(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-07
(45)【発行日】2023-12-15
(54)【発明の名称】スラストころ軸受
(51)【国際特許分類】
F16C 19/30 20060101AFI20231208BHJP
F16C 33/34 20060101ALI20231208BHJP
F16C 33/64 20060101ALI20231208BHJP
F16C 33/66 20060101ALI20231208BHJP
【FI】
F16C19/30
F16C33/34
F16C33/64
F16C33/66 Z
(21)【出願番号】P 2019208661
(22)【出願日】2019-11-19
【審査請求日】2022-05-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000110859
【氏名又は名称】キヤノンマシナリー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107423
【氏名又は名称】城村 邦彦
(74)【代理人】
【識別番号】100120949
【氏名又は名称】熊野 剛
(74)【代理人】
【識別番号】100148987
【氏名又は名称】前田 礼子
(72)【発明者】
【氏名】沢田 博司
【審査官】糟谷 瑛
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-108901(JP,A)
【文献】特開2018-194149(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 19/00-19/56
F16C 33/30-33/66
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸方向に互いに対向する一対の軌道輪と、この軌道輪の間に径方向に沿った状態で放射状に配設される複数個のころとを備え
、前記一対の軌道輪は、それぞれ、中心孔が設けられたリング状平板体からなるとともに、前記ころは針状ころ又は円筒ころであるスラストころ軸受であって、
少なくともいずれか一方の軌道輪におけるころの接触通過領域と、ころの外周面との少なくともいずれか一方に、複数の微細溝で構成されるグレーティング状凹凸の周期構造を設けたものであり、前記グレーティング状凹凸の周期構造が軌道輪におけるころの接触通過領域の内周側および外周側に設けられ、外周側に設けられた周期構造は、接触通過領域の外周縁よりも外径側にはみ出し、内周側に設けられた周期構造は、接触通過領域の内周縁よりも内径側にはみ出し、接触通過領域の中心線上の差動すべりが生じない範囲は、前記グレーティング状凹凸の周期構造を有さない面としたことを特徴とするスラストころ軸受。
【請求項2】
軸方向に互いに対向する一対の軌道輪と、この軌道輪の間に径方向に沿った状態で放射状に配設される複数個のころとを備えたスラストころ軸受であって、
少なくともいずれか一方の軌道輪におけるころの接触通過領域と、ころの外周面との少なくともいずれか一方に、複数の微細溝で構成されるグレーティング状凹凸の周期構造を設けたものであり、前記グレーティング状凹凸の周期構造が軌道輪におけるころの接触通過領域の内周側および外周側に設けられ、外周側に設けられた周期構造は、接触通過領域の外周縁よりも外径側にはみ出し、内周側に設けられた周期構造は、接触通過領域の内周縁よりも内径側にはみ出し、接触通過領域の中心線上の差動すべりが生じない範囲は、前記グレーティング状凹凸の周期構造を有さない面とし、前記グレーティング状凹凸の周期構造が、前記軌道輪の円周方向に沿って配向していることを特徴とす
るスラストころ軸受。
【請求項3】
前記グレーティング状凹凸の周期構造の凹凸が50nm以上10μm以下かつ周期ピッチが10μm以下であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のスラストころ軸受。。
【請求項4】
前記グレーティング状凹凸の周期構造は、凸部頂点が非平坦面となって連続的に高さが変化するものであることを特徴とする請求項1~請求項3のいずれか1項に記載のスラストころ軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スラストころ軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
