IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人名古屋大学の特許一覧

<>
  • 特許-有機摩擦調整剤 図1
  • 特許-有機摩擦調整剤 図2
  • 特許-有機摩擦調整剤 図3
  • 特許-有機摩擦調整剤 図4
  • 特許-有機摩擦調整剤 図5
  • 特許-有機摩擦調整剤 図6
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-08
(45)【発行日】2023-12-18
(54)【発明の名称】有機摩擦調整剤
(51)【国際特許分類】
   C10M 133/40 20060101AFI20231211BHJP
   C07D 211/94 20060101ALI20231211BHJP
   C10N 30/06 20060101ALN20231211BHJP
   C10N 40/25 20060101ALN20231211BHJP
【FI】
C10M133/40
C07D211/94 CSP
C10N30:06
C10N40:25
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2020009894
(22)【出願日】2020-01-24
(65)【公開番号】P2021116338
(43)【公開日】2021-08-10
【審査請求日】2022-12-16
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】塚本 眞幸
(72)【発明者】
【氏名】張 賀東
【審査官】黒川 美陶
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-174983(JP,A)
【文献】特開昭60-028496(JP,A)
【文献】特開2018-090714(JP,A)
【文献】米国特許第05922244(US,A)
【文献】特表2014-513164(JP,A)
【文献】国際公開第2018/203144(WO,A2)
【文献】欧州特許出願公開第0387489(EP,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M
C10N
C07D
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1):
【化1】
[式中、Rは水素原子又は酸素ラジカルを示す。nが2以上の整数である場合はn個のRは同一又は異なって、炭化水素基を示す。R及びRは同一又は異なって、単結合又はカルボニル基を示す。R及びRは同一又は異なって、水素原子又は炭化水素基を示す。なお、Rが水素原子である場合はRは単結合であり、Rが水素原子である場合はRは単結合である。また、R及びRの双方が水素原子となることはない。nは0~8の整数を示す。]
で表されるピペリジン化合物を含有する、有機摩擦調整剤。
【請求項2】
前記ピペリジン化合物が、一般式(1A):
【化2】
[式中、R、R、R、R、R及びRは前記に同じである。]
で表されるピペリジン化合物である、請求項1に記載の有機摩擦調整剤。
【請求項3】
前記Rがいずれもアルキル基である、請求項1又は2に記載の有機摩擦調整剤。
【請求項4】
前記Rがカルボニル基であり、前記Rが単結合であり、前記Rが炭化水素基であり、前記Rが水素原子である、請求項1~3のいずれか1項に記載の有機摩擦調整剤。
【請求項5】
一般式:
【化3】
で表される、2,2,6,6-テトラメチルピペリジン1-オキシル化合物。
【請求項6】
請求項5に記載の2,2,6,6-テトラメチルピペリジン1-オキシル化合物を含有する、有機摩擦調整剤。
【請求項7】
有機摩擦低減剤である、請求項1~4及び6のいずれか1項に記載の有機摩擦調整剤。
【請求項8】
金属材料用である、請求項1~4及び6~7のいずれか1項に記載の有機摩擦調整剤。
【請求項9】
請求項1~4及び6~8のいずれか1項に記載の有機摩擦調整剤と、基油とを含有する、潤滑剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機摩擦調整剤に関する。
【背景技術】
【0002】
環境に調和した社会の実現に向けて、自動車や工作機械等の機械システムには省エネや環境負荷低減が強く求められており、摩擦によるエネルギー損失を極限まで低減できるグリーン潤滑技術の確立が世界的な重要課題である。なお、本明細書において、「グリーン潤滑技術」とは、環境及び生物への影響と、自然との調和を考えたトライボロジー(摩擦、摩耗、潤滑等に関わる学問)視点での科学技術を意味する。摩擦損失を低減する最も有効な方法として、潤滑油の低粘度化が知られている。摩擦及び摩耗の改善による経済効果は、GNPの2%程度に相当すると試算されており、自動車を例とすると、摩擦による燃料損失は世界で年間3880億リットルであり、約10億トンの二酸化炭素排出量に相当する。しかしながら、自動車のエンジンスタート及びストップ時のように固体二面の相対運動速度が低い場合、低粘度の潤滑油が固体二面を十分に分離できないため、固体同士の直接接触により摩擦及び摩耗が急増し、システムの耐久性が損なわれる。このような解決策として、硫黄又はリン系物質や有機摩擦調整剤(organic friction modifier: 以下、「OFM」と言うこともある)とよばれる脂肪酸等を低粘度の潤滑油に添加する方法が用いられてきた。自動車のエンジンを例に、擦れながら滑り合う面(摺動面)におけるOFM添加剤含有潤滑系のイメージを図1に示す。高荷重及び高速度の摺動時においても、OFM添加剤分子が摺動面に強固に吸着して固体接触を防ぐ被膜を形成できることが、摩擦及び摩耗の低減を可能とし、潤滑油の更なる低粘度化の鍵を握る。つまり、自動車や工作機械に対する燃費の向上には、それらの可動部分に用いられる潤滑油に添加する有機摩擦調整剤(OFM)がその鍵を握る。
