(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-08
(45)【発行日】2023-12-18
(54)【発明の名称】バラタナゴ類の判別方法及び判別キット
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/6858 20180101AFI20231211BHJP
C12Q 1/686 20180101ALI20231211BHJP
C12Q 1/6888 20180101ALI20231211BHJP
C12N 15/11 20060101ALI20231211BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20231211BHJP
【FI】
C12Q1/6858 Z ZNA
C12Q1/686 Z
C12Q1/6888 Z
C12N15/11 Z
C12N15/12
(21)【出願番号】P 2019181946
(22)【出願日】2019-10-02
【審査請求日】2022-07-22
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (1)発行者:応用生態工学会福岡事務局、刊行物名:応用生態工学会福岡2018、プログラム、発行年月日:2018年12月4日
(73)【特許権者】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【氏名又は名称】及川 周
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【氏名又は名称】飯田 雅人
(72)【発明者】
【氏名】鬼倉 徳雄
(72)【発明者】
【氏名】梅村 啓太郎
(72)【発明者】
【氏名】栗田 喜久
【審査官】井関 めぐみ
(56)【参考文献】
【文献】特表平10-501965(JP,A)
【文献】特表2004-520843(JP,A)
【文献】環境管理,2011年,Vol.40,p.54-59
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/6858
C12Q 1/686
C12Q 1/6888
C12N 15/11
C12N 15/12
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニッポンバラタナゴ、タイリクバラタナゴ及びそれらの交雑種のうちいずれのバラタナゴであるかを判別する方法であって、
対象バラタナゴの核DNAを鋳型として、以下
の1)~4)に示す4種類のプライマーを用いてPCR法で増幅産物を得る核DNA増幅工程と、
前記核DNA増幅工程で得られた増幅産物を電気泳動して検出することで、ニッポンバラタナゴ、タイリクバラタナゴ及びそれらの交雑種のうちいずれのバラタナゴであるかを判別する判別工程とを含み、
1)配列番号1で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有するセンスプライマーA;
2)配列番号2で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有するアンチセンスプライマーB;
3)バラタナゴの18SrRNA遺伝子の塩基配列の一部に相補的な
配列番号3で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有するセンスプライマーC;
4)バラタナゴの5.8SrRNA遺伝子の塩基配列の一部に相補的な
配列番号4で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有するアンチセンスプライマーD;
前記判別工程で、前記センスプライマーA及び前記アンチセンスプライマーDにより増幅された増幅産物Xが検出された場合には、ニッポンバラタナゴであると判別し、
前記センスプライマーC及び前記アンチセンスプライマーBにより増幅された増幅産物Yが検出された場合には、タイリクバラタナゴであると判別し、
前記増幅産物X及び前記増幅産物Yが検出された場合には、ニッポンバラタナゴ及びタイリクバラタナゴの交雑種であると判別し、
さらに、前記核DNA増幅工程の前に、又は、前記判別工程の後に、
対象バラタナゴのミトコンドリアDNAを鋳型として、以下に示す2種のプライマーセットを用いてPCR法で増幅産物を得るミトコンドリアDNA増幅工程と、
前記ミトコンドリアDNA増幅工程で得られた増幅産物を電気泳動して検出することで、対象バラタナゴのミトコンドリアDNAの遺伝子型を判別するミトコンドリアDNAの遺伝子型判別工程と、を含み、
5)ニッポンバラタナゴのシトクロームb遺伝子の転写産物を増幅するためのセンスプライマーE及びアンチセンスプライマーFからなるプライマーセット;
6)タイリクバラタナゴのシトクロームb遺伝子の転写産物を増幅するためのセンスプライマーG及びアンチセンスプライマーHからなるプライマーセット;
前記センスプライマーEは、配列番号5で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有し、前記アンチセンスプライマーFは、配列番号6で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有し、
前記センスプライマーGは、配列番号7で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有し、前記アンチセンスプライマーHは、配列番号8で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有し、
前記ミトコンドリアDNAの遺伝子型判別工程で、前記センスプライマーE及び前記アンチセンスプライマーFにより増幅された増幅産物Wが検出された場合には、ミトコンドリアDNAの遺伝子型がニッポンバラタナゴであると判別し、
前記センスプライマーG及び前記アンチセンスプライマーHにより増幅された増幅産物Vが検出された場合には、ミトコンドリアDNAの遺伝子型がタイリクバラタナゴであると判別する、バラタナゴ類の判別方法。
【請求項2】
以下
の1)~4)に示す4種のプライマーを含むプライマーセット
と、5)及び6)に示す2種のプライマーセットとを備える、バラタナゴ類の判別キット。
1)配列番号1で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有するセンスプライマーA;
