(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-08
(45)【発行日】2023-12-18
(54)【発明の名称】Paraprevotella属に属する細菌を有効成分として含有する、トリプシン活性を抑制するための組成物
(51)【国際特許分類】
C12N 1/20 20060101AFI20231211BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20231211BHJP
【FI】
C12N1/20 A ZNA
C12N15/09 Z
(21)【出願番号】P 2020546039
(86)(22)【出願日】2019-09-10
(86)【国際出願番号】 JP2019035574
(87)【国際公開番号】W WO2020054728
(87)【国際公開日】2020-03-19
【審査請求日】2022-02-02
(32)【優先日】2018-09-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(32)【優先日】2019-01-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「革新的先端研究開発支援事業インキュベートタイプ(LEAP)」「腸内細菌株カクテルを用いた新規医薬品の創出」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
【微生物の受託番号】NPMD NITE BP-02775
【微生物の受託番号】NPMD NITE BP-02776
【微生物の受託番号】NPMD NITE BP-02777
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】弁理士法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】本田 賢也
(72)【発明者】
【氏名】成島 聖子
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 栄一郎
(72)【発明者】
【氏名】小原 收
(72)【発明者】
【氏名】川島 祐介
(72)【発明者】
【氏名】李 優先
【審査官】林 康子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/051323(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2018/0110800(US,A1)
【文献】国際公開第2018/117263(WO,A1)
【文献】特表2018-502551(JP,A)
【文献】特表2015-537042(JP,A)
【文献】MIDTVEDT, T. et al.,PloS One, 2013, Vol.8, Issue 6, e66074,p.1-9
【文献】SAKAMOTO, M. et al.,J Med Microbiol, 2010, Vol.59, p.1293-1302
【文献】Database Genbank[online], Accession No. AB547651.1, <https://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/ab547651>0,全文参照
【文献】Database Genbank[online], Accession No. AB331896.1, <https://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/ab331896>1,全文参照
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Paraprevotella属に属する細菌を有効成分として含有し、前記細菌が受託番号NITE BP-02775にて特定されるParaprevotella claraに属する細菌株である、トリプシン活性を抑制するための組成物。
【請求項2】
Parabacteroides merdae及びBacteroides uniformisからなる群から選択される少なくとも1の細菌を更に含有する、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記Parabacteroides merdaeが、配列番号:4に記載の塩基配列からなるDNAを有する細菌であり、前記Bacteroides uniformisが、配列番号:5に記載の塩基配列からなるDNAを有する細菌である、請求項2に記載の組成物。
【請求項4】
前記Parabacteroides merdaeが、受託番号NITE BP-02776にて特定されるParabacteroides merdaeに属する細菌株であり、前記Bacteroides uniformisが、受託番号NITE BP-02777にて特定されるBacteroides uniformisに属する細菌株である、請求項2に記載の組成物。
【請求項5】
Paraprevotella属に属する細菌と、
受託番号NITE BP-02776にて特定されるParabacteroides merdaeに属する細菌株、及び、受託番号NITE BP-02777にて特定されるBacteroides uniformisに属する細菌株からなる群から選択される少なくとも1の細菌とを、含有する、トリプシン活性を抑制するための組成物。
【請求項6】
前記Paraprevotella属に属する細菌が、Paraprevotella clara及びParaprevotella xylaniphilaからなる群から選択される少なくとも1の細菌である、請求項5に記載の組成物。
【請求項7】
前記Paraprevotella属に属する細菌が、配列番号:1~3のうちのいずれかに記載の塩基配列又は当該塩基配列に対して少なくとも90%の同一性を
有し、16SrRNAの配列である塩基配列からなるDNAを有する、少なくとも1の細菌である、請求項5に記載の組成物。
【請求項8】
前記Paraprevotella属に属する細菌が、
Paraprevotella clara JCM14859
T株及び
Paraprevotella xylaniphila JCM14860
T株
からなる群から選択される少なくとも1の細菌株である、請求項5に記載の組成物。
【請求項9】
受託番号NITE BP-02775にて特定されるParaprevotella claraに属する細菌株。
【請求項10】
受託番号NITE BP-02775にて特定されるParaprevotella claraに属する細菌株と、
受託番号NITE BP-02776にて特定されるParabacteroides merdaeに属する細菌株、及び、受託番号NITE BP-02777にて特定されるBacteroides uniformisに属する細菌株からなる群から選択される少なくとも1の細菌との、混合物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Paraprevotella属に属する細菌を有効成分として含有する、トリプシン活性を抑制するための組成物に関する。また、本願は、米国特許仮出願62/728908号(2018年9月10日出願)及び米国特許仮出願62/794145号(2019年1月18日出願)に対する優先権を主張し、当該出願の開示内容は、参照によって本願明細書中に援用される。
【背景技術】
【0002】
ヒトの消化管には、約100兆個の腸内細菌が生息していると考えられている。これは、約37兆個のヒト体細胞よりも遥かに多くの腸内細菌が我々と共存し、腸内細菌叢を形成していることになる。腸内細菌学が提唱されて以来、様々な研究が行われてきた。実際、近年の無菌動物を用いた実験により、腸内細菌叢が宿主免疫系の成熟や宿主の機能に対して様々な影響を与えていることが明らかになってきている。例えば、腸内細菌は、病原性微生物とニッチを競合することで病原性微生物の定着や増殖の抑制に貢献している。また、肥満のヒトの腸内細菌はBacteroidetesが少なく、その便を移植された無菌マウスは体脂肪が増加する。
【0003】
加えて、ノトバイオート技術の普及により、腸内細菌全体から個々の細菌種が、宿主免疫系に与える詳細な研究も報告され始めている。例えば、健常者から単離したClostridia群の17菌株が、マウス大腸で制御性T細胞を誘導し、宿主の炎症を緩和する(非特許文献1)。また、マウス小腸に生息するセグメント細菌(segmented filamentous bacteria(SFB))が、小腸上皮に接着することで、強力にTh17細胞を誘導する(非特許文献2)。さらに、クローン病(Crohn病、CD)患者の唾液から単離したKlebsiella pneumoniaeはマウス大腸に異所性に定着することで、強力にTh1細胞を誘導し大腸炎を惹起する(非特許文献3)。このように、腸内細菌と宿主免疫系に関する研究は多くある一方で、個々の腸内細菌種と便中に存在する宿主由来のタンパク質に着目した詳細な研究は少ない(非特許文献4~7)。
【0004】
また、宿主由来のタンパク質において、トリプシンは、膵臓から分泌されるタンパク質分解酵素のひとつとして知られている。最近になって、大腸以遠での活性型トリプシンの残存は、様々な疾患の発症や増悪に関与することが示唆されている。具体的には、炎症性腸疾患(Inflammatory Bowel Disease、IBD)患者、特にCD患者の便中に、トリプシンがその活性を維持したままの状態で残存することが報告されている(非特許文献8.9)。また、ヒトの腸内細菌の大きな構成要素として知られるBacteroides属がIBD患者で減少していることや(非特許文献9)、Bacteroides属を構成するある種の細菌が便中のトリプシンの失活に関与することが示唆されているが(非特許文献10)、詳細な研究はほとんどない。
【0005】
このような現状を鑑み、トリプシン活性を抑制できる細菌を単離することができれば、IBDに対する新たな治療戦略として、トリプシン活性を抑制させる細菌療法の開発に繋がる可能性が期待できるが、そのような細菌は未だ単離されてない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Atarashi,K.et al.Nature 500,232-236,doi:10.1038/nature12331(2013).
【文献】Atarashi,K.et al.Cell 163,367-380,doi:10.1016/j.cell.2015.08.058(2015).
【文献】Atarashi,K.et al.Science 358,359-365,doi:10.1126/science.aan4526(2017).
【文献】Palm,N.W.et al.Cell 158,1000-1010,doi:10.1016/j.cell.2014.08.006(2014).
【文献】Kawamoto,S.et al.Immunity 41,152-165,doi:10.1016/j.immuni.2014.05.016(2014).
【文献】Planer,J.D.et al.Nature 534,263-266,doi:10.1038/nature17940(2016).
【文献】Bunker,J.J.et al.Immunity 43,541-553,doi:10.1016/j.immuni.2015.08.007(2015).
【文献】van de Merwe,J.P.&Mol,G.J.Digestion 24,1-4,doi:10.1159/000198767(1982).
【文献】Midtvedt,T.et al.PLoS One 8,e66074,doi:10.1371/journal.pone.0066074(2013).
