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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-11
(45)【発行日】2023-12-19
(54)【発明の名称】車両の制動制御装置
(51)【国際特許分類】
   B60T 8/1755 20060101AFI20231212BHJP
   B60T 8/26 20060101ALI20231212BHJP
【FI】
B60T8/1755 Z
B60T8/26 H
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019177547
(22)【出願日】2019-09-27
(65)【公開番号】P2021054175
(43)【公開日】2021-04-08
【審査請求日】2022-08-30
(73)【特許権者】
【識別番号】301065892
【氏名又は名称】株式会社アドヴィックス
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】有賀 良旭
(72)【発明者】
【氏名】長屋 淳也
【審査官】山本 健晴
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-256449(JP,A)
【文献】特開平07-137650(JP,A)
【文献】特開2016-084030(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60T 8/1755
B60T 8/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の前輪および後輪のうち前記車両の進行方向に対して後方側の車輪を後方車輪とする場合、該後方車輪のスリップ量を取得するスリップ量取得部と、
前記車両に付与する制動力を前記前輪に付与する制動力と前記後輪に付与する制動力とに割り当てる比率を前後配分比とする場合、前記車両が降坂路を走行しているときに、前記前後配分比における前記後方車輪に付与する制動力の比率を増大させる前後比率調整処理を実行する前後配分比導出部と、
前記車両が降坂路を走行しているとき、前記前後配分比導出部による前記前後比率調整処理の実行結果を基に、前記前輪に付与する制動力および前記後輪に付与する制動力を個別に制御する制御部と、を備え、
前記前後配分比導出部は、前記前後比率調整処理において、前記後方車輪のスリップ量が大きいほど、前記前後配分比における前記後方車輪に付与する制動力の比率の増大量を小さくするとともに、
前記前後配分比導出部は、前記前後比率調整処理において、前記車両が走行している降坂路の路面勾配が大きいほど、前記前後配分比における前記後方車輪に付与する制動力の比率の増大量を小さくする
車両の制動制御装置。
【請求項2】
前記前後配分比導出部は、前記前後比率調整処理において、前記車両の車速が大きいほど、前記前後配分比における前記後方車輪に付与する制動力の比率の増大量を小さくする
請求項1に記載の車両の制動制御装置。
【請求項3】
前記前後配分比導出部は、前記前後比率調整処理において、前記車両のヨーレートが大きいほど、前記前後配分比における前記後方車輪に付与する制動力の比率の増大量を小さくする
請求項1または2に記載の車両の制動制御装置。
【請求項4】
前記車両が旋回するに際し、当該車両に付与する制動力を前記車両における外側の車輪に付与する制動力と内側の車輪に付与する制動力とに割り当てる比率を左右配分比とした場合、
前記車両が旋回するときに、前記車両のヨーレートが大きいほど、前記左右配分比における前記外側の車輪に付与する制動力の比率を増大する左右比率調整処理を実行する左右配分比導出部を備え、
前記制御部は、前記車両が旋回しつつ降坂路を走行しているとき、前記前後配分比導出部による前記前後比率調整処理の実行結果、および、前記左右配分比導出部による前記左右比率調整処理の実行結果を基に、前記車両の各車輪に付与する各制動力を制御する