2)配列番号2で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有するアンチセンスプライマーB;
3)バラタナゴの18SrRNA遺伝子の塩基配列の一部に相補的な
配列番号3で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有するセンスプライマーC;
4)バラタナゴの5.8SrRNA遺伝子の塩基配列の一部に相補的な
配列番号4で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有するアンチセンスプライマーD
5)ニッポンバラタナゴのシトクロームb遺伝子の転写産物を増幅するためのセンスプライマーE及びアンチセンスプライマーFからなるプライマーセット;
6)タイリクバラタナゴのシトクロームb遺伝子の転写産物を増幅するためのセンスプライマーG及びアンチセンスプライマーHからなるプライマーセット
前記センスプライマーEは、配列番号5で示される塩基配列からなるポリヌクレオチド有し、前記アンチセンスプライマーFは、配列番号6で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有し、
前記センスプライマーGは、配列番号7で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有し、前記アンチセンスプライマーHは、配列番号8で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バラタナゴ類の判別方法及び判別キットに関する。
【背景技術】
【0002】
ニッポンバラタナゴ(Rhodeus ocellatus kurumeus)はコイ科タナゴ亜科に属する小型の純淡水魚である。ニッポンバラタナゴは西日本の平野部に分布しており、農業用水路やため池に生息している。現在、ニッポンバラタナゴは環境省レッドリスト2019において絶滅危惧IA類として取り扱われる等、絶滅の危機に瀕している。その最大の要因が外来種の近縁亜種である、タイリクバラタナゴ(Rhodeus ocellatus ocellatus)との交雑に伴う雑種化である。
【0003】
ニッポンバラタナゴ、タイリクバラタナゴ、及びその交雑個体は、形態的に酷似しており、判別が困難である。そのため、ミトコンドリアDNA(mtDNA)(例えば、非特許文献1参照)やマイクロサテライトDNA(例えば、非特許文献2参照)等のDNA情報による判別が行われている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】阿部 司ら、「山陽地方におけるニッポンバラタナゴの在来集団」、魚類学雑誌、60巻、1号、第49~55頁、2013年。
【文献】Shirai Y et al., “Isolation and characterization of new microsatellite markers for rose bitterlings, Rhodeus ocellatus.”, Mol Ecol Resour., Vol. 9, Issue 3, pp. 1031-1033, 2009.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、mtDNAを用いた解析では、コスト及び労力は比較的に低いが、母系の遺伝子型しか解析できず、個体の遺伝子型がホモ接合型かヘテロ接合型かを判別することができない。また、マイクロサテライトDNAを用いた解析方法では、個体の遺伝子型を判別できるものの、コスト及び技術的難易度が高い。タイリクバラタナゴの侵入の監視は環境調査等においても重要な課題であるが、現在、コストを抑えながら、簡便且つ確実にニッポンバラタナゴ、タイリクバラタナゴ及びそれらの交雑種のうちいずれのバラタナゴであるかを判別できる方法は存在しない。
【0006】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、簡便且つ確実な新規のバラタナゴ類の判別方法及び判別キットを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
すなわち、本発明は、以下の態様を含む。
(1) ニッポンバラタナゴ、タイリクバラタナゴ及びそれらの交雑種のうちいずれのバラタナゴであるかを判別する方法であって、
対象バラタナゴの核DNAを鋳型として、以下に示す4種類のプライマーを用いてPCR法で増幅産物を得る核DNA増幅工程と、
1)配列番号1で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有するセンスプライマーA;
2)配列番号2で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有するアンチセンスプライマーB;
3)バラタナゴの18SrRNA遺伝子の塩基配列の一部に相補的な配列からなるポリヌクレオチドを有するセンスプライマーC;
4)バラタナゴの5.8SrRNA遺伝子の塩基配列の一部に相補的な配列からなるポリヌクレオチドを有するアンチセンスプライマーD;
前記センスプライマーA及び前記アンチセンスプライマーDにより増幅された増幅産物Xが検出された場合には、ニッポンバラタナゴであると判別し、
前記センスプライマーC及び前記アンチセンスプライマーBにより増幅された増幅産物Yが検出された場合には、タイリクバラタナゴであると判別し、
前記増幅産物X及び前記増幅産物Yが検出された場合には、ニッポンバラタナゴ及びタイリクバラタナゴの交雑種であると判別する判別工程と、
を含む、バラタナゴ類の判別方法。
(2) 前記センスプライマーCが配列番号3で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有する、(1)に記載のバラタナゴ類の判別方法。
(3) 前記アンチセンスプライマーDが配列番号4で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有する、(1)又は(2)に記載のバラタナゴ類の判別方法。
(4) 前記核DNA増幅工程の前に、又は、前記判別工程の後に、
対象バラタナゴのミトコンドリアDNAを鋳型として、以下に示す2種のプライマーセットを用いてPCR法で増幅産物を得るミトコンドリアDNA増幅工程と、
5)ニッポンバラタナゴのシトクロームb遺伝子の転写産物を増幅するためのセンスプライマーE及びアンチセンスプライマーFからなるプライマーセット;