【文献】Ramare,F.,Hautefort,I.,Verhe,F.,Raibaud,P.&Iovanna,.Appl Environ Microbiol 62,1434-1436(1996).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、前記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、トリプシン活性を抑制できる細菌を単離し、当該細菌を有効成分として含有する、トリプシン活性を抑制するための組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、前記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、SPFマウスと無菌マウス(Germ-Freeマウス、GFマウス)の盲腸内容物について、網羅的タンパク質解析(プロテオーム解析)を行い、713種の宿主由来のタンパク質を同定した。SPFマウスと比較して、GFマウスの盲腸内容物中には、45種のタンパク質が有意に多く存在していた。これらのうち、存在量に特に顕著な差が認められた、タンパク質分解酵素のトリプシン(Anionic trypsin-2:PRSS2)に着目した。
【0009】
トリプシンは、膵臓の外分泌腺から分泌される消化管酵素で、強力なタンパク質分解酵素であり、原因不明のIBDとの関連が示唆されている。そこで、膵臓組織における、トリプシン前駆体であるトリプシノーゲンの発現量及び分泌量を検討したが、SPFマウスとGFマウス間の差は認められなかった。一方で、腸内容物中のトリプシン活性については、小腸では有意差を認めなかったが、盲腸以遠では、SPFマウスにおいて有意な活性低下が認められた。以上から、腸内細菌が盲腸以遠でのトリプシン活性を低下させる因子と考えられた。
【0010】
次に、健常人ボランティア6名の便検体をGFマウスに投与し、ヒト菌叢定着マウスとしたところ、便中のトリプシン活性は検体群毎に異なっていた。そこで、便中のトリプシン活性を低下させる菌株の同定を行った。最もトリプシン活性が低下していたヒト菌叢定着マウスの盲腸内容物を、別のGFマウスに投与し、様々な抗菌スペクトルの抗生物質を投与しながら、便中のトリプシン活性を評価した。その結果、アンピシリンを投与したマウス群において、便中のトリプシン活性の有意な低下が認められた。その中で、最もトリプシン活性が低下したマウスについて、盲腸内容物に含まれる菌を嫌気条件下で培養し、トリプシン活性を低下させる菌35株を単離した。さらに、トリプシン活性を低下させる責任菌の絞り込みを行った。上述した様々な抗菌スペクトルの抗生物質を投与した際のマウス便中における腸内細菌の相対占有率とトリプシン活性値のSpearman順位相関解析に基づいて、菌株を絞り込み、Paraprevotella clara(P.clara)、Parabacteroides merdae(P.merdae)、及びBacteroides uniformis(B.uniformis)の3菌株がトリプシン活性を低下させることが明らかになった、また最終的にP.clara単菌がトリプシン活性抑制における責任菌であることを見出した。
【0011】
さらに、Paraprevotella属に属する他の細菌(P.xylaniphila)についても評価した結果、P.clara同様に、トリプシン活性を抑制できることが明らかになった。
【0012】
本発明は、かかる知見に基づき創作されたものであり、Paraprevotella属に属する細菌を有効成分として含有する、トリプシン活性を抑制するための組成物に関し、より詳しくは以下を提供するものである。
<1> Paraprevotella属に属する細菌を有効成分として含有する、トリプシン活性を抑制するための組成物。
<2> 前記Paraprevotella属に属する細菌が、Paraprevotella clara及びParaprevotella xylaniphilaからなる群から選択される少なくとも1の細菌である、<1>に記載の組成物。
<3> 前記Paraprevotella属に属する細菌が、配列番号:1~3のうちのいずれかに記載の塩基配列又は当該塩基配列に対して少なくとも90%の同一性を有する塩基配列からなるDNAを有する、少なくとも1の細菌である、<1>に記載の組成物。
<4> 前記Paraprevotella属に属する細菌が、
受託番号NITE BP-02775にて特定されるParaprevotella claraに属する細菌株(Paraprevotella clara 1C4株)、
Paraprevotella clara JCM14859T株及び
Paraprevotella xylaniphila JCM14860T株
からなる群から選択される少なくとも1の細菌株である、<1>に記載の組成物。
<5> Parabacteroides merdae及びBacteroides uniformisからなる群から選択される少なくとも1の細菌を更に含有する、<1>~<4>のうちのいずれか一項に記載の組成物。
<6> 前記Parabacteroides merdaeが、配列番号:4に記載の塩基配列又は当該塩基配列に対して少なくとも90%の同一性を有する塩基配列からなるDNAを有する、少なくとも1の細菌であり、前記Bacteroides uniformisが、配列番号:5に記載の塩基配列又は当該塩基配列に対して少なくとも90%の同一性を有する塩基配列からなるDNAを有する、少なくとも1の細菌である、<5>に記載の組成物。
<7> 前記Parabacteroides merdaeが、受託番号NITE BP-02776にて特定されるParabacteroides merdaeに属する細菌株(Parabacteroides merdae 1D4株)であり、前記Bacteroides uniformisが、受託番号NITE BP-02777にて特定されるBacteroides uniformisに属する細菌株(Bacteroides uniformis 3H3株)である、<5>に記載の組成物。
<8> 受託番号NITE BP-02775にて特定されるParaprevotella claraに属する細菌株(Paraprevotella clara 1C4株)。
<9> 受託番号NITE BP-02776にて特定されるParabacteroides merdaeに属する細菌株(Parabacteroides merdae 1D4株)。
<10> 受託番号NITE BP-02777にて特定されるBacteroides uniformisに属する細菌株(Bacteroides uniformis 3H3株)。
【0013】
また、大腸に残存する活性型トリプシンは、以前より、潰瘍性大腸炎やクローン病として知られているIBDの発症や症状の増悪への関与が示唆されている。そこで、本発明者らは、大腸炎モデルマウスを用いて、前記3菌株のトリプシン活性を抑制させる効果に基づく、炎症の緩和を検証した。IL-10遺伝子欠損マウスにEnterobacter aerogenesを感染させて大腸炎を誘導するモデルでは、前記3菌株の投与により、その発症が抑制される傾向が認められた。また、DSS誘導大腸炎モデルにおいて、大腸炎の発症が有意に抑制された。
【0014】
したがって、かかる知見に基づき、本発明は、以下のトリプシン活性に起因する疾患を治療、改善又は予防するための医薬組成物、及び方法も提供する。
<11> Paraprevotella属に属する細菌、Parabacteroides merdae及びBacteroides uniformisからなる群から選択される少なくとも1の細菌を有効成分として含有する、トリプシン活性に起因する疾患を治療、改善又は予防するための医薬組成物。
<12> Paraprevotella属に属する細菌が、Paraprevotella clara及びParaprevotella xylaniphilaからなる群から選択される少なくとも1の細菌である、<11>に記載の医薬組成物。
<13> Paraprevotella属に属する細菌が、配列番号:1~3のうちのいずれかに記載の塩基配列又は当該塩基配列に対して少なくとも90%の同一性を有する塩基配列からなるDNAを有する、少なくとも1の細菌である、<11>に記載の医薬組成物。
<14> Paraprevotella属に属する細菌が、
受託番号NITE BP-02775にて特定されるParaprevotella claraに属する細菌株(Paraprevotella clara 1C4株)、
Paraprevotella clara JCM14859T株及び
Paraprevotella xylaniphila JCM14860T株
からなる群から選択される少なくとも1の細菌株である、<11>に記載の医薬組成物。
<15> 前記Parabacteroides merdaeが、配列番号:4に記載の塩基配列又は当該塩基配列に対して少なくとも90%の同一性を有する塩基配列からなるDNAを有する、少なくとも1の細菌である、<11>~<14>のいずれか一項に記載の医薬組成物。
<16> 前記Parabacteroides merdaeが、受託番号NITE BP-02776にて特定されるParabacteroides merdaeに属する細菌株(Parabacteroides merdae 1D4株)である、<11>~<14>のいずれか一項に記載の医薬組成物。
<17> 前記Bacteroides uniformisが、配列番号:5に記載の塩基配列又は当該塩基配列に対して少なくとも90%の同一性を有する塩基配列からなるDNAを有する、少なくとも1の細菌である、<11>~<16>のいずれか一項に記載の医薬組成物。
<18> 前記Bacteroides uniformisが、受託番号NITE BP-02777にて特定されるBacteroides uniformisに属する細菌株(Bacteroides uniformis 3H3株)である、<11>~<16>のいずれか一項に記載の医薬組成物。
<19> 前記トリプシン活性に起因する疾患が炎症性腸疾患である、<11>~<18>のいずれか一項に記載の医薬組成物。
<20> 前記炎症性腸疾患が、潰瘍性大腸炎(UC:Ulcerative colitis)及びクローン病(CD:Crohn’s disease)のいずれか1の疾患である、<19>に記載の医薬組成物。
<21> Paraprevotella属に属する細菌、Parabacteroides merdae及びBacteroides uniformisからなる群から選択される少なくとも1の細菌を、対象に摂取させ、該対象におけるトリプシン活性に起因する疾患を治療、改善又は予防する方法。
<22> Paraprevotella属に属する細菌が、Paraprevotella clara及びParaprevotella xylaniphilaからなる群から選択される少なくとも1の細菌である、<21>に記載の方法。
<23> Paraprevotella属に属する細菌が、配列番号:1~3のうちのいずれかに記載の塩基配列又は当該塩基配列に対して少なくとも90%の同一性を有する塩基配列からなるDNAを有する、少なくとも1の細菌である、<21>に記載の方法。
