(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-07
(45)【発行日】2023-12-15
(54)【発明の名称】免疫機能の維持又は改善用組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 35/742 20150101AFI20231208BHJP
A61K 47/18 20170101ALI20231208BHJP
A61P 1/00 20060101ALI20231208BHJP
A61P 25/28 20060101ALI20231208BHJP
A61P 29/00 20060101ALI20231208BHJP
A61P 37/02 20060101ALI20231208BHJP
A61P 37/06 20060101ALI20231208BHJP
A61P 37/08 20060101ALI20231208BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20231208BHJP
【FI】
A61K35/742
A61K47/18
A61P1/00
A61P25/28
A61P29/00
A61P37/02
A61P37/06
A61P37/08
A61P43/00 107
A61P43/00 111
(21)【出願番号】P 2023021735
(22)【出願日】2023-02-15
(62)【分割の表示】P 2022206613の分割
【原出願日】2022-12-23
【審査請求日】2023-02-15
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-1102
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】714001331
【氏名又は名称】アテリオ・バイオ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000729
【氏名又は名称】弁理士法人ユニアス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】三輪 一典
(72)【発明者】
【氏名】南田 公子
(72)【発明者】
【氏名】平 敏夫
【審査官】菊池 美香
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-099300(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 35/742
A61K 47/18
A61P 1/00
A61P 25/28
A61P 29/00
A61P 37/02
A61P 37/06
A61P 37/08
A61P 43/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
バチルス・コアグランス Bacillus coagulans(ウェイズマンニア・コアグランス Weizmannia coagulans)由来の細胞外小胞を有効量含有する、免疫機能の維持又は改善用組成物。
【請求項2】
バチルス・コアグランス Bacillus coagulans(ウェイズマンニア・コアグランス Weizmannia coagulans)由来の細胞外小胞を有効量含有する、抗老化、抗アレルギー、消化管改善、又は、恒常性維持用組成物。
【請求項3】
前記細胞外小胞の1日摂取量が、10
9個以上である、請求項1又は2に記載の組成物。
【請求項4】
前記細胞外小胞が、ダルベッコリン酸緩衝生理食塩水(DPBS)中で-15mV以下のゼータ電位を有することを特徴とする、請求項1又は2に記載の組成物。
【請求項5】
アルギニンもしくはアルギニンリッチなペプチドもしくはタンパク質を含む乾燥物または塩基性ゲル懸濁物を更に含有することを特徴とする、請求項1又は2に記載の組成物。
【請求項6】
前記免疫機能の
改善が、慢性炎症性疾患、神経変性疾患、自己免疫疾患、自己炎症性疾患、又は、2型炎症疾患
の改善であることを特徴とする、請求項
1に記載の組成物。
【請求項7】
前記細胞外小胞が、バチルス・コアグランス Bacillus coagulans(ウェイズマンニア・コアグランス Weizmannia coagulans)lilac―01株(受託番号:NITE P-01102)が産生する細胞外小胞であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、免疫機能の維持又は改善用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
マクロファージは白血球に分類される免疫細胞のひとつで、侵入した病原体を最初に貪食して分解・消化することにより、生体防御を担う自然免疫系の細胞である。病原微生物に感染した宿主細胞では感染の進展に伴って、炎症型マクロファージ(M1マクロファージ)から抗炎症型マクロファージ(M2マクロファージ)が誘導されてくるとされている。
【0003】
M1マクロファージはTNF―α、IL-1βなどの炎症性サイトカインを産生し、L-アルギニンを基質とする一酸化窒素産生酵素(NOS)によるNOなどの炎症性メディエータを放出して炎症を促進する。一方、M2マクロファージは抗炎症性サイトカインであるIL-10を産生し、アルギニンを基質とする酵素アルギナーゼ-1が発現して、オルニチンを産生し、組織を修復することが特徴とされる(非特許文献1)。
【0004】
細胞に対して保護的に作用する表現型を実現するために、脳内のマクロファージであるミクログリアの表現型をM1型からM2型に誘導する方法(特許文献1)が開示されている。また間葉系幹細胞が放出するエクソソームの存在下でマクロファージを培養して、M2マクロファージを誘導する方法(特許文献2)が開示されている。
【0005】
しかしM1型とM2型マクロファージのL-アルギニン代謝の差異や、産生するサイトカインは混在することが多く、一概にM1/M2の型で炎症と再生の過程を区分することは困難であった。この概念ではマクロファージの持つ二面性(細胞障害性と組織修復性)を十分に説明することはできず、M1型とM2型への分化を明確に誘導することはできなかった(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開2018/055153
【文献】国際公開2020/184425
【非特許文献】
【0007】
【文献】Kasmi KC. et al. Nat. Immunol. 2008; 9:1399-1406
【文献】Nahrendorf M. et al. Circ. Res. 2016;119:414-417
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
マクロファージに代表される免疫細胞の表現型は炎症型と抗炎症型があり、その二つのサブタイプを制御する手法は確立されていない。マクロファージの表現型は、炎症や疾患の発症のみならず、組織の恒常性にも重要な役割を果たしている。マクロファージ、その他の免疫細胞の細胞死の形態により、炎症と抗炎症の二つの表現型を制御することによって身体の恒常性維持を図ることが本発明の目的である。
【課題を解決するための手段】
【0009】
マクロファージをはじめとする免疫細胞では、炎症反応を伴ったパイロトーシス(Pyroptosis)というプログラム細胞死が近年多数報告され、その詳細な反応過程が明らかにされている。パイロトーシスは赤痢菌などに感染したマクロファージの細胞死として発見され、細胞内成分を放出することによって炎症応答を誘導することが報告されている。
【0010】
本発明者らは、所定の特徴を有する細胞外小胞が、マクロファージ等の免疫細胞等のパイロトーシスを抑制して、抗炎症型の表現型を持続することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は、下記に掲げる組成物を提供する。
【0012】
[1]
カルジオリピン、及び/又は、ホスファチジルグリセロールが、膜を構成するグリセロリン脂質全体に対して、40質量%以上である細胞外小胞を有効量含有する、免疫機能の維持又は改善用組成物。
【0013】
[2]
カルジオリピン、及び/又は、ホスファチジルグリセロールが、膜を構成するグリセロリン脂質全体に対して、40質量%以上である細胞外小胞を有効量含有する、抗老化、抗アレルギー、消化管改善、又は、恒常性維持用組成物。
【0014】
[3]
前記細胞外小胞の1日摂取量が、109個以上である、[1]又は[2]に記載の組成物。
【0015】
[4]
前記カルジオリピン(CL)、及び/又は、ホスファチジルグリセロール(PG)のうち、50%以上が奇数鎖飽和脂肪酸アシル基を側鎖に有することを特徴とする、[1]又は[2]に記載の組成物。
【0016】
[5]
前記細胞外小胞が、ダルベッコリン酸緩衝生理食塩水(DPBS、以下PBSとも表記する)中で-15mV以下のゼータ電位を有することを特徴とする、[1]又は[2]に記載の組成物。
【0017】
[6]
アルギニンもしくはアルギニンリッチなペプチドもしくはタンパク質を含む乾燥物または塩基性ゲル懸濁物を更に含有することを特徴とする、[1]又は[2]に記載の組成物。
【0018】
[7]
前記免疫機能の障害が、慢性炎症性疾患、神経変性疾患、自己免疫疾患、自己炎症性疾患、又は、2型炎症疾患であることを特徴とする、[1]又は[2]に記載の組成物。
【0019】
[8]
前記細胞外小胞が、バチルス・コアグランス Bacillus coagulans(ウェイズマンニア・コアグランス Weizmannia coagulans)lilac―01株(受託番号:NITE P-01102)が産生する細胞外小胞(以下、「lilac-01EV」とも表記する)であることを特徴とする、[1]又は[2]に記載の組成物。
【発明の効果】
【0020】
細胞外小胞(以下、EVともいう)を構成する膜組成のうち、カルジオリピン(以下、CLともいう)、及び/又は、ホスファチジルグリセロール(以下、PGともいう)が強い細胞保護効果を示し、パイロトーシスを起こす炎症型ミクログリアを抗炎症型ミクログリアに変化させることが明らかになった。
【0021】
本発明を用いることにより、細胞保護効果を示し、パイロトーシスを起こす炎症型ミクログリアを抗炎症型ミクログリアに変化させることで、免疫機能の維持又は改善用組成物を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】
図1は、実施例1試験例1-1におけるミクログリア生存細胞数の比較結果を示したグラフである。
【
図2】
図2は、実施例1試験例1-2におけるEVを添加した時のミクログリアの顕微鏡写真を示した写真像図である。
【
図3】
図3は、実施例1試験例1-2におけるミクログリア生存細胞数とアミロイドβを取り込んだ細胞数の比較結果を示したグラフである。
【
図4】
図4は、実施例1試験例1-3におけるEVを添加した時のミクログリアの顕微鏡写真を示した写真像図である。
【
図5】
図5は、実施例1試験例1-4におけるEV添加後の培養上清中の「ガスダーミンD」と「ガスダーミンD N末端」の検出結果を示した写真像図である。
【
図6】
図6は、実施例2試験例2-1におけるナノサイト粒度分布(1)とlilac-01EVの電子顕微鏡写真(2:20万倍)とlilac-01EVを生成しているlilac-01株の電子顕微鏡写真(3:2万倍)である。
【
図7】
図7は、実施例2試験例2-2における培養液とアルギニン添加によるlilac-01EVの効果の違いを示したグラフである。
【
図8】
図8は、実施例2試験例2-3における各種EVの生存細胞数とゼータ電位の関係を示したグラフである。
【
図9】
図9は、実施例3試験例3-1におけるlilac-01EV乾燥後のミクログリアの生存細胞数の結果を示したグラフである。
【
図10】
図10は、実施例3試験例3-3におけるlilac-01EVによる、猫における歯肉口内炎への影響を示した写真である。
【
図11】
図11は、実施例4におけるlilac-01EVによる老化線維芽細胞のミトコンドリア活性の上昇を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
免疫は外来微生物に対する生体の防御システムであるが、衛生環境の整った現在では感染症に対する脅威に増して、免疫反応が過剰に働く免疫異常が大きな課題となっている。免疫は病原体などの外部要因PAMP(病原体関連分子パターン)を感知するシステムとして生物が進化的に獲得してきた機能であり、パターン認識受容体PRRで認識することによって開始される。ただし免疫は外部要因PAMPだけでなく、活性酸素などの内部要因DAMP(ダメージ関連分子パターン)によっても誘導される。
【0024】
免疫細胞の活性化によって生じる炎症によって、病原体や異常な細胞を死に追いやる一方で、ダメージを受けた宿主細胞が自らの死によって病原体への攻撃を仕掛ける炎症も重要な役割を演じている。一方で、損傷した細胞からはDAMPが放出され続けて、非感染性の炎症反応が継続することが慢性炎症の原因となる。
