(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-11
(45)【発行日】2023-12-19
(54)【発明の名称】タイヤのシミュレーション方法、その装置及びプログラム
(51)【国際特許分類】
B60C 19/00 20060101AFI20231212BHJP
G06F 30/23 20200101ALI20231212BHJP
G01M 17/02 20060101ALI20231212BHJP
【FI】
B60C19/00 Z
G06F30/23
G01M17/02
(21)【出願番号】P 2020042250
(22)【出願日】2020-03-11
【審査請求日】2023-01-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000003148
【氏名又は名称】TOYO TIRE株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003395
【氏名又は名称】弁理士法人蔦田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】竹澤 宏典
【審査官】増田 亮子
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-42831(JP,A)
【文献】特開2013-121800(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60C 19/00
G06F 30/23
G01M 17/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
雪路面を走行するタイヤの挙動を再現するタイヤのシミュレーション方法であって、
数値解析が可能な有限個の要素でモデル化したタイヤモデルを設定するステップと、
内部に雪を配置した解析モデルとして雪モデルを含むオイラー要素モデルを設定するステップと、
前記タイヤモデルを前記雪モデル上で転動させて動的解析を行うステップと、
を含み、
前記動的解析を行うステップは、前記タイヤモデルと前記雪モデルの変形計算を行うステップと、変形計算の結果から前記雪モデルにおける雪の密度分布を算出するステップと、得られた密度分布から雪の密度に応じた弾塑性特性を前記雪モデルに設定するステップと、設定された弾塑性特性を持つ前記雪モデルを用いて前記タイヤモデルと前記雪モデルの変形計算を行うステップとを含む、
タイヤのシミュレーション方法。
【請求項2】
前記タイヤモデルを転動させずに前記雪モデルに対して接地させる静的解析を行うステップを更に含み、
前記静的解析を行うステップは、前記タイヤモデルと前記雪モデルの変形計算を行うステップと、変形計算の結果から前記雪モデルにおける雪の密度分布を算出するステップと、得られた密度分布から雪の密度に応じた弾塑性特性を前記雪モデルに設定するステップと、設定された弾塑性特性を持つ前記雪モデルを用いて前記タイヤモデルと前記雪モデルの変形計算を行うステップとを含む、請求項1に記載のシミュレーション方法。
【請求項3】
前記弾塑性特性が、ヤング率、付着力及び摩擦角からなる群から選択される少なくとも1つを含む、請求項1又は2に記載のシミュレーション方法。
【請求項4】
雪路面を走行するタイヤの挙動を再現するタイヤのシミュレーション装置であって、
数値解析が可能な有限個の要素でモデル化したタイヤモデルを設定するタイヤモデル設定部と、
内部に雪を配置した解析モデルとして雪モデルを含むオイラー要素モデルを設定するオイラー要素モデル設定と、
前記タイヤモデルを前記雪モデル上で転動させて動的解析を行う動的解析部と、
を備え、
前記動的解析部は、前記タイヤモデルと前記雪モデルの変形計算を行い、変形計算の結果から前記雪モデルにおける雪の密度分布を算出し、得られた密度分布から雪の密度に応じた弾塑性特性を前記雪モデルに設定し、設定された弾塑性特性を持つ前記雪モデルを用いて前記タイヤモデルと前記雪モデルの変形計算を行う、
ことを特徴とするタイヤのシミュレーション装置。
【請求項5】
雪路面を走行するタイヤの挙動を再現するためのプログラムであって、
コンピュータに、
数値解析が可能な有限個の要素でモデル化したタイヤモデルを設定するタイヤモデル設定機能と、
内部に雪を配置した解析モデルとして雪モデルを含むオイラー要素モデルを設定するオイラー要素モデル設定機能と、
前記タイヤモデルを前記雪モデル上で転動させて動的解析を行う動的解析機能であって、前記タイヤモデルと前記雪モデルの変形計算を行い、変形計算の結果から前記雪モデルにおける雪の密度分布を算出し、得られた密度分布から雪の密度に応じた弾塑性特性を前記雪モデルに設定し、設定された弾塑性特性を持つ前記雪モデルを用いて前記タイヤモデルと前記雪モデルの変形計算を行う動的解析機能と、
を実現させるためのタイヤシミュレーションプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、雪路面を走行するタイヤの挙動を再現するタイヤのシミュレーション方法、その装置及びプログラムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
タイヤの剛体路面への荷重負荷や転動解析を実行することによって、シミュレーションによるタイヤ性能の予測が可能となっている。雪で覆われた路面、即ち雪路面についても、このようなシミュレーションによるタイヤ性能の予測が提案されている(特許文献1,2参照)。
【0003】
特許文献1に記載の方法では、雪がタイヤの面圧などによって踏み固められることを考慮して、雪路面でのタイヤ性能の予測精度を向上させるために、雪モデルをあらかじめ層別するステップを組み込んでいる。層別するステップでは、雪単体の微視構造として、内部三次元像解析装置による雪単体の断層撮影画像、及び前記断層撮影画像の処理結果である三次元の情報を用いている。しかしながら、このような断層撮影画像を用いて層別する方法では、装置や測定のコストが非常に高い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第5808744号公報
【文献】特開2019-040559号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の実施形態は、以上の点に鑑み、より安価な方法で雪路面でのタイヤ性能の予測精度を向上することができる、タイヤのシミュレーション方法、その装置及びプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る第1の態様は、雪路面を走行するタイヤの挙動を再現するタイヤのシミュレーション方法であって、数値解析が可能な有限個の要素でモデル化したタイヤモデルを設定するステップと、内部に雪を配置した解析モデルとして雪モデルを含むオイラー要素モデルを設定するステップと、前記タイヤモデルを前記雪モデル上で転動させて動的解析を行うステップと、を含み、前記動的解析を行うステップは、タイヤモデルと雪モデルの変形計算を行うステップと、前記変形計算の結果から雪モデルにおける雪の密度分布を算出するステップと、得られた密度分布から雪の密度に応じた弾塑性特性を雪モデルに設定するステップと、設定された弾塑性特性を持つ雪モデルを用いてタイヤモデルと雪モデルの変形計算を行うステップとを含む、タイヤのシミュレーション方法である。
【0007】
本発明の第2の態様は、雪路面を走行するタイヤの挙動を再現するタイヤのシミュレーション装置であって、数値解析が可能な有限個の要素でモデル化したタイヤモデルを設定するタイヤモデル設定部と、内部に雪を配置した解析モデルとして雪モデルを含むオイラー要素モデルを設定するオイラー要素モデル設定と、前記タイヤモデルを前記雪モデル上で転動させて動的解析を行う動的解析部と、を備え、前記動的解析部は、前記タイヤモデルと前記雪モデルの変形計算を行い、変形計算の結果から前記雪モデルにおける雪の密度分布を算出し、得られた密度分布から雪の密度に応じた弾塑性特性を前記雪モデルに設定し、設定された弾塑性特性を持つ前記雪モデルを用いて前記タイヤモデルと前記雪モデルの変形計算を行う、ことを特徴とするタイヤのシミュレーション装置である。
【0008】
本発明の第3の態様は、雪路面を走行するタイヤの挙動を再現するためのプログラムであって、コンピュータに、数値解析が可能な有限個の要素でモデル化したタイヤモデルを設定するタイヤモデル設定機能と、内部に雪を配置した解析モデルとして雪モデルを含むオイラー要素モデルを設定するオイラー要素モデル設定機能と、前記タイヤモデルを前記雪モデル上で転動させて動的解析を行う動的解析機能であって、前記タイヤモデルと前記雪モデルの変形計算を行い、変形計算の結果から前記雪モデルにおける雪の密度分布を算出し、得られた密度分布から雪の密度に応じた弾塑性特性を前記雪モデルに設定し、設定された弾塑性特性を持つ前記雪モデルを用いて前記タイヤモデルと前記雪モデルの変形計算を行う動的解析機能と、を実現させるためのタイヤシミュレーションプログラムである。
【0009】
上記第1~3の態様においては、前記タイヤモデルを転動させずに前記雪モデルに対して接地させる静的解析を行うステップ、静的解析部又は静的解析機能を更に含んでもよい。前記静的解析を行う際には、タイヤモデルと雪モデルの変形計算を行い、前記変形計算の結果から雪モデルにおける雪の密度分布を算出し、得られた密度分布から雪の密度に応じた弾塑性特性を雪モデルに設定し、設定された弾塑性特性を持つ雪モデルを用いてタイヤモデルと雪モデルの変形計算を行ってもよい。