スラストころ軸受は、針状ころ又は円筒ころが保持器に放射状に組込まれたスラスト保持器付きころと円板状の軌道輪とを組合わせた軸受である。すなわち、スラストころ軸受(スラスト針ころ軸受)は、
図17と
図18とに示すように、軸方向に互いに対向する一対の軌道輪1、2と、この軌道輪1、2の間に径方向に沿った状態で放射状に配設される複数個のころ3と、軌道輪1、2の間に介在されて複数個のころ3を保持する保持器4とを備える。
【0003】
環境保護の観点から、しゅう動部の摩擦低減と同時に潤滑油の使用量削減が重要な課題となっている。そのため、自動車や産業機器では潤滑油供給を必要最小量とした低摩擦運転が望まれている。また、潤滑油の消費が少ないグリース潤滑の適用拡大も検討されている。
【0004】
各種機器のしゅう動部に数多く使用されているスラスト針状ころ軸受では、
図19に示すように内径側と外径側において、周速差が生じる。この周速差に起因する差動すべりが生じる。すなわち、
図19に示すように、ころ3が矢印A方向に公転すると、内径側が矢印A1のように進み、外径側が矢印A2のうように遅れ、ころ3が矢印B方向に公転すると、内径側が矢印B1のように進み、外径側が矢印B2のうように遅れる。このように、差動すべりが生じた場合、潤滑油が不足すると比較的大きなトルクと摩耗とが発生するため、枯渇潤滑下での摩擦・摩耗特性の向上が求められている。
【0005】
そこで、従来では、特許文献1に記載のように、ころ3に、
図20に示すように、両端部のその外径寸法を軸方向端部側に向かって縮径するクラニング6、6を形成して、軌道輪1、2ところの接触面積を減少させて、差動すべりを低減させたものがある。
【0006】
また、
図21に示すように、ころ3の外径面を円筒面として、軌道輪1、2のころ対応面を膨出させ、この膨出部7、8ところ3の外径面を摺接させるように構成したものがある(特許文献2)。この場合も、軌道輪1、2ところ3の接触面積を減少させて、差動すべりを低減させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2006-258298号公報
【文献】特開2015-017690号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、ころ3にクラウニング6を形成したり、軌道輪側に膨出部7、8を形成して、差動すべりを低減させたとしても、差動すべりそのものの摩擦を低減できない。すなわち、枯渇潤滑下での摩擦・摩耗効果は乏しいものである。ところで、ころ3にクラウニング6,6を設ける場合、使用される全ころ3に対して設ける必要があり、また、軌道輪側に膨出部7、8を形成する場合、各膨出部の膨出量を精度よく構成する必要があり、これらにおいては生産性に劣り、コスト高となる。
【0009】
本発明は、上記課題に鑑みて、枯渇潤滑下での焼き付きを有効に防止することができるスラストころ軸受を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明のスラストころ軸受は、軸方向に互いに対向する一対の軌道輪と、この軌道輪の間に径方向に沿った状態で放射状に配設される複数個のころとを備えたスラストころ軸受であって、少なくともいずれか一方の軌道輪におけるころの接触通過領域と、ころの外周面との少なくともいずれか一方に、複数の微細溝で構成されるグレーティング状凹凸の周期構造を設けたものである。
【0011】
本発明のスラストころ軸受によれば、ころの外周面と、少なくともいずれか一方における軌道輪のころの接触通過領域との少なくともいずれか一方に、グレーティング状凹凸の周期構造を設けたことによって、周期構造の潤滑油保持や摩耗粉トラップ効果により差動すべりに起因する摩擦が抑制される。さらにグリース潤滑下においては、周期構造のグリース保持や摩耗粉トラップ効果に加えて、油分に対して高い濡れ性を示す周期構造が基油分離を促進することで増ちょう剤が高濃度化され、増ちょう剤由来の保護膜形成が促進されることで差動すべりに起因する摩耗が抑制される。
【0012】
前記グレーティング状凹凸の周期構造が軌道輪におけるころの接触通過領域の外周側と内周側との少なくともいずれか一方に設けられているものであればよい。この場合であっても、グレーティング状凹凸の周期構造を設けたことに起因する作用効果を発揮することができる。