【0025】
偶発的な事故的細胞死である壊死(ネクローシス)は早くから知られていたが、1972年、Kerrらはプログラムされた細胞死を発見してアポトーシス(apoptosis)と命名した。ネクローシス(necrosis)は細胞内容物が細胞外に放出されて、炎症反応が引き起こされるが、アポトーシスでは細胞は非炎症的に断片化されてマクロファージに貪食されて消失する。パイロトーシス(pyroptosis)はアポトーシスには見られない特徴を持った炎症性のプログラム細胞死として1992年に初めて報告された。
【0026】
過去の報告では、マクロファージのデフォルトのモードは創傷治癒機能を有するM2型であり、M1マクロファージの防御的機能は進化的に遅れて獲得しているとされている。
【0027】
発明者らは、脳内のマクロファージであるミクログリアの初代細胞を用いた検討から、細胞破壊を伴う細胞死に至る過程で炎症が惹起され、炎症型(いわゆるM1型)ミクログリアの分化がおこることや、平常時の正常なミクログリアは非炎症性の貪食作用を示し、抗炎症型(いわゆるM2型)の状態であることを見出した。すなわちマクロファージの炎症性は細胞の死に至る過程でもたらされ、マクロファージの本来の形態は非炎症型であることがわかった。
【0028】
[細胞外小胞]
一つの実施形態において、本発明の組成物は、カルジオリピン、及び/又は、ホスファチジルグリセロールを、細胞外小胞のリン脂質膜を構成するグリセロリン脂質全体に対して40質量%以上の割合を占める細胞外小胞を有効量含有する。
【0029】
細胞外小胞はあらゆる細胞が放出する直径20~500nm程度の小胞であり、細胞膜と同じリン脂質二重膜で囲われている。本発明の効果を奏する限り、細胞外小胞を放出する細胞の種類は制限されないが、例えば、グラム陽性細菌、グラム陰性細菌、真菌、植物細胞、動物細胞、古細菌等が挙げられ、乳酸菌、土壌菌、真菌、及び、植物細胞からなる群より選択される少なくとも1種が好ましく、有胞子性乳酸菌、及び、クロストリジウム属細菌からなる群より選択される少なくとも1種がより好ましい。
【0030】
有胞子性乳酸菌の例としては、例えば、バチルス・コアグランス(Bacillus coagulans)、スポロラクトバチルス・イヌリナス(Sporolactobacillus inulinus)等を挙げることができる。バチルス・コアグランスはラクリス(登録商標)―Sなどの名称で市販されている。本発明ではバチルス・コアグランス種の利用が好ましく、特にバチルス・コアグランス(ウェイズマンニア・コアグランス Weizmannia coagulans)lilac-01株の利用が好ましい。lilac-01株は、特許第5006986号公報に記載され、また独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに受託番号:NITE P-1102として寄託されている。
【0031】
クロストリジウム属細菌の例としては、例えば、クロストリジウム ブチリカム(Clostridium butyricum)等を挙げることができる。
【0032】
本発明の効果を奏する限り、細胞外小胞の平均粒子径は制限されないが、例えば、平均粒子径として20~500nmが好ましく、20~400nmがより好ましく、20~300nmが更に好ましく、20~200nmが特に好ましい。
【0033】
生体のリン脂質は主にグリセロリン脂質で構成され、正味の負電荷を持つ酸性リン脂質(カルジオリピンCL、ホスファチジルグリセロールPGやホスファチジン酸PA、ホスファチジルセリンPS、ホスファチジルイノシトールPI)および中性リン脂質(ホスファチジルコリンPC、ホスファチジルエタノールアミンPE)で構成さてれおり、EVも原則的にこの構造を踏襲している。
【0034】
下記実施例に示される通り、細胞外小胞を構成する膜組成のうち、限定はされないが、特に、カルジオリピン(CL)、及び/又は、ホスファチジルグリセロール(PG)が強い細胞保護効果を示すことが見出された。また、本発明の他の実施態様おいて、CL、及び/又は、PGに加えて、ホスファチジルセリン(PS)、及び/又は、ホスファチジルイノシトール(PI)の組み合わせによっても同様の保護効果を示すことが示された。
【0035】
本発明の一つの実施態様おいて、細胞外小胞の膜を構成するグリセロリン脂質のうち、カルジオリピン(CL)、及び/又は、ホスファチジルグリセロール(PG)は、グリセロリン脂質全体に対して40質量%以上の割合を占め、50質量%以上が好ましく、60質量%以上がより好ましく、70質量%以上が更に好ましく、80質量%以上がより更に好ましく、90質量%以上が特に好ましく、95質量%以上が最も好ましい。
【0036】
また、本発明の他の実施態様おいて、細胞外小胞の膜を構成するグリセロリン脂質のうち、カルジオリピン(CL)、ホスファチジルグリセロール(PG)、ホスファチジルセリン(PS)、及び、ホスファチジルイノシトール(PI)からなる群より選択される少なくとも1種は、グリセロリン脂質全体に対して、40質量%以上が好ましく、50質量%以上がより好ましく、60質量%以上が更に好ましく、70質量%以上がより更に好ましく、80質量%以上がより更に好ましく、90質量%以上が特に好ましく、95質量%以上が最も好ましい。
【0037】
カルジオリピン(CL)、及び/又は、ホスファチジルグリセロール(PG)は細胞におけるパイロトーシスを抑制する観点から、50%以上、好ましくは60%以上、より好ましくは70%以上、更に好ましくは80%以上、更により好ましくは90%以上が奇数鎖飽和脂肪酸アシル基を側鎖に有することが好ましい。奇数鎖飽和脂肪酸としては、限定はされないが、ペンタデカン酸(C15:0)、ヘプタデカン酸(C17:0)、ウンデカン酸(C11:0)、トリデカン酸(C13:0)、ノナデカン酸(C19:0)、ヘンエイコサン酸(C21:0)、トリコサン酸(C23:0)、ペンタコサン酸(C25:0)からなる群より選択される少なくとも1種等が挙げられる。
【0038】
別の実施態様において、カルジオリピン(CL)、及び/又は、ホスファチジルグリセロール(PG)は、例えば、5%以上、好ましくは10%以上、より好ましくは15%以上、更に好ましくは20%以上、更により好ましくは25%以上、更により好ましくは30%以上が不飽和脂肪酸アシル基を側鎖に有していてもよい。
【0039】
細胞外小胞は、顕著な細胞保護効果を示す観点から、ゼータ電位がより強い負電位を有することが好ましく、例えば、ダルベッコリン酸緩衝生理食塩水(DPBS)中において-15mV以下のゼータ電位を有することがより好ましく、-16mV以下が更に好ましく、-17mV以下がより更に好ましく、-18mV以下がより更に好ましく、-19mV以下が特に好ましく、-20mV以下が最も好ましい。
【0040】
細胞外小胞は、ゼータ電位がより強い負電位を有する観点から、例えば、カチオン性アミノ酸と共存することが好ましい。限定はされないが、一つの実施形態において、本発明の組成物は、アルギニン、アルギニンリッチなペプチド若しくはタンパク質を含む乾燥物、又は塩基性ゲル懸濁物を更に含有することが好ましい。アルギニンリッチなペプチドは、限定はされないが、アミノ酸数が5個以下であることが好ましく、2~5個であることがより好ましく、3~5個、3~4個であってもよい。限定はされないが、例えば、ポリ-L-アルギニン(Shigma社製)、オリゴアルギニン(ペプチド研究所製)等の市販品を用いることも可能である。
【0041】
上記の細胞外小胞を有効量含有する組成物は、飲食品、医薬品、医薬部外品、化粧品、又は、飼料及び動物用医薬品として広く用いることができる。
【0042】
飲食品としては、上記の細胞外小胞を含有する限り特に制限されず、例えば、清涼飲料水、炭酸飲料、果汁入り飲料、野菜汁入り飲料、果汁および野菜汁入り飲料、牛乳等の畜乳、豆乳、乳飲料、ドリンクタイプのヨーグルト、ドリンクタイプやスティックタイプのゼリー、コーヒー、ココア、茶飲料、栄養ドリンク、エナジー飲料、スポーツドリンク、育児用ミルク、ミネラルウォーター、ニア・ウォーター、アルコール度数1%以下のノンアルコールのビールテイスト飲料等の非アルコール飲料;飯類、麺類、パン類およびパスタ類等炭水化物含有飲食品;チーズ類、ハードタイプまたはソフトタイプのヨーグルト、畜乳その他の油脂原料による生クリーム、アイスクリーム等の乳製品;クッキー、ケーキ、チョコレート等の洋菓子類、饅頭や羊羹等の和菓子類、ラムネ等のタブレット菓子(清涼菓子)、キャンディー類、ガム類、グミ類、ゼリーやプリン等の冷菓や氷菓、スナック菓子等の各種菓子類;卵を用いた加工食品、魚介類や畜肉(レバー等の臓物を含む)の加工食品(珍味を含む)、味噌汁等のスープ類等の加工食品;みそ、しょうゆ、ふりかけ、その他シーズニング調味料等の調味料;濃厚流動食、経腸栄養食等の流動食等が例示される。また、飲食品等は、サプリメントであってもよく、例えばタブレット状のサプリメントであってもよい。
【0043】
本発明において、製剤化する場合の剤形は特に制限されず、具体的には、錠剤、丸剤、散剤、液剤、懸濁剤、乳剤、顆粒剤、カプセル剤、シロップ剤、坐剤、注射剤、軟膏剤、貼付剤、点眼剤、及び点鼻剤等を例示できる。また、製剤化にあたっては、製剤担体として通常使用される賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、安定剤、矯味矯臭剤、希釈剤、界面活性剤、又は注射剤用溶剤等の添加剤を使用することができる。
【0044】
本発明の有効成分の摂取量は、摂取対象者の性別、年齢および体重、症状、摂取時間、剤形、摂取経路等に依存して決定でき、特に制限されない。本発明の有効成分の成人1日当たりの摂取量は、例えば、細胞外小胞数により特定することができ、その下限値は1×107個、1×108個、1×109個とすることができ、その上限値は1×1011個、1×1012個、1×1013個とすることができる。これらの上限値および下限値はそれぞれ任意に組み合わせることができ、上記摂取量の範囲は、例えば、1×107~1×1013個、1×108~1×1012個、1×109~1×1011個等とすることができる。細胞外小胞数は、例えば、動的光散乱法、フローサイトメトリー等により測定することができる。
【0045】
[用途]
一つの実施形態において、本発明の組成物は、免疫機能の維持又は改善用に用いることができる。
【0046】
上記の免疫機能の改善は、例えば、免疫機能の障害を改善することが挙げられ、免疫機能の障害には、例えば、慢性炎症性疾患、神経変性疾患、自己免疫疾患、自己炎症性疾患、2型炎症疾患が挙げられる。
慢性炎症性疾患としては、例えば、細胞の老化、動脈硬化症、上皮異形成等が挙げられる。
神経変性疾患としては、例えば、アルツハイマー病、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症、プリオン病等が挙げられる。
自己免疫疾患としては、例えば、潰瘍性大腸炎、乾癬、関節リウマチ、多発性硬化症、シェーグレン症候群等が挙げられる。
自己炎症性疾患としては、例えば、痛風、クローン病、2型糖尿病等が挙げられる。
2型炎症疾患としては、例えば、喘息、アトピー性皮膚炎、慢性副鼻腔炎、好酸球性炎症症候群、食物アレルギー、花粉症等が挙げられる。
【0047】
別の実施形態において、本発明の組成物は、抗老化用、抗アレルギー用、消化管改善用、又は、恒常性維持用に用いることができる。
【0048】
抗老化用としては、例えば、認知機能の維持、視覚・嗅覚・聴覚機能の維持、運動機能の維持、皮膚のシミ及びシワの低減、肌老化の低減、脱毛及び白髪の低減、並びに、白斑及び老化斑の低減からなる群より選択される少なくとも1種が挙げられる。
【0049】
抗アレルギー用としては、例えば、目鼻喉の不快感の緩和、関節の痛みの緩和、食物過敏の緩和、軟骨成分の維持、ドライアイ、及び、ドライマウスの改善からなる群より選択される少なくとも1種が挙げられる。
【0050】
消化管改善用としては、例えば、便秘や下痢の改善、便性や便形状を整える、食後のもたれ・胸やけの緩和、むかつき及び悪心の軽減、並びに、膨満感の軽減からなる群より選択される少なくとも1種が挙げられる。
【0051】
恒常性の維持用としては、例えば、肝機能の改善、疲労感及び倦怠感の緩和、動悸、息切れ及び息苦しさの緩和、血糖値の上昇の緩和、睡眠の質の向上、肌の張りの維持、手足や体の冷えの改善、むくみの改善、内臓脂肪及び中性脂肪の低減、基礎代謝の向上、血管の健康維持、メンタルヘルスの維持、ストレスによる体調不良の緩和、手足の震え及び痒みの改善、排尿機能の維持、呼吸機能の維持、嚥下機能の維持、並びに、鼻詰まりの軽減からなる群より選択される少なくとも1種が挙げられる。
【0052】
本発明の組成物には、限定はされないが、上記の用途を表示することができ、上記以外であっても、本発明の効果によって二次的に生じる効果を表す文言であれば、表示して使用できる。
【0053】