【0010】
上記第1~3の態様において、前記弾塑性特性は、ヤング率、付着力及び摩擦角からなる群から選択される少なくとも1つを含んでもよい。
【発明の効果】
【0011】
本発明の実施形態によれば、動的解析を行いながら、変形した雪の密度分布を求め、雪の密度に応じた弾塑性特性を雪モデルに付与してタイヤモデルと雪モデルの変形計算を行うので、より安価な方法でタイヤの面圧などによって踏み固められる雪路面の実現象の再現性を高めることができ、雪路面でのタイヤ性能の予測精度を向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】一実施形態に係るシミュレーション装置のブロック図である。
【
図2】同シミュレーション装置のフローチャートである。
【
図3】静的解析部及び動的解析部のフローチャートである。
【
図4】タイヤモデルとオイラー要素モデルを結合させた状態を示す斜視図である。
【
図5】タイヤを雪に接地させたときの雪の密度分布を示す断面模式図である。
【
図6】雪の密度とヤング率との関係を示すグラフである。
【
図7】雪の垂直応力とせん断応力の関係を示すグラフである。
【
図8】(A)はタイヤモデルを雪モデルに接地させる前の状態、(B)は接地させた状態をそれぞれ示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について図面に基づいて説明する。
【0014】
一実施形態に係るタイヤのシミュレーション装置10は、雪路面を走行する空気入りタイヤの挙動を再現するシミュレーション装置であって、
図1に示すように、入力部12、タイヤモデル設定部14、路面モデル設定部16、オイラー要素モデル設定部18、静的解析部20、動的解析部22、評価値取得部24、タイヤ性能予測部26、及び出力部28を有する。
【0015】
このシミュレーション装置10は、例えば、マウスとキーボードを有する汎用のコンピュータを基本ハードウェアとして用いることでも実現することが可能である。すなわち、入力部12、タイヤモデル設定部14、路面モデル設定部16、オイラー要素モデル設定部18、静的解析部20、動的解析部22、評価値取得部24、タイヤ性能予測部26、及び出力部28は、上記のコンピュータに搭載されたプロセッサにプログラムを実行させることにより実現することができる。このとき、シミュレーション装置10は、上記のプログラムをコンピュータに予めインストールすることで実現してもよいし、CD-ROM等の記憶媒体に記憶して、又はネットワークを介して上記のプログラムを配布して、このプログラムをコンピュータに適宜インストールすることで実現してもよい。
【0016】
以下、上記各部の構成と機能について順番に説明する。
【0017】
[1]入力部12
入力部12は、解析対象となる空気入りタイヤ及び雪路面をそれぞれモデル化するために必要なモデル作成条件と、これらのモデルを用いて解析を行うための解析条件を取得する。
【0018】
モデル作成条件としては、モデルの形状、メッシュ分割数等が挙げられ、例えば、タイヤモデルの作成条件としては、タイヤ断面形状を含めたタイヤについての種々のデータ(タイヤ設計情報)が挙げられ、具体的には、タイヤの外形形状や内部構造等の各寸法諸元、タイヤを構成するトレッド、ベルト、カーカスなどの各部材についてヤング率、ポアソン比や比重などの材料特性などが入力される。
【0019】
オイラー要素モデルの作成条件としては、タイヤモデルの大きさに応じたモデルの大きさ、メッシュ分割数、メッシュを細分化する領域及び細分化の程度、路面上の雪質、雪の厚み及び密度、雪の1メッシュの厚みなどが挙げられる。
【0020】
解析条件としては、リムモデルに装着されたタイヤモデルに対する内圧や荷重、タイヤモデルの動的状態を定める並進速度(即ち、タイヤモデルの走行速度)、スリップ角などのタイヤモデルの運動や接地に関する条件の他、動的解析における解析時間などが入力される。
【0021】
これらの情報の入力は、キーボードを用いて行われてもよく、CD-ROM等の記録媒体やネットワーク等を通じて行われてもよい。
【0022】
[2]タイヤモデル設定部14
タイヤモデル設定部14は、数値解析が可能な有限個の要素でモデル化したタイヤモデルを設定する。例えば、入力部12で入力されたモデル作成条件に基づいて、トレッドパターンを持つタイヤについて、有限要素モデルを作成する。
【0023】
詳細には、自然平衡状態のタイヤ形状を基準形状とし、この基準形状をFEMによりモデル化して、メッシュ分割によって多数の有限要素に分割された三次元のタイヤモデルを作成する。かかる要素としては、4面体ソリッド要素、5面体ソリッド要素、6面体ソリッド要素などが挙げられ、これらの要素は三次元座標を用いて逐一特定される。