【0013】
外周側に設けられたグレーティング状凹凸の周期構造は、接触通過領域の外周縁よりも外径側にはみ出していても、内周側に設けられたグレーティング状凹凸の周期構造は、接触通過領域の内周縁よりも内径側にはみ出していてもよい。このように、接触通過領域外まで周期構造を設けることによって、周期構造の油分に対する高い濡れ性によって、ころの接触通過領域外に排出された潤滑油やグリースの基油成分が、ころの接触通過領域内に再流入することで枯渇潤滑下での摩擦・摩耗を抑制することができる。
【0014】
接触通過領域の中心線上は差動すべりが生じない。そこで、接触通過領域の中心線上に周期構造を形成しないことで、弾性流体潤滑油膜の形成を阻害せず、良好な油膜形成と差動すべりに起因する摩擦抑制を両立することができる。
【0015】
前記グレーティング状凹凸の周期構造が、前記軌道輪の円周方向に沿って配向しているのが好ましい。このように構成することによって、ころの接触通過領域外に潤滑油やグリースが排出されにくく、周期構造に沿って保持されるため、潤滑油やグリースの担持性が向上し、さらには、摩耗粉のトラップ効果も向上する。
【0016】
前記グレーティング状凹凸の周期構造の凹凸が50nm以上10μm以下かつ周期ピッチが10μm以下であるのが好ましい。このように構成することによって、油分の保持性、移動性を向上することができる。すなわち、周期構造の凹凸が50nm未満では十分な量の油分やグリースを担持できず、凹凸および周期ピッチが10μmを超えると油分やグリースが周期構造の凹凸から流出するおそれがある。
【0017】
前記グレーティング状凹凸の周期構造は、凸部頂点が非平坦面となって連続的に高さが変化するのが好ましい。このように構成することによって、開口部が広くなり、潤滑油やグリースを効率的に取り込むことができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明では、差動すべりに起因する摩擦・摩耗の低減を図ることができ、しかも、良好な油膜形成を図ることができる。このため、摺動部の摩擦低減と同時に潤滑油の使用量削減が可能なスラストころ軸受を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明のスラストころ軸受の要部拡大断面図である。
【
図3】軌道輪に設けられた周期構造を示し、(a)は拡大図であり、(b)は断面プロファイルである。
【
図4】ころと周期構造との関係を示す簡略図である。
【
図5】本発明のスラストころ軸受のころを示し、(a)は周期構造が軸方向中央部に有さないころの簡略図であり、(b)は周期構造がほぼ全周に設けられたころの簡略図である。
【
図6】周期構造を形成するためのレーザ表面加工装置の簡略図である。
【
図7】親水性表面での接触角を示し、(a)が平坦面の場合の説明図であり、(b)が粗い面の場合の説明図である。
【
図8】回転トルク測定に用いた試験機の簡略図である。
【
図9】潤滑剤にPAO(ポリアルファオレフィン)を用いた場合の定速なじみ時の摩擦係数を示し、(a)は周期構造を有さないスラスト針状ころ軸受の場合を示すグラフ図であり、(b)は両軌道輪の外周側及び内周側に周期構造を設けたスラスト針状ころ軸受のグラフ図である。
【
図10】潤滑剤にPAO(ポリアルファオレフィン)を用いた場合の洗浄回数と摩擦特性の関係を示し、(a)は周期構造を有さないスラスト針状ころ軸受の場合を示すグラフ図であり、(b)は両軌道輪の外周側及び内周側に周期構造を設けたスラスト針状ころ軸受のグラフ図である。
【
図11】潤滑剤にPAO(ポリアルファオレフィン)を用いた場合の試験後のニードル表面(ころ表面)を示し、(a)は周期構造を有さないスラスト針状ころ軸受のころにおける外端面から1150μm付近の拡大図であり、(b)は両軌道輪の外周側及び内周側に周期構造を設けたスラスト針状ころ軸受のころにおける外端面から1150μm付近の拡大図である。
【
図12】潤滑剤にPAO(ポリアルファオレフィン)を用いた場合の試験後のニードル表面(ころ表面)を示し、(a)は周期構造を有さないスラスト針状ころ軸受のころにおける中央部付近の拡大図であり、(b)は両軌道輪の外周側及び内周側に周期構造を設けたスラスト針状ころ軸受のころにおける中央部付近の拡大図である。
【
