(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-07
(45)【発行日】2023-12-15
(54)【発明の名称】(T)EW-7197を含む角膜内皮疾患を治療または予防するための組成物または方法
(51)【国際特許分類】
A61K 31/444 20060101AFI20231208BHJP
A61P 27/02 20060101ALI20231208BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20231208BHJP
【FI】
A61K31/444
A61P27/02
A61P43/00 111
(21)【出願番号】P 2019559203
(86)(22)【出願日】2018-12-13
(86)【国際出願番号】 JP2018045919
(87)【国際公開番号】W WO2019117254
(87)【国際公開日】2019-06-20
【審査請求日】2021-12-02
(31)【優先権主張番号】P 2017239049
(32)【優先日】2017-12-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2018184783
(32)【優先日】2018-09-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503027931
【氏名又は名称】学校法人同志社
(73)【特許権者】
【識別番号】000199175
【氏名又は名称】千寿製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100118371
【氏名又は名称】▲駒▼谷 剛志
(72)【発明者】
【氏名】小泉 範子
(72)【発明者】
【氏名】奥村 直毅
(72)【発明者】
【氏名】山本 真弓
【審査官】金子 亜希
(56)【参考文献】
【文献】特表2013-533252(JP,A)
【文献】国際公開第2015/064768(WO,A1)
【文献】J. Med. Chem.,2002年,45,999-1001
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/444
A61P 27/02
A61P 43/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(T)EW-7197(N-((4-([1,2,4]トリアゾロ[1,5-a]ピリジン-6-イル)-5-(6-メチルピリジン-2-イル)-1H-イミダゾール-2-イル)メチル)-2-フルオロアニリン)、またはその薬学的に許容され得る塩、あるいはその溶媒和物を含む、角膜内皮の症状、障害または疾患を治療または予防するための組成物
であって、
前記組成物は、角膜内皮細胞密度の減少を抑制するためのものである、組成物。
【請求項2】
(T)EW-7197(N-((4-([1,2,4]トリアゾロ[1,5-a]ピリジン-6-イル)-5-(6-メチルピリジン-2-イル)-1H-イミダゾール-2-イル)メチル)-2-フルオロアニリン)、またはその薬学的に許容され得る塩、あるいはその溶媒和物を含む、角膜内皮の症状、障害または疾患を治療または予防するための組成物であって、
前記角膜内皮の症状、障害または疾患は、フックス角膜内皮ジストロフィ、滴状角膜、後部多形性角膜ジストロフィ、虹彩角膜内皮症候群、先天性遺伝子角膜内皮ジストロフィ、ウイルス性疾患(サイトメガロウイルス角膜内皮炎、単純ヘルペスウイルス角膜内皮炎)、落屑症候群、角膜移植後拒否反応、水疱性角膜症、角膜移植後障害、角膜内皮炎、外傷、眼科手術、眼科レーザー手術後の障害、および加齢からなる群から選択される、
前記角膜内皮の症状、障害または疾患は、細胞外マトリクス(ECM)の過剰発現に起因するものである、
前記角膜内皮の症状、障害または疾患は、フックス角膜内皮ジストロフィにおけるものである、ならびに
前記角膜内皮の症状、障害または疾患は、角膜内皮における細胞障害である、
からなる群より選択される少なくとも1つの特徴を有する、組成物。
【請求項3】
前記角膜内皮の症状、障害または疾患は、細胞外マトリクス(ECM)の過剰発現に起因するものであり、前記細胞外マトリクス(ECM)は、I型コラーゲン、IV型コラーゲン、V型コラーゲンおよびフィブロネクチンからなる群より選択される、請求項
1または2に記載の組成物。
【請求項4】
前記角膜内皮の症状、障害または疾患は、フックス角膜内皮ジストロフィ、グッテーの形成、デスメ膜の肥厚、角膜厚の肥厚、混濁、瘢痕、角膜片雲、角膜斑、角膜白斑、羞明、および霧視からなる群より選択される、請求項
1~3のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項5】
前記角膜内皮の症状、障害または疾患は、フックス角膜内皮ジストロフィまたは滴状角膜である、請求項1~
4のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項6】
前記(T)EW-7197、またはその薬学的に許容され得る塩、あるいはその溶媒和物は、約0.001mM~約10mMの濃度で前記組成物中に存在する、請求項1~
5のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項7】
前記(T)EW-7197、またはその薬学的に許容され得る塩、あるいはその溶媒和物は、約0.01mM~約5mMの濃度で前記組成物中に存在する、請求項1~
6のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項8】
点眼剤である、請求項1~
7のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項9】
(T)EW-7197(N-((4-([1,2,4]トリアゾロ[1,5-a]ピリジン-6-イル)-5-(6-メチルピリジン-2-イル)-1H-イミダゾール-2-イル)メチル)-2-フルオロアニリン)、またはその薬学的に許容され得る塩、あるいはその溶媒和物を含む、角膜内皮における細胞障害を治療または予防するための組成物。
【請求項10】
前記角膜内皮における細胞障害が、フックス角膜内皮ジストロフィ、滴状角膜、後部多形性角膜ジストロフィ、虹彩角膜内皮症候群、先天性遺伝子角膜内皮ジストロフィ、ウイルス性疾患(サイトメガロウイルス角膜内皮炎、単純ヘルペスウイルス角膜内皮炎)、落屑症候群、角膜移植後拒否反応、水疱性角膜症、角膜移植後障害、角膜内皮炎、外傷、眼科手術、眼科レーザー手術後の障害、または加齢における細胞障害である、請求項
9に記載の組成物。
【請求項11】
前記角膜内皮における細胞障害が、フックス角膜内皮ジストロフィにおける細胞障害である、請求項
9または10に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、(T)EW-7197の新規用途に関する。より詳細には、(T)EW-7197(N-((4-([1,2,4]トリアゾロ[1,5-a]ピリジン-6-イル)-5-(6-メチルピリジン-2-イル)-1H-イミダゾール-2-イル)メチル)-2-フルオロアニリン)もしくはその誘導体、またはその薬学的に許容され得る塩、あるいはその溶媒和物を含む、角膜内皮の症状、障害または疾患を治療または予防するための技術、方法、ならびにそのための薬剤、ならびにこの技術を応用した角膜内皮細胞の保存技術に関する。
【背景技術】
【0002】
視覚情報は、眼球の最前面の透明な組織である角膜から取り入れられた光が、網膜に達して網膜の神経細胞を興奮させ、発生した電気信号が視神経を経由して大脳の視覚野に伝達することで認識される。良好な視力を得るためには、角膜が透明であることが必要である。角膜の透明性は、角膜内皮細胞のポンプ機能とバリア機能により、含水率が一定に保たれることにより保持される。
【0003】
ヒトの角膜内皮細胞は、出生時には1平方ミリメートル当たり約3000個の密度で存在しているが、一度障害を受けると再生する能力は極めて限定的である。角膜内皮障害の1つであるフックス角膜内皮ジストロフィは、角膜の内側の内皮細胞が異常を来して角膜の浮腫を生じたりする疾患であり、その原因は不明である。フックス角膜内皮ジストロフィでは、コラーゲン等の細胞外マトリクスが角膜の後部にあるデスメ膜の後面の一部分に沈着しグッテー(Corneal guttae)およびデスメ膜の肥厚を生じる。グッテー(Corneal guttae)およびデスメ膜の肥厚はフックス角膜内皮ジストロフィ患者における羞明、霧視の原因であり患者のQOLを著しく損なう。フックス角膜内皮ジストロフィは角膜移植以外に有効な治療法はないとされるが、日本での角膜提供は不足しており、角膜移植の待機患者約2600人に対し、年間に国内で行われている角膜移植件数は1700件程度である。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは、以下の構造:
【化1】
を有する(T)EW-7197(N-((4-([1,2,4]トリアゾロ[1,5-a]ピリジン-6-イル)-5-(6-メチルピリジン-2-イル)-1H-イミダゾール-2-イル)メチル)-2-フルオロアニリン)が、角膜内皮障害モデルの細胞において、非常に優れた細胞障害抑制効果を示すことを見出した。また、(T)EW-7197による細胞障害抑制効果は、非常に低い濃度でも確認された。加えて、本発明者らは、(T)EW-7197が、角膜内皮障害モデルの細胞において、フィブロネクチンなどの細胞外マトリクス(ECM)の発現を抑制し、角膜内皮障害におけるECM異常を治療可能であることも見出した。
【0005】
したがって、本発明は、例えば以下の項目を提供する。
(項目1)
(T)EW-7197(N-((4-([1,2,4]トリアゾロ[1,5-a]ピリジン-6-イル)-5-(6-メチルピリジン-2-イル)-1H-イミダゾール-2-イル)メチル)-2-フルオロアニリン)もしくはその誘導体、またはその薬学的に許容され得る塩、あるいはその溶媒和物を含む、角膜内皮の症状、障害または疾患を治療または予防するための組成物。
(項目2)
前記組成物は、角膜内皮細胞密度の減少を抑制するためのものである、項目1に記載の組成物。
(項目3)
前記角膜内皮の症状、障害または疾患が、フックス角膜内皮ジストロフィまたは滴状角膜である、項目1または2に記載の組成物。
(項目4)
前記角膜内皮の症状、障害または疾患は、細胞外マトリクス(ECM)の過剰発現に起因するものである、項目1に記載の組成物。
(項目5)
前記細胞外マトリクス(ECM)は、I型コラーゲン、IV型コラーゲン、V型コラーゲンおよびフィブロネクチンからなる群より選択される、項目4に記載の組成物。
