(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-11
(45)【発行日】2023-12-19
(54)【発明の名称】鋳造用Al合金の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 1/02 20060101AFI20231212BHJP
【FI】
C22C1/02 503J
(21)【出願番号】P 2023140831
(22)【出願日】2023-08-31
【審査請求日】2023-08-31
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】523335140
【氏名又は名称】新陽株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000464
【氏名又は名称】弁理士法人いしい特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】陳 国慶
【審査官】池田 安希子
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-027169(JP,A)
【文献】特開平2-19440(JP,A)
【文献】特開昭62-17141(JP,A)
【文献】特開昭61-186431(JP,A)
【文献】特開昭63-149340(JP,A)
【文献】国際公開第2016/166779(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C1/00 - 1/03
C22C1/06
C22C1/11 - 3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
8.0~10.0質量%のSi、0.25~0.40質量%のMg、0.30~0.50質量%のFe、0.28~0.52質量%のMn、0.08~0.22質量%のCu、0.04~0.15質量%のTi、および0.0075~0.028質量%のSrを含むと共に、残部にAlを含んでおり、前記Feと前記Mnとの含有率の和が1.0質量%以下に制限されており、
前記Srは、溶解工程では添加されず、前記溶解工程で得られたAl合金溶湯中のAl酸化物およびH
2ガスを除去する溶湯処理工程のときに添加されている、
鋳造用Al合金
の製造方法。
【請求項2】
前記Mgは、前記溶解工程では添加されず、前記溶湯処理工程のときに添加されている、
請求項1に記載した鋳造用Al合金
の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、鋳造用Al合金の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、アルミニウム合金(以下、Al合金という。)は、軽量であると共に成形性や量産性に優れることから、自動車や産業機械、航空機、家庭電化製品その他の各種分野において、構成部品の素材として広く用いられている。例えば自動車分野におけるサスペンションタワーやサイドビーム、バッテリーケースといった大型鋳造物は、AlSi10Mg等(Al-Si-Mg系合金)を用いてダイカスト鋳造し、その後、T7処理(加熱と焼入れによる溶体化処理と、安定化処理(過時効処理)とを施すこと)を行って製造されるのが一般的である。このようにして製造された大型鋳造物は、8%以上の伸び率、200~230MPaの引張強度、および120~140MPaの降伏強度(2%耐力といってもよい。)が得られる。ちなみに、自動車分野の構造部品としては、ギガダイカスト(大型ダイカスト鋳造品)であれば、8%以上の伸び率、180MPa以上の引張強度、並びに120MPa以上の降伏強度が要求される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、この種のAl合金鋳造物においては、重要保安部品として高い機械的性質を要求されるのと並行して、厳しいコスト低減も要求される。コスト低減策の1つとしては、例えば鋳造後の熱処理を省略することが挙げられる。しかし、熱処理型合金に分類されるAl-Si-Mg系合金を非熱処理(熱処理を行わない)にした場合、伸び率、引張強度および降伏強度等の機械的性質が要求水準に到達しないことから、高い機械的性質とコスト低減との両立が困難であるという問題があった。
【0005】
