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特許7400468トリコデルマ属糸状菌変異株およびタンパク質の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-11
(45)【発行日】2023-12-19
(54)【発明の名称】トリコデルマ属糸状菌変異株およびタンパク質の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/15 20060101AFI20231212BHJP
   C12N 9/42 20060101ALI20231212BHJP
   C12P 21/02 20060101ALI20231212BHJP
   C12P 19/14 20060101ALI20231212BHJP
   C12N 15/31 20060101ALN20231212BHJP
   C12R 1/885 20060101ALN20231212BHJP
【FI】
C12N1/15 ZNA
C12N9/42
C12P21/02 C
C12P19/14 A
C12N15/31
C12R1:885
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019530845
(86)(22)【出願日】2019-05-30
(86)【国際出願番号】 JP2019021449
(87)【国際公開番号】W WO2019230860
(87)【国際公開日】2019-12-05
【審査請求日】2022-04-22
(31)【優先権主張番号】P 2018105256
(32)【優先日】2018-05-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】加川 雄介
(72)【発明者】
【氏名】平松 紳吾
(72)【発明者】
【氏名】山田 勝成
【審査官】藤山 純
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/202616(WO,A2)
【文献】ZHANG, W et al.,Two major facilitator superfamily sugar transporters from Trichoderma reesei and their roles in induction of cellulase biosynthesis,J Biol Chem,288(46),2013年11月15日,pp.32861-72
【文献】Definition: predicted protein [Trichodermareesei QM6a],Database GenBank[online],[retrieved on 2023.03.17].Retrieved from the Internet: 〈https://www.ncbi.nlm.nih.gov/protein/EGR44419.1/>,Accession No.EGR44419
【文献】MARTINEZ, D et al.,Genome sequencing and analysis of the biomass-degrading fungus Trichoderma reesei (syn. Hypocrea jecorina),Nat Biotechnol, vol.26, No.5,2008年,pp.553-560
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/15
C12N 9/42
C12P 21/02
C12P 19/14
C12N 15/31
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
トリコデルマ・リーセイ QM6a株と比較して配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの発現を低下させた、トリコデルマ・リーセイの変異株。
【請求項2】
請求項1に記載のトリコデルマ・リーセイの変異株を培養する工程を含む、タンパク質の製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載のトリコデルマ・リーセイの変異株を培養する工程を含む、セルラーゼの製造方法。
【請求項4】
請求項1に記載のトリコデルマ・リーセイの変異株を、ラクトース、セルロースおよびキシランからなる群から選択される少なくとも1種類または2種類以上の誘導剤を含む培地で培養する工程を含む、請求項3に記載のセルラーゼの製造方法。
【請求項5】
セルロース含有バイオマスから糖を製造する方法であって、以下の工程:
工程a:トリコデルマ・リーセイ QM6a株と比較して配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの発現を低下させたトリコデルマ・リーセイの変異株を培養し、セルラーゼを製造する工程
工程b:工程aで得られたセルラーゼを用いて、前記バイオマスを糖化する工程
を含む、糖の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質製造能が向上したトリコデルマ属糸状菌の変異株および当該変異株を用いたタンパク質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
トリコデルマ属糸状菌は、高いタンパク質製造能を有していることが知られており、これまで同糸状菌を用いたタンパク質の製造の検討が行われてきた。トリコデルマ属糸状菌は、セルロース、ラクトース、セロビオースなどを誘導剤として、タンパク質の中でも特に糖化酵素に分類されるセルラーゼを製造する。
【0003】
セルラーゼ製造量のさらなる向上、特に糖化酵素の中でも占める割合の低いβ-グルコシダーゼ製造量を強化するため、遺伝子の改変による検討が行われている。その中で、セルラーゼ製造を制御する因子の過剰発現や欠損が行われている。
【0004】
非特許文献1では、トリコデルマ属糸状菌のセルラーゼの製造を制御する因子の中でも、セルラーゼの製造を抑制する転写因子であるCre1の機能を低下させることにより高いセルラーゼ製造能を有するトリコデルマ属糸状菌の変異株が取得されている。
【0005】