請求項1~のいずれか一項に記載の車両の制動制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の制動制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、車両制動時に、車両のピッチ角の変動を小さくして車両の姿勢を安定させる制御装置が開示されている。特許文献1に開示されている制御装置は、車両制動時に、前輪および後輪のうち、後輪に付与する制動力の比率を増大させることで、車両のサスペンションジオメトリに基づいて作用するアンチリフト力を増大させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2008-201291号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
車両が降坂路を前進しているときには、荷重が前輪側に移動する。このため、車両が水平路を走行する場合と比較して、後輪から路面に対して垂直方向に入力される荷重である後輪の接地荷重が小さくなっている。特許文献1では、車両が降坂路を走行している場合については何ら考慮されていない。つまり、車両が降坂路を走行する場合における制動力の配分制御について改善の余地がある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するための車両の制動制御装置は、車両の前輪および後輪のうち前記車両の進行方向に対して後方側の車輪を後方車輪とする場合、該後方車輪のスリップ量を取得するスリップ量取得部と、前記車両に付与する制動力を前記前輪に付与する制動力と前記後輪に付与する制動力とに割り当てる比率を前後配分比とする場合、前記車両が降坂路を走行しているときに、前記前後配分比における前記後方車輪に付与する制動力の比率を増大させる前後比率調整処理を実行する前後配分比導出部と、前記車両が降坂路を走行しているとき、前記前後配分比導出部による前記前後比率調整処理の実行結果を基に、前記前輪に付与する制動力および前記後輪に付与する制動力を個別に制御する制御部と、を備え、前記前後配分比導出部は、前記前後比率調整処理において、前記後方車輪のスリップ量が大きいほど、前記前後配分比における前記後方車輪に付与する制動力の比率の増大量を小さくすることをその要旨とする。
【0006】
上記構成によれば、たとえば、車両が降坂路を前進しているときには、後輪に付与する制動力の比率が増大される。後輪に付与する制動力の増大によって車体の後輪側の浮き上がりが抑制されるため、車両の前傾姿勢の度合いを軽減することができる。これによって、降坂路を前進しているときに車両が前傾姿勢になることを軽減できる。ここでいう車両の前傾姿勢とは、車両の進行方向における前方側が沈み込むことである。
【0007】
また、たとえば、車両が降坂路を後退しているときには、前輪に付与する制動力の比率が増大される。すなわち、後輪に付与する制動力の比率が減少される。このため、車体の後輪側、すなわち進行方向における前方側の沈み込みが軽減され、車両の前傾姿勢の度合いを軽減することができる。これによって、降坂路を後退しているときに車両が前傾姿勢になることを軽減できる。
【0008】
さらに、上記構成では、後方車輪のスリップ量が大きいほど、後方車輪に付与する制動力の比率の増大量が小さくされる。これによって、降坂路を走行しているときに後方車輪のスリップ量の増大を抑制できる。
【0009】
すなわち、上記構成によれば、降坂路における車両制動時に、後方車輪のスリップ量の増大を抑制しつつ、車両の前傾姿勢の度合いを軽減させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】車両の制動制御装置の一実施形態と、同制動制御装置を備える車両と、を示す模式図。
図2】同制動制御装置を示すブロック図。
図3】同制動制御装置を備える車両が降坂路を前進する場合を示す模式図。
図4】同制動制御装置を備える車両が降坂路を後退する場合を示す模式図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、制動制御装置の一実施形態について、図1図4を参照して説明する。
図1は、制動制御装置10と、制動制御装置10を備える車両90と、を示す。制動制御装置10は、プロセッサやメモリなどといったハードウェアを備えたマイクロコンピュータとして構成される。
【0012】