(項目6)
前記角膜内皮の症状、障害または疾患は、フックス角膜内皮ジストロフィ、グッテーの形成、デスメ膜の肥厚、角膜厚の肥厚、混濁、瘢痕、角膜片雲、角膜斑、角膜白斑、羞明、および霧視からなる群より選択される、項目4または5に記載の組成物。
(項目7)
前記角膜内皮の症状、障害または疾患は、フックス角膜内皮ジストロフィにおけるものである、項目1~6のいずれか一項に記載の医薬組成物。
(項目8)
前記(T)EW-7197もしくはその誘導体、またはその薬学的に許容され得る塩、あるいはその溶媒和物は、約0.001mM~約10mMの濃度で前記組成物中に存在する、項目1~7のいずれか一項に記載の組成物。
(項目9)
前記(T)EW-7197もしくはその誘導体、またはその薬学的に許容され得る塩、あるいはその溶媒和物は、約0.01mM~約5mMの濃度で前記組成物中に存在する、項目1~8のいずれか一項に記載の組成物。
(項目10)
点眼剤である、項目1~9のいずれか一項に記載の組成物。
(項目A1)
被験体における角膜内皮の症状、障害または疾患を治療または予防する方法であって、(T)EW-7197(N-((4-([1,2,4]トリアゾロ[1,5-a]ピリジン-6-イル)-5-(6-メチルピリジン-2-イル)-1H-イミダゾール-2-イル)メチル)-2-フルオロアニリン)もしくはその誘導体、またはその薬学的に許容され得る塩、あるいはその溶媒和物の有効量を該被験体に投与することを含む方法。
(項目A2)
前記方法は、角膜内皮細胞密度の減少を抑制する、項目A1に記載の方法。
(項目A3)
前記角膜内皮の症状、障害または疾患が、フックス角膜内皮ジストロフィまたは滴状角膜である、項目A1またはA2に記載の方法。
(項目A4)
前記角膜内皮の症状、障害または疾患は、細胞外マトリクス(ECM)の過剰発現に起因するものである、項目A1に記載の方法。
(項目A5)
前記細胞外マトリクス(ECM)は、I型コラーゲン、IV型コラーゲン、V型コラーゲンおよびフィブロネクチンからなる群より選択される、項目A4に記載の方法。
(項目A6)
前記角膜内皮の症状、障害または疾患は、フックス角膜内皮ジストロフィ、グッテーの形成、デスメ膜の肥厚、角膜厚の肥厚、混濁、瘢痕、角膜片雲、角膜斑、角膜白斑、羞明、および霧視からなる群より選択される、項目A4またはA5に記載の方法。
(項目A7)
前記角膜内皮の症状、障害または疾患は、フックス角膜内皮ジストロフィにおけるものである、項目A1~A6のいずれか一項に記載の方法。
(項目A8)
前記(T)EW-7197もしくはその誘導体、またはその薬学的に許容され得る塩、あるいはその溶媒和物は、約0.001mM~約10mMの濃度で投与される、項目A1~A7のいずれか一項に記載の方法。
(項目A9)
前記(T)EW-7197もしくはその誘導体、またはその薬学的に許容され得る塩、あるいはその溶媒和物は、約0.01mM~約5mMの濃度で投与される、項目A1~A8のいずれか一項に記載の方法。
(項目A10)
前記(T)EW-7197もしくはその誘導体、またはその薬学的に許容され得る塩、あるいはその溶媒和物は、点眼剤として投与される、項目A1~A9のいずれか一項に記載の方法。
(項目B1)
角膜内皮の症状、障害または疾患を治療または予防するための医薬の製造における、(T)EW-7197(N-((4-([1,2,4]トリアゾロ[1,5-a]ピリジン-6-イル)-5-(6-メチルピリジン-2-イル)-1H-イミダゾール-2-イル)メチル)-2-フルオロアニリン)もしくはその誘導体、またはその薬学的に許容され得る塩、あるいはその溶媒和物の使用。
(項目B2)
前記医薬は、角膜内皮細胞密度の減少を抑制するためのものである、項目B1に記載の使用。
(項目B3)
前記角膜内皮の症状、障害または疾患が、フックス角膜内皮ジストロフィまたは滴状角膜である、項目B1またはB2に記載の使用。
(項目B4)
前記角膜内皮の症状、障害または疾患は、細胞外マトリクス(ECM)の過剰発現に起因するものである、項目B1に記載の使用。
(項目B5)
前記細胞外マトリクス(ECM)は、I型コラーゲン、IV型コラーゲン、V型コラーゲンおよびフィブロネクチンからなる群より選択される、項目B4に記載の使用。
(項目B6)
前記角膜内皮の症状、障害または疾患は、フックス角膜内皮ジストロフィ、グッテーの形成、デスメ膜の肥厚、角膜厚の肥厚、混濁、瘢痕、角膜片雲、角膜斑、角膜白斑、羞明、および霧視からなる群より選択される、項目B4またはB5に記載の使用。
(項目B7)
前記角膜内皮の症状、障害または疾患は、フックス角膜内皮ジストロフィにおけるものである、項目B1~B6のいずれか一項に記載の使用。
(項目B8)
前記(T)EW-7197もしくはその誘導体、またはその薬学的に許容され得る塩、あるいはその溶媒和物は、約0.001mM~約10mMの濃度で前記組成物中に存在する、項目B1~B7のいずれか一項に記載の使用。
(項目B9)
前記(T)EW-7197もしくはその誘導体、またはその薬学的に許容され得る塩、あるいはその溶媒和物は、約0.01mM~約5mMの濃度で前記医薬中に存在する、項目B1~B8のいずれか一項に記載の使用。
(項目B10)
前記医薬は点眼剤である、項目B1~B9のいずれか一項に記載の使用。
(項目C1)
角膜内皮の症状、障害または疾患の治療または予防における使用のための化合物であって、(T)EW-7197(N-((4-([1,2,4]トリアゾロ[1,5-a]ピリジン-6-イル)-5-(6-メチルピリジン-2-イル)-1H-イミダゾール-2-イル)メチル)-2-フルオロアニリン)もしくはその誘導体、またはその薬学的に許容され得る塩、あるいはその溶媒和物である化合物。
(項目C2)
前記化合物は、角膜内皮細胞密度の減少の抑制において使用するためのものである、項目C1に記載の化合物。
(項目C3)
前記角膜内皮の症状、障害または疾患が、フックス角膜内皮ジストロフィまたは滴状角膜である、項目C1またはC2に記載の化合物。
(項目C4)
前記角膜内皮の症状、障害または疾患は、細胞外マトリクス(ECM)の過剰発現に起因するものである、項目C1に記載の化合物。
(項目C5)
前記細胞外マトリクス(ECM)は、I型コラーゲン、IV型コラーゲン、V型コラーゲンおよびフィブロネクチンからなる群より選択される、項目C4に記載の化合物。
(項目C6)
前記角膜内皮の症状、障害または疾患は、フックス角膜内皮ジストロフィ、グッテーの形成、デスメ膜の肥厚、角膜厚の肥厚、混濁、瘢痕、角膜片雲、角膜斑、角膜白斑、羞明、および霧視からなる群より選択される、項目C4またはC5に記載の化合物。
(項目C7)
前記角膜内皮の症状、障害または疾患は、フックス角膜内皮ジストロフィにおけるものである、項目C1~C6のいずれか一項に記載の化合物。
(項目C8)
前記化合物は、約0.001mM~約10mMの濃度で投与されることを特徴とする、項目C1~C7のいずれか一項に記載の化合物。
(項目C9)
前記化合物は、約0.01mM~約5mMの濃度で投与されることを特徴とする、項目C1~C8のいずれか一項に記載の化合物。
(項目C10)
前記化合物は、点眼剤として投与されることを特徴とする、項目C1~C9のいずれか一項に記載の化合物。
【0006】
本発明において、上記1または複数の特徴は、明示された組み合わせに加え、さらに組み合わせて提供されうることが意図される。本発明のなおさらなる実施形態および利点は、必要に応じて以下の詳細な説明を読んで理解すれば、当業者に認識される。
【発明の効果】
【0007】
本発明は、(T)EW-7197(N-((4-([1,2,4]トリアゾロ[1,5-a]ピリジン-6-イル)-5-(6-メチルピリジン-2-イル)-1H-イミダゾール-2-イル)メチル)-2-フルオロアニリン)もしくはその誘導体、またはその薬学的に許容され得る塩、あるいはその溶媒和物を含む、角膜内皮の症状、障害または疾患を治療または予防し得る医薬を提供する。さらに、本発明は、(T)EW-7197もしくはその誘導体、またはその薬学的に許容され得る塩、あるいはその溶媒和物を含む、角膜内皮細胞の保存のための組成物または角膜内皮細胞の増殖を促進するための組成物を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】
図1は、角膜内皮障害モデルである、フックス角膜内皮ジストロフィ患者由来の不死化角膜内皮細胞(iFECD)の位相差顕微鏡写真を示す(左:TGF-β添加なし、右:TGF-β添加あり)。
【
図2】
図2は、EW-7197およびSB431542で処理したフックス角膜内皮ジストロフィ患者由来の不死化角膜内皮細胞(iFECD)の位相差顕微鏡写真を示す。
【
図3】
図3は、
図2において観察したiFECDにおける細胞障害抑制効果の評価をまとめた表を示す。
【
図4】
図4は、EW-7197で濃度依存的に処理したフックス角膜内皮ジストロフィ患者由来の不死化角膜内皮細胞(iFECD)の位相差顕微鏡写真を示す。
【
図5】
図5は、SB431542存在下でのiFECDにおける生存細胞率およびカスパーゼ3/7活性のグラフを示す。
【
図6】
図6は、EW-7197存在下でのiFECDにおける生存細胞率およびカスパーゼ3/7活性のグラフを示す。
【
図7】
図7は、iFECDにおけるフィブロネクチン、切断カスパーゼ3およびPARPについてのウェスタンブロットの結果を示す。
【
図8】
図8は、0.02%EW-7197点眼群および基剤(「vehicle」)点眼群におけるI型コラーゲンおよびフィブロネクチンの発現面積の解析結果を示す。縦軸は発現面積(ピクセル)を示す。
【
図9】
図9は、0.02%および0.1%EW-7197点眼群ならびに基剤(「vehicle」)点眼群におけるフィブロネクチンの発現面積の解析結果を示す。縦軸は発現面積(ピクセル)を示す。左のグラフは、40倍の視野において、30000以下の輝度をカットして解析した結果を示す(中央部、6時方向および9時方向(耳側))。右のグラフは、100倍の視野における解析結果を示す(3時方向(鼻側))。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明を説明する。本明細書の全体にわたり、単数形の表現は、特に言及しない限り、その複数形の概念をも含むことが理解されるべきである。従って、単数形の冠詞(例えば、英語の場合は「a」、「an」、「the」など)は、特に言及しない限り、その複数形の概念をも含むことが理解されるべきである。また、本明細書において使用される用語は、特に言及しない限り、当該分野で通常用いられる意味で用いられることが理解されるべきである。したがって、他に定義されない限り、本明細書中で使用されるすべての専門用語および科学技術用語は、本発明の属する分野の当業者によって一般的に理解されるのと同じ意味を有する。矛盾する場合、本明細書(定義を含めて)が優先する。