図13】潤滑剤にU-3P(脂肪族ウレアグリース)を用いた場合の定速なじみ時の摩擦係数を示し、(a)は周期構造を有さないスラスト針状ころ軸受の場合を示すグラフ図であり、(b)は両軌道輪の外周側及び内周側に周期構造を設けたスラスト針状ころ軸受のグラフ図である。
【
図14】潤滑剤にU-3P(脂肪族ウレアグリース)を用いた場合の洗浄回数と摩擦特性の関係を示し、(a)は周期構造を有さないスラスト針状ころ軸受の場合を示すグラフ図であり、(b)は両軌道輪の外周側及び内周側に周期構造を設けたスラスト針状ころ軸受のグラフ図である。
【
図15】潤滑剤にU-3P(脂肪族ウレアグリース)を用いた場合の試験後のニードル表面(ころ表面)を示し、(a)は周期構造を有さないスラスト針状ころ軸受のころにおける外端面から1150μm付近の拡大図であり、(b)は両軌道輪の外周側及び内周側に周期構造を設けたスラスト針状ころ軸受のころにおける外端面から1150μm付近の拡大図である。
【
図16】潤滑剤にU-3P(脂肪族ウレアグリース)を用いた場合の試験後のニードル表面(ころ表面)を示し、(a)は周期構造を有さないスラスト針状ころ軸受のころにおける中央部付近の拡大図であり、(b)は両軌道輪の外周側及び内周側に周期構造を設けたスラスト針状ころ軸受のころにおける中央部付近の拡大図である。
【
図18】
図17に示すスラストころ軸受のころと保持器とを示す簡略図である。
【
図20】クラウニングが形成されたころの簡略図である。
【
図21】従来の他のスラストころ軸受の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下本発明の実施の形態を
図1~
図16に基づいて説明する。
【0021】
図1は本発明に係るスラストころ軸受50を示す。スラストころ軸受50は、針状ころ又は円筒ころが保持器に放射状に組込まれたスラスト保持器付きころと円板状の軌道輪とを組合わせた軸受である。この場合の軸受50は、軸方向に互いに対向する一対の軌道輪11、12と、この軌道輪11、12の間に径方向に沿った状態で放射状に配設される複数個のころ13と、軌道輪11、12の間に介在されて複数個のころ13を保持する保持器14とを備える。
【0022】
軌道輪11、12は、
図2に示すよう、中心孔11a、12aが設けられたリング状平板体からなる。そして、一方の軌道輪11の他の軌道輪12に対向する面(内面)11bにころ転動面(摺動面)15が形成され、他方の軌道輪12の一方の軌道輪11に対向する面(内面)12bがころ転動面(摺動面)16とされる。この場合、軌道輪11、12は、炭素鋼、銅、アルミニウム、白金、超硬合金等であっても、炭化ケイ素や窒化ケイ素等のシリコン系セラミックスであっても、エンジニアプラスチック等であってもよい。
【0023】
また、潤滑剤としては、PAO6(ポリアルファオレフィン)やU-3P(脂肪族ウレアグリース)等を使用できる。PAO6は、合成炭化水素は鉱油に近い組成ながら、高粘度指数で低流動点を有し、低温から高温まで使用温度領域が広いという特長を持っている。また、粘度指数が高く、高温においても厚い油膜の保持が可能である点、ワックス分を含まないので、流動点が非常に低く、低温粘度特性が良好なため、内燃機関などの低温始動性や暖気運転時間の短縮が可能である点、および、添加剤の添加効果が高く、熱酸化安定性が良好で、高温での使用、および長寿命化が可能である点等の利点がある。
【0024】
また、ウレアグリースとは、ウレア基(-NH-CO-NH-)を2個以上有する有機化合物を増ちょう剤としたグリースである。また、ウレアグリースには、脂肪族ウレアと、脂環式ウレアと、芳香族ウレアとがある。脂肪族ウレアは、長鎖アルキル基を両末端に用いると耐熱性がリチウム石けんグリース並となる点、短鎖アルキル基を用いると耐熱性が向上する点、脂環式および芳香族ウレアに比べ寿命が短い点の特徴を有する。脂環式ウレアは、増ちょう効果が優れている点、比較的耐熱性に優れている点、せん断安定性に優れている点、寿命が長い点の特徴を有する。芳香族ウレアは、増ちょう効果が脂肪族ウレアや脂環式ウレアよりも劣る点、耐熱性に優れている点、寿命が長い点の特徴を有する。
【0025】
各軌道輪11、12の内面には、
図2に示すように、それぞれ、外周側及び内周側に複数の微細溝で構成さされるグレーティング状凹凸の周期構造20(20A、20B)が設けられている。この場合、