一方で、遺伝子の改変は、セルラーゼの生産量を低下させることも知られており、非特許文献2にはトリコデルマ・リーセイの糖トランスポーターを欠損させた場合、ラクトースやセルロースを誘導剤として使用した際のセルラーゼの生産量が低下することが記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Juliano P,Single nucleotide polymorphism analysis of a Trichoderma reesei hyper-cellulolytic mutant developed in Japan,Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry, Volume 77, 2013, Issue 3, P534-543
【文献】Porciuncula Jde, Identification of Major Facilitator Transporters Involved in Cellulase Production during Lactose Culture of Trichoderma reesei PC-3-7. Biosci Biotechnol Biochem. 77, 1014-1022 (2013).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のとおり、トリコデルマ属糸状菌のタンパク質製造を制御する転写因子が解明されているが、これは、制御機構の一部にすぎないと考える。そこで本発明では、トリコデルマ属糸状菌のタンパク質製造を制御する新規機構を探索し、タンパク質製造能が強化されたトリコデルマ属糸状菌の変異株の取得および当該トリコデルマ属糸状菌の変異株を用いたタンパク質の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、遺伝子の改変によりタンパク質の生産量を増やすことが可能な遺伝子を特定できれば、トリコデルマ属糸状菌のタンパク質の製造量をさらに向上させることができると考え、鋭意検討した結果、遺伝子の改変により配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの機能を低下させたトリコデルマ属糸状菌の変異株を培養することにより、タンパク質製造性やβ-グルコシダーゼ製造性を向上させることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は以下の(1)~(6)で構成される。
(1)配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの機能が低下している、トリコデルマ属糸状菌の変異株。
(2)配列番号2で表されるアミノ酸配列において、少なくともN末端側から413番目以降のアミノ酸残基が欠損している(1)に記載のトリコデルマ属糸状菌の変異株。
(3)(1)または(2)に記載のトリコデルマ属糸状菌の変異株を培養する工程を含む、タンパク質の製造方法。
(4)(1)または(2)に記載のトリコデルマ属糸状菌の変異株を培養する工程を含む、セルラーゼの製造方法。
(5)(1)または(2)に記載のトリコデルマ属糸状菌の変異株を、ラクトース、セルロースおよびキシランからなる群から選択される少なくとも1種類または2種類以上の誘導剤を含む培地で培養する工程を含む、(4)に記載のセルラーゼの製造方法。
(6)セルロース含有バイオマスから糖を製造する方法であって、以下の工程:
工程a:配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの機能が低下しているトリコデルマ・リーセイの変異株を培養し、セルラーゼを製造する工程
工程b:工程aで得られたセルラーゼを用いて、前記バイオマスを糖化する工程
を含む、糖の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの機能が低下したトリコデルマ属糸状菌の変異株は、当該ポリペプチドの機能が低下していないトリコデルマ属糸状菌と比較してタンパク質の製造能が向上する。さらに製造されるタンパク質が特にセルラーゼの場合には、セルラーゼの各種比活性も向上するという予想外の効果も得られる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、もともとタンパク質の製造能に優れる微生物であるトリコデルマ属糸状菌の親株に変異を導入することによって、さらにタンパク質製造能を高めることを特徴としている。従って、本発明で用いるトリコデルマ属糸状菌の親株は野生株には制限されず、タンパク質製造能が高まるように改良されたトリコデルマ属糸状菌の変異株も親株として好ましく用いることができ、例えば、トリコデルマ属糸状菌の変異株には、変異剤や紫外線照射などで変異処理を施し、タンパク質の製造性が向上した変異株を上記親株として利用することができる。上記親株として用いる変異株の具体例は、トリコデルマ・リーセイの先祖にあたるトリコデルマ・パラリーセイ(ATCC MYA-4777)、トリコデルマ・リーセイに由来する公知の変異株であるQM6a株(NBRC31326)、QM9123株(ATCC24449)、QM9414株(NBRC31329)、PC-3-7株(ATCC66589)、QM9123株(NBRC31327)、RutC-30株(ATCC56765)、CL-847株(Enzyme.Microbiol.Technol.10,341-346(1988))、MCG77株(Biotechnol.Bioeng.Symp.8, 89(1978))、MCG80株(Biotechnol.Bioeng.12,451-459(1982))及びこれらの派生株などが挙げられる。なお、QM6a株、QM9414株、QM9123株はNBRC(NITE Biological Resource Center)より、PC-3-7株、RutC-30株はATCC(American Type Culture Collection)より入手することができる。
【0012】