【0010】
(定義)
本明細書において、「約」とは、特に断らない限り、後に続く数値の±10%を意味する。
【0011】
本明細書において「被験体」とは、本発明の治療および予防するための医薬または方法の投与(移植)対象を指し、被験体としては、哺乳動物(例えば、ヒト、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ウシ、ウマ、ヒツジ、サル等)があげられるが、霊長類が好ましく、特にヒトが好ましい。
【0012】
本明細書において、「EW-7197」と「TEW-7197」は互換可能に使用され、N-((4-([1,2,4]トリアゾロ[1,5-a]ピリジン-6-イル)-5-(6-メチルピリジン-2-イル)-1H-イミダゾール-2-イル)メチル)-2-フルオロアニリンを指す。また、本明細書において、「EW-7197」と「TEW-7197」をまとめて、「(T)EW-7197」と表記する場合もある。
【0013】
本明細書において、「細胞外マトリクス(ECM)の過剰発現に起因する」角膜内皮の症状、障害または疾患とは、主に細胞外マトリクスに起因する濁りや沈着、肥厚等に関連する角膜内皮の症状、障害または疾患であり、角膜内皮面の疣贅(グッタータ)や、デスメ膜の混濁グッテー等の、デスメ膜の肥厚等が生じ、視力低下の原因となる症状に関連するものである。フックス角膜ジストロフィなどの角膜内皮障害においては、角膜内皮細胞の細胞死(特にアポトーシス)が原因による症状悪化とは異なり、この細胞外マトリクスの過剰産生は細胞数の減少が起こらなかったとしても視力、視感覚を悪化させるものであり、細胞死を抑制できたとしても対処しなければならない点である。
【0014】
本明細書において「誘導体」とは、そのコア構造が親化合物のそれと同じかまたはよく似ているが、異なる官能基または付加的な官能基などの化学的または物理的修飾を有するような化合物を指す。誘導体は、親化合物と同一または類似の生物学的活性を有する。
【0015】
本明細書において、「薬学的に許容され得る塩」とは、比較的非毒性の、本発明の化合物の無機または有機の酸付加塩をいう。これらの塩は、化合物の最終的な単離および精製の間に一時的に、またはその遊離塩基型で精製された化合物を適切な有機もしくは無機の酸と別々に反応させること、およびそのように形成された塩を単離することによって調製することができる。
【0016】
本発明の化合物の薬学的に許容され得る塩基性塩としては、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩;カルシウム塩、マグネシウム塩等のアルカリ土類金属塩;アンモニウム塩;トリメチルアミン塩、トリエチルアミン塩、ジシクロヘキシルアミン塩、エタノールアミン塩、ジエタノールアミン塩、トリエタノールアミン塩、プロカイン塩、メグルミン塩、ジエタノールアミン塩またはエチレンジアミン塩等の脂肪族アミン塩;N,N-ジベンジルエチレンジアミン、ベネタミン塩等のアラルキルアミン塩;ピリジン塩、ピコリン塩、キノリン塩、イソキノリン塩等のヘテロ環芳香族アミン塩;テトラメチルアンモニウム塩、テトラエチルアモニウム塩、ベンジルトリメチルアンモニウム塩、ベンジルトリエチルアンモニウム塩、ベンジルトリブチルアンモニウム塩、メチルトリオクチルアンモニウム塩、テトラブチルアンモニウム塩等の第4級アンモニウム塩;アルギニン塩、リジン塩等の塩基性アミノ酸塩等が挙げられる。
【0017】
本発明の化合物の薬学的に許容され得る酸性塩としては、例えば、塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩、リン酸塩、炭酸塩、炭酸水素塩、過塩素酸塩等の無機酸塩;酢酸塩、プロピオン酸塩、乳酸塩、マレイン酸塩、フマール酸塩、酒石酸塩、リンゴ酸塩、クエン酸塩、アスコルビン酸塩等の有機酸塩;メタンスルホン酸塩、イセチオン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、p-トルエンスルホン酸塩等のスルホン酸塩;アスパラギン酸塩、グルタミン酸塩等の酸性アミノ酸等が挙げられる。
【0018】
本明細書において、「溶媒和物」とは、本発明の化合物またはその薬学的に許容される塩の溶媒和物を意味し、例えば有機溶媒との溶媒和物(例えば、アルコール(エタノールなど)和物)、水和物等を包含する。水和物を形成する時は、任意の数の水分子と配位していてもよい。水和物としては、1水和物、2水和物等を挙げることができる。
【0019】
本明細書において「iFECD」(immobilized Fuchs’ endothelial corneal dystrophy)は、フックス角膜内皮ジストロフィの不死化細胞の略称である。
【0020】
本明細書において「HCEC」(human corneal endothelial cells)とは、ヒト角膜内皮細胞の略称である。「iHCEC」は、不死化(immobilized)ヒト角膜内皮細胞の略称である。
【0021】
本明細書において「被験体」とは、本発明の治療および予防するための医薬または方法の投与(移植)対象を指し、被験体としては、哺乳動物(例えば、ヒト、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ウシ、ウマ、ヒツジ、サル等)があげられるが、霊長類が好ましく、特にヒトが好ましい。
【0022】
本明細書において「角膜内皮の症状、障害または疾患」とは、角膜内皮に関連する任意の症状、障害または疾患をいい、代表的には、フックス角膜内皮ジストロフィ、滴状角膜、角膜移植後障害、角膜内皮炎、外傷、眼科手術、眼科レーザー手術後の障害、加齢、後部多形性角膜ジストロフィ(PPD)、先天性遺伝性角膜内皮ジストロフィ(CHED)、特発性角膜内皮障害、およびサイトメガロウイルス角膜内皮炎を挙げることができるがこれらに限定されない。好ましい実施形態では、角膜内皮の症状、障害または疾患はフックス角膜内皮ジストロフィを含む。別の実施形態では、角膜内皮の症状、障害または疾患は細胞外マトリクス(ECM)の過剰発現に起因するものであり、例えば、I型コラーゲン、IV型コラーゲン、V型コラーゲンおよびフィブロネクチンの過剰発現に起因するものである。
【0023】
細胞外マトリクス(ECM)の過剰発現に起因する角膜内皮の症状、障害または疾患は、角膜内皮においてECMの過剰発現を観察される任意の症状、障害、疾患が含まれ、例えば、フックス角膜内皮ジストロフィ、グッテーの形成、デスメ膜の肥厚、角膜厚の肥厚、混濁、瘢痕、角膜片雲、角膜斑、角膜白斑、羞明、および霧視などを挙げることができるがこれらに限定されない。
【0024】
(一般技術)
本明細書において用いられる分子生物学的手法、生化学的手法、微生物学的手法は、当該分野において周知であり慣用されるものであり、例えば、Sambrook J.et al.(1989).Molecular Cloning: A Laboratory Manual, Cold Spring Harborおよびその3rd Ed.(2001); Ausubel, F.M.(1987).Current Protocols in Molecular Biology, Greene Pub. Associates and Wiley-Interscience; Ausubel, F.M.(1989).Short Protocols in Molecular Biology: A Compendium of Methods from Current Protocols in Molecular Biology, Greene Pub. Associates and Wiley-Interscience; Innis, M. A.(1990).PCR Protocols: A Guide to Methods and Applications, Academic Press; Ausubel, F.M.(1992).Short Protocols in Molecular Biology: A Compendium of Methods from Current Protocols in Molecular Biology, Greene Pub. Associates; Ausubel, F.M.(1995).Short Protocols in Molecular Biology: A Compendium of Methods from Current Protocols in Molecular Biology, Greene Pub. Associates; Innis ,M.A. et al.(1995).PCR Strategies, Academic Press; Ausubel, F.M.(1999).Short Protocols in Molecular Biology: A Compendium of Methods from Current Protocols in Molecular Biology, Wiley, and annual updates; Sninsky, J.J.et al.(1999).PCR Applications: Protocols for Functional Genomics, Academic Press、Gait, M.J.(1985).Oligonucleotide Synthesis: A Practical Approach, IRL Press; Gait, M.J.(1990).Oligonucleotide Synthesis: A Practical Approach, IRL Press; Eckstein, F.(1991).Oligonucleotides and Analogues: A Practical Approach, IRL Press; Adams, R.L. et al.(1992).The Biochemistry of the Nucleic Acids, Chapman & Hall; Shabarova, Z. et al.(1994).Advanced Organic Chemistry of Nucleic Acids, Weinheim; Blackburn, G.M. et al.(1996).Nucleic Acids in Chemistry and Biology, Oxford University Press; Hermanson, G.T.(I996).Bioconjugate Techniques, Academic Press、別冊実験医学「遺伝子導入&発現解析実験法」羊土社、1997などに記載されている。角膜内皮細胞については、Nancy Joyceらの報告{Joyce, 2004 #161} {Joyce, 2003 #7}がよく知られているが、前述のごとく長期培養、継代培養により線維芽細胞様の形質転換を生じ、効率的な培養法の研究が現在も行われている。これらは本明細書において関連する部分(全部であり得る)が参考として援用される。