車両90は、四つの車輪を備えている。車両90は、前輪として右前輪FRと左前輪FLとを備えている。車両90は、後輪として右後輪RRと左後輪RLとを備えている。以下では、車輪FL,FR,RL,RRのうち車両90の進行方向に対して前方側の車輪を前方車輪という。また、車輪FL,FR,RL,RRのうち車両90の進行方向に対して後方側の車輪を後方車輪という。すなわち、車両90が前進している場合、前輪FL,FRが前方車輪であり、後輪RL,RRが後方車輪である。一方、車両90が後退している場合、後輪RL,RRが前方車輪であり、前輪FL,FRが後方車輪である。
【0013】
車両90は、制動装置80を備えている。制動装置80は、液圧発生装置81と、制動アクチュエータ83と、制動機構84と、を備えている。制動機構84は、車両90の各車輪FL,FR,RL,RRに設けられている。液圧発生装置81には、ブレーキペダル等の制動操作部材61が連結されている。制動操作部材61が操作されると、液圧発生装置81が備えるマスタシリンダ82内の液圧であるMC圧Pmcが発生する。MC圧Pmcは、制動操作部材61の操作力に応じて、当該操作力が大きいほど高くなる。
【0014】
液圧発生装置81は、制動アクチュエータ83にブレーキ液を供給する。制動アクチュエータ83は、各制動機構84のホイールシリンダ85に接続されている。ホイールシリンダ85には、制動アクチュエータ83を介して液圧発生装置81からブレーキ液が供給される。ホイールシリンダ85にブレーキ液が供給されると、ホイールシリンダ85内の液圧であるWC圧が上昇する。各制動機構84は、WC圧が高いほど、車輪と一体回転する回転体87に摩擦材86を押し付ける力が大きくなるように構成されている。各制動機構84は、WC圧が高いほど大きな制動力を車輪FL,FR,RL,RRに付与することができる。すなわち、制動操作部材61の操作力が大きくMC圧Pmcが高いほど、大きな制動力を車輪FL,FR,RL,RRに付与することができる。前輪FL,FRに対応して設けられている制動機構84によって前輪FL,FRに付与される制動力を前輪制動力という。後輪RL,RRに対応して設けられている制動機構84によって後輪RL,RRに付与される制動力を後輪制動力という。
【0015】
車両90は、前輪FL,FR用の前輪サスペンションと、後輪RL,RR用の後輪サスペンションとを備えている。車両90の走行中に後輪制動力が付与されて車両90が減速すると、後輪サスペンションによって、車両90の車体における後輪側が浮き上がることを抑制する力が作用する。当該力は、車両90の車体における後輪側を路面側に変位させる方向に作用する力である。このため、後輪制動力が増大されると、車両90の車体における後輪側の浮き上がりが抑制されるようになる。また、車両90の走行中に前輪制動力が付与されて車両90が減速すると、前輪サスペンションによって、車両90の車体における前輪側が沈み込むことを抑制する力が作用する。
【0016】
車両90は、各種センサを備えている。図1には、各種センサとして、車輪速センサ91、ヨーレートセンサ92、前後加速度センサ93およびストロークセンサ94を示している。各センサ91~94からの検出信号は、制動制御装置10に入力される。
【0017】
制動制御装置10は、車輪速センサ91からの検出信号に基づいて各車輪の車輪速度VWを導出する。制動制御装置10は、ヨーレートセンサ92からの検出信号に基づいて車両90のヨーレートYrを導出する。制動制御装置10は、前後加速度センサ93からの検出信号に基づいて前後加速度Gxを導出する。制動制御装置10は、ストロークセンサ94からの検出信号に基づいて制動操作部材61の操作量を導出する。
【0018】
制動制御装置10は、制動アクチュエータ83を制御することによって、車両90の各車輪FL,FR,RL,RRに付与する制動力を個別に制御することができる。
図2に示すように、制動制御装置10は、機能部として、車速取得部11と、スリップ量取得部12と、路面勾配取得部13と、前後配分比導出部14と、左右配分比導出部15と、要求制動力導出部16と、を備えている。これらの機能部は、たとえば、制動制御装置10のプロセッサがメモリに記憶されたプログラムを読み出して実行した結果として実現される。なお、実施形態では、制動制御装置10の機能の一部または全部が、専用のハードウェア回路のみによって実現されてもよい。