配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドは、トリコデルマ属糸状菌が有するポリペプチドであり、National Center for Biotechnology Infomationでは、Trichoderma reesei QM6a株が持つpredicted protein(EGR44419)としても登録されている。配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドは機能未知のポリペプチドであるが、National Center for Biotechnology InfomationのCenserved Domain Architecture Retrieval Toolによれば、N末端側から26番目~499番目のアミノ酸残基はSugar(and other) Transporterドメインを有すると開示されている。この記載により配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドは、少なくとも菌体の内側と外側の間における糖の輸送に関与していると推定される。本発明において、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの機能が低下しているとは、EGR44419をコードする遺伝子に変異を持つことをいう。
【0013】
本発明において、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの機能の低下は、配列番号2で表されるアミノ酸配列をコードする塩基配列が変異して、当該ポリペプチオドの機能が低下したり、機能が欠失したりする状態を表す。また、配列番号2で表されるアミノ酸配列をコードする塩基配列以外の塩基配列が変異して、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの発現量の低下または発現の消失が引き起こされる場合も、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの機能の低下に含まれる。塩基配列の変異は、塩基の置換、欠失、挿入、重複等によって起こる。
【0014】
配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードする遺伝子の具体例として、配列番号1で表される塩基配列が挙げられる。
【0015】
配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの機能を低下させる方法としては、Sugar(and other) Transporterドメインの全欠損、Sugar(and other) Transporterドメインの一部欠損、Sugar(and other) Transporterドメインの立体構造の変化、または配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの全欠損させるような変異を導入する方法が挙げられる。また、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの発現量の低下または発現の消失させる変異を導入することによっても当該ポリペプチドの機能を低下させることができる。
【0016】
Sugar(and other) Transporterドメインの欠損とは、そのドメインが全てなくなる、一部が無くなる、全てが異なるアミノ酸に変わる、一部が異なるアミノ酸に変わる、またはそれらの組み合わせのことを指す。さらに具体的には配列番号2で表されるアミノ酸配列において、上記に示したSugar(and other) Transporterドメインのアミノ酸配列と配列同一性が80%以下になることを指し、好ましくは50%以下であり、さらに好ましくは20%以下であり、さらに好ましくは10%以下であり、さらに好ましくは5%以下であり、さらに好ましくは3%以下であり、さらに好ましくは1%以下であり、最も好ましくは0%である。
【0017】
本発明において、Sugar(and other)Transporterドメイン内に位置するアミノ酸配列に欠失、置換、または付加などの変異がおこることによって、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの機能が低下する具体例としては、配列番号1で表される塩基配列において、1415番目に11塩基が挿入するフレームシフト変異が挙げられる。当該変異により、配列番号2で表されるアミノ酸配列の419番目で翻訳は終了し、それによりSugar(and other)Transporterドメインを構成するアミノ酸配列が短くなり、本来の機能が低下すると推測される。
【0018】
Sugar(and other)Transporterドメインの全欠損、Sugar(and other)Transporterドメインの一部欠損、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの全欠損は、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードする遺伝子配列に対して、塩基の欠失、挿入、置換などによるフレームシフトやストップコドン変異により行われる。
【0019】
また、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの発現量の低下または発現の消失は、配列番号2で表されるアミノ酸配列をコードする遺伝子のプロモーターやターミネーター領域の変異により行われる。一般的に、プロモーターとターミネーター領域は、転写に関与する遺伝子の前後数百塩基の領域に相当し、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの転写に関与するプロモーターとターミネーターを含む塩基配列の具体例としては、配列番号7で表される塩基配列が挙げられる。
【0020】
上記の遺伝子の変異導入は、当業者にとって公知の変異剤または紫外線照射などによる変異処理、選択マーカーを用いた相同組換えなどの遺伝子組換え、あるいはトランスポゾンによる変異など、既存の遺伝子変異方法を用いることができる。
【0021】
本発明のトリコデルマ属糸状菌の変異株は、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの機能が低下していないトリコデルマ属糸状菌と比較してタンパク質の製造能が向上する。本発明のトリコデルマ属糸状菌の変異株を培養すると、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの機能が低下していないトリコデルマ属糸状菌の培養液と比較して、タンパク濃度が増加する。また、タンパク質が酵素の場合には、酵素の比活性が増加する。ここで、タンパク質濃度の増加率や酵素の比活性の増加率は、増加していれば特に限定はされないが、20%以上であることが好ましい。
