(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-11
(45)【発行日】2023-12-19
(54)【発明の名称】複合磁性粉及びこれを用いた圧粉磁心
(51)【国際特許分類】
B22F 1/16 20220101AFI20231212BHJP
B22F 1/00 20220101ALI20231212BHJP
H01F 1/26 20060101ALI20231212BHJP
H01F 41/02 20060101ALI20231212BHJP
B82Y 25/00 20110101ALI20231212BHJP
B82Y 40/00 20110101ALI20231212BHJP
【FI】
B22F1/16 100
B22F1/00 W
H01F1/26
H01F41/02 D
B82Y25/00
B82Y40/00
(21)【出願番号】P 2019136713
(22)【出願日】2019-07-25
【審査請求日】2022-05-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000003067
【氏名又は名称】TDK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100115738
【氏名又は名称】鷲頭 光宏
(74)【代理人】
【識別番号】100121681
【氏名又は名称】緒方 和文
(72)【発明者】
【氏名】北上 雅敬
(72)【発明者】
【氏名】川畑 賢一
【審査官】萩原 周治
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-160205(JP,A)
【文献】特開2009-302165(JP,A)
【文献】特開2018-165397(JP,A)
【文献】特開2005-206880(JP,A)
【文献】特開2009-120915(JP,A)
【文献】特開2014-116573(JP,A)
【文献】特開2017-188678(JP,A)
【文献】国際公開第2009/028486(WO,A1)
【文献】特開2015-095533(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2007/0128439(US,A1)
【文献】特開2013-209693(JP,A)
【文献】国際公開第2013/035496(WO,A1)
【文献】特開2001-143949(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00-12/90
H01F 1/10-1/38
H01F 41/02
B82Y 5/00-99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄を含む磁性粉の表面が酸化シリコンからなる絶縁層で被覆されてなる複合磁性粉であって、
前記絶縁層を構成する酸化シリコンの平均粒径が6nm以下であり、
前記絶縁層には空隙が含まれており、前記絶縁層の断面における空隙の面積比率が5%以下であることを特徴とする複合磁性粉。
【請求項2】
請求項
1に記載の複合磁性粉と樹脂を含む圧粉磁心。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は複合磁性粉及びこれを用いた圧粉磁心に関し、特に、鉄を含む磁性粉の表面が絶縁層で被覆されてなる複合磁性粉及びこれを用いた圧粉磁心に関する。また、本発明は、このような複合磁性粉の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄粉の表面が絶縁層で被覆されてなる複合磁性粉としては、特許文献1及び2に記載された複合磁性粉が知られている。特許文献1には、鉄粉の表面をリン酸処理することによって絶縁層を形成する方法が開示されている。また、特許文献2には、チタンやアルミニウムなどを有する有機物由来の有機基を含む絶縁層によって鉄粉を覆う方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2009-120915号公報
【文献】国際公開第2009/028486号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1及び2に記載された複合磁性粉は、高温環境下に長時間放置する耐熱試験を行うと、絶縁層の絶縁性が大幅に低下するという問題があった。このため、特許文献1及び2に記載された複合磁性粉は、高温環境下で使用される可能性のある用途には必ずしも適していない。
【0005】
