(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-11
(45)【発行日】2023-12-19
(54)【発明の名称】潤滑油用添加剤、潤滑油用添加剤組成物およびこれらを含有する潤滑油組成物
(51)【国際特許分類】
C10M 129/76 20060101AFI20231212BHJP
C10M 141/10 20060101ALI20231212BHJP
C10M 137/10 20060101ALN20231212BHJP
C10N 10/04 20060101ALN20231212BHJP
C10N 30/06 20060101ALN20231212BHJP
C10N 30/12 20060101ALN20231212BHJP
C10N 40/25 20060101ALN20231212BHJP
C10N 40/08 20060101ALN20231212BHJP
C10N 40/20 20060101ALN20231212BHJP
【FI】
C10M129/76
C10M141/10
C10M137/10 A
C10N10:04
C10N30:06
C10N30:12
C10N40:25
C10N40:08
C10N40:20
(21)【出願番号】P 2021505088
(86)(22)【出願日】2020-03-10
(86)【国際出願番号】 JP2020010345
(87)【国際公開番号】W WO2020184570
(87)【国際公開日】2020-09-17
【審査請求日】2022-07-20
(31)【優先権主張番号】P 2019047823
(32)【優先日】2019-03-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2020027132
(32)【優先日】2020-02-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004341
【氏名又は名称】日油株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100124349
【氏名又は名称】米田 圭啓
(72)【発明者】
【氏名】小田 和裕
(72)【発明者】
【氏名】清水 湧太郎
(72)【発明者】
【氏名】川本 英貴
【審査官】井上 明子
(56)【参考文献】
【文献】英国特許出願公告第01548253(GB,A)
【文献】特開平10-067995(JP,A)
【文献】国際公開第2018/178687(WO,A1)
【文献】特開2012-131879(JP,A)
【文献】特開2008-255239(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M 101/00-177/00
C10N 10/04
C10N 30/06
C10N 30/12
C10N 40/25
C10N 40/08
C10N 40/20
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1)で示されるモノエステルカルボン酸塩(A)からなる潤滑油用添加剤。
【化1】
[式(1)中、R
1はカルボニル基の炭素同士が結合している単結合、または炭素数1~4の2価の炭化水素基を示し、R
2は炭素数
4~18の直鎖もしくは分岐状飽和炭化水素基または直鎖もしくは分岐状不飽和炭化水素基を示す。AOは炭素数2~4のオキシアルキレン基から選ばれる1種の単独オキシアルキレン基または2種以上の混合オキシアルキレン基を示し、nはAOで示されるオキシアルキレン基の平均付加モル数であり、
1~5を示す。Mは有機アンモニウムを示す。
R
2
、AOおよびMに含まれる炭素数の総数に関して下記式(3)の値が0.5~1.5である。]
〔(有機アンモニウムの総炭素数)〕/〔(R
2
の炭素数)+(AOの炭素数)×n〕 ・・・ 式(3)
【請求項2】
請求項1に記載の潤滑油用添加剤と、式(2)で示されるジチオリン酸亜鉛(B)とを含有し、モノエステルカルボン酸塩(A)とジチオリン酸亜鉛(B)の質量比が(A):(B)=99:1~1:99である潤滑油用添加剤組成物。
【化2】
[式(2)中、R
3~R
6はそれぞれ独立して炭素数1~24の炭化水素基を示す。]
【請求項3】
潤滑油用基油を70~99.99質量%、請求項1に記載の潤滑油用添加剤を0.01~30質量%含有する潤滑油組成物。
【請求項4】