【0022】
本発明のトリコデルマ属糸状菌の変異株は、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの機能低下以外にも、タンパク質製造量が向上する遺伝子変異を有していてもよい。具体的には、配列番号8で表されるポリペプチドの機能が低下する遺伝子変異が挙げられる。配列番号8で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドは、トリコデルマ・リーセイが有するポリペプチドであり、National Center for Biotechnology Infomationでは、Trichoderma reesei QM6a株が持つpredicted proteinのEGR50654として登録されている。配列番号8で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドは機能未知のポリペプチドであるが、National Center for Biotechnology InfomationのCenserved Domain Architecture Retrieval Toolによれば、N末端側から95番目~277番目のアミノ酸残基は「Middle domain of eukaryotic initiation factor 4Gドメイン」(以降MIF4Gドメインと記載する。)、N末端側から380番目~485番目のアミノ酸残基はMA-3ドメインを有すると開示されている。MIF4GおよびMA-3の両ドメインは、DNAまたはRNAに結合する機能を有することが知られている(Biochem.44,12265-12272(2005)、Mol.Cell.Biol.1,147-156(2007))。これらの記載により配列番号8で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドは、少なくともDNAおよび/またはRNAに結合する機能を有すると推定される。
【0023】
配列番号8で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードする遺伝子の具体例として、配列番号9で表される塩基配列が挙げられる。EGR50654の機能が低下する遺伝子変異とは、EGR50654が有するMIF4Gドメインおよび/またはMA-3ドメインの全欠損、MIF4Gドメインおよび/またはMA-3ドメインの一部欠損、MIF4GドメインとMA-3ドメインとの立体配置関係の変化する遺伝子変異が挙げられる。さらに、配列番号8で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの発現量の低下や消失させる変異を導入することによっても当該ポリペプチドの機能を低下させることができる。配列番号8で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの機能が欠損する具体例としては、配列番号9で表される塩基配列において、1039番目から1044番目のいずれかの塩基が欠失する変異が挙げられる。
【0024】
また、本発明は前記配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの機能が低下したトリコデルマ属糸状菌の変異株を培養する工程を含むタンパク質の製造方法に関する。
【0025】
本発明で製造するタンパク質は特に制限はないが、菌体外に分泌されるタンパク質を効率的に製造することができ、中でも好ましくは酵素であり、より好ましくはセルラーゼ、アミラーゼ、インベルターゼ、キチナーゼ、ペクチナーゼ等の糖化酵素であり、とくに好ましくはセルラーゼである。
【0026】
本発明で製造されるセルラーゼには、様々な加水分解酵素が含まれており、キシラン、セルロース、ヘミセルロースに対する分解活性を持つ酵素などが含まれている。具体例としては、セルロース鎖の加水分解によりセロビオースを製造するセロビオハイドラーゼ(EC 3.2.1.91)、セルロース鎖の中央部分から加水分解するエンドグルカナーゼ(EC 3.2.1.4)、セロオリゴ糖およびセロビオースを加水分解するβ-グルコシダーゼ(EC 3.2.1.21)、ヘミセルロースや特にキシランに作用することを特徴とするキシラナーゼ(EC 3.2.1.8)、キシロオリゴ糖を加水分解するβ-キシロシダーゼ(EC 3.2.1.37)などが挙げられる。前述の通り、本発明のトリコデルマ属糸状菌の変異株のタンパク質製造能の向上を確認するためのセルラーゼの比活性の向上の確認は、これらの加水分解酵素の比活性のいずれかが向上していることにより確認する。本発明で製造されるセルラーゼではこれらの酵素のうち、特にβ-グルコシダーゼ活性が向上する。
【0027】
β-グルコシダーゼ比活性は、以下の方法で測定する。まず、1mMp-ニトロフェニル-β-グルコピラノシド(シグマアルドリッチジャパン合同会社製)を含有する50mM酢酸バッファー90μLに酵素希釈液10μLを添加して30℃で10分間反応させる。次に2M炭酸ナトリウム10μLを加えてよく混合して反応を停止し、405nmの吸光度の増加を測定する。最後に1分間あたり1μmolのp-ニトロフェノールを遊離する活性を1Uとし、これをタンパク質の量で割ることで、比活性を算出する。
【0028】
β-キシロシダーゼ比活性は以下の方法で測定する。まず、1mMp-ニトロフェニル-β-キシロピラノシド(シグマアルドリッチジャパン合同会社製)を含有する50mM酢酸バッファー90μLに酵素希釈液10μLを添加し30℃で30分間反応させる。次に、2M炭酸ナトリウム10μLを加えてよく混合して反応を停止し、405nmの吸光度の増加を測定する。最後に1分間あたり1μmolのp-ニトロフェノールを遊離する活性を1Uとして比活性を算出する。
【0029】
セロビオハイドロラーゼ比活性は、以下の方法で測定する。まず、1mMp-ニトロフェニル-β-ラクトピラノシド(シグマアルドリッチジャパン合同会社製)を含有する50mM酢酸バッファー90μLに酵素希釈液10μLを添加し30℃で60分間反応させる。次にその後、2M炭酸ナトリウム10μLを加えてよく混合して反応を停止し、405nmの吸光度の増加を測定する。最後に、1分間あたり1μmolのp-ニトロフェノールを遊離する活性を1Uとし、これをタンパク質の量で割ることで、比活性を算出する。
【0030】