【0025】
(好ましい実施形態の説明)
以下に好ましい実施形態の説明を記載するが、この実施形態は本発明の例示であり、本発明の範囲はそのような好ましい実施形態に限定されないことが理解されるべきである。当業者はまた、以下のような好ましい実施例を参考にして、本発明の範囲内にある改変、変更などを容易に行うことができることが理解されるべきである。これらの実施形態について、当業者は適宜、任意の実施形態を組み合わせ得る。
【0026】
<組成物>
1つの局面において、本発明は、(T)EW-7197(N-((4-([1,2,4]トリアゾロ[1,5-a]ピリジン-6-イル)-5-(6-メチルピリジン-2-イル)-1H-イミダゾール-2-イル)メチル)-2-フルオロアニリン)もしくはその誘導体、またはその薬学的に許容され得る塩、あるいはその溶媒和物を含む、角膜内皮の症状、障害または疾患を治療または予防するための組成物を提供する。いくつかの実施形態において、本発明の組成物は、角膜内皮細胞密度の減少を抑制するためのものでもある。本発明の組成物で使用される(T)EW-7197は、角膜内皮障害を抑制することが知られているSB431542と同様に角膜内皮障害を抑制することができる。驚くべきことに、(T)EW-7197による角膜内皮障害抑制効果は、非常に低濃度でも観察され、SB431542ではサブμM(1μM~0.1μM)では角膜内皮障害抑制効果が観察されなかったのに対し、(T)EW-7197では、0.03μMという低い濃度でも非常に優れた角膜内皮障害抑制効果が観察された。このように、本発明で使用される(T)EW-7197は、角膜内皮において非常に高い治療効果を発揮し得る。また、生存細胞率の試験においては細胞に対する毒性はほとんど観察されず、(T)EW-7197は安全性においても優れている。
【0027】
別の局面において、本発明は、(T)EW-7197(N-((4-([1,2,4]トリアゾロ[1,5-a]ピリジン-6-イル)-5-(6-メチルピリジン-2-イル)-1H-イミダゾール-2-イル)メチル)-2-フルオロアニリン)もしくはその誘導体、またはその薬学的に許容され得る塩、あるいはその溶媒和物を含む、角膜内皮細胞密度の減少を抑制するための組成物を提供する。
【0028】
別の局面において、本発明は、角膜内皮の症状、障害または疾患を治療または予防するための、(T)EW-7197(N-((4-([1,2,4]トリアゾロ[1,5-a]ピリジン-6-イル)-5-(6-メチルピリジン-2-イル)-1H-イミダゾール-2-イル)メチル)-2-フルオロアニリン)もしくはその誘導体、またはその薬学的に許容され得る塩、あるいはその溶媒和物(以下、本発明の化合物等ともいう。)を提供する。いくつかの実施形態において、本発明の化合物等は、角膜内皮細胞密度の減少を抑制するためのものでもある。本発明の化合物等における(T)EW-7197は、角膜内皮障害を抑制することが知られているSB431542と同様に角膜内皮障害を抑制することができる。驚くべきことに、(T)EW-7197による角膜内皮障害抑制効果は、非常に低濃度でも観察され、SB431542ではサブμM(1μM~0.1μM)では角膜内皮障害抑制効果が観察されなかったのに対し、(T)EW-7197では、0.03μMという低い濃度でも非常に優れた角膜内皮障害抑制効果が観察された。このように、本発明で使用される(T)EW-7197は、角膜内皮において非常に高い治療効果を発揮し得る。また、生存細胞率の試験においては細胞に対する毒性はほとんど観察されず、(T)EW-7197は安全性においても優れている。
【0029】
本発明の組成物は、医薬組成物(例えば、点眼剤、前房内注射剤、硝子体内注射剤、結膜下注射剤)であり得る。医薬組成物は、薬学的に許容され得る担体をさらに含んでいてもよい。薬学的に許容され得る担体としては、所望の特定の剤形に適するように、ありとあらゆる溶媒、希釈剤、または他の液体ビヒクル、分散または懸濁助剤、表面活性剤、等張剤、増粘または乳化剤、保存剤、固体結合剤、滑沢剤などが挙げられるが、これらに限定されない。Remington’s Pharmaceutical Sciences、Gennaro編、Mack Publishing、Easton、PA、1995年は、医薬組成物の製剤化およびその調製のための公知の技術において使用される種々の担体を開示する。薬学的に許容される担体として役割を果たすことができる材料の一部の例として、これらに限定されないが、ラクトース、グルコース、およびスクロースなどの糖;トウモロコシデンプンおよびジャガイモデンプンなどのデンプン;セルロースならびにカルボキシメチルセルロースナトリウム、エチルセルロース、およびセルロースアセテートなどのその誘導体;トラガカント末;麦芽;ゼラチン;タルク;ココアバターおよび坐剤ワックスなどの賦形剤;落花生油、綿実油、ベニバナ油、ゴマ油、オリーブ油、トウモロコシ油およびダイズ油などの油;プロピレングリコールなどのグリコール;エチルオレエートおよびエチルラウレートなどのエステル;寒天;水酸化マグネシウムおよび水酸化アルミニウムなどの緩衝剤;アルギン酸;発熱性物質不含水;等張食塩水;リンガー溶液;エチルアルコール、およびリン酸緩衝溶液が挙げられ、ならびにラウリル硫酸ナトリウムおよびステアリン酸マグネシウムなどの他の非毒性かつ適合性の滑沢剤、ならびに着色剤、放出剤、コーティング剤、甘味料、矯味矯臭剤および芳香剤、保存料および酸化防止剤も、配合者の判断に従って、組成物中に存在しうる。
【0030】
1つの実施形態では、本発明の組成物は、角膜内皮細胞密度の減少に起因する角膜内皮の症状、障害または疾患を治療または予防し得る。角膜内皮細胞密度の減少に起因する角膜内皮の症状、障害または疾患としては、フックス角膜内皮ジストロフィ、滴状角膜、後部多形性角膜ジストロフィ、虹彩角膜内皮症候群、先天性遺伝子角膜内皮ジストロフィ、ウイルス性疾患(サイトメガロウイルス角膜内皮炎、単純ヘルペスウイルス角膜内皮炎)、落屑症候群、角膜移植後拒否反応、水疱性角膜症、角膜移植後障害、角膜内皮炎、外傷、眼科手術、眼科レーザー手術後の障害、加齢からなる群より選択される。
【0031】
1つの実施形態では、角膜内皮の症状、障害または疾患は、フックス角膜内皮ジストロフィ、滴状角膜、角膜移植後障害、角膜内皮炎、外傷、眼科手術、眼科レーザー手術後の障害、加齢、後部多形性角膜ジストロフィ(PPD:posterior polymorphous dystrophy)、先天性遺伝性角膜内皮ジストロフィ(CHED:congenital hereditary endothelial dystrophy)、特発性角膜内皮障害、およびサイトメガロウイルス角膜内皮炎からなる群より選択される。別の実施形態では、角膜内皮の症状、障害または疾患は、フックス角膜内皮ジストロフィまたは滴状角膜である。
【0032】
さらに別の局面では、本発明は、(T)EW-7197(N-((4-([1,2,4]トリアゾロ[1,5-a]ピリジン-6-イル)-5-(6-メチルピリジン-2-イル)-1H-イミダゾール-2-イル)メチル)-2-フルオロアニリン)もしくはその誘導体、またはその薬学的に許容され得る塩、あるいはその溶媒和物を含む、細胞外マトリクス(ECM)の過剰発現に起因する角膜内皮の症状、障害または疾患を治療または予防するための組成物を提供する。別の局面では、本発明は、細胞外マトリクス(ECM)の過剰発現に起因する角膜内皮の症状、障害または疾患を治療または予防するための、(T)EW-7197(N-((4-([1,2,4]トリアゾロ[1,5-a]ピリジン-6-イル)-5-(6-メチルピリジン-2-イル)-1H-イミダゾール-2-イル)メチル)-2-フルオロアニリン)もしくはその誘導体、またはその薬学的に許容され得る塩、あるいはその溶媒和物(以下、本発明の化合物等ともいう。)を提供する。(T)EW-7197は予想外にも、角膜内皮細胞におけるフィブロネクチンなどの細胞外マトリクス(ECM)の異常(例えば、過剰発現)を抑制することができる。また、例えば、フックス角膜内皮ジストロフィにおいては、I型コラーゲン、IV型コラーゲン、V型コラーゲンなどの細胞外マトリクス(ECM)の異常(例えば、過剰発現)も確認されており、本発明の組成物または本発明の化合物等は、これらの細胞外マトリクス(ECM)の異常も抑制し得る。細胞外マトリクス(ECM)の過剰発現に起因する角膜内皮の症状、障害または疾患としては、例えば、フックス角膜内皮ジストロフィ、グッテーの形成、デスメ膜の肥厚、角膜厚の肥厚、混濁、瘢痕、角膜片雲、角膜斑、角膜白斑、羞明、および霧視などが挙げられる。フックス角膜内皮ジストロフィは、角膜内皮細胞の密度が著しく減少し、さらに細胞外マトリクスがデスメ膜に沈着しグッテー(Corneal guttae)およびデスメ膜の肥厚を生じる疾患であるため、細胞外マトリックスの過剰発現を抑制することは、フックス角膜内皮ジストロフィの治療および予防における著明な改善が可能であり、場合によっては完全な治癒が可能であることを意味している。また、フックス角膜内皮ジストロフィ等の角膜内皮障害における細胞外マトリクス過剰産生により発生し得るグッテー(Corneal guttae)およびデスメ膜の肥厚やこのほか混濁や沈着に関連する症状(遷延化する角膜浮腫による不可逆的な角膜実質混濁など)を改善し、処置しまたは予防することができる。さらに、アグリン等のプロテオグリカンの過剰発現もフックス角膜内皮ジストロフィにおいて確認されており、アグリン等のプロテオグリカンの過剰発現が、上記グッテー(Corneal guttae)およびデスメ膜の肥厚やこのほか混濁や沈着に関連する症状をもたらしうる。本発明の組成物または本発明の化合物等は、アグリン等のプロテオグリカンの過剰発現も抑制し得る。
【0033】
1つの実施形態において、本発明の利用法としては、例えば点眼剤が挙げられるが、これに限定されず、眼軟膏、前房内への注射、徐放剤への含浸、結膜下注射、全身投与(内服、静脈注射)などの投与形態(投与方法および剤型)も挙げることができる。
【0034】