6)タイリクバラタナゴのシトクロームb遺伝子の転写産物を増幅するためのセンスプライマーG及びアンチセンスプライマーHからなるプライマーセット;
前記センスプライマーE及び前記アンチセンスプライマーFにより増幅された増幅産物Wが検出された場合には、ミトコンドリアDNAの遺伝子型がニッポンバラタナゴであると判別し、
前記センスプライマーG及び前記アンチセンスプライマーHにより増幅された増幅産物Vが検出された場合には、ミトコンドリアDNAの遺伝子型がタイリクバラタナゴであると判別するミトコンドリアDNAの遺伝子型判別工程と、
を更に含む、(1)~(3)のいずれか一つに記載のバラタナゴ類の判別方法。
(5) 前記センスプライマーEは、配列番号5で示される塩基配列からなるポリヌクレオチド有し、前記アンチセンスプライマーFは、配列番号6で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有する、(4)に記載のバラタナゴ類の判別方法。
(6) 前記センスプライマーGは、配列番号7で示される塩基配列からなるポリヌクレオチド有し、前記アンチセンスプライマーHは、配列番号8で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有する、(4)又は(5)に記載のバラタナゴ類の判別方法。
【0008】
(7) 以下に示す4種のプライマーを含むプライマーセットを備える、バラタナゴ類の判別キット。
1)配列番号1で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有するセンスプライマーA;
2)配列番号2で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有するアンチセンスプライマーB;
3)バラタナゴの18SrRNA遺伝子の塩基配列の一部に相補的な配列からなるポリヌクレオチドを有するセンスプライマーC;
4)バラタナゴの5.8SrRNA遺伝子の塩基配列の一部に相補的な配列からなるポリヌクレオチドを有するアンチセンスプライマーD
(8) 前記センスプライマーCが配列番号3で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有する、(7)に記載のバラタナゴ類の判別キット。
(9) 前記アンチセンスプライマーDが配列番号4で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有する、(7)又は(8)に記載のバラタナゴ類の判別キット。
(10) 以下に示す2種のプライマーセットを更に備える、(7)~(9)のいずれか一つに記載のバラタナゴ類の判別キット。
5)ニッポンバラタナゴのシトクロームb遺伝子の転写産物を増幅するためのセンスプライマーE及びアンチセンスプライマーFからなるプライマーセット;
6)タイリクバラタナゴのシトクロームb遺伝子の転写産物を増幅するためのセンスプライマーG及びアンチセンスプライマーHからなるプライマーセット
(11) 前記センスプライマーEは、配列番号5で示される塩基配列からなるポリヌクレオチド有し、前記アンチセンスプライマーFは、配列番号6で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有する、(10)に記載のバラタナゴ類の判別キット。
(12) 前記センスプライマーGは、配列番号7で示される塩基配列からなるポリヌクレオチド有し、前記アンチセンスプライマーHは、配列番号8で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有する、(10)又は(11)に記載のバラタナゴ類の判別キット。
【発明の効果】
【0009】
上記態様のバラタナゴ類の判別方法及び判別キットによれば、ニッポンバラタナゴ、タイリクバラタナゴ及びそれらの交雑種のうちいずれのバラタナゴであるかを簡便且つ確実に判別することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施例1におけるミトコンドリアDNAにおける種特異的プライマーを用いたジェノタイピングの結果を示す図である。
【
図2】実施例1における核DNAにおける種特異的プライマーを用いたジェノタイピングの結果を示す図である。
【
図3】実施例1におけるバラタナゴ個体の各地域での遺伝子型の分布割合を示すグラフである。
【
図4】本実施形態のバラタナゴ類の判別方法と従来のバラタナゴ類の判別方法(ミトコンドリアDNA又は核DNAのシークエンス解析法、及びマイクロサテライトDNA解析法)の手順を比較した模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の一実施形態に係る(以下、「本実施形態」という)バラタナゴ類の判別方法及び判別キットについて、詳細を説明する。
【0012】
<バラタナゴ類の判別方法>
本実施形態のバラタナゴ類の判別方法(以下、単に「本実施形態の判別方法」と略記する場合がある)は、ニッポンバラタナゴ、タイリクバラタナゴ及びそれらの交雑種のうちいずれのバラタナゴであるかを判別する方法である。本実施形態の判別方法は、核DNA増幅工程と、判別工程とを含む。
核DNA増幅工程では、対象バラタナゴの核DNAを鋳型として、以下に示す4種類のプライマーを用いてPCR法で増幅産物を得る。
1)配列番号1で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有するセンスプライマーA;
2)配列番号2で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有するアンチセンスプライマーB;
3)バラタナゴの18SrRNA遺伝子の塩基配列の一部に相補的な配列からなるポリヌクレオチドを有するセンスプライマーC;
4)バラタナゴの5.8SrRNA遺伝子の塩基配列の一部に相補的な配列からなるポリヌクレオチドを有するアンチセンスプライマーD
【0013】
判別工程では、前記センスプライマーA及び前記アンチセンスプライマーDにより増幅された増幅産物Xが検出された場合には、ニッポンバラタナゴであると判別する。
前記センスプライマーC及び前記アンチセンスプライマーBにより増幅された増幅産物Yが検出された場合には、タイリクバラタナゴであると判別する。
前記増幅産物X及び前記増幅産物Yが検出された場合には、ニッポンバラタナゴ及びタイリクバラタナゴの交雑種であると判別する。
【0014】