潤滑油用基油を70~99.99質量%、請求項2に記載の潤滑油用添加剤組成物を0.01~30質量%含有する潤滑油組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は潤滑油用添加剤、潤滑油用添加剤組成物およびこれらを含有する潤滑油組成物に関する。より詳しくは、本発明は、潤滑油用基油(以下単に「基油」とも言う。)に対して耐摩耗性および耐金属腐食性などの多種の機能を経時安定的に付与することができるとともに、亜鉛などの金属分やリン、硫黄を含有せず、使用により灰分を生成しない無灰型の潤滑油用多機能添加剤;基油に対して耐荷重性および耐金属腐食性などの多種の機能を経時安定的に付与することができる潤滑油用添加剤組成物;およびこれら潤滑油用添加剤または潤滑油用添加剤組成物をそれぞれ含有する潤滑油組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
エンジン油、油圧作動油、金属加工油などに用いられる潤滑油は、基油(ベースオイル)と様々な機能を持つ添加剤とから成り立っている。潤滑油の機能の中でも耐摩耗性や耐荷重性は特に重要視されており、潤滑油に耐摩耗性や耐荷重性を付与するための代表的な添加剤としてZnDTP(ジチオリン酸亜鉛)が一般的に用いられている。
【0003】
しかしながら、ZnDTPは亜鉛、リン、硫黄を含有する化合物であり、亜鉛などの金属分は燃焼により灰分を生成する。例えばディーゼル車のエンジン油にZnDTPが含有されていると、エンジンの駆動により灰分が生成され、この灰分がディーゼル車に搭載されるDPF(Diesel Particulate Filter)の目詰まりを促進するおそれがある。また、リンや硫黄が含有されていると、自動車の排気ガスを浄化するために使用される三元触媒への影響が増大する場合がある。そのため、亜鉛などの金属分やリン、硫黄を含有せず、灰分を生成しない無灰型の耐摩耗剤が望まれている。無灰型耐摩耗剤として、例えば特許文献1には、塩基酸および脂肪族アルコールからなるモノエステルカルボン酸と、脂肪族アミンとからなる中和塩が開示されている。
【0004】
近年、省エネルギー化の要望に伴って、潤滑油の粘性抵抗を下げるべく、低粘度化が望まれているが、一方で潤滑油の低粘度化を進めると、摩擦面の油膜が薄くなることによって、摩擦面同士の接触による摩耗が生じ、機器が劣化するおそれがある。そのため耐摩耗剤には様々な温度、荷重領域において、良好な潤滑性を発揮することが求められており、上記化合物の更なる改良が望まれていた。
【0005】
また、潤滑油には、耐摩耗性以外にも、抗乳化性、耐金属腐食性などの様々な性能が求められており、耐摩耗剤以外にも複数の添加剤を併用させることが一般的である。
【0006】
しかしながら、添加剤の種類によっては組合せの相性の悪いものがあり、併用することでお互いの機能を妨げる場合がある。また潤滑油には長寿命化が望まれていることから、1種の添加剤で様々な機能を付与することができるとともに、長時間にわたって安定的に機能を発揮する性能が求められている。
【0007】
無灰型の多機能添加剤として、例えば特許文献2には、耐金属腐食性の改善を目的として、多価アルコールと多価カルボン酸を反応させて得られる縮合反応混合物の中和物が開示されているが、経時安定性に関して更に改良された無灰型多機能添加剤の開発が望まれていた。
【0008】
一方で、ZnDTPの添加量を削減すると耐荷重性が低下するおそれがある。そのため、ZnDTPの添加量を削減しつつ耐荷重性を向上させる様々な検討がなされている。例えば、特許文献3にはポリスルフィド極圧剤とZnDTPとを組み合わせて含有する潤滑油剤が開示され、特許文献4にはホスホン酸エステルとZnDTPとを組み合わせて含有する潤滑油組成物が開示されている。
【0009】
近年の産業機械の高速化・高圧化・小型化に伴い、油圧機械、圧縮機械、軸受などの機械要素がより過酷な条件下で運転されるようになっている。そのため、これらの機械に使用する潤滑油には、高圧、高荷重、高温度条件下であっても長期間にわたって優れた潤滑性能を発揮することが求められている。また潤滑油には、耐荷重性以外にも、耐金属腐食性などの様々な性能が求められており、潤滑油用添加剤の更なる改良が望まれていた。
【0010】