<24> Paraprevotella属に属する細菌が、
受託番号NITE BP-02775にて特定されるParaprevotella claraに属する細菌株(Paraprevotella clara 1C4株)、
Paraprevotella clara JCM14859T株及び
Paraprevotella xylaniphila JCM14860T株
からなる群から選択される少なくとも1の細菌株である、<21>に記載の方法。
<25> 前記Parabacteroides merdaeが、配列番号:4に記載の塩基配列又は当該塩基配列に対して少なくとも90%の同一性を有する塩基配列からなるDNAを有する、少なくとも1の細菌である、<21>~<24>のいずれか一項に記載の方法。
<26> 前記Parabacteroides merdaeが、受託番号NITE BP-02776にて特定されるParabacteroides merdaeに属する細菌株(Parabacteroides merdae 1D4株)である、<21>~<24>のいずれか一項に記載の方法。
<27> 前記Bacteroides uniformisが、配列番号:5に記載の塩基配列又は当該塩基配列に対して少なくとも90%の同一性を有する塩基配列からなるDNAを有する、少なくとも1の細菌である、<21>~<26>のいずれか一項に記載の方法。
<28> 前記Bacteroides uniformisが、受託番号NITE BP-02777にて特定されるBacteroides uniformisに属する細菌株(Bacteroides uniformis 3H3株)である、<21>~<26>のいずれか一項に記載の方法。
<29> 前記トリプシン活性に起因する疾患が炎症性腸疾患である、<21>~<28>のいずれか一項に記載の方法。
<30> 前記炎症性腸疾患が、潰瘍性大腸炎及びクローン病のいずれか1の疾患である、<29>に記載の方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、トリプシン活性を抑制することが可能となる。特に腸内トリプシン活性を抑制することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】異なる飼育施設に由来するSPFマウスについて、盲腸内容物中(便)のトリプシン活性を評価した結果を示す、グラフである。図中、横軸に記載の「GF」、「Riken」、「SLC」、{Clea」及び「Charles」は、無菌マウス〈GFマウス)、理研で維持されたSPFマウス、日本エスエルシー株式会社で維持されたSPFマウス、日本クレア株式会社で維持されたSPFマウス及び日本チャールズ・リバー株式会社で維持されたSPFマウスを示し、縦軸は各盲腸内容物中のトリプシン活性を示す。
【
図2】日本の健常者ボランティアの便(A、B、C、CII、D、E、H及びG)中のトリプシン活性を評価した結果を示す、グラフである。図中の横軸は各健常者ボランティアを示し、縦軸は便中のトリプシン活性を示す。なお、便 C及びCIIの提供者は同一の健常者ボランティアである。
【
図3】日本の健常者ボランティアの便(A~F)をGFマウスに経口的に胃内投与して、ヒト菌叢化マウス(A~F)を作成し、便中のトリプシン活性を評価した結果を示す、グラフである。図中の横軸は各ヒト菌叢化マウス及びGFマウスを示し、縦軸は便中のトリプシン活性を示す。
【
図4】健常者ボランティアの便 CIIをGFマウスに経口的に胃内投与し、その24時間後から、抗生物質(Abx)のアンピシリン(Amp)、タイロシン(Tylosin)又はメトロニダゾール(MNZ)を自由飲水により投与したマウスについて、便中のトリプシン活性を経時的に評価した結果を示す、グラフである。図中の横軸は、抗生物質を投与してからの日数を示し、縦軸は便中のトリプシン活性を示す。なお、図中においては、健常者ボランティアの便 CIIのみを投与した(抗生物質は投与していない)GFマウス(Control)、便も抗生物質も投与していないGFマウス(GF)を評価した結果も示す。評価した個体数は以下のとおりである。Control:Amp:MNZ:Tylosin:GF=4:5:5:4:2。Amp投与時の活性推移は、抗生物質未投与群(Control)と同じ傾向である事から、活性低下に寄与する菌群はAmp耐性菌と推測された。そこで、Amp投与群の便サンプルから、菌の単離培養を行い、下記
図5に示す計35菌株を得た。続いて、抗生物質投与開始から12日目の各個体の菌叢を、メタ16SrDNA解析により導出した。更に、菌叢を構成する各菌種の相対占有率と、その個体のトリプシン活性値について、相関解析を行い、トリプシン活性の低下に寄与する菌種を推定した。
【
図5】
図4に示すAmp投与群の便サンプルから単離した計35菌株の、16SrDNA配列の相同性に基づく系統樹を示す。図中の表記は、左から順に、帰属された菌種名、16SrDNA解析の代表OTU No.、命名した単離菌株を示す。
【
図6】前記単離35菌を定着させたマウス便中のトリプシン活性を経時的に評価した結果を示す、グラフである。図中の横軸は、菌又便を投与してからの日数を示し、縦軸は便中のトリプシン活性を示す。単離した35菌をGFマウスに投与し(図中「35mix」)、腸内トリプシン活性を評価したところ、菌の由来する便の移植(図中「CII human faces」)と比較して、同等以上の効果が認められた。
【
図7】菌叢とトリプシン活性のSpearman’s correlationを示す図である。より具体的には、無相関検定P値がP<0.05を満たす菌種について、相関係数ρの昇順に表現した結果を示す図である。各個体の便中トリプシン活性値に、その存在量が相関する菌株をSpearman’s correlationから推定した。このうち、負の相関が強い9菌株(左側からの9菌)に着目した。
【
図8】
図7に示すSpearman’s correlationで強い負の相関が認められた9菌株(9-mix)を定着させたマウス便中のトリプシン活性を経時的に評価した結果を示す、グラフである。また下記
図9に示す6菌株(6-mix)又は3菌株(3-mix)を定着させたマウスについても同様に評価した。図中の横軸は、各菌カクテルを投与してからの日数を示し、縦軸は便中のトリプシン活性を示す。
【
図9】
図7に示すSpearman’s correlationで強い負の相関が認められた9菌株の系統樹を示す。図中に示すとおり、9菌株は、Bacteroides属に属する3菌株(図中「Bacteroides」)とBacteroides属以外の6菌株(図中「Non-Bacteroides」)に分けられる。
【
図10】単離培養菌によるトリプシンタンパク質の分解を評価した結果を示す、写真である。トリプシンを含むGFマウス盲腸内容物と各菌を混合して、嫌気培養したのち、トリプシンタンパク質の有無をウェスタンブロッティングにより評価した。図中、「Pc」はマウス膵臓内容物(活性型トリプシンを含む)、「w/o bacteria」はGFマウス盲腸内容物(菌とは混合しない)を評価した結果を示す。「6-mix」及び「3-mix」は、
図8及び9に示した前記6菌株及び3菌株を各々混合したマウス盲腸内容物を評価した結果を示す。「6 strains」は、前記6菌株(1B2~671B8)を各々混合したマウス盲腸内容物を評価した結果を示す。「3 strains」は、前記3菌株(1C4~3H3)を各々混合したマウス盲腸内容物を評価した結果を示す。3mix及び3mixの構成菌のひとつであるP.clara単菌のみ、トリプシンタンパク質の消失が認められた。つまり、P.clara菌がトリプシンを分解する事で、トリプシン活性が抑制されると考えられる。
【
図11】トリプシン活性抑制菌カクテルの定着による潰瘍性大腸炎(UC)様炎症の発生抑制を評価した結果を示すグラフである。IL10-/-マウスに、上述のトリプシン活性抑制菌3mix又はトリプシン活性非抑制菌6mixを投与したのち、UC様腸炎を誘導するKa11E12を感染させ、マウス便中のトリプシン活性を経時に検出した。図中、横軸は各菌カクテルを投与してからの経過時間を示す。縦軸は便中のトリプシン活性を示す。「11E12」はIL10-/-マウスにKa11E12のみを投与した結果を示し、「11E12+6mix」及び「11E12+3mix」は、IL10-/-マウスに、3mix及び6mixを各々投与したのち、Ka11E12を投与した結果を示す。「GF」は無菌マウスを評価した結果を示す。「3mix」はIL10-/-マウスに3mixのみを投与した結果を示す。
【
図12】
図11に示したマウスにおいて、Ka11E12投与3週間後の腸内炎症レベルを評価した結果を示す、ドットプロット図である。図中、横軸の表記は、
図11と同じである。縦軸は、便中の炎症マーカー(リポカリン-2、LCN2)の濃度を示す。
【
図13】P.clara及びその類縁菌種によるトリプシンタンパク質の分解を評価した結果を示す、写真である。図中、「Pc」はマウス膵臓内容物(活性型トリプシンを含む)、「w/o bacteria」はGFマウス盲腸内容物(菌とは混合しない)を評価した結果を示す。「1C4」は、本発明において単離されたP.clara菌株 1C4(
図10 参照)を混合したマウス盲腸内容物を評価した結果を示す。「JCM14859」は、1C4とは異なるP.clara菌の別株を混合したマウス盲腸内容物を評価した結果を示す。「JCM14860」は、P.clara菌の類縁種であるP.xylaniphila菌株を混合したマウス盲腸内容物を評価した結果を示す。
図13に示すとおり、いずれの株もトリプシン分解活性が認められた。Paraprevotellaに属する菌は、上述の2種 JCM14859及びJCM14860のみが知られている。この事から、トリプシン分解活性は、paraprevotella属に共通する活性と推定される。
【
図14】トリプシン(mPRSS2)とP.clara菌由来タンパク質とのクロスリンク試験の結果を、トリプシンを検出対象とするウェスタンブロッティングにより解析した結果を示す、写真である。図中、「mPRSS2+P.clara」はmPRSS2と単にインキュベートしたP.clara菌の細胞溶解液を解析した結果を示し、「mPRSS2+P.clara Crosslink」は、mPRSS2とインキュベートし、更にクロスリンク反応を施したP.clara菌の細胞溶解液を解析した結果を示し、「P.clara」は、mPRSS2とはインキュベーションせずにP.claraの細胞溶解液を解析した結果を示し、「P.clara Crosslink」は、mPRSS2とはインキュベーションせずに、クロスリンク反応を施し、P.claraの細胞溶解液を解析した結果を示す。「mPRSS2+EGEF」は、mPRSS2を添加したEGEF培地を解析した結果を示し、「mPRSS2+P.clara」は、mPRSS2及びP.claraをインキュベーションした後のEGEF培地を解析した結果を示し、「P.clara only」は、P.claraのみをインキュベーションした後のEGEF培地を解析した結果を示す。図中、「mPRSS2」はウェスタンブロッティングにより検出されるmPRSS2のバンドの位置を示し、「Reaction complex(approx。250kD)」は、mPRSS2(約32kDa)に吸着又は結合して形成されたP.clara菌由来タンパク質(220kDa程度)との複合体のバンドの位置を示す。「Non-specific」は、ウェスタンブロッティングにより検出された非特異的バンドの位置を示す。
