(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-07
(45)【発行日】2023-12-15
(54)【発明の名称】微小血管障害の抑制に使用されるL-トリヨードサイロニン(T3)
(51)【国際特許分類】
A61K 31/198 20060101AFI20231208BHJP
A61P 9/10 20060101ALI20231208BHJP
【FI】
A61K31/198
A61P9/10 103
(21)【出願番号】P 2021534313
(86)(22)【出願日】2019-12-27
(86)【国際出願番号】 EP2019087056
(87)【国際公開番号】W WO2020144073
(87)【国際公開日】2020-07-16
【審査請求日】2022-12-20
(32)【優先日】2019-01-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(32)【優先日】2019-12-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】521258429
【氏名又は名称】ユニファーマ クレオン ツェティス ファーマスーティカル ラボラトリーズ エス エー
(73)【特許権者】
【識別番号】520386992
【氏名又は名称】ツェティ,ユリア
(74)【代理人】
【識別番号】100102532
【氏名又は名称】好宮 幹夫
(74)【代理人】
【識別番号】100194881
【氏名又は名称】小林 俊弘
(72)【発明者】
【氏名】パントス,コンスタンチノス
(72)【発明者】
【氏名】ムロウジス,ヨルダニス
【審査官】伊藤 幸司
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2011/0142947(US,A1)
【文献】特表2004-525874(JP,A)
【文献】特表平9-503485(JP,A)
【文献】特表平4-506667(JP,A)
【文献】Circulation,2010年,122,pp.385-393
【文献】European Heart Journal,2016年,37,pp.2055-2065
【文献】Trials,2015年,16,115
【文献】Ann Transl Med,2018年,6(12),254
【文献】European Journal of Cardio-thoracic Surgery,2007年,32,pp.333-339
【文献】Heart Fail Rev,2015年,20,pp.273-282
【文献】Lipids in Health and Disease,2018年,17,234
【文献】Chin Med J,2013年,126(20),pp.3926-3930
【文献】Circulation ,1998年,97,pp.765-772
【文献】European Heart Journal,2016年,37,pp.1024-1033
【文献】J Cardiol Jpn Ed,2008年,1(1),pp.38-43
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K
A61P
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
L-トリヨードサイロニン(T3)
を含む微小血管障害(MVO)治療用薬剤であって、
前記MVO治療は一次経皮的冠動脈インターベンション(PPCI)後に開始され、
前記PPCIはST上昇型心筋梗塞(STEMI)患者に対して行われるものであることを特徴とする
薬剤。
【請求項2】
前記MVOは心臓磁気共鳴によって測定可能であるものであることを特徴とする請求項1に記載の
薬剤。
【請求項3】
T3濃度の範囲が5~20μg/mlである溶液としてT3を静脈内投与するものであることを特徴とする請求項1又は2に記載の
薬剤。
【請求項4】
初期のボーラス量として、患者の体重1kg当たりT3を0.7~0.9μg与えるものであることを特徴とする請求項3に記載の
薬剤。
【請求項5】
前記ボーラス投与後の患者に、0.1~0.2μg/kg/hの量で連続注射されるものであることを特徴とする請求項3又は4に記載の
薬剤。
【請求項6】
患者に約48時間かけてT3を合計350~600μg与えるものであることを特徴とする請求項3~5
のいずれか一項に記載の