発明者らは、ニッポンバラタナゴ及びタイリクバラタナゴの核DNA中のリボソームRNA遺伝子の内部転写スペーサー(internal transcribed spacer 1;ITS1)領域に着目し、各亜種の塩基配列を解析した結果、ITS1領域に各亜種に特異的な変異を有することを見出し、各亜種に特異的なプライマーを設計することで、本発明を完成するに至った。
本実施形態の判別方法は、後述する実施例に示すように、各亜種に特異的なプライマーを含むプライマーセットを用いることで、ニッポンバラタナゴ、タイリクバラタナゴ及びそれらの交雑種のうちいずれのバラタナゴであるかを簡便且つ確実に判別することができる。
【0015】
[核DNA増幅工程]
核DNA増幅工程では、対象バラタナゴの核DNAを鋳型として、以下に示す4種類のプライマーを用いてPCR法で増幅産物を得る。
1)配列番号1で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有するセンスプライマーA;
2)配列番号2で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有するアンチセンスプライマーB;
3)バラタナゴの18SrRNA遺伝子の塩基配列の一部に相補的な配列からなるポリヌクレオチドを有するセンスプライマーC;
4)バラタナゴの5.8SrRNA遺伝子の塩基配列の一部に相補的な配列からなるポリヌクレオチドを有するアンチセンスプライマーD
【0016】
対象バラタナゴの核DNAを増幅するためには、まず、バラタナゴ類の核DNAを調製して試料とする。試料は、核DNAを含んでいればよく、バラタナゴ類の全DNAを試料としても使用してもよい。或いは、バラタナゴ類の核DNAを抽出して試料として用いてもよい。
【0017】
試料の調製は、生体のバラタナゴ類の組織から行ってもよい。或いは、バラタナゴ類の死骸の組織から試料を調製することもできる。或いは、バラタナゴ類の糞やバラタナゴ類から剥がれた組織等から試料を調製してもよい。バラタナゴ類の試料からDNAを抽出する方法は、公知の方法が使用できる。具体的には、フェノール法又は市販の核酸抽出用のキット(QIAGEN社製、タカラバイオ社製等)により、バラタナゴ類の試料からDNAを抽出する。
【0018】
次いで、調製した試料を鋳型として、核DNA中のITS1領域を増幅させる。具体的には、上記4種類のプライマーを用いてDNA増幅により、核DNA中のITS1領域を含むDNA断片を増幅させることができる。より具体的には、センスプライマーA及びアンチセンスプライマーDによって、ニッポンバラタナゴに特異的な変異を有するITS1領域を含むDNA断片(後述する増幅産物X)が増幅される。センスプライマーC及びアンチセンスプライマーBによって、タイリクバラタナゴに特異的な変異を有するITS1領域を含むDNA断片(後述する増幅産物Y)が増幅される。センスプライマーC及びアンチセンスプライマーDによって、ニッポンバラタナゴ及びタイリクバラタナゴに共通する18SrRNA遺伝子-ITS1領域-5.8SrRNA遺伝子の全長または一部が増幅される。
【0019】
増幅工程で用いられるプライマーの長さは、標的とする各領域を増幅することができれば特に制限されないが、15塩基以上40塩基以下であり、15塩基以上35塩基以下であってもよく、15塩基以上30塩基以下であってもよく、15塩基以上25塩基以下であってもよい。
【0020】
センスプライマーAは、ニッポンバラタナゴに特異的な変異を有するITS1領域を増幅し得るものであれば特に限定されないが、例えば、配列番号1(5’-TTTTCCACCCCAGTG-3’)で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有するセンスプライマー等が挙げられる。
【0021】
アンチセンスプライマーBは、タイリクバラタナゴに特異的な変異を有するITS1領域を増幅し得るものであれば特に限定されないが、例えば、配列番号2(5’-CAGACAACGGGGTGGG-3’)で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有するアンチセンスプライマー等が挙げられる。
【0022】
センスプライマーCは、バラタナゴ類において共通する配列である18SrRNA遺伝子の全部又は一部を増幅することができれば特に制限されない。センスプライマーCは、18SrRNA遺伝子にハイブリダイズし得る配列であって、18SrRNA遺伝子の塩基配列の一部に相補的な配列を有するものである。例えば、配列番号3(5’-TCCGTAGGTGAACCTGCGGAAG-3’)で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有するセンスプライマー等が挙げられる。
【0023】
アンチセンスプライマーDは、バラタナゴ類において共通する配列である5.8SrRNA遺伝子の全部又は一部を増幅することができれば特に制限されない。アンチセンスプライマーDは、5.8SrRNA遺伝子にハイブリダイズし得る配列であって、5.8SrRNAの塩基配列の一部に相補的な配列を有するものである。例えば、配列番号4(5’-GTCCTGCAATTCACATTAGTTC-3’)で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有するアンチセンスプライマー等が挙げられる。
【0024】
PCRによって増幅された増幅産物の長さは選択したプライマーによって規定される。増幅産物の長さは10塩基対以上1000塩基対以下とすることができ、電気泳動及び観察のしやすさから100塩基対以上700塩基対以下が好ましい。
【0025】
DNAを増幅する方法としては、一般的なPCR法に限定されず、リアルタイムPCR法、PCR-SSP(Sequence Specific Primers)法、PCR-SSCP(Single Strand Conformation Polymorphism)法等の公知の方法を用いることができる。
【0026】
[判別工程]
判別工程では、上記核DNA増幅工程で得られた増幅産物を検出することで、ニッポンバラタナゴ、タイリクバラタナゴ及びそれらの交雑種のうちいずれのバラタナゴであるかを判別する。
具体的には、前記センスプライマーA及び前記アンチセンスプライマーDにより増幅された増幅産物Xが検出された場合には、ニッポンバラタナゴであると判別する。
前記センスプライマーC及び前記アンチセンスプライマーBにより増幅された増幅産物Yが検出された場合には、タイリクバラタナゴであると判別する。