図4において符号50としてパターン付きタイヤモデルの一例を示す。
【0024】
このようなタイヤモデルの作成方法自体は公知であり、かかる公知の方法を用いてタイヤをモデル化することができる。なお、予め作成されたタイヤモデルを入力部12から入力してもよく、その場合、タイヤモデル設定部14は、入力されたタイヤモデルを解析対象として設定する。
【0025】
[3]路面モデル設定部16
路面モデル設定部16は、路面を再現した路面モデルを設定する。詳細には、入力部12で入力されたモデル作成条件に基づいて、道路の表面を数値解析が可能な要素に置き換えた路面モデルを作成する。
【0026】
路面モデルとしては、
図4において符号52としてその一例を示すように、外力が作用しても変形しない平坦な四角形状の剛表面要素により構成してもよく、凹凸を有するものを路面モデルとして定義してもよい。路面モデルには、例えばアスファルト路面とほぼ同様の表面摩擦係数が境界条件として定義される。
【0027】
本実施形態では、雪路面を走行するタイヤの挙動を再現するために、タイヤモデルはオイラー要素モデルの雪モデル上を走行する。そのため、オイラー要素モデルの底面が剛体表面として固定されていれば、路面モデルは必須ではなく、省略してもよい。
【0028】
なお、予め作成された路面モデルを入力部12から入力してもよく、その場合、路面モデル設定部16は、入力された路面モデルを解析対象として設定する。また、ハードディスクなどの記憶手段に1又は複数の路面モデルを予め記憶させておき、マウスやキーボードなどを介して選択された路面モデルを、解析対象として設定してもよい。
【0029】
[4]オイラー要素モデル設定部18
オイラー要素モデル設定部18は、入力部12で入力されたモデル作成条件に基づいて、内部に雪を配置した解析モデルとして雪モデルを含むオイラー要素モデルを作成する。
【0030】
オイラー要素モデルは、その一例を
図4において符号54で示すように、路面モデル52上の空間領域を8節点のオイラーメッシュで分割して得られた複数の直方体要素からなるものであり、全体として直方体の形状を有する。
【0031】
オイラー要素モデル54は、動的解析におけるタイヤモデル50の全移動範囲にわたって設けてもよいが、この例では動的解析において転動するタイヤモデル50の移動に応じてオイラー要素モデル54を移動させるため、オイラー要素モデル54は、タイヤモデル50との重なり部とその近傍周辺部を含む範囲で作成される。
【0032】
オイラー要素モデル54は、タイヤ軸方向に平行な複数の垂直面と、タイヤ前後方向に平行な複数の垂直面と、高さが異なる複数の水平面とで複数の直方体要素に区画されている。
図4に示す例において、直方体要素は、路面モデル52に接し配されるオイラー要素モデル54の下面から高さ方向に離れるに従い、その体積が大きくなるように生成されている。また、オイラー要素モデル54は、タイヤモデル50と重なる部分において要素が細分化されており、即ち、タイヤモデル50の接地部及びその近傍に相当する領域がその周りの領域よりもメッシュ分割が密に設定されている。
【0033】
オイラー要素モデル54には、その内部に所定の高さで雪が配されることにより、雪モデル56が構成されている。オイラー要素モデル54では、要素の形状は変化することなく、雪などの物体が空間内を移動する。オイラー要素モデル54において雪が配された雪モデル56よりも上には、空気からなる空間領域が確保されている。
【0034】
オイラー要素モデル54の内部に配置された雪は、オイラー要素モデル54における路面モデル52と接する下面領域全面に一様な厚さ(高さ)で配置されており、
図4の例では、最下段から4段目の要素の位置まで、即ちメッシュ4層分の厚みで雪(
図4において灰色で示す。)が充填されている。
【0035】
雪モデル56のメッシュ層数は、シミュレートする雪路面の雪の厚みを、雪モデル56の1メッシュの厚みで除することにより求めることができる。雪モデル56の1メッシュの厚みは、雪モデル56に接触するタイヤモデル50のトレッドにおける1メッシュの厚みよりも小さい(薄い)ことが好ましく、これにより動的解析及び静的解析において雪がタイヤモデル表面のメッシュを貫通するようなエラー計算が起こることを回避することができる。
【0036】
雪モデル56は、弾塑性モデル(例えば、修正Drucker-Prager/Cap塑性モデル)であり、密度、弾塑性特性(ヤング率、ポアソン比などの弾性特性、付着力、摩擦角などの塑性特性)などにより特徴付けられる。
【0037】
