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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-11
(45)【発行日】2023-12-19
(54)【発明の名称】鋼板及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20231212BHJP
   C22C 38/06 20060101ALI20231212BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20231212BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20231212BHJP
【FI】
C22C38/00 301U
C22C38/06
C22C38/60
C21D9/46 F
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020198918
(22)【出願日】2020-11-30
(65)【公開番号】P2022086737
(43)【公開日】2022-06-09
【審査請求日】2022-06-28
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100184859
【弁理士】
【氏名又は名称】磯村 哲朗
(74)【代理人】
【識別番号】100123386
【弁理士】
【氏名又は名称】熊坂 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100196667
【弁理士】
【氏名又は名称】坂井 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【弁理士】
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】平島 拓弥
(72)【発明者】
【氏名】吉岡 真平
(72)【発明者】
【氏名】金子 真次郎
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-138488(JP,A)
【文献】特開2011-099130(JP,A)
【文献】特開2003-286542(JP,A)
【文献】国際公開第2014/196586(WO,A1)
【文献】特開2010-138489(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/06
C22C 38/60
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.20%以上0.90%以下、
Si:0.50%以下、
Mn:1.50%以下、
P:0.050%以下、
S:0.020%以下、
Al:0.10%以下、
N:0.010%以下、および
残部はFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、
鋼組織全体に対する面積率で、圧延加工パーライトが95%以上であり、
板厚方向で測定される硬度のうちの最大硬度と最小硬度について、前記最大硬度と前記最小硬度の比である最大硬度/最小硬度が1.0以上2.0以下であり、
引張強さが1500MPa以上である鋼板。
【請求項2】
前記成分組成として、さらに、質量%で、
Cr:4.0%以下、
Mo:4.0%以下、
V:0.5%以下、および
Ni:0.10%以下のうちから選ばれた少なくとも1種を含有する、請求項1に記載の鋼板。
【請求項3】
前記成分組成として、さらに、質量%で、
Nb:0.020%以下、
Ti:0.020%以下、
Cu:0.20%以下、
B:0.0020%以下、
Sb:0.10%以下、および
Sn:0.10%以下のうちから選ばれた少なくとも1種を含有する、請求項1または2に記載の鋼板。
【請求項4】
請求項1~3のいずれかに記載の成分組成を有し、鋼組織全体に対する面積率で、95%以上のパーライトを有し、該パーライト組織の平均ラメラ間隔が300nm以下である鋼素材を、以下の1)~4)の条件全てを満たす冷間圧延条件で複数方向での冷間圧延を施す冷間圧延工程を含む、鋼組織全体に対する面積率で、圧延加工パーライトが95%以上であり、板厚方向で測定される硬度のうちの最大硬度と最小硬度について、前記最大硬度と前記最小硬度の比である最大硬度/最小硬度が1.0以上2.0以下であり、引張強さが1500MPa以上である鋼板の製造方法。
1) 圧延方向の数n:nは整数、n≧2
2) 1つの圧延方向における最小総圧下率r:r≧10%
3) 前記圧延方向の数nでの冷間圧延における、各圧延方向の総圧下率の合計である、全方向の合計の総圧下率R:R≧90%
4) 1回目の冷間圧延後の各圧延方向の1回目の冷間圧延方向に対する角度のうち、0°超90°以下となる角度を読み取るとき、前記各圧延方向の中で最も大きな角度となる角度Xmax:60°≦Xmax≦90°
【請求項5】
請求項1~3のいずれかに記載の成分組成を有する鋼素材を、900℃以上の加熱温度で1分以上保持した後、10℃/秒以上の平均冷却速度で冷却し、(850-380[C]1/2)℃以上(950-380[C]1/2)℃以下([C]は前記鋼素材に含まれるC含有量である。)で20分以上保持した後、室温まで冷却する熱処理工程と、
以下の1)~4)の条件全てを満たす冷間圧延条件で複数方向での冷間圧延を施す冷間圧延工程と、を含む、鋼組織全体に対する面積率で、圧延加工パーライトが95%以上であり、板厚方向で測定される硬度のうちの最大硬度と最小硬度について、前記最大硬度と前記最小硬度の比である最大硬度/最小硬度が1.0以上2.0以下であり、引張強さが1500MPa以上である鋼板の製造方法。
