(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-08
(45)【発行日】2023-12-18
(54)【発明の名称】カソード触媒層、並びに、膜電極接合体及び燃料電池
(51)【国際特許分類】
H01M 4/86 20060101AFI20231211BHJP
H01M 4/90 20060101ALI20231211BHJP
H01M 4/92 20060101ALI20231211BHJP
H01M 8/1004 20160101ALI20231211BHJP
B01J 23/42 20060101ALI20231211BHJP
H01M 8/10 20160101ALN20231211BHJP
【FI】
H01M4/86 M
H01M4/86 B
H01M4/90 M
H01M4/90 X
H01M4/90 Y
H01M4/92
H01M8/1004
B01J23/42 M
H01M8/10 101
(21)【出願番号】P 2020098050
(22)【出願日】2020-06-04
【審査請求日】2022-10-27
(31)【優先権主張番号】P 2019220857
(32)【優先日】2019-12-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110227
【氏名又は名称】畠山 文夫
(72)【発明者】
【氏名】吉野 修平
(72)【発明者】
【氏名】兒玉 健作
(72)【発明者】
【氏名】加藤 久雄
【審査官】山本 雄一
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-051106(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/86- 4/98
H01M 8/00- 8/0297
H01M 8/08- 8/2495
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の構成を備えたカソード触媒層。
(1)前記カソード触媒層は、
プロトン伝導体(A)を主成分とする多孔質のプロトン伝導経路と、
酸素還元触媒を含むカソード触媒と
前記カソード触媒の表面を被覆する水酸化物イオン伝導体と
を備え、
前記カソード触媒は、前記プロトン伝導経路の表面又は隙間に担持されている。
(2)前記酸素還元触媒は、次の式(3)に示す酸素還元反応に対する活性を持つ。
O
2+H
2O+4e
- → 4OH
- …(3)
(3)前記カソード触媒層は、
1個の前記カソード触媒又は2個以上の前記カソード触媒の凝集体の表面が前記水酸化物イオン伝導体で被覆された二次粒子の総表面積(S
1
)に対する前記プロトン伝導経路の総表面積(S
2
)の比(=S
2
/S
1
)が0.5以上6以下であり、
前記カソード触媒の電気化学的に有効な表面積(ECSA)が6m
2
・g
-1
以上である。
【請求項2】
前記カソード触媒層の単位面積当たりの、前記プロトン伝導体(A)と前記水酸化物イオン伝導体との界面の面積は、10cm
2/cm
2以上である請求項1に記載のカソード触媒層。
【請求項3】
前記カソード触媒層の単位面積当たりの前記水酸化物イオン伝導体に含まれるOH
-基の量は、10μmol/cm
2以下である請求項1又は2に記載のカソード触媒層。
【請求項4】
前記プロトン伝導経路は、不織布、多孔体、立体格子状構造、又は、柱状構造からなる
請求項1から3までのいずれか1項に記載のカソード触媒層。
【請求項5】
前記酸素還元触媒は、
(a)Pt若しくはPt合金、
(b)Fe、Ni、Co及びMnからなる群から選ばれるいずれか1以上の卑金属元素を含む金属若しくは合金、
(c)Fe、Ni、Co及びMnからなる群から選ばれるいずれか1以上の卑金属元素を内包するポルフィリン、又は、
(d)窒素ドープカーボン、
からなる
請求項1から4までのいずれか1項に記載のカソード触媒層。
【請求項6】
前記カソード触媒は、前記酸素還元触媒を担持するための導電性材料からなる担体をさらに備えている
請求項1から5までのいずれか1項に記載のカソード触媒層。
【請求項7】
前記プロトン伝導体(A)は、カチオン交換樹脂からなる
請求項1から6までのいずれか1項に記載のカソード触媒層。
【請求項8】
前記プロトン伝導体(A)は、パーフルオロスルホン酸ポリマからなる
請求項1から7までのいずれか1項に記載のカソード触媒層。
【請求項9】
前記水酸化物イオン伝導体は、側鎖に水酸化物イオンを保持できるカチオンを持つアニオン交換樹脂からなる
請求項1から8までのいずれか1項に記載のカソード触媒層。
【請求項10】
前記水酸化物イオン伝導体は、主鎖がベンゼンスルホン酸、ポリスチレン、又は、ポリスチレンジ-ビニルベンゼン共重合体からなり、側鎖にイミダゾール、又は、1~4級アンモニウムイオンを含むアニオン交換樹脂からなる
請求項1から9までのいずれか1項に記載のカソード触媒層。
【請求項11】
以下の構成を備えた膜電極接合体。
(1)前記膜電極接合体は、
プロトン伝導体(B)からなる電解質膜と
前記電解質膜の一方の面に接合されたアノードと、
前記電解質膜の他方の面に接合されたカソードと
を備えている。
(2)前記アノードは、プロトン伝導体(C)、及び、水素酸化触媒を含むアノード触媒層を備えている。
(3)前記カソードは、
請求項1から10までのいずれか1項に記載のカソード触媒層を備えている。
【請求項12】