【0019】
要求制動力導出部16には、MC圧Pmcが入力される。要求制動力導出部16は、MC圧Pmcに基づいて、車両90の制動力の要求値である要求車両制動力を導出する。要求制動力導出部16は、導出した要求車両制動力を各車輪FL,FR,RL,RRに割り当てることによって、各車輪FL,FR,RL,RRに付与する制動力の要求値として、要求制動力BPRを車輪FL,FR,RL,RR毎に導出する。そして、要求制動力導出部16は、各車輪FL,FR,RL,RRの要求制動力BPRを基に、制動アクチュエータ83の作動を制御する。これによって、各車輪FL,FR,RL,RRには、要求制動力BPRに応じた制動力が付与される。つまり、要求制動力導出部16が、各車輪FL,FR,RL,RRに付与する制動力を個別に制御する制御部に相当する。
【0020】
なお、要求制動力導出部16は、後述する前後配分比導出部14が実行する前後比率調整処理、および、左右配分比導出部15が実行する左右比率調整処理の実行結果に基づいて、導出した要求車両制動力を、各車輪FL,FR,RL,RRの要求制動力BPRに割り当てる。詳しくは後述するが、前後比率調整処理および左右比率調整処理の実行を通じて各輪配分比Ra2が導出される。要求制動力導出部16は、各輪配分比Ra2を基に、各車輪FL,FR,RL,RRの要求制動力BPRを個別に導出する。
【0021】
車速取得部11には、車輪速度VWが入力される。車速取得部11は、車輪速度VWに基づいて車両90の車速VSを導出する。
スリップ量取得部12には、車輪速度VWおよび車速VSが入力される。スリップ量取得部12は、車速VSおよび車輪速度VWに基づいて車輪FL,FR,RL,RRのスリップ量を導出する。スリップ量取得部12は、車両90における後方車輪のスリップ量をスリップ量SLPとして取得する。すなわち、車両90が前進している場合には、スリップ量取得部12は、後輪RL,RRのスリップ量をスリップ量SLPとして取得する。一方、車両90が後退している場合には、スリップ量取得部12は、前輪FL,FRのスリップ量をスリップ量SLPとして取得する。
【0022】
路面勾配取得部13には、車速VSと前後加速度Gxとが入力される。路面勾配取得部13は、車速VSを微分した車体加速度と、前後加速度Gxとに基づいて、車両90が走行している路面の路面勾配θを導出する。路面勾配θは、降坂路における下り勾配が大きいほど大きい値として導出される。
【0023】
前後配分比導出部14には、スリップ量SLP、車速VS、路面勾配θおよびヨーレートYrが入力される。前後配分比導出部14は、スリップ量SLP、車速VS、路面勾配θおよびヨーレートYrに基づいて、車両90に付与する制動力を前輪FL,FRに付与する制動力と後輪RL,RRに付与する制動力とに割り当てる比率である前後配分比Ra1を導出する。前後配分比導出部14は、車両90が降坂路を走行しているとき、前後配分比Ra1における後方車輪に付与する制動力の比率を増大させる前後比率調整処理を実行する。
【0024】
前後配分比導出部14が実行する前後比率調整処理について説明する。
前後配分比導出部14は、前後配分比Ra1を導出するための導出部として、第1導出部14A、第2導出部14B、第3導出部14Cおよび第4導出部14Dを備えている。
【0025】
第1導出部14Aには、スリップ量SLPと前後配分比Ra1との関係が記憶されている。図2には、スリップ量SLPと前後配分比Ra1との関係の一例について、車両90が前進している場合のスリップ量SLPと前後配分比Ra1との関係を実線で示し、車両90が後退している場合のスリップ量SLPと前後配分比Ra1との関係を破線で示している。
【0026】
第1導出部14Aにおいて、実線で示すように、車両90が前進している場合には、基本比率に対して後輪制動力の比率が増大される。基本比率に対する後輪制動力の比率の増大量は、スリップ量SLPが小さいほど大きくされ、スリップ量SLPが大きいほど小さくされる。換言すれば、スリップ量SLPが大きいほど、前後配分比Ra1が基本比率に近くなる。なお、前後配分比Ra1の基本比率とは、前輪制動力の比率と後輪制動力の比率が前後配分比導出部14によって変更されない場合の前輪制動力と後輪制動力との比である。基本比率は、前後配分比導出部14に予め記憶されている。本実施形態では、前後配分比Ra1が基本比率であるときには、前輪制動力の方が後輪制動力よりも大きくなるように基本比率が設定されている。