したがって、本発明は、高温環境下に長時間放置する耐熱試験を行った場合であっても高い絶縁性を確保することが可能な複合磁性粉及びこれを用いた圧粉磁心、並びに、このような複合磁性粉の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明による複合磁性粉は、鉄を含む磁性粉の表面が酸化シリコンからなる絶縁層で被覆されてなる複合磁性粉であって、絶縁層には空隙が含まれており、絶縁層の断面における空隙の面積比率が5%以下であることを特徴とする。また、本発明による圧粉磁心は、上記の複合磁性粉と樹脂を含む。
【0007】
本発明によれば、絶縁層の断面における空隙の面積比率が5%以下であることから、磁性粉に含まれる鉄の拡散が抑制される。このため、高温環境下に長時間放置する耐熱試験を行った場合であっても、絶縁層の絶縁性を十分に確保することが可能となる。
【0008】
本発明において、絶縁層を構成する酸化シリコンの平均粒径は6nm以下であっても構わない。これによれば、空隙の面積比率をより小さくすることが可能となる。
【0009】
本発明の一側面による複合磁性粉の製造方法は、鉄を含む磁性粉が分散された液体にシリコンエトキシドを滴下することによって、磁性粉の表面を酸化シリコンからなる絶縁層で被覆する方法であって、滴下時における液体の温度を40℃以下とし、且つ、滴下速度を液体100ml当たり3g/時間以下とすることを特徴とする。
【0010】
本発明の他の側面による複合磁性粉の製造方法は、鉄を含む磁性粉が分散された液体にシリコンエトキシドを滴下することによって、磁性粉の表面を酸化シリコンからなる絶縁層で被覆する方法であって、滴下時における液体の温度を30℃以下とし、且つ、滴下速度を液体100ml当たり6g/時間以下とすることを特徴とする。
【0011】
これらの方法によれば、絶縁層の断面における空隙の面積比率が5%以下である複合磁性粉を作製することが可能となる。
【発明の効果】
【0012】
このように、本発明によれば、高温環境下に長時間放置する耐熱試験を行った場合であっても高い絶縁性を確保することが可能な複合磁性粉及びこれを用いた圧粉磁心、並びに、このような複合磁性粉の製造方法を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、本発明の好ましい実施形態による複合磁性粉2の模式的な断面図である。
【
図3】
図3は、実施例1の複合磁性粉の空隙率測定に用いた画像の一部である。
【
図4】
図4は、比較例1の複合磁性粉の空隙率測定に用いた画像の一部である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、添付図面を参照しながら、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。
【0015】
図1は、本発明の好ましい実施形態による複合磁性粉2の模式的な断面図である。
【0016】
図1に示すように、本実施形態による複合磁性粉2は、鉄を含む磁性粉4の表面が酸化シリコンからなる絶縁層6で被覆された構成を有している。
図1に示す例では、磁性粉4が球形であるが磁性粉4の形状については特に限定されない。磁性粉4を構成する材料としては、鉄を含み、且つ、軟磁性を有していれば特に限定されず、純鉄であっても構わないし、Fe-Ni系の磁性合金や、Fe-Si系の磁性合金であっても構わない。磁性粉4の粒径についても特に限定されないが、磁性粉4が球形である場合、1~100μm程度とすることができる。また、粒度分布の異なる複数の磁性粉4が混在していても構わない。絶縁層6は、酸化シリコンからなる無機膜である。本発明において、絶縁層6が完全なSiO
2であることは必須でなく、酸素リッチな酸化シリコンであっても構わない。
【0017】
【0018】
図2に示すように、磁性粉4の表面を被覆する絶縁層6には多数の空隙8が含まれている。つまり、絶縁層6は完全に緻密な膜ではなく、酸化シリコンが存在しない部分を有している。特に限定されるものではないが、絶縁層6の厚さは5~200nm程度とすることができる。耐熱試験後における絶縁性を十分に保つためには、絶縁層6はより緻密であることが好ましい。つまり、空隙8が占める割合が小さいことが好ましい。これは、空隙8が占める割合が大きいと、熱によって磁性粉4に含まれる鉄が酸化し、この酸化鉄が空隙8に沿って絶縁層6の表面へと拡散するからである。具体的には、耐熱試験後における絶縁性を十分に保つためには、絶縁層6の断面における空隙8の面積比率が5%以下である必要がある。空隙8の面積比率を小さくするためには、絶縁層6を構成する酸化シリコンの粒径ができるだけ小さいことが好ましい。これは、粒径の大きい酸化シリコンの集合体によって絶縁層6が構成されると、必然的に空隙8のサイズが大きくなり、酸化鉄の拡散が生じやすくなるからである。具体的には、絶縁層6を構成する酸化シリコンの平均粒径は、6nm以下であることが好ましい。