前記増幅産物X及び前記増幅産物Yが検出された場合には、ニッポンバラタナゴ及びタイリクバラタナゴの交雑種であると判別する。
なお、上記増幅産物の検出では、ニッポンバラタナゴ及びタイリクバラタナゴに共通する18SrRNA遺伝子-ITS1領域-5.8SrRNA遺伝子の全長または一部からなるDNA断片(以下、「増幅産物Z」と称する場合がある)も検出される。
【0027】
上記核DNA増幅工程で得られた増幅産物の検出方法としては、例えば、アガロースゲル電気泳動、ポリアクリルアミドゲル電気泳動等により、増幅された遺伝子断片を観察することにより行ってもよい。或いは、SYBRグリーン等のインターカレーター色素の存在下でDNA増幅反応を行い、インターカレーター色素の蛍光を検出する、リアルタイムPCR法により行ってもよい。
【0028】
本実施形態の判別方法は、対象バラタナゴの母系の遺伝子型を特定するための工程を更に含むことができる。具体的には、本実施形態の判別方法は、上記核DNA増幅工程の前、又は、上記判別工程の後に、以下に示すミトコンドリアDNA増幅工程及びミトコンドリアDNAの遺伝子型判別工程を更に含むことができる。
【0029】
[ミトコンドリアDNA増幅工程]
ミトコンドリア増幅工程では、対象バラタナゴのミトコンドリアDNAを鋳型として、以下に示す2種のプライマーセットを用いてPCR法で増幅産物を得る。
5)ニッポンバラタナゴのシトクロームb遺伝子の転写産物を増幅するためのセンスプライマーE及びアンチセンスプライマーFからなるプライマーセット;
6)タイリクバラタナゴのシトクロームb遺伝子の転写産物を増幅するためのセンスプライマーG及びアンチセンスプライマーHからなるプライマーセット
【0030】
対象バラタナゴのミトコンドリアDNAを増幅するためには、まず、バラタナゴ類のミトコンドリアDNAを調製して試料とする。試料は、ミトコンドリアDNAを含んでいればよく、バラタナゴ類の全DNAを試料としても使用してもよい。或いは、バラタナゴ類のミトコンドリアDNAを抽出して試料として用いてもよい。
【0031】
試料の調製は、生体のバラタナゴ類の組織から行ってもよい。或いは、バラタナゴ類の死骸の組織から試料を調製することもできる。或いは、バラタナゴ類の糞やバラタナゴ類から剥がれた組織等から試料を調製してもよい。バラタナゴ類の試料からDNAを抽出する方法は、上述した「核DNA増幅工程」において例示された方法と同様の方法が挙げられる。
【0032】
次いで、調製した試料を鋳型として、ミトコンドリアDNAのシトクロームb遺伝子を増幅させる。具体的には、上記2種類のプライマーセットを用いてDNA増幅により、ミトコンドリアDNAのシトクロームb遺伝子を含むDNA断片を増幅させることができる。より具体的には、センスプライマーE及びアンチセンスプライマーFによって、ニッポンバラタナゴに特異的な変異を有するシトクロームb遺伝子を含むDNA断片(後述する増幅産物W)が増幅される。センスプライマーG及びアンチセンスプライマーHによって、タイリクバラタナゴに特異的な変異を有するシトクロームb遺伝子を含むDNA断片(後述する増幅産物V)が増幅される。
【0033】
増幅工程で用いられるプライマーの長さは、ミトコンドリアDNAのシトクロームb遺伝子を増幅することができれば特に制限されないが、15塩基以上40塩基以下であり、15塩基以上35塩基以下であってもよく、15塩基以上30塩基以下であってもよく、15塩基以上25塩基以下であってもよい。
【0034】
センスプライマーE及びアンチセンスプライマーFは、ニッポンバラタナゴに特異的な変異を有するシトクロームb遺伝子を増幅し得るものであれば特に限定されない。センスプライマーE及びアンチセンスプライマーFは、それぞれニッポンバラタナゴに特異的な変異を有するシトクロームb遺伝子にハイブリダイズし得る配列であって、ニッポンバラタナゴに特異的な変異を有するシトクロームb遺伝子の塩基配列の一部に相補的な配列を有するものである。例えば、配列番号5(5’-ACCCTATATAGGAGACACCC-3’)で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有するセンスプライマー及び配列番号6(5’-CTTAATGTGTGGCGGGGTA-3’)で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有するアンチセンスプライマー等が挙げられる。
【0035】
センスプライマーG及びアンチセンスプライマーHは、タイリクバラタナゴに特異的な変異を有するシトクロームb遺伝子を増幅し得るものであれば特に限定されない。センスプライマーE及びアンチセンスプライマーFは、それぞれタイリクバラタナゴに特異的な変異を有するシトクロームb遺伝子にハイブリダイズし得る配列であって、タイリクバラタナゴに特異的な変異を有するシトクロームb遺伝子の塩基配列の一部に相補的な配列を有するものである。例えば、配列番号7(5’-GGTTTATTTCTGGCTATGCAC-3’)で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有するセンスプライマー及び配列番号8(5’-GTTTCCTTATATAAATAGGACCCA-3’)で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有するアンチセンスプライマー等が挙げられる。
【0036】
PCRによって増幅された増幅産物の長さは選択したプライマーによって規定される。増幅産物の長さは10塩基対以上1000塩基対以下とすることができ、電気泳動及び観察のしやすさから100塩基対以上700塩基対以下が好ましい。
【0037】
DNAを増幅する方法としては、上述した「核DNA増幅工程」において例示された方法と同様の方法が挙げられる。
【0038】
[ミトコンドリアDNAの遺伝子型判別工程]
ミトコンドリアDNAの遺伝子型判別工程では、上記ミトコンドリアDNA増幅工程で得られた増幅産物を検出することで、対象バラタナゴのミトコンドリアDNAの遺伝子型、すなわち、母系の遺伝子型を判別する。
具体的には、前記センスプライマーE及び前記アンチセンスプライマーFにより増幅された増幅産物Wが検出された場合には、ミトコンドリアDNAの遺伝子型がニッポンバラタナゴであると判別する。
前記センスプライマーG及び前記アンチセンスプライマーHにより増幅された増幅産物Vが検出された場合には、タイリクバラタナゴであると判別する。
【0039】
上記ミトコンドリアDNA増幅工程で得られた増幅産物の検出方法としては、上述した「判別工程」において例示された方法と同様の方法が挙げられる。