薬剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微小血管障害(Microvascular Obstruction:MVO)の発症を抑制又は防止するための、急性ST上昇型心筋梗塞(STEMI)に対する良好な一次経皮的冠動脈インターベンション(Primary Percutaneous Coronary Intervention:PPCI)後の新規の治療および治療計画に関する。
【0002】
STEMIは、アテローム硬化性疾患によって太い心外膜冠動脈が閉塞することにより惹起される。良好なPPCIにより閉塞していた冠動脈内の血流は回復する。しかしながら、再灌流の間、小血管において閉塞、すなわちMVOとして知られる症状が発生することがあり、この結果、大血管に対して良好なPPCIが行われたとしても全ての心筋層において血流が回復するわけではない。MVOは、STEMI患者に対するPPCI後によく見られる一般的な合併症であり、これと関連して、梗塞部が肥大化し、心室機能回復が遅延し、生存率が低下する。
【0003】
急性心筋梗塞は患者の死亡率および罹患率を高める一般的な原因となる。急性ST上昇型心筋梗塞(STEMI)後の閉塞した心外膜冠動脈の血流を一次経皮的冠動脈インターベンション(PPCI)によって迅速に回復することが、心筋梗塞部のサイズを縮小させ、且つ左心室収縮機能を維持するための現在で最も効果的な治療法である。しかしながら、死亡率および罹患率は依然として顕著である。現在点でのエビデンスによれば、このことは主に微小血管障害(MVO)の発症に依るものであり、不利な左心室リモデリングおよび臨床結果の悪化と関連していると示唆されている。MVO診断のゴールドスタンダードは、STEMI後14日以内の造影剤増強心臓磁気共鳴である。閉塞していた太い冠動脈の血流を回復させたにもかかわらず、適切に灌流されていない左心室(LV)心筋層の割合から、各患者のMVOを定量化できる。MVOは、動画-冠動脈血管造影法によって(cine coronary angiography)、心電図記録において測定されるST上昇部分の不完全な解消部分に基づいて(incomplete resolution of ST segment elevation measured on electrocardiography)、及び心筋コントラスト心臓エコー検査(myocardial contrast echocardiography)によって評価することもできる。現時点では、MVOの負担を防止又は最小限に抑制する効果的な療法はなく、現在不可逆的であると考えられている。
【0004】
MVOの症状として、開通した心外膜冠動脈が存在し虚血前の心筋層に対して再灌流が不可能であると言われている。MVOは、PPCI後のSTEMI患者のほぼ半数に発症し、梗塞部のサイズとは無関係に、さらに症状を悪化させている(J Thorac Dis.2018 Mar;10(3):1343-1346)。PPCIによって再灌流され最初の1週間以内にCMRが行われた1025例のSTEMI患者のメタアナリシスによれば、MVOは心臓死、うっ血心不全および心筋層の再梗塞が複合して発症するといった関連性を示し、ハザード比が3.74であったが、交絡要因(confounders)に対する調整後の多変量Cox回帰分析においてこのような関連性は心筋梗塞(MI)サイズからは見い出されなかった。7つの無作為一次PCI治験(患者数n=1688人)からの個々の患者データを使用したより近年のメタアナリシスにおいて、遅延ガドリニウム造影画像法を利用したCMRによって、再灌流後7日間以内のMVOが評価されている(Eur Heart J.2017 Dec 14;38(47):3502-3510)。患者を分析する際に、MVOに対するカットオフポイントとして、メジアン値(患者の50%はこれより下であり、50%はこの値より上)である0.47%という値を用いている。MVOの程度が大きい(メジアンの0.47%を上回る)患者において、全ての原因による死亡率又は心不全入院期間の1年後の複合的な評価項目(composite endpoint)に対するハザード比が増加していることが見つかった。この効果は、梗塞部のサイズ、年齢、性別、喫煙状況、ならびに高血圧症、高脂血症や糖尿病の存在から独立したものであった。
【0005】
PPCI後に開通した心外膜冠動脈を有しているにもかかわらず、MVOに罹患した患者には、微小循環レベルでは進行する灌流が停滞している領域がある。微小循環を開通させてMVOを理論的には減少し得る治療アプローチは失敗に終わっている。意外なことに、PCI技術(吸引による血栓摘出又は遅延ステント術など)に関する重要な開発がされても、MVO発生率および関連症状に対してのインパクトは限定的であった[J Thorac Dis 2018;10(3):1343-1346]。近年、高用量の冠動脈内アデノシン及びナトリウムニトロプルシドによっても、247人の再灌流したSTEMI患者のコホート集団においてMVO及びMIサイズを減少させることができなかった[Eur Heart J.2016;37:1910-1919]。複数の実験を伴う研究では、基部が閉塞していた冠動脈での流れを回復させた数分後に低体温療法を開始するとno-reflow現象の発生率を顕著に減少させることが実証されているが、梗塞部サイズに影響をあたえるものではなかった。
