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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-11
(45)【発行日】2023-12-19
(54)【発明の名称】ドリル
(51)【国際特許分類】
   B23B 51/00 20060101AFI20231212BHJP
【FI】
B23B51/00 K
B23B51/00 L
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2019181413
(22)【出願日】2019-10-01
(65)【公開番号】P2021053782
(43)【公開日】2021-04-08
【審査請求日】2022-09-30
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100142424
【弁理士】
【氏名又は名称】細川 文広
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】四方 惟武希
(72)【発明者】
【氏名】村田 和久
【審査官】山本 忠博
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-034080(JP,A)
【文献】特開2012-011481(JP,A)
【文献】国際公開第2016/152213(WO,A1)
【文献】特開2007-015073(JP,A)
【文献】特開2006-205272(JP,A)
【文献】特開2004-141970(JP,A)
【文献】実開昭60-017912(JP,U)
【文献】中国特許出願公開第102389991(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 51/00-51/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸線回りにドリル回転方向に回転させられるドリル本体の先端側の切刃部の外周に、このドリル本体の先端逃げ面に開口して後端側に延びる2つの切屑排出溝が周方向に間隔をあけて形成され、
これらの切屑排出溝の上記ドリル回転方向を向く壁面と上記先端逃げ面との交差稜線部に、先端角が178°~182°の範囲内の切刃が形成されたドリルであって、
上記2つの切屑排出溝の間の上記切刃部の外周面には、上記切刃の外周端に連なって上記ドリル本体の外周側に突出する第1マージン部と、この第1マージン部から上記ドリル回転方向とは反対側に間隔をあけて上記ドリル本体の外周側に突出する第2マージン部とが形成されており、
上記軸線方向先端側から見て、上記第1マージン部の上記ドリル回転方向を向く第1マージン前壁面と上記第1マージン部の外周側を向いて上記軸線を中心とした円弧状をなす第1マージン外周面との交点、または上記第1マージン前壁面の外周側への延長面と上記第1マージン外周面の上記ドリル回転方向への延長面との交点と上記軸線とを通る第1マージン直線と、
上記第2マージン部の上記ドリル回転方向を向く第2マージン前壁面と上記第2マージン部の外周側を向いて上記第1マージン外周面と等しい半径の上記軸線を中心とした円弧状をなす第2マージン外周面との交点、または上記第2マージン前壁面の外周側への延長面と上記第2マージン外周面の上記ドリル回転方向への延長面との交点と上記軸線とを通る第2マージン直線との交差角が30°~60°の範囲内とされていることを特徴とするドリル。
【請求項2】
上記軸線に直交する断面において、上記第1マージン外周面がなす円弧の弦に沿った幅である第1マージン幅W1に対して、上記第2マージン外周面がなす円弧の弦に沿った幅である第2マージン幅W2が、0.2×W1~0.6×W1の範囲内とされていることを特徴とする請求項1に記載のドリル。
【請求項3】
上記切刃の直径Dに対して、上記切屑排出溝の上記軸線方向の長さLが1×D~3×Dの範囲内とされていることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のドリル。
【請求項4】
上記軸線に直交する断面において、上記第1マージン前壁面と上記第1マージン外周面との交差稜線部は凸曲線状に面取りされた第1マージン前面取り部とされるとともに、上記第2マージン前壁面と上記第2マージン外周面との交差稜線部は凸曲線状に面取りされた第2マージン前面取り部とされていることを特徴とする請求項1から請求項3のうちいずれか一項に記載のドリル。
【請求項5】
上記軸線に直交する断面において、上記第1マージン前面取り部の曲率半径が上記第2マージン前面取り部の曲率半径よりも大きいことを特徴とする請求項4に記載のドリル。
【請求項6】
上記軸線に直交する断面において、上記第1マージン前面取り部の曲率半径と上記第2マージン前面取り部の曲率半径とが10μm~50μmの範囲内とされていることを特徴とする請求項4または請求項5に記載のドリル。
【請求項7】
上記軸線に直交する断面において、上記第1マージン部の上記ドリル回転方向とは反対側を向く第1マージン後壁面と上記第1マージン外周面との交差稜線部は凸曲線状に面取りされた第1マージン後面取り部とされるとともに、上記第2マージン部の上記ドリル回転方向とは反対側を向く第2マージン後壁面と上記第2マージン外周面との交差稜線部は凸曲線状に面取りされた第2マージン後面取り部とされていることを特徴とする請求項4から請求項6のうちいずれか一項に記載のドリル。
【請求項8】
上記軸線に直交する断面において、上記第2マージン前面取り部の曲率半径が上記第2マージン後面取り部の曲率半径よりも大きいことを特徴とする請求項7に記載のドリル。
【請求項9】
上記軸線に直交する断面において、上記第1マージン前面取り部の曲率半径が上記第1マージン後面取り部の曲率半径よりも大きいことを特徴とする請求項7または請求項8に記載のドリル。
【請求項10】
上記軸線に直交する断面において、上記第1マージン後面取り部の曲率半径よりも上記第2マージン後面取り部の曲率半径が小さいことを特徴とする請求項7から請求項9のうちいずれか一項に記載のドリル。