図4に示すように、外周側の周期構造20Aは、ころ13の接触通過領域Rの外周縁よりも外径側にはみ出し、内周側の周期構造20Bは、ころ13の接触通過領域Rの内周縁よりも内径側にはみ出している。
【0026】
また、外周側の周期構造20Aと、内周側の周期構造20Bとの間には、周期構造20を有さない未加工部21が形成されている。すなわち、この未加工部21は接触通過領域Rの中心線(ピッチ円)P上に配設され、未加工部21の範囲としては、その軸方向長さH2として、ころの軸方向全長H1の1/3程度とされる。このため、各周期構造20A、20Bの幅寸法は、(1-1/3)/2となる。また、外周側の周期構造20Aの接触通過領域Rのはみ出し量T1としては、例えば、0.5mm~5.0mm程度とし、内周側の周期構造20Bの接触通過領域Rのはみ出し量T2としては、例えば、0.5mm~5.0mm程度としている。
【0027】
周期構造20は、配向方向が周方向であり、
図3に示すように、微小の凹部22と微小の凸部23とが交互に所定ピッチで配設されてなるものである。周期構造20の凹凸の高低差(凹部22の底部から凸部23の頂点までの高さ)が50nm以上10μm以下とするのが好ましい。また、周期構造20の周期ピッチを10μm以下とするのが好ましい。
図3(a)は周期構造20の拡大図を示し、
図3(b)は断面プロファイルを示している。このように、周期構造20は、凸部頂点が非平坦面となって連続的に高さが変化するグレーティング状凹凸の周期構造20である。
【0028】
周期構造20は、加工閾値近傍の照射強度で直線偏光のレーザを照射し、その照射部分をオーバラップさせながら走査して、自己組織的に形成している。具体的には、
図6に示すフェムト秒レーザ表面加工装置を使用する。レーザ発生器31(フェムト秒レーザ発生器)で発生したレーザ(例えば、パルス幅:900fs、中心波長1030nm、繰り返し周波数:1~1000kHz、パルスエネルギー:0.25~400μJ/pulse)は、ミラー32により加工材料Wに向けて折り返され、メカニカルシャッタ33に導かれる。レーザ照射時はメカニカルシャッタ33を開放し、レーザ照射強度は1/2波長板34と偏光ビームスプリッタ36によって調整可能とし、1/2波長版35によって偏光方向を調整し、集光レンズ(焦点距離:150mm)37によって、XYθステージ39上の加工材料W表面に集光照射する。なお、フェムト秒レーザはフェムト秒(1000兆分の1秒)オーダーという極端に短い時間単位の中にエネルギーを圧縮した光源である。
【0029】
ところで、固体表面に液滴が接触すると、接触角が形成される。そして、液体Sの濡れ性は、以下のWenzelの式(数1)で表される。ここで、θwは粗い面での接触角を示し、θeは同じ材質で平坦面(平滑面)での接触角を示す。rは表面積倍率(平面に対する粗面の面積比)を示す。
【数1】
【0030】
平坦面(平滑面)において、θe<90°であれば、粗い面ではθw<θeとなる。すなわち、表面積倍率rが大きいほど油の接触角が低減する。このため、表面粗さの導入により潤滑油の濡れ性向上が可能となる。
【0031】
本発明のスラストころ軸受によれば、グレーティング状凹凸の周期構造20を設けたことによって、周期構造20の潤滑油保持や摩耗粉トラップ効果により差動すべりに起因する摩擦が抑制される。さらにグリース潤滑下においては、周期構造20のグリース保持や摩耗粉トラップ効果に加えて、油分に対して高い濡れ性を示す周期構造20が基油分離を促進することで増ちょう剤が高濃度化され、増ちょう剤由来の保護膜形成が促進されることで差動すべりに起因する摩耗が抑制される。
【0032】
このため、本発明では、差動すべりに起因する摩擦・摩耗の低減を図ることができ、しかも、良好な油膜形成を図ることができ、摺動部の摩擦低減と同時に潤滑油の使用量削減が可能なスラストころ軸受を提供できる。しかも、本発明に係るスラストころ軸受として、従来のように、ころ13にクラウニング6を設けたり、軌道輪11,12に膨出部7,8を設ける必要がなくなる。これらを形成するための加工を行う必要がなく、生産性に劣ったり、コスト高となったりすることがない。
【0033】