1) 圧延方向の数n:nは整数、n≧2
2) 1つの圧延方向における最小総圧下率r:r≧10%
3) 前記圧延方向の数nでの冷間圧延における、各圧延方向の総圧下率の合計である、全方向の合計の総圧下率R:R≧90%
4) 1回目の冷間圧延後の各圧延方向の1回目の冷間圧延方向に対する角度のうち、0°超90°以下となる角度を読み取るとき、前記各圧延方向の中で最も大きな角度となる角度Xmax:60°≦Xmax≦90°
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車用の部品等に用いられる鋼板及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境保全の観点から、CO排出量の抑制を目的として自動車のさらなる燃費改善が求められている。自動車の燃費改善には、部品の薄肉化による自動車の軽量化が有効である。そのため、近年、自動車用の部品に対する高強度鋼板の使用量が増加しつつある。
【0003】
しかし、高強度鋼板を使用した部品では、一般的に耐遅れ破壊特性の劣化が懸念される。ここで、遅れ破壊とは、応力が加わった状態で部品が水素侵入環境下に置かれたときに、水素が部品を構成する鋼板内に侵入し、原子間結合力を低下させることや局所的な変形を生じさせることで微小亀裂が生じ、その微小亀裂が進展することで破壊に至る現象である。
【0004】
微小亀裂は旧オーステナイト粒界から生じやすいため、この旧オーステナイト粒界の存在が遅れ破壊の発生を招く要因の1つとなる。
【0005】
このような高強度鋼板の遅れ破壊を抑制する技術として、例えば、特許文献1には、成分組成は、mass%で、C:0.3~1.0%、Si:2.0%以下、Mn:2.0%以下、P:0.005~0.1%、S:0.05%以下、Al:0.005~0.1%、N:0.01%以下を含み、Cr:0.2%以上4.0%以下、Mo:0.2%以上4.0%以下、Ni:0.2%以上4.0%以下のうちいずれか一種または二種以上を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなり、主相組織は、フェライトと炭化物が層をなしており、さらに、炭化物のアスペクト比が10以上で、かつ、層の間隔が50nm以下である層状組織が組織全体に対する体積率で65%以上であることを特徴とする引張強さが1500MPa以上の高強度鋼板が開示されている。
【0006】
また、特許文献2には、C、Si、Mnの含有量が質量%で(1)式:「C≧0.1」および(2)式:「17.53C+13.75Si+6.25Mn<24」を満たし残部がFeおよび不可避的不純物からなる化学組成を有し、フェライト+ 球状セメンタイト組織、フェライト+パーライト組織、 パーライト組織のいずれかの冷間加工された金属組織を呈し、ばね限界値が250MPa以上、導電率が7%IACS以上である導電性に優れたばね用鋼板が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2010-138488号
【文献】特開2004-156120号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、特許文献1の技術では、遅れ破壊を抑制する効果が見られるものの、その効果は必ずしも十分とは言えず、実施例に提示されている図を見ても、十分に圧延されているパーライト組織と十分に圧延されていないパーライトが混在しており、耐遅れ破壊特性のさらなる改善が求められているのが現状である。
【0009】
また、特許文献2の技術では、パーライト組織を活用しているものの、冷間圧延率が不十分なため、耐遅れ破壊特性は十分ではないと思われる。
【0010】
本発明は、上記の現状に鑑み開発されたものであって、高強度であり、かつ、耐遅れ破壊特性にも優れる鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
さて、発明者らは、上記の目的を達成すべく、鋭意検討を重ねたところ、以下の知見を得た。
(a)パーライト組織を様々な方向に強加工することで旧オーステナイト粒界が減少し、高強度となり、耐遅れ破壊特性に優れる。
(b)鋼板内の板厚方向における各パーライト相の硬度比を低減することで、微小亀裂の発生を抑制でき、優れた耐遅れ破壊特性を得ることが可能となる。
(c)強加工前のパーライト相のラメラ間隔を微細にすることで高強度を得ることができ、ラメラ間隔を微細にするためには強加工前の熱処理時の保持温度をC量に応じて制御するのが好ましい。
【0012】
本発明は、上記の知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
[1]質量%で、C:0.20%以上0.90%以下、Si:0.50%以下、Mn:1.50%以下、P:0.050%以下、S:0.020%以下、Al:0.10%以下、N:0.010%以下、および残部はFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、鋼組織全体に対する面積率で、圧延加工パーライトが95%以上であり、板厚方向で測定される最大硬度と最小硬度の比である最大硬度/最小硬度が1.0以上2.0以下であり、引張強さが1500MPa以上である鋼板。
[2]前記成分組成として、さらに、質量%で、Cr:4.0%以下、Mo:4.0%以下、V:0.5%以下、およびNi:0.10%以下のうちから選ばれた少なくとも1種を含有する、[1]に記載の鋼板。
[3]前記成分組成として、さらに、質量%で、Nb:0.020%以下、Ti:0.020%以下、Cu:0.20%以下、B:0.0020%以下、Sb:0.10%以下、およびSn:0.10%以下のうちから選ばれた少なくとも1種を含有する、[1]または[2]に記載の鋼板。