【請求項11】
上記軸線に直交する断面において、上記第1マージン後面取り部の曲率半径と上記第2マージン後面取り部の曲率半径とが10μm~50μmの範囲内とされていることを特徴とする請求項7から請求項10のうちいずれか一項に記載のドリル。
【請求項12】
上記切刃部の外周面には、上記第1マージン部と上記第2マージン部との間に、上記軸線に直交する断面において上記ドリル本体の内周側に凹む凹曲線状をなす凹部が形成されていることを特徴とする請求項1から請求項11のうちいずれか一項に記載のドリル。
【請求項13】
上記切刃部の外周面には、複数の上記凹部が周方向に並んで形成されていることを特徴とする請求項12に記載のドリル。
【請求項14】
上記軸線に直交する断面において、複数の上記凹部の間に形成される凸部の突端から、この凸部の周方向に隣接する凹部の底までの上記軸線に対する半径方向の深さが、10μm以上とされていることを特徴とする請求項13に記載のドリル。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特に被削材の傾斜面や曲面に座繰り穴加工を施すのに用いられるドリルに関するものである。
【背景技術】
【0002】
このようなドリルとして、例えば特許文献1には、先端角が180°~181°のドリルであって、このドリルは曲線状の切刃を有しており、この切刃から外周コーナへ向けて延びる直線とチゼルエッジから外周コーナへ延びる直線とのなす角度が18°~22°であり、ランドには2つのマージンが設けられたものが記載されている。なお、この特許文献1に記載されたドリルは、2枚刃のドリルである。
【0003】
また、この特許文献1には、溝長がドリルの直径の2倍以上5倍以下であり、シャンクの長さがドリルの直径の5倍以上20倍以下とすることも記載されている。このようなドリルでは、切刃の強度を保ちつつ、傾斜面や曲面を有する被削材の座繰り穴加工においてもドリルの振れを抑制することができると特許文献1には記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2014-034080号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、この特許文献1に記載されたドリルでは、特許文献1の図1および図2に示されるように軸線方向先端側から見て、ランドに設けられた2つのマージンのうち、ドリル回転方向に位置する第1マージン部のドリル回転方向を向く壁面と第1マージン部の外周面との交点と軸線とを通る第1直線と、第1マージンのドリル回転方向とは反対側の第2マージン部のドリル回転方向を向く壁面と第2マージン部の外周面との交点と軸線とを通る第2直線との交差角が64°程度と大きく、第1マージンと第2マージンとがドリル本体の周方向に大きな間隔をあけることになる。
【0006】
従って、そのような特許文献1に記載されたドリルでは、切刃の食い付き時に第1マージンが被削材の加工穴の内周面に摺接してから第2マージンが摺接するまでの時間が長くなり、特に被削材の傾斜面や曲面に座繰り穴加工を施す場合には、ドリル本体先端部の切刃部が不安定となる状態が長くなる。このため、切刃の先端角が180°~181°であることとも相俟って切刃部が振れ回り易くなり、加工穴の穴拡大量が増大して加工穴精度が損なわれたり、加工穴の中心位置がずれて穴位置精度が低下したり、加工穴の内周面の面粗さが劣化したりするおそれがある。
【0007】
本発明は、このような背景の下になされたもので、切刃の先端角は180°に近い座繰り穴加工用のドリルであっても、切刃の食い付き時にドリル本体先端部の切刃部が不安定となって振れ回りが生じるのを抑制することが可能なドリルを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決して、このような目的を達成するために、本発明は、軸線回りにドリル回転方向に回転させられるドリル本体の先端側の切刃部の外周に、このドリル本体の先端逃げ面に開口して後端側に延びる2つの切屑排出溝が周方向に間隔をあけて形成され、これらの切屑排出溝の上記ドリル回転方向を向く壁面と上記先端逃げ面との交差稜線部に、先端角が178°~182°の範囲内の切刃が形成されたドリルであって、上記2つの切屑排出溝の間の上記切刃部の外周面には、上記切刃の外周端に連なって上記ドリル本体の外周側に突出する第1マージン部と、この第1マージン部から上記ドリル回転方向とは反対側に間隔をあけて上記ドリル本体の外周側に突出する第2マージン部とが形成されており、上記軸線方向先端側から見て、上記第1マージン部の上記ドリル回転方向を向く第1マージン前壁面と上記第1マージン部の外周側を向いて上記軸線を中心とした円弧状をなす第1マージン外周面との交点、または上記第1マージン前壁面の外周側への延長面と上記第1マージン外周面の上記ドリル回転方向への延長面との交点と上記軸線とを通る第1マージン直線と、上記第2マージン部の上記ドリル回転方向を向く第2マージン前壁面と上記第2マージン部の外周側を向いて上記第1マージン外周面と等しい半径の上記軸線を中心とした円弧状をなす第2マージン外周面との交点、または上記第2マージン前壁面の外周側への延長面と上記第2マージン外周面の上記ドリル回転方向への延長面との交点と上記軸線とを通る第2マージン直線との交差角が30°~60°の範囲内とされていることを特徴とする。
【0009】
このように構成されたドリルにおいては、軸線方向先端側から見て、上記第1マージン直線と上記第2マージン直線との交差角が30°~60°の範囲内とされていて、第1、第2マージン部の周方向の間隔が小さくされており、ドリル本体の回転によって第1マージン部が加工穴の内周面に摺接してから第2マージン部が摺接するまでの時間を短くすることができる。
【0010】
このため、切刃の先端角が178°~182°の範囲内で軸線に垂直な一直線状に近くて、被削材の傾斜面や曲面に座繰り穴加工を施すときでも、切刃の食い付き時に切刃部が不安定となる状態を短くして切刃部に振れ回りが生じるのを抑制することができ、加工穴精度や穴位置精度が低下したり、加工穴の内周面の面粗さが劣化したりするのを防ぐことができる。