前記「表示」とは、需要者に対して上記用途を知らしめるための全ての行為を意味し、上記用途を想起・類推させうるような表示であれば、表示の目的、表示の内容、表示する対象物及び媒体等の如何に拘わらず、すべて本発明の「表示」に該当する。しかしながら、需要者が上記用途を直接的に認識できるような表現により表示することが好ましい。具体的には、本発明の飲食品等に係る商品又は商品の包装に上記用途を記載する行為、商品又は商品の包装に上記用途を記載したものを譲渡し、引渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出若しくは輸入する行為、商品に関する広告、価格表若しくは取引書類に上記用途を記載して展示し、若しくは頒布し、又はこれらを内容とする情報に上記用途を記載して電磁気的(インターネット等)方法により提供する行為等が例示でき、特に包装、容器、カタログ、パンフレット、POP等の販売現場における宣伝材、その他の書類等への表示が好ましい。
【0054】
例えば、健康食品、機能性食品、経腸栄養食品、特別用途食品、栄養機能食品、医薬用部外品等としての表示を例示することができ、その他厚生労働省や消費者庁によって認可される表示、例えば、特定保健用食品、機能性表示食品、これに類似する制度にて認可される表示を例示できる。後者の例としては、特定保健用食品としての表示、条件付き特定保健用食品としての表示、身体の構造や機能に影響を与える旨の表示、疾病リスク低減表示等を例示することができる。さらに詳細には、健康増進法施行規則(平成15年4月30日日本国厚生労働省令第86号)に定められた特定保健用食品としての表示(特に保健の用途の表示)、及びこれに類する表示等を例示することができる。
【0055】
飼料としては、ペットフード、家畜飼料、及び養魚飼料等が例示される。そのような飼料は、一般的な飼料、例えば、穀類、粕類、糠類、魚粉、骨粉、油脂類、脱脂粉乳、ホエー、鉱物質飼料、又は酵母類等に本発明の組成物を混合することにより製造することができる。製造された飼料は、一般的な哺乳動物、家畜類、養魚類、及び愛玩動物等に経口的に投与することが可能である。また動物用医薬品は哺乳動物、家畜類、養魚類、及び愛玩動物等に経皮、点眼、経口、塗布、吸引等により投与することが可能である。
【0056】
本発明を飼料等として用いる場合、対象生物は特に限定されないが、好ましくはヒトを除く哺乳動物であり、例えば、カモノハシ、ハリモグラ、オポッサム、フクロネコ、カンガルー、ツチブタ、イワダヌキ、ゾウ、アルマジロ、ナマケモノ、アリクイ、ツパイ、ヒヨケザル、チンパンジー、ウサギ、ネズミ、ハリネズミ、ラクダ、イノシシ、キリン、シカ、ウシ、ヤギ、カバ、クジラ、イルカ、ウマ、サイ、バク、コウモリ、トラ、オオカミ、イタチ、クマ、アザラシ、犬、猫等が挙げられ、より好ましくは犬又は猫である。
【0057】
本発明を飼料やペットフード等として用いる場合、主食に添加する等により1日に数回に分けて与えてもよいし、おやつとして随時与えてもよい。
【0058】
本発明を飼料やペットフード等として用いる場合、本発明の有効成分の1日あたりの経口による摂取量又は投与量は、例えば、細胞外小胞数により特定することができ、1×105~1×1012個/kg体重、1×106~1×1011個/kg体重、1×107~1×1010個/kg体重等とすることができる。本発明の有効成分の含有量は、上記の摂取量又は投与量となる量とすることができる。
【実施例】
【0059】
[1]評価手法および評価内容
以下に、パイロトーシスの評価手法や評価内容について説明する。
【0060】
[1-1]初代ミクログリアのパイロトーシスを用いた細胞保護効果評価手法の確立
ミクログリアは無菌的に大量にサンプリングできるため評価に供しやすく、その初代細胞は不死化細胞とは異なって、パイロトーシスが適度に発生するためにパイロトーシスの観察に適している。後述の実施例では、培養容器への接着性などの違いを利用してミクログリアを分離し、ミクログリアの初代細胞を調製して寿命評価試験を行った。
【0061】
ミクログリアの初代細胞は、試験容器への接触刺激等によって時間の経過とともパイロトーシスによる細胞死を引き起こすが、発明者らは細菌が産生する細胞外小胞(EV)を添加することによって、初代ミクログリアの寿命が変化することを見出した。寿命延長効果は添加したEVによるパイロトーシスからの保護効果であり、一定時間経過後の生残細胞数がそのEVの生物活性すなわち細胞保護効果を表している(実施例1)。
【0062】
[1-2]ミクログリア細胞保護効果の測定
発明者らはラットの脳から採取した初代ミクログリアとアミロイドβを96穴プレートに播種したところ、アミロイドβの有無によるミクログリアの細胞死への短期的な影響はなく、時間の経過とともにパイロトーシスが進行することを確認した(実施例1)。
【0063】
初代ミクログリアに大腸菌由来EV(ECEV)、乳酸菌由来EV(LBEV)、及びlilac-01EVを添加したところ、初代ミクログリア(ラット)のパイロトーシスの進行速度に大きな差異が認められた(実施例1)。
【0064】
評価結果は、ミクログリア細胞保護効果の大きな順に、lilac-01EV>乳酸菌由来EV(LBEV)>コントロール(PBS)>大腸菌由来EV(ECEV)であった。
【0065】
このような検討から、ミクログリアはEVによって強く保護されることが分かった。特にlilac-01EVの保護効果が高かった。アミロイドβと炎症反応は短期的には影響がなかった(実施例1)。
【0066】
大腸菌の細胞膜にはリポ多糖(LPS)が存在し、大腸菌由来EVにもLPSが発現している。LPSは宿主細胞のToll様受容体(TLR)を刺激して炎症を惹起することが知られている。
【0067】
lilac-01EVで事前に処理した初代ミクログリアに大腸菌由来EVを添加すると、無処理の細胞以上の寿命を示した(実施例1)。この実験例はlilac-01EVの保護効果が記憶されて、大腸菌由来EVの毒性から保護したことを示している。
またlilac-01EVと大腸菌EVを添加したミクログリア細胞の培養上清を用いて、ガスダーミンD N末端の検出を行ったところ、大腸菌由来EVを添加した上清だけガスダーミンD N末端が検出された。これからlilac-01EVではパイロトーシスが起こっていないことが確認された。
さらに、乾燥後のlilac-01EVの細胞保護効果も保たれることが確認された(実施例3)
【0068】
[1-3]細胞保護効果とゼータ電位の関係
発明者らは、ラットの初代ミクログリアの保護効果を評価する中で、試験に供するサンプルのミクログリアに対する保護効果とゼータ電位に強い相関があることを見出した(R2=0.95、実施例2)。
【0069】
ミクログリアの細胞膜は負に帯電しており、評価サンプルのゼータ電位が大きな負電位をもつほど強い保護効果を持つことが示された。またEVを含む溶液(培養液)にアルギニンなどのカチオン性アミノ酸を添加すると負のゼータ電位がさらに低下し、保護効果が大きくなることも見出した(実施例2)。
【0070】
一般にグラム陽性菌が生成するEV(膜小胞)は抗炎症性で、グラム陰性菌が生成するEV(外膜小胞)は炎症性であると報告されてきたが、初代ミクログリアの寿命延長効果を評価すると、必ずしもグラム陽性、陰性によってこのような傾向を示さず、ゼータ電位と強い相関を示すことがわかった。このようなことから発明者らは、強い負のゼータ電位を持つEVほど強い細胞保護効果を持つことを見出した。
【0071】
上述のように、EVはすべての細胞が放出する直径100nm程度の小胞で、細胞膜と同じリン脂質二重膜で囲われている。生体のリン脂質は正味の負電荷を持つ酸性リン脂質(ホスファチジルグリセロールPGやホスファチジン酸PAなど)および中性リン脂質(ホスファチジルコリンPC、ホスファチジルエタノールアミンPE)で構成さてれおり、EVも原則的にこの構造を踏襲している。
【0072】
摂取した食物中や腸内細菌が放出するEVは、マクロピノサイトーシス(飲作用)などによって腸管上皮細胞に取り込まれるとされているが、その詳細については不明である。人工のリン脂質小胞であるリポソームでは、負電荷を持つ酸性リン脂質を用いると細胞表面に侵入することができないため、カチオニック・リポソームを用いる傾向があるが、一般に正電荷のリポソームは細胞毒性があり、侵入された細胞は短時間に細胞死を迎えることがわかっている。
【0073】
[1-4]細胞膜組成とゼータ電位の関係
発明者らはEVを構成する膜組成によってゼータ電位に差異が生じることを確認した。lilac-01EVの膜組成を測定したところ、40質量%から95質量%がCLまたはPGであった。
【0074】
酸性リン脂質であるCLとPGは強い負電荷を持ち、ミクログリアにCLとPGを膜組成に持つEVを送達することによって、ミクログリアの細胞膜に負の膜電位を与え、それがゼータ電位に反映していると考えられた。
【0075】
[1-5]対イオン凝縮層の形成による細胞内移行性の向上
ミクログリアに対する保護効果(生物活性)およびゼータ電位(負)はEV媒質中のアルギニン濃度が高いほど強化されることが示された(実施例2)。
【0076】
EVの生物活性はゼータ電位が低電位(負)であるほど向上することから、EVの負電位に強く引き付けられた正電荷のアルギニンがEVの周囲に対イオン凝縮層を形成してミクログリアの細胞膜に接近することにより、効率よく細胞内への取込が行われると考えられる。
【0077】
lilac-01EVは負電位を持つCLもしくはPGを主体に構成されており、正電位を持つアルギニンリッチな正イオンの対イオン凝縮層を形成することができる。また正イオン濃度を高めることにより、安定な対イオン凝縮層を形成することができる。正イオン層はNa+などの金属イオンなどでも対イオン凝縮層は形成可能だが、金属イオンが細胞に取り込まれると細胞障害をおこすことが多い。アルギニンは正イオンでありながら、細胞に取り込まれるとアルギナーゼ-1等により消費されるので、細胞障害が起こらない。
【0078】
[1-6]lilac-01EVによるミトコンドリア活性の強化
老化させた線維芽細胞にlilac-01EVを21日間添加し、22日目にミトコンドリア膜電位を測定したところ、ミトコンドリア活性が強化されることを確認した(実施例4)。また老化線維芽細胞の形態が若返ることを確認した。
【0079】
[1-7]奇数鎖飽和脂肪酸による抗炎症作用
奇数鎖飽和脂肪酸(OCFA)であるペンタデカン酸(C15:0)やヘプタデカン酸(C17:0)は、ヒトの血漿リン脂質中に総脂質のそれぞれ0.2%、0.4%程度含まれており、食事中のOCFAは、肥満、慢性炎症、心血管疾患、メタボリック シンドローム、2型糖尿病、非アルコール性脂肪性肝炎、慢性閉塞性肺疾患、膵臓がん、およびその他の疾病リスクの低下と関連することが多数報告されている。
【0080】
通常、脂肪酸は炭素原子2個を単位に鎖長が延長されるので偶数になるが、反芻動物内の細菌や原生動物がOCFAを生産している。ヒトは乳製品や発酵食品等を通してOCFAを摂取しているとされている。
【0081】
OCFAは偶数鎖脂肪酸と比較して融点が低いために細胞膜の流動性が高く、膜密度や細胞の剛性が高いなどの利点が報告されている。
【0082】
lilac-01EVの細胞膜はほとんどがOCFAを側鎖に持つリン脂質で構成されている。lilac-01EVは吸収されたのち、ミトコンドリアに到達することができ、リモデリングによってリノール酸などの不飽和脂肪酸に置換されてOCFAは放出されるものと考えられるため、OCFAを食品として摂取するよりも効率よくミトコンドリアに送達することが可能である。
【0083】
[1-8]CL、PG以外のリン脂質の効果
lilac-01EVの細胞膜組成は、ほぼCLまたはPGで構成されるが、バチルス・コアグランス(ウェイズマンニア・コアグランス)lilac-01の培養条件を変えることで、他のリン脂質をlilac-01EVに導入することが可能である。
【0084】
細菌が持つジアシルグリセロールキナーゼの作用を受けて、PGからホスファチジン酸(PA)が生成される。PAはすべてのグリセロリン脂質の出発材料で、PAからはジアシルグリセロール(DAG)を経由して、ホスファチジルセリン(PS)やホスファチジルコリン(PC)、ホスファチジルエタノールアミン(PE)、ホスファチジルイノシトール(PI)などにリモデリングすることができる。
【0085】
一般に細菌ではPEが主要なリン脂質で、PEは原核生物や真核生物の細胞膜中に普遍的に存在する。エタノールアミンを含有する培養液でバチルス・コアグランス(ウェイズマンニア・コアグランス)lilac-01の培養を行うことによって、ホスファチジルエタノールアミン(PE)をlilac-01EVに導入することができる。
【0086】
同様にセリン、または/およびコリン、または/およびイノシトールを含有する培養液では、ホスファチジルセリン(PS)、または/およびホスファチジルコリン(PC)、または/およびホスファチジルイノシトール(PI)をlilac-01EVに導入することができる。
【0087】
PSとPIは、CLおよびPGと同様に負電荷を持つリン脂質で、通常、細胞膜やミトコンドリア外膜を構成する脂質二重膜の内側に存在し、CLと同様に脂肪酸側鎖が酸化されやすく、ガスダーミンの攻撃を受けて細胞膜に穿孔が形成されて、パイロトーシスが誘導される。
【0088】