また、前記実施形態では、両軌道輪11、12の内面の外周側と内周側とに周期構造20を設けているが、いずれか一方の軌道輪11(12)のみに設けても、外周側と内周側とのいずれか一方のみであってもよい。すなわち、いずれか一方の軌道輪11(12)のみに設ける場合、外周側と内周側と両方に周期構造20を設けても、外周側にのみ設けたり、内周側にのみに設けたりでき、両軌道輪11、12も設ける場合、実施形態のように、外周側と内周側と両方に周期構造20を設けても、外周側にのみ設けたり、内周側にのみに設けたりできる。
【0034】
未加工部21を設けないもの、すなわち、外周側の周期構造20Aと内周側周期構造20Bとの間にも周期構造20を設けるものであってもよい。
【0035】
これらのように、いずれか一方の軌道輪11(12)のみに設けても、外周側と内周側とのいずれか一方のみに設けた構成であっても、未加工部21を設けないもの等であっても、周期構造20を設けたことに起因する作用効果を発揮することができる。
【0036】
また、周期構造20を、接触通過領域R外まで周期構造を設けることによって、周期構造の油分に対する高い濡れ性によって、ころ13の接触通過領域R外に排出された潤滑油やグリースの基油成分が、ころ13の接触通過領域内に再流入することで枯渇潤滑下での摩擦・摩耗を抑制することができる。
【0037】
接触通過領域Rの中心線P上は差動すべりが生じない。そこで、接触通過領域Rの中心線P上に周期構造20を形成しないことで、弾性流体潤滑油膜の形成を阻害せず、良好な油膜形成と差動すべりに起因する摩擦抑制を両立することができる。
【0038】
周期構造20が、軌道輪11(12)の円周方向に沿って配向しているのが好ましい。このように構成することによって、ころ13の接触通過領域R外に潤滑油やグリースが排出されにくく、周期構造20に沿って保持されるため、潤滑油やグリースの担持性が向上し、さらには、摩耗粉のトラップ効果も向上する。
【0039】
周期構造20の凹凸が50nm以上10μm以下かつ周期ピッチが10μm以下であるのが好ましい。このように構成することによって、油分の保持性、移動性を向上することができる。すなわち、周期構造20の凹凸が50nm未満では十分な量の油分やグリースを担持できず、凹凸および周期ピッチが10μmを超えると油分やグリースが周期構造の凹凸から流出するおそれがある。
【0040】
周期構造20は、凸部頂点が非平坦面となって連続的に高さが変化するのが好ましい。このように構成することによって、開口部が広くなり、潤滑油やグリースを効率的に取り込むことができる。
【0041】
ところで、前記実施形態では、軌道輪11(12)に周期構造を設けたものであったが、
図5(a)(b)に示すように、ころ13側に周期構造20を設けてもよい。この場合の周期構造20は、ころ13の円周方向に沿って配向している。
【0042】
図5(a)では、軸方向両端部側に周期構造20(20C)(20D)を設けている。すなわち、ころは、径方向に沿った状態で放射状に配設されるものであるので、一方の周期構造20C(20D)が外径側に配設され、他方の周期構造20D(20C)が内径側に配設される。この場合、周期構造20C、20D間の周期構造が設けられていない未加工部21Aの範囲(軸方向長さL1)としては、ころ13の軸方向全長の1/3程度としている。また、各周期構造20C、20Dの軸方向長さL2、L3としては、L2=L3としている。なお、L2>L3であっても、L2<L3であってもよい。また、
図5(b)では、ころ13の軸方向全長に周期構造20を設けている。
【0043】
このようにころ13側に周期構造20を設けても、グレーティング状凹凸の周期構造20を設けたことに起因する作用効果を発揮することができる。
【0044】
本発明は前記実施形態に限定されることなく種々の変形が可能であって、例えば、ころ13側に周期構造20を設ける場合、ころ13側のみに設けても、ころ13側および軌道輪11(12)側の両方に設けてもよい。また、ころ13側に設ける場合、いずれか一方の周期構造20C(20D)のみであってもよい。また、ころ13として、実施形態では、クラウニングを設けないものあったが、クラウニングを設けたものであってもよい。クラウニングを設けた場合であっても、ころ13の外周面と、軌道輪11(12)におけるころの接触通過領域Rとの少なくともいずれか一方に周期構造20を設けることになる。
【0045】
