物が糸状菌であり、前記タンパク質が、好ましくはバイオマス分解又はバイオマス糖化に関わる酵素であり、より好ましくはセルラーゼである、〔2〕~〔12〕のいずれか1項記載の製造方法。
〔16〕好ましくは、前記糸状菌がトリコデルマ属菌である、〔15〕記載の製造方法。
〔17〕好ましくは、前記トリコデルマ属菌がトリコデルマ・リーセイである、〔16〕記載の製造方法。
〔18〕好ましくは、前記培養物中におけるセルロース又はセロビオースの濃度が、セルロース及びセロビオースの合計濃度として1~15質量/容量%である、〔2〕~〔17〕のいずれか1項記載の製造方法。
〔19〕好ましくは、前記微生物の培養物からタンパク質を回収することをさらに含む、〔1〕~〔18〕のいずれか1項記載の製造方法。
〔20〕好ましくは、前記グルコースとアンモニア又はその塩との混合物を調製すること、及び調製した該混合物を培地に流加することを含む、〔1〕~〔19〕のいずれか1項記載の製造方法。
【実施例】
【0041】
以下、実施例に基づき本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。なお以下の実施例において、特に説明しない限り、「%」は「w/v%」を意味する。アンモニア水溶液、及びアンモニア/グルコース水溶液のpHは、pH測定用複合電極(ガラス摺り合わせスリーブ型;HORIBA Ltd.)[pH電極内部液;飽和塩化カリウム水溶液(3.33mol/L)]を接続したpHメーター(pH/イオンメーター F-52;HORIBA Ltd.)を用いて、25℃で測定した。培養物のpHは、ジャーファーメンターに備え付けたF-635 Autoclavable pH Electrode(Broadley-James Corp)、又は405-DPAS-SC-K8S pHセンサ(METTLER TOLEDO)のpHセンサを用いて測定した。
【0042】
実施例1
トリコデルマ・リーセイX3AB1株(J.Ind.Microbiol.Biotechnol.,2012,174:1-9;以下、X3AB1株と呼ぶ)をセルロース含有培地で培養することで、セルラーゼを含むタンパク質を生産した。前培養として500mLフラスコに培地50mLを加え、1×105個/mLとなるようX3AB1株の胞子を植菌し、28℃、220rpm(PRECI社、PRXYg-98R)にて振とう培養した。培地組成は以下の通りである:1%グルコース、0.14% (NH4)2SO4、0.2% KH2PO4、0.03% CaCl2・2H2O、0.03%MgSO4・7H2O、0.1% Bacto Peptone(BD Difco)、0.05% Bacto Yeast extract(BD Difco)、0.1% Tween 80、0.1% Trace element、50mM酒石酸バッファー(pH4.0)。Trace elementの組成は以下の通りである:6mg H3BO3、26mg (NH4)6Mo7O24・4H2O、100mg FeCl3・6H2O、40mg CuSO4・5H2O、8mg MnCl2・4H2O、200mg ZnCl2を蒸留水にて100mLにメスアップ。
【0043】
2日間の前培養後、本培養を行った。本培養の初期培地は、粉末セルロース(KCフロックW100;日本製紙)10%、及び以下のその他の培地成分を含有した:0.42%(NH4)2SO4、0.2% KH2PO4、0.03% CaCl2・2H2O、0.03% MgSO4・7H2O、0.1% Bacto Peptone、0.05% Bacto Yeast extract、0.1% Tween 80、0.1% Trace element、0.2% Antifoam PE-L。該培地500mLを含む1L容ジャーファーメンターBMZ-01KP2(バイオット)に、前培養液を10%(v/v%)植菌して4日間培養した。ジャーファーメンターの設定は以下のとおりとした:温度28℃、通気量0.5vvm、pH:4.5±0.1、撹拌数はDO=3.0ppmを保つよう変動。10%のアンモニア水溶液にグルコースを溶解させ、適宜希釈して、グルコースとアンモニアとの混合物(以下、5%アンモニア/20%グルコース水溶液という)を調製した。この5%アンモニア/20%グルコース水溶液(pH11.3)を、培養中、培養液に適時流加した。5%アンモニア/20%グルコース水溶液の流加量は、培養液のpHが上記所定の範囲に維持されるように制御された。
【0044】
比較例1
5%アンモニア/20%グルコース水溶液に代えて、5%アンモニア水溶液(pH12.3)を流加したこと以外は、実施例1と同様に微生物の培養を行った。
【0045】
比較例2
5%アンモニア/20%グルコース水溶液に代えて、10%アンモニア水溶液(pH12.7)をpH調整に使用し、別の流加ラインより40%グルコース水溶液を表1に示す条件で流加したこと以外は、実施例1と同様に微生物の培養を行った。
【0046】
【0047】
試験1 グルコース流加量
実施例1及び比較例2で培養液に流加された5%アンモニア/20%グルコース水溶液(pH11.3)及び40%グルコース水溶液の重量を電子天秤にてモニタリングした。該水溶液中に含まれるグルコースの含有量と該水溶液の比重から、培養液に流加されたグルコースの重量を計算した。実施例1及び比較例2における培養液へのグルコースの累積流加量を