本発明で使用される(T)EW-7197の濃度は、通常約0.001~約100μM(μmol/l)、好ましくは約0.01~約30μM、より好ましくは約0.03~約10μM、さらに好ましくは約0.03~約1μMであり、他の濃度範囲としては、例えば、通常、約0.01nM~約100μM、約0.1nM~約100μM、約0.001~約100μM、約0.01~約75μM、約0.05~約50μM、約1~約10μM、約0.01~約10μM、約0.05~約10μM、約0.075~約10μM、約0.1~約10μM、約0.5~約10μM、約0.75~約10μM、約1.0~約10μM、約1.25~約10μM、約1.5~約10μM、約1.75~約10μM、約2.0~約10μM、約2.5~約10μM、約3.0~約10μM、約4.0~約10μM、約5.0~約10μM、約6.0~約10μM、約7.0~約10μM、約8.0~約10μM、約9.0~約10μM、約0.01~約50μM、約0.05~約5.0μM、約0.075~約5.0μM、約0.1~約5.0μM、約0.5~約5.0μM、約0.75~約5.0μM、約1.0~約5.0μM、約1.25~約5.0μM、約1.5~約5.0μM、約1.75~約5.0μM、約2.0~約5.0μM、約2.5~約5.0μM、約3.0~約5.0μM、約4.0~約5.0μM、約0.01~約3.0μM、約0.05~約3.0μM、約0.075~約3.0μM、約0.1~約3.0μM、約0.5~約3.0μM、約0.75~約3.0μM、約1.0~約3.0μM、約1.25~約3.0μM、約1.5~約3.0μM、約1.75~約3.0μM、約2.0~約3.0μM、約0.01~約1.0μM、約0.05~約1.0μM、約0.075~約1.0μM、約0.1~約1.0μM、約0.5~約1.0μM、約0.75~約1.0μM、約0.09~約35μM、または約0.09~約3.2μMであり、より好ましくは、約0.01~約10μM、約0.1~約3μM、または約0.1~約1.0μMを挙げることができるがこれらに限定されない。
【0035】
点眼剤として用いられる場合は、涙液などでの希釈も考慮し、毒性にも気を付けながら、上記有効濃度の約1~10000倍、好ましくは約100~10000倍、例えば、約1000倍を基準として製剤濃度を決定することができ、これらを上回る濃度を設定することも可能である。例えば、約0.01μM(μmol/l)~約1000mM(mmol/l)、約0.03μM~約1000mM、約0.1μM~約100mM、約0.3μM~約100mM、約1μM~約100mM、約3μM~約100mM、約10μM~約100mM、約30μM~約100mM、約0.1μM~約30mM、約0.3μM~約30mM、約1μM~約30mM、約3μM~約30mM、約1μM~約10mM、約3μM~約10mM、約10μM~約1mM、約30μM~約1mM、約10μM~約10mM、約30μM~約10mM、約100μM~約10mM、約300μM~約10mM、約10μM~約100mM、約30μM~約100mM、約100μM~約100mM、約300μM~約100mMであり、約1mM~約10mM、約1mM~約50mM、約1mM~約100mMであり得、これらの上限下限は適宜組み合わせて設定されることができる。
【0036】
1つの実施形態では、(T)EW-7197もしくはその誘導体、またはその薬学的に許容され得る塩、あるいはその溶媒和物は、約0.03μM~約10μM、好ましくは、約0.03μM~約1μMの濃度で前記組成物中に存在し得る。
【0037】
さらなる実施形態では、本発明の組成物は点眼剤として提供され、(T)EW-7197もしくはその誘導体、またはその薬学的に許容され得る塩、あるいはその溶媒和物が、約0.03mM~約100mMで存在し、好ましくは約0.001mM~約10mM、より好ましくは約0.05mM~約10mM、さらに好ましくは約0.01mM~約5mM、最も好ましくは約0.1mM~約5mMで存在し得る。特定の実施形態では、点眼剤として提供される本発明の組成物は、約0.5mMの(T)EW-7197もしくはその誘導体、またはその薬学的に許容され得る塩、あるいはその溶媒和物を含み得る。
【0038】
特定の疾患、障害または状態の治療に有効な本発明の医薬の有効量は、障害または状態の性質によって変動しうるが、当業者は本明細書の記載に基づき標準的臨床技術によって決定可能である。さらに、必要に応じて、in vitroアッセイを使用して、最適投薬量範囲を同定するのを補助することも可能である。配合物に使用しようとする正確な用量はまた、投与経路、および疾患または障害の重大性によっても変動しうるため、担当医の判断および各患者の状況に従って、決定すべきである。しかし、投与量は特に限定されないが、例えば、1回あたり0.001、1、5、10、15、100、または1000mg/kg体重であってもよく、それらいずれか2つの値の範囲内であってもよい。投与間隔は特に限定されないが、例えば、1、7、14、21、または28日あたりに1または2回投与してもよく、それらいずれか2つの値の範囲あたりに1または2回投与してもよい。投与量、投与回数、投与間隔、投与期間、投与方法は、患者の年齢や体重、症状、投与形態、対象臓器等により、適宜選択してもよい。例えば、本発明は点眼剤として使用され得る。また、本発明の医薬を前房内に注入することもできる。また治療薬は、治療有効量、または所望の作用を発揮する有効量の有効成分を含むことが好ましい。治療マーカーが、投与後に有意に減少した場合に、治療効果があったと判断してもよい。有効用量は、in vitroまたは動物モデル試験系から得られる用量-反応曲線から推定可能である。
【0039】
<治療または予防方法>
一局面において、本発明は、被験体における角膜内皮の症状、障害または疾患を治療または予防する方法であって、(T)EW-7197(N-((4-([1,2,4]トリアゾロ[1,5-a]ピリジン-6-イル)-5-(6-メチルピリジン-2-イル)-1H-イミダゾール-2-イル)メチル)-2-フルオロアニリン)もしくはその誘導体、またはその薬学的に許容され得る塩、あるいはその溶媒和物の有効量を該被験体に投与することを含む方法を提供する。本明細書において<組成物>などにおいて記載される上記1または複数の実施形態が、本発明の方法において適宜採用され得る。
【0040】
さらに別の局面では、本発明は、細胞外マトリクス(ECM)の過剰発現に起因する角膜内皮の症状、障害または疾患を治療または予防する方法であって、(T)EW-7197(N-((4-([1,2,4]トリアゾロ[1,5-a]ピリジン-6-イル)-5-(6-メチルピリジン-2-イル)-1H-イミダゾール-2-イル)メチル)-2-フルオロアニリン)もしくはその誘導体、またはその薬学的に許容され得る塩、あるいはその溶媒和物の有効量を該被験体に投与することを含む方法を提供する。本明細書において<組成物>などにおいて記載される上記1または複数の実施形態が、本発明の方法において適宜採用され得る。
【0041】
<使用>
一局面において、本発明は、角膜内皮の症状、障害または疾患を治療または予防するための医薬の製造における、(T)EW-7197(N-((4-([1,2,4]トリアゾロ[1,5-a]ピリジン-6-イル)-5-(6-メチルピリジン-2-イル)-1H-イミダゾール-2-イル)メチル)-2-フルオロアニリン)もしくはその誘導体、またはその薬学的に許容され得る塩、あるいはその溶媒和物の使用を提供する。本明細書において<組成物>などにおいて記載される上記1または複数の実施形態が、本発明の使用において適宜採用され得る。
さらに別の局面では、本発明は、細胞外マトリクス(ECM)の過剰発現に起因する角膜内皮の症状、障害または疾患を治療または予防するための医薬の製造における、(T)EW-7197(N-((4-([1,2,4]トリアゾロ[1,5-a]ピリジン-6-イル)-5-(6-メチルピリジン-2-イル)-1H-イミダゾール-2-イル)メチル)-2-フルオロアニリン)もしくはその誘導体、またはその薬学的に許容され得る塩、あるいはその溶媒和物の使用を提供する。本明細書において<組成物>などにおいて記載される上記1または複数の実施形態が、本発明の使用において適宜採用され得る。
【0042】
<保存用組成物および保存方法>
別の局面において、本発明は、(T)EW-7197もしくはその誘導体、またはその薬学的に許容され得る塩、あるいはその溶媒和物を含む、角膜内皮細胞の保存のための組成物を提供する。好ましい実施形態では、保存は凍結保存である。本発明において用いられる(T)EW-7197は、本明細書において説明される任意の形態、例えば、医薬として説明されている実施形態のうち、保存用組成物として適切なものを用いることができると理解される。本明細書において「保存用組成物」とは、ドナーから摘出した角膜片を、レシピエントに移植するまでの期間において保存するため、あるいは増殖前または増殖した角膜内皮細胞を保存するための組成物である。
【0043】
一局面において、本発明は、角膜内皮細胞の保存用組成物の製造における、(T)EW-7197もしくはその誘導体、またはその薬学的に許容され得る塩、あるいはその溶媒和物の使用を提供する。別の局面において、角膜内皮細胞の保存における使用のための(T)EW-7197もしくはその誘導体、またはその薬学的に許容され得る塩、あるいはその溶媒和物を提供する。さらなる別の局面において、(T)EW-7197もしくはその誘導体、またはその薬学的に許容され得る塩、あるいはその溶媒和物を含む角膜内皮細胞の保存用組成物を用いて保存することを含む、角膜内皮細胞を保存する方法を提供する。
【0044】
1つの実施形態では、本発明の保存用組成物は、従来使用される保存剤または保存液に本発明の(T)EW-7197を添加して調製され得る。そのような角膜保存液としては、角膜移植時に通常用いられる保存液(強角膜片保存液(Optisol GS:登録商標)、角膜移植用眼球保存液(EPII:登録商標))、生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)などが挙げられる。
【0045】
本発明の保存用組成物は、臓器移植などに用いられる角膜の保存用に用いられる。また、本発明の保存用組成物は、角膜内皮細胞を凍結保存するための保存液またはその成分としても用いられる。
【0046】
凍結保存のために使用される本発明の保存用組成物の別の実施形態では、既存の凍結保存液に本発明の(T)EW-7197もしくはその誘導体、またはその薬学的に許容され得る塩、あるいはその溶媒和物を含む保存用組成物を添加して使用することもできる。凍結保存液としては、例えば、タカラバイオにより提供されるCELLBANKER(登録商標)シリーズ(CELL BANKER PLUS(カタログ番号:CB021)、CELL BANKER 2(カタログ番号:CB031)、STEM-CELLBANKER(カタログ番号:CB043)など)、KM BANKER(コージンバイオ カタログ番号:KOJ-16092005)、およびFreezing Medium, Animal Component Free, CRYO Defined(Cnt-CRYOとも記載される)(CELLNTEC カタログ番号:CnT-CRYO-50)が挙げられるが、これらに限定されない。さらに別の実施形態では、使用される凍結保存液はKM BANKERであってもよい。また、当業者であれば、上記凍結保存液の構成成分を適宜変更またはさらなる構成成分を添加し、改変された適切な凍結保存液を使用することができることが理解される。凍結保存のためには、本発明の保存液にグリセロール、ジメチルスルホキシド、プロピレングリコール、アセトアミド等をさらに添加してもよい。