図2に示すグレーティング状凹凸の周期構造では、軌道輪11(12)の円周方向に沿って配向しているが、これに限るものではなく、軌道輪11(12)の径方向に沿って配向していてもよく、さらには、径方向に沿って所定角度(任意の角度)で配向していてもよい。また、外周側の周期構造20Aと内周側の周期構造20Bを設ける場合、周期構造20Aと周期構造20Bとの配向方向が同じであっても相違させてもよい。
【0046】
外周側に設けられた周期構造20(20A)は、外周側の接触通過領域Rよりも外径側にはみ出し、内周側に設けられた周期構造20(20B)は、内周側の接触通過領域Rよりも内径側にはみ出していたが、はみ出さないようにしてもよい。はみ出すようにする場合、外周側のみはみ出すようにしたり、内周側のみはみ出したりするようにしてもよい。なお、はみ出さないようにする場合、接触通過領域Rの境界線(外周縁又は内周縁)上であっても、境界線より接触通過領域R内になっていてもよい。
【0047】
周期構造20を形成する際に、前記実施形態では、パルスレーザであるフェムト秒レーザを用いたが、フェムト秒レーザ以外のピコ秒レーザやナノ秒レーザといったパルスレーザを使用することもできる。
【実施例1】
【0048】
環境保護の観点から、摺動部の摩擦低減と同時に潤滑油の使用量削減が重要な課題となっている。そのため、自動車や産業機器では潤滑油供給を必要最小量とした低摩擦運転が望まれている。また、潤滑油の消費が少ないグリース潤滑の適用拡大も検討されている。各種機器の摺動部に数多く使用されているスラスト針状ころ軸受では、周速差に起因する差動すべりが生じ、潤滑油が不足すると比較的大きなトルクと摩耗が発生するため、枯渇潤滑下での摩擦・摩耗特性の向上が求められている。一方、超短パルスレーザにより形成されるグレーティング状の周期構造20は、油分に対し高い濡れ性を示し、潤滑油の保持性を向上することができる。また、グリース潤滑下では、基油分離が促進され、高濃度化した増ちょう剤による保護膜が形成されることから、スラストころ軸受やスラスト針状ころ軸受の枯渇潤滑下での摩擦・摩耗特性の向上が期待できる。そこで、スラスト針状ころ軸受のレース面(軌道輪の軌道面:摺動面)にグレーティング状の周期構造を形成し、摩擦・摩耗に及ぼす影響を油膜切れが生じやすい低速条件下において検証した。
【0049】
スラストころ軸受50として、スラスト針状ころ軸受(BA2035)を用い、
図2に示すように、両軌道輪11,12の内面11b、12bに外周側と内周側とのグレーティング状の周期構造(ピッチ約900nm、深さ約250nm)20(20A,20B)を形成し、回転トルク測定を行った。周期構造20の配向方向は円周方向とした。ニードル(ころ13)のピッチ径を含む領域(幅2.9mm)は未加工とし、大きな差動すべりが生じるニードル(ころ13)の外端面側1mmと内端面側0.5mmは周期構造上を通過する配置とした。比較のため、周期構造20を形成しない未加工レース(未加工軌道輪)でも回転トルク測定を実施した。
【0050】
試験条件は荷重を40Nとし、潤滑剤はPAO6(ポリアルファオレフィン)、U3-P(脂肪族ウレアグリース)(増ちょう剤量:13%、基油:PAO6、ちょう度:282)の2種類とした。この場合、
図8に示すような試験機51を用いた。この試験機51は、軸受50を受ける下型52と、軸受50を押圧する上型53と、上型53から突出される軸部54とを備える。この場合、軸部54に矢印X方向の荷重を付加して、その状態で図示省略の回転駆動機構にて、その軸部54を中心に矢印Y方向に回転させる。
【0051】
試験前に潤滑剤を上下レース(軌道輪11、12の軌道面)にそれぞれ約15mgずつ付着させ、無負荷にて軸受を回転させて潤滑剤を均等化した。次に、余剰な潤滑剤を除去するため、保持器付さニードルを取り出しエタノールにて超音波洗浄を行った後、なじみを実施した。なじみとして、10min毎に各5段階の増速・減速運転(ピッチ径位置での回転速度: 34.1mm/s→182.6mm/s→34.1mm/s)に続いて、一定速度(50.5mm/s)で5時間の運転を行った。
【0052】
なじみを終了した軸受から保持器付きニードルを取り出してエタノールにて超音波洗浄し、一定速度(50.5mm/s)で1回目の回転トルク測定を1時間行った。同じ手順で超音波洗浄と回転トルク測定を4回繰り返した。トルク測定回数が増えるほど保持器付きニードルに付著した潤滑剤が除去されるため、厳しい枯渇状態での評価となる。測定で得られた回転トルクをニードルのピッチ半径と荷重で除して摩擦係数を算出した.