培養工程の培地組成は、トリコデルマ・リーセイがタンパク質を製造できるような培地組成となっていれば特に制限はなく、トリコデルマ属細菌の周知の培地組成を採用することができる。窒素源としては、例えば、ポリペプトン、肉汁、CSL、大豆かすなどを用いることができる。また、培地には、タンパク質を製造させるための誘導物質を添加してもよい。
【0031】
本発明によりセルラーゼを製造する場合には、培地にラクトース、セルロースおよびキシランからなる群から選択される少なくとも1種類または2種類以上の誘導剤を含む培地で培養することができる。また、セルロースやキシランは、セルロースやキシランを含むバイオマスを誘導物質として添加してもよい。セルロールやキシランを含有するバイオマスの具体例としては、種子植物、シダ植物、コケ植物、藻類、水草などの植物の他、廃建材なども用いることができる。種子植物は、裸子植物と被子植物に分類されるが、どちらも好ましく用いることができる。被子植物はさらに単子葉植物と双子葉植物に分類されるが、単子葉植物の具体例としては、バガス、スイッチグラス、ネピアグラス、エリアンサス、コーンストーバー、コーンコブ、稲わら、麦わらなどが挙げられ、双子葉植物の具体例としては、ビートパルプ、ユーカリ、ナラ、シラカバなどが好ましく用いられる。
【0032】
また、セルロースやキシランを含むバイオマスは、前処理されたものを用いてもよい。前処理方法は特に限定されないが、例えば、酸処理、硫酸処理、希硫酸処理、アルカリ処理、水熱処理、亜臨界処理、微粉砕処理、蒸煮処理、など公知の手法を用いることができる。このような前処理をされたセルロールやキシランを含むバイオマスとして、パルプを用いてもよい。
【0033】
なお、非特許文献2では、トリコデルマ・リーセイの糖トランスポーターを欠損させた変異株を培養する際に、ラクトースを誘導剤として使用すると、セルラーゼの生産量が低下すると記載されているが、本発明のトリコデルマ属糸状菌の変異株は、ラクトースを誘導剤として培養した場合、タンパク質の生産量が向上し、セルラーゼの各種比活性も向上する。
【0034】
本発明のトリコデルマ属糸状菌の変異体の培養方法は特に限定されず、例えば遠沈管、フラスコ、ジャーファーメンター、タンクなどを用いた液体培養や、プレートなどを用いた固体培養などで培養することができる。トリコデルマ・リーセイは、好気的条件で培養することが好ましく、これらの培養方法の中でも、特にジャーファーメンターや、タンク内に通気や撹拌を行いながら培養する深部培養が好ましい。通気量は、0.1~2.0vvm程度が好ましく、0.3~1.5vvmがより好ましく0.5~1.0vvmが特に好ましい。培養温度は、25~35℃程度が好ましく、25~31℃がより好ましい。培養におけるpHの条件は、pH3.0~7.0が好ましく、pH4.0~6.0がより好ましい。培養時間は、タンパク質が生産される条件で、回収可能な量のタンパク質が蓄積されるまで行う。通常、24~240時間程度であり、36~192時間がより好ましい。
【0035】
トリコデルマ属糸状菌の変異体を培養した培養液に含まれるタンパク質を回収する方法は特に限定されないが、トリコデルマ属糸状菌の菌体を培養液から除去し、タンパク質を回収することができる。菌体の除去方法としては、遠心分離法、膜分離法、フィルタープレス法などが例として挙げられる。
【0036】
また、トリコデルマ属糸状菌の変異体を培養した培養液から菌体を除去せずに、タンパク質の溶解液として利用する場合には、培養液中でトリコデルマ属糸状菌の菌体が生育できないように処理することが好ましい。菌体が生育できないように処理する方法としては、熱処理、薬剤処理、酸・アルカリ処理、UV処理などが挙げられる。
【0037】
タンパク質が酵素の場合には、上記のように菌体を除去又は生育していないように処理した培養液を、そのまま酵素液として利用することができる。
【0038】
本発明の配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの機能が低下しているトリコデルマ属糸状菌の変異株を培養して得られたセルラーゼは、当該ポリペプチドの機能が低下していないトリコデルマ属糸状菌を培養して得られるセルラーゼと比べて、セルラーゼの各種比活性が高く、特にβ-グルコシダーゼの比活性が高いため、効率的にセルロース含有バイオマスを分解して、グルコース濃度の高い糖化液を得ることができ、より多くの糖を得ることができる。なお、セルロース含有バイオマスを糖化し、糖を製造する方法は特に限定されない。糖化反応はバッチ式で行っても、連続式で行ってもよい。
【0039】
糖化反応の条件は、特に限定されないが、糖化反応の温度は、25~60℃の範囲であることが好ましく、特に30~55℃の範囲であることがより好ましい。糖化反応の時間は、2時間~200時間の範囲であることが好ましい。糖化反応のpHは、pH3.0~7.0の範囲が好ましく、pH4.0~6.0の範囲であることがさらに好ましい。トリコデルマ属由来セルラーゼの場合、その反応最適pHは5.0である。さらに、加水分解の過程でpHの変化が起きるため、反応液に緩衝液を添加する、あるいは酸やアルカリを用いて一定pHを保持しながら実施することが好ましい。
【0040】
また、セルロース含有バイオマスの糖化で得られた糖化液から、使用した酵素組成物を分離して回収することができる。酵素組成物を分離回収する方法は、特に限定されないが、糖化液を限外濾過膜などでろ過し、非透過側に回収することができる。必要に応じてろ過の前工程として、糖化液から固形分を取り除いておいてもよい。回収したセルラーゼは、再び糖化反応に用いることができる。
【実施例
【0041】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。
【0042】
<参考例1>タンパク質濃度測定方法
タンパク質濃度測定試薬(Quick Start Bradfordプロテインアッセイ、Bio-Rad社製)を使用した。室温に戻したタンパク質濃度測定試薬250μLに希釈した糸状菌の培養液を5μL添加し、室温で5分間静置後の595nmにおける吸光度をマイクロプレートリーダーで測定した。標準品としてBSAを使用し、検量線に照らし合わせてタンパク質濃度を算出した。
【0043】
<参考例2>セルラーゼの比活性の測定方法
(β-グルコシダーゼ比活性測定方法)