このような背景から、例えば特許文献5には、グリセリン脂肪酸部分エステルとZnDTPとを組み合わせて含有するエンジン油組成物が開示されている。しかし、このエンジン油組成物は、耐荷重性が十分でなく、経時安定性に関しても更に改良された潤滑油用添加剤の開発が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開平10-67995号公報
【文献】特開2015-168813号公報
【文献】特許第4806198号公報
【文献】特開2005-2215号公報
【文献】特開2007-131792号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の目的は、上記課題を解決することであり、詳しくは、基油に対して耐摩耗性および耐金属腐食性などの多種の機能を経時安定的に付与することができるとともに、亜鉛などの金属分やリン、硫黄を含有せず、使用により灰分を生成しない無灰型の潤滑油用多機能添加剤およびこれを含有する潤滑油組成物を提供することである。
また本発明の他の目的は、ZnDTPの添加量を削減しつつ、基油に対して耐荷重性、耐金属腐食性などの多種の機能を経時安定的に付与することができる潤滑油用添加剤組成物およびこれを含有する潤滑油組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成するために、本発明者らが鋭意検討した結果、モノオールおよび二塩基酸からなるモノエステルカルボン酸と、アミンとの中和塩を潤滑油用添加剤として基油に含有させることで、耐摩耗性および耐金属腐食性の各機能に優れた潤滑油が得られることを見出した。
【0014】
また、上記潤滑油用添加剤に対してZnDTPを特定の量比で基油に含有させることで、耐荷重性および耐金属腐食性の各機能に優れた潤滑油が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。これらの知見に基づく本発明は下記の〔1〕~〔4〕である。
【0015】
〔1〕式(1)で示されるモノエステルカルボン酸塩(A)からなる潤滑油用添加剤。
【0016】
【0017】
[式(1)中、R1はカルボニル基の炭素同士が結合している単結合、または炭素数1~4の2価の炭化水素基を示し、R2は炭素数4~18の直鎖もしくは分岐状飽和炭化水素基または直鎖もしくは分岐状不飽和炭化水素基を示す。AOは炭素数2~4のオキシアルキレン基から選ばれる1種の単独オキシアルキレン基または2種以上の混合オキシアルキレン基を示し、nはAOで示されるオキシアルキレン基の平均付加モル数であり、1~5を示す。Mは有機アンモニウムを示す。R
2
、AOおよびMに含まれる炭素数の総数に関して下記式(3)の値が0.5~1.5である。]
〔(有機アンモニウムの総炭素数)〕/〔(R
2
の炭素数)+(AOの炭素数)×n〕 ・・・ 式(3)]
【0018】
〔2〕上記〔1〕の潤滑油用添加剤と、式(2)で示されるジチオリン酸亜鉛(B)とを含有し、モノエステルカルボン酸塩(A)とジチオリン酸亜鉛(B)の質量比が(A):(B)=99:1~1:99である潤滑油用添加剤組成物。
【0019】
【0020】
[式(2)中、R3~R6はそれぞれ独立して炭素数1~24の炭化水素基を示す。]
【0021】
〔3〕潤滑油用基油を70~99.99質量%、上記〔1〕の潤滑油用添加剤を0.01~30質量%含有する潤滑油組成物。
【0022】
〔4〕潤滑油用基油を70~99.99質量%、上記〔2〕の潤滑油用添加剤組成物を0.01~30質量%含有する潤滑油組成物。
【発明の効果】
【0023】
本発明の潤滑油用添加剤は、潤滑油用基油に対して、耐摩耗性および耐金属腐食性などの多種の機能を経時安定的に付与することができる。また、本発明の潤滑油用添加剤は、使用に伴って灰分を生成しない無灰型の潤滑油用添加剤であるので、DPFなどのフィルターの目詰まりを起こすことなく、またリン原子や硫黄原子を含まないので三元触媒への影響が削減される。したがって、本発明の潤滑油用添加剤と潤滑油用基油を含有する潤滑油組成物は、ZnDTPの添加量が皆無であっても、耐摩耗性および耐金属腐食性の各機能に優れる。
【0024】
本発明の潤滑油用添加剤組成物は、ZnDTPの添加量を削減しつつ、潤滑油用基油に対して、耐荷重性および耐金属腐食性などの多種の機能を経時安定的に付与することができる。したがって、本発明の潤滑油用添加剤組成物と潤滑油用基油を含有する潤滑油組成物は、耐荷重性、耐金属腐食性の各機能の持続性に優れるとともに、灰分の生成を低減することができる。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の潤滑油用添加剤(以下単に「添加剤」ともいう。)、本発明の潤滑油用添加剤組成物(以下単に「添加剤組成物」ともいう。)、および添加剤または添加剤組成物と潤滑油用基油とを含有する潤滑油組成物の実施形態について詳しく説明する。