【0027】
第1導出部14Aにおいて、破線で示すように、車両90が後退している場合、基本比率に対して前輪制動力の比率が増大される。基本比率に対する前輪制動力の比率の増大量は、スリップ量SLPが小さいほど大きくされ、スリップ量SLPが大きいほど小さくされる。換言すれば、スリップ量SLPが大きいほど、前後配分比Ra1が基本比率に近くなる。なお、車両90が後退している場合には、車両90が前進している場合に前後配分比Ra1が基本比率に達するスリップ量SLPよりも小さいスリップ量SLPのときに、前後配分比Ra1が基本比率に達する。
【0028】
以上のように、第1導出部14Aでは、前後配分比Ra1における後方車輪に付与する制動力の比率が増大されるが、当該比率の増大量は、スリップ量SLPが大きいほど小さくされる。
【0029】
第2導出部14Bには、車速VSと前後配分比Ra1との関係が記憶されている。図2には、車速VSと前後配分比Ra1との関係の一例について、車両90が前進している場合の車速VSと前後配分比Ra1との関係を実線で示し、車両90が後退している場合の車速VSと前後配分比Ra1との関係を破線で示している。第2導出部14Bでは、第1導出部14Aと同様に、前後配分比Ra1における後方車輪に付与する制動力の比率が増大される。第2導出部14Bでは、車速VSが大きいほど、当該比率の増大量が小さくされる。
【0030】
第3導出部14Cには、路面勾配θと前後配分比Ra1との関係が記憶されている。図2には、路面勾配θと前後配分比Ra1との関係の一例について、車両90が前進している場合の路面勾配θと前後配分比Ra1との関係を実線で示し、車両90が後退している場合の路面勾配θと前後配分比Ra1との関係を破線で示している。第3導出部14Cでは、第1導出部14Aと同様に、前後配分比Ra1における後方車輪に付与する制動力の比率が増大される。第3導出部14Cでは、路面勾配θが大きいほど、当該比率の増大量が小さくされる。
【0031】
第4導出部14Dには、ヨーレートYrの大きさと前後配分比Ra1との関係が記憶されている。図2には、ヨーレートYrの大きさと前後配分比Ra1との関係の一例について、車両90が前進している場合のヨーレートYrの大きさと前後配分比Ra1との関係を実線で示し、車両90が後退している場合のヨーレートYrと前後配分比Ra1との関係を破線で示している。第4導出部14Dでは、第1導出部14Aと同様に、前後配分比Ra1における後方車輪に付与する制動力の比率が増大される。第4導出部14Dでは、ヨーレートYrの大きさが大きいほど、当該比率の増大量が小さくされる。
【0032】
前後配分比導出部14は、前後比率調整処理では、第1導出部14A~第4導出部14Dによって導出された各配分比を用いて、最終的な前輪制動力の比率と後輪制動力の比率とを決定して前後配分比Ra1を出力する。たとえば、前後配分比導出部14は、第1導出部14A~第4導出部14Dによって導出された各配分比の平均値を、前後配分比Ra1として左右配分比導出部15に出力する。これによれば、スリップ量SLPが小さいときでも路面勾配θが大きいときには、基本比率に近い値が前後配分比Ra1として左右配分比導出部15に出力される場合がある。なお、前後配分比導出部14は、第1導出部14A~第4導出部14Dが導出する各配分比のそれぞれに重み付けを行って前後配分比Ra1を出力することもできる。
【0033】
左右配分比導出部15には、前後配分比導出部14が出力する前後配分比Ra1およびヨーレートYrが入力される。左右配分比導出部15は、車両90の制動力を各車輪FL,FR,RL,RRに付与する制動力に割り当てる比率として各輪配分比Ra2を導出する。
【0034】
まず、左右配分比導出部15は、ヨーレートYrに基づいて、車両90が旋回する際の外側の車輪に付与する制動力の比率と内側の車輪に付与する制動力の比率とを左右配分比として導出する。たとえば、車両90が前進しながら右に旋回する場合、左前輪FLおよび左後輪RLが外側の車輪である。以下では、外側の車輪のことを外輪といい、内側の車輪のことを内輪ということもある。外輪に付与する制動力を外輪制動力として、内輪に付与する制動力を内輪制動力とする。左右配分比導出部15は、ヨーレートYrの大きさが大きいほど、左右配分比における外輪制動力の比率を増大する左右比率調整処理を実行する。