【0040】
本実施形態の判別方法は、後述する実施に示すように、上記核DNA増幅工程及び上記判別工程に加えて、ミトコンドリアDNA増幅工程及びミトコンドリアDNAの遺伝子型判別工程を含むことで、ホモ接合型のニッポンバラタナゴ及びタイリクバラタナゴ、並びにヘテロ接合型の交雑種のいずれの遺伝子型であるかを判別できるだけでなく、ミトコンドリアDNAの遺伝子型からハプロタイプがニッポンバラタナゴ及びタイリクバラタナゴのいずれであるかも判別することができる。これにより、後述する実施例に示すように、特定の地域に生息するバラタナゴ類について、タイリクバラタナゴの遺伝的侵入率を正確に把握することができる。
【0041】
<バラタナゴ類の判別キット>
本実施形態のバラタナゴ類の判別キット(以下、単に「本実施形態の判別キット」と略記する場合がある)は、以下に示す4種のプライマーを含むプライマーセットを備える。
1)配列番号1で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有するセンスプライマーA;
2)配列番号2で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドを有するアンチセンスプライマーB;
3)バラタナゴの18SrRNA遺伝子の塩基配列の一部に相補的な配列からなるポリヌクレオチドを有するセンスプライマーC;
4)バラタナゴの5.8SrRNA遺伝子の塩基配列の一部に相補的な配列からなるポリヌクレオチドを有するアンチセンスプライマーD
【0042】
本実施形態の判別キットは、上記プライマーセットを用いることで、ニッポンバラタナゴ、タイリクバラタナゴ及びそれらの交雑種のうちいずれのバラタナゴであるかを簡便且つ確実に判別することができる。
【0043】
本実施形態の判別キットにおいて、センスプライマーA、アンチセンスプライマーB、センスプライマーC及びアンチセンスプライマーDは、上述した「バラタナゴ類の判別方法」で例示されたものと同様のものが挙げられる。
【0044】
本実施形態の判別キットは、以下に示す2種のプライマーセットを更に備えることができる。
5)ニッポンバラタナゴのシトクロームb遺伝子の転写産物を増幅するためのセンスプライマーE及びアンチセンスプライマーFからなるプライマーセット;
6)タイリクバラタナゴのシトクロームb遺伝子の転写産物を増幅するためのセンスプライマーG及びアンチセンスプライマーHからなるプライマーセット
【0045】
本実施形態の判別キットは、上記2種のプライマーセットを更に備えることで、対象バラタナゴの母系の遺伝子型を特定することができる。
【0046】
センスプライマーE、アンチセンスプライマーF、センスプライマーG及びアンチセンスプライマーHは、上述した「バラタナゴ類の判別方法」で例示されたものと同様のものが挙げられる。
【0047】
本実施形態の判別キットは、プローブを更に備えていてもよい。
【0048】
プローブとしては、TaqMan(登録商標)プローブを用いることもできる。使用可能な蛍光物質としては、FAM、Yakima Yellow(登録商標)、フルオレセイン、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)、VIC(登録商標)等が挙げられる。また、使用可能な消光物質としては、カルボキシテトラメチルローダミン(TAMRA)等が挙げられる。
【0049】
上記のプローブの存在下でDNA増幅反応を行うと、プローブが増幅対象のDNA断片にアニーリングする。そして、DNAポリメラーゼの5’→3’エキソヌクレアーゼ活性によりプローブが分解される。その結果、プローブ分子上で近接して存在していた消光物質と蛍光物質が離れ、蛍光物質が蛍光を発するようになる。この蛍光を定量することにより、DNA増幅反応の進行を定量的に測定することができる。
【0050】
本実施形態のキットにおけるプローブの長さは、センスプライマー及びアンチセンスプライマーよりも先に鋳型DNAにアニーリングすることができれば(センスプライマー及びアンチセンスプライマーよりも融解温度(Tm)が高ければ)特に制限されず、例えば15塩基以上40塩基以下であってもよく、15塩基以上35塩基以下であってもよく、15塩基以上30塩基以下であってもよく、15塩基以上25塩基以下であってもよい。
【0051】
本実施形態のキットを用いることにより、上述した「バラタナゴ類の判別方法」をリアルタイムPCR法により実施することができる。
【実施例】
【0052】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0053】
[実施例1]
1.サンプルの収集
ニッポンバラタナゴ、タイリクバラタナゴ及びその交雑個体のサンプルは、2017年から2018年までの期間に、ハンドネット又はキャスティングネットを使用して、九州の5つの河川(六角川、筑後川、菊池川、瑞梅寺川及び鹿島川)、並びに、本州東部の夷隅川で収集された。これらのサンプリング場所は、以前の研究に基づいて選択された。捕獲された各個体から尾びれの一部を切り取り、切り取った組織は直ちに99%エタノールで固定された。その後、捕獲された全ての個体は、各サンプリング場所で直ちに放流された。DNeasy Blood&Tissue Kit(Qiagen社製)を使用して、固定した組織から全DNAを分離した。
【0054】
2.ミトコンドリアDNAにおける種特異的プライマーを用いたジェノタイピング
ニッポンバラタナゴ及びタイリクバラタナゴのミトコンドリアシトクロームb遺伝子の参照塩基配列を日本DNAデータバンク(DDBJ)から入手した。ニッポンバラタナゴのアクセッション番号は、AB109000、AB109010、AB366504-AB366507、AB769511-AB769515である。タイリクバラタナゴのアクセッション番号は、AB109009、AB366512-AB366513、AB620133、AB769516-AB769519、KF410776である。これらの塩基配列をMEGA7ソフトウェア(参考文献1:「Kumar S et al., “MEGA7: Molecular Evolutionary Genetics Analysis Version 7.0 for Bigger Datasets.”, Mol Biol Evol., Vol. 33, Issue 7, pp. 1870-1874, 2016.)を使用して分析し、ミトコンドリアシトクロームb遺伝子における各亜種に特異的な変異(種間変異)を特定した。