【0026】
なお、記号「~」を用いて規定された数値範囲は「~」の両端(上限および下限)の数値を含む。例えば「2~10」は2以上10以下を表す。
また濃度または量を特定した場合、任意のより高い方の濃度または量と、任意のより低い方の濃度または量とを関連づけることができる。例えば「2~10質量%」および「好ましくは4~8質量%」の記載がある場合、「2~4質量%」、「2~8質量%」、「4~10質量%」および「8~10質量%」の記載も包含される。
【0027】
〔潤滑油用添加剤〕
本発明の添加剤は下記の式(1)で示される化合物であり、この化合物はモノオールおよび二塩基酸からなるモノエステルカルボン酸と有機アミンと中和塩である。なお、式(1)で示される化合物を以下では単に「モノエステルカルボン酸塩(A)」とも言う。モノエステルカルボン酸塩(A)は、1種を単独で、または2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0028】
【0029】
式(1)中、R1はカルボニル基の炭素同士が結合している単結合、または炭素数1~4の2価の炭化水素基を示す。炭素数1~4の2価の炭化水素基は、炭素原子と水素原子からなる官能基であり、アルキレン基およびアルケニレン基から選ばれる1種であり、直鎖状および分岐状のいずれの形態であっても良い。炭化水素基の炭素数が5以上である場合は、鎖長が長くなるので、耐摩耗性や耐荷重性が十分には得られないことがある。
R1として好ましくは炭素数2のアルキレン基またはアルケニレン基であり、具体的にはエチレン基またはエテニレン基が挙げられるが、より好ましくはエチレン基である。
【0030】
式(1)中、R2は炭素数1~22の飽和または不飽和の炭化水素基を示し、直鎖状及び分岐状のいずれの形態であっても良い。R2としては、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ラウリル基、ミリスチル基、パルミチル基、ステアリル基、ベヘニル基などの直鎖状飽和炭化水素基;イソプロピル基、イソブチル基、t-ブチル基、イソペンチル基、イソオクチル基、2-エチルヘキシル基、イソノニル基、3,5,5-トリメチルヘキシル基、イソデシル基、イソステアリル基、2-オクチルデシル基、2-オクチルドデシル基、2-ヘキシルデシル基などの分岐状飽和炭化水素基;アリル基、(メタ)アクリル基、パルミトイル基、オレイル基、リノレイル基などの不飽和炭化水素基;などが挙げられる。これら炭化水素基を有する化合物のうち1種を単独で、または2種以上を混合して用いても良い。炭素数が23以上の場合、耐摩耗性や耐荷重性が十分には得られないことがある。
【0031】
R2は、耐摩耗性や耐荷重性の観点から、好ましくは炭素数4~18の直鎖もしくは分岐状飽和炭化水素基または直鎖もしくは分岐状不飽和炭化水素基であり、より好ましくは炭素数8~18の分岐状飽和炭化水素基または分岐状不飽和炭化水素基であり、さらに好ましくは炭素数16~18の分岐状不飽和炭化水素基である。例えば、2-エチルヘキシル基、イソデシル基、イソステアリル基、オレイル基が好ましく、オレイル基が特に好ましい。
【0032】
式(1)中、AOは炭素数2~4のオキシアルキレン基であり、直鎖状および分岐状のいずれの形態であっても良い。AOとしては、例えば、オキシエチレン基、オキシプロピレン基、オキシブチレン基、オキシテトラメチレン基などが挙げられる。好ましくは炭素数2~3のオキシアルキレン基であり、より好ましくは炭素数2のオキシエチレン基である。
nはオキシアルキレン基の平均付加モル数を表し、nは0~5である。耐摩耗性、耐荷重性、経時安定性の観点から、nは1以上が好ましい。またnは4以下であることが好ましく、3以下であることが特に好ましい。nが2~5のとき、1種のオキシアルキレン基が複数結合していてもよく(単独オキシアルキレン基)、2種以上のオキシアルキレン基が混合して複数結合していてもよい(混合オキシアルキレン基)。
【0033】