本実施形態では、オイラー要素モデル54(特には、雪モデル56)として、雪の密度により弾塑性特性が変化するものを用いる。すなわち、オイラー要素モデル54の雪モデル56における各要素は、雪の弾塑性特性として当該要素の密度に応じた値が設定され、密度が変化することでそれに応じた弾塑性特性が付与されるように構成されている。動的解析や静的解析において、変形した雪の密度分布に応じた弾塑性特性をオイラー要素モデル54に設定することにより、実現象の再現性をより高めることができる。
【0038】
この点について詳述する。雪の密度と弾塑性特性との間には相関がある。例えば、雪の密度とヤング率との間には、指数関数的な近似関係があることが知られている(S.Shoop, K.Kestler, and R.Haehnel, Finite Element Modeling of Tireson Snow. Tire Science and Technology, TSTCA, Vol.34, No.1, January - March2006, pp.2-37)。また、塑性特性である付着力や摩擦角と密度との間には線形の近似関係がある。一般に雪の密度変化は雪質の変化と関連しており(尾田敏男、工藤清、雪質と密度、日雪月報2、昭和15年、19-24頁、43-45頁)、雪質が等温変態して新雪→小しまり雪→しまり雪→ざらめ雪となるのに従って密度は大きくなる(矢野勝俊、日本の積雪、水文・水資源学会誌、Vol.6,No.2,1993年)。
【0039】
タイヤが雪路面に接地すると、その面圧により雪は等温変態して雪質が変化し、密度が大きくなる。
図5はこの点を模式的に示した図である。タイヤが接地した雪路面では、タイヤに近い表面側から深さ方向に向かって、最も密度上昇が大きい密度高域と、密度上昇が中程度の密度中域と、密度上昇が小さい密度低域が、この順に層状に形成される。また、トレッドパターンには陸部と溝部とによる凹凸があり、陸部により押圧された部位は溝部により押圧された部位よりも雪の密度上昇が大きく、密度分布が生じる。
【0040】
そのため、動的解析や静的解析において変形する雪モデルにおける密度分布に基づき、その密度に応じた弾塑性特性を雪モデル56に付与することにより、雪の変形による雪質の変化をより実現象に近い状態で再現することができ、計算精度を向上することができる。
【0041】
一実施形態において、雪の密度ρと弾塑性特性との関係として、下記式(1)~(4)のような組み込み関数を設定してもよい。
【0042】
ヤング率: E=αeβρ …(1)
ポアソン比: v=0.3 …(2)
付着力: c=γρ+δ …(3)
摩擦角: φ=ερ+η …(4)
式中、α、β、γ、δ、ε及びηは材料固有値であり、γ、δ、ε及びηはトレッドゴム配合に依存して変化する。
【0043】
式(1)に示すように、弾性特性であるヤング率Eについては、密度ρとの間で指数関数的な近似関係があり、
図6はその一例を示したものである。一方、弾性特性のうちポアソン比vについては、式(2)に示すように、密度ρによらず一定である。
【0044】
式(3)及び式(4)に示すように、塑性特性である付着力cと摩擦角φについては、密度ρとの間で線形の近似関係がある。
【0045】
ここで、付着力c及び摩擦角φは、Mohr-Coulomb(モール・クーロン)の降伏モデルにおいて、垂直応力(圧縮応力)σとせん断応力τとの関係τ=c+σtanφを用いて算出される値であり、複数の垂直応力の計測結果から、切片を付着力cとし、傾きtanφ(摩擦角φ)として算出される。
図7に垂直応力σとせん断応力τとの関係の一例を示す。
【0046】
下記表1は、新雪、小しまり雪、しまり雪、ざらめ雪の4種の雪質について、密度ρと、弾塑性特性との関係の一例を示したものである。
【0047】
【0048】
なお、以上説明したオイラー要素モデルは、予め作成されたものを入力部12から入力してもよく、その場合、オイラー要素モデル設定部18は、入力されたオイラー要素モデルを解析対象として設定する。また、ハードディスクなどの記憶手段に1又は複数のオイラー要素モデルを予め記憶させておき、マウスやキーボードなどを介して選択されたオイラー要素モデルを、解析対象として設定してもよい。
【0049】
[5]静的解析部20
静的解析部20は、タイヤモデル50を転動させずに雪モデル56に対して所定の荷重又は変位で接地させる静的解析を行う。この例では、静的解析は、上記で設定した路面モデル52にオイラー要素モデル54を組み合わせた上で、タイヤモデル50をオイラー要素モデル54の雪モデル56に対して接地させる。
【0050】