【0003】
OFMとしては、初期ではステアリン酸等の脂肪酸(RCOOH)が実用化されていたが、脂肪酸の酸性による機械システムの腐食を避けるために、カルボキシル基をアミド、アミン、グリセリル等の官能基に置換したものが一般的である(例えば、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Tribol Lett (2015) 60: 5
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ステアリン酸やその誘導体が有機摩擦調整剤(OFM)として利用されてから一世紀が経った今なお、OFM分子構造のコンセプトは、基本的には摺動面と水素結合する1つの末端官能基に1本のアルキル鎖という従来構造を踏襲したものであるため、性能の限界が見え始めた。このため、現実には、OFM単独で使用することは困難であり、耐荷重能力を補うためにモリブデンジチオカーバメート(MoDTC)やジアルキルジチオリン酸(ZnDTP)等の添加剤との併用が不可欠である。しかしながら、例えばMoDTCは非常に高価な上に、遷移金属や硫黄を含んでおり、環境に悪影響をおよぼしている。パリ協定の目標達成に寄与しつつ、市場競争力を高めるためには、潤滑油の低粘度化をさらに促進することが必須であり、従来構造を刷新する付加価値の高い新規な高性能OFMの開発が求められている。
【0006】
また、従来から用いられている脂肪酸の誘導体を用いたOFMでは、摩擦を十分に低減することができず、経時変化によって摩擦係数が変わりやすく安定しないうえに、摩耗量も多かった。
【0007】
本発明は、このような課題を解決するものであり、摩擦を十分に低減することができ、経時変化によって摩擦係数が変わりにくく安定した摩擦係数を有するとともに、摺動面における摩耗痕も小さく、耐荷重能力にも優れた有機摩擦調整剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記目的を達成するために検討を重ねてきた結果、特定の構造を有するピペリジン化合物を含有する有機摩擦調整剤は、摩擦を十分に低減することができ、経時変化によって摩擦係数が変わりにくく安定した摩擦係数を有するとともに、摩耗量も低減し、耐荷重能力にも優れたものであることを見出した。本発明者らは、以上の知見をもとにさらに検討を重ね、本発明を完成した。即ち、本発明は、以下の構成を包含する。
【0009】
項1.一般式(1):
【0010】
【化1】
【0011】
[式中、Rは水素原子又は酸素ラジカルを示す。nが2以上の整数である場合はn個のRは同一又は異なって、炭化水素基を示す。R及びRは同一又は異なって、単結合又はカルボニル基を示す。R及びRは同一又は異なって、水素原子又は炭化水素基を示す。なお、Rが水素原子である場合はRは単結合であり、Rが水素原子である場合はRは単結合である。また、R及びRの双方が水素原子となることはない。nは0~8の整数を示す。]
で表されるピペリジン化合物を含有する、有機摩擦調整剤。
【0012】
項2.前記ピペリジン化合物が、一般式(1A):
【0013】
【化2】
【0014】
[式中、R、R、R、R、R及びRは前記に同じである。]
で表されるピペリジン化合物である、項1に記載の有機摩擦調整剤。
【0015】
項3.前記Rがいずれもアルキル基である、項1又は2に記載の有機摩擦調整剤。
【0016】
項4.前記Rがカルボニル基であり、前記Rが単結合であり、前記Rが炭化水素基であり、前記Rが水素原子である、項1~3のいずれか1項に記載の有機摩擦調整剤。
【0017】
項5.一般式:
【0018】
【化3】
【0019】
で表される、2,2,6,6-テトラメチルピペリジン1-オキシル化合物。
【0020】
項6.項5に記載の2,2,6,6-テトラメチルピペリジン1-オキシル化合物を含有する、有機摩擦調整剤。
【0021】
項7.有機摩擦低減剤である、項1~4及び6のいずれか1項に記載の有機摩擦調整剤。
【0022】
項8.金属材料用である、項1~4及び6~7のいずれか1項に記載の有機摩擦調整剤。
【0023】
項9.項1~4及び6~8のいずれか1項に記載の有機摩擦調整剤と、基油とを含有する、潤滑剤。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、モリブデンジチオカーバメート(MoDTC)等の遷移金属や硫黄を含有する添加剤を使用せずとも、摩擦を十分に低減することができ、経時変化によって摩擦係数が変わりにくく安定した摩擦係数を有するとともに、摩耗量も低減し、耐荷重能力にも優れた有機摩擦調整剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】自動車エンジンの可動部分における有機摩擦調整剤(OFM)を示す。
図2】自動車エンジンの可動部分に有機摩擦調整剤を適用した場合の経時変化による摺動面の変化を示す。
図3】実施例において摩擦測定に使用したピンオンディスク型の一方向トライボテスタの概略図を示す。
図4】実施例7、比較例1及び比較例2の潤滑油において、摺動速度の増加に伴う動的摩擦係数の変化を示す。
図5】実施例7、比較例2及び比較例3の潤滑油において、垂直負荷の増加に伴う摩擦力の変化を示す。
図6】実施例8及び比較例4~5の潤滑油を用いて、垂直荷重を5N、摺動速度を20.4mm/s、試験時間を3600秒として摩擦試験を行った場合の、時間経過に伴う摩擦係数の変化及び試験後の摩耗痕の様子を示す。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本明細書において、「含有」は、「含む(comprise)」、「実質的にのみからなる(consist essentially of)」、及び「のみからなる(consist of)」のいずれも包含する概念である。また、本明細書において、数値範囲を「A~B」で示す場合、A以上B以下を意味する。