請求項11に記載の膜電極接合体を備えた燃料電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カソード触媒層、並びに、膜電極接合体及び燃料電池に関し、さらに詳しくは、高い酸素還元反応活性を示すカソード触媒層、並びに、これを用いた膜電極接合体及び燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子形燃料電池は、電解質膜の両面に触媒を含む電極が接合された膜電極接合体(Membrane Electrode Assembly,MEA)を備えている。電極は、通常、触媒を含む触媒層と、拡散層の二層構造を取る。MEAの両面には、さらに、ガス流路を備えた集電体(セパレータ)が配置される。固体高分子形燃料電池は、通常、このようなMEA及び集電体からなる単セルが複数個積層された構造(燃料電池スタック)を備えている。
【0003】
固体高分子型燃料電池のアノード(水素極)では、次の式(1)に示す水素酸化反応(HOR)が起こる。HORは、酸性環境下で活性が高いことが知られている。
2H2 → 4H++4e- …(1)
一方、カソード(空気極)では、次の式(2)に示す酸素還元反応(ORR)が起こる。ORRは、酸性環境下よりもアルカリ性環境下で活性が高いことが知られている。
O2+4H++4e- → 2H2O …(2)
【0004】
現在の固体高分子形燃料電池の主流は、アノード及びカソードのいずれも、プロトン伝導体を使用した全酸型である。また、アノード触媒及びカソード触媒には、いずれも白金を用いるのが一般的である。
しかし、酸性環境下では、白金のORR活性は低く、白金も溶出しやすい。そのため、カソードだけ水酸化物イオン伝導体を使用し、アルカリ性環境にすることができれば、ORR活性が高くなる可能性がある。また、白金触媒が溶出しにくくなるため、耐久性も向上する可能性がある。さらに、ORR活性を示す触媒として、白金以外の卑金属も使用できる可能性がある。
【0005】
そこでこの問題を解決するために、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、アノード側に配置されたカチオン交換膜と、カソード側に配置されたアニオン交換膜とを接合した燃料電池用固体高分子電解質膜(バイポーラ膜)、及び、これを電解質膜に用いたバイポーラ膜形燃料電池が開示されている。
同文献には、
(a)バイポーラ膜形燃料電池で発電を行うと、電極反応の進行に伴い膜の接合部付近で水が生成する点、及び、
(b)この水により膜の湿潤状態が保たれるために、従来の燃料電池において必要とされていた加湿器を設ける必要がなくなる点
が記載されている。
【0006】
特許文献2には、ORR活性の向上を目的とするものではないが、高分子電解質膜(パーフルオロスルホン酸)のカソード側の表面に、アンモニア分解触媒(Pt)、カチオン交換樹脂(パーフルオロスルホン酸)、及びアニオン交換樹脂(ポリエーテルアンモニウム共重合体)を含むアンモニア分解触媒層を形成した燃料電池が開示されている。
同文献には、アンモニアを含む燃料ガスがアノードに供給される場合であっても、アンモニア分解触媒層においてアンモニアが分解されるため、カソード触媒へのアンモニアの特異吸着を防止することができる点が記載されている。
【0007】
特許文献3には、ORR活性の向上を目的とするものではないが、
(a)カチオン交換膜型電池単セルと、アニオン交換膜型電池単セルの双方を備え、
(b)燃料ガスは、アニオン交換膜型単セルのアノードからカチオン交換膜型単セルのアノードに向かって流し、
(c)酸化剤ガスは、カチオン交換膜型単セルのカソードからアニオン交換膜型単セルのカソードに向かって流す
固体高分子形燃料電池が開示されている。
【0008】
同文献には、このような方法により、
(A)アニオン交換膜型単セルのアノードにおいて生成した水をカチオン交換膜型単セルのアノードに供給できる点、
(B)カチオン交換膜型単セルのカソードにおいて生成した水をアニオン交換膜型単セルのカソードに供給できる点、及び、
(C)これによって加湿器を用いなくても、膜の湿潤状態を保つことができる点
が記載されている。
【0009】
さらに、特許文献4には、アノード側に配置されたカチオン交換性部分と、カソード側に配置されたアニオン交換性部分からなる電解質膜を備えた燃料電池が開示されている。
同文献には、
(A)カチオン交換性部分とアニオン交換性部分の界面で水が生成するため、カソード側のフラッディングが抑制される点、
(B)電解質膜中において水が生成するため、電解質膜の含水率を高く保持することができる点、及び、
(C)これによって加湿のための補機動力の負担を軽減することができる点
が記載されている。
【0010】
特許文献1、4に記載されているように、バイポーラ膜を用いると、ORR活性を向上させることができる。しかしながら、従来の方法には2つの問題点がある。
一つは、中和反応の起こる酸/アルカリの界面の面積が、ORRの起こる面積(カソード触媒/アニオン交換樹脂界面の面積)に対して相対的に小さいことである。すなわち、全体の反応速度が中和反応に律速され、実用的な出力が得られない。
もう一つは、水酸化物イオン伝導体の使用量が多いことである。水酸化物イオン伝導体は、空気中のCO2で中和されると伝導度が低下する。ORRを継続的に起こすことができれば、水酸化物イオン伝導体に配位したCO3
-をOH-と徐々に交換することもできる。しかし、水酸化物イオン伝導体の量が多いと、交換しきることができない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2000-251906号公報
【文献】特開2017-050143号公報
【文献】特開2008-311043号公報
【文献】特開平07-335233号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明が解決しようとする課題は、水酸化物イオン伝導体を用いたカソード触媒層において、中和反応の反応速度を向上させることにある。