【0035】
左右配分比導出部15には、ヨーレートYrの大きさと左右配分比との関係が記憶されている。図2には、ヨーレートYrの大きさと左右配分比との関係の一例を示している。左右配分比は、ヨーレートYrの大きさが大きいほど、基本比率に対して外輪比率が増大される。左右配分比は、ヨーレートYrの大きさが小さいほど、基本比率に近づく。ヨーレートYrの大きさが規定値よりも小さいときには、左右配分比は、基本比率とされる。左右配分比における基本比率とは、内輪制動力の比率と外輪制動力の比率とに差がない配分比である。
【0036】
左右配分比導出部15は、左右配分比を導出すると、左右配分比に基づいて前後配分比Ra1を外輪および内輪に割り当てることで、各輪配分比Ra2を導出する。左右配分比導出部15は、各輪配分比Ra2を要求制動力導出部16に出力する。
【0037】
たとえば、車両90が前進しているときに右旋回した場合を考える。この場合、左後輪RLおよび右後輪RRが後方車輪に相当し、左前輪FLおよび右前輪FRが前方車輪に相当する。また、左前輪FLおよび左後輪RLが外輪に相当し、右前輪FRおよび右後輪RRが内輪に相当する。
【0038】
前後配分比導出部14は、車輪FL,FR,RL,RRのロックを抑制するアンチロックブレーキ制御、いわゆるABS制御が実施されているときには、前後比率調整処理を実行しない。同様に、左右配分比導出部15は、ABS制御が実施されているときには、左右比率調整処理を実行しない。すなわち、ABS制御が実施されているときには、各車輪FL,FR,RL,RRに付与する制動力は、基本比率に基づいて配分される。また、車両90の積載量または路面μ値等に基づいて前輪制動力および後輪制動力の制動力配分を変更する制動力配分制御、いわゆるEBD制御が実施されているときには、各車輪FL,FR,RL,RRに付与する制動力は、EBD制御によって配分される。すなわち、EBD制御が実施されているときにも、前後比率調整処理および左右比率調整処理は、実行されない。
【0039】
本実施形態の作用および効果について説明する。
図3は、車両90が路面勾配θの降坂路を前進する場合の例を示している。この場合には、前輪FL,FRが前方車輪であり、後輪RL,RRが後方車輪である。図3には、前方車輪のうち左前輪FLと、後方車輪のうち左後輪RLと、を図示している。
【0040】
図4は、車両90が路面勾配θの降坂路を後退する場合の例を示している。この場合には、後輪RL,RRが前方車輪であり、前輪FL,FRが後方車輪である。図4には、前方車輪のうち右後輪RRと、後方車輪のうち右前輪FRと、を図示している。
【0041】
図3および図4には、車両90が進む方向を示す矢印を進行方向DIとして付している。また、図3および図4では、車両90の車体99における前輪FL,FR側をフロント99Fとして、車体99における後輪RL,RR側をリア99Rとしている。
【0042】
図3に示す例のように車両90が降坂路を前進しているときには、制動制御装置10によれば、前後配分比導出部14が実行する前後比率調整処理によって、後輪制動力の比率が高くなるように前後配分比Ra1が導出される。こうした前後配分比Ra1に基づいて各車輪FL,FR,RL,RRの制動力を個別に制御することによって、後輪制動力が増大される一方で前輪制動力が減少される。後輪制動力が増大されると、後輪サスペンションによって、車体99の後輪側であるリア99Rの浮き上がりを抑制する力が大きくなる。この結果、車両90が降坂路を前進している際における車両制動時に、車両90の前傾姿勢の度合いが大きくなりすぎることを抑制できる。ここでいう前傾姿勢とは、車両90の進行方向における前方側が沈み込んだ車両90の姿勢である。
【0043】