例えば特許文献1には、Si:4~8重量%、Cu:0.4~1.0重量%、Mg:0.2~0.4重量%、Fe:0.05~0.3重量%、Sr:0.002~0.02重量%、Zr:0.0005~0.1重量%を含み、残部が実質的にAlの組成を有し、Cu+2.5Mg≧1.25重量%の条件を満足するAl合金を用いて、鋳放し(鋳造後熱処理なし)のままでも機械的性質の高いAl合金鋳造物の製造方法が開示されている。
【0006】
しかし、特許文献1の製造方法で得られるAl合金鋳造物は、Cu:0.4重量%以上の高Cuなものであるため、耐食性に劣るというデメリットがあった。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明は、上記のような現状を検討して改善を施した鋳造用Al合金の製造方法を提供することを技術的課題としている。
【0008】
本願発明に係る鋳造用Al合金の製造方法は、8.0~10.0質量%のSi、0.25~0.40質量%のMg、0.30~0.50質量%のFe、0.28~0.52質量%のMn、0.08~0.22質量%のCu、0.04~0.15質量%のTi、および0.0075~0.028質量%のSrを含むと共に、残部にAlを含んでいる。
【0009】
そして、前記Feと前記Mnとの含有率の和が1.0質量%以下に制限されている。また、前記Srは、溶解工程では添加されず、前記溶解工程で得られたAl合金溶湯中のAl酸化物およびH2ガスを除去する溶湯処理工程のときに添加されている。
【0010】
本願発明の鋳造用Al合金の製造方法において、前記Mgは、前記溶解工程では添加されず、前記溶湯処理工程のときに添加されているものであってもよい。
【発明の効果】
【0012】
本願発明によると、例えばギガダイカスト(大型ダイカスト鋳造品)や大型低圧鋳造部品を鋳放し状態(鋳造後熱処理レス)にしても、良好な鋳造性および機械的性質(伸び率、引張強度および降伏強度等)を示す鋳造用Al合金ひいてはAl合金鋳造物が得られ、コストのかかる熱処理を省略でき、安価なコストで鋳造用Al合金およびAl合金鋳造物を提供できる。特に本願発明では、Srは、溶解工程では添加されず、溶解工程で得られたAl合金溶湯中のAl酸化物およびH2ガスを除去する溶湯処理工程のときに添加されるから、SrがAl合金溶湯の熱で焼損するのを抑制でき、鋳造用Al合金やAl合金鋳造物において、Srの添加作用を確実に発揮できる。したがって、鋳造用Al合金やAl合金鋳造物の品質・歩留を向上できる。
【0013】
さらに、Mgも、溶解工程では添加されず、溶解工程で得られたAl合金溶湯中のAl酸化物およびH2ガスを除去する溶湯処理工程のときに添加すれば、MgがAl合金溶湯の熱で焼損するのを抑制でき、鋳造用Al合金やAl合金鋳造物において、Mgの添加作用を確実に発揮できる。したがって、鋳造用Al合金やAl合金鋳造物の品質・歩留を向上できる。なお、本願発明は、鋳造後の熱処理を一切排除するものではない。より高い機械的性質を要求される用途では、例えば大型低圧鋳造後の部品を熱処理しても差し支えなく性能が高くなる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図2】他社合金および本願合金の組成範囲と、実施例および比較例の成分組成とを示した図である。
【
図3】ダイカスト鋳造法で得られた鋳造物の引張強度、降伏強度、および伸び率を測定した結果を示す図である。
【
図4】ダイカスト鋳造時のAl合金溶湯温度と鋳造物の引張強度および降伏強度との関係を示すグラフである。
【
図5】ダイカスト鋳造時のAl合金溶湯温度と鋳造物の伸び率との関係を示すグラフである。
【
図6】ダイカスト鋳造時の金型温度と鋳造物の引張強度および降伏強度との関係を示すグラフである。
【
図7】ダイカスト鋳造時の金型温度と鋳造物の伸び率との関係を示すグラフである。
【
図8】ダイカスト鋳造時の金型真空度と鋳造物の引張強度および降伏強度との関係を示すグラフである。
【
図9】ダイカスト鋳造時の金型真空度と鋳造物の伸び率との関係を示すグラフである。
【
図10】低圧鋳造法で熱処理レスの鋳造物とT6処理済の鋳造物との成分組成とを示す図である。
【
図11】低圧鋳造法で得られた熱処理レスの鋳造物とT6処理済の鋳造物との引張強度、降伏強度、および伸び率を測定した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、本願発明を具体化した実施形態を図面に基づき説明する。