また、本発明が解決しようとする他の課題は、水酸化物イオン伝導体を用いたカソード触媒層において、CO2による中和や触媒成分の溶出を抑制し、耐久性を向上させることにある。
さらに、本発明が解決しようとする他の課題は、このようなカソード触媒層を用いた新規な膜電極接合体及び燃料電池を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために本発明に係るカソード触媒層は、以下の構成を備えている。
(1)前記カソード触媒層は、
プロトン伝導体(A)を主成分とする多孔質のプロトン伝導経路と、
酸素還元触媒を含むカソード触媒と
前記カソード触媒の表面を被覆する水酸化物イオン伝導体と
を備え、
前記カソード触媒は、前記プロトン伝導経路の表面又は隙間に担持されている。
(2)前記酸素還元触媒は、次の式(3)に示す酸素還元反応に対する活性を持つ。
O2+H2O+4e- → 4OH- …(3)
【0014】
本発明に係る膜電極接合体は、以下の構成を備えている。
(1)前記膜電極接合体は、
プロトン伝導体(B)からなる電解質膜と
前記電解質膜の一方の面に接合されたアノードと、
前記電解質膜の他方の面に接合されたカソードと
を備えている。
(2)前記アノードは、プロトン伝導体(C)、及び、水素酸化触媒を含むアノード触媒層を備えている。
(3)前記カソードは、本発明に係るカソード触媒層を備えている。
【0015】
さらに、本発明に係る燃料電池は、本発明に係る膜電極接合体を備えている。
【発明の効果】
【0016】
プロトン伝導体(A)からなる多孔質のプロトン伝導経路の表面又は隙間に、水酸化物イオン伝導体で被覆された、酸素還元触媒を含むカソード触媒を担持させると、酸素還元触媒/水酸化物イオン伝導体の界面の面積に対する、プロトン伝導体(A)/水酸化物イオン伝導体の界面の面積の割合が相対的に大きくなる。そのため、従来に比べて中和反応が律速となりにくい。
また、カソードをアルカリ性環境にすることができるので、ORR活性が向上するだけでなく、白金触媒の溶出も抑制することができる。また、白金触媒に代えて、安価な卑金属触媒を使用することも可能となる。さらに、バイポーラ膜を用いる場合に比べて水酸化物イオン伝導体の使用量が少ないので、CO2による中和に起因する伝導度の低下も抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明に係る膜電極接合体の断面模式図である。
【
図2】カソード側の触媒層アイオノマとして水酸化物イオン伝導体を用いた従来の膜電極接合体の断面模式図である。
【
図3】実施例1及び比較例1~3で得られたセルのカソード性能の比較を示す図である。
【
図4】実施例1及び比較例2~3で得られたセルの高電流密度域での性能の比較を示す図である。
【
図5】実施例1及び比較例1で得られたセルの電位サイクル耐久性を示す図である。
【
図6】S
2/S
1比と有効白金表面積(ECSA)との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. カソード触媒層]
本発明に係るカソード触媒層は、
プロトン伝導体(A)を主成分とする多孔質のプロトン伝導経路と、
酸素還元触媒を含むカソード触媒と
前記カソード触媒の表面を被覆する水酸化物イオン伝導体と
を備えている。
【0019】
[1.1. プロトン伝導経路]
[1.1.1. 構造]
「プロトン伝導経路」とは、電解質膜から供給されるプロトンをプロトン伝導体(A)/水酸化物イオン伝導体の界面まで輸送する機能を備えている構造体をいう。本発明においては、プロトン伝導体(A)/水酸化物イオン伝導体の界面の面積を大きくするために、プロトン伝導経路には、多孔質の構造体が用いられる。
プロトン伝導経路の構造は、このような機能を奏するものである限りにおいて、特に限定されない。プロトン伝導経路としては、例えば、不織布、多孔体、立体格子状構造、柱状構造などがある。
【0020】
不織布は、例えば、プロトン伝導体(A)、及び、必要に応じてキャリアポリマを含む溶液を電界紡糸することにより得られる。この場合、不織布の密度や厚さ、繊維の直径等は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な値を選択することができる。
多孔体は、おおよそ体積の半分が空隙であるものを差し、不織布も多孔体の一種である。多孔体は、例えば、電界紡糸や、造孔剤を利用することにより得られる。この場合、多孔体の密度や厚さ、気孔径等は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な値を選択することができる。
【0021】
「立体格子状構造」とは、MOF(Metal organic Framework)等を鋳型として作られるジャングルジム様の立体構造をいう。
「柱状構造」とは、電解質膜からカソード触媒層に向かってマイクロ~ナノサイズの柱を幾つも立てた様な構造をいい、電解質膜とカソード触媒層との界面面積を増やすことができる。柱状構造は、例えば、陽極酸化アルミナ、エッチングされた素材(シリカ、各種金属、樹脂など)を鋳型として作製することができる。
【0022】
[1.1.2. 材料]
プロトン伝導経路は、プロトン伝導体(A)を主成分とする。「主成分」とは、プロトン伝導体(A)の含有量が90mass%以上であることをいう。本発明において、プロトン伝導経路の主成分であるプロトン伝導体(A)の材料は、特に限定されない。
【0023】
プロトン伝導性を示す材料としては、種々の材料が知られている。これらの中でも、プロトン伝導体(A)は、カチオン交換樹脂が好ましい。これは、他の材料(例えば、酸化物、リン酸系の液体系材料)よりも成型性に優れるためである。