[4][1]~[3]のいずれかに記載の成分組成を有し、鋼組織全体に対する面積率で、95%以上のパーライトを有し、該パーライト組織の平均ラメラ間隔が300nm以下である鋼素材を、以下の1)~4)の条件全てを満たす複数方向での冷間圧延条件で冷間圧延を施す冷間圧延工程を含む鋼板の製造方法。
1) 圧延方向の数n:nは整数、n≧2
2) 1つの圧延方向における最小総圧下率r:r≧10%
3) 全方向の合計の総圧下率R:R≧90%
4) 1回目の冷間圧延後の各圧延方向の1回目の冷間圧延方向に対する角度のうち、0°超90°以下となる角度を読み取るとき、前記各圧延方向の中で最も大きな角度となる角度Xmax:60°≦Xmax≦90°
[5][1]~[3]のいずれかに記載の成分組成を有する鋼素材を、900℃以上の加熱温度で1分以上保持した後、10℃/秒以上の平均冷却速度で冷却し、(850-380[C]1/2)℃以上(950-380[C]1/2)℃以下([C]は前記鋼素材に含まれるC含有量である。)で20分以上保持した後、室温まで冷却する熱処理工程と、以下の1)~4)の条件全てを満たす複数方向での冷間圧延条件で冷間圧延を施す冷間圧延工程と、を含む高強度鋼板の製造方法。
1) 圧延方向の数n:nは整数、n≧2
2) 1つの圧延方向における最小総圧下率r:r≧10%
3) 全方向の合計の総圧下率R:R≧90%
4) 1回目の冷間圧延後の各圧延方向の1回目の冷間圧延方向に対する角度のうち、0°超90°以下となる角度を読み取るとき、前記各圧延方向の中で最も大きな角度となる角度Xmax:60°≦Xmax≦90°
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、高強度であり、かつ、耐遅れ破壊特性にも優れる鋼板が得られる。そして、特に、本発明の鋼板および該鋼板を用いてなる高強度鋼板を自動車用の部品に適用することにより、自動車車体の軽量化を通じて、自動車車体の高性能化が可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明を、以下の実施形態に基づき説明する。
本発明の鋼板は、質量%で、C:0.20%以上0.90%以下、Si:0.50%以下、Mn:1.50%以下、P:0.050%以下、S:0.020%以下、Al:0.10%以下、N:0.010%以下、および残部はFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、鋼組織全体に対する面積率で、圧延加工パーライトが95%以上であり、板厚方向で測定される最大硬度と最小硬度の比である最大硬度/最小硬度が1.0以上2.0以下であり、引張強さが1500MPa以上である。
【0015】
まず、本発明の高強度鋼板の成分組成について説明する。下記の成分組成の説明において、成分の含有量の単位である「%」は「質量%」を意味する。
【0016】
C:0.20%以上0.90%以下
Cは、炭化物を形成し、高強度を得るために必要である。また、Cは、パーライトのラメラ間隔を微細にし、パーライトの強度を上昇させ、本発明で目的とする強度(TS)がTS≧1500MPaを確保する観点から必要である。C含有量が0.20%未満では、上記した所定の強度を得ることができなくなる。したがって、C含有量は0.20%以上とする。好ましくは0.30%以上とし、より好ましくは0.40%以上とする。一方、C含有量が0.90%を超えると、冷間圧延性が劣化するのみならず、各パーライトの最大硬度と最小硬度の比を大きくすることにより、耐遅れ破壊特性を低下させる。したがって、C含有量は0.90%以下とする。C含有量は、好ましくは0.88%以下とし、より好ましくは0.86%以下とする。
【0017】
Si:0.50%以下
Siは固溶強化による強化元素であり、強度を増加するために添加される。しかしながら、Siは添加しすぎると酸化物を形成するため、酸化物が遅れ破壊の起点となり耐遅れ破壊特性を劣化させる。また、Siは炭化物の生成を抑制する元素であるため、パーライトのラメラ間隔を大きくし、強度を低下させるのみならず、各パーライトの最大硬度と最小硬度の比を大きくすることにより、耐遅れ破壊特性を低下させる。したがって、Si含有量は0.50%以下とする。Si含有量は、好ましくは0.40%以下とし、より好ましくは0.30%以下とする。Si含有量の下限は特に限定しないが、0.001%以上であることが好ましい。
【0018】
Mn:1.50%以下
Mnは、鋼の焼入れ性を向上させ、所定の強度を確保するために含有させる。しかしながら、Mnが多くなりすぎると、ミクロ偏析によるマルテンサイト組織を生じやすく、所定のパーライトの面積率を得られず、耐遅れ破壊特性を劣化させる。したがって、Mn含有量は1.50%以下とする。Mn含有量は、好ましくは1.40%以下とし、より好ましくは1.30%以下とする。Mn含有量の下限は特に限定しないが、0.10%以上であることが好ましい。
【0019】
P:0.050%以下
Pは、鋼を強化する元素であるが、その含有量が多いとミクロ偏析することで耐遅れ破壊特性を劣化させる。したがって、P含有量は0.050%以下とする。P含有量は、好ましくは0.030%以下とする。なお、P含有量の下限は特に限定されるものではないが、現在において、工業的に実施可能な下限は0.003%程度である。よって、P含有量は、好ましくは0.003%以上とする。P含有量は、より好ましくは0.002%以上とする。
【0020】
S:0.020%以下
Sは、MnS等の形成を通じて耐遅れ破壊特性を劣化させる。したがって、S含有量は0.020%以下とする。S含有量は、好ましくは0.010%以下とする。なお、S含有量の下限は特に限定されるものではないが、現在において、工業的に実施可能な下限は0.0002%程度である。よって、S含有量は、好ましくは0.0002%以上とする。S含有量は、より好ましくは0.0005%以上とする。