詳細には、タイヤモデル設定部14で得られたタイヤモデル50をリムモデル(不図示)に装着した上で、有限要素解析法による静的解析を行う。すなわち、タイヤモデル50に所定の内圧を充填しながらタイヤモデル50の変形計算を行う内圧充填処理を行い、また、タイヤモデル50を転動させることなく静止した状態で、路面モデル52上のオイラー要素モデル54、詳細には雪モデル56に対して所定の荷重又は変位で接地させながら、タイヤモデル50と雪モデル56の変形計算(即ち、タイヤモデル50の変形計算とオイラー要素モデル54内の雪の挙動計算)を行う接地解析処理を行う。かかる静的解析自体は、汎用解析プログラムを用いた静的陰解法により行うことができ、汎用解析プログラムとしては、例えばダッソー・システムズ社製のAbaqus/Standardなどが挙げられる。
【0051】
図8(A)は、タイヤモデル50をオイラー要素モデル54の雪モデル56に接地させる前の状態を示し、この状態からタイヤモデル50を雪モデル56に所定の荷重又は変位で接地させて、
図8(B)に示す接地させた状態とする。この接地させた状態では、オイラー要素モデル54の雪モデル56が変形して、タイヤモデル50の一部が雪モデル56に入り込んだ状態となる。なお、
図8において、タイヤモデル50はメッシュを省略して示している。
【0052】
一実施形態において、静的解析部20は、タイヤモデル50と雪モデル56の変形計算を行う変形計算部と、変形計算の結果から雪モデル56における雪の密度分布を算出する密度分布算出部と、得られた密度分布から雪の密度に応じた弾塑性特性を雪モデル56に設定する、即ち弾塑性特性を更新する弾塑性特性更新部と、を含む。このように静的解析の変形計算を行う毎に、その結果として得られる密度分布に応じて弾塑性特性を更新しながら、所定の荷重又は変位で接地するまで変形計算を行う。
【0053】
[6]動的解析部22
動的解析部22は、タイヤモデル50を雪モデル56上で転動させて動的解析を行う。この例では、タイヤモデル50を雪モデル56上で転動させ、かつ転動するタイヤモデル50の移動に応じてオイラー要素モデル54を路面モデル52上で移動させる動的状態において、タイヤモデル50と雪モデル56の変形計算(即ち、タイヤモデル50の変形計算とオイラー要素モデル54内の雪の挙動計算)を行う動的解析(詳細には、トラクション解析)を行う。
【0054】
動的解析部22は、タイヤモデル50を前方、即ち
図4において矢印D1で示す方向に所定の加速度で並進するように転動(即ち、回転)させるとともに、そのタイヤモデル50の移動に伴って同じ加速度でオイラー要素モデル54を前方に移動させながら、上記変形計算を行う動的解析を実行する。その際、タイヤモデル50とオイラー要素モデル54は、入力部12で入力された解析時間にて、静止状態から最終速度(目標とする並進速度)まで、所定の加速度で移動してもよく、あるいは、目標とする並進速度を瞬時に入力して所望の動的状態としてもよい。
【0055】
動的解析自体は、上記特許文献2に記載の方法や、汎用解析プログラムを用いた動的陽解法により行うことができ、汎用解析プログラムとしては、例えばダッソー・システムズ社製のAbaqus/Explicitなどが挙げられる。より詳細には、解析手法として、タイヤモデルをラグランジュ要素とし、空気/雪のモデルをオイラー要素とした、Abaqus/Explicitによるオイラー・ラグランジュ(CEL)解析を用いて実施することができる。
【0056】
本実施形態では、動的解析部22は、タイヤモデル50と雪モデル56の変形計算を行う変形計算部と、変形計算の結果から雪モデル56における雪の密度分布を算出する密度分布算出部と、得られた密度分布から雪の密度に応じた弾塑性特性を雪モデル56に設定する、即ち弾塑性特性を更新する弾塑性特性更新部と、を含むことを特徴とする。このように変形計算を行う毎に、その結果として得られる密度分布に応じて弾塑性特性を更新しながら、所定の解析時間になるまで変形計算を行う。
【0057】
[7]評価値取得部24
評価値取得部24は、上記動的解析から、雪路面でのタイヤ性能、例えばトラクション性能を評価するための評価値を取得する。例えば、タイヤモデル50のオイラー要素モデル54に対する接地形状、接地面積、接地圧分布など; オイラー要素モデル54の各要素に含まれる雪の体積含有率、反力など; タイヤモデル50の軸力などを評価値として取得する。
【0058】
[8]タイヤ性能予測部26
タイヤ性能予測部26は、評価値取得部24で得られた評価値に基づいて、雪路面におけるトラクション性能などを予測し、その良否を評価する。
【0059】
[9]出力部28
出力部28は、上記により得られたタイヤ性能の予測結果を出力する。出力は、ディスプレイによって表示したり、プリンタによって印刷したりすることにより行うことができる。
【0060】
次に、本実施形態に係るシミュレーション方法について、
図2及び
図3のフローチャートに基づいて説明する。
【0061】
ステップS1において、入力部12から入力されたモデル作成条件に基づき、タイヤモデル設定部14がタイヤモデル50を作成する。予め作成されたタイヤモデル50を入力部12から入力し、入力されたタイヤモデルを解析対象として設定してもよい。そして、ステップS2に進む。