また、プロトン伝導体(A)は、カチオン交換樹脂の中でも、特に、パーフルオロスルホン酸ポリマが好ましい。これは、主鎖がフッ素化されており、燃料電池環境下でも安定であるためである。
【0024】
高いプロトン伝導度を得るためには、プロトン伝導経路はプロトン伝導体(A)のみからなるものが好ましいが、必要に応じて他の成分が含まれていても良い。
他の成分としては、例えば、
(a)プロトン伝導体(A)に曳糸性を付与するためのキャリアポリマ、
(b)不可避的不純物、
(c)燃料電池運転中に生成するラジカルを消失するラジカルクエンチャー(例えば、Ce、Agなど)、
(d)導電性を付加するための導電助剤(例えば、カーボンファイバー、CNTなど)、
などがある。
【0025】
[1.2. カソード触媒]
カソード触媒は、酸素還元触媒を含む。カソード触媒は、プロトン伝導経路の表面又は隙間に担持されている。カソード触媒は、酸素還元触媒のみからなるものでも良く、あるいは、酸素還元触媒を担持するための担体をさらに備えていても良い。
【0026】
[1.2.1. 酸素還元触媒]
本発明において、酸素還元触媒は、次の式(3)に示す酸素還元反応(ORR)に対する活性を持つものからなる。酸素還元触媒は、式(3)に示すORR活性を持つものである限りにおいて、特に限定されない。
O2+H2O+4e- → 4OH- …(3)
【0027】
酸素還元触媒としては、例えば、
(a)Pt若しくはPt合金、
(b)Fe、Ni、Co及びMnからなる群から選ばれるいずれか1以上の卑金属元素を含む金属若しくは合金、
(c)Fe、Ni、Co及びMnからなる群から選ばれるいずれか1以上の卑金属元素を内包するポルフィリン、
(d)窒素ドープカーボン、
などがある。
酸素還元触媒は、これらのいずれか1種からなるものでも良く、あるいは、2種以上からなるものでも良い。
【0028】
[1.2.2. 担体]
酸素還元触媒は、導電性材料からなる担体表面に担持されていても良い。酸素還元触媒を担体の表面に担持させると、微細な触媒粒子を安定して分散させることができるので、触媒使用量を低減することができる。
本発明において、担体の材料は、特に限定されない。担体としては、例えば、カーボンブラック、カーボンナノチューブ、カーボンナノホーン、活性炭、天然黒鉛、メソカーボンマイクロビーズ、ガラス状炭素粉末などがある。
【0029】
[1.3. 水酸化物イオン伝導体]
カソード触媒の表面は、水酸化物イオン伝導体で被覆されている。酸素還元触媒が担体表面に担持されている場合、水酸化物イオン伝導体は、酸素還元触媒の表面のみを被覆していても良く、あるいは、酸素還元触媒の表面に加えて、担体表面を被覆しているものでも良い。
水酸化物イオン伝導体は、式(3)に示すORRにより酸素還元触媒の表面で生成したOH-をプロトン伝導体(A)/水酸化物イオン伝導体界面まで輸送するためのものである。水酸化物イオン伝導体は、このような機能を奏するものである限りにおいて、特に限定されない。
【0030】
水酸化物イオン伝導性を示す材料としては、種々の材料が知られている。これらの中でも、水酸化物イオン伝導体は、側鎖に水酸化物イオンを保持できるカチオンを持つアニオン交換樹脂が好ましい。これは、成型性に優れているためである。
【0031】
また、水酸化物イオン伝導体は、特に、主鎖がベンゼンスルホン酸、ポリスチレン、又は、ポリスチレンジ-ビニルベンゼン共重合体からなり、側鎖にイミダゾール、又は、1~4級アンモニウムイオンを含むアニオン交換樹脂が好ましい。これは、比較的容易に合成することができ、また、強アルカリ性を示して伝導度の面で有利なためである。
【0032】
[1.4. 界面面積]
プロトン伝導体(A)と水酸化物イオン伝導体との界面においては、次の式(4)に示す中和反応(水生成反応)が進行する。
4H++4OH- → 2H2O …(4)
【0033】
式(4)の右辺のH+は、アノードにおいて式(1)のHORが進行することにより生成し、電解質膜及びプロトン伝導体(A)を経由して界面まで輸送されたものである。一方、式(4)の右辺のOH-は、酸素還元触媒の表面において式(3)のORRが進行することにより生成し、水酸化物イオン伝導体を経由して界面まで輸送されたものである。そのため、界面の面積が相対的に小さいと、全体の反応速度が式(4)の中和反応に律速され、実用的な出力が得られない。
【0034】
実用的な出力を得るためには、カソード触媒層の単位面積当たりの、プロトン伝導体(A)と水酸化物イオン伝導体との界面の面積(以下、単に「界面面積」ともいう)は、大きいほど良い。一般に、酸素還元触媒の含有量が一定である場合において、プロトン伝導経路の比表面積が大きくなるほど、及び/又は、カソード触媒の比表面積が大きくなるほど、界面面積は大きくなる傾向がある。
プロトン伝導経路の微構造、カソード触媒の微構造、酸素還元触媒の含有量、水酸化物イオン伝導体の含有量等を最適化すると、界面面積は、10cm2/cm2以上となる。微構造等をさらに最適化すると、界面面積は、20cm2/cm2以上、あるいは、100cm2/cm2以上となる。
【0035】
[1.5. OH-基の量]
「OH-基の量」とは、カソード触媒層の単位面積当たりの水酸化物イオン伝導体に含まれるOH-基のモル数をいう。
【0036】
式(3)のORRにより酸素還元触媒の表面で生成したOH-を界面まで速やかに輸送するためには、カソード触媒層に相対的に多量の水酸化物イオン伝導体を添加するのが好ましい。水酸化物イオン伝導体の含有量が少なくなりすぎると、全体の反応速度が式(3)のORRに律速される。従って、OH-基の量は、0μmol/cm2超が好ましい。OH-基の量は、好ましくは、0.01μmol/cm2以上、さらに好ましくは、0.1μmol/cm2以上である。
