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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-11
(45)【発行日】2023-12-19
(54)【発明の名称】クロマトグラフ質量分析装置
(51)【国際特許分類】
   H01J 49/00 20060101AFI20231212BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20231212BHJP
   H01J 49/40 20060101ALI20231212BHJP
   H01J 49/42 20060101ALI20231212BHJP
【FI】
H01J49/00 500
G01N27/62 X
G01N27/62 C
H01J49/00 360
H01J49/40
H01J49/42 150
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020190526
(22)【出願日】2020-11-16
(65)【公開番号】P2022079364
(43)【公開日】2022-05-26
【審査請求日】2023-02-27
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】前田 一真
(72)【発明者】
【氏名】松原 稔哉
【審査官】大門 清
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2018/0350576(US,A1)
【文献】米国特許第09911585(US,B1)
【文献】国際公開第2019/012589(WO,A1)
【文献】特表2013-537312(JP,A)
【文献】特表2020-527695(JP,A)
【文献】特表2020-532738(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2020/0264142(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/00
G01N 27/60-27/70
G01N 27/92
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
クロマトグラフとMS/MS分析が可能であるタンデム型質量分析部とを組み合わせた測定部と、
前記測定部を制御することによりクロマトグラフ質量分析を実行する制御部であって、少なくとも、所定の質量電荷比範囲に亘りイオンを測定する第1質量分析と、前記質量電荷比範囲を複数に分割した各ウインドウにそれぞれ含まれるイオンをプリカーサーイオンとするデータ非依存型取得によるMS/MS分析と、を一つのサイクルとして、これを繰り返し実行するように前記タンデム型質量分析部を動作させる制御部と、
分析実行中に、前記ウインドウ毎に、データ非依存型取得によるMS/MS分析により得られたMS/MSスペクトルから得られる強度情報に基いて、実行中であるサイクルにおいて非定常的に実施されるデータ依存型取得によるMS/MS分析のためのウインドウを選択するウインドウ選択部と、
前記実行中であるサイクルにおける第1質量分析により得られたマススペクトルの中で、前記ウインドウ選択部で選択されたウインドウの質量電荷比範囲に含まれるピーク情報から、該ウインドウに対応するプリカーサーイオンを決定するプリカーサーイオン決定部と、
前記プリカーサーイオン決定部で決定されたプリカーサーイオンを、前記実行中であるサイクルにおいて非定常的に実施されるデータ依存型取得によるMS/MS分析のプリカーサーイオンとして前記制御部に指示するデータ依存型取得条件設定部と、
を備えるクロマトグラフ質量分析装置。
【請求項2】
前記プリカーサーイオン決定部は、前記第1質量分析により得られたマススペクトルにおいて、前記ウインドウ選択部で選択されたウインドウの質量電荷比範囲に含まれるピークの中で信号強度が最大であるピークを、該ウインドウに対応するプリカーサーイオンとして決定する、請求項1に記載のクロマトグラフ質量分析装置。
【請求項3】
前記データ依存型取得条件設定部は、決定されたプリカーサーイオンの信号強度の高い順に、データ依存型取得によるMS/MS分析を優先的に実行するように前記制御部に指示する、請求項2に記載のクロマトグラフ質量分析装置。
【請求項4】
分析実行中に、前記ウインドウ毎に、データ非依存型取得によるMS/MS分析により得られたMS/MSスペクトルから得られる強度情報に基いてクロマトグラムを作成するクロマトグラム作成部、をさらに備え、
前記ウインドウ選択部は、前記クロマトグラム作成部により作成された前記ウインドウ毎のクロマトグラムに基いて、前記実行中であるサイクルにおいてデータ依存型取得によるMS/MS分析を行うウインドウを選択する、請求項1~3のいずれか1項に記載のクロマトグラフ質量分析装置。
【請求項5】
前記ウインドウ選択部は、前記ウインドウ毎のクロマトグラムに現れるピークがピークトップに近い状態である、ピークトップである、又は、ピークトップを過ぎた直後である、のいずれかである場合に、そのウインドウを、前記実行中であるサイクルにおいてデータ依存型取得であるMS/MS分析を行うウインドウとして選択する、請求項4に記載のクロマトグラフ質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、MS/MS(=MS2)分析が可能であるタンデム型質量分析装置をクロマトグラフの検出器として用いたクロマトグラフ質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、食品中の残留農薬検査や環境水中の汚染物質検査、或いは生体試料中の代謝物の網羅的解析など、多成分の定性・定量分析が必要な分野において、タンデム型質量分析装置を検出器とした液体クロマトグラフ質量分析装置(LC-MS)の利用が急速に進展している。特に後段の質量分離器として飛行時間型質量分離器を用いた四重極-飛行時間型質量分析装置(Q-TOF型質量分析装置)は、一般的なトリプル四重極型質量分析装置に比べて、高い質量精度及び質量分解能の測定が可能であることから、複雑な試料に含まれる化合物の同定や定量に威力を発揮している。以下、本明細書において、液体クロマトグラフ質量分析装置及びLC-MSは、検出器としてタンデム型質量分析装置を用いた装置を指すものとする。