【0062】
ステップS2において、入力部12から入力されたモデル作成条件に基づき、路面モデル設定部16が路面モデル52を作成する。予め作成された路面モデル52を入力部12から入力し、入力された路面モデルを解析対象として設定してもよい。そして、ステップS3に進む。
【0063】
ステップS3において、入力部12から入力されたモデル作成条件に基づき、オイラー要素モデル設定部18がオイラー要素モデル54を作成する。詳細には、メッシュ生成部により、路面上の空間領域を8節点のオイラーメッシュで分割してなるオイラー要素モデル54を作成する。次いで、物体配置部により、オイラー要素モデル54の内部に雪を配置して雪モデル56を形成する。その際、解析しようとする雪質に応じて、雪の密度を設定するとともに、該密度に応じた弾塑性特性を雪モデル56の全体に設定する。そして、ステップS4に進む。
【0064】
ステップS4において、静的解析部20が、ステップS1で得られたタイヤモデル50と、ステップS2で得られた路面モデル52と、ステップS3で得られたオイラー要素モデル54を用いて、有限要素解析法による静的解析を行い、タイヤモデル50を雪モデル56に接地させる。
【0065】
詳細には、タイヤモデル50をリムモデル(不図示)に装着した上で、タイヤモデル50に所定の内圧を充填しながらタイヤモデル50の変形計算を行う内圧充填処理を行う。次いで、タイヤモデル50を転動させることなく静止した状態で、路面モデル52上の雪モデル56に対して所定の荷重又は変位になるまで接地させながら、タイヤモデル50と雪モデル56の変形計算(即ち、タイヤモデル50の変形計算とオイラー要素モデル54内の雪の挙動計算)を行う接地解析処理を行う。
【0066】
この例では、接地解析処理において、
図3に示す各ステップを実施する。タイヤモデル50に付与する上記所定の荷重ないし変位を複数段階に分けて、所定の荷重ないし変位に到達するまで各段階でタイヤモデル50と雪モデル56の変形計算を行う。
【0067】
ステップS11において、タイヤモデル50に対して第1段階の荷重ないし変位を付与してタイヤモデル50と雪モデル56の変形計算を、例えばAbaqus/Standardを用いた静的陰解法により行う。
【0068】
次いで、ステップS12において、上記変形計算の結果から雪モデル56における雪の密度分布を算出する。すなわち、変形した雪モデル56の各要素における雪の密度を算出する。このような密度分布の算出は、Abaqus/Standardなどの汎用解析プログラムを用いて行うことができる。
【0069】
次いで、ステップS13において、得られた密度分布から雪の密度に応じた弾塑性特性を雪モデル56の各要素に設定する。詳細には、変形した雪モデル56の各要素において、上記で算出した雪の密度から、当該密度に対応する雪の弾塑性特性を求める。例えば、上記式(1)~(4)で表される組み込み関数より、雪の密度に対応する弾塑性特性を求める。そして、雪モデル56の各要素の弾塑性特性を、このようにして求めた弾塑性特性で置き換えることにより、雪モデル56を更新する。
【0070】
次いで、ステップS14において、更新した雪モデル56を用いて、タイヤモデル50に対して次段階の荷重ないし変位を付与してタイヤモデル50と雪モデル56の変形計算を静的陰解法により行う。
【0071】
そして、ステップS15において、タイヤモデル50に上記所定の荷重ないし変位が付与されたか否かを判定し、所定の荷重ないし変位が付与されていない場合はステップS12に戻り、所定の荷重ないし変位が付与されるまでステップS12~S15を繰り返す。ステップS15において、所定の荷重ないし変位が付与されたと判定されれば、静的解析の接地解析処理は終了する。そして、ステップS5に進む。
【0072】
ステップS5において、動的解析部22が、接地状態のタイヤモデル50とオイラー要素モデル54を用いて、動的解析(詳細には、トラクション解析)を行う。動的解析では、タイヤモデル50を雪モデル56上で転動させ、かつ転動するタイヤモデル50の移動に応じてオイラー要素モデル54を路面モデル52上で移動させる動的状態において、タイヤモデル50と雪モデル56の変形計算(即ち、タイヤモデル50の変形計算とオイラー要素モデル54内の雪の挙動計算)を行う。
【0073】