【0016】
図2に示すように、本願発明に係る鋳造用Al合金およびAl合金鋳造物の組成は、質量基準で、8.0質量%以上10.0質量%以下のSi(シリコン、ケイ素)、0.25質量%以上0.40質量%以下のMg(マグネシウム)、0.30質量%以上0.50質量%以下のFe(鉄)、0.28質量%以上0.52質量%以下のMn(マンガン)、0.08質量%以上0.22質量%以下のCu(銅)、0.04質量%以上0.15質量%以下のTi(チタン)、および0.0075質量%以上0.028質量%以下のSr(ストロンチウム)を含むと共に、残部にAl(アルミニウム)と不可避不純物とを含んでいるものである。
【0017】
Siは、鋳造性、特に湯流れ性の改善に貢献する重要な合金成分(元素)である。鋳造用Al合金全体に対するSiの含有率は上記のとおり、8.0質量%以上10.0質量%以下の範囲であるのがよい。Si含有率が少なすぎる(8.0質量%に満たない)場合は、流動性不足で湯流れ性を確保できないし、鋳造割れ等も発生しやすくなる。逆に、10.0質量%を超える過剰なSiを含有していると、Al合金鋳造物の伸び率を低下させることになる。
【0018】
Mgは、主に鋳造用Al合金中のAl母材に固溶した状態、またはMg2Siとして存在し、引張強度および降伏強度の向上に有効な合金成分である。鋳造用Al合金全体に対するMgの含有率は、0.25質量%以上0.40質量%以下であることが望ましい。上記の範囲内でMgを含有していれば、鋳造性やAl合金鋳造物の伸び率に大きな影響を及ぼすことなく、Al合金鋳造物の引張強度および降伏強度等の機械的性質を向上できる。Mg含有率が少なすぎる(0.25質量%に満たない)場合は、金型に対する焼き付きが生じやすくなり、Mg含有率が多すぎる(0.40質量%を超える)場合は、Al合金鋳造物の伸び率を低下させる傾向が現れる。
【0019】
Feは、鋳造時の金型に対する焼き付きを防止する作用を呈する合金成分である。鋳造用Al合金全体に対するFeの含有率は、0.30質量%以上0.50質量%以下の範囲であるのが好適である。Fe含有率が多すぎる(0.50質量%を超える)場合は、Al-Si-Fe系針状晶(三元化合物)が生成され、Al合金鋳造物の伸び率を著しく低下させる。Fe含有率が0.50質量%以下であれば、針状晶の生成が抑制されて、Al合金鋳造物の伸び率に対する悪影響が抑えられる。
【0020】
Mnは、鋳造時の金型に対する焼き付きを防止すると共に、Al-Si-Feからなる針状晶の生成を抑制して、Al合金鋳造物の伸び率を確保するために添加される合金成分である。鋳造用Al合金全体に対するMnの含有率は、0.28質量%以上0.52質量%以下の範囲であるのがよい。Mn含有率を0.39質量%以下に設定すれば、金型に対する離型性が向上する。また、Mn含有率が0.52質量%を超えると、Al結晶粒が粗大化して伸び率が低下する。したがって、0.39質量%以下の範囲でMnを含有させれば、Al合金鋳造物の伸び率の低下を抑制しつつ離型性向上を図れる。
【0021】
前述のとおり、Mnは、Feとの関係において、Al-Si-Fe系針状晶の生成を抑制する作用を呈する。本発明者らの調査研究によると、FeとMnとの含有率の和が1.0(質量%)以下であれば(Fe+Mn≦1.0)、針状晶生成の抑制効果が極めて高いことを見出した。
【0022】
Cuは、Al母材に固溶してAl合金鋳造物の機械的性質、特に引張強度および降伏強度の向上に有効な合金成分である。鋳造用Al合金全体に対するCuの含有率は、0.08質量%以上0.22質量%以下の範囲にするのが好適である。上記の範囲内でCuを含有していれば、耐食性を損なうことなく、Al合金中への固溶強化作用を有効に発揮できる。Cu含有率が多すぎる(0.22質量%を超える)場合は、Al合金鋳造物の耐食性の低下と伸び率の低下とを招来する。
【0023】
Tiは、Al結晶粒を微細化させるのに有効な合金成分である。Ti含有率が少なすぎる(0.04質量%に満たない)場合は、Al結晶粒が粗大化して伸び率、引張強度および降伏強度を低下させるのに対して、Ti含有率が多すぎる(0.15質量%を超える)場合は、Si結晶粒(共晶Si)を結晶粒界に集中させすぎて欠陥部になってしまい、この場合も伸び率、引張強度および降伏強度を低下させることになる。したがって、鋳造用Al合金全体に対するTiの含有率は、0.04質量%以上0.15質量%以下の範囲にするのが望ましい。そうすれば、Al結晶粒の微細化の度合いが、Al結晶粒内にデンドライト形状が残る程度に調整され、Si結晶粒が鋳造組織全体に細かく分散して、安定かつ均一な鋳造組織が得られることになる。