【0003】
LC-MSを用いて試料中の多成分を網羅的に解析するためのデータ取得手法として、従来、いわゆるショットガン法と呼ばれるデータ依存型取得(DDA:Data Dependent Acquisition)と、データ非依存型取得(DIA:Data Independent Acquisition)とが知られている(特許文献1、2等参照)。
【0004】
DDAでは、まず、イオンを解離させない通常の質量分析(以下「MS1分析」ということがある)により所定の質量電荷比(厳密には斜字体のm/zであるが、本明細書では慣用に従って「質量電荷比」又は「m/z」と記す)範囲に亘るマススペクトル(以下、MS1分析により得られたマススペクトルを「MS1スペクトル」という)を取得する。そして、そのMS1スペクトルにおいて観測されるピークについて、例えば信号強度が閾値以上である等の所与の条件に適合する1又は複数のイオンピークを選択する。そして、上記MS1分析に引き続いて、その選択されたイオンピークに対応するイオンをプリカーサーイオンとして、各プリカーサーイオンが含まれる狭い質量電荷比範囲のイオンをターゲットとしてMS/MS(以下「MS2分析」ということがある)分析を実行し、多様なプロダクトイオンが観測されるMS/MSスペクトルを取得する。
【0005】
一方、DIAの代表的な手法であるSWATH(Sequential Window Acquisition of all THeoretical fragment ion spectra mass spectrometry)(登録商標)法では、測定対象の質量電荷比範囲全体を細かい質量電荷比幅に分割して、複数のウインドウを設定する。そして、そのウインドウを順番に一つずつ選択しながら、各ウインドウの質量電荷比幅に含まれる質量電荷比を有するイオンを一括してプリカーサーイオンとして、そのプリカーサーイオンから生成されるプロダクトイオンを網羅的にスキャン測定してウインドウ毎にMS/MSスペクトルを取得する。一般的に、一つのウインドウの質量電荷比幅は数Da~数十Da程度である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2019/012589号
【文献】米国特許第8809770号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
DDAでは、MS/MS分析時にプリカーサーイオンを選択する質量電荷比範囲がごく狭い。そのため、目的とする単一のイオン種に由来するプロダクトイオンが観測される、純粋性が高いMS/MSスペクトルが得られ易い。その反面、質量分析装置に導入される溶出液中に多数の成分が含まれ、MS1スペクトルに現れるイオンピークの数が多くなり過ぎると、実質的に同時にMS/MS分析が可能であるプリカーサーイオンの数の制約から、一部の成分についてMS/MSスペクトルが得られない場合がある。即ち、成分検出の見逃しが生じ、解析の網羅性が低下するおそれがある。これを回避するために、実質的に同時にMS/MS分析が可能であるプリカーサーイオンの数を増やすと、一つのMS1スペクトルに基いて実行されるMS/MS分析の数が多くなり過ぎ、そのためにデータのサンプリング時間間隔が広くなってしまう。その結果、或る成分の濃度が十分に高い状態であるときにMS/MSスペクトルを取得することができず、定量性が低下する場合がある、等の問題がある。
【0008】
これに対し、上述したDIAでは、測定対象の質量電荷比範囲全体をカバーするようにウインドウを定めるので、多数の成分が同時に質量分析装置に導入された場合であっても、全ての成分についてのプロダクトイオン情報を取得することができる。即ち、DDAに比べると解析の網羅性は高い。しかしながら、各ウインドウの質量電荷比幅はDDAにおいてプリカーサーイオンが選択される質量電荷比範囲に比べて広いので、異なる成分に由来するイオンが一つのウインドウに入る可能性があり、その場合、その複数のイオン種からそれぞれ生成されるプロダクトイオンがMS/MSスペクトルに混在して現れる。即ち、MS/MSスペクトルの純粋性は低く、その点でDDAと比べるとM/MSスペクトルの品質は低い。
【0009】
本発明はこうした課題を解決するためになされたものであり、その主たる目的は、高い網羅性を実現しながら、純粋性の高い良好な品質のMS/MSスペクトルを取得することができるクロマトグラフ質量分析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するためになされた本発明に係るクロマトグラフ質量分析装置の一態様は、
クロマトグラフとMS/MS分析が可能であるタンデム型質量分析部とを組み合わせた測定部と、
前記測定部を制御することによりクロマトグラフ質量分析を実行する制御部であって、少なくとも、所定の質量電荷比範囲に亘りイオンを測定する第1質量分析と、前記質量電荷比範囲を複数に分割した各ウインドウにそれぞれ含まれるイオンをプリカーサーイオンとするデータ非依存型取得によるMS/MS分析と、を一つのサイクルとして、これを繰り返し実行するように前記タンデム型質量分析部を動作させる制御部と、
分析実行中に、前記ウインドウ毎に、データ非依存型取得によるMS/MS分析により得られたMS/MSスペクトルから得られる強度情報に基いて、実行中であるサイクルにおいて非定常的に実施されるデータ依存型取得によるMS/MS分析のためのウインドウを選択するウインドウ選択部と、
前記実行中であるサイクルにおける第1質量分析により得られたマススペクトルの中で、前記ウインドウ選択部で選択されたウインドウの質量電荷比範囲に含まれるピーク情報から、該ウインドウに対応するプリカーサーイオンを決定するプリカーサーイオン決定部と、