【
図15】トリプシン活性阻害試験の結果を示す、写真である。具体的には、トリプシン活性阻害剤にて処理したヒトPRSS2(hPRSS2)(図中「TLCK(+)」)又は未処理のhPRSS2(図中「TLCK(-)」)と、各菌(P.Clara 1C4、P.merdae 1D4又はP.xylaniphila)とをインキュベートし、hPRSS2をウェスタンブロッティングにより検出した結果を示す、写真である。なお、図中「none」は菌非存在下にてトリプシンのみをインキュベーションした結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
後述の実施例に示すとおり、Paraprevotella属に属する細菌が、トリプシンの活性を抑制することが明らかになった。したがって、本発明は、Paraprevotella属に属する細菌を有効成分として含有する、トリプシン活性を抑制するための組成物を提供する。
【0018】
「トリプシン」は、エンドペプチダーゼ、セリンプロテアーゼの一種である。また、膵液に含まれる消化酵素の一種で、塩基性アミノ酸のカルボキシ基側のペプチド結合を加水分解する活性を有する。本発明においてその活性が抑制されるトリプシンとしては特に制限はないが、好ましくは、陰イオン性トリプシンであり、より好ましくはAnionic-trypsin-2(PRSS2)である。PRSS2は典型的に、ヒト由来であればNCBI レファレンス配列:NP_002761にて規定されるアミノ酸配列からなるポリペプチド(NCBI レファレンス配列:NM_002770にて規定される塩基酸配列がコードするアミノ酸配列からなるポリペプチド)が挙げられ、マウス由来であればNCBI レファレンス配列:NP_033456にて規定されるアミノ酸配列からなるポリペプチド(NCBI レファレンス配列:NM_009430にて規定される塩基酸配列がコードするアミノ酸配列からなるポリペプチド)が挙げられる。なお、本発明にかかるPRSS2は、これら典型的なアミノ酸配列をもって特定されるポリペプチドのみならず、機能的に活性なその誘導体、機能的に活性なそのフラグメント、その相同体、高ストリンジェンシー条件又は低ストリンジェンシー条件下で、これらポリペプチドをコードする核酸にハイブリダイズする核酸にコードされる変異体も含まれる。また、このような誘導体、フラグメント、相同体又は変異体には、前記特定のアミノ酸配列に対して、少なくとも60%(好ましくは70%、より好ましくは80%、さらに好ましくは90%、より好ましくは95%、特に好ましくは99%)の相同性を有するポリペプチドが含まれる。
【0019】
「トリプシン活性」については、上述のとおり、通常、塩基性アミノ酸(リシン、アルギニン)のカルボキシ基側のペプチド結合を加水分解する活性を意味する。しかしながら、後述の実施例において示すとおり、本発明において、トリプシン活性の抑制は、トリプシンの分解によって奏される。また当該分解は、トリプシンの自己分解(自己消化)の促進によって誘導されることも、後述の実施例において示唆される。したがって、本発明において抑制される「トリプシン活性」において、自己分解する活性は除外される。また、本発明において「トリプシン活性の抑制」は、トリプシン分解の促進、トリプシン自己分解の促進とも言い換えることが出来る。
【0020】
「トリプシン活性の抑制」は、当業者であれば、例えば、標識した基質ペプチドの分解の程度を、当該標識を検出することによって、評価することができる(例えば、後述の実施例に示す「Protease Activity Assay Kit(Abcam ab111750)」)。また、後述の実施例に示すとおり、トリプシンの分解の程度を、トリプシンを検出対象とする免疫学的検出法(例えば、ウェスタンブロッティング)を評価することによっても行なうことができる。なお、本発明において「抑制」には完全な抑制(阻害)も含まれる。
【0021】
本発明の組成物において、トリプシン活性を抑制するために有効成分として含まれる「Paraprevotella(パラプレボテラ)属に属する細菌」は、Bacteroidetes門、Bacteroidia綱、Bacteroidales目、Prevotellaceae科、Paraprevotella属に属する細菌であり、例えば、Paraprevotella clara(パラプレボテラ クララ、P.clara)、Paraprevotella xylaniphila(パラプレボテラ キシラニフィラ、P.xylaniphila)が挙げられる。
【0022】
P.claraとしては、例えば、受託番号NITE BP-02775にて特定されるParaprevotella claraに属する細菌株(Paraprevotella clara 1C4株)、Paraprevotella clara JCM14859T株が挙げられる。
【0023】
P.xylaniphilaとしては、例えば、Paraprevotella xylaniphila JCM14860T株が挙げられる。
【0024】
なお、「Paraprevotella clara JCM14859T株」及び「Paraprevotella xylaniphila JCM14860T株」は、理化学研究所バイオリソース研究センター(RIKEN BRC)微生物材料開発室(JCM)より入手することができる。
【0025】
また、Paraprevotella属に属する細菌としては、配列番号:1~3のうちのいずれかに記載の塩基配列又は当該塩基配列に対して少なくとも90%の同一性を有する塩基配列からなるDNAを有する、少なくとも1の細菌が挙げられる。なお、配列番号:1~3に記載の塩基配列は各々、前記Paraprevotella clara 1C4株、Paraprevotella clara JCM14859T株及びParaprevotella xylaniphila JCM14860T株の16SrRNAの配列を示す。
【0026】
また、本発明のトリプシン活性を抑制するための組成物は、前述のParaprevotella属に属する細菌の他、当該菌を腸内において定着し易くするという観点から、Parabacteroides merdae及びBacteroides uniformisからなる群から選択される少なくとも1の細菌を更に含有するものであっても良い。
【0027】
「Parabacteroides merdae(パラバクテロイデス メルダエ」としては、例えば、受託番号NITE BP-02776にて特定されるParabacteroides merdaeに属する細菌株(Parabacteroides merdae 1D4株)が挙げられる。また、Parabacteroides merdaeとしては、配列番号:4に記載の塩基配列又は当該塩基配列に対して少なくとも90%の同一性を有する塩基配列からなるDNAを有する、少なくとも1の細菌が挙げられる。なお、配列番号:4に記載の塩基配列は、前記Parabacteroides merdae 1D4株の16SrRNAの配列を示す。
【0028】
Bacteroides uniformis(バクテロイドス ユニフォルミス)としては、例えば、受託番号NITE BP-02777にて特定されるBacteroides uniformisに属する細菌株(Bacteroides uniformis 3H3株)が挙げられる。また、Bacteroides uniformisとしては、配列番号:5に記載の塩基配列又は当該塩基配列に対して少なくとも90%の同一性を有する塩基配列からなるDNAを有する、少なくとも1の細菌が挙げられる。配列番号:5に記載の塩基配列は、前記Bacteroides uniformis 3H3株の16SrRNAの配列を示す。
【0029】
なお、本発明における「少なくとも90%の同一性」とは、各塩基配列に対する同一性が、好ましくは95%以上(例えば、96%以上、97%以上、98%以上)、特に好ましくは99%以上である。
【0030】
本発明の組成物に含まれる細菌は、生菌であってもよく、死菌体であってもよい。また、前記細菌に含まれる物質(タンパク質、核酸、脂質、糖質、糖鎖等)、該細菌の分泌産物、該細菌による代謝産物であってもよい。また、本発明の組成物を複合して用いることができ、結果として併用して摂取又は吸収される場合(併用組成物の場合)、前述の細菌は2種以上の組成物の中に分けて存在することもできる。
【0031】
本発明のトリプシン活性を抑制するための組成物は、医薬組成物(医薬品、医薬部外品等)、飲食品(動物用飼料を含む)、あるいは研究目的(例えば、インビトロやインビボの実験)に用いられる試薬の形態であり得る。また、本発明の組成物は、トリプシン活性を抑制するため、該活性に起因する疾患の治療、予防又は改善のための医薬組成物、飲食品として用いられる。
【0032】
本発明の組成物は、公知の製剤学的方法により製剤化することができる。例えば、カプセル剤、錠剤、丸剤、液剤、散剤、顆粒剤、細粒剤、フィルムコーティング剤、ペレット剤、トローチ剤、舌下剤、咀嚼剤、バッカル剤、ペースト剤、シロップ剤、懸濁剤、エリキシル剤、乳剤、塗布剤、軟膏剤、硬膏剤、パップ剤、経皮吸収型製剤、ローション剤、吸引剤、エアゾール剤、注射剤、坐剤等として、経口的、非経口的(例えば、腸管内、筋肉内、静脈内、気管内、鼻内、経皮、皮内、皮下、眼内、膣、腹腔内、直腸若しくは吸入)、又はこれらの複数の組み合わせからなる経路による投与用に使用することができる。
【0033】
これら製剤化においては、薬理学上若しくは飲食品として許容される担体、具体的には、滅菌水、生理食塩水、緩衝液、培地、植物油、溶剤、基剤、乳化剤、懸濁剤、界面活性剤、安定剤、香味剤、芳香剤、賦形剤、ベヒクル、防腐剤、結合剤、希釈剤、等張化剤、無痛化剤、増量剤、崩壊剤、緩衝剤、コーティング剤、滑沢剤、着色剤、甘味剤、粘稠剤、矯味矯臭剤、溶解補助剤あるいはその他の添加剤等と適宜組み合わせることができる。
【0034】
また、これら製剤化においては、腸管内におけるトリプシン活性をより効率的に抑制する等の観点から、特に経口投与を目的とする製剤においては、本発明の組成物を腸管内に効率良く送達することを可能にする組成物と組み合わせてもよい。このような腸管内への送達を可能とする組成物については特に制限されることなく、公知の組成物を適宜採用することができ、例えば、pH感受性組成物、腸管までの放出を抑制する組成物(セルロース系ポリマー、アクリル酸重合体及び共重合体、ビニル酸重合体及び共重合体等)、腸管粘膜特異的に接着する生体接着性組成物(例えば、米国特許第6.368.586号明細書に記載のポリマー)、プロテアーゼ阻害剤含有組成物、腸管内酵素によって特異的に分解される組成物)が挙げられる。
【0035】
また、医薬組成物として用いる場合には、トリプシン活性に起因する疾患の治療、予防又は改善に用いられる公知の物質(例えば、抗炎症剤、免疫抑制剤)を更に含んでいてもよく、またかかる物質と併用してもよい。
【0036】