【0006】
以上のように、STEMI患者に対する効果的なMVO治療はない。従って、この分野での新規な治療を確立する研究が一刻も早く必要とされている。この点に関して、本発明では、STEMI患者におけるPPCI後の微小血管障害を抑制するL-トリヨードサイロニン(T3)による新規の効果が言及されている。
【0007】
しかしながら、現時点では、急性心筋梗塞と関わり得る全ての状況において甲状腺ホルモン(TH)を投与することは回避されている。これは、THが虚血性心筋層に対して有害であると長い間信じられているためである。急性心筋梗塞を発症している甲状腺機能低下症の患者におけるTHレベルを通常に回復させることでさえ考えるべきだという強い偏見が臨床医の間で存在している。このような状況におけるTHの使用は、心拍数を上昇させることにより、酸素消費およびエネルギー消耗が増大してしまうため、心筋層の損傷および梗塞部のサイズを悪化させる結果になり得るという現在の既成観念が事実としてある。さらにまた、高いTHレベルは、不整脈発生率の増加と関係していた。不整脈はこれらの患者の早期死亡の原因の一つである。これに関連して、1970年代の冠動脈薬剤プロジェクト(the Coronary Drug Project)のような早期臨床研究によれば、急性心筋梗塞後の患者に高用量のD-チロキシンを長期投与した結果、死亡率が上昇したことが示されている。これらのデータの結果として、冠動脈疾患(CAD)を有する患者に対してTHは極めて慎重に使用されることが一般的となった。しかし、ストレスによって誘発される低濃度のT3がCAD患者の症状悪化と関連していることを示す強い疫学的データによって、この分野における調査関心を復活させた。このエビデンスによると、いくつかの実験研究が行われ、実験用に心筋梗塞に罹患した動物の心臓機能を回復させるための長期TH置換療法の有効性が調査された。生理的用量に近いTHを用いた治療により、虚血後の心筋層は良好に再構築され、ミオシン重鎖(MHC)発現パターンが良好に変化し(β-MHCは減少し、α-MHCは増加した)、楕円状の再構成、左心室駆出率改善を伴うことができた。興味深いことに、心筋梗塞のマウスモデルにおいて、TH置換療法により機能回復が復元されたが、高用量のTHによる長期治療の結果、死亡率は増加した(Ann Transl Med.2018 Jun;6(12):254)。
【0008】
文献US2011/0142947A1及びUS2005/0059574A1には、心停止、心臓の電気的停止を伴う心停止、心臓ショックおよび急性心不全の場合における使用に適したT3組成物が言及されている。これらの病理学的な実体は、心筋梗塞又は心筋層虚血および再灌流とは異なる。事実、心停止、心臓ショックおよび急性心不全に罹患し得るSTEMI患者は少数である(5-10%)。
【0009】
文献WO 95/00135及びDrug Deliv.and Transl.Res.(2013)3:309-317のMdzinarishvili A.によって、中枢神経系虚血および虚血性脳卒中におけるT3の使用が言及されている。これらの病理学的実体は、MI又は心筋層虚血および再灌流とは全く異なり、この文脈において完全に本発明の範囲外のものである。
【0010】
文献WO 02/051403には、バイオマーカーとして血中T3レベルを測定することの有用性が言及され、心筋梗塞患者の予後が評価されている(死亡率の指標)。しかしながら、特に、実施例1には、T3とは相違する分子であるリバースT3(rT3)が言及されている。rT3ではチロキシン分子の内側の環から脱ヨウ素化されるヨウ素が失われているのに対して、T3では外側の環からである点で特に相違している。この事実から、リバースT3は不活性である。
【0011】