【0021】
Al:0.10%以下
Alは十分な脱酸を行い、鋼中の粗大介在物を低減し、耐遅れ破壊特性を良好にするために添加される。しかしながら、Al含有量が0.10%超えとなると、AlN等の窒化物系の析出物が粗大に生成するため、耐遅れ破壊特性が低下する。したがって、Al含有量は0.10%以下とする。好ましくは0.08%以下とする。
【0022】
N:0.010%以下
Nは、結晶粒界をピン止めできるAlN等の窒化物系の析出物を生成する元素であり、耐遅れ破壊特性を良好にするために添加される。しかし、含有量が0.10%超えとなると、AlN等の窒化物系の析出物が粗大に生成するため、耐遅れ破壊特性が低下する。したがって、N含有量は0.010%以下とする。好ましくは0.005%以下とする。なお、N含有量の下限は特に限定されるものではないが、現在において、工業的に実施可能な下限は0.0006%程度である。よって、好ましくは0.0006%以上とする。より好ましくは0.0010%以上とする。
【0023】
上記以外の残部は、Feおよび不可避的不純物である。
【0024】
本発明の鋼板には、上記の成分に加えて、下記の成分を任意成分として含有させることができる。なお、本発明において、下記の任意成分を各成分の下限値未満で含む場合、その成分は後述する不可避的不純物として含まれるものとする。
【0025】
Cr:4.0%以下、Mo:4.0%以下、V:0.5%以下、Ni:0.10%以下、Nb:0.020%以下、Ti:0.020%以下、Cu:0.20%以下、B:0.0020%以下、Sb:0.10%以下、Sn:0.10%以下のうちから選ばれた1種または2種以上
Cr、Mo、V、Niは、炭化物を形成し、冷間圧延後の鋼の強度を高めるために含有させることができる。しかしながら、いずれの元素も多くなりすぎると炭化物等の析出物量が過剰となり粗大化するため、耐遅れ破壊特性が低下する。そのため、Crを含有させる場合には、Cr含有量は4.0%以下とすることが好ましく、より好ましくは3.5%以下とする。Moを含有させる場合には、Mo含有量は4.0%以下とすることが好ましく、より好ましくは3.5%以下とする。Vを含有させる場合には、V含有量は0.5%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.4%以下とする。Niを含有させる場合には、Ni含有量は0.10%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.05%以下とする。一方、Cr、Mo、V、Niの下限は特に限定しないが、鋼の強度を高める目的でいずれも0.005%以上が好ましい。
【0026】
NbやTiは、微細析出物の生成を通じて、高強度化に寄与する。しかしながら、NbやTiを多量に含有させると、炭窒化物系の析出物量が過剰となり粗大化するため、耐遅れ破壊特性が低下する。このため、NbおよびTiのうちから選ばれた1種または2種を含有させる場合には、Nb含有量は0.020%以下、Ti含有量は0.020%以下とすることが好ましい。より好ましくはNb含有量は0.015%以下、Ti含有量は0.015%以下とする。一方、NbやTiの下限は特に限定しないが、鋼の強度を高める目的でいずれも0.002%以上が好ましい。
【0027】
Bは、鋼の焼入れ性を向上させる元素である。B含有により、Mn含有量が少ない場合であっても、所定の強度を得る効果が得られる。しかしながら、B含有量が0.0020%超えになると、BN等の窒化物系の析出物量が過剰となり粗大化するため、耐遅れ破壊特性が低下する。したがって、B含有量は0.0020%以下とすることが好ましい。より好ましくは0.0015%以下とする。一方、Bの下限は特に限定しないが、鋼の強度を高める目的で0.0002%以上が好ましい。
【0028】
Cuは、自動車の使用環境での耐食性を向上させ、かつ腐食生成物が鋼板表面を被覆して鋼板への水素侵入を抑制する効果がある。しかしながら、Cu含有量が過剰になると、CuS等の析出物量が過剰となり粗大化するため、耐遅れ破壊特性が低下する。そのため、Cu含有量は0.20%以下とすることが好ましい。Cu含有量は、より好ましくは0.15%以下である。一方、Cuの下限は特に限定しないが、自動車の最低限度の耐食性を得る目的で0.005%以上が好ましい。
【0029】
Sb、Snは、鋼板表層部での酸化や窒化を抑制し、ひいては鋼板表層部での酸化や窒化に伴う鋼中のCやBの低減を抑制する。また、Sbは、鋼板表層部でのフェライト生成を抑制し、高強度化に寄与する。しかしながら、SbやSn含有量が0.10%を超えると、ミクロ偏析することで耐遅れ破壊特性を劣化させる。したがって、Sb含有量は0.10%以下とすることが好ましい。Sb含有量は、より好ましくは0.08%以下である。Sn含有量は0.10%以下とすることが好ましい。Sn含有量は、より好ましくは0.08%以下である。一方、SbやSnの下限は特に限定しないが、鋼中のCやBの低減を抑制し、鋼の強度を高める目的でいずれも0.005%以上が好ましい。
【0030】
次いで、本発明の高強度鋼板の鋼組織について説明する。
【0031】
本発明の高強度鋼板の鋼組織は、圧延加工パーライトが95%以上である。なお、以降の説明において、面積率とは、鋼組織全体に対する面積率のことを指す。
【0032】
圧延加工パーライトの面積率:95%以上
圧延加工パーライトは高強度を得て、かつ旧オーステナイト粒界を無くし良好な耐遅れ破壊特性を得る観点から必要である。したがって、圧延加工パーライトの面積率は、95%以上とする。好ましくは97%以上とし、より好ましくは99%以上とする。上限は特に限定せず、100%であっても構わない。
【0033】