本発明の組成物を飲食品として用いる場合、当該飲食品は、例えば、健康食品、機能性食品、特定保健用食品、栄養機能食品、機能性表示食品、栄養補助食品、病者用食品、あるいは動物用飼料であり得る。飲食品の具体例としては、発酵飲料、油分を含む製品、スープ類、乳飲料、清涼飲料水、茶飲料、アルコール飲料、ドリンク剤、ゼリー状飲料等の液状食品、炭水化物含有食品、畜産加工食品、水産加工食品;野菜加工食品、半固形状食品、発酵食品、菓子類、レトルト製品、電子レンジ対応食品等が挙げられる。さらには、粉末、穎粒、錠剤、カプセル剤、液状、ペースト状又はゼリー状に調製された健康飲食品も挙げられる。なお、本発明における飲食品の製造は、当該技術分野に公知の製造技術により実施することができる。当該飲食品においては、トリプシン活性に起因する疾患の改善又は予防に有効な成分(例えば、栄養素等)を添加してもよい。また、当該改善等以外の機能を発揮する他の成分あるいは他の機能性食品と組み合わせることによって、多機能性の飲食品としてもよい。
【0037】
本発明の組成物の製品(医薬品、医薬部外品、飲食品、試薬等)又はその説明書は、トリプシン活性を抑制するため、又はトリプシン活性に起因する疾患を治療、改善若しくは予防するために用いられる旨の表示を付したものであり得る。また、飲食品に関しては、形態及び対象者等において一般食品との区別がつくよう、保健機能食品(特定保健用食品、栄養機能食品、機能性表示食品)として健康機能の表示を、本発明の組成物の製品等に付したものであり得る。ここで「製品又は説明書に表示を付した」とは、製品の本体、容器、包装等に表示を付したこと、あるいは製品の情報を開示する説明書、添付文書、宣伝物、その他の印刷物等に表示を付したことを意味する。また、本発明の組成物は、キットの態様であってもよい。
【0038】
また、上述のとおり、上述の細菌等を用い、公知の製剤化技術により、医薬組成物を製造することができる。したがって、本発明は、トリプシン活性に起因する疾患を治療、改善又は予防するための医薬組成物を製造するための、本発明の腸内細菌等の使用をも提供する。
【0039】
<トリプシン活性に起因する疾患の治療方法等>
本発明は、上述の組成物、又はそれらの有効成分となる上述の細菌(「本発明の医薬組成物等又はそれらの有効成分等」とも称する)を、対象に摂取させることを特徴とする、対象におけるトリプシン活性を抑制する方法、該対象における免疫を抑制する方法、又は該対象におけるトリプシン活性に起因する疾患を治療、改善又は予防する方法をも提供するものである。
【0040】
本発明において、「トリプシン活性に起因する疾患」とは、トリプシン活性によって誘発された疾患を意味し、炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎、クローン病、炎症性腸疾患といった慢性炎症性腸疾患等)が挙げられる。
【0041】
本発明において、「治療、改善」には、前記疾患からの完全な回復のみならず、上記疾患の症状を緩和、またはその進行を抑制することも含まれる。「予防」には上記疾患の発症を抑制する又は遅延させ、またその再発を抑制することが含まれる。
【0042】
本発明の医薬組成物等又はそれらの有効成分等は、ヒトを含む動物を対象として使用することができるが、ヒト以外の動物としては特に制限はなく、種々の家畜、家禽、ペット、実験用動物等を対象とすることができる。また、本発明の医薬組成物等又はそれらの有効成分等の摂取対象としては、トリプシン活性に起因する疾患を罹患しているものならず、当該疾患を罹患しているおそれのあるもの、また前記疾患の症状が緩和又は消失(寛解)したものも含まれる。
【0043】
本発明の医薬組成物等又はそれらの有効成分等の摂取方法としては、特に制限はなく、経口投与であってもよく、また非経口投与(例えば、腸管内への投与)であってもよいが、経口投与である場合には、本発明の医薬組成物等又はそれらの有効成分等の効果をより向上させるという観点から、本発明の医薬組成物等又はそれらの有効成分等の摂取対象は、プロトンポンプ阻害剤(PPI)等の摂取により胃酸の産生を減少させておくことが好ましい。
【0044】
また、本発明の医薬組成物等又はそれらの有効成分等を摂取させる場合、その摂取量は、対象の年齢、体重、疾患の症状、健康状態、組成物の種類(医薬品、飲食品等)、摂取方法等に応じて、当業者であれば適宜選択することができる。
【0045】
以上、本発明のトリプシン活性に起因する疾患を治療、改善若しくは予防するための組成物、又は方法の好適な実施形態について説明したが、当該組成物又は方法は上記実施形態に限定されるものではない。
【0046】
後述の実施例に示すとおり、Paraprevotella属に属する細菌、Parabacteroides merdae、Bacteroides uniformisの投与により、IL-10遺伝子欠損マウスにEnterobacter aerogenesを感染させて大腸炎を誘導するモデルにおける発症が抑制される傾向が認められた。また、DSS誘導大腸炎モデルにおいても、大腸炎の発症が有意に抑制された。
【0047】
したがって、本発明は、以下のトリプシン活性に起因する疾患を治療、改善又は予防するための医薬組成物、及び方法も提供する。
【0048】
Paraprevotella属に属する細菌、Parabacteroides merdae及びBacteroides uniformisからなる群から選択される少なくとも1の細菌を有効成分として含有する、トリプシン活性に起因する疾患を治療、改善又は予防するための医薬組成物。
【0049】
Paraprevotella属に属する細菌、Parabacteroides merdae及びBacteroides uniformisからなる群から選択される少なくとも1の細菌を、対象に摂取させ、該対象におけるトリプシン活性に起因する疾患を治療、改善又は予防する方法。
【0050】
<新規細菌>
後述の実施例において示すとおり、下記3菌株は、本発明者らによって初めて単離培養された黄色ブドウ球菌株である。また、これらの有用性も上述のとおりである。したがって、本発明は、以下の菌株も提供するものである。
【0051】
受託番号NITE BP-02775にて特定されるParaprevotella claraに属する細菌株(Paraprevotella clara 1C4株)。
受託番号NITE BP-02776にて特定されるParabacteroides merdaeに属する細菌株(Parabacteroides merdae 1D4株)。
受託番号NITE BP-02777にて特定されるBacteroides uniformisに属する細菌株(Bacteroides uniformis 3H3株)。
【0052】
なお、いずれの細菌株も、2018年8月30日付で独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE) 特許微生物寄託センター(〒292-0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)に寄託されている。
【実施例】
【0053】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。また、本実施例は、以下に示す材料及び方法を用いて行なった。
【0054】
(無菌マウス)
C57BL/6N Jclノトバイオートマウス(日本クレア株式会社、4~8週齢)を、飼育用ビニールアイソレータ(無菌アイソレータ、株式会社アイシーエム;ICM-1B)内にて自由飲水給餌条件で1週間以上飼育し、環境馴化させた。
【0055】
(SPFマウス)
C57BL/6N SPFマウス(4~8週齢)を、理化学研究所バイオリソース研究センター、日本SLC株式会社、日本クレア株式会社、あるいは日本チャールズ・リバー株式会社より取得し、SPF環境下で、自由飲水給餌条件で1週間以上飼育し、環境馴化させた。
【0056】
(盲腸内容物のプロテオーム解析)
マウスをイソフルラン麻酔下でサクリファイスして、盲腸内容物を採取し、-80℃で保存した。凍結保存したサンプルを氷上で融解し、RIPA Lysis Buffer with protease inhibitor cocktail(コスモ・バイオ株式会社;AKR-190)を5倍重量加えて充分攪拌した。4℃,15,000×gで20分間遠心し、タンパク質が溶存した上清を取得した。
【0057】
タンパク質溶液と同体積量の30%トリクロロ酢酸(TCA)溶液(ナカライテスク;37211-55)を混合して、4℃で30分間静置したのち、4℃,15,000×gで20分間遠心して上清を除去し、タンパク質の沈殿物を取得した。アセトンへの再分散と再沈殿を2回繰り返し、沈殿を精製した。
【0058】
終濃度 12mM デオキシコール酸ナトリウム(SDC,ナカライテスク;02889-72),12mM ラウリル硫酸ナトリウム(SLS,ナカライテスク;31623-32)を溶解した100mM Tris-HCl pH9.0緩衝液(ニッポンジーン;316-90385)を、タンパク質濃度が2.0μg/μLとなるように添加し、5秒間の超音波処理を4回繰り返して再溶解した。TaKaRa BCA Protein Assay Kit(タカラバイオ;T9300A)を用いて、BCA法によりタンパク質濃度を定量し、1.0μg/μLにメスアップした。
【0059】
1.0μg/μL タンパク質溶液20μLに、100mM ジチオスレイトール(ナカライテスク;14128-91)水溶液を2μL添加し、50℃で30分加熱し、ジスルフィド結合を還元した。更に375mM ヨードアセトアミド(ナカライテスク;19302-54)水溶液を2μL添加して室温で30分間反応させ、チオール基をアルキル化した。400mMシステイン(ナカライテスク;11548-52)水溶液を4μL添加して10分間反応させ、残存するヨードアセトアミドをクエンチした。50mM炭酸水素アンモニウム(ナカライテスク;08887-54)水溶液80μL、200ng/μL リシルエンドペプチダーゼ(和光純薬;125-05061)溶液2μL、及び200ng/μLトリプシン(和光純薬;202-15951)溶液2μLを添加し、37℃で一晩反応させ、タンパク質をペプチド断片化した。
【0060】
5%トリフルオロ酢酸(TFA,ナカライテスク;34901-21)水溶液30μLを加えたのち、酢酸エチル(ナカライテスク;14747-65)200μLで液-液抽出を行い、SDC及びSLSを除去した。遠心エバポレーター処理により、溶存有機溶媒を除去した。0.1%TFA水溶液100μLを加えて、室温15,000×gで15分間遠心し、不溶物を除去した。C18 Tips(サーモフィッシャーサイエンティフィック;87782)で脱塩処理後、終濃度 3%アセトニトリル(ナカライテスク;00430-25)0.1%ギ酸(ナカライテスク;08965-82)水溶液に溶解した。SCIEX社TripleTOF5600システムを用いてLC-MS測定し、SWATH Acquisitionを利用してプロテオーム解析を行った。
【0061】
(マウス便あるいはヒト健常者ボランティア便取得)
健常者ボランティア#A~G便、あるいはマウス便サンプルを、20体積%グリセロール溶解PBSで5倍重量に希釈し、100μm径フィルタで濾過したものを、ストック液として-80℃で保存した。
【0062】
(便中トリプシン活性の測定)