【0027】
本明細書において、「摺動面」とは、相対的に擦れながら滑り合う面を意味する。また、本明細書において、「摺動速度」とは、相対的に擦れながら滑り合う面の相対速度を意味する。
【0028】
本明細書において、「有機摩擦調整剤」、特に「有機摩擦低減剤」とは、摺動面の摩擦低減を目的とした有機化合物を含有する添加剤を意味する。通常、基油に溶解させて使用し、摺動面への物理的又は化学的吸着によって被膜を形成することができ、これによって摩擦を低減することができる。
【0029】
本明細書において、「摩擦係数」とは、摩擦力の、接触面に垂直に作用する荷重(垂直荷重)に対する比を意味する。滑りにくさを表した係数であり、大きいほど滑りにくいことを意味する。
【0030】
本明細書において、「ピンオンディスク式試験」とは、標準的な摩擦試験の1つである。回転するディスク試料にピン形状の試料を押し当て、摩耗量、摩擦力変化及び摩擦係数変化を測定することができる。
【0031】
本明細書において、「ハードな酸」、「ハードな塩基」、「ソフトな酸」及び「ソフトな塩基」は、R. G. Pearsonに提唱されたもので、酸及び塩基の相性(結合の強さや反応のしやすさ)を、ハード及びソフトという表現を使って分類した概念である。一般に、ハードな酸とハードな塩基とは、強い結合を形成しやすく反応しやすい。一方、ソフトな酸とソフトな塩基は、強い結合を形成しやすく反応しやすい。
【0032】
1.有機摩擦調整剤
現在、有機摩擦調整剤として脂肪酸誘導体や脂肪族アミンが主に使用されているが、その改善効果には限界が見えている。実際には、耐荷重能力を補うためにモリブデンジチオカーバメート(MoDTC)やジアルキルジチオリン酸(ZnDTP)との併用が不可欠である。しかし、例えばMoDTCは非常に高価な上に、遷移金属や硫黄を含んでおり、環境に悪影響をおよぼしている。このため、環境負荷低減のため、モリブデンジチオカーバメート(MoDTC)やジアルキルジチオリン酸(ZnDTP)等の添加剤の使用量を低減することができる有機摩擦調整剤が求められている。
【0033】
一方、本発明の有機摩擦調整剤は、一般式(1):
【0034】
【化4】
【0035】
[式中、Rは水素原子又は酸素ラジカルを示す。nが2以上の整数である場合はn個のRは同一又は異なって、炭化水素基を示す。R及びRは同一又は異なって、単結合又はカルボニル基を示す。R及びRは同一又は異なって、水素原子又は炭化水素基を示す。なお、Rが水素原子である場合はRは単結合であり、Rが水素原子である場合はRは単結合である。また、R及びRの双方が水素原子となることはない。nは0~8の整数を示す。]
で表されるピペリジン化合物を含有する。
【0036】
有機摩擦調整剤が持続的に摩擦低減効果を示すには、有機摩擦調整剤が摺動表面と常に吸着することが好ましい。ところで、摺動表面は一般に摺動時間とともに変化することが多い。自動車エンジンの可動部分に有機摩擦調整剤を適用する場合を例に取ると、図2のように、摺動表面は一般に、金属材料の表面に形成された酸化膜である金属酸化物であるが、接触によって表面が摩耗してくると金属新生面が現れてくる。実際の動作中の摺動表面は、金属酸化物と酸化されていない金属が混ざった状態となっている。このため、金属酸化物の表面と金属新生面の両方に吸着するような有機摩擦調整剤が好ましい。
【0037】
(1-1)ピペリジン化合物
R. G. Pearsonによるハードな酸及びハードな塩基、並びにソフトな酸及びソフトな塩基の概念によれば、金属酸化物はハードな酸であり、金属新生面はソフトな酸である。このように、両者の化学的性質は異なるため、従来の有機摩擦調整剤で目的を達成することは困難であった。それに対して、本発明の有機摩擦調整剤によれば、金属酸化物の表面と金属新生面の両方に吸着させることが可能であり、結果として、摩擦を十分に低減することができ、経時変化によって摩擦係数が変わりにくく安定した摩擦係数を有するとともに、摩耗量も低減できる。しかも、本発明の有機摩擦調整剤における一般式(1)で表されるピペリジン化合物においては、環状構造であるピペリジン環を有しているため、高い荷重にも耐えることが可能である。このため、一般式(1)で表されるピペリジン化合物は、モリブデンジチオカーバメート(MoDTC)やジアルキルジチオリン酸(ZnDTP)等の添加剤の使用量を低減することができ、また、硫黄、リン、遷移金属等を一切含まないため、環境に優しい。
【0038】
また、一般式(1)で表されるピペリジン化合物は、ステアリン酸やその誘導体を用いた有機摩擦調整剤では誘導体化は困難であることと比較し、R、R、R等において目的性能に応じて自由に官能基を導入することが可能であり、設計の自由度が高い。また、実製品として潤滑油に含まれるその他の添加剤との相性を、自在に調整することも可能である。
【0039】
なお、一般式(1)で表されるピペリジン化合物において、Rが水素原子である場合はハードな塩基であり、ハードな酸である金属酸化物表面に特に吸着しやすい。一方、一般式(1)で表されるピペリジン化合物において、Rが酸素ラジカルである場合はソフトな塩基であり、ソフトな酸である金属新生面に特に吸着しやすい。このため、Rが水素原子である一般式(1)で表されるピペリジン化合物と、Rが酸素ラジカルである一般式(1)で表されるピペリジン化合物とを併用する場合には、金属酸化物の表面と金属新生面の両方にさらに吸着しやすくすることができ、摩擦をさらに低減させ、経時変化によってもさらに安定した摩擦係数を有するとともに、摺動面における摩耗量もさらに低減できる。なかでも、Rとしては、溶解性、合成の容易さ、摩擦低減、安定した摩擦係数、摩耗量、耐荷重能力等の観点から、水素原子及び酸素ラジカルのうち、酸素ラジカルが好ましい。なお、現状、ソフトな酸である金属新生面へ吸着しやすい摩擦調整剤は硫黄を含む摩擦調整剤であり、環境調和の観点から問題視されている。