【0047】
本明細書において引用された、科学文献、特許、特許出願などの参考文献は、その全体が、各々具体的に記載されたのと同じ程度に本明細書において参考として援用される。
【0048】
以上、本発明を、理解の容易のために好ましい実施形態を示して説明してきた。以下に、実施例に基づいて本発明を説明するが、上述の説明および以下の実施例は、例示の目的のみに提供され、本発明を限定する目的で提供したのではない。従って、本発明の範囲は、本明細書に具体的に記載された実施形態にも実施例にも限定されず、特許請求の範囲によってのみ限定される。
【実施例】
【0049】
以下に、本発明の例を記載する。該当する場合生物試料等の取り扱いは、厚生労働省、文部科学省等において規定される基準を遵守し、該当する場合はヘルシンキ宣言またはその宣言に基づき作成された倫理規定に基づいて行った。研究のための眼の寄贈については、全ての故人ドナーの近親者から同意書を得た。本研究は、エルランゲン大学(ドイツ)、SightLifeTM(Seattle,WA)アイバンクの倫理委員会またはそれに準ずるものの承認を受けた。
【0050】
(調製例:フックス角膜内皮ジストロフィ患者由来の不死化角膜内皮細胞株(iFECD)モデルの作製)
本実施例では、フックス角膜内皮ジストロフィ患者由来の角膜内皮細胞から不死化角膜内皮細胞株(iFECD)を作製した。
【0051】
(培養方法)
シアトルアイバンクから購入した研究用角膜より角膜内皮細胞を基底膜とともに機械的に剥離し、コラゲナーゼを用いて基底膜よりはがして回収後、初代培養を行った。培地はOpti-MEM I Reduced-Serum Medium, Liquid(INVITROGEN カタログ番号:31985-070)に、8%FBS(BIOWEST、カタログ番号:S1820-500)、200mg/ml CaCl2・2H2O(SIGMA カタログ番号:C7902-500G)、0.08% コンドロイチン硫酸(SIGMA カタログ番号:C9819-5G)、20μg/mlアスコルビン酸(SIGMA カタログ番号:A4544-25G)、50μg/mlゲンタマイシン(INVITROGEN カタログ番号:15710-064)および5ng/ml EGF(INVITROGEN カタログ番号:PHG0311)を加えた3T3フィーダー細胞用の馴化させたものを基本培地として用いた。また、基本培地にSB431542(1μmol/l)およびSB203580(4-(4-フルオロフェニル)-2-(4-メチルスルホニルフェニル)-5(4-ピリジル)イミダゾール<4-[4-(4-フルオロフェニル)-2-(4-メチルスルフィニルフェニル)-1H-イミダゾール-5-イル]ピリジン)(1μmol/l)を添加したもの(本明細書では「SB203580+SB431542+3T3馴化培地」ともいう)で培養した。
【0052】
(取得方法)
フックス角膜内皮ジストロフィの臨床診断により水疱性角膜症に至り、角膜内皮移植(デスメ膜内皮角膜移植=DMEK)を実施されたヒト患者3名より文書による同意および倫理員会の承認のもと角膜内皮細胞を得た。DMEKの際に機械的に病的な角膜内細胞と基底膜であるデスメ膜とともに剥離し、角膜保存液であるOptisol-GS(ボシュロム社)に浸漬した。その後、コラゲナーゼ処理を行い酵素的に角膜内皮細胞を回収して、SB203580+SB431542+3T3馴化培地により培養した。培養したフックス角膜内皮ジストロフィ患者由来の角膜内皮細胞はSV40ラージT抗原およびhTERT遺伝子をPCRにより増幅して、レンチウイルスベクター(pLenti6.3_V5-TOPO; Life Technologies Inc)に導入した。その後、レンチウイルスベクターを3種類のヘルパープラスミド(pLP1、pLP2、pLP/VSVG; Life Technologies Inc.)とともにトランスフェクション試薬(Fugene HD; Promega Corp., Madison, WI)を用いて293T 細胞 (RCB2202; Riken Bioresource Center, Ibaraki, Japan)に感染させた。48時間の感染後にウイルスを含む培養上清を回収して、5μg/mlのポリブレンを用いて、培養したフックス角膜内皮ジストロフィ患者由来の角膜内皮細胞の培養液に添加して、SV40ラージT抗原およびhTERT遺伝子を導入した。フックス角膜内皮ジストロフィ患者由来の不死化角膜内皮細胞株(iFECD)の位相差顕微鏡像を確認した。コントロールとしてシアトルアイバンクから輸入した研究用角膜より培養した角膜内皮細胞を同様の方法で不死化し、正常角膜内皮細胞の不死化細胞株を作製した(iHCEC)。健常ドナー由来の不死化角膜内皮細胞株(iHCEC)および不死化角膜内皮細胞株(iFECD)の位相差顕微鏡像をみると、iHCECおよびiFECDはいずれも正常の角膜内皮細胞同様に一層の多角形の形態を有する。iHCECおよびiFECDはダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)+10%ウシ胎仔血清(FBS)により維持培養を行った。
【0053】
(位相差顕微鏡による観察例)
フックス角膜内皮ジストロフィ患者由来の不死化ヒト角膜内皮細胞(iFECD)を培養中の培養皿から培地を除去し、事前に37℃に温めておいた1×PBS(-)を添加し、洗浄を行った。この作業を2回繰り返した。再び1×PBS(-)を添加し、37℃(5% CO2)で5分インキュベートした。PBS(-)除去後、0.05% Trypsin-EDTA(ナカライテスク、32778-34)を添加し、37℃(5% CO2)で5分インキュベートした。その後、培地で懸濁し、1500rpmで3分間遠心することで細胞を回収した。培地は、DMEM(ナカライテスク、08456-36)+10%FBS(Biowest、S1820-500)+1%P/S(ナカライテスク、26252-94)を使用した。
【0054】
12ウェルプレートにフックス角膜内皮ジストロフィ患者由来の不死化ヒト角膜内皮細胞(iFECD)を1ウェル当たり8.0×104個の割合で播種し、37℃(5% CO2)で24時間培養した。培地は、DMEM+10%FBS+1%P/Sを使用した。
【0055】
24時間後、培地を交換し、再び24時間培養した。培地は、DMEM+2%FBS+1%P/Sを使用した。
【0056】
24時間後、培地を除去し、10ng/mlのTransforming Growth Factor-β2 Human recombinant(WAKO、200-19911)を添加し、24時間培養した。培地は、DMEM+2%FBS+1%P/Sを使用した。24時間後、位相差顕微鏡下で細胞形態及びアポトーシスを観察した。
【0057】
図1に示されるように、フックス角膜内皮ジストロフィ患者由来の不死化ヒト角膜内皮細胞(iFECD)をTGF―βにより刺激した場合、顕著に細胞が障害された。
【0058】
(実施例1:EW-7197による角膜内皮細胞障害抑制効果)
本実施例では、フックス角膜内皮ジストロフィ患者由来の不死化ヒト角膜内皮細胞(iFECD)を用いて、EW-7197による角膜内皮細胞障害抑制効果を観察した。細胞の観察方法は、上記観察例に基づいて行った。対象として角膜内皮細胞障害を抑制することが知られているSB431542を使用した(国際公開第2015/064768号を参照のこと。)。
【0059】
(材料および方法)
12ウェルプレートにiFECDを播種して24時間培養した後、培地を除去し、SB431542(WAKO、192-16541)およびEW-7197(Selleck Chemicals、S7530)をそれぞれ終濃度0.1、0.3、1、3、10μMとなるように添加し、24時間培養した。培地は、DMEM+2%FBS+1%P/Sを使用した。
【0060】
24時間後、培地を除去し、10ng/mlのTransforming Growth Factor-β2 Human recombinant(WAKO、200-19911)と共にSB431542およびEW-7197をそれぞれ終濃度0.1、0.3、1、3、10μMとなるように添加し、24時間培養した。培地は、DMEM+2%FBS+1%P/Sを使用した。
【0061】
24時間後、位相差顕微鏡下で細胞形態及びアポトーシスを観察した。
(結果)
図2、
図3に結果を示す。SB431542によりプレトリートメントした場合は、3μMおよび10μMにおいて特に10μMにおいて、角膜内皮細胞の障害が抑制されており、特に10μMにおいて、効果的に角膜内皮細胞の障害が抑制されていることが観察された。一方で、EW-7197によりプレトリートメントした場合は、特に0.1、0.3、1μMにおいて効果的に角膜内皮細胞の障害が抑制されていることが観察された。また3μMおよび10μMにおいても角膜内皮細胞障害抑制効果が確認された。驚くべきことに、EW-7197は、従来から角膜内皮細胞の障害を抑制できることが知られているSB431542と比較して、極めて低い濃度でも角膜内皮細胞の障害を抑制することができることが明らかになった。
【0062】
(実施例2:EW-7197の濃度の検討)
本実施例では、効果的に角膜内皮細胞障害抑制効果が観察されるEW-7197の濃度を検討した。角膜内皮細胞障害抑制効果は、実施例1と同様の方法により観察した。
【0063】
(材料および方法)
12ウェルプレートにiFECDを7.0×104個の割合で播種して24時間培養した後、培地を除去し、EW-7197(Selleck Chemicals、S7530)を終濃度0.001、0.003、0.01、0.03、0.1、0.3、1、3、10、30μMとなるように添加し、24時間培養した。培地は、DMEM+2%FBS+1%P/Sを使用した。
【0064】
24時間後、培地を除去し、10ng/mlのTransforming Growth Factor-β2 Human recombinant(WAKO、200-19911)およびEW-7197を終濃度0.001、0.003、0.01、0.03、0.1、0.3、1、3、10、30μMとなるように添加し、24時間培養した。培地は、DMEM+2%FBS+1%P/Sを使用した。
【0065】
24時間後、位相差顕微鏡下で細胞形態及びアポトーシスを観察した。
【0066】
(結果)