【0037】
一方、水酸化物イオン伝導体の含有量が過剰になると、触媒がアイオノマによって電気的に絶縁される場合がある。これを回避するためには、カーボン担体や触媒の比表面積にもよるが、これらが厚み数nm以下で被覆される程度のアイオノマ量とするのが好ましい。従って、OH-基の量は、10μmol/cm2以下が好ましい。OH-基の量は、好ましくは、5μmol/cm2以下、さらに好ましくは、1μmol/cm2以下である。
【0038】
[1.6. S2/S1比]
「S2/S1比」とは、1個のカソード触媒又は2個以上のカソード触媒の凝集体の表面が水酸化物イオン伝導体で被覆された二次粒子の総表面積(S1)に対する、プロトン伝導経路の総表面積(S2)の比(=S2/S1)をいう。
S2/S1比が小さい(大きい)ことは、水酸化物イオン伝導体の総表面積に対して、プロトン伝導体(A)の総表面積が相対的に小さい(大きい)ことを意味する。
【0039】
「二次粒子の総表面積(S1)」とは、触媒層に含まれる二次粒子の表面積の総和をいう。本発明において、S1には、触媒層に含まれる二次粒子の総体積と、触媒層の電子顕微鏡画像から求められる二次粒子の直径(円相当径)の平均値とを用いて算出される値を用いる。
「プロトン伝導経路の総表面積(S2)」とは、触媒層に含まれるプロトン伝導経路の表面積の総和をいう。本発明において、S2には、触媒層に含まれるプロトン伝導経路の総体積と、触媒層の電子顕微鏡画像から求められるプロトン伝導経路の直径(プロトン伝導経路を円柱と仮定した時の円柱の直径)とを用いて算出される値を用いる。顕微鏡画像等から表面積を概算できない場合、N2やKrを用いたガス吸着法でS2を求めても良い。
【0040】
S2/S1比が小さくなりすぎると、プロトン伝導体(A)/水酸化物イオン伝導体界面が少なすぎるため、式(4)の中和反応の反応速度が低下する。その結果、カソード触媒の電気化学的に有効な表面積(ECSA)が低下する。従って、S2/S1比は、0.5以上が好ましい。S2/S1比は、好ましくは、1.0以上、さらに好ましくは、2.0以上である。
【0041】
一方、S2/S1比が大きくなりすぎると、触媒やその二次粒子同士が接触しなくなり、電気伝導経路が失われるため、ECSAが低下する。従って、S2/S1比は、6以下が好ましい。S2/S1比は、好ましくは、5.5以下、さらに好ましくは、5.0以下である。
【0042】
[1.7. ECSA]
カソード触媒の電気化学的に有効な表面積(ECSA)は、酸素還元触媒の粒径、酸素還元触媒の分散状態、水酸化物イオン伝導体による酸素還元触媒の被覆状態、S2/S1比などに依存する。一般に、電子的に孤立している酸素還元触媒の割合が少なくなるほど、ECSAは大きくなる。本発明において、カソード触媒層の構造を最適化すると、ECSAは、6m2・g-1以上となる。カソード触媒層の構造をさらに最適化すると、ECSAは、8m2・g-1以上、あるいは、10m2・g-1以上となる。
【0043】
[2. カソード触媒層の製造方法]
本発明に係るカソード触媒層は、種々の方法により製造することができる。
カソード触媒層の製造方法としては、例えば、
(a)プロトン伝導体(A)を含む溶液から電界紡糸により不織布を作製する工程と、水酸化物イオン伝導体とカソード触媒とを水/有機溶媒の混合溶媒に分散させたインクを不織布の表面に電界噴霧する工程とを繰り返す第1の方法、
(b)プロトン伝導体(A)の電界紡糸による不織布の作製と、水酸化物イオン伝導体とカソード触媒とを含む触媒インクの電界噴霧とを同時に行う第2方法、
などがある。
これらの中でも、第2の方法は、電気的に孤立しているカソード触媒の割合を少なくすることができるので、カソード触媒層の製造方法として好適である。
【0044】
[3. 膜電極接合体]
図1に、本発明に係る膜電極接合体の断面模式図を示す。
図1において、膜電極接合体10は、
プロトン伝導体(B)からなる電解質膜20と
電解質膜20の一方の面に接合されたアノード30と、
電解質膜20の他方の面に接合されたカソード40と
を備えている。
【0045】
[3.1. 電解質膜]
電解質膜20は、プロトン伝導体(B)からなる。プロトン伝導体(B)は、アノード30に含まれるプロトン伝導体(C)34、及び/又は、カソード40に含まれるプロトン伝導体(A)と同一の材料であっても良く、あるいは、異なる材料であっても良い。プロトン伝導体(B)に関するその他の点は、プロトン伝導体(A)と同様であるので、説明を省略する。
【0046】
[3.2. アノード]
電解質膜20の一方の面には、アノード30が接合されている。アノード30は、アノード触媒層32を含む。アノード30は、アノード触媒層32のみからなるものでも良く、あるいは、アノード触媒層32の外側に配置されたアノードガス拡散層(図示せず)をさらに備えていても良い。
【0047】
アノード触媒層32は、プロトン伝導体(C)34と、アノード触媒36とを備えている。アノード触媒36は、水素酸化触媒36aのみからなるものでも良く、あるいは、担体36bの表面に水素酸化触媒36aが担持されているものでも良い。
プロトン伝導体(C)34は、カソード40に含まれるプロトン伝導体(A)、及び/又は、電解質膜20を構成するプロトン伝導体(B)と同一の材料であっても良く、あるいは、異なる材料であっても良い。プロトン伝導体(C)34に関するその他の点は、プロトン伝導体(A)と同様であるので、説明を省略する。
【0048】
水素酸化触媒36aは、水素酸化反応(HOR)に対する活性を持つものからなる。