前記プリカーサーイオン決定部で決定されたプリカーサーイオンを、前記実行中であるサイクルにおいて非定常的に実施されるデータ依存型取得によるMS/MS分析のプリカーサーイオンとして前記制御部に指示するデータ依存型取得条件設定部と、
を備える。
【0011】
ここで、上記クロマトグラフは、液体クロマトグラフ又はガスクロマトグラフのいずれでもよい。また、上記タンデム型質量分析部は例えば、四重極-飛行時間型質量分析装置、イオントラップ飛行時間型質量分析装置、イオントラップ型質量分析装置、トリプル四重極型質量分析装置などのいずれかである。
【0012】
本発明に係るクロマトグラフ質量分析装置の上記態様において、ウインドウ選択部は、或る一つのサイクルにおいてDIAによるMS/MS分析が終わると直ぐに、一つのウインドウについてのMS/MSスペクトルから得られる強度情報に基いて、そのサイクルにおいて非定常的に実施されるDDAによるMS/MS分析の対象とするウインドウを一又は複数選択する。或いは、ウインドウが一つも選択されない場合もあり得る。プリカーサーイオン決定部は、第1質量分析により得られたマススペクトルを利用して、選択されたウインドウ毎にプリカーサーイオンを決定する。そして、プリカーサーイオンが決まったならば、データ依存型取得条件設定部はそのイオンをDDAによるMS/MS分析のプリカーサーイオンとして制御部に指示し、それを受けて制御部はDDAによるMS/MS分析を実行する。
【0013】
上述したようにDIAによる分析結果からウインドウが選択されなかった場合や、ウインドウが選択されても適切なプリカーサーイオンが決定できなかった場合には、そのサイクルにおけるDDAによるMS/MS分析は実行されない。この意味において、DIAによるMS/MS分析は各サイクルにおいて必ず実施される定常的なMS/MS分析であり、DDAによるMS/MS分析は条件によっては実施されないサイクルもある非定常的なMS/MS分析である。
【発明の効果】
【0014】
即ち、本発明に係るクロマトグラフ質量分析装置の上記態様では、各サイクルにおけるDIAによるMS/MS分析によって作成されるMS/MSスペクトルから得られるウインドウ毎のイオンの強度情報に基いて、つまりは、ウインドウ毎に含まれる成分の濃度(存在量)に応じて、DDAによるMS/MS分析の対象であるプリカーサーイオンが決定される。一般に、ウインドウの質量電荷比幅は、クロマトグラフ質量分析での測定対象である質量電荷比範囲全体に比べると格段に狭く、それぞれのウインドウ内で独立した、つまりは他のウインドウの影響を受けない判定基準で以て、プリカーサーイオンが探索される。そのため、ウインドウ間で各ウインドウに含まれる成分の濃度(存在量)に大きな差異があるような場合であっても、それぞれの成分について適切なタイミング、例えば濃度が比較的大きくなったときにDDAによるMS/MSスペクトルを取得することができる。
【0015】
これにより、本発明に係るクロマトグラフ質量分析装置の上記態様によれば、試料中の比較的存在量が少ない成分についても、純粋性が高く且つ感度の高いMS/MSスペクトルを取得することができる。また、本発明に係るクロマトグラフ質量分析装置の上記態様によれば、例えば十分な定量性が確保できるようなクロマトグラムを得ることができるという条件を満たすために定められた、タンデム型質量分析部の分析速度の制約の下で、測定対象の質量電荷比範囲全体を確実にカバーする各ウインドウについてのMS/MSスペクトルを得ることができ、解析の網羅性を確保することができる。即ち、本発明に係るクロマトグラフ質量分析装置の上記態様によれば、高い網羅性を実現しながら、純粋性の高い良好な品質のMS/MSスペクトルを取得することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明の一実施形態であるLC-MSの概略構成図。
図2】本実施形態のLC-MSにおいて1サイクル中に実施されるMS1分析及びMS/MS分析の内容を説明するための模式図。
図3】本実施形態のLC-MSにおける1サイクル中の分析実行時の制御・処理のフローチャート。
図4】本実施形態のLC-MSにおけるウインドウ選択動作の説明図。
図5】本実施形態のLC-MSにおけるプリカーサーイオン選択動作の説明図。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明に係るクロマトグラフ質量分析装置の一実施形態であるLC-MSについて、添付図面を参照して説明する。
[本実施形態のLC-MSの構成]
図1は、本実施形態のLC-MSの概略構成図である。
【0018】
このLC-MSは、図1に示すように、液体クロマトグラフ部(LC部)1Aと質量分析部(MS部)1Bを含む測定部1と、制御・処理部4と、入力部5と、表示部6と、を含む。
【0019】
LC部1Aは、移動相が貯留される移動相容器10と、移動相を吸引して送給する送液ポンプ11と、移動相中に試料液を注入するインジェクター12と、試料液に含まれる各種化合物を時間的に分離するカラム13と、を含む。
【0020】
MS部1Bは四重極-飛行時間型(Q-TOF型)質量分析装置であり、略大気圧雰囲気であるイオン化室201と、内部が四つに区画された真空チャンバー20と、を含む。真空チャンバー20内には、第1中間真空室202、第2中間真空室203、第1高真空室204、第2高真空室205が設けられ、この順に真空度が高くなるように各室は図示しない真空ポンプ(ターボ分子ポンプ及びロータリーポンプ)により真空排気されている。即ち、このMS部1Bは多段差動排気系の構成である。
【0021】
イオン化室201には、カラム13の出口から溶出液が供給されるエレクトロスプレーイオン化(ESI:Electrospray ionization)プローブ21が配置され、イオン化室201と第1中間真空室202とは細径の脱溶媒管22を通して連通している。第1中間真空室202と第2中間真空室203とはスキマー24の頂部に形成されたオリフィスを通して連通しており、第1中間真空室202内と第2中間真空室203内にはそれぞれ、イオンガイド23、25が配置されている。