【0024】
Srは、Si結晶粒を微細化させ、鋳放し(鋳造後熱処理なし)のままでも伸び率、引張強度および降伏強度の向上に有効な合金成分である。かかる効果は、0.0075質量%以上のSr添加で顕著に発揮される。これに対して、0.028重量%を超える過剰のSrが添加されると、Al-Si-Sr系三元化合物が生成され過改良になると共に、鋳造欠陥が生じやすくなり、伸び率、引張強度および降伏強度といった機械的性質の低下を招来する。Srの添加は、鋳放しのままで、Si結晶粒を球状化しつつ微細化させる作用を呈する。Si結晶粒を球状化すれば、応力集中は抑制されることになるから、鋳造用Al合金の組成にSrを含めると、その作用によって溶体化処理等の熱処理を省略でき、鋳放し状態の熱処理レスであるにも拘らず、伸び率、引張強度および降伏強度等の機械的性質を十分に確保したAl合金鋳造物が得られることになる。したがって、鋳造用Al合金全体に対するSrの含有率は、0.0075質量%以上0.028質量%以下の範囲にするのが好適である。
【0025】
本願発明において、Zn,Ni,Sn,Pb,Ca,Cr,Cd等の合金成分は、不可避不純物として取り扱っている。Znについては、含有率が多すぎるとCuと同様に耐食性を損なわせる働きをするため、含有率を0.15質量%以下に制限されている。Caは、鋳造組織を不安定なものにし、湯流れを劣化させる有害な合金成分であるため、含有率を0.005質量%以下に制限されている。その他の不可避不純物の含有率は、0.1質量%以下に押さえるのが望ましい。
【0026】
なお、使用するAl原材料の純度(品質)について特に限定はない。精製を十分に行えば良好な機械的性質を有するAl合金鋳造物を得やすくなる。ただし、精製には多大なコストを要するから、その他の不可避不純物等が含まれていても差し支えない。例えば純度の高いAl塊(インゴット)とリサイクル材とを適宜割合で配合したりしてもよい。
【0027】
さて、本願発明の鋳造用Al合金やAl合金鋳造物を製造するに際しては、まず主要合金成分であるAl,Si,Mg,Fe,Mn,Cu,Ti,SrのうちMg,Sr以外の各合金成分を含有した原材料を溶解保持炉に投入して、これら原材料を溶解させる(溶解工程、
図1参照)。ここでは、脱滓用のフラックスを添加して脱滓処理が行われる。溶解工程でのAl合金溶湯温度は、730℃±10℃の範囲内に制御される。Mg,Srを含有した原材料は、溶解保持炉には投入されない。
【0028】
次いで、溶解保持炉で溶解されたAl合金溶湯は、750℃±50℃の範囲内で予熱された取鍋に移され、N2ガスを用いた回転バブリングによって、Al合金溶湯中のAl酸化物およびH2ガスが除去される(溶湯処理工程)。溶湯処理工程は、Al合金溶湯の量にもよるが、おおよそ10~15分程度実行される。そして、溶湯処理工程のときMgやSrを含有した原材料(二次合金地金)は、鋳造用Al合金の組成が前述した所定割合になるように取鍋に投入される(二次合金投入処理)。溶湯処理工程開始から5分以降でフラックスを投入すると共に、N2ガスでの回転バブリングをすることによって、Al合金溶湯中のAl酸化物およびH2ガスが除去される。
【0029】
溶湯処理工程の処理時間が例えば12分間である場合、Al合金溶湯中にMgやSrを均一に撹拌できるだけの時間を確保する必要がある。また、溶湯温度の管理が極めて重要であり、溶湯処理工程終了後のAl合金溶湯温度は、680℃±10℃の範囲内に制御される。MgやSrといった合金成分はAl合金溶湯の熱で焼損しやすいので、本願発明では溶解工程ではなく溶湯処理工程で投入して、MgやSrの焼損を防止している。
【0030】
二次合金地金としては、例えばAlMn20(Mn:20質量%含有)や、AlSr10(Sr:10質量%含有)を用いればよい。もちろん、合金成分の調整のために、AlSi50(Si:50質量%含有)、AlCu50(Cu:50質量%含有)、Mg99.9%、AlTi5B1(Ti:5質量%、B:1質量%含有)等を取鍋に添加してもよいことは言うまでもない。なお、溶湯処理工程中に脱滓処理を行ったりしてもよい。Sr含有の原材料だけ溶湯処理工程で添加し、Mg含有の原材料は溶解工程で添加しても構わないが、両方とも、溶湯処理工程で添加するのが望ましい。