1mMp-ニトロフェニル-β-グルコピラノシド(シグマアルドリッチジャパン合同会社製)を含有する50mM酢酸バッファー90μLに酵素希釈液10μLを添加して30℃で10分間反応させた。その後2M炭酸ナトリウム10μLを加えてよく混合して反応を停止し、405nmの吸光度の増加を測定した。1分間あたり1μmolのp-ニトロフェノールを遊離する活性を1Uと定義し、これをタンパク質の量で割ることで比活性を算出した。
【0044】
(β-キシロシダーゼ比活性測定方法)
1mMp-ニトロフェニル-β-キシロピラノシド(シグマアルドリッチジャパン合同会社製)を含有する50mM酢酸バッファー90μLに酵素希釈液10μLを添加し30℃で30分間反応させた。その後、2M炭酸ナトリウム10μLを加えてよく混合して反応を停止し、405nmの吸光度の増加を測定した。1分間あたり1μmolのp-ニトロフェノールを遊離する活性を1Uと定義し、これをタンパク質の量で割ることで比活性を算出した。
【0045】
(セロビオハイドロラーゼ比活性測定方法)
1mMp-ニトロフェニル-β-ラクトピラノシド(シグマアルドリッチジャパン合同会社製)を含有する50mM酢酸バッファー90μLに酵素希釈液10μLを添加し30℃で60分間反応させた。その後、2M炭酸ナトリウム10μLを加えてよく混合して反応を停止し、405nmの吸光度の増加を測定した。1分間あたり1μmolのp-ニトロフェノールを遊離する活性を1Uと定義し、これをタンパク質の量で割ることで比活性を算出した。
【0046】
<参考例3>セルロース含有バイオマスの糖化試験
糖化対象のバイオマスとしては、木材原料粉末セルロースArbocel(登録商標)B800(レッテンマイヤー社製)または平均粒径100μmに粉末化したバガスを使用した。酵素液としては、トリコデルマ・リーセイまたはトリコデルマ・リーセイの変異株の培養液を1mL採取して遠心分離し、菌体を除去した上清を回収し、さらに0.22μmのフィルターでろ過したろ液を用いた。なお、木材原料粉末セルロースArbocel(登録商標) B800(レッテンマイヤー社製)は、以降Arbocel B800と記載する場合がある。
【0047】
(糖化反応)
糖化反応は以下のようにして行った。2mLチューブの中にArbocel(登録商標)B800もしくは平均粒径100μmに粉末化したバガスと、酢酸ナトリウムバッファー(pH5.2)を終濃度0.1Mになるように添加し、固形分濃度が反応開始時にArbocel(登録商標)B800を用いた際には8重量%、バガスを用いた際には10重量%となるように純水を加えた。さらに、酵素液を添加し、ヒートブロックローテーターを用いて、50℃の反応条件で反応を開始した。24時間糖化反応後のサンプルを10,000×gの条件下で10分間遠心分離を行い、上清を分取し、上清のボリュームの10分の1量の1N 水酸化ナトリウム水溶液を添加し、糖化反応を停止させた。反応停止後の糖化液中の糖濃度を下記に示すUPLCによる糖分析に供した。糖化反応に用いる酵素液は、培養液のタンパク質濃度と、比活性から各実施例または比較例の条件に合うように添加量を算出して用いた。
【0048】
(糖濃度の測定)
グルコース、キシロース、セロビオースは、ACQUITY(登録商標)UPLC システム(Waters)を用いて、以下の条件で定量分析した。
グルコース、キシロース、セロビオースの標品で作製した検量線をもとに、定量分析した。セロビオースが1g/Lより低い値の場合は、検出限界以下とした。
カラム:AQUITY(登録商標)UPLC BEH Amide 1.7μm2.1×100mm Column
分離法:HILIC
移動相:移動相A:80%アセトニトリル、0.2%TEA水溶液、移動相B:30%アセトニトリル、0.2%TEA水溶液とし、下記グラジエントに従った。グラジエントは下記の時間に対応する混合比に到達する直線的なグラジエントとした。
開始条件:(A99.90%、B0.10%)、開始2分後:(A96.70%、B3.30%)、開始3.5分後:(A95.00%、B5.00%)、開始3.55分後:(A99.90%、B0.10%)、開始6分後:(A99.90%、B0.10%)。
検出方法:ELSD(蒸発光散乱検出器)
流速:0.3mL/min
温度:55℃。
【0049】
<実施例1>配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの機能が低下したトリコデルマ・リーセイ QM9414変異株Iの作製
配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの機能が低下したトリコデルマ・リーセイの変異株は以下のとおり作製した。配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの機能が低下した配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードする遺伝子を含むDNA断片として、配列番号3で表される遺伝子配列からなるDNA断片を作製し、当該DNA断片をトリコデルマ・リーセイ QM9414株に形質転換することで作製した。この方法により、配列番号1において、1415番目に11塩基が挿入し、配列番号2において、419番目で翻訳が終了するポリペプチドを有するトリコデルマ・リーセイの変異株が得られる。DNA断片導入のための選択マーカーとしてアセトアミドおよびアセトアミドを分解することができるアセトアミダーゼ(AmdS)遺伝子(amdS)を使用した。amdSを含むDNA配列の上流および下流に、上記の配列番号3で表される塩基配列からなるDNA断片を導入するために、トリコデルマ・リーセイ QM9414株の遺伝子配列と相同的な部分を付加するように変異導入用プラスミドを作製した。
【0050】
具体的には、配列番号4で示す合成したDNA断片を制限酵素AflIIとNotIで処理したDNA断片を上流DNA断片とした。また、トリコデルマ・リーセイ QM9414株から定法に従って抽出したゲノムDNAと配列番号5および6で表されるオリゴDNAを用いてPCRをし、得られた増幅断片を制限酵素MluIとSwaIで処理したDNA断片を下流DNA断片とし、上流及び下流DNA断片をAflIIとNotI、MluIとSwaIの制限酵素をそれぞれ用いてamdSが挿入されたプラスミドへ導入し、変異導入用プラスミドを構築した。そして、変異導入用プラスミドを制限酵素PacIとAscIで処理し、配列番号3で示す得られたDNA断片でトリコデルマ・リーセイ QM9414株(NBRC#31329)を形質転換した。分子生物学的手法は、Molecular cloning,laboratory manual,1st,2nd,3rd(1989)の記載通りに行った。また、形質転換は、標準的な手法であるプロトプラスト-PEG法を用い、具体的にはGene,61,165-176(1987)の記載通りに行った。得られたトリコデルマ・リーセイ変異株をQM9414変異株Iとして以下の実験に用いた。