【0011】
ここで、上記第1、第2マージン直線の交差角が60°を上回ると、第1マージン部が加工穴の内周面に摺接してから第2マージン部が摺接するまでの時間を短くすることができなくなって切刃部の振れ回りを十分に抑えることができなくなるおそれがある。その一方で、逆に第1、第2マージン直線の交差角が30°を下回ると、第1、第2マージン部が近づきすぎて切刃部を周方向に2点で摺接して支持するような状態となり、やはり切刃の食い付き時に切刃部に振れ回りが発生し易くなるおそれがある。
【0012】
なお、後述するように第1、第2マージン前壁面と第1、第2マージン外周面との交差稜線部に第1、第2マージン前面取り部が形成されている場合には、上記交点は上述のように第1、第2マージン前壁面の外周側への延長面と第1、第2マージン外周面のドリル回転方向への延長面の交点となり、第1、第2マージン前壁面と第1、第2マージン外周面とが角度をもって交差している場合には、上記交点はこれら第1、第2マージン前壁面と第1、第2マージン外周面との交点そのものとなる。
【0013】
また、上記軸線に直交する断面において、第1マージン外周面がなす円弧の弦に沿った幅である第1マージン幅W1に対して、第2マージン外周面がなす円弧の弦に沿った幅である第2マージン幅W2が大きすぎると、これら第1、第2マージン外周面が加工穴の内周面に摺接することによる抵抗が大きくなって、切刃部に振れ回りが生じ易くなるとともに、ドリル本体を回転させるための駆動力が増大したり、高い摩擦熱が発生したりするおそれがある。
【0014】
その一方で、第1マージン幅W1に対して第2マージン幅W2が小さすぎると、第2マージン部の加工穴内周面との摺接によって切刃部を確実に支持することができなくなり、振れ回りを抑えることができなくなるおそれがある。このため、上記軸線に直交する断面において、上記第1マージン幅W1に対して、上記第2マージン幅W2は、0.2×W1~0.6×W1の範囲内とされていることが望ましい。
【0015】
なお、この場合も、上述したように第1、第2マージン前壁面と第1、第2マージン外周面との交差稜線部に第1、第2マージン前面取り部が形成されていたり、後述するように第1、第2マージン後壁面と第1、第2マージン外周面との交差稜線部に第1、第2マージン後面取り部が形成されている場合には、第1、第2マージン幅W1、W2は、これら第1、第2マージン前面取り部や第1、第2マージン後面取り部を除いた軸線に直交する断面において、第1、第2マージン外周面が軸線を中心とする円弧状をなす部分の弦に沿った幅となる。また、第1、第2マージン前壁面や第1、第2マージン後壁面と第1、第2マージン外周面とが角度をもって交差している場合は、第1、第2マージン幅W1、W2は第1、第2マージン外周面全体の円弧の弦に沿った幅となる。
【0016】
さらに、このような切刃部の振れ回りは、上記切刃の直径Dに対して、切屑排出溝の軸線方向の長さLが長い場合、すなわち切刃部の長さが長い場合に発生し易いが、この切刃部の長さが短すぎると、この切刃部の長さ以上の深い穴深さの座繰り穴加工を施すことができなくなって汎用性が損なわれる。このため、上記切刃の直径Dに対して、上記切屑排出溝の上記軸線方向の長さLが1×D~3×Dの範囲内とされていることが望ましい。
【0017】
一方、上記軸線に直交する断面において、第1マージン前壁面と第1マージン外周面との交差稜線部と、第2マージン前壁面と第2マージン外周面との交差稜線部とは、これら第1、第2マージン部がドリル本体の回転によって加工穴の内周面に摺接し始める部分となる。ところが、例えば特許文献1に記載されたドリルのように、これらの交差稜線部において第1、第2マージン前壁面と第1、第2マージン外周面とが角度をもって交差していると、切刃部に振れ回りが生じたときに角張った交差稜線部が加工穴の内周面に食い込んでしまって面粗さを劣化させたり、角張った交差稜線部に欠け等が生じたりするおそれがある。
【0018】
このため、上述のように、上記軸線に直交する断面において、上記第1マージン前壁面と上記第1マージン外周面との交差稜線部は凸曲線状に面取りされた第1マージン前面取り部とされるとともに、上記第2マージン前壁面と上記第2マージン外周面との交差稜線部は凸曲線状に面取りされた第2マージン前面取り部とされるようにして、これらの交差稜線部においては、第1、第2マージン部のドリル回転方向を向く第1、第2マージン前壁面と第1、第2マージン外周面とが角度をもって交差することがないようにするのが望ましい。
【0019】
また、これら第1、第2マージン前面取り部のうち、ドリル本体の回転に伴って先に被削材の加工穴に摺接するのは、第1マージン前面取り部であるので、上記軸線に直交する断面において、上記第1マージン前面取り部の曲率半径を上記第2マージン前面取り部の曲率半径よりも大きくすることにより、この第1マージン前面取り部が加工穴の内周面に食い込むのを確実に防止することができる。
【0020】
なお、上記軸線に直交する断面において、上記第1マージン前面取り部の曲率半径と上記第2マージン前面取り部の曲率半径とは10μm~50μmの範囲内とされていることが望ましい。これら第1、第2マージン前面取り部の曲率半径がこの範囲よりも小さいと、第1、第2マージン前壁面と第1、第2マージン外周面との交差稜線部が鋭利となって食い込みや欠けを防止することができなくなるおそれがあり、逆にこの範囲よりも大きいと、加工穴の内周面に摺接する第1、第2マージン外周面の上記第1、第2マージン幅W1、W2が小さくなって、切刃部を確実に支持することができなくなるおそれが生じる。
【0021】
一方、上記軸線に直交する断面において、上述したように上記第1マージン部の上記ドリル回転方向とは反対側を向く第1マージン後壁面と上記第1マージン外周面との交差稜線部は凸曲線状に面取りされた第1マージン後面取り部とされるとともに、上記第2マージン部の上記ドリル回転方向とは反対側を向く第2マージン後壁面と上記第2マージン外周面との交差稜線部は凸曲線状に面取りされた第2マージン後面取り部とされていてもよい。これによっても、これら第1、第2マージン後壁面と第1、第2マージン外周面との交差稜線部が加工穴の内周面に食い込んだり、これらの交差稜線部に欠け等が生じたりするのを防ぐことができる。