【0031】
次いで、溶湯処理工程を経て精製されたAl合金溶湯を取鍋から手元保持炉に移し替える(手元保持工程)。手元保持炉でのAl合金溶湯温度は、665℃±5℃の範囲内に制御される。そして、精製されたAl合金溶湯を手元保持炉から所定の金型(鋳型)にダイカストマシンまたは低圧鋳造機にて圧力をかけて鋳込んで固化させることによって、鋳造用Al合金またはAl合金鋳造物が成形される(鋳造工程)。ここで、手元保持炉から金型に鋳込まれたAl合金溶湯温度が665℃±5℃程度を維持するように、金型温度は180℃~220℃の範囲内に設定される。ダイカスト鋳造法を採用した場合、金型の真空度は50mbar~100mbarの範囲内に設定される。
【0032】
本願発明のAl合金鋳造物は、従来公知のダイカスト鋳造法、低圧鋳造法、または重力鋳造法によって製造することが可能である。そこで、各実施例において本願発明を具体的に説明する。なお、本願発明は下記実施例の内容に限定されるものではなく、本願発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変更が可能である。
【0033】
図2には、他社の鋳造用Al合金(以下、他社合金という。)および本願発明の鋳造用Al合金(以下、本願合金という。)の組成範囲と、実施例ならびに比較例の成分組成とを示している。
図3には、他社合金、実施例および比較例について、同一金型を用いたダイカスト鋳造法によって得られた大型鋳造物(ギガダイカスト)からテストピースを切り出し、確性値として引張強度、降伏強度、および伸び率を測定した結果を示している。
図3の値は、それぞれ5個ずつのテストピースを用いて測定した平均値である。
【0034】
また、
図3には、ダイカスト鋳造時の湯流れ性、金型への焼き付き、および鋳造物の割れについて評価した結果も併せて示している。
図2および
図3に示す他社合金は、AlSi10MnMgに相当すると解されるアルコア社製のC370と呼ばれる鋳造用Al合金である。比較例1はSr含有率を本願合金の下限付近にした場合、比較例2はSr含有率を本願合金の上限付近にした場合である。他社合金、実施例および比較例はいずれも、熱処理を実行していない鋳放し状態のものである。
【0035】
図3から明らかなように、本願発明の実施例1および2は、いずれも鋳放し状態で、280MPa前後の引張強度、140MPa前後の降伏強度、14%前後の伸び率を示していて、他社合金ならびに比較例1および2の機械的性質を大きく上回った。実施例1および2の機械的性質は、例えば自動車分野の構造部品に対する要求水準を大幅に凌駕しているのであり、鋳放し状態の熱処理レスであるにも拘らず、十分に使用に耐え得ることが分かった。また、実施例1および2は、鋳造時の湯流れ性もよく、焼き付きも生じていなかった。さらに、大型鋳造物の割れも見られず、全体として極めて良好な鋳造性を示していた。なお、比較例1および2では、大型鋳造物の割れが散見される結果となった。
【0036】
図4には、本願発明におけるダイカスト鋳造時のAl合金溶湯温度とAl合金鋳造物の引張強度および降伏強度との関係を示している。
図4から分かるように、Al合金溶湯温度が665℃~±5℃の範囲内であれば、Al合金鋳造物は極めて高い引張強度および降伏強度を取得できる。
図5には、本願発明におけるダイカスト鋳造時のAl合金溶湯温度とAl合金鋳造物の伸び率との関係を示している。この場合も、Al合金溶湯温度が660℃~670℃の範囲内であれば、Al合金鋳造物は極めて高い伸び率を取得できる。
【0037】
図6には、本願発明におけるダイカスト鋳造時の金型温度とAl合金鋳造物の引張強度および降伏強度との関係を示している。
図6から分かるように、金型温度が180℃~220℃の範囲内であれば、Al合金鋳造物は極めて高い引張強度および降伏強度を取得できる。
図7には、本願発明におけるダイカスト鋳造時の金型温度とAl合金鋳造物の伸び率との関係を示している。この場合も、金型温度が180℃~220℃の範囲内であれば、Al合金鋳造物は極めて高い伸び率を取得できる。詳細は不明であるが、金型温度が180℃~220℃の範囲内にあれば、ダイカスト鋳造時のAl合金溶湯温度を660℃~670℃の範囲内に維持しやすくなると考えられ、金型温度のおかげでAl合金溶湯温度が低下しにくく、Al合金溶湯温度が660℃~670℃の範囲内にあることで、Al合金鋳造物は、良好な機械的性質を取得しているものと解される。