【0022】
第1高真空室204内には、四重極マスフィルター26と、内部にイオンガイド28が配置されたコリジョンセル27とが設けられている。また、第1高真空室204と第2高真空室205とに跨って配置された複数の電極はイオンガイド29を構成する。さらに、第2高真空室205内には、直交加速部30、及びリフレクトロンを有するイオン飛行部31、を含む直交加速方式の飛行時間型質量分離器と、イオン検出器32と、が設けられている。
【0023】
制御・処理部4は、機能ブロックとして、分析制御部40、データ格納部41、クロマトグラム作成部42、DIAウインドウ選択部43、プリカーサー決定部44、及び、DDA実行リスト作成部45、を含む。データ格納部41には、MS1データ格納領域410、DIAデータ格納領域411、及び、DDAデータ格納領域412が設けられている。
【0024】
通常、制御・処理部4の実体はパーソナルコンピューターやワークステーションなどであり、そうしたコンピューターにインストールされた専用の一又は複数のソフトウェア(コンピュータープログラム)を該コンピューターにおいて実行することにより、上記各機能ブロックが具現化される構成とすることができる。こうしたコンピュータプログラムは、CD-ROM、DVD-ROM、メモリカード、USBメモリ(ドングル)などの、コンピューター読み取り可能である非一時的な記録媒体に格納されてユーザーに提供されるものとすることができる。或いは、インターネットなどの通信回線を介したデータ転送の形式で、ユーザーに提供されるようにすることもできる。或いは、ユーザーがシステムを購入する時点で予めシステムの一部であるコンピューターにプリインストールしておくこともできる。
【0025】
[本実施形態のLC-MSにおけるLC/MS分析動作の概要]
分析制御部40は予め作成された測定メソッドに従って測定部1を制御することで、用意された試料に対するLC/MS分析を実行し、該試料についてのLC/MSデータを収集する。まず、分析制御部40による制御の下で実行されるLC/MS分析動作について説明する。
【0026】
このLC-MSにおいて、LC部1Aは一般的なLC分離動作を実行する。即ち、LC部1Aにおいて、送液ポンプ11は移動相容器10から移動相を吸引し略一定流量でカラム13に送る。分析制御部40からの指示に応じて、インジェクター12は所定のタイミングで試料液を移動相中に注入する。注入された試料は移動相の流れに乗ってカラム13に導入され、カラム13を通過する間に、該試料中の化合物は時間的に分離される。試料注入時点以降、カラム13出口から溶出する溶出液中には、試料中に含まれる様々な化合物が一つずつ又は複数が重なって現れる。
【0027】
この溶出液はMS部1BにおいてESIプローブ21に導入され、ESIプローブ21は溶出液に片寄った電荷を付与しつつイオン化室201内に噴霧する。噴霧により生成された帯電液滴は周囲の高温のガスに接触し微細化され、該液滴中の溶媒が気化する過程で該液滴中の化合物は気体イオンとなる。生成されたイオンは脱溶媒管22を経て第1中間真空室202内へと送られ、イオンガイド23、スキマー24、イオンガイド25を順に経て、第1高真空室204内の四重極マスフィルター26に導入される。
【0028】
MS部1Bでは、後述するようにMS1分析又はMS/MS分析のいずれかが実行される。
MS1分析の場合、第1高真空室204内に送られたイオンは、四重極マスフィルター26及びコリジョンセル27をほぼ素通りし(通常、四重極マスフィルター26にはイオンを輸送するためのRF電圧のみが印加される)、直交加速部30まで輸送される。一方、MS/MS分析の場合、四重極マスフィルター26を構成する複数のロッド電極にそれぞれ、直流電圧にRF電圧を重畳した所定の電圧が印加され、その電圧に応じた特定の質量電荷比を有するイオン種、又はその電圧に応じた特定の質量電荷比範囲に含まれるイオン種が、プリカーサーイオンとして選択されて四重極マスフィルター26を通過する。コリジョンセル27内には、Arガス等のコリジョンガスが導入されており、プリカーサーイオンはコリジョンガスに接触して衝突誘起解離により解離され、各種のプロダクトイオンが生成される。生成されたプロダクトイオンは、イオンガイド29を経て直交加速部30まで輸送される。
【0029】
直交加速部30において、イオンはその入射方向(X軸方向)に略直交する方向(Z軸方向)に、一斉に加速される。加速されたイオンはその質量電荷比に応じた速度で飛行し、イオン飛行部31において図1中に2点鎖線で示すように折り返し飛行し、イオン検出器32に到達する。直交加速部30から同時に出発した各種イオンは、質量電荷比が小さい順にイオン検出器32に到達して検出される。イオン検出器32は、入射したイオンの量に応じたイオン強度信号を制御・処理部4へ出力する。
【0030】
制御・処理部4においてデータ格納部41は、イオン強度信号をデジタル化し、またイオンが直交加速部30から射出された時点を基点とする飛行時間を質量電荷比に換算することでマススペクトルデータ(ローデータ)を取得し、複数の記憶領域410~412のいずれかに保存する。保存されるデータが、MS1スペクトル又はMS/MSスペクトルの元となるデータである。
【0031】
[本実施形態のLC-MSにおける特徴的なMS/MS分析動作]
本実施形態のLC-MSにおいて、LC部1Aで試料液が注入されたあと、分析制御部40は次のようにMS部1Bを制御する。
図2は、本実施形態のLC-MSにおいて1サイクル中に実施されるMS1分析及びMS/MS分析の内容を説明するための模式図である。このサイクルが測定開始(データ取得開始)時点から測定終了時点まで繰り返される。
【0032】
図2において縦軸は、1サイクル中に実施される、それぞれ一単位の質量分析に対応するイベント(Event)の番号である。このイベントの番号順に、つまりは図2において上から下方向に順に分析が実行される。また、図2において横軸は質量電荷比m/zであり、MS1分析においては測定対象である質量電荷比範囲、MS/MS分析においてはプリカーサーイオンとして選択される質量電荷比範囲を示している。なお、図2中にAで示したのは、一部のイベントに対応してそれぞれ作成されるクロマトグラムの概念図である。