急性心筋梗塞(AMI)患者に対するTH置換療法の潜在適用性は、近年のフェーズII臨床治験によって試験されている(THIRST Study-EudraCT:2009-010869-23)。この無作為対照付き治験では、血清FT3レベルの低い37人のSTEMI患者に対してT3を経口投与しており、6ヶ月間のT3置換療法は、局所的(regional)心臓機能不全を減少される点で効果的かつ安全であることが示されている。心臓MRIによる評価によれば、左心室駆出率および心筋梗塞部のサイズに関していかなる利点も示されなかった。この治験において、STEMIの発症後72時間でT3は開始され、この調製剤は一日3回投与された(最大投与量:15μg/m2/日)。急性イベント発症後数日以内にT3療法が開始されれば、循環T3レベルが低いSTEMI患者に対して血清T3レベルの正常化を行っても安全であるというエビデンスがこの小規模治験によって提供されている。
【0012】
指標となるイベント後に高用量THを早期投与(急性治療)することによる潜在的な効果は、単離したラット心臓調製物を用いた虚血-再灌流(I/R)実験モデルによっても調査されている。これによると、再灌流開始時に高用量のT3(トリヨードサイロニン)を投与した結果、虚血後の機能回復が向上し、アポトーシスによって示されるような心筋層損傷が少なくなった。この生体外実験設定において、T4(L-チロキシン)は心筋層損傷に対して効果がないことが示されている(Heart Fail Rev.2015 May;20(3):273-82.)。このエビデンスに基づいて、これらの結果を臨床実務において再現するようにフェーズII研究(Thy-REPAIR-EudraCT:2016-000631-40)が設計された。Thy-REPAIRでは、一次PCIを受ける前方又は前外側STEMI患者に対する、再灌流直後に開始され48時間継続する静脈内への高用量T3治療の効果を探求している。これは二重盲検無作為治験である。この研究の主な評価項目は、指標となるイベントの6ヵ月後の心筋層機能の回復であり、これは退院時および急性心筋梗塞後6ヵ月目に心臓磁気共鳴(CMR)によって評価される。この研究では、LVの体積および形状(geometry)の変化を評価することによって、梗塞部のサイズおよび心臓リモデリングに対するT3治療の潜在的な効果も探求されている。
【発明の概要】
【0013】
この研究の過程で、ある所見が得られ、本発明に至った。
【0014】
本発明は特に、添付の特許請求の範囲に記載されていような治療用のL-トリヨードサイロニンに関する。より広い意味では、本発明は、微小血管障害を治療するために用いられるL-トリヨードサイロニンに関する。ここで、MVOの治療とは、T3を供給されていない患者と比べた場合の、微小血管障害の緩和に関するものである。MVOを、一次経皮的冠動脈インターベンション(PPCI)後7~12日に行われる心臓磁気共鳴(CMR)画像法と、心電図(ECG)に再現されるST上昇の両方に基づいて決定してもよい。梗塞部のサイズおよび駆出率はCMRによって測定されている。また、梗塞部のサイズは、血中トロポニンレベルを測定し、酵素を用いて評価されている。
【0015】
本発明は特に、一次経皮的冠動脈インターベンション(PPCI)を受けるST上昇心筋梗塞患者に投与されるトリヨードサイロニン(T3)を含む薬剤に関する。
【0016】
本発明は特に、T3濃度の範囲が5~20μg/ml、特に10μg/ml、である溶液として静脈内投与されるT3溶液の使用に関する。
【0017】
典型的には、上記治療は、再灌流後に比較的高用量の投与により開始される。このボーラス量は、0.7μg/kg~0.9μg/kgの範囲内にすることができる。従って、1mlの溶液中10μgのL-トリヨードサイロニンを含むT3溶液を用いて、患者に2~3分のうちに4.0~8.0mlのボーラス量を投与することもできる。
【0018】
このボーラス量で静脈内投与されてもよい。
【0019】
高用量のボーラス投与の後、患者は24~72時間かけて連続注入(continued infusion)を受ける。典型的には、患者にT3が0.1~0.2μg/kg/hの範囲内で連続注射(continuous injection)される。
【0020】
これらの用量は、不十分な甲状腺機能を有する患者(例えば、甲状腺機能低下症又は粘液水腫に罹患した患者)に対する通常の治療よりも非常に多い用量であると考えられる。それゆえ、約48時間を超える治療の過程で、体重が60kg~100kgの範囲内の患者には、T3を合計350~600μg与えることが可能である。この用量は、T3レベルを通常の範囲に回復させるためにThirst治験において用いられる用量と比べて8~12倍多い。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】急性心筋梗塞後にプラセボ及びT3によってそれぞれ措置された患者群の、入院期間中の血清中トリヨードサイロニンレベル。
【
図2】プラセボ及びT3によってそれぞれ措置されたSTEMI患者群の入院期間中に評価された心拍数。