式(1)中、Mは有機アンモニウムを示す。有機アンモニウムとしては、窒素原子に炭素数1~24の飽和もしくは不飽和の炭化水素基が結合した第一級、第二級、第三級または第四級アンモニウムカチオンが挙げられ、これらアンモニウムカチオンは直鎖状、分岐状及び環状のいずれであっても良い。また第二級、第三級および第四級アンモニウムカチオンにおける複数の炭化水素基は同一であっても良く、または少なくとも1つの炭化水素基が異なっていても良い。有機アンモニウムとしては、例えば、エチルアンモニウム、ジエチルアンモニウム、ジオクチルアンモニウム、トリエチルアンモニウム、トリオクチルアンモニウム、ジメチルラウリルアンモニウム、ジメチルステアリルアンモニウムなどが挙げられる。耐金属腐食性および経時安定性の観点から、第三級アンモニウムが好ましい。
【0034】
式(1)中の上記のR2、AOおよびM(有機アンモニウム)に含まれる炭素数の総数に関して、耐摩耗性および耐金属腐食性の観点から、下記式(3)の値が0.5~2.0であることが好ましく、より好ましくは0.6~1.8、特に好ましくは0.7~1.5である。
〔(有機アンモニウムの総炭素数)〕/〔(R2の炭素数)+(AOの炭素数)×n〕 ・・・ 式(3)
【0035】
次に、式(1)で示されるモノエステルカルボン酸塩(A)の製法について説明する。
式(1)で示されるモノエステルカルボン酸塩(A)の製造法としては特に限定されず、例えば、モノエステルカルボン酸を製造する第一の工程と、第一の工程で得られたモノエステルカルボン酸をアミン化合物により中和させる第二の工程とを経て、式(1)で示されるモノエステルカルボン酸塩(A)を製造することができる。
【0036】
第一の工程に関して説明する。
炭素数が4~22の炭化水素基を有するアルコール、または前記アルコールにアルキレンオキサイドを付加させることによって得られるポリエーテル化合物と、二塩基酸とを、例えば60~180℃でエステル化反応を行う方法が挙げられる。本化合物を製造するためのエステル化反応では、反応性の観点から、二塩基酸として酸無水物を用いることが好ましい。また、酸無水物に対してモル比で等量のアルコールを用いて行うことが好ましい。
【0037】
次に第二の工程に関して説明する。
上記製造法で製造したモノエステルカルボン酸と、アミン化合物とを、例えば20~60℃で中和反応を行うことで、モノエステルカルボン酸塩(A)を製造することができる。耐摩耗性や耐荷重性の観点から、モノエステルカルボン酸:アミン化合物がモル比で60:40~40:60の範囲であることが好ましく、より好ましくは55:45~45:55の範囲であり、さらに好ましくは52:48~48:52の範囲である。
【0038】
〔潤滑油用添加剤組成物〕
本発明の添加剤組成物は、上記モノエステルカルボン酸塩(A)と、下記ジチオリン酸亜鉛(B)とを含有する。
【0039】
<ジチオリン酸亜鉛(B)>
ジチオリン酸亜鉛(B)は下記の式(2)で示される化合物であり、1種を単独で、または2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0040】
【0041】
式(2)中、R3~R6はそれぞれ独立して炭素数1~24の炭化水素基を示し、R3~R6が互いに同一であってもよく、また異なっていてもよい。炭素数1~24の炭化水素基は、炭素原子と水素原子からなる飽和または不飽和の炭化水素基であり、直鎖状および分岐状のいずれの形態であっても良い。炭素数1~24の炭化水素基としては、例えば、アルキル基、アルケニル基、シクロアルキル基、アリール基およびアラルキル基が挙げられる。
R3~R6として好ましくは炭素数3~18の直鎖または分岐アルキル基であり、より好ましくは炭素数3~12の直鎖または分岐アルキル基であり、炭素数3~12の分岐アルキル基がさらに好ましい。
炭素数3~12の直鎖アルキル基としては、例えば、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、オクチル基、デシル基などが挙げられるが、ブチル基、ペンチル基がより好ましい。また、ジチオリン酸亜鉛(C)は、R3~R6として上記直鎖アルキル基のうち2種以上を有していることが好ましく、直鎖ブチル基と直鎖ペンチル基の両方を有していることが特に好ましい。
炭素数3~12の分岐アルキル基としては、例えば、イソプロピル基、イソブチル基、イソペンチル基、ネオペンチル基、イソヘキシル基、2-エチルヘキシル基、3,5,5-トリメチルヘキシル基、イソデシル基などが挙げられるが、イソヘキシル基、2-エチルヘキシル基、3,5,5-トリメチルヘキシル基がより好ましく、イソヘキシル基がさらに好ましい。