なお、ここでいうパーライトとは、フェライトと針状セメンタイトからなる組織であり、圧延加工パーライトとはパーライトが圧延加工された組織である。圧延加工パーライトの硬さはHV換算で300以上である。換算方法については、硬さの異なるパーライトのサンプルにてビッカース硬さHVと、本発明の実施例にある硬度測定を行い、パーライトの硬さがHV換算で300以上の場合を、圧延加工されたと定義する。
【0034】
その他の金属相の面積率:5%未満
本発明の一実施形態に従う鋼板の組織には、圧延加工パーライト以外のその他の金属相を含んでいてもよい。ここで、その他の金属相の面積率は5%未満であれば許容される。
その他の金属相としては、例えば、フェライト、マルテンサイト、ベイナイトが挙げられる。
【0035】
なお、ここでいうフェライトとは、BCC格子の結晶粒からなる組織であり、比較的高温でオーステナイトからの変態により生成する。マルテンサイトは、マルテンサイト変態点(単にMs点ともいう。)以下でオーステナイトから生成した硬質な組織を指し、焼入れままのいわゆるフレッシュマルテンサイトと、フレッシュマルテンサイトが再加熱されて焼戻されたいわゆる焼戻しマルテンサイトの両方を含むものとする。ベイナイトとは、針状又は板状のフェライト中に微細な炭化物が分散した硬質な組織であり、比較的低温(マルテンサイト変態点以上)でオーステナイトから生成する。
【0036】
ここで、各相の面積率は以下のようにして測定する。
【0037】
すなわち、鋼板の母材領域から、圧延方向に平行なL断面が試験面となるように試験片を採取する。ついで、試験片の試験面を鏡面研磨し、ナイタール液で組織現出する。組織現出した試験片の試験面を、SEMにより倍率1500倍で観察し、ポイントカウンティング法により、板厚1/4位置における圧延加工パーライト以外の面積率を測定する。
【0038】
なお、SEM像では、マルテンサイトは白色の組織を呈している。また、マルテンサイトのうち焼戻しマルテンサイトでは、内部に微細な炭化物が析出している。フェライトは、黒色の組織を呈している。ベイナイトは、黒色の組織の中に白色の炭化物が析出している。これらの点から、SEM像において各相を識別する。ただし、ブロック粒の面方位とエッチングの程度によっては、内部の炭化物が現出しにくい場合もあるので、その場合はエッチングを十分に行い確認するものとする。
【0039】
圧延加工パーライトの面積率は、100%から圧延加工パーライト以外の面積率を減ずることにより算出する。
【0040】
板厚方向で測定される最大硬度と最小硬度の比である最大硬度/最小硬度が1.0以上2.0以下
耐遅れ破壊特性を良好にするためには、遅れ破壊の初期亀裂を抑止する必要がある。遅れ破壊の初期亀裂は各相の硬度差が大きい場合に発生することが多いため、各圧延加工パーライトの硬度比は小さいほど好ましい。各相の硬度を測定するためには圧痕サイズは対角線長さで500nm以下であることが好ましい。また、硬さデータを十分に確保するため圧痕間隔は5.0μm以下であることが好ましい。ただし、圧痕同士の干渉を防ぐため、圧痕間隔は1.5μm以上であることが好ましい。本発明では、板厚方向で測定される最大硬度と最小硬度の比である最大硬度/最小硬度は2.0以下とする。好ましくは1.8以下であり、より好ましくは1.7以下である。硬度比は低いほど好ましく、最も低い場合は1.0となるため、下限は1.0とする。
【0041】
ここで、硬度は、以下のようにして測定する。
【0042】
すなわち、鋼板の母材領域の板幅中央部から、金属組織観察用の試験片を採取する。ついで、金属組織観察用の試験片を研磨し、500μNの荷重(載荷10s、除荷10s)にて、圧延方向に平行であり、板厚方向の断面内の、50μm×50μmの測定エリアを3μm間隔で測定する。この測定を鋼板表面から裏面にかけて実施する。この結果から、測定値のなかで最も大きな値を最大硬度、最も小さな値を最小硬度として、最大硬度/最小硬度を求めた。硬度の測定は、Hysitron社製TriboScope/TriboIndenterを用いて実施した。なお、圧痕サイズが各圧延加工パーライトの板厚方向の長さよりも小さければ、荷重は500μNより小さくても、大きくても構わない。圧痕間隔は圧痕サイズに応じて圧痕が近くなりすぎないように調整すればよく、3μm間隔でなくても構わない。通常、圧痕間隔は圧痕サイズの3倍以上とする。鋼板表面から裏面にかけて硬度測定が実施できれば、一回の測定エリアも50μm×50μmに限定しない。
【0043】
なお、本発明の一実施形態に従う鋼板は、めっき層を有していてもよい。めっき層としては、例えば、Zn系めっきやAl系めっきなどが挙げられる。
【0044】
次いで、本発明の鋼板の特性(機械的特性)について説明する。
【0045】
本発明の一実施形態に従う鋼板の引張強さは、1500MPa以上である。本発明の一実施形態に従う鋼板の引張強さは、好ましくは1600MPa以上、より好ましくは1700MPa以上、さらに好ましくは1800MPa以上である。なお、本発明の一実施形態に従う鋼板の引張強さの上限は特に限定されないが、他の特性とのバランスの取りやすさの観点およびせん断加工時の刃の損傷を防ぐ観点から、2500MPa以下が好ましい。
【0046】
また、「耐遅れ破壊特性に優れる」とは、後述する方法により求めた臨界負荷応力が降伏強度(以下、単にYSともいう。)以上であることを意味する。臨界負荷応力は、好ましくは(YS+100)MPa以上、より好ましくは(YS+200)MPa以上である。
【0047】
ここで、引張強さ(TS)および降伏強度(YS)は、以下のようにして測定する。
すなわち、鋼板の母材領域の板幅中央部から、圧延方向が長手方向となるように、標点間距離50mm、標点間幅25mmのJIS5号試験片を採取する。ついで、採取したJIS5号試験片を用い、JIS Z 2241(2011)の規定に準拠して引張試験を行い、引張強度(TS)及び降伏強度(YS)を測定する。なお、引張速度は10mm/分とする。