図4に示す例のように車両90が降坂路を後退しているときには、制動制御装置10によれば、前後配分比導出部14が実行する前後比率調整処理によって、前輪制動力の比率が高くなるように前後配分比Ra1が導出される。こうした前後配分比Ra1に基づいて各車輪FL,FR,RL,RRの制動力を個別に制御することによって、前輪制動力が増大される一方で後輪制動力が減少される。後輪制動力が減少されると、後輪サスペンションによって、車体99の後輪側であるリア99Rの浮き上がりを抑制する力が小さくなる。この結果、車両90の進行方向DIにおける前方側の沈み込みが軽減される。すなわち、車両90が降坂路を後退している際における車両制動時に、車両90の前傾姿勢の度合いが大きくなりすぎることを抑制できる。
【0044】
ここで、図3に示す例のように車両90が降坂路を前進しているときには、荷重が前輪FL,FR側に移動する。このため、車両90が水平路を走行する場合と比較して、後輪RL,RRから路面に対して垂直方向に入力される荷重である後輪RL,RRの接地荷重が小さくなっていることがある。一方、図4に示す例のように車両90が降坂路を後退しているときには、荷重が後輪RL,RR側に移動する。このため、車両90が水平路を走行する場合と比較して、前輪FL,FRの接地荷重が小さくなっていることがある。
【0045】
この点、制動制御装置10では、車両90が降坂路を走行しているときには、前後配分比Ra1の導出において、後方車輪のスリップ量であるスリップ量SLPが大きいほど後方車輪に付与する制動力の比率の増大量が小さくされる。これによって、車両90が降坂路を走行しているときに後方車輪のスリップ量SLPの増大を抑制できる。この結果、車両90が降坂路を走行しているときに、車両挙動の安定性を確保するための制動制御が実行される機会が増えることを抑制できる。
【0046】
また、制動力の付与によって車両90が減速するとき、車速VSが大きいほど車輪FL,FR,RL,RRがスリップしやすい。制動制御装置10では、車両90が降坂路を走行しているときには、前後配分比Ra1の導出において、車速VSが大きいほど後方車輪に付与する制動力の比率の増大量が小さくされる。後方車輪がスリップする虞がある場合に前後配分比Ra1が基本比率に近くされることによって、車両90が降坂路を走行しているときに後方車輪のスリップ量SLPの増大を抑制できる。
【0047】
さらに、車両90が降坂路を走行しているときには、路面勾配θが大きいほど、荷重が前方車輪側に移動する。このため、路面勾配θが大きいほど、後方車輪の接地荷重が小さくなる。すなわち、路面勾配θが大きいほど、後輪制動力が増大された場合に後方車輪がスリップしやすい。制動制御装置10では、車両90が降坂路を走行しているときには、前後配分比Ra1の導出において、路面勾配θが大きいほど後方車輪に付与する制動力の比率の増大量が小さくされる。後方車輪がスリップする虞がある場合に前後配分比Ra1が基本比率に近くされることによって、車両90が降坂路を走行しているときに後方車輪のスリップ量SLPの増大を抑制できる。
【0048】
なお、車両90が旋回しているときには、ヨーレートYrの大きさが大きいほど、荷重が外輪側に移動しやすくなる。これに伴って、内輪の接地荷重が小さくなる。このため、車両90が旋回しつつ降坂路を走行しているときには、後方車輪における内側の車輪では、特に接地荷重が小さくなる。すなわち、車両90が降坂路を走行している状況下で車両90が旋回している場合、内外の後方車輪のうち、内側の後方車輪がスリップしやすい。制動制御装置10では、前後配分比Ra1の導出において、ヨーレートYrの大きさが大きいほど後方車輪に付与する制動力の比率の増大量が小さくされる。これによって、内外の後方車輪のうち、内側の後方車輪がスリップする虞がある場合に前後配分比Ra1が基本比率に近くされることによって、車両90が降坂路を走行しているときに後方車輪のスリップ量SLP、特に内側の後方車輪のスリップ量SLPの増大を抑制できる。
【0049】
すなわち、制動制御装置10によれば、降坂路における車両制動時に、後方車輪のスリップ量SLPの増大を抑制しつつ、車両90の前傾姿勢の度合いを軽減させることができる。
【0050】
車両90が旋回しつつ降坂路を走行しているとき、上記のように後方車輪における内側の車輪では、特に接地荷重が小さくなる。このとき、内外の後方車輪のうち、内側の後方車輪に付与する制動力が増大されると、内側の後方車輪のスリップ量が大きくなりやすい。制動制御装置10によれば、ヨーレートYrの大きさが大きいほど外輪制動力の比率が増大される。これによって、内輪に付与する制動力の増大が抑制される。この結果、降坂路の走行中に車両90が旋回する場合に、内輪のスリップ量の増大を抑制できる。