lilac-01EVにPSやPIが導入された場合には、不飽和脂肪酸を持たないためにガスダーミンの攻撃を受けないと考えられる。しかしリモデリングされると不飽和脂肪酸を持つようになるため、ミトコンドリア外膜に穿孔が形成されて、シトクロムcが放出されることによってアポトーシスが誘導されることが予想される。
【0089】
細胞膜のスクランブルがおこって脂質二重膜の外側にPSが露出することによって、マクロファージに非炎症的に貪食される(eat meサイン)。
【0090】
lilac-01EVにPSやPIを導入することによって、パイロトーシスを抑制し、PSを導入するとアポトーシスを促進することが期待できる。またPIは酵素的にリン酸化を受けることによって、細胞間の情報伝達に重要な役割を果たしており、特に神経樹状突起の成長や軸索伸長、シナプス形成などに関与していることがわかっている。lilac-01EVにPIを導入することによって、認知症の改善等の効果が期待できる。
【0091】
PCとPEは電荷的に中性で、lilac-01EVに導入してもアポトーシスやパイロトーシスを抑制する効果はない。PCは主に細胞膜の外側に位置し、コリンの重要な供給源となる。またPCは血液脳関門を超えて脳内に取り込まれ、神経細胞の構築に使用されることがわかっている。酵素コリンアセチルトランスフェラーゼの作用によりアセチルコリンが合成され、アセチルコリンは運動神経の神経終末、交感神経と副交感神経の神経節、副交感神経の神経終末、交感神経の神経終末における伝達物質として機能する。アセチルコリン受容体が存在するこれらの部位に対して、PCを含むEVが選択的に送達されることが期待できる。具体的には脳の各部位、心臓、平滑筋、眼などで、認知機能の向上や消化管活動の亢進、心拍調整作用、眼圧低下作用などが期待できる。
【0092】
またPEはCLとともにミトコンドリア内膜の安定性を高める効果がある。また動物細胞における細胞内小器官を構成するために重要であり、小胞輸送やエンドサイトーシス(飲食作用)の制御に欠かせない成分である。
【0093】
lilac-01EVは、様々なリン脂質を導入することが可能であり、CL、及び/又は、PGの構成比がグリセロリン脂質全体に対して40質量%以上、好ましくは50質量%以上、最も好ましくは60質量%以上であれば、本発明の効果が有効となる。また、負電荷を持つリン脂質であるPIまたは/およびPSや、中性リン脂質であるPCまたは/およびPEをさらに導入することによって、細胞内およびミトコンドリアにそれぞれの成分を送達することが可能になる。
【0094】
[2]本発明の推測される作用機序
限定はされないが、次に本発明の推測されるメカニズムを説明する。
【0095】
[2-1]生体膜電位を下げることにより細胞寿命が延長される理由
生体の脂質二重膜は単に細胞構造の維持や物質の出入りを管理するだけでなく、様々な形で細胞間の情報伝達にかかわっていることがわかってきた。
【0096】
CLはPG2分子が会合した構造で、動物細胞ではミトコンドリアに特異的に存在する負電荷を持つリン脂質である。ミトコンドリアは外膜と内膜の二組の脂質二重膜からなり、特にミトコンドリア内膜にはCLの80-90質量%が存在しているため強い負電位を示す。この負電位にH+イオンが引き付けられてミトコンドリア膜電位が形成されており、さらにミトコンドリア内膜に存在するプロトンポンプによって水素イオンが汲み出されて、膜電位は最大-180mVに達する。
【0097】
ミトコンドリアはH+イオン濃度勾配によって生命活動の源であるATPの生産を行っており、膜電位の消失(脱分極)はミトコンドリアの機能低下や細胞死の原因になる。
【0098】
細菌も同様に酸性リン脂質の負電位を足場に、H+イオン濃度勾配にもとづく細胞膜電位によってATPを合成するが、細菌の場合は細胞が大型化するほど表面積の割合が低下するために効率が悪化する。
【0099】
真核生物は細菌を起源とするミトコンドリアを内部共生とすることで、進化への道を歩み出したとされている。ミトコンドリアの特徴は内膜の表面積と負の膜電位である。このような負の膜電位の持つことがミトコンドリアの機能維持に重要であることは従来あまり重要視されてこなかったが、発明者らが行った実験によって、生体膜電位の喪失が細胞死の要因になることが明らかになった。
【0100】
[2-2]CL/PGの働き
CLは4つの脂肪酸アシル基と正電荷を捕捉できる負電荷のヘッドを持つ円錐形をしている。このユニークな構造がミトコンドリアの基本的な機能を左右する。ミトコンドリアは細胞内に存在する細胞内小器官で、一つ一つの細胞に数百から数千個のミトコンドリアが含まれ、分裂と融合を繰り返す非常にダイナミックな小器官である。CLはこのミトコンドリアダイナミクスに必須のリン脂質であり、膜電位の消失(脱分極)などによって機能低下したミトコンドリアと、活性の高いミトコンドリアとが融合し、さらに分裂することでダメージを分散し、ミトコンドリア活性の維持が図られている。
【0101】
ミトコンドリアは内膜が特有の構造(クリステ)をとることによって表面積を増大させ、ATP生産効率を最大化することができる。このクリステ構造やミトコンドリア機能の維持にはCLが必須であることがわかっており、特に曲率の高い曲面を構成するために円錐形状をしたCLが必要と考えられている。
【0102】
またミトコンドリアは生体内で最大の活性酸素種(ROS)の発生源であり、ROS消去機構が十分に機能せずにROS産生が亢進すると、分裂したミトコンドリアは選択的なオートファジー(マイトファジー)により分解される。さらにマイトファジーが停滞して機能不全のミトコンドリアが増加すると、ミトコンドリアはその細胞自体をアポトーシスによって消去する。
【0103】
[2-3]細胞死のメカニズム
アポトーシスは非炎症性のプログラム細胞死で、ミトコンドリア外膜に穿孔を形成するBCL-2関連タンパク質の作用により、シトクロムc(電子伝達系を構成する主要なタンパク質)がこの穿孔を通って細胞質に流出することによって開始される。
【0104】
一方でカスパーゼ依存性のパイロトーシスもミトコンドリアにおける穿孔形成に関係している。パイロトーシスはタンパク質複合体であるインフラマソームの形成によって、活性化したカスパーゼによって切断されたガスダーミンN末端が、膜穿孔を形成して細胞を破裂させ、その後に続く細胞内容物の漏出によって炎症メディエータを発生することを特徴とする細胞死モードである。
【0105】
非炎症性のアポトーシスと炎症性のパイロトーシスは単独で発生するだけでなく、互いに影響しあう関係にある。アポトーシスとパイロトーシスを決定する要因は、細胞膜とミトコンドリア外膜への穿孔形成の違いにある。
【0106】
現在知られているアポトーシスとパイロトーシスの主要な経路はそれぞれ2つある。アポトーシスでは、前述のBCL-2関連タンパク質によるミトコンドリア外膜への穿孔と、ガスダーミンEによるミトコンドリア外膜と細胞膜への穿孔である。またパイロトーシスでは、ガスダーミンDによる細胞膜への穿孔と、ガスダーミンEによる細胞膜への穿孔がある。
【0107】
カスパーゼによって切断されたガスダーミンファミリータンパク質のN末端は、正電荷を持つため、細胞膜やミトコンドリア外膜の負電荷を持つ酸性リン脂質に引き付けられて集合して穿孔を形成する。
【0108】
細胞膜への穿孔形成は主にガスダーミンDが関与しており、ガスダーミンDを不活性化すると、細胞はパイロトーシスからアポトーシスに切り替わることが報告されている。
【0109】
[2-4]細胞外小胞(EV)の機能
ほぼすべての生細胞は細胞外小胞(EV)を放出して細胞間でメッセージを送信している。EVは脂質二重膜からなる小胞の総称であり、EV内にはタンパク質やmiRNAなどの機能分子を内包し、多細胞生物の体液中には起源の異なる様々なEVが高密度に存在している。
【0110】
生体膜は負電位を持つのに対して、同じリン脂質からなるEVも負電荷を持っており、通常であればEVは生体膜に接近することはできない。人工の薬物送達システム(DDS)であるリポソームでは正電荷を持たせたカチオニック・リポソームが多く用いられているが、細胞膜電位の喪失は細胞死をおこしやすく、従来のリポソームでは細胞毒性を完全になくすことは困難である。
【0111】
lilac-01EVは直径200nm以下の負電荷を持つ小胞であり、Bacillus coagulans lilac-01の培養液を含む乾燥物はサプリメントとして活用されており、安全性が認められ、食経験も長い。この培養液中には109個/ml以上のlilac-01EVの存在が確認されている。
【0112】
消化管内では培養液中のアルギニンやペプチドが塩基性ゲルを形成して、負電荷のEVの周囲に対イオン凝縮層を形成すると考えられる。塩基性ゲルにはアルギニンやアルギニンリッチなペプチドだけでなく、塩基性高分子ゲルを添加しても良い。このような塩基性ゲルは負電荷を持つEVのまわりに正電荷の対イオン凝縮層を形成するため、容易に負電荷の生体膜に接近することができ、消化管の広い範囲に渡ってEVを供給することが可能である。
【0113】
EVは消化管上皮から食作用もしくはマクロピノサイトーシス(飲作用)によって対イオン凝縮層とともに細胞内に取り込まれる。
【0114】
EVの膜成分は侵入先の細胞膜に融合すると考えられており、アルギニンは細胞の状態によって異なった経路で代謝される。炎症状態では免疫応答として一酸化窒素合成酵素を誘導するためNO産生が亢進し、それに伴ってアルギニンが細胞外から積極的に取り込まれる。抗炎症状態ではマクロファージが発現するアルギナーゼ-1がアルギニンを代謝してオルニチンを産生する。そのため細胞内は恒常的にアルギニン欠乏状態となっている。
【0115】
[2-5]対イオン凝縮層の効果
CLはミトコンドリア膜に必須のリン脂質である一方で、強い負電荷による弊害も存在する。抗カルジオリピン抗体はCLの負電荷に強い親和性を持つβ2グリコプロテインI(β2GPI)が結合することによって形成される。抗原決定基はβ2GPI分子上にあり、CL自体に抗原性はない。
【0116】
正電荷の対イオン凝縮層が存在するとCLの負電荷は打ち消されるため、β2GPIとの結合を抑制することができるものと考えられ、lilac-01EVの摂取や皮膚への塗布、鼻腔への噴霧、肺胞への吸引、点眼、注入等において、抗リン脂質抗体症候群を予防できる。
【0117】
また対イオン凝縮層にアルギニンを用いることによって細胞内移行性が向上することは前述のとおりである。
【0118】
[2-6]細胞膜でのCL/PGの効果
細胞内で生成されるガスダーミンタンパク質はインフラマソームによって活性化したカスパーゼによって分離され、そのうちのガスダーミンN末端が重合体を形成してガスダーミンポアを構成し、細胞膜に穿孔を形成する。
【0119】
ガスダーミンDはカスパーゼ1,4,5によって切断され、炎症性細胞死であるパイロトーシスをおこす。またガスダーミンEはカスパーゼ3によって切断され、ミトコンドリア外膜または細胞膜に穿孔を形成し、アポトーシス又はパイロトーシスをおこす。いずれの場合もガスダーミンは酸性リン脂質中の過酸化した不飽和脂肪酸を攻撃してポアを形成する。カスパーゼ4及び5はLPSによって活性化され、非標準インフラマソーム経路と呼ばれる。
【0120】
細胞膜にはCLは少なく、酸性リン脂質としてはホスファチジルセリン(PS)やホスファチジルイノシトール(PI)、ホスファチジン酸(PA)が存在する。細胞膜を構成するリン脂質が過酸化されると脂肪酸が開裂し、酸化リン脂質を生成して親水性が増す。ガスダーミンタンパク質N末端などの活性化した膜穿孔形成タンパク質は、このような酸化したリン脂質をターゲットにして集合する。
【0121】
切断されたガスダーミンD N末端は細胞膜にポアを形成してパイロトーシスを惹起する。一方、ESCRT(エンドソーム選別複合体)等の膜修復機構が知られている。正電荷のガスダーミンD N末端に負電荷の遊離CL等が結合してパイロトーシスを抑制することが報告されている。
【0122】
経口摂取したlilac-01EVのCL/PGは細胞膜に到達して、ESCRT機構等によって損傷したリン脂質膜を修復するものと考えられる。
【0123】
細胞膜へのCL/PGの導入は細胞膜の安定性を大幅に向上させることが報告されており、さらにlilac-01EVは80%以上が飽和脂肪酸のため、リン脂質の過酸化は生じにくく、そのためガスダーミンポアの形成が阻害されると考えられる。
【0124】
[2-7]ミトコンドリア内でのCL/PGの機能
CLはミトコンドリアをはじめとする様々な小器官のタンパク質と結合して活性の維持に貢献することが知られており、CLの添加によってミトコンドリアの電子伝達系の活性が回復することが報告されている。このことは細胞膜に融合したCLが細胞質内のミトコンドリアに取り込まれる機構が存在することを意味している。実際、本発明でもミトコンドリア膜電位の増強が確認されている(実施例4)。
【0125】
CLはミトコンドリア内膜に主に存在しているが、外膜にも10~20%存在している。内膜と外膜のCL分布は膜結合酵素であるリン脂質輸送タンパク質(PLS)によって双方向に制御されている。
【0126】
発明者らがlilac-01EVのリン脂質を分析したところ、PGとCLの合計が40質量%以上で、CLのアシル基の脂肪酸は主にC15:0、C17:0の奇数鎖飽和脂肪酸であった。
【0127】