詳細には、雪モデル56がタイヤモデル50に与える境界条件に基づいて、所定の時間の刻み幅で、タイヤモデル50の変形計算が逐次行われるとともに、タイヤモデル50が雪モデル56に与える境界条件に基づいて、所定の時間の刻み幅で雪の挙動計算が逐次行われる。更に詳述すれば、まず、タイヤモデル50とオイラー要素モデル54を所定の時間の刻み幅で移動させ、タイヤモデル50と雪モデル56との境界面を計算する。次いで、雪モデル56からタイヤモデル50へ作用する力が境界条件として設定され、これに基づいて転動するタイヤモデル50の変形計算が行われ、タイヤモデル50の変位や応力が算出される。一方、タイヤモデル50の変形と転動に伴う速度成分が雪モデル56への境界条件として設定され、これに基づいて雪の挙動計算が行われる。次いで、オイラー要素モデル54内の雪の物理量のマッピング処理が行われる。以上のステップを所定の解析時間が経過するまで繰り返し、所定の解析時間が経過すれば動的解析は終了する。
【0074】
本実施形態では、かかる動的解析において、上記静的解析と同様に、
図3に示す各ステップを実施する。動的解析では、ステップS11において、上記所定の時間の刻み幅でのタイヤモデル50の移動におけるタイヤモデル50と雪モデル56の変形計算を、例えばAbaqus/Explicitを用いた動的陽解法により行う。次いで、ステップS12において、変形計算の結果から雪モデル56における雪の密度分布、即ち各要素における雪の密度を、Abaqus/Explicitなどの汎用解析プログラムを用いて算出する。次いで、ステップS13において、得られた密度分布から、雪モデル56の各要素についての雪の密度に応じた弾塑性特性を、例えば上記式(1)~(4)で表される組み込み関数から求め、求めた弾塑性特性を雪モデル56の各要素に設定して雪モデル56を更新する。次いで、ステップS14において、更新した雪モデル56を用いて、次の刻み幅でのタイヤモデル50の移動におけるタイヤモデル50と雪モデル56の変形計算を動的陽解法により行う。そして、ステップS15において、所定の解析時間が経過したか否かを判定し、所定の解析時間が経過していない場合はステップS12に戻り、所定の解析時間が経過するまでステップS12~S15を繰り返す。ステップS15において、所定の解析時間が経過したと判定されれば、動的解析を終了する。
【0075】
このようにして動的解析が終了した後、ステップS6において、評価値取得部24が、動的解析の結果から、雪路面でのタイヤ性能を評価するための評価値を取得する。そして、ステップS7に進む。
【0076】
ステップS7において、タイヤ性能予測部26が、ステップS6で得られた評価値に基づいて雪路面でのタイヤ性能の良否を予測し、出力部28がその結果を出力する。
【0077】
[作用・効果]
本実施形態では、静的解析及び動的解析を行いながら、変形した雪の密度分布を求め、雪の密度に応じた弾塑性特性を雪モデルに付与してタイヤモデルと雪モデルの変形計算を行う。すなわち、雪の密度と弾塑性特性との間に相関があることを利用して、解析により得られる雪の密度分布から、当該密度分布に応じた弾塑性特性を雪モデルに付与する。そのため、上記従来のように断層撮影画像を用いて雪モデルをあらかじめ層別しなくても、タイヤの面圧などによって踏み固められることで密度分布が生じる雪路面の実現象をシミュレートすることができる。よって、より安価な方法でありながら、実現象の再現性を高めることができ、雪路面でのタイヤ性能の予測精度を向上することができる。
【0078】
また、トレッドパターンの凹凸により生じる雪の密度差についても、その密度差に応じた弾塑性特性を付与してタイヤモデルと雪モデルの変形計算を行うことができるので、雪路面のトラクション時において、トレッド表面のサイプや横溝が雪をよりしっかりと噛み込むことができ、トレッドパターンの寄与を高精度に予測することができる。
【0079】
[その他の実施形態]
上記実施形態では、動的解析において、タイヤモデル50の移動に応じてオイラー要素モデル54を移動させることとしたが、オイラー要素モデル54は移動させずにタイヤモデル50を移動させるようにしてもよい。
【0080】
上記実施形態では、静的解析において、
図3に示すフローチャートによる雪モデル56の弾塑性特性の更新を行ったが、静的解析においては密度分布に応じて弾塑性特性を更新することなく、弾塑性特性を一定のまま接地解析処理を行ってもよい。
【0081】
上記実施形態では、動的解析に先立って、タイヤモデル50を転動させずに雪モデル56に対して接地させる静的解析を実施したが、静的解析を実施せずにそのまま動的解析を実施してもよい。
【0082】
以上、いくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の主旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0083】
10…シミュレーション装置、14…タイヤモデル設定部、16…路面モデル設定部、18…オイラー要素モデル設定部、22…動的解析部、50…タイヤモデル、54…オイラー要素モデル、56…雪モデル