【0055】
特定された種間変異に基づいて、以下に示す亜種特異的プライマーセットを設計した。各プライマーの塩基配列を表1に示す。表1において、「forward primer Rok_cytb_F」及び「reverse primer Rok_cytb_R」は、ニッポンバラタナゴのミトコンドリアシトクロームb遺伝子の増幅産物を得るためのプライマーセットであり、「forward primer Roo_cytb_F」及び「reverse primer Roo_cytb_R」は、タイリクバラタナゴのミトコンドリアシトクロームb遺伝子の増幅産物を得るためのプライマーセットである。
【0056】
【0057】
表1に示すプライマーセットを用いて、「1.」で得られた各組織から分離された全DNAを鋳型として、PCRを行なった。具体的には、5μLのKOD One PCR Master Mix -Blue-(東洋紡社製)、0.5μLの各プライマー(混合物の総容量に対する濃度が10μM(μmol/L))、2.5μLの超純水及び0.5μLの鋳型DNAを含む10μLの反応混合物を調製し、PCRを行なった。PCRの条件は、98℃で30秒間インキュベートした後、次に示すサイクルを30サイクル実行した:98℃で10秒間、55℃で15秒間、72℃で15秒間。サイクル終了後、72℃で2分間保持した。PCRで増幅された増幅産物を分離するために、2μLの各PCR産物を含む反応溶液を、臭化エチジウムを含む10質量%アガロースゲルを用いて100Vで25分間電気泳動した。増幅産物の分子量は1kb Plus DNA ladder(NEW ENGLAND Biolabs Inc.,)を使用して決定した。
【0058】
まず、塩基配列が既知であるニッポンバラタナゴ(六角川から採取されたサンプルNo.1)及びタイリクバラタナゴ(夷隅川から採取されたサンプルNo.25)を使用して、2つの亜種からの増幅産物のパターンの違いを検証した。結果を
図1に示す。
図1において「Fragment W」はニッポンバラタナゴ特異的な増幅産物であり、「Fragment V」はタイリクバラタナゴ特異的な増幅産物である。
図1から、シトクロームb遺伝子の2亜種に特異的な増幅産物が得られることが確認された。ニッポンバラタナゴ特異的な増幅産物は、348塩基対(bp)であり、タイリクバラタナゴ特異的な増幅産物は193bpであった。
【0059】
次に、他の34のサンプルについて、上記mtDNAのPCRによるジェノタイピングを行い、mtDNAの遺伝子型を同定した。
【0060】
3.核DNAにおける種特異的プライマーを用いたジェノタイピング
次いで、ニッポンバラタナゴ(六角川から採取されたサンプルNo.1)及びタイリクバラタナゴ(夷隅川から採取されたサンプルNo.31)の核DNA中のリボソームRNA遺伝子の内部転写スペーサー(internal transcribed spacer 1;ITS1)領域の配列を分析した。「Kanno K et al., “Morphological, distributional, and genetic characteristics of Cottus pollux in the Kyushu Island, Japan: indication of fluvial and amphidromous life histories within a single lineage”, Ichthyological Research, Vol. 65, Issue 4, pp.462-470, 2018.(参考文献2)」に記載の18SrRNA遺伝子の塩基配列の一部に相補的な配列を有するフォワードプライマー(18SrRNAF;5’-TCCGTAGGTGAACCTGCGGAAG-3’(配列番号3))及び5.8SrRNA遺伝子の塩基配列の一部に相補的な配列を有するリバースプライマー(5.8SrRNAR;5’-GTCCTGCAATTCACATTAGTTC-3’(配列番号4))を用いてPCRを行い、344bpのITS1領域の増幅産物を得た。具体的には、5μLのEmeraldAmp(登録商標) PCR Master Mix(TaKaRa社製)、0.5μLの各プライマー(混合物の総容量に対する濃度が10μM(μmol/L))、3.5μLの超純水及び0.5μLの鋳型DNAを含む10μLの反応混合物を調製して、PCRを行った。PCRの条件は、98℃で30秒間インキュベートした後、次に示すサイクルを30サイクル実行した:98℃で15秒間、50℃で15秒間、72℃で15秒間。サイクル終了後、72℃で2分間保持した。
【0061】
PCRで増幅された増幅産物を確認するために、2μLの各PCR産物を含む反応溶液を、臭化エチジウムを含む1質量%アガロースゲルを用いて100Vで25分間電気泳動した。
【0062】
得られた増幅産物は、ExoSAP-IT PCR Product Cleanup(Thermo Fisher社製)を使用して精製した。次いで、得られた精製物をプライマーと混合し、FASMAC DNAシーケンシングサービス(FASMAC)でシーケンスした。使用したプライマーは、上記18SrRNAF、上記5.8SrRNAR、バラタナゴ共通ITS1領域増幅用フォワードプライマー(Ro_ITS1_F2;5’-CGCCTTGGGTTTAATGTGCC-3’(配列番号9))、タイリクバラタナゴITS1領域増幅用リバースプライマー(Roo_ITS1_R2;5’-GAACGACACAGACAACGGGGTGGG-3’(配列番号10))であった。シークエンスにより新しく得られた塩基配列はDDBJに登録した(アクセッション番号:LC485325-LC485326)。得られた塩基配列を、MEGA7ソフトウェア(上記参考文献1参照)を使用して分析し、ITS1領域における各亜種に特異的な変異(種間変異)を特定した。
【0063】
特定された種間変異に基づいて、以下に示す亜種特異的プライマーセットを設計した。各プライマーの塩基配列を表2に示す。表2において、「forward primer Rok_ITS1_shortF」は、ニッポンバラタナゴのITS1領域の増幅産物を得るためのフォワードプライマーであり、「reverse primer Roo_ITS1_shortR」は、タイリクバラタナゴのITS1領域の増幅産物を得るためのリバースプライマーである。
【0064】
【0065】
核DNAに基づいてニッポンバラタナゴ及びタイリクバラタナゴを判別するために、以下に示す4種のプライマーを用いて、PCRを行った。
1)Rok_ITS1_shortF(配列番号1)