凍結便サンプルを常温に融解後、0.9%NaCl水溶液に分散し、その上清のトリプシン活性をProtease Activity Assay Kit(Abcam ab111750)のプロトコールに従って測定した。
【0063】
(ヒト健常者ボランティア便由来菌の定着マウスの作成)
上記(マウス便あるいはヒト健常者ボランティア便取得)にて作成したストック液を常温にて融解し、PBSで10倍容量に希釈した。200μLの該希釈液を無菌マウスの胃内に経口投与した。さらに1ヶ月間、無菌アイソレータ内にて自由飲水給餌条件で飼育して、移植便中の菌を該マウスに定着させた。また、これらマウスについても、上記(便中トリプシン活性の測定)に記載の方法にてトリプシン活性を測定した。
【0064】
(ヒト健常者ボランティア便由来菌の定着マウスの作成、及び抗生物質投与による定着菌の排除)
前記(ヒト健常者ボランティア便由来菌の定着マウスの作成)おいて、自由飲水をアンピシリン、メトロニダゾールあるいはタイロシンの200mg/L水溶液に変更し、さらに1ヶ月間飼育して、各抗生物質に非耐性の菌の排除を行った。上記(マウス便あるいはヒト健常者ボランティア便取得)に記載の方法にて、投与過程のマウスの便サンプルを取得した、また、上記(便中トリプシン活性の測定)に記載の方法にてトリプシン活性を測定した。
【0065】
(マウス便からのDNA抽出)
100μm径フィルタで濾過した便サンプル液100μlに、15mgリゾチーム(Sigma-Aldrich、Lysozyme from chicken egg white; L4919)と5μl RNase(Thermo Fisher Scientific、PureLink RNase A(20mg/mL);12091-021)を溶解した10mM Tris/10mM EDTA緩衝液(pH8.0,以下TE10と称する)800μlを加え、37℃で1時間振盪した。続いて、アクロモペプチダーゼ(登録商標)(Wako;015-09951)2,000Uを添加し、37℃で30分間振盪し、溶菌した。
【0066】
20% SDS TE10溶液 50μlと、20mg/mlプロテイナーゼK(Roche,Proteinase K,recombinant,PCR Grade;03115852001)を溶解したTE10溶液50μlを加え、55℃で60分間振盪した。
【0067】
Phenol/Chloroform/Isoamyl alcohol (25:24:1)(Wako;311-90151)による液-液抽出法によりDNAを抽出し、エタノール沈殿により細菌ゲノムDNAを得た。
【0068】
(マウス便の菌叢解析)
細菌ゲノムDNAについて、TaKaRa ExTaq(タカラバイオ;RR001A)を用いてPCR反応を行い、16S rDNAのIllumina社Miseqシーケンス用アンプリコンを作成した。プライマー配列は以下の通りである(Nishijima S et al DNA Res 23 125-133 2016)。
27Forward-mod:(5’-AATGATACGGCGACCACCGAGATCTACAC**index**ACACTCTTTCCCTACACGACGCTCTTCCGATCTAGRGTTTGATYMTGGCTCAG-3’)
インデックス配列に隣接する両配列を、配列番号:10及び11に示す。
338Reverse:(5’-CAAGCAGAAGACGGCATACGAGAT**index**GTGACTGGAGTTCAGACGTGTGCTCTTCCGATCTTGCTGCCTCCCGTAGGAGT-3’)
インデックス配列に隣接する両配列を、配列番号:12及び13に示す。
【0069】
Agencourt AMPure(登録商標) XP(ベックマンコールター;A63882)及びMin Elute PCR Purification Kit(キアゲン;28004)を用いてアンプリコンを精製し、Quant-iT PicoGreen(登録商標) dsDNA Assay Kit(サーモフィッシャーサイエンティフィック;P7589)及びKAPA library Quantification kit(ロシュ・ダイアグノスティックス;07960166001)を用いてアンプリコンのDNA濃度を定量した。各アンプリコンの混合物の平均DNA長を、Agilent 2100バイオアナライザ High Sensitivity DNA キット(アジレント・テクノロジー;5067-4626)を用いて測定し、アンプリコンのモル濃度を算出した。Illumina社のMiseq 16SrDNAゲノム解析プロトコールにしたがって、ライブラリの変性及びハイブリダイゼーション溶液の調製を行い、Miseq(イルミナ;SY-410-1003)及びMiseq Reagent Kit v3(イルミナ;MS-102-3003)を用いてシーケンシングを行った。
【0070】
得られた配列データについて、サンプル毎にクオリティの高い3000リードをランダムに選択し、operational taxonomic unit(OTU)代表配列のデータベースアサイン法による菌種帰属により、菌叢データを得た。データベースは、NCBI(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/taxonomy)、RDP(http://rdp.cme.msu.edu/)を用い、各データベースへのGLSEARCH(http://nebc.nox.ac.uk/bioinformatics/docs/glsearch.html)のトップヒットのうち、最も相同性の高い結果を、菌種帰属に採用した(Nishijima S et al DNA Res 23 125-133 2016)。
【0071】
(菌の単離)
便サンプル投与12日後の便をPBSで希釈し、以下の培地を用いて10% CO2嫌気環境下で培養し、形成したコロニーを単離した。
EG ext.培地、mGAM培地、Schaedler培地(Wako;517-45805)、BL培地(Nissui;5430)CM0619培地(Wilkins T.D.and Chalgren S.(1976)Antimicrob.Agents Chemother.10.926-928.)を基本培地として、終濃度5%の馬血液または馬脱繊維血液を添加した培地のアガープレートを用いた。特に、CM0619培地については、所定のサプリメントを添加したSR0107選択培地あるいはSR0108選択培地(http://www.oxoid.com/UK/blue/prod_detail/prod_detail.asp?pr=CM0619)も同様に用いた。
【0072】
(系統樹の作成)
統計分析ソフトR(https://www.r-project.org/)のパッケージapeを用いて、菌叢解析時の帰属に用いたOTUの代表配列に基づいて、単離した35菌の16SrDNA配列の類似度に基づく系統樹を作成した。
【0073】
(単離35菌定着による腸内トリプシン活性の抑制)
上記(菌の単離)にて単離した各菌を、EG ext.培地、mGAM培地、Schaedler培地、BL培地あるいはCM0619培地で、それぞれ37℃,10%CO2嫌気環境下で1~3日間培養した。定常期に至った菌液を等容量ずつ混和し、200μLを実施例1の無菌マウスの胃内に経口投与した。無菌アイソレータ内にて自由飲水給餌条件で飼育して、菌を定着させた。また、上記(便中トリプシン活性の測定)にしたがってトリプシン活性を測定した。
【0074】
(Spearmanの順位相関分析)
便投与12日後の、16SrDNAに基づく腸内菌叢解析から得られた、各構成菌の相対占有率と、その便のトリプシン活性値について、Spearmanの順位相関分析行った。菌の相対占有率とトリプシン活性値の相関係数ρが、ρ≦-0.5であり、かつ、該無相関検定のP値が、P<0.05である菌群を、トリプシン活性抑制菌の候補として推定した。
【0075】
(選択菌カクテルによる腸内トリプシン活性の抑制)
前記(Spearmanの順位相関分析)にて、トリプシン活性抑制菌の候補として推定した9菌株について、上記(単離35菌定着による腸内トリプシン活性の抑制)に記載の方法に準じて、菌定着マウスの作成及びその腸内トリプシン活性の測定を行った。また、前記9菌株について、バクテロイデス属3菌株と、非バクテロイデス属6菌株に区分して、菌定着マウスの作成及びその腸内トリプシン活性の測定を行った。
【0076】
(トリプシン活性抑制菌カクテルの定着6による潰瘍性大腸炎(UC)様炎症の発生抑制)
IL10-/-マウス(4~8週齢、ジャクソン・ラボラトリー)を、上記(無菌マウス)に記載の方法に準じて無菌飼育した。また上記(選択菌カクテルによる腸内トリプシン活性の抑制)に記載の方法に準じて、単離したバクテロイデス属3菌株あるいは非バクテロイデス属6菌株を経口投与して定着させた。該経口投与から1週間後に、以下の手順で、UC様の炎症の誘導処置を行った。UC患者より単離されたK.aeromobilis 11E12株(Atarashi K.et al Science 358,359 2017)を、Schaedler培地で37℃,10%CO2嫌気環境下で1~3日間培養し、定常期に至った菌液1-2×108CFU/200μlを、マウスの胃内に経口投与した。継続して、無菌アイソレータ内にて自由飲水給餌条件で更に3週間飼育し、菌を定着させた。11E12株投与3週間後の、腸内トリプシン活性の測定を、上記(便中トリプシン活性の測定)に記載の方法に準じて行った。また、炎症の指標として、便中のLipocalin-2レベルをELISA法により測定した(abcam;Mouse Lipocalin-2 ELISA Kit;ab199083)。
【0077】
(培養菌によるトリプシン活性の抑制)
37℃,10%CO2嫌気環境下で1~3日間培養して定常期に至った、上記(Spearmanの順位相関分析)にて選抜された各9菌の培養液に、無菌マウスの盲腸内容物を無菌水で50倍に希釈したトリプシン含有液を、同体積量混合し、更に同条件で12時間培養した。
【0078】
10,000×gで15分間遠心し、菌体を含まない上清を取得した。ローディングバッファー(BioRad;1610739)と混合し、メルカプトエタノール還元及び熱変性処理ののち、SDS-トリシンPAGEを行った。続いて、Tris-グリシンバッファー中で電圧印加し、Immobilon-P Transfer Membrane(Merck;ISEQ07850)へ転写した。抗Anionic trypsin-2ウサギ抗体を1次抗体として、Anti-IgG(H+L chain)(Rabbit)pAb-HRP(MBL;Code No.458)を2次抗体として用い、Chemi-Lumi One Super(ナカライテスク;02230-14)による化学発光を利用して、Anionic trypsin-2タンパク質の有無を確認した。
【0079】
(Paraprevotella菌によるトリプシン活性の抑制)
JCM14859(P.clara株)及びJCM14860(P.xylaniphila株)を、理化学研究所 バイオリソース研究センター(RIKEN BRC) 微生物材料開発室(JCM)より取得し、EG ext.培地で、それぞれ37℃,10%CO2嫌気環境下で1~3日間培養した。定常期に至った菌液を、上記(培養菌によるトリプシン活性の抑制)に記載の方法に準じて処理し、ウェスタンブロッティングの結果から、トリプシンの分解活性を評価した。