【0033】
図2に示すように、一つのサイクルには、1回のMS1分析と、複数回のDIAによるMS/MS分析(以下「DIA-MS/MS分析」という)と、複数回のDDAによるMS/MS分析(以下「DDA-MS/MS分析」という)と、が含まれる。
MS1分析は所定の質量電荷比範囲ML~Muを測定対象としており、このMS1分析がEvent1として、各サイクルの最初に実行される。この例では、測定質量電荷比範囲ML~Muはm/z 300~1500である。
【0034】
MS1分析に引き続いて、DIA-MS/MS分析(SWITH法)が実施される。ここでは、所定の質量電荷比範囲ML~Muを所定の質量電荷比幅ΔM毎に区切ることで作成した複数のウインドウの一つ一つについて、そのウインドウの質量電荷比範囲に含まれる全てのイオンを一括してプリカーサーイオンとしてMS/MS分析を行う。この例では、測定対象の質量電荷比範囲ML~Muをm/z 300~1500、質量電荷比幅ΔMを20Daとして、全部の60個のウインドウで測定対象の質量電荷比範囲全体を漏れなくカバーしている。つまり、イベント数は60であり、例えば、Event2は、m/z 300~320の質量電荷比範囲に含まれるイオン全てをプリカーサーイオンとしたMS/MS分析であり、Event3は、m/z 320~340の質量電荷比範囲に含まれる全てのイオンをプリカーサーイオンとしたMS/MS分析である。また、Event61は、m/z 1480~1500の質量電荷比範囲に含まれる全てのイオンをプリカーサーイオンとしたMS/MS分析である。
【0035】
DIA-MS/MS分析に引き続いて、DDA-MS/MS分析が実施される。ここでは、DDA-MS/MS分析は、後述するように作成されるDDA実行リストに挙げられているプリカーサーイオンをターゲットとして実行される。このときには、四重極マスフィルター26で選択されるイオンの質量電荷比幅はDIA(本例では20Da)に比べてごく狭く設定され、例えば1Da~4Da程度に設定される。得られるMS/MSスペクトルの純粋性を高めるには、質量電荷比幅を1Da程度にすることが望ましく、例えば比較的質量電荷比が近い同位体イオンピークまで含めてプリカーサーイオンとしたい場合には4Da程度まで広げてもよい。ここでは、DIA-MS/MS分析には30個のイベントが用意されており、異なる30個のプリカーサーイオンについての純粋性の高いMS/MSスペクトルの取得が可能である。但し、DDA-MS/MS分析はDIA-MS/MS分析と異なり、適切なプリカーサーイオンが存在しない場合には実行されないから、必ずしも各サイクルにおいてDDA-MS/MS分析が実行されるとは限らない。
【0036】
図3は、本実施形態のLC-MSにおける1サイクル中の分析実行時の制御・処理のフローチャートである。
図3に従って、分析時の具体的な制御及び処理動作を説明する。
一つのサイクルにおいてEvent1のMS1分析が実行される(ステップS1)と、質量電荷比範囲ML~Muに亘るマススペクトルデータがMS1データ格納領域410に格納される。
【0037】
MS1分析に続き、DIA-MS/MS分析の対象としてウインドウ#1が設定され(ステップS2)、該ウインドウに含まれるイオンをプリカーサーイオンとしたDIA-MS/MS分析が実行される(ステップS3)。即ち、図2中のEvent2において、四重極マスフィルター26はm/z 300~320の質量電荷比範囲に含まれるイオンを通過させ、プリカーサーイオンとしてコリジョンセル27に導入する。質量電荷比幅は比較的広いので、プリカーサーイオンには異なる成分由来のイオンが混じっている可能性があるものの、それらイオンをまとめて解離させ、生成されたプロダクトイオンを飛行時間型質量分離部に導入して質量分析する。これにより、m/z 300~320であるプリカーサーイオンについての所定の質量電荷比範囲に亘るMS/MSスペクトルデータがDIAデータ格納領域411に保存される。
【0038】
一つのウインドウについてのDIA-MS/MS分析が終了すると、全てのウインドウについてのDIA-MS/MS分析が終了したか否かが判定され(ステップS4)、未終了であるとDIA-MS/MS分析の対象として次のウインドウが設定され(ステップS5)ステップS3に戻る。したがって、ステップS3~S6の繰り返しにより、Event2~Event61までの全てのDIA-MS/MS分析が実行される。例えばEvent3では、m/z 320~340の質量電荷比範囲に含まれるイオンをプリカーサーイオンとしたMS/MSスペクトルデータが、その次のEvent4では、m/z 340~360の質量電荷比範囲に含まれるイオンをプリカーサーイオンとしたMS/MSスペクトルデータが、それぞれ収集される。そして、Event61では、m/z 1480~1500の質量電荷比範囲に含まれるイオンをプリカーサーイオンとしたMS/MSスペクトルデータが収集される。
【0039】
DIA-MS/MS分析が終了すると、次のようなウインドウ選択処理が実行される。但し、図3中に点線Lで示したように、ウインドウ選択処理は必ずしも全てのウインドウについてのDIA-MS/MS分析の終了後ではなく、一つのウインドウについてのDIA-MS/MS分析が終了する毎に実行することができる。
【0040】
図4は、本実施形態のLC-MSにおけるウインドウ選択処理の説明図である。
図4(A)に示すように、上述したDIA-MS/MS分析ではMS1分析の測定対象である質量電荷比範囲のうちの一部の質量電荷比範囲をプリカーサーイオンとするMS/MS分析が実施され、図4(B)に示すようなMS/MSスペクトルを構成するデータが得られる。一般的に、このMS/MSスペクトルには、プリカーサーイオンの質量電荷比範囲よりも低い質量電荷比の領域にプロダクトイオン由来のピークが現れる。コリジョンエネルギーによってはプリカーサーイオンの一部がそのまま残り、該プリカーサーイオンのピークも観測される。