2)Roo_ITS1_shortR(配列番号2)
3)18SrRNAF(配列番号3)
4)5.8SrRNAR(配列番号4)
【0066】
これらのプライマーによって、18SrRNAF及び5.8SrRNARにより増幅された共通の増幅産物(UNIF)(約460bp程度、ニッポンバラタナゴでは464bp、タイリクバラタナゴでは456bp)、並びに、ITS1領域のマーカーである亜種特異的な増幅産物(Rok_ITS1_shortF及び5.8SrRNARにより増幅されたニッポンバラタナゴ特異的な増幅産物(ROKF)は134bp、18SrRNAF及びRoo_ITS1_shortRにより増幅されたタイリクバラタナゴ特異的な増幅産物(ROOF)は336bp)を得ることができる。
【0067】
PCRサイクル以外は、上記「2.ミトコンドリアDNAにおける種特異的プライマーを用いたジェノタイピング」と同様の方法を用いてPCRを行なった。PCRサイクルは、98℃で30秒間インキュベートした後、次に示すサイクルを30サイクル実行した:98℃で10秒間、50℃で15秒間、72℃で15秒間。サイクル終了後、72℃で2分間保持した。PCRで増幅された増幅産物を分離するために、2μLの各PCR産物を含む反応溶液を、臭化エチジウムを含む10質量%アガロースゲルを用いて100Vで25分間電気泳動した。増幅産物の分子量は1kb Plus DNA ladder(NEW ENGLAND Biolabs Inc.,)を使用して決定した。
【0068】
まず、塩基配列が既知であるニッポンバラタナゴ(六角川から採取されたサンプルNo.1)及びタイリクバラタナゴ(夷隅川から採取されたサンプルNo.31)を使用して、2つの亜種からの増幅産物のパターンの違いを検証した。結果を
図2に示す。
図2から、ニッポンバラタナゴではUNIF及びROKFが検出され、一方で、タイリクバラタナゴではUNIF及びROOFが検出された。このことから、共通の増幅産物に加えて、各亜種に特異的な増幅産物が検出されることが確認された。ニッポンバラタナゴ及びタイリクバラタナゴの交雑個体では、UNIF、ROKF及びROOFの3種類の増幅産物が検出された。
以上のことから、本プライマーセットを使用してPCR解析を行なうことで、ニッポンバラタナゴ、タイリクバラタナゴ及び交雑個体の簡易的判別が可能であることが示唆された。
【0069】
次に、他の34のサンプルについて、上記核DNAのPCRによるジェノタイピングを行い、ニッポンバラタナゴ、タイリクバラタナゴ及びそれらの交雑種のうちいずれであるかを同定した。
【0070】
4.バラタナゴ類の判別
上記「2.ミトコンドリアDNAにおける種特異的プライマーを用いたジェノタイピング」及び「3.核DNAにおける種特異的プライマーを用いたジェノタイピング」の分析結果をまとめて、各個体の遺伝子型を以下の6種類に分類した。結果を
図3に示す。
図3において、「st.1」、「st.2」、「st.3」、「st.4」、「st.5」、「st.6」はそれぞれ六角川、筑後川、菊池川、瑞梅寺川、鹿島川及び夷隅川で収集したサンプルを示す。
(1)母系の遺伝子型がニッポンバラタナゴ(mat-Rok)、核DNAの遺伝子型がニッポンバラタナゴ(homo-Rok)
(2)母系の遺伝子型がニッポンバラタナゴ(mat-Rok)、核DNAの遺伝子型が交雑種(hetero)
(3)母系の遺伝子型がニッポンバラタナゴ(mat-Rok)、核DNAの遺伝子型がタイリクバラタナゴ(homo-Roo)
(4)母系の遺伝子型がタイリクバラタナゴ(mat-Roo)、核DNAの遺伝子型がニッポンバラタナゴ(homo-Rok)
(5)母系の遺伝子型がタイリクバラタナゴ(mat-Roo)、核DNAの遺伝子型が交雑種(hetero)
(6)母系の遺伝子型がタイリクバラタナゴ(mat-Roo)、核DNAの遺伝子型がタイリクバラタナゴ(homo-Roo)
【0071】
図3から、六角川、筑後川及び菊池川(st.1~3)で採取された全ての個体は、ニッポンバラタナゴ(上記分類(1):mat-Rok、homo-Rok)に分類された。夷隅川(st.6)で採取された全ての個体は、タイリクバラタナゴ(上記分類(6):mat-Roo、homo-Roo)に分類された。瑞梅寺川及び鹿島川(st.4及び5)で採取された個体は、亜種及び交雑種が存在していた。瑞梅寺川で採取された個体は、4個体のタイリクバラタナゴ(上記分類(6):mat-Roo、homo-Roo)及び2個体の交雑種(上記分類(5):mat-Roo、hetero)に分類された。鹿島川で採取された個体は、1個体のタイリクバラタナゴ(上記分類(6):mat-Roo、homo-Roo)、5個体が交雑種(上記分類(2):mat-Rok、hetero;上記分類(3):mat-Rok、homo-Roo;上記分類(5):mat-Roo、hetero)に分類された。
【0072】
上記プライマーセットを使用するバラタナゴ類の判別方法は、従来のDNA配列分析(9ステップ及び8.5時間)及びマイクロサテライトDNA分析(6ステップ及び6時間)よりも少ない労力(3ステップ及び3.5時間)で簡便にバラタナゴ類を判別することができる(
図4参照)。これは、本バラタナゴ類の判別方法は、PCRによる増幅工程とアガロースゲルを使用したDNA分離工程のみからなることによるものである。さらに、本判別方法では、増幅チェックの工程を省略しており、増幅後のチェックで通常使用される試薬の使用も必要としないことから、従来の方法よりも安価に分析を行うことができる。
【0073】
本判別方法は、従来のミトコンドリアDNAのみの分析方法と比較して、交雑種及びタイリクバラタナゴをより高い感度で検出することができる。
図3の鹿島川(st.5)で採取された個体について、従来のミトコンドリアDNAのみの分析方法で分類した場合には、ハプロタイプについて6個体中2個体のタイリクバラタナゴが検出され、タイリクバラタナゴの遺伝的侵入率は33%となる。しかしながら、本判別方法では、これらの2個体から、ハプロタイプがタイリクバラタナゴであることだけでなく、核DNA分析を使用することで、4個体のヘテロ接合型も検出することができ、これにより、タイリクバラタナゴの遺伝的侵入率が100%であることが導き出せる。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本実施形態のバラタナゴ類の判別方法及び判別キットによれば、簡便且つ確実にバラタナゴ類を判別することができる。本実施形態のバラタナゴ類の判別方法及び判別キットは環境調査や生態学的研究に用いることができる。
【配列表】