【
図3】プラセボ及びT3によってそれぞれ措置されたSTEMI患者群の退院時に心臓磁気共鳴によって評価された左心室(LV)における割合として示した瘢痕の程度。
【
図4】プラセボ及びT3によってそれぞれ措置されたSTEMI患者群の退院時に心臓磁気共鳴によって評価されたMVO平均値。
【
図5】プラセボ及びT3措置群のそれぞれにおけるMVOの程度が大きい患者の割合。T3によってMVOの程度が大きい患者の割合が顕著に減少している。
【
図6】STEMI患者の心電図:入院時(A)、良好なPPCI後(B)。なお、A(青矢印)では心筋層虚血の存在を示すST上昇があり、BではST上昇の解消(赤矢印)により血流の回復を示している。MVOの程度が大きい患者では、PPCI後のECG中のST上昇は未回復であり、心筋層虚血が持続していることが示されている。
【
図7】プラセボ群及びT3群に対して入院時及びPPCI後に行われた心電図におけるST上昇の解消(%)。
【
図8】プラセボ及びT3によってそれぞれ措置されたSTEMI患者群の経時トロポニンレベル。
【
図9】プラセボ群の、CMRによって測定された心臓機能(6ヵ月目の駆出率)と梗塞部のサイズとの相関関係。前述の研究と同様な強い負の関係がある。
【
図10】T3措置群の、CMRによって測定された心臓機能(6ヵ月目の駆出率)と梗塞部のサイズとの相関関係。心臓機能は、損傷の程度と関係するものではなく、異なる病態生理学的プロセスであることが示されている。
【
図11】プラセボ群とT3群との間には梗塞部のサイズ(損傷の程度)について差がないことを示すCMR分析。
【
図12】プラセボ及びT3によってそれぞれ措置されたSTEMI患者群の、心臓エコー検査によって評価された異なる時点の左心室駆出率。
【
図13】プラセボ及びT3によってそれぞれ措置されたSTEMI患者群の退院時に心臓磁気共鳴によって評価された左心室駆出率と、左心室拡張末期(LVEDVi)容積と、左心室収縮末期(LVEDVi)容積。
【
図14】プラセボ及びT3によってそれぞれ措置されたSTEMI患者群の6ヵ月目に心臓磁気共鳴によって評価された左心室駆出率と、左心室拡張末期(LVEDVi)容積と、左心室収縮末期(LVEDVi)容積。
【発明を実施するための形態】
【0022】
実施者は、T3が投与される患者の体重別の投与量計画を示す以下の表および説明を参照することができる。
【0023】
【0024】
別例として、実施者は以下のことを考慮し得る。
【0025】
体重が77Kgの患者に対しては、一次PCIにおいて再灌流を始める際に2~3分でボーラス量として、10μg/ml注射用T3溶液を6mlの用量(T3総量60μg)で静脈内投与する。その後、次の24時間で、229mlの0.9%NaCl中に希釈されている10μg/ml注射用T3溶液を21ml(T3総量210μg)含む溶液を患者に与える。これらは、ポンプを介して10.4ml/hの安定した流速で投与される。この最後の工程は別の24時間のうちに繰り返される。従って、治療開始から患者に投与されるT3の合計量は480μgである。表2に、治療開始から各患者に投与されるT3の合計量をまとめる。
【0026】
【0027】
本発明で検討された投与量計画によれば(上記甲状腺置換療法を考慮した高用量のT3)、微小血管障害(MVO)の程度が抑えられるという驚くべき所見に本発明が基づいていることは明らかである。現在、再灌流後のMVOは、梗塞部のサイズとは独立した、これらの患者の生存率の重要な予後因子として認識されている。従って、MVOのいかなる減少も、PCI治療を受けるSTEMI患者の死亡率を減少させ得る。
【0028】
本研究のトリヨードサイロニンは10μg/ml注射用T3(登録商標)溶液の形態で使用され、この溶液は、1つのバイアルにつき総容積の15ml中150μgのL-トリヨードサイロニンを含有するものである。この薬剤は、活性物質としてリオチロニンナトリウムと、デキストラン70、1NのNaOH及び注射用水を含むその他の成分とを含有する透明で無色の溶液である。リオチロニンナトリウムはインビトロで合成される。この薬剤を凍結乾燥した形態で供給し、使用直前に注射用水又は生理食塩水によって元に戻すこともできる。
【0029】
【0030】
血行力学研究室(hemodynamic lab)にて責任血管が成功裏に開口した直後に始める静脈内へ
ボーラス投与の用量は0.8μg/kgであり、その後の48時間において静脈内に0.113μg/kg/hで注入される。薬剤投与によって血清中T3レベルは24時間および48時間の時点において有意に上昇する(それぞれ、5.5(0.5)ng/mlおよび4.5(0.5)ng/mlであるのに対して、プラセボ群では0.79(0.06)および0.76(0.06)ng/ml、p<0.01)。この治療により血清中T3レベルが72時間にわたって