EVによって細胞内に輸送されたCLはミトコンドリア外膜から内膜に移行し、アシル基転移酵素によってCLのリゾ体が形成され、さらに不飽和脂肪酸にリモデリングされる。
【0128】
CLの4本のアシル基は、心臓ではリノール酸(C18:2)、脳ではアラキドン酸(C20:4)やドコサペンタエン酸(C22:5)、ドコサヘキサエン酸(C22:6)など、主に高度不飽和脂肪酸で構成されている。ミトコンドリア内膜でリモデリングされたCLは不飽和脂肪酸を持ち、ガスダーミンDやガスダーミンEの標的となる。
【0129】
CLはPG2分子が会合したもので、PGはCLの直接の原料となるので、CLだけでなくPGを摂取することは、ミトコンドリアの機能維持に有効である。
【0130】
細胞の寿命を決定する要素は、ミトコンドリアの恒常性維持である。ミトコンドリアの細胞死決定機構は、(1)活性酸素種(ROS)やDNA損傷、膜電位の喪失などの細胞ストレス、(2)パターン認識受容体PRRなどからの外的ストレス、(3)変異タンパク質の蓄積による小胞体ストレスがある。
【0131】
ミトコンドリア中ではATPを生産する際に活性酸素種(ROS)が発生するため、ミトコンドリアの分裂や融合によってストレスを平均化したり、衰弱したミトコンドリアをオートファジー(マイトファジー)させて活性を維持するが、ミトコンドリア全体にストレスが蓄積するとアポトーシスを起こす。
【0132】
[2-8]lilac-01EVの作用
ミクログリアを用いた実験では、lilac-01EVはミクログリア細胞に吸収されて細胞保護効果を示しており、培養液やアルギニンを含むものはさらに細胞保護効果が高かった。これは細胞質に取り込まれたCLがパイロトーシスの原因となる細胞膜の欠陥を修復する能力があることを示している。またミトコンドリア電位を高める効果が確認されており(実施例4)、細胞膜に取り込まれた後さらにミトコンドリア内膜まで到達してミトコンドリアの活性向上に寄与することが確認された。以上の効果により、マクロファージのパイロトーシスを抑制することによって、ヒトや動物の炎症状態を改善することが期待できる。
【0133】
[3]対象とする疾患の発生機序とlilac-01EVの作用
次に対象とする疾患の発症機序とlilac-01EVの作用について具体的に説明する。
【0134】
[3-1]ミクログリアのアミロイドβ取込量増加による認知機能改善効果
本発明者らは、ミクログリアのパイロトーシス回避によって、アミロイドβがミクログリアに取り込まれることを確認した(実施例1)。アミロイドβが脳から取り除かれる経路は複数確認されているが、不溶性となって沈着したアミロイドβの除去にはミクログリアが関与することがわかっており、アミロイドβを酵素的に分解することが知られている。
【0135】
加齢に伴って、脳では炎症型ミクログリアが増加し、中枢神経で炎症性サイトカインが慢性的に増加する。一方、パイロトーシスによりミクログリアの貪食作用は低下する。lilac-01EVを摂取することにより、ミクログリアは抗炎症型になってアミロイドβを貪食し、長寿命で活性が高く、貪食能を長期間保つことができるため、アミロイドβの処理能力が高まり、高い認知機能改善効果が期待できる。
【0136】
[3-2]加齢に伴う慢性炎症とlilac-01EVの効果
老化とは身体の生理機能が衰退することであり、老化細胞が蓄積することによって進行する。加齢による身体の変化は個体ごとに一様ではなく、生活習慣や環境に強く影響を受ける。炎症反応増加の最大の原因は、活性酸素種(ROS)の蓄積と考えられており、最大のROS発信源はミトコンドリアである。
【0137】
ミトコンドリアには核DNA(nDNA)とは独立したミトコンドリアDNA(mtDNA)があり、ROSの発生源に近いためにnDNAに比べて変異が非常に早く、加齢によってmtDNA変異が蓄積する。一つの細胞に数百個以上存在するミトコンドリアは、融合と分裂を繰り返しており、mtDNAに蓄積した変異は周囲のmtDNAに広がっていく。細胞内に異なるmtDNAが存在する状態はヘテロプラスミーといわれ、ATP生産能力の低下とROS発生増加の原因となる。
【0138】
mtDNA変異の蓄積は、エネルギーを多く消費する臓器である脳、心臓、骨格筋、腎臓、および内分泌系に影響を与えるが、すべての組織の老化に影響している。特に、視覚機能の低下や難聴、運動障害、認知症、心血管疾患、動脈硬化症、筋力低下、腎機能障害、および糖尿病を含む内分泌障害や肺胞における炎症等に関与すると考えられている。
【0139】
老化細胞は加齢や病気の際に蓄積するが、老化細胞の死によって個体全体としては一定の回復が得られる。老化細胞は非炎症性のアポトーシスによって消去されるが、慢性炎症状態ではマクロファージのパイロトーシスによって継続的に炎症物質が放出され、老化が加速される。
【0140】
マクロファージの表現型を決定しているのはミトコンドリアであり、ミトコンドリアは不活発な自身の細胞を死に導くとともに、細胞や個体全体の老化と死をコントロールする司令塔でもある。老化細胞は炎症型マクロファージによる慢性的な炎症状態にあり、産生するサイトカインなどの炎症性メディエータが加速度的に蓄積する特徴がある。細胞分裂しない神経細胞や心筋細胞などにおいては、その影響は顕著なものとなる。
【0141】
虚血再灌流(I/R)傷害は、血液供給が制限された後に組織への血液供給(再灌流)が再開されることによって引き起こされ、細胞死や臓器機能不全につながる病理学的プロセスである。I/R傷害は、脳、心臓、腎臓など、多くの重要な器官で発生する可能性がある。I/Rはミトコンドリアの負荷を増大させ、活性酸素種ROSを大量発生し、その結果パイロトーシスが恒常的に発生することになり、組織の炎症と臓器の機能不全をもたらす可能性がある。特にATP需要の高い臓器で発生するリスクが高い。実際、パイロトーシス経路を遮断することでI/R傷害が軽減することが、神経細胞、腎臓、肝臓、肺胞、網膜など多数の臓器で確認されている。
【0142】
このように、ミトコンドリアの損傷がI/R傷害の重要な要因であることが確認されている。I/R傷害の結果、老化細胞が複数の臓器に蓄積する可能性があり、細胞老化が臓器の急性損傷を慢性損傷に変えることが報告されている。このような現象はストレス誘導細胞老化(SIPS)と呼ばれ、複数の臓器、特に腎臓、心臓、脳の機能不全において重要な役割を果たす。
【0143】
I/R傷害は、ミトコンドリアの活性酸素種の過剰な産生、ミトコンドリアのカルシウム過負荷、ミトコンドリアのエネルギー代謝の障害、マイトファジー、ミトコンドリアの分裂、およびミトコンドリアの融合と密接に関連していることが報告されている。ミトコンドリアのATP生産能力はクリステ膜の表面積に依存しており、ミトコンドリア内膜のひだ状に陥入するクリステ膜の湾曲部を形成し、ミトコンドリアの分裂/融合を起こすために、カルジオリピンCLが重要な役割を果たしている。
【0144】
lilac-01EVはミトコンドリアにCLを供給してミトコンドリアの活性を亢進するとともに、ガスダーミンポアを修復し、ミトコンドリア電位を強化することによって細胞のパイロトーシスを回避することができるため、認知機能や視覚・嗅覚・聴覚機能、運動機能等の維持のほか、排尿機能、呼吸機能、及び嚥下機能の維持や鼻詰まりの軽減等が図られる。
【0145】
また最近の研究では、パイロトーシスはマクロファージだけでなく、上皮細胞でも重要な役割を果たすことが明らかになってきた。皮膚老化の原因には体の老化と同じ内因性要因に加えて、紫外線暴露などによる外因性要因がある。紫外線暴露によって真皮において炎症が発生して、皮膚老化を促進する。加齢や光老化により表皮細胞の萎縮と真皮の線維芽細胞や細胞外マトリックス成分が減少し、皮膚のシミやシワ、肌老化、皮膚の菲薄化等が引き起こされる。
【0146】
またlilac-01EVは、肺胞マクロファージのパイロトーシスを抑制することにより、喘息等の炎症反応を抑制することが期待できる。実際、肺胞サーファクタント中のPG/CLは炎症を抑制する効果があることが報告されている。
【0147】
上皮細胞にはバリア機能を保ちながら、死滅に向かう細胞を押し出す独自の機構がある。パイロトーシスは上皮細胞でも確認されており、炎症反応を引き起こして細胞膜の完全性を喪失させる。細胞内容物の放出によって制御不能な炎症を引き起こし、バリア機能は不完全となって、細胞外の異物の侵入を許すことになる。皮膚上皮細胞においては角化が正常に行われないと、乾癬などの皮膚の異常を発生するほか、アトピー性皮膚炎や食物アレルギーなどの原因にもなる。
【0148】
lilac-01EVは、パイロトーシスを抑制し、皮膚線維芽細胞のミトコンドリア活性を上昇させて老化を改善する、若返り効果が確認されていることから、皮膚のシミやシワの低減、肌老化の改善や乾癬などの皮膚の異常、アトピー性皮膚炎、食物アレルギーの低減効果が期待できる。
【0149】
[3-3]肥満に伴う慢性炎症とlilac-01EVの効果
肥満は脂肪組織が過剰に蓄積した状態であり、全身のマクロファージの炎症とインスリン抵抗性に関与してる。マクロファージの分化はインスリン抵抗性の重要なターゲットと考えられている。
【0150】
内臓肥満は肝臓の脂肪性肝疾患に強く関与しており、パイロトーシスを起こすインフラマソームの発現があるクッパー細胞や肝星細胞、肝細胞で、直接パイロトーシスを誘発するか、間接的に肝細胞損傷を引き起こすことが知られている。
【0151】
インスリン抵抗性は、肥満などが原因で脂肪組織や骨格筋及び肝臓などの末梢において、インスリンに対する感受性が低下する現象で、2型糖尿病の主要な原因である。
【0152】
インスリンは骨格筋や脂肪細胞にあるインスリン受容体に結合することによって、グルコーストランスポーターGLUT4などが細胞膜上に輸送され、グルコースが細胞内に取り込まれる。脂肪細胞やマクロファージが産生する炎症性サイトカインTNF-αがGLUT4の細胞膜移行を抑制することが知られている。
【0153】
またミトコンドリア-小胞体接触領域(MAM)でのシグナル伝達の障害は肥満、糖尿病、神経変性疾患など、多くの疾患に幅広い影響を及ぼすことが報告されている。具体的にはMAMで生成されるホスファチジルイノシトール3キナーゼ(PI3K)などの酵素やGLUT小胞などの輸送に障害がおこると、インスリン抵抗性が生じることが報告されている。
MAMはリン脂質の代謝を調節する酵素の活性にも関連しており、PCやPEの構成比により細胞膜密度を調整している。またCL量は心疾患や筋障害、自己免疫疾患、糖尿病などと関連していることが報告されている。
【0154】
インスリン抵抗性は、非アルコール性脂肪肝疾患(NAFLD)、アルコール性肝疾患、肝不全、ウイルス性肝炎、敗血症関連の肝障害等に関与しており、マクロファージなどのパイロトーシスを抑制することによって、肝機能の改善だけでなく、内臓脂肪や中性脂肪の低減、むくみの改善、疲労感・倦怠感の緩和等が期待できる。
【0155】
また発明者らはインスリン製造器官である膵β細胞のパイロトーシスも確認しており、1型糖尿病と進行性の2型糖尿病の背景には膵β細胞のパイロトーシスがあると考えている。
【0156】
2型糖尿病患者はアルツハイマー型認知症を発症するリスクが高く、その逆も同様であることが報告されており、アルツハイマー病は中枢神経系の代謝障害と関連があることが示唆されている。実際、インスリン抵抗性の増大によって、ニューロン内のグルコース取込量が減少し、インスリンと過剰リン酸化タウが蓄積することが報告されている。
【0157】
ミクログリアのパイロトーシスによってTNF-αなどの炎症性サイトカインが産生され、線維化したアミロイドβなどの老廃物が除去されずに蓄積することが予想される。これに伴ってグルコーストランスポーターGLUT4などの細胞膜移行が停滞したり、MAMの機能不全等が重なって、インスリン抵抗性が生じ、脳機能の障害やアルツハイマー型認知症が発生するものと考えられている。
【0158】
lilac-01EVはミトコンドリア活性を高め、マクロファージのパイロトーシスを抑制するため、肥満による慢性的な炎症状態を改善することができ、血糖値の上昇の緩和、内臓脂肪や中性脂肪の低減、基礎代謝の向上、血管の健康維持などの効果が期待できるほか、2型糖尿病患者ではアルツハイマー型認知症の併発を防止することが期待できる。
【0159】
[3-4]心理的ストレスに伴う慢性炎症とlilac-01EVの効果
心理的ストレスはうつ病や不安障害の主要な危険因子だが、円形脱毛症や全身脱毛症、乾癬、アトピー性皮膚炎、白斑、にきびなどの皮膚障害や、睡眠障害などのさまざまなストレス関連の障害にも関連している。
【0160】
脳の炎症は主にミクログリアによって媒介され、環境ストレッサーを最初に認識すると活性状態に入る。その後ストレッサーにさらされると持続的な炎症反応を誘発する傾向がある。このようなプライミング効果はNLRP3インフラマソームで確認されており、活性化閾値の低下によって、IL-1βやTNF-αなどの炎症性サイトカインの産生が増幅されることが報告されている。
【0161】
lilac-01EVはミクログリアのパイロトーシスを阻害し、脳の慢性炎症を回避することが可能であり、心理的ストレスに起因するうつ病や不安障害、円形脱毛症や全身脱毛症、白髪、乾癬、アトピー性皮膚炎、白斑、にきび、など、さまざまなストレス関連疾患を改善することや、睡眠の質の向上、メンタルヘルスの維持、ストレスによる体調不良の緩和、手足の震えや痒み等を改善することができる。