【0022】
なお、この場合には、これら第1、第2マージン後面取り部よりも、上記第1、第2マージン前面取り部は、加工穴の内周面に食い込んだり欠け等が発生したりするおそれが高いので、上記軸線に直交する断面において、上記第1マージン前面取り部の曲率半径は上記第1マージン後面取り部の曲率半径よりも大きいことが望ましく、上記第2マージン前面取り部の曲率半径は上記第2マージン後面取り部の曲率半径よりも大きいことが望ましい。
【0023】
また、特に上述のように第2マージン幅W2を第1マージン幅W1よりも小さくした場合には、加工穴の内周面に摺接する第2マージン外周面の周方向の幅を確保するために、同じく上記軸線に直交する断面において、上記第1マージン後面取り部の曲率半径よりも上記第2マージン後面取り部の曲率半径が小さいことが望ましい。なお、上記と同様の理由により、上記軸線に直交する断面において、上記第1マージン後面取り部の曲率半径と上記第2マージン後面取り部の曲率半径とが10μm~50μmの範囲内とされていることが望ましい。
【0024】
さらに、例えば特許文献1に記載されたドリルでは、2つのマージンの間の切刃部の外周逃げ面は、軸線に直交する断面において2つのマージンの外周面よりも凹んだ凸曲線状をなすように形成されているが、上記切刃部の外周面には、上記第1マージンと上記第2マージンとの間に、上記軸線に直交する断面において上記ドリル本体の内周側に凹む凹曲線状をなす凹部が形成されていることが望ましい。
【0025】
これにより、切削油剤を供給しつつ座繰り穴加工を行う湿式切削の場合に、この凹部と加工穴の内周面との間でドリル本体の回転に伴い切削油剤の対流を発生させることができるので、第1、第2マージン部や加工穴内周面の効率的な冷却、潤滑を図ることができ、第1、第2マージン部に溶着が発生するのを抑制することができる。
【0026】
また、この場合には、上記切刃部の外周面に、複数の上記凹部が周方向に並んで形成されていてもよく、個々の凹部と加工穴の内周面との間で切削油剤の対流を発生させることができて、一層効率的な第1、第2マージン部や加工穴の内周面の冷却、潤滑を図ることができる。
【0027】
なお、こうして切刃部の外周面に複数の凹部を周方向に並んで形成した場合、隣接する凹部の間には凹部の断面がなす凹曲線が交差する凸部が形成されることになるが、上記軸線に直交する断面において、複数の上記凹部の間に形成される凸部の突端から、この凸部の周方向に隣接する凹部の底までの上記軸線に対する半径方向の深さは、10μm以上とされていることが望ましい。この凸部の突端から凹部の底までの深さが10μmを下回ると、凹部が凸部に対して浅くなりすぎて切削油剤を確実に対流させることが困難となるおそれがある。
【発明の効果】
【0028】
以上説明したように、本発明によれば、切刃の先端角が178°~182°の範囲内であって、被削材の傾斜面や曲面に座繰り穴加工を施すときでも、切刃の食い付き時に切刃部が不安定な状態となる時間を短くして切刃部に振れ回りが発生するのを抑えることができ、加工穴精度や穴位置精度の低下や、加工穴の内周面の面粗さの劣化を防止することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1】本発明の一実施形態を示す斜視図である。
図2図1に示す実施形態の拡大正面図である。
図3図1に示す実施形態の先端部の側面図である。
図4図1に示す実施形態の第1マージン部を示す軸線に直交する拡大断面図である。
図5図1に示す実施形態の第2マージン部を示す軸線に直交する拡大断面図である。
図6図1に示す実施形態の切刃部におけるランド部の外周面を示す軸線に直交する拡大断面図である。
図7】本発明の実施例における穴位置精度の測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
図1図6は、本発明のドリルの一実施形態を示すものである。本実施形態において、ドリル本体1は、超硬合金等の硬質材料により軸線Oを中心とした概略円柱状に形成されており、その後端部(図1において右上側部分。図3においては上側部分)は円柱状のままのシャンク部2とされるとともに、先端部(図1において左下側部分。図3においては下側部分)は切刃部3とされる。
【0031】
このようなドリルは、シャンク部2が工作機械の主軸に把持されてドリル本体1が軸線O回りにドリル回転方向Tに回転されつつ軸線O方向先端側に送り出されることにより、切刃部3に形成された切刃4によって被削材の軸線Oに対して傾斜した傾斜面や曲面に座繰り穴加工を施す。
【0032】
切刃部3の外周には、ドリル本体1の先端逃げ面5に開口して後端側に向かうに従いドリル回転方向Tとは反対側に延びるように螺旋状に捩れる2つの切屑排出溝6が周方向に間隔(等間隔)をあけて形成されており、これらの切屑排出溝6のドリル回転方向Tを向く壁面と上記先端逃げ面5との交差稜線部に上記切刃4がそれぞれ形成されている。すなわち、本実施形態のドリルは2枚刃のツイストドリルである。なお、ドリル本体1は、軸線Oに関して180°回転対称形状に形成されている。
【0033】
これらの切刃4は、先端角αが178°~182°の範囲内とされており、特に本実施形態では180°とされていて、被削材に形成される座繰り穴の底面は軸線Oに垂直な平面状とされる。なお、これらの切刃4は、軸線O方向先端側から見て図2に示すように、軸線O周辺の中心部と外周部の短い部分が略一直線状に形成されるとともに、これら中心部と外周部との間の長い部分はドリル回転方向Tとは反対側に僅かに凹む凹曲線状に形成されている。また、切屑排出溝6の先端内周部にはシンニングが施されており、切刃4の内周部にはシンニング刃4aが形成されている。
【0034】
さらに、切刃部3の外周面には、上記2つの切屑排出溝6の間のランド部7に、切刃4の外周端に連なってドリル本体1の外周側に突出する第1マージン部8と、この第1マージン部8からドリル回転方向Tとは反対側に間隔をあけてドリル本体1の外周側に突出する第2マージン部9とが形成されている。