【0040】
一般式(1)において、Rで示される炭化水素基としては、1価の炭化水素基であれば特に制限はなく、例えば、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基等の脂肪族炭化水素基が挙げられる。これらの炭化水素基には、酸素原子や窒素原子等のヘテロ原子が含まれていてもよい。
【0041】
で示される炭化水素基としてのアルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基(n-プロピル基、イソプロピル基等)、ブチル基(n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基等)、ペンチル基(n-ペンチル基、ネオペンチル基等)、ヘキシル基(n-ヘキシル基等)等の炭素数1~6のアルキル基等が挙げられる。
【0042】
で示される炭化水素基としてのアルケニル基としては、例えば、ビニル基、1-プロペニル基、イソプロペニル基、2-メチル-1-プロペニル基、1-ブテニル基、2-ブテニル基、3-ブテニル基、2-エチル-1-ブテニル基、1-ペンテニル基、2-ペンテニル基、3-ペンテニル基、4-ペンテニル基、4-メチル-3-ペンテニル基、1-ヘキセニル基、2-ヘキセニル基、3-ヘキセニル基、4-ヘキセニル基、5-ヘキセニル基等の直鎖状又は分岐鎖状の炭素数2~10のアルケニル基が挙げられる。また、二重結合の位置及び数は任意であり、適宜調整することができる。
【0043】
で示される炭化水素基としてのアルキニル基としては、例えば、エチニル基、1-プロピニル基、2-プロピニル基、1-ブチニル基、2-ブチニル基、3-ブチニル基、1-ペンチニル基、2-ペンチニル基、3-ペンチニル基、4-ペンチニル基、1-ヘキシニル基、2-ヘキシニル基、3-ヘキシニル基、4-ヘキシニル基、5-ヘキシニル基等の直鎖状又は分岐鎖状の炭素数2~10のアルキニル基が挙げられる。また、三重結合の位置及び数は任意であり、適宜調整することができる。
【0044】
なかでも、Rとしては、合成の容易さ、摩擦低減、安定した摩擦係数、摩耗量、耐荷重能力等の観点から、アルキル基が好ましい。Rの個数であるnが2以上である場合は、全てがアルキル基であることが好ましい。また、Rの個数であるnが2以上である場合は、Rはそれぞれ同一でも異なっていてもよい。
【0045】
一般式(1)において、Rで示される炭化水素基の個数であるnは特に制限はなく、合成の容易さ、摩擦低減、安定した摩擦係数、摩耗量、耐荷重能力等の観点から、0~8の整数が好ましく、1~7の整数がより好ましく、2~6の整数がさらに好ましい。
【0046】
一般式(1)において、Rで示される炭化水素基の個数であるnは、合成の容易さ、摩擦低減、安定した摩擦係数、摩耗量、耐荷重能力等の観点から、4であることが特に好ましい。つまり、一般式(1A):
【0047】
【化5】
【0048】
[式中、R、R、R、R、R及びRは前記に同じである。]
で表されるピペリジン化合物が好ましい。
【0049】
一般式(1)において、R及びRは単結合又はカルボニル基を示す。ただし、Rが水素原子である場合はRは単結合であり、Rが水素原子である場合はRは単結合である。また、Rが水素原子である場合はRは単結合又はカルボニル基であり、Rが水素原子である場合はRは単結合又はカルボニル基である。なかでも、R及びRの双方が炭化水素基である場合は、R及びRはいずれも単結合が好ましく、R及びRの片方のみが炭化水素基である場合、例えばRが炭化水素基でありRが水素原子である場合は、溶解性、合成の容易さ、摩擦低減、安定した摩擦係数、摩耗量、耐荷重能力等の観点から、Rはカルボニル基であり、Rは単結合であることが好ましい。
【0050】
一般式(1)において、R及びRで示される炭化水素基としては、1価の炭化水素基であれば特に制限はなく、例えば、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基等の脂肪族炭化水素基;アリール基(フェニル基、ビフェニル基、テルフェニル基等)等の芳香族炭化水素基が挙げられる。これらの炭化水素基には、酸素原子や窒素原子等のヘテロ原子が含まれていてもよい。また、アルケニル基又はアルキニル基の場合は、二重結合又は三重結合の位置及び数は任意であり、適宜調整することができる。ここでは、溶解性、合成の容易さ、摩擦低減、安定した摩擦係数、摩耗量、耐荷重能力等の観点から、脂肪族炭化水素基が好ましく、直鎖状であることがより好ましく、炭素数が適度に大きいことがさらに好ましい。このような観点から、R及びRで示される炭化水素基としては、炭素数5~25(特に7~20、さらには9~15)の直鎖状アルキル基、アルケニル基又はアルキニル基が好ましい。具体的には、-(CHn1CH(n1は4~24の整数である)、-CH=CH-(CHn2CH(n2は2~22の整数である)、-CH≡CH-(CHn3CH(n3は2~22の整数である)等が挙げられる。
【0051】
一般式(1)におけるR及びRは、溶解性、合成の容易さ、摩擦低減、安定した摩擦係数、摩耗量、耐荷重能力等の観点から、双方が水素原子となることはない。つまり、少なくとも一方は、上記した炭化水素基である。また、R及びRの一方のみを炭化水素基とし、他方を水素原子とすることもできるが、炭化水素鎖の本数を増大させることで吸着膜密度をさらに向上させて、耐荷重能力、摩擦低減効果等をさらに向上させることを目的として、R及びRの双方を炭化水素基とすることもできる。