【0041】
クロマトグラム作成部42は、イベント毎つまりはウインドウ毎に、MS/MSスペクトルにおいて観測される全てのピークの信号強度を加算する。この信号強度の加算値は、その保持時間において、一つのウインドウに含まれる一又は複数の成分由来のイオン(プロダクトイオン、プリカーサーイオン)の強度の合計値であるから、その一又は複数の成分の存在量を反映した値であり、ここではこれをTIC値(トータルイオン電流値)ということとする(ステップS6)。
【0042】
一つのサイクルにおいてウインドウ毎にそれぞれTIC値が得られるから、サイクルの繰り返しにおいて各サイクルで得られるTIC値を保持時間の順に並べると、図4(C)に示すようなクロマトグラムを作成することができる。このクロマトグラムは、所定の質量電荷比範囲におけるTIC値の時間的変化を示すものであるから、トータルイオンクロマトグラム(TIC)に準じるものである。クロマトグラム作成部42は、新たなTIC値が得られると、それまでに作成していたTICに新たなデータを追加する。したがって、LC/MS分析の進行に伴い、ウインドウ毎のTICはほぼリアルタイムでその曲線が更新されていくことになる(ステップS7)。
【0043】
DIAウインドウ選択部43は、一つのサイクルにおけるDIA-MS/MS分析が実施されてTICが更新されると、直ぐにそのTICに現れるピーク波形を所定の基準に従って判定することにより、そのTIC上でピークのトップに近い位置であるか否かを判断する(ステップS8)。
【0044】
この判定の基準としては様々な方法が考え得るが、例えば、ピークの立ち上がりのスロープが急である状態から緩やかな状態に変化したことを認識するために、時間的に隣接する二つのサイクルにおける信号強度加算値の差の時間的な変化(増加)の度合が所定の閾値を下回ったことを検出するようにすることができる。また、ピークのトップに達した又はそれを僅かに過ぎたことを認識するために、時間的に隣接する二つのサイクルにおける信号強度加算値の差がゼロになった又はその極性が変化したことを検出するようにすることもできる。即ち、重要なことは、ピークの高さに拘わらず(但し、極端に高さが低いピークは除外してもよい)、そのピークのピークトップに近いか否かを判定できるようにすることである。
【0045】
DIAウインドウ選択部43は、各ウインドウについて得られたTICに基いて上述した判定を実行し、所定の基準を満たしたウインドウを全て選択する(ステップS9)。図2では、Aに示したようなTIC(但し、図2のAでは、この時点で未だ得られていない部分までTICの曲線を描いている)に基いて、Bで示した三つのウインドウが選択されている。
【0046】
次に、プリカーサー決定部44は選択された各ウインドウについて、MS1スペクトルにおいてそのウインドウの質量電荷比範囲に対応する質量電荷比範囲に存在するピークの中で、信号強度が最大であるピークをプリカーサーイオンピークとして探索する(ステップS10)。信号強度が最大であるピークを選択するのは、そのピークがそのウインドウにおいて最も着目に値する、つまりは有意なピークであると想定できるからである。
【0047】
図5は、このプリカーサーイオン選択動作の説明図である。いま、選択されたウインドウの質量電荷比範囲がM1~M2であり、M1スペクトルが図中に示した例である場合、下向き矢印で示したピークがプリカーサーイオンピークとして選択される。
プリカーサー決定部44により、選択されたウインドウのそれぞれにおいて同様にしてプリカーサーイオンピークが選択されると、DDA実行リスト作成部45は、選択されたプリカーサーイオンピークの信号強度が大きい順に、プリカーサーイオンの質量電荷比を掲載したDDA実行リストを作成する(ステップS11)。
【0048】
上述したクロマトグラム作成部42、DIAウインドウ選択部43、プリカーサー決定部44、及びDDA実行リスト作成部45の処理はいずれも簡単な処理であり、その処理に要する時間は1回のMS/MS分析の実行時間に比べると格段に短い。したがって、全てのウインドウについてのDIA-MS/MS分析が終了してからその結果に基くDDA実行リストが作成されるまでの時間は殆ど無視できる程度である。もちろん、上述したように、クロマトグラム作成部42、DIAウインドウ選択部43、及びプリカーサー決定部44による処理は、全てのDIA-MS/MS分析が終了してから実行する必要はなく、1回のDIA-MS/MS分析が終了してMS/MSスペクトルが得られる毎に実行することができる。
【0049】
DDA実行リスト作成部45は、作成したDDA実行リストを分析制御部40に引き渡す。分析制御部40はこのDDA実行リストに挙げられている各プリカーサーイオンについてのMS/MS分析を、その上位から順番に実行する(ステップS12)。DDA実行リストに掲載されているプリカーサーイオンの質量電荷比は例えば小数点以下4桁の精密値であるが、上述したようにDDA-MS/MS分析において四重極マスフィルター26を通過させるイオンの質量電荷比幅は1~4Da程度に広げるとよい。
【0050】
本例では、上述したようにDDA-MS/MS分析のためのイベントは30個用意されており、最大30個のプリカーサーイオンについてのMS/MSスペクトルの取得が可能である。もし、DDA実行リストに掲載されているプリカーサーイオンの数が最大数を超える場合には、その最大数でDDA-MS/MS分析を打ち切ればよい。
【0051】
一例として、MS1分析の所要時間が5msec、1回のDIA-MS/MS分析の所要時間が5msec、1回のDDA-MS/MS分析の所要時間が10msecであり、上述したように、DIA-MS/MS分析のイベント数が60、DDA-MS/MS分析のイベント数が30であるとする。なお、ここで、DIA-MS/MS分析の所要時間に比べてDDA-MS/MS分析の所要時間が長いのは、DDA-MS/MS分析ではスキャン回数を増やし、スペクトルの積算回数を増やすことでその精度を高めるためである。但し、DIA-MS/MS分析とDDA-MS/MS分析とで所要時間を同一としてもよい。
【0052】