【0080】
(P.clara由来タンパク質とトリプシンとのクロスリンク試験)
150μg/ml mPRSS2/PBS溶液25μlと、嫌気条件でEGEF培地中で培養し定常期に達したP.clara 1C4株(OD600>1.0)150μlと、新鮮なEGEF培地75μlを混合し、37℃で35分間インキュベートした。室温、4,000×gで5分間遠心分離し、上清を回収した(
図14中の「supernatant」サンプルに該当)。800μlのPBSに菌を再分散した後、室温、4,000×gで遠心分離し、上清を除くことで、未吸着のmPRSS2タンパク質を除去した。10mM DSSO/PBS水溶液250μlに菌を再分散し、室温で15分間静置することで、菌構成物及び吸着物にランダムな共有結合の架橋を形成させた。さらに、200mM Tris-HCl水溶液(pH8.0)30μlを加え、室温で5分間静置することで、未反応のDSSOをクエンチした。室温、4,000×g条件で5分間遠心分離し、上清を除去した。800ulのPBSに菌を再分散したのち、同条件で遠心分離し、上清を除いて洗浄した。1% SDS/10mM Tris-HCl(pH8.0)/5mM EDTA組成の細胞溶解液を添加して菌を破砕したのち、4℃、20,000×g条件で5分間遠心分離し、上清として細胞破砕液を得た(
図14中の「Pellet」サンプルに該当)。supernatantサンプル及びPelletサンプルをWestern Blottingに供し、mPRSS2特異的抗体を化学発光で検出することで、mPRSS2と結合したタンパク質を検出した。なお、本法に用いた試薬等は以下のとおりである。
mPRSS2:マウスリコンビナントPRSS2タンパク質(His Tag)(Sino biological社50383-M08H)
DSSO:ジスクシンイミジルスルホキシド(Thermo Fisher Scientific社A33545)
SDS:10%-SDS溶液より調製(ナカライテスク社30562-04)
Tris-HCl:1mol/l-トリス-塩酸緩衝液(pH8.0)より調製(ナカライテスク社06938-44)
EDTA:0.5mol/l-EDTA溶液(ph8.0)より調製(ナカライテスク社06894-14)
PBS:ダルベッコりん酸緩衝生理食塩水(Ca,Mg不含) (ナカライテスク社14249-95)
WB検出用一次抗体:Anti-6-His, Rabbit-Poly(フナコシ社A190-114A、400倍希釈して使用)
WB検出用二次抗体:Anti-IgG (Rabbit) pAb-HRP(MBL Code No.458、400倍希釈して使用)
WB検出用試薬:ケミルミワンL (ナカライテスク社07880-54)。
【0081】
(トリプシン活性阻害試験)
1mg/ml hPRSS2/PBS水溶液に、5倍mol量TLCKのDMSO溶液を添加し、室温で3時間静置して、TLCK修飾を施したトリプシン活性を有しないTLCK-hPRSS2とした。Sephadex-G25カラムクロマトグラフィにて、未反応のTLCKを除去し、限外ろ過膜による濃縮を経て、TCLK-hPRSS2を精製した。嫌気条件でEGEF培地中で培養し定常期に達したP.clara菌を、室温、4,000×g条件で5分間遠心分離してPBSに菌を再分散したのち、同条件での遠心分離と上清除去を更に1回行い、EGEF培地成分を除去した菌を得た。PBSに分散した菌と、TCLK-hPRSS2/PBS溶液を混合し、20ng/μl TLCK-hPRSS2、菌濃度OD=0.9の条件で、嫌気条件の37℃環境にて3時間静置した。菌液を室温、4,000×g条件で5分間遠心分離し、その上清中のhPRSS2を、Western Blottingにより検出した。なお、本法に用いた試薬等は以下のとおりである。
hPRSS2:ヒトPRSS2/トリプシン2タンパク質(リコンビナント)(LSBio社LS-G20167-5)
TLCK:トリプシンインヒビター トシル-L-リシル-クロロメタン塩酸塩(ABCAM社ab144542)
Sephadex-G25:プレパック ディスポーザブル PD-10 カラム(GEヘルスケア社17085101)
WB検出用一次抗体:Anti-PRSS2/Trypsin 2 antibody IHC-plus(LSBio社LS-B15185-50、400倍希釈して使用)
WB検出用二次抗体:Anti-IgG (Rabbit) pAb-HRP(MBL Code No.458、400倍希釈して使用)
WB検出用試薬:ケミルミワンL (ナカライテスク社07880-54)。
【0082】
(実施例1)
[無菌マウスの便中には活性型トリプシンが多い]
理化学研究所で維持されたSPFマウス(理研・SPFマウス)とGFマウスの盲腸内容物の網羅的タンパク質解析(shotgun proteomics、プロテオーム解析)を行った。
【0083】
その結果、図には示さないが、713種の宿主由来タンパク質が検出され、そのうち45種のタンパク質がGFマウスの盲腸内容物中に有意に多く存在していた。これらの中で、特に顕著に多く存在し、IBDとの関連が報告されている、タンパク質分解酵素のトリプシン(Anionic trypsin-2:PRSS2)に着目した。
【0084】
次に、理研・SPFマウス及びGFマウスの、便中のトリプシンの活性測定及びウエスタンブロッティング(Western Blotting、WB)に基づくタンパク質量の評価を行った。
【0085】
その結果、図には示さないが、トリプシン活性は、理研・SPFマウスと比較して、GFマウスにて有意に高かった。また、トリプシンのタンパク質量は、GFマウスで多かった。さらに、理研・SPFマウス及びGFマウスの遠位大腸の腸管断面を、免疫組織化学染色して観察したところ、GFマウスにはトリプシンが多量に存在していた。
【0086】
以上より、GFマウスの盲腸以遠の大腸内には、理研・SPFマウスと比較して多くの活性型トリプシンが存在する事が判明した。
【0087】
[炎症性腸疾患と炎症モデルマウスの便中には活性型トリプシンが多い]
日本の潰瘍性大腸炎(UC)及びクローン病(CD)に罹患するIBD患者の便サンプルについて、トリプシンの活性測定及びそのタンパク質量の評価を行った。比較対象として、日本の健常者ボランティアの便サンプルを評価した。その結果、図には示さないが、健常者の便と比較して、UCやCDの患者の便には、有意に多くの活性型トリプシンが認められた。
【0088】
また、大腸炎モデルマウスとして知られるIL-10遺伝子欠損マウス(IL10-/-マウス)の炎症時の便中トリプシン活性を評価したところ、WTマウスの便中のトリプシン活性と比較して、有意にトリプシン活性が高かった。大腸に残存する活性型トリプシンは、IBDの発症やその病態の増悪への関与の可能性が報告されている。上述の一連の結果は、既報を支持するものである。
【0089】
[GFマウスでは盲腸以遠に活性型トリプシン活性が残存する]
消化管内の部位別のトリプシン活性を、理研・SPFマウスとGFマウスについて比較した。その結果、図には示さないが、小腸では、両者に有意差は認められなかったが、盲腸以遠では、GFマウスの方が有意に高かった。また、トリプシンの分泌を主に担う膵臓組織におけるトリプシン前駆体・トリプシノーゲン(PRSS2)の発現量及び分泌量をRT-qPCR及びWBで確認したところ、両者に有意差は認められなかった。
【0090】
一連の結果から、GFマウスの盲腸以遠におけるトリプシン活性の亢進は、膵臓組織から正常に分泌されたトリプシンの、異常な残存に起因すると考えられる。その要因の一つとして、盲腸以遠に定着する腸内細菌の関与が考えられる。つまり、SPFマウスでは、盲腸以遠に定着した腸内細菌が活性型トリプシンを減少させる機能を司り、GFマウスでは、腸内細菌が存在しないために活性型トリプシンが残存すると想定した。
【0091】
[マウスの盲腸以遠の腸内細菌叢がそのトリプシン活性に影響を与える]
SPFマウスの腸内細菌叢は、飼育施設毎に特有に維持されている事が知られている。そこで、盲腸以遠の定着した腸内細菌とそのトリプシン活性の関連性を評価するため、異なる飼育施設に由来するSPFマウスについて、盲腸内容物中のトリプシン活性とその菌叢を評価した。理研・SPFマウスと、日本エスエルシー株式会社、日本チャールズ・リバー株式会社、及び日本クレア株式会社で維持されたSPFマウス(以下、SLC・SPFマウス、Charles・SPFマウス及び Clea・SPFマウス)を比較した。
【0092】
その結果、
図1に示すとおり、盲腸内容物中のトリプシン活性については、理研・SPFマウス及びSLC・SPFマウスは同等に低い水準であり、Charles・SPF及びClea・SPFマウスは前者2施設のマウスと比較して有意に高かった。また、図には示さないが、腸内細菌叢については、理研・SPFマウス及びSLC・SPFマウスの2群と、Charles・SPFマウス及びClea・SPFマウスの2群間において、UniFrac-PCoA上での顕著な差が認められた。以上から、飼育環境の違いに伴う腸内細菌叢の違いが、盲腸以遠のトリプシン活性に影響を与える事が判った。さらに、特定の腸内細菌種が、トリプシン活性を低下させる可能性が示唆された。
【0093】
[健常者の腸内細菌がマウスのトリプシン活性を低下させる]
上述の検討から、マウスにおいて、大腸の炎症への関与が疑われる盲腸以遠のトリプシン活性を、特定の腸内細菌種が低下させる可能性が示唆された。この仮説に基づけば、特定の腸内細菌種を盲腸以遠に定着させる事で、トリプシン活性を抑制し、ひいては大腸の炎症の緩和が期待できる。そこで将来的な臨床応用を想定し、ヒト由来の腸内細菌を用いたトリプシン活性の制御について検討した。
【0094】
先ず、日本の健常者ボランティア(ドナーA~F)の便をGFマウスに経口的に胃内投与して、ヒト菌叢化マウス(A~F)を作成し、便中のトリプシン活性を評価した。
【0095】
その結果、
図3に示すとおり、Bを除いて、マウス便中のトリプシン活性は、理研・SPFマウスの場合と同等に低い水準であった。この事から、マウストリプシンの活性を低下させる、ヒト由来の腸内細菌種が存在する事が判った。
【0096】
(実施例2)
[健常者の便由来の35菌株は、マウス便中トリプシン活性を低下させる]
前述の検討において特に低いトリプシン活性を示した健常者ボランティアCの便について、盲腸以遠のトリプシン活性を低下させる細菌種の探索を行った。健常者ボランティアCの便をGFマウスに経口的に胃内投与し、その24時間後から、抗生物質のアンピシリン(Amp)、タイロシン(Tylosin)、あるいはメトロニダゾール(MNZ)を自由飲水により投与した。
【0097】
その結果、
図4に示すとおり、抗生物質非投与群及びアンピシリン投与群では、便中のトリプシン活性は菌の投与前と比較して顕著に低下した。一方で、タイロシン投与群及びメトロニダゾール投与群では、便中のトリプシン活性は高く維持された。以上の結果から、トリプシン活性を低下させる腸内細菌種はアンピシリンに耐性で、タイロシン及びメトロニダゾールに感受性の菌種と判明した。
【0098】
続いて、アンピシリン投与群の中で最もトリプシン活性値が低下した個体の盲腸内容物を、嫌気チャンバー内にて異なる組成の培地中で培養し、計432個のコロニーを得た。16SrRNA解析に基づく菌株照合の結果、