【0038】
図8には、本願発明におけるダイカスト鋳造時の金型真空度とAl合金鋳造物の引張強度および降伏強度との関係を示している。
図8から分かるように、金型真空度が50mbar~100mbarの範囲内であれば、Al合金鋳造物は極めて高い引張強度および降伏強度を取得できる。
図9には、本願発明におけるダイカスト鋳造時の金型真空度とAl合金鋳造物の伸び率との関係を示している。この場合も、金型真空度が50mbar~100mbarの範囲内であれば、Al合金鋳造物は極めて高い伸び率を取得できる。
【0039】
以上の説明から分かるように、本願発明によると、鋳放し状態(鋳造後熱処理レス)であっても、Al-Si-Mg系合金と同等の鋳造性を示すと共に、良好な機械的性質(伸び率、引張強度および降伏強度等)を示す鋳造用Al合金ひいてはAl合金鋳造物が得られ、コストのかかる熱処理を省略でき、安価なコストで鋳造用Al合金およびAl合金鋳造物を提供できる。
【0040】
特に本願発明では、溶湯処理工程時にMgやSrを含有した原材料(二次合金地金)を、鋳造用Al合金の組成が前述した所定割合になるように添加するから、MgやSrといった合金成分がAl合金溶湯の熱で焼損するのを抑制でき、鋳造用Al合金やAl合金鋳造物において、MgやSrの添加作用を確実に発揮できる。したがって、鋳造用Al合金やAl合金鋳造物の品質・歩留を向上できる。
【0041】
本願発明は、鋳造後の熱処理を一切排除することを企図しているわけではない。例えばより高い機械的性質(特に引張強度および降伏強度)を要求される低圧鋳造用途では、T4処理(溶体化処理後、自然時効させること)、T5処理(高温加工から冷却後、人工時効硬化処理をすること)、T6処理(溶体化処理後、人工時効硬化処理をすること)、またはT7処理を施すことも可能である。
【0042】
図10には、本願合金の実施例3(熱処理レス)と実施例4(T6処理済)との成分組成とを示している。なお、実施例3および4の成分組成は全く同じである。
図11には、実施例3および4について、同一金型を用いた低圧鋳造法にて得られた熱処理レスの鋳造物(実施例3)とT6処理した鋳造物(実施例4)とからテストピースを切り出し、確性値として引張強度、降伏強度、および伸び率を測定した結果を示している。
図11の値は、それぞれ5個ずつのテストピースを用いて測定した平均値である。また、
図11には、ダイカスト鋳造時の湯流れ性、金型への焼き付き、および鋳造物の割れについて評価した結果も併せて示している。
【0043】
図11から明らかなように、本願発明の実施例3は、低圧鋳造時の鋳放し状態であっても、180MPaを超える引張強度、120MPaを超える降伏強度を得ている。ただ、伸び率だけが5%と若干低い値を示した。実施例3は、鋳造時の湯流れ性もよく、焼き付きも生じておらず、鋳造物の割れも見られなかった。実施例3は、全体として極めて良好な鋳造性を示していた。実施例3の結果は、日本工業規格JIS H5302に規定されるAC4Cの熱処理後の性能(機械的性質)とほぼ同等であることが分かった。
【0044】
これに対して、大型低圧鋳造部品にT6処理をした実施例4では、引張強度300MPa、降伏強度242MPa、伸び率8.0%と、実施例3の機械的性質を大きく上回った。実施例4の機械的性質は、AC4Cの熱処理後の性能(機械的性質)を遥かに超え、例えば自動車分野の構造部品に対する要求水準を大幅に凌駕しているのであり、用途によっては、熱処理を施すことで十分に使用に耐え得るものになることが分かった。なお、実施例4についても、鋳造時の湯流れ性もよく、焼き付きも生じておらず、鋳造物の割れも見られなかった。
【要約】
【課題】高い機械的性質とコスト低減とを両立できる鋳造用Al合金を提供する。
【解決手段】本願発明の鋳造用Al合金は、8.0~10.0質量%のSi、0.25~0.40質量%のMg、0.30~0.50質量%のFe、0.28~0.52質量%のMn、0.08~0.22質量%のCu、0.04~0.15質量%のTi、および0.0075~0.028質量%のSrを含むと共に、残部にAlを含む。FeとMnとの含有率の和は1.0質量%以下に制限する。Srは、溶解工程では添加されず、溶解工程で得られたAl合金溶湯中のAl酸化物およびH
2ガスを除去する溶湯処理工程のときに添加される。
【選択図】
図2