【0019】
このように、本実施形態による複合磁性粉2は、鉄を含む磁性粉4の表面が酸化シリコンからなる絶縁層6で被覆された構造を有しており、絶縁層6の断面における空隙の面積比率が5%以下であることから、高温に晒された場合であっても、磁性粉4に含まれる鉄の拡散が抑制される。このため、高温環境下に長時間放置する耐熱試験を行った場合であっても、絶縁層6の絶縁性を十分に確保することが可能となる。
【0020】
絶縁層6を構成する酸化シリコンのO/Si比は、2.1以上、2.2以下の範囲内であっても構わない。酸化シリコンの理論上のO/Si比は2であるが、シリコンエトキシドの加水分解によって酸化シリコンからなる絶縁層6を形成すると、酸化シリコンが酸素リッチとなり、O/Si比が2.2を超える。O/Si比が2.2を超える酸化シリコンは、高温環境下で酸素を透過しやすいため、磁性粉4に含まれる鉄が酸化し、この酸化鉄が絶縁層6の表面へと拡散しやすくなる。これに対し、絶縁層6を構成する酸化シリコンのO/Si比が2.2以下であれば、膜質が緻密であり高温環境下においても酸素を透過しにくいため、磁性粉4に含まれる鉄が酸化されにくくなるとともに、拡散が生じにくくなる。酸素の透過性は、酸化シリコンのO/Si比が2に近づくほど低下するが、シリコンエトキシドの加水分解によって形成された酸化シリコンのO/Si比を2.1未満に下げることは困難である。
【0021】
本実施形態による複合磁性粉2は、樹脂を用いて成型することにより、インダクタ、リアクトル、チョークコイル、トランスなどのコイル部品に用いられる圧粉磁心、或いは、モータなどに用いられる圧粉磁心として利用可能である。この場合、コイル部品やモータの使用温度環境が過酷であっても、絶縁層6の絶縁性が十分に確保されることから、製品の信頼性を高めることが可能となる。
【0022】
次に、本実施形態による複合磁性粉2の製造方法について説明する。
【0023】
本実施形態による複合磁性粉2の製造方法は次の通りである。まず、磁性粉4を用意し、エタノールなどの液体中に磁性粉4を加えることによって、液体中に磁性粉4を分散させる。次に、磁性粉4が分散された液体を所定の温度に保った状態で、シリコンエトキシド(TEOS)を徐々に滴下する。これにより、シリコンエトキシドが徐々に加水分解し、磁性粉4の表面が酸化シリコンからなる絶縁層6で被覆される。この時、シリコンエトキシドの加水分解によって生成される酸化シリコンは、磁性粉4の表面にのみ析出するのではなく、自己反応によって液体中においても生成される。ここで、液体中の自己反応による酸化シリコンの析出が優勢であると、自己反応によって液体中で結晶粒が成長し、粒径の大きな酸化シリコンが磁性粉4の表面に付着する。その結果、絶縁層6に形成される空隙8のサイズが大きくなることから、絶縁層6の断面における空隙8の面積比率も大きくなる。
【0024】
したがって、絶縁層6の断面における空隙8の面積比率を5%以下に抑えるためには、液体中におけるシリコンエトキシドの自己反応を抑制する必要がある。液体中におけるシリコンエトキシドの自己反応を抑制する方法としては、液体の温度を40℃以下、好ましくは20℃~30℃に設定するとともに、液体中におけるシリコンエトキシドの濃度を低く保つ方法が挙げられる。液体中におけるシリコンエトキシドの濃度を低く保つためには、所定量のシリコンエトキシドを液体中に一度に投入するのではなく、時間をかけて徐々に滴下すれば良い。具体的には、液体100ml当たり6g/時間以下でシリコンエトキシドを滴下することが好ましく、液体100ml当たり3g/時間以下でシリコンエトキシドを滴下することがより好ましい。
【0025】
反応後、液体を希釈及び洗浄し、濾過することによって複合磁性粉2を取り出す。取り出された複合磁性粉2を乾燥させた後、窒素雰囲気で熱処理すれば、本実施形態による複合磁性粉2が完成する。
【0026】
上記の熱処理は、水素を含有する雰囲気中で600℃以上、900℃以下で行っても構わない。水素を含有する雰囲気中で熱処理を行うと、不完全であった酸化シリコンが徐々に完全な状態へと変化し、絶縁層6の緻密さが高められる。この過程により、初期状態ではO/Si比が2.2を超えていた酸化シリコンが改質され、O/Si比が2.1以上、2.2以下の範囲内となる。熱処理時間については、熱処理温度が600~800℃であれば1時間程度、熱処理温度が800~900℃であれば10分程度とすればよい。熱処理開始時における昇温速度については、200℃/時間~400℃/時間に設定すればよい。