【0162】
[3-5]自己免疫の発症機序とlilac-01EVの効果
自己免疫疾患は、生じた自己抗体に対する獲得免疫による疾患であり、代表的なものとしてはシトルリン化タンパク質に対する自己免疫疾患がある。シトルリン化とは、タンパク質を構成するアミノ酸のうち、アルギニンが酵素ペプチジルアルギニンデイミナーゼ(PAD)によってシトルリンへ変換される反応である。アルギニンはタンパク質を構成するアミノ酸の中で最も塩基性が強く、シトルリン化反応はタンパク質の正電荷を減少させるため高次構造に著しい変化をもたらし、しばしば変異タンパク質の生成や自己免疫疾患の抗原を形成する。
【0163】
PAD酵素は5つのタイプが知られているが、そのうちのPAD4は他のPAD酵素とは異なり、核内のヒストンを基質としてアルギニル残基をシトルリン化する。そのためヒストンの正電荷が減少し、ヒストン-DNA間の静電的結合が弱くなる。
【0164】
そのためヒストンのシトルリン化は、クロマチンの脱凝縮とNETの形成につながる。NETとは好中球が細菌等の外来微生物に対抗するために周囲に放散する、DNAなどのクロマチンである(詳細は後述する)。
【0165】
多くの自己免疫疾患は、PADとシトルリン化の増加に関連しおり、腫瘍の発生にも重要な役割を果たしている。乾癬、関節リウマチ(RA)および多発性硬化症(MS)の病因に関与しているほか、緑内障や多くの膠原病で同様の機構が働いていることが指摘されている。
【0166】
シトルリン化タンパク質に対する抗体は、RAに対する最も特異的な抗体であり、RAを早期に検出できる有用な診断ツールとして用いられている。
【0167】
PADは中枢神経系にも多く発現し、特にアストロサイトやオリゴデンドロサイトなどのグリア細胞に存在しており、アルツハイマー病患者の脳ではシトルリン化タンパク質が多く出現していることが報告されている。アルツハイマー病以外にもプリオン病、パーキンソン病、多発性硬化症でもシトルリン化タンパク質の蓄積やPAD活性の亢進が報告されているほか、PADはほぼ全身に分布し、腎障害などでもシトルリン化タンパク質やそれに対する自己抗体の生成が確認されている。
【0168】
変性したタンパク質は寿命を迎えた細胞がマクロファージに貪食されることで消去される。また変性タンパク質の蓄積は細胞へのストレス(小胞体ストレス)となり、ミトコンドリアによってアポトーシスに誘導することができ、シトルリン化したタンパク質はアルギニンに変換されて再利用することができる。
【0169】
自己免疫の他の例として、I型インターフェロン(IFN-I)経路の自己免疫疾患がある。これはIFN-I依存性の特定の遺伝子パターンを持つ人に全身性エリテマトーデス(SLE)の有病者が多いことから判明し、現在ではシェーグレン症候群、皮膚筋炎、乾癬、および関節リウマチ患者で同様の発現パターンを示すことが明らかになっている。SLEに関しては8割の患者が女性であり、女性ホルモンの17β‐エストラジオールとの関連も指摘されている。
【0170】
またIFN-Iで処理したヒト唾液腺上皮細胞株では、カスパーゼとガスダーミンDの発現が増加して、インフラマソーム活性時にパイロトーシスが加速されたことから、IFN-Iはシェーグレン症候群(SS)を含む自己免疫疾患において病原性の中心であることが示された。
【0171】
SSは、唾液と涙の産生低下を特徴とする慢性炎症性自己免疫疾患で、唾液腺などに浸潤するマクロファージのパイロトーシスが原因であることが報告された。SSの主な症状は口腔乾燥症 (ドライマウス)および角結膜炎(ドライアイ)であり、嚥下、咀嚼または会話の困難、眼内の異物、唇、鼻および喉の乾燥または灼熱感がある。また胃腸管、膣、肺、皮膚の乾燥や、慢性疲労、線維筋痛症、筋肉痛、関節痛、腎炎、末梢神経障害などの他の腺外症状との関連が指摘されている。
【0172】
lilac-01EVは細胞膜のガスダーミンポアの形成を阻害し、パイロトーシスの発生を抑制することができるため炎症反応を鎮静化することができる。さらにシトルリン化した細胞をアポトーシスに導くことによって自己免疫疾患の完治が期待できる。
【0173】
[3-6]自己炎症の発症機序とlilac-01EVの効果
自己炎症性疾患はこれまで自己免疫疾患の一部として扱われてきたが、遺伝子異常による炎症性疾患やそれと病態が類似する自然免疫が関わる病態を含めて新たに提唱された概念である。
【0174】
自己炎症性疾患の多くがNOD様受容体(NLR)に属するパターン認識受容体PPR経路による自然免疫応答を示すが、多くの場合、他のPRR(トール様受容体TLRなど)と共存して、自然免疫応答とともに獲得免疫応答が関与することが多い。NLRは細菌の細胞壁に存在する分子を認識する大きなPRRファミリーである。
【0175】
自己炎症性疾患はタンパク質をコードする遺伝子の変異によって引き起こされる疾患で、カスパーゼの活性化、ガスダーミンポアの形成、パイロトーシスおよびIL-1等の炎症性サイトカインの放出に続く組織の損傷が共通するメカニズムである。
【0176】
筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、抗酸化酵素の遺伝子であるSOD1などの突然変異が原因であり、異常タンパク質としてTDP-43が検出されている。SOD1タンパク質が細胞外に放出されてミクログリアを活性化し、パイロトーシスによりTNF-αなどの炎症性サイトカインを産生することが報告されている。
【0177】
クローン病は自然免疫因子であるNOD様受容体(NLR)の一種であるNOD2の変異が30個以上確認されており、腸内細菌に対する免疫異常が原因と考えられている。
【0178】
痛風又は偽痛風は、NLRのサブファミリーであるNLRP3インフラマソームが尿酸‐ナトリウム(MSU)結晶等に応答して一連の炎症反応を開始することが原因であり、同様の粒子状物質に対する特異的炎症反応は、ミョウバン、コレステロール、アミロイドβ、アスベスト、ヒドロキシアパタイトでも報告がある。
【0179】
NLRP3インフラマソームとカスパーゼ1を介したマクロファージのパイロトーシスは、クローン病(CD)、慢性腎疾患(CKD)、2型糖尿病、多発性硬化症(MS)、アテローム性動脈硬化症、アルツハイマー病(AD)、クリオピリン関連周期性症候群(CAPS)などで確認されている。
【0180】
またマクロファージが過剰炎症(パイロトーシス)を起こす現象は、マクロファージ活性化症候群(MAS)として知られており、自己炎症性疾患における重要なリスクとなり、大規模な免疫反応はサイトカインストーム(CS)を発生することがある。
【0181】
CSは制御不能な炎症反応で、病原体誘発性のほか、自己炎症性または単一遺伝性、治療介入誘発性に分類できる。CSに至るシグナル伝達経路は、パイロトーシスと同様にPAMPまたはDAMPのパターン認識であり、炎症性サイトカイン等により組織や臓器の損傷、および死亡につながる可能性がある。一般的な免疫抑制策としてグルココルチコイド等が用いられるが、CSを制御することは現在の医療では不可能である。
【0182】
CSでは炎症性サイトカインを放出する元になる自然免疫細胞、すなわちマクロファージ、樹状細胞、NK細胞のパイロトーシスを抑制することが有効と考えられている。
【0183】
lilac-01EVは細胞膜のガスダーミンポアの生成を阻害して、マクロファージ及びそれに連鎖する細胞のパイロトーシスを抑制することによって、炎症状態を解消することができる。サイトカインをターゲットした生物学製剤では免疫経路ごとに阻害剤を開発する必要があるが、lilac-01EVは1剤でパイロトーシスと全ての炎症性サイトカインの抑制が可能であり、自己炎症性疾患(クローン病や痛風/偽痛風、2型糖尿病、MS、アテローム性動脈硬化症、AD、CAPS、ALS、CKD、CS)の軽減を実現できる。
【0184】
[3-7]マクロファージ以外の細胞の死とlilac-01EVの効果
パイロトーシスはマクロファージに限定されるものではなく、顆粒球(好中球、好酸球、好塩基球、肥満細胞)のほか、膵β細胞、上皮細胞や杯細胞、神経細胞などでも報告されている。
【0185】
マクロファージの本来の機能は非炎症性の貪食作用で、パイロトーシスは進化的に遅れて獲得されたものと推定されている。そのためマクロファージの炎症作用は比較的温和なものである。これに対して好中球はネトーシスという強力な戦術を用いることができる。
【0186】
好中球は骨髄前駆細胞に由来し、寿命が10時間程度の短命な細胞である。好中球が周囲に好中球細胞外トラップ(NET)を放出する現象はネトーシス(NETosis)と呼ばれ、主に細菌などの侵入者をトラップして殺戮する。NETは主にDNAとヒストンで構成されており、多くの殺菌タンパク質や顆粒が含まれる。
【0187】
ネトーシスは、ミトコンドリアへのストレスに加えて、PAD4によるシトルリン化によって好中球のクロマチン構造が弛緩して、ガスダーミンDによる膜穿孔とCa2+の流入によって亢進することが報告されている。
【0188】
NETはアテローム性動脈硬化などの慢性炎症性疾患、関節リウマチ、全身性エリテマトーデス、喘息などの自己免疫疾患に関与している。また、細菌性敗血症において有害な役割を果たし、嚢胞性線維症患者の喀痰において非常に顕著である。
【0189】
好中球のネトーシスは外来微生物の殺戮には不十分であったようで、好酸球ではさらに強力な細胞外トラップを放出して炎症反応を起こすことができる。
【0190】
好酸球は主に寄生虫に対する防御を担う、好中球よりもさらに短命な自然免疫系の細胞である。好酸球は多くの慢性炎症性疾患、特に気管支喘息やアトピー性皮膚炎などのアレルギー反応において重要である。
【0191】
好中球と好酸球は死ぬために生まれてきた細胞であり、非常に短命である。炎症時には関係する細胞が相互に刺激しあうために過剰に反応しやすく、顆粒球(好中球、好酸球、好塩基球)の主戦場である外来細菌や寄生虫への攻撃の必要性の少ない現代生活において過剰な装備になっている。これらの炎症はTh2細胞やNH細胞が関与する2型炎症と呼ばれている。
【0192】
喘息は主に好酸球が原因の好酸球性喘息(2型炎症)と主に好中球が原因の好中球性喘息、その他に分類される。好酸球はアレルギーや喘息の主役であり、大部分の炎症に認められる炎症誘発性細胞である。
【0193】
食物アレルギー(FA)は特定の食物抗原、通常はタンパク質に対するさまざまな有害な免疫反応である。IgEを介したFAは、十分な臨床研究によって科学データが蓄積されている。しかし近年はIgEとは別の、または混合性アレルギーが急速に増加している。
【0194】
好酸球性炎症症候群は、好酸球優位の炎症を伴う最近認識されたアレルギー性疾患で、2型炎症に分類される。好酸球性食道炎(EoE)はその中の一つである。
【0195】
EoEは1977年に最初の報告があり、1990年代になって欧米豪で急速に増加してきた食物アレルギーである。EoEは喘息、アレルギー性鼻炎、アトピー性疾患、IgE介在性食物アレルギーと強く関連しており、成人の主なアレルゲンは牛乳、小麦、卵、大豆である。アレルギー物質が体内に侵入すると、即時型反応と遅発型反応の2回のピークがあることが知られており、前者がIgEとマスト細胞による即時型反応で、後者がIgGと好酸球による遅発型反応である。
【0196】
IgE介在性食物アレルギーは体中の多くの組織や臓器に存在するマスト細胞の活性化に起因するのに対して、EoEは消化管や気道に限定された好酸球とマスト細胞がかかわっており、マウスの研究では皮膚も感作に関係している可能性が指摘されている。
【0197】
好酸球性炎症症候群には、EoEのほかに好酸球性胃腸炎、同副鼻腔炎のほか、アトピー性皮膚炎やアレルギー性鼻炎(花粉症)などがあり、いずれも好酸球がかかわる2型炎症である。アトピー性皮膚炎は痒みを伴う慢性皮膚炎症で、全身性の臓器炎症の発生と関連することが報告されている。
【0198】
このような2型炎症に分類されるアレルギー性疾患については、種々の生物学的製剤が開発されているが、効果が一部の免疫経路に限定され、副作用もあるなど課題を抱えている。好中球のネトーシスや好酸球のエトーシスといわれる自爆的な細胞死もガスダーミンD依存性であり、パイロトーシスと同様の機構が働いており、マクロファージのパイロトーシスに誘発されて発生することが報告されている。
【0199】
マクロファージ以外の細胞も同様にパイロトーシスが原因であるため、lilac-01EVの摂取によって細胞膜のガスダーミンポアを修復してパイロトーシスを抑制する効果が期待できる。またパイロトーシスがおこる部位は消化管や気道に限定されるわけではなく、皮膚の上皮細胞や肺胞上皮、鼻腔上皮、角膜上皮など外界と接するあらゆる細胞で起こり得る。lilac-01EVの経口摂取だけでなく、皮膚への塗布や鼻腔内への噴霧、点眼などによって上皮細胞や免疫細胞のパイロトーシスを事前に安定化することは炎症の予防に有効と考えられる。
【0200】
[3-8]消化管における炎症抑制の効果
炎症性腸疾患(IBD)では消化管の炎症によって、活性化マクロファージから産生されるTNF-αが極めて重要な役割を果たしている。過敏性腸症候群(IBS)においても軽微な粘膜炎症によるTNF-αの発現が高いことが報告されている。