【0048】
また、耐遅れ破壊特性は以下の方法で評価できる。
すなわち、鋼板から、長手方向がせん断端面となるように110mm×30mmの試験片を採取し、当該試験片に、長手方向に対してV字曲げ加工を施す。ついで、ボルト、ナット及びテーパーワッシャーを用いて、V字曲げ加工した試験片を板面の両側からボルトで締め込み、狙い値で1200MPaから2400MPaまでの10MPa間隔の種々の負荷応力がV字曲げ部にかかるように、成形部材試験片を作製する。ここで、負荷応力の調整は、負荷応力とボルト締込量の相関を用いて行う。なお、負荷応力とボルト締込量の相関は、YUモデルを用いたCAE解析により求める。また、CAE解析では、引張試験により求めた応力-ひずみ曲線を用いる。
【0049】
そして、作製した種々の成形部材試験片を、pH=3(25℃)の塩酸水溶液中に96時間浸漬し、浸漬後に遅れ破壊(割れ)がなかった成形部材試験片の負荷応力の最大値を、臨界負荷応力とする。
【0050】
なお、遅れ破壊の判定は目視、及び、実体顕微鏡で倍率:20倍に拡大した画像にて行い、長さ:200μm以上の亀裂が確認されなかった場合に、遅れ破壊(割れ)なしと評価できる。
【0051】
次に、本発明の一実施形態に従う鋼板の製造方法について説明する。
【0052】
本発明の一実施形態に従う鋼板の製造方法は、
鋼組織全体に対する面積率で、95%以上のパーライトを有し、該パーライト組織の平均ラメラ間隔が300nm以下である鋼素材を、以下の1)~4)の条件全てを満たす冷間圧延条件で複数方向での冷間圧延工程を有する。
1)圧延方向の数n:nは整数、n≧2
2)1つの圧延方向における最小総圧下率r:r≧10%
3)総圧下率R:R≧90%
4)1回目(初期)の冷間圧延後の2~n回目の各圧延方向の1回目(初期)の冷間圧延方向に対する角度のうち、0°超90°以下となる角度を読み取るとき、圧延方向の中で最も大きな角度となる角度Xmax:60°≦Xmax≦90°
鋼素材
パーライトの面積率:95%以上
冷間圧延前の鋼素材のパーライト面積率は、冷間圧延後の圧延加工パーライトの面積率と同じとなるため、冷間圧延後に高強度を得て、かつ旧オーステナイト粒界を無くし良好な耐遅れ破壊特性を得る観点から、鋼素材のパーライトの面積率は、95%以上とする。好ましくは97%以上とし、より好ましくは99%以上とする。上限は特に限定せず、100%であっても構わない。
【0053】
なお、ここでいうパーライトとは、フェライトと針状セメンタイトからなる組織である。
【0054】
本発明の一実施形態に従う鋼素材の組織には、パーライト以外のその他の金属相を含んでいてもよい。ここで、その他の金属相の面積率は5%未満であれば許容される。
その他の金属相としては、例えば、フェライト、マルテンサイト、ベイナイトが挙げられる。
【0055】
ここで、各相の面積率は以下のようにして測定する。
【0056】
すなわち、鋼板の母材領域から、圧延方向に平行なL断面が試験面となるように試験片を採取する。ついで、試験片の試験面を鏡面研磨し、ナイタール液で組織現出する。組織現出した試験片の試験面を、SEMにより倍率1500倍で観察し、ポイントカウンティング法により、板厚1/4位置におけるパーライト以外の面積率を測定する。
【0057】
パーライトの面積率は、100%からパーライト以外の面積率を減ずることにより算出する。
【0058】
パーライトの平均ラメラ間隔
冷間圧延後に高強度を得る観点から、鋼素材のパーライトの平均ラメラ間隔は、300nm以下とする。好ましくは280nm以下とし、より好ましくは250nm以下とする。下限は特に限定しないが、細かすぎると強度が過剰となり十分な冷間圧延率が取れないため、良好な耐遅れ破壊特性を得る観点から、50nm以上が好ましい。
【0059】
この平均ラメラ間隔の測定は、SEM観察から平均幅を決定することが可能である。ここで、パーライトのラメラ間隔は、ラメラを構成する隣り合うフェライト層とセメンタイト層各々の厚さ方向の中心点間の平均距離を意味する。前記平均距離は、例えば、フェライト層1層とセメンタイト層1層を一組の層としてとらえ、組織観察において層の展伸方向に対して垂直方向の所定長さの線分により何組の層が切断されるかを測定して求めればよい。なお、線分の両端で線分により完全には切断されない層は、計測しない。すなわち、ラメラ間隔=線分長さ/(線分により切断される組数×2)により算出される。
なお、上記組織は、圧延方向に平行な断面をナイタールもしくは電解研磨によりエッチングし、SEMを用いて、5000倍以上で3視野以上撮影し、画像解析などの手法により測定することができる。
【0060】
冷間圧延工程
圧延方向の数n:nは整数、n≧2
パーライトはラメラの方向によって加工のされやすさが異なる。圧延方向が1方向であれば圧延方向と垂直方向にラメラの方向を有するパーライトは加工されにくいため硬度が低くなり、板厚全方向の硬度比が大きくなる。これにより、耐遅れ破壊特性は劣化する。したがって、圧延方向の数は2以上とする。好ましくは3以上である。圧延方向の数の上限は特に限定されないが、1つの圧延方向における総圧下率を稼ぐ観点から、圧延方向の数は10以下とすることが好ましい。より好ましくは8以下である。
【0061】
1つの圧延方向における最小総圧下率r:r≧10%
1つの圧延方向の最小総圧下率が10%未満であればその方向にラメラの方向を有するパーライトは加工率が不足するため硬度が低くなり、板厚全方向の硬度比が大きくなる。これにより、耐遅れ破壊特性は劣化する。したがって、1つの圧延方向における最小総圧下率rは10%以上とする。好ましくは15%以上である。1つの圧延方向における最小総圧下率rの上限は特に限定されないが、その他の圧延方向における圧下率を稼ぐ観点から、1つの圧延方向における最小総圧下率rは50%以下とすることが好ましい。