上記例の場合、1サイクルの所要時間(ループタイム)は、0.605secとなる。即ち、例えばDIA-MS/MS分析の結果に基いて抽出イオンクロマトグラムを作成すると、そのデータの時間間隔(サンプリング時間間隔)は0.605secになる。一般的に、クロマトグラムのピークから高い定量性で以て成分の濃度(存在量)を算出するには、一つのピーク中に10点程度以上のデータ点が必要であるが、通常の液体クロマトグラフではピークの幅が数sec程度であり、高い定量性を確保するのに十分なデータ点数を実現することができる。
また、ループタイムに応じて各イベントに割り当てる時間を調整したり、DDA-MS/MS分析のイベントの数を調整したりしてもよい。
【0053】
本実施形態のLC-MSでは、DIA-MS/MS分析により測定対象の質量電荷比範囲全体を漏れなくカバーしたMS/MSスペクトルが得られる。したがって、試料に含まれるほぼ全ての成分(化合物)に由来するプロダクトイオン情報を収集することができ、高い網羅性を実現することができる。一方で、試料に含まれる複数の成分の量に大きな差があるような場合でも、その各成分について溶出液中に含まれる量が比較的多い状態であるときにその成分由来のイオンについてのDDAによるMS/MSスペクトルを取得することができる。したがって、試料に含まれる有意と考えられる成分について、純粋性の高い且つ信号強度のレベルが高い良好な品質のMS/MSスペクトルを得ることができ、そうした成分の同定や定量の精度を向上させることができる。
【0054】
[変形例]
上記実施形態のLC-MSでは、ウインドウを選択する際に、ウインドウ毎のTICを用いたが、TICの代わりにベースピーククロマトグラム(BPC)を利用してもよいし、或いは、これに代わる別のクロマトグラムを用いてもよい。また、MS/MSスペクトルからTIC値を算出する際に、MS/MSスペクトルにおいて観測される全てのピークの信号強度を用いず、プリカーサーイオンは除外してもよい。また、例えばLC部1Aで使用されている移動相に由来する成分や既知の夾雑物など、解析対象でない既知の成分に対応する質量電荷比を有するイオンピークも同様に、TIC値を算出する際に除外してもよい。
【0055】
また、ウインドウ毎にプリカーサーイオンを決定する際にも、そのウインドウに対応する質量電荷比範囲において単に信号強度が最大であるピークを選択するのではなく、上述したように解析対象でない既知の成分に対応する質量電荷比を有するイオンピークを除外したうえで信号強度が最大であるピークを選択するようにしてもよい。また、一つのウインドウから一つのプリカーサーイオンを選択するのではなく、信号強度などの条件によっては、一つのウインドウから複数のプリカーサーイオンをDDA-MS/MS分析の対象として選択できるようにしてもよい。また、DDA実行リストにプリカーサーイオンを挙げる際に、その優先順位を、プリカーサーイオンの信号強度に基いてではなく、プリカーサーイオンに対応するウインドウにおけるTIC値など、別の指標値を用いて決めるようにしてもよい。
【0056】
また、上記実施形態では、DIA-MS/MS分析で取得したMS/MSスペクトルに現れる各イオンの強度情報に基いてウインドウ毎にクロマトグラムを作成していたが、クロマトグラムを作成することなくウインドウを選択することもできる。その場合には、例えば、各ウインドウに対応するMS/MSスペクトルを取得する度に、そのMS/MSスペクトルにおいて所定のイオン(例えば信号強度が最も高いベースピーク)の信号強度が所定の閾値を超えるか否か、又は、そのMS/MSスペクトルにおける複数のイオンの信号強度の合算値が所定の閾値を超えるか否かを判定し、閾値を超える場合にDDA-MS/MS分析を実施する(つまりはプリカーサーイオンを選定する)ウインドウとして選択することができる。
【0057】
また、当然のことながら、例えば、測定対象の質量電荷比範囲やウインドウの質量電荷比幅等の上記の各種の数値は一例であり、適宜に変更が可能である。
【0058】
また、上記実施形態のLC-MSでは、質量分析部1BにQ-TOF型質量分析装置を用いていたが、トリプル四重極型質量分析装置、イオントラップ飛行時間型質量分析装置、イオントラップ型質量分析装置など、MS/MS分析が可能である他の方式のタンデム型質量分析装置を用いることもできる。但し、質量精度や質量分解能などの性能、或いは、分析速度などの観点から、Q-TOF型質量分析装置が好適である。
【0059】
また、上記実施形態は、クロマトグラフとして液体クロマトグラフを用いたものであるが、ガスクロマトグラフ質量分析装置にも本発明を適用可能であることは明らかである。
【0060】
さらにまた、上記実施形態や上述した各種の変形例は本発明の一例であって、本発明の趣旨の範囲で適宜修正、変更、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【0061】
[種々の態様]
上述した例示的な実施形態が以下の態様の具体例であることは、当業者には明らかである。
【0062】
(第1項)本発明に係るクロマトグラフ質量分析装置の一態様は、
クロマトグラフとMS/MS分析が可能であるタンデム型質量分析部とを組み合わせた測定部と、
前記測定部を制御することによりクロマトグラフ質量分析を実行する制御部であって、少なくとも、所定の質量電荷比範囲に亘りイオンを測定する第1質量分析と、前記質量電荷比範囲を複数に分割した各ウインドウにそれぞれ含まれるイオンをプリカーサーイオンとするデータ非依存型取得によるMS/MS分析と、を一つのサイクルとして、これを繰り返し実行するように前記タンデム型質量分析部を動作させる制御部と、
分析実行中に、前記ウインドウ毎に、データ非依存型取得によるMS/MS分析により得られたMS/MSスペクトルから得られる強度情報に基いて、実行中であるサイクルにおいて非定常的に実施されるデータ依存型取得によるMS/MS分析のためのウインドウを選択するウインドウ選択部と、
前記実行中であるサイクルにおける第1質量分析により得られたマススペクトルの中で、前記ウインドウ選択部で選択されたウインドウの質量電荷比範囲に含まれるピーク情報から、該ウインドウに対応するプリカーサーイオンを決定するプリカーサーイオン決定部と、