図1に示す例において、水素酸化触媒36aは、直径が2~3nmのPtナノ粒子からなる。また、水素酸化触媒36aは、直径が約30nm程度のカーボン製の担体36bの表面に担持されている。
【0049】
[3.3. カソード]
電解質膜20の他方の面には、カソード40が接合されている。カソード40は、カソード触媒層42を含む。カソード40は、カソード触媒層42のみからなるものでも良く、あるいは、カソード触媒層42の外側に配置されたカソードガス拡散層(図示せず)をさらに備えていても良い。
【0050】
カソード触媒層42は、プロトン伝導体(A)を主成分とする多孔質のプロトン伝導経路44と、酸素還元触媒46aを含むカソード触媒46と、カソード触媒46の表面を被覆する水酸化物イオン伝導体48とを備えている。カソード触媒46は、酸素還元触媒46aのみからなるものでも良く、あるいは、担体46bの表面に酸素還元触媒46aが担持されているものでも良い。さらに、カソード触媒46は、プロトン伝導経路44の表面又は隙間に担持されている。
【0051】
図1に示す例において、酸素還元触媒46aは、Ptナノ粒子からなり、Ptナノ粒子は、カーボン製の担体46bの表面に担持されている。カソード触媒層42の詳細については、上述した通りであるので、説明を省略する。
【0052】
[4. 燃料電池]
本発明に係る燃料電池は、本発明に係る膜電極接合体を備えている。膜電極接合体の両面には、ガス流路を備えたセパレータが配置される。燃料電池は、通常、膜電極接合体とセパレータからなる単セルが複数個積層された構造(スタック構造)を備えている。本発明において、セパレータ及びスタック構造については特に限定されるものではなく、目的に応じて最適なものを選択することができる。また、膜電極接合体の詳細については、上述した通りであるので、説明を省略する。
【0053】
[5. 作用]
図2に、カソード側の触媒層アイオノマとして水酸化物イオン伝導体を用いた従来の膜電極接合体の断面模式図を示す。
【0054】
従来、アノード側の触媒層は、
(a)Pt担持カーボンのようなアノード触媒と、ナフィオン(登録商標)のようなプロトン伝導型の触媒層アイオノマとを溶媒に分散させて触媒インクとし、
(b)触媒インクを基材表面に塗工し、
(c)塗膜を電解質膜に転写する
ことにより製造するのが一般的である。
【0055】
そのため、アノード触媒層は、アノード触媒と、アノード触媒の表面を被覆するプロトン伝導型の触媒層アイオノマとの複合体からなる。
カソード触媒層もまた、通常、アノード触媒層と同様の方法により製造されている。カソード触媒層を作製する場合において、触媒層アイオノマとして水酸化物イオン伝導型の触媒層アイオノマを用いると、カソード側をアルカリ性環境にすることができる。
【0056】
このような膜電極接合体を備えた燃料電池において、アノードに水素、カソードに酸素をそれぞれ供給すると、アノード触媒の表面においては、式(1)に示す水素酸化反応(HOR)が起こる。一方、カソード触媒の表面においては、式(3)に示す酸素還元反応(ORR)が起こる。
2H2 → 4H++4e- …(1)
O2+H2O+4e- → 4OH- …(3)
【0057】
アノード触媒の表面で発生したプロトンは、アノード側の触媒層アイオノマを通って電解質膜のカソード側表面に拡散する。一方、カソード触媒の表面で発生した水酸化物イオンは、カソード側の触媒層アイオノマ(水酸化物イオン伝導体)を通って電解質膜のカソード側表面に拡散する。そのため、電解質膜と水酸化物イオン伝導体との界面においては、式(4)に示す中和反応(水生成反応)が起こる。
4H++4OH- → 2H2O …(4)
【0058】
アノードにはプロトン伝導型の触媒層アイオノマが用いられているので、酸性環境下にある。酸性環境下においては、白金のHORの活性が高い。一方、カソードには水酸化物イオン伝導型の触媒層アイオノマが用いられているので、アルカリ性環境下にある。アルカリ性環境下においては、白金のORRの活性が高い。しかしながら、従来の膜電極接合体は、電解質膜(プロトン伝導体)と水酸化物イオン伝導体との界面の面積が小さいために、式(4)の中和反応が律速となっていた。そのため、
図2に示す膜電極接合体では、実用的な性能を実現できない。
【0059】
これに対し、
図1に示すように、カソード触媒層42に、プロトン伝導体(A)からなる多孔質のプロトン伝導経路44を導入すると、プロトン伝導体(A)と水酸化物イオン伝導体48との界面の面積を大きくすることができる。そのため、従来の膜電極接合体を用いた燃料電池に比べて、活性が高くなり、実用的な出力を実現することができる。
また、カソードがアルカリ性環境になるため、カソード触媒として白金触媒を用いた場合であっても、白金の溶出が抑制される。その結果、耐久性が向上する。
【0060】
さらに、本発明では、イオン伝導はプロトン伝導体に担わせ、水酸化物イオン伝導体は専らカソード触媒近傍をアルカリ性にするために用いている。そのため、バイポーラ膜を用いる場合に比べて、水酸化物イオン伝導体の使用量を劇的に減らすことができる。また、これによって、CO2による中和に起因する伝導度の低下も抑制することができる。
【実施例】
【0061】
(実施例1、比較例1~3)
[1. カソード触媒層の作製]
[1.1. 実施例1]
[A. 繊維溶液(電界紡糸液)の調製]
プロトン伝導体(A)には、ナフィオン(登録商標)溶液(ケマーズ(株)製、D2020)を用いた。キャリアポリマには、ポリエチレンオキサイド(PEO、MW~1,000,000)を用いた。さらに、溶媒には、メタノールを用いた。
メタノールにナフィオン(登録商標)溶液及びPEOを添加し、繊維溶液を調製した。固形分に占めるナフィオン(登録商標)の質量割合は、99mass%とした。プロトン伝導体(A)/PEOの質量比は、99/1とした。また、繊維溶液の固形分(プロトン伝導体(A)+PEO)の濃度は、6mass%とした。