【0035】
これら第1、第2マージン部8、9は、軸線O方向先端側から見て略台形状に形成されている。このうち、第1マージン部8は、ドリル回転方向Tを向く第1マージン前壁面8aが、切刃4の外周部がなす直線に沿った直線状とされるとともに、ドリル回転方向Tとは反対側を向く第1マージン後壁面8bはドリル本体1の内周側に向かうに従いドリル回転方向Tとは反対側に向けて延びるように傾斜している。
【0036】
また、第2マージン部9は軸線O方向先端側から見て略等脚台形状に形成されており、ドリル回転方向Tを向く第2マージン前壁面9aがドリル本体1の内周側に向かうに従いドリル回転方向Tに向けて延びるように傾斜するとともに、ドリル回転方向Tとは反対側を向く第2マージン後壁面9bはドリル本体1の内周側に向かうに従いドリル回転方向Tとは反対側に向けて延びるように傾斜している。
【0037】
ただし、本実施形態では、これら第1マージン前壁面8aと、第1マージン部8のドリル本体1外周側を向く第1マージン外周面8cとの交差稜線部は、軸線Oに直交する断面においてこれら第1マージン前壁面8aと第1マージン外周面8cとに接する第1マージン外周面8cよりも曲率半径の小さな凸曲線状に面取りされた第1マージン前面取り部8dとされている。
【0038】
同様に、第2マージン前壁面9aと、第2マージン部9のドリル本体1外周側を向く第2マージン外周面9cとの交差稜線部は、軸線Oに直交する断面において第2マージン前壁面9aと第2マージン外周面9cに接する第2マージン外周面9cよりも曲率半径の小さな凸曲線状に面取りされた第2マージン前面取り部9dとされている。
【0039】
なお、これら第1、第2マージン外周面8c、9cは、切刃4の直径Dすなわち切刃4の外周端が軸線O回りになす円の直径と等しい直径を有する軸線Oを中心とした1つの円筒面上に位置するように形成されており、軸線O方向先端側から見て軸線Oを中心とする互いに等しい半径の円弧状に形成されている。
【0040】
ここで、軸線O方向に直交する断面において、第1マージン外周面8cがなす円弧の弦に沿った幅である第1マージン幅W1に対して、第2マージン外周面9cがなす円弧の弦に沿った幅である第2マージン幅W2は、0.2×W1~0.6×W1の範囲内とされている。また、切屑排出溝6は切刃部3の後端側で外周側に切れ上がっており、この切屑排出溝6が切れ上がった部分までの切刃4からの軸線O方向の長さLは、上記切刃の直径Dに対して1×D~3×Dの範囲内とされている。
【0041】
さらに、本実施形態では、軸線Oに直交する断面において、上記第1、第2マージン前面取り部8d、9dは凸円弧状に形成されており、ただしその曲率半径(半径)は、第1マージン前面取り部8dの曲率半径R8dが第2マージン前面取り部9dの曲率半径R9dよりも大きくされている。なお、軸線Oに直交する断面において、これら第1マージン前面取り部8dの曲率半径R8dと第2マージン前面取り部9dの曲率半径R9dとは10μm~50μmの範囲内とされている。
【0042】
また、本実施形態では、軸線Oに直交する断面において、第1マージン部8のドリル回転方向Tとは反対側を向く上記第1マージン後壁面8bと外周側を向く第1マージン外周面8cとの交差稜線部も、これら第1マージン後壁面8bと第1マージン外周面8cとに接する凸曲線状に面取りされた第1マージン後面取り部8eとされている。
【0043】
同様に、軸線Oに直交する断面において、第2マージン部9のドリル回転方向Tとは反対側を向く上記第2マージン後壁面9bと外周側を向く第2マージン外周面9cとの交差稜線部も、これら第2マージン後壁面9bと第2マージン外周面9cとに接する凸曲線状に面取りされた第2マージン後面取り部9eとされている。
【0044】
さらに、軸線Oに直交する断面において、これら第1、第2マージン後面取り部8e、9eも凸円弧状に形成されており、ただし第1マージン後面取り部8eの曲率半径(半径)R8eよりも第1マージン前面取り部8dの曲率半径R8dが大きくされるとともに、第2マージン後面取り部9eの曲率半径(半径)R9eよりも第2マージン前面取り部9dの曲率半径R9dが大きくされている。
【0045】
さらにまた、軸線Oに直交する断面において、第1マージン後面取り部8eの曲率半径R8eよりも第2マージン後面取り部9eの曲率半径R9eが小さくされている。なお、これら第1マージン後面取り部8eと第2マージン後面取り部9eが軸線Oに直交する断面においてなす凸曲線(円弧)の曲率半径(半径)R8e、R9eは、10μm~50μmの範囲内とされている。
【0046】
また、切刃部3の上記ランド部7の外周面のうち、第1、第2マージン部8、9の間の部分と、第2マージン部9からドリル回転方向Tとは反対側に切屑排出溝6のドリル回転方向Tとは反対側を向く壁面との交差稜線部であるヒール10までの部分とは、第1、第2マージン外周面8c、9cからドリル本体1の内周側に凹んだ外周逃げ面(二番取り面)11とされている。なお、これらの外周逃げ面11と、第1マージン後壁面8bとが交差する隅角部、および第2マージン前壁面9aと第2マージン後壁面9bとが交差する隅角部は、軸線Oに直交する断面において凹曲線状に形成されている。
【0047】
さらに、本実施形態では、切刃部3のランド部7の外周面のうち、第1マージン部8と第2マージン部9との間の外周逃げ面11には、軸線Oに直交する断面においてドリル本体1の内周側に凹む凹曲線状をなす凹部12が形成されている。本実施形態では、この第1マージン部8と第2マージン部9との間の外周逃げ面11には、このような凹部12が複数(2つ)、周方向に並んで形成されている。
【0048】
従って、軸線Oに直交する断面において、これら複数の凹部12の間には、凹部12に対して相対的に切刃部3の外周側に凸となる山形の凸部13が形成されることになる。ここで、本実施形態では、この凸部13の突端13aから、この凸部13の周方向に隣接する凹部12の底12aまでの軸線Oに対する半径方向の深さdは、10μm以上とされている。なお、複数(2つ)の凹部12は、同形同大に形成されており、従って凸部13の突端13aからこれらの凹部12の底12aまでの軸線Oに対する半径方向の深さdは互いに等しい。