このようなZnDTPの代表例として、Lubrizol社から市販されているLUBRIZOL 677A、LUBRIZOL 1371などが挙げられる。
【0042】
式(1)で示されるモノエステルカルボン酸塩(A)と式(2)で示されるジチオリン酸亜鉛(B)との混合比は、質量比で99:1~1:99であり、好ましくは90:10~10:90であり、より好ましくは80:20~20:80であり、さらに好ましくは60:40~40:60である。モノエステルカルボン酸塩(A)の含有量が多すぎる場合は、耐荷重性が低下することがあり、モノエステルカルボン酸塩(A)の含有量が少なすぎる場合は、耐荷重性の経時安定性が低下することがある。
【0043】
本発明の添加剤組成物は、モノエステルカルボン酸塩(A)およびジチオリン酸亜鉛(B)を少なくとも含有し、本発明の添加剤組成物による効果を阻害しない範囲において、極圧剤、耐摩耗剤、酸化防止剤などの他の添加剤をさらに含有していてもよい。
【0044】
〔潤滑油組成物〕
本発明の潤滑油組成物は、本発明の添加剤または本発明の添加剤組成物と、潤滑油用基油とを含有する。本発明の添加剤および潤滑油用基油を含有する潤滑油組成物を「潤滑油組成物(1)」と表記し、本発明の添加剤組成物および潤滑油用基油を含有する潤滑油組成物を「潤滑油組成物(2)」と表記する。
【0045】
本発明において潤滑油用基油としては、種々の潤滑油用基油を使用することができる。例えば、鉱物油、高度精製鉱物油、動植物油脂、合成エステル、ポリαオレフィン、GTL(ガスツーリキッド)油などの従来から使用される潤滑油用基油が挙げられる。
【0046】
本発明の潤滑油組成物(1)における潤滑油用基油および添加剤の各含有量は、潤滑用基油が70~99.99質量%、添加剤が0.01~30質量%である。潤滑用基油の含有量は、好ましくは80~99.95質量%、より好ましくは90~99.9質量%である。添加剤の含有量は、好ましくは0.05~20質量%、より好ましくは0.1~10質量%である。本発明の潤滑油組成物(1)における添加剤の含有量が少なすぎる場合は、耐摩耗性が十分には得られないことがある。また添加剤の含有量が多すぎる場合は、添加量に見合った耐金属腐食性が得られないことがある。
なお、潤滑油用基油および添加剤の各含有量の合計は100質量%である。
【0047】
本発明の潤滑油組成物(2)における潤滑油用基油および添加剤組成物の各含有量は、潤滑用基油が70~99.99質量%、添加剤組成物が0.01~30質量%である。潤滑用基油の含有量は、好ましくは80~99.95質量%、より好ましくは90~99.9質量%である。添加剤組成物の含有量は、好ましくは0.05~20質量%、より好ましくは0.1~10質量%である。本発明の潤滑油組成物(2)における添加剤組成物の含有量が少なすぎる場合は、耐荷重性が十分には得られないことがある。また添加剤組成物の含有量が多すぎる場合は、添加量に見合った耐荷重性および耐金属腐食性が得られないことがある。
なお、潤滑油用基油および添加剤組成物の各含有量の合計は100質量%である。
【0048】
本発明の潤滑油組成物(1)および(2)は、清浄分散剤、粘度指数向上剤、防錆剤、腐食防止剤、流動点降下剤、金属不活性化剤などの添加剤も必要に応じて含有させることができる。
各添加剤の配合、混合、添加の順序については特に限定されず、種々の方法を採ることができる。例えば、本発明の潤滑油組成物(2)を調製する場合であれば、潤滑油用基油に、モノエステルカルボン酸塩(A)およびジチオリン酸亜鉛(B)、場合により各種添加剤を添加し、加熱混合する方法や、あらかじめ各添加剤の高濃度溶液を調製し、これを潤滑油用基油と混合する方法などを用いても良い。
【実施例】
【0049】
以下、実施例および比較例を示して本発明を更に詳細に説明する。
式(1)で示されるモノエステルカルボン酸塩(A)の製造例を下記合成例1に示す。また、モノエステルカルボン酸塩(A)を含有する潤滑油組成物(1)の調製例を下記配合例1に示す。
【0050】
〔合成例1、式(1)の化合物(A-1)〕
攪拌機、圧力計、温度計、安全弁、ガス吹き込み管、排気管、冷却用コイル、および蒸気ジャケットを装備したステンレス製の5リットル容の耐圧容器に、オレイルアルコール1,070g(4mol)および水酸化カリウム1.3gを仕込み、窒素置換後、攪拌しながら120℃に昇温した。攪拌下、120℃、0.05~0.50MPa(ゲージ圧)の条件で、別に用意した耐圧容器からエチレンオキサイド180g(4mol)を、ガス吹き込み管を通して、窒素ガスにより加圧しながら添加した。添加終了後、同条件で内圧が一定となるまで反応させた。その後、耐圧容器から反応物を取り出し、塩酸で中和してpH6~7とし、含有する水分を除去するため、100℃、1時間、減圧処理を行い、最後に濾過により塩を除去して、1,200gのポリエーテル化合物を得た。得られたポリエーテル化合物の水酸基価は180であり、水酸基から求められる分子量は312であった。