【0052】
上記したピペリジン化合物のうち、一般式:
【0053】
【化6】
【0054】
で表される、2,2,6,6-テトラメチルピペリジン1-オキシル化合物は、文献未記載の新規化合物である。
【0055】
(1-2)ピペリジン化合物の合成方法
上記のような本発明の有機摩擦調整剤が含有する一般式(1)で表されるピペリジン化合物は、例えば、アミノ基含有ピペリジン化合物とカルボン酸化合物との縮合反応によって上記したカルボニル炭化水素基を導入したり、アミノ基含有ピペリジン化合物とハロゲン化炭化水素化合物との反応によって上記した炭化水素基を導入したりすることにより、容易に合成することができる。つまり、本発明の有機摩擦調整剤が含有する一般式(1)で表されるピペリジン化合物は、各種の基を選択することにより、容易に誘導体化が可能である。
【0056】
アミノ基含有ピペリジン化合物としては、特に制限はなく、一般式(2):
【0057】
【化7】
【0058】
[式中、R、R及びnは前記に同じである。]
で表されるアミノ基含有ピペリジン化合物を使用することができる。
【0059】
カルボニル炭化水素基を導入する場合のカルボン酸化合物としては、特に制限はなく、一般式(3):
5aCOR (3)
[式中、R5aは炭化水素基を示す。Rはヒドロキシ基又はハロゲン原子を示す。]
で表されるカルボン酸化合物を使用することができる。
【0060】
一般式(3)において、R5aで示される炭化水素基としては、特に制限はなく、上記R及びRにおいて説明した炭化水素基を採用することができる。
【0061】
一般式(3)において、Rで示されるハロゲン原子としては、特に制限はなく、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子等が挙げられる。なかでも、合成の容易さ等の観点から、塩素原子が好ましい。
【0062】
なお、一般式(2)で表されるアミノ基含有ピペリジン化合物において、Rが水素原子の場合は、Rはヒドロキシ基が好ましく、Rが酸素ラジカルの場合は、Rはハロゲン原子が好ましい。
【0063】
一般式(3)で表されるカルボン酸化合物の使用量は、通常、一般式(2)で表されるアミノ基含有ピペリジン化合物1モルに対して、0.2~2モルが好ましく、0.5~1.5モルがより好ましい。
【0064】
また、反応は、塩基の存在下で行うこともできる。塩基としては、特に制限はなく、トリメチルアミン、トリエチルアミン、ジイソプロピルアミン等のアミン化合物;ピリジン、N,N-ジメチル-4-アミノピリジン(DMAP)等のピリジン化合物等を使用することができる。これらの塩基は、単独で用いることもでき、2種以上を組合せて用いることもできる。
【0065】
塩基の使用量は、通常、一般式(2)で表されるアミノ基含有ピペリジン化合物1モルに対して、0.5~5モルが好ましく、1~2.5モルがより好ましい。
【0066】
一般式(2)で表されるアミノ基含有ピペリジン化合物において、Rが水素原子の場合は、反応は、縮合剤の存在下に行うこともできる。縮合剤としては、例えば、カルボジイミド系縮合剤(N,N’-ジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(EDAC)、ジイソプロピルカルボジイミド)、イミダゾール系縮合剤(カルボニルジイミダゾール、2-クロロ-1,3-ジメチルイミダゾリニウムクロリド)、トリアジン系縮合剤(4-(4,6-ジメトキシ-1,3,5-トリアジン-2-イル)-4-メチルモルホリニウムクロリド)等の縮合剤を使用することができる。これらの縮合剤は、単独で用いることもでき、2種以上を組合せて用いることもできる。
【0067】
縮合剤の使用量は、通常、一般式(2)で表されるアミノ基含有ピペリジン化合物1モルに対して、0.5~3モルが好ましく、1~2モルがより好ましい。
【0068】
反応は通常、反応溶媒の存在下で行うことができる。使用できる反応溶媒としては、例えば、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、テトラヒドロフラン、1,4-ジオキサン、ジメトキシエタン、シクロペンチルメチルエーテル等のエーテル化合物;ベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素化合物;ジクロロメタン、ジクロロエタン、クロロホルム、四塩化炭素等の脂肪族ハロゲン化炭化水素化合物;アセトニトリル等のニトリル化合物;ジメチルホルムアミド等のアミド化合物、ジメチルスルホキシド等が挙げられ、合成の容易さ、収率等の観点から、エーテル化合物、脂肪族ハロゲン化炭化水素化合物が好ましく、テトラヒドロフラン、ジクロロメタン等が好ましい。これらの反応溶媒は単独で用いることもでき、2種以上を組合せて用いることもできる。
【0069】
反応雰囲気は、通常、不活性ガス雰囲気(アルゴンガス雰囲気、窒素ガス雰囲気等)を採用し得る。反応温度は、加熱下、常温下及び冷却下のいずれでも行うことができ、通常、-50~100℃が好ましく、-20~50℃がより好ましい。反応時間は特に制限されず、反応が十分に進行する時間とすることができる。
【0070】
反応終了後は、必要に応じて常法にしたがって精製処理をすることにより、一般式(1)で表されるピペリジン化合物を得ることができる。
【0071】
なお、上記のようにして、Rが水素原子であるピペリジン化合物を合成した場合は、その後、常法により酸化することで、Rが酸素ラジカルであるピペリジン化合物を合成することも可能である。
【0072】