【0062】
[B. 触媒インクの調製]
電極触媒には、白金担持カーボンPt/C(田中貴金属工業(株)製、TEC10V30E、白金重量比率:30mass%)を用いた。水酸化物イオン伝導体には、Sustainion XA-7(Dioxide materials社製)を用いた。さらに、溶媒には、水/アセトン=10/90(質量比)の混合溶媒を用いた。
混合溶媒にPt/C及び水酸化物イオン伝導体を添加し、触媒インクを調製した。I/C比は、0.75とした。また、触媒インクの固形分(水酸化物イオン伝導体+Pt/C)の濃度NVは、1.0mass%とした。
【0063】
[C. 電界紡糸及び電界噴霧]
エレクトロスピニング装置を用いて、基材表面に、繊維の電界紡糸と触媒インクの電界噴霧を同時に行った。基材には、撥水層付きペーパー拡散層(GDL)を用いた。
電界紡糸・電界噴霧は、15kVの電圧をかけ、触媒インクを2.0mL/h、繊維溶液を0.5mL/hで送液することにより行った。電子顕微鏡画像から求めた二次粒子の直径の平均値は700nmであった。また、電子顕微鏡画像から求めた繊維径は、約600nmであった。さらに、これらの直径及び総体積から求めたS2/S1比は、4.3であった。白金目付量は、0.075mg/cm2であった。
【0064】
[1.2. 比較例1]
触媒インクに添加するアイオノマとして、ナフィオン(登録商標)溶液を用いた以外は、実施例1と同様にして、カソード触媒層を得た。
[1.3. 比較例2、3]
不織布の電界紡糸を行わず、基材表面への触媒インクの電界噴霧のみを行った。触媒インクの組成は、実施例1と同一とした。また、白金目付量は、0.156mg/cm2(比較例2)、又は、0.044mg/cm2(比較例3)とした。
【0065】
[2. 試験方法]
[2.1. セルの作製]
電解質膜の一方の面に、アノード触媒層をホットプレスで転写した。次に、GDL付きカソード触媒層、アノード触媒層付き電解質膜、及びアノード側GDLをセル内に配置し、ガス流路付き集電板及び端版で締め付けた。その際、セル内でのGDL厚さは、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)製のガスケットの厚さで制御した。GDLの圧縮率は、約15%であった。ガス流路は、平行溝、溝幅0.4mm、リブ幅0.2mm、溝深さ0.5mmとした。アノードとカソードのガスの流し方は、直交流とした。
【0066】
セル評価には、(株)東方技研製の電気化学測定装置を使用した。電位は、すべてアノードを基準とし、各条件下での水素分圧を用いて、ネルンストの式で1気圧の水素におけるRHEに換算して設定した。
【0067】
[2.2. IV性能の評価]
セル温度80℃、相対湿度80%RHのもと、カソードに空気(21%O2/79%N2、2000ccm)、アノードにH2(500ccm)を通じた状態で、カソードの電位をアノードに対して自然電位⇔0Vの範囲で、10mV/sで掃引し、サイクリックボルタモグラムを取得した。ガス圧は、酸素の分圧が20kPaとなるように調節した。3サイクルの測定の内、3サイクル目のアノーディック掃引を当該セルのIV性能とした。
【0068】
[2.3. 耐久性の評価]
セル温度60℃、相対湿度80%RHのもと、カソードにN2(101kPaabs、1000ccm)、アノードに10%H2(N2バランス、N2(101kPaabs、1000ccm))を通じた状態で、カソードに0.6Vを3s、次いで1.0Vを3s与える矩形波の電位サイクルを10000回与えた。500サイクルごとに下記に示す手法でECSAを算出し、サイクルを増加させるに従い、ECSAがどの程度減少するかを調べた。
【0069】
ECSAは、以下のようにして算出した。0.05⇔1.00Vの電位範囲を、50mV/sで掃引してサイクリックボルタモグラムを取得した。アノーディック掃引時の0.2V付近に見られる水素脱離波のピークを積分して電荷量を求め、換算係数210μC/cm2を用いて触媒層の幾何面積(=1cm2)当たりの電気化学的に有効な白金の表面積を求めた。この表面積を白金目付量で規格化することで、白金質量当たりの電気化学的に有効な白金の表面積ECSA(m2/g)を求めた。さらに、電位サイクル付与後のECSAをECSAの初期値で除すことで、ECSA維持率を算出した。
【0070】
[3. 結果]
[3.1. IV性能]
[3.1.1. 酸素還元反応活性]
図3に、実施例1及び比較例1~3で得られたセルのカソード性能の比較を示す。なお、カソード電位は、IR補正後の値である。電流密度は、logスケールで示した。
図3は、電位が高いほど、又は、電流密度が大きいほど、カソード触媒層の酸素還元反応の活性が高いことを示す。
図3より、以下のことが分かる。
【0071】
(1)実施例1は、白金目付量が同一である比較例1に対してカソード電位が約15mV高い。これは、質量活性が約2倍高いことに相当する。この結果は、回転ディスク電極(RDE)試験において、酸性環境下よりアルカリ性環境下の方が触媒活性が高いという報告(参考文献1)と整合する。
また、水酸化物イオン伝導体では、ポリマにアニオンが無く、その白金上への吸着(被毒)(参考文献2)が無いため、高活性が得られた可能性がある。
[参考文献1]ACS Omega, 3(2019)15325
[参考文献2]ACS catal., 8(2018)694
【0072】