次に攪拌装置、温度計および窒素導入管を装備したガラス製の1リットル容の反応容器に、上記で得られたポリエーテル化合物312g(1mol)と無水コハク酸100g(1mol)を仕込み、100℃で2時間反応させた。酸価の測定で99%以上の酸無水物がハーフエステル化していることを確認した後、室温まで冷却した。その後、ジメチルラウリルアミン213g(1mol)を仕込み、60℃以下で0.5時間、攪拌し中和した。これにより化合物(A-1)を得た。
【0051】
合成例1におけるオレイルアルコール、エチレンオキサイド、無水コハク酸、ジメチルラウリルアミンを他の化合物に適宜変更し、合成例1に準じて操作を行うことにより、表1に示す式(1)の化合物(A-2)~(A-7)を合成した。これら化合物(A-2)~(A-7)を潤滑油用添加剤として用いて、配合例1に示すとおり、潤滑油組成物(1-1)~(1-7)を調製した。
化合物(A-1)~(A-7)について、式(1)中の記号との関係および上記式(3)の値を併せて表1に示す。
【0052】
【0053】
〔配合例1、潤滑油組成物(1)の調製〕
潤滑油用基油(ポリαオレフィン、動粘度(40℃):約50mm2/s)に対して上記の化合物(A-1)~(A-7)をそれぞれ0.5質量%配合して、実施例(1-1)~(1-3)、参考例(1-1)~(1-2)および比較例(1-1)~(1-2)の潤滑油組成物(1-1)~(1-7)を得た。得られた潤滑油組成物(試験油)について下記の評価試験を行なった。実施例(1-1)~(1-3)および参考例(1-1)~(1-2)の評価結果を下記表2に、比較例(1-1)~(1-2)の評価結果を下記表3に示す。
【0054】
耐摩耗性試験
SRV試験機(OPTIMOL 社製、Schwingungs Reihungundund Verschleiss 試験機4型)にて耐摩耗性を評価した。SRV試験はボール/ディスクで行い、試験片はそれぞれSUJ-2製を用いた。試験条件は試験温度150℃、荷重100N、振幅1mm、振動数50Hzであり、試験時間25min経過後の摩耗痕径を測定した。
評価は、良:350μm未満、可:350μm以上かつ400μm未満、不可:400μm以上、とした。
【0055】
また、100mlガラス瓶へ試験油を100ml入れ、空気雰囲気下で密閉し、80℃の恒温槽にて3日間静置後の潤滑油組成物(1-1)~(1-7)の耐摩耗性を上記と同一の条件で評価した。
【0056】
耐金属腐食性試験
耐金属腐食性として耐銅腐食性を評価した。長さ4cmに切断した銅線をP150番研磨布で研磨した。5mlスクリュー管へ試験油を2ml入れ、そこへ銅線を浸し、100℃で3時間加熱した。試験前後での表面状態を比較し、腐食の有無を評価した。
評価は、良:腐食なし、不可:腐食あり、とした。
【0057】
また、100mL容ガラス瓶へ試験油を100ml入れ、そこへ銅線を浸し、空気雰囲気下で密閉し、80℃の恒温槽にて3日間静置後の潤滑油組成物(1-1)~(1-7)の耐金属腐食性を上記と同一の条件で評価した。
【0058】
【0059】
【0060】
表2に示す結果から明らかなように、本発明の添加剤に係る化合物(A-1)~(A-3)は、潤滑油用基油に対して優れた耐摩耗性および耐金属腐食性を経時安定的に付与することができる。また化合物(A-1)~(A-3)は亜鉛などの金属分を含有しないので、これら化合物(A-1)~(A-3)が配合された実施例(1-1)~(1-3)の潤滑油組成物(1-1)~(1-3)は、使用に伴って灰分を生成せず、DPFなどのフィルターの目詰まりを起こしにくい。さらに化合物(A-1)~(A-3)はリン原子や硫黄原子を含まないので、実施例(1-1)~(1-3)の潤滑油組成物(1-1)~(1-3)を使用することによる三元触媒への影響が削減される。
【0061】
一方、表3に示すように、式(1)中のMが本発明規定の範囲外である化合物(A-6)では、耐摩耗性は良好であったが、経時変化後の耐摩耗性および耐金属腐食性が劣っていた。