【0027】
以上、本発明の好ましい実施形態について説明したが、本発明は、上記の実施形態に限定されることなく、本発明の主旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能であり、それらも本発明の範囲内に包含されるものであることはいうまでもない。
【実施例】
【0028】
(実施例1)
平均粒径が3μmであるFe粉を容器に投入し、Fe粉30gに対してエタノールを100ml加えることによって、エタノールからなる液体中にFe粉を分散させた。次に、容器をオイルバスに入れることによって、液体の温度を20℃に保持した。この状態で、容器にアンモニア水(アンモニア濃度:29wt%)2gと水18gを添加し、攪拌しながら、エタノール6mlに混合したシリコンエトキシド6gを2時間かけて滴下した。したがって、シリコンエトキシドの滴下速度は、エタノール100ml当たり3g/時間である。そして、シリコンエトキシドの滴下開始から3時間反応させた。反応後、十分の量のエタノールで希釈・洗浄した後、濾過することによって複合磁性粉を取り出した。取り出された複合磁性粉を真空乾燥機を用いて180℃で8時間乾燥した。乾燥後、回転式チューブ炉を用いて窒素雰囲気で650℃で30分間加熱処理した。これにより、実施例1の複合磁性粉を得た。
【0029】
(実施例2)
エタノール6mlに混合したシリコンエトキシド6gを1時間かけて滴下した他は、実施例1と同じ方法で実施例2の複合磁性粉を得た。したがって、シリコンエトキシドの滴下速度は、エタノール100ml当たり6g/時間である。
【0030】
(実施例3)
反応時における液体の温度を30℃に設定した他は、実施例1と同じ方法で実施例3の複合磁性粉を得た。
【0031】
(実施例4)
反応時における液体の温度を40℃に設定した他は、実施例1と同じ方法で実施例3の複合磁性粉を得た。
【0032】
(比較例1)
反応時における液体の温度を40℃に設定した他は、実施例2と同じ方法で比較例1の複合磁性粉を得た。
【0033】
(空隙率の測定)
実施例1~4及び比較例1の複合磁性粉をそれぞれエポキシ樹脂中に混錬し、硬化剤を添加した後、熱硬化させることによって測定用サンプルを作製した。次に、FIB(集束イオンビーム)装置を用いて測定用サンプルを切断することによって薄片を切り出し、TEM(透過電子顕微鏡)のサンプルホルダー上に薄片を固定した。さらに、FIBを用いて薄片の厚みを約100nmまで薄くした後、STEM(走査透過電子顕微鏡)を用いて20万倍の画像を得た。得られた画像の中から絶縁層の領域を二値化し、空隙の占める割合を面積換算することによって空隙率を算出した。
【0034】
(粒子径の測定)
上述した空隙率の算出に用いたサンプルをそのまま用い、STEMのTEMモードで100万倍の画像を得た。得られた画像から絶縁層を形成している粒子径の平均値を算出した。
【0035】
(体積抵抗率の測定)
実施例1~4及び比較例1の複合磁性粉をそれぞれ5g秤量し、三菱ケミカルアナリテック社製のハイレスタUX MCP-HT800の測定冶具に投入した後、直径10mmの測定電極に1Vの電圧を印加し、20kNの圧力を掛けた状態における体積抵抗率を測定した。体積抵抗率を測定は、複合磁性粉を150℃の環境に1000時間放置する耐熱試験を行う前後において行った。
【0036】
(評価結果)
評価結果を表1に示す。
【0037】
【0038】
表1に示すように、実施例1~4の複合磁性粉は絶縁層の空隙率が4.8%以下であったのに対し、比較例1の複合磁性粉は絶縁層の空隙率が5.2%であった。また、実施例1~4の複合磁性粉は絶縁層の粒子径が6nm以下であったのに対し、比較例1の複合磁性粉は絶縁層の粒子径が10nmであった。
【0039】
また、耐熱試験を行う前の体積抵抗率については、実施例1~4及び比較例1の間で著しい差は見られなかったが、耐熱試験を行った後は、比較例1の複合磁性粉は体積抵抗率が大きく低下した。これに対し、実施例1~4の複合磁性粉は、耐熱試験を行う前後において体積抵抗率に大きな変化は見られなかった。
【0040】
図3は、実施例1の複合磁性粉の空隙率測定に用いた画像の一部である。また、
図4は、比較例1の複合磁性粉の空隙率測定に用いた画像の一部である。
図3に示すように、実施例1の複合磁性粉は絶縁層が緻密であり、空隙がほとんど確認できないのに対し、比較例1の複合磁性粉は絶縁層が粗であり、多くの空隙が確認された。
【符号の説明】
【0041】
2 複合磁性粉
4 磁性粉
6 絶縁層
8 空隙
A 領域