【0049】
このような凹部12と第1、第2マージン部8、9とは、図1および図3に示すように切屑排出溝6の捩れに合わせて螺旋状をなすようにして、軸線Oに直交する断面が同一の形状を維持したまま、切屑排出溝6がドリル本体1の外周側に切れ上がった部分にまで連続して形成されている。
【0050】
そして、本実施形態では、軸線O方向先端側から見て図2に示すように、上記第1マージン前壁面8aのドリル本体1外周側への延長面と上記第1マージン外周面8cのドリル回転方向Tへの延長面との交点P1と軸線Oとを通る第1マージン直線E1と、上記第2マージン前壁面9aのドリル本体1外周側への延長面と上記第2マージン外周面9cのドリル回転方向Tへの延長面との交点P2と軸線Oとを通る第2マージン直線E2との交差角θが、30°~60°の範囲内とされている。
【0051】
このように構成されたドリルにおいては、軸線O方向先端側から見て、こうして第1マージン直線E1と第2マージン直線E2との交差角θが30°~60°の範囲内とされていて、特許文献1に記載されたドリルと比べて第1、第2マージン部8、9の周方向の間隔が小さくされている。従って、ドリル本体1の回転によって第1マージン部8の第1マージン外周面8cが加工穴の内周面に摺接してから第2マージン部9の第2マージン外周面9cが摺接するまでの時間を短くすることができる。
【0052】
このため、切刃4の先端角αが178°~182°の範囲内で軸線に垂直な一直線状に近い場合に、被削材に形成された傾斜面や曲面に軸線Oが斜交するようにされて座繰り穴加工を施すときでも、切刃4の食い付き時に切刃部3が不安定な状態となる時間を短くすることができ、切刃部3に振れ回りが生じるのを抑えることができる。従って、加工穴精度や穴位置精度が低下したり、加工穴の内周面の面粗さが劣化したりするのを防ぐことが可能となる。
【0053】
ここで、第1、第2マージン直線E1、E2の交差角θが60°を上回ると、第1マージン外周面8cが加工穴の内周面に摺接してから第2マージン外周面9cが摺接するまでの時間を短くすることができなくなり、切刃部3の振れ回りを十分に抑えることができなくなるおそれがある。一方、逆に第1、第2マージン直線E1、E2の交差角θが30°を下回ると、第1、第2マージン部8、9が近づきすぎて切刃部3を周方向に2点で摺接して支持するような状態となるので、やはり切刃4の食い付き時に切刃部3に振れ回りが発生し易くなるおそれがある。
【0054】
なお、本実施形態では、第1、第2マージン前壁面8a、9aと第1、第2マージン外周面8c、9cとの交差稜線部に第1、第2マージン前面取り部8d、9dが形成されていて、上記第1、第2マージン直線E1、E2は、第1、第2マージン前壁面8a、9aのドリル本体1外周側への延長面と第1、第2マージン外周面8c、9cのドリル回転方向Tへの延長面との交点P1、P2と軸線Oとを通る直線とされているが、このような第1、第2マージン前面取り部8d、9dが形成されず、第1、第2マージン前壁面8a、9aと第1、第2マージン外周面8c、9cとが角度をもって交差している場合には、交点P1、P2は第1、第2マージン前壁面8a、9aと第1、第2マージン外周面8c、9cとの交点とすればよい。
【0055】
また、本実施形態では、軸線O方向に直交する断面において、第1マージン外周面8cが軸線Oを中心としてなす円弧の弦に沿った幅である第1マージン幅W1に対して、第2マージン外周面9cが軸線Oを中心としてなす円弧の弦に沿った幅である第2マージン幅W2が、0.2×W1~0.6×W1の範囲内とされており、これによってドリル本体1を回転させるための駆動力が増大したり、加工穴の内周面との間に高い摩擦熱が発生したりすることなく、切刃部3の振れ回りを確実に抑えることができる。
【0056】
すなわち、第1マージン幅W1に対して第2マージン幅W2が0.6×W1を上回るほど大きいと、第1、第2マージン外周面8c、9cが加工穴の内周面に摺接することによる抵抗が大きくなって、切刃部3に振れ回りが生じ易くなるとともに、ドリル本体1の回転駆動力が増大したり、高い摩擦熱が発生したりするおそれがある。一方、第1マージン幅W1に対して第2マージン幅W2が0.2×W1を下回るほど小さいと、第2マージン外周面9cの加工穴内周面との摺接によって切刃部3を確実に支持することができなくなり、切刃部3の振れ回りを抑えることができなくなるおそれがある。
【0057】
なお、本実施形態では、第1、第2マージン前壁面8a、9aおよび第1、第2マージン後壁面8b、9bと第1、第2マージン外周面8c、9cとの交差稜線部に第1、第2マージン前面取り部8d、9dおよび第1、第2マージン後面取り部8e、9eが形成されていて、第1、第2マージン幅W1、W2は、これら第1、第2マージン前面取り部8d、9dや第1、第2マージン後面取り部8e、9eを除いた部分の幅とされているが、第1、第2マージン外周面8c、9cの全体が軸線Oに直交する断面において、軸線Oを中心とした円弧状で第1、第2マージン前壁面8a、9aや第1、第2マージン後壁面8b、9bと角度をもって交差している場合は、第1、第2マージン幅W1、W2は第1、第2マージン外周面8c、9cの全体がなす円弧の弦に沿った幅となる。
【0058】
また、本実施形態では、切屑排出溝6の軸線O方向の長さLが、切刃4の直径Dに対して1×D~3×Dの範囲内とされている。このように、切屑排出溝6の長さLが長く、すなわち切刃部3の突き出し長さが長いドリルにおいては、特に切刃部3の振れ回りが発生し易いので、そのようなドリルにおいて上記構成を採ることにより、本実施形態によれば、加工穴精度や穴位置精度、加工穴の内周面の面粗さの一層の向上を図ることができる。なお、この切屑排出溝6の軸線O方向の長さLが、切刃4の直径Dに対して1×Dよりも小さいと、穴深さの深い座繰り穴加工を施すことができなくなって汎用性が損なわれる。
【0059】