(2)比較例2、3は、白金目付量が異なるにもかかわらず、ほぼ同等のIV性能を示しており、IV性能は白金目付量に依存しなかった。また、比較例2は、実施例1より白金目付量が多いにも関わらず、実施例1より電位が約40mV低く、アルカリ性環境にしたメリット(酸性環境より活性が高くなるというメリット)が見られない。これは、白金目付量以外の何かに性能が律速されていることを示している。おそらく、酸とアルカリとの界面における水生成反応が律速していると考えられる。
【0073】
[3.1.2. 高電流密度域におけるIV性能]
図4に、実施例1及び比較例2、3で得られたセルの高電流密度域での性能の比較を示す。
図3と同様、比較例2、3は、白金目付量に性能が依存せず、約0.8A/cm
2で頭打ちになっている。これに対し、実施例1は、実用的な性能が得られている。この差は、実施例1が水生成反応に律速されていないことを示している。
【0074】
[3.1.3. 界面面積]
以上から、カソード側の触媒層アイオノマのすべてをアルカリアイオノマにした場合(比較例2、3)よりも、酸アイオノマを含有させ、酸-アルカリ界面の面積をなるべく大きくした方(実施例1)が、高い性能が得られることが分かった。
【0075】
今回の実験では、電界噴霧された触媒塊が概ね直径500nmの粒子であり、その表面積(アルカリアイオノマの表面積)は、実施例1の目付量(75μgPt/cm2)で約10cm2と算出された。一方、不織布の表面積(酸アイオノマの表面積)は、SEM観察から求めた繊維直径(約600nm)に基づいて、約26cm2と算出された。今回の条件では、触媒塊の表面積が不織布の表面積より小さいため、界面面積は、最大でも10cm2程度と推定される。しかし、実用上、この目付量で使われることはなく、目付量を増やすことが想定される。あるいは、電界噴霧条件を最適化することにより、触媒塊をさらに小さくすることも可能と考えられる。
【0076】
[3.1.4. OH-基の量]
水酸化物イオン伝導体は、空気中のCO2により中和され(すなわち、OH-が炭酸イオンに置き換わり)、伝導度が低下する。発電をすれば、炭酸イオンがプロトン伝導体の領域まで移動し、CO2として放出されるので、伝導度の低下は解消される。しかし、それに至るまでの時間を短縮するには、アルカリ領域をなるべく少なくし、触媒のごく近傍のみをアルカリ性にするのが望ましい。
【0077】
今回使用したPt/Cにおけるカーボン(Valcan(登録商標) XC72)の比表面積が約200m2/gであることから、今回の目付におけるカーボンの総面積は約350cm2と算出された。カーボン表面が2nm厚のアイオノマーで覆われていると仮定すると、今回使用したアイオノマのイオン交換基密度(1.5mmol/g)から、電極面積当たりのイオン交換基量は0.1μmol/cm2となる。
【0078】
今回の触媒層に使用したアイオノマ量は0.2μmolであるので、実際には触媒表面が厚さ4nmのアイオノマで覆われていることになる。この厚み以上のアイオノマが存在すると、アルカリアイオノマのデメリットが顕在化することに加え、触媒層内のガスの拡散性が低下し、性能が低下すると考えられる。
【0079】
実用上の目付の上限を0.15mgPt/cm2と仮定すると、その場合のアイオノマ厚4nmに相当するイオン交換基の量は、0.4μmol/cm2となる。比表面積の大きな多孔質カーボンも使われることがあり、このカーボンの比表面積が2000m2/gであることを考えると、その場合のアイオノマ厚4nmに相当するイオン交換基の量は、4μmol/cm2になる。イオン交換基密度が3.0~4.0mmol/gくらいのアルカリアイオノマも報告されていることから、電極面積当たりのイオン交換基の量の上限は、10μmol/cm2程度と考えるのが妥当である。
【0080】
[3.2. 耐久性]
図5に、実施例1及び比較例1で得られたセルの電位サイクル耐久性を示す。約8000~10000サイクルの時点で、実施例1のECSA維持率は45%であるのに対し、比較例1のECSA維持率は30%以下であった。このことから、実施例1は耐久性に優れることが分かった。これは、酸よりアルカリの方が白金の溶解度が低いためと考えられる(参考文献3)。
[参考文献3]Atlas D'Equilibres Electrochimiques 380
【0081】
(実施例2)
[1. 試料の作製]
紡糸及び噴霧時の吹き付け速度を変えた以外は、実施例1と同様にして触媒層を形成した。得られた触媒層のS2/S1比は、1.6~7.6であった。
【0082】
[2. 試験方法]
実施例1と同様にして、セルを作製した。さらに、製造直後のセルの有効白金表面積(ECSA)を測定した。ECSAの測定条件は、実施例1と同一とした。
【0083】
[3.結果]
図6に、S
2/S
1比と有効白金表面積(ECSA)との関係を示す。
図6中、「○」は実施例1の結果(S
2/S
1=4.3)を表す。「■」は、比較例2、3の結果を表す。水平方向の破線は、比較例2、3の平均のECSAを表す。
【0084】
OH-伝導型アイオノマのみを含む比較例2、3の平均ECSAは、6m2・g-1であった。これに対し、OH-伝導型アイオノマを含む触媒層にH+伝導体繊維を添加すると、S2/S1比の増加と共にECSAが大きくなった。これは、酸とアルカリの界面が増加するためと考えられる。しかし、S2/S1比が4付近を越えると、ECSAが小さくなった。これは、電子的に孤立した触媒粒子の割合が増加するためと考えられる。
データの近似直線と、比較例2、3のECSAの平均とが交わる点の間の領域が、繊維添加が有効な領域と考えられる。従って、繊維は、S2/S1比が0.5以上6以下となるように加えるのが良いと考えられる。
【0085】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0086】
本発明に係るカソード触媒層は、燃料電池などの各種電気化学デバイスのカソード側の触媒層として用いることができる。