通常よりもはるかに高い範囲に上昇しており、退院時(7日目)には通常に戻ることができる(
図1)。
【0031】
高用量のT3を投与した結果、始めの3日間の心拍数の上昇度は
有意ではなかった(
図2)。現在の既成観念に反して、酸素消費が増えたとしても、T3による梗塞部のサイズ(IS)の肥大化は見られていない(
図3)。
【0032】
我々の予想を超えて、これらの患者の微小血管障害平均値および微小血管障害発生率の決定に関わる造影剤増強心臓磁気共鳴による通常の分析によって、本研究における重要で驚くべき知見が得られた。実際、ガドリニウムを用いる心臓磁気共鳴は、STEMI患者におけるMVOを検出するためのゴールドスタンダード方法を代表するものである。閉塞していた太い冠動脈の血流を回復させたにもかかわらず、適切に灌流されていない左心室(LV)心筋層の割合から、各患者のMVOを定量化できる。
【0033】
事実、退院時(イベント後7~12日)のCMRデータによると、T3で措置したSTEMI患者の微小血管障害平均値の程度は小さかった(
図4)。
【0034】
先に述べたMVOの程度が大小さまざまである患者群のMVO発生率を、0.47%の値をカットオフポイントとして用いて評価した。この分析は新規に行われたものであり、MVOに対するT3効果について強いエビデンスが提供されている。プラセボ群(n=9)では、程度が大きいMVOが56%の患者から見出され、この結果は先の文献中で公表されたレポートと一致する。驚くべきことに、T3措置群(n=12)では、程度の大きいMVOは25%の患者のみからしか見出されなかった、p=0.05(
図5)。
【0035】
これらのMVOに関する予期し得なかった知見は他の測定によっても支持されている。STが回復した(%)として測定されたPPCI前後の心電図におけるST上昇部分の変化は、MVOの程度と密接に相関している(
図6)。事実、近年のエビデンスとして、STEMI患者のPPCI後にST部分の上昇が不完全に解消されていることは、特に、左前下行動脈(LAD)心筋梗塞に罹患した患者における微小循環障害及び左心室機能不全の存在を反映するものであると示唆されている。
【0036】
PPCI後のST解消平均値はプラセボ群よりもT3の方が多いことが見出された(
図7)。ST解消平均値の測定値として、プラセボ群では34%であったのに対し、T3措置群では54%であった(p=0.05)。これらの測定によって、T3はMVOに対して効果を有するという強いエビデンスが提供されている。
【0037】
経時的血中トロポニンレベルは心筋層損傷の主な目安となる。本発明によれば、トロポニンレベルはT3群とプラセボ群との間で類似しており、CMRデータに基づく梗塞部のサイズが類似していることが示されている。従って、MVOに対するT3の効果は梗塞部のサイズとは無関係であると考えられる。(
図8)。
【0038】
以上のように、T3措置は退院時および6ヵ月目における心臓機能改善と関連していた。我々のデータが示すように、この効果は梗塞部のサイズに起因するというよりもむしろMVOに対するT3の効果に起因するものである。
図9によれば、プラセボ群の6ヵ月目における機能回復は、梗塞部のサイズに大きく依存している。従って、梗塞部のサイズが大きければ、6ヵ月目の機能回復は低い。この結果は先行技術に一致している。
【0039】
驚くべきことに、T3群では(
図10)、その機能回復は心筋層損傷とは独立していたことが見出された。これは、虚血性心筋層に対するT3の新規の効果(即ち、MVOに対する効果)を示すものである。これまで実験又は臨床研究において、虚血/再灌流による損傷後の心筋層治癒(修復)に対するT3の上記のような特定の効果を説明したものはない。
【0040】
興味深いことに、CMRではプラセボ及びT3群の間で梗塞部のサイズは類似していることが明確に示されたが(
図11参照)、心臓エコー検査データによればT3で措置したSTEMI患者のLV駆出率は指標となるイベント後の早期および後期に改善していることが示されていることが見出された(
図12参照)。
【0041】
T3治療によって心筋層機能が改善する追加のエビデンスが、左心室駆出率(EF%)と、左心室拡張末期(LVEDVi)および収縮末期(LVEDVi)容積とによって実証された。これらは、退院時のT3群およびプラセボ群に対するCMRによって評価されたものである(
図13)。
【0042】
同様に、T3措置患者の心臓機能の改善は6ヵ月間持続していた(
図14)。