【0051】
<実施例2>QM9414変異株Iを用いたタンパク質の製造試験
(フラスコ培養)
実施例1で作製したQM9414変異株Iの胞子を1.0×10/mLになるように生理食塩水で希釈し、その希釈胞子溶液0.1mLを表1または表2に示した50mLバッフル付フラスコへ入れた10mLのフラスコ培地へ接種させ、振盪培養機にて28℃、120rpmの条件にて120時間培養を行った。培養液中に含まれるタンパク質濃度を参考例1に記載の方法で、セルラーゼの各種比活性を参考例2に記載の方法で測定した。表1の培地で培養した際の結果を表3に、表2の培地で培養した際の結果を表4に示す。
【0052】
【表1】
【0053】
【表2】
【0054】
(培養液の採取)
培養開始120時間後に1mL培養液を採取した。培養液を15,000×g、4℃の条件下で10分間遠心分離を行い、上清を得た。その上清を0.22μmのフィルターでろ過し、そのろ液をセルラーゼ溶液として、以下の実験に用いた。
【0055】
(タンパク質濃度とセルラーゼの各種比活性の測定)
参考例1で記載した手法を用い、培養開始120時間目の培養液におけるタンパク質濃度を測定し、続いて参考例2に記載の方法でセルラーゼの比活性を測定した。結果を表3と表4に示す。
【0056】
<実施例3>配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの機能が低下したトリコデルマ・リーセイ QM9414変異株IIの作製
配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの機能が低下したトリコデルマ・リーセイの変異株は、配列番号10で表される遺伝子配列からなるDNA断片を作製し、当該DNA断片をトリコデルマ・リーセイ QM9414株に形質転換することで作製した。この方法により、配列番号1において、435番目と436番目の間にamdSが挿入され、配列番号2の機能が低下したトリコデルマ・リーセイの変異株が得られる。amdSを含むDNA配列の上流および下流に、上記の配列番号10で表される塩基配列からなるDNA断片を導入するために、トリコデルマ・リーセイQM9414株の遺伝子配列と相同的な部分を付加するように変異導入用プラスミドを作製した。
【0057】
具体的には、トリコデルマ・リーセイ QM9414株から定法に従って抽出したゲノムDNAと配列番号11および12で表されるオリゴDNAを用いてPCRし、得られた増幅断片を制限酵素AflIIとNotIで処理したDNA断片を上流断片とした。また、ゲノムDNAと配列番号13および14で表されるオリゴDNAを用いてPCRし、得られた増幅断片を制限酵素MluIとSphIで処理したDNA断片を下流断片とし、上流および下流DNA断片をAflIIとNotI、MluIとSphIの制限酵素をそれぞれ用いてamdSが挿入されたプラスミドへ導入し、変異導入用プラスミドを構築した。そして、変異導入用プラスミドを制限酵素AflIIとSphIで処理し、配列番号10で示す得られたDNAでトリコデルマ・リーセイ QM9414株を実施例1の記載通りに形質転換を行った。得られたトリコデルマ・リーセイ変異株をQM9414変異株IIとして以下の実験に用いた。
【0058】
<実施例4>QM9414変異株IIを用いたタンパク質の製造試験
実施例1で作製したQM9414変異株Iの代わりにQM9414変異株IIを用いた以外は、実施例2と同様の操作・条件で培養を行い、培養液中に含まれるタンパク質濃度と、セルラーゼの各種比活性を測定した。結果を表3と表4に示す。
【0059】
<比較例1>トリコデルマ・リーセイ QM9414株を用いたタンパク質の製造試験
実施例1で作製したQM9414変異株Iの代わりにトリコデルマ・リーセイ QM9414株を用いた以外は、実施例2と同様の操作・条件で培養を行い、実施例2と同様の方法で培養液中に含まれるタンパク質濃度とセルラーゼの各種比活性を測定した。表1の培地で培養した際の結果を表3に、表2の培地で培養した際の結果を表4に示す。
【0060】
【表3】
【0061】
【表4】
【0062】
実施例2、実施例4および比較例1の結果から、表1に示す培地を用いた培養では、トリコデルマ・リーセイ QM9414株を培養した培養液に含まれるタンパク質濃度を1とした場合、QM9414変異株Iの培養液に含まれるタンパク質濃度の相対値は1.5、QM9414変異株IIの培養液に含まれるタンパク質濃度の相対値は1.3であった。これらの結果から、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの機能を低下させたトリコデルマ・リーセイを培養することによって、当該ポリペプチドの機能を低下させない場合と比べてタンパク質の製造量を向上できることがわかった。
【0063】
さらに、実施例2、実施例4および比較例1で得られた培養液について、参考例2に記載の方法でセルラーゼの比活性を測定した。その結果、トリコデルマ・リーセイ QM9414株を培養した培養液の各種比活性を1とした場合、β-グルコシダーゼ比活性は、QM9414変異株I:1.9、QM9414変異株II:1.7であり、β-キシロシダーゼ比活性は、QM9414変異株I:1.3、QM9414変異株II:1.9、セロビオハイドロラーゼ比活性は、QM9414変異株I:1.3、QM9414変異株II:1.1であった。これらの結果から、配列番号2で表されるアミノ酸配列で表されるポリペプチドの機能が低下したトリコデルマ・リーセイ変異株を培養して得られたセルラーゼは、当該ポリペプチドの機能を低下させない場合と比べて、生産されるタンパク質の量が向上するだけでなく、セルラーゼの各種比活性も向上するという予想外の効果が得られることがわかった。
【0064】
また、表2に示すラクトースを用いた培地による培養では、QM9414株を培養した培養液に含まれるタンパク質濃度を1とした場合、QM9414変異株Iの培養液に含まれるタンパク質濃度の相対値は1.7、QM9414変異株IIの培養液に含まれるタンパク質濃度の相対値は1.4であった。これらの結果から、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの機能を低下させたトリコデルマ・リーセイを培養することによって、当該ポリペプチドの機能を低下させない場合と比べてタンパク質の製造量を向上できることがわかった。