一方、本実施形態では、軸線Oに直交する断面において、第1マージン部8の第1マージン前壁面8aと第1マージン外周面8cとの交差稜線部は凸曲線状に面取りされた第1マージン前面取り部8dとされるとともに、第2マージン部9の第2マージン前壁面9aと第2マージン外周面9cとの交差稜線部は凸曲線状に面取りされた第2マージン前面取り部9dとされている。
【0060】
ここで、これらの第1、第2マージン前面取り部8d、9dは、第1、第2マージン部8、9がドリル本体1のドリル回転方向Tへの回転に伴い切刃4によって形成された座繰り穴の内周面に最初に摺接する部分であるので、そのような部分が断面凸曲線状に面取りされることにより、たとえ切刃部3に振れ回りが生じても、第1、第2マージン前壁面8a、9aと第1、第2マージン外周面8c、9cとが交差稜線部において角度をもって交差している場合のように、この交差稜線部が加工穴の内周面に食い込んで面粗さを劣化させたり、角張った交差稜線部に欠け等が生じたりするのを防ぐことができる。
【0061】
また、特に本実施形態では、これら第1、第2マージン前面取り部8d、9dのうち、第1マージン前面取り部8dの曲率半径R8dが第2マージン前面取り部9dの曲率半径R9dよりも大きくされている。従って、第2マージン前面取り部9dよりもドリル回転方向T側に位置して先に加工穴の内周面に摺接する第1マージン前面取り部8dが切刃部3の振れ回りによって食い込んだり欠けたりするのを一層確実に防止することが可能となる。
【0062】
さらに、本実施形態では、軸線Oに直交する断面において、これら第1、第2マージン前面取り部8d、9dの曲率半径R8d、R9dが10μm~50μmの範囲内とされており、第1、第2マージン前面取り部8d、9dの食い込みや欠け等をさらに確実に防止しつつ、切刃部3を加工穴の内周面によって支持して振れ回りを抑制することができる。
【0063】
すなわち、これら第1、第2マージン前面取り部8d、9dの曲率半径R8d、R9dが10μmよりも小さいと、第1、第2マージン前面取り部8d、9dが鋭利となって食い込みや欠けを防止することができなくなるおそれがあり、逆に50μmよりも大きいと、加工穴の内周面に摺接する第1、第2マージン部8、9の第1、第2マージン外周面8c、9cの周方向の幅である第1、第2マージン幅W1、W2が小さくなって、切刃部3を確実に支持して振れ回りを抑えることができなくなるおそれがある。
【0064】
また、本実施形態では、軸線Oに直交する断面において、第1マージン部8のドリル回転方向Tとは反対側を向く第1マージン後壁面8bと第1マージン外周面8cとの交差稜線部も凸曲線状に面取りされた第1マージン後面取り部8eとされるとともに、第2マージン部9のドリル回転方向Tとは反対側を向く第2マージン後壁面9bと第2マージン外周面9cとの交差稜線部も凸曲線状に面取りされた第2マージン後面取り部9eとされている。従って、切刃部3の振れ回りによって、これら第1、第2マージン後壁面8b、9bと第1、第2マージン外周面8c、9cとの交差稜線部が加工穴の内周面に食い込んだり、欠け等が生じたりするのを防ぐことができる。
【0065】
ただし、これら第1、第2マージン後面取り部8e、9eよりも、ドリル回転方向T側に位置する第1、第2マージン前面取り部8d、9dの方が、加工穴の内周面に食い込んだり欠け等が発生したりするおそれが高くなる。このため、本実施形態では、軸線Oに直交する断面において、第1マージン前面取り部8dの曲率半径R8dが第1マージン後面取り部8eの曲率半径R8eよりも大きくされるとともに、第2マージン前面取り部9dの曲率半径R9dが第2マージン後面取り部9eの曲率半径R9eよりも大きくされている。
【0066】
さらに、本実施形態では、軸線Oに直交する断面において、第1マージン後面取り部8eの曲率半径R8eよりも第2マージン後面取り部9eの曲率半径R9eが小さくされている。このため、特に本実施形態のように第2マージン幅W2が第1マージン幅W1よりも小さくされている場合に、第2マージン部9の第2マージン外周面9cの第2マージン幅W2が小さくなりすぎるのを防ぐことができ、第2マージン部9によっても確実に切刃部3を支持して振れ回りを抑制することができる。
【0067】
さらにまた、本実施形態では、軸線Oに直交する断面において、これら第1、第2マージン後面取り部8e、9eの曲率半径R8e、R9eが10μm~50μmの範囲内とされているので、第1、第2マージン後面取り部8e、9eにおいても食い込みや欠け等をさらに確実に防止しつつ、切刃部3を加工穴の内周面によって支持して振れ回りを抑制することができる。
【0068】
すなわち、これら第1、第2マージン後面取り部8e、9eの曲率半径R8e、R9eが10μmよりも小さいと、第1、第2マージン後面取り部8e、9eが鋭利となって食い込みや欠けを防止することができなくなるおそれがある。また、逆に50μmよりも大きいと、第1、第2マージン幅W1、W2が小さくなってしまい、切刃部3を確実に支持して振れ回りを抑えることができなくなるおそれが生じる。
【0069】
また、本実施形態では、切刃部3のランド部7における外周面(外周逃げ面11)において、第1、第2マージン部8、9の間に、軸線Oに直交する断面においてドリル本体1の内周側に凹む凹曲線状をなす凹部12が形成されている。このため、切削油剤を供給しつつ座繰り穴加工を行う湿式切削の場合に、この凹部12と加工穴の内周面との間でドリル本体1の回転に伴い切削油剤の対流を発生させることができるので、第1、第2マージン部8、9や加工穴内周面の効率的な冷却、潤滑を図ることができ、第1、第2マージン部8、9に溶着等が生じるのを避けることができる。
【0070】
しかも、本実施形態では、切刃部3の第1、第2マージン部8、9の間の外周逃げ面11に、複数(2つ)の凹部12が周方向に並んで形成されている。従って、個々の凹部12と加工穴の内周面との間で切削油剤の対流を発生させることができるので、一層効率的な第1、第2マージン部8、9や加工穴の内周面の冷却、潤滑を図ることができ、さらに確実に溶着等を防止することが可能となる。
【0071】