ここで、総圧下率rとは、同方向(1つの圧延方向)での圧延率の合計である。なお、圧延方向が±5°以下であれば同方向と見なしても良い。
【0062】
全方向の合計の総圧下率R:R≧90%
高強度の特性を得て、耐遅れ破壊特性を良好にするためには旧オーステナイト粒界が減少するほど強加工する必要がある。したがって、全方向の合計の総圧下率Rは90%以上とする。好ましくは95%以上である。総圧下率Rの上限は特に限定されないが、冷間圧延機の製造限界から、総圧下率Rは120%以下とすることが好ましい。
ここで、総圧下率Rとは、全圧延方向での圧延率の合計である。
【0063】
1回目(初期)の冷間圧延圧延後の各圧延方向の1回目(初期)の冷間圧延方向に対する角度のうち、0°超90°以下となる角度を読み取るとき、前記各圧延方向の中で最も大きな角度となる角度Xmax:60°≦Xmax≦90°
2~n回目の方向の中で最も大きな角度と初期圧延方向(1回目の冷間圧延の方向)の角度が60°未満であることは、つまり初期圧延方向の垂直方向±30°以内では圧延されていないことを意味する。これにより、圧延方向と垂直方向にラメラの方向を有するパーライトは加工されにくいため硬度が低くなり、板厚全方向の硬度比が大きくなる。したがって、2~n回目の方向の中で最も大きな角度と初期圧延方向の角度は60°以上とする。好ましくは65°以上である。最大は90°であるため、2~n回目までの方向の中で最も大きな角度と初期圧延方向の角度は90%以下とする。
【0064】
本発明の一実施形態に従う鋼板の製造方法は、
鋼素材を、900℃以上の加熱温度で1分以上保持した後、10℃/秒以上の平均冷却速度で冷却し、(850-380[C]1/2)℃以上(950-380[C]1/2)℃以下で20分以上保持した後、室温まで冷却する熱処理工程を有する。ここで、[C]は鋼素材に含まれるC含有量であり、冷間圧延後に得られる鋼板中のC含有量と同じである。
また、室温とは、-5~40℃とする。
【0065】
熱処理工程
面積率で、95%以上のパーライトを有し、該パーライト組織の平均ラメラ間隔が300nm以下である鋼素材を得るためには、冷間圧延の前に以下の熱処理を施すことが好ましい。
【0066】
加熱温度900℃以上
最終組織でパーライト組織とするためには、フェライトが存在しないようにし、オーステナイト単相域で加熱するのが好ましい。したがって、加熱温度は900℃以上が好ましい。より好ましくは920℃以上である。上限は特に限定しないが、過剰にスケールが生成すると、冷間圧延前の板厚が薄くなるため、冷間圧延率を稼ぐのが難しくなる。したがって、加熱温度の上限は1100℃以下が好ましい。
【0067】
加熱時間1分以上
最終組織でパーライト組織とするためには、フェライトを完全に無くし、オーステナイト単相域で加熱するのが好ましい。そのためにはオーステナイト温度域で1分以上の保持が好ましい。より好ましくは5分以上である。上限は特に限定しないが、過剰にスケールが生成すると、冷間圧延前の板厚が薄くなるため、冷間圧延率を稼ぐのが難しくなる。したがって、加熱時間の上限は7200秒以下が好ましい。
【0068】
平均冷却速度10℃/秒以上
最終組織でパーライト組織とするためには、フェライトが生成するより速く冷却するのが好ましい。そのためには平均冷却速度は10℃/秒以上が好ましい。より好ましくは12℃/秒以上である。上限は特に限定せず、速いほど好ましい。水冷相当の2000℃/秒以上であっても構わない。
【0069】
保持温度(850-380[C]1/2)℃以上(950-380[C]1/2)℃以下
パーライト組織の平均ラメラ間隔を300nm以下とするためには、パーライトノーズ付近での保持が好ましい。パーライトノーズは化学成分により変動し、特に炭素の影響が大きいため、炭素量に応じて最適温度を選定するのが好ましい。パーライトノーズから50℃以上高くなるもしくは低くなるとパーライト組織の平均ラメラ間隔を300nm以下にするのが困難となるため、保持温度は(850-380[C]1/2)℃以上(950-380[C]1/2)℃以下とする。好ましくは(870-380[C]1/2)℃以上(930-380[C]1/2)℃以下である。
【0070】
保持時間20分以上
最終組織でパーライト組織とするためには、保持時間は長いほど好ましい。したがって、保持時間は20分以上が好ましい。より好ましくは25分以上である。上限は特に限定しないが、炭化物が粗大化し、耐遅れ破壊特性を劣化させないためには、保持時間の上限は120分以下が好ましい。
【0071】
加熱温度や保持温度は、保持中、一定であってもよく、また、上記の温度範囲内にあれば、保持中、常に一定としなくてもよい。スラブの保持についても同様である。
【0072】
なお、上記以外の各工程の条件については特に限定されず、常法に従えばよい。
【0073】
また、特性を変化させない範囲で、冷間圧延工程の後に、焼戻し処理を行ってもよい。また、鋼板にZn系めっきやAl系めっきなどのめっき処理を施してもよい。さらに、冷間圧延工程の後や焼鈍工程の後、または、めっき処理後に、鋼板に形状調整のための調質圧延を施してもよい。
【実施例
【0074】
表1に示す成分組成(残部はFe及び不可避的不純物)を有する鋼素材に、表2に記載の条件(加熱温度、加熱時間、平均冷却速度、保持温度、保持時間)で熱処理を行い、熱処理鋼板を得た。なお、表2に示す保持温度、保持時間での保持後、室温(25℃)まで冷却した。
得られた熱処理鋼板を研削加工したのち、表3に記載の条件で冷間圧延(1~5方向での冷間圧延)をして冷延鋼板を得た。
【0075】
また、表1における各元素の空欄は、当該元素を意図的に添加していないことを表しており、当該元素を含有しない(0質量%)場合だけでなく、当該元素を不可避的に含有する場合も含む。
【0076】
ここで、得られた鋼板の組織は、以下のようにして測定した。