図5に示すとおり、ドナーC便に由来するヒト腸内細菌35菌株が単離されたと判った。
【0099】
単離した35菌株は、ドナーCの便の腸内細菌叢を構成する菌種の約80%を占めることから、GFマウスに投与する事で、ドナーCの腸内に類似する菌叢及び環境が形成されると期待できる。そこで、この35菌株を個別培養して混合した菌液(以下、35-mix)をGFマウスに経口的に胃内投与し、盲腸以遠のトリプシン活性を経時的に評価した。
【0100】
その結果、
図6に示すとおり、35-mix投与2日後には、便中のトリプシン活性値は有意に低下した。投与9日目においても、便中の活性型トリプシンの量は低い水準で維持されていた。以上の結果から、35-mixを投与すると、マウスの盲腸以遠におけるトリプシンの活性が低下すると判った。
【0101】
[健常者の便より単離した9菌株は、マウス便中トリプシン活性を低下させる]
前述のトリプシン活性を低下させる機能を有する35菌株のうち、その機能を司る責任菌の同定を行った。具体的には、各種抗生物質を投与しながら健常者ボランティア ドナーCの便由来の菌をGFマウスに定着させる検討において、抗生物質投与12日後の、16SrRNA解析に基づく腸内細菌の相対占有率と便中トリプシン活性値のSpearman順位相関解析を行った。
【0102】
その結果、
図7に示すSpearman順位相関解析において、便中のトリプシン活性と負の相関を示した菌株のうち、特に相関係数の有意確率がp<0.05の9菌株に着目した。次に、該9菌株を個別培養して混合した菌液(以下、9-mix)を、GFマウスに経口的に胃内投与し、便中のトリプシンの活性及びそのタンパク質の量を評価した。その結果、
図8に示すとおり、9-mix投与群において、便中のトリプシン活性は有意に低下した。また図には示さないが、活性型トリプシンのタンパク質量はWBの検出限界以下に減少していた。以上の結果から、責任菌は該9菌株中に含まれる事が示唆された。
【0103】
[健常者の便より単離した3菌株はマウス便中トリプシン活性を低下させる]
前述の9菌株は、
図9に示すとおり、Bacteroides属の3菌株を含む群と非Bacteroides属の6菌株に分類できる。トリプシンの活性を低下させる機能が系統的に保存されていると仮定する場合、責任菌はいずれか一方の群にのみ含まれると考えられる。そこで、上記検討と同様に、前者のBacteroides属を投与した群(以下、3-mix投与群)及び後者の非Bacteroidesを投与した群(以下、6-mix投与群)について評価した。
【0104】
その結果、
図8に示すとおり、3-mix投与群では、便中のトリプシン活性は有意に低下し、6-mix投与群では減少しなかった。以上の結果から、責任菌は前記3菌株中に含まれる事が示唆された。
【0105】
[健常者の便より単離したParaprevotella claraはマウストリプシンの量を低下させる]
責任菌の更なる絞り込みを目的として、in vitroにてトリプシンと単培養した菌を共存させ、トリプシンのタンパク質量の変化を評価した。
【0106】
先ず、嫌気チャンバー内において、His-tag修飾されたリコンビナントのマウストリプシンと、上記にて責任菌の候補と論じた9-mix、6-mixあるいは3-mixを共培養し、12時間後の培養液中のトリプシンのタンパク質量を評価した。
【0107】
その結果、図には示さないが、9-mixあるいは3-mixとの共培養では、トリプシンの減少が認められ、6-mixとの共培養では認められなかった。この結果は、上述のin vivoでの責任菌の絞り込み検討の結果と合致する。つまり、このin vitroの評価法は、責任菌の更なる絞り込みに有効と考えられる。加えて、このin vitroの評価の結果が、上述のin vivoの評価の結果と合致することは、トリプシン活性の低下の機構には、ホストの大腸組織は関与せず、細菌のみが関与している事を示唆している。
【0108】
続いて、9-mixを構成する各菌を単菌毎にトリプシンと共培養し、同様に評価した。その結果、
図10に示すとおり、3-mixを構成するP.clara 1C4株と共培養した場合においてのみ、トリプシンのタンパク質量の減少が認められた。
【0109】
一連の評価結果から、ドナーCの便に由来するP.clara 1C4株が、マウスのトリプシンのタンパク質量を減少させる責任菌であることが判った。
【0110】
[Paraprevotella claraはヒトのトリプシンのタンパク質量を減少させる]
前述のとおり、健常者の便から単離したP.clara 1C4株がマウスの活性型トリプシンの量を減少させる事を、in vitroで実証した。次に、前述のin vitro実験系をヒトのトリプシンに適用し、その機能の有効性を検証した。すなわち、嫌気チャンバー内において、単培養したP.clara 1C4株とリコンビナントのヒトトリプシンを共培養し、12時間後のトリプシン量をWBにより評価した。その結果、図には示さないが、P.clara 1C4株と共培養した場合にのみ、ヒトトリプシンのタンパク質量の減少が認められた。以上の結果から、健常者の便から単離したP.clara 1C4株は、ヒトのトリプシンのタンパク質量を減少させることが判明した。
【0111】
(実施例3)
[トリプシン活性を低下させる細菌カクテル投与により大腸組織の炎症が抑制される]
大腸炎モデルマウスを用いて、同定した前記3菌株(3-mix)の炎症の緩和の可能性を検討した。大腸炎モデルマウスには、IL10-/-腸炎発症モデル及びDSS誘導モデルを選択した。前者については、IL10-/-マウス個体を無菌化したのち、UC患者の便中から単離された腸炎誘導菌であるEnterobacter aerogenes 11E12株を感染させたモデルを適用した。
【0112】
トリプシン活性を低下させる3-mix、あるいはトリプシン活性に関与しない6-mixを、IL10-/-GFマウスに経口的に胃内投与し、その7日後にEnterobacter aerogenes 11E12株単菌の培養液を同様に投与して大腸炎を誘導した。投与3週間後までの便中のトリプシン活性を評価した。また、投与3週間後までに誘導された炎症の程度を、便中のリポカリン濃度と、大腸の組織学的観察に基づく炎症スコアにより評価した。
【0113】
その結果、
図11に示すとおり、11E12株投与群、並びに11E12株及び6-mix投与群において便中の高いトリプシン活性が認められたのに対し、11E12株及び3-mix投与群においては、トリプシン活性が低く抑えられていた。また、
図12に示すとおり、3-mix投与群では、6-mix投与群と比較して、便中リポカリン濃度が低い傾向にあった。さらに、図には示していないが、組織学的炎症スコアも有意に低かった。
【0114】
同様の検討をDSS誘導モデルマウスに対して実施した。GFマウスに3-mixあるいは6-mixを投与し、その14日後から7日間、2.0%DSS水溶液を自由飲水により投与して大腸炎を誘導した。DSS投与10日後までに誘導された炎症の程度を、体重の変動、大腸の組織学的観察に基づく炎症スコア、及び炎症マーカーの発現量により評価した。その結果、6-mix投与群に比べて、3-mix投与群では、体重減少の割合が低かった。また、TNF-α及びIL6をはじめとする各炎症マーカー遺伝子の発現量も有意に低かった。
【0115】
以上の検討結果から、3-mixを投与すると、大腸組織の炎症が抑制される事が判った。
【0116】
(実施例4)
[Paraprevotella属はトリプシン活性を低下させる]
P.clara 1C4株に認められたトリプシン活性を低下させる機能の、類縁菌株における保存性を評価した。
【0117】
理化学研究所バイオリソース研究センター(RIKEN BRC)微生物材料開発室より入手したP.clara JCM14859株、及び2018年11月時点の系統樹分類にてParaprevotella属に属する2種のうちのもう一方に該当するParaprevotella xylaniphila(P.xylaniphila)JCM 14860株について、in vitroでのトリプシン活性の低減能を検証した。マウスの盲腸内容物に由来するトリプシン溶液を、各菌の培養液と混合して、嫌気条件で12時間インキュベートしたのち、WBにより活性型トリプシンのタンパク質量を評価した。
【0118】
その結果、
図13に示すとおり、いずれのParaprevotella株と混合した場合においても、トリプシンのタンパク質量はWBの検出限界以下であった。
【0119】
以上の結果から、2018年11月時点の系統樹分類にてParaprevotella属に分類される菌種はすべて、マウス由来の活性型トリプシンの量を低下させることが判った。
【0120】
(実施例5)
[クロスリンク試験]
図14に示すとおり、mPRSS2とP.clara菌を混合し、DSSOで架橋を形成させた場合にのみ、250kDa付近にバンドが検出された。これは、mPRSS2を含まず架橋を形成させた場合には認められないことから、mPRSS2とP.clara菌の構成タンパク質から成る複合タンパク質と推定された。mPRSS2が約32kDaのタンパク質である事を鑑みれば、P.clara菌を構成する220kDa程度のあるタンパク質に対して、トリプシンは優先的に吸着もしくは結合していると考えられる。
【0121】
この結果より、トリプシンタンパク質の分解現象は、Paraprevotella属菌が保有する特定のタンパク質に対して、トリプシンが結合する現象を伴いながら、誘導されると考えられる。
【0122】
[トリプシン活性阻害試験]
図15に示すとおり、TLCK阻害剤を修飾していないhPRSS2とParaprevotella属菌を混合した場合、hPRSS2由来のバンドが薄化しており、hPRSS2の分解が誘導された。一方で、TLCKを修飾してトリプシン活性を失ったTLCK-hPRSS2の場合は、hPRSS2の分解が誘導されなかった。TLCKが不可逆結合に基づくトリプシン活性阻害剤である事を鑑みれば、Paraprevotella属菌によるトリプシンの分解は、トリプシンの自己分解の促進によるものと考えられる。
【0123】
以上の[クロスリンク試験]及び[トリプシン活性阻害試験]の結果から、Paraprevotella属菌によるトリプシンの分解は、トリプシンの自己分解の促進効果に基づき、トリプシンタンパク質が、菌の特定のタンパク質に結合することで誘導されると考えることができる。
【産業上の利用可能性】
【0124】
以上説明したように、本発明によれば、トリプシン活性を抑制することが可能となる。したがって、トリプシン活性に起因する疾患(潰瘍性大腸炎、クローン病等の炎症性腸疾患)の治療及び予防等において有用である。
【受託番号】
【0125】
(1)識別の表示:1C4
(2)受託番号:NITE BP-02775
(3)受託日:2018年8月30日
(4)寄託機関:独立行政法人製品評価技術基盤機構
(1)識別の表示:1D4
(2)受託番号:NITE BP-02776
(3)受託日:2018年8月30日
(4)寄託機関:独立行政法人製品評価技術基盤機構
(1)識別の表示:3H3
(2)受託番号:NITE BP-02777
(3)受託日:2018年8月30日
(4)寄託機関:独立行政法人製品評価技術基盤機構
【配列表】