【0053】
潤滑剤としてPAO6(ポリアルファオレフィン)を用いた場合
一定速度(50.5mm/s)で5時間のなじみ運転中の摩擦係数を
図9に示す。周期構造の有無にかかわらず、なじみ開始90分後に摩擦係数が最大となり、その後5時間まで摩擦係数の低下が継続した。周期構造形成品のなじみ運転中の最大摩擦係数は未加工品より大きくなったが、5時間後の摩擦係数は未加工品に対し半減した。なじみ終了後に測定した1回目~4回目までの摩擦係数を
図10に示す。測定回数の増加にともない潤滑剤が枯渇するが、周期構造形成品の摩擦係数は全潤滑状態で未加工品より低下した。未加工品は4回目の測定で急激な摩擦係数の上昇が発生したが、周期構造形成品では安定した摩擦係数が維持された。低速条件下での主要な摩擦要因として、ころ13とレース(軌道輪11,12)とのすべり摩擦、保持器14とレース(軌道輪11,12)のすべり摩擦などがあるが、周期構造20の潤滑油保持や摩擦粉トラップ効果により摩擦の増加が抑制されたと考えられる。一方、未加工品では潤滑油の枯渇により摩擦が増大し、逃げ場のない摩耗粉が大きく成長、移着することで急激な摩擦係数の上昇が発生したと考えられる。
【0054】
大きな差動すべりが生じる外端面から1150μmのニードル表面(ころ表面)の試験後の様子を
図11に示す。未加工レース(周期構造未加工品)を用いたニードル表面(ころ表面)は転がり方向に明瞭な傷が認められたが、周期構造が形成された加工品を用いたニードル表面(ころ表面)では、ほとんど傷の発生が認められなかった。
【0055】
また、差動すべりが生じない 中央部付近のニードル表面の試験後の様子を
図12に示す。中央部付近では差動すべりが生じないため,未加工レース(周期構造未加工品)を用いたニードル表面(ころ表面),周期構造が形成された加工品を用いたニードル表面(ころ表面)ともにほとんど傷の発生が認められなかった。
【0056】
潤滑剤としてU3-P(脂肪族ウレアグリース)を用いた場合
一定速度(50.5mm/s)で5時間のなじみ運転中の摩擦係数を
図13に示す。周期構造の有無にかかわらず、PAO6潤滑時より摩擦係数が低下した。100mm/s以下の低速域では、増ちょう剤由来の付着物により潤滑膜厚が増加し、これが摩擦係数低減の要因と考えられる。未加工品は5時間のなじみ期間中に9%の摩擦増加が見られた。一方、周期構造形成品は、ほぼー定の摩擦係数を維持し、5時間の平均摩擦係数は未加工品に対して16%低減した。周期構造の基油分離作用で増ちょう剤が高濃度化され、増ちょう剤由来の保護膜形成が促進されたことで摩擦が低減したと考えられる。未加工品では保護膜の剥離速度が形成速度を上回るため、摩擦が増加したと考えられる。なじみ終了後に測定した1回目から4回目までの摩擦係数を
図14に示す。
【0057】
PA06潤滑時と同様、周期構造形成品の摩擦係数は全潤滑状態で、未加工品より低下した。また、未加工品は4回目の測定で急激な摩擦係数の上昇が発生したが、周期構造形成品では安定した摩擦係数が維持された。グリース潤滑時では、周期構造のグリース保持や摩耗粉トラップ効果に加えて、油分に対して高い濡れ性を示す周期構造が、増ちょう剤由来の保護膜形成を促進することや転走面外に排出されたグリースが基油分離され、転走面(摺動面)周縁部から基油が再流入することで、枯渇潤滑下での摩擦係数上昇が抑制されたと考えられる。
【0058】
大きな差動すべりが生じる外端面から1150μmのニードル表面(ころ表面)の試験後の様子を
図15に示す。未加工レース(周期構造未加工品)を用いたニードル表面(ころ表面)は転がり方向に明瞭な傷が認められたが、周期構造が形成された加工品を用いたニードル表面(ころ表面)では、ほとんど傷の発生が認められなかった。
【0059】
また、差動すべりが生じない 中央部付近のニードル表面の試験後の様子を
図16に示す。中央部付近では差動すべりが生じないため、未加工レース(周期構造未加工品)を用いたニードル表面(ころ表面)、周期構造が形成された加工品を用いたニードル表面(ころ表面)ともにほとんど傷の発生が認められなかった。
【0060】
このため、スラストころ軸受(スラスト針状ころ軸受)の摩擦・摩耗に及ぼす周期構造の影響について検証した結果、以下の結論を得た。
(1)周期構造が形成された軌道輪は、潤沢潤滑下での摩擦低減効果が認められる。
(2)周期構造が形成された軌道輪は、枯渇潤滑下での焼き付き防止に有効である。
(3)周期構造が形成された軌道輪は、ニードル(ころ)の摩耗低下に有効である。
【符号の説明】
【0061】
11、12 軌道輪
13 ころ
20、20A、20B、20C、20D 周期構造
21 未加工部
50 軸受
R 接触通過領域