【0065】
さらに、それぞれ得られた培養液について、参考例2に記載の方法でセルラーゼの比活性を測定した。その結果、QM9414株を培養した培養液の各種比活性を1とした場合、β-グルコシダーゼ比活性は、QM9414変異株I:4.3、QM9414変異株II:1.6であり、β-キシロシダーゼ比活性は、QM9414変異株I:2.5、QM9414変異株II:1.2、セロビオハイドロラーゼ比活性は、QM9414変異株I:3.5、QM9414変異株II:1.1であった。これらの結果から、配列番号2で表されるアミノ酸配列で表されるポリペプチドの機能が低下したトリコデルマ・リーセイ変異株を培養して得られたセルラーゼは、当該ポリペプチドの機能を低下させない場合と比べて、生産されるタンパク質の量が向上するだけでなく、セルラーゼの各種比活性も向上するという予想外の効果が得られることがわかった。また、これらの結果から、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの機能が低下したQM9414変異株Iを、ラクトースを添加した培地で培養を行うと、セルロースを添加した培地で培養を行う場合と比べて、セルラーゼの各種比活性がさらに向上することがわかった。
【0066】
<実施例5>QM9414変異株Iのセルラーゼを用いた糖化反応試験
実施例2で得られたQM9414変異株Iの表1に示す培地を用いた培養開始から120時間目の培養液を用いて、表5および参考例3に記載の操作・条件に従って、セルロース含有バイオマスの糖化反応試験を行った。セルロース含有バイオマスとして、Arbocel(登録商標)B800または粉末バガスを用いた。結果を表6に示す。
【0067】
【表5】
【0068】
【表6】
【0069】
<実施例6>QM9414変異株IIのセルラーゼを用いた糖化反応試験1
実施例4で得られたQM9414変異株IIの培養液のうち、表1に記載の培地で培養した際の培養開始から120時間目の培養液を用いて、参考例3に記載の操作・条件に従って、セルロース含有バイオマスの糖化反応試験を行った。Arbocel(登録商標)B800の糖化反応は、表7に、粉末バガスの糖化反応は表8にそれぞれ反応条件を示す。結果を表9に示す。
【0070】
【表7】
【0071】
【表8】
【0072】
【表9】
【0073】
<比較例2>トリコデルマ・リーセイ QM9414株のセルラーゼを用いた糖化反応試験1
比較例1で得られたトリコデルマ・リーセイ QM9414株の培養液のうち、表1に記載の培地で培養した際の培養開始から120時間目の培養液を用いた以外は、実施例5または6と同様の操作・条件でセルロース含有バイオマスの糖化反応試験を行った。結果を表6と9に示す。
【0074】
<実施例7>QM9414変異株IIのセルラーゼを用いた糖化反応試験2
実施例4で得られたQM9414変異株IIの培養液のうち、表2に記載の培地で培養した際の培養開始から120時間目の培養液を用いて、表6および参考例3に記載の操作・条件に従って、セルロース含有バイオマスの糖化反応試験を行った。Arbocel(登録商標)B800の糖化反応は、表10に、粉末バガスの糖化反応は表11にそれぞれ反応条件を示す。結果を表12に示す。
【0075】
【表10】
【0076】
【表11】
【0077】
【表12】
【0078】
<比較例3>トリコデルマ・リーセイ QM9414株のセルラーゼを用いた糖化反応試験2
比較例1で得られたトリコデルマ・リーセイ QM9414株の培養液のうち、表2に記載の培地で培養した際の培養開始から120時間目の培養液を用いた以外は、実施例7と同様の操作・条件でセルロース含有バイオマスの糖化反応試験を行った。結果を表12に示す。
【0079】
<まとめ>
実施例5と比較例2の結果から、表1に記載の培地の培養にて得られた培養液を用いたArbocel(登録商標) B800の糖化反応において、トリコデルマ・リーセイ QM9414株のセルラーゼを用いた場合の糖化液に含まれるグルコース濃度は3.3g/Lであるのに対し、QM9414変異株Iを用いた場合では4.8g/Lであった。また、糖化液に含まれるキシロース濃度は、QM9414株を用いた場合では3.9g/Lであるのに対し、QM9414変異株Iを用いた場合では4.9g/Lであった。
【0080】
また、粉末バガスの糖化反応においては、QM9414株ではグルコース遊離量は1.4g/Lであるのに対し、変異株Iでは1.7g/L、キシロース遊離量は、QM9414株で2.3g/L、変異株Iでは2.5g/Lであった。
【0081】
実施例6と比較例2の結果から、表1に記載の培地の培養にて得られた培養液を用いたArbocel(登録商標) B800の糖化反応において、QM9414株ではグルコース遊離量は13g/Lであるのに対し、QM9414変異株IIは14.3g/Lであった。キシロース遊離量は、QM9414株では8.5g/Lであるのに対し、変異株IIでは9.1g/Lであった。また、粉末バガスの糖化反応においては、QM9414株ではグルコース遊離量は6.1g/Lであるのに対し、変異株IIでは6.5g/Lであった。キシロース遊離量は、QM9414株と変異株IIの両者共に4.1g/Lであった。
【0082】
実施例7と比較例3の結果から、表2に記載の培地の培養にて得られた培養液を用いたArbocel(登録商標) B800の糖化反応において、QM9414株ではグルコース濃度は5.9g/Lであるのに対し、変異株IIは7.2g/Lであった。キシロース濃度は、QM9414株では3.4g/Lであるのに対し、変異株IIでは4.5g/Lであった。また、粉末バガスの糖化反応においては、QM9414株ではグルコース濃度は2.9g/Lであるのに対し、変異株IIでは3.9g/Lであった。キシロース濃度は、QM9414株では2.5g/Lであるのに対し、変異株IIでは3.0g/Lであった。これらの結果から、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの機能が低下したトリコデルマ属糸状菌の変異体が生産するセルラーゼは、QM9414株が生産するセルラーゼよりも多くの糖を製造出来ることがわかった。
【配列表】
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