鋼板の母材領域から、圧延方向に平行なL断面が試験面となるように試験片を採取した。ついで、試験片の試験面を鏡面研磨し、ナイタール液で組織現出させた。組織現出した試験片の試験面を、SEMにより倍率1500倍で観察し、ポイントカウンティング法により、板厚1/4位置における圧延加工パーライト以外の面積率を測定した。
なお、SEM像では、マルテンサイトは白色の組織を呈している。また、マルテンサイトのうち焼戻しマルテンサイトでは、内部に微細な炭化物が析出している。フェライトは、黒色の組織を呈している。ベイナイトは、黒色の組織の中に白色の炭化物が析出している。これらの点から、SEM像において各相を識別した。ただし、ブロック粒の面方位とエッチングの程度によっては、内部の炭化物が現出しにくい場合もあるので、その場合はエッチングを十分に行い確認した。
圧延加工パーライトの面積率は、100%から圧延加工パーライト以外の面積率を減ずることにより算出した。
圧延加工パーライトの硬さはHV換算で300以上であることを確認した。具体的な換算方法については、硬さの異なるパーライトのサンプルにてビッカース硬さHVと、後述の硬度測定を行い、パーライトの硬さがHV換算で300以上であることで、圧延加工されたと判断した。
【0077】
結果を表4に示す。
【0078】
組織の同定(ポイントカウンティング法)では、SEMによる観察領域(82μm×57μmの領域)上に間隔が均等となるように16×15の格子を置いた。そして、格子点おける各相の点数を数え、格子点総数に対する各相が占める格子点数の割合を、各相の面積率とした。また、各相の面積率は、別々の3つのSEM像から求めた各相の面積率の平均値とした。
なお、冷間圧延前の鋼素材のパーライトの面積率については、表4中の冷間圧延後の圧延加工パーライトの面積率と同じであることは、同様の方法で確認した。
【0079】
また、冷間圧延前のパーライトの平均ラメラ間隔の測定は、SEM観察から平均幅を決定した。ここで、パーライトのラメラ間隔は、ラメラを構成する隣り合うフェライト層とセメンタイト層各々の厚さ方向の中心点間の平均距離を意味する。前記平均距離は、例えば、フェライト層1層とセメンタイト層1層を一組の層としてとらえ、組織観察において層の展伸方向に対して垂直方向の所定長さの線分により何組の層が切断されるかを測定して求めればよい。なお、線分の両端で線分により完全には切断されない層は、計測しない。すなわち、ラメラ間隔=線分長さ/(線分により切断される組数×2)により算出される。
なお、上記組織は、圧延方向に平行な断面をナイタールもしくは電解研磨によりエッチングし、SEMを用いて、5000倍以上で3視野以上撮影し、画像解析などの手法により測定した。
【0080】
さらに、以下の要領で、鋼板の最大硬度/最小硬度を評価した。結果を表4に併記する。
【0081】
すなわち、鋼板の母材領域の板幅中央部から、金属組織観察用の試験片を採取する。ついで、金属組織観察用の試験片を研磨し、500μNの荷重(載荷10s、除荷10s)にて、圧延方向に平行であり、板厚方向の断面内の、50μm×50μmの測定エリアを3μm間隔で測定した。この測定を鋼板表面から裏面にかけて実施した。この結果から、測定値のなかで最も大きな値を最大硬度、最も小さな値を最小硬度として、最大硬度/最小硬度を求めた。硬度の測定は、Hysitron社製TriboScope/TriboIndenterを用いて実施した。圧痕サイズは対角線長さで500nmとし、圧痕間隔は5.0μmとした。
【0082】
以下の要領で、引張特性を評価した。
【0083】
すなわち、鋼板の母材領域の板幅中央部から、圧延方向が長手方向となるように、標点間距離50mm、標点間幅25mmのJIS5号試験片を採取する。ついで、採取したJIS5号試験片を用い、JIS Z 2241(2011)の規定に準拠して引張試験を行い、引張強度(TS)及び降伏強度(YS)を測定する。なお、引張速度は10mm/分とする。
【0084】
以下の要領で、耐遅れ破壊特性を評価した。
【0085】
すなわち、上記のようにして得た鋼板から、長手方向がせん断端面となるように110mm×30mmの試験片を採取し、当該試験片に、長手方向に対してV字曲げ加工を施した。ついで、ボルト、ナット及びテーパーワッシャーを用いて、V字曲げ加工した試験片を板面の両側からボルトで締め込み、狙い値で1200MPaから2400MPaまでの10MPa間隔の種々の負荷応力がV字曲げ部にかかるように、種々の成形部材試験片を作製した。ここで、負荷応力の調整は、負荷応力とボルト締込量の相関を用いて行った。なお、負荷応力とボルト締込量の相関は、YUモデルを用いたCAE解析により求めた。また、CAE解析では、引張試験により求めた応力-ひずみ曲線を用いた。
【0086】
そして、作製した種々の成形部材試験片を、pH=3(25℃)の塩酸水溶液中に96時間浸漬し、浸漬後に遅れ破壊(割れ)がなかった成形部材試験片の負荷応力の最大値を、臨界負荷応力とした。求めた臨界負荷応力を表1に併記する。
【0087】
なお、遅れ破壊の判定は目視、及び、実体顕微鏡で倍率:20倍に拡大した画像にて行い、長さ:200μm以上の亀裂が確認されなかった場合には「遅れ破壊(割れ)なし」と、長さ:200μm以上の亀裂が1つでも確認された場合には「遅れ破壊(割れ)あり」と判定した。
【0088】
そして、求めた臨界負荷応力により、以下の基準で耐遅れ破壊特性を評価した。
【0089】
合格(優れる):臨界負荷応力が降伏応力YS以上
不合格:臨界負荷応力が降伏応力YS未満
【0090】
【表1】
【0091】
【表2】
【0092】
【表3】
【0093】
【表4】
【0094】
表4に示したように、発明例の鋼板はいずれも、高強度であり、かつ、耐遅れ破壊特性にも優れていた。
【0095】
一方、比較例では、強度が低い、または、十分な耐遅れ破壊特性が得られなかった。