さらにまた、本実施形態では、このように切刃部3の第1、第2マージン部8、9の間の外周逃げ面11に複数の凹部12を周方向に並んで形成した場合に、軸線Oに直交する断面において、隣接する凹部12の間に形成される凸部13の突端13aから、この凸部13の周方向に隣接する凹部12の底12aまでの軸線Oに対する半径方向の深さdが、10μm以上とされている。
【0072】
このため、凸部13の突端13aから凹部12の底12aまでの深さdを十分に確保して、切削油剤を確実に対流させることができ、さらに一層効率的な第1、第2マージン部8、9や加工穴の内周面の冷却、潤滑を図ることが可能となる。すなわち、この深さdが10μmを下回ると、凹部12が凸部13に対して浅くなりすぎて切削油剤を確実に対流させることが困難となるおそれがある。ただし、この深さdが大きくなりすぎると、切刃部3の剛性や強度が損なわれるおそれがあるので、深さdは100μm以下とされるのが望ましい。
【0073】
なお、上述のような切削油剤は、ドリル本体1の外から外部給油によって切刃部3に供給することが可能であるが、例えばドリル本体のシャンク部2の後端面から切刃部3の先端逃げ面5等に向けてクーラント穴を形成して、このクーラント穴を通して切削油剤を内部給油するようにしてもよい。
【実施例
【0074】
次に、本発明の実施例を挙げて、第1、第2マージン直線E1、E2の交差角θおよび第1、第2マージン幅W1、W2の関係について実証する。本実施例では、上記実施形態に基づく切刃4の直径Dが12mmのドリルであって、交差角θが45°、第1マージン幅W1が0.5mm、第2マージン幅W2が0.2mm(W2=0.4×W1)のドリルと、交差角θが45°、第1マージン幅W1が0.3mm、第2マージン幅W2が0.3mm(W2=W1)のドリルと、交差角θが45°、第1マージン幅W1が0.5mm、第2マージン幅W2が0.5mm(W2=W1)のドリルと、交差角θが33°、第1マージン幅W1が0.5mm、第2マージン幅W2が0.2mm(W2=0.4×W1)のドリルを製造した。これらを順に実施例1~4とする。
【0075】
また、これら実施例1~4に対する比較例として、切刃4の直径Dが12mmのドリルであって、特許文献1に基づく交差角θが64°、第1マージン幅W1が0.31mm、第2マージン幅W2が0.29mm(W2≒W1)のドリルと、交差角θが90°、第1マージン幅W1が0.5mm、第2マージン幅W2が0.5mm(W2=W1)のドリルと、第2マージン部がない第1マージン部だけのシングルマージンドリルであって第1マージン幅W1が0.5mmのドリルも製造した。これらを順に比較例1~3とする。
【0076】
そして、これら実施例1~4および比較例1~3のドリルにより、S50C材よりなる被削材の軸線Oに垂直な平面に対して30°傾斜(軸線Oに対しては60°傾斜)した傾斜面に最大深さ12mmの座繰り穴加工を施し、その際の穴位置精度、すなわち加工穴の中心が軸線OからX方向とY方向にどれだけずれたかのずれ量を測定した。この結果を図7に、実施例1~4については順に符号1~4で、比較例1~3については順に符号11~13で示す。なお、Y方向は正の値の方向が傾斜面の傾斜に沿って上向きに向かう方向であり、X方向は正の値の方向がY方向の正の値の方向に対して90°ドリル回転方向Tとは反対側に向かう方向である。
【0077】
なお、加工条件は、工作機械の主軸からの切刃4の突き出し量が120mm(10×D)、ドリル本体の回転速度は1990m/min(切削速度は75mm/rev)、送り速度は120mm/min(1回転当たりの送り量は0.06rmm/rev)、12mmのノンステップ加工で下穴は無し、切削油剤としてエマルションを用いた。また、工作機械は門形マシニングセンターであった。
【0078】
図7に示した結果より、比較例1~3のドリルのうちでは、交差角θが90°の比較例2が最もずれ量が大きくてX方向、Y方向ともに-0.5mm以上のずれを生じており、次いで実施例1、3の順にずれは小さくなっているが、いずれもずれ量が-0.2mmを上回って0に近づくことは無かった。これに対して、本発明に係わる実施例1~4では、いずれもX方向、Y方向ともにずれ量が-0.2mmを上回って0に近くなっており、高い穴位置精度が得られているのが分かった。
【符号の説明】
【0079】
1 ドリル本体
2 シャンク部
3 切刃部
4 切刃
4a シンニング刃
5 先端逃げ面
6 切屑排出溝
7 ランド部
8 第1マージン部
8a 第1マージン前壁面
8b 第1マージン後壁面
8c 第1マージン外周面
8d 第1マージン前面取り部
8e 第1マージン後面取り部
9 第2マージン部
9a 第2マージン前壁面
9b 第2マージン後壁面
9c 第2マージン外周面
9d 第2マージン前面取り部
9e 第2マージン後面取り部
10 ヒール
11 外周逃げ面
12 凹部
12a 凹部12の底
13 凸部
13a 凸部13の突端
O ドリル本体1の軸線
T ドリル回転方向T
E1 第1マージン直線
E2 第2マージン直線
α 切刃4の先端角
θ 第1マージン直線E1と第2マージン直線E2との交差角
W1 第1マージン幅
W2 第2マージン幅
P1 第1マージン部8のドリル回転方向Tを向く第1マージン前壁面8aと第1マージン部8の外周側を向いて軸線Oを中心とした円弧状をなす第1マージン外周面8cとの交点、または第1マージン前壁面8aの外周側への延長面と第1マージン外周面8cのドリル回転方向Tへの延長面との交点
P2 第2マージン部9のドリル回転方向Tを向く第2マージン前壁面9aと第2マージン部9の外周側を向いて第1マージン外周面8aと等しい半径の軸線Oを中心とした円弧状をなす第2マージン外周面9cとの交点、または第2マージン前壁面9aの外周側への延長面と第2マージン外周面9cのドリル回転方向Tへの延長面との交点
R8d 第1マージン前面取り部8dの曲率半径
R8e 第1マージン後面取り部8eの曲率半径
R9d 第2マージン前面取り部9dの曲率半径
R9e 第2マージン前面取り部9eの曲率半径
d 凸部13の突端13aから凹部12の底12aまでの軸線Oに対する半径方向の深さ
D 切刃4の直径
L 切屑排出溝6の軸線O方向の長さ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7