(1-3)有機摩擦調整剤
本発明の有機摩擦調整剤は、上記した一般式(1)で表されるピペリジン化合物を含有する。
【0073】
本発明の有機摩擦調整剤は、上記した一般式(1)で表されるピペリジン化合物のみからなる構成を採用することもできるが、必ずしも、上記した一般式(1)で表されるピペリジン化合物のみで構成する必要はない。
【0074】
例えば、合成の過程で使用した原料化合物や縮合剤、塩基等の不純物が不可避不純物として少量残存していても差し支えない。この場合、これら不可避不純物の含有量は、特に制限されないが、溶解性、合成の容易さ、摩擦低減、安定した摩擦係数、摩耗量、耐荷重能力等の観点から、0~5質量%が好ましく、0~2質量%がより好ましい。
【0075】
このような条件を有する本発明の有機摩擦調整剤は、摩擦を十分に低減することができ、経時変化によって摩擦係数が変わりにくく安定した摩擦係数を有するとともに、摩耗量も低減することができ、耐荷重能力にも優れている。このため、本発明の有機摩擦調整剤を潤滑剤中に適用することにより、モリブデンジチオカーバメート(MoDTC)やジアルキルジチオリン酸(ZnDTP)等の添加剤の使用量を低減することができ、有機摩擦低減剤として有用である。
【0076】
このような本発明の有機摩擦調整剤は、自動車のエンジンスタート及びストップ時のように、固体同士の直接接触により摩擦及び摩耗が急増する用途に特に有用である。つまり、自動車のエンジンに適用される場合の摺動面である金属材料用として特に有用である。このような金属材料としては、例えば、ステンレスや炭素鋼等が挙げられる。この場合、金属材料表面に酸化膜が形成されている場合は、摩擦の進行とともに内部の金属が露出してくるが、この場合、金属酸化物及び金属の双方に対して、摩擦低減効果が認められる。
【0077】
2.潤滑剤
本発明の潤滑剤(特に潤滑油)は、本発明の有機摩擦調整剤と、基油とを含有する。
【0078】
基油としては、特に制限されないが、本発明の有機摩擦調整剤の溶解性を考慮して選択することが好ましい。このような基油としては、例えば、鉱物油、ポリ-α-オレフィン化合物(PAO)、アルキルジフェニルエーテル化合物、ポリプロピレングリコール等が挙げられる。これらの基油は、単独で用いることもでき、2種以上を組合せて用いることもできる。
【0079】
本発明の潤滑剤において、本発明の有機摩擦調整剤の含有量は特に制限されないが、溶解度、摩擦低減、安定した摩擦係数、摩耗量、耐荷重能力等の観点から、基油100質量部に対して、0.1~5質量部が好ましく、0.5~3質量部がより好ましい。
【0080】
本発明の潤滑剤には、他にも、酸化防止剤(ヒンダードフェノール化合物、芳香族2級アミン化合物等)、粘度指数向上剤(ポリブテン、ポリイソブテン、ポリイソブチレン、ポリイソプレン、ポリメタクリレート等)、油性向上剤(オレイン酸等の長鎖脂肪酸化合物若しくはそのエステル、オレイルアミン等の長鎖アミン化合物若しくはそのエステル等)、極圧剤(モノスルフィド、ジスルフィド、スルホキシド、硫黄ホスファイド等の硫黄含有化合物;塩素化パラフィン等の塩素含有化合物等)、固体潤滑剤(二硫化モリブデン、グラファイト、窒化ホウ素、メラミンシアヌレート、ポリテトラフルオロエチレン等)、防錆剤(酸化パラフィン、カルボン酸金属塩、スルホン酸金属塩、カルボン酸エステル、スルホン酸エステル等)、流動降下剤(ポリアルキルメタクリレート、ポリアルキルアクリレート、ポリアルキルスチレン、ポリビニルアセテート等)等の添加剤を含有することもできる。この場合、各添加剤の含有量は、従来から通常使用される量とすることができる。
【0081】
上記のような本発明の有機摩擦調整剤による波及効果は、社会的にも経済的にも絶大である。それは、有機摩擦調整剤が、潤滑剤とともに動力の発生及び伝達するあらゆる所で使用されているためである。その利用分野は、製造(化学工業、石油化学工業、製鉄業等)、輸送(自動車、航空機、鉄道、船舶等)、発電(発電所、熱併給発電所等)、住居(室内暖房、冷却設備、換気設備等)等が挙げられる。
【実施例
【0082】
以下、本発明について実施例の形式で詳細に説明する。以下の実施例は、本発明の用途を何ら限定するものではない。
【0083】
実施例1~3:カルボン酸クロリドを用いたC TEMPOの合成
【0084】
【化8】
【0085】
式中、THFはテトラヒドロフランを示す。
【0086】
[実施例1:CTEMPO]
既報(Magnetic Resonance Imaging 1992, 10, 445-455)に従って合成した。4-アミノ-2,2,6,6-テトラメチルピペリジン1-オキシル フリーラジカル(化合物1; 1.28 g, 7.5 mmol)、テトラヒドロフラン(80 mL)及びトリエチルアミン(2.0 mL, 14 mmol)の混合物に、0℃でノナノイルクロリド(化合物2; 1.2 mL, 6.5 mmol)とテトラヒドロフラン(20 mL)の混合物をゆっくりと滴下した。0℃で14時間攪拌後、セライトろ過により固形物を除いた。溶媒を除去した後、得られた油状物質をジクロロメタン(70 mL)に溶解させた。これを0.5 M塩酸(50 mL×2)で洗浄後、有機層を硫酸ナトリウムで乾燥させた。溶媒を除去した後、得られた粗生成物を中圧分取精製装置により精製し[ヘキサン:酢酸エチル = 50:50、流速 20 mL/min、シリカゲルカラム(Purif-Pack(登録商標)-EX SI 50μm, SIZE 60, SHOKO SCIENCE, Yokohama, Japan)]、C9TEMPO(1.50 g, 収率74%)をワインレッドの油状物質として得た。質量分析(FAB-MS)[calcd for C18H35N2O2[M]+・ 311, found 311]は、C9TEMPOの構造を支持した。