前記プリカーサーイオン決定部で決定されたプリカーサーイオンを、前記実行中であるサイクルにおいて非定常的に実施されるデータ依存型取得によるMS/MS分析のプリカーサーイオンとして前記制御部に指示するデータ依存型取得条件設定部と、
を備える。
【0063】
第1項に記載の装置によれば、試料中の比較的存在量が少ない成分についても、純粋性が高く且つ感度の高いMS/MSスペクトルを取得することができる。また、第1項に記載の装置によれば、例えば十分な定量性が確保できるようなクロマトグラムを得ることができるという条件を満たすために定められた、タンデム型質量分析部の分析速度の制約の下で、測定対象の質量電荷比範囲全体を確実にカバーする各ウインドウについてのMS/MSスペクトルを得ることができる。即ち、第1項に記載の装置によれば、高い網羅性を実現しながら、純粋性の高い良好な品質のMS/MSスペクトルを取得することができる。
【0064】
(第2項)第1項に記載の装置において、前記プリカーサーイオン決定部は、前記第1質量分析により得られたマススペクトルにおいて、前記ウインドウ選択部で選択されたウインドウの質量電荷比範囲に含まれるピークの中で信号強度が最大であるピークを、該ウインドウに対応するプリカーサーイオンとして決定するものとすることができる。
【0065】
第2項に記載の装置によれば、マススペクトルにおいて一つのウインドウの質量電荷比範囲に複数のピークが存在する場合に、その複数のピークの中で最も有意であると想定されるピークを選択し、DDAによるMS/MS分析のプリカーサーイオンとすることができる。それにより、試料に多数の成分が含まれる場合に、有意であると想定される成分についての良好な品質のMS/MSスペクトルを確実に取得することができる。
【0066】
(第3項)また第2項に記載の装置において、前記データ依存型取得条件設定部は、決定されたプリカーサーイオンの信号強度の高い順にデータ依存型取得によるMS/MS分析を優先的に実行するように前記制御部に指示するものとすることができる。
【0067】
第3項に記載の装置によれば、複数の成分がクロマトグラフで時間的に十分に分離されずに重なって質量分析部に導入されるような場合に、存在量が多い成分、つまりは主要な成分であると想定される成分について優先的に、DDAによるMS/MSスペクトルを取得することができる。
【0068】
(第4項)また第1項~第3項のいずれか1項に記載の装置において、
分析実行中に、前記ウインドウ毎に、データ非依存型取得によるMS/MS分析により得られたMS/MSスペクトルから得られる強度情報に基いてクロマトグラムを作成するクロマトグラム作成部、をさらに備え、
前記ウインドウ選択部は、前記クロマトグラム作成部により作成された前記ウインドウ毎のクロマトグラムに基いて、前記実行中であるサイクルにおいてデータ依存型取得によるMS/MS分析を行うウインドウを選択するものとすることができる。
【0069】
ここで、ウインドウ毎のクロマトグラムとしては例えば、トータルイオンクロマトグラム又はベースピーククロマトグラムなどを用いることができる。
【0070】
第4項に記載の装置において、ウインドウ選択部は、或る一つのサイクルにおいてDIAによるMS/MS分析が終わると直ぐに、一つのウインドウについてのMS/MSスペクトルから得られる強度情報と、それ以前のサイクルにおいて同じウインドウについてのDIAによるMS/MS分析により得られたMS/MSスペクトルから得られる強度情報とから、ウインドウ毎にその強度情報の時間的変化を示すクロマトグラムを作成する。ウインドウ毎のクロマトグラムは、そのウインドウに質量電荷比が含まれるイオン種の元となる成分の濃度(存在量)の時間的変化を反映している。そこで、ウインドウ選択部は例えば、ウインドウ毎のクロマトグラムに現れるピーク波形の形状に基いて、同じサイクルにおいてDDAによるMS/MS分析の対象とするウインドウを選択する。
【0071】
このようにして第4項に記載の装置によれば、ウインドウ毎のイオン強度の時間的な変化に基いて適切なタイミング、つまりはウインドウ内に含まれる成分の濃度が比較的大きくなったタイミングで、DDAによる純粋性の高いMS/MSスペクトルを取得することができる。
【0072】
(第5項)また、第4項に記載の装置において、前記ウインドウ選択部は、ウインドウ毎のクロマトグラムに現れるピークがピークトップに近い状態である、ピークトップである、又は、ピークトップを過ぎた直後である、のいずれかである場合に、そのウインドウを、前記実行中であるサイクルにおいてデータ依存型取得によるMS/MS分析を行うウインドウとして選択するものとすることができる。
【0073】
第5項に記載の装置によれば、試料に含まれる成分毎に、他の成分の存在量に拘わらず、溶出液中にその成分の存在量が最も多くなる又はそれに近いタイミングで、DDAによるMS/MSスペクトルを取得することができる。それにより、信号強度の高い良好な品質のMS/MSスペクトルを得ることができる。
【符号の説明】
【0074】
1…測定部
1A…液体クロマトグラフ部(LC部)
10…移動相容器
11…送液ポンプ
12…インジェクター
13…カラム
1B…質量分析部(MS部)
20…真空チャンバー
201…イオン化室
202…第1中間真空室
203…第2中間真空室
204…第1高真空室
205…第2高真空室
21…ESIプローブ
22…脱溶媒管
23…イオンガイド
24…スキマー
25、28、29…イオンガイド
26…四重極マスフィルター
27…コリジョンセル
28…イオンガイド
30…直交加速部
31…イオン飛行部
32…イオン検出器
4…制御・処理部
40…分析制御部
41…データ格納部
410…MS1データ格納領域
411…DIAデータ格納領域
412…DDAデータ格納領域
42…クロマトグラム作成部
43…DIAウインドウ選択部
44…プリカーサー決定部
45…DDA実行リスト作成部
5…入力部
6…表示部
図1
図2
図3
図4
図5