【0201】
腸管粘膜におけるサイトカインは免疫担当細胞だけでなく、上皮細胞や間質細胞などの間で相互に作用しており、粘膜の微小環境における外来微生物への防御と再生に関わっている。
【0202】
腸内壁をおおうすべての腸管上皮細胞は陰窩に存在する腸管上皮幹細胞から分裂して分化し、絨毛のほうへ移動して3~4日で絨毛の頂上においてアポトーシスを起こし管腔へと脱落する。腸管上皮細胞には粘液を産生する杯細胞と抗菌ペプチドを産生するパネート細胞などがあり、これらのパイロトーシスが微小環境の恒常性に影響する。
【0203】
腸上皮の杯細胞は粘液層を形成し、粘液タンパク質は腸内微生物のコロニー形成と浸潤を制限して、腸の恒常性を維持する上で極めて重要な役割を果たす。粘液層が消失して細菌が上皮に直接接触すると、慢性炎症を特徴とする潰瘍性大腸炎(UC)や異形成(ポリープ、憩室)が発生する。
【0204】
小腸の陰窩に存在するパネート細胞は抗菌ペプチドの産生および分泌に特化した細胞であり、腸内細菌の侵入に対する防御に不可欠な細胞である。
小腸におけるこれらの細胞のパイロトーシスは小腸における本来の機能を損ない、UCの原因になるという報告がある。
【0205】
大腸においても同様に、TLRおよびNLRが関与して、腸上皮細胞のパイロトーシスによる腸粘膜の損失によって、UCおよびIBSを生じることが報告されている。
【0206】
lilac01EVはパイロトーシスを抑制して、炎症を抑制することから、腸粘膜を回復し、UCやIBS、異形成を回復する効果が期待できる。
【0207】
糖質の消化において、小腸内では消化酵素によって二糖類までの消化が行われた後、微絨毛に運ばれ最終段階の消化である膜消化が行われる。小腸粘膜の微絨毛が形成する微小空間には微生物は侵入することはできない。小腸上皮細胞の管腔に面した側の刷子縁膜に局在している膜消化酵素と二糖が接触すると単糖まで消化される。刷子縁膜にはNa共役型グルコーストランスポーター(SGLT)があり、単糖は細胞内へ能動輸送される。
【0208】
しかし、パイロトーシスによる炎症性サイトカインTNFが作用すると、SGLTの作用を阻害することが報告されている。その結果、膜消化で生じた単糖は管腔側へ逆拡散し、小腸内の腸内細菌による急激な発酵を受けることになり、有機酸とH2、CO2の発生がおこる。この現象は、感作状態にある食物が消化管を通過することによって炎症反応が惹起され、IBSにおける下痢と膨満感や、慢性偽性腸閉塞症の原因となる。
【0209】
lilac-01EVは炎症を抑えることによってTNFなどの炎症性サイトカインの産生を抑制することができ、その結果、グルコーストランスポーターの機能不全による吸収不良を正常化して、急激な腸内発酵を防ぐことができる。その結果、小腸における異常発酵により生じる、食後のもたれ、胸やけ、むかつき、悪心を軽減し、膨満感を解消することができる。また、杯細胞等を含む腸管上皮細胞のパイロトーシスを抑制して、粘液層を含む腸管上皮細胞を回復することができる。
【0210】
[3-9]老化による筋力低下と関連する疾患への効果
加齢に伴う筋力低下は、骨格筋の老化の結果と考えられてきた。しかし骨格筋は絶えずリモデリングを繰り返し、さらに運動ニューロンも喪失と再生を繰り返しており、運動脳領域の活動量の低下が、運動ニューロンの酸化ストレスを増加させ、筋線維のエネルギー代謝を損なう原因になっていることが報告されている。したがって筋力は正しい方法によって回復が可能であることが示されている。
【0211】
運動ニューロンが失われると、既存の筋線維は機能を戻すために神経が再生されるが、一部の神経線維は老化により再生されずに筋力の低下を招くことになる。この際の神経筋接合部(NMJ)の変性がサルコペディアの主要な要因と考えられている。加齢によりこのNMJリモデリングに差異を生じ、特に高速運動ユニットの喪失が先行するという報告がある。この領域のミトコンドリアは減少しており、クリステの破壊、膨張、巨大ミトコンドリアの形成など、軸索終末におけるミトコンドリアの形態の劇的な変化について報告がある。
ミトコンドリアの数と機能の低下や頻繁に起こる形態変化の不活発化は、骨格筋を含む多くの組織で観察されている。
【0212】
骨格筋の再生において、マクロファージの死細胞の飲み込みは、損傷後の組織再生において重要なステップである。多くの研究は、広く使用されている毒性損傷後の筋肉再生モデルを使用している。これによると最初に炎症誘発性マクロファージ(M1型)が炎症を亢進し、損傷後2日後から3日後にかけて炎症が解消し、組織の修復、血管新生、およびマトリックスのリモデリングをし、筋形成を刺激する。また線維芽細胞の分化とコラーゲンの産生を促進するなど、骨格筋を再生するシーケンスが実施される。ここでは前段の炎症そのものが必要であるかは不明であり、炎症の解消が必須であることが示されている。
【0213】
lilac-01EVは、マクロファージのパイロトーシスを抑制することによって、表現型を抗炎症型(M2型)にすることができる。骨格筋の再生において、炎症・修復過程を経ずに筋形成に入ることができると考えられ、骨格筋の増強に寄与することが期待できる。また実施例にあるように、lilac-01EV服用により、筋肉痛を経験しなくなるというモニターが複数存在することから、筋肉痛は炎症・修復過程に伴って発生することが予想され、必ずしも再生過程に必要ではないと考えられる。
【0214】
[実施例]
実施例1.初代ミクログリアを用いた細胞保護効果評価手法の確立
Bacillus coagulans lilac-01株由来 EV(lilac-01EV)のパイロトーシス抑制効果を、ラット初代ミクログリアを用いて評価した。
【0215】
試験例1-1.ミクログリア細胞保護効果の測定1
初代ミクログリア細胞に、細菌由来のEVを添加し、生存細胞数を測定した。
【0216】
(1)初代ミクログリア細胞の準備
初代ミクログリア培養キット(SDラット、コスモ・バイオ株式会社製)を使用して、ラット初代ミクログリア細胞浮遊液を調製後、ウェルに100μL/wellで添加し、37℃5%CO2インキュベータで2日間培養した。
【0217】
(2)細菌由来EVの調製
次の細菌由来のEVを10、50、250倍に希釈した。コントロール(PBS添加)、大腸菌由来EV(Escherichia coli)(ECEV、コスモ・バイオ社製)、乳酸菌由来EV(Lactobacillus paracasei)(LBEV、コスモ・バイオ社製)、有胞子性乳酸菌由来EV(Bacillus coagulans lilac-01)(lilac-01EV、コスモ・バイオ社製)、乳酸菌由来EV(Leuconostoc mesenteroides)(LeuEV、コスモ・バイオ社製)
【0218】
(3)生細胞数の測定
ミクログリアが培養された 96well Plateから培養液を除去し、上記EV液を添加し、37℃5%CO2インキュベータで2日間培養した。その後、細胞増殖/細胞毒性アッセイキットCell Counting kit-8(CCK-8、株式会社同仁化学研究所製)で、生細胞数を代謝活性値から求め、さらに10%ホルマリン固定後ギムザ染色し、オールインワン蛍光顕微鏡(BZX-710、キーエンス社製)で測定した。
【0219】
(4)結果
ミクログリアの生存細胞数の比較を
図1に示した。細菌由来EVはそれぞれ右ほど濃い液(左から希釈倍率250倍、50倍、10倍)になっている。
図1に示されるように、大腸菌EV(ECEV)、乳酸菌EV(LeuEV)添加で濃い濃度ほどミクログリアの生存細胞数が減少していたが、lilac-01EV添加によって生存細胞数が保持されていることが示された。
【0220】
試験例1-2.ミクログリア細胞保護効果の測定2
初代ミクログリア細胞に、細菌由来のEVを添加し、アミロイドβの取り込み量と生存細胞数を測定した。
【0221】
(1)初代ミクログリア細胞の準備
初代ミクログリア培養キットを使用して、ラット初代ミクログリア細胞浮遊液を調製後、ウェルに50μL/wellで添加し、37℃5%CO2インキュベータで4日間培養した。
【0222】
(2)細菌由来EVの調製
細菌由来のEV(コントロール(PBS添加)、ECEV、LBEV、lilac-01EV)を培養液で希釈した。
【0223】
(3)アミロイドβの添加
アミロイドβ(TAMRA-Aβ(1-42)、コスモ・バイオ社製)を終濃度100μMになるように培養液で調製して、培養上清を除去後、100μL/wellで添加し、上記EV液も添加し、37℃5%CO2インキュベータで24時間培養した。
【0224】
(4)核の染色
アミロイドβを含む培養液を除去し、核染色液(Hoechst33342 Cellstain-Hoechst33342solution、同仁化学研究所製)を添加し、1時間インキュベーションして染色後、蛍光顕微鏡にて画像測定した。
【0225】
(5)細胞数計測
蛍光顕微鏡の画像解析ソフト(ハイブリットセルカウント解析)を用いて、各画像中のアミロイドβを取り込んだ細胞の数と染色された核の数を計測した。
【0226】
(6)結果
【0227】
(i)EVを添加後のミクログリアを蛍光顕微鏡で観察した写真を示した(
図2)。ミクログリアはコントロール(PBS添加)でも徐々に減少した(
図2A)。大腸菌EV(ECEV)を添加したミクログリアはパイロトーシスを起こし破裂して徐々に死滅していき、最終的にはほぼすべての細胞が死滅した(
図2B)。一方、コントロール(
図2A)と乳酸菌EV(LBEV、
図2C)、lilac-01EV(
図2D)を添加したミクログリアではパイロトーシスを起こし破裂した細胞はなかった。lilac-01EVを添加したミクログリアの生存数(
図2D)は、大腸菌EV(ECEV)を添加したミクログリア(
図2B)よりも生存数が多く、さらにコントロール(
図2A)と乳酸菌EV(LBEV、
図2C)よりも生存数が多かった。lilac-01EVにはミクログリア細胞保護効果があることが示された。
(ii)ミクログリア生存細胞数とアミロイドβを取り込んだ細胞数の比較を
図3で示した。画像解析ソフトを用いて、ミクログリアの生存細胞数(
図3A)とミクログリア内に取り込まれたアミロイドβ数(
図3B)を計測した結果、大腸菌EV(ECEV)添加で生存細胞数(
図3A)とアミロイドβ数(
図3B)は減少しているのに反し、lilac-01EV添加では顕著に生存細胞数(
図3A)と取り込まれたアミロイドβ数(
図3B)が増加していた。また他の乳酸菌(LBEV)よりもlilac-01EV添加のほうが、生存細胞数(
図3A)も取り込まれたアミロイドβ数(
図3B)も多かった。
【0228】
この結果からlilac-01EV添加は、他の細菌由来のEVと比較して、「アミロイドβの取り込み活性を保持したミクログリア」の保護効果があることが示された。
【0229】
試験例1-3
lilac-01EVの前処理よる大腸菌EV(ECEV)のミクログリア死滅作用を防止する効果を調査した。
【0230】
(1)初代ミクログリア細胞の準備
初代ミクログリア培養キットを使用して、ラット初代ミクログリア細胞浮遊液を調製後、ウェルに50μL/wellで添加し37℃5%CO2インキュベータで2日間培養した。
【0231】
(2)細菌由来EVの調製
細菌由来のEV(コントロール(PBS添加)、ECEV、lilac-01EV)を培養液で希釈した。
【0232】
(3)培養方法
ミクログリアが培養された96well Plateから培養液を除去し、lilac-01EV液を添加し、37℃5%CO2インキュベータで1日間培養する前処理を行い、その後、大腸菌EV(ECEV)を添加し、同様に1日間培養した。
【0233】
前処理を行わずに、PBS、大腸菌EV(ECEV)、lilac-01EVを添加後に培養した細胞と比較した。すべての細胞は、10%ホルマリン固定後ギムザ染色し、蛍光顕微鏡で観察した。
【0234】
(4)結果
蛍光顕微鏡でミクログリアを観察した写真を示した(
図4)。大腸菌EV(ECEV)を添加したミクログリアはパイロトーシスを起こし破裂して死滅していた(
図4B)。lilac-01EVを添加したミクログリアのウェル(
図4C)では、大腸菌EV(ECEV)を添加したウェル(
図4B)よりも生存しているミクログリア数が多く、コントロール(PBS添加、
図4A)よりも細胞数が多かった。
【0235】
またlilac-01EVで前処理後に大腸菌EVを添加したミクログリアのウェル(
図4D)では、大腸菌EV(
図4B)と異なりミクログリア数は減少しておらず、lilac-01EVのみの培養(
図4C)と同様にミクログリア数が増加していた。
【0236】
以上から、lilac-01EVを添加する前処理は、大腸菌EVのミクログリアを死滅させる作用(パイロトーシス)を防ぐ効果があることが示された。
【0237】
試験例1-4
各種EVを添加し培養した培養上清に、パイロトーシスの原因物質であるガスダーミンDのN末端(約10kDa)が含まれているかどうかを調査した。
【0238】
(1)方法
試験例1-3のそれぞれの培養上清にメルカプトエタノールを添加し、ウエスタンブロッティングを行った。抗ガスダーミンD抗体(Affinitiy Biosciences社)を使用した。