【0087】
[実施例2:C12TEMPO]
実施例1と同様に、4-アミノ-2,2,6,6-テトラメチルピペリジン1-オキシル フリーラジカル(化合物1; 1.21 g, 7.1 mmol)、テトラヒドロフラン(150 mL)及びトリエチルアミン(0.90 mL, 6.5 mmol)の混合物に、0℃でラウロイルクロリド(化合物3; 1.5 mL, 6.4 mmol)とテトラヒドロフラン(100 mL)の混合物をゆっくりと滴下し、0℃で約4時間攪拌することによって、C12TEMPO(1.82 g, 収率80%)をワインレッドの固体として得た。質量分析(FAB-MS)[calcd for C21H41N2O2[M]+・ 353, found 353; calcd for C21H43N2O2[M+2H]+ 355, found 355]及び元素分析(Anal. Calcd for C21H41N2O2: C, 71.34; H, 11.69; N, 7.92. Found: C, 71.16; H, 11.88; N, 7.86)は、C12TEMPOの構造を支持した。
【0088】
[実施例3:C18TEMPO]
実施例1と同様に、4-アミノ-2,2,6,6-テトラメチルピペリジン1-オキシル フリーラジカル(化合物1; 1.21 g, 7.0 mmol)、テトラヒドロフラン(100 mL)及びトリエチルアミン(2.0 mL, 14 mmol)の混合物に、0℃でステアロイルクロリド(化合物4; 2.2 mL, 6.5 mmol)とテトラヒドロフラン(24 mL)の混合物をゆっくりと滴下し、0℃で約5時間30分攪拌することによって、C18TEMPO(1.75 g, 収率62%)をワインレッドの固体として得た。質量分析(FAB-MS)[calcd for C27H53N2O2[M]+・ 437, found 437; calcd for C27H55N2O2[M+2H]+ 439, found 439]は、C18TEMPOの構造を支持した。
【0089】
実施例4:カルボン酸を用いたC 15 TEMPOの合成
【0090】
【化9】
【0091】
式中、EDAC・HClは1-(3-ジメチルアミノプロピル)-3-エチルカルボジイミド塩酸塩を示す。DMAPは4-ジメチルアミノピリジンを示す。
【0092】
4-アミノ-2,2,6,6-テトラメチルピペリジン1-オキシル フリーラジカル(化合物1; 586 mg, 3.4 mmol)、4-ジメチルアミノピリジン(556 mg, 4.6 mmol)、ペンタデカン酸(化合物5; 700 mg, 2.9 mmol)及びジクロロメタン(20 mL)の混合物に、1-(3-ジメチルアミノプロピル)-3-エチルカルボジイミド塩酸塩(879 mg, 4.6 mmol)を0℃で加えた。反応混合物を室温で27時間攪拌後、これを0.5 M塩酸(30 mL×2)で洗浄した。有機層を硫酸ナトリウムで乾燥させ、溶媒を除去した。得られた粗生成物を中圧分取精製装置により精製し[ヘキサン:酢酸エチル = 71:29 → 50:50、流速 20 mL/min、シリカゲルカラム(Purif-Pack(登録商標)-EX SI 25μm, SIZE 120, SHOKO SCIENCE, Yokohama, Japan)]、C15TEMPO(1.07 g, 収率94%)をワインレッドの固体として得た。質量分析(EI-MS)[calcd for C24H47N2O2[M]+・ 395.36375, found 395.36360]及び元素分析(Anal. Calcd for C24H47N2O2: C, 72.86; H, 11.97; N, 7.08. Found: C, 72.52; H, 12.38; N, 7.11)は、C15TEMPOの構造を支持した。
【0093】
実施例5~6:カルボン酸を用いたC TEMPIの合成
【0094】
【化10】
【0095】
式中、EDAC・HClは1-(3-ジメチルアミノプロピル)-3-エチルカルボジイミド塩酸塩を示す。DMAPは4-ジメチルアミノピリジンを示す。
【0096】
[実施例5:C12TEMPI]
4-アミノ-2,2,6,6-テトラメチルピペリジン(化合物6; 0.60 mL, 3.5 mmol)、4-ジメチルアミノピリジン(547 mg, 4.5 mmol)、ラウリン酸(化合物7; 690 mg, 3.4 mmol)及びジクロロメタン(20 mL)の混合物に、1-(3-ジメチルアミノプロピル)-3-エチルカルボジイミド塩酸塩(861 mg, 4.5 mmol)を0℃で加えた。反応混合物を室温で約52時間攪拌後、これを0.5 M塩酸(20 mL×2)で洗浄した。有機層を硫酸ナトリウムで乾燥させ、溶媒を除去した。得られた粗生成物をメタノールとジエチルエーテルから再結晶し、C12TEMPI(927 mg, 収率80%)を白色粉末として得た。質量分析(FAB-MS)[calcd for C21H43N2O [M+H]+ 339, found 339]は、C12TEMPIの構造を支持した。
【0097】
【化11】
【0098】
C12TEMPIの生成をさらに確認するために、既報(J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 3798-3808)の条件に従って、得られたC12TEMPIをC12TEMPOに変換した。C12TEMPI(91.2 mg, 0.27 mmol)、30%過酸化水素水(0.12 mL)、タングステン酸ナトリウム二水和物(10.3 mg, 0.031 mmol)及びメタノール(1.3 mL)の混合物を65℃で24時間加熱撹拌した。反応混合物を酢酸エチル(2 mL×2)で抽出して得られた粗生成物を、中圧分取精製装置により精製し[ヘキサン:酢酸エチル = 69:31 → 48:52、流速 10 mL/min、シリカゲルカラム(Purif-Pack(登録商標)-EX SI 25μm, SIZE 20, SHOKO SCIENCE, Yokohama, Japan)]、C12TEMPO(5.7 mg, 収率6%)を得た。質量分析(EI-MS)[calcd for C21H41N2O2[M]+・ 353.32, found 353.32]は、C12TEMPOの構造を支持した。