図4に結果を示す。フックス角膜内皮ジストロフィ患者由来の不死化ヒト角膜内皮細胞(iFECD)をTGF-βにより刺激した場合、顕著に細胞が障害されていることが認められた。EW-7197を添加した群においては、特に0.03、0.1、0.3、1μMにおいて、特に優れた角膜内皮細胞障害抑制効果が観察された。また、3μMおよび10μMにおいても効果的に角膜内皮細胞の障害を抑制することが確認された。このように、EW-7197は、広い濃度範囲で、効果的に角膜内皮細胞の障害を抑制することが明らかになった。
【0067】
(実施例3:生存細胞率およびカスパーゼ3/7活性)
本実施例では、EW-7197存在下での生存細胞率およびカスパーゼ3/7活性の解析を行った。比較対照としてSB431542を用いた。
【0068】
(材料および方法)
(細胞生存率の解析)
96ウェルプレートにiFECDを1ウェル当たり3×103個の割合で播種し、37℃(5% CO2)でコンフルエントになるまで培養した。培地は、DMEM(+10%FBS+1%P/Sを使用した。
【0069】
24時間後、培地を除去し、SB431542(WAKO、192-16541)およびEW-7197(Selleck Chemicals、S7530)をそれぞれ終濃度0.01、0.1、1、10μMとなるように添加し、48時間培養した。培地は、DMEM+2%FBS+1%P/Sを使用した。
【0070】
24時間後、位相差顕微鏡下で細胞形態を観察した。
【0071】
観察後、以下の手順で、Cell Titer-Glo Luminescent Cell Viability Assayによる生存細胞率の解析を行った。1ウェル当り50μlになるように培地を捨て、Cell Titer-Glo Luminescent Cell Viability Assay溶液(Promega、G7572)を培地と1:1になるように50μl/well加えた。ここからの作業は遮光で行った。シェイカーを用いて120min-1程度で2分間よく混ぜ、10分間静置させた。静置後、Assay plate(Corning、3912、Assay plate 96well、white polystyrene)に80μlを移し、GloMax-Multi Detection System(Promega、E7051)を用いて吸光度を測定した。
【0072】
(カスパーゼ3/7の解析)
96ウェルプレートにiFECDを1ウェル当たり3×103個の割合で播種し、37℃(5% CO2)でコンフルエントになるまで培養した。培地は、DMEM+10%FBS+1%P/Sを使用した。
【0073】
24時間後、培地を除去し、SB431542(WAKO、192-16541)およびEW-7197(Selleck Chemicals、S7530)をそれぞれ終濃度0.01、0.1、1、10μMとなるように添加し、24時間培養した。培地は、DMEM+2%FBS+1%P/Sを使用した。
【0074】
24時間後、培地を除去し、10ng/mlのTransforming Growth Factor-β2 Human recombinant(WAKO、200-19911)およびSB431542を終濃度0.01、0.1、1、10μMとなるように添加し、24時間培養した。培地は、DMEM+2%FBS+1%P/Sを使用した。
【0075】
24時間後、位相差顕微鏡下で細胞形態を観察した。
【0076】
観察後、以下の手順で、Caspase-Glo 3/7 AssayによるCaspase 3/7活性の測定を行った。1ウェル当り50μlになるように培地を捨て、Caspase Glo 3/7 Assay Reagent(Caspase-Glo 3/7 Assay BufferとCaspase-Glo 3/7 Assay Substrateの混合液)(Promega、G8091)溶液を培地と1:1になるように50μl/well加えた。ここからの作業は遮光で行った。シェイカーを用いて120min-1程度で2分間よく混ぜ、室温で40分間静置させた。静置後、Assay plate(Corning、3912、Assay plate 96well、white polystyrene)に80μlを移し、GloMax-Multi Detection System(Promega、E7051)を用いて吸光度を測定した。
【0077】
なお、陽性対照としてカスパーゼ阻害剤である10μMZ-VD-FMK(WAKO、262-0206I)を使用した。
【0078】
(結果)
(細胞生存率の解析)
結果を
図5および
図6に示す。Cell Titer-Glo Luminescent Cell Viability Assayにより、生存細胞率を測定した結果、SB431542を添加した場合、0.01、0.1、1、10μMの全ての濃度においてControl群と比較して生存細胞率に有意な差は認められなかった。これらのことから0.01、0.1、1、10μMの濃度においては、SB431542の添加は細胞に障害をきたさない。EW-7197を添加した場合も同様に、0.01、0.1、1、10μMの全ての濃度においてControl群と比較して生存細胞率に有意な差は認められなかった。これらのことから0.01、0.1、1、10μMの濃度においては、EW-7197の添加は細胞に障害をきたさない。
【0079】
(カスパーゼ3/7の解析)
結果を
図5および
図6に示す。Caspase-Glo 3/7 Assayは、アポトーシス誘導に伴うCaspase 3/7の活性を測定することができる。つまり、Caspase 3/7の活性が高いほど、細胞障害が誘導されていることを表す。
図5より、TGF―βで刺激した場合、刺激していない場合と比べて有意にCaspase 3/7が活性したことが認められた。一方でSB431542を添加すると、0.01、0.1、1、10μMの順にCaspase 3/7の活性が低下しており、特に10μMではTGF-βで刺激していないControl群と同程度の値となった。よってSB431542は濃度依存的にCaspase 3/7の活性を阻害しており、10μMで最も効果的にその効果を示す。EW-7197を添加すると0.01μMで有意にCaspase 3/7を阻害しており、特に0.1、1、10μMではTGF-βで刺激していないControl群と同程度の値となった。EW-7197もまた、SB431542と同様にCaspase 3/7を阻害することができることが明らかになった。特に、EW-7197は、0.1μMの濃度でも、SB431542と比べて高い阻害効果が観察された。
【0080】
(実施例4:ウェスタンブロット)
本実施例では、EW-7197の添加時のiFECDにおけるフィブロネクチン(約240kDa)、活性型である切断カスパーゼ3(約17kDa)およびPARP(約89kDa)の発現をウェスタンブロットにより確認した。
【0081】
(材料および方法)
12ウェルプレートにiFECDを1ウェル当たり8.0×104個の割合で播種し、37℃(5% CO2)で24時間培養した。培地は、DMEM+10%FBS+1%P/Sを使用した。
【0082】
24時間後、培地を除去し、EW-7197(Selleck Chemicals、S7530)が終濃度0.1、1、10μM、SB431542(WAKO、192-16541)が終濃度10μMとなるように24時間培養した。培地は、DMEM+2%FBS+1%P/Sを使用した。
【0083】
24時間後、培地を除去し、10ng/mlのTransforming Growth Factor-β2 Human recombinant(WAKO、200-19911)およびEW-7197が終濃度0.1、1、10μM、SB431542が終濃度10μMとなるように24時間培養した。培地は、DMEM+2%FBS+1%P/Sを使用した。
【0084】
24時間後、位相差顕微鏡下で細胞形態及びアポトーシスを観察した。
【0085】
観察後、以下手順でタンパク質のウェスタンブロットを行った。
【0086】
1)タンパク質の回収
浮遊及び死細胞も回収するため、氷上で培地を回収し、細胞を1×PBS(-)で2回洗浄した溶液も回収し、4℃、800g、5min遠心し上清を捨て、沈殿物を得た。
【0087】
洗浄した細胞は、氷上でタンパク質抽出用緩衝液(RIPA;50mM Tris-HCl(pH7.4)、150mM NaCl、1mM EDTA、0.1% SDS、0.5% DOC、1% NP-40)を加えてタンパク質を抽出した。
【0088】
その後、上記浮遊及び死細胞の遠心後の沈殿物も一緒に懸濁して抽出した。回収した液を超音波装置(BIORUPTOR、TOSHO DENKI製)にて冷水中で30sec、3回粉砕後に、4℃、15000rpm、10min遠心し、タンパク質の上清を回収した。
【0089】
2)ウェスタンブロット法
上記抽出したタンパク質をSDS-PAGEにて分離し、ニトロセルロース膜に転写した。なお、タンパク量はフィブロネクチン、PARPおよびGAPDHを4μg、カスパーゼ3を10μgとした。1次抗体は、マウス抗Fibronectin抗体(BD Biosciences、610077)、ウサギ抗Caspase 3抗体(Cell Signaling、9662)、ウサギ抗PARP抗体(Cell Signaling、9542)、マウス抗GAPDH抗体(MBL社、M171-3)を用いた。
【0090】
2次抗体はペルオキシダーゼで標識した抗ウサギ抗体、抗マウス抗体(GE Healthcare Biosciences、NA931V,NA934V)を用いた。1次抗体は、マウス抗Fibronectin抗体については20000倍希釈、ラビット抗PARP抗体については1000倍希釈、ラビット抗Caspase 3抗体については1000倍希釈、マウス抗GAPDH抗体については3000倍希釈し、2次抗体はいずれも5000倍希釈した。検出にはChemi Lumi ONE Ultra(ナカライテスク、11644-40)を使用した。検出したバンドの強度は、ルミノ・イメージアナライザーLAS-4000mini(富士フィルム社)及びImageQuantTM software(GE Healthcare社)により解析した。
【0091】
(結果)
図7に結果を示す。iFECDをTGF-βにより刺激した場合、フィブロネクチン(約240kDa)、活性型である切断カスパーゼ3(約17kDa)およびPARP(約89kDa)の発現が認められた。一方で、EW-7197の存在下ではいずれの濃度においてもフィブロネクチンの発現はTGF-βで刺激していないControl群や10μMのSB431542と同程度に抑制されていた。また、活性型の切断カスパーゼ3およびPARPの活性もTGF-βで刺激していないControl群や10μMのSB431542と同程度に活性が抑制された。したがって、ウェスタンブロットによる解析よりEW-7197はSB431542と同様にフィブロネクチンの発現を抑制することが明らかになった。