【0239】
(2)結果
EV添加後の培養上清中の「ガスダーミンD」と「ガスダーミンDのN末端」のゲルの写真を示した(
図5)。
図5A(約25kDa)は細胞に穴を開けてパイロトーシスを起こさないガスダーミンDのバンドで、
図5B(約10kDa)はパイロトーシスを起こす「ガスダーミンDのN末端」のバンドである。コントロール(PBS添加)、lilac-01EV添加した上清では、パイロトーシスを起こす原因物質である「ガスダーミンDのN末端」のバンドは検出されず、大腸菌EVを添加した上清のみに「ガスダーミンDのN末端」のバンドが検出された。このことから、大腸菌EVを添加したミクログリアの破裂がパイロトーシスであることが確認され、大腸菌EVはパイロトーシスを起こすが、lilac-01EVはパイロトーシスを起こさないことが示された。
【0240】
実施例2
ラット初代ミクログリアを用いたlilac-01EVによるパイロトーシス抑制効果とゼータ電位の相関を評価した。
【0241】
試験例2-1
各種lilac-01EVを作製し、ナノ粒子数と平均粒径を測定し、電子顕微鏡で撮影した。
【0242】
(1)各種lilac-01EVの精製と測定
lilac-01株を培地に接種し、24時間培養後、遠心し上清をフィルターろ過した。ろ液を遠心式フィルターユニット(アミコンウルトラ-0.5、100K)で限外ろ過し、PBSで3回洗浄・濃縮した液をEV液とし、ナノ粒子の粒子径と数を測定した(ナノサイト、マルバーン、LM10V-HS)。同様に、培地のみと、培養液にアルギニンを添加した液からもEVを精製した。電子顕微鏡の撮影は透過電子顕微鏡(日立株式会社製、H7600)で行った。lilac-01EVを生成しているlilac-01株の撮影は走査型電子顕微鏡(日本電子株式会社製、JSM7400F)で行った。
【0243】
(2)結果
ナノサイトで測定した粒度分布の一例(
図6(1))とlilac-01EVの電子顕微鏡写真(
図6(2):20万倍)とlilac-01EVを生成しているlilac-01株の電子顕微鏡写真(
図6(3):2万倍)を示した。ナノサイトで測定したlilac-01EVの平均粒子径は120~129nmで、数は2.5~2.9×10
11particles/mLだった(
図6(1))。電子顕微鏡で測定したlilac-01EVの粒子径は20~100nmだった(
図6(2))。電子顕微鏡の試料作製時の処理でlilac-01EVは縮小したと考えられる。
図6(3)では、電子顕微鏡写真の左端には分裂途中でありEVを生成していない菌体(A)、中央には細胞壁の亀裂に沿ってEVが並んでいる菌体(B)、右側には細胞壁表面に多量のEVを生成した菌体(C)が写っていた。このことからlilac-01株は、論文で報告されている他の菌種よりおよそ10倍以上のEVを生成する能力があることが証明された。
【0244】
試験例2-2
試験例2-1で精製した各種lilac-01EVの効果を初代ミクログリアの生存細胞数を用いて評価した。
【0245】
(1)初代ミクログリア細胞の準備
初代ミクログリア培養キットを使用して、ラット初代ミクログリア細胞浮遊液を調製後、ウェルに100μL/wellで添加し、37℃5%CO2インキュベータで2日間培養した。
【0246】
(2)使用したコントロール、ポジティブコントロール、ネガティブコントロール
コントロールとしてPBS添加、ネガティブコントロールとして大腸菌EV(ECEV、コスモ・バイオ社製)添加、ポジティブコントロールとしてlilac-01EV(試薬、コスモ・バイオ社製)を使用した。
【0247】
(3)生存細胞数の測定
ミクログリアが培養された 96well Plate から培養液を除去し、上記EV液を添加し、37℃5%CO2インキュベータで2日間培養した。その後、細胞増殖/細胞毒性アッセイキットCCK-8で測定した。
【0248】
(4)結果
培養液とアルギニン添加によるlilac-01EVの効果の違いを示した(
図7)。ネガティブコントロールの大腸菌EV(ECEV)はコントロール(PBS添加)よりもミクログリアの生存細胞数が減少し、ポジティブコントロールのlilac-01EV(コスモ・バイオ社製)は生存細胞数が増加した(
図7点線)。
【0249】
「培地のみのEV」は「コントロール(PBS添加)」と同程度の生存細胞数だった。「培地のみのEV」より「培養液から精製したlilac-01EV」の方がミクログリアの生存細胞数が多かったので、lilac-01EVがミクログリアの生存細胞数を増加させることが確認できた(
図7破線)。
【0250】
また、「lilac-01EV(コスモ・バイオ社製)」よりも試験例2-1で作製した「培養液から精製したlilac-01EV」を添加したほうが、生存細胞数が多かった(
図7実線)。「培養液にアルギニンを添加後に精製したlilac-01EV」は、「アルギニンを添加せずに精製したlilac-01EV」より、生存細胞数が多かったこと(
図7実線)から、アルギニン添加の効果も示された。
【0251】
試験例2-3
各種EVのゼータ電位を測定し、ミクログリア生存細胞数との関係を調査した。
【0252】
(1)方法
試験2-1と実施例1で使用した各種EV液のナノ粒子数を同じ濃度に調整後にゼータ電位を測定した(ゼータサイザーナノZ、マルバーン・パナリティカル社製)。ミクログリア生存細胞数は、実施例1の代謝活性値(CCK-8、450nm)を使用した。
【0253】
(2)結果各種EV
*を添加したときのミクログリア生存細胞数とゼータ電位の関係を調べたところ、ミクログリア生存細胞数とゼータ電位の間には相関があり、ゼータ電位が低いほうがミクログリア生存細胞数が多かった(
図8、R
2=0.95)。「培養液にアルギニンを入れたlilac-01EV」のほうが、「アルギニンが入っていないlilac-01EV」よりもゼータ電位が低いことから、アルギニンの効果が示された。
*:コスモ・バイオ株式会社の大腸菌EV(ECEV)、乳酸菌EV(LeuEV)、乳酸菌EV(LBEV)、lilac-01EV、試験例2-1で精製した「lilac-01培養液EV」、「lilac-01培養液EV+アルギニン」)
【0254】
実施例3
乾燥後のlilac-01EV効果を評価した。
【0255】
試験例3-1
(1)方法
「lilac-01培養液を乾燥基材と混合後に精製したlilac-01EV」と「lilac-01培養液を乾燥基材と混合後に乾燥させてから精製したlilac-01EV」を作製し、試験例2-2と同様に初代ミクログリアの生存細胞数を調べた。
【0256】
(2)結果
各種lilac-01EVと生存細胞数のグラフを示した(
図9)。ネガティブコントロールの大腸菌EV(ECEV)はコントロール(PBS添加)よりもミクログリアの生存細胞数が減少し、ポジティブコントロールのlilac-01EV(コスモ・バイオ社製)は生存細胞数が増加した(
図9:点線)。
【0257】
「乾燥基材のEV」は「コントロール(PBS添加)」と同程度の生存細胞数だった。「乾燥基材のEV」より「lilac-01培養液と乾燥基材を混合してから精製したEV」の方がミクログリアの生存細胞数が多かったので、lilac-01EVがミクログリアの生存細胞数を増加させることが確認できた(
図9:実線)。
【0258】
また、「lilac-01培養液と乾燥基材を混合してから精製したEV」と「lilac-01培養液と乾燥基材を混合後に乾燥してから精製したEV」の生存細胞数が同程度だったことから、乾燥後もlilac-01EVの効果が保たれることが示された(
図9:実線)。
【0259】
試験例3-2
(1)方法
培養液とその培養液の乾燥物から限外濾過法で精製したlilac-01EVから、Folch法で脂質を抽出し、HPLC-ELSDでリン脂質を分析した(Softa300S(TELEDTNE ISCO))。
【0260】
(2)結果
ナノサイトで測定したEVの数はそれぞれ1.2×1012particles/mLと2.8×1012particles/mLだった。培養液から精製したlilac-01EVのリン脂質(PG+CL)の割合は全グリセロリン脂質の87%で、乾燥物から精製したlilac-01EVのリン脂質(PG+CL)の割合は全グリセロリン脂質の92%だったので、EV数とリン脂質(PG+CL)は乾燥の影響を受けないことが示された。
【0261】
試験例3-3
(1)方法
健常な男女(30-70代)のボランティア30名にlilac-01EVの乾燥物(1日当たり約0.5g、3×1011particles/日)、猫(5匹)に同乾燥物(1日当たり約0.5g、3×1010particles/日)を飲んでもらって、1か月から3か月後に感想を教えてもらった。
【0262】
(2)ボランティアの感想
(i)抗老化:シミの色が薄くなって面積が減った。シミが1つ減った。化粧のノリがいい。膝の角質化しているところが、ぽろぽろとれた。肌がつるつるする。肌ツヤがよくなった。肌色がワントーン明るくなった。足の痛みが減った。踵が例年よりかさかさしない。頭と体がすっきりして調子がいい。
(ii)抗アレルギー:鼻水が出なくなった。くしゃみが減った。鼻の中にできものができなくなった。突発的な水状の鼻水とクシャミが出なくなってきた。慢性的な鼻炎が改善して鼻炎の薬を飲まずに済んでいる。喘息の発作が改善した。アレルギーによる咳症状が改善した。
(iii)消化管改善:おなかの調子が整って下痢しなくなった。便の形が整った。便器に便が付かなくなった。ものを食べてもおなかがごろごろしなくなった。小麦や乳製品を食べてもおなかの違和感と鈍痛が減った。夏バテの下痢にならなかった。何十年の下痢が治って、いい形のうんちになった。IBSによる出血が改善した。便秘が治って毎日ウンチが出るようになった。朝のお便りもスムーズで体調良い。
(iv)恒常性維持:体がポカポカする。鼻が通るようになった。鼻血が出なくなった。目の下のクマが消えてきた。手足の冷えが改善された。尿がたくさん出るようになって浮腫みが減った。疲れからの血尿が止まった。交通事故の後遺症の手の痺れ・だるさが薄れている。寝返りできないほど痛かった腰が痛くなくなった。ストレスからくる高血圧の後頭部の頭痛さが減った。お酒を飲みすぎても二日酔いしなくなった。転んでできた青タンの消え方が早かった。眼底出血の跡と溜まっていた水が急に減っていて医者に驚かれた。疲れにくくなった気がする。体重が減っていないのにHbH1cが0.2も下がった。眼のピントがハッキリ焦点が合う気がした。スッキリ感がある。反射神経が上がった。lilac-01EVを摂取し始めてからコレステロール、甲状腺の値が上がらなくなった。貧血傾向が改善した。生理不順が改善した。足の臭いが少なくなった。なかなか治らない口内炎が最近は治癒に進んでいる。腰の痛みが少ないのには本当に助かっている、治りも早いような気がする。強い運動をしても筋肉痛が出なくなった。寝られなくて悩んでいたけど、深く熟睡できるようになった。睡眠の質が上がった。夜中一度に目が覚めて起きても、その後寝れるようになった。
【0263】
(3)猫の様子及び飼育者による感想
(i)抗老化:数ヶ月間左目から出ていた茶色い涙が出なくなった。
(ii)消化管改善:何年も苦しんでいる慢性の下痢がとまった。授乳期の母猫に摂取させたら、子猫たちは下痢をしなくなった。ウンチがくさくなくなった。
(iii)恒常性維持:猫ヘモプラズマ感染症で食欲がない猫の歯肉口内炎が回復傾向。歯肉口内炎の赤みが改善した。歯肉口内炎があって歯肉種の摘出した場所の赤みがとれてきた。ひどい歯肉口内炎の猫が糸のようなヨダレを垂らさなくなった。食べる時さほど痛がらなくもなった(
図10、A:飲む前、B:飲んで1か月後、矢印:糸のようなよだれ)。腎不全の猫にきいている感じがする。高齢猫のクレアチニンの数値が下がった(約1か月間の摂取により、数値が3.0から2.6へ低下した)。
【0264】
実施例4
lilac-01EVが細胞のミトコンドリアを活性化する効果を評価した。
【0265】
試験例4-1
(1)方法
老化させたヒト繊維芽細胞(S-HDF)に、PBS(コントロール)とlilac-01EVを添加した培地に交換しながら37℃5%CO2インキュベータで培養し、22日後にミトコンドリア活性を測定し(MT-1ミトコンドリア膜電位検出キット、同仁化学研究所製)、核を染めて顕微鏡で画像撮影した。
【0266】
(2)結果
細胞の画像と活性のグラフを以下に示した(
図11)。lilac-01EVを添加した細胞(
図11B)では、コントロール(PBS添加、
図11A)よりも、細胞の形(図の白枠)が細長くなり(細胞が若返ったことを表す)、ウェルの中の細胞数(核:青)が増え、ミトコンドリア(赤)の面積(
図11C)と輝度(
図11D)も増加し、lilac-01EV添加によってミトコンドリア活性が上昇したことが確認された。
【要約】 (修正有)
【課題】マクロファージ、その他の免疫細胞の細胞死の形態により、炎症と抗炎症の二つの表現型を制御することによって身体の恒常性維持を図ることが本発明の目的である。
【解決手段】カルジオリピン、及び/又は、ホスファチジルグリセロールが、膜を構成するグリセロリン脂質全体に対して、40質量%以上である細胞外小胞を有効量含有する、免疫機能の維持又は改善用組成物を提供する。
【選択図】
図1