また式(1)中のnが本発明規定の範囲外である化合物(A-7)では、経時変化後の耐摩耗性および耐金属腐食性は良好であったが、製造直後の耐摩耗性が劣っていた。
【0062】
次に、表1に示す式(1)の化合物(A-1)、(A-5)、(A-6)および(A-7)、下記ジチオリン酸亜鉛(B)を含有する添加剤組成物の調製例を下記配合例2に示す。さらに、配合例2で調製した添加剤組成物を含有する潤滑油組成物(2)の調製例を下記配合例3に示す。
【0063】
〔ジチオリン酸亜鉛:式(2)の化合物(B-1)、(B-2)〕
ジチオリン酸亜鉛として、Lubrizol社のLUBRIZOL 677A(アルキル基:分岐ヘキシル基)およびLUBRIZOL 1395(アルキル基:直鎖ブチル基および直鎖ペンチル基)を使用した。化合物(B-1)がLUBRIZOL 677Aであり、化合物(B-2)がLUBRIZOL 1395である。
式(2)中の記号と化合物との関係を表4に示す。
【0064】
【0065】
〔配合例2、添加剤組成物の調製〕
300mL~1Lの4つ口フラスコに、温度計および窒素導入管を差し込み、表5に記載の各添加剤を25℃で1時間攪拌配合して、添加剤組成物1~8を得た。
【0066】
【0067】
〔配合例3、潤滑油組成物(2)の調製〕
潤滑油用基油(ポリαオレフィン、動粘度(40℃):約50mm2/s)に対して表5に記載の添加剤組成物1~8をそれぞれ0.5質量%配合して、実施例(2-1)~(2-3)、参考例(2-1)~(2-2)および比較例(2-1)~(2-3)の潤滑油組成物を得た。得られた潤滑油組成物(2)(試験油)について下記の評価試験を行なった。評価結果を表6および7に示す。
【0068】
耐荷重性試験
シェル4球試験機にて焼付荷重を評価した。試験片はSUJ-2製を用いた。試験条件は試験温度25℃、回転数1,800rpm、試験時間10秒、荷重50kg、63kg、80kg、100kg、126kg、160kg、200kgの順に荷重をかけて実施した。試験中に摩擦トルクの急増、異常音の発生などの現象が起き、摩耗面に焼付条痕が生成した荷重をもって焼付荷重とした。
評価は、良:160kg以上、可:126kg以上かつ160kg未満、不可:126kg未満、とした。
【0069】
また、100mlガラス瓶へ試験油を100ml入れ、空気雰囲気下で密閉し、80℃の恒温槽にて3日間静置後の潤滑油組成物(2)(試験油)の耐荷重性を上記と同一の条件で評価した。
【0070】
耐金属腐食性試験
耐金属腐食性として耐銅腐食性を評価した。長さ4cmに切断した銅線をP150番研磨布で研磨した。5mlスクリュー管へ試験油を2ml入れ、そこへ銅線を浸し、100℃で3時間加熱した。試験前後での表面状態を比較し、腐食の有無を評価した。
評価は、良:腐食なし、不可:腐食あり、とした。
【0071】
また、100mL容ガラス瓶へ試験油を100ml入れ、そこへ銅線を浸し、空気雰囲気下で密閉し、80℃の恒温槽にて3日間静置後の潤滑油組成物(2)(試験油)の耐金属腐食性を上記と同一の条件で評価した。
【0072】
【0073】
【0074】
表6に示す結果から明らかなように、本発明に係る添加剤組成物1~3を用いた実施例(2-1)~(2-3)の潤滑油組成物(2)は、優れた耐荷重性および耐金属腐食性が経時安定的に得られる。即ち、添加剤組成物1~3は、基油に対して耐荷重性および耐金属腐食性を付与することができるとともに、これらの持続性にも優れている。また添加剤組成物1~3は潤滑油用基油(PAO)に対するジチオリン酸亜鉛(B)の配合量を削減することができるから、灰分の生成を低減することができる。
【0075】
一方、式(1)中のMが本発明規定の範囲外である化合物(A-6)を含有する添加剤組成物6を用いた比較例(2-1)では、調製直後の潤滑油組成物(試験油)の耐荷重性や耐金属腐食性は良好であったが、経時安定性(持続性)が劣っていた。
また、式(1)中のnが本発明規定の範囲外である化合物(A-7)を含有する添加剤組成物7を用いた比較例(2-2)、およびジチオリン酸亜鉛(B)のみからなる添加剤組成物8を用いた比較例(2-3)では、耐金属腐食性とその持続性はいずれも良好であったが、耐荷重性については調製直後の時点で劣っていた。
【0076】
〔関連出願〕
本願は、2019年3月14日出願の日本国特許出願(特願2019-047823)および2020年2月20日出願の日本国特許出願(特願2020-027132)に基づく優先権の利益を享受し、その全ての内容が参照によりここに組み込まれる。