図1Aに、時間当たりのグルコース流加量の経時変化を
図1Bに示す。実施例1及び比較例2のグルコースの累積流加量及び時間当たり流加量は、ほぼ同様の曲線を示した。
【0048】
試験2 撹拌挙動
実施例1、比較例1及び比較例2におけるジャーファーメンターの撹拌数の経時変化を
図2に示す。撹拌数は、DO=3.0ppmを一定に保つよう変動するように設定されているため、撹拌数の変化は、培養中の酸素必要量の変化とほぼ対応する。比較例1と比較し、比較例2では撹拌数が増加する傾向が観察され、一方、実施例1では撹拌数が減少する傾向が観察された。このことから、グルコースとアンモニアとの混合物を流加した場合には、グルコースとアンモニアを別々に流加した場合と比べて、撹拌数(酸素必要量)の減少を引き起こす何らかの現象が生じていることが示唆された。
【0049】
試験3 タンパク質生産量
実施例1、比較例1及び比較例2で得られた培養液を遠心分離し、次いでメンブレンフィルター25CS020AN(アドバンテック)にて菌体と上清を分離した。上清のタンパク質の濃度をbradford法にて測定した。bradford法に基づくQuick Startプロテインアッセイ(BioRad)を使用し、ウシγグロブリンを標準タンパク質とした検量線をもとに上清のタンパク質濃度を計算し、タンパク質生産量とした。比較例1の培養4日目のタンパク質生産量を100%としたときの、実施例1、比較例1及び比較例2の培養3日目及び4日目の相対タンパク質生産量を
図3に示す。実施例1では、培養3日及び4日目のいずれにおいても比較例1よりも高い生産性を示した。比較例2では、比較例1よりも生産性が低下した。このことから、グルコースを流加しない方法や、同量のグルコースとアンモニアを分けて流加するよりも、グルコースとアンモニアとの混合物を流加することで、タンパク質生産性が向上することが明らかとなった。さらに比較例2との対比より、流加する前にグルコースとアンモニアを混合することが重要であることが示唆された。
【0050】
実施例2
トリコデルマ・リーセイX3AB1株を用い、実施例1と同様の手法でセルラーゼを含むタンパク質を生産した。細胞を実施例1と同様の手法で2日間前培養した後、本培養を行った。本培養の初期培地は、実施例1と同じものを使用した。該初期培地100mLを含む250mL容ジャーファーメンターBJR-25NA1S-8M(バイオット)に、前培養液を10%(v/v%)植菌した。ジャーファーメンターの設定は実施例1と同様に設定した。10%のアンモニア水溶液にグルコースを溶解させ、適宜希釈することで様々な濃度のグルコースとアンモニアとの混合物を調製した。作製したグルコースとアンモニアとの混合物は、以下の通りであり、該混合物のpHは10.9以上11.9以下であった:5%アンモニア/2.5%グルコース水溶液(以下、5N2.5G)、5%アンモニア/5%グルコース水溶液(以下、5N5G)、5%アンモニア/10%グルコース水溶液(以下、5N10G)、5%アンモニア/20%グルコース水溶液(以下、5N20G)、5%アンモニア/30%グルコース水溶液(以下、5N30G)、5%アンモニア/40%グルコース水溶液(以下、5N40G)、5%アンモニア/50%グルコース水溶液(以下5N50G)。これらのグルコースとアンモニアとの混合物を、培養中、培養液に適時流加した。グルコースとアンモニアとの混合物の流加量は、培養液のpHが上記所定の範囲に維持されるように制御された。培養液のpHが5.5を超えた時点で培養を終了した。
【0051】
比較例3
グルコースとアンモニアとの混合物に代えて5%アンモニア水溶液を流加したこと以外は、実施例2と同様に微生物の培養を行った。
【0052】
試験4 タンパク質生産量
実施例2及び比較例3で得られた培養終了時の培養物からの上清におけるタンパク質濃度を、試験3と同様にbradford法にて測定した。比較例3でのタンパク質生産量を100%としたときの、実施例2での相対タンパク質生産量を
図4に示す。実施例2では、いずれの濃度のグルコースとアンモニアとの混合物を使用した培養においても、比較例3よりも高い生産性を示した。
【0053】
実施例2における5N2.5Gを用いた培養での時間当たりのグルコース流加量の経時変化を
図5に示す。実施例1と比較して、5N2.5Gでの時間当たりのグルコース流加量は非常に少量であった。そこで、培養に用いた炭素源(粉末セルロースとグルコース)の量あたりのタンパク質生産量を計算した。
図6に、比較例3での生産量を100%としたときの、実施例2での炭素源あたりの相対タンパク質生産量を示す。炭素源あたりタンパク質生産量は、低濃度のグルコースとアンモニアとの混合物を用いた際に向上し、混合物中のグルコース濃度が高くなるにつれて低下する傾向にあった。したがって、グルコースとアンモニアとの混合物の流加によるタンパク質生産性の向上が、炭素源あたりのタンパク質生産量の向上に起因することが示唆された。
【0054】
以上の結果から、グルコースとアンモニアとの混合物の流加は、培養物あたりのタンパク質生産量だけでなく、使用炭素源あたりのタンパク質生産量を向上させる効果があること、また該混合物の流加は、0.1gグルコース/L/hr以下のような非常に少ない流加量でも有効であることが明らかとなった。
【配列表】