【0051】
本実施形態は、以下のように変更して実施することができる。本実施形態及び以下の変更例は、技術的に矛盾しない範囲で互いに組み合わせて実施することができる。
・上記実施形態では、前後配分比導出部14における第1導出部14Aは、スリップ量SLPが大きいほど、後方車輪に付与する制動力の比率の増大量を小さくし、前後配分比Ra1を基本比率に近づけるようにしている。前後比率調整処理としては、前後配分比Ra1が基本比率とされるスリップ量SLPよりも、スリップ量SLPがさらに大きい場合には、前方車輪に付与する制動力の比率を増大させることもできる。前方車輪に付与する制動力の比率が増大されると、前方車輪に付与する制動力が増大される一方で後方車輪に付与する制動力が減少される。すなわち、上記実施形態と同様に、後方車輪のスリップ量SLPの増大を抑制することができる。
【0052】
第2導出部14B、第3導出部14Cおよび第4導出部14Dについても同様に、後方車輪がスリップしやすい場合に、前方車輪に付与する制動力の比率を基本比率から増大させてもよい。
【0053】
・上記実施形態では、左右配分比導出部15によって導出される左右配分比を用いて各輪配分比Ra2を導出している。これによって、各車輪FL,FR,RL,RRに付与する制動力を個別に変更している。各輪配分比Ra2の導出は、必須の要件ではない。すなわち、前後配分比Ra1に基づいて、前輪制動力の比率と後輪制動力の比率とを変更するだけでもよい。こうした構成であっても、上記実施形態と同様に、車両90が降坂路を走行しているときに前傾姿勢の度合いを軽減でき、後方車輪のスリップ量の増大を抑制することができる。
【0054】
・上記実施形態では、車両90が旋回している場合に、ヨーレートYrに基づいて前後配分比Ra1および各輪配分比Ra2が導出される。車両90が旋回している場合に、ヨーレートYrに替えて車両90の横加速度を用いてもよい。車両90の横加速度によっても、ヨーレートYrと同様に車両90が旋回する場合の荷重移動を推定することができる。
【0055】
また同様に、ヨーレートYrに替えて、車両90の転舵輪の角度である転舵角を用いることもできる。また同様に、ヨーレートYrに替えて、運転者によって操作されるステアリングホイールの操舵角を用いることもできる。
【0056】
・上記実施形態では、前後配分比導出部14は、第1導出部14A~第4導出部14Dによって前後配分比Ra1を導出している。前後配分比導出部14は、第1導出部14Aが導出する前後配分比のみによって前後配分比Ra1を決定してもよい。また、前後配分比導出部14は、第2導出部14B~第4導出部14Dのうち一つ以上の導出部と、第1導出部14Aとによって前後配分比Ra1を決定してもよい。すなわち、前後配分比Ra1としては、スリップ量SLPに基づいて導出されるものであればよい。
【0057】
・上記実施形態では、車両90が降坂路を前進している場合、および、車両90が降坂路を後退している場合において、各輪配分比Ra2を導出することによって、各車輪FL,FR,RL,RRに付与する制動力を制御している。各輪配分比Ra2による制動力の制御は、車両90が降坂路を前進している場合にのみ行ってもよいし、車両90が降坂路を後退している場合にのみ行ってもよい。
【0058】
・上記実施形態では、制動装置80としてブレーキ液を用いて車輪に摩擦制動力を付与する制動装置を例示している。制動制御装置10が適用される車両が備える制動装置としては、前輪制動力と後輪制動力とを個別に制御することができればよい。たとえば、モータの駆動によって車輪に摩擦制動力を付与することのできる電動制動装置でもよい。
【符号の説明】
【0059】
10…制動制御装置、11…車速取得部、12…スリップ量取得部、13…路面勾配取得部、14…前後配分比導出部、15…左右配分比導出部、16…要求制動力導出部、61…制動操作部材、80…制動装置、81…液圧発生装置、82…マスタシリンダ、83…制動アクチュエータ、84…制動機構、85…ホイールシリンダ、86…摩擦材、87…回転体、90…車両、91…車輪速センサ、92…ヨーレートセンサ、93…前後加速度センサ、94…ストロークセンサ、99…車体。
図1
図2
図3
図4