【0099】
[実施例6:C18TEMPI]
4-アミノ-2,2,6,6-テトラメチルピペリジン(化合物6; 0.60 mL, 3.5 mmol)、4-ジメチルアミノピリジン(550 mg, 4.5 mmol)、ステアリン酸(化合物8; 882 mg, 3.1 mmol)及びジクロロメタン(20 mL)の混合物に、1-(3-ジメチルアミノプロピル)-3-エチルカルボジイミド塩酸塩(857 mg, 4.5 mmol)を0℃で加えた。反応混合物を室温で約25時間攪拌後、これを0.5 M塩酸(50 mL×3)で洗浄した。有機層を硫酸ナトリウムで乾燥させた後、溶媒を除去し、C18TEMPI(1.30 g, 収率99%)を白色粉末として得た。質量分析(FAB-MS)[calcd for C27H55N2O [M+H]+ 423, found 423]は、C18TEMPIの構造を支持した。
【0100】
ピンオンディスク式試験を駆使して、合成したピペリジン化合物を用いた有機摩擦調整剤を評価した。これらの手法により、摩擦係数を測定した。常に、比較対象となるステアリン酸又はステアリルアミンを用いて、同一条件下で対照実験を行った。
【0101】
潤滑油(実施例7及び比較例1~3)
実施例2で合成したC12TEMPOと、購入したステアリン酸及びステアロニトリルを有機摩擦調整剤として使用した。
【0102】
基油として、100℃で粘度6cStのポリアルファオレフィン油(Chevron Phillips社製;以降、単に「PAO6」と呼ぶこともある)を使用した。摩擦測定では、3種類の有機摩擦調整剤を、基油PAO6に1質量%の濃度で約45分間超音波処理及び攪拌し、その後65℃で約15分間油浴加熱して別々に溶解した。各潤滑油の粘度を、摩擦測定と同じ温度40℃で、粘度計(TPE-100、東機産業株式会社製)で測定した。その結果を表1に示す。
【0103】
【表1】
【0104】
潤滑油(実施例8及び比較例4~5)
実施例2で合成したC12TEMPOと、購入したステアリン酸及びステアリルアミンの含有量がそれぞれ0.5質量%となるように調整したこと以外は、上記実施例7及び比較例2~3と同様に、実施例8(C12TEMPO0.5質量%)、比較例4(ステアリン酸0.5質量%)及び比較例5(ステアリルアミン0.5質量%)の潤滑油を得た。
【0105】
摩擦測定
摩擦測定は、図3に示すように、ピンオンディスク回転式トライボテスタで行った。この装置には、回転するオイル容器と固定ピンが含まれている。ピンとして直径8mmの球状ボールを使用した。ディスクを回転容器に固定し、サンプルの潤滑油に浸した。ピン及びディスクは、いずれもSUS304ステンレス鋼で構成した。
【0106】
測定では、ピンに加えられる垂直荷重は1.1Nから38.8Nまで増加させた。これは、ピンとディスクの間に0.36~1.18GPaのヘルツ接触圧力を印加することに対応する。オイル容器の回転速度ωを上げることにより、摺動速度が8.4から89.0mm/sに増加した。オイルコンテナの下にヒーターを埋め込んで、温度を40℃に固定した。各負荷及び摺動速度条件で、2分間の慣らし運転後、1.0kHzのサンプリングレートで1分間摩擦力を測定し、その平均値を求めた。
【0107】
結果
図4は、純粋なPAO6を用いた潤滑油(比較例1)及び2種類の有機摩擦調整剤を用いた潤滑油(実施例7及び比較例2)の摺動速度の増加に伴う動的摩擦係数の変化を示している。垂直荷重は、1.5Nという比較的低い値に固定し、対応するヘルツ接触圧力は0.40GPaであった。いずれの有機摩擦調整剤の場合も、特に低摺動速度で、純粋な基油よりもはるかに小さな摩擦係数を示した。ステアリン酸では摩擦係数は摺動速度が変化しても約0.15でほぼ一定に維持されるのに対し、本発明の有機摩擦調整剤においては摺動速度の増加とともに約0.13に収束した。以上から、本発明の有機摩擦調整剤は、いずれの摺動速度においても有効であることが示されている。
【0108】
図5は、3種類の有機摩擦調整剤を用いた潤滑油(実施例7、比較例2及び比較例3)の垂直荷重の増加に伴う摩擦力の変化を示している。68.0mm/sの摺動速度では、3種類の有機摩擦調整剤のいずれも、摩擦力は、ほぼ同じ勾配(すなわち、同じ摩擦係数)0.12で直線的に増加した。垂直負荷は臨界値まで増加し、それを超えると摩擦力が急激に増加する。この結果、本発明の有機摩擦調整剤の臨界負荷は明らかに最大であり、ステアリン酸及びステアロニトリルの負荷のほぼ3倍であった。これは、本発明の有機摩擦調整剤が高い耐荷重能力を持っていることを示している。
【0109】
次に、実施例8及び比較例4~5の潤滑油を用いて、垂直荷重を5N、摺動速度を20.4mm/s、試験時間を3600秒として、時間経過に伴う摩擦係数の変化を測定し、試験後に摩耗痕を顕微鏡で観察した。結果を図6に示す。この結果、本発明の有機摩擦調整剤を用いた実施例8は、比較例4~5と比較し、摩耗痕を少なくすることができるとともに、測定中の摩擦係数も小さく安定していた。このため、本発明の有機摩擦調整剤によって、摩耗量を低減することが可能であることが理解できる。また、本発明の有機摩擦調整剤が、金属新生面に対しても吸着しやすいことが示唆されている。
図1
図2
図3
図4
図5
図6