【0092】
(実施例5:Col8a2ノックインマウスを用いたフックス角膜内皮ジストロフィに対するEW-7197点眼液の薬効評価)
本実施例では、フックス角膜内皮ジストロフィのモデル動物であるCol8a2ノックインマウスを用いたフックス角膜内皮ジストロフィに対するEW-7197点眼液の薬効を評価した。Col8a2ノックインマウスは、フックス角膜内皮ジストロフィの確立された動物モデルである(文献Jun et al., Hum Mol Genet. 2012 Jan 15;21(2):384-93)。
【0093】
(材料および方法)
4ヵ月齢のalpha 2 collagen 8遺伝子(Col8a2)ノックインマウスに0.02%(約0.5mM)EW-7197点眼液または基剤(7%DMSO含有PBS)を5μL、1日4回、8週間、両眼に点眼投与した。点眼前、点眼2、4、6、8週後にスペキュラーマイクロスコープKS3M(株式会社コーナンメディカル)を用いて角膜内皮細胞密度を計測した。点眼8週後に過剰量(200mg/kg体重以上)のソムノペンチル麻酔用注射液(共立製薬株式会社)を腹腔内投与することによりマウスを安楽死させ、心停止を確認後、両眼球を採取した。採取した眼球を切開して角膜片を作製し、I型コラーゲンおよびフィブロネクチンの免疫染色を以下のとおり行った。Image-Pro(株式会社日本ローパー)を用いて、I型コラーゲンおよびフィブロネクチンの発現面積を解析した。
【0094】
(I型コラーゲンおよびフィブロネクチンの免疫染色方法)
マウス角膜片を4%パラホルムアルデヒド中で10分間、室温で固定した後、0.5% TritonX-100を加え、5分間浸透化処理をした。1% ウシ血清アルブミン(BSA)を加え室温で1時間インキュベートした後、一次抗体液に角膜片を浸漬させ、4℃で一晩反応させた。一次抗体は、I型コラーゲンポリクローナル抗体(Rockland Immunochemicals)の1:200希釈液、フィブロネクチンポリクローナル抗体(abcam)の1:250希釈を用いた。次いで、二次抗体液およびDAPI溶液(株式会社同仁化学研究所)の混合液に角膜片を浸漬させ、遮光して室温で1時間反応させた。二次抗体は、Alexa Fluor(登録商標)488標識ヤギ抗ウサギIgG(Life Technologies)の1:2000希釈を用いた。DAPI溶液は、1:1000希釈を用いた。角膜片を伸展させスライドガラス上に置き、カバーガラスをかけて封入した。作製した標本は、共焦点レーザー走査型顕微鏡 オリンパスFV1000 FLUOVIEW(オリンパス株式会社)を用いて観察した。
【0095】
(結果)
Col8a2ノックインマウスにおける点眼前からの点眼4週および8週後の角膜内皮細胞密度の変化量(ΔECD(cell/mm
2)の結果を表1に示す。なお、Col8a2遺伝子を導入していない正常なマウスでは、4週後に51.5cell/mm
2の角膜内細胞密度の減少、8週後に123.6cell/mm
2の角膜内細胞密度の減少が観察された。正常なマウスにおける角膜内皮細胞密度のわずかな減少は、加齢による角膜内皮細胞の減少によるものと考えられる。
【表1】
【0096】
表1から明らかなように、0.02% EW-7197点眼液投与群において、角膜内皮細胞密度の減少が基剤を投与した群と比べ顕著に抑制された。Col8a2ノックインマウスでは、免疫染色によりI型コラーゲンおよびフィブロネクチンの顕著な発現増加が観察された。
図8は、I型コラーゲンおよびフィブロネクチンの発現面積の解析結果を示す。0.02% EW-7197点眼液投与群において、基剤投与群と比べI型コラーゲンおよびフィブロネクチンの発現が減少傾向であった。
【0097】
このように、EW-7197の点眼により、EW-7197は、角膜内皮に十分に移行し、角膜内皮細胞の減少(角膜内皮細胞のアポトーシス等)および/または細胞外マトリクス(I型コラーゲンおよびフィブロネクチン等)の過剰発現に代表される角膜内皮障害を効果的に抑制したことが明らかになった。
【0098】
(実施例6:Col8a2ノックインマウスを用いたフックス角膜内皮ジストロフィに対する種々の濃度のEW-7197点眼液の薬効評価)
本実施例では、Col8a2ノックインマウスを用いたフックス角膜内皮ジストロフィに対する種々の濃度のEW-7197点眼液の薬効を評価した。
【0099】
(方法)
4ヵ月齢のalpha 2 collagen 8遺伝子(Col8a2)ノックインマウスに0.02%(約0.5mM)EW-7197点眼液、0.1%(約2.5mM)EW-7197点眼液又は基剤(DMSO含有リン酸緩衝液)を5μL、1日4回、12週間、両眼に点眼投与した。基剤には必要に応じて界面活性剤を加えた。当業者であれば、適宜適切な界面活性剤を使用することができる(本瀬賢治(1984).「点眼剤」南山堂; 日本医薬品添加剤協会(2016).「医薬品添加物辞典」薬事日報社)。点眼前、点眼3、6、9、12週後にスペキュラーマイクロスコープKS3M(株式会社コーナンメディカル)を用いて角膜中央部の角膜内皮細胞密度を計測した。点眼12週後に過剰量(200mg/kg体重以上)のソムノペンチル麻酔用注射液(共立製薬株式会社)を腹腔内投与することによりマウスを安楽死させ、心停止を確認後、両眼球を採取した。採取した眼球を切開して角膜片を作製し、フィブロネクチンの免疫染色を行った。免疫染色方法は以下の通りである。Image-Pro(株式会社日本ローパー)を用いて、フィブロネクチンの発現面積を解析した。
【0100】
(フィブロネクチンの免疫染色方法)
マウス角膜片を4%パラホルムアルデヒド中で10分間、室温で固定した後、0.5% TritonX-100を加え、5分間浸透化処理をした。1% ウシ血清アルブミン(BSA)を加え室温で1時間インキュベートした後、一次抗体液に角膜片を浸漬させ、4℃で一晩反応させた。一次抗体は、フィブロネクチンポリクローナル抗体(abcam)の1:250希釈を用いた。次いで、二次抗体液およびDAPI溶液(株式会社同仁化学研究所)の混合液に角膜片を浸漬させ、遮光して室温で1時間反応させた。二次抗体は、Alexa Fluor(登録商標)488標識ヤギ抗ウサギIgG(Life Technologies)の1:2000希釈を用いた。DAPI溶液は、1:1000希釈を用いた。角膜片を伸展させスライドガラス上に置き、カバーガラスをかけて封入した。作製した標本は、共焦点レーザー走査型顕微鏡オリンパスFV1000 FLUOVIEW(オリンパス株式会社)又は共焦点レーザースキャン顕微鏡LSM880(カールツァイスマイクロスコピー株式会社)を用いて観察した。角膜の中央部、6時方向、9時方向(耳側)、3時方向(鼻側)の領域において、40倍または100倍の視野で観察を行った。
【0101】
(結果)
第6週までは、EW-7197点眼群において、角膜中央部における角膜内皮密度の減少を抑制する傾向が観察されたが、第12週では、EW-7197点眼群と基剤点眼群との間で、角膜中央部における角膜内皮密度の大きな差が観察されなかった。角膜中央部よりも角膜周辺部においてグッタータが多い傾向があったため、第12週では、EW-7197点眼群と基剤点眼群との間で、角膜中央部における角膜内皮密度に大きな差が観察されなかったと考えられる。実際、中央部よりも周辺部の方がフィブロネクチンの発現量が高い傾向にあった(
図9)。
図9において示されるように、0.02%および0.1%EW-7197点眼群において、フィブロネクチンの明確な発現抑制が観察された。低濃度での薬理効果を試験するために、0.02%EW-7197点眼液の5分の1の濃度である0.004%(0.1mM)で同様の実験を行ったところ、フィブロネクチンの発現を抑制する傾向が観察された。以上より、EW-7197は幅広い濃度で有効であることが明らかになった。
【0102】
(実施例7:EW-7197を含有する角膜保存液の製剤例)
本実施例では、製剤例として、EW-7197を含有する角膜保存液を以下のように製造する。
【0103】
常法により下に示す保存液を調製する。
【0104】
EW-7197 有効量(例えば、0.1μM)
Optisol-GS(Bausch-Lomb)適量
全量100mL
(実施例8:点眼剤の調製例)
各濃度の被験物質の組成を以下に示す。
【0105】
EW-7197 0.1mM
塩化ナトリウム 0.85g
リン酸二水素ナトリウム二水和物 0.1g
(任意に)ベンザルコニウム塩化物 0.005g
水酸化ナトリウム 適量
精製水 適量
全量100mL(pH7.0)
濃度は、以下からなる基剤を用いて希釈してもよい。
【0106】
塩化ナトリウム 0.85g
リン酸二水素ナトリウム二水和物 0.1g
(任意に)ベンザルコニウム塩化物 0.005g
水酸化ナトリウム 適量
精製水 適量
全量100mL(pH7.0)
有効成分以外の各成分としては、例えば、日本薬局方またはその等価物に適合した、市販のものを利用することができる。
【0107】
(実施例9:診断および治療例)
フックス角膜内皮ジストロフィおよび類縁の角膜内皮疾患と診断された際に(具体例としては、1)細隙灯顕微鏡検査によるグッテー形成、デスメ膜肥厚、角膜上皮浮腫、角膜実質浮腫の観察、2)スペキュラマイクロスコープによるグッテー像、角膜内皮障害像の観察、3)ペンタカム、OCT、超音波角膜厚測定装置などによる角膜浮腫の観察、4)遺伝子診断により高リスクと判断された場合)使用する。本発明の組成物を、点眼剤、前房内注射、徐放剤を用いた投与、硝子体内注射、結膜下注射として用いて治療することができる。
【0108】
有効成分以外の各成分としては、例えば、日本薬局方またはその等価物に適合した、市販のものを利用することができる。
【0109】
以上のように、本発明の好ましい実施形態を用いて本発明を例示してきたが、本発明は、請求の範囲によってのみその範囲が解釈されるべきであることが理解される。本明細書において引用した特許、特許出願および文献は、その内容自体が具体的に本明細書に記載されているのと同様にその内容が本明細書に対する参考として援用されるべきであることが理解される。本願は日本国特許出願特願2017-239049号(2017年12月13日出願)および特願2018-184783号(2018年9月28日)に対して優先権主張を行うものであり、それらの内容全体が本明細書において参照として援用される。
【産業上の利用可能性】
【0110】
(T)EW-7197を含む、角膜内皮の症状、障害または疾患の治療または予防のための医薬が提供され、特に、フックス角膜内皮ジストロフィの角膜内皮障害を治療または予防するための医薬が提供された。このような技術に基づく製剤等に関連する技術に関与する産業(製